※微小ながら流血表現があります。 ※積極的に表現したわけではありませんが官能っぽい描写がいくつかあります。 ※なお、[[これ>被怪談]]の続編になります。よってこの作品を読んだだけでは分かりづらい部分があります。 作者:[[カナヘビ]] 「ふう…」 昼の日差しは彼の体を針のむしろのように突き刺している。 やや日々割れ気味の地面の上でかいがいしく走り回る3メーター超えの緑の身体。ジャローダが難色を示しながら畑を耕していた。 ややヒビ割れ気味の地面の上でかいがいしく走り回る3メーター超えの緑の身体。ジャローダが難色を示しながら畑を耕していた。 白い腹を支点として体を支え、尻尾でリーフブレードを発動しつつ土を盛り返す。柔らかくなった土の中に小さな手で種を植える。上から見るとU字型に曲がっているように見える。 見渡せば自分からしても広く見える広大な畑。少なくとも昔見た墓地と同じ広さはあるのではないだろうか。 体の比率で言えば小さくなった彼の尻尾は太陽光を全く受付けず、葉緑素は発生していない((ツタージャの頃は光合成できるような記述が図鑑にはありますが、実際はツタージャ・ジャノビー・ジャローダは光合成は覚えません。ポケセンツタージャなんて知りません))。ヘビであるから気温が高いことに関しては問題はないが、こうまで広いとやはり疲労が発生してくる。 「また夏…か」 ジャローダは感慨深げに呟いた。急に口の中が乾き、舌舐めずりをする。 ジャローダは頭部を思い切り振って何かの煩悩を振り払い、作業を続行する。 113族の素早さをもってしても尾と手先の作業は早くはできない。ただし狭い間隔の移動だけはお慰み程度に小刻みに速くする。 彼が通り過ぎた後はふわりと盛り上がった土が点々と残っていた。 黙々と作業を続けること、かなりの時間が経った頃。気が付けば広大な畑は盛られた土がきれいに並ぶふくよかな絨毯になっていた。 「来年の秋まで…また実りを待とう」 ジャローダは満足げな表情を浮かべつつ、畑から顔を背けて自分の住処へと帰って行った。 #hr 森と草原を足して半分にしたような地帯。最早一般の通り道と化した小さな獣道をジャローダは這い進む。 周囲からは草花の香りが漂ってくる。一向に馴染めないその芳香を傍らに、ジャローダは1つの洞窟を目指していた。 這い続けていると、生い茂る木々の中にその入り口がかすかに見えた。 洞窟とは言っても入り口の半径がだいたい2メートルと少し、奥行10メートル程の小さな横穴である。日光がほとんど降り注がないこの洞窟が彼の住処だった。 入り口に立つと見えるのは地面に書かれた『立ち入り禁止』の文字。彼自筆の注意書きである。 「また掠れてる…」 土に書かれた字など掠れて当然。しかし彼はわざわざリーフブレードを発動して地面に突き立て、掠れている部分を付け足しにかかる。 「おにーさん!」背後から幼い声が聞こえた。 ジャローダの身体に並々ならない神経命令が走った。体全体が凍りつくような錯覚を覚え、とっさに地面からリーフブレードを引き抜く。そして長い体で声の主に思い切り巻きつき、押し出すかのような視線を向けて蛇睨みをぶつけた。 「お…にー…さん…」 「……………あ」 ジャローダは慌てて巻きつけていたチコリータの少女の体をそっと解放し、地面に横たえる。 「お…にー…さん…ま…た…」チコリータの少女は途切れ途切れに声を放っている。 「ご、ごめんよプーシー」 ジャローダはおろおろと辺りを見回し、はっとした表情をして自分の住処に入る。中には積み上げられた木の実の山と無数のその食べかす、そして歯型の突いたいくつかの丸太があった。木の実の山からピンポイントでクラボをくわえ、急いで入り口に戻ってチコリータの少女の前に木の実を置いた。 「クラボだよ。ほら、食べて」 ジャローダは口で少しだけクラボをかじりとり、チコリータの口に持っていく((この表現に特に他意はないんですが…やっぱり見えちゃいますかね?))。 チコリータ…プーシーは小さな口でクラボを少しずつ&ruby(は){食};み、体の痺れを徐々に取り除いていく。 「ううん…」プーシーはだるそうに体を持ち上げ、小さな足で何とか体を支えてなんとか立ち上がり、不満一杯の表情の上目づかいでジャローダを睨みつけた。 「もう!なんで声かけただけで毎回こんなことされなきゃいけないのよ!」プーシーは憤慨している。 「ごめんよ、ごめん。でも本当に驚いちゃうんだよ。だからなるべく急に声を掛けないでほしいんだ。って、これ毎回言ってるよね?」ジャローダは困った表情で細々と言う。 「えー、別にいいでしょ!おにーさんがその癖治せばいいじゃない!」プーシーは頬を膨らませて抗議している。「声掛けただけであんなに驚くのってきっとおにーさんだけよ!」 「だろうね」ジャローダは下がり調子で同意する。 「だろうねって…はあ」プーシーは呆れた様子で溜息を吐いた。「治そうって思わないの?」 「治したいよ」ジャローダは淡々と答える。「でも、そう簡単なものじゃないんだ。体質とトラウマが悪い具合にマッチしててね…」 「とらうま?」プーシーは初めて聞く言葉に首を傾げる。 「…いや」ジャローダは急に口をつぐんだ。「なんでもないよ。気にしないで。それで、何か用があったんじゃないのかい?」 「別にようがあったわけじゃないわ。声を掛けてみただけ」プーシーはさらっと答える。「おにーさん、まだ住処の入り口にその文字書いてるの?」 「うん」 ジャローダは再びリーフブレードを発動し、プーシーから顔を背けて文字の修正にかかった。 「どーしてそんなこと書いてるの?まあ、返ってくる答えは『中に入られたくないから』 なんでしょうけど」プーシーは見透かしたように言い切る。 「そうだよ。ただ、それだけ」ジャローダは修正をしながらそっけなく答える。 ただ、それだけ。ただそれだけのことだが、彼にとってはあまりにも重要なことだった。 今、彼が顔を背けているチコリータの少女、プーシー。彼女がそばにいるだけで口が渇いてしょうがなかった。先ほど巻きついた時も、体のいたるところがその渇望を表そうとしていた。しかし彼は理性を総動員させて彼女を解放したのである。 口が渇く。緊張しているわけではない。プーシーがそばにいる、ただその事実だけがその現象を発生させていた。 頭がくらくらしていた。息を荒げていた。ただ、理性を押さえる為に彼女から目を逸らし、頭の中からなくそうと必死だった。 「…おにーさん、あたしと話す時いっつも息が荒いけど、どうしたの?」プーシーは不審そうな表情で聞いた。 「え、いつもかい?それは無いと思うなあ。あはは」ジャローダは笑うが、その目はプーシーに向いてない。 「…充血してるよ、目」と、プーシー。 「………」 もう口がからからだった。舌に広がる不毛な砂漠は水分を、その入り口である白い&ruby(ろうへき){牢壁};は囚人を欲している。 「用は…特にないんだろう?」文頭がかすれた調子ででる「もう帰って欲しいんだ。僕はちょっと忙しくてね。お願いだよ」自分でも不愉快になるくらい突き放したような言い方でプーシーに言い放つ。 「またなの〜。もー、毎回そうじゃない。たまにはちゃんとお話ししよーよ!」プーシーは不平たらたらである。 「ごめんね。お話しできる時間ができたら、僕から君を探しに行くから」乾いた口からなんとか声を絞り出し、懇願する。 「約束よ!じゃあね、サフィーにーさん!」プーシーはくるりと踵をかえしてぶつぶつ言いながら家路につく「何よ忙しいって。どうせ1日中オナニーでもして…」 「…はあ…はあ…はあ」 ジャローダ…サフィーは体中をがっくりとさせて息を荒げていた。洞窟の入り口でかろうじて倒れずにいるような状態だった。 そして。 「うがああああああああああああああ!!」 まるで何かに急に引っぱられたように洞窟の中へと飛び込んでいった。113族のトップスピードで10メートルの洞窟を疾走する。木の実の山をスルーして丸太に照準を定めると、口を大きく開いて勢いよく噛みついた。 「ふぐううううう!うぐふわあああああああ!があああああああ!ぎいああああああああ!」 丸太に噛みついたまま体中を大きく躍動させて悶絶している。その充血した眼はかっと開かれ、洞窟の壁を凝視している。動き回る大きな体は木の実の山に、壁に激しく打ち付けられる。 「ひぐあああああああ!!おごあああああああああ!」 乾いた口に潤いは戻らず、ただ無機質な木の味が広がるばかり。いくら噛み続けてもそれは延々と続く。そんなことはサフィーも分かっていた。しかし噛み続けなければ、体の奥から湧き出てくる欲望から逃げられそうにないのである。その遺伝子に刻まれた、彼独特の欲望。 「はあ…はあ…はあ…」 サフィーは落ち着きを取り戻し、ゆっくりと丸太から口を離す。割れそうな感覚すら感じるその舌の上に、小さなオレンの実を転がしいれる。 「………」 体に似合わず小さく口を動かしてオレンを咀嚼する。その目には諦めというか、自身に対する失望のようなものが見えた。 ふと、&ruby(くう){空};を仰ぐ。洞窟の天井を見るその目は、その向こう側を見ているような錯覚さえ感じさせた。 サフィーは大きく欠伸をし、冷たい洞窟の床に身体を沈め、目を閉じた。 #hr あの村に住んでいたころはまだツタージャ、サフィー・スナイビーだった。彼はとあるポケモンと親友であり、そのポケモンと何の変哲もない生活を送っていた。 だが彼にとって普通の生活というのは一種の夢であった。彼の母親が異常者であったからである。彼の遺伝子もその性質を寸分なく受け継ぎ、そして発生するべきでないところで発生した。 その時、気が付けば自分の身体は5倍以上にまで成長し、鉄分の豊富な赤い液体にまみれていた。目前には、なぜか自分の親友であったポケモンが倒れている。 「――――」呼びかけても、返事はなかった。 サフィー・サーペリア。彼はもう親友の名前も思い出せない。時間は無益に去り、気が付けば心まで大人になるほどの時間が経っていた。だが親友のことは忘れても、その心の奥に、口の奥に残る鉄分の濃い臭いが、彼にトラウマを発生させていた。 誰に対しても発生する止めどない食欲。それに身を任せようとすれば、脳裏に浮かぶ親友の姿がフラッシュバックして体中を嫌悪感が蝕む。欲と精神が極限に葛藤しているのである。 食欲を抑えるために他の者の目のつかない場所に移動もした。しかし必ず誰かしらのポケモンがいた。それは皆がサフィーに対して好意的に接してくれた。 そして、最後は例に漏れず彼の餌食となった。 今回の獲物はもう決まっているも同然である。むしろあの時、彼女を解放できたことこそまさしく奇跡。 彼はポケモンを食すことを拒んでいた。本能に逆らって。 しかし、未だに、それが最終的に抑えられたことは、ない。 #hr 目が覚めて洞窟から出ると、空には既に夜の&ruby(とばり){帳};が下りていた。 サフィーは身体をうねらせて静々と進む。 鬱蒼と生い茂った木々。&ruby(くさむら){叢};の獣道を自分のペースで這う。 夜とは彼にとって忌まわしい思い出であるとともに唯一心が安らげるときだった。夜は大抵のポケモン達は床に就いている。夜行性のポケモンに気を付けてさえいれば、彼が何の気兼ねもなく過ごせる時間帯だった。 サフィーは空を見上げる。大きな月が雲の林から気まぐれに顔を覗かせている。 見え隠れする月。 「…あの日も…そうだったなあ」 あの日。母がいつものように墓場に出かけ、何とかしようと追いかけたあの日。まさかその日話題に出た、墓の探索が本当に行われているとは思いもせず、目の前に女友達の死骸を見たあの日。 憂鬱な気分になって歩み((言葉の綾です;;;))を再開する。憂鬱なのはいつものことだが、今はいつにも増してそんな気分だった。 特に目的があるわけではない。ただ彼は散歩をしているだけである。昼は誰にも見られないように畑に足を運び、夜もまた誰にも見られないように外を散歩する。 昼に散歩をすれば発作が暴発しかねない。たくさんのポケモン達が起きているから。 「…ん?」 サフィーは停止した。気を静めると、気配と共に叢がかき分けられるような音が聞こえる。 サフィーは頷くと、上を見上げて木々の枝の分布を目で確かめる。次にとぐろを巻き、そのバネを利用して跳ぶ。 空中で枝の1つに身体を巻き付け、口は木の本体に噛みつかせて下を窺がう。 叢をかき分ける音が近くなってきた。足音が聞こえないところを察するに低空を滑空しているようだ。サフィーは身体と口の力を強める。 背中から&ruby(こうもり){蝙蝠};の羽のような幕が生えていた。夜目の効きそうな大きな黄色い目、赤く尖った耳、痛そうな口の牙、顔より大きなハサミに対比して足は小さく、&ruby(さそり){蠍};のような尻尾を持ったポケモン。グライオンである。 「あのポケモンは…」サフィーは口の中で呟く。 自分が昔住んでいた場所に、新しいポリスとしてグライオンが配属されたと聞いたことがあった。同種族である。 しかしこれも随分昔の話。そのグライオンであるとは限らないし、そもそも生きているかどうかも分からない存在である。 「このあたりに…ジャローダがいたと聞いたが…」老いた声が聞こえる。グライオンの声のようだ。 「…!」サフィーは口の力を一層強めた。しつこいくらいに木の味が広がっている。 グライオンは周囲を見回しているようだった。そのままサフィーに気付くことなく、グライオンは通り過ぎて行った。 サフィーは木を噛んだまま呆然としていた。 このあたりにジャローダといえば自分しかいない。しかも昔見識のあったポケモンが自分を探しているというこの状況。 偶然ということは?自分を探しているあのポケモンは昔村に住んでいたグライオンとは別のポケモンであるということもありうる。しかしその考えはあまりにも滑稽である。可能性はゼロではないが、限りなくゼロに近かった。 ではあのグライオンが昔村に住んでいたグライオンと仮定して、ではなぜ自分を探しているのか?親友が死んだあの後、彼は村がどうなったか、そして自分の母親が捕まったかどうかさえ知らない。すぐに村から立ち去り、年月を無駄に過ごしてしまったのだから。 「…追ってきた?」 しつこいようだが昔の話である。親友の名前さえ忘れたあの事件を今更追いかけてくるものだろうか。と、考えては見るものの自分はあのグライオンとそれほどにまで面識があったわけではない。自分はグライオンの性格を知らない。 もし、仮に、あのグライオンが自分を見つけたら。 もし、仮に、あのグライオンに自分が見つかったら。 勝てない相手ではないだろう。しかし勝敗の問題ではない。 脳裏に浮かぶのはプーシーの姿。彼女を餌食にせずに済むかもしれない。 「………逃げよう」 サフィーは身体の緊張を解き、物音を立てずに地面に着地した。すぐさま何も考えずに方向を決め、一直線に発射する。 林立する木々を避けるのに蛇の身体は便利である。速度を落とさずに突き進める。 まるで木々から避けてくれるかのように周囲が流れている。 しかし彼の速度とてそこまで速いわけではなかった。周囲を黒い布と化すほどの速度には達していない。その証拠に、彼は目前に突如現れた黄緑色の障害物に気付いてしまった。 「!!」 「きゃあ!」 サフィーは尻尾の方の体を地面に押し付けるようにして減速し、やがて止まった。 「うう…どうしたの…おにーさん」プーシーだった。 サフィーは焦っていた。空は都合悪く、雲一つかからない満月満開だった。 「プ、プーシーこそなにやってるんだよ!」サフィーは思わず声を荒げた。 「ひ…」プーシーは身を縮める、「ごめんなさい…おにーさんを…驚かそうと思って…」 洞窟に向かっていたらしい。しかしサフィーにとってはかなり最悪な展開だった。みるみるうちに口が渇いていくのが自分で分かる。 「プーシーごめん!声を荒げて悪かったよ!そこをどいてほしいんだ!」サフィーは抑え気味に怒鳴って言った。 目を閉じたり逸らしたりすれば渇きの速度は遅くなる。しかしそうするとスタートダッシュに若干の遅れが生じてしまう。彼には一刻の時間も惜しかった。 「ま、待って!」プーシーは慌てて引き留めた。「これ…持っていこうと思ってたんだけど…」 そういってプーシーは自分の頭の上の物を右前脚で指した。ふりふり振られる葉っぱの周りで煌めくそれは、桃色と白の花で彩られた可愛らしい花輪だった。 「…プーシー…」 サフィーはプーシーとあまり話したことがない。自分の発作が抑えきれないからである。むこうからアプローチはあれど、いつもそれを跳ねつけていた。 それでもプーシーは、夜に自分に住処に忍び込もうとしてまでこんな小さな花輪を届けようとしていた。 サフィーは凝視していた。花輪を。それが被さった頭を。その身体を。 小さく健気な頭の葉っぱ。純真で無邪気な眼差し。ひ弱でも逞しい精神をもったその身体。ふわふわとしていそうなお腹。 可愛らしい。愛おしい。 いっそ食べてしまいたい。 「へ…!?」 プーシーの体に大きな蛇の体が巻きついた。その締め付けは強く、プーシーの体に強烈な圧迫感を与えた。 そして目の前には焦点の合わない血走った目が2つ。光のない点と化した眼が、そのおいしそうな体を見ていた。 「おにー…さん…?」 明らかにいつもとは輪をかけて様子が違っている。しかもその目からは欲しか感じない。 大蛇は大きな舌を出し、プーシーの体を舐めた。 味わうように。 じっくり。 舐めまわしている。 「う…ぷ…くふ…」プーシーは体中を震わせて身を任せている。 その舌が引込められ、口が大きく開く。涎で覆われた口内。そこに身体が近づいて行く。 「にー…さん…」 恐怖のあまり彼女は失禁を発生させていた。その恥ずべき行動すら、大蛇もプーシーも気にかけていなかった。 涙も出ない。暴れる気力もない。目前の、明らかな死に、体を任せるしかなかった。 「見つけましたぞ!」老いた声がした。 突然プーシーの体が大きく突き放され、藪の中へと放り出される。体中に痛覚を感じながら彼女は収まる。 大蛇はグライオンからの強襲を受けていた。体を大きくひねりつつアクロバティックに衝突することにより、大蛇に大きなダメージを与えていた。 両者は離れ、互いに向かい合う。 満月の下の森でサソリとダイジャが対峙する。 サフィーの目が怪しく輝いた。途端にグライオンの体に大きなおもりがのしかかったような感覚が発生する。 「蛇睨みですか。いいでしょう」グライオンは苦しそうに言った。 グライオンは滑空状態のまま右のハサミの先を地面に付け、その姿勢のままでサフィーに一気に近づいて振り上げた。 サフィーは見切ってはいたが避けられない。燕返しは並大抵のことでは回避は不可能だからだ。 サフィーは燕返しを受けた瞬間に尻尾の先でリーフブレードを発動させ、グライオンの右膜にぶつける。 「うぅ…!!」 膜はすっぱりと切れ、グライオンは滑空不能になって地面に落ちた。 グライオンは落ちたその体で穴を掘り、地面に身を隠す。 サフィーはそれを見届けた後、地上でとぐろを巻いて待機し始めた。 グライオンは地中にて何度か地ならしと地震を発動するも、これもまたあまり効果がないことは分かっている。 グライオンは地中から飛び出す準備をする。この時、右ハサミに燕返し、左ハサミにシザークロスを発動し、出現と同時にサフィーの体に当てた。 「な…」グライオンは絶句した。 サフィーは『とぐろをまく』を最高まで積んでいたのである。物理主体のグライオンにとってまずい事態であることは間違いなかった。 グライオンは一旦距離を取る。その隙にサフィーはリフレクターまで張ってしまった。 「ならば…!」グライオンは両ハサミを交差させ、剣の舞の構えをした。 その瞬間、サフィーが大きなプレッシャーをグライオンに向けて放ってきた。 グライオンは剣の舞を舞う。だがいくら舞ってもその効果が表れることはなかった。サフィーは挑発を発動したのである。 「読まれましたか…!」 グライオンは焦りを隠せない。サフィーがじりじりと近づいてくる。 グライオンは再び燕返しを発動し、サフィーの体にハサミを命中させると同時にとんぼ返りを発動、体全体をぶち当てて遠方へと離れて距離を取る。 様子を見てもダメージを負ってはいなさそうだった。それどころかサフィーは地面から跳び、鼻っ面で燕返しを押し当ててきた。 グライオンは左半身を引いて回避する。いや、回避はできていない。サフィーは引かれた左半身の左膜をすれ違いざまに噛みついていた。 「ぐぅ…!」グライオンは呻く。 膜はちぎれ、グライオンは遂に両方の膜を失う。しかしサフィーは加減することなく再び向かってきた。尻尾でリーフブレードを発動している。 グライオンはこれをシザークロスで受け流し、再び距離を取った。 「…やむを得ません…!」 相手は最大級の物理耐久と化したジャローダ。さらにこちらは剣の舞が使い物にならない。いくらこちらが技を放ったところで、2倍であっても彼は平気でいられる。そうして戦闘を続けていればいつか体力が尽きてしまう。体力のジリ貧である。 ゆえにグライオンは1つの選択肢を選んだのである。 サフィーが再びリーフブレードを発動してグライオンに向かっていく。 グライオンは両ハサミを交差させた。ハサミを大きく開き、小さな足でサフィーに向かって一直線に向かう。 「そおりゃあ!」 サフィーのリーフブレードを体で受けつつ、グライオンはハサミギロチンを命中させた。 #hr 「うううぅ!」 サフィーの体に突如として痛みが走った。 体中に力が入らなくなり、大きな体を地面に横たえる。 「あ…れ…?」 確か、自分はプーシーの花輪を見ていたはずだった。見ていて、そして…記憶がない。 「プー…シー…?」サフィーは小さく呟いた。 目の前の藪ががさがさと揺れる。そして小さなチコリータが恐る恐る出てくる。 「大丈夫ですか、お嬢さん」老いた声が聞こえる。 グライオンはプーシーのもとへと歩く。プーシーははっとした後すぐさま頷く。 次にグライオンはサフィーの目を覗き込んだ。 「正気に戻りましたか?」と、グライオン。 「…うん」サフィーは短く答えた。 グライオンの問いかけ。プーシーの様子。今までの経験から、何があったのかはすぐに察しがついた。 グライオンは疲れた様子で地面にどっかと座る。失われた両膜が痛々しくサフィーの目に映る。 木の上から見た時は、あったはずだ。 「僕、暴走していたんですね」サフィーはぼそっと言った。 「そうですとも。あなたは食欲に支配されておりました」グライオンはさくっと答える。 気まずい空気が流れた。プーシーはどうしてよいか分からずおろおろしている。 「わたくしを覚えておりますか?サフィー」グライオンが聞いてきた。 「…覚えてます。昔、僕が住んでいた場所にいたポリスさんですよね」サフィーは答える。 「覚えていただいておりましたか」グライオンは嬉しそうに顔をほころばせる。「ポリスは引退致しました。今は老いた身です。それでも、あなたに負けるわけにはいきませんでした。命がかかっておりましたからね。わたくしと、そしてこの子と」 グライオンは左ハサミでプーシーを撫でる。プーシーはおろおろしたまま撫でられるがままになっている。 「止めてくれたんだ。ありがとうございます」サフィーはがっくりとした口調で礼を言った。 グライオンは微笑しつつサフィーを見つめる。 「ずっとあなたを捜しておりました。バルノ君が無残な姿となって見つかり、そしてあなたは姿を消していた。更には、あなたのお母さんは事件を起こした。誰がバルノ君を殺害したのか、わたくしは認めたくないながらも認めなければなりませんでした」 バルノ。それはサフィーが忘れていた名前。忘却の彼方に追いやり、その事実からにげようとした名前。 「バ…ル…ノ…」 サフィーは涙を流していた。食欲のかわりに涙が、止めどなく、際限なく湧き出てくる。 「あなたのお母さんの方があなたより症状は軽かった。しかし、それでもいくつもの試練を乗り越えなければ治すことはできませんでした」グライオンは急に言った。「あなたのその発作は、弱体化させることができます」 サフィーは耳を疑った。ぽかんとした表情でグライオンを見ている。 グライオンはサフィーを見つめ返し、にっこりと笑った。 「あなたは罪を償わなければなりません。その傍ら、あなたのその症状を少しでも軽くしませんか?」グライオンが聞いた。 サフィーの顔が崩れる。その涙は地面を濡らし、新たに生えてくる草花に成長を促すことだろう。「………はい」 グライオンは立ち上がり、ハサミをサフィーに差し出す。 食欲は発生しているものの、サフィーには既にその体力は残っていない。左手でハサミを掴み、グライオンの力を借りて起き上がる。 サフィーはグライオンに担がれるような恰好である。2体は前へと進み始める。 「ま…待って!」幼い声が聞こえた。プーシーである。 2体は立ち止まり、振り返ってプーシーを見る。 「どこに…行くの…?」プーシーが不安そうに聞く。 サフィーは微笑み、グライオンの身体から離れる。何とか支えられているような感じで屈んだ姿勢でプーシーに近づいた。 「プーシーも見ただろ?僕は君が見た風に、すぐに暴走しちゃうんだ。だから、グライオンさんと一緒に治しに行くんだ。治せるかどうかは僕の努力次第らしいけどね…」サフィーは優しく言った。 「また…戻ってくる?」プーシーは聞いた。 「………うん」やや時間を空けて、サフィーは答えた。 正直、この場所に戻ってくる義理はない。症状を治した後、どこへ行こうと彼の勝手だ。 でも、この場所には、自分の帰りを待ってくれる者がいた。小さくて、可愛らしい、幼い女の子。不釣り合いだと自分でも思うような子。 「だからね」サフィーは続けた。「僕の畑、知ってるだろ?僕が帰ってくるまで守っててほしいんだ。いつか、症状を治すことができたら必ず戻ってくるから…」 「…えぇ…」プーシーは答えた。「あ…、これ…」 プーシーは藪をあさり、花輪を取り出した。器用に後ろ足だけで体を支えつつ、サフィーの頭にちょこんと乗せる。 もはやぼろぼろになった花輪。しかしその中にこもった気持ちは微塵も欠けていない。 サフィーは笑った。ここしばらくしたことのなかった、そしてもちろんプーシーにも見せたことがなかった、満面の笑み。 「それじゃ、またね」サフィーは短く言った。 サフィーはプーシーから目を背けた。食欲を抑える為ではなく、自分への決別のために。 グライオンと体を寄せ合い、進んでいく。頻闇の帳は既に開き、新たな1日の幕開けを告げている。 だんだんと遠ざかる2体の影。それが輝く朝日に吸い込まれていく様を、プーシーはいつまでも見続けていた。 END ---- あとがき 久しぶりに更新したと思ったら全然違うもの更新するとか本当にすいません;;; なにせ執筆から離れていたので…。手軽に書けるものから書こうと思いこれを選んだのですが どこが手軽だ1万文字超えてるじゃねえかww しかも期日1日遅れでこんな夜遅く更新とかおかしすぎる; 汗ばっかかいてないでちゃんとしたあとがきをば。 はい、前述しましたがこれは[[被怪談]]の続編として書きました。 リハビリとか言って張り切り過ぎて実力に合わない表現をしようとして残念なことになっている箇所がいくつもありますがそこはご愛嬌と言うことでw サフィー君の後日というよりずっと後の話ですね。 まあ、あんな短い物語の続編だからさくっと行くかと思いきやまさかの本家越えと言う嬉しい誤算。 なんだか、次から次へと物語が湧いてきたんですよね。もしかしたら、これからもサフィー君が登場する機会があるかもしれません。なぜってこの後もずんずん展開が出てくるからですw その前に止まっているやつをだな…。はい、すみません。これからどんどん更新していきます!! リハビリは完了しました!これからもよろしくお願いします! 何かあればどうぞ #pcomment(サフィー君のコメントページ,5) IP:202.253.99.165 TIME:"2013-01-29 (火) 00:06:56" REFERER:"http://pokestory.rejec.net/main/index.php?cmd=edit&page=%EF%BC%B3%EF%BD%81%EF%BD%86%EF%BD%86%EF%BD%89%EF%BD%85" USER_AGENT:"Mozilla/5.0 (001SH;SoftBank;SN353012041914662) NetFront/3.5"