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A Liar Extend の変更点


&color(red){筆者からの御願};
この作品は以前載せた作品の後篇になるものですが、&color(red){「どの作品か」「筆者は誰か」};については他言無用で御願いします。(完結した後に明かします)
又、注意書きも次話を載せる度に書き足していく所存ですので度々目にして戴ける様ご協力願います。

この作品には&color(red){人×ポケモン 同性愛表現 流血表現};等が含まれます。
苦手な方はページを閉じるなり戻るなりして頂く様お願い申し上げます。
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* A Liar Extend[#x6a40435]
Introduction.

 切欠と呼ぶべきなのかどうか。
 僕からすればそれらとの接点は物心のつくより以前から続いているものであったから、今になってそれらに関する何かが生じた所で心を揺さぶられる様な事象には成り得なかった。
 それが僕と同じ血の流れている身であるとしても。同じ顔を持つ身であるとしても。
 限りなく同等でありながらも等号でない、もう一人の僕とも呼ぶべきそれらはそこかしこに点在し、蛍火の様に点滅を続けるそれらは命を持ちながらにして&ruby(いのち){生命};の意味を持たない道具でもあった。
 加えてそれらは短命であった。一から十までの順に誤差が生じたとしても、誰もその&ruby(おわり){終焉};に疑問を抱かない。僕ですらも。
 それらよりは長く生きるだろう僕ですらも。
 或いはそれらより先に逝った僕ですらも。

 蛍が放つ淡い輝きは何処までも&ruby(そら){宙};を飛び、宙に呑まれ、やがては誰の記憶にも残らない侭に掻き消える。
 一つ。二つ。又一つ。
 そして最後に残ったそれらも潰え、残ったのは僕独りと。
 弟等の遺産だけ。

 それは僕に架せられた原罪。
 一生を掛けても終わらない贖罪。

 そんな切欠とも呼ぶべきそれは。
 弟等の最後の死から数ヶ月が経ったある日の事。
 原色の世界に独り佇む僕の&ruby(せかい){視界};に輪郭を齎し、白光を縁取り、僕の部屋から外界の形までを投影した。
 数秒だったかもしれないし、数十秒だったかもしれないし、一瞬だったかもしれない。
 世界の闇を追いやる白光の中に、眩い程に煌く銀色の船が見え、船体から続く銀色の足跡が身をくねらせる。
 緩やかに、蛇の様に、銀色の道が僕へと伸びて行き、そして僕の胸を貫いた。
 否、貫いてはいないのだけれども。
 それは僕が肌身離さず身に着けている装飾品に吸収されただけなのだけれども。
 けれども。

 貫かれたのだ。
 心の奥の更なる底に仕舞い込んできた絶望を。
 一筋の光明を辿る様に。
 僕は銀色の船が残した軌跡をなぞっていく。
 杖もいらない。音もいらない。
 空気も。感触も。疑問さえも。

 そして辿り着いたその先に。
 銀色の軌跡が導くその先に。
 僕は確かなものを見つけたのだ。
 限りなく奇跡に近い意味を。



0.

 僕以外の人物が僕という人格を記憶に形成するに当たって必要な事を述べておくと。
 僕は僕という人物を知らない。
 それは比喩でもあり揶揄でもあり、同時に比喩でもなく揶揄でもなく。
 ありのままに僕は僕という存在を知らない。
 きっと多くの人は自分の姿というものを自然と認識している事だろうし、そこから自分という形を、存在を受容していき、他という者を、物を、あらゆる&ruby(もの){存在};を、君は必ず目にしている。
 それらは世界を認識するキーパーソンとして君を形作り、同時に世界の矮小さをも君は認識していく事だろう。

 つまり――僕はそうした事柄に触れずに今日までを生きてきた。
 僕は僕という形を知らず。他という形を知らず。世界という形を知らず。あらゆる物事の大小をも知り得ない侭に育ってきた。
 ひょっとしたら何人かは、そんな人間が存在するものかと反感や疑念を持つかもしれない。
 僕という存在を虚像の人物と思うかもしれない。
 そう感じたならば、思い至ったならば、それでも構わない。それは君が認識する世界の中における秩序の道理であり、君にとって見えない世界の存在に過ぎないのだから。
 僕が君を目視出来ない様に――君も僕を認知出来ない。
 ただそれだけの事でしかないのだから。

 僕という存在が真実であれ虚実であれ。
 それを区別する方法を残念ながら僕は知らないし、僕という存在を確たる者として定義する事も出来ない。
 外界から入ってくるあらゆる情報を整理する為の能力がどの様にして培われていくのかを、君は考えた事があるだろうか。
 それらは全て他という存在から発する要素であり、同時に真偽の何れをも孕む一つの形になっている。
 それを区別するのに何を基準とするのかを、君は考えずとも自ずと知っているはずだ。
 あらゆる世界を知り得る君に掛けられた色眼鏡には、僕という存在はどう映っているだろうか。

 失礼。少しばかり話が逸れてしまったようだ。
 僕は陰の世界だけを見ている。君達の云う処の陽の世界というものを、恥ずかしながら僕は一度も見た事が無い。
 だからこれは僕の想像に過ぎないのだが、君たちの云う処の言葉というものには、何かしらの色が宿るものだと思っている。
 勿論言葉は概念であるから、本当に色というものが着色されているわけではない事は聞き及んでいる。
 しかしながらだ。概念であるからこそ、その存在には当の色が当てがわれ、又それを理解する者と理解せぬ者と全く逆の解釈をする者とに分かたれる。
 遠い海の向こうの言葉を借りるならば、ニュアンスと云うのだそうだ。
 それを判断したり区別したりする事も、君は意識せずとも世界の色の違いを比べる事で日常に溶け込んでいると――僕はそう思っているのだけれど、どうなのだろうか。
 御覧の通り僕はこの身体だから、全ての価値観における違いというものが解らない。
 全ての物事の色は黒であり、黒以外の色は存在しないなんて思う事がある位だ。
 流石にそれは言い過ぎだし傲慢に過ぎる他、&ruby(ごびゅう){誤謬};を招く説明であろうからもう少し補足しておくと、僕は黒以外の色を知らないが故に一つの物事しか見えない。別の側面というものを認知できていない。
 それが何を意味するのか、勘の良い人にはもうお分かり頂けるだろう。
 君が僕を虚像と思おうが思うまいが、僕にとっては然したる問題には成り得ないし、君が僕に嘘の言葉を吐いたとしても僕はそれを微塵たりとも疑わないだろう。
 決してそれは相手を信用する確信からではなく、むしろそれ以前の問題でありそれ以外の、正しく的を射るならば何れにも当てはまらない唯の相槌でしかない。
 だから僕には君が如何し様が世界が如何なろうが、全てが同じ色の細波でしかない以上、判断も区分もまるで意味を成さない。異なるという意味が着色されない限り――僕には全ての物事が同じ事象にしか映らない。
 それが僕の見えている世界であり、僕の見えない側面であり――有り体に言ってしまえば僕は夢を見ることが無い人種である。
 ……否、人か如何かも疑わしい処ではあるのだけれど、ね。

 是だけの情報で僕という人格を説明し得るにはあまりにも不足に過ぎるかもしれない。
 が、そろそろ幕を開かねばならない時間だ。その辺りも追々語り明かしていくとしよう。
 だがこれから語る――否、綴られるとも言うべきか。まぁどちらも些細な事だ。

 この先に綴られる物語は過去であり、そして未来への語物である。
 終焉の先に待つ結果はあまりにも凄惨で、傲慢で、身勝手で、何一つたりとも解決しない。
 その先を知る者は残念ながら僕ではない事を事前にここに明記して置く事とする。

 そう。云うなればこれは――遺言状である。
 そう遺しておくにはあまりにも都合の良すぎる言葉で。
 虫の良すぎる&ruby(ことば){言語};だけれど。
 それ以外に表する&ruby(ことば){辞};を残念ながら僕は見出す事が出来なかった。


1.

 消失の連続。取得の存続。
 何かを求めれば等価の、或いはそれ以上を代価として失う事が人生だと史上の人は語るけれど、人間の本質的な側面に基づいて言わせて頂くならばそれは逆なのではなかろうか。
 僕が思う所の人間とは何事においても可否を問わず受容的であり、求まずとも事象の結果をその身に宿さざるを得ない特性にある。それを宿命とも運命とも呼ぶかもしれないが、それはさて置き、失って初めて気づいてこそ人間足りうるものと思うのだが。
 少なくとも僕の是まではそういうものだった。
 求めた物はあったかもしれないが、それ以前に失われた物が僕の道には多すぎた。
 そして僕の求めた物はどれもこれも既に過去となりし記録の一つでしかなく、求めるが故に損なう摂理に対して疑念を抱き続けている。
 それとも――求めるからこそ何某は潰え、代替品が宛がわれるのだろうか。
 どちらも正しいのかもしれないし、どちらも正しくはないのかもしれない。

 母も、父も、自分自身も。
 気づいた頃には全てが損なわれ、それ等を埋め合わせるものは何時だって僕が見えている価値観だけで。
 孔だらけの世界を僕はどう感じていたのだろう。
 それすらも答えは出ないばかりか、ただただ無感情な情景が広がるばかりで。
 そもそも何処に孔があるのかすらも解らないでいる。
 或いはこの世界そのものが孔であり、僕は生まれてからずっと落ち続けているのかもしれない。
 生み落とされて――続いているのか。
 生み落とされず――彷徨っているのか。

 じっとした侭語りも動きもせず&ruby(たゆた){揺蕩};う思考に耽る僕を慮ってか、横槍を入れる形で背後から、正確には僕の耳元へ囁く様に彼が吐いた。
 自然と漏れる微かな吐息に声を乗せ、思考の海を葉が漂う。
 それを拾い上げると、何でもないと誤魔化す様にして僕は彼の胸中に顔を埋めた。
 こつん、と骨と骨がぶつかる音が流れるが、振動の波は僕の全身を駆けるよりも先に彼の毛並みに吸われて消失する。
 代わりに――とくとくと。鳴動する細波に僕は身を馳せていた。

「――波音、早いね。緊張してるとか?」
「この状況で平常でいられる方が不自然だと思うがな。そういう御前こそ如何なんだ」
「ふふ……当ててみる?」
 僕の身を包む彼の腕に手指を重ねようとするや世界が跳ねた。後から続く衝撃とそれを吸収するベッドの軋みが悲鳴を上げ、反響の揺り籠が双方を包む。
 荒波にも似たそれは次第に勢いを弱めつつも、急な反転に因る影響からか若干身体に変調をきたしていた僕にはやや不快さが燻っている。
 その事について異を唱えようにも、彼は僕が先までそうしていた様に波音に身を委ね始めており、完全に文句の暇等何処にも無いばかりか切欠さえ逃していた。
 仕方の無い子だと嘆息と諦観をしつつ彼の頭に両の手を重ね、指先で柔らかな感触を嗜みながら僕は又思考の海へと沈んでいく。
 緩やかに流れる時間の間隔は何処と無く静止している様な錯覚を感じる。けれどそれは確実に消失し続けている。
 何時までも同じという事は決して無く。停滞が続く事も決して無い。
 佇んでいても――何時かは終わる。終わってしまう。
「もし、もしもの話だよ。今一番望んでいる物が手に入るとしたら、君は何を望む?」
 口元の直ぐ先へ伸びる彼の耳がぴくりと跳ね、毛先が微かに肌を&ruby(くすぐ){擽};る。むず痒い感覚に思わず手が伸びそうになるが敢えてそれを堪え、彼の後頭部を下る様になぞると耳の根元から別の感触を掴む。二又に分かれた左右のそれらを掌握するとともに口元を擽る彼の耳の先端を食んだ。
 唐突な感覚の波に反応してか彼の口から艶やかな声が零れ、その音色は僕の耳の奥を刺激して更なるむず痒さを植えつける。
 如何し様も無い程掻き毟りたく、掻き乱したくもなる感覚を、衝動が僕を欲する侭に衝き動かしていく。
 彼の耳裏から生える毛細が僕の舌先で押し潰され、粘液によって張り付く毛並みを上から下へと、果ては逆へと、執拗に彼を攻め立てながら問うた。
 自分に問いかける文言でもある言の&ruby(いろ){艶};は徐々に徐々にと彼の耳を浸し、彼の脳髄を濡らしていく。それに応えようとする彼の表情がどの様に歪められているのか興味はあるけれど、幾ら妄想すれども僕の世界は変わらない。色素が交わらない世界には幻想等も定着し得ず、確かな感覚は触れ合う体温と言葉のみ。
 興味はあるけれど――切望してはいない。光ある世界に対する僕の羨望はあまりにも薄く、薄暗すぎた。

 数瞬経てども彼からの答は未だ返らない。
 しかし間隔を静寂が満たす事は無く、断片的に彼から発する喘ぎに混じる水音が互いを昂らせていく。

 いつまでもそうしている訳では無いけれど――
 いつまでもそうしていたい訳も有るけれど――
 事態は永遠を留めない。緩やかな変化が、過ぎに過ぎる緩急がそう思わせる。錯覚させてしまう。
 停滞は良い方向にも悪い方向にもどの方向にも示顕しない。
 生きる限り、続ける限り、変化を望まねばならない。
 それは意識の有無に拘らず――自然現象として世界に放たれる。

 僕も彼も。
 密着し合った状態から伝わる各々の肉欲が肥大化していくのを、熱と固さと命脈を伴っているのを、停滞し続ける事が無意味であると、苦痛でしかないと――言葉にせずとも理解していた。
 けれど。
 それでも僕は頑なに現状を解かず、彼の答を待っている。
 否。本音に照らし合わすならば。
 僕自身が答を見出すのを待っていて。
 僕は何時までもそれを見出せないでいて。
 それに気づかないからこそ彼に答を丸投げしているに過ぎなかった。

 だから僕はこんなにも。
 苛酷にも過酷にも厳酷にも残酷にも峻酷にも痛酷にも冷酷にも。
 自分にも彼にも、非情を強いる事ができるのだろう。
 最早それは生殺しに非ず。
 虐待以外の何物にも非ず。

 悠久に続く模索のそれは&ruby(さなが){宛};ら宵闇か暗黒か。
 どれ程に触れ合えども探る言葉は未だに見えず、近しき存在は未だに遠く。
 沈む様に奈落の底へと落ちていく――


2.

 望まぬ停滞に痺れを切らしたのか、胸元から彼の頭がするりと離れた。汗で張り付いた彼の柔毛が残すこそばゆさと、開け放たれた窓からの外気が体温を奪っていき、全身を蝕む様な感覚が我が身を打ち震えさせた。
 触れずとも解る、僕の肌に沸き立つそれを彼は掬い上げる様に舐めあげた。
 鎖骨、谷間、乳房等、胸部の至る所を彼は吸い、舐め、咬み、貪り喰らっていく。
 彼の蛇が這う度に増していく脳髄の痺れが漏電の如く色を吐く。
 堪りかねず両の掌でそれを塞ごうとも、色素は隙間から隙間へと抜けていき、断片的な己の淫声が恥辱心を煽り立てた。
 何時だって不意に起こり得るこの世界で(特に自身が背負うこの世界において)、らしくもない油断を招いた。予測できた事をわざわざ自らの手で拱いた。
 
 否、こう成ってしまえばいいのに、と。
 こう在ってしまえばいいのに、と。
 心の何処かでそう望んだのではないか。

 そう期待して。
 けれど落胆したくないが故に同時に諦めて。
 相反する心理の狭間で立ち尽くしていたからこその。
 この――体たらくなのではないか。

 揺さ振られる不安が抑止の声を挙げる。
 しかしそう告げたくとも、自身の手で口を塞いでいる状態で何を告げられるのか。
 彼に喘ぎ声を聞かれたくない等、弱味を見せたくない等、何時まで僕は意地を張る。
 もう事態は止まらないのに。
 口にはしていなくとも、自身がそう望んだ時点で。
 歯車は廻り出してしまっているのに。

 淫靡な戯曲が奏でられる最中、啼かない僕を怪訝に思ってか、それに気を咎めてか。
 獣の奏者はぱたりと演奏を中断し、僕の様子を伺っているのだろうか突き刺す様な視線を感じる。無為の数瞬が辺りに満ちていく。
 訝しくも返す声は無い。そればかりか訪れた静寂に対して零れた吐息には、是までにない熱気が帯びられ、排熱が肌を焼く感覚が繰り返される度に脳震盪を、胸奥を炎上させていた。
 そんな僕を彼は見知ってか知らずか。乱雑な思考の雑音と動悸が治まる暇すら惜しむ様に、第二の戯曲を奏であげた。
 それによって伴う情熱は緩やかになっていた僕の昂りを急激に加速させ、両の掌が抑えるべき義務をも放棄して下半身へと伸びた処で彼に阻まれた。
 掌や五指から伝わる彼の毛並みや地肌を乱暴に押し退けても、彼の頭部を動かすまでには至らないばかりか、僅かに加わる圧力までもが快感を伴って快楽へ導こうとする。我を侵し尽くそうとする。
 僕が僕で無くなりそうになっていくのが、布越しからでも伝わる彼の吐息と熱気に囃されていく。
 もはや漏電すら生温く、回路をも焼き切る様な堪え難い波に、僕が出来た事は焦れる快楽を欲すべく彼を急き立てる事の一つのみだった。
 先まで主張していた抑止もかなぐり捨て、彼の頭を自身に押し付ける様に両手両脚全身の全てで抱き寄せる。
 宛らそれは自らの手で引き金を引くという自殺行為とも受け取られるし、未知の体感に対する受動的な反応とも取れる。どちらにしても若干の恐怖が渦を巻いて僕を掻き乱し、平静を装う余裕すらも奪っていく。
 細波の様に打ち寄せるだけの快感が怒号を立てた時、それは津波となって渦を、不安を、僕の全てを呑み込んだ。
 全身に走る強烈な刺激に四肢がばらばらに裂かれそうだった。未だ繋がっている神経の全てを必死に繋ぎ止めようと、赤子の如く身を包んで僕は呑まれる波に堪える。
 意識も、呼吸も、心を打つ鼓動も。
 全てが静止したかの様に、緩やかに流れていた。一瞬という一時が永遠の様で。
 何処と無く儚げに崩れていく砂の時間を、ゆらゆらと僕は彷徨っていた。
 けれど理解しているのだ。永遠なんて無い事に。
 その空間は幻想の果てまで続いているだけの夢物語だから。

 夢を知らない僕でさえも――夢からは醒めるだろう。


 徐々に熱が冷めてきたのか、汗ばむ身が空気の冷たさを感じ取る。それに伴って荒い呼吸音を吐き続けている事も、全身の強張りの緩和も、己の確たる感覚として受け止めていく折で。
 未だに熱を帯び続ける下半身だけが別物の様に蠢いていた。時折余韻を崩す様に余波が打ち寄せ、其の都度に呼応する身体は、余裕を取り戻すには未だ早いと訴えているかの様だった――が。
 唐突にそれは減速から加速へと切り替えられた。
 一気に緩んだ僕の拘束から自由を得た彼は、布越しにも拘らず長く伸びたその口先と舌を以って乱雑に僕を攻め立て、達したばかりで過敏になっていた僕は全身に走る激痛にも似たそれに堪らず、嬌声と身を跳ね上げさせた。
 否、もしかしたらそれは本当に激痛だったのかもしれない。
 何れにせよ、痛覚とも性感ともどちらとも取れるそれに僕は堪え忍ぶ事が出来そうになかった。
 我を忘れそうになる恐怖に今度こそ僕は抑止の声を挙げた。
 けれど。それでも彼は止まる事はなかった。
 もし――今ここで僕に光が射したなら。

 僕は正しく彼との違いをまざまざと見せ付けられ、正しく価値観の違いを認識する事を可能としたのかもしれない。
 そうでなくとも、はっきりと解る事が一つだけある。
 如何し様も無く、覆しようも無い、決定打とも言うべき相違点。

 彼は何処までも獣であって――
 僕は何時までも人なのだと――


 引き裂く様な音と、何かが垂れる感覚。
 後に続く痛覚が何かしらを訴えかけている様な気がしたけれど。
 残念ながら僕はそれを痛みとして認識する事も出来ず。
 混濁としたこの世界に酔わされていた。


3.

 何度目――だろう。二三度ぐらいだろうか。
 頭の回路が焼き切れる様な音が、落雷に落とされた感覚とともにガンガンと鳴り響く。
 止む事の無い絶頂は快楽という名の苦痛を伴い、僕の身体をひっきりなしに掻き乱していく。
 涙と、涎と、衣服を裂かれた際に巻き込まれたのだろう太腿からの流血と。
 それらの中においても呑まれる事なく、寧ろ一際に存在を主張させる僕からのそれは一種の媚薬の香りに変じていたのかもしれない。
 或いは彼から発する獣臭や体液がエッセンス代わりとなって別の何かに転じたのかもしれない。
 まぁそれはどうでもいい。僕にとって今重要なのはそこじゃない。
 否、今当に&ruby(みだ){紊};れている本人が言う台詞としては強がりにも負け犬の言葉にも聞こえるのだけれど、ね。
 そんな状態だからこそなのだろう。僕が冷静にこの状況を分析し、尚且つ愉しんですらいるのは。
 全ての体液が雑じり合った味と共に彼の舌が僕の咥内を淫虐に侵している時なぞ、是までに無い充足感を味わっていた。
 それどころかもっと過激さを、自身を加虐して欲しいとも虐殺して欲しいとも、果ては命を貪って欲しい等と。
 破滅に至り往く自己が次々と生まれていく事に僕は酷く安堵すらも覚えていて。
 迫り来る終りに陶酔し、這い寄る混沌の世界に倒錯していた。
 絶望しかなかった世界の色が、紊されていく事が、侵されていく事が、僕の望みで、願いだった。
――なのに。
 彼の全てを受け入れながらも、僕の喉から零れるそれは何故か怯えの色を含んでいた。
 それは目前の獣に対する恐怖か、その先に待つ果てへの畏怖か。
 切り離された意識と身体の&ruby(み){夢見};る世界に矛盾が生まれ、そして解らなくなっていく。
 その揺らぎが次の油断を招くと知りつつも、抱いた疑問を無視できそうにもない。
 つくづく面倒臭く、愚かしい自分の至らなさを、不甲斐無さを幾重に呪おうとも。
 自己嫌悪に浸る余裕等、彼は、僕の身は与えてくれそうに無い様だった。

 宛らそれは土石流を塞ぐ為に積み上げられた急場凌ぎのそれにも似ている。
 途中まではそれは押し寄せる波を塞ぐばかりでなく、僅かばかりに流れをも変えてくれるのだろう。
 そう、途中までは。決壊するまでは。
 重ねに重ねた快楽の牙は手を取り合う僕らの甲を深々と食い破り、二度と切り離せぬ戒めの疵を、痕を残していく。
 神経にそれが走る度に孔が植えつけられていく。底無しの闇の様な孔を抉り付けていく。その孔へ彼が楔を打ち込んでいく。
 五指を、掌を、腕を。
 足裏、踝、脛、太腿。腹部、心臓、肩――
 混濁した意識がそれらを感覚として捉え切れているかどうかも既に怪しい折で。
 微かに感じた違和感に引っ張られる様に、僕の意識がそこを視る。
 果たして虚ろな&ruby(ひとみ){双眸};に何が映ったか。
 何も、変わらない。
 そこには何時も通りに広がる闇があるだけだ。
 しかし、たとえ見えていたとしても結果は同じだったろう。

 それもそのはず。僕の視界の先に彼は居ないのだから。
 恐らく別の視点から見たなら。第三者からの視点で見るなら。
 今の僕は、彼に首筋を咥えられている状態に在るはずだ。
 それは獲物を仕留めるべく最後の一糸を食い千切るに他ならぬ光景だといえよう。
 何の事は無い、違和感の正体は僕の命が消化されつつあるだけの報せでしかない。
 彼の歯牙が、吐息が、舌からも滴る粘りが頚に触れる度、昂ぶる様に僕の意識が集約されていく。

 さてもここから残る先へは誰にでも解る定められた物語の展開が待っていよう。
 焦がれた果てへの先に辿り付く前に、&ruby(し){終};の感触が僕を強く抱き締めるだろう。
 歯牙が触れるだけでも痛い程に感じる鋭敏さへ、振り下ろされる頚への一撃は痛みも無く一瞬で終わらせる等、そんな夢物語や幻想をいとも容易く噛み砕いていく。
 もがいて。足掻いて。苦しんで。
 何に対するかも解らない呪いを撒き散らしながら僕は尽きていくだろう。
 その後は何が見えるのだろうか。
 何か――見えるのだろうか。

 それに関しての興味はある。けれど。
 その先を、今は望んではいけない様な気もする。
 どうなのだろうか。
 単に臆病風に吹かれただけなのかもしれない。
 
 僕自身の手でそれを終らせる事もできたはずだけれど。
 この世界に浸り過ぎた僕の心は、もう自決では満足足りえぬばかりに染まり過ぎていた。
 でもそれも言い訳なのかもしれない。本心で見ればただ自ら選択する事に臆病だっただけなのかもしれない。
 
 どちらが真実でどちらが虚実か。
 迷いに迷うその揺らぎが如何し様も無く不快だからこそ。
 僕は僕を終らせてくれる救済の手を求めた。
 
 甘美に漂う死の香りが何時までも僕を誘惑する。
 先までの躊躇を無かった事にするばかりか、躊躇うからこそ僕は魅了されている。
 迷いを完全に断ち切れないからこそ。
 僕は何物にも縛られぬ自由を望んだ。

 それは何処までも傲慢で、愚かで。
 あまりにも幼稚極まりない――我儘な願いだった。


 そのまま我を貫き通せば、僕は汚くも綺麗な侭に終れたのかもしれない。
 躊躇いに追いつかれる前に、振り切ってしまえたのかもしれない。
 全てを無かった事にして逃げ出せたのかもしれない。

 浮遊しているかの様な感覚が重力に引かれ、地に落ちた感触を背が捉える。
 差し迫る終の道が、扉が急激に閉ざされていく様が視える。
 死を愛う憧れが、僕の掌から零れ出すのを感じる。

 背中越しに伝わる柔らかな感触に微睡みながら。
 遠ざかる意識で僕は結ばれた糸を手繰り寄せる。


 僕の望みは果たされた。
 まだ、生きていたいという原始的な思いをその胸に抱いて。

 僕の願いは閉ざされた。
 彼が望んだ願いに呑まれて。
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筆者の戯言
 誠に遅い生存報告で申し訳ないです。
 続き自体は既に完成していたのですが、直後に例の事件が起き、又その事件に直接的な表現ではないにしても仄めかす様な単語を含むので、しばらく間を置こうと思っての休止でした。
 リアル事情も色々忙しくなりつつあったので已む無し。
(それでも生存報告用にコメントくらいは残しても良かったかもしれないが時既に遅し)
 この度ようやく生活も落ち着いてきたのでリハビリがてらのんびりと続きを書いていこうと思います。
 それにしても全体的に明るさがない作品だ……。
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