ポケモン小説wiki
黄昏の遠吠え・左 の変更点


※注意
・&color(red){こちらは後編です。ここまでの話はこちら→};[[黄昏の遠吠え・右]]
・流血、暴力、人間やポケモンの死亡シーンなど、極めて残酷で鬱な描写が多数存在します。苦手な方はお気をつけください。
・この作品はフィクションです。一部史実をモチーフにした部分も含まれていますが、ポケモンの世界に落とし込む際、&color(blue){主に単純化を目的とする};アレンジを加えていることをご理解ください。
・&color(red){主人公を含めた各キャラクターの発言や行動はそれぞれの立場に基づいたものであり、作者個人の主義主張とは必ずしも一致しません。};
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#contents
 ・[[まとめページに戻る>黄昏の遠吠え]]
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 ★★★★
***戦場へ続く道 [#ebpPf2H]
 ★★★★

 それからまた、月日が流れました。
 新聞やラジオが知らせる戦争の報道は、相変わらず我が●国軍の圧倒的優勢を伝えています。
 だけど、いつになったら※国に勝てるのか、どこまで行ったら戦争が終わって、みんなが帰ってくるのか、それはどれだけ活字に目を凝らし、音声に耳を傾けても分かりません。
 今はとにかく、グランブルへの進化を目指して、修練に励み続けるしかないのでしょう。
 ハチゾーと交わした約束を守るため。 
 そしてそれでもまだ戦争が終わらないのなら、僕も出征して戦うために。
 一心に心身を鍛え、玉恵お嬢様と一緒に駆け続けた、そんなある日。
「やめてくれ! ハナコを、ハナコを連れて行かないでくれぇぇっ!!」
 街の家並みを震わせる悲痛な絶叫に、お嬢様と僕は足を止めました。
 見れば、詰め襟に警察帽姿の男たちが3人がかりで1匹のワンリキーを抱え上げ、それに若い男が取り縋って泣き叫んでいるところでした。
 警官隊のひとりが警棒を振るい、縋る男を乱暴に打ち払って地面に転がします。
「ええい、軍への供出命令を拒否してこのワンリキーを隠そうとしていたことだけでも許し難いのに、この上まだ公権に逆らうか、この非国民め!!」
 男を怒鳴りつける警官の言葉に、僕とお嬢様はぎょっと顔を見合わせました。
 ワンリキーに……カイリキーどころかゴーリキーですらない、種ポケモンのワンリキーに、軍への供出命令!?
「ハナコはまだワンリキーなんだぞ!? 供出令の対象は最終進化系だけだったはずじゃないか!?」
「軍からの要請に変更があったのだ。今はすべてのポケモンが、軍への献納の対象だ!!」
 な、なんだって……!?
 お嬢様とつなぎ合った掌に、じわりと汗が滲みます。
 警官の言ってることが事実なら、僕はグランブルへの進化をするまでもなく、軍ポケモンになれるっていうのか……!?
 本来ならば早く望みが叶うと分かって昂揚すべき状況のはずなのに、ハナコちゃんの飼い主の余りに狂おしげな様子を目の当たりにしてはそれどころではありません。
「ワンリキーの雌であっても、貴様のポケモンは●国のお役に立てるのだ。●国の臣民ならば、愛ポケを誇りに思うがいい!!」
 警棒を振りかざした警官たちが高圧的に言い放つと、ハナコちゃんの飼い主は肩を奮わせて激昂しました。
「何が、何がお役に立てるだ! 白々しいことを言うなぁぁっ!!」
「黙れえぇぇぇっ!!」
 ズガッ!! 鈍い音を立てて、警棒が男の頭を強かに殴りつけます。
 額から夥しく鮮血を滴らせながらも、しかし男は歯を食いしばってなおも叫ぶのでした。
「死んでも黙るものか! 俺は知っているんだぞ……供出だの、献納だのと言ったって、本当はポケモンを殺すだけのくせに!  ハナコも殺してしまうつもりだろう!? 嫌だ、いやだ! 俺の大切なハナコをどうしてそんな目に……っ!!」
 ズカッ! ドカッ!!
 ものも言わずに警棒が2度、血塗れの頭に振り下ろされて、男は膝を折って崩れ落ちます。
 もう、とてもただ見ていられるだけの状況では、あり得ませんでした。
「待って!!」
 澄んだ声で呼びかけたお嬢様は、三つ編みを振り乱して飛び出すと、警官隊と男との間に割って入りました。
「どけ、貴様! 邪魔をするか!!」
 邪魔をするな、ではなくするか、と警官が言うのは、こちらに選択の余地を与えることを意味してはいません。邪魔をするか!?  でもなく、邪魔をするか!! なのです。割って入った以上、既に駆逐対象と見なすぞという、より攻撃的な恫喝なのです。
 何も驚くには値しません。大体どこの街でも警官は庶民を威圧するもの。署長さんのように穏やかで友好的な警察官は、本当に例外的な存在でした。
「乱暴過ぎます! ハナコちゃんを見てください、すっかり怯え切って! これから戦地に連れて行くポケモンを不安にさせてどうするんですか!?」
 お嬢様の指摘通り、ワンリキーのハナコちゃんは灰色の顔を蒼白に染めて、悲鳴も上げられずにガタガタと震えています。山賊の所行ですか、可哀想に……。
 へたり込んだ男を抱き支えて、お嬢様は優しい声で諭します。
「あなたも、そんなに心配しないで。私の母が育てたアサミドリは、一度戦地から無事に帰ってきました。すぐに再出征していきましたが、きっとまた戻ってきてくれるでしょう。ハッコー號のような知らせを聞くと不安になる気持ちは解りますが、どうかハナコちゃんが戦死なんかしないって信じてあげてください!!」
 虚ろな表情でお嬢様の説得を聞いていた彼でしたが、やがて血の入り混じった言葉を吐き捨てました。
「違う……」
「……え?」
「違うんだよ! そんなんじゃない、こいつらがやっているのは…………っ!?」
 ガンッ!!
 何かを言いかけた男の顔が、硬い音に後ろから跳ね飛ばされて地面に突っ伏し、飛び散った返り血がお嬢様の頬に紅い花を咲かせました。
「きゃあぁぁぁぁっ!!」
 絹を裂くようなお嬢様の悲鳴など意にも介さず、男を後ろから殴り倒した警官は、赤黒く染まった警棒を逆手に持ち直し、俯せに倒れている男の延髄をめがけて、
「やめてえぇぇ~~っ!?」
 容赦なく、先端を突き立てました。
 ガクガクと、嫌な感じで男の四肢が痙攣し、地に落ちて動かなくなります。
「い、やあ、あぁぁぁぁ……」
 他の警官に捕らえられていたハナコちゃんが、愛する主人に向かって震える手を虚しく伸ばし、白目を剥いて気絶しました。
「酷い……あんまりです!! どうしてここまで……!?」
 お嬢様の抗議を、警官たちは鼻でせせら笑いました。
「ハッコー號のようにお国のために命を捧げたポケモンもいるというのに、自分のポケモンの命を惜しむ利己主義者など処罰されて当然だ! これ以上庇い立てするというのなら、貴様もこうしてくれるわ!!」
 横殴りに振り抜かれた警棒が、返り血と涙に濡れたお嬢様の顔に襲いかかります。
 すかさず僕は警棒の軌道に飛び込み、腕を交差させて攻撃をガッチリと受け止め、ついでに牙を剥いて威嚇しました。
 オタオタとたじろいで数歩後退った警官たちは、逃げ腰のまま血染めの警棒を突きつけ、虚勢の声を張り上げて恫喝しました。
「きょ、今日のところは見逃してやる! こいつのようにお国の戦いの足を引っ張る臆病者と思われたくなかったら、貴様もさっさとそのブルーをお国のために献納するんだな!!」
 到底聞くに耐えないふざけた妄言に、カッとなって僕は吠え返しました。
「僕一匹の威嚇にビビりまくっているお前らが、大人が集団で奮う暴力に立ち向かったお嬢様を臆病と疑うのか!? 笑わせるな! 言われなくてもすぐに出征して、本物の●国魂って奴を見せてやる!!」
 あたふたと浮き足立っているヘッポコ警官たちを更に追い散らすべく踏み出そうとしましたが、
「ダメよ、コーキチ。これ以上警察に逆らっては……」
 お嬢様の震える手に肩を掴まれて、やむなく引き下がりました。確かにこれ以上問題を拡大させてしまうと、お家にまでご迷惑がかかるかも知れません。
「こいつは取り調べのため連れて行く。撤収!!」
 さっきからピクリとも動かない男を、警官たちは地面から剥がして担ぎ上げると、気絶したハナコちゃん共々運んでいきました。取り調べも何も、どう見てももうその人は…………。
 残された血溜まりを見つめたまま、僕もお嬢様も放心してしばらく一歩も動けずにいました。
 何という理不尽。警察がここまで荒んでいるのも、戦争がなかなか終わらないせいなのでしょうか。
 だったらなおのこと、僕も出征して早く戦争を終わらせなくては。
 決意も新たに拳を握り締めて、僕は黒雲のかかった空を見上げました。
 黒雲だと思ったのは、しかしこのところいつも見かけるフワンテたちでした。
 いつの間にか何十頭と数えるまでに数を増やしたフワンテたちは、哀れなハナコちゃんとその飼い主が連れ去れた道の先で、何をするでもなくただ静かに群を成して漂っていました。

 ★★★★

「玉恵、明日コーキチを献納します。いいですね?」
 家に戻り、顔の汚れを拭ったお嬢様がことの次第を切り出すまでもなく、奥様は僕たちにそう伝えました。
「そんな……急過ぎますお母様。どうかせめて、この仔をグランブルに進化させてからにしては…………?」
 先ほど見た、余りに横暴極まりない警官たちのせいでしょう。お嬢様は唇を蒼くして慈悲に縋りますが、にべもなく奥様は首を横に振りました。
「もう知っているようですが、いつの間にか募集基準が全ポケモン対象に変わり、近所でも進化前ポケモンの献納が既に始まっています。軍ポケモン育成を担ってきた我が家が後れを取っては、看板に傷が付きます。あなたも私の娘なら、成すべきことは心得ていますね?」
「…………はい」
 逆らうすべなどあるはずもなく、お嬢様は頷くしかありませんでした。
 深い翳りに顔を曇らせてしまったお嬢様に、僕は明るく快活な声を作って吠えました。
「大丈夫ですお嬢様! 僕は堂々と出征し、ハチゾーや先輩方たちと一緒に凱旋して見せます!!」
 僕を理由にお嬢様を不安がらせてしまうなんて、そんなことできません。例え胸の奥に謎のざわめきが棘のように引っかかっていようと、手荒過ぎる警官の所行を訝しく感じようと、そんな不安要素など恐れているわけにはいかないのです。出征まで何事にも惑わされることなく毅然としていよう。そう僕は心に決めたのでした。
「既に出征式の用意は手配してあります。コーキチを華々しく送り出してあげましょう」
「はい……はい、お母様。行きましょう、コーキチ。ついておいで。横綱衣装の準備をしなくちゃ」
「はい、お嬢様。お願いします!!」
 暗雲を振り切って歩き出そうとする珠恵お嬢様の後を、僕はついて行きました。
 彼女の想いを、決して無下にはすまい――ただ、それだけを胸に抱いて。

 ★★★★

 アサミドリさんが再出征して、奥様が育てている軍ポケがいなくなった後、軍からの特別援助は打ち切られているそうなので、カイソーさんの時のような大きな式を出す余裕はありません。とは言え、幸か不幸か既にこの時点で交流の深い人間やポケモンの多くが戦地に旅立っていたため、呼ぶ客も少なくその分を料理や飾り付けに回すことができました。僕には、お嬢様さえいてくれればそれだけで充分満足ですが。
「ハチゾーの時もだけど、警察署長さんも出征式にきて、一緒に警察署まで連れて行ってくれればいいのにね」
「今この街で一番忙しいのは署長さんだもの。仕方ないわ」
 照坊ちゃまとそんなことを語り合ったお嬢様は、小皿に甘い香りを発たせる白みがかった液体を注いで、横綱を首に下げて豪華な前掛けをまとった僕の前に差し出しました。
「出征するんですもの。もうオトナだものね……飲んでごらん、コーキチ」
 お言葉に甘えて一息に啜ると、苦甘い味わいが喉をするりと抜けて、胃の腑から身体の芯に火が灯されたかのような高揚感を感じます。ずっと抑えて堪えてきた不安感も、その熱に溶けて消えていくようでした。
「ほんの小さな頃に私のポケモンになって、ハッコー號のお話をする度に喜んで、カイソーの訓練に付き合って、ハチゾーと何度も鎬を削り合って……思えば本当に、ずっと強くなるために邁進してきた毎日でしたわね……」
 火照った僕の頬をそっと抱き寄せて、黒水晶のようなお嬢様の瞳が僕の顔を覗き込みます。
「だけど、とうとう私の手でグランブルに進化させてあげることは叶いませんでしたね。ここまで育ったんですもの、きっと戦地で活躍して、すぐに進化するのでしょうね。戻ってきたら、私、コーキチのこと見分けがつくのかしら……?」
 悲しげに瞳を伏せたお嬢様の頬を、僕はペロリとひと舐めして、懐に顔を埋めました。
「コーキチ……」
 細い腕が僕を抱きすくめました。不安に凍えるお嬢様の鼓動が、直に伝わってきます。
 お嬢様、僕は変わりません。
 進化しても、どんなに強くなっても、お嬢様を敬愛する心だけは。
 きっとこの柔らかな胸の中に、僕は帰って参ります。
 熱く燃える僕の温もりで、お嬢様の鼓動を溶かせるよう、桜色の頬を何度も何度も擦り寄せました。
 刻の鐘が、厳かに響きます。
 巣立ちを促す、誘いの音が。
 僕は自ら身体を起こして、お嬢様と視線を合わせ、頷きました。
 お嬢様の顔にも、もう迷いはありませんでした。
「奥様、今日までありがとうございました。それでは皆様、行って参ります!!」
 高らかに吠えた僕の声に、暖かな拍手が送られます。カイソーさんの時よりはもちろん、ハチゾーの時と比べても随分と寂しくなってしまった、けれどもひとりひとりの想いを確かに感じる拍手の雨が。
 その音色を背に、僕はお嬢様と連れ立って歩き出しました。
 進み行く道の空は生憎の曇天。陰った寒さが肌を差しますが、寒気すら武者震いに変えて僕は闘志を奮い立たせます。
「コーキチ號、万歳!」
「●国万歳!」
「万歳! 万歳!!」
 ずっと憧れ、夢に見てきた万歳の声が僕の背中を打ち、一歩ごとに遠ざかって行きます。
 ふと、繰り返される万歳の声のひとつが濁るのを、僕の耳が聞き分けました。
 聞き間違いようのないその声に驚きを隠しつつ、微かに振り返って後ろを覗き見ます。
 両手を掲げて僕たちを送るその人――奥様の頬に、光るものが見えました。
 僕はそれ以上振り返らず、お嬢様と共に前だけを見て進み続けました。
 きっと奥様は、僕が立ち止まったり、ましてや引き返すことなんて、望んでいないはずなのですから。

 ★★★★
***すべてはお国のために [#O8qFzD0]
 ★★★★

「それでは、コーキチをよろしくお願いします」
 警察署に入り献納の手続きを済ませて、お嬢様は僕の身柄を警官に預けました。
「コーキチ、あなたが危ない目にあったなら、私が命をかけて守るって約束したけれど、戦争へ行ってしまったらもう私が助けに行くことはできません。代わりに軍人さんや先輩ポケモンの言うことをよく聞いて、お国のために働くのですよ」
 あなたが注いでくれたたくさんの愛情だけで、もう僕は守られています。お嬢様。
 それに、ハチゾーだって行っているんだし、カイソーさんもアサミドリさんも、戦地のどこかで勇敢に戦っているはずなのです。僕だってきっと戦える。アブソルにはさっぱり敵わなかったけれど、進化してなくたってあの時よりはずっと強くなっているんですから。
 胸にざわめいていたものなんて、本当にただの気の迷いでしかなかった。不安に思うようなことなんて、最初っから何もなかったんです。
「じゃあね、元気で。必ず立派に凱旋しておいでね」
「はい、お嬢様……必ず!!」
 三つ編みに結われた黒髪が翻り、小さな後ろ姿が灰色の空へと去っていきます。
 いつまでも、その姿を追いかけていたかったのですが、
「こっちだ。来い」
 警官の連れていたラフレシアが、伸ばした蔦を僕の腕に絡めて引っ張ったので、名残惜しいですが建物の奥へと歩き出しました。
 お別れでは、ありませんもの。
 必ず戻ると、約束したんですから。
 
 ★★★★

 ひと気のない、長い殺風景な通路を、僕はラフレシアに連れられながら、横綱を揺らして歩きます。
 そう言えば、このラフレシアは見たことがありますね。アブソルの捜索の時に参加していたポケモンの中にいたはずです。
「あ、あのっ、よろしくお願いします」
「…………」
「えぇっと……僕はまず、どこに向かうことになるんでしょうか?」
「…………」
 返事がありません。随分と無愛想な性格のようです。
 代わりに、通路の行く手から、ワァワァと騒がしい声が聞こえてきました。
「あの声の方に、行けばいいんですか?」
「…………」
「何をあんなに騒いでいるんでしょう?」
「…………」
 やっぱり何も応えようとしてくれません。
 代わりに、腕に絡んだ蔦がギュッと硬く絞られ、桜色の腕に食い込みます。
「ちょ、ちょっと、痛いんですけど!?」
 抗議の声も無視され、僕は強制的に引っ張られて奥へと連れて行かれました。
 響いてくる声と共に、咽せるような臭気が漂ってくるのを、僕は感じました。
 明らかにそれは、血の臭いでした。
 幾重にも流された、鮮血の臭いでした。
 騒がしく上がる声は、悲鳴と苦悶と怒号の入り交じったものでした。
 それらの声に混じって、ドン、という重い打撃音も。
「何を……何をしているの? この先で、一体何を……!?」
 否定しようもない剣呑な気配に、胸の奥がまた、激しくざわめきます。
 不安なことなんて、何もないはずなのに。こんな動悸、ただの気の迷いなはずなのに――!?
 宙を彷徨った僕の疑問に、ラフレシアは口を開くことなく、代わりに突き当たりの扉を開くことで応えました。
「イギャアァァァァァァァァッ!?」
 阿鼻叫喚の悲鳴と、濃厚な血の香りがどっと押し寄せ、そして、

 ドガッ!!

 空気を唸らせて叩き落とされたローブシンの灰色の巨柱が、台の上に乗せられていた、淡黄色に深緑の葉を生やす頭を、直撃しました。
「――――!?」
 瞬間、細い四肢がピン、と張って痙攣し、葉っぱの尻尾が力なく床に萎れます。
 動かなくなったリーフィアの身体に、側にいたモンジャラが蔦を絡めて台から引きずり下ろしました。
 殴られたリーフィアの頭部は無惨にも潰され、ひしゃげた顎からダラダラと赤黒い鮮血を垂れ流していました。
 ………………えっと、
 まったく想像し得なかった突然の地獄絵図に、僕の思考が追いつくよりも早く、
「次!」
 丸い鼻を鳴らしてローブシンが促すと、僕が向かう列の先頭にいたダゲキが進み出て、蒼い腕に抱えていた麻袋を台の上に置きました。
「フギャアァァァァァァァッ!!」
 麻袋の中身が激しく蠢き、甲高い叫び声が室内に響き渡ります。
 それに続いて、
「やめろおおおおっ! ころすなぁ、おねがいだからそいつだけはころさないでくれええええええっ!!」
 ダゲキのすぐ後ろの列で、ウツドンに雁字搦めに縛られていた黄緑色のラクライが、ひび割れ掠れかけた怒号をローブシンに向けて放っていました。
 そのラクライの顔に、僕は見覚えがありました。
 間違いありません。カイソーさんの出征式の時、アサミドリさんのつがい候補に名乗りを上げようとして、恋ポケのエネコに引っかかれていた、あのラクライです。
 あぁ、そう言えば、さっきから響いているこの絶叫は、確かにそのエネコさんの声ですね。
 でも、一体どこからこの声は…………!?
 ズカッ!!
 膨れ上がった怒張が走る土色の豪腕が柱を麻袋に打ち下ろすと、けたたましく響いていた絶叫が、突然静まりました。
 台の上の麻袋が、じわりと紅く染まります。
 つまり……どういうことなのでしょう。
 分かりません。理解したくありません。
「うわああああああっ! よくも、よくも、よくもおおおっ!!」
 咽び泣くラクライがウツドンに引き立てられて、隣の台に頭を乗せられます。
 そちらの台の向こうに立っていたガラガラが、骨の仮面越しにラクライを冷たく見下ろし、怒号に伴って飛んできた電光を、振りかざした骨棍棒で苦もなく受け流します。
「なんでだあ! どうしておれたちがこんなめに! ちくしょお、どちくしょおおおおおおっ!!」
 ガンッ!!
 骨棍棒が黙々と振り下ろされ、ラクライの頭を涙と呪詛ごと叩き潰しました。
 ラクライはもう、何も喋ることはありませんでした。
「何、だよ、これ……!?」
 ようやく、僕の乾いた唇が、疑問を言葉にして綴ります。
「僕は……僕たちは、軍ポケモンになるために献納されたはずでしょう!? なのに一体どうして、いきなりこんな、」
「お、お前、これを見てもまだそんなこと言ってやがんのか!?」
 強ばった声で応えたのは、僕の2つ前に並んでいた、尻尾の筆を脚の間に巻き込んで白い身体をガタガタと震わせているドーブルでした。
「……え?」
「ここでポケモンの献納や供出をさせていたのは、軍ポケにするためなんかじゃなかったんだよ! 屠殺だ! 俺たちを殺して毛皮と肉を剥ぎ取り、軍に献上するのが目的だったんだ! 俺たちはみんな騙されていたんだ!!」
 現状を的確に表すその言葉に、僕は絶句して立ち尽くしました。
「そ……それ、じゃ、ハナコちゃんの飼い主が言っていた、あの言葉の意味って…………!?」

『供出だの、献納だのと言ったって、本当はポケモンを殺すだけのくせに!』

 どうしてこの言葉を僕たちは、戦死のことだと、戦って殺される危険性のことだと思い込んでしまっていたのでしょう。
 違ったのです。まさしく文字通り、そのままの意味でした。信じようが信じまいが、連れて行かれれば殺される運命なのだと彼は言っていたのです。それが事実だからこそ、お嬢様の前ですべてを暴露する前にああも執拗に殴打され、口を封じられたのでしょう。
「騙していた、と言うよりは、優しい嘘ということなのじゃろうて」
 冷静に呟いたのは、僕とドーブルの間に立っていた、年老いたポケモンでした。
 白い長毛を頭上に紳士帽のように結い上げ、胸元の毛をネクタイの形に緑色に染めたトリミアン。傍らでその身体を拘束しているポケモンをよく見れば、署長さんが連れていたあのウツボットでした。しかしラフレシアがそうであるように、ウツボットもまた顔見知りであるはずの僕に見向きもしようとしません。
 悟りきった表情で、トリミアンは語ります。
「処分の直前まで、儂らに怖い想いをさせぬための優しい嘘じゃ。儂らを送り出すご主人様にも、つらい想いをさせんためでもあったろうがの……」
 嘘。
 僕が目指してきた軍ポケモンへの道は、本当は全部嘘だった、と…………!?
「嘘……!?  嘘だなんて、そんなの嘘だ! 絶対に何かの間違いだ!!」
 突きつけられた眼前の光景を、僕は猛然と拒絶しました。
 いかに現実を見せつけられようと、簡単に受け入れることは僕の常識が許さなかったのです。
「だ、だって、僕の家では何頭も軍ポケモンを育ててきたんだよ!? 戦場へ行って帰ってきたポケモンだっていたんだ! そ、そうだ、そのポケモンが、アサミドリさんが言っていたんだ。軍ポケの中にも民間から献納されたポケモンや、野生からゲットされたポケモンも大勢いたって! 僕たちも軍ポケになれるって! まさか、アサミドリさんも僕に嘘をついていたって言うことなの!? そんなの……っ!?」
「いや、その方は本当のことを言っていたと思うよ。じゃがの、状況が変わってしもうたんじゃ」
 結い上げた長毛の下に憂いの眼差しを秘めて、トリミアンは首を振りました。
「かく言う儂も、庶民の家に生まれながら軍に入隊し、最近まで輜重隊((輸送部隊。))に務めておった身じゃ。かつて、まだ軍ポケモンの数が揃っておらなんだ頃は、儂のような者も数多くおった。それは間違いない。じゃが、軍用の高素質ポケモンを効率的に多数選別できる環境が確立された今、儂ら数合わせの駄ポケに出番はない。弱い駄ポケをわざわざ使えるように運用するぐらいなら、初めから強い軍用ポケモンだけで編成するのが今の軍の考え方なんじゃ。事実、先だって前線の激化に伴い予備役のポケモンが再召集された時にも、年老いて衰えた儂にはお呼びがかからなんだ。やっとお呼びがかかったかと思えば、こんなお務めじゃったというわけじゃよ」
 やんわりとした老トリミアンの言葉は、しかし僕が縋りつこうとした足場を容赦なく打ち崩しました。
 アサミドリさんは、僕を騙していたわけではありませんでした。
 ただ、もたらした情報が古かった。それだけの話。
 だけど、その情報を拠り所にして僕が進んできた道は、頭を叩き潰されに行く道でしかなかったのです。
 ガクガクと唇を震わせることしかできなくなった僕に、老トリミアンは続けます。
「なぁ、坊やも●国の仔供なら、老人を救うために命を捧げたミミロップの話は知っておろう?」
 僕は頷きました。
 カイソーさんが出征する前夜、玉恵お嬢様が勉強なさっていた教科書に載っていたお話。一字一句違わず覚えています。
「あのミミロップと同じじゃよ。力もない、技能もない駄ポケの儂らには、この命を捧げてご奉公するしかないんじゃ。皮革となって兵士を守り、糧肉となって兵士の腹を満たせるのなら、●国のポケモンとして本懐だとは思わんかの?」
 クラクラとする頭を横に振り、僕は喘ぐ声で否定します。
「ち、違う、違います……僕は、そんなミミロップみたいな、無力な駄ポケじゃ、ないんだ……幼ポケモンの相撲大会で、優勝だってしたんだもの。戦えるのに、戦うつもりで、ここに、きたのに…………!?」
「その程度の戦力なぞ、軍では何の役にも立たんよ」
 僕自身の自信という最後の&ruby(よすが){縁};さえも、トリミアンは無情に否定しました。
「坊やの家で育てられていたような生まれながらの軍ポケモンと、儂ら一般の駄ポケとでは、そこまでの差があるのじゃ。坊やも軍ポケモンと一緒に暮らしておったのならば、決して敵わぬ能力の違いを感じたことはなかったのかの?」
 ……あります。
 あのアブソルとの戦いで思い知らされた、アサミドリさんとの絶対的な、絶望的な差。
 否。
 絶対的ではなく、絶対だったのです。絶望的ではなく、絶望そのものだったのです。
 どうすれば、その領域に辿り着けるのか。本当に、僕たちに辿り着ける領域なのか。
 分かりきった答えでした。何をどうしたって、辿り着くことなんかできない領域だったのです。
 ならば、何もできない僕たちは、みんなミミロップのように――!?
「ちょっと、待ってよ……!?」
 不意に。
 最悪の、最悪という言葉さえ生温い最悪に、ようやく僕は思い至りました。
「再召集……つまりアサミドリさんが再出征した後に出征した……出征した、ことになっていた民間のポケモンが、みんな本当は屠殺されていたって、つまりそれって……!?」
 いなくなっていったポケモンたちの顔が、僕の脳裏を通り過ぎていきます。
「ペロリームおばさんも……!? あの野良ポチエナも……!? 街の他のみんなも……!? そ、それに、それに…………!?」
 それに。

『バ~カ! いつまでみっともねぇツラしてんだよ! シャンとしろシャンと!!』

 不適に笑う、ルカリオの顔が。
 いつだって僕の隣にいた、親友の笑顔が。

『 絶対に勝って帰ってくるから、それまでにグランブルに進化して待ってろよ! 相撲大会での借りを返すのはその時だ!!』

「ハチゾー、も…………!?」
「友達かね?」
 頷くと、トリミアンは悲しげに眼を伏せました。
「残念じゃが民間のポケモンなら、当然すべて、運命は同じじゃったろうのう…………」
 ――――――――っ!?
 声にならない絶叫が、力なく開いた僕の口から迸りました。

『命を捨てる覚悟で挑むことと、死にに行くこととは全然違うに決まってんだろ!』

 確かに、全然違っていました。
 ハチゾーは、命を捨てる覚悟で挑みに行ったのではなく……死にに行ったのですから。

『じゃあな!!』

 きっと明るい未来だけを信じて、笑って手を振って去って行ったハチゾー。
 だけど、その笑顔が歩んで行った未来で、彼を待っていた運命は――――

「たっ、助けてくれ! ギャアァァァァァァァァッ!?」

 太い骨棍棒が、轟く悲鳴を叩き潰し、
 瞬間、あの日僕に振られていた蒼く細い腕が、衝撃に跳ねて虚しく床に投げ出されました。
 否――
 よく見直せば、その腕の色は蒼ではなく……白。
 手首に褐色の輪模様を2本巻いたその白い腕は、さっきまで怯え叫んでいたドーブルのものでした。
 恐怖に見開かれていた目玉が眼孔からこぼれてコロコロと転がり、尻尾の先からベットリと垂れた緑色の墨がだらしなく床を汚します。
 たった今錯覚した通りに、きっとハチゾーもあの日この場所で、あんな風に殺されたのでしょう。
 そしてその同じ運命を、まもなく僕自身も辿ることになるのです。
「うわあぁぁぁぁぁぁぁぁ~~っ!?」
 脳に理解が浸透した瞬間、激しい恐慌に怖気立ちました。
 逃れようともがきましたが、腕に絡みついたラフレシアの蔦がそれを許してはくれません。
「放して、放してよぉ! 死ぬのは嫌だぁぁっ!!」
「見苦しいのう、ブルーの少年。ことここに至ったからには、潔くお国に身を捧げようではないか」
 暴れる僕を、老トリミアンは厳格に窘めました。
「軍ポケモンになるべくここの門をくぐったのじゃったら、どんな形であれ命など惜しむべきではない。お上に求められたままに差し出すのが●国ポケモンの忠義じゃ。儂はもう覚悟を決めておる。●国ポケモンの死に様というものをとくと見せてやる故、後に続くがいい」
 鋭い眼光が、紳士帽風の長毛の陰に宿ります。
 輜重隊とはいえ、元軍隊に属していたものとして相応しい、老兵の気迫でした。
「次、早く来い!」
 柱を携えたローブシンの待つ台へ、トリミアンは身体を縛っているウツボットをむしろ引きずるように自ら胸を張った姿勢で歩み出ると、伸ばした頭を台の上に突き出しました。
 無言で巨柱を振り上げようとしたローブシンに、
「待て、俺が代わろう」
 エネコが入っていたのであろう麻袋を片付けたダゲキが戻ってきて、声をかけました。
「そのトリミアン翁のファーコートは、貴様の力尽くをもってしても一撃では破れまい。せっかくの毛皮に余計な傷をつけてしまいかねんからな」
「そう……だな。すまん、頼む」
 どこか疲れた表情で、ローブシンはダゲキに柱を預けます。
 隆々とした蒼い腕で巨柱を持ち上げたダゲキに、老トリミアンは台の上から眼を向けて訊ねました。
「貴殿、型破りとお見受けするが?」
「……いかにも」
 視線を合わせようとはせず、ダゲキの応えが虚空に返されます。
「そうか……かたじけない。では、お願いいたしまする」
 それでも納得した様子で、静かに瞼を閉じて、
 柱が振りかぶられた刹那、クワッと口を開き、老トリミアンは短く叫びました。
「●国万歳!!」
 ズダンッ!!
 それが、最期の言葉となりました。
 型破りの流儀で打ち下ろされた柱は、厚く盛られた長毛をバッサリと掻き分け、老トリミアンの頭蓋をザロクの実のように叩き割りました。
 衝撃で、全身を上品に飾っていた長毛が、バサリと解けて乱れ散ります。
「あ……あ、あぁ…………」
 ●国万歳。●国万歳。
 ハチゾーを含めた多くのポケモンが、そのかけ声でここに送られて殺されました。
 また一頭、ポケモンが同じように万歳を叫びながら、あの世に送られて逝きました。
 どれほど潔く、格好つけて死のうとも、頭をガパッと割り砕かれ、長毛をバサバサに乱して四肢をヘタり込ませたその亡骸は、見るも無惨な肉塊だとしか、僕には思えませんでした。
 そんな亡骸に、次はとうとう僕がなる番なのです。
「次!!」
「ひいぃぃぃぃぃぃぃぃ~~っ!!」
 肺の奥から悲鳴を絞り出しても最早どうにもならず、僕はラフレシアに引きずられて、ガラガラの待つ台の方へと連れ出されました。
 骨の仮面で顔を隠し、表情すら見せないガラガラに、僕は最期の望みをかけて決死で哀願します。
「お願い、助けて! 僕、なんでもするから! 戦いで役に立てなくても、荷物を運んだりお掃除したりして一生懸命働くから! だから殺さないで!!」
 惨めに、無様に、卑屈極まりない醜態を晒してでも、命乞いをすることしかもう僕には考えられませんでした。
「だって、お嬢様と約束したんだ、必ず凱旋するって、生きて帰ってくるって! 殺されたら、約束が守れなくなっちゃうよ! 死ねない……死にたくない! 死にたくないぃぃぃぃっ!!」
 痛いのは嫌でした。怖いのは嫌でした。
 でも、もし痛くないように殺されるのであっても、怖くないように殺されるのであっても、嘘吐きになるのだけはどうしても、どうあっても嫌だったのです。
「助けて、助けてよぉ……っ!」
「……おい、貴様」
 硬質的な仮面の鼻先がこちらを向いて、苛立った声で吐き捨てました。
 この部屋への通路に入ってからずっと、警察のポケモンたちには無視されっ放しでしたが、ようやく甚だ尊大な態度ながらも意識を僕に向けて貰えました。どうにかここを足掛かりに、この窮地から脱出して生き延びなければ……!
「おねが――」
「黙らせろ。こう甲高い声で喚かれては、耳障りで敵わん」
 ――――!?
 二の句を失った僕の小さな顎に、横から伸びたラフレシアの蔓が、巻き付いて拘束しました。
「んぐうぅぅぅぅぅぅぅぅ~~っ!?」
 塞がれた口の中で、行き場を失った希望が崩壊の音を立てました。
 ガラガラは、僕のことなんか見てもいませんでした。言葉なんか意を介そうともしてくれてはいませんでした。
 警察のポケモンたちはみんな、僕のことなんか、僕たちここに連れてこられた民間ポケのことなんか、頭を叩き潰して肉と皮に解体する作業の材料としか見ていなかったのです。トリミアンと言葉を交わしていたダゲキにしても、決してトリミアンの視線と向かい合おうとはしていませんでした。顔見知りだったウツボットすら、僕には一瞥もくれずに老トリミアンの遺骸を運び去ってしまいました。僕が生き延びる望みなんて、最初からどこにもなかったのです。
 ガクガクと脱力した膝が床を打ち、足下が生温かく濡れて汚臭が立ち上ります。
 恥辱と絶望にまみれて台の上に頭を落とした僕の上に、ガラガラが骨棍棒を振りかざします。
 何か巨大な生き物の屍から抜き出されたのであろうその骨棍棒は、具現化された死そのものとして、新たなる死を僕に与えるために頭上へと襲いかかりました。
 迫り来る禍々しい死の象徴を前にして、僕の脳裏に玉恵お嬢様と暮らし、過ごし、楽しんできた幸せな日々の光景が走馬燈のように流れ過ぎて行きました。
 お嬢様、お嬢様、お嬢様、お嬢様……っ!!

『――まだよ! 最後まで諦めないで!!』

 ――!!
 すべてを失いかけた、まさにその瞬間。
 記憶の底から響き渡ったのは、相撲大会の決勝戦で僕を逆転に導いてくださった叱咤。
「んああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ~~っ!!」
 その叱咤に鞭打たれた僕は、身体を捻って絡みついている蔦を渾身の力を込めて引っ張り、骨棍棒が炸裂する直前の一瞬、逆にラフレシアにもたれるように身体を押し付けました。
「げぇっ!?」
 ズバァンッ!!
 ほんの僅か狙いのそれた骨棍棒は、僕の側頭部を掠めて、首に結ばれていた横綱飾りを打ち据えます。
「ぐげぇっ!?」
 重心を崩したところに僕に寄りかかられ、更に骨棍棒の余波まで食らって、ラフレシアは僕諸共床に叩きつけられます。
 倒れた瞬間、ブチッ、と弾けた音を立てて横綱飾りが千切れ飛び、前掛けと一緒に剥がれ落ちました。
 肺が潰れたような衝撃を受けて数瞬息が詰まります。もし横綱衣装がなかったら、詰まるどころか確実に絶息していたでしょう。お嬢様が、お嬢様のくれた思い出と衣装が、僕を守ってくださったのです。
 僕の身体と床とに挟まれたラフレシアは、ボフッと苦しげに咳き込み、頭上の花から黄色い粉を周囲にぶちまけました。
「ぐわあっ、こ、これは痺れ粉ではないか!? 何をする貴様……っ!?」
「す、すまん……ゲホゴホッ!?」
 痺れ粉をまともに吸い込み、仮面を掻き毟って悶えるガラガラ。謝りながらも咳を止められず、痺れ粉を噴出し続けるラフレシア。
 殴られた衝撃によって息が止められていたことが幸いして痺れ粉の惨禍を逃れた僕は、そのどさくさに紛れて絡んでいた蔦を振り解き、大混乱に陥った周囲を尻目にして、部屋の奥に設けられていた非常口の扉へと突進しました。
 非常口故に鍵もかけられてはおらず、苦もなく僕は建物の外へ、暗さを増した曇天と芝の感触が、僕を出迎えます。
「あぁっ、逃げた! ブルーが脱走したぞ~っ!?」
「バカもの共が、一体何をやっておる!? 貴様らも献納の対象にされたいかっ!?」
「ひぃぃ、申し訳ありません! 直ちに捕縛をっ!!」
 背後から聞こえてくるポケモンと警官たちの怒鳴り声から、僕は一目散に逃げ出しました。
 帰らなくては。玉恵お嬢様のところへ――っ!!

 ★★★★
***ここにありたいだけなのに [#z00CsiC]
 ★★★★

「いたかーっ!?」
「ダメだ、見つからん! くそっ、あのガキどこに隠れやがった!?」
 暗く湿った土の下で、憎々しげに交わされる声を、僕は遠くに聞いていました。
 ここはまだ警察署の敷地内。大きな植木の根本に目立たないような穴を掘り、中に身を潜めたのです。地表に張り出した木の根が、穴を開けた跡を巧い具合に隠してくれました。後は騒ぎが静まるのを待ってから、隙を突いて脱出しないと。
 あぁ、それにしても、本当にどうしてこんなことになってしまったのか!?
 軍ポケになるために、物心ついてからずっと身体を鍛え続け、念願叶って遂に軍へと送られるべく、意気揚々と喜び勇んで送り出されたのがほんの数刻前の話だというのに。
 この眼で見てきた出来事が、いまだにどうしても受け入れられません。
 もしや、ここは潜入した※国軍が作った偽警察署で、民間ポケモンたちは※国の罠に嵌められて殺されているのでは……!?
 そんな妄想にまで縋りつこうとしたものの、しかしもちろん、そんなわけはないのです。あの屠場にいたポケモンたちは、いずれも警察のポケモンとして見知った顔でした。ローブシンやガラガラやダゲキは、僕が優勝した相撲大会の後に会場の片付けをしていました。ウツボットもウツドンもモンジャラもラフレシアも、アブソル捕縛のために街を捜索していたポケモンたちで間違いありません。彼らが※国の手先だなんて、到底考えられない話でした。
 つまり、ハチゾーたちを殺したのも、僕を殺そうとしているのも、紛れもなく警察の意志だと言うことなのです。こんな酷い話があるのでしょうか。どうして僕が彼らに命を狙われ、追いかけられなければいけないのでしょうか。僕はお上に逆らいたいわけじゃない。生きて●国のために働きたいだけなのに……!?
 バギィッ!!
「……っ!?」
 けたたましい音を立てて、僕の頭上を覆っていた木の根がなぎ払われました。
 広がった曇り空を背後に僕を睨んでいたのは、袋状の身体の上部に開いた顎のすぐ下にギロリと並ぶ双眸。
「見つけたぞ。さっさとそこから出て、潔くその身を差し出せ!」
 この日初めてウツボットは、僕に言葉を向けてくれました。
「その意志を示せぬのならば非国民だ。我が毒突きにて成敗してくれる!!」
 敵意と殺意に彩られた、毒々しい言葉を。
「いやぁぁぁぁっ!?」
 根を打ち砕いた触手に貫かれるまでもなく、言葉の刺によって心を効果抜群に貫かれて、僕は穴の中で激しく戦慄きました。
「そんなの、そんなのどっちだって殺されちゃうんじゃないかぁっ! 何だよ、さっきまで僕のことなんか見向きもしてくれなかったくせに! あんな、まるで物みたいな扱いで頭を潰されるぐらいなら、まだ非国民って罵られる方が……っ!?」
「やめろ!」
 毒を含んだ触手が、
 突くのではなく、僕の頬を横なぎにひっぱたいて、言おうとしていた言葉を止めました。
「家人に累が及んでも構わぬと申すか!? この不忠者が!!」
 …………!?
 熱く腫れた頬を押さえて、僕は茫然とウツボットを見上げます。
「家人に……奥様やお嬢様にってこと……!? そ、そんな…………!?」
「当然であろう。貴様はその身を●国軍のお役に立てるために献納されたのだぞ。そのお役目から逃げ出すというのなら、それは※国との戦いから敵前逃亡したのと同じことだ!!」
 一気に身体が冷えていくのを感じた僕に、ウツボットは更に毒を吐きかけました。
「そんな非国民を育てたとあっては、飼い主もまた非国民として咎められる。村八分は確実であろう。まして貴様の家は軍ポケモンの訓練業。信用失墜は免れまい。過去に育てたポケモンたちも含めてな!!」
 そんな、そんな!
 アサミドリさんやカイソーさんたちまで責められるって言うのか!? 僕が逃げただけで、生きようとしただけで……!?
「そうなったら女性ふたり暮らし、まともに生きていくことは叶うまい。もっとも母娘共に器量良しだ、ただ生きていくだけならばいくらでも道はあろうがな……意味は解るな?」
 身の毛もよだつ悪寒が走り、目の前が真っ暗になります。
 脳裏を蝕むのは、吐き気を催すほどにおぞましい幻影。
 ぼんやりと薄暗い、けばけばしい装飾に彩られた部屋の中、極彩色の衣装に身を包んだ玉恵お嬢様が、床に敷かれた布団の上で顔を青ざめさせて震えています。
 襖が開き、入ってきたのはブクブクと太った醜い中年男。
 分厚い唇を舌なめずりしてにじり寄った男は、泣きじゃくるお嬢様を脂ぎった腕で無理矢理押し倒し、腐臭を放つ欲望を剥き出しにして――――!?
 いやだ、いやだ、いやだ、嫌だ!!
 僕が逃げようとしたことで、無駄な悪足掻きなんかしたことで、お嬢様や奥様が苦界なんかに堕ちてしまうかも知れないなんて……!?
 そんなぐらいなら、殺された方がましです。この命でお嬢様たちが救われるなら、喜んで差し出すしかありません。
 お嬢様のためなら死ねる。ハチゾーの前で、僕はそう宣言したのですから。
 逃げたって、助かる道なんてありませんでした。仮に逃げ切れたとしても、帰る場所なんてありませんでした。
 僕という存在に、生きる権利なんてなかったのです。
「解ったら、さっさと穴から出て自らの足で屠場に戻れ。●国への忠義を改めて示すにはそれしかない。早くせねば、他の者が貴様を無理矢理引き立てにくるぞ。そうなったら貴様は結局、非国民として死ぬことになるのだ。今なら私が、脱走の件は不問に伏すよう取りなしてやる」
 どれほどの情けをかけられているのか、嫌と言うほど理解できました。僕を見つけたのが顔見知りのウツボットでなかったら、出頭の機会すら与えられることなく僕は非国民として処分され、我が家に破滅をもたらしてしまっていたのでしょう。
 言われた通りにしなければ。
 今すぐ起き上がって、頭を叩き潰されに戻らねば、と、解っているのに――。
「う、あ、あぁ…………」
 身体に、どうしても力が入りません。
 もうお嬢様の元に、帰れないことが。
 お顔を見られないことが。
 匂いも嗅げないことが。
 最後まで諦めないという、言い付けも守れないことが。
 立派に凱旋するという、期待にも応えられなかったことが。
 悔しくて、悲しくて。
 悔し過ぎて、悲し過ぎて。
「う、ぐ、わああああああん! ぅわああああああ~~ん!!」
 爆発した激情を両眼から滝のように迸らせ、空にこだまするほどの大声を上げて、僕は赤子のように号泣しました。
 何という愚か。何という無様。
 泣いたって誰も助けてなんかくれない。それどころかわざわざ他の追っ手を呼び寄せ、出頭の機会をくれたウツボットの顔にも泥を塗る大愚行。バカなことをしてるって解っているのに、それでも、どうやっても溢れ出す衝動を抑えることは叶いませんでした。
「その泣き声は脱走者のものか!? 見つかったのか!?」
「あぁ。ここにいるぞ」
 とうとう、他の追っ手がきてしまいました。
 終わりです。僕は穴から引きずり出され、非国民として処罰されるでしょう。
 ごめんなさい、お嬢様。ごめんなさい、奥様。僕は、僕は…………
「……気が済むまで泣いたら、自ら出頭するそうだ。所詮は分別を知らぬ仔供のしたこと。反省してやり直すというのなら、これ以上咎めるまでもなかろう。私が責任を持って連れて行く故、貴様らは持ち場に戻って作業を続けるがいい」
 …………!!
「……それでいいな?」
 他のポケモンの気配が遠ざかっていく中、振り返って僕を見下ろすウツボットの眼差しは、僕がよく知っていた親切で柔和な彼のものでした。
「あぁぁ……あうぁ…………」
 ありがとう。声にならない言葉で感謝を捧げるしかありませんでした。
 あぁ、僕って一体何なんでしょう。
 役目に怯え、命乞いをして、お漏らしまでして、逃げ出して我が家の名誉を汚し、泣き喚いてお情けで僅かばかりの生きる権利を恵んで貰って……情けないばかりの浅ましさ。相撲大会優勝者としての矜持なんか、頭より先に砕け散って跡形もありません。
 逃げ出さなければ良かった。おとなしくガラガラに頭を砕かれていれば良かった。
 いや、いっそ僕なんかいなければ良かった。お嬢様の飼いポケになっていなければ、死んで悲しませることも、生きようとしてご迷惑をおかけすることもなかった。生まれてこなければ、良かったんです。
 早く泣き止んで、ガラガラやローブシンの前に進み出て、この頭をふた目と見られない姿にまで叩き潰して貰いましょう。万一僕の亡骸がお嬢様の目に留まっても、僕だと気付かれることのないように。合わせる顔なんか、とてもありませんから。

「コーキチーーっ!!」

 また、遠い記憶がお嬢様の声を未練がましくも鮮明に呼び覚まします。さようなら、お嬢様。どうか僕のことなど、早くお忘れくださるように。
「な……っ!?」
 身を起こして強張ったウツボットの表情が、
 突然、勢いよく飛び込んできた影によって、跳ね飛ばされます。
 見上げた灰色の雲を、幾筋もの黒い線が踊って遮りました。
「コーキチ……生きてた、間に合ったのね…………」
 聞き間違いようのないお嬢様の、だけど記憶の中にはない新たな声が、僕の耳朶を打って。
 黒く揺らめく線の中心には、誰よりも会いたかった、だけど今の僕を見せたくなかったその人の顔が。
「ごめんなさい、コーキチ。迎えにきましたよ。一緒に帰りましょう」
 これはきっと、夢なのでしょう。
 お嬢様が、ここで現れるわけがありませんもの。そんな都合のいい出来過ぎた話なんて、あるわけがありませんもの。
 そのはず、なのに。
 両の腕で穴の中から抱き上げられて、柔らかな胸の中に包み込まれて。
 この感触が、この匂いが、この鼓動が、
 夢や幻なんかで、あるはずがない……!?
「おっ……お嬢様あぁぁぁぁぁぁぁぁ~~っ!?」
 縋りついて、何度も何度も確かめます。
 間違いなく、僕の玉恵お嬢様がここにいました。
 見れば左のお下げが解け、バラバラに散った長い黒髪が風にそよいでおり、左腕も服の袖が肘まで破れ落ちて、露出した腕には鉄条網で引っ掻いたとおぼしき傷跡が、白い素肌に痛々しく朱い筋を刻んでいます。
 一体どれほどの冒険を、どれほどの無茶を乗り越えて、彼女はここに現れたのでしょうか。
「あなたを送り出した後、家に戻ったらお母様の様子がおかしかったの。問い詰めたら、本当はコーキチは軍ポケになるんじゃないって……ハチゾーも、他の民間のポケモンたちも、みんな殺されて皮と肉だけを軍に献納されるって! 昨日ハナコちゃんの飼い主が言ってたのもそう言う意味だったって、ようやく解ったの……」
 万歳の声に送られて家を出るとき、密かに涙を流していらした奥様。
 今にして思えばあれは、僕を待っていた運命を知った上で送り出さねばならなかった、それ故の涙だったのでしょう。もしかしたら、本当は僕が立ち止まり引き返すことをこそ望んでいたのかも知れません。 
「私、いても立ってもいられなくって、お母様を振り切って警察署に駆けつけて、正面から乗り込んでも昨日のみたいな警官に捕まって酷い目に遭っちゃうって思ったから、警備の手薄そうなところを探して、柵を乗り越えて忍び込んじゃった……」
 忍び込んじゃったって……それがアブソルの時に無謀なことをした僕のお尻を叩いて叱った人のやることですか?
 それほどの危険に身を投じてでも、お嬢様はきてくださったのです。すべては僕なんかのために――!!
「正直、もう殺されてるんじゃないかって何度も思ったわ。せめてこんな、騙し討ちみたいにポケモンを殺していることを暴くことで仇を討てればって思って、署の様子をうかがっていたの。そうしたらブルーが脱走したって騒ぎになってて、しばらくしたら裏の方からあなたの泣き声が……本当に、本当に間に合って良かった…………」
 あぁ……。
 無駄では、なかったのです。お国のために身を捧げることを拒否して逃げ出し、赤子のようにみっともなく大声で泣き喚くという羞恥と屈辱にまみれてまで、最後まで諦めないでというお嬢様の教えを遂行して生きることにしがみついた僕の足掻きは、駆けつけていてくれたお嬢様と僕とを巡り合わせる結果につながったのです。
 お陰で僕はこうして、お嬢様の温もりの中に帰る誓いを果たすことが叶いました。この壊れてしまった世界の中で、お嬢様だけは僕の帰る場所でいてくれたのです。
「帰りましょう、コーキチ。そしてみんなに、ここで行われていることを話すのです。こんな酷いこと、止めさせてしまわなくては!!」
 本当なら玉恵お嬢様とふたりで今すぐ屠場に乗り込み、こうしている間にもガラガラやローブシンたちに頭を打ち割られて殺されて行く罪なきポケモンたちを救い出したい。だけど大勢の警察ポケモンたちを相手に、僕とお嬢様だけで立ち向かったところで何ができましょう。それに僕自身も、横綱が守ってくれたとはいえガラガラの骨棍棒で受けた負傷は浅くなく、お嬢様を守って戦うのも難しい身体です。まずは街に戻り、警察に逆らえる体制を整えなくては。
 けれど、その前に。
「勝手なことばかり言うんじゃない! この不心得者共が!!」
 先ほどお嬢様に突き飛ばされてひっくり返っていたウツボットが、起き上がって僕たちを険悪に睨みつけていました。
 そればかりではありません。周囲のあちこちから警官やポケモンたちが次々と現れ、逃げ道を封鎖していきます。
 僕たちは、完全に包囲されていました。お嬢様と合流できたものの、状況はとても好転したとは言えなかったのです。
「そこの女、貴様が抱えているブルーは、既にお国のために献納されたものだ。速やかに我々に明け渡した上で縛につけ。不法侵入と公務執行妨害の罪は追って沙汰する!」
 警官のひとりがお嬢様に警棒を突きつけて宣言しますが、お嬢様は毅然と首を横に振りました。
「嫌です! この仔は、コーキチは私のポケモンです。誰にも渡したりしません!!」
「なぁにいぃ~! 貴様、お上に刃向かうつもりか! この非国民めが!!」
「そうだぞ!ハッコー號はお国のためにその身を犠牲にしたのだ! なぜそれに続こうとせん!? 申し訳ないとは思わんのか!?」
 周囲から重ねられるドスの籠もった非難に、お嬢様はたじろぐことなく凛と言い返します。
「ハッコー號に申し訳のないことをしているのはあなたたちじゃないですか!? 軍ポケモンにするためなんて嘘を吐いて私たちにポケモンを差し出させておいて、本当は戦闘の役には立てないから、殺して皮と肉だけを献納していたなんて!! 私の友達のポケモンたちも、もう大勢殺してしまったんでしょう!? こんなの、人間のやることじゃない!!」
「違うな娘。これこそ万物の霊長たる人類のなせる業だ!!」
「……!?」
 嘲り笑うように平然と糾弾を退けたのは、昨日お嬢様を殴りつけようとしたあの乱暴な警官でした。得体の知れない傲慢さに絶句したお嬢様へと、更に冷酷な言葉が向けられます。
「貴様は、街の者にポケモン献納の実態を言って回れば止められるとでも思っていたようだが、無駄なことだ。貴様らは知らなかっただろうが、既に●国全土において、戦闘に使えぬ駄ポケを皮革化、精肉化して、軍のお役に立てる働きが進められておるのだからな!!」
「な……っ!?」
 足元が崩れ落ちたような動揺に、僕たちは襲われました。
 そんな……バカな!? ●国全土!? ●国中で民間のポケモンが飼い主の手から奪われ、殺されていっているって言うのでしょうか!?
「そういうことだ。我が街とは違い、皮革化、精肉化を周知した上で強制的に供出させている街も数多くある。我々がポケモンの使途を偽ったのは、知られることを恐れていたからではない。ポケモンを潰すに伴い、貴様らが本来負うべき心痛を感じさせぬための、署長の配慮だったのだ! 貴様がその配慮を蔑ろにするというのなら構わん。その時は他の街と同様、周知させた上での供出を命じ、従わぬ者は昨日ワンリキーの提供を拒んだ男のように、お上に逆らう非国民として処分すればいいだけの話だからな!!」
 優しい嘘、という老トリミアンの評は、正鵠を射ていたのです。
 嘘を暴いても、厳しい現実が露わになるだけ。庶民がどう抵抗しようと、僕たちの運命は変えようがなかったのです。
「食用の家畜は毎日潰され、肉と皮になって人間に使われる。そうして培われた恵みを貴様も受けてきた。当たり前のことだ。ポケモンも例外でなくなったという、ただそれだけのこと。人類の、●国の利益のために、ポケモンの献納を推進するのが我らの正義だ。その正義に貴様の女々しい感傷で抗おうというのなら、貴様の存在自体が●国の敵であり悪である! これが最後だ。さっさとブルーを引き渡し、悪として処罰を受けよ! 所詮子供だ。悔い改めるならば、百叩きにして曝す程度の折檻で許してやる!!」
 遠巻きに包囲したまま、警官たちはお嬢様を恫喝しました。力尽くで僕を取り上げにこないのは、お嬢様自らの意志で僕を引き渡させることで、反抗の芽を心の奥まで根刮ぎ引き抜こうという目論見なのでしょう。
 ここまで進退窮まった以上、今忠ポケとして僕がするべきことは、お嬢様の手を振り切って自ら警官たちに首を差し出すこと、であったかもしれません。あるいは即刻舌を噛み切るべきだったかも。僕さえ死ねばお嬢様は助かるというのでしたら、僕はもういつ死んでも構わなかったのですから。
 けれど、僕が行動を起こそうとするよりも早く、お嬢様は、
「渡しません……!!」
 血塗れの腕で僕を力強く抱き締めて、曇天に叫びました。
「例えあなたたちが正しくても、私が間違っているのだとしても! それでも私は人間として、コーキチの命を渡すことはできません!!」
 小さな身体で、世界すべてに向けて、揺るがぬ想いを叫んだお嬢様に、
「……決まりだな。この、非国民め!!」
 ドス黒い憎悪が、津波となって襲いかかりました。
「反逆者!!」「国賊!!」「売国奴!!」「●国の敵!!」「恥曝し!!」「不忠者!!」「亡国の輩め!!」「反●!!」「異端者!!」「鬼畜!!」「卑怯者!!」「愛国心はないのか!?」「国事犯!!」「※国の犬!!」「謀反人!!」「利敵主義者!!」「気狂い!!」「賊徒!!」「逆臣!!」「国民失格!!」「人非人!!」「大たわけ!!」「不埒者!!」「悪魔の仔!!」「下衆!!」「犯罪者!!」「神をも恐れぬのか!?」「恥を知れ!!」「極悪人!!」「大人の言うことに従え!!」「許せない!!」「ポケモンの命など惜しむな!!」「人畜生!!」「思い上がりも甚だしい!!」「叛徒!!」「躾の成っていない小娘!!」「国の大事を何と心得るか!?」「聞かん坊め!!」「奸賊!!」「悪党!!」「伝法!!」「ハッコー號に謝れ!!」「大凶!!」「人間の出来損ない!!」「屑が!!」「穀潰し!!」「人外!!」「売女!!」「汚らわしい!!」「バカ!!」「痴れ者!!」「甘ったれ!!」「●国から出て行け!!」「糞外道!!」「無法者!!」「変態!!」「腹黒狸!!」「獣姦魔!!」「なんと情けない!!」「呼吸していること自体に虫唾が走る!!」「咎人め!!」「最低女!!」「傲岸不遜!!」「ふしだらな!!」「腑抜け!!」「醜女!!」「有り得ない……!!」「肥溜めに沈めろ!!」「女郎!!」「卑劣な!!」「役立たずのくせに!!」「※国男に抱かれたんだろう!?」「地獄へ堕ちろ!!」「乱臣賊子!!」「邪悪な!!」「曲者!!」「阿婆擦れめ!!」「ろくでなし!!」「人面獣心の輩!!」「不細工!!」「朝敵!!」「絶対悪!!」「もの知らず!!」「工作員!!」「背徳者!!」「愚民!!」「腐女子!!」「我が儘を言うな!!」「裏切り者!!」「おぞましい!!」「鼻摘まみ!!」「戦争の邪魔をするな!!」「死ね!!」「消えろ!!」「くたばれ!!」「ブチ殺せ!!」「息の根を止めろ!!」「●国男を教えてやる!!」「腸を抉り出せ!!」「八つ裂きにしろ!!」「火炙りだ!!」「母親も同じ目に遭わせろ!!」「父親も軍法会議にかけるべきだ!!」「家を打ち壊せ!!」「育てたポケモンたちもすべて処分してしまえ!!」「存在を抹消せよ!!」「殺せ、殺せ! ブルーを殺してその女も殺してしまえぇぇっ!!」
 警棒を構えた警官たちと、彼らの連れたポケモンたちの暴力的な意志が、その執行よりも早く僕たちを打ち据えます。
 どうしてなのでしょう。
 本当にどうして、お嬢様がここまで悪し様に全否定されないといけないのでしょう。
 僕もお嬢様も、ただそれぞれポケモンとその飼い主として、共にあることを望んだだけです。
 この国には、この世界には、そんなささやかな願いさえ入れる余地はないというのでしょうか。
 余りにも、余りにも無情過ぎます。
 嘆いたところで、もうどうにもなりません。お嬢様が自ら警察の正義に背くことを宣言した今、僕が命を捧げてもお嬢様が許される望みはないでしょう。
 戦うしか、ありません。
 最後まで諦めないという、誓いにかけて――!!
 たったひとりと一匹を蹂躙せしめんと迫る大勢に、意地をかけた牙を剥き出しにした、その、時でした。
「……うわっ!?」
「な、何だ!? どうしてこいつらが急に……!?」
 警官隊の一角が突然崩れ、間を割って紫色の影が次々と沸いて出ます。
 フワンテでした。
 フワフワと漂う丸い小さなポケモンたちが何十匹も、いえ、何百匹もの群をなして警官隊に襲いかかってきたのです。
「ええい、コグレ山につけていた見張りはどうした、何をしておった!?」
「そ、それが、ブルーの脱走騒ぎに人員を割いたせいで抑えが効かなくなってしまって……」
「どの道これだけ増えられては、収拾がつかなくなるのは時間の問題だったんですよぉっ!?」
「バカ者、弱音を吐いとらんで何とかせんか!!」
 大混乱に陥って、僕たちに構うどころではなくなった警官隊の姿を、押し寄せるフワンテたちが覆い隠していきます。
 ふと、そのフワンテたちの中に一匹、一際大きく丸く浮かぶ影を見つけました。
 長く平たい4本の触手を風になびかせて宙を漂う、そのポケモンを。
「フワライド……フワンテの進化系だわ。進化した仔がいたのね……よし!!」
 意を決したお嬢様は、手近なフワンテを掴むと、彼らを手がかりに、足場にして、身軽な動作でフワライドのところまで昇っていきます。こうやって柵を登って進入したんですね。さすがとしか言い様がありません。
「ごめんなさいね……よいしょっと!」
 僕を片手に抱えたまま、遂にお嬢様はフワライドの触手に飛びつきました。
 強い風が黒髪を逆巻かせ、その風に乗ってフワライドとフワンテたちが悠然と流れ出します。
「あっ!? 娘とブルーがあんなところに!? ええい、誰かあのフワライドを打ち落とせ!!」
「む、無理です! 我々が保有するポケモンの戦力では、空中のポケモンには……!?」
 そう、この街の警察のポケモンたちは、草、格闘、地面タイプが中心。いずれも対空能力に欠けるポケモンばかり。取り敢えずではありますが、逃げ道は空にあったのです。
「だ、だったらとおせん棒だ! ローブシンとダゲキはとおせん棒であいつらの逃亡を食い止めろ!!」
「それも不可能です! ゴーストタイプのフワンテどもには通用しません!!」
「ぐぬぬ……おのれぇぇっ!!」
「落ち着きたまえ」
 知っている、聞き慣れた声が、フワンテたちが群なす雲の向こうから聞こえました。
「どうせフワンテたちの行き先は、住処であるコグレ山だ。飢えて急かしに降りてきただけであろう。コグレ山には私がひとりで行こう」
「は? しかし……」
「子供ひとりと傷ついたポケモン一匹、どこにも逃げる術などありはせんよ。私ひとりで十分だ。君たちは戻って、作業を続けなさい」
 そんなやり取りが、風の音に紛れて消えていき、僕たちはフワライドの触手に乗って、柵を飛び越しコグレ山へと運ばれるのでした。

 ★★★★
***フワンテの舞う谷に [#nhkXTeG]
 ★★★★

「これから、どうなるのかしら、私たち……」
 フワライドの触手に身を預けた玉恵お嬢様が、不安を噛み絞めた呟きを漏らしました。
「きっともう、街には戻れないでしょうね。一生逃げて回るしかないのかも。私、お尋ね者になってしまったのですね……」
 潤みかけた眼を悲しげに伏せ、僕の顔に頬を擦り寄せて、けれどお嬢様は、
「でも、後悔はしてません。あなたが危ないときには、絶対に命をかけて守るって、約束していたんですもの。お母様だって、きっと解ってくださるわ……」
「お嬢様……!!」
 あの日、このちっぽけな僕と交わした誓いを守る、そのためにお嬢様はすべてを犠牲にして、警察を、生まれた国を敵に回してまで…………!!
 感涙に咽びそうになる頬を、歯を食いしばって堪えます。
 守らねば、守り抜かねばなりません。この素晴らしいご主人様を。
 何としてでも、この身のすべてをかけて、お嬢様を本来いるべき場所へと帰らせて差し上げなければ……!!
 涙で眼を曇らせている暇などありはしません。全身の神経すべてを研ぎ澄ませて、状況を打開する方法を探り、見つけ出さねば……
 ……!?
「どうしたの? コーキチ」
 感じ取ったのは、異様な臭いでした。
 フワライドが進む山の方角から、ただならぬ危険な臭いが漂っていたのです。
 追い風に乗って進んでいるにも関わらず、時が経つ毎に臭いは強烈になってきます。間違いなく、僕たちはその臭いの現場に向かって運ばれているのです。
 どうするべきでしょう。
 この怪しい臭いを避けるべきか、それとも……!?
 お嬢様に相談する術もなく流されているうち、フワライドがくたびれたのか高度が下がり、やがて木々の間に切り開かれた獣道にお嬢様は靴を着けました。
 身軽になって再び宙に上がりフワンテたちの群に戻っていくフワライドを見送った後、
「何、この臭い……!? コーキチ、あなたが気にしていたのはこれだったのね……!?」
 顔を押さえて状況に気付いたお嬢様に、僕は頷きました。
 左右に鬱蒼と茂る森。前後には轍とおぼしきふた筋の溝が伸びており、そのうち片方、登る道の上空には、僕たちを運んでくれたフワライドとフワンテの群が進んで行くのが見えます。鼻を突く臭いは、そちらから道を下って流れてきていました。
 しばしの間、僕を抱えたまま逡巡していたお嬢様でしたが、やがてキッと眼差しを上げると、
「コーキチ、行きますよ」
 フワンテたちを追って、轍の道を登る方向に靴先を向けました。
「危険を避けたところで、今の私たちに安全な場所などありません。当てもなく逃げても、いずれ捕まってしまうでしょう。何しろ私たちの敵は、公の秩序なのですから。だったらむしろ混沌にこそ、怪しく思える場所にこそ何かが、この苦難を覆せるかも知れない変革があるかもしれません。危険ですが、今は死中に活を求める道に賭けるしか……!!」
 ご立派な判断です。お嬢様。待っていてもどうにもならないこの状況では、とにかく積極的に動いて情報を得なくては。
 そこに危機があるというのなら、僕がお嬢様を守らなければなりません。それまでお嬢様の腕の中で傷を癒やし、いざという時に戦えるよう備えなくては。
 気力だけは張り詰めさせたままにして、僕はお嬢様に身体を預け、轍の上を運ばれて行きました。

 ★★★★

「見て、コーキチ。行き止まりだわ」
 お嬢様の指し示す通り、坂を上り詰めた先は崖になっているようです。轍がその手前で輪を書いて途切れていなければ、上がり切るまで行き止まりとは気付かなかったかも知れません。
 断崖の向こうに見える曇り空には、フワンテたちが忙しなく行き交っており、怖気立つような禍々しい臭いは、確実に崖の下方から放たれていました。
 もう僕には、その臭いの詳細はともかく、どういう種類のものかについては、察しがついていました。
 お嬢様に掴まっていた腕に、ギュッと力を込めます。
 僕を振り返ったお嬢様は、小さく頷くと崖の縁まで歩みを進め、下を覗き込みました。
 そこに僕たちが見た光景は――――
「あ……あぁぁぁぁっ!!」
 戦慄に震え、表情を凍り付かせて、それでも驚愕に呻いただけで金切り声を上げるに至らなかったのは、お嬢様の気丈さを示すものであったでしょう。
 それほどまでに、凄惨な光景でした。
 骨、骨。そして屍。フワンテたちが舞う渓谷の、遙か底に転がる無数の骸。
 ずっと漂ってきていた臭気は、やっぱり腐り果てた死肉が放つ腐臭だったのです。
「こういうこと、だったのね。フワンテが集まっていた理由は……」
 懸命に呼吸を落ち着けて、お嬢様は眼下を飛び回るフワンテと、死骸だらけの谷とを見比べました。
「魂の道標……人やポケモンの死体がある場所にどこからともなくやってくるフワンテは、昔からそう呼ばれているの。きっとフワンテは、死体から沸いて出る燐気とかを食べて生きているポケモンなのでしょうね。でも、どうしてこんなところに亡骸が……?」
 こみ上げる吐き気を押し留めて、僕たちは崖の上から屍たちの様子をつぶさに観察しました。
 この断崖から投げ落とされたのでしょう。屍たちは真下を中心に放射状に散らばっています。
 多くは既に白骨化しており、どの死体もみな一様に頭蓋の損傷が激しいことが見て取れました。中心に積もった遺体の中には原型を留めているものも多く、特に屍の山の一番上に倒れていた、人間の男性と思われる大柄な死体と、彼に寄り添う灰色の小さなポケモンのそれは、
「あ、あの一番上で死んでいるの、ハナコちゃんと飼い主さんだわ! 間違いない! なんて惨いことを……!?」
 遠目でもそうと判るほど、生前の姿を保っていました。ふたりの亡骸が仲睦まじく添い寝するように横たわっていたのは、偶然そう落ちたのか、落とした者のせめてもの情けか、それとも、死者の執念だったのでしょうか。
 ワンリキーのハナコちゃんの哀れな骸は、生前会った時には怯えながらも可愛らしかったその顔を、完全に破壊されている様子でした。崖から落ちたときに砕けた? いいえ、そうではありますまい。他の亡骸もほとんどが、一番頑丈なはずの頭蓋を酷く損傷しているのですから、偶然の結果とは考え難いです。これはやはり、頭を砕かれて殺された上で、ここから落とされた、と考えるのが妥当でしょう。
 つまり、この屍たちは。
 そもそも、供出されたはずのハナコちゃんがここに倒れている事実から考えても……。
「コ、コーキチ……あれ、あの骨の腕…………!?」
 上擦った声で、お嬢様が白骨の山の一角を指差します。
「ほら、布が見えてる。衣装を着ているのよ。あれは、あれはまさか、あの衣装は…………!?」
「……っ!?」
 僕も、見つけました。
 積み重なった白骨の山から、腕だけはみ出して見える骸。
 余りにも細く、白い骨だけになってしまったそれに、生前の面影を見ることはできません。
 けれど、その腕が袖を通している衣装は。
 一部だけ、違う色の帯が縫い止められたそこは、あの日僕が破ってしまって繕われたもので。
 そんな繕い方をされている衣装が、この世に二つとあるとは考えられません。
 その衣装をまとった骸が、彼以外であるはずも――
「ハチ、ゾー……」
 僕を待っていたのだと、何故かそう思えました。
 無念にも殺されて谷に投げ落とされ、次から次へと落とされてくる死体に埋もれて、それでもここに来る僕が見つけられるようにと、死を越えた意志で、衣装をまとった腕を骨の山の外に伸ばしたのであるかのように。
 ひょっとしたら、フワライドが僕を助けてくれたのも、空から街の様子を見ていて、僕とハチゾーが親友同士だったことを知っていたから、僕をハチゾーの待つこの谷に送り届けてくれたのではないかとさえ、僕には思えてなりませんでした。
 こんな寂しいところで、何を無造作に転がっているのさ。
 大きな街で銅像になって建つんじゃ、なかったのかよ!?
 生きて帰ってくるって、約束したくせに…………!!
「やっぱり……ハチゾーなのね!? なんてこと……照くんがこの有様を見たらどれほど悲しむか……でも、ハチゾーやハナコちゃんがここにいるっていうことは、ここに落とされている亡骸は、民間から献納や供出をされたポケモンの死体っていうことなの!? 食堂のペロリームさんも、ここにいるのかしら……!?」
 不意に。
 ずっと心に引っかかっていたざわめきが、ハラリ、と解けました。
 間違いなく、ペロリームおばさんの亡骸も、この屍の中にあるのでしょう。
 おばさんが〝出征〟した翌日、署長が連行していたあのポチエナは、頭を砕かれて殺されたおばさんが崖から落とされるその様子を、恐らく目撃していたはずなのですから!
 ポチエナもフワンテたち同様、腐臭に引き寄せられるポケモン。どこからか金網をくぐって、この谷に進入したとしてもおかしくはありません。そしておばさんたちが投げ落とされる現場を目撃して逃亡後、万一にでもこの死体遺棄を知らされないよう、畑に罠を仕掛けられて捕らえられたのでしょう。
 あの時は警察故の手際の良さと納得してしまいましたが、その日偶然罠にかかっていただけのポケモンに、既にもう引き取り先が決まっていただなんて、いくら何でも都合が良過ぎました。ずっと心に引っかかっていたのは、まさしくその署長たちの挙動不審だったのです。
 会った時、ポチエナが急に何事か騒ぎ出したのは、ハチゾーがペロリームおばさんの名前を出した直後でした。
 あの瞬間、ポチエナにしてみれば、警察に供出されて街からいなくなったというペロリームと、警察帽を被った男に崖から落とされたペロリームを結び付けることは簡単だったのでしょう。あの仔には、すべての構図が見えていたに違いありません。
 きっとポチエナは、こんな風に叫んでいたのでしょう。

『……&ruby(んぐぅ!?){ペロリームだって!?}; &ruby(んぐうぅぅ!){俺は知ってるぞ!}; &ruby(ぅぐ){昨日};、&ruby(うぐぅぐうぅぅぅぅぅうぅ!!){この人間たちに殺されたポケモンのことだろう!!}; &ruby(んぐぅぐっぐ!){死体があの山に捨てられるのを見たんだ!}; &ruby(うぐぅうぐぐぅぐっ){お前らも殺されちまうぞ!};!! &ruby(ぅうぅぅ){俺も殺される};……&ruby(ぅぐうぐぅぅぅぅ){死にたくない};~~っ!! &ruby(ぅぐうぐぅぅぅぅ){死にたくない};~~っ!! &ruby(んぐぅぐ){たすけて};……っ!?』

 悔しいです。あの時ポチエナの言葉を聞き取り、理解できていたら、あらゆる手を尽くしてハチゾーの献納を止めるのに。時間を巻き戻してでもそうしてやりたいのに……!!
 けれど、警察が何をやっていたのか、コグレ山に何があったのか分かった今だからこそ、口を縛られていたポチエナの言葉でも理解できるのです。何も知らなかったあの時点では、例えポチエナの口が解放されていたところで、何のことを言っているのかさっぱり理解できなかったでしょう。ポチエナが殺されて恐らくこの屍の山に埋もれ、ハチゾーもここで蒼かった腕を骨だけにして晒し、僕たちが逃亡して追われる身になって、ようやくここまで話がつながったのです。
 きっとポチエナも、殺されて死骸の山のどこかにいることでしょう。永遠に口封じするために。だけどフワンテたちには、同様の対処をすることができなかった。否、あるいは試みはしたのかも知れません。潰れた紫の風船も、そこかしこに転がっていますから。でも、死骸が大量にあるところへどこからともなく漂ってくるフワンテを、いくら殺したところで別のフワンテを呼び寄せるだけ。収拾がつかなくなるまで、増えるに任せて放っておくことしかできなかったのです。
 だけど。
 だけど、一体どうして……!? 
「……おかしい、おかしいわよこんなの!?」
 谷の惨状を見渡して、お嬢様は激しく声を昂らせました。
「ハチゾーが、みんなが殺されたのは、肉と皮とを軍に献納するためだったはずよ!? なのに解体すらされた様子もなく、こんな裏山なんかにこっそり放り捨てられて腐るに任せているだなんて!? 遺体をこんな粗末に扱うことのどこがお国のためだって言うの!?、一体どうして、みんなが残酷に殺されなければいけなかったのよ!?」
 分かりません。判別も解析もつきません。
『お国のためにポケモンの命を捧げる』という警察の大義名分なんて、これではまったく成り立たないじゃないですか。僕たちはその大義名分に基づいた正義に責められ追われて、ここまで逃げてきたっていうのに……!?
 こんなの、まるでハチゾーたちは、僕たちはみんな、ただの、
「……どういうこと、なんですか?」
 気がつけば。
 背後の坂からガラゴロと、砂利を蹴り立てて登りくる車輪の音。
 その音を背にして黙々と現れた人影に、お嬢様は厳しく詰問を突き付けました。
「どうしてハチゾーたちが、こんな目に遭わされなければいけないんですか!? あなたたちは、本当は一体何をしていたんですか!? 答えてください、署長!!」
 ムシロに覆われた荷車を引いてきた白髪の老人は、警察署を飛び去る時フワンテ越しに聞こえた、自分ひとりでコグレ山に行くと言っていた声の主、警察署長さんその人でした。

 ★★★★
***月色の滴 [#nYKo0Cy]
 ★★★★

 お嬢様の問いに、署長はすぐには答えを返すことなく、黙したまま荷車を進めました。
 轍の終点までくると荷車を反転させて荷台を崖に向け、老人離れした豪腕で引き棒を高々と持ち上げます。
 ムシロの下からゴッソリと転げ出た荷物が、断崖から放り出されました。
 もし、フワンテたちの視点で崖を遠巻きから眺められたら、様々な色の塊が流れ星のように滑り落ちていく様子は綺麗とさえ思えたかも知れません。
 けれど、その塊はリーフィアの、エネコの、ラクライの、ドーブルの、そして老トリミアンの……今日殺されたポケモンたちの、頭を叩き潰された骸なのです。お嬢様が駆けつけてくれなかったら、今頃僕の亡骸も彼らと一緒に投げ落とされていたのでしょう。
 グシャッと骸たちは屍の山に叩きつけられて、新たな山の一部に加わります。せっかくご主人様の隣で安らかな眠りについていたハナコちゃんも、哀れ落ちてきた藍色の骸に弾き飛ばされてしまいました。
 見れば、その藍色の骸はゴンベでした。相撲大会の準決勝で僕と戦ったあの仔です。僕が署に入る前か、逃げ出した後だったのかは分かりませんが、あのゴンベも今日殺されていたのです。
「どこまで……どこまで酷いことをするの!? こんなの、死者に鞭を打っているようなものじゃありませんか!? 国のために殺したというのなら、どうしてせめてちゃんと肉と皮を取って軍に献納してあげないんですか!?」
 お嬢様の言う通り、現に老トリミアンは、死んででもお国の役に立つならば、と納得して死を受け入れたのです。この下には、他にもそんなポケモンが落とされているはずです。きっとハチゾーだってそうだったのではないでしょうか。その身をルカリオに進化させるほどの忠誠心を何よりも誇りにしていたあいつは、例え最初は突然突きつけられた死の運命に戸惑い、怯えたとしても、お国のために身を捧げるのだと説得されたら、最期はトリミアンのように納得して、潔く自ら台に首を差し出したのではないでしょうか。例え結果は同じでも、自分の意地は貫き通す――あいつは、そういう奴でしたから。
 なのに、そんなポケモンたちの命を捧げた忠誠を、署長たちは無下に打ち壊し、跡形もなく鋳潰してしまったのです。理由を答えて貰わなくては、到底納得できません。
 穴を穿つほどに睨みつけた僕たちに、署長は振り向きもしないまま、やっと口を開きました。
「やむを得なかろう。都会ならばいざ知らず、こんな山奥の田舎からでは戦地まで大量の物資を送るのにも金と手間がかかる。採算の取れん屍は処分する他ない((この時代にはまだ、物質転送の技術は開発されていない。))」
 署長の答えは、余りに理不尽なものでした。
 それはつまり、最初っからこの街の警察には、軍のためにポケモンの皮と肉を役立てることなんてできなかったということでは……?
「い……意味が解らないわ!? だったら殺す必要自体ないじゃありませんか!? 献納するのでもないのに、どうしてポケモンたちを殺す必要があったって言うんですか!?」
 困惑を強め、更に激しくお嬢様は詰め寄ります。
 やはり署長は振り返ることなく、崖下の屍たちに目を向けたまま、感情の篭もらない声で淡々と答えました。
「こいつらは生きていても戦争の役には立たん、無駄飯食らいの駄ポケだ。それがすべてだと言うことだ」
「な……っ!?」
「この●国の一大事に、役にも立たん穀潰しを養う余裕はない。肉や皮にしなくとも、殺して口を減らすこと自体がお国のためだ。女々しい婦女子には解らんのだろうがな……」
「嘘です! 女の子だと思ってバカにしないで!!」
 鋭く声を荒げて、お嬢様は僕たちを全否定する署長の言葉を否定しました。
「食べ物の取り分は、お家ごとに決まっているはずです。ポケモンを買っている家は、自分たちの食べ物からポケモンに与えるご飯を分けて出してきたんですよ!? ポケモンのために余計に食べ物を貰っている家なんて、うちのような軍からの預かりポケを扱っている家しかないはずですし、うちだってアサミドリが再出征してからは多くなんて貰っていません! お家一軒一軒の事情ならいざしらず、国から見てポケモンが食べ物を無駄に食べているなんて、そんな話は有り得ないわ!? どうしてそんな辻褄の合わない話ばっかりしてはぐらかそうとするんですか!? お願いだから本当のことを、」
「いいや、これが本当のことだとも」
 ゆっくりと首を振って、微かに感情を声に含ませて、署長は言いました。
「一般庶民風情に、駄ポケに飯を分け与える余裕がある。そのこと自体が目障りだと、お上が判断を下したのだよ」
「……!?」
「分かるかね? ポケモンを庶民の手から奪い、殺すこと、それこそが目的そのものだったと言うことだ。軍からの皮と肉の要請など、この法令を通すために好都合な口実に過ぎなかったのだよ」
「バ、カな、そんな…………!?」
 所長が明かした●国の真意は、ハチゾーたちの死に納得できる理由を求めていた僕たちの望みを打ち砕きました。 
「何なんですかそれ……信じられません! そんなやっかみみたいなつまらない理由で、これだけの命が……いえ、●国中のポケモンたちの命が奪われているって言うんですか!? 何の意味もなく!?」
 犬死にじゃ、ないですか。
 こんなの、まるっきりただの犬死にじゃないですか!?
 ハチゾーたちは一体、何のために殺されなければいけなかったんですか!? 僕たちは一体、何のために追われなければいけなかったんですか!?
 こんなこと、正しいわけがないというのに……!?
「やむをえんよ。上意下達が世の常だ。我々がお上の命に逆らっては、国が成り立たん。言われるままにポケモンを殺し続けるしか、我々には道がなかった……」
「逆らえば良かったでしょう……!? 逆らってくださいよ! 上の人の身勝手な理不尽で、この仔たちが殺される方がよっぽど国として成り立ちませんよ!? ポケモンたちは命を懸けて人間に尽くしてくれていたのに!! あのハッコー號のように……」
 それまで淡々と答えを返すだけだった署長の口から、フッ、と暗い笑みがこぼれました。
「ハッコー號か……つくづくあのウインディも哀れよな。軍の看板として祭り上げられた挙げ句、殺されてまで利用されるとは…………」
「…………え?」
 淀んだ笑いから告げられた異様な言葉に、お嬢様の怒りは遮られました。
「な、何のことを言っているの……? 殺された? ハッコー號は、友軍を守るために自ら突撃したんじゃ……!?」
 動揺して声を強張らせたお嬢様に、署長はようやく振り返りました。
「ハッコー號について語る前に、知っておいて欲しい事実がある。心して聞け」
 瞳に深い悲しみの色を湛えて、署長は言いました。

「まもなく●国は……この戦争に敗れるだろう」

「そん、な……」
 常識を足場からひっくり返すことを言われ、お嬢様の表情が凍り付きました。
「嘘……だって、だっ、て、新聞ではそんなこと……」
「ここまで大人の汚さに直面してきて、まだ新聞が事実を報じてきたなどと信じるのかね? 実際にはとっくに前線など崩壊し、●国の四方を※国軍に取り囲まれている有様だ。降伏勧告が宣言されるのも、時間の問題だろう」
「そんな、そんなはずがないわ!? だって、アサミドリは帰ってきたのよ!? 優勢だったから帰されたんだって、お母様が……」
「初めは本当に優勢だったのだ。だが、我が国の軍は攻撃には強くても、防御や維持においては強くなかった。伸びきった戦線を潰されていくうちに、いつしか戦局はすっかり不利になっていったのだよ。始末の悪いことに、失敗を取り繕う言い訳だけは達者だったらしく、まだ余裕のあった地域にいた兵士やポケモンを一時帰国させて優勢を誇示していたようだがな。貴様のところのヘルガーもその口だろう」
 署長の言葉は、かつてアブソルが僕とハチゾーに訴えていた情報を、完全に裏付けました。
 彼の言う通りにしていたら助かったかどうかは僕には判りませんが、少なくとも伝えようとしていた情報は正しかったのです。それを僕たちは、頭から嘘だと決めつけて……!?
「だがそれでも誤魔化しきれないほどに、戦況は悪化の一途を辿った……ハッコー號の死について話を戻そう。奴が死んだのは敵基地攻略作戦の最中の出来事、と報道されているが、本当は※国に敗れ、戦線を後退させる最中に起こったことだそうだ。撤退中に友軍が置き去りになり、それを救うために奴が引き返して敵軍を突破、負傷しながらも友軍を救出したのは事実だったらしいがな。だが、傷ついたハッコー號を保護して治療することもできたにも関わらず、軍はそのまま奴に激戦区での戦いを継続するよう命じた」
「それは……ハッコー號ほどの強さがなければ、敵を突破して撤退することができなかったからなのでは?」
「違う。軍はハッコー號を、わざと見殺しにしたのだよ。英霊として祭り上げ、その死を利用するためにな」
「り、利用って一体……?」
 戸惑うお嬢様に、署長は人差し指を突きつけました。
「何を今更。今日も貴様はその言葉を向けられておるし、貴様自身今し方口にしたのだぞ? 『ハッコー號は命を懸けてお国に尽くした』『ハッコー號に申し訳ないとは思わんのか』『命を惜しむな、ハッコー號に続け』『ハッコー號の仇を討て』等々……」
「あ……っ!?」
「元々英雄として軍の象徴だったハッコー號に劇的な死を演出することは、劣勢の中で国民の戦意を煽るのに有効だと軍は考えたのだ。どんなに強くても所詮はたかが軍ポケモン。人間でないのなら安い捨て駒だったのだろう。結局ハッコー號は何の治療も受けないまま戦わされ続け、息を切らせて足を止めたところでストーンエッジに心の臓を貫かれて死亡した。敵と相打ちになって立ち往生したなどと言うのは、英霊に箔をつけるための作り話だ」
「ひ、酷い……友軍の危機を救うために傷ついたハッコー號を、そんな…………!?」
「軍ポケの扱いなんてそんなものだ。貴様らが出征させたポケモンたちとて、ここまで悪化した戦況下ではまず生き残ってはいまい。大方、弾除けか非常食として消費されていることだろうよ」
 堪えきれず、遂にお嬢様は顔を押さえてうずくまってしまいました。
 アサミドリさん……カイソーさんも、他の先輩方も、もしかしたらもう……!?
 悲しみに気力を尽きさせかけた僕たちに、署長は言いました。
「これが、戦争というものの本質だ。国同士の争いなどというのは表向きの姿。実際にはそれを名目にした、権力者にとって都合のいい搾取手段に過ぎん。国が戦争に勝とうが負けようが、搾取されれば即ち敗北者だ。ハッコー號がそうであったように、あるいは、ここで屍を曝しているポケモンたちがそうであるようにな。ならばせめて、搾取する側に回らなければ損ではないか……?」
「……どういう、意味ですか?」
 拭った顔を再び上げて、お嬢差は署長を見上げます。
「どういう意味だと思うかね?」
「あなたは……!?」
 ブルリ、と肩を震わせて、お嬢様は立ち上がりました。
「軍がハッコー號を殺して利用したように、あなたは……この街の警察は、国から下された民間ポケモンの撲滅令を利用したのね!? 私たち庶民に、ポケモンを差し出させるという命令を下して、それに反抗しようとするハナコちゃんの飼い主のような人を潰すために!! 自分たちが搾取する側である立場を確実なものにするためにあなたたちは……!!」
「……大した娘だ。おおむね合っておるよ」
 と、署長は詰め襟の腰から警棒を引き抜きました。
「あえて訂正するならば……他人を例に挙げるまでもなかろう?」
「……!?」
 目の前にいるのは、誰なのでしょうか?
 本当にこの老人は、いつも僕たちに優しくしてくれた、相撲大会の行司さんなのでしょうか?
 それが判らなくなるほどに黒い、ドス黒い気が、警察帽の老人から噴き上がりました。
 崖の近くを飛んでいたフワンテやフワライドすらも、震え怯えて遠くへ逃げ去っていきます。ゴーストタイプが逃げ出すほどの、身の毛もよだつ悪気。
 空を覆っていた雲すらその気迫に圧されるように退き、鮮血を塗りたくったような黄昏が空を染めました。
「私を、殺す気ですね……!!」
 既に問うまでもない確認に、署長は暗い笑顔のまま頷きました。
「何も悪いことではないからな。逆らう者は片付ける。どこの警察も、●国どこででも当たり前のことだ……」
「何が当たり前よ……他人の罪で自分の罪を誤魔化せるなんて思わないで! あなたたちは警察として、国の理不尽から私たち庶民やポケモンを守るべきだったのよ! 権力に逆らおうともせず私たちに痛みを押しつけたあなたは、ただの意気地なしの卑怯者だわ!あなたなんか怖くない! あなたなんかに、これ以上私の大切なものをひとつだって奪わせるものかぁぁっ!! 」
 僕を胸にしっかりと抱いて、お嬢様は怒声を張り上げました。
 僕も牙を剥き出しにして威嚇します。もう傷の痛みに休んではいられません。お嬢様と一緒に、僕も戦わねば……!!
「『警察ならば、その力で国に逆らえ』か……同じことを私に言った者が以前おったよ。戦争停止を訴えておった青年だ。奴は今、連れていたアブソルと共に、崖下の死骸の一番底で眠っておるだろう。じっくりと話を聞いてやるがいい。貴様らと仲の良かったポケモンたちもいるのだ。寂しくはあるまい」
 アブソル……! やっぱり貴様もここにいるのか…………。
 思えば、フワンテを見かけるようになったのは、アブソルとの一件があって以後のことでした。
 無数の死骸が降り積もった山を眺めても、彼のなれの果ては見つけられそうにありません。
 ごめんなさい。ちゃんと話を聞いてあげるべきでした。
 アブソルだけじゃない。ポチエナも、ハナコちゃんの飼い主にも。あるいは気付きもしなかっただけで、警察の凶行を知らせる鍵は他にも僕の側を通り過ぎていたのかも知れません。
 なのに僕は、国への忠誠心という美名に縋り、確かに感じていた不安からさえ眼を背けてしまった。その結果、親友のハチゾーは谷の底で骨となって埋もれ、何よりも守るべきお嬢様まで危険に曝して……!!  アブソルが言い残した通り、守るべきものを間違えた結果がこの様です。ハチゾーの言葉もまた正しかった。守るべきはご主人様と、ご主人様が暮らす国。ご主人様の居場所のない国なんて、守るには値しなかったのです。
 狂った国に従った僕たちは、みんな揃って行くべき道を間違った。
 カイソーさんに、合わせる顔もありません……!!
「むんっ!!」
 署長の腕が振られ、警棒が空気を裂いてお嬢様を襲います。
 ローブシンやガラガラの一撃にすら勝るかも知れぬ警棒の閃きは、当たれば確実にお嬢様のお命を奪うでしょう。
「っ!!」
 けれどお嬢様は、身を縮ませて紙一重で躱し、素早い動作で署長の脇をすり抜けました。
 勢いで右のお下げも解け、すべて広がった黒髪が谷の風に翻ります。
 互いの場所が入れ替わり、死骸を落とした荷車を盾にして署長とお嬢様が向かい合いました。
 再び迫る署長。荷車など難なく踏み越えて、その影にいるお嬢様めがけて警棒を――

「でやあぁぁぁぁ~~っ!!」

 溜め込み続けた力をバネに変えて、僕はお嬢様の胸から横っ飛びに跳躍しました。
 車輪を軸に、天を向いて停められていた、荷車の引き棒に向かって。
 ガシッ!! 全体重を乗せて力一杯踏み込んだ僕の蹴りで、引き棒が地面を打ちます。
 車輪の軸を支点に、引き棒を力点にした荷車という名の梃子は、この瞬間署長が足場にしていた荷台の先端を作用点として跳ね上げました。
「ぬおっ!?」
 完全に虚を突いた足払いを受けて、署長の身体が断崖の方に傾きます。
「うあああああああっ!!」
 すかさずお嬢様は、雄叫びを上げて署長に突進しました。
 痩せた老人の身体が大きく傾き、振り飛ばされた警察帽が死体の山へと落ちて行きます。
「――!?」
 しかし、それだけでした。
 崖っぷちギリギリで足を繰り出して、署長はお嬢様の渾身の体当たりを凌ぎきっていたのです。
「残念だったが、小娘の腕力ごときでは、大の大人は突き落とせんよ」
 笑みも浮かべず、どこか物憂げな表情で、署長はお嬢様を見下ろしました。
「うぅ……うぅぅ~~っ!!」
 お嬢様は、最後まで諦めなどするものかと。乙女の細腕に金剛力を込めて、まだ体制を取り戻しきってはいない署長を奈落へと押し出そうと試みます。
 けれど、ガッチリと岩場を捕らえた署長の靴は、お嬢様の力では剥がせそうにありませんでした。
「無駄だよ、所詮、運命は覆せんものだ!!」
 まだ傾いている身体で、お嬢様の息の根を止めんと、警棒を振り上げた署長に、

「たあぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」

 引き棒の先から、荷台の車軸上を踏み切り台にして僕は跳躍し、飛びつきました。
「ガッ!?」
 白髪頭に牙を立てて噛みつき、目玉を、鼻を、唇を、四肢の爪でメチャメチャに引っかき回します。
 溜まらず署長は警棒を崖下に放り捨て、両腕で僕を顔から引き剥がそうとしました。
 2度の跳躍で溜めていた力のほとんどを使い果たしていた僕は、呆気なく剥がされて、崖下に振り飛ばされます。

 ただ一本、残るすべての力を込めた前足を、署長の顎に残したままで。

「…………っ!!」
 まだ踏み留まりますか? できるものならやってみればいい。
 お前に、権力に逆らえなかった根性なしに、ハチゾーと同じ真似ができるもんですか。
 僕の名前のコーはハッコー號のコー。横綱の綱。
 お前を地獄へと引きずり落とす、一本の綱だ!!

「コ…………ッ!?」

 手を一杯に伸ばして、届かぬ僕を掴もうとするお嬢様の姿が、ゆっくりと、急速に遠ざかっていきます。
 ごめんなさい、玉恵お嬢様。
 せっかく助けて貰った命を、ここで費やしてしまって。
 だけど、助けに来てくれて、嬉しかった。
 僕たちのために怒ってくれて、嬉しかった。
 おかげで、僕の夢が最期にまたひとつ叶いました。
 いつか聞かせて頂いた物語の、リングマのように力強く、
 マッスグマのように機敏に、
 そしてミミロップのように命を懸けて、あなたを守ることができたのですから。
 こんな酷いことをした●国なんかのためではなく、大好きなあなたのためにこの身を捧げることができて、コーキチは本当に幸せなポケモンでございました。
 ありがとうございます。
 どうか、生きて――――……

「コーーキチィィィィィィィィィ~~ッ!!」

 何度も何度も、岸壁に叩きつけられながら、僕と署長はハチゾーたちの待つ骨の山へと黄昏の中を落ちていきます。
 やがて、先住者たちを跳ね除けて墜落した時には、もう僕も署長もそこにいるに相応しいものへと成り果てていました。
「コーキチ、あぁぁ、コーキチィィィィ~……」
 見上げる黄昏は峠を既に越え、薄闇に昇る月に照らされて、ポロポロと水滴が崖の上から降り注いできます。
 透んで煌めく水玉に写し出された、桜色の顔をした小さなブルーは、とても、とても満足そうに微笑んでいました。

 ★★★★
***終章・あやまちを二度と繰り返さぬために [#PTTTMbD]
 ☆☆☆☆

「ウソだ! ●国がそんなヒドいことをしていたわけがないじゃないか!」
 私が話を終えた途端、それまで黙って話を聞いていた子供のひとりが、突然甲高い怒声を私に浴びせかけた。
「あのね、坊や。このお話は、私が本当に……」
「うるさい! お父さんが言ってたぞ! 悪い▲国が●国を狙っているこの時に、●国の悪口を言ったり▲国との戦いを嫌がったりするのは▲国のスパイだって!!」
「……!?」
 子供の態度に、私は戦慄を感じた。
 余りにも、私が小さかった頃の人々の姿勢と、そっくりだったからだ。
「▲国はやっつけなきゃいけないんだ。ボクは戦争を怖れる臆病者なんかじゃない! くたばれ、▲国の犬っ!!」
 掴んでいた積み木を、その子は私に向かって投げつけた。所詮子供の腕力で投げつけられたもの、苦もなく掌でキャッチできたが。
「こ、こら、なんてことするの? 玉恵お婆ちゃんに謝りなさい!!」
 見咎めた保育士の女性がその子を叱るも、
「ボク悪いことしてないもん! デタラメな話をして、●国を悪く言う奴が悪いんだっ!!」
 頑迷に決めつけて、その子は部屋を飛び出して行ってしまった。
「ほんとにもぉ……ごめんなさい、玉恵さん。せっかくお話をして頂いたのに」
「いえ……ただ、嫌な時代になってしまいましたね……」
 肩を落とし、溜め息を吐いた私に、周囲の子供たちが次々に声をかけてきた。
「気にしないで、おばあちゃん。お話面白かったよ」
「コーキチくん、かわいそうだったね。でも、さいごまであきらめないでがんばって、おばあちゃんを助けたんだよね」
「ハチゾーたちも、みんなかわいそう。ボク、ぜったいにだれにも自分のポケモンをころさせないよ!」
 先ほどの衝撃の後だけに、一層子供たちの暖かな声が嬉しく、心強く感じられて、私は跪いて子供たちの頭をひとりひとり撫でた。
「ありがとう、私のお話を聞いてくれて、本当にありがとうね。みんな、ポケモンたちを大事にして上げてね。自分の仔はもちろん、友達の仔もよ」
「は~い!」
 子供たちの声が、窓を震わせて茜の射しかけた空に響き、
『た~けや~、さ~おだけ~~』
 それに続くように、物干し竿売りトラックの間延びしたかけ声が、街の家並みに響き渡った。
 その声を追いかけるような、イワンコと思われる遠吠えの声も。
 何だか悲しくなるほどに、あの頃と変わらない光景に思えて。
 皺だらけの手で、真っ白に染まった髪に触れて、時の流れを確かめてしまった私だった。

 ☆☆☆☆

 コーキチが署長を道連れにして死んだ後、街に忍び下りた私は、献納したポケモンが虐殺されていたこと、その死骸が秘密裏に廃棄されていたこと、すべては民間のポケモンとそれを飼育する者に対する偏見と悪意、そして弾圧を利用して権威を示そうともくろんだ警察による陰謀だったことを訴えた。
 当然、警官たちに襲われそうになったが、コグレ山の亡骸の谷という決定的な証拠を私が示した以上大義名分を掲げることも警察にはできず、阻止を振りきって山に登った大人たちが私の正しさを証明するに及んで大騒ぎに発展した。
 事実を知って警察に怒りを向けた者、あくまで国側に同調して私を非国民と罵った者、惨すぎる愛ポケの最期にただただ号泣していた者、反応は様々に分かれたが、いずれにせよそれらが何らかの結論を結ぶことはなかった。
 なぜならば、程なくして※国の大攻勢が始まったからだ。
 署長が言っていた通り、前線などとっくの昔に崩壊し。制空権はすべて奪われ、●国は完全に包囲されていたのである。
 署長が言っていた通り、前線などとっくの昔に崩壊し、制空権はすべて奪われ、●国は完全に包囲されていたのである。
 まともな防衛戦力など、もうほとんど残っていない状況だったそうだが、それでも首都に引きこもった●国上層部は徹底抗戦を表明。かくして、戦争に男手もポケモンたちも持っていかれ、丸裸も同然の地方都市を、※国の無差別な砲火が襲うこととなった。
 日頃行っていた空襲訓練など、実際の攻撃にあっては何の役にも立たなかった。住み慣れた故郷の町は瓦礫の海と化し、大勢の人が死んでいった。私の母も死んだ。隣の照くんも死んだ。私が生き残ったのは奇跡だったと思う他ない。
 人は城、人は生け垣、人は堀。本来の詩の下の句((情けは味方、仇は敵なり。つまり本来は信頼関係の重要性を詠った句。))とはまるっきり逆の形でこの言葉を実践した●国軍は、その足留めの間に権力者の身の安全だけを確保する条約を※国と交わした後で、ようやく白旗を揚げた。
 泥水をすするような復興生活の中で、私は復員兵から父が戦死したことと、これまで母が手がけて軍に送り出したポケモンたちが全員、戦死あるいは戦闘中行方不明になったことを告げられた。戦争は、私から自分の命以外の大切なものを、ひとつ残らず奪い去っていた。
 ヘルガーのアサミドリは、最期まで勇敢に戦ったという。
 本当かどうかは分からない。遺族にそう伝えられない兵士などいないだろう。
 とは言え、仮に署長が言っていたような扱いをポケモンたちが受けていたのだとしても、自分の身を守るので精一杯だった兵士たちを責めるのは余りにも酷な話だ。後先も考えずに戦線を拡大し、維持できなくなったと知れば部下たちを放り出して後方に逃亡し引きこもったという将校たちにはどれほど恨みの言葉を向けても足りないが……。いずれにせよ、アサミドリたちは戦争のために選別された軍ポケモンとして、生まれてきた意味を果たして逝ったのである。よく頑張ったねと誉めて、心から冥福を祈る他はない。
 ムーランドのカイソーは、乱戦の中で部隊とはぐれ、そのまま帰ってこなかったらしい。あの仔は元々方向音痴だったから、戦場で迷子になってしまわないかと心配していたのが図に当たってしまった。だけどどんなに迷っても挫けたりしなかったあの仔のこと、きっとどこか知らない国に迷い込んで、平穏な余生を過ごしたのだろうと願いたい。
 だが、軍ポケモンたちと同じ理屈は、愛されるために生まれた命を不当極まる形で奪われた民間のポケモンたちには通用しない。
 情勢が落ち着いた後、私は●国全土を巡り、民間ポケモンの献納や供出の実態について調べて回った。
 結果は目を覆わんばかりの有様だった。署長や警官たちの言う通り、まさしく全地域で何十万という民間のポケモンたちが、警察や役所の命令により虐殺の憂き目に遭っていたのだ。
 警官にも言われてはいたが、私たちの町のように出征という名目で供出させられていた例はむしろ少数派で、多くが処分されると知らされた上での供出だったことには衝撃を禁じ得なかった。中には露骨に、『戦争の役に立たない駄ポケの育成は贅沢であり、これを排してお国に捧げるのが●国民の努め』だと通達された地域すらあったという。
 そうやって殺されたポケモンたちのうち、名目通りに皮や肉として利用された例が判明したのは、ごくわずかだった。
 これは〝はっきりと判明したのが少なかった〟という話であって、皮や肉として扱われたこと自体が少なかったわけではない。実際、需要自体は多数存在したのだ。ただし、私たちの町のように、輸送などの問題から需要先に送れず、無意味に殺して廃棄していた町も数多くあった。結局署長が言った通り、奪って殺すことが主目的であり、皮や肉の需要なんて口実でしかなかったのである。
 泣き叫ぶ愛ポケを無理矢理強奪された人。
 目の前で愛ポケを殴り殺された人。
 警察に渡して惨殺されるぐらいならと、愛ポケを自らの手でくびり殺した人。
 撲殺を指揮する役に任命され、心ならずも残酷な役目を果たし続けてきた人。
 みんな、涙ながらに当時の状況を語ってくれた。決して、多くの人たちがお国のためならと喜んでポケモンの命を差し出していたわけではなかったのである。すべては国のずっと上の方の、ポケモンが嫌いな誰かが勝手に言い出した我が儘が、上意下達で止めるものもなく進められて夥しい犠牲の山を作ってしまったのだ。
 そんなに嫌だったなら、どうして抵抗しなかったのか……なんて訊くことは、私にはできなかった。
 私がコーキチを助けに行くことができたのは、出征のための献納だと言われていたのが嘘だったからだ。
 署長を糾弾することができたのは、皮や肉にすると言う名目が嘘だったからだ。
 もし他の町のように、初めから愛ポケの駆逐を国の名において要求されていたら……殺すことが正義なのだと教えられてしまったら、私もどれだけコーキチを愛していようと、泣いて諦めることしかできなかっただろう。
 自国の大義に、ポケモンへの愛情そのものを悪として否定された人たちの絶望は、余りに痛ましくて想像もつかない。我が町の警察がした罪は到底許せないけれど、彼らが罪をすべて背負っていたことで、私たちはその絶望を知らずに済んでいたのである。
 ずっと後になってから、思うようになったことがある。
 コーキチをかばった私が山へと逃げた時、誰も連れず、ウツボットたちすら従えず、たったひとりで追いかけてきて、自分の知る真実をすべて打ち明けてくれた、あの署長は。

『無駄だよ、所詮、運命は覆せんものだ』

 抗うのならば、この運命を覆してみせろ、と。
 すべての罪を告白し、悪として裁かれることで、自分では覆せなかった未来を、私に託そうとしたのではないだろうか……そう私には思えるのだ。
 だからといって、署長への評価が変わることはないが。
 庶民たちと違い、立ち向かう勇気さえあったなら、警察である彼らは国の横暴を止められる力を持っていたはずなのだから。
 事実、こうした凄惨な実情の一方で、住民が一致団結して役所の要求を退けた町や、供出されたポケモンたちを殺さずに終戦まで匿い続けた警察も、少ないながら存在していた。英雄とは、まさしく彼らの行為にこそ相応しい呼称だろう。
 私たちだって、みんなで声を揃えて理不尽は理不尽なのだと国に叫んでいれば、多くのポケモンたちを無駄に死なせずに済んでいたのだ。コーキチもハチゾーも、あんな死に方をすることなんてなかったのだ。ねぇ、署長。そうは思いませんか……?

 ☆☆☆☆

 戦後、※国との交渉で徹底した軍縮を余儀なくされたこともあり、何十年もの長きに渡り●国は直接的な戦闘行為と関わらずにきた。
 私たちには、ひとりひとりが人間として自分のポケモンを愛する権利が認められ、国の身勝手な都合でポケモンを奪われることはなくなった。
 だというのに、ここ数年というもの、●国中に再び不穏な空気が立ち込め始めている。
 駄ポケの駆逐論を唱えた政治家の流れを汲む一派が、しぶとく生き残って国会を牛耳り、隣国▲国への驚異を煽って、軍備の増強と平和主義及び人権主義の撤廃を押し進めているのだ。
 メディアも戦前同様完全に国の言いなりとなって歯の浮くような国粋主義しか語らなくなり、反対意見を少しでも述べようものなら▲国の手先として周囲から執拗な攻撃を受け、排斥される。そんな風潮が、あんな幼児にまで蔓延してしまうほどこの国は戦前に逆戻りしてしまっている。
 独裁国家として●国を含む周辺各国を威圧し、挑発的な軍事行動を取り続けている▲国に、立ち向かわなければならないのは当然だろう。
 しかし、立ち向かう手段を武力行使に限る必然性など何もない。主戦論者たちは平和主義を指して、『攻撃されても何もせずにやられる主義』などというレッテルを貼って貶めているが、実際は違う。可能な限り話し合いを求め、周辺各国とも手を取り合って経済的な制裁を加えるなど、武力行使以外のあらゆる手段を尽くして紛争解決に努めるのが平和主義だ。
 そう言うとまた、『現実性がない夢物語』と決めつける者も多いが、それを言うのなら武力増強による抑止などに現実性はあると言えるのか?  数年前、※国は遙か遠方にある■国を攻め滅ぼした。現在事実上の属国である●国も宗主国の軍事行動を支持したが、その根拠は■国が『武力を増強していたから』だったはずだ。武力増強など、抑止どころか攻撃される理由にしかならないことを、他ならぬ●国が公式見解で証明している。
 なのに武装抑止論の現実性は疑おうともせず、平和主義の現実性のみを頭ごなしに否定する理由は唯ひとつ。武力を強化し、消費するのでなければ、権力者と癒着している軍需産業が儲からないからだ。まさしく署長が言っていた通り、国と国との争いなど、国民から搾取するための口実でしかないのである。
 庶民の側からすれば、侵略されようが搾取されようが、奪われることに何ら変わりはない。
 それを奪う側の国名で区別して、『他国からの侵略に備えるためなら自国には生命や財産をすべて捧げても構わない』などと言うのは、自国の権力者を甘やかす二重基準だ。国の名前に、判断を左右する価値なんてない。●国とか※国とか▲国とかいった大層な名前でなく、すべて記号に置き換えて語っても問題ない程度のものだ。
 それを理解できなかった庶民たちが、お国さまに対して従順な犬に徹してしまったために、大勢のポケモンが生きる権利を奪われ、死に追いやられたのだ。決して二度と繰り返してはならない、これはあやまちの歴史だ。
 なのにそのあやまちが、また繰り返されようとしている。平和主義者が戦わない臆病者? ふざけないで欲しい。自国の横暴と戦おうともせず、平和も、民衆としての権利も、国に奪われるに任せているのは主戦派の方ではないか。
 庶民が歯止めをかけず、国の強権が暴走すれば、必ずや一番弱い立場であるポケモンたちがしわ寄せを受けて犠牲になる。
 南の海では、▲国に備えるためという名目で軍事基地が増設され、そのためにジュゴンやサニーゴの生息地が破壊されているという。
 前述の■国でも、戦火で破壊された油田から漏れ出した原油が海を汚染し、羽を真っ黒に染めたペリッパーがもがき苦しんでいる様が報じられた。当初■国側の仕業とされていたその原油流出は、実際には※国の攻撃によって破壊されたのが原因だったと後に判明している。
 その後も激化した戦闘の中でコフキムシの住む森が焼き尽くされ、砂塵模様のビビヨンは今や絶滅寸前に追いやられているそうだ。((砂塵ビビヨンが絶滅寸前な件に関しては、宗教上の問題も大きく影響しているため、一概に戦争のせいばかりとは言えないが、まったくの無関係でもありえない。))
 もちろん焼かれた町でも、大勢のポケモンが犠牲になっているのだ。●国でもこの先戦火が広がれば、確実にまた多くのポケモンが理不尽に命を奪われることになるのだ。
 今静観して、あやまちが繰り返されることを見過ごすのは、ハチゾーたちの死を本当にただの犬死ににしてしまう行為だ。そんなことは、命をかけて私を救ってくれたコーキチのためにも、私に未来を託してくれた署長のためにも、決して許されない。許すわけにはいかない。
 だから私は、この辛い記憶を物語として、子供たちに語り聞かせる。
 捧げた思いを踏みにじられたハチゾーたちの無念を、運命に抗おうとしたコーキチの勇気を、時を越えて伝えるために。
 みんなの想いが、いつか積み木を投げてきたあの子の心をも動かし、きっと未来の運命を変えてくれると信じて――――
 ささやかな声でも私は、この黄昏に叫び続ける。

 ☆☆完☆☆

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*コメント帳 [#5z1v1Qp]

・玉恵「あの時、コーキチが死んだことや、警官たちに追いつめられたこと以上に辛かったことがありましてね」
・狸吉「と言うと?」
・玉恵「警官たちの罵詈雑言の中で、どさくさに紛れて''『腹黒狸』''って…………」
・狸吉「そこォ!?」

#pcomment(遠吠えの署名);

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