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第一章


Written By メイ 



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1/はじまりと、ざわめき


僕は初めから何もかも覚えていたわけではなかった。 



それは、ザワザワと風にたなびいている、草の音から始まった。 
暗闇の中でその音が聞こえ、それからパチン、と何かが弾けた様な音がして、僕の周りは強い光に包まれた。 



最初に見えたのは、どこまでも続いているような広い草原。 
淡い緑の草むらを撫でるようにかすかに吹く微風に混じって、時折僕を押しのけるように強い風が吹いていた。 
体毛が風をはらみ、そよそよと揺れている。視界を遮ったそれは、緑の草むらと対照的な、鮮やかな黄色。 
顔にかかった体毛を、首を振って払いのけようとするが、勢い余ってそれは鼻をくすぐる。 
くしゅん、と一つ、僕はくしゃみをした。 
前足で体毛を払うと、そのまま目線が上へ向いた。 
そこに広がっていたのは、草原と一体になって続く、抜けるような澄んだ青空。 
風に煽られた筋のような雲の行き先は、遠く遠く、遙か彼方まで線を引いたように連なっている。 



僕はその時、本当の意味で空っぽの頭と体を持っていたように思う。 
自分は誰なんだろう、ここは何処なんだろう、そんなことも考えなかったくらいに。 
文字通り、ただそこに立っていた、それだけのことだった。 



ふと顔を下に向けると、そこには見慣れた黄色い足があった。 
これがどうして、自分の意志で動くのだから、どうやら自分の前足らしい。 
少しだけ、動かしてみる。 



刹那、体が動く感覚。 



それだけのことだったけど、僕は体中に血が通い始める音を、確かに聞いた。 




これが、僕のはじまりだった。 
自分がこの世界に誕生する瞬間を覚えている人はいないだろうけど、僕は自らが世界に存在するその瞬間を、覚えているのだ。 
決して色褪せることのない、はじまりの記憶。 
それを覚えていられることは、とても幸せなことだと思うのだけど…。 





僕よりも背の高い草が延々と続いていたから、かき分けて進むのに必死だった。 
額にはうっすらと汗をかいていたが、ただただ前に進むことに集中していた僕は、そんなことは気にもとめなかった。 



―――――このまま進めば、大丈夫。きっとどこかにたどり着ける。 
この広大な大地のど真ん中でそんな絶対的な確信ができるはずがないのだが、そのときは不思議と満ち足りた思いで足を進めていた気がする。 
今となっては、あの右も左も分からぬうちからよく迷いもせずに進めたな、と自分に感心するくらいだ。 




と、一筋の風が、僕の頬を撫でる。汗をかいていたせいか、少し冷たく感じた。 
今まで草ばかりで覆い尽くされていた視界に、ぽつり、ぽつりと青空が混じる。 
草のトンネルも、出口が近いのかも知れない。そう思いながら、僕は歩を進めた。 



すると途端に視界が開け、舗装されていないからなのか、やけに砂埃が舞う大通りに出た。 
強かった風が、砂粒をのせてまともに僕の顔を叩くので、僕はほとんど反射的に目をつぶらざるを得なかった。 



「危ないっ!!!」 
何かが僕の体を蹴飛ばし、僕は宙に浮いた。 
そのまま為すすべもなく、どさりと音を立てて地面に転がる。 
「誰なのですか!ただでさえ今日は砂埃で視界が悪いというのに、いきなり飛び出してくるなぞ…!ひっ、姫様!?そちらへ行ってはなりませぬ!姫様!」 
腹や首、あちこちに鈍い痛みが残っていたが、かろうじて声のした方向に頭をもたげる。 
「大丈夫?どこかけがしたりしてない?」 



そうして僕の元へ駆け寄って下さったのが、姫様だった。 
僕は姫様の言うことに答えなかった。 
その時の僕には、かけられた言葉に答えようとする意志がなかったのだ。 
地面の上に転がったまま、僕はただじっと姫様を見つめていた。 




「ねえ?どうしたの、あなた、何かお話してみて?」 
僕が姫様のお言葉にもじっと黙っていると、後ろからマリルリらしき 人 (ポケモン)が小走りに駆け寄ってきた。 
「姫様!このような何者かも分からぬ者に、そう簡単に近づいてはなりませぬ! 
流行 (はやり)の病でもうつされたら、どうするおつもりですか!」 
一息にそういうと、マリルリは僕から遠ざけるように姫様を後ろにやり、キッと僕をにらみつけた。 
「あなた、何者なのです!姫様に何か危害を加えようとしていたのではないでしょうね!?」 



なんとか起きあがれるようだったので、僕はとりあえず、体を起こした。 
体をふるわせて砂ぼこりを払うと、マリルリは一層怪訝そうな顔をして、そのまま姫様を後ろにやり、更に僕から逃げるようにして後ずさる。 



と、先ほどから後ろに止まっていた馬車の戸が、一人の兵士によって開けられた。 
すとん、とジャンプするように馬車を降りたその方こそ―――リラナス国王陛下、その 人 (ポケモン)だった。 



「何をしておるのじゃ。はよう出発せぬのか。遅くとも昼過ぎまでには帰らぬと……おやおぬし。こんな所でどうしたのじゃ。」 
陛下は僕の方へ近寄ってこられたが、僕は相変わらず虚ろな目で陛下を見ていた。 
「何じゃおぬし、口も利けぬのか。それとも耳が聞こえぬのか。おーい」 
「へ……陛下!そのような者と、気安くお話しされてはなりませぬ!何処の馬の骨とも分からぬ者など……何を企んでいるか、分かったものではありません!」 
マリルリの突然の金切り声に、陛下は慣れた様子でいくらか間をおいて、話し出した。 
「……ジフよ、お前の日ごろからのシルヴィアの侍女としての働きぶりは、わしがよーく存じておる。故に、そのようなことを言うのも分かるが…… 
こいつの目をよく見てみい!悪いことなど決して企まぬ、清らかな澄んだ目じゃ!」 



「そうよお父様、私もそう思います!この子、とってもいい子だと思うわ!」 
「おお、シルヴィア、お前もそう思うか。さすがわしが育てた子のことだけはあるの。」 
うんうんと、感慨深そうに首をふる陛下。 
「それにしてもこやつ、みなしごにしては随分と綺麗な身なりをしておるのお。体毛も全然汚れておらぬし、『 夜の申し子 (テオッカ)』と呼ぶにはちとおかしい。しかし一体どこから……沸いて出てきたわけでもあるまいし……おぬし、一体どこから来たのじゃ?」 



僕は陛下の言うことに答えなかった。 
答えられなかったと言う方が正しいかも知れない。 
頭では陛下の言葉の意味を分かっているものの、それにいざ返答しようとするとなんと言ったらいいか見当がつかないのだ。 
そんな風に僕がまごまごしていると、陛下は大きなため息を一つつかれた。 
「困ったのお……まさかこのなんにもない草原のど真ん中で、おぬしのような子を独りで置いて行くわけにも行かぬし……おお、そうか。」 




 陛下は名案を思いついた、と言わんばかりに目を輝かせ、マリルリの方をくるりと向かれた。 
 「ジフよ、我が城の一階……調理場のあの辺りの倉庫が一つ、確か空いておったと思うが……」 
 「はい、陛下。確かに空いておりますが。」 
 「それじゃそれじゃ!そこにこやつを、保護してやろうぞ!」 
陛下がそう言われた途端、ジフという名前のマリルリはぎょっとしたような顔になった。 
 「へ……陛下!何を言ってらっしゃるのですか!このような口も利けぬ『 夜の申し子 (テオッカ)』かどうか分からぬ者など、放っておけばいいものを……!」 
 「保護するだけなら別に良いであろう。おぬし、この馬車に歩いてついてこられるか?さあ、皆の者、参るぞ!」 
 そうおっしゃると、陛下と姫様は馬車へと戻られた。 
 続いてジフが、僕を睨み付けながら、お二人の後を追うようにして馬車へと乗り込んだ。 
 馬使いが馬に鞭を入れ、馬車は出発しようとしていた。 




 僕がどうしたらいいのか分からずに戸惑っていると、馬車の窓が開き、陛下が顔を出された。 
 「おーい。早う歩きなされ。行ってしまうぞ。」 
 陛下のそのお言葉に従うように、僕はとりあえず馬車を追っていくことにした。 





◆◆◆ 





 僕が城に連れてこられた当時、リラナス国では流行病が続いていて、そのせいで親を亡くした子供達が道に彷徨う……ということが増えていた。 
そうした子供達は、親の病気がうつって死んでしまうか、教会もしくは孤児院に引き取られるか、山賊に拾われるか……そんな選択肢しかなかったのだそうだ。 



しかし、そのような子供達を奴隷のように使う商売集団が現れてからは、路頭に迷う子供はめっきりと減った。かわりに、盗みや荒らしの被害が増えたり、娼館に年端もいかない若い子供が入ってきたりと治安が悪くなるようなことも起こっていたが、全ては昼の喧騒に紛れて表面上はその変化が分かりにくかった。 




―――――――全ては夜になると、動き始めたのだ。 
だから、そのような子供達は「 夜の申し子 (テオッカ)」と呼ばれた。 



城に来てからもろくに名乗らず、誰と顔を合わせても愛想を振りまく訳ではなかった僕は、どうやらその「 夜の申し子 (テオッカ)」だと思われているらしかった。 



「 夜の申し子 (テオッカ)」にまともな部屋が宛われるわけなどなく、僕が入れられたのは石造りの倉庫の余りのような、冷たく薄暗い場所だった。 
床に毛布を敷いて寝るような生活だったけど、山賊の一味になったり、孤児院に入れられるよりはマシだった、と言えると思う。 
食事は厨房のおばさんが一日三回、決まった時間に持ってきてくれた。 
そのおばさん以外とは誰とも顔を合わずにいた僕は、毎日マトマの実のスープとパンを食べるか、ぼーっとするか、寝るかの単純な生活を繰り返していた。 





◆◆◆ 





 城に来て一週間くらい経ったある日の午後、僕は例の如く何をするのでもなく、ただまどろんでいたら、何かを叩くような音が聞こえてきた。 
最初はかすかな音だったのでただの物音だと思っていたが、次第にはっきりしてくるにつれてその音がドアの方から聞こえてくることが分かった。 
朝食はもう済んだし、調理場のおばさんがやってくる時間でもなかったというのに。 



ドアを開けると、そこにいたのは姫様と、侍女のジフだった。 
姫様は僕の顔を見ると、ふわりと花のような笑顔をされた。 
「こんにちは。一人で寂しくないですか?……シルヴィアの部屋へ一緒に来ません?」 
姫様がそう言われると、ジフはぎょっとしたような顔をして、目を白黒させた。 
「ひっ……姫様!何を言ってらっしゃるのですか!『 夜の申し子 (テオッカ)』かもしれない者をお部屋に招くなど……!国王陛下に叱られますよ!」 
「いいのよ!こんな部屋にずっと入れられていたら可哀想じゃない……。ね、行きましょう?」 



姫様は僕を促すようにして鼻先で体を押した。 
そんな姫様の様子にジフはまたもぎょっとした様子で、はしたない……と呟いていたが当の姫様は気にしていない様子だった。 
そして「さあ、行きましょう!」とおっしゃると姫様の部屋へと続く長い廊下を歩かれ始めた。 





◆◆◆ 





姫様の部屋に入ると、花のような甘い香りがふわりとただよってきた。 
中央には白いグランドピアノが置いてあり、大きな窓から入ってくる光を白く柔らかく、鈍く反射していた。毛足の長い白い絨毯は、歩く度に僕の足をくすぐる。 
姫様は柔らかいソファの上に僕を座らせると、奥のクローゼットから青いサテン地のリボンや紫のバラのブローチがあしらわれたドレスを出してこられた。 



「これはね、この前サンパーラっていうお隣の大きな国から頂いたのよ!特別な時に出しなさい、ってお父様から言われてるんだけど……あなたには特別に見せてあげるわ、折角来ていただいたんですもの!」 
「姫様、そのような大切なお品物を、みなしごなどの目に触れさせては……」 
「見せるくらいならいいじゃない、ジフはけちんぼさんね。」 
姫様はほおをフワンテの様にぷくっと膨らませた。 
そして何か思い起こされたような顔をされて、また奥のクローゼットへと走られていった。 



「そうそう、この前厨房のパトラおばさんから頂いたんだけど……」姫様がそう言って持ってこられたのは、小さな球根だった。 
「土に埋めておくとね、『ちゅーりっぷ』っていうお花が咲くんですって!」 
姫様は僕の顔を見て一生懸命話されているようだった。 
僕は何も言わずに、嬉しそうな顔をした姫様と、手に持たれた土で茶けた二つの球根とを、虚ろな目で交互に見ていた。 
「シルヴィアはね、お城の中にばっかりいて、外の世界をあまり知らないから……『ちゅーりっぷ』ってどんな花なのか知らないんだけど……パトラおばさんはとてもキレイな花だって言っていたわ。じゃあ……二つあるから……はい、あなたにも一つあげるわ!」 



僕の手の中に、先程まで姫様が持たれていた球根が、音をたてて落ちていく。 



「一緒に育てましょう?どんな花が咲くのか、シルヴィアも楽しみでしょうがないの! 
今日一緒に遊んでくれたのだから、あなたとシルヴィアはもうお友達ね!」 
僕は姫様の顔をゆっくりと見上げた。 
姫様は僕の目を見て、にっこりと笑いかけられていた。 




その瞬間、どこからともなく桜の花びらがふわりと僕のほおを撫でていった。 
見ると、あちらこちらからたくさんの花びらが生き物の様に飛んでくる。 
渦をまきながら、僕の視界を桃色に染め上げていった。 



……なんなのだろうか。幻だとは分かっていても、そうとは言い切れない何かが…… 
「強い」何かが、せり上がって来るのを感じていた。 
一瞬のまぶしい輝きの後、世界が色づいたかのように、僕の視界ははっきりと澄んでいた。 
そして突然、僕の口から言葉がこぼれ落ちていた。 




「……ありがとう」 





突然の僕の言葉に、姫様は驚かれたような顔をされて「ジフ、ジフ!」と叫びながら部屋の外に飛び出して行かれた。 
「……どうしたのでございますか、姫様。」 
「ジフ、この子喋ったわ!喋れるのよ!『 夜の申し子 (テオッカ)』は普通喋れないはずだから……やっぱりこの子、『 夜の申し子 (テオッカ)』なんかじゃなかったのよ!」 
「喋りましたと……?」 
「そうよ、だから……」 
そこで姫様は喋るのを止めてしまわれた。 
その先の言葉を、考えずに喋りだしてしまわれたからだ。 



「だから……えっと……っあ!そうよ、お父様に報告してくるわ!もしかしたら、この子のお家が分かるかもしれないでしょう?」 
姫様はジフの足下をするりと抜けると、一目散に陛下のお部屋へと続く階段を登られていった。 



「お待ち下さい、姫様!陛下はまだ王国定例会議のお時間でございます!」 
ジフは僕の方に忌む様な視線を向けた後、慌ただしく姫様の後を追いかけていった。 




僕はといえば、あれ程舞っていた桜の花びらの、幻が全て消えているのに驚いていた。 
部屋に入ったときと変わらぬ白い光が、カーテンにきらきらとした光の筋を這わせていた。 
初めと変わらぬ、白い時間がそこには流れていた。 



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感想など、何かありましたらどうぞ。

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