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Lost Mine ~失った者~ の変更点


作者名……しばらくは伏せます。あ、このwikiの片隅で執筆している者です。
では本編を……お楽しみ頂けたら嬉しいです。どうぞ

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 爽やかに降り注ぐ朝日の中、早朝であるにも関わらず軽快な速度で走る自転車が一台、町並みを横切っていく。
乗っているのは男性、高校生か大学生くらいだろうか。ジーパンにTシャツ、耳にはイヤホン。割と何処にでも居るような格好だ。
おっと、どうやら目的地に着いたようだ。一軒の住宅の前で自転車を止めた。
ポケットに手を突っ込んだかと思えば取り出したのは一本の鍵。それを慣れた手つきで住宅のドアに差し込み、捻る。ドアは何事も無く開いたようだ。
青年が家の中に入る。中は至って静かだった。物音一つしないほどの静寂に青年は包まれる。

「博士ー。朝飯作りに来ましたよー」

 青年が静寂を破り、履いている靴を脱ぎながらそう一言言うと、正面に見える階段から続いているであろう二階から、ドアを勢いよく開けた音が玄関先まで響き、ドタドタと走ってくる足音がこちらへ向かってくる。

「き、来たか。早速だが食事を頼む。腹が減り過ぎて頭が回らん」
「大丈夫ですか? 今から作るから待っててくださいよ」
「なるべく早く頼む。助手一号」

 青年が博士と呼ぶ者……青年が顔色一つ変えずに居るのは見慣れてる所為なのかは分からないが、ネグリジェ一枚の上に前の開けた白衣を羽織った姿である。
世の健全な青少年なら赤面しているだろう。髪は赤毛、それを後ろでポニーテールに纏めている。
なかなかに整った顔立ちなのだが……いかんせん、その格好が美しさを邪魔していると言わざるを得ない。

「だーかーらー、俺の名前は奥村 ハジメ。博士の助手になった覚えは無いって何度言ったら、って居なーい」

 またバタバタと二階を走っていく足音が聞こえる……。重い溜め息を一つ吐いた後、青年は階段横の通路を進み奥の扉を開けた。
開けた先にあるのはリビング。それに続いてダイニングキッチンがある。
キッチンへと向かいながら、青年は二つの球状の物体を取り出した。上下で赤と白のカラーリングに分けられたボール、モンスターボールだ。
中央のスイッチになってる部分を押し、投げる。すると中から赤い光が飛び出して、それはボールの中に居た存在を形作っていく。
一匹は、黒い毛に全身を覆われ、地面に接する脚は四本。長い耳や尾を持ち、その体には夜空に浮かぶ月の如く鮮やかな輪のような模様のあるポケモン、月光ポケモンと呼ばれるブラッキー。
もう一方は、白い衣を纏った緑色の髪の女性のような姿のポケモン、抱擁ポケモンと呼ばれているサーナイトが姿を現していた。
ブラッキーはピコピコと耳を動かしながら辺りをキョロキョロと見回し、サーナイトは落ち着いた様子で近くにあったソファーへと腰掛けた。
どうやらブラッキーが探し物を見つけたようだ。青年の方を向いた瞬間に耳と尾がピンッと立ち、トタトタと青年の傍に駆け寄ったかと思いきや、何の迷いも無く青年の胸へと飛び込んでいく。

「ブラ~♪」
「うぉっと。ははっ、悪いねブラッキー。遊ぶのはまた後で、な」
「ブ~……」

 お預けを食らってしょげてしまったようだ。抱き抱えられて嬉しそうにパタパタと振られていた尻尾が力無く垂れ下がり、耳も伏せてしまっている。

「またあの博士とか言う人に食事作るんでしょ? 朝早くから頑張るわね」
「それがバイトの内容だからな。じゃ、作ってる間ブラッキーを頼む」
「任せて」

 今の会話は青年とサーナイトのもの。だが、青年の方を向いてはいるがサーナイトは口を動かしていない。
そもそもブラッキーとのやりとりで分かったと思うが、人間とポケモンとでは会話は成立しない。
青年とサーナイトが意思疎通出来ているのは、サーナイトが持つエスパーの能力、テレパシーによってサーナイトが自分の言いたい事を青年に伝えているからだ。
 サーナイトに一言伝えてブラッキーを下ろしてから青年はキッチンへと歩を進める。まず向かうのは冷蔵庫。

「……一食分だなこりゃ。朝飯持って行ったら買出し行かないとな」

 冷蔵庫のラインナップを見ると、卵二つに厚めのベーコンが一枚。後はレタス等の野菜が少しづつ数種類。
全てを取り出して、溜め息交じりの青年のクッキングタイムは始まった。

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「博士ー。朝飯ですよー」

 同じ家の二階……まだ湯気の上がるベーコンエッグと簡単なサラダ、それと何故か冷凍庫で偶然見つけたトーストと淹れたコーヒーの載ったトレーを持った青年が一室のドアをノックしている。

「扉は開いている。入っていいぞ」

 中から先ほどの女性の声が聞こえ、失礼しますよーと小さく声を掛けながら青年は部屋の中へと入っていく。
家自体はごく普通の民家、だが……この部屋だけは違った。
フラスコ、試験管、メスシリンダー……一般人では在学中の者しか触れる機会が無いであろう物が所狭しと並び、使用用途の分からない機械が低い起動音を唸らせながら稼動している。
さながら、何処かの研究所のようだ。

「ご苦労。そこの机の上を片して置いておいてくれ」

 空になったビーカーが乱雑に置いてある机を指差している。
青年は、ビーカーを割らぬように慎重に避けながらトレーを置く事に何とか成功したようだ。

「どうせなら冷める前に食った方が美味いですよ」
「そうだな。頂こう」

 顕微鏡を覗くのを止め、ベーコンエッグの載ったトーストに噛り付き始めた。
彼女が食事をしている間、青年は暇になる。そうなれば、普段は見る事の無い周りの機器が気になりだすのは当然だろう。
が、弄り方も分からないのでただキョロキョロしていると……。

「そんなに暇なら、そいつを見てみろ」
「この顕微鏡を? 何が映るんですか?」
「ま、ある程度暇潰しになる物だ」

 促されるままに、青年は顕微鏡を覗き込む。
……何か、薄紫色をした得体の知れない物がうにうにと蠢いている。

「……何ですか、これ?」
「私がメタモンの細胞を培養して増やした物だ。オリジナルと大した大変わりは無い」

 トーストを咥えたまま、顕微鏡に載っていたプレパラートを換えてみせる。
換えられた物を青年がまた覗き込む……先の物と変わらない物が映っていた。が、こちらの方が活発に動いているようだ。

「確かに殆ど変わらないですね……でも、こっちの方が元気ですよ?」
「何? どれ……」

 あらかた食事を終えて、食後のコーヒーを味わっていた博士が驚きの色を顔に浮かべ、コーヒー片手に顕微鏡を覗き込む。

「ほら、こっちはなんか元気でしょ?」
「……うむ、確かに。細胞の形態にばかり目が行っていた所為で気付かなかったか……、オリジナルの方が活発という事は培養細胞は劣化している可能性があるな……。なかなか良い着眼点だ。これは良い発見だ、助かった」
「はぁ……役に立ったんなら良いですけど」
「あぁ。……培養液を換える必要があるな」

 一人で納得し、残っていたコーヒーを一気に飲み干して博士は作業に戻った。
見ていた顕微鏡が使えなくなり、また青年はする事が無くなる。状況は変わり、食事が載っていた皿等は空になっている。
これを片付けるのが無難だと思ったのだろう。青年は特に博士に声を掛ける事無くトレーを持ち、扉のノブに手を掛けた。
そこで何を思い出したか、顕微鏡を覗いている博士の方を振り返った。

「冷蔵庫、空になったんで後で買出し行きたいんですけど」
「ん? そうだったか……では、こいつで買ってきてくれ」

 顕微鏡から目を離す事無く、人差し指と中指で挟んで何かを取り出した。
青年が近付く……どうやら、折り畳まれた一万円札のようだ。

「了解ですよ。……なんでこの一万円札、ちょっと温かいんですか?」
「知りたいか?」

 青年の見たところ、博士は今、朝と変わらぬネグリジェ一枚に白衣姿。取り出した際、白衣を探ったような動きは一切無かった。とすると……。

「……いや、いいです」

 ……青年は考えるのを止めたようだ。受け取った札をポケットへと収める。

「おっと、それとこいつにかまってやってくれないか? 夜は私が時間を割いているんだが、昼間は退屈してるだろうからな」

 机の上にあった一個だけのモンスターボールを後ろ手にバックパス。
真正面に来たボールを青年は受け取る。……見て投げた訳では無いのに、神がかり的なコントロールだ……。

「かしこまりっと。あ、昼飯のリクエストあります?」
「フルーツサンドとカフェオレ」
「作れっかな? まぁ、挑戦してみますか……」

 一言呟き、青年は研究部屋を出た……。

 ふたたびリビング。トレーを持って帰ってきた青年の見たものは、何ともほほえましいものだった。
床に転がったビー玉をサーナイトが指で弾き、それをブラッキーが前脚で転がして遊んでいたのだ。ブラッキーがかなり大きな猫のように見える。

「あら、お帰り」
「ただいま。つってもこれ片付けたら今度は買出しだけどな」
「まぁ……よくやるわね。またブラッキーがぐずるわよ?」

 サーナイトと青年の会話の間、ブラッキーは青年を見つけて嬉しそうに尻尾を振っている。
さっきのように跳びつかないのは、青年が手に物を持ってる時に跳び付くのは危険だと理解しているからだろう。

「それは……遊び相手を増やすって事で我慢してもらうか。よっと」

 トレーを片手に持ち直して、先ほど博士から預かったボールを青年が放る。

「ブ~、スター! ……ブ?」

 中から現れたのは炎ポケモン、ブースター。
ブラッキーと同じく、イーブイから進化するポケモンである。

「ブラ~♪」
「ブ! ス~タ~♪」

 ここは何処? とでも言いたげな顔をしたブースターにブラッキーが駆け寄り、ブースターもブラッキーに気付いて上機嫌に尻尾を振り出している。

「……大丈夫そうね。それ、片付けるんでしょ? 私が片付けるから買出し行ってきていいわよ」
「いいのか? 戻す場所とか平気か?」
「同じ物がある場所に戻しておけばいいんでしょ? なら平気よ」

 フワリとトレーが浮いた。サーナイトの念力だ。
そのまま独りでに皿やコーヒーカップがシンクの中で洗われだす。

「なんとまぁ……エスパーって便利なもんだな。そんじゃ、ここは任せてと……買出し行かせてもらうわ」
「はい行ってらっしゃい。なるべく早く帰ってきて、ブラッキー達と遊んであげなさい」
「あいよ」

 じゃれあうブラッキーとブースターを横目に見ながら、青年は自転車へと向かうのだった。

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「……おし、こんなもんか?」
「いいんじゃないかしら? ちゃんとフルーツサンドしてるわ」

 青年の立つキッチンにサーナイトが料理の本を持って並んで立っていた。
青年が作っていたのは博士からリクエストされていた昼食。サーナイトが本を読みながらアドバイスしていたようだ。なかなかに見られる代物になっている。
リビングでは、ブースターに乗っかって眠るブラッキーと、乗られているのを全く気にせず眠りこけるブースターが見られる。どうやら遊び疲れたようだ。

「さてと、こいつを持って……」
「行く必要は無い。ここで頂こう」
「おわぁ!? 博士何時の間に!?」
「わ、私も気付かなかったわ……」

 少し目を離した間に博士がソファーに腰掛けていた。
白衣は変わらないが、その下にはジーンズとTシャツが見える。

「ほらどうした? 早く持って来い」
「あぁ、はいはい」

 今度はトレーを使わず、皿そのものを博士の前へと置く。

「注文通りだな。……ん? どうした? 自分の分も早く持って来い」
「いや、自分の分は博士に食事持って行ってから作る気だったからこれから作るんですよ。博士は先に食っててくださいよ」
「そうだったか……ならば待とう。皆で食べた方が美味いだろう?」

 今の博士の一言に青年は驚いた。
博士の口からは聞き慣れていない言葉が出たから、思わず耳を疑う。

「ま、待つ? いつもは時間が惜しいって言ってるのに……」
「ふむ、細胞の培養液を変えたのでな。データを取るのに必要な数まで細胞が増えるのに時間が掛かるのだ。時として、待つという事もまた研究なのだよ」
「へぇ~なるほど。じゃあ、ささっと作るからブラッキー達でも眺めて待っててください」
「そうしよう」

 そそくさと青年はキッチンへ戻り冷蔵庫を開ける。
中には朝とはうって変わり食材が所狭しと入っていた。青年の買出しの結果だ、一週間は保つであろう量が収まっている。
その中から何種類かの食材を取り出して適当に炒めつつ味付け。最後に出しておいた食パンの上に載せて完成。……本当にささっと作ってしまった。5分掛かったか掛からないか位しか経っていない。
それにコーヒーメーカーに残っていたコーヒーを付けて昼食の完成のようだ。

「お待たせしましたっと。食べましょうか」
「ほぅ、早いな。よし、では頂こうか」

 二人同時に目の前の料理に噛り付き昼食は始まった。
それを見ていたサーナイトが不意に動く。冷蔵庫まで行ったかと思ったら木の実を数個持って青年の隣に座る。

「あれ? サーナまだ飯食べてなかったのか?」
「なんと。それなら先に食べ初めて悪い事をしたな」
「いや、二人が食べてるの見たら何かつまみたくなっただけ」

 青年と博士が同時にこける。……割と相性は良さそうだ。そんな二人の様子を軽く笑いながらも、木の実を念力で浮かべ口へと運んでいく。
特にこれといった会話はしていないが、和やかな雰囲気で食事が進んでいく……。

「ふむ、助手一号に家事系統を任せるようになって一週間程か」

 フルーツサンドを食べ終わり、丁度良い温度になったカフェオレを片手に持ちながら博士は呟く。

「ですね。あの時はビックリしましたよ? 町歩いてたらいきなり声掛けられるんだもん。ってか、呼び方なんとかしてくださいよ」
「丁度良さそうなのが居なかったからな。呼び方は変えんぞ? 名を覚えるのは苦手なんでな」

 鼻で笑ってカフェオレを口に含む。その様子を青年はまた溜め息混じりで見ていた。どうやら苦労は絶えないようだ。
空になったカップをテーブルに置き、博士は眠るブースターを優しく一撫でした。

「感謝はしているぞ。こうしてこいつも寂しい思いをするのが減ったようだからな」
「一週間でこんなに仲良くなるとは俺も思ってなかったですけどね」
「必然よ。だって、ブラッキーも同じくらいの友達が欲しいって、ずっと言ってたんだもの」
「同じ位の友達?」
「大きさの事よ」
「「なるほど」」

 サーナイトを通じてしか知る事が出来ない自分達のパートナーの気持ち、それに二人は素直に関心を抱く。
一通り会話も終わった頃、博士は掛けてある時計に目を移した。

「おっと、そろそろいいだろう。そうだ助手一号、お前も来い。見せたい物がある」
「? 見せたい物?」

 片付けを始めようとしていた青年は博士の一言で手を止め、手伝おうとしていたサーナイトと同時に博士を見る。

「先ほどのように、僅かでもよいから私の発見していなかった点を見つけるかもしれんからな」

 どうやら見せられるのはまたメタモンの細胞のようだ。

「良いですけど……何か見つかるとは限りませんよ?」
「構わん、ダメで元々さ。……おっと、君にも一言言っておかないとな。君の主人をしばらく借りて行かせて貰うぞ」
「ハジメが勝手にやってる事ですからね、私は特に何言う事もしませんよ。あ、片付けとこの子達の世話は任せて」

 何とも面倒見の良いサーナイトだろうか。これも抱擁ポケモンであるからの物……かどうかは定かではないが。

「悪いな。そんじゃあ少し行ってくる。すぐに戻るから」
「分かったわ」
「うむ、では行こうか」

 自分達のポケモンは残したままで、二人はリビングから研究室へと進んでいく。

「それにしても、博士はなんでこんなとこで研究を? もっとそれっぽいところですればいいのに」
「研究というのはな、場所でやるものではないのだよ。必要な物さえ揃っていれば場所なんて二の次さ」
「そんなもんですか……」
「そんなものさ。私に言わせれば、だがな」

 そんな会話をしながらも研究室に到着。
早速博士はペトリ皿に入っている薄紫の液体でプレパラートを作り、それを載せた顕微鏡を覗き始めた。
顕微鏡の微調整が……済んだようだ。

「これは……よし、覗いてみてくれ」
「了解ですっと。どれどれ?」

 やはりうにうにと蠢いている。今度のはさっきの二つよりも更に活発なようだ。

「おー、かなり動き回ってますね。何したんです?」
「培養液にオボンの果汁を加えたのだ。どうやら上手くいったようだな」

 すっかり上機嫌になっている。思った通りの結果が出るのはやはり嬉しいと見える。

「よし次だ。呼んだのは本来、次の物を見せようと思ったからなのだよ。そこの冷凍庫からビーカーを出してくれ」
「冷凍庫? うおっ、本当だひんやりする。えと、ビーカー……これだな」

 青年が渡したビーカーを受け取ったかと思った矢先、あっという間に一枚のプレパラートが完成している。すさまじい早業だ。
ビーカーの中身も凍っていた訳では無いようだ。スポイトが刺さった跡がうにうにと塞がっていく。
またそれを青年が覗く。……量は多かったが、これもメタモンの細胞のようだ。

「これにはあるポケモンの遺伝子情報を与えていてな。与えた途端に殖えだしたので冷凍庫で……言わば冬眠状態にした物なのだよ」
「へぇ……? なんだこれ? お互いにぶつかり合ってる? いや、くっ付こうとしてるのか?」

 とっかえひっかえ、とにかく細胞同士がぶつかり合っているようだ。何か目的があるように見えなくもない。

「結合しようと……なるほど、そういう見解も確かに出来るな。だとしたら何故結合出来ない?」
「ん~……それぞれがそれぞれでくっ付こうとしてるから……とか? 他の奴が自分にくっ付くんじゃなくて自分がくっ付きたいから、他の奴が自分にくっ付くのを邪魔しつつ自分はくっ付こうとする……自分で言ってて訳が分からなくなってきた」
「いや、その考えは面白いかもしれん。ようは細胞の統率が執れていない為に、細胞はそれぞれに変化しようとする。他の細胞はそれを邪魔する物。だから結合する事を拒んでいるという事だな」
「あっ、そうそうそんな感じです」

 本来は言い方を変えただけでほぼ同じ意味なのだが、博士の言い方のほうがシンプルになっている為伝わり易くなったようだ。

「だと仮定すると……こいつが別のポケモンになるには、指示を出す核のようなものか反発する細胞同士を繋ぐ架け橋が必要になるという事だな。……助手一号、よくやった!」
「いや、俺は思った事を言っただけなんですけど……ま、いっか」

 もう青年の今言った言葉は博士の耳には届いていないようだ。
仮説とはいえ、研究に進展があった事には変わりない。うろうろとしながら何やらぶつぶつと呟いている。
そんな時だった。……机に置いてあるビーカーに博士の肘が当たったのだ。
机の端に置かれていたのが災いし、ビーカーは……静かに落下し始める。

「だぁっ! 博士危ない!」

 青年は逸早くビーカーの落下に気付き、床にビーカーが叩きつけられる前にビーカーを掴む事には成功した。
だが……。


 ピチャ……。


 ビーカーから零れ落ちた僅かな一滴……それが青年の手の上に落ちた。

「……ふぅ、気を付けて下さいよ博士。割れたら大変だ」
「うぉ!? す、すまない……よく止めてくれたな。礼を……!?」

 ビーカーを持つ青年の手を見て博士は固まった。
本来ならば流れ落ちてしまう筈の薄紫の液体は、青年の手の上で目に見えるほどの活動を始めているのだ。
……増殖、している。

「助手一号! 今すぐそのビーカーを放せ!」
「へ? って……うわ! なんだこれ!?」

 細胞分裂……一つの細胞が分裂し、二つの細胞が新たに生まれる。
青年の手の上のメタモン細胞はみるみるうちに増殖していく。
最初は水滴だったものは、もう既に青年の手の甲を包まんとするほどになっている。

「気持ち悪っ! くっそ、取れろ!」
「待て! こするな!」

 博士の言葉は一瞬遅かった。残っていた無事な手で、青年はメタモン細胞を拭おうとしてしまった。
結果は火を見るより明らか。ゲル状に細胞群によって青年の両手は包まれてしまった。

「は、博士!? これってかなりヤバイんじゃ……」
「不味いぞ! 恐らくお前の細胞……お前自身が細胞結合の架け橋にされている! このままでは……」
「このままでは、何!?」
「細胞に与えた遺伝子のポケモンに……造り替えられる」

 博士の予想は当たっているのだろう。細胞群は急速な増殖を続け、ついには青年の腕を呑み込んでいる。

「それってつまり……俺、ポケモンにされそうになってるって事!?」
「くそっ! 何とかして進行を……そうだ! 冷やすぞ! 冷却すれば一時的に動きを鈍く出来るはずだ!」

 そうこう言ってる間にも、侵食は青年の胴体に達するほどに進んでいる。
急がなければいけないのは理解出来るが……博士が手にしたのは液体窒素と書かれた無骨なボトル。そんな物を浴びたら、青年がただでは済まない。

「どわぁ! 博士ストップストップ! そんなの喰らったら俺死にますって!」
「だがここにはこれ以外の急速に冷やす方法が無いのだ!」
「……万事休すって事か」

 青年はその場にへたり込み、博士は物騒なボトルを置いた。
博士が考えだす。今出来る最善の方法を。そして、何か思いついたのか、おもむろに青年に近付いて髪の毛を数本抜き取る。

「イテッ! 何するんですか!?」
「……はっきり言ってこれは賭けだ。一か八かだが、助手一号……お前には一度ポケモンになってもらうぞ」
「うえぇ?」
「そしてこの髪の毛からお前の遺伝子情報をメタモン細胞に与えて、そいつで元の体に戻す」
「……それしかもう手段が無いみたいですね」

 青年は自分の手……だった物を見る。
胴体の殆ど……Tシャツの下に見える部分は全て薄紫に包まれている。いや、もう足元まで包まれてしまってるようだ。
最初に呑み込まれた手は既に変化を始めているようだ。指が……もう分からなくなっている。

「ははっ、博士……これ最高に気持ち悪いですわ。体が「人」で無くなるのが嫌でも分かる。痛くも何とも無いのが気色悪くてしょうがない」
「落ち着け、一時的なものだ。すぐに直してやる。……同じ事をするだけなんだ、出来る筈だ」

 そう言うも、博士の顔にはありありと焦りの色が窺える。
どんな変化が青年の中で起こっているかも分かっていないのに、同じ事が起こせるとは限らない事を彼女は理解しているのだ。
それでも可能性を信じ、博士はオリジナルのメタモン細胞の入ったペトリ皿に青年の髪を一本落とした。

「博士……」
「今、お前の髪を細胞に与えた! これで……!」

 博士が青年に振り向いたとき、もはや青年である部分は頭部だけとなっていた。その頭でさえも、細胞群は容赦無く取り込もうとしている。

「助手一号! ……奥村ハジメ!」
「なんだ……名前覚えてくれてるんじゃないですか……。博士の事、信じてない訳じゃないですけどね……あいつらの事、頼みます」
「馬鹿! そんな必要は無いんだ! 私が元に戻してやる、必ず!」

 ……ゆっくりと笑ったのを最後に、青年は、その全てを細胞によって覆われた。
口や鼻も塞がるので息が出来なくなる。ゆえに苦しむのは当然だろう。
それだけじゃない、鼻の位置を見ると分かる。……鼻から細胞が体内にまで侵入していっているのだ。
堪らず青年が閉じていた口を開いてしまった。待ってましたと言わんばかりに、そこからも細胞が流れ込む。
戦慄した表情のまま固まった博士の見ている前で、青年であった者は苦しみ悶えていた。
その内に、変化が進んでいく。
流動的に動いていた細胞達は、人の姿をかろうじて残していた物を膨張させ、その体積を大きくしていく。
手足だったものは、犬のような……それでいて犬等よりも遥かに大きな脚へと変えられ、臀部からは、元々は無かった物が構築されていく。
体はがっしりと大きくなり、裂けた服の下にはオレンジ色の毛皮が再現されていく。
顔も口先が長くなり、目元はオレンジ、全体はふわりとした白い毛に覆われた。
鬣の揺れるその姿はもう人に在らず。伝説ポケモンと呼ばれし姿へと変わっていた。

「がはぁ! はぁ……はぁ……」

 生まれ変わる事となった肺に空気が送られる。
どうやら体内の変化も終わったようだ。
ハッ、と我に返った博士はいつも自分が使っている作業机の引き出しから、ある物を取り出した。
……拳銃だ。だが、その形状やデザイン、カラーリングが大きく違う。博士の手の中で光を返すその銃は白く、弾丸を撃ち出す機構である撃鉄が無い。普通の拳銃では、これでは弾が撃ち出されない。
それでも博士はその銃を向ける。大きな深呼吸と共に。

「……助手一号? 奥村ハジメ? 私の呼び掛けが分かるか? ハジメ?」

 恐る恐る、息を整えるポケモンに対して博士が問い掛ける。
閉じられていた目が開き、息を整え終えたようだ……。

「……何とか、頭の中だけは死守出来たっぽいですよ」

 ポケモンが発した一言。それは青年のものよりは低く凛々しくはなっていたが……話した言葉を博士は理解する事が出来た。間違いなく、人間の言葉だ。

「あぁ……よかった……」

 持っていた銃をその場に落とし、博士は元青年の、首の周りのふさふさとした白い毛に腕を回す。

「ちょちょっ、博士?」
「安心したんだ、許せ」

 少し涙の滲む目を擦り、無理矢理涙を止めた。顔には一先ず、安堵したのが見てとれる。

「ん~……俺、何になったんですか? 人の形してないのは分かりますけど」
「自分で見てみるといい。ほら」

 博士が鏡を青年の前に置く。そこにはもちろん、今の青年の姿が映し出された。

「うわぁ……俺ですか、これ? ウインディだよ」

 そう、青年が姿を変えたのはウインディ。ここに、人語を話すウインディが誕生したのだった。
興味深そうに鏡を覗き、自らの表情を変える。すると、鏡に映るウインディも同じ顔をする。当然ではあるが、今の青年には不思議なのだろう。

「よし、少し質問するぞ。まずは名前と自分は何者かだ」
「名前は奥村ハジメ。トレーナーとして旅をしていた。まぁ、バイトで博士の分の家事もしてましたけど」
「よろしい。では、自分のパートナーを答えろ」
「トレーナー成りたての時からはサーナイト。あ、元はラルトスか。で、その少し後にイーブイだった頃のブラッキーが仲間になって、今はその二匹だけです」
「よしよし、では最後だ。おとついに食した夕食は?」
「おとつい? え~っと昨日がカレーパンとコーンポタージュで……そうだ! クロワッサンとカップ麺だ」
「おぉ、そんなどうでもいい事まで覚えているとは……記憶に問題は無さそうだな。何処か体に異常はあるか?」
「四つん這いになってるのと、尻尾があるの、あぁ後は目線が下がったのに違和感があります」
「それは急に体が変わった所為で起こった意識のズレだな。気にしなくてもすぐに人に戻るのだ。安心しろ」

 化学者であるからか、慣れた様子で質問を並べ、答えを紙に書き綴っていく。
別の学者ならば、こぞって研究の為に他の事も聞き出そうとするだろうが、博士の目的はあくまでウインディ、青年のコンディションの確認のようだ。それ以上の返答を求める気は無いらしい。

「そんで、俺は何時戻れるんですか?」
「そうだったな。どれ……? なんだこれは? おかしいな?」

 博士がペトリ皿を見ながら首を傾げた。ウインディもその近くへと寄ってみる。
そこには、薄紫の液体が入ったペトリ皿があるのみ。他は特に何も無いようだ。
また博士が瞬きする程度の間に一枚、プレパラートを作ってみせる。そしてそれを顕微鏡に掛けた。

「……どういう事だ?」
「な、なんですか? そんな険しい顔して」

 スッと博士が顕微鏡をウインディに向ける。
人間だった時は楽だった事も、姿が変わると事情も変わる。レンズを覗くのに苦労しながらも見えたその先には……。

「なっ……」

 ボロボロに朽ち果てた細胞だった物が映っていた。
これだってかろうじて形を残していたに過ぎない。覗いたそこには、不純物のように漂う成れの果てばかりが映っているのだから。

「……これでは分裂は起きない。いや、そもそも細胞が死んでいる」
「ちょっと待ってくださいよ! それってまさか!」
「まさかだ……これをお前に浴びせたとしても、人に戻る事は無い」

 ウインディがその場で固まり、そのまま倒れた。
人に戻れない。それはつまり、人間としての自分の死を宣告されたも同じ。ショックは隠せないだろう。
そんなウインディを後目に、博士は思考をフル回転させていた。
何故、こんな結果になったのか、どうすれば同じ細胞分裂現象を引き起こせるのか、あらゆる可能性を提示して仮説を立てていく。

「……人間とポケモンとでは細胞レベルで何か違いがあるのか? いや、人に化けたメタモンも居ると聞いた事があるし、現にメタモンの細胞によってポケモンになったのがここに居る。……原因は何だ?」
「もう駄目だ……俺はこのままウインディとして生きていくしかないんだ……」

 いじけた様に前脚で床に円を描きながらウインディがぽつりと呟いた。
その声は博士の耳へと届く。静かに目を閉じ、しばらく何か考えた後に目がカッと開かれる。

「私をみくびるな助手一号。どうであれ、必ずお前を元に戻してみせる」
「どうやって? 今まさに失敗したばかりじゃないですか」
「失敗など一つの成功の為のステップでしかないのだよ。失敗した原因を突き止め、そいつを消していくのが科学者というものさ」

 ウインディが目に浮かべた涙を拭い、ポンポンと肩を叩く。博士はまだ、諦めてはいないのだ。
立ち上がり、先ほど銃を取り出した引き出しから、一冊のメモ帳を取り出した。擦り切れていてなかなかに使い込まれているのが窺える。
開いてパラパラとページを送り、目的のページを読んでいる。

「必要な情報がある。メタモンの変身能力の研究データと生態調査のデータだ。それを入手しに行くぞ!」
「行くって、何処へ?」
「我が故郷、イッシュ地方……ヒウンシティ!」
「えっ……えぇぇ~!?」

 因みにここはカントー地方ヤマブキシティ。イッシュへ行くには、それこそ航空機が必要になる。

「20分だ。それで私は身支度を終える。助手一号、お前はその間に下に居るサーナイト達に事情を説明して来い」
「えぇ!? そんな急に言われても……」
「遅かれ早かれ説明しなければならんのだ、早いに越した事はないだろう」
「……その必要も、無いですけどね」

 声ではなく頭に直接言葉が送られてくる。
ガチャリと研究部屋入り口のドアが開き、中に入ってきたのはサーナイトだった。

「サーナ……」
「盗み聞きになるけど、話は扉の前で聞いてました。わぁ……ハジメ本当にウインディになってるのね」
「そういう事なら話は早い。君の主人を人に戻す為に、これからイッシュへ飛ぶ事になる。君やブースター達にも一緒に来て貰うぞ」
「寧ろ置いて行かれたら困ります」
「それもそうだな」
「えっ、マ、マジで行くんですか!?」

 妙に落ち着いた雰囲気の一人と一匹へのウインディの質問に、答えが返ってくる事は無かった。

「ではブラッキーとブースターへの説明を頼む」
「分かりました。ほらハジメ、行くわよ」
「……なんで俺だって、そんなに簡単に納得出来るの?」
「頭の中は同じだし」
「そういう事かい……」

 ブツブツと呟きながらもウインディはサーナイトに促され、一階へと歩を進め始める。
研究部屋に残った博士が手にしたのは電話機。番号をダイヤルしているところを見ると、何処かへ掛けようとしているようだ。

「……よし、頼むから出てくれ……」

 ……通話が繋がり、博士が話し出した。どうやら目当ての人物が上手く電話に出たようだ。

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 所変わってリビング。黒とオレンジ毛色が仲良く並んでいる前に、ウインディとサーナイトは居た。困惑の表情を浮かべながらだが。

「いい? もう一度話すからよく聞いてね。まず、このウインディはハジメ。私達のトレーナーのね」
「そうそう俺がハジメ。ほら、話し方の感じとかで分かるだろ?」

 どうやらポケモンになったお陰でサーナイト達の声が分かるようになったようだ。普通に相槌を打てている。

「え? なんでこのウインディさんがハジメお兄ちゃんなの? 姿も声も違うよ?」
「だからね? 色々あって姿が変わっちゃったの」
「じゃあハジメじゃないじゃん! ハジメは何処行ったのさ!」
「「はぁ~……」

 この調子である。さっきからエンドレスにこの状態がループしているのだ。
ブラッキー&ブースターの中では、変わる=完全に別の者という図式が出来上がっている為、姿が違えど心や記憶が同じものという答えに行き着かないのだ。自分達も進化という形態変化をしている筈なのだが……。
ウインディが軽く頭を捻る。この二匹に自分が奥村ハジメであると理解させるにはどうすればいいのか。もちろんこの二匹、サーナイトのように心を覗くなんて事は出来ない。
そこで何か思いついたようだ。お座りの状態で耳がピンッと立った。

「これは昨日の夜の話です」
「? ハジメ?」

 不思議そうにするサーナイトにウインクで合図し、ウインディは話を続ける。

「ある男がポケモンセンターの一室で眠っていると、部屋の中で何かがカタカタと音を立てているのに気付き目が覚めました」

 突然始まった話に困惑しているサーナイトとブースター。でも、一匹はどうやら驚いているようだ。

「その音の正体はモンスターボール。中からポケモンを出してみると、そのポケモンは泣いていました」

 ブースターはまだ不思議そうだが、サーナイトには何か分かったのか、なるほどと言いたそうな顔をしている。一方のブラッキーはそわそわとして、少し顔も赤くなっているようだ。

「男が怖い夢でも見たのかと聞くと、そのポケモンは鳴きもせずに男へと抱きついたのです。そして……」
「だ、ダメェェェェ!」

 事の顛末を言う前に、ウインディの口は跳びついて来たブラッキーの前脚によって塞がれた。
キョトンとするブースター。ブラッキーを見てクスクスと笑うサーナイト。そして顔を真っ赤にしたブラッキーと、なかなかに面白い状況が出来ている。
ウインディが微笑みながら、必死で自分の口を塞ごうとしているブラッキーの背を前脚で優しく撫でる。すると、恥ずかしそうにしているがブラッキーが口を塞ぐのを止めたのだ。

「ブラッキーになってもまだ夜が怖いのねー」
「う、うりゅしゃいぃ、サーナイトのばかぁ……」

 サーナイトの方へ向かって、前脚でぽかぽかと叩こうとするも、サーナイトが張った光の壁によって全て遮られているようだ。

「こんな話もあるぞ。これは、昨日の昼の話です」

 ウインディが言った昨日の昼というワードに、オレンジ色の耳がピーンと立って反応した。

「皆が昼寝をしていると、キッチンの方からバシャバシャという音が聞こえてきました。男が気になりキッチンへと歩いていくとそこには……」
「わー! わー! わー! 話しちゃ駄目ー!」

 またしてもぽふっと口を塞がれるウインディ。今度はブースターにである。
またもサーナイトが笑いを堪え、ブラッキーが驚いている。

「な、なんで知ってるんだよ! あれはハジメしか知らない筈だろ!」

 慣れた事であるのか、またウインディが背中をトントンと叩く。ブースターは前脚を離すも、顔をウインディに近付けていく。

「は、話すんじゃないぞ! 絶対だかんな!」
「分かったって。ほれ、バックバック」

 ブースターを後ろに下がるよう促して、ウインディが一息ついた。

「……で? 俺の話の感想は?」
「なんでお兄ちゃんしか知らない筈の事を知らないウインディさんが知ってるの?」
「決まってる! ハジメの奴が喋ったんだ! このウインディに!」

 そういう考えに行き着くのか。最初にされたサーナイトの説明は頭から綺麗に無くなっているようだ。

「だーかーらー、俺がハジメなの。だから俺とお前達しか知らない事も知ってるの」

 話を聞いた二匹が固まった。これは……やっと理解したという事だろうか。

「だ、だってお兄ちゃんは人間さんだよ?」
「そうだよ! 姿だって声だって違うじゃん!」
「つまり、体だけがポケモン……このウインディになって、心って言うか……覚えてる事は人間のままなの」
「……えぇぇーーーー!」
「……やっと理解したみたいね」
「だな。苦労したぞ……」

 その後、怒涛の何でどうして攻撃を二匹で分担しながら説明していく。
あらかた説明し終えた頃には、約束の20分が過ぎようとしていた……。

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 バンッ! とリビングの扉が開かれる。
ウインディが扉を開けた人物を確認すると……。
黒いカウボーイハットを被り、黒のロングコートで全身を覆われた博士だった。

「はっ、博士!? 何ですかその格好は! 白衣は!?」
「白衣は科学者の戦闘服! 研究時にのみ着るものだ! 旅と言えばこのウエスタンスタイル。どうだ? これなら女だとはそうそう思われんだろう」

 その場でクルリと一回転して見せた姿は、確かに女性や研究員には見えない。
まさしく西部劇の世界から抜け出してきたガンマンのようだ。赤毛がアクセントとなって妙に合っている。

「まぁ確かに……俺が居るにしても基本的に博士の一人旅みたいになるんだからこの方が安心……か?」
「うむ、そうだろうそうだろう」

 ……やはり、常人とは些かセンスがずれているのかもしれない。サーナイトとウインディが同時に思った事である。
と、突然ブースターが涙目になりながら駆け出し、そのまま博士へと抱きついた。

「ブ~~~!」
「おっと、どうしたんだ? 少し泣いているではないか」
「あぁ、俺の話をしたら、博士までポケモンになっちゃうんじゃないかって心配になったみたいですよ」
「なるほど、説明は上手くいったようだな。……大丈夫だブースター。私はポケモンにはならんし、こいつだって人間に戻してやるんだ。心配は要らん」
「スター?」
「本当か、ですって」

 博士がウインディの一言に驚き、その姿を見て納得する。

「身体能力は、ポケモンのそれになったと言う事か」
「どうやらそうらしいですよ。喋る以外はね」

 ブースターを下ろし、博士がウインディへと近付きそっと一撫でした。

「人よりもずいぶん温かいな……」
「そりゃあ、炎タイプのポケモンですから」

 今度はまた、抱きしめる。力を入れず、包むような優しさで……。

「必ず、人間に戻してやる。必ずだ」
「……頼りにしてますよ、博士」

 その時間は僅かではあったが、博士の揺るがぬ決意と、通い始めた信頼の繋がりを垣間見える瞬間だった。

「ん、んんっ」

 サーナイトの咳払いによってその時間は終わる。
少しムッとしているところを見ると、軽い嫉妬のような気持ちを抱いたかのように見える。

「準備が出来たのなら、そろそろ出発しませんか?」
「そうだな。っと……一応こいつにも頼まれたしな、サーナイト君、それにブラッキー。君達はこいつが人に戻るまでは私が世話をさせてもらう。よろしく頼む」

 握手をしようと、サーナイトへ博士が手を伸ばした。
サーナイトも返そうとする。……が、その手は途中で止まってしまった。

「どうした?」
「……本当に、ハジメを人間に戻すって約束出来るんですか? もし、上手くいかなかったら?」

 サーナイトの問いを聞いて……博士は出していた手でカウボーイハットを掴み、それを胸元まで持ってきた。

「……科学者とは、常に神の定めたルールに唾吐く者さ。運命とやらもそう、奥村ハジメに定められた運命が人からポケモンになる事であろうと、私はそれを否定する。我が科学者としての魂に誓おう! 君の主人を、必ず人に戻すと!」

 その目に、嘘偽りは無し。そもそも心を読めるサーナイトにそんなものは通用しない。
博士の揺るがぬ意思を感じ、サーナイトの顔も晴れていく。

「なら私も、全力をもってあなたをサポートします。これからしばらく、よろしくお願いします」

 今度はサーナイトから手が伸ばされた。一時的とはいえ、博士を自分のトレーナーとして認めた証として。

「うむ!」

 ハットを被り直し、その手は繋がれた。
それは人とポケモンではなく、同じ目的を目指す仲間としての繋がり。

「ブ~……ブラッ?」
「サーナイトが何してるかって? 俺が元に戻るまでお世話になりますって挨拶さ」
「ブラッ!? ブ!?」
「違う違う。サーナイトは俺のポケモンだけど、俺がこれじゃあトレーナー出来ないだろ? だから、俺が治るまでさ」
「ブラァ~、ブッ!」
「治んなくていいって、俺は人間に戻りたいの!」
「……まずは通訳をやってもらう事になるかもしれんな。何を話してるかさっぱり分からん」
「ま、まぁ、ハジメの言ってる事は分かるんですし、あの子は大した事言わないと思いますから……」

 ウインディの背にへばりつきながらブラッキーが何か言っても、それを博士は分からない。
それこそウインディが独り言を言っているように見えるのでスッキリしないのだろう。

「じゃあ、とりあえずこれを預けておきますね」

 二つのモンスターボールが博士の前に浮かぶ。
サーナイト達、つまり青年のモンスターボールだ。

「確かに。……よし、ではこれより我々はイッシュへと向かう。君達にはボールへ戻ってもらうぞ」

 そう言ってボールのスイッチが押され、サーナイトとブラッキーが中へと戻った。

「ブースタ~!」
「分かっておる。お前を置いていったりはしないさ」

 置いてあったブースターのボールを拾い上げ、これも収納。
これで残るポケモンはウインディだけとなった。

「博士? まさか俺も……」
「それが良いのならそうするが?」
「い、いや! 俺は外でお願いします!」
「ははっ、分かっている。ほら行くぞ」

 リビングから玄関へと二人……一人と一匹が歩を進める。

「そういや博士、荷物は?」
「ほれ、そこにあるのだ」

 玄関の傍に小さめの旅行トランクが置いてある。これで全てだとすると、二~三日程度の旅のように思える。

「結構少ないんですね」
「必要な物以外は持ってもどうしようもあるまい。何か要るようなら、後は現地調達だ」
「はぁ……」

 まるでサバイバルにでも行くような口ぶりである。……格好は、荒野を歩いていてもおかしくはない格好ではあるが。

「そうだ、外に出る前に言っておくぞ。私以外に人が居る場所では、極力喋らないようにするんだぞ? 無用な混乱は避けたいからな」
「ですね。分かりました」
「あと、お前を呼ぶ時だが、助手一号やハジメと呼ぶのは些か不自然になるのでウインディと呼ばせてもらうぞ」
「ま、ウインディですからね。了解です」
「うむ! よし、行くぞ!」
「イッシュかぁ……遠くに行く事になっちゃったなぁ……」

 こうして、一人の科学者とウインディになった青年の歩みは始まった。
はたして青年は人間に戻れるのか、そもそもどうやってカントーからイッシュまで行くのか。
その答えは、彼等の歩む道の先に……あるのだろうか?

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失った者はこれにて完結となります。続きの更新は……かなり不定期です。
コメントなんか頂けると今後の励みになります。……無いかもしれないけど……良かったら、お願いします。
次の話、始めました。[[こちら>Lost Mine ~the first shot~]]です

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