[[BCWF物語]] [[作者ページへ>リング]] [[前回へジャンプ>BCローテーションバトル奮闘記・第十七話:ポケモンと自分]] [[前回へジャンプ>BCローテーションバトル奮闘記・第十六話:ジムリーダー代理]] #contents 7月28日 土曜日 「ふぅ……」 目覚めた俺は、ポケットの中を調べてみる。 「クロオビバッジ……」 ホワイトジムを制した際にもらえる証。今日の午前中、スバルさんの元でこき使われて、仕事が終わった際に貰った代物だ。 「優雅な空中散歩もお終い、ここからは歩きだな」 私はサザンドラのトリニティ、オリザはフライゴンのサラに乗って、アフターファイブにホワイトシティかライモンまでの空中散歩。夏の熱帯夜に、ドラゴンたちの筋肉の躍動とそこから発する熱を受けての移動は、乗っていてじっとしているだけだったというのに汗が吹き出て死ぬかと思うほど堪えた。 だが、二人並んで空の旅というのはなかなか日常では得がたいロマンがあり、オリザも楽しんでいたことだし、この一時間半は悪くはない道程であった。 今宵は、ポケモンバトルの聖地とも言われる場所、ライモンシティに訪れたわけだが、さてどうするか。取り合えず、メガネを着用して口調を落ち着けよう。 「とりあえず、お腹も空きましたし、ジョインアベニューでも行きませんか?」 「そうですね。あそこならポケモンも一緒に食べられますし」 と、こんな感じで始まったデートは、ポケモンバトルなど関係なしに進んでゆく。流石に、バトルの聖地というだけあって、ジムリーダーのオリザのことを知っている者は多く、その図体のでかさや、私の服装のダサさ(ワインカラーのつなぎの作業着)も相まって目立つためだろう、いろんなところで話しかけられる始末。 服を選んだり、伊達メガネを選んだりと、二人でデートを満喫しているときも話しかけられるのが厄介なので、ポケモンを出しっぱなしにしていても良い店では、常にトリニティを出して威嚇していた。 凶暴なサザンドラを連れている女性と、そのデート相手のオリザにはあまり話しかけたくもないのだろう、余計目立ちこそしたものの、デートに水を差されることがなかったのは良いことだ。 食事のときは、ポケモンたちも一緒に食事が出来るレストランにて、ポケモンたちと一緒に食事を取る。販売やレンタルするポケモンも含めて30以上のポケモンを所有する私だが、さすがに全部を連れてゆくわけにも行かず、今宵はトリニティをはじめとするメインで使う6匹だけ。 オリザも同じく、ジムに大量に控えているポケモンは連れておらず、クイナやシズルといったベストメンバーだけで構成されている。だが、そこは筋骨逞しい格闘タイプの面々、6匹だけだというのにかなり壮観な迫力をかもし出している。ジムリーダーの手持ちというだけあって、珍しがって写真を取る輩なども現れ、店側は迷惑だからと注意される羽目になるなど目立ちすぎてしまったきらいがある。 落ち着いて食事を食べることもあまり出来ず、逃げるように退出する羽目になったのは、バトルの聖地ゆえの弊害というべきか。 育て屋の仕事に加えてジムリーダー代理の仕事までやって、へとへとに疲れた俺が家に帰る用意をしている最中に、スバルさんは俺を呼び止めた。 「そうだ、カズキ……お前のトレーナーカードを見せろ」 「え、あ、はい……」 俺は財布の中に入っているトレーナーカードを、言われるがままに差し出す。スバルさんはそれを受け取ると、ジムリーダーに配布されるカードリーダーに通し、情報を入力する。 「あの、何をやって……」 スバルさんは答えずに、ポケットの中を弄る。 「こいつを持って行け……クロオビバッジだ」 「え……でもこれって、挑戦者に渡されるものじゃ……?」 「試験官がバッジを持っていなかったら締まらないだろ? 心配するな、お前の実力ならバッジ1個なんて余裕だから。だからまぁ、私がジムリーダー代理の権限で、お前に渡したいんだ。受け取ってくれないか……?」 スバルさんは眼鏡をかける。鋭い視線が眼鏡で隠されると、途端に口調も穏やかになる。 「いえ、受け取ってもらえませんか?」 「あ、はい……ありがとうございます」 思いがけずジムバッジを送られたおかげで、最初は気が引けたけれど、スバルさんの口ぶりから察するに、受け取らないと失礼な気がした。ごつごつとしている、およそ女性の手とは思えないような手からクロオビバッジを受け取る。 ホワイトフォレストのジムで、オリザさんに認められれば手に入るこのクロオビバッジは、白い勾玉の中に小さく黒の円があしらわれたバッジである。 「白の中の黒……真実を追う者が、ほんの少しばかり理想にも耳を傾け、相手の良いところを尊重するという意味が込められたバッジです。真実と理想が異なる意見を持つにしても、必ずしも正反対なものではないですし、相手の意見には欠点だけでなく利点もあるのです……さっきの貴方の演説、年の割には見事でしたよ。 狩りが野蛮だとか思う者に対して、きちんと自分の意見を出しつつも、相手を尊重しようとしていました。頭ごなしに否定するのではなく、自分がなぜ正しいと思ったのかを話し、そして相手が野蛮と思う理由も尋ね、尊重していた。 議論の仕方、説得の仕方に正解はありませんし、まだまだ粗削りではありましたが……神経を逆なでせずに伝えようとする力は、おそらく私よりも上でしょう。私は、相手の神経を逆なでしないのが不得意でしてね。つい挑発してしまいたくなる」 大人としてそれはどうなんだろう? というか、途中から俺も相手に暴言を吐いていたような気がするけれど……まぁ、いいか。 「眼鏡をしたまま話せば、相手を挑発するとかそういうことはないんじゃないですか?」 「ふふふ、カズキ君はシンボラーで戦った時の私が相手の神経を逆なでしていないように見えたのですか? 眼鏡をしていても、口調は変えられますが、本性だけは変えられないのですよ」 「あー……」 「そういうことなのですよ。カズキ君の言いたいことは分かりますが、口調が丁寧だからといって、相手の感情を逆なでしないわけではありませんし、丁寧な方がより相手を傷つけたりすることもあります。ですので、貴方のように棘の無い言い方が出来るといいのですがねぇ……はぁ」 スバルさん、そういう自分の性格を気にしているんだ……。気にしていないかと思ってた。 「ジムの人気を横取りしようともいましたが、これでは評価悪そうですねぇ……ホワイトジムを乗っ取りたいというのに」 「そこはもう少し小声で言いましょうよ、スバルさん」 「よいではありませんか。裏表のない女性の方が、オリザさんはきっと好きでしょうからね」 「確かに俺もぶりっ子は嫌いだけれど……それはどうなのかな……?」 やはり、このスバルという女性はなんか色々おかしいと思う。けれどおかしいなりに色んなことを考えている彼女が、俺も好きだった。 次に向かったのは遊園地。観覧車の前にはポケモンバトル会場もあって、恋人を求めているポケモントレーナーの男女は、そこで相手の品定めをして一緒に乗る相手を選ぶのだという。 かつてライモンジムであったジェットコースター乗り場は、ジムとしての機能を完全に廃して一般開放され、今はそこでバトルする者もおらず代わりにモデルたちのファッションショールームがジムとして使われている。 この遊園地は、近々現イッシュリーグチャンピオンであるデンジの手により大幅な改装がくわえられる予定となっているらしい。それを楽しみにするものもいれば、完成した暁にはデンジとカミツレの競演が見られるかもと、根も葉もない噂に期待を寄せているものもいる。まったく現金なものだ。 「そして、もう一つ。貴方には一つ大事なことを教えます……今まで黙っておりましたが、私のポリゴンZ……ふじこは……」 「ふじこは……なに?」 「ポケモンの通訳できる。ラマッコロクルとかいう、謎のプログラマーが作った怪しいアプリのおかげでな。あんまりそれに頼られても困るから、自分でポケモンと気持ちを通じ合えるようにと努力させてみたが……お前なら、ふじこに頼る必要もなかろう」 「な……なにそれ?」 最近こんなのばかりじゃないか。アイルが通訳できるとか、ふじこがどうとか……それに、キズナ達も手話ができるし……。俺だけ、ポケモンと意思疎通する手段が何もないのか……昔は、ガルーラと会話をしていたような気もするけれど、今はポケモンとしゃべるなんて夢物語のようなものだ。 「スバルさんも……なのか」 「おや、どうしました?」 「俺だけ何もないんだ……この前会ったキズナちゃんとかは手話を使えるじゃないですか」 「ふむ」 「それと、俺の近所に住んでいるトレーナーとかは、詳しくは言えないけれどポケモンと会話する手段を持っているんだ……所持しているポケモンがテレパシーが使えるポケモンなんだって……ふじこがどれくらいのものなのかは分からないけれど……でも、なんか……」 「悔しいですか?」 最後の言葉を出せないでいると、スバルさんが先に言ってしまう。俺はその言葉に応えるのがはばかられながらも、『はい』と小声で答える。すると、スバルさんはメガネを外した。 「気にするな。いつだってポケモンの声を聞けるか、私がふじこを貸してやった時に聞けるかどうかの違いだ。嫉妬する必要はない。そんなにポケモンと話せるのが羨ましいのならば、頼めばいつだってふじこを貸してやる」 スバルさんは俺のために言ってくれているのだとは思うけれど、なんかそういうことじゃない。上手く説明は出来ないけれど…… 「そういうことじゃないというツラだな……いや、まあ、そうだろうな。悔しいのか……だが、恥ずべきことではない。手話なんてこれからゆっくり覚えればいいし、テレパシーは覚えさせる方法を教えてもらえばいい。ポケモンと意思疎通できないことが悔しいならばそれを原動力にしろ」 「……はい」 そうだ。嫉妬をしていても仕方ない……ポケモンと意思疎通をしたいのならば、行動しなきゃ。 「分かりました……出来る事から始めてみます……」 「そうだ、それでいい」 スバルさんはそう言って俺の頭を撫でる。 「だがまぁ、その前にウチの子自慢をさせてもらうぞ……たとえば、そうだな……ふじこ、トリニティ」 言うなり、スバルさんはふじことトリニティを出す。ふじことトリニティは、スバルさんのパーティーの特殊技速攻アタッカーを担う二人だ。スバルさんは、ふじこのクチバシに葉巻の形をしたUSBケーブルを差し込むと、スマートフォンのアプリを起動させる。 「例えば、そうだな……トリニティ、今の気持ちは?」 スバルさんがにこやかに尋ねると、トリニティが野太い声を上げて唸る。その声を聞いて、ふじこはポケモンの言葉を訳しているのだろう、目を泳がせている。 「ふむふむ……『ハラペコなう、メシキボンヌ! くぁwせdrftgyふじこlp!』だそうだ……」 スバルさんは画面に表示された文面を、俺に見せ付ける。なんだこの文章は……ぶっ壊れてるし。 「あぁ、こうやって変な変換をするときにふじこって……だからこの子の名前はふじこなんだ……」 「うむ、だからふじこだ……とまぁ、言葉がめちゃくちゃなりに通訳させてみたが……お前なら、ふじこがいなくても腹が減っているのも、餌を希望しているのも、なんとなく分かるだろ?」 「あ、はい」 「その要領で、喜んでいることも、楽しんでいることも、怒っていることも、悲しんでいることも、感謝していることも、ポケモンを見ていれば実はなんとなく分かる……そうだろ、カズキ? 確かに、ポケモンと話すことが出来るというのは魅力的なことだ。けれど、ポケモンと一緒に政治の話や、就職、学業の話をするわけでもあるまい。ポケモンと語るのに、あえて難しい言葉なんて必要ないのだよ。 特にお前は、ポケモンとの交流を上手く出来ている。だから、どうしても話したくなるような……そんな時が来たら私に頼め。だがきっと必要はないがな」 そう言えば、アイルも俺にはあまり必要がないって言っていた……どうしてだろ? 「あの、例のテレパシーを使えるポケモンと……そのトレーナーにも同じことを言われました……俺には通訳する必要はあんまり必要ないって」 「言ったろ? お前くらいのトレーナーならばポケモンが言いたい事はなんとなく分かる。そういえば、道案内をしてもらう時とかもポケモンの言葉が分かるのは便利だったな……そればっかりは、ふじこがいないとどうにもならんかな。 とはいえ、何度も言うようになるが、具体的な言葉が必要なとき以外は、なんとなく分かればよい。んー……まぁ、難しいかなぁ、子供には。じゃ、参考までに……キズナさんと戦って勝利した時はだな。 イッカクさんのセリフが『ヤッタッタwwwwぜwwwご主人www ギザウレシスwww』だったかな。『w』の数は正直忘れた。だが、今日に挑戦者と戦ったときのゼロのセリフはしっかり覚えているぞ。 『マスター、勝ったぜwwwww!』だったな……な、そんなこと、人間の言葉に訳さなくともなんとなく分かる。そうだろ?」 確かに、あの時抱き付いてくれたゼロにセリフを当てるとしたら……そんな感じだろう。 そんな事情の遊園地にて、真っ先に絶叫マシーンに乗った私達は、特に叫ぶこともなくノリノリでそのスピードを楽しみ、次なる楽しみのお化け屋敷へ。 お化け屋敷には多数のゴーストタイプが在籍し、特にこの季節はユキメノコが物理的に客の背筋を冷やしにかかってくる。そして、カミツレも大好きなロトムたちが家電に乗り移りながらいきなり脅かしにかかってくるなど、心臓に悪いこと請け合いの場所だ。 ポケモンも、混雑時以外は1人1匹ずつなら出していいことになっており、手持ちのポケモンが驚くさまを見るのもひとつの楽しみなのだ。涼しいから汗でメガネが落ちることもないが、どうせ誰も見ていないことだし、メガネははずしておこう。 「ほら、あそこにロトムが居ますよ」 とまぁ、このお化け屋敷は怖いことで請合いなのだが、オリザにかかればこんなものである。こいつなら明日にでもポケモンレンジャーになれるんじゃなかろうか。 「ほぅ、さすが忍びだな」 ただ、そこは忍術道場を経営する身分といったところか。オリザはポケモンの気配に対して非常に敏感で、私が見つけられないような潜み方をしていても、バンバン指摘してその居場所を特定する。探知能力に定評のあるルカリオのクイナも一緒に連れているが、クイナは探す必要すらなく居場所がわかっているようで、酷く平然とした様子ですたすたと歩いている。 驚かすタイミングを見失ってしまったポケモンたちは、苦し紛れに脅かすしかないのだが、そんなものでは私もオリザも素通りを決め込むしかない。 完全に無視されてしまった者達は、しゅんとして落ち込んだり、ため息を吐きつつ持ち場に戻ったりと、非常に残念そうな雰囲気をかもし出していた。お化け屋敷の子たちのやる気がそげなければいいが。 「バァッ!!」 「ぬおわぁぁ!!」 そんな中でも、きちんと気配を殺すことが出来るものも居る。ゲンガーであった。しかし、オリザの奴もこんなに大声で驚くことも出来るのだな。 「むっ……」 私も驚いて思わず声がもれたが、オリザの声はかなり大きく、こっちまで驚くところであった。しかし、オリザに指摘されることなく脅かすことが出来た、見るからにベテランそうなスタッフのゲンガーは、闇の中で真っ白な牙だけを覗かせて不適に笑っている。 「ははは……今の子、大物になりますね、きっと」 オリザは驚きの余韻を残しているが、クイナにはばれていたのだろう、彼は落ち着き払っている。さすがルカリオ、敵の気配を感じることに関しては右に出るものがいないポケモンだ。クイナは主人を一瞥すると、ブルルと唇を震わせて鳴く。 「すでに大物なのではないのか? 今のお前の驚きようを見る限りは。ほれ、ふじこがクイナの言葉を訳してくれたが『ご主人ビビリ杉! マジヘタレワロスwwww』だそうだ……」 「あぁ、クイナまでそう言うのか……いやはや、光矢院流忍術も、ルカリオの感知能力にはかないませんね」 「まぁ、大体……分かります」 「そう、それでいいんだ。お前は、きちんとスキンシップを図っているし、ポケモンともきちんと向き合っている。トレーナーというのは、『餌と住処だけあげているからトレーナー』なのではない……それぞれの体を気遣い、無理させない。そして、ポケモンと感情を共有し、時に一緒に汗を流す。ポケモンを、家族と思って接している。言葉が通じなくともそれで何とかなるんだから、それでいいんじゃないかな? ポケモンと意思疎通する手段が欲しいからといって、手話を覚えさせたりポリゴンZを持ったり、テレパシーを覚えさせる必要はないさ」 「……はい」 言葉がなくとも、伝わるか…… 「なぁ、カズキ。お前にとって、ポケモンとはいったいなんだ?」 「なんだ、と言われましても……ずいぶんと抽象的な言い方ですね……範囲が広すぎるから、結構曖昧になっちゃいそうですけれど……」 「それでいいよ。まとまらなくとも、答えてもらえばいい」 そう言われると、困っちゃうな……どう答えるべきか。悩んでいると、スバルさんは眼鏡を装着する。 「私はですね……昔は、ポケモンっていうのは競争相手でしたね。残飯漁りの邪魔になるから、たまに殺してその肉を食べることもありました……」 「ざ、残飯漁り?」 え……なにそれ、スバルさんはどれだけ過酷な人生を歩んでいるんだか……。 「なに、ブラックシティでは今も行われている事でしょう? 浮浪児がたくさんいるのですから」 「そ、そうだけれど……」 「ですけれど、ある時残飯漁りをするポケモンを殺したら、血の匂いを嗅ぎつけてポケモンが寄ってきましてねぇ……食べきれないので残りを譲ってやったら、懐かれてしまってな……そのうち、私にとってポケモンは協力し合う仲でもあり、獲物にもなりました。 私が懐かれたポケモンはデルビルでしてねぇ……どこかのお金持ちが、逃がしてしまったヘルガーあたりが野性化したのでしょう。これが私にとって都合がよくてですね……まぁ、食べ物を焼いてもらうことで、コラッタの様な病原菌で危なそうなポケモンも、平気で食べることが出来たのです。 そうして成長した私は、ある時親が失踪しまして……捨てられた服を漁ったり、ワゴンセールの服を盗んだりして服を手に入れていた時期もありましたが、その頃からはスリや強盗によって生計を立てるようになりました。 その時は、ポケモンは仕事をする上でのパートナーでしたよ。」 「強盗とかスリってそれ、仕事って言わない」 「ふふ」 笑って誤魔化されたけれど、誤魔化せてない。スバルさんって普通に犯罪者じゃないか。 「スリがばれたら、何としてでも逃げる……ヘルガーと一緒に。運命共同体ですから、その時はすでに……パートナーというよりも家族だったのかもしれません。野性のポケモンは狩りの対象でしたけれどね……ブラックシティは何でもあるので、貴方と同じくホワイトブッシュで狩りをしたりなんかして、お世話になったものです」 「ポケモンは家族、ですか……俺もそうなのかな」 「そうでしょうね。狩りをやるなんて、自分の信頼における人とでなければできませんよ」 「それから先はどうなったの?」 俺が尋ねると、スバルさんは俺の口を閉じて笑う。 「初恋の相手に、出会ったのですよ。今のお話とは関係ないので、割愛です」 「えー……なにそれ、残念だなぁ」 俺が言うと、スバルさんは意地悪に微笑む。 一度ため息を吐いて、オリザは顔を上げる。 「そりゃな、ルカリオの感知能力はレンジャーにおいての使用率で実証済みだからな。お化け屋敷のお化けがルカリオにも見つからなかったら、それは大物を通り越して化け物だ。そんなポケモンに出会ってみたいものだな」 「しかし、あのゲンガー、すでに大物ですか……確かにそうかもしれませんね。私が気づけないなんて、忍者の修行もやり直しですかね」 オリザは恥ずかしさを紛らわすためか、苦笑いしつつも私の言葉を認める。なんだか可愛いから、もう少し弄ってやろう。 「あぁ、先程の驚きよう……あいつはベテランなのだろう。貴様、そんなリアクションも出来るのだな……そんな反応を見せてくれたあのゲンガーには感謝だな」 「お恥ずかしいところを……」 「いやいや、お前を驚かせる経験なんてないものでな。なかなか貴重だし、あんなものはいわゆる脊髄反射だ……恥ずかしがることではないぞ」 「まぁ、一般人ならばそうなのですがね。まだまだ修行の余地はあるってことですね」 「まじめすぎるぞ、オリザ? ジムリーダーは別にリアルファイトで強くなければいけないわけでもあるまい」 そんな事よりも、ジムリーダーなのだからポケモン勝負の腕を磨けといいたいところだが、こいつにとっては忍としての能力を高める事が、ジムリーダーであることと同じくらい大切なことなのだろうな。 「いいじゃないですか。感覚を研ぎ澄ますことで得られる事だってあるでしょうし、日常生活でもポケモンバトルでも何かの役に立つかもしれません」 ま、私もオリザのことは言えないか。カズキが立派な育て屋になってくれるようにと、人を育てる真似事も最近はしているしな。 「そういうところがまじめだというのだ……ま、それが強さの秘訣なわけだし……肩の力を抜いたら、逆に体調を崩しかねんな」 「おや、そんなやわな体になった覚えはありませんよ」 言いながらオリザは病院を模したエリアの一箇所を指差す。 「肩の力を抜きすぎたらストレスで胃に穴が開くかも知れんぞ?」 「ないない、ないですってば」 指差したその場所にポケモンが居るということなのだろう。会話中でも気配をしっかり探れる位にバレバレとは、もう少し気配を消す鍛錬を身につけさせた方がよさそうだ。新入りだろうか? 「フォォォォ……」 サマヨールが薄ら寒い緑色の光と共に起き上がり、こっちをにらむ。しかし、効果はない。 「だって、お前休日が実質ないじゃないか。ジムが休みの日だって鍛錬は1日も欠かさないし」 まぁ、気付かれてしまってはこんな風に素通りだ。これを機に、あのサマヨールにはもっとうまく気配を隠す術や驚かすための飛び出し方や不気味な掛け声の練習をしてもらうしかなかろうよ。これも修行だ、ポケモン達には頑張ってもらわねば。 「1日でも欠いたら、怠け癖がついてしまいますからね。これでも、鍛える部位は腕だったり脚だったりと毎日変えて、一箇所ばかりを無理させないように心がけているんですよ?」 「理にかなっているじゃないか。そうだな、毎日違う場所を酷使するというのは悪くない」 お化け屋敷で頑張っているポケモンや、怖がっているほかの客たちを尻目に、私たちは他愛のない世間話をしながら出口を目指していった。 「今、私にとってのポケモンはですね……」 スバルさんが眼鏡を外す。嫌な予感がする。 「私にとって、人間の元で育つポケモンは奴隷だと思っている」 「いやいやいや……」 思わず素の口調が出てしまうくらいで勢い良く突っ込んでしまった。 「あぁ、奴隷と言っても勘違いするなよ? 奴隷というのは確かに金銭で売買されるし、労働に従事させられるが、その全てが苦役を強いられていたわけではない。奴隷というのは、広義では職業選択の自由がなく、金銭で売買される者のことを言うのだ。だから、能力の高い、家庭教師や医者といった職業に従事する奴隷は、下手な市民よりも高い待遇を受けていたんだ」 「はぁ……」 よく分からないけれど、黙って聞いておこう。 「私はね、金銭でポケモンを売買するし、育て屋として他人のポケモンを育てたりもする……それらのポケモンは、時に戦闘に。時に通勤や農作業の手伝いに……だが、それはポケモンたちが本当に望んでいたことなのだろうかと、たまに考える。 もしかしたら、ポケモンコンテストやミュージカルが好みかも知れないし、そもそも野性のまま暮らしていたいかもしれない……人間の奴隷と同じく、下手な野性よりもよっぽどいい暮らしをしている者もいれば……まぁ、虐待されているポケモンについては気分が悪いが、私ではどうにもできないからひとまずおいておこう。 虐待されているのは問題外として、私たちは少なからずポケモンたちに職業を強制している。同じバトルやコンテストでも、戦闘スタイルやアピールするポイントの違いで主人の思惑とポケモンの思惑が食い違うこともあろう。だからこそ、奴隷だ」 「確かに……奴隷ですね」 「先ほども言ったように場合によっては奴隷も好待遇だし、家族のように扱うこともある……ポケモンは奴隷なんていきなり言ったら、『ポケモンは道具』という者たちと大差ないように思えるかもしれんが、私にとってのポケモンとはそういうことなのだ。 いや、道具だって大事に扱えば長持ちするだろう……一生使い続ける懐中時計なんてものもあるわけだしな。ポケモンは道具と言うのもあながち間違っていないのかもな。 ともかく、私は『自分が命を奴隷として扱っている』ということを戒めとするために、私はこういう表現をするのだが……奴隷なんて表現は少々印象は悪いかもな」 「いえ、きちんと聞いてみると、とても納得がいきました……確かに、ポケモンは人間の奴隷かも……」 「そうか……カズキは感受性が豊かだな」 と、スバルさんが嬉しそうに言う。そうなのかな……というか、感受性が豊かなのだろうか、それは。 「そしてな。だからこそ私は、奴隷であるポケモンが、自分が奴隷であることを幸福に、そして誇りに思えるくらいにしていきたいと思っている。ボールは、ポケモンを収納するために必要かもしれんが、願わくば鎖の要らない奴隷となれるようにな」 ふぅ、徒ため息を付いてスバルさんが笑う。 「これをジムリーダー採用面接で言ったら不採用になってしまったよ……苦い思い出だよ」 「そりゃー……スバルさんが悪いんじゃ」 「面接官の人間性を見抜けなかった私の責任というのであれば、そうかもしれないな。先程言い争った女と同じ。人の想いを、主張を、最後まで聞こうとしないで上っ面だけで判断する、浅い連中なんだよ、面接官の連中は……きっとね。奴隷でも、道具でも同じ。長く、大事に使わなければいけないものなのにな……」 スバルさんは、呆れたようにため息をついた。 「ふー……気配を上手く消せたのは1匹だけかぁ」 「そんなもんですよ。これからもあのゲンガーには頑張って欲しいですね」 「確かに。新人教育というか、ベテランを育成できるようになって、今度来るときはオリザをもっと驚かせるようになって欲しいものだ」 「今のままじゃ心臓も鍛えられませんしね」 「あぁ。お化け屋敷はもっと飛びっきり心臓に悪いくらいが理想的だ」 私たち二人は笑いあって次のアトラクションへ向かう。こうしてポケモンとは関係のないところでの交友をしていると、普段のポケモンとの生活も悪くないがたまにはまったく別のことを考えるものもよいものだと思わされる。 景品付きの輪投げでは、オリザの熟練した投擲技術の賜物が垣間見え、次々と景品を取ってしまう始末。店主が泣く前に、同じ景品に何度も輪を通したりなど芸が細かく、見ていて楽しい。 続く、ハンマーをたたいて力比べをし、規定値に達することでお菓子が多目に進呈されるアトラクションでは、オリザが片手で大量のお菓子が進呈されるポイントまで楽々と達し、私は両手を使ったが何とかオリザの記録を抜く程度。むぅ……男の筋肉はうらやましいな。 代わりに私は手が早いから、神速の張り手で敵を目潰ししたり、急所に一撃を加える戦いを得意とするが、たまには男の筋肉で力任せの戦いもしてみたいものだ。 「それにしてもオリザ……夜の遊園地というのもいいものだな」 ゼブライカの意匠を施された馬車の席にて、メリーゴーラウンドの優雅なクラシックの音楽に揺られながら、ひじでオリザのわき腹を突っつきつつ私は語りかける。 「そうですねー。この遊園地、12時まで営業しているから、仕事帰りに行くにはちょうどいいですし……ドラゴンに乗っていくのも疲れますがね」 「このむわっとした暑い空気も、熱を持たないアトラクションに乗っていれば、風が流れて涼しいし……」 絶叫マシーンに乗っていれば、こいつの暑苦しい筋肉も気にならない。 「そうですね。そよ風と重なると、とても涼しくって……」 二人で肌に風を感じながら、夜の空気を楽しむ。遊園地でデートというのは安直な発想だと思ったが、意外にも悪くない。昔、ギーマと一緒に来たときは、完全に妹のように扱われていたものだが、こうして恋人という体裁で来てみると、なんだか同じ風景も違って見えるものだ。 「改めて聞くよ、カズキ。お前にとってポケモンとはなんだ」 「俺は……ポケモンは……奴隷、なのかなぁ? 今まで家族だと思っていたけれど」 「言ったはずだろう? 家族兼奴隷の様な者もいたと。奴隷でもいいのだ。お前の奴隷であることを誇りに思えるのであればな……そして、お前のポケモンはお前の奴隷である事を誇りに思える。違うか? お前の下に生きるポケモンは生き生きとして毎日を過ごしている。違うか?」 「いえ、そうなるように努力しています」 「ならば、誇りを持て。そして、今のお前には私のふじこも、そのテレパシーを使えるポケモンもそこまで重要じゃない。ポケモンが喜ぶことが出来、分かるお前ならばな」 「はい、ありがとうございます」 今度は、力強く答えることが出来た。力強く答えると、スバルさんは親指と人差し指と中指の間に挟んでいた眼鏡を付ける。 「よろしい。今日の仕事は終わりです。そのジムバッジ、大事にしてくださいね」 「分かりました……もしも、イッシュの旅に出ることがあれば、その時はこれを持って……」 「あぁ、そうしてくれ」 そう言って、スバルさんは俺の頭を乱暴に撫でた。男の人のようなゴツゴツした手だったけれど、伝わってくる感触から愛のようなものを感じて嬉しかった。 そうして、メリーゴーラウンドでのまったりとした時間を終えた私たちは、最後の締めにと観覧車へ向かう。ここの目玉は、ライモンシティの夜景が最高の場所で見られるというところだろうか。光のじゅうたんに彩られる街をゆったりと見る感覚は、、ポケモンによる飛行のようにハイスピードで揺れながらでは味わえない上質な時間となる。 夜になれば、室内に流れるBGMも、恋人たちをその気にさせる甘い歌に代わり、気分を高めさせてくれるという。そういった事情があるためか、この観覧車は二人乗り専用で、ひいては恋人との二人乗りが推奨されている。 そのため、この周りではナンパやナンパ待ちが絶えず、ポケモン勝負を通じて相手を決めるような風潮もはやっている。 その影響で専門のバトルフィールドまで併設され、可愛いポケモンで女性を釣ったり、圧倒的なポケモン勝負で異性を魅了したりと、観覧車付近はポケモンを利用した求愛の社交場になっている。 ポケウッドではこの遊園地での恋物語を題材にした短編映画も放送されているなど、この観覧車は本当に表情豊かな場所となっている。 時折、『私に勝てたら観覧車に乗ってあげる』なんていいながら、圧倒的な手腕で烏合の衆を蹴散らし、強い相手を求める戦闘狂もいる。今宵もそんな女性が出没している……というよりは『そういう女性』はここ、ライモンの住人だったようだ。その女性が勝利するたびに沸きあがる、女性の黄色い声。 男性ファン以上に、憧れの的として女性の人気を集めているその者の名は、電気タイプのジムリーダー……カミツレ。 感傷に浸っていると、スバルさんも感傷に浸っていたようで、彼女は微笑んだ。 「懐かしいな……昔、ギーマに育てられたのを思い出す……」 「スバルさん、四天王と知り合いなんですか?」 「知り合いなんて浅いものじゃないさ。なんてったって、私を育てたのはあいつだからな。あ、育てたといっても、14歳のころからだからな? オムツを取り替えてもらったりとかはしていないぞ。ポケモンバトルを鍛えてもらっていたんだ」 「へー……四天王に育てられたんじゃ、強いわけだ……ポケモンバトル」 感心したように俺が言うと、スバルさんは得意げに笑う。 「あいつのように、人もポケモンも育てられる女に……私はね、そういう風になりたくてジムリーダーになりたかったんだ。なのに、オリザにジムリーダーの役目を取られたのは非常に悔しかったが……」 「スバルさん、癖があるからジムリーダーには向いてませんよ、きっと。無理せず、自分にあった子を育てるほうが向いているんじゃないですかね? ジム生となったら、どんな子でも鍛えてあげなきゃいけないジムリーダーよりも、気に入った素材を生かす職人さんのほうが向いていますって」 俺の言葉に、スバルさんが微笑む。 「いい土、いい木材が無ければ仕事をしない職人か……ならば、思わず育ててしまいたくなるお前は、いい材木かもな」 「……ありがとうございます」 「謙遜もなしとは、恐れ入る」 そう言って、スバルさんは俺の頭を鷲づかみにしながら撫でた。 「だってほめているんでしょう? 否定したら、『スバルさんの目は間違っている』って言っているようなものじゃないですか」 頭を小突かれる。 「その通りだな、生意気な奴め」 上機嫌そうに鼻息をくぐらせて、スバルさんは肩の力を抜いた。 「あら、オリザさんではありませんか」 「おや、カミツレさん?」 9時も回ったことだ。バトルの聖地ということで、これからサブウェイにでも向かおうと思ったが、思わぬところで思わぬ相手に出くわすものだ。 「お久しぶり。去年のジムリーダー就任祝いパーティ以来ね」 カミツレはにこやかに近づき、オリザへ挨拶をする。 「こちらこそ、お久しぶりです。今日は……その……」 「デートに来ました」 私のほうを身ながら口ごもるオリザの代わりに、私が答える。 「あらあら、お連れの方は恋人さんですか? オリザさんもすみに置けませんね」 「まだ恋人といえるかどうかは微妙ですが……少なくとも、友人以上の関係だと思っています」 「こらこら、オリザ。そこは自信満々に『えぇ、恋人なんです』と言え。そしたら私が『調子に乗るな』と言うから」 「いやいやいや、なんなんですか!? その突っ込みまで含めた上級者向けのツンデレは」 そう言って、私たち二人は笑いあう。カミツレも一緒に笑顔になって、私たちを見守っていた。 「恋人同士でここにきたということは、目当ては観覧車かな? オリザさん一人だったら勝負のひとつでも挑みたいところだけれど……カップルということならば、水をさす訳にはいかないですね」 そう言って、カミツレは『邪魔者は失礼します』とばかりに立ち去ろうとする。 「おや、それならば、私がお相手をしましょうか?」 ジムリーダーというのは普段は挑戦者にベストメンバーで挑むことが出来ず、実質手加減しながら挑まなければいけない。もちろん、挑戦者が望めば本気でお相手することもあるがそういう輩も多くはなく、たまにはベストメンバーのポケモンに思いっきり遊ばせてやりたいといったところなのだろう。 カミツレがいつもここに出没する理由も、そこにあるらしい。つまり、今のカミツレはベストメンバーを連れているということ……これは意外な幸運もあったものだ。 「あら、それはいいのだけれど、貴方はそれなりの子をお持ちで? 私を痺れさせるなら、それなりの子を用意しないと……あ、あれ?」 何かに気付いたのか、カミツレは私の顔を見る。 「すみません……貴方、4年前に6つ目だか5つ目のバッジを入手するために、うちに来ませんでしたか?」 ほう、思い出したか。やはり印象が強かったようだな。 「旧プラズマ団が崩壊した年ももう4年前ですか……月日がたつのは早いですね。確かに、そのころに私もジムに挑戦しました……名前は白森スバルです」 「やっぱり、貴方はシラモリスバルさんなのね。あの時感じた貴方の惚れ惚れするくらいのスタイルのよさ……そのままだわ。体型もまだまだモデルとして通用しそうね。服の上からでもわかる」 「ところで聞いてくれ。さきほど、オリザの奴から電話があったのだがな……今回は迷惑をかけたお礼にデートに誘ってくれるそうなのだ。あいつのフライゴンと私のサザンドラで空中散歩してからライモンシティに繰り出すんだ……中々楽しそうだろう?」 「え、まぁ……頑張ってください。オシャレして……」 「いやぁ、オリザ以外に色っぽい姿を見せたくはないから、むしろダサい格好していこうかなと思う。そうだな、作業着で行こう」 「そ……そう。頑張って」 どういうコメントをすればいいのか、俺は分からなかった。とにかく、機嫌は悪くなさそうなのでよかったということにしておこう。 カミツレよ……貴方がそんな事を言うと、色々不味い気がするのだが。 「あのしゃしゃり出てきた女……カミツレ様に褒められた……だと!?」 「本当だ……カミツレさんの言うとおり、作業着の上からでも結構くびれている……っていうか、何で遊園地に作業着なの……?」 ほら、ファンの多い貴方が言うと、些細なことでもこんなことになる。確かに、日々ポケモンと戦って鍛えている私には無駄な脂肪はほとんどないし(不本意ながら胸もないが)、腹筋も割れている。まだ腹筋はギーマにしか見せた事はないが……。 「本当、4年前にも思ったけれど、貴方は水着になってステージに立って欲しいくらいだわ」 「それは身に余る光栄です。ですが……私は日々ポケモンとリアルファイトをしていますゆえ、傷だらけの体ですし。黒タイツで傷を隠せるならばともかく、水着のモデルは出来ませんよ」 しかし、そこが残念なところだ。肌をさらすような服が着れないとあってはモデルにも向かないし、私自身あまり乗り気ではない。そもそも、私がつなぎの服を着ているのは、タバコを押し付けられた跡や、電源コードでひっぱたかれた跡を隠すためのものだというのに。 「そう……残念だわ」 こうして女の話に持っていってしまったせいか、オリザの奴は会話に入れず置いてけぼりだ。 「それより、スバルさんはポケモンバトルの相手をしてくれるそうね……」 話を変えて、カミツレは目を爛々と光らせて私に尋ねる。 「えぇ。あの時は確か、バッジ6つレベルのポケモンでお相手してしてもらった記憶があります。私は本気で挑んだので、ポケモンのレベルが違いすぎて無様な戦いをさせてしまいましたが、今回は本気のメンバーで挑んでくれるのでしたら……退屈させないように、私のベストメンバーで行かせてもらいましょう」 「ふふ、あの時は貴方の実力を見誤っていたわ……本気でお相手すればよかったと思うほどにね。近頃は本気を出せないような退屈なバトルばかりだったけれど……今日は痺れさせてもらうわ。もちろん、貴方も痺れてもらうけれどね」 「私も同じくです」 ポケモントレーナーは目があったら勝負と言うが、今はっきりと私たちは目が合ったのみならず、気が合った。せっかくなので私はメガネを外し、久しぶりに素の自分をさらけ出す。 「あー……お二人さん、盛り上がっているようなので、私が審判やります……」 会話に置いてけぼりになっていたオリザがようやくもって口を開く。 「頼むぞ、オリザ」 「お願いね、オリザさん」 口調も変わったところで、私とカミツレはお互い両サイドに別れてモンスターボールを構える。カミツレのきびきびとした動作は、モデル業で培われたのであろう、魅せの要素が存分に詰まっており、一挙手一投足ごとに観客が声を上げている。 昼の出来事の回想を終えると、改めて自分がバッジを手に入れたことを実感する。思いがけずだったけれど、眺めてみると嬉しいものだ。そして、バッジスバルさんやアイルの言葉を思い出すと……そっちも嬉しい。 でも、ポケモンは家族か……奴隷でもあるという前提条件を俺は納得してしまったけれど、やっぱり俺にとっては家族である事には変わりはないわけで。 「じゃあ、家族ってなんだっけ……?」 なんて、いまさらながらに俺は考える。家族ってなんだろう? 喜びを分かち合ったり、一緒にご飯食べたり……一緒に遊んだり。狩りだって一緒にしているし……じゃあ、やっぱり家族でいいのかな? 分からないけれど、きっとそれが家族なんだろう。とも思うけれど…… 「ユウジさんは、どうだったのかな」 キズナとかは、アオイさんとは姉妹ですごく仲が良かった……それがどういう感じなのかは後で聞くとして、今日はとりあえず、ユウジさんの話を聞こう。隣から、声がするし……多分、帰って来ているのだろう。 「行ってみるか……」 と、つぶやき、俺は携帯電話を確認する。キズナから連絡があったので、眼を覚ますついでに、俺は電話で今日の出来事についてキズナと語り明かした。けれど、家族というのがどういうものなのかなんて話題は、電話越しじゃちょっと話しづらくて、話題にすることはできなかった。 「それでは、カミツレさん。勝負は3対3のシングルバトル。敗者はオリザと観覧車に乗ると言うことでどうだ!?」 「何で私が罰ゲーム扱いなんですか!」 オリザが突っ込む。しかし、突っ込みとしては物足りないので、不合格と言うことで無視だ。 「あら、それはいい提案ね。負けたときの言い訳にはしないでよ?」 ほら、カミツレも納得している。そして、それは逆だ。私が勝ったときに、お前が最高に惨めになるのだよ、カミツレ。 「スバルさん! それどこもいい要素がないですよ!」 オリザ、ツッコミが面白くないぞ。やり直せ。 「つまり、私が貴方に勝てば、観覧車で貴方を慰める恋人を演出できると言うわけ。私はカップルの恋路を助けた偉大なジムリーダーになれる可能性があるのね」 「違うな。私が勝つことで、私は最高のツンデレを発揮できるのだ」 「自分で言ったらツンデレの意味ないでしょうに!」 今度はいいツッコミだ、オリザ。 「はっは、言い得て妙だな、オリザ」 「あぁ、もう突っ込むの疲れた……好きにしてください」 なんだ、情けない。この程度で掛け合いも出来ないようでは、この先大変だぞ。 「では、私が勝ったら貴方のその作業服を脱がせて完璧にコーディネートするわ。『コーディネートはコーデネート』と言わせてやるんだから」 「さむっ……」 オリザ。そういうのはもう少しオブラートに包んでやれ。周りでは、訓練されたカミツレのファンが『出たぞ! カミツレ様の凍える世界だ!』とか、『カミツレ様、クールビューティー!!!』などとはやし立てている。カミツレよ、いいのかそれで。 「ふふ、ダサいのは、オリザに服を脱がせたくするためだ。似合う服など着たら服を脱がせる楽しみがなくなる。私の体は、信用できるもの以外には誰にも見せたくないのでな」 「いやむしろ、服を脱がせたいよりも、実はあんまり隣を歩いて欲しくないのですが……」 何!? 隣を歩いて欲しくないだと……仕方が無い、それではもう一つの理由を言おうか。 「あと、恋人に買ってもらった服を着たいがためにこうしているのだが……」 「う……すみません、何も買ってなくって」 まぁ、いまオリザに言ったのは嘘なわけだが。しかし、服を脱がせたいよりも隣を歩いて欲しくないと言うほうが強いとは……なかなかに以外だ。これは考え直す必要があるな。 「と、とにかく……カミツレさんとスバルさんの勝負ですね……もう開始してよろしいでしょうか?」 「もちろん……といいたいところだが、その前に……お前も出て来い、ふじこ」 私は先んじてふじこを繰り出し、その口に恵方巻きの形のUSBケーブルを咥えさせてスマートフォンと接続する。 「それは……何のつもり……?」 カミツレがたずねる。 「おっと、このポリゴンは試合に出さないからな……あしからず。こうすることで、ポケモンの言葉を訳すアプリや、録画機能が自動でオンになるのだ。だから、試合の進行にはあまり関係ないよ」 「なるほどね……了解よ」 そう言って了承したところで、大丈夫だと互いにオリザへと目配せをする。 「それでは、これより野試合を始めます。ルールはシングルバトル、全てのポケモンが戦闘不能、もしくは試合放棄した時点で試合終了とします。また、ポケモンの交換はどちらも自由としますが、戦闘中の交換の際は、積み技やの使用や溜め技のチャージ、回復等を許可するものとします」 「了解だ」 「問題ないわ」 「それでは、バトル開始!」 「こんばんは」 ひとしきりキズナと語り終えたあと、俺は隣の家の呼び鈴を鳴らし、インターフォンから挨拶をする。 「お、カズキか? どうした、入れよ」 「あの……あぁ、はい。入ります……」 少しだけ、話がしたいと思って訪ねてみたが、要件を言う前に俺は家の中に案内される。俺は合鍵を使って錠を開け、ユウジさんの家に入る。 「失礼します……」 まだ時刻は午後8時だってのに、必要以上に声を潜めて俺は言った。 「こんばんは、カズキ。今日はどうした? 何か獲物でも持ってきたのか?」 ユウジさんはアイルの絵を描いていたようで、スケッチブックにはメイド服姿でポーズをとるアイルが描かれている。アイルは雄なのに、何をさせているんだこの人は……。 「いや、そういうのじゃなくて……ちょっと聞きたいことがあるんです」 くだらないことかもしれないけれど、と俺は心の中で前置きする。 「改まってどうしたんだ? 俺が答えられる範囲でなら何でも教えてやるぞ」 そう言ってユウジさんはテレビから目を離して柔和に笑う。この人が父さんだったらよかったのにな。まぁ、21歳だからどう考えても無理なわけだけれど……。 「ユウジさんって、俺の年くらいの時って……家族とどういうことしていましたか?」 「んー……お前の年の頃か。海に連れてってもらったり、たまには勉強しなさいと怒られたな……勉強していなかったけれど、共働きの両親のために一生懸命飯を作っていたからな。褒められるのが嬉しくって、今じゃ調理を学ぶ高校まで卒業して、カジノのレストランで調理スタッフになる始末だ。 褒めてもらって嬉しいのも、やっぱり両親が好きだったからな。ゲームも遊びも好きなことをやらせてくれたし、休みが取れれば海やスキーに連れてってくれたりとか……そうだな。夏は、一緒に花火をやったりとかしたっけ……」 昔を懐かしんでユウジさんは笑う。 「だが、カズキ。こんなこと聞いても、お前は辛いだけじゃないのか? お前は父親が誰かも分からないし、母親だって……」 「いや、大丈夫です」 「そうか、何を思ってこんな事を聞いたのかは知らんけれど……そうだな。やっぱり、家族で行事をやるというのが面白い。バレンタインの時には家族に花を贈ったり、イースターの時は卵を探したりとか。ハロウィンもクリスマスも、独立記念日も、感謝祭もね……祝ったりしてさ。国の行事っていうのは俺達家族にとっては別に特別な日でもないけれど、祝ったりすることで家族の絆を確かめ合ったり……なんてね。 あんまり確かめすぎても有難味が薄れちゃうけれど、年に数回あるイベントで確かめるならちょうどいいかなって感覚でさ」 「なるほど、そんな感じか……」 「で、どうしたんだ、お前は?」 「俺は……その……ポケモンとの向き合い方について聞かれたんです。育て屋のお姉さんに……」 「ふむふむ、それで?」 その時俺が、単純に家族なんて言葉でしか表せなかったことや、スバルさんが奴隷という表現でポケモンを見ていたこと。ただ、それに共感してしまったことなどを話す。ユウジさんは、余計な口を挟むことなく、相槌を打ちながら聞いてくれた。 「なるほど……お前は漠然と、ポケモンを家族だなんて思っていたわけだが、家族ってものがどういうものだか分からなかったとか、そういう感じかな?」 「そんなところです」 「そっか……まぁ、でも家族の形なんて人それぞれだよ……」 そう言って、ユウジさんはずっと放っておかれていたアイルの腰に手を回す。アイルは最初こそ体をびくりと震わせたが、上機嫌になってユウジさんの頬を舐め、お返しにユウジさんはキスをしている。相変わらず仲がいいなぁ。気持ち悪いくらいに。 「行け、うな丼」 「ヴォランス、輝いて御覧なさい」 と、オリザの宣言と共に、私はシビルドン。カミツレもシビルドンを繰り出す 「おや……」 「あら……」 同じポケモンを出してしまったことに、私たち二人は間の抜けた声で微笑みあう。 「同じポケモンだとはな……電磁波を放って痺れさせようと思ったが、これではしまりが悪い」 「地面対策のつもりが……こうきたか」 私もカミツレも、なんら心のこもっていない会話を交わしながら、戦略を組み立てる。 「相手の攻撃に備えなさ……」 「つまみ出せ」 カミツレがとぐろをまくことを命令し終わる前に、私はドラゴンテールを指示する。うな丼は力を蓄えている最中のヴォランスの下半身を上に叩き上げて弾き飛ばす。掬い上げられるように投げ飛ばされたヴォランスは、体勢を整える前に場外へとはじき飛ばされた。場外にポケモンを出された場合は強制後退となり、交換によって発生する先攻権こそこちらに与えられることはないものの、せっかく昂ぶった体も心も、ほとんどリセットされてしまう。 安静にしている分、毒や火傷による症状の悪化はさせられるが、それ以外の面を考えればリセットの弊害は大きいと言える。 「さて、こっちはカミツレが次の子を出すまで、とぐろを巻いて攻撃に備えるんだ」 いわれたとおりに、うな丼は自身の体を丸めて攻防一体の構えを取る。 「くっ……ならばこちらは、行きなさい! サジタリウス」 サジタリウス……確かそれはいて座。と言うことはおそらくゼブライカだろう。 「やはりか……」 名前から予想出来るとおり、彼女の切り札のゼブライカであった。ゼブライカの特性は電気技を無効化してしまうため、電磁波を使ってやるつもりであったが、これではその技は使えない。相手が物理型であれば、とぐろを巻く構えにも意味があるのだが、さて……カミツレのことだ、ここでうな丼に向かって物理型を出すようなへまはしないだろう。 とぐろを巻く技は、待ちの姿勢と言うことで相手が攻めてくるのであれば非常に強いのだが、巻いたままでは移動もままならないのが弱点だ。やはり毒々やのろいと合わせて使用するのが最良か。ただまぁ、シビルドンは浮遊しているので、とぐろを巻いている最中でもある程度動き回れる利点がある。そこらへんは、ジャローダなどにはない利点だ。 「サジタリウス、オーバーヒート!」 なるほど……特攻が低下する技を迷わず使うということは、両刀なのか。 「こらえろよ」 しかし、ゼブライカのオーバーヒートであれば、相手が相当鍛えていなければうな丼でも耐えられる。地面を舐めるような低空飛行で炎の直撃を避けたうな丼は、 「噛み付け、うな丼」 サジタリウスの全身から燃え盛る炎を、丸めた体で表面積を少なくしてしっかりと受けきったうな丼は、その体を鞭のように伸ばしてでサジタリウスを飲み込み、怒りを込めてサジタリウスの首を絞め殺す。口をふさがれ、しかも首を絞められると合っては息苦しいことこの上ない。首を振り、効果はいまひとつな上に、オーバーヒートのせいで弱まった電気を延々と放って振りほどこうとしている。 うな丼が離れたときにはどちらも疲労困憊していた。 「体ごとぶつかれ」 「蹴り飛ばしなさい!」 私とカミツレ、二人の命令はほぼ同時。しかし、やはりというべきかサジタリウスのほうが早く動く。なんだかんだで体内に電気を流されたうな丼も、満身創意だ。突進する勢いをそのままけりの威力に変えた重い一撃がうな丼を捕らえる。しかし、こっちも体ごとぶつかれという指示を出した。 これなら、たとえサジタリウスの攻撃が先に決まったとしても、勢いが残ったうな丼の攻撃はサジタリウスに当たる。その目論見は成功し、サジタリウスの攻撃が当たった一瞬後に、うな丼のアクアテールが決まる。 しかし、まだ体勢も整っていないうちの破れかぶれではなったうな丼の一撃は浅かったのだろう。横っ面をはたくつもりが、太い首にヒットしただけで、サジタリウスはほとんど動じていない。しかし、このゼブライカやたら攻撃力が高い気がする。 体のどこかに命の珠を隠し持っているのだろう、技を放つときにはどこか苦しそうな表情をしている。 「シビルドン、戦闘不能。スバルさんは次のポケモンを出してください」 ふむ……やられたか。さすがにジムリーダーの切り札だけあって強い。 「お前が、お前の思うままにやって行けばいいさ。お前がされて嬉しいと思うことをポケモンにやって、ポケモンも同じようにお前の望むことをやる。それでいいじゃないか。どんなポケモンも同じことをされて嬉しいわけじゃないが、そういう風に心がけるのが一番いいだろうよ」 「まぁ、そうなんですけれど……自分のやっていることが不安になっちゃって。でも、案外簡単なことなんですね……家族であるってことは」 「そうだよ。やる気になれば誰だって出来る事だ。だからこそ、家族というのは、家族であらなければいけないことだけれどさ。お前は、お前の親みたいなろくでなしにはなるなよ?」 「分かってます。ただ、それを実践するのが難しいきがしたから……家族ってのはどういうものなのか聞いてみたくって……でも、なんとなく分かったような気がします」 「なんとなく分かったか。じゃあ、どうする?」 「このまま、特に何もしないでも大丈夫な気がしました。たまに季節のイベントに乗っかって、ポケモンたちに何かお礼をできれば、それだけでも大丈夫な気がしました……家族って、何か特別なことをするから家族じゃないって」 「特別な事をしなくっても大丈夫だから家族なんだよ。家族は、日常の一部になるという特別な存在なんだからな。ま、それだけじゃ味気ないから、たまの彩くらいは添えてやんな。クリスマスとかで何か料理とかが入り要なら、俺も協力してやるからさ」 「……ありがとうございます」 「あ、そーだ」 何かを思いついて、 「はい?」 「今から花火やりに行こう。近所のスーパーまだ空いているだろ?」 「空いてるというか、あのスーパー24時間営業ですし」 「よし来た、行こう。俺が花火買ってやるから、好きなの選べよー」 「で、でも……」 「俺も、お前の家族だよ、カズキ」 テーブルを挟んで向こう側のユウジさんは、見下ろしながら微笑んでそう言った。 「だから行こうぜ」 俺が、家族……ユウジさんとは全く血のつながりも何にもないけれど、家族……か。 「お願いします。一緒に行きましょう」 俺達は、外に出る。ヒートアイランド現象が度々起こる摩天楼も、夜は涼しい風が吹く。湿気を伴った夜風だが、冷めた風は心地よくて、Tシャツが風に靡くたびに体の表面が涼しくなった。 クーラーの効いたスーパーマーケットに行くと、まずは湿って張り付いたシャツをつまんで上下させ、シャツの中に冷たい空気を放り込む。体の芯は全然冷えないが、とても気持ちが良かった。ポケモンは入場禁止ではないし、もうお客も少ないので俺もゼロを出してみる。二人で花火のコーナーを物色していると、俺達はどんなふうに見られただろうか。 ストライクを連れた少年と、ゾロアークを連れた青年。似てないけれど、年の離れた兄弟のようにみられていたらちょっと嬉しいだなんて俺は考えてしまう。 「さすがはジムリーダー……お強いことだ」 「それはお互い様、今のうちに充電よサジタリウス」 私がポケモンを出すまでの時間にもきちんと積もうとは、まじめに勝とうとして手段を選んでおらぬな。ならば私は最強の手持ちでお相手しよう 「ならば……お前でいくか。私の最強の手持ち、トリニティ!!」 「ピィィィィ!!」 と、私が叫んだときに勇ましく出てきたのは、エルフーンのケセランだ。ケセランは、モンスターボールから出ると共に、こちらを振り返って手を振る。そんな事をしているせいで、サジタリウスは何かの作戦なのかと勘ぐったのか、それともあっけに取られているのか、充電の手が止まっている。 「あ、間違えた……お前、ケセランじゃないか……ほら、手なんて振ってないで前を見ろ前」 「ま、間違えた? そ、そんなの……トレーナーとして初歩的な間違いを犯すなんてらしくない……サジタリウス、かまわずボルトチェンジ!」 いうなり、最初こそ戸惑っていたサジタリウスも、舐められているとでも思ったのか気を取り直して一気に駆け出す。 「あぁ、そうだ」 私はくつくつとくぐもった笑いと共に、語りだす。サジタリウスが纏った電気をはなったころにはすでにケセランは痺れ粉の準備は終えている。相手が痺れ粉を吸ってしまったところで、神速ともいえる速度でサジタリウスは戻っていく。 次にボールを出たときには見事に麻痺していることだろう。サジタリウスは命の珠で体力をすり減らしているはずだし、あと一息で倒せるだろう。 「私はあくタイプのジムリーダーになるのが夢だったものでね」 ケセランだが、彼の表情はむしろ楽しそうで、痛みなどまったく感じていないかのようだ。 「そういうわけで、ルール違反じゃなければ普通に卑怯なこともするからそこらへんよろしくな」 要するに、間違えてエルフーンを出したのはフリである。 「ジムリーダーを目指していた……なるほど、それでこの強さなのね。ヴィルゴ、行きなさい」 いいながら、カミツレはエモンガを出す。確かあのエモンガ……物理型だったかな。 「ふはは、いいのか、そんなに無防備にポケモンを出して? 今も卑怯なことをしているんだぞ? たとえばあの観覧車とか」 私がいいながら観覧車を見上げると、カミツレもそれに倣って観覧車を見上げる。 「何を仕掛けたって言うのよ」 「嘘だ、実は何も仕掛けていない。だけれどほら、ケセランを見てみろ」 言っているうちに、ケセランはコットンガードを終えている。背中に背負ったふわふわの綿毛はさらにボリュームをまして、もはや雲のようだ。 「……なるほどこんな茶番を演じているうちに技を積ませるとは……嘘つきにはお仕置きよ! ヴィルゴ、魅了してあげなさい」 「追い風だ」 コットンガードを摘んだだけでも物理型のエモンガなど怖いものではないし、特殊型ならばそれはそれで別のやり方もある。たとえばそのひとつがこの追い風で、風を利用した滑空飛行を得意とするエモンガには、飛行を阻害する要因となる追い風の技は非常に厄介だ。 飛べなくなると言うことはないだろうが、ケセランには近づくことすら困難と思われる。 外で一緒に食べるためのカイスの実なんかも買って、俺達は帰路につく。夜でも眠らないこの街は裏通りは危険だけれど、表通りだからなんら危険な目に合うでもなく、俺達は家にたどり着いた。 そうして、俺達はアパートの庭に。あまり大きな庭ではないが、花火をやるには十分すぎるくらいのスペースはある。アスファルトの地面の上には消火用のバケツ。入口の石段には、綺麗に切り取られたカイスを大皿に並べ、そこから綺麗な炎を眺めつつ食べろと言った感じだ。 「みんな、出て来いよ!」 いつもは、遠くから家屋がやっているのを眺めるだけだった、花火。一人でやっても寂しいから縁のない物だと思ったけれど、ユウジさんが一緒にやってくれるなら……今日は、全力で楽しみたい。楽しむためには、ガヤは多い方がいい。 ボールから繰り出したポケモンたちは、キョトンとしていた。花火をやるというのはさっきから伝えているが、どうにも花火というものがどういうものなのか分かっていないようである。花火自体は空に打ちあがっているのや、他の家族がやっているのをを見たこともあるが、一度も単語を教えていないせいだろう。 イッカクは花より団子といった感じで、早速カイスの実にかぶりつきにかかっていた。甘い匂いが好きなんだろう。トリはママンにぴったりと寄り添い、花火のパックを興味深そうに見つめている。鳥系のポケモンの刷り込みは偉大である。 「よし、みんな揃ったな? いっちょ驚かしてやるか!?」 言いながら、ユウジさんは柄の長い使い捨てライターを用いて花火に点火する。途端、真っ白な炎が先端から吹きあがる。ゼロとママンは一瞬体を震わせたが、たまに見るあの炎だと分かって安心したようで、興味深げにその炎を見つめている。人間のように豊かな色覚は持っていないだろうけれど、それでもなんとなく綺麗なことは分かるようだ。 トリは、興味津々なのか、炎に近づこうとしたが、飛び散った火の粉が熱かったおかげで、すっかり驚き、ピィピィと鳴き声を上げながらママンの膝の後ろに隠れてしまった。それでも、興味津々なのは変わらない。白から赤、青、緑と移り変わる炎を見ながら、トリが目を輝かせていたのを俺は見逃さない。 イッカクはカイスの実を食べるのに夢中だが、ちらちらとこちらの方を伺っている。やはり興味はあるらしいし、虫だから光に惹かれるものがあるのかもしれない……触っちゃダメだよ? アイルは、カイスの実の味に舌つづみを打ちつつも、花火の炎を注意深く観察してるようだ。あれも、後で幻影で再現しようということだろうか、だとするならば頼もしい。 「なるほど……それならば、着地して目覚めるパワーよ!」 「むっ……ならば着地させるな」 なるほど、風にあおられて、今の状態では狙いをつけるのも難しいと言うわけだ。ならばそれを妨害しようと私がケセランに指示すれば、ケセランは暴風を起こしてヴィルゴを吹き上げる。空気の刃や、そこらへんに落ちている豆粒ほどの大きさの小石がエモンガに襲い掛かる。 小さい体だけに風に吹き飛ばされたら逆らうことも難しいらしい、顔を覆って防御して必死にこらえているが、あの風から抜け出すのは難しそうだ。 「では、ケセランよ……毒々の準備だ。思いっきりぶっかけてやれ。なぁに、カミツレさんのエモンガならば、毒液だって上手く着こなしてくれるさ」 「くっ……エモンガ、ボルトチェンジ。強引でもいいから戻りなさい」 「おや……」 エモンガこちらに電気を放つと、その反動で場外までひとっ飛び。暴風にもまれながらも何とかカミツレの元へ帰還を果たした。 「……行きなさい、サジタリウス」 ほう、サジタリウスはやる気満々だな。麻痺した体でよくやるものだ。 「オーバーヒートがくるぞ、身構えろ」 カミツレが指示する前に、私はケセランに命じる。 「燃え上がるのよ!」 追い風に逆らって飛ぶ、灼熱の炎がケセランに向かって飛ぶ。ケセランは身構えろと言われた瞬間から伏せて、さながらメロンパンのごとく綿が鎮座している状況になる。そこへ飛んだオーバーヒートの炎は、地面に落ちた綿を焼き尽くしにかかるが、不思議と苦悶の声は聞こえない。 「やったかしら……いや、退避しなさい!」 「残念、それは身代わりだ」 カミツレが油断しているところで、脱皮するように大量の綿を残していたケセランが炎の向こう側から宿木の種を放つ。退避しなさいと言うカミツレの指示もむなしく、サジタリウスは種を植え付けられる。 「さぁ、ケセランよ。遊んでやれ……ほらほら、お得意の毒舌を言ってやれ!」 私はケセランに挑発の命令を下す。するとケセランは手拍子をしながら踊り始め、くるくる回ってふざけ始める。命の珠を使用している上に、うな丼の攻撃も食らっているサジタリウスだが、やはりここまでなめられた態度を取られては我慢できないらしい。 挑発の様子を、フジコの翻訳機能を通してみると、『お前の顔は格好いいなー』とケセランが褒めてサジタリウスが『何のつもりだ?』と言いつつもまんざらでもない様子。 しかし、ケセランが『でも、ケツは汚いのなー』と言ったところでサジタリウスの表情が明らかに変わる。 「くっ……サジタリウス、戻りなさい!」 と、カミツレがボールをかざすも、サジタリウスはすでにして怒り心頭の様子。『あー、何で汚いのかわかったー! お前、足遅いから他のゼブライカにケツを見せないで済むんだろ! 追い抜いた奴はお前の顔だけ見ればいいわけだからなー。 それなら顔に気をつけるのも分かるぜ、うん。足の速い奴ならケツを綺麗にするからなぁ』と、ケセランが言ったところで、サジタリウスはぶち切れた。彼はケセランを追って敵陣深くに切り込んでおり、回収のための赤い光が届かない。 そして、追い風を常に浴びているケセランには、どんなポケモンでもそう簡単に触れられるわけはない。ましてや、サジタリウスは麻痺の粉のおかげでスピードは鈍っているのだ。やがて、命の珠と宿木の種に生命力を吸い尽くされたサジタリウスはしゃにむにケセランを追うが、時間が経過して追い風を失ったケセランにすら追いつけない。 やがて、もう限界だと気付いたころには、もう手遅れだ。冷静になったころには、足がまともに動かず、その場に倒れてしまう。 「ゼブライカ、戦闘不能! カミツレさんは新しいポケモンを出してください」 「ありがとう、サジタリウス……」 カミツレは言いながら、サジタリウスをボールにしまう。 ユウジさんは、数本の花火を一気に点火して俺と一緒にはしゃいだり、地面に置いて打ちあがったり、噴水のように広がる火の粉を見ながらカイスをつまんだり、スモークチーズを肴にビールを飲んだりと、割とフリーダムに花火を楽しんでいる。 ビールは一本だけで、よく冷えているのか水滴が滴っている。その隣には、俺のために購入されたジンジャーエールが同じく水滴をかぶっておかれている。点火された花火から吹きあがる火花の噴水を見ながら、俺はユウジさんの隣、アイルの逆側に座る。アイルのように、ユウジさんの腕に抱き付いて寄り添うようなことはしないけれど。 「綺麗ですね」 「いいだろう、こういうのも?」 色とりどりの炎には、俺だけでなく、皆が見とれている。涼しい夜風を感じながら、こんな幻想的な雰囲気を楽しむというのはいいものだ。 「はい……」 親指ほどの小さなスモークチーズを口に放り込み、少し打つ噛み砕きながら、俺はジンジャーエールを飲み下す。しょうがの独特の辛さ、冷たさ、炭酸の刺激的な感触を味わいつつ立ち上がり、口の中に残っているチーズの残りをまた少しずつ砕いていく。 「もう残りも少ないですし、一気に燃やしちゃいましょうか?」 手持ちの花火はもうない。残っているのは設置式の花火が三つだ。 「そうだな……おい、アイル! 行けるか?」 <おうよ、ご主人!> 何が、とは言わない、アイル自身確認もしない。けれど、アイルは当然分かっている。俺が残った三つに火を着ける。すると、応えるようにアイルが立ち上がって幻影の力をフルで発揮した……はずなのだが、周囲は一瞬歪んで見えたかと思うと、特に何も変化はない。 俺が怪訝に思っていると、噴出した火花を見て驚いた。色とりどりの火花は、散っても消えることなくキラキラと瞬いている。しかも、その輝き方と言えば、火花のような荒々しくて、とげとげしい光ではなく、LEDのイルミネーションのような優しい光。それが風船か何かのように空中を漂っている。 いつしか、その輝きは飽和して、光の珠と吹き上がる火花の噴水が共演するようになる。花火が力尽きるまでその光を浮かばせていたアイルは、一度手拍子してすべての光をはじけさせる。グリーンピースほどだった光の塊は、ゴマ粒ほど、粉雪ほどの小さな欠片に分裂して。最後には空中に溶けて消える。 「すっげぇ……」 思わずため息が漏れるくらいの美しさに、思わず声を上げる。ゼロ達も見とれていたようで、まだあいつらも心ここに在らずと言った、どこか浮遊感のある表情をしている。 「どうだカズキ? アイルはすごいだろー?」 <褒めて褒めてー!> 俺にも聞こえるテレパシーを放ちながら、アイルはユウジさんに抱き付く。ユウジさんはアイルの背中や尻を撫で頬ずりをし、最後にアイルの頬を引っ張りながらアイルの口にキスをする。お前ら、男同士だろ……いや、もう何も言うまい。 「えと、すごい……ですね」 俺も褒めてやろうかと思ったけれど、これだと何とも話しかけにくかった。それにしても、もうテレパシーは飛んでこないが、抱き付いているアイルは『大好き』とかなんとか思っている気がする。気がするだけだけれど、それでもいいのかな。なんにせよ感情は十分伝わっているわけだしさ。 さて、俺は……。 「ゼロ、ママン、イッカク、トリ。綺麗だったな?」 俺のポケモンたちを見回してみると、皆が頷いていた。 「綺麗なんだな……」 花火の光を綺麗に思うのは人間と一緒。その感覚を共有出来て良かった。 「やってくれるじゃない! 痺れるわ……スバルさん! 次はヴォランス、相手をしなさい」 「ほう……とぐろを巻いたと言うことは物理型のようだが、コットンガードに対抗できるのか?」 「ふふ、心配後無用。策はあるから、&ruby(ヽヽヽヽ){サクサク};行かせてもらうわよ」 「さむっ……」 オリザの声に遅れて、周りから凍えるクールビューティーとの歓声が上がる。だからカミツレ、お前はそれでいいのか。 「そうだな、挑発しておくんだ」 「はじき出しなさい、ドラゴンテール」 ケセランはコロコロと転がって、戦闘中だというのに遊び始める。 「あ……」 対策があると聞いて、その対抗策として挑発させようと思ったが、相手は最初から攻撃指示するつもりだったようで。 「かわせ……いや、無理か」 かわせと命令したかったが、ケセランはすばやく起き上がる前に、ヴォランスに距離をつめられ弾き飛ばされてしまう。 「……ふむ」 すっ飛んできたケセランは、空中で追い風をその身に受けることでふわりふわりと私の胸に飛び込んでくる。 「行け、トリニティ」 ケセランはコットンガードのおかげでほとんどダメージを受けておらず、けらけらと笑っている。さすがに私の手持ちの中では最強なだけある……そして、次は私の手持ちの中で葉最もお気に入りのポケモン、サザンドラのトリニティだ。 「まずは、竜星群」 「え……」 もはや、私は思考を停止する。トリニティが上方を向いて、竜の力が込められた玉を上空へ打ち上げる。 「く、電磁波!」 一応、このヴォランスという名前のシビルドンは、先程私のうな丼に弾き飛ばされたダメージも残っている。微々たる物かもしれないが、そういったダメージが意外と響くものだ。結果、トリニティは見事に麻痺させられたものの、ヴォランスは竜星の雨に打たれて一撃で力尽きた。 「シビルドン、戦闘不能! カミツレさんは次のポケモンを出してください」 さて、残るはエモンガのみだ。どう料理してやるかな? 「さて、トリニティ……麻痺のところすまないが、このまま頼むぞ」 「いえ……すみません。今回は私の負けでお願いします」 ほう、カミツレが降参か……なかなか面白い試合だったな。周りのギャラリーからも、カミツレを負かしたということで大きな歓声が上がる。カミツレの敗北を嘆くファンもいれば、すげーなねーちゃんと賞賛を送るものもいる。 この勝利の感覚……やはりたまらない。 「ふふ、よくやったぞトリニティ」 私は竜星群を放ったトリニティをねぎらい、羽ばたいてやってきたそいつのあごを撫で、舌による乱暴な愛情表現をこの身に受ける。どうやら汗の味がほんのり塩味で気に入っているらしく、目に付いた水滴から掬い取っているようだ。 「……カミツレさんの降参により、この勝負、スバルさんの勝利としま……ちょっと待ってください、これってつまり私がカミツレさんと観覧車に乗るってことですか?」 「そりゃもう、綺麗だろうさ」 後ろから語りかけられて振り返る。ユウジさんが笑っていた。 「アイルの幻影は一級品だからな……で、楽しめた?」 「そりゃ、もちろん!」 答えると、ユウジさんは俺の頭を撫でる。 「なぜ、楽しかった? 綺麗だったから? それとも、俺達と一緒だから?」 「どっちも……かな? あぁ、そっか。1人でも楽しめるゲームとかはあるけれど……こういうのは1人じゃ楽しめないもんね」 「そう。それが家族とか、友人ってものだと思うぜ。こういうのは1人じゃ絶対に楽しめない……まぁ、サッカーとか野球みたいな人数いないと成立しないのは別として、家族ってのは1人では楽しめないものを共有出来る事が……大事なんだと思うよ。 奴隷とか言っている、その人の言い分も十分に理解できるし、きっとその通りなんだと思う。だけれど、奴隷で家族……だったけ? お前ならばなれるぜ。奴隷だろうとなんだろうとレッテルを張られても、家族という面を押し出していければ……大丈夫。 俺とお前は赤の他人なのに、こうして仲良くなれるんだ。人間とポケモンで出来ないはずがないだろ?」 「……はい」 臆面もなく言ってくるユウジさんと違って、照れてしまった俺はまともに目を見ることも出来ず、目を伏せたまま頷く。顔を上げる時は、ユウジさんの右手を取って、握った。 「これからも、ずっと家族でいてくださいね」 「あぁ」 ユウジさんはにっこりと笑って、俺の手を握り返す。その手は汗ばんでいたのか、ビールの水滴で濡れていたのかは分からなかったけれど、湿っていて少し残念だったと思う。 「お前、狩りなんてやっているからな。もし俺が店を持つことになったら狩人の気まぐれランチなんてメニューを付けたいくらいだ」 数秒経って手を離すと、ユウジさんは唐突にそんなことを言う。 「えー。でも、熟成していない肉だから結構硬いですけれど、お客さんきちんと食べられますかね?」 「俺が上手く料理をする。何の問題もないさ」 夜風に当たりながら、俺達は語り合う。ポケモンたちは、最初こそボーっとしていたが、やがて微睡んで溶けるように眠りに落ちてしまった。眠りに落ちた子から順番にモンスターボールに入れて、俺は眠くなるまでユウジさんと語り明かす。 その気になればいつでも出来ることなのに、なんだか貴重な体験だったように思える夜であった。 「うむ」 あらかた舐めとっても、まだ舐めたりなさそうに顔を舐めるトリニティの相手をしながら私は答える。 「『うむ』じゃないでしょう、思いっきり気まずいじゃないですか!」 「あら、オリザさんはこういうときに『男に二言はない!』とかいうタイプかと……」 おぉ、カミツレお前いい事を言った。 「いやいやいや、スバルさんが勝手に決めただけで、私はやるなんて一言も言ってないでしょうに!」 なんだと? 確かにそうだが、そんなの知るか。 「ふふふ、良いではないか。目の前にいるのはスーパーモデルだぞ? ファンの皆はよだれを流してうらやましがるはずだ」 「こういうのを猫に小判と言うのですよ」 何、『カミツレの価値が分からない』と貴様は言うのかオリザよ。まぁ、そうか。興味がなければモデルも一般人も変わらんか。 「あら、小判だなんてうれしい事を言ってくれるわね。オリザさんは見る目顔がおありのようで」 「どうしてそうなるんですかぁ、カミツレさん!」 そんな問答をしているうちに、さすがにトリニティも汗の味がしないので飽きたらしい。舐めるのをやめて、ケセランを左首に乗せて戯れている。オリザ達が観覧車に乗り込んだら、もう少しかまってやろう。 「さて、オリザさん。一周なんてすぐですから、諦めて乗っちゃいましょう!」 「あぁ、もうどうでもいいです……」 そのままオリザはカミツレに観覧車へ導かれて入っていったが……オリザのやつ、すっかり肩を落としていたな。それにしても、奴は自分で猫に小判と言い放ったが、ファンの皆様は俺に代われー! とか、うらやましいぞコンチクショーなどと叫んで野次を飛ばしているものの、死ねとかくたばれとか、そういう野次を飛ばしているものはいない。カミツレファンは以外にも民度は高いようだ。 「あのー……スバルさん、でしたっけ」 「うん、どうした?」 先程の私たちの試合を見ていたギャラリーの一人が、私に話しかけてきた。何だと思っていぶかしげにたずね返してみると、その女性は手を差し出してこういった。 「あのカミツレさんを破るなんてすごいです……どうか、握手してください!」 ふむ……これがライモンでの強さの価値か。ブラックシティもある意味では戦いの聖地だが、趣が違うな。こちらのほうが、ブラックシティのようなどす黒い快感がない代わりに、とても気持ちいい。 ---- ◇ 今日は、スバルさんのジムリーダー代理を手伝った。午前中の忙しさは、そりゃー大変だった。あのポケモンを持ってこいとか集めて来いとか言われて、育て屋の園内を縦横無尽に右往左往。そして、その時スバルさんの強さも十分すぎるくらいに思い知った。 あの人、育てたポケモンが強いのは当然だけれど、ポケモンに指示してポケモンの真価を発揮させるのもとても上手い。ジムリーダーとしての強さの資質は十分というわけだ。トリニティは元が強いから良しとしても、シンボラーをコスモパワーで強化して3タテしたのは、忘れられない。 「はぁ……」 これこそまさに、どうしてこうなったとしか言いようがない。どうして私はカミツレさんと一緒に観覧車に乗っているんだ。 「あらあら、気が進まないのはわかるけれど、せっかくなんだから楽しまないと」 カミツレさんはこんなときでも楽しそうに乗り気だ。これが、人前での仕事に慣れたプロの実力と言うものか 「オリザさん、ジムリーダーのお仕事はどうしておりますか? 最近は上手くいってますか?」 「え、あぁ……そうですね。本来の忍者道場の門下生も、ポケモントレーナーを育てるジムとしての門下生も、相乗的に増えており、経営は順調です。 もともと、物を教えるのは大好きなので、大変ですがとても充実した毎日ですよ」 「そうなんですか。私のほうも、モデルの仕事にジムの仕事、どちらも充実しているわ。プラズマ団事変のときのような才能にあふれる子がいないのがちょっと残念だけれど……でも、ゆっくりと育っていく子達を見守るのもいいものね」 「えぇ、ポケモンもトレーナーも、育てるとそれだけ楽しみが広がるものです」 最初こそ気乗りがしなかったが、カミツレさんは意外と話しやすい。なんだかんだで、色んなCMやトークショーに出演しているだけの事はある。 そしてその後、仕事が終わった俺にスバルさんはジムバッジをくれた。俺は十分な強さを持っているし、試験官を任された以上は持っていないと格好がつかないからからという理由で、特にバトルは行っていないけれど代理権限であげるとの事。 その時に話したふじこの秘密……あいつ、変な言葉を使いまくっているけれど、ポケモンの言葉を訳す力があるらしい。アイルとほぼ同時期にそれを教えてくれたということは……その、俺が成長したとかそういうことなのだろう。確かに、ビリジオンと深く交流したのも最近だし…… その時に話した内容なんだけれど……ポケモンとの関係について。俺がどうこたえるか迷っている間に、スバルさんはポケモンの事を奴隷だと言った。 奴隷と言っても、奴隷はすべてが苦役を強いられているわけではなく、優遇される奴隷もいたそうで……でも、奴隷である限りは職業選択の自由もないし、金銭で売買されるというあたりは確かに奴隷なのかもと……育て屋の仕事を思えば、俺もそう思った。 確かに、ポケモンはトレーナーがバトルをやりたいと思えばバトル。コンテストをやりたいと思えばコンテスト。その他ミュージカルも、農作業も、土木建築も……トレーナーの意向次第だ。ある意味じゃ職業選択の自由がない。 確かに、野性で暮らすよりはまともな生活なのだろうけれど……そうやって、ポケモンのやりたいことを制限しかねないことをやっている俺達トレーナーは、罪深い……なんて言われないように、スバルさんは『奴隷であることを幸せに思えるよう、奴隷であることを誇りに思えるよう』にと言っていた。 「ところで、あのスバルさんという方、とても面白い方ですね。どういった関係なのですか?」 「育て屋です。ジムを開設するに当たって、バッジが少ないトレーナーの相手をするためのポケモンの育成と、元は四天王が所有していたというズルズキンに、私のズルズキンの稽古を頼もうと思ったのですが……クイナというルカリオの……」 「一時期流行った、あのプードル刈りのルカリオね。ルカリオにヘソ出しさせる前衛的なファッション、センスを感じたわ」 「えぇ……クイナ君を預けたら、私のベストメンバーと比べても遜色がないくらいに成長してしまいましてね。スバルさんは、ものすごいトレーナーですよ。あと、ジムリーダーのオーディションでも一緒に試験を受けたので、その縁があってポケモンを預けたのです。 その後もこうして仲良くさせてもらっていますが……スバルさんは面白い方。確かにそうですね。その一言で表すには、面白すぎる方ですが」 「あらあら、深く付き合うと大変そうな響きね」 「大変ですよ。カミツレさんとこうしてご一緒できるのは光栄なことなのでしょうが、付き合うとなればあんなツッコミを毎日しなければいけません」 「疲れそう。でも、上手くやっているならお似合いなのかもね」 「そうかもしれません」 そこで、私たちは互いに笑いあう。その際、少々の間を沈黙するとカミツレさんは突然立ち上がって窓の外を指し示す。 「ほら、見てください。これが眠らない町、ポケモンバトルの聖地、ライモンの夜景です」 「これは……ポケモンに乗ってみるよりも、こうして落ち着いてみてみると……絶景ですね」 私も立ち上がって外の光景を見てみると、確かにこれは絶景だ。 「ライモン自慢の光景よ。しっかり楽しんでいってね」 言葉もなく見とれていると、なんだかスバルさんよりもカミツレさんとデートしているような気分になる。何だこれ……。未だにどうしてこうなったとは思うが、きっとスバルさんなりの考えがあるのだろう。多分、きっと。 「……ところで、スバルさん。あの人は何者なんでしょうか?」 「何者もなにも、ただの育て屋ですよ……四天王のギーマさんから色々教わったようなことを聞いておりますが」 「それで、あの実力……」 カミツレはあごに手を当て、物思いにふける。 「なるほど、あの人と戦うと十中八九負けそうな……そんな気分になる実力の、ひとつの理由なのかもしれないわ」 そう言うなり、カミツレさんは観覧車の席にどっかりと座り込む。 「ふー……」 長いため息であった。 「正直ね、惨敗だったわ。スバルさん、四天王を目指せばいいのにってくらい……貴方に対して、無理して元気そうに振舞ってみたけれど、限界みたい」 「……やっぱり、気まずくしないように無理していたのですか」 私の言葉に、カミツレさんはうつむき気味に『そう』とそっけない返事を返す。 「彼女、結構ドSなのね」 カミツレさんがポツリと口にする。どういう意味だろうか。 「貴方言ったじゃない。『何で私が罰ゲーム扱いなんですかって』」 私が何も言えないでいると、カミツレさんはくすりと笑って口にする。 「勝者の恋人に、気を使われながら観覧車の密室で一緒にいるって、なかなか惨めじゃないかしら?」 「あー……それは、すみません……何でも、一日だけ代理ジムリーダーをやってもらった限りでは、必要以上に相手を痛めつけるようなきらいがありまして……きっと、スバルさんは負ける気なんてしていなかったのでしょうね」 私が言うと、カミツレさんは苦笑する。 だから俺は、ポケモンを奴隷でも家族として生かしたいと言った。そしてスバルさんは『それでいい』と言ってくれた。 家族というのがよく分からなかった俺だけれど、家族というのは一人じゃ楽しめないことを楽しめる存在なんだと思う。 ユウジさんに花火に誘われてそう思ったから。だから、俺はポケモン達と楽しみを共有していきたい。嬉しいことも苦労することも、全部。 RIGHT:7月25日 「そうよね。負けるための言い訳を用意しているだなんて啖呵きらなきゃよかったわ……ホント、あのスバルさんは私に何か恨みでもあるのかってくらい惨めな気分」 カミツレさんは核心を突いた事を言う。 「実際、スバルさんは私たちの事恨んでいるんですよ」 「恨んでる?」 「えぇ、スバルさんは自分より実力のないものが自分以上の評価を受けているのが許せない性質らしく……いやまぁ、あの人、育てるのだけは本当に上手いですから。ですから、ヤーコンさんがイッシュの外での事業に専念するためにジムをやめる際に、彼女もジムリーダーに立候補したのですが……結果は私がジムリーダーになっちゃいましてね。 ポケモンを育てるのは上手いのですけれど、自分が正しいと言う思い込みが強い感じですし……気に入った子は熱心に育てますが、興味がわかない、才能のない子に対しては見向きもしないような性格もマイナスですね。ポケモンならばまだしも、それが人間だったら……ジムで月謝を払ってトレーナーの腕を磨きに来た人にはたまったものじゃないでしょう?」 「……そうね」 自分が受け持つジム生を思い浮かべながら、カミツレさんは納得する。 「スバルさんは心根は悪い人じゃないですし、私や貴方への反感は逆恨みでしかないことは理解しているようなのですが……やっぱり出ちゃうのでしょうね。そういう一面」 「……そんな悪い一面を受け止めてあげられるあなたは、きっと素敵な人ね。あーあ、また修行のやり直しだわ」 どこかさびしそうな雰囲気を伴って、カミツレはため息を吐いた。 「観覧車に、これほど惨めな気分で乗ったのは始めてだったけれど、貴方に愚痴を聞いてもらえて助かったわ」 微笑んで、彼女は顔を上げる。 「自分よりも才能がない人が評価されるのが気に食わないんでしょ、スバルさんは? だったら、私は彼女の強さを評価するわ。人間性はあんまり評価できないけれど、あの強さは本物」 「そう伝えてお……いていいですか?」 「うん、私もジムリーダーとして、負けは負けとして受け止める。今回の負けは、私の実力不足だし」 「頑張りましょう。私も、あの人には負け越してますが、頑張りますので」 「そうね、切磋琢磨しましょう!」 何とか悪い雰囲気にはならずに、私たちは観覧車で会話を続け、そして観覧車から降りる。スバルさんはギャラリーたちの相手をしていたらしく、別の方向ではカミツレファンが心配そうな面持ちでこちらを見ている。 カミツレは自分の負けを認めつつも、これからより一層頑張ってゆくことをファンに誓う事で、元気に振舞って見せていた。スバルさんがブログに動画をアップしても良いかと尋ねてきた時は、戒めのためにも公開して欲しいと頼む。カミツレさんの対応はジムリーダーとして真剣に強くなろうとしていることが伺える、すがすがしいまでの気丈さだ。 LEFT: 「さぁ、オリザ。次はマルチトレインへ行こう」 そんなカミツレには、スバルさんはもう興味をなくしたように振舞っている。いや、実際に興味をなくしたのかもしれないが。この一件で、カミツレに対する世間の評価は(少なくともポケモンバトルの面に置いては確実に)少なからず落ちただろうし、逆にスバルさんの評価は上がっただろう。 あるいは、スバルさんはそれで満足したのかもしれない。人間性については、スバルさんのほうは下がったかもしれないが。 そうなってしまえば、彼女にはカミツレさんを叩く意味もないのだろう。いまだ制御不能なスバルさんも、少しは丸くなってくれると私としても楽なのだが。 だが、丸くなるのは強烈なきっかけでもないと無理だろう。手の内を隠したまま戦うサブウェイマスター(手加減)との戦闘中に狂喜するスバルさんを見て、私はまだまだスバルさんに振り回されそうな気がした。 **コメント [#p7bb8770] **コメント [#d2f5e798] ---- [[次回へ>BCローテーションバトル奮闘記・第十九話:母親について]] [[次回へ>BCローテーションバトル奮闘記・第十八話:ライモンデート]] ---- #pcomment(BCローテーションバトル奮闘記コメントページ,5,below); IP:106.188.3.150 TIME:"2013-09-18 (水) 00:45:12" REFERER:"http://pokestory.rejec.net/main/index.php?cmd=edit&page=BC%E3%83%AD%E3%83%BC%E3%83%86%E3%83%BC%E3%82%B7%E3%83%A7%E3%83%B3%E3%83%90%E3%83%88%E3%83%AB%E5%A5%AE%E9%97%98%E8%A8%98%E3%83%BB%E7%AC%AC%E5%8D%81%E4%B8%83%E8%A9%B1%EF%BC%9A%E3%83%9D%E3%82%B1%E3%83%A2%E3%83%B3%E3%81%A8%E8%87%AA%E5%88%86" USER_AGENT:"Mozilla/5.0 (compatible; MSIE 10.0; Windows NT 6.2; WOW64; Trident/6.0; MALNJS)"