*魔女とふたり [#0Z0j5C1] writer――――[[カゲフミ]] 森の中は時間の流れが緩やかだった。私を取り巻く景色や空気の流れは季節によって表情こそ変われど大きな変化は少ない。そう、私の家を出てすぐにあるこのおんぼろ道も昔と変わらず。もちろん舗装などされておらず、地面から四方八方に飛び出した岩のせいで歩くだけでも一苦労だ。薬の研究に没頭したいので静かな場所を選んで住処にしたのは良いものの、少々辺鄙なところに住居を構えすぎたか。後先をあまり考慮していなかった若かりし頃の自分を恨んでも仕方がない。実際、この人里離れた土地だからこそ他の者の邪魔が入らず十分に実験を突き詰めることが出来たのかもしれないし。薬の知識に関して、私は少なからず自信を持っていた。三十年ほど前、長寿の薬の調合に成功し自ら服用して以来、私の時間の流れは他者と比べて緩やかになっている。おそらく一般的とされる私の種族の寿命の三倍くらいは生きているような気がするが、私にとって生きた時間はそれほど重要なことではなかった。せっかく得られた時間を使って何をすべきか、何を残せるか。大切なのは内容の濃さ。何もせずに時間を浪費して、寿命を薄く伸ばしただけではなんの意味もない。怪我の治癒を早める薬、育てた木の実がより多く結実するようになる薬、ひび割れた建物を補強する薬、など様々な薬の開発に成功してきた。それなりの成果は上げてきてはいるが、最近これといった当たりが来ないのだ。確かに調合が成功するかどうかは運任せな部分もある。幸運に恵まれないときは失敗続きということも特段珍しくはなかった。そんな釈然としない気分を紛らわす目的も含めて、久々に買出しに出かけてはみたものの。相変わらずの道の悪さに早くも心が折れそうになっている。進化したての頃は何とも思わなかった道の凹凸がひどく足腰に響くのを感じる時がある。いくら長寿の薬でも完全に年を取るのを止められるわけではないのだ。森に住むポケモン達の間では、私をのことを怪しげな魔女と気味悪がる者も少なくない。交通の便の悪さも手伝って、行商人ですら私の住処には滅多に訪れはしないのだった。そんなわけで、必要物資の買い出しには気合がいる。瞬間移動でも使えれば楽になるのだが、あいにく私にはテレポートの心得はなかった。何とかならないものかと道に対して心の中で悪態をついているうちに、出っ張りに躓いて転んでしまった。強かに体を地面に打ち付けてじんとした痛みが走る。痛覚は他のポケモンと同じだし、怪我をすれば血を流すことだってある。ただ寿命が長いこと以外は私も他のポケモンと変わらないのだ。こんな大したことなさそうな段差で引っかかるなんてやっぱり身体が徐々に衰えてきているんだろうか。それとも単純に日頃の運動不足が祟ったのか。どちらにしても家を出てすぐにこんな調子だと幸先が悪いな。転倒した拍子に懐から転がり出てしまった大切な私の木の枝を拾おうとして、枝ではない別の丸っこい何かに目が止まった。橙色の木の実を二つ縦に積み上げたような形。微かに上下しているお腹からは鳥ポケモン特有の角張った足が二本。本来ならば炎タイプでふかふかしていそうな毛並みも泥に塗れてぼろぼろだった。まだ幼い個体だ。森の中で親とはぐれでもしたのだろうか。どうやらまだ息はあるようだが、このまま放置しておけばきっと長くはない。死肉をついばむヤミカラスどものいい餌になる未来は想像に難くなかった。私は木の枝を拾い上げて無言で立ち上がった。哀れだとは思ったが、見ず知らずのポケモンを助けてやる義理など私にはないのだから。私が暮らすこの森は広い。新たに生まれる命があれば、死に絶える命だってある。感情に流されて下手に介入するべきでは。 「ぴぃっ!」 私の背中を引き止めたのはこの子が発したと思しき鳴き声。小さな体にそぐわない、昼下がりの森の中に響き渡る叫び声。きっと全身全霊を込めたこの子の助けを求める声だったのかもしれない。このまま街まで買出しに出かけて戻ってきたとき、恐らくこの子の姿はここにはないだろう。さっきの声は私だけでなく他のポケモンたちにも届いているであろうから。いそいそと進めてしまおうとしていた私の足が重くなるのを感じた。後ろめたさを振り切って何も見なかった、聞かなかったことにして街へ向かってしまうという選択肢もあるにはあった。ただ、そうやって戻ってきたときの罪悪感に耐えられるかどうかは別問題。 「まったく、どうしろって言うんだい」 ぼやきを交えながらも振り返ってしまった。この時点で私はもう策に嵌っていたのかもしれない。力ない瞳だったが、その目は確かに駆け寄った私を捉えようと必死だった。子供を授かったことはもちろん、育てたことすらない私がこんな気まぐれで拾ってどうにかなるものなのだろうか。とりあえず、一旦家に戻ってこの子の手当てをしてやることが先決か。ひょいと持ち上げた丸っこい体はびっくりするくらい軽い。懐にしまってある木の枝がもう一本増えたくらいの感覚しかなかった。手を差し伸べてしまったからといって、別に一生育てる必要もないんだよな。まともに歩けるようになるまで保護して、はぐれてしまった親を探してやるというのもひとつの選択肢だし。まあ、私には他のポケモンよりは時間があるのは事実。落ち着いて対処していけば、なんとかなるだろう。きっと。 ◇ 「先生、早く行きましょうよー!」 「……そんなに急がなくたって、木の実は逃げやしないよ」 元気を持て余しているのか、私の数メートル先をひょいひょいと軽い足取りで歩いていく。今朝、倉庫の整理を手伝ってもらった直後だというのに今にも走り出しそうな勢いがある。私ならば一時間は休憩を挟まないと動く気にならないところだ。それにしても、街へ買出しに行くだけだというのにどうしてこいつはこんなにも楽しそうなんだろうか。いっそお使いを頼んで私は家でのんびりしておくというのも考えたことがあった、が。体力はあっても頭を使うことはからっきしで、簡単な買い物すら満足にこなせない時が多い。頼んでいた木の実と全く違うものを買ってくるなんて日常茶飯事で、場合によっては木の実じゃないものを抱えて帰ってきたことさえあった。これでは話にならないので、買うものをリストアップしたメモを渡しておけば大丈夫だろうと安心していたら途中でメモを無くしてしまったというからもう私の手に負えなかった。適材適所という言葉があるように、こいつに頭を使わせる作業は不向きということがお使いの失敗の積み重ねで私はようやく把握できたのだ。 「あれから十年……か」 結局この子の家族は森のどこを探しても見つからなかった。何しろ本人が親の姿を覚えていないというのだから捜索は困難に困難を極めて、気が付けば一年近く経過していたという始末。手探りで面倒を見ていくうちに愛着が沸いてきてしまったというのもあって、今更野に放り出すわけにもいかず私はこの子を引き取ることにした。吹けば飛んでいってしまいそうなちびすけだったのに、立派になったもんだ。先生という呼ばれ方にもすっかり慣れてしまった。最初のうちは弟子でもないんだからやめるように何度か言っていたのだけれど、別の呼び方の候補が「お母さん」だったので妥協した面もある。それならばまだ先生の方が良い。 たかが十年、されど十年。私にとっての十年とあの子にとっての十年はまるで重みが違うようで。私にしてみれば十年で何かが変わったかと言われても正直ぴんとこない部分の方が多い。確かに以前より調合できるようになった薬の種類は増えたし、新たな書物の知識を得ることはできてはいたが。劇的な変化には乏しかった。だけど、あの子は。いつの間にか背丈は私を追い越してしまっていて、隣に並ぶと見上げないと目線が合わない。顔を見て話そうとすると首が痛くなってしまうので困ったもんだ。格闘タイプも加わって力仕事ならば本当に頼りになるし、買出しに出かける時の荷物持ちとしても非常に優秀だ。後は頭のもう少ししっかりしてくれれば。 たかが十年、されど十年。私にとっての十年とあの子にとっての十年はまるで重みが違うようで。私にしてみれば十年で何かが変わったかと言われても正直ぴんとこない部分の方が多い。確かに以前より調合できるようになった薬の種類は増えたし、新たな書物の知識を得ることはできてはいたが。劇的な変化には乏しかった。だけど、あの子は。いつの間にか背丈は私を追い越してしまっていて、隣に並ぶと見上げないと目線が合わない。顔を見て話そうとすると首が痛くなってしまうので困ったもんだ。格闘タイプも加わって力仕事ならば本当に頼りになるし、買出しに出かける時の荷物持ちとしても非常に優秀だ。後は頭の方ももう少ししっかりしてくれれば。 「あっ」 しまった。考え事をしているとすぐこれだ。十年経っても家を出てしばらくある道の悪さも変わっていないんだった。こればかりは私の悪い癖で、学習能力がないと馬鹿にされても仕方ないくらいに失敗を繰り返してしまっている。転ばずに踏みとどまれることもあったが、今回の勢いは転んでしまう奴。 「……大丈夫ですか。先生」 少し先を歩いていたような気がしていたのだが、いつの間に駆け寄ってきていたのか。私はがっしりとした逞しい二本の腕で抱き止められていた。倒れそうになった雌を支えてやるなんてなかなか立派な芸当が出来るようになったじゃないか。普段はぼけぼけしていて私がいないとだめだとばかり思っていたけれど、思いがけず頼りになりそうな面を垣間見たような気がする。ほんの少しではあるけれどね。 「どうしました。おれの顔になにか付いてます?」 「……なんでもないよ」 顔が近いっての。お互いに炎タイプだからあんまり身を寄せ合ったままでいると暑苦しい。私はそれとなく抱えられていた腕を解くと、今度は多少足元に気を配りながら歩みを進める。足元をうろちょろしていた小鳥が、今や私と肩を並べて歩くまでになっている。道の悪さは変わらなくても、私自身が変わらなくても、変わったものもあるということ、か。 「おんぼろ道も、悪くないかもしれないね」 隣には絶対に聞こえないよう小さな小さな声で、私はひとりごちたのだ。 おしまい ---- -あとがき ・Twitterで話題になっていた魔女集会のハッシュタグの素晴らしい作品に感化されて閃いたお話です。あれがポケモンverならこんな感じになるかなと考えて筆を進めました。進化して体格が逆転するというのはベタではありますが、なかなかの萌えポイントだと思います。 【原稿用紙(20×20行)】10.8(枚) 【総文字数】3876(字) 【行数】33(行) 【台詞:地の文】3:96(%)|155:3721(字) 【漢字:かな:カナ:他】34:66:1:-2(%)|1318:2575:69:-86(字) ---- 何かあればお気軽にどうぞ #pcomment(ふたりのコメントログ,10,)