作者[[勇]]です。 『孤独』が消えたので、現状一作目ですかね。どうぞ。 二作目に戻りました。どうぞ! ------ *雨の日に変わった運命 [#c98ec851] この世界には、どんなことをしても報われない奴もいる。 どんなに相手のために尽くしても、どんなに辛いことをこなしても。 ただ、使われるだけ使われて、その価値が無くなれば、用のないお払い箱になる。 他の人に渡されたり、捨てられたり。酷いときは殺される事だってある。 そんな奴は本当の光を見られず、知らないままほとんどが命を落とす。 しかも、決してこれは他人事ではない。 そんな奴はそこら辺にわんさかいる。 良い例として…。 私だって、そんな奴の一員なのだから…。 ------ 小さな地方のとある町。私はそこに住んでいた。 私をシャワーズになるまで育ててくれた人のために、骨身惜しまず、働いていたのだ。 そして今は…その町に存在しているだけになっている。 町のはずれの路地にひっそりと存在しているのだった。 誰も、捨てられたポケモンに見向きもせず、通りすぎていく。 都会から離れたこの町から、働きに出ると、帰りは夜遅くなってしまう。 つまり、自分のことで手一杯になり、ポケモンと一緒には居られないという人が多い。 まあ、私の主は少々例外だったが…。 私はゆっくりと動き始める。夕方になってくると路地は危険だからだ。 食べ物を探して野良が動き出すから、餌の取り合いに巻き込まれてしまう。 勿論、そんな奴相手に食べ物を取ろうとは思わない。 力のない私がそんなことをすれば、間違いなく死に値するのだから。 しかし、捨てられてから早3日。限界の壁はすぐ目の前に迫ってきている。 目はかすみ、足取りは千鳥足。空腹に至っては、口では表せないほどにまでなっている。 どうにか路地を抜け、小さな通りに出てくる。森に面した西側の静かな通りに。 いつもなら綺麗な夕日が見えるが、今日は今の私の心のごとく曇っていて、何も見えない。 しかも、今にも雨が降り出しそうな程に暗い雲が空を占領していた。 つまらなそうな目で空を見ていると…。 ポッ。 ポツッ、ポツッ。ザァァァァ! (…最悪だ。いくら私が水タイプだからって、こんな仕打ちは酷すぎるよぉ…) 予想していた以上に雨が降ってきたのだ。 この通りには、雨を防げる場所がない。雨粒が冷たいつぶてとして、私の体に降り注ぐ。 こんな体にこんな大雨が、耐えきれる訳がない。まさに、悪魔のくれた死の贈り物だった。 空腹が、寒さをより強調する。もう既に足先の感覚は消えてしまっている。 意識も消えかかり、睡魔が襲い掛かってきている有り様だ。 このまま寝てしまえば、楽になれるだろう。しかし、こんな形で終わりたくはなかった。 ただ、他人の為に働き、何もされずに捨てられた時、絶対生き延びてやると決めたが。 それよりも、素直に死が怖かった。どんなことを言っても、それが本音だ。 だが、そんなことなんか気にせず、雨は降り続ける。そして私を濡らしていった。 (もう…駄目…だ) 体力が限界に達したとこで、私は倒れた。 体が水溜まりにつかった。既に雨で冷えきっていたというのにその水は冷たいものだった。 もう体は動かない。やはり死を受け入れるしかないのだろうか。 私は悲しみに、涙を一粒流し、自分から目を閉じていった…。 …………パシャン。 ふと耳元で水のはねる音がして、冷たさが少し消えた。雨が当たらなくなったのだ。 でも今は雨が降っているはず。一体どういうことだろう? 重たい目を少し開き、目の前を見る。すると…。 そこに映ったのは人の足だった。どうやら座っているようだ。 (この…通りに、人が…来る…なん…て…) 目を少し上げて、その人を見る。短い髪に優しそうな目をしている20歳前後の男の人だ。 雨が当たらなくなったのは、彼が傘を差しているからだろう。 虚ろな目で彼の顔を見ていた。見れば見るほど、その目に優しさを感じてしまう。 その時。彼が手を伸ばしてきた。そして、私をゆっくりと抱き抱えた。 私は顔に、疑問の表情を浮かべた。(そう見えたかは知らないけど…) 「…可愛そうに。一緒においで。此処にいたら寒いだろう?」 顔の上から声が聞こえた。ただ、それに答えられるだけの元気は、残っていなかった。 彼はすぐに立ち上がり、私を抱えたまま歩き始めた。途中で抱え直す。 (この人の体…あった…かい…なぁ…。気持ち……いい…な) 私の冷えきった体には、彼の温もりはまるで、太陽のような温かさだった。 触れているだけで、とても幸せになれそうなほど、温かかった。 だが、その温もりを最後に、私の意識は遠くなっていった。 体力が限界を下回ったようだ。もう、瞼を開ける力も残っていない。 私は彼の腕の中で、生死を彷徨う深い眠りに付いた。何故か死への恐怖は消えていた。 私が眠ったのと同時に、彼が急いで走り出した。顔はさっきまでとは違い、必死だった。 「頑張れ…」 その一言が、私は聞こえたような気がした…。 ----- ………。 ………………。 ………………………。 ………………………………ガチャ、バタン。 音が……聞こえた。ということは、私は生きているのだろうか。 遠退いていた意識が徐々に戻ってくる。光ある世界へと…。 「……うっ…………ん…」 軽く、小さな声が出た。やっぱり私は生きているようだ。にわかに信じられないが…。 ゆっくりと目を開く。眩しい光が一番最初に入ってきて目が眩む。 全く焦点が合わない目を少しずつ慣らしていく。 数秒すると、目の前に見たことがない木造の天井が見えた。人の家みたいだ。 更に、冷えきった体も元の体温まで戻っていた。首を動かし辺りを探る。 私は今、この部屋のベッドに、沢山の毛布を掛けられて横になっている。 部屋には、机と椅子、火の灯った暖炉と額に入った幾つもの写真が壁に掛けてあった。 それ以外、特に変わった物もない普通の部屋だ。あ、家は木造で珍しいか。今にしては。 火の焚いてある暖炉と、この沢山の毛布が掛けられているのを見ると…。 ………………助けてもらったみたいだ。 (…でも一体誰が…。私、死んじゃいそうだったのに…………あれ?あの時、誰かいた?) 記憶の糸を手繰り寄せ、あの時の事を思い出してみる。 そして出て来たものは、茶色い瞳の目と、暖かい温もりに、男の人の声だった。 どうしても他のことは思い出せない。(自分のことは忘れてないけどね…) とにかく、この部屋を調べるために、体を毛布から引きずり出そうとした。 その時。ガチャッ、と音がして人が入ってきた。 「あっ、目が覚めたんだね。よかった…。でも、まだ体が完全に回復してないから動いちゃ駄目だよ?分かった?」 ベッドの前に置いてあった椅子に、座りながらそう言い、私に毛布を掛けてきた。 記憶の声と全く同じ感じの声、優しそうな目。それだけで記憶が色鮮やかになっていった。 この人と会ったとこから気を失ったところまで、しっかりと思い出した。 彼の言葉に従い、再び横になった。 言われてみれば、気が張ってて気付かなかったが、体がまだ重い。 そっと彼の手が伸びてきて、私の頭をゆっくりと撫でた。 暖かくて柔らかい手だった。心地よくて、目を閉じ、その温もりだけを感じていた。 この部屋より、毛布より、冷えきった私の体を、心を、心底暖めてくれていった。 「気持ちいい…」 あまりにも心地よく、思わず声が出てしまう程だった。 やがて手が離れていく。目を開くと微笑んだ彼の顔があった。目と鼻の先に。 いきなりそんなことになったので、少々驚いた。すぐに彼の顔が離れていく。 「とにかくまずは、自己紹介でいいかな?」 微笑みを崩さず私に問いかけてきた。 彼の言葉にコクンと頷いた。それを見ると、再度ニッコリと笑い、話し始めた。 「僕の名前はモミジ。でもって、此処は僕の家。君の倒れていた街からちょっと離れた森の中にある。 さっきは仕事の帰りであの通りを通ってきてたんだ。そいで、倒れていた君を見つけて、急いで連れて帰ってきて処置したって訳」 そこで彼が口を閉じた。私に至っては、未だに話してもいいのか迷っていた。 というか、話しても相手が人間だ。人間に話しても通じない。 それなら話さない方が良いと、そう思った。 今の複雑な気持ちを、分かってはもらえないのだから。 でも、今はとにかく話したかった。誰でもいい、分からなくてもいいから話したかった。 私がそうやって踏み止まっていると、彼――モミジさんがドアに向かって歩き出した。 突然不安が押し寄せてきた。モミジさんが部屋を出ようとするだけで寂しくなってしまう。 「ねえ、何処言っちゃうの!?独りに…しないで…。置いて行かないで!寂しいよぉ!!」 我を忘れて思い切り叫んでしまった。驚いた顔をして、モミジさんが振り返って私を見た。 その顔を見て、私は顔を真っ赤に染めた。小さい子供のようなことを叫んでしまったから。 更に顔を布団に伏せてしまう。赤い顔を見られるのも、とっても恥ずかしかったんだもん。 でも、モミジさんはあまり気にしてくれなかったようだった。 そのおかげで伏せた顔も、まだ赤い状態でも上げられた。 でも、モミジさんから帰ってきた言葉で、その顔の赤みもあっという間に消えていった。 「フフッ…。赤いシャワーズも結構可愛かったよ?あと、心配しなくていいから。隣の台所に食べ物取りに行くだけで、独りにするわけじゃないからさ。大丈夫、寂しがらないで待っててね」 私の言葉通りに返答してくれたのだ。つまり、私の、ポケモンの言葉が分かることになる。 すぐに放心状態から我に返り、モミジさんに向かって叫ぼうとした。 が、既にモミジさんは、バタンと閉じた扉の向こう側に行ってしまった後だった。 仕方なく、私はモミジさんが帰ってくるのを待つことにした。ゆっくりと横になって…。 ----- 扉の向こう側で金物のこすれる音がする。向こうは台所のようだ。 食べ物を取りに行くと言っていたけど、何をしているのだろう。 出来れば、あまり手間をかけさせたくない。助けてもらっただけでも有り難いというのに。 流石に、なんか悪い気がしてきた。毛布を被る。出来るだけ早く回復するようにと。 やがて二、三分すると、音が消えた。毛布から顔を出して、扉を見る。 少し軋む音がして、扉が開いた。モミジさんが手に何かを持って入ってくる。 容器だ。そっと運んできているところを見ると、中に何か入っているみたい。 それを机に置いて椅子に腰をかけた。片手で手招きをして私を呼んでいる。 さっきと違う事を言っているので、少し戸惑う。それでも手招きしているので毛布を出た。 ベッドからも降りて、机の上に上り直した。容器を覗くと、中にはスープが入っていた。 甘くて辛い匂いが鼻をつついてくる。お腹の空いた私にとって、それだけでもご馳走だ。 「あの、これ頂いても良いんですか?」 「うん、別に構わないよ。それに、どうしようもない位お腹空いているんじゃない?」 「でも、助けてもらっておいて、こんな物まで頂くわけには…」 そんなことを言っていると、お腹が鳴った。また、一気に顔から火が出てくる。 恥ずかしくって堪らなくなり、すぐに顔を伏せた。目の前にスープが見える。 このままにしていれば、また大恥をかいてしまう。…そんなのは絶対に御免だ。 「……頂き…ます」 「どうぞ、召し上がれ。足らなかったらまだあるからね」 にこやかに、そう答えてくれた。本当に心から言っていることが、伝わってくるくらいに。 スープに口を付けようとする。が、あることがそれを止めた。 湯気が立ち上っていて凄く美味しそうなのだが、それが指し示す意味が飲めない理由だ。 …水タイプの私にはまだちょっと熱い。このまま飲めば、口内を火傷しかねない。 少しでも早く冷めるように息を吹きかける。お腹が空き過ぎているためか、何か一生懸命になっていた気がする。 数秒すると、湯気の勢いが衰え、少し冷めたことを知らせてくれた。 ペロリとスープを一舐めする。うん、丁度言い温度になった。 そのままスープを飲み始める。寂しかった口の中に、味が広がっていく。 甘みの中に僅かな辛みを感じる。それだけの簡単なスープが、とても美味しかった。 空腹とかは関係なく、ただ本当に美味しいと思った。今までにないくらい…。 その後の私は、止まることを知らなかった。凄い勢いでスープを飲んでいく。 数分後の容器には、スープの一滴すら残らない程だった。しかも二杯もお変わりを貰って。 さっきまでの遠慮なんてものは全く無くなっており、いつもの調子になっていた。 「ふは~、お腹いっぱい。有り難う御座います、とっても美味しかったです」 「よかった。最初のは御免ね。僕たちとは感覚が違うこと忘れて熱くしちゃって」 少し申し訳なさそうな顔でそう言ってくる。それに私は首を横に振る。 何はともあれ、ここまでして頂いたのだから、文句の一言も出る訳がない。 私のその仕草に、モミジさんはまた笑みをこぼす。そして、容器を片付けに扉の向こうに消えた。 その扉を見てあることを思い出した。彼が何故私と…ポケモンと話せるかと言うことを。 ガチャガチャと音の聞こえてくる扉をずっと見ていた。彼が帰ってくるまで…。 やがて、扉が開いて彼が帰ってきた。じっと見つめている私の前にゆっくり座った。 「どうしたの?もう少し寝ていた方が良いと思うよ?それとも、他に用がある?」 「はい、少し。その…何でモミジさんは普通の人間なのに、私と話すことが出来るんですか?それが気になって…」 その質問にモミジさんは、少し困った顔をして、頭を掻きはじめた。 そのまま下を向いて、少しの間唸っていた。やがて、頭から手を離して、軽く息を吐いた。 顔を上げ、私を見つめて動かなくなった。正直、そんなに見られるとちょっと恥ずかしい。 私はさっきと同じく、赤くなってしまった。堪らず、僅かに視線をはずす。 その事に気付いたのか、モミジさんがまた、くすくすと笑う。 「…まあ、君になら少しぐらい話してもいいかな?」 モミジさんの言葉に私は視線を元に戻した。少し困った顔のままだけれど。 そんなに言うのに困ることなのだろうか。 確かに、ポケモンと話せるということ自体おかしいのだけれど。 「僕にも何でか分からないんだ。ただ、僕の血にポケモンの血が混ざっているんだって」 「え…、それってモミジさんの家族の誰かが…」 「かもね。少なくとも、ずいぶん前の先祖だろうけど。僕が話せるのはそういう訳みたい」 …今一つ信じがたい話だけれど、それ以外で納得できる話が思いつかない。 それに、今までのモミジさんの行動や仕草からは、こんな事で嘘はつかないと思う。 というか、心に疑うという事さえうかんでこない。不思議なくらいに…。 ふ~ん、と私が頷くと、顔に少し安堵が表れた。何か疑われるのかと思ったのだろうか? そういう事には、あまり首は突っ込まない。こんな事に首突っ込んどいてなんだけど…。 会話が終わると、急に眠気が襲ってきた。モミジさんがそれを見て、時計に目をやる。 つられて私も目をやった。短針が12を過ぎ、長針が6。…深夜零時半。 今更気づいたが、…かなり遅い時間だ。 「わ…私どの位の時間寝てました?」 「ん~とね。大体、帰って来たのが10時だったから、1時間半位だったかな?」 …道理でとんでもなく眠たい訳だ。大きなあくびをして、目を擦った。 ベッドに戻ろうと、頭を少し下げてから向きを変えた。ただ、眠気で目の前がぼやける。 そのまま歩こうとすると、体がフワッと宙に浮いた。否、モミジさんに抱き上げられた。 恥ずかしさがまた顔に表れてくる。すぐに、抜け出そうとジタバタした。 でも、こらっ、と言われて仕方なく大人しくなる。とても温かい腕の中で。 ベッドまで来ると、緩んだ腕から抜けた。大きく伸びをして、ゆっくりと横になる。 その間にモミジさんは、毛布を回収してベッドの端に積み重ねていく。 作業を終えると、毛布を一枚広げて、私に掛けてくれた。 毛布を離した手がそのままこっちに伸びてきて、私の頭を撫でてくる。 さっきと同じでとても温かい。それが、眠気を催促してくる。 徐々に眠気に勝てなくなり、モミジさんの手の温もりも薄れていく。 「ゆっくり休むんだよ。それじゃ、お休み」 耳元で囁いた声が聞こえた。その後は何の音もせず暗くなった。 久々にゆっくりと休めそうな空気に、安心しきって眠りについた。 ----- ……眩しい。何かの光が目に入ってくる。 ゆっくりと目を開くが。眩しさに負け、また閉じてしまった。 閉じたままの目を少しだけ光に慣らして、再度目を開いた。 窓から差し込んだ光が、私の顔を直撃している。寝返りをうって、それを避けた。 そのまま毛布をかぶって、もう一寝入りしようかと寝かけたら、いい匂いがした。 どうやら扉の向こうから漂ってきているようだ。匂いにつられて毛布を抜け出す。 ドアの目の前で止まって、二足で立ってドアノブを回す。そのまま体重をかけて押した。 ガチャリと音を立ててドアが開いた。モミジさんの後ろ姿が目に入る。匂いも強くなる。 音に気が付いたのか、モミジさんが顔を此方に向ける。 「お早う。体の調子はどうだい?ぐっすりと眠っていたけど」 「ありがとう御座います、だいぶ良くなったみたいです」 頭を軽く下げて、御礼を言う。良かったという感じの笑顔を見せてくれた。 隣に近付いて行き、台の上を覗いて見る。茶色い粉に木の実が幾つか置いてあった。 モミジさんは隣で、茶色い塊を潰したり、木の実をきったり潰したりしている。 いい匂いはこれのようだ。匂いを嗅ぐ度にお腹がすいてくる。 暫くその匂いを嗅いでいると、作業が終わったのか、移動し始めた。 「朝御飯にしようか。ポケモンフーズ、味見してみるかい?」 「え…じゃあ、喜んで頂きます」 モミジさんの後に続き、部屋に戻る。 机に飛び乗ると、目の前にさっきの茶色い塊(ポケモンフーズと言うらしい)の入った器を置いてくれた。 頂きます、と言ってからその塊を一つ口に入れる。上手く纏まっていて食べ易い。 しかも、…何て言ったらいいか分からないほど美味しかった。 そのまま、やっぱり平らげてしまった。スープよりはお腹いっぱいになるようだ。 「ご馳走様です」 「うん。ご馳走様でした。さてと…」 器をまとめて机の端に除け、私との間をさっぱりさせた。 何をしているのだろうと思っていると、その場に頬杖を付いて、少し真剣な顔になった。 「そろそろ話してくれるかな?君の事」 「え………」 言葉に詰まってしまう。今ならしゃべれる気はするが、やはり辛いものがある。 しかし、いつまで経っても口に出来ないのはもっと辛いだろう。 ずっとこの苦痛を一人で背負い込んで生きていくなんて、私にはどう転がっても出来ることじゃない。 それに、モミジさんなら私の傷を癒してくれそうな気がする。この深い傷を少しでも…。 「……ちょっと無神経過ぎたかな?御免ね。そんなに簡単には話せないよね…」 「いえ、大丈夫です。お話しします…」 有難う。モミジさんのその言葉を聞いてから、私は話し始めた。 私はこの町にいる金持ちの子供に育てられた。 とてもわがままな奴で、私はシャワ-ズになって間もなく扱いが激変した。 子供の部屋から放り出され、無理矢理使用人の部屋に移動させられた。 簡単に言えば、その子供のお気に入りから外されたという訳。 一度覚えた感情をいきなり断ち切られても、素直に受け入られる筈がない。 だから頑張って何でも熟してきた。ただあの偽りの温もりが欲しいためだけに…。 やがて、その反動として身から錆が出てきた。体が労働に耐えられなくなってきたのだ。 日に日に溜まっていく疲労に体はついて行くわけもなく、僅か二日三日で倒れてしまった。 そのまま、使用人の部屋に担ぎ込まれた。其処まではよかった。そう、ここまでは…。 無理をし過ぎた体は、すぐには戻ってくれなかった。暫くはベッドの上で過ごしていた。 その間に、大変なことを耳に挟んでしまったのだ。体が回復しかけていたあの日に…。 モミジさんに会う3日前、大人しく横になっていると廊下で足音がした。そして声も。 「全く、ご主人の人使いの荒いこった。まだ寝足りねえぜ」 「おいおい、あんまり悪く言っていると首切られるぞ。面倒臭いがな」 そんな声が壁の向こうで移動しながら聞こえてきた。 おそらく主人付きの執事だろうと思っていた矢先、また声が聞こえてきた。 「首切られるって言えば、あの話知ってるか?」 「あの話。…あの寝込んでるシャワーズのことか?」 「おう。…彼女は何も悪くねえのに、首切るんだとさ。本当に何を考えているんだか…」 聞いていて体が硬直した。当たり前だが、信じられる訳がなかった。 私は何の為にこんなになっているのかが一瞬にして分からなくなった。 ただ温もりが欲しかった。その為に必死になっていたのに…。 結局は、利用されていただけだった…。あいつらの思うがままに…。 その事実が悲しくって、悔しかった。受け止めきれなかった分は涙となって、零れていく。 今までの思いも全て流れてく気がした。心の支えになるものが無くなってしまったから…。 心底泣いた。泣いて、泣いて、泣きじゃくった。心の中が空になるぐらいまで泣いていた。 そして、いつの間にか泣き疲れ、眠ってしまった…。 次に目を覚ましたら、既にあいつらの車の中。しかも、強固なケージの中にいた。 暴れに暴れて、逃げだそうとしたが、壊れるわけもない。車の中に音が響いただけだった。 音がして、車が止まった、何かの建物の前で。ケージの外に見えたのは『保護施設』の文字。 私が入ったケージは、その建物の奥に運ばれていった。床に置かれてケージが開く。 目の前には見たことのない人間。威嚇をしたが、難なく抱えられた。 檻が左右にいっぱい並び、真ん中を通路が貫いている。檻の中には色んなポケモンがいた。 中には背筋がゾクリとする程恐ろしそうな奴もいた。やがて、一つの檻に入れられそうになった。 たまったものじゃないと、見境無く大暴れをし始めた。技まで使って。 思い切り、抱えている人間の腕に噛みつくと、悲鳴と共に腕から抜け出した。 捕まえようとする人間達の足の間を潜り抜けて、窓ガラスを割って外に飛び出した。 そして、僅か二日三日、町の中を彷徨って生きてきたという訳である。 ----- 「……………」 「其処に通り掛かったのがモミジさんだったんです…」 私が口を噤むと、その場に思い空気が流れた。何かが込み上げてきて、零れそうになる。 それを誤魔化すように、目を擦った。それでも僅かに零れてくる。 無理矢理止めようと、顔を両手で叩く。そうしていると少し収まった。 手を退けると、ジンジンとした痛みが残る。力を入れすぎたらしい。 其処にそっと、モミジさんが手を触れた。やっぱりとても温かい…。 あいつと違うのが今はよく分かる。あいつに撫でられても、心までは温かくならなかった。 それに比べ、モミジさんは私のことを本当に心配してくれる。だから、素直に心が開けた。 その証拠に、今こうして心配してくれている。少なからず、私と話せた事も影響しているが…。 頬の温もりがフッと消えた。頬から離れたその手が、私に向かって手招きをする。 従うままにモミジさんに近づいていく。すると、突然背中に手を回してきて引き寄せられる。 そのまま抱き締められた…。一瞬にして思考回路が停止する。 無意識のうちに、私もモミジさんにしがみついていく。何かを離さないようにと。 モミジさんの鼓動を感じて我に返る。でも、しがみついた腕は放さなかった。 その状態のまま、上を向く。すぐ上にモミジさんの顔。 とても私のことを心配してくれているのが伝わってくる。 初めてこの人に会ったときに見せてくれた顔と同じだ。その目に、優しさを感じずにはいられない。 さっき抑え込んだものが、また外れそうになる。必死に感情で抑え込もうとするが…。 「……別に我慢しなくても良いんだよ?泣きたい時は誰にでもあるんだから。泣きたい時には、無理せずに泣いて良い」 またギュッと抱き締めてそう言ってくれた。と同時に、頬に冷たいものが流れる。 堪えきれなかった。涙が次から次に、頬を伝って零れ落ちていく。 もはや、幾ら目を擦ろうとも、止まる気配はしなかった。 次第に涙の零れてくる量が増していく。頬を伝わずに大きな水玉となって、ポロポロと下に落ちていく。 「御免なさい…。少しだけ……ほんの少しだけ…胸…貸して……下さい………」 涙でグシュグシュになった顔を胸に押しつけた。気が緩み、自分の嗚咽も聞こえてくる。 すぐに服が濡れるのが感じられた。そして、頭を撫でる温かいものも…。 啜り泣きをしながら、もう何が何だか分からないくらいの力で抱き付いていた。 まるで、一人で溜め込んでいたものの重さを表すかのように…。 それからどれくらいの間、慰めて貰ったかも分からない。とても長い時間そうさせて貰っていた気がする。 僅かではあるが、そのお陰で落ち着いてきた。まだ湿った顔を離す。 手に入っていた力も徐々に普通に戻る。そのまま泣き疲れ、またモミジさんの胸に倒れる。 それを見て、私のことを気遣い、モミジさんが優しく耳元で話してくれた。 「落ち着いた?」 言葉で返すだけの気力は残っていない。こっくりと、その場で頷いた。 そう、と一言だけ言って、耳元から頭を離した。腕は変わらず、私を包んでくれている。 何も言わずに、ただゆっくりと私の背中を撫でてくれた。それだけで、凄く癒される。 ----- 少しずつ、泣いた疲れが薄れてくる。トントンと、軽く胸を叩いて下ろして貰うようにお願いした。 持ち上げられて、机に下ろしてくれる。涙の跡が残っていたのか、目元を擦られた。 もう一度自分で目を擦って、残った涙を拭う。その後で口を開いた。 「有り難う御座いました…。お陰で色々楽になった気がします…。」 「それなら良かったよ。…で、その…泣き止んですぐにこんな事聞いたら悪いと思うんだけど、…これからどうするの?」 …すぐにまた空気が重くなった。心配してくれているのは嬉しいのだけど。 行く所なんか、何処にも無い。家族も親戚も、友達すらいるかどうか分からないのに。 かと言って、またこんな思いをしながら町を彷徨っていたら、確実に次は無い。 それに、保護団体に捕まるという可能性も大きい。あそこにいるのは絶対に嫌だ。 あの馬鹿共に見つかっても何をされるか…。決して良い様にしてはくれないだろう。 とにかく、落ち着ける場所も無ければ、町に出ることもできない。結果は見えている…。 「……分かりません。少なくとも、いい結果は出ないと思います…」 自分で言った言葉がとても重かった。自分に未来は無いと言っているのだから。 正直、自分が情けない。これまでにおいて幸せだと思ったことが、今ぐらいしかないから。 それも、もう感じられなくなる。…これ以上モミジさんに迷惑をかけたくない。 この話が終わり次第、一端町に戻って如何するか考えよう。先ずはそれからだ。 「…じゃあさ、此処に一緒にいてくれないかな?」 唐突にそんな事を聞かれて、キョトンとしてしまった。そのせいで、聞いた言葉が消える。 そのまま時間が過ぎていく。なのに私は、時間が止まったような感じだった。 その時が動き出すまでに、それほど時間はかからなかったと思う。 消えていた言葉が、再び蘇ってきたからだ。一度止まった頭を動かし始める。 ただ、その言葉の意味を理解するなり、言葉に詰まった。今度は言葉を疑う。 その言葉が…嘘ではないかと確かめるために口を開いた。 「…どういう事です?…な、何で…こんな私なんかと一緒に…いたいなんて…」 「そんな事ないよ。君は一生懸命生きてる。それが一番大切なことだと思う。だからこそだよ。…それにさ…僕も一人じゃちょっと寂しいんだ。此処に一人じゃね」 嘘じゃない。それどころか、私の存在自体を全て認めてくれた。 空になった筈の涙が一筋流れる。今まで自分でさえ認めなかった私のことを認めてくれたから。 それに、私を必要としてくれている。そのお願いを拒む理由が見当たる訳がなかった。 もう一度涙を拭って、まだ少し潤む瞳のまま、笑顔でそれに答えた。 「それじゃあ…その…よろしくお願いします」 「此方こそ。有り難うね、お願いきいてくれて。…そういえば、名前、聞いてなかったね。なんて言うの?」 名前…。自分をその種族として見るのではなく、ただ一匹の存在として認めてもらえて、初めてつくもの。 勿論、そんなもの今までもらえるどころか、まともに呼ばれた事すら少ない私にある訳が無い。 首を横に振る。その素振りを見せると、モミジさんは、そっか、と言って腕を組んだ。 私の名前を考えてくれているのだろうか?それを貰ったことのない私には分からない。 小さく口が動いているのを見ると、ブツブツと何かを呟いているらしい。 時々、辺りを見回したりして、また考え込む。それを繰り返してると、やがて視線がある一点で止まった。 窓の方。外を見て動作が止まっている。何かなと、ベッドに乗っかって、窓を覗く。 …騒然とした。すぐ側に池があり、その池の上で、蓮の花が優雅に咲き誇っていたのだ。 もう言葉にならないほど綺麗だった。少なくとも、私の今までの人生の中では一番。 二人でその池を眺めていたら、不意にモミジさんが口を開いた。 「…レン……なんてどうかな?…君の名前…」 「…え?…れん…?」 ----- どうにか聞き取れたが、曖昧なので聞き返す。 名前を考えてくれたのは嬉しいけれど、急に話し出されると追いつけなくて困る。 私の言葉に頷き、私のことを抱き抱え、再び窓の外に視線を動かしていった。 つられて視線を動かすと、やはりその先にはさっき見た蓮の花がある。 それを見ながら、モミジさんはまた口を開いた。 「蓮の別称、睡蓮からとって蓮。蓮の花は、水の上では茎一本であの大きな花を支えているように見えるけど、水や、その下の土が茎の根本を支えているから、ああやって綺麗に咲いていられるんだ。見掛けだけが全てじゃない…綺麗な花」 「………御免なさい。そんな気持ちが込められてるなら受け取れません…。私はそんな綺麗な花じゃないですし、ろくに何も出来ないほどの駄目者です。だから…ムグッ」 言い終わる前に口を塞がれた。勿論、モミジさんの手によって。 それから逃れようと、首を振りながら後ろに下がっていく。が、それでも外してくれない。 両前足を腕にかけて、そのまま机に叩き付けるように、手を口から引き剥がした。 息を整えるため、大きく一回呼吸をする。落ち着いてから、モミジさんに向き直った。 「いきなり何するんですか!?」 「…自分で自分のことを信じてあげなよ。どの花にだって蕾があるんだから。その蕾を咲かせることが出来るのは自分だけ。君にはああやって水上で綺麗に咲いて貰いたい。だから、自分を否定しないで」 自信を持ってということなのだろうが、何を根拠にそんなことが言えるのだろうか。 少なくとも、私が話した中にはそんなことが言えるような根拠はなかったはず。 そう思うと、更に言われた気持ちとは反対の気持ちが膨らんでいった。 「……やっぱり私には花を咲かせるなんて事…」 「蕾があれば、やがて花は咲くもの。どんなに駄目でも、どんなに人の当てにされなくとも、君は君なりにこの世界で一生懸命生きてる。それで十分さ」 言葉の一つ一つがモミジさんの気持ちを直に伝えてくる。 確かにモミジさんの言う通りだ。私は今、自分の意志のお陰で此処にモミジさんといる。 それだけは、私が作り出したもの。誰のためでもなく自分のために。 自分で自分を守っている。自分が大切だから…。自分が生きたいと思っているから…。 それならば、自分を信じることも、自分を強くすることも出来る気がする。 此処からの道は、私が決めるんだ。どんなにつまずこうとも、前に歩いていく。 生きていれば自分は何時まででも其処にいるのだから。 うん、と自分に頷いた。自分に対しての残りのモヤモヤが消えた気がする。 やっぱり私は綺麗な花に……蓮の花のようになりたい。それが今の、正直な私の思い。 「あの、その名前頂いていいですか?」 「勿論。君の名前だもの。気に入ってくれてよかったよ」 安心したような顔で、モミジさんは応えてくれた。その顔を見て、嬉しくなった。 此処にはモミジさんがいてくれる。私を必要としてくれる人が…。 そして、支えとなってくれる大事な人が……此処に。 そんな事を考えていると、モミジさんが椅子から立ち上がった。 「さぁて、長話してごめんね。体伸ばしに散歩でも行こうか。もうお昼だけど」 大きく伸びをした後に、少し苦笑いをして私に言ってくる。 今までの空気から抜け出すために気分転換でもしようという事だろう。 このまま家に二人きりで篭っていてもいいが、外の空気も吸いたい。 それに、なにより蓮の花をもっと近くで見てもみたい。あの綺麗な花を。 「賛成です!早く一緒に行きましょう!」 考えがまとまる前に口が動き、行動に移っていた。 机から降りて、急かしたてるようにモミジさんのズボンの裾を引っ張る。 重たくて動く筈もないのに、無我夢中で引っ張っていた。 モミジさんがそれをはがして私を抱える。片手で頭をなでながら。 「それじゃ、行こうか。レン」 「はい!!」 初めて呼んでもらえた名前を良く噛み締めて、嬉しさと感謝の気持ちいっぱいで応えた。 抱えられたまま出た外の世界は、今までとは違っている。とても明るく綺麗で暖かな場所になっていた。 そして、蓮の花も美しく咲き始めていた。 Fin ----- 復旧オッケ。バックアップ様様です ----- お気付きの点、コメントはこちらに御願いします。 #pcomment IP:222.14.164.148 TIME:"2012-07-01 (日) 19:54:54" REFERER:"http://pokestory.rejec.net/main/index.php?cmd=edit&page=%E9%9B%A8%E3%81%AE%E6%97%A5%E3%81%AB%E5%A4%89%E3%82%8F%E3%81%A3%E3%81%9F%E9%81%8B%E5%91%BD" USER_AGENT:"Mozilla/5.0 (compatible; MSIE 9.0; Windows NT 6.1; WOW64; Trident/5.0)"