[[呂蒙]]
<章武国のキャラクターたち>
諸葛恪(ショカツ=カク)(42)・ラクヨウ大学文学部教授、リクソンのゼミの教官。
マニューラ、ニューラ兄弟・恪のポケモン。歳が離れているせいか兄弟げんかをすることはほとんど無いという。
法孝直(ホウ=コウチョク)(49)・ラクヨウ大学法学部教授にして上院議員、前法務大臣。
劉循(リュウ=ジュン)(20)・ラクヨウ大学に通う学生、彼の素性を知るものは皆無。
エリザヴェータ(18)・循のポケモン、エメラルド色の瞳を持つ牝のシャワーズ。寡黙で、ほとんど人前に姿を見せない。
etc
<章武国データ>
セイリュウ国の南方に位置する島国で、立憲君主制の国家である。セイリュウ国とは持ちつ持たれつの関係で、双方の国の間では、人々の往来が非常に盛ん。ケンギョウから北洋までは定期航路が開かれている。
ちなみに、名前は「姓、名」の順になっている。
第8話・第1章・客人
あの忌まわしくも、楽しい旅行から3週間が経った。
帰ってきてからというものの、土産物を配ったりだとか、写真の現像だとか(といっても、デジタルカメラだから、プリントアウトというべきか)で、忙しかった。リクソンはどちらかというと、友人が多い方だからこの手の作業は、難儀であるといえなくも無いのだが、本人はむしろ楽しんでいるようでもある。土産物を渡すときは、
「これを持っていってくれ」
と、ポケモンたちを使いに出せば、それで事は足りてしまう。もっとも、諸葛恪教授のもとへは、必ずリクソンが出向いている。友人たちと差別するわけではないが、やはり、目上の人に対してそれを行うのは失礼ではないか、という思いがリクソンの中にあったからである。
土曜日の昼下がり、暖かな初夏の日差しが、リビングに差し込んでくる。そして、することが無いという状況が同居するリビングには、気だるい空気が立ち込めている。
そんな時、来客を告げるベルが鳴る。リクソンが応対に出る。
「おお、珍しいなぁ。まぁ、上がってくれよ。あ、いや、今はあいつらがいるからなぁ。喫茶店にでも行こうか?」
「じゃあ、あそこにしましょう」
そんな会話の後、リクソンがリビングに顔を出した。
「じゃ、出かけてくるから」
とだけ言うと、家から出て行った。リビングには、7匹が残された。まぁ、リクソンがどこへ誰と行こうが知ったこっちゃ無いのだけれど。でも、「あいつらがいるからなぁ」という言葉がどうしても気になった。いたら不都合なのだろうか? それとも、ただ単に静かな環境で、ということなのだろうか? 前者、後者ともありうるケースだった。リクソンの性格からすると、恐らく後者の方だと思う、いや、そうであってほしい。
気になった、シャワーズは、リクソンに気づかれないようにこっそりと後をつけた。5分ほど歩くと、2人は喫茶店に入っていった。看板には、「ロイヤル」という文字が金色で書かれていた。店内には椅子ではなく、1人がけのソファーが並んでいる。看板通り、王侯貴族が使うような店という感じがする。
「ここって、この前オープンした高級喫茶店よね。リクソンがどうしてって、ここにしようって言ったのは相手の方だったわね。それにしても、誰なのあの人? まぁ、いいわ。とにかく今日は引き上げよ」
そうつぶやくと、シャワーズは家に戻った。
「ただいまー」
リクソンが帰ってきた。しかも、笑顔。まぁ、想像はつく。先ほどの喫茶店で、おいしいものを食べたか飲んだかしたのだろう。おまけに手には紙袋。
「あれ? 何ですか、それは」
リーフィアが聞くと、リクソンはこう答えた。
「これか、お土産のお礼だってさ」
袋の中には、オレンジがたくさん入っていた。
「じゃ、夕食のデザートにしよう」
リクソンはそう言うと、冷蔵庫の前にオレンジの入った袋を置いた。食材を冷蔵庫から取り出し、調理を始める。尤も、調理ってほどのものでもないが。いためた野菜にラム肉を入れ、タレで味をつければ完成。これに、パンかライスをつければ立派でないが、普通の食事にはなる。リクソンいわく「ジンギスカンもどき定食」なのだそうだ。要は、肉野菜炒めに主食をつけただけというシンプルなものだ。
その後、予告どおりオレンジが出された。シャワーズはオレンジを食べるリクソンを心配そうに見つめていたが、
「ああ、こりゃあ、うまいな」
と、おいしそうに食していたので、ほっとした。が、リクソンが会っていたのが誰だったのか、ということはまだ少し気になっていた。心配というよりも、知的好奇心でだ。
第2章・序
セイリュウと章武は、古来より繋がりが強く、双方の国民の往来も盛んだ。よって、章武国の人間がセイリュウ国籍を取得して、この国に永住するというケースも、またその逆もよくあることなのである。
例によって、リクソンは大学のラウンジにいた。授業が無いときはここで時間を潰すに限る。本屋に行くという手もあるが、7匹もつれているとさすがにそれは困難になる。ここなら、座っていられるし、エアコンも程よく効いて、何も注文しなくても水はセルフサービスで飲み放題ときている。以上の利点から、リクソンはいつもここで時間を潰すことにしている。授業のときは7匹をおいて、必要なものだけもって教室へ行けばいいだけのことだ。別に誰もさらわないだろう。あれだけ強ければ、むしろ危ないのは犯人の方ではないだろうか。
と、忘れていたが今日は、「あの日」だ。もう二度と思い出したくは無いのだけれど。リクソンは、お供え物の水と花を近くの店で買い、「あの場所」へと向かった。
「先輩、最後の言葉通り、あの2匹には不自由させていません。しかし、あそこまでいい子なのは先輩のお力の賜物でしょう。うちの4匹は好き勝手にさせてきたので、本当にもう・・・・・・」
リクソンは、お供え物を置き、手を合わせた。もう1年か。できれば、こんな忌まわしい場所には来たくない。しかし、それは不義というやつではないか、リクソンにそんなことはできなかった。
「やはり、君か」
後で声がする。リクソンは振り返った。
「あ、恪先生。しかし、どうして?」
「同じ国の出身だからね、それで」
「え? 今何と?」
リクソンは自分の耳を疑った。
「おや? 生前君に言ってなかったのかな?」
いや、そもそも、そんなことは初耳だ。
「ええ、全く」
「そうか、ま、でも、謎の多い人物だったからねぇ。あの名前だって、本名じゃないし」
な、な、何ですと?
「彼の本名は、姜維伯約というんだけど、知らなかった?」
リクソンは首を縦に振る。しかも、姜維家って、章武の名家で知られている家系ではないか。って、あれ? 19世紀に断絶したとも聞いたような・・・・・・。
「おおっと、そろそろ講義の時間だ。じゃあ、私はこれで」
恪は、リクソンを残して、その場から立ち去った。まぁ、いいか。後で調べれば済むこった。リクソンはラウンジに戻った。ここで話を切り出すべきか、それとも・・・・・・。リクソンは、何気なくグレイシアの隣に座った。ちょっと寒い。いや、今はどうでもいい、そんな事。
リクソンに最も近い位置にいるグレイシアは、嬉しそうな顔をしている。そして、リクソンの左腕に抱きつく。それにしても、か、かわいい。で、だな、ん? ヤバイ、何を言おうとしたか忘れた。
しかし、最近までは何とも思っていなかったが、いつぞやの出来事のせいで、牝のポケモンを「異性」として認識するようになってしまったなぁ。
授業後、リクソンは大学の図書館に立ち寄り、姜維家について調べてみた。すると、1802年に内乱により滅んだことが記されていた。が、「滅んだ」といっても、それは本流の系統だけであって、傍系は生き残っている場合が多いのだ。それに関することは書かれていなかったので、彼が姜維家の生き残りであるということは十分に考えられた。
リクソンは7匹を連れて図書館から出た。もう日は西に傾いていた。この時間だと、家に帰ってから食事を作っていたのでは8時を過ぎてしまう。どこかで食べてしまおう。それがいい。尤も、7匹とどこかで食事をするのはデメリットも少なからずあるのだけれど。
そのデメリットとは何か? まず店に入る。席に着く。ここからが大変。リクソンが席についた後、4匹、すなわちシャワーズ、グレイシア、ブースター、リーフィアがどこに座るかだ。どこでもいいような気がするけど、4匹にとってはこれがどうでもよくない。うまい具合にリクソンの隣に座れれば、先ほどのグレイシアのように、リクソンに甘えることができるというわけだ。なので、4匹は絶対に譲らない。これで、数分が過ぎてしまうのである。
しびれを切らしたリクソンが言う。
「後、10秒以内に席を決めないなら、ご飯抜き」
「ええええっ、それはイヤ」
これで大概はうまくいく。リクソン自身、ケンギョウから出てきたとき4匹も面倒を見れるか自信が無かった。が、7匹に増えても一応何とかなっている。隠れた才能か天性によるものなのか? が、まぁ、どっちでもいいか。何とかなっているのは事実なんだし。
「ふぅ、食ったし帰るか、にしても、無駄遣いしちまったなぁ」
懐が寒くなってしまったリクソンは、7匹を連れて店を出た。
日没後も、空気が暖かい。もう、夏なのだ。
一行は自宅に戻り、思い思いの時間を過ごす。これといってすることは無いのだけれど、有意義な時間。リクソンは、部屋で本を読む。別にあの7匹がうっとうしいわけではない。とはいえ、四六時中一緒にいたら気を使うし、きっと向こうもそう思うだろう。
「僕はそう思わないよ」
「ん~? その声は」
ドアのところにエーフィがいた。
「どうした?」
「冷蔵庫の中の飲み物がもう無い」
「何だって? ああーっ、大学が終わったら買うつもりでいたんだ」
「・・・・・・もうちょっとしっかりしてほしいな。バリョウさんみたいに」
リクソンは、あたふたと部屋から出て行った。
「むっ・・・・・・」
敏感な体毛が何かを感じ取る。何かの気配。と、その時、本がぎっしり詰まった6段の本棚が、エーフィめがけ倒れてきた。
持ち前の素早さでぎりぎりのところで避けた。本棚が倒れて、大きな音がしたため1階から、6匹がやってきた。
「何ですか? 今の音はって、エーフィさん、こ、これは一体?」
一番最初にやってきたリーフィアが言った。当然の疑問である。
「あ、いや、だから・・・・・・」
エーフィは事のあらましを説明した。最初はみんな疑っていたが、必死の説明で何とか信じてもらえた。
「でも、不幸中の幸いだったわね。もし、リクソンが寝ているときにこんなのが倒れてきたら、ただじゃ済まないわよ」
床に大きな体を横たえている本棚を見てシャワーズが言った。
確かに、こんなのが倒れてきたら無傷では済まない。とりあえず本棚と本をもとに戻しておいた。
「しかし、さっきのは何だったのかしら?」
グレイシアが言う。もっとも、みんなも同じ事を考えていたのだけれど、誰一人答えを出すことができなかった。
その後、リクソンが帰ってきた。
「さぁて、これでしばらくは大丈夫だろう」
リクソンは冷蔵庫に飲み物を入れている。
「あ、あのさ、リクソン」
エーフィがリクソンの側によって、先ほどの出来事を説明する。が、リクソンは信じなかった。
「ん~? そんなことが起こるはず無いだろ?」
「本当なんだって!」
「あー、わーかった、わかったよ、調べてみるよ」
一行はリクソンの部屋に向かう。部屋に入り、リクソンは本棚を調べる。
「シロアリに食われたわけじゃなさそうだな、となると、考えられるのは・・・・・・」
リクソンは隣の部屋に行く。2階には二つの部屋があり、リクソン用とポケモン用というようになっている。ちょうど、本棚の裏側にあたる壁を調べた。
「ま、壁に衝撃を与えてそれで倒すっていうのもあるが」
「それは、ないんじゃない? そんなに強い衝撃を与えたら壁が崩れちゃうと思うし」
シャワーズが言う。
「じゃあ、何かの見間違いだよ。でなければ、ポルターガイストか? っていうか、倒れそうになったときどうして超能力で止めなかった?」
「い、いや、止めようとはしたんだけど、技が出せなかったんだ。それに部屋に何者かがいたような気がするんだよね」
エーフィがそう答えると
「・・・・・・技を封じられていたってことか?」
「多分そうだと思う」
リクソンが驚いた様子で問う。が、それっきり、黙ってしまった。次に出た言葉がこれだった。
「グレイシア、シャワーズ。お前たち、何か分かったか?」
が、2匹とも首を横に振るばかりである。勇敢で頭も良く、知勇兼備という言葉通りだ、リクソン自身はそう評価している。
さらに、この一件、人間やお化けの仕業ではなく、ポケモンの仕業ではないかな、と、リクソンは何となくそう思い始めていた。だから、2匹に聞いてみたのだが、ダメだったか。解明には時間がかかりそうである。
第3章・表と裏
翌日、7匹は大学のカフェテリアでリクソンの授業が終わるのを待っていた。もともと、昼御飯を作っておいてポケモンたちに留守番をさせるという方法をとっていたのだが、ある日リクソンが、
「大学から帰ってきて洗い物をするのは面倒だから、お前たちも来い」
と言い出したのを契機に、カフェテリアやラウンジでリクソンの授業が終わるのを待つというのが習慣になった。お昼時になり、学生の数がだんだんと増えてくる。7匹をここで待たせるのは場所取りも兼ねてのことなのである。一人の青年がこちらに近づいてくる。彼の名はバショク、姓をヨウジョウと言い、リクソンの後輩で7匹とも面識がある。
「あれ、先輩はまだ授業?」
「そうだよ、あ、バリョウさんは? ちょっと頼みたいことがあるんだけど」
エーフィはバリョウに昨日の現象を解明してもらおうと思っていた。彼は、バショクの兄でリクソンの友人。それでいて、この大学では誰もが認める秀才だ。エーフィとはとても仲が良く、自分のポケモンであるかのようにかわいがっている。だから、きっと力になってくれるだろう。
「兄さん? うーん、最近あまり機嫌が良くないんだよね。ここんところ、友達と飲み歩いてるらしいし。どうも、自分の論文をしきりに批判する人がいるとか・・・・・・」
「へぇー、バリョウさんでもそんなことがあるんだ」
「そりゃあ、あるさ。普段優しいけど、怒るとむちゃくちゃ怖いしね」
「え? そうなんだ」
「何て言うのかなぁ、裏の人格というか、途端に冷酷になるからね。まぁ、悪や不正を憎む気持ちが表に出てきちゃってるんだろうけどね」
「ははぁ、どうりで」
「え?」
「あ、いや、何でもないよ。それより、さっきのことだけど」
「だったら、兄さんに直接言ってみたらどうだろう。エーフィの頼みなら断らないと思うけどなぁ」
その後、バリョウにエーフィが頼んでみると、快く承諾してくれた。
バリョウは授業が終わると、7匹を連れてリクソンの家に向かった。リクソンは遅くまで大学に残るとかで、昼食の時間に家の鍵をバリョウに渡しておいたのである。家に入り、2階へ向かう。件のリクソンの部屋のドアを開ける。
「随分、さっぱりした部屋だね」
バリョウは短く感想を述べてから、部屋を調べ始めた。例の本棚の前で立ち止まる。
「ああ、これが倒れてきたのか」
そう言ってから、意味ありげにちらりと床に目をやった。その後もしばらく部屋を調べていたが、
「うーん、わからないなぁ」
と言い、調査を中断した。
バリョウは1階に降りた。そのまま帰ると思いきや、ソファに腰を下ろし、そして話し始めた。
「それじゃ、調べてみて思ったことを話すとしよう」
「えっ? 何か分かったんですか?」
リーフィアが茶色の瞳で、バリョウを見つめながら聞いた。
「だーいたいね」
「じゃあ、さっきの発言は何だったのよ?」
「まあ、とりあえず話を聞いてくれよ」
グレイシアの言葉をかわしたバリョウは話し始めた。
「まず、気になったのは、リクソンの部屋のフローリング。本棚と本、あわせてかなりの重さになる。そんなのが倒れてきたのに、フローリングには傷一つついていない、これは明らかに不自然だろ? それに加えて、あれだけぎっちり本が詰まっているんなら、仮に倒れたとしても、本は棚から落ちないと思うんだよね。昼の話だと、棚から落ちた本もあるって事だったからね。ただ、倒れた倒れてないにしても矛盾点が出る。この辺がまだ、どういうトリックをつかったかがね」
話し終わると、バリョウは黙ってしまった、というか考えていた。うーむ、しかし、一体誰が何の目的で? そもそも、どーいうトリックをつかったんだ? 答えは闇の中。容易に白日のもとに引きずり出すことは出来そうに無かった。
「よし、助っ人を呼ぶか。電話借りるぞ」
(助っ人って誰だ?)
しばらくして、バリョウの弟、バショクがやってきた。
(やっぱり・・・・・・)
「・・・・・・と、いうわけだ」
「いちいちそんなことで呼び出すなよ。兄さんに分からないものが分かるはずないだろ」
「何だ、期待はずれだったな」
「最初っから、分かってて呼んだだろ、絶対」
「まったく、出来の悪い弟を持ってしまった」
「あ~の~な~」
結局、謎は解けなかった。まぁ、別に被害にあった人がいなかったので、みんなそれほど気にはしていなかった。
第4章 失踪
その後、ゲームをするなどして時間を潰していたが、リクソンは帰ってこなかった。
「しかし、腹減ったな」
「おいおい、もう7時過ぎてるぞ」
あいにく、冷蔵庫は空だった。キャベツとほうれん草が入っていたが、これではとても空腹を満たせそうになかった。
「で、どーすんだ?」
「しょうがない、何か食べに行くか」
一行は近くのレストランで食事をしたが、案の定高くついた。勘定は、バリョウとバショクが折半して払った。
「はあぁあ・・・・・・」
2人とも、所持金を半分以上使ってしまったらしく、深いため息をついていた。
一行は家に戻った。もう、8時30分になろうとしていた。
「リクソンの奴、遅すぎるな。電話してみるか」
サンダースが前足で、番号をプッシュして受話器を口にくわえて、電話機から外した。
コール音が鳴る。
「つながったぞ、ああっ、き、切れた・・・・・・」
「ええっ、どうして?」
「もしもーし、だめだ、本当に切れてる」
「どうしたのかしら?」
「よーし、もう一回かけてやる」
「どう?」
「だめだ、くそ。今度はつながらねぇ」
皆が試しても、結果は同じだった。さらに、バリョウが明日も授業があるために、そろそろ帰らなくてはいけないという。
「大丈夫。こいつ置いていくから」
「え゛」
「明日は土曜日だ。お前は授業ないだろ~? それとも、先輩にもしものことがあってもいいのか~? ん?」
強制的にバショクは「居残り」になってしまった。
「じゃ、後はよろしく。そうだ、これ」
バリョウはリクソンの家の鍵をバショクに放ってよこした。そして、そそくさと帰ってしまった。
「で、どうするの? バショクさん」
シャワーズが聞いてくる。
「う、ううん、どうしようか・・・・・・」
こういう時って、どうすればいいのだろう? ほっとけば、その内何事もなかったかのようにひょっこり出てきそうな気がする。しかし、何かあってからでは遅いのだ。どうすべきだろうか? 対立する2つの考えが、バショクを悩ませる。7匹の視線がバショクに集まる。
(うう、何か威圧される)
とりあえず大学の図書館に行ってみることにした。が、今からでは間に合うかどうか分からない。大学の図書館は10時で閉まってしまうのだ。しかし、明日まで待つことは出来なかった。
「よし、頼れる助っ人を呼ぶぞ」
(またか、今度は誰だ?)
バショクはどこかに電話をかけている。
「ああ~、悪いねぇ~」
どうやら来てくれるらしい。
「誰を呼んだの?」
「ふっふっふっ、誰だろうな」
グレイシアが聞いても、バショクは答えてくれなかった。
「まぁ、グレイシアとかリーフィアにはちょっと・・・・・・」
と、言っただけだった。
やがて、蹄の音が聞こえてきた。
「もしかして・・・・・・」
「そのとーり」
バショクは玄関を出た。そこには、ギャロップが立っていた。
「カンネイ先輩のギャロップなら大学まで20分で行けるからな。よいしょ」
バショクがギャロップに跨ると、
「バショク、待ってくれ。オレも連れて行ってくれ」
「あ、じゃあ、ボクも」
「って言ってるけど、ギャロップどうする?」
「別にいいよ」
「じゃ、残りは留守番な」
ギャロップは、バショク、エーフィ、ブラッキーを乗せ、風のように夜空の下を駆けた。
「気持ちいいー。まるでナナハンに乗っているようだ」
「エーフィ、ナナハンて何だ?」
「排気量が750CC のバイクのこと」
「スピードアップする?」
「おおっ、いいぞー、やってやって」
何だか楽しそうな一行であった。
ギャロップがスピードを落とすと間もなく大学の正門に着いた。部活やサークルの活動をしていた学生たちも帰ってしまい、構内に人影はなかった。ただ、街灯や建物から漏れる明かりが、バショクたちを照らしていた。 バショクたちは大学の図書館に入った。1階は雑誌類が置いてあり、学術的な本は地下1階と地下2階にある。リクソンがいそうなのは地下だった。
多分、地下にいるために携帯電話の電波が届かなかったのだろう。1回目は偶然つながったが、それ以降はつながらなくなったってところだろうか? しかし、隅から隅まで探したが、リクソンはいなかった。無論、トイレにも。おまけに、地下でも携帯が使えることが判明した。
「あれ? 使えるじゃん。携帯電話」
「そーいえばさ、地下鉄の駅って携帯使えたよね?」
「・・・・・・」
バショクは帰り際に、受付にいた司書にリクソンのことを尋ねてみた。すると
「6時ごろに帰りましたよ」
という答えが返ってきた。ここから、リクソンの家までは1時間30分かかる。夕方のラッシュで多少電車が遅れたとしても、8時には家についているだろう。
(何かあったんだ、やっぱり)
バショクたちは、ひとまずリクソンの家に戻った。
「・・・・・・そーいえば、さっきからなんか引っかかってることがあるんだけど」
バショクはそんなことをつぶやいた。ま、でも、大したことではないような気がするし、その時は気にも留めなかった。
再び家に戻ったときにはもう夜の11時を過ぎていた。
「はあぁぁ、疲れた。もう寝るぞ」
ソファに倒れこむとそのまま眠ってしまった。
◇◇◇
「ねえ、朝よ。起きて」
「ふああぁ、オレは疲れてるんだ。もっと寝かせろ」
「・・・・・・」
「うわああっ、さ、寒いっ。なんだぁ!?」
「おはよっ」
飛び起きたバショクの目の前にはグレイシア。というか、あまり近寄るな、寒い。これ以上寝ていると、冗談抜きで殺されてしまいそうな気がした。洗面所で顔を洗うと、もうみんな起きていた。
「でさぁ、まずどうする?」
「トーゼン、朝飯だろ」
「じゃ、決まりね。バショクさ~ん。朝御飯作って」
「えー。何で?」
「それぐらいできるでしょ」
「・・・・・・わかったよ、作ればいいんだろ」
まったく人使いが荒いなぁ。先輩はいつもどうしているのだろうか。
(あれれ、何でだろ? 目から水がこぼれてきたぞ)
「ごちそーさまでした」
まだ、7時であった。普段ならまだ寝ている時間帯だ。朝食を終えたバショクは着替えを取りに家に戻った。自分の家が一番落ち着く。ずっとこうしていたいがそうもしていられない。すぐにリクソンの家に戻った。そしてシャワーを浴び、新しい服に着替えた。
しかし改めて思うのだが、これだけいれば、泥棒が入ってきても安心だな。
さて、これからどうしようか。リクソンを一刻も早く見つけ出さねばならない。しかし、未だこれと言った手がかりはない。時間だけが無駄に過ぎていく。そう思っているからなのか、時計の秒針が時を刻む音が頭に響いてくる。
(そうだ、もう一回先輩の部屋に行ってみよう。何か見落としている手がかりがあったりして)
バショクは階段を登り、リクソンの部屋に入った。部屋の手前に例の大きな本棚があった。
(あれ?)
床には何かがぶつかったようなへこんだ傷がついていた。あんなのが倒れてきたんだから、ん? 待てよ。
バショクは大急ぎで1階に戻った。
「おおい!」
「何か分かったの?」
だからさぁ、あんまり近寄らないでくれ、グレイシア。寒い。寒いの苦手なんだよなぁ。
「ああ、まあ。ところで、昨日兄さんが来ただろ、何分ぐらい部屋にいた?」
「ううん、そうねぇ、30分くらいかしら」
「その時、皆は?」
「全員1階にいたわよ?」
ちなみに、バショク自身は、みんなから話を聞いただけで昨日は部屋に行かなかった。と、するとだな・・・・・・。いや、しかしこれだけでは不十分だ。むむむ、っておーい、サンダースとブラッキー、ゲームやってる場合かー? しかも、熱中してるし。
「ああっ」
「ブラッキー、何か分かったの?」
「イベントが発生した。細川晴元が三好長慶に失脚させられて、足利家に亡命してきた。義輝がどうするか聞いているぞ」
「・・・・・・」
「ああ、細川晴元は政治能力が高いから結構使えるぞ」
「んじゃ、登用、と」
随分、ディープな世界に踏み込んだな。(一部の人にしか分からないかも)
「ちょっとー、そんなことしてる場合~?」
「グレイシア、寒い・・・・・・」
しかし、バショクの声は届いていないようだった。
「あ、まずいな、これ」
「れいと・・・・・・」
グレイシアが何をしようとしているかは、容易に想像がついた。
「落ち着いて!」
「え、きゃああっ」
エーフィのサイコキネシスでグレイシアは宙吊りにされた。しかも何故か逆さで、「恥ずかしい格好」になってしまっている。
「ばっ、バショクさ~ん、私の、その、恥ずかしいところは見ないで・・・・・・」
「・・・・・・」
バショクはグレイシアの言ったところや、発達した胸を見てしまったが、別に思ったことはこれだけだった。「あ、かわいいな」これだけ。それ以上でもそれ以下でもなかった。
「ううう、頭に血が上るうぅぅ~」
エーフィってもしや・・・・・・。ああ~、そーだったんだ~。いや、そういうことじゃない。
「早くおろしてあげたら?」
「そだね」
グレイシアは見えない力から解放された。そして
「あの・・・・・・、見てない?」
バショクに小声で聞いてきた。
「何を?」
「・・・・・・なら、いいわ」
なんともいえない空気があたりを支配していた。
(場所、変えよ)
バショクはそう思った。どこかいい所はないだろうか? 1人で落ち着ける場所がいい。この前オープンしたという喫茶店に行ってみるとするか。と、その前に・・・・・・。バショクは、リクソンの部屋に行った。机の上には一冊のノートが置かれていた。どうやら日記のようだ。ページをぱらぱらと繰っていく。日付がほぼ毎日記載されている。一行が二行で文章が終わっているものもあるが、たまにかなり長い記述がされている日もあった。気になる記述がいくつかあるので、メモ帳に書き写しておいた。
バショクは1階に戻った。とりあえず、自分の家に帰ろう。自分の考えていたことをきっぱりさっぱり整理しようと思ったのだ。やはり、自分の部屋が一番落ち着くし、喫茶店で金を使わずにすむ。
「あれ?」
「ん、どうした? シャワーズ」
「バショクさん。右手が汚れてるわよ」
「あれれ、ほんとだ」
さっき、メモ帳に書き込むときにリクソンの部屋にあったシャープペンを使ったときについたのだろう。
「んん? あれ、確かあの時・・・・・・」
「どうしたの?・・・・・・」
「いや、まさかね・・・・・・」
何となくではあったが、バショクは昨日からある一つの仮説を立てていた。でもその通りだとすると、まずい・・・・・・。
「おおい、昼御飯食べに行かないか」
バショクは7匹に言った。
「ええっ、早過ぎないか」
「嫌ならいいよ。その代わり、自分で昼御飯は自分たちで何とかしてくれよ」
「わかったよ」
バショクは7匹を連れて、銀行で預金を下ろした後に、自分の家の近くにある洋食屋に入った。
「えーと、じゃあ、サンドイッチの盛り合わせとフライドポテトとブレンドコーヒー。飲み物いるか? いらないんだったら水だからな」
「じゃあ、私もブレンドコーヒー」
「私アイスコーヒー」
それぞれ飲み物を注文をして、料理が来るのを待つ。料理の前にコーヒーが来た。まずは一口、と。
「あ、そうだ。言うまでもないけど、次はいつ御飯にありつけるか分からないから、なるべくたくさん食べとけよ」
「???」
7匹はバショクの言っている意味が分からなかった。そんな7匹をよそに、バショクは手帳になにやら書き込んでいる。そして、時折手を止め、考え込む。
「今の段階では・・・・・・がリクソン先輩をどこかに連れ去った犯人かもしれない。か、もしくはオレ達に怪しまれないように小細工をした犯人グループの一員。多分後者だろうな。しかし、証拠がない。こいつは一か八かで・・・・・・。って、何だよ?」
7匹の視線が自分に集中していることに、バショクはようやく気づいた。
「ブツブツ、何言ってるんだ?」
「うん、まぁ、それはサンドイッチを食べながら話すからさ」
「あ、それと」
「どした? シャワーズ」
「ミルクのフタを開けて欲しいんだけど」
「・・・・・・自力でやるのはムリだよな、それじゃあ。ほいよ、これでいいか?」
「ありがとう」
犬食い? いや、犬飲みかと思われたが、意外にもシャワーズは前足でコーヒーカップを持って飲んでいる。
「器用だなぁ」
「リクソン、ああ見えて結構厳しいところがあるのよ。特にしつけとかに関しては。それでも、実家にいるときよりはマシだけどね」
「実家? ああ、先輩ってこの辺の出身じゃないんだよね。ところで、先輩の御両親は何をされている方なんだろう? 先輩ってあんまりお金に困ってなさそうだから、実は大富豪の息子だったりしてね」
「え? あ、そうか、リクソン、バショクさんには言ってないのね」
「???」
「聞いていない? リクソンって、ハクゲン財閥の会長の3男なのよ」
「嘘ォ!? 先輩って大会社の跡取り息子だったんだ」
「本人は、経営に携わる気はないらしいから跡取りではないけどね」
おいおいおい。すごい人と知り合いになっちゃったぞ。あ、でもカンネイ先輩のお父さんも政治家だからな。いやぁ~、この大学入って得したぜ。
「ん? でもさ、だったらシャワーズたちは何でこっちに来たんだ?」
「う~ん、なんて言うのかしら。窮屈なのよねあっち。リクソンも同じようなことを思っていたみたいだけどね」
「あ、でもそれ何となく分かるな・・・・・・」
そんなことを話していると、サンドイッチが運ばれてきた。
バショクは、急に真面目な顔つきになって、
「まぁ、食べてくれ。そろそろ本題に移ろうか。と、その前に覚悟は決めておいてくれよ」
と、言った。
第5章 炎上
「どういうことですか?」
「うん、まぁ、早い話、先輩が行方をくらませたわけが分かったんだ」
バショクはリーフィアの質問に答えた。そして、話を続けた。
「多分、大学から帰る途中に誰かに襲われて、拉致されたんだろうな」
「・・・・・・」
7匹は黙ってしまった。そんな映画みたいな話が現実に起こるのだろうか。半信半疑だった。
「で、だ。それに加担したのが・・・・・・」
「誰なの?」
「言ってもいいけど、ショック受けない?」
「ええ」
「じゃあ言うぞ。その犯罪の片棒を担いだのが兄さんだ」
「そ、そんな・・・・・・」
再び黙ってしまった。やっぱりショックだったか。
「嘘でしょ?」
「この期に及んで嘘ついてどーする」
エーフィはショックで固まってしまった。まぁ、無理ないか。
「信じられないな」
「私もです」
「・・・・・・」
バショクは困惑した。まだ話の続きがあるのだが、これでは言っても信じてもらえそうになかった。まぁ、証拠がないのだから無理もないか。
「先ほどから話を伺っていましたが、普段、見慣れているものを信じて疑わない、これこそ固定観念に縛られている証拠ではないのですか?」
「え?」
シャワーズを連れた青年がバショクたちのテーブルの前を過ぎるときにそんなことを言った。
「ブラッキー」
「え?」
「あのシャワーズ、すげー綺麗だったな」
「そうだな、どっかのとは大違い」
「そうかしら?」
「・・・・・・」
何だったんだろう今の人。なんていうか、発しているオーラが普通の人と違った。まぁ今はそんなことはどうでもいい。
「今の段階では信じてくれないのも無理ないな。というわけで、家に行って証拠を見せるからさ」
そう言うと、サンドイッチとポテトを食べ、コーヒーを2杯飲んだ。
「ふう、食ったし家に行くとしよう」
バショクは伝票を摘み上げると、勘定を済ませ、店を出た。
「ああっ、待ってよ~」
7匹はあわててついてくる。
家に入ると、中にはウィンディがいた。
「兄さん、帰ってきた?」
「いや、まだだけど?」
これは好都合だった。よーし、このスキに・・・・・・。
バショクはバリョウの部屋に行き、なにやら探し始めた。
「おい、バショクいいのか? 泥棒とやってること同じだぞ」
「大丈夫だ。多少は大目に見てくれるって」
「多少ってレベルじゃないじゃん。完璧に荒らしてるぞ」
サンダースはバショクに声をかけたが、バショクは構わず部屋を荒らしていた。
そして、本棚からノートを抜き取った。開くと、丁寧な字で英文がつづられていた。鉛筆ではなくペンでかかれたものだった。
「それ、見てみ」
「って言われても、丁寧な字だと思うけど」
「ところどころ、見にくいところがあるだろ」
確かに、ところどころにインクがこすれたような跡がある。
「それで、もうわかったろ?」
「そーいえば、バリョウさんって左利きだったね。あ、そうか、左利きだから、ペンのインクが乾く前に手が当たってこうなっちゃったってわけか」
「エーフィの一言で分かったでしょ?」
「あっ、あの時・・・・・・」
「お姉ちゃん、あの時って?」
「覚えてないの? バリョウさんが帰るとき、バショクさんに鍵を投げて渡したでしょ。その時右手で放ってたのを」
「え、じゃ、じゃあ、あのバリョウさんはニセ者!?」
「その通り、ちなみオレを先輩の家に呼んで居残りさせたのは、オレと一緒にいる時間を大幅に減らすため。どっかでボロを出して、オレに見破られないようにしたんだろうな」
しかし、本物のバリョウはどこへ行ってしまったのだろう。バショクならともかくバリョウならこれぐらいのことすぐに看破するに違いない。モタモタしていると、バリョウが危ない。
平静を装っていたバショクではあったが、内心かなり焦っていた。下手をすると、二人の命が危ない。
(くそ、このままでは・・・・・・。どうする?)
部屋中探したが、バリョウの携帯電話は見つからなかった。本人がもっている可能性はあるが、電池が切れているとかその他の要因でつながらない可能性もあったし、仮に電話がつながったとしても、今電話をかけて、どこにいるかを聞くのは非常に危険なように思えた。
「でもさ、バショク。バリョウさんのことだから、何かあったら連絡してくるだろ?」
「多分、連絡したくても出来ない状態なんだろうな」
「・・・・・・殺されちゃった、とか?」
「縁起でもないこと言うなよ!」
が、まごまごしていると、本当にそうなってしまいかねない。すぐにでも行動を起こすべきだが、リクソンにしろバリョウにしろ、居場所がわからないのではどうすることも出来なかった。
(まずいな・・・・・・。何か良い手はないものか)
「っていうかさ、そもそも本物のバリョウさんに何があったんだ?」
「ああ、それは多分・・・・・・」
バショクはサンダースの質問に答えた。
「標的は先輩だったんだろうな。で、先輩の家で騒ぎを起こせば、当然兄さんにそのことを言うって事までは予測できるでしょ?」
「そりゃ、わかるけど」
「で、まんまと兄さんに成りすました奴が先輩の家に上がりこんで、テキトーな推理を披露してたんだろうな」
「だったらさ、急用が出来たとか言って、逃げるだろ。わざわざ家まできたら捕まるかもしれないだろ?」
「それに、兄さんにやましいことがあるなんて誰も思わないだろうからね」
「・・・・・・」
「多分、誰かが先輩の家に忍び込んで本棚が倒れる細工をしたんだろ。で、あの日原因を調べるとかって理由をつけてその細工の痕跡を消し去ったんだろうな」
「でも、リクソンが拉致された時、私たちの前にいたニセモノとしていたわけだから、拉致した奴とニセモノで犯人は2人以上なんじゃないかしら」
「そこなんだよ、シャワーズ」
バショクは言葉を続けた。
「上手い具合に一網打尽にしないと先輩たちの命が危ない。だから、悩んでるんだ。まぁ、ニセモノを締め上げて聞き出すっていうテもあるが」
「それが、最良なんじゃねーか?」
「え?」
「だって、そーいう奴だって命は惜しいだろ」
サンダースの言っていることも一理ある。そうするか?
と、その時ニセ者のバリョウが帰ってきた。もう見破られているとも知らないで。
「ただいま」
下からバリョウの声がする。声を聞く限りでは本物かニセモノかの判別するのは不可能だ。
「うわっ、やばいぞ帰ってきた。どうすんだよ」
「どうするって、さっき言ってたじゃん」
「え? まじでやるのか?」
「それが一番手っ取り早い」
「んじゃ、もし本物だったら?」
「そんときゃ、そん時だ」
階段を上がる音が聞こえてくる。そして、ドアが開いた。
「おいおい、何だこれは?」
「・・・・・・」
バショクは無言で、バリョウの腕をつかんだ。逃げられないようにかなり強い力で腕をつかんだが、妙な感触が・・・・・・。
(え? ぐにゃって、もしかしてこいつ・・・・・・)
「ちっ・・・・・・」
ばれたと悟るや、ニセ者は逃げ出した。
「あっ、くそっ。誰か捕まえろ」
逃げるニセ者の足に草が絡みついて、ニセ者は派手な音を立てて転んだ。どうやら、階段を駆け下りようとしていたところらしい。今のってリーフィアの草結び? 草タイプの手持ちがいないのでよく分からないのだが。
「これでいいんですか?」
「あ、うん。よくやった」
逃亡に失敗したニセ者は部屋まで連れ戻された。
「サンダース、先輩の居場所を聞き出しておいてくれない?」
「ああ、どんな手を使ってでも聞き出すから」
バショクはどこかに電話をかけた。
「あ、実はですね・・・・・・」
一方、部屋ではサンダースの取調べが始まっていた。
「さあ、ネタは上がってんだ。何もかも吐いちまいな」
「何のことだ?」
「てめぇ、とぼけんじゃねぇ」
バチッと火花が散ったような音がした。もしかして、電撃を食らわせた?
「ぎゃっ、何すんだよっ」
「正直に答えないともっと痛い目に遭わせるぞ」
「・・・・・・」
7匹がぐるりと周りを取り囲んでいて逃げられる可能性はゼロに近い。
ニセ者は観念したのか、ついに自白した。
リクソンを付け狙い、1人になったところを襲って、ラクヨウ埠頭の倉庫に監禁したというのだ。
ちなみに本棚転倒事件も、奴の仕業だった。細工を施して、バリョウに成りすました奴が細工の痕跡を隠滅したということだった。
シャワーズの予想通り、犯人は複数でそれぞれ役割分担があったという。複数といってもかなりの大人数での犯行だった。だから、この時点で、仲間が捕まったことはすでにばれているかもしれない。高飛びされるだけならまだいいが、逃亡の足手まといになるリクソンやバリョウを口封じのために殺すという挙に出ることも考えられた。
もはや一刻の猶予もなかった。
バショクが部屋に戻ってきた。
「おう、バショク。聞き出しておいたぞ」
「拷問っぽかったけど?」
「しょーがないだろ? 時間がない」
「そりゃ、そうか。それじゃあ、行くか」
7匹を引き連れて、階段を下りる。無論、先ほど縛り上げたニセ者も連れて行く。1人にしておいたら、逃げるのは目に見えていた。
「ウィンディ、お前も来い」
「え? 面倒なことに巻き込まれるのはごめんだぜ」
「嫌ならいいよ」
「分かったよ、行くよ」
「無理しなくてもいいぞ?」
「してない」
顔がニヤついている。大体何を考えているかは読める。15年以上同じ屋根の下で暮らしてきたわけだし。
玄関を出ると、ギャロップが立っていた。
「あれ? どうしたの?」
「バショクさんに呼び出されたんだ」
「タクシー代わり?」
「お前もどうせそうだろ」
例によって背中に乗る。足が速いので、便利でもあるのだが、何もそれだけのために同行させたのではない。
「さて、兄さんと先輩を助け出す作戦だが・・・・・・」
「え? 何か妙案があるの?」
「もちろん」
バショクは自身ありげだったが、ウィンディは不安そうだった。
「バショクって、昔っから口ばっかの男だからなぁ」
「な、何!? 失礼なことを」
「だってそーじゃん」
「じゃあいいよ。お前は帰れ。オレの見事な采配で・・・・・・」
「あー、はいはい。続き聞いてやるから」
何かすごい屈辱的だ。テレビとかだとポケモンは素直に人間の言うことを聞いているが、実際のところは人間次第なのだ。後は、相性の問題もあるが、とにかく自分の手持ちだからといって何でも思い通りに動かせるわけではない。そんなのは、ゲームかテレビでの世界だ。
リクソンも7匹を使いこなせているようにも見えるが、実際のところそうでもない。はっきり言ってしまえば振り回されているのだ。おまけに、7匹同じように接しているかといえばそういうわけでもない。リクソンがリーフィアを一番かわいがっているのは、リクソンと付き合いのある人の目には明らかだった。けれど、あれはかわいがるというよりも、むしろ「溺愛」と言ったほうがいいような気もする。が、いまはそんなことよりも。
「で、さっき言った作戦だけど・・・・・・」
バショクは言葉を続けた。
みんなの反応は様々だったが、反対者はいなかった。
ラクヨウに入り、市の中心部を通過し、ビル群が途切れると、磯の香りがした。頭上に「この先、ラクヨウ港」という看板があるのをバショクは見逃さなかった。そろそろだろうか。「んで、どこの倉庫なんだ?」
「E-12って書いてある倉庫だ」
「本当だろうな?」
「本当だ」
「嘘だったら・・・・・・」
その後の言葉は、船の汽笛で、聞き取れなかったが、「ただじゃおかねぇ」と、サンダースの目がそう語っていた。
やがて、その倉庫に着いた。シャッターは硬く閉じられている。開けられるものなら開けてみろと、バショクたちを威圧しているようにも見える。が、奇妙なことに外には見張りらしきものはいなかった。
「逃げられたんじゃないか」
ブラッキーが言う。
「てめぇ、やっぱり嘘つきやがったな」
「ま、ま、待ってくれ・・・・・・」
サンダースに命乞いをするバリョウのニセ者。これじゃあ、どっちが悪者か分からない。
「とりあえずさ、中の様子をのぞいてみようよ」
エーフィが提案する。サイコキネシスでそっとシャッターを開けて中の様子をのぞく。見たところ中には誰もいなかった。
「中に入る?」
「そうだな。『虎穴に入らずんば虎児を得ず』というし・・・・・・」
罠のようにも思えたが、犯人一味はいなかった。やっぱり逃げたのかと思ったが、バリョウとリクソンはいた。
「先輩!!!」
「リクソンさぁーん」
「みんな・・・・・・。く、来るな。来るんじゃない!」
「え?」
近づいてみてその言葉の意味が分かった。リクソンやバリョウは後ろ手に縛られていて、そこから1本のロープが伸びていた。その先には・・・・・・。
「マ、マルマイン・・・・・・」
つまり、下手に動けば爆発であの世へ一直線だ。そうか、だから見張りがいなかったのか。
「どうする?」
「んじゃ、ぼくに任せて。あ、リーフィアも協力して」
「あ、はい。エーフィさん、私はどうすればいいのですか?」
「ロープを切って。慎重にね」
リーフィアはリーフブレードでロープを切断した。
「じゃ、こいつら捨ててくるから」
エーフィはサイコキネシスでマルマインを持ち上げると、港の方へ歩いていった。
身体を拘束した物がなくなった2人は、初めて生きた心地がついた。2人とも体は傷だらけで、やつれてしまっていた。
「リクソン、随分やつれたけど」
「そりゃ、そうさ。丸一日、何も食べていない」
シャワーズの質問に答えるリクソン。発見が遅れていたら、2人の命はなかったかもしれない。エーフィが戻ってきた。
「さっきのあれは?」
「港に捨ててきた」
そう言った時に巨大な音がした。遠くで2本の水柱がたった。
「あ、爆発したな。よし、とにかくここから逃げよう」
一行が倉庫から出た時、犯人グループが隣の倉庫からバラバラと出てきた。
「ち、さっきの爆発で気付かれたか・・・・・・」
見張りだろうか、ヨーギラス5匹が騒いでいる。
「ボ、ボス。奴ら逃げてますぜ」
「何だと?」
地響きが聞こえる。
「数が増えちゃ面倒だ。よし、さっき言った作戦をやるぞ」
バショクは、ウィンディ、ギャロップ、ブースターに目で合図を送った。
「紅蓮の炎よ、我らに勝利を!」
だいもんじの三連続で、倉庫はあっという間に炎に包まれた。いわゆる「火攻め」である。
「うわっ、あちちちっ、火事か?」
草タイプや鋼タイプには効果があった。が、やっぱり炎を苦手としないタイプのポケモンもいるわけで・・・・・・。全滅はムリだった。
「あれれ? 水タイプに火攻め効果ないじゃん」
「当たり前だろ! 何が『あれれ』だ。やっぱり失敗だ」
「な、何だよ。ウィンディだって反対しなかったじゃん」
「お前の顔をちっとは立ててやろうと思ったんだよ。なのに、こんなときに失敗しやがって」
「全部のタイプに効果がなかったわけじゃないからいいだろ。臨機応変に戦うのは戦闘の常識だ」
「男らしくない奴だな。少しは罪を認めろ」
「やだ」
予想通り、倉庫からバンギラスが出てきた。
「おい、2番。相手をしてやれ。あいつらを生かして返すな」
バンギラス2号が出てくるのかと思ったが、全然違うのが出てきた。カメックスであった。どうやら番号で呼んでいるらしい。何だか、刑務所の囚人みたいだ。ちなみに、ニセ者のバリョウ、すなわちメタモンは変装部隊所属 28番らしい。まぁ、そんなことはどうでもいいが。
「はい。精神的にも肉体的にもボロボロにしてやりましょう」
水タイプか。
「ここは、草タイプの私に任せてください」
リーフィアなら、タイプ的に有利なので何の問題もないと、誰もが思っていた。が、これが間違いのもとであった。
第6章 終局
「さぁて、餌食になるのはどいつだ?」
物騒な言葉を発するカメックス。余裕から来るものなのかただのこけおどしなのかは分からなかった。リーフィアはカメックスに少しずつ近づいていった。
「何だぁ? お前みたいなチビに用はないぞ。 それともやられに来たのか?」
「黙りなさい。5分で立てなくしてあげるから」
「その自信がいつまで続くか見物だな」
リーフィアは前脚から生える植物を長い刃に変化させて、力いっぱいカメックスに打ち込んだ。リーフブレードが命中し、普通なら水タイプのポケモンにはただではすまないはずなのだが・・・・・・。
「うぐっ」
「ふん、この程度か」
リーフィアの体に痛みが走った。先ほどのリーフブレードは命中した部分がぐにゃりと拉げてしまっていた。一方でカメックスは無傷だった。
「そ、そんな、私のリーフブレードが効かないなんて・・・・・・」
「どうだ? 鍛え方次第でタイプの有利不利は覆せるのだ。今度はこっちから行くぞ」
カメックスは大量の水を勢いよく発射した。威力はとてつもなく強力で、周りにある街灯や倉庫の壁を破壊していった。リーフィアは何とか攻撃をよけてはいるが、反撃は出来ないでいる。
「おらおらぁ、さっきの威勢はどうした?」
「このままじゃ、やられちゃう。こーなったら・・・・・・」
ハイドロポンプの乱射は周りに甚大な被害をもたらしていた。倉庫の壁や、シャッターにあたれば大きな穴が開き、街灯に当たれば、マッチ棒のように折れてしまう。無論、リクソンたちの方にも何発か飛んできた。幸いリクソンたちには当たらなかったが、近くの防波堤に命中した。さすがにコンクリートの壁に穴は開かなかったが、それでも当たったところは大きく抉り取られてしまっていた。
が、やがてハイドロポンプの発射間隔は大きくなり、やがて止まった。
「く、くそ変だな。何かものすごい疲れてきたぞ」
「よし、効いてきたわ。これで私の勝ちね」
リーフィアの放ったエナジーボールが命中し、カメックスは倒れた。
「リーフィア」
「あ、お姉ちゃん」
グレイシアが駆けて来るのが見えた。
「お姉・・・・・・、きゃあっ」
「リーフィア!!!!」
倒したと思って油断したのがいけなかった。カメックスの太い腕が伸びてきて、リーフィアの尻尾をつかんだ。
「とどめを刺さずに行こうとするからだ。おっと、近づくとこいつの首をへし折るぞ」
リーフィアを人(?)質に取られてリクソンたちは有効な手段が取れないでいた。
「ど、どうしよう・・・・・・」
妹を人質に取られて、いつもは冷静なグレイシアも狼狽してしまっていた。それと同時に妹がこんな目に遭っているのに何もできない自分が腹立たしかった。
膠着状態のまま、時間だけが過ぎていった。
「さてと、たっぷり礼をしてやるか」
(な、何をする気?)
カメックスの右手がリーフィアの胸元に伸びてきた。そして、リーフィアの膨らんだ胸を弄り始めた。
「くっ、ううう・・・・・・」
こんな事をされていても、下手に動くとリーフィアの命が危ないので、リクソンたちは動けなかった。一方で、人質をとっているカメックスはやり放題であった。だんだん行為がエスカレートしてくる。
リーフィアの胸の谷間に顔を押し付けるカメックス。あの青い顔が赤くなっているのが、遠くからでもはっきりと分かった。もちろん、リーフィアは抵抗するが、力比べでは勝負にならなかった。
「いやあああぁ、やめてえぇ」
「その声いいぞおっ、もっと叫けべぇ」
妹の悲惨な姿を見せ付けられているグレイシアは怒りで体が震えていた。しかし、冷凍ビームや吹雪を使うとリーフィアにも当たってしまうかもしれない。その恐れがあったため、技の発動が出来なかった。
「これがメスのにおいか」
カメックスはリーフィアの乳首に吸い付いた。
「ああああああっ」
リーフィアの秘部から透明な液体が流れ出た。それを見たカメックスはニヤリと笑う。
「じゃあ、そろそろ挿入するか」
(ええっ、イヤ。絶対イヤ。こんな奴に処女をささげなくちゃならないなんて。私が処女をささげるのはリクソンさんなんだから)
カメックスの股間のオスのシンボルは先ほどの行為でいきり立っていた。だんだんとカメックスのモノとリーフィアの膣の距離が短くなっていく。リーフィアは必死で抵抗するが、力では敵わなかった。
「そこまでだ。ケダモノカメックス」
(え? この声は・・・・・・)
強烈な閃光と音が辺りを包んだ。
サンダースはブラッキーを連れて、密かに敵の背後に回っていたのだった。もともと多くのポケモンがいたし、みんなの視点は一転に集中していただろうから、2匹いなくなっても誰も気付きはしなかった。電気を体内に溜め、狙いを定めれば準備は万端。1万ボルトの雷をお見舞いしたのである。いくら体が頑丈でも、物理攻撃にしか効果は無い。雷に耐えられるはずは無かった。雷をまともに喰らったカメックスは、瀕死の重傷を負った。
サンダースに敵が襲い掛かってきたが、こんな事は想定内。
「お前らの相手はオレがしてやる」
ブラッキーのシャドークローで襲い掛かってくるポケモンを何匹かなぎ払うと、他のやつらは仲間を見捨てて逃走した。
「あっ、くそ待てっ」
「ブラッキー、後は私に任せて」
「って、どーすんだよ?」
「うふふ、見てて」
シャワーズは持ち前の能力で港の水を操った。巨大な波となった海水がポケモンたちを襲う。さすがのバンギラスもこれには耐えられなかった。
「まだまだ! 妹に手を出した奴は絶対に許さないからっ!」
続いてグレイシアの吹雪が炸裂した。海水に濡れたポケモンたちを次々に氷づけにしていく。これなら、氷が解けるまでは逃げられないだろう。
「リーフィア、大丈夫だった?」
「お、お姉ちゃん・・・・・・」
リーフィアの処女は守られたが、やはり精神的ダメージが大きかった。グレイシアに抱きつくとわっとを声を上げて泣いた。グレイシアは何も言わずに、リーフィアを抱きしめていた。
◇◇◇
バショクはリクソンたちを引き連れて、恪のマンションに向かった。
出迎えた恪は目を丸くして、バショクたちを見た。
バショクは事のあらましを詳しく説明した。半信半疑で話を聞いていた恪は、やがて大きく頷いた。
「先生、とにかく大事にするのだけは避けたいんです」
「わかった。後は私に任せなさい」
そう言って微笑した。
その後が、バショクにとって忙しかった。リクソンたちを病院に担ぎ込んだ。その後、カンネイに連絡をとって、リクソンのポケモンたちの面倒を見てくれるように頼んだ。信じてくれなさそうだったが、ギャロップが口添えしてくれたおかげで、すんなりと話が進んだ。
次の日、バショクは広報部長の法孝直教授に呼び出された。
(まずいな~、大事になっちまったかなぁ?)
とりあえず、孝直の教授室へと向かった。部屋の中には恪もいた。
「法さんが詳しい話を直接聞きたいらしんだ」
「いいですけど、絶対に口外しないでくださいよ。この大学の問題だけじゃ済まなくなるかもしれませんから」
渋々、事件の説明を詳しく話した。
「うん、ありがとう。わざわざすまなかったね」
孝直はバショクに礼を言った。
さらに次の日、事件のことを知ったマスコミが大学に大挙してやってきた。記者会見を開くことになり、そこで孝直がマスコミの質問に答えることになった。孝直は政治家でもあり、こういう質問攻めは慣れていた。プライバシーにかかわるような質問は巧みにかわし、時にはぐらかした。
「さすがは、政治家」
このニュースを見ていたカンネイとバショクは舌を巻いた。孝直のおかげでリクソンの父が経営する会社や、リクソンの家にマスコミが来ることはなかった。
しかし、念のため、事件のほとぼりが冷めるまで、孝直の勧めでバショクやポケモンたちはカンネイの家に居候することになった。
リクソンは、全身に擦り傷や打撲があったものの、命に別状は無かったが、念のため入院することになった。一方で、バリョウは拉致されるときに抵抗したために、肋骨が一本折れてしまっていた。本人の話だと、蹴りを入れられたという。
例の奴らは、バショクの通報で、氷づけのまま警察に御用となった。
動機は、ギルドの資金が少なくなったため、リクソンを誘拐してリクソンの父を脅迫し、10億ルピーを奪おうとしたのである。跡取りであるリクソンの兄(長男)を狙わなかったのは、ケンギョウにいて、なおかつ一日中護衛がいるためだ。そこで、気ままに暮らしているリクソンが標的になってしまったのだ。
ちなみにギルドとは、本来組合を意味する言葉なのだが、今では隠語として闇社会で暗躍する「何でも屋」意味する言葉なのである。まぁ、金さえ払えば何でもするというそういう危ない連中の集まりだ。
リクソンが退院したのは、それから一週間後である。
「1人と7匹の物語 7 終わり」
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