[[目次>Day of Vengeance]] **Day of Vengeance‐1‐『遭遇』 [#ne693343] 碧々と茂った草花が風にゆれ、さわさわと心地の良い音を辺り一面に響かせる――。 あの町から更に南下し、俺はミーディア大陸に渡るために『ミナミム港』へと足を運んでいた。 (……それにしても) この見渡す限り草ばかりの風景には正直気が滅入っていた。フィアスと初めて見たときは幻想的に感じたこの風景も、今は進んでいる感覚を惑わせる天然の迷路でしかない。 何せ草の高さは一メートルくらいある。二足歩行のポケモンなら辺りを見回すことは出来るかもしれないが、生憎と俺は四足歩行。後ろ足だけで立てるほど器用じゃないし、そのまま歩くなんて到底無理だ。 (あれは……) 思わずため息をついて草を鎌鼬(かまいたち)でなぎ払ってやろうかと考えようとした最中、突然鬱蒼としていた視界が開けた。その目の前にあったのは港の入り口らしきアーチ。きっとミナミム港についたのだろう。 草原という名の檻から解放された嬉しさからか、やや速い足取りで港町へと向かった。 ――綺麗に磨き上げられた大理石のタイルが町の通路に敷き詰められている。王都・レジスタへの直通客船もあるためか、他の町より整備が行き届いていた。この港町ですらこんなに手入れがされているのだから、王都の城下町はもっと凄いのだろう。 そんな思考を巡らせながら、露店で賑わう中央通りを抜ける。更に先へ行けば、波止場に着くはずだ。 (金が足りればいいが……) ふとポーチからジャラジャラと音のする小袋を取り出して中身を確認する。銅貨が50枚、銀貨が5枚。まぁ、多分通常船なら銀貨1枚といったところか。確認を済まして再びポーチの中へと小袋をしまい込む。 しばらく道なりに進んでいると、人の行き交いがだんだんと少なくなっている事に気づいた。普通なら船着き場にも結構な人だかりが出来るはずなんだが……。 道があっていなかったのかと思い辺りを見回すが、やはり道は合っている。フィアスと共にここに何度か来たことがあるために間違いはない……はず。 鼻をつく潮風のにおいが波止場へと近づいていることを示しているが、如何せん人がいない不安が消えることはなかった。 (あれか……) 巨大な客船が桟橋の近くに停泊しているのを見て、確信はしたもののやはり人はいない。ふと目に付いた立て看板の方に歩いていくと、そこにはため息をつきたくなるような内容が記されていた。 “王都・レジスタ、及びミーディア大陸への船舶欠航のお知らせとお詫び” 「なっ……」 思わず声を上げたのち、内容に目を通す。 “ここ最近、ミーディア大陸へと向かう航路に反王政組織『&ruby(シフティ・ファング){狡猾なる牙};』が出没しており、船舶が襲撃される事件が多発しております。これを重くみた王政は『船舶運航禁止令』を発令しました。 発令期間につきましては政府軍が『狡猾なる牙』を撃退し、安全を確保した後に解除されるとのことで、期間は未定です。 この度は船舶を利用する方々に多大な迷惑と……” 酷い。酷すぎる……。王都・レジスタに向かうためにここに来たというのに。しかもミーディア大陸に渡るにはこの港を利用する他ないし、解除未定となればいつ開港されるのかも分からない。完全に足踏み状態な今の現状にただただ落胆するばかりだった。 「酒場……行くか」 望みは薄いかもしれないが、他にミーディア大陸に渡る手段はないのか聞き込みにいくしかないだろう。俺はため息をつきながら、気の沈みで重くなった四肢を動かし、中央通りにあった酒場へと足を運んだ。 ――船舶が停止した影響なのか、やけに混んでいる酒場の中に入る。やはり慣れないアルコールの臭いに顔をしかめつつ、店主のいるカウンターの方へと進んでいった。 カウンターにいたのは尾の先に揺らめく炎を持つポケモン、リザードン。……いつも思うのだが、酒場の店主は炎タイプばかりが目立つ。何か深い意味でもあるのだろうか。 「何か注文は?」 艶のあるやや高めの声を発して、そのリザードンはこちらに青く透き通った瞳を向ける。どうやら雌のようだが、カウンターにか細い肘を突き立てて頬杖をついているのを見ると、雄にしか見えない。 「注文じゃない。少し聞きたいことがある」 「聞きたいこと? 言っておくけど、私の年齢は教えな――」 「そんな下らないことを聞くつもりはない」 そのリザードンの言葉を遮るようにそう言うと、少しムスッとしたような表情で彼女は腰に両手を当てた。 「なんだい……それが人にものを訊ねる態度かい?」 「聞きたいことがあるって言って、それが自身のことだと思う方がおかしいだろう」 軽くそう反論すると、彼女はため息をついてこちらに顔を近づけてくる。鼻息が少しだけ顔を掠めた。 「小生意気なガキだねぇ……。で? 聞きたい事って何さ」 「船舶以外に、ミーディア大陸に渡る方法はないのか?」 そっけなく俺が問うと、彼女は「船舶以外にねぇ」とかなにやらぶつぶつ呟きながら再び頬杖をついて言った。 「一応。あるにはあるよ」 「教えてくれ」 「小生意気なガキにタダで教えると思ってるのかい?」 彼女のおちょくったような口調に多少いらつきながらも、それが金銭交渉を求めることだと気づき、ポーチから先ほどの小袋を取り出す。 「いくらだ」 「銀貨2枚だ」 足下見やがって……。 そう心の中で悪態をつきながらも、小袋をあさり、銀貨二枚を口でくわえ上げてカウンターへと置く。 こういった情報を品にした金銭のやりとりはさほど珍しくはない。怪しいものを除けば、行方不明者の情報や鉄の採れる鉱山地帯の情報など、自分にとって有益になる情報に金を惜しまない人も多い。騙されても文句言えないのが玉にきずだが。 カウンターに金が置かれたのを見て、彼女はそれを手に取り弄びながらも口を開いた。 「この町の海岸線に沿って東に向かった辺りに、カイリューが運営してる運び屋がある。そこは荷物だけじゃなく、ポケモンを乗せて運ぶことも可能なんだとさ。この町からあまり遠くはないはずだよ」 「それは本当か?」 彼女はふんっと鼻を鳴らすと、こちらに顔を近づけて言った。 「私はこの酒場の店主だ。それだけでも逃げられないって保証はあるだろうよ」 ……確かに言われてみればそうだ。 突然酒場を置いて逃げ出したらそれこそ大事になり、逆に彼女に関する情報が行き交う。そんな状況下なら俺は簡単に彼女を見つけられるだろう。 それに、たかが銀貨2枚で嘘をついても大した利にはならない。さらに命を狙われることもある。情報を品として扱うには、それなりの覚悟がいるというわけだ。 「分かった。その情報、信じてみよう」 「よしっ。まいどっ」 彼女は意気揚々と銀貨をレジにしまい込むと、そう漏らした。俺は軽く息を吐くと、その酒場から、ひいては町を出るために入り口の方へと歩いて行く。 「酒臭い……」 店を出てしばらくして思わずそう呟く。自身の白い体毛からうっすらと酒の臭いがする。思えば結構な時間、中に居て店主と話していた。 イヤな臭いに顔をしかめながら、町のアーチをくぐる。確か海岸線沿いに東に行くんだよな。……こっちか。 ――方角を定めて海岸線を歩きながらしはらく経った頃、目の前に何かが見えてくる。あの店主の話にあった小屋ではないが、酒の臭いを気にする今ではそれを見つけられたことが何となく嬉しい。 その川へと足を速めると、ふと目の端に黄色い何かが映る。よくよく目を凝らしてみると、どうやら黄色い何かは九つの尾を持ったキュウコンのようだ。そしてその下に踏み敷かれ、キュウコンに爪を突き立てられていたのは……。 「……! フィアス!」 そう叫んで、俺はその場所へと向かうために四肢に出来る限り力を込めて向かった。下に踏み敷かれていたのは一匹のエネコロロ、死んだはずのフィアスだった。 ---- CENTER:[[前の話へ>Day of Vengeance‐Prologue‐]] [[次の話へ>Day of Vengeance‐2‐『鏡映し』]] ---- #pcomment(コメント/DOV-Story1,10,below)