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陽と月の古本店 ~心の中で君を想う~ の変更点


writer is [[双牙連刃]]

口に出来ない想い、けれど大切な想い。
それを抱いた一匹のポケモンは、想い慕う相手と共に今日も一日を過ごしていく……。

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 普段から本に囲まれ、最近では妙な出会い方からにはなるけど、二匹程同居するポケモンも出来た。が、基本的に俺はごく普通の人間であり、怪我もする事があれば病気になる事もある。そう、病気になる事もあるんだ。

「うぅー……」
「よっ、と。冷たい方が良いと思ったが、氷水はやり過ぎだったかな? 冷た過ぎはしないかい?」
「大丈夫だ……ありがと月夜」
「どういたしまして。飲み物や何か、欲しい物は無いかな?」
「とりあえずは大丈夫だ。悪い、少し寝る」
「分かった。店は臨時休業の知らせを入口に貼ってきたから問題無いだろうし、ゆっくり休むといいよ」

 あぁ、月夜の優しい声なんて、普段はそう気にしないのに今は非常に有難いと思ってしまう。
そう、俺こと沖宮陽平は今、絶賛風邪拗らせ中なのである。昨日ゴホゴホ咳しながら店の中見てる客が居たとは思ったけど、まさか当たりを引く事になるとは思わなかった。
そんな俺の様子にいち早く気付き、病院へ強制テレポートして診察を俺に受けさせ、風邪だと診断され薬を受け取るまでをこなしてくれた月夜に今は看病してもらっている。今回ばかりは月夜の万能さに本気で感謝してる。

『風邪の時は温かくして寝ると良いらしいけど、なるべく僕も傍に居た方がいいかな?』
「そうだな……暑かったら言うから、橙虎もそれでよろしく」

 橙虎も俺の為に色々提案してくれて助かってる。流石に体は大きいし、何より汗を掻いてる俺に触れさせるのも偲びないから布団の中にとは言わないけど、傍に居てくれるだけでホッと温まるのが実際心地良かったりする。
独り暮らしだった時にはこんな看護を受けられなかったのを加味しても、この二匹からの恩恵をここまで有難いと思った事は無かった。本当、橙虎と月夜さまさまだ。
さて……橙虎も言っていた通り、風邪の時は温かくして寝るのが一番だって言うし、二匹には悪いが眠らせてもらおう。なるべく早く治さないと、店を開ける事も出来ない事だし。

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 ……うん、どうやら陽平は眠ったようだ。今までこんな風に病気で床に伏せるなんて事が無かったから、弱って眠る陽平というのは新鮮な状況だったりする。
とは言え、病気で伏せってるのだからその状況を面白がっては彼に悪い。早く治っても欲しいし、タオルが温まったら定期的に交換したりしなければな。

「それにしても、いきなり顔が赤くなったりフラフラしてたからどうしたのかと思ったよ。変な病気じゃなくて風邪だったからまだ安心出来たけど」
「全くだな。昨日の夜から熱っぽいかな? なんて言ってたが、昨日の今日でここまで進行するとは、風邪も侮れないものだな」
「僕達ポケモンって、そんなにそういう病気とか掛からないもんね。やっぱり、人とは体の丈夫さも違うのかな?」
「それもあるだろうし、君の場合体の中が高温で、ウイルスや細菌に侵される前に逆にそれらがやられてしまうのもあるだろうしね」
「そっか、なるほど」

 橙虎が居なかったら、陽平がダウンしてる以上この時間も退屈だったろうな。この家に招いた当初はどうなるかと思ったが、陽平の選択は間違いじゃなかったと言えるだろう。
そもそもこの橙虎、素直で落ち着きがある為手が掛からない。流石に家具をどうこうと言う事は出来ないが、基本的な生活に必要な行動は教えたら問題無く出来る。シャワーは流石に私なり陽平なりが付き添ってはいるが、それ以外は自分でなんとか出来てしまうのだ。
とは言え、やはりウインディ。図体は大きいのでどうしても目立ってしまう。いや、それは私もミュウツーである時点であれなのだが、橙虎の場合縦にではなく横に大きい為余計にスペースを取ってしまうのが問題なのだ。
ま、今日は出掛ける予定も無い以上その事を心配する必要も無いんだがね。いつも世話になってる陽平の面倒を一日看るのも悪くないだろう。

「そう言えば……確か陽平、昨日買い物に行かないととか言ってたよね? ひょっとして、食べ物無いのかな?」
「あー……確かにその問題があったんだった。ふむ、どうするかな」

 今朝から陽平はこの調子である為、無論朝食は私が用意したんだが、その時に確認した時点で冷蔵庫の中は殺風景になっていたのだよな。米はまだ余裕があるからして、主食の問題は無いんだがな。
買い出しに行きたくても、如何せん私と橙虎だけというのは些か問題がある。よしんば喋れはするが、通常ポケモンというのは喋るものではない。それが喋り、あまつさえ買い物をするなんて事をすれば確実に興味を引かれるだろう。
そうなると厄介なのはトレーナーだ。陽平が私や橙虎をボールに入れてない以上、ボールで捕らえられてしまったりすると少々面倒な事になる。まぁ、蹴散らすのは簡単なんだがな。
が、陽平が居ない状況で私や橙虎だけが相手をあしらうとだ、危険なポケモンが暴れてるなんて在らぬ罪を被せられて警察まで動いてしまう恐れがある。つまり、百害あって一利も無いのだ。
しかし、背に腹は変えられないように冷蔵庫の中身は無い。どうするかなぁ?

『あれ、お店休みになってる……』
「ん? 実里か」
「え? どうしたの月夜?」
「いや、馴染みの客が来たのだが……いや待てよ? ひょっとしたら渡りに船かもしれんな」

 橙虎にしばし陽平の様子を看ていてもらい、店の前に居る実里の元へ飛ぶ。テレポートなので一瞬だがね。

「実里、済まないが店は休みだよ」
「へ!? あ、月夜ちゃん! あれ、陽平さんは?」
「どうも客から風邪を貰ってしまったようでね、ここの2階の自宅の方で寝込んでいるよ」
「あぁ、それでお店もお休みなんだ。陽平さん、大丈夫そう?」
「熱はあるが、今は眠ってるよ。病院へも連れて行ったし、出来る限りの世話は私もしているしね」
「そっかー。お休みだし、ゆっくりお店を見たかったけど、そういう事なら仕方無いか」

 ふむ、実里は休みで暇なんだな。好都合だ、事情を話して協力して貰うにはな。

「実はな、実里。少々困った事があるんだが……協力を頼めないだろうか」
「困った事? 今までの話の流れからすると、陽平さんの事かな?」
「関わり合いが無い訳ではないが、事は私や橙虎についての部分が多いかな。ここで話を続けるのもあまり愉快な事にはならないし、少し付き合ってくれるか?」
「うんまぁ、特にする事も無いし、いいよ」
「助かる。では、失礼」

 実里に触れてそのまま自宅まで飛ぶ。実里は土足になってしまうんで、しばし浮いてもらって靴だけは脱いでもらうがね。
で、空の冷蔵庫を見せながら説明をすると、実里は快諾してくれた。買い物に行くだけだし、荷物は私が持つのだから実里への負担は無いに等しいしな。

「助かる。これで橙虎と私も具の無いチャーハンで一日暮らさずに済むよ」
「あれ、たまに買い出し忘れた時に出るけど……不味くはないけど凄く物足りなくなるんだよね」
「具無しのチャーハンって……と言うか月夜ちゃん、お料理出来るの?」
「練習中だがね。それでも、肉じゃがやちょっとした物なら作れるよ」
「肉じゃが作れるの!? な、なんか凄く家庭的だね月夜ちゃん」

 簡単に出来る家庭料理という本からの知識だからな。いや待て、そんな事は今はいいのだよ。まずは買い出しに行かねばな。

「話が逸れてしまったが、買い出しに付き合ってもらうのは構わないんだね?」
「あ、うん。任されました。それで? 何を買うの?」
「そうだな……寝ている陽平の横であまり重い物を食べるのも考えものだし、あっさりした物にしようか。構わないかな? 橙虎」
「お任せする。美味しい物食べられるだけで、僕は満足だよ」

 私もこの前、試しにとポケモンフーズを口にしてみたんだがね、正直吐き出すまでではないにしろ、出来れば避けたい食事だった。あれで満足出来る者達の事を、軽く尊敬してしまったよ。
ポケモンフーズへの敬遠は私の場合、この世で最初に口にしたのが陽平の料理だったというのも起因しているのかもしれない。舌が肥えていると言われたら、否定は出来ないのだろうな。
ま、それならそれでそれに合わせた物を作ればいいだけの事。折角料理についての知識も学んでいるんだ、活用しない手は無いだろう。
と言う訳で、協力してくれる実里の分も何か作るという約束が増えはしたが、買い出しへ出発する事にした。あまりゆっくりしていると、今は寝ているとは言え陽平が起きるやもしれないしな。

「僕もついて来て良かったのかな? 陽平の事見てなくて大丈夫?」
「そう長時間出る訳でもないし、その間なら陽平も眠っているだろう。けど病人でもある事だし、なるべく早く帰ってやらないとだがね」
「ん、どうしたの月夜ちゃん? 橙虎ちゃんとお話?」
「え? あぁそうか、陽平には意識リンクをしてるから橙虎の声が普通に聞き取れるが、君にはしてなかったな……まぁ、やってみるか」

 実里に尻尾を触れさせ、陽平にやったように私の意識、聴覚を実里と繋げる。繋げると言っても、感覚共有というのが一番正しいかな。
だがこれ、本当にやっていいのか少々最近迷うようになっていたりするのだよね。何故かと言うとだ、陽平に変化が出初めているようなのだよ。
簡単に言うと、私の力無しで橙虎と話している時があるのだよ。ふとした瞬間、意識せずに居る時にな。で、誰と話しているかを自覚すると、スイッチが切れたように橙虎の声が分からなくなるらしい。
つまり、陽平の知覚が私のそれとリンクを繰り返す度に、私の知覚と同化し始めているのではないかと思う。
味覚や視覚は大変わりが無いからいいかもしれない。だが問題は聴覚だ。ポケモンの声を聞ける、それは普通の人間には無い感覚だ。それが備わってしまったら、彼はどうなるだろう?
……いやまぁ、そう変わらない気もするが、世間体もある。喋れるからと言って平然と喋っている訳にもいかないだろうし、今までより気苦労が増えるのは確かだろうな。
そう考えると、実里に意識リンクをするのも危険か? とも思ったが、1回や2回ではそんな事も起きないだろうし、問題無いだろう。

「あれ? 実里にも僕の声聞こえるようにしたの?」
「わ!? 何これ!?」
「橙虎の声さ。今だけ、君にも聞こえるようにさせてもらった」
「ど、どういう事?」
「私達だけ喋っているというのも、君が退屈だろ? まぁ、君以外には私達の声は聞こえてないがね」

 簡単に何をしたかを説明すると、流石に陽平よりも驚かれた。まぁ、彼は私と普通に話したりしていたのもあるから、この状況に慣れていたというのもあるか。

「それって、今ならライとも話せるって事?」
「可能だろうね」
「……あ、後で、お願いしていい?」
「ふふっ、サービスって事にしておこうか」
「ありがと! うわぁ、ライと話せるんだ! どんな感じなんだろ」

 雷星か、一度話したきりだが、確か物腰も穏やかで真面目そうだったかな。どう感じるかは、後々実里自身に体験してもらうがね。

「でもこうやって聞くと、橙虎ちゃんも女の子だねー。普段の鳴き声だと全然分からないや」
「僕自身、あまり気にした事無いんだよね……前の仲間にも、牝とか牡とか特に言われた事無かったし」
「最初、陽平も分かっていなくて、シャワーを浴びせようとして叫びながら出てきたっけな」

 まぁ、私が橙虎の事を君と呼んでいたのも悪かったんだが。それが陽平の勘違いを併発させたと謂れの無い難癖を付けられたものだよ。
さて、世間話をしながら進んできて、いつも買い物をする辺りまで来た。必要な食材はピックアップしているから、さっさと買い物をしてしまおうか。
作る物としては、実里からのリクエストで卵焼き、それにパスタのナポリタンになった。昼はそれでいいだろうな。
夕食には橙虎からのリクエストという事で、生姜焼きを作る事になっている。メインの食材は鶏肉になるが、これはこれでいけるから問題無いだろう。

「必要な物と、三日くらいの食料ならこれくらいかな?」
「うむ、大丈夫だろう。……ん?」
「どうかしたの、月夜?」

 どうかしたかと聞かれたら、いつものが来たとでも言えばいいのかな? 私を狙っての阿呆が来たという事だよ。

「そこの人、すいませーん!」
「え? あ、私ですか?」
「適当にあしらってくれて構わないよ実里。私を捕まえたいとか、バトルを申込みたいという類の奴だから」
「そのポケモンってミュウツーですか!? あの、良かったらバトルしたいんですけど、いいですか!」
「あ、ホントだ」

 で、いつも通りバトルへ……と思ったのだが、前に出ようとした私を実里が静止した。どうしたのだろう?

「バトルをお受けするのは構いません。ですが、ここではダメです」
「え、ど、どうして?」
「ここは商店街です。人通りもあるし、そもそもバトルの余波で周囲の商店に影響が出る可能性があります。こういった場所でのバトルは原則、警察や役所に届出を出して頂かなければなりません」
「そんな、皆そんなの出してバトルする事無いんだし……」
「ですから問題なんです。こういう者として、そういう輩を野放しに出来ないんですよ」

 おぉ、警察手帳を持ってたのか。開いて自分の写真が入っているのを相手に見せたら、相手のトレーナーは冷や汗流して逃げていった。

「お見事、と言ったところかな」
「ありがと。でも月夜ちゃんが慣れてる感じからして、いつもこんな感じだったりするの?」
「まぁね。因みに誤解されないように言うけど、陽平は私に戦えとは言わないし、私も戦闘になった場合周囲への被害はゼロになるようにしているよ。ま、まぁ、問題はあるかもしれないが」
「そんなに警戒しなくても大丈夫だよ。流石に問題が起きちゃったポケモンバトルは容認出来ないけど、それ以外は大事にならなければ多少は黙認してるところもあるし。けど、本当ならさっき言った通り届出が必要だって事だけは覚えておいて欲しいかな」
「了解だ。陽平にも伝えておくよ」
「うん、お願いね」

 こうして応対を見ると、実里もきちんとした警察官だな。流石なものだ。
しかし、こうして陽平以外の誰かと伴って外出するというのも新鮮だな。実里の客として以外の一面も垣間見る事が出来たし、悪くないものだ。
とは言え、変に目立ってしまった手前早々に切り上げるべきか。昼食の用意もあるし、実里と橙虎を連れて退散と行こうか。

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「わー! ライの声結構渋いー! レントラーだけあって男前だねー!」
「お、驚いたな、まさかこうして実里と話せる日が来るなんて思った事も無かった」
「けほっ、まぁそりゃあそうだろうな。俺は月夜と話慣れてる所為で感覚おかしくなってたけど、ポケモン側からもそういう反応をして然りだよな」
「ほら陽平、まだ体怠いんでしょ? 無理しないで。あ、お水とか要る?」
「大丈夫だよ。ありがとう橙虎」

 ふふっ、各々楽しんでいるようで何よりだ。私? 無論昼食の用意をしている。そもそもその為に買い出しに行ったんだからな。
因みにこの部屋内ならば、陽平や実里に触れていなくてもポケモン側と会話が出来るようにしている。限定空間じゃないと、私が近くに居たり触れていないと出来ないがね。
よし、と。食べた感じパスタの茹で加減も上々だし、ナポリタンもなかなかの出来だな。卵焼きももう出来ているし、昼食完成だ。

「待たせたね、出来たよ」
「おぉぉ! 凄く美味しそう!」
「それはどうも。陽平、君はこっちだよ」
「ん? お、卵粥か。悪いな」
「いいさ、こういう時の為の料理練習だったんだからね」

 それでは頂きますという事で、皆は食事を始めた。私は粥を陽平に食べさせてからだな。

「ほら、陽平」
「い、いや、食べるくらい自分で……けほっ」
「無理するんじゃない。ほら」
「う、お、おぅ」

 差し出したスプーンを陽平は咥える。そこまで塩辛くしていたりはしないし、苦も無く食べれてるようだ。

「……美味い」
「そうかい? なら良かった」
「本当に美味しいよ月夜ちゃん。卵焼きの焼き加減もバッチリだし」
「あぁ、実里のは中が半熟だったりするものな」
「うっ、い、言わないでよライ……私も気にしてるんだから」

 まぁ、使ってるものは人がする料理となんら変わらないんだし、使ってる技法も変わらないんだから当然だがね。
しかし皆が満足してくれているのだから、作り手としては本望だな。良かった良かった。

「月夜ちゃんが居れば、こういう時でも安心ですね陽平さん」
「ま、まぁ……凄く助かります」
「力になれてるなら何よりだよ。けど、早く元気になって貰わないと困るよ? これでもかなり心配してるんだからね」
「分かってるよ。店もそんなに休んでられないし」

 っと、陽平に用意した粥は無くなったな。追加は要らないらしいし、私も食べ始めるとしようかな。
くるくるとフォークを動かして、一口分のナポリタンを口に入れる。おぉ、我ながら美味く出来てるじゃないか。

「うん、いけるな」
「にしても、月夜ちゃんは凄いね。ミュウツーとはいえポケモンなのに家事までして、それでいて凄く強いんでしょ?」
「ポケモンとして規格外なのは確かかもね。でも、私は私なのだし、これでいいと思っているよ」
「そっか……それもそうかもね。あーぁ、ライも私が風邪引いた時にお粥作ってくれる?」
「へ!? い、いや、俺にはちょっとばかし荷が重い仕事じゃないかな? 橙虎君のように傍に居てあげる事は出来るけど」
「まぁ、それはそうだよねぇ。じゃあ、傍に居てもらおうかな」

 食事を終えてるのを確認して、実里は雷星を抱いた。これが最初付き合い方に困惑していたとは思えないな。
それに最初こそ足をパタつかせて慌ててた雷星も、恥ずかしそうにしながらも実里の腕の中に収まった。

「はっはっは、良いコンビじゃないか」
「パートナーだもんね」
「ま、まぁね」
「パートナー、か……僕も、そんな風に言える誰かに会えるかなぁ……」

 橙虎……やはり、まだ傷が癒えるには早いか。なるべく思い出し過ぎる事の無いように私も陽平も気にはしているんだがね。

「橙虎ちゃんのパートナーは陽平さんでしょ?」
「うぅん、僕にとって陽平はパートナーって言うより恩人、かな。僕の事を助けてくれて、こうして一緒に居てくれる。感謝は凄くしてるけど、それでパートナーになれたかって聞かれたら違う気がする」
「そうだな。パートナーって言うのはお互いを信頼して、背中を預けられる。そんな関係の事を言うんだと俺も思う」
「うーん、なるほど確かに。そう考えると……あれ? 月夜ちゃんと陽平さんもちょっと違うのかな?」
「あぁ、私も陽平もパートナーと言われて首を傾げた事があるよ。上手くは言えないけど、何か違う気がしてね」

 背中を預けると言うより、隣で寄り添っていたい。うん、今ならはっきりとそう思える。私は、陽平の隣に居たい。

「ふふ……我ながら、自分がこんなに一念に徹するタイプだとは思わなかったな」
「え? どういう事?」
「陽平がまた寝ているようだから言えるが、ミュウツーという身空ではあるけれど、私は陽平の事が好きなんだよ。もちろん、愛しているという意味合いで」
「え……ふぇぇぇ!?」
「いや、そこまで驚くような事でも無いと思うよ実里? 短時間しか見ていない俺でさえ、甲斐甲斐しく世話を焼く様子からそうだろうとは思ったし」

 口に出すと、やっぱり少し恥ずかしいな。けど橙虎も分かっているのか、うんうんと頷いてる。まぁ、普段から露骨な程スキンシップはしているからね。……一方的にではあるけど。
実里は本当に驚いたのか、口をパクパクとしながら私と陽平を交互に見ている。あ、深呼吸した。

「び、ビックリしたぁ……でもそっか、だからお料理とかも練習してるんだ」
「それもあるし、単純に料理が楽しいというのも今はあるかな。なんにしても、何か陽平にしてやれる事が無いかと考えて始めたのは確かかな」
「陽平の為に、か。うーん、月夜程じゃないけど僕も何かしてあげたいし、何か考えようかなぁ」

 本当に、別に認める訳じゃないけれど、あの研究所にとって私は正に失敗作だな。何かを壊すどころか、愛してしまえてるんだから。
でもこの気持ちを抱く事が出来て、私は幸せだと本当に思える。この気持ちがあるからこそ私は、自身の力に溺れずに、飲まれずにここに居られるんだから。

「所詮は一ポケモンが宣う戯言さ。でも、いつか陽平が伴侶を見つけるまでその役を担うのも悪くないだろうと思ってるのさ、私は」
「月夜ちゃん……」
「さて、皆食事は終わったようだね。片付けてしまうとしようか」

 話をはぐらかすように食器類の片付けに入った。少し、饒舌が過ぎたかな。要らぬ事まで喋ってしまったよ。
陽平には出来ない話ではあったし、聞いてくれる実里や雷星に付き合わせてしまった感はある。あんな独白を聞かされても困ってしまうよな。
けど、改めて話せて気持ちがすっきりとしたよ。この生活は一時の夢のようなもの、でもいいじゃないか。その夢が続いてくれるのなら、私はその夢を見ていたい。
別れはどういう形であれいずれ来てしまうだろう。けれどそれまでは……陽平の隣に居ても、いいよな? いい……よね?

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 実里や雷星は帰り、家はいつもの面々に戻って夜を迎えた。
帰る際に実里が「私は月夜ちゃんの事応援してるよ!」と、凄い勢いで応援の言葉を残していったのには驚かされたけど、素直に嬉しかったな。おかしいと思われなかっただけでもかなり救われたし。
で、今は夕食も終えてゆったりとした時間に入っている。陽平の代わりに色々なチェック等をやってると言った方が分かり易いかな?

「ん、んん……? 今、何時だ?」
「っと、起きたのかい? 今は……時計では、20時48分となっているね」
「あぅー……そんな時間か。本当に一日寝てる事になったなぁ」
「病気の時はそんなものなんじゃないかい? 具合は?」
「まだ少し喉は痛む気もするけど、体のダルさは取れたみたいだわ。済まなかったな、一日家の事任せっきりにして」
「ははっ、任されて完遂出来るようになっただけ出会った頃より大分進歩しただろ?」
「全くだ。これで出会った頃のただの本の虫だったら、俺はこうしてゆっくり休めてはいなかっただろうな」

 声にも力が戻ったし、本当に大丈夫そうだな。一日世話をした成果としておこうか。
確認の終わったパソコンの電源を落として、体を起こした陽平の元へ。まだ完治とはいかないだろうし、あまり無理はさせられないな。

「にしても、昼間は驚いたなぁ。起きたら家に実里さんが居るとは思わなかった」
「しょうがないだろ? 家の中の事は私でも出来ると言っても、外は流石に無理だったんだから」
「それも悪かったな、こうなるんだったら昨日買い出しをしておけば良かった。今度俺からも実里さんに礼言っておくよ」
「そうしてくれ。今日はかなり世話になったからな」

 ついでに、昼間言われた忠告を陽平にも伝えた。あれには私も焦ったし、陽平も苦笑いだ。
後は今日あった事を世間話のように話して、陽平と共に居なかった一日を振り返った。よくよく考えると、彼と出会ってから始めてだな、こういった日は。

「そっか、ならもう俺が居なくても何処でも生活していけるな」
「冗談だと分かっているとは言え、酷い事を言ってくれるね君は? 君と共に居れなくて、これでもかなり寂しく思っていたんだがね」
「悪かったよ。……改めて、月夜。今日は一日世話してくれて、ありがとう」

 あまりの唐突な礼の一言に、思わず目が丸くなってしまったよ。こんなに真っ直ぐな礼を陽平から受けた事なんて無かったし。

「な、なんだよ、そんなに驚くなって。なんか恥ずかしいだろ」
「す、済まない。けど……やはり、嬉しいな。君からしっかりとありがとうと聞けて」
「お、おう」

 彼が照れ笑いをする辺り、私は今自分でも驚くくらい満面の笑顔なんだろうな。
ありがとう、言葉にすればたった5文字の言葉。でもそれが、私の心を満たしてくれる。幸せだと感じさせてくれる。

「私も……ありがとう」
「え? いや、なんで月夜が?」
「ふふっ、そうだな。ありがとうと言ってくれて事に対して、という所かな」
「なんじゃそれ……でもまぁいいか。言われて悪い気はしないし」
「だろ?」

 お互いに顔を見合わせて、笑い合える。それがとても幸せで、嬉しい。
こんな時間が大好きで、大切で、また君の事を一つ好きになっていく。
例え別れが来るとしても、沖宮陽平という人を好きになった事を、私は絶対に後悔しない。後悔になんかしない。
彼と言う太陽が照らしてくれたからこそ、私は幸せになれたんだから。幸せを知る事が出来たんだから。
今は、願わくばこの幸せがこの先も変わらず続いてくれる事を祈りながら眠ろう。また明日……大好きな彼に、おはようと言えるように……。

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~後書き~
家族以上夫婦未満? なミュウツー月夜回にございました。こういう関係って行き過ぎてもダメだし、かと言って消極的過ぎてもダメだしで、なかなか考えながら書いた一話にございます。
家事一般が出来るまでスキルアップしたミュウツーと、お世話されてまんざらでもない陽平の生活、波乱があるかは分かりませんが……まだまだお付き合い頂けましたら幸いにございます!

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