第六回短編小説大会参加作・4票準優勝タイ
・作中に''&color(red,red){ポケモン同士による殺戮のグロ};''の表現が含まれます
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戦争の中に、時代があった。
人間とポケモンとは大昔から共に暮らしていた。
だが、当時『ポケモン』を始めとしたポケモンに関する言葉は存在しておらず、人間は彼らを『魔獣』と呼んでいた。魔獣は人間に従順、かつ強かった。戦争の兵器として使う事にうってつけであった魔獣たちは、多くが戦いの中に身を投げ、多くが散って行った。
戦争と言うものに終わりが来ると信じ、終わりを向かえないまま魔獣も、人間も、戦争の理由を知る事無く死んだ。それは一度や二度では無く、一年二年でも無く、政治と言う名の欲を独り占めで修めようとする者が居る限り、延々と続いていた。
……限って、誰もが振りかざす剣は深紅に染められた。
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「明日も戦場へ行くの?」
「あぁ。そこで成果を上げれば、また主に会える日が来るんだ」
「……嫌だな。怖いよ、クラウ。ボクはもう行きたくない」
「ソラス。僕が行く限り君も来るんだぞ?」
声がした。
甲高く幼さが残る少女のような声が二つ。その声質は鏡合わせになるかのように一致していた。
歩けば踵をつけたそこからは渇いた石の悲鳴が響くであろう、ボロボロに割れた石を敷き詰めた床は、一目で体温を奪われると分かる。それと同じ材質の窓の無い壁に囲まれ、部屋の中央を横切るように設置された幾本もの鉄の棒が開かれた密室を作り、彼らはその内側に閉じ込められていた。
労りを考えられる事無く造られたこの部屋は、居る者たちの体温を奪うが声の主──主たち、は、寒さは元より自身の熱を知らない為全く気にしている様子は無い。
牢屋に閉じ込められた──魔獣たちは、皆戦争の為に用意された兵器であった。殆どが専用に育成された者だが、人間の兵が持っていた魔獣も数点存在していた──正しくは閉じ込められたのでは無く、眠りの時間を与えられたに過ぎなかった。
牢屋の奥、壁と壁の角で先ほどの声の主たちが背を寄り掛け話を続けていた。
「それに……早く進化しよう!」
彼らはお互いテレパシーで会話し、勇ましく発せられる相方──右の剣クラウの声は、自分の声と全く同じで左の剣ソラスはまるで自分がそう言っている錯覚にとらわれた。
ソラスのガードには、漆黒の丸い石を繋げた魔獣が属する地を表す刺繍が刻まれたカチュームが巻かれていた。
一体の雄のニダンギル。ヒトツキの頃よりクラウ=ソラスの名を与えられていたのは彼"ら"である。
彼らの主は甲冑が大きすぎて身体に合わない不格好な青年。主とクラウ=ソラスの出会いは主が幼少の頃、祖父より譲り受けた卵である。
徴兵の命を受けた主は、当時ヒトツキであったクラウ=ソラスを共に戦へ連れて行ったが、兵器は管理される事となった。兵の魔獣を管理されるのは特に珍しい事でも無く、魔獣が成果を上げればその持ち主も褒美を受けるため、逆に魔獣を嬉々として預ける事も多かった。その後クラウ=ソラスは戦場で進化し、一つの鞘に二つの剣の身体とそれぞれの意志を持つ事となり、どちらが提案したのかは忘れたが名を分ける事となった。
クラウが出した進化の言葉にソラスは内に抱えた不安を投げ出しそうになったが、寸での所で抑え「そう」と返した。
ソラスはヒトツキの頃の記憶をおぼろげに持っていた。クラウもヒトツキの頃を記憶を持っていると何時ぞやに答えたのをソラスは覚えていた。一つの物が二つに分かれたのならば、それを共有するのは当然である。一つに戻る時が来ようとも、大丈夫、とクラウは続けソラスもそれには同意した。だが、ソラスは考えを捨てられなかった。
一つが二つに分かれる時、その記憶をただ丸移しにしただけなのでは。
もし、進化し一つに形に戻った時、自分が持つニダンギルの記憶はどうするのか。
自分は本当に、クラウ=ソラスであったのか。ヒトツキの記憶は都合良く作られた偽の記憶であるのではないか。
クラウは優秀であった。
戦闘となると彼はソラスも収まった鞘からいち早く飛び出し、その剣の身体で敵の身体を切り裂き、方やソラスとは言うとクラウより遅く鞘から身体を抜いて分厚い紫の布の腕と手で鞘を抱える時には、大体の事が終わってしまっているのだ。
ヒトツキの頃から、ソラスは常に手で鞘を抱えていた事だけは鮮明に覚えていた。
「君はいつも鞘を持っているね。たまにはその身体で敵を倒したらどうだ? そのまま抱えていてもいいけどさ」
クラウの目が鋭くソラスの鋼の身体を貫いた。そうなるとソラスは鞘を抱える腕の強さを増すしかなかった。
ソラスは劣等であった。
それ故ソラスは恐れていた。もし──もし一つに戻る時記憶を吸収され、進化の単なるきっかけの一つに成り下がるのは、間違いなく自分なのだ、と。一つが二つに分かれそれが再度一つになるだけであるのに、怖くて仕方がなかった。
分かれた意思はそれぞれ発展して行き、それはもう既に別人である。
ある時、クラウとソラスは同種に会う事があった。
実に半年ぶりの主との再会。領主の気まぐれの一つにより、クラウとソラスは牢屋と戦場を往復する以外の機会を与えられたのだ。この気まぐれは別に珍しい事では無いと、教えてくれた同じ刺繍が入ったカチュームを首に巻いたニドキングが、二か月後に戦死する事をクラウとソラスはまだ知らなかった。
主は進化したクラウ=ソラスに甚く感激し、領主に対する感謝の言葉を口々に零すが、ソラスはそれがつまらなかった。比較的長い間主と離れていたせいか、ソラスは主にあまり興味が向かなくなっていたが、クラウは久しぶりに会えた主の言葉全てが嬉しいとテレパシーで相方に飛ばしていた。自分のこの主への興味の薄さが、ソラスの不安をさらに増した。
修練や戦からの帰りに主が良く立ち寄ると言う酒場へクラウとソラスは連れて行かれた。本来、魔獣を店に連れ込むのを良しとしない店主は多いが、主はクラウ=ソラスなら大丈夫だと胸を張っていた。
丸太を五本ほど並べて縛っただけの武骨な重い扉を開けると、ムワッと不快な酸味の高い臭いが身を覆った。
酒場である。主は扉から一歩だけ身体を店内に入れ、キョロキョロと何かを探す素振りを後ろで待つクラウとソラスに見せていた。
あ、と呟いて主は扉を全開にしクラウとソラスを店内に入るよう指示するので、そこは素直に──主にクラウの意思で──彼らは鋼の身体をアルコールの臭気に溺れさせた。
お世辞にも広いとは言え無い店内の天井は低く、チリチリと小さな火種のランプが危なっかしく揺れており、その下をバタバタと若い娘が後ろに縛った茶の三つ編みを揺らし、欠けた鉄製のグラスをひっきりなしに運んでいた。
ソラスはその店の奥、木製のカウンターの前に伸びる太い柱に主が自分たちを連れて来た目的を見た。
若い娘も酒に溺れる客も酒を注ぎ続ける店主も、誰も気に留めていなかったが、クラウとソラスと主だけは注目を向けた。
入口に向かい合うよう柱に背を預け、身体を金と乳白色の盾で隠すように構え、一つ目を閉じた赤い剣──ギルガルドが、そこに居た。
主は自分の魔獣を同種に会わせたいと、わざわざ二人を連れて来たのだった。
最初に動いたのはソラスであった。滑るように鞘に収まった身体を名も知らぬギルガルドへ向かわせ、それを見た主は軽く笑ってから、木製の椅子に腰を掛けた。
相変わらず立派な魔獣ですね、あぁ年寄でもう引退しちまったけどなそっちの魔獣も勇ましいじゃないか、と主と店主の声が狭い店内を巡ったのを、ソラスは知ったが気に留める事など無かった。
「あの」
ソラスはテレパシーで声をかけたが、ギルガルドは何も答えなかった。寝ているのかと、ソラスは自分の目を動かして目の前の物体を眺めると、このギルガルドは相当戦って来たらしい事が分かった。
頭部を守る柄頭は割れ、グリップの布は剥がれて中身が見えており、光を吸い込んで反射を一切させない赤黒い切り刃は欠けており、古い血を思わせる真っ黒な刀身も傷だらけであったが、何故か盾だけは美しく、傷の一つ所か曇り一点も存在していなかった。
「……君は……懐かしい姿だ……」
声が、ソラスの柄頭に響いた。年老いたギルガルドの声だった。
薄らと、ゆっくりと柄と刀身を結ぶ一つの目を開けながら、ギルガルドは目の前にあるかつての自分とよく似た姿に感慨深げに呟いた。
「あ、あのッ! あ、貴方はふ、二人でしたか!?」
急に何を、と右からクラウが止めに入ったが、ソラスは初対面のギルガルドに食いつき離れなかった。
そんな二人を見て、ギルガルドはあぁと察したように頷いた。
「君……いや、君たち……も……か……。不安……なのだろう? 進化したら……どちらがどうなるのか……か?」
ソラスが抱えた靄を見抜き、ギルガルドは再度頷いた。
「いやぁ……私も……そうだった、が……ちゃんとそれぞれの意思は……残る……安心しなさい……」
ホッと、存在しない肺から空気が抜ける感覚をソラスは見た。
「だから言ってるじゃないか、ソラスは心配性なんだよ」
クラウがユラユラと鞘を揺らすと、隣のソラスも揺れた。だが、これで安心しただろうとクラウが笑い、ソラスもハハハ……と苦く返した。
後ろから、主の声がした。どうやらクラウ=ソラスを呼んでいるようで、文字が書かれた木のプレートを頭上で何度も振りかざしていた。クラウはギルガルドに対し礼を言い軽く会釈してくるりとソラスも収まった鞘で踵を返した。ソラスはまだ礼も言えてないのにも関わらず。ソラスは慌てて一つ目をギチギチ鳴らしながらギルガルドへ礼を飛ばしたが、それが彼に届いたかはどうかは知る由もなかった。
──クラウが鞘を後ろへ回す動作の直前、ソラスは傍目で見たギルガルドの美しい盾が妙に印象深かった。
あのギルガルドと彼が持つ盾が心の奥底に引っかかったまま、ソラスはクラウと共に戦場へ何度も出向いたが、その度にクラウが敵を倒しソラスは鞘を抱えたまま血一滴も流させる事も無く、同じ領土の魔獣と共に牢へ戻って眠る事がこの三ヶ月に当たり前となっていた。
「君はいつも鞘を抱えているね」
幾度ともなく投げつけられるクラウの声が、今も聞こえた。
「だったら、ずっと鞘を抱えていればいいさ」
「うん。そうしていたいよ」
窓の無い牢屋ではあるが体内に組み込まれた時の刻みは正確で、ソラスはそっと一つの目を閉じた。
──この最近、妙にガードに装着された漆黒の丸い石が重いとソラスは眠りにつく直前、ふと思った。
◆
朝は、また戦場に出向くのが決まっていた。クラウの方から覗く太陽の光が、妙に眩しかったとソラスは後に思う。
周りは自分と別種の魔獣しかおらず、皆決まって同じ疲れた顔をしており、クラウとソラスも例外では無く特にソラスは目を何度も瞬かせていた。
「疲れてる?」
「眩しいだけ」
例え自分が疲労で倒れてしまっても、クラウ一本だけで敵を薙ぎ倒していく事なんて簡単だろうとソラスは悟っており、それを察してかクラウは「そう」と返した。
湧きあがる不快感に似た疲労は、負の感情全てを混ぜこぜにしたせいだろうとソラスはもう一度、目を瞬かせた。
小さな丘の上。大樹が一本だけ生えたその場所で、多くの魔獣が草花を踏みつけ、潰し、血の水で枯らしていた。クラウもその一陣で自身の剣を振るい、敵の魔獣の皮膚を刻み、吹き出した血を刀身に浴びながらも尚突き進んでいった。
ソラスとは言うと、やはり自身と相方が抜けた鞘を抱え込んで、敵の攻撃をかわす──より、敵に目が付けられぬように木の陰に隠れていた。ソラスはまだ、自分の身体で生物の身体を切った事が無かった。ヒトツキの頃は確かに戦っていたはず、ではあるにも関わらず。
「クラウ。クラウは、ヒトツキの頃、誰かを切ってた記憶はある?」
「あるよ! でもなんでそんな事を聞くんだ?」
布の腕を重心に、刀身を横に滑らせ血の雨を浴びながらクラウはいきなりの質問に戸惑いを隠せず、それは他の敵の魔獣に瞬時に掴まれた。
「ボクは……ボクは知らない! ボクはいつも鞘を抱えていた事しか知らない! でもキミは知っているのなら!!」
木の陰で鞘を抱え、ソラスは叫んだ。刀身が錆びる感覚を見ながら、クラウは叫ぶ。
「どうって こ …… …………」
剣の身体を持つ者して、相応しい者は。 と、ソラスが木から飛び出し、クラウに向かって声に出す直前だった。
生暖かい、粘度の高い液体が切っ先から刀身、布の腕を被り柄頭まで届いた。
それより数秒遅く、炎を浴びてしまったかと勘違いするほどの熱が表面を巡るが火傷を負うことは無く、同時に刀身に絡みついた太い縄が邪魔に思った。
「ソラ、ス……」
後ろから、甲高い少女のような、成長途中の自分と一片の違いも無い声がソラスは聞こえたが、振り向く事は考えず腕の力を解く。ガシャン、と重い物体が潰された草むらに弾かれる音が響いたが、それは聞こえなかった。
巻きつかれた縄を手で掴んで捨てる。一つ目の視線を下にやると、今捨てた縄と赤い液体とその持ち主の魔獣"だったモノ"が転がっていたのが見えた。
相方が倒した魔獣とその血かと一瞬考えたが、即座にそれに相違がある事を知った。……縄は魔獣の血管が絡み合った内臓であった。
ソラスは血に塗れていた。ニダンギルになって初めての経験だった。
ソラスの投げかける声に集中力を閉ざされたクラウを狙い、一体のリザードンが炎を纏った爪を振りかざそうとした瞬間、それを目撃したソラスの身体が無意識に飛んだのだった。
ソラスには、分からなかった。
例えクラウが倒されたとしても、一つの鞘に収まっているとは言え自分と彼は別の意思を持っているのだから、片方が倒されても生きる事は出来る。クラウがそうなってしまえば、ソラスが残ったまま進化出来ると心の奥底で孕んだ事は無くもなかった。
目に血が入り、そのまま目から流れ出る血に涙は混ざっていなかった。
慌ただしく怒号が飛び交う戦場で、呆然と立ち尽くす者などそう居ないであろうが、現にソラスと、そしてクラウがそうであった。
急に、身体が熱いと感じた。炎で鋼を焼かれた事は何度もあったが、外皮が溶け焦げる熱とは違い、内側から焼ける熱を見ていた。鞘が持てなくなったのはその熱さのせいでもあったかもしれない。
ソラスは柄頭から伸びる布の手を目の前の高さまで持ち上げて見ると、そこからはフワフワと小さな光が瞬いていた。ガードに巻かれたカチュームの漆黒の丸い石が、それに共鳴するように輝き、キンキンとまるで鋼を擦り合わせるかのような音が響いた。
「ソラス」
再度呼ばれ、ソラスはゆっくりと身体を動かし、剣の中心を軸にしてクラウへ向けた。──クラウの身体からも小さな光が湧き出、それはだんだんと数を増し光の威力も強くなっていった。
ソラスはとっさに腕を。自分の腕。左の腕を伸ばし、クラウを。右の腕を掴もうとした。伸ばし切り、それでも届かずいっその事腕を千切ってでもソラスはクラウを掴みたかった。
ソラスの嫌な予感が柄頭を揺さぶる。クラウは自分の手を刀身に宛がり、……そっと、一つ目を一度瞬いた。
「やっとだ。君はちゃんと戦えたじゃないか。……何度も言ったよね?」
光り輝くクラウとソラス。腕と腕が重なる寸前、クラウは次の言葉を最後にした。
「君は、鞘を抱えていればいい」
直後、光は瞬時にして途絶えた。
◆
ソラスは、鞘を握っていた。
確かに先ほど鞘は落としたはずだった。
ソラスは左の腕で握ったままの"クラウ"を眺め、布の"右手"で"クラウ"を擦る。
ガードに巻き付けてあったカチュームは美しい刺繍を憐れ血液で潰し、漆黒の丸い石は消え失せていた事にソラスは全く気が付いていない。愕然とする彼は無防備で、敵の格好の狙いとなっており、獲物を見つけたとばかりに後ろを取ろうとしている者がいるのは当たり前の事であった。
巨体を揺らし、筋肉が盛り上がった両腕を抱え上げるのはリングマ。彼は胸の前で両手を重ね合わせ骨の音を鳴らし、それが終わると同時に電撃を纏った爪をソラスの頭部目がけ振り下ろし、血が舞った。
ソラスは刀身の下半分を上へ持ち上げ、それがリングマの手首を裂いた。リングマが激痛に唸る前に、喉の中心の皮膚に冷たい何かを感じ、直後首を貫通する形で刃が彼の背の方向へソラスが動いた。
ざわり、と戦場の空気が一変し、敵のヘルガーがリングマの名を叫び、ソラスと同じ領地のカイリキーが異変を察知し他の魔獣たちに退く事を案じた。敵の魔獣たちが潰せと口々に叫んでソラスを襲うが、彼は重い布の右腕で弾き返し、体勢を崩した所を剣の身体で突き、切り、刻み、千切り、裂き、潰し────
小さな丘は、赤くなっていた。
東から昇った太陽は西に傾き、遠くの山々の頭よりほんの少しだけその身体を覗かせており、その太陽に照らされる丘の頂き、唯一生えた木の場所でソラスは俯いていた。
「ねぇクラウ」
"クラウ"を眺めながら、ソラスはポツポツとテレパシーを飛ばすが、それを受信出来る者は誰一人いなかった。
「何か言って。クラウ。ねぇクラウ……ボク、どうしてかな?」
血で黒く錆びた刀身と腕、同じく血で塗れ未だ滴る深紅の切り刃。
「ボク……キミの記憶……無いよ……ねぇクラウ……」
丘も木もソラス自身も全てが赤く色付いたこの中で、彼が夕日に背を向けて作られた影の中の"クラウ"だけは、その鞘と一体化した"盾"の、金と乳白色を保っていた。
ソラスの声が震え、身体も震え、嗚咽を漏らすが、涙だけは出さなかった。……出せなかった。
ヒトツキの頃の記憶は、共有していたのでは無かった。一つを二つに分けたのだから、途切れがあるのは当然の事であった。
あの時出会った年老いたギルガルドが言っていた言葉の意を、ソラスはこの時初めて理解した。そして、ソラスは自分の意思が消えるのが怖かったのではなく、クラウを失う事が怖かった事も。
クラウは望んでいた。
鞘を持ち、抱えるのは即ち────剥き身の剣を構えるのを意味する。
◆
ある遠い国で、遠い昔に、一人の王が作り出した兵器で戦争が終わった事を誰かが知った。この地の戦争も、今終ろうとしていた。どちらも多くの犠牲を出した事はどちらも知る由は無く、一時的な平和な時代は、すぐさま次の政治で壊される事を、誰しもが知っていたはずであった。
あの後戻って来た、同じ刺繍の入ったカチュームを腕に巻きつけた魔獣のゴルーグに背負われ、クラウ=ソラスは牢に戻されてから数日間眠ったままでいた。
目が覚めたしばらく後、ソラスは敵の魔獣を全滅させた事で敵の領主が恐れを成して負けを認めた事を聞いた。領主から称賛を受け、戦争が終わった事で晴れて主の元に戻れたのであったが、ソラスの心は暗い。
主も兵の身から解放され、ついでにクラウ=ソラスが最終進化を遂げた事が嬉しくて仕方がなかった。解放された初日、主はあの酒場にクラウ=ソラスを連れて来ていた。俺たちの国が勝ったんだ、もっと酒を持って来い、等と浮かれた声が狭い店内を暑苦しくせめぎ合い、以前来た時よりも人間の数は多かったが、魔獣の姿は依然と同じであった。
カウンターの前、柱に寄りかかる年老いたギルガルド。相変わらず盾を構えたまま静かに目を閉じていた。
「……おい」
これは以前来た若いニダンギルの声だろうか、それにしても随分掠れ低い声になってしまったではないか、と年老いたギルガルドはそっと目を開けた。
予想通り、あの時のニダンギル──今は自分と同じギルガルドの姿。
「ほぅ……これは……随分、業を……」
ゆっくりと身体を上下に揺らし、ギルガルドはまじまじとクラウ=ソラスの姿を眺め、姿が変わったなと含めた。
「……ッあ、アンタ! 嘘を言ったな!」
ソラスの分厚い布の右手が、年老いたギルガルドの左の腕を掴み、前後に乱暴に揺さぶった。ギシギシとギルガルドの錆びた鋼の身体は悲鳴を上げたが、彼はただそれに耐えていた。
揺さぶりが終わった頃、ギルガルドは、はて、と呟いたテレパシーをソラスに送った。
「嘘……とは何かね」
「意思は一つだって!! ボクと、か、彼……! クラウの意思は一つになるじゃ無かったのか!?」
「そうとは……言っとらん……ぞ……」
ギルガルドはいつの間にか背から外した右手をソラスの右手に重ね、そっと彼の手を引き剥がす。
酔っ払いたちの音程が外れた陽気な歌が飛び交う宴の中、物静かなギルガルド二体は異様な光景であったが、彼らは彼らで会話をしているなどと、人間の誰一人気が付かなかった。
「君に限らん……一つの身体に……二つ以上の魂を持つ……事を……。…………私も……そうだ。……そして……それらは……独立する……」
ギルガルドは軽く刀身を振るい、盾から身体を引き抜くと同時にそれを左腕に流した。露わになった刀身に刻まれた傷は深く、間から変色した灰色の鋼が見えた。
「言おう……私の名はクレイヴ…………そして"彼"はソリッシュ……」
クレイヴは、空いた右手でソリッシュと呼んだ盾を擦った。黄金と乳白色の鋼の盾は、以前と同じく傷一筋曇りの一点も無かった。
「分かるかい……? 私も……この色だった…………」
ソラスは、ハッとして自分が抱える盾に右手を添えた。
「私は……弱かった……いつもソリッシュに守られてばかりいた……」
その言葉に、刀身の中心部にかすかな痛みをソラスは感じた。
「それでな……ソリッシュが『ならこれからもお前を守ろう』……とな……。
……そうして、私は……この身体になり……ソリッシュは盾と……なった……」
「だが……私は……ソリッシュの意志を……無視した……。
悲しかった…………私が弱い故に……ソリッシュを失ったと……思った。
それで私は……ソリッシュを守った…………そうしてこの……身体だ……」
ソリッシュから自分の刀身へ右手を添え直し、クレイヴはこの身体の色は後天的に染まった色であるとソラスに教えた。
「君も……また…………同じになりたい……のか……?」
目が合った。ソラスはクレイヴの視線にグリップと刀身を繋ぐ目が後ろにへこみそうになる錯覚を感じた。
「見なさい……彼を……君の……」
言われるがまま、ソラスは装着していたクラウから身を抜き、盾の顔と己の目を合わせる様に両手で側面を持った。
顔に見えるのは中央に刻まれた三つの円。完璧なまでの三等分に刻まれた彫刻。かつての相方とは似ても似つかない。だが、それを眺め「クラウ」と、思わずソラスは声が出た。
『鞘を抱えていればいい』
クラウのその呟きが聞こえた気がした。
「うん」
ソラスは幻のクラウの声に返事をし、途端にクラウの姿が歪む。ぐにゃりと横に曲がり、ゆらゆらと揺らめく。途切れる小さな衝撃に、歪んだ姿が元に戻るが、すぐさま再びそれは揺らいだ。
ボタボタと水が盾のクラウに落ち、弾んで小さな水玉に分かれ、床に散らばって行き、クラウを持つ両腕が震え、それはソラスの身体全体に伝わって行った。
かつて一つで二つに分かれ、再度一つにまとまったと思いきや、それは二つに分かれたままなのだ。
鞘を抱えていればいい──その意図は、盾となるクラウその物を抱えていればいい。
常に自分を抱えていれば、常に自分が守ってやれる。クラウの最後の言葉の意。
「…………う」
知らなかったのは、劣等な自分だった。
「あ、あぁぁ……うぁ……あああぁぁ…………」
本当、気が付かなくてごめんと、ソラスは────泣いた。
「泣きなさい……私は泣けなかった…………だから君は泣きなさい」
促すクレイヴの声を聞きもせずとも、ソラスはクラウを抱きしめ、泣いた。
目から伝う涙がソラスに染まった血を一筋流し、黄金と乳白色の刀身を僅かに覗かせた。クレイヴは頷き、ソラスが元のギルガルドとしての姿を、光り輝く黄金と鋼の剣としての姿を、取り戻す事を願っていた。
酒場で宴が終わる頃、新たな&ruby(まつりごと){政};が始まる知らせが届くのを、酒場の誰もがまだ知らなかった。
クラウ=ソラスがその後どのように生きどのように最期を向かえたのかを、伝える方法を持つ者は居ない。
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'''クラウ・ソラス(クレイヴ・ソリッシュ)(未改正 近代アイルランド語: Claidheamh Soluis; 改正綴り:Claíomh Solais[1]; 異綴り:an cloidheamh solais[2]; IPA: /kɫiːv ˈsɔɫɪʃ/ )は、アイルランド語で「光の剣」あるいは「輝く剣」 (英訳:"Sword of Light", "Shining Sword")を意味し、口承アイルランド語民話の数多くに登場する宝剣あるいは魔法剣で、手に持つ者に照明を与える道具だったり、巨人などの敵に特殊な効果を発揮する武器など、物語によって異なる描写がされている。また、スコットランド・ゲール語の口承民話にも多くの類例が見られる。'''
'''~略~'''
'''またある作品では、「[鞘から]抜きはらうたびにその閃光は世界を三度めぐり、どんなに軽い一撃でも、森羅万象のものも魔性のものとわずに殺してしまう」とも、「命にかぎりある人間(mortal man)なるぬ者が製作した」とも描写されるが、これは現代作者による潤色であろう(MacManus, "The Snow, the Crow, and the Blood")。'''
''' ~~ウィキペディア (Wikipedia): フリー百科事典'''
''' 『クラウ・ソラス』2014年6月30日 (月) 20:33 より引用~~'''
[[わ た し で す>両谷 哉]]
そんなわけで第六回短編小説大会、四票獲得準優勝タイでした!
読んで下さった方々、票を下さった四人の方々に深くお礼申し上げます。
この所ずっと漫画を描いてて八か月近くwikiでの更新も無かったため、大会あったらまた小説を書きたいな~と言った翌日に
この大会の告知が出てこれはチャンス!と参加させていただきました。
この話自体は大会が告知される前から考えており、大会のテーマを見て「まつりか……まつり……まつり要素…………よし政治のまつりごとで行こう!」と
政治を欲する者に振り回される者たちの一人、と言った感じになりましたがやはりテーマとの絡み不足だったのは否めません。
Claimh Solaisとは上の説明にもあるように、アイルランドに伝わる伝説の光の剣。
そして、ポケダン救助隊・探検隊、スマブラXのBGM作曲でおなじみのS.S.D.FANTASICA氏こと飯吉新氏のbeatmaniaⅡDX DJ TROOPERS(CS)における楽曲のタイトルでもあります。(DJ Yoshitaka氏との合作でもありますが)
S.S.D.FANTASICAアルバム「FANTASCAPE - Act.1」にもClaiomh = Solais - someone's folklore -としてのタイトルで入っており自分が初めて聞いたClaimh Solaisがこちらでしたので、イメージはこちらの方が近いです。
ポップンfantasiaとせんごくに持ってこなかったコンマイまじ許すまじ。弐寺SPADAには来ました。
この曲が好き過ぎて好き過ぎて好き過ぎて、ムービーも切な過ぎて切な過ぎて切な過ぎて、この曲をイメージして何か話が書けないか?と思った瞬間、フッと浮かんだのがこの話でした。
最初はソラスがどうにかして二つに分かれたままそれぞれギルガルドへ進化する方法を模索する、と考えていましたが管理される魔獣の存在でそれは出来ないな、と思い今回の方向で行きました。
尚、ソラスがギルガルドに進化した直後、敵の魔獣を惨殺したのは伝承の方のクラウ=ソラスとしての意を含ませていたのですが、気が付いてくれた方はいらっしゃいますでしょうか。
コメント返しを
>>好きなポケモンだったこともありますが、進化によって人格を失うポケモンならではの苦悩があって、良いお話でした。 (2014/07/30(水) 21:57)
人格が分かれたり、もっと増えたりするポケモン他のポケモンたちにも似たような苦悩はあるかもしれません。
ガメノデスとかもう大変ですね。
>>2つの意志があるポケモンって、やっぱり複雑ですね。 (2014/07/31(木) 17:07)
なまじっか意思がそれぞれ独立していると本当難しいかと思います。
でもそれを乗り越えて進化してもらいたいとも思います。
>>ギルガルドの見方が変わりました。素晴らしい作品をありがとうございます。 (2014/08/01(金) 01:20)
こちらこそありがとうございます!!
>>圧倒的な筆致ってこのことを言うのかなと思いました。
ヒトツキ系統の進化の考察も良く練り込まれていて面白かったですし、一万字以下の短編でもここまで劇的にできるものかと驚きました。
欲を言えば、まつりというキーワードをもっと作中に絡められれば良かったかなと思います。 (2014/08/03(日) 10:27)
何やら凄いお褒めの言葉を頂まして。ありがとうございます。
ポケモン図鑑の説明文と照らし合わせて考察するのは本当楽しかったです。
最期の最期でテーマである まつり がどれを指すのかを判明させたのですがご指摘の通りもっと絡ませておくべきだったと反省しております。
どうもありがとうございました。
#pcomment()
IP:219.205.26.62 TIME:"2014-08-04 (月) 22:11:46" REFERER:"http://pokestory.dip.jp/main/index.php?guid=ON" USER_AGENT:"Mozilla/5.0 (Windows NT 6.3; WOW64; rv:31.0) Gecko/20100101 Firefox/31.0"