writer is [[双牙連刃]] 町の一角にある古本店、そこを継いだ若店主「沖宮 陽平」とそこに流れ着いた逃亡者、ミュウツーの「沖宮 月夜」。 彼らの不思議な古本店ライフ第二話でございます。お楽しみ頂ければ幸いです。 前話へは[[こちら>陽と月の古本店 ~古本店にようこそ~]] ---- ……朝日を感じて目覚めてみると、横に妙な物が居る気配がする。まったく、折角布団をわざわざ敷いてるのになんでこっちに入ってくるんだ。 スースーと良い音をさせながら、月夜の奴が寝ている。もちろん布団に入って。 「……おい、おい」 「ぅ、ん……」 なんでそこで更に体を寄せる。夫婦か俺達は。 「おい、起きろって」 「ん……朝、か」 「朝かじゃない、さっさと起きてくれ」 「ん? あぁ、少し寒くて君のところに入ったんだったな。お陰で心地よく眠れたよ」 「それはどういたしまして……だが、今度からは入る前に暖房を入れるなりなんなりしてくれ。朝この状態じゃこっちは動けなくて困る」 「ふむ、考えておこう」 するっと布団から出ると、朝日の差す窓に向かって伸びをしてる。本当に気楽なもんだな。 枕元に置いていた眼鏡を掛けて、俺も伸びをする。うーん、今日も良い天気そうだ。洗濯でもして乾しておくか。 その前に朝飯と、朝の身支度をするか。開店は10時……8時なら十分に余裕がある。 「そうだ陽平、今朝はお茶漬けというのが食べてみたいぞ。昨日読んだ本に載っていたのが美味しそうだった」 「茶漬けか……ま、あっさりしてるし良いかもな。多分出来るだろうし、先に顔洗うなりなんなりしておけよ」 「確かに。ならば先にトイレ等使わせてもらうぞ」 「あいよ、鮭とか梅干とかあったかな?」 こいつが居るうえでの不幸中の幸いは、大体人と同じように生活出来る事だな。家具や設備も使い方教えたら普通に使い方覚えたし。 冷蔵庫を開けると、朝食に使える程度には梅干も魚もあった。鮭じゃなくアジだけど、まぁ出汁にはなるだろ。 梅干を食卓にしてるちゃぶ台に出して、アジを魚焼き機へ放り込む。茶を注ぐ事を考えると、ちょっとパリっと焼いた方がいいかな。 後は緑茶を煎れて急須ごとちゃぶ台に置いておけば朝飯の用意はいいだろ。米は昨日の夜に炊いておいたのが……うん、炊き上がってる。 「準備はよし、朝飯の用意にしてはちょっと手が込んでるか?」 「いいじゃないか。そんなにコストも掛かってなさそうだし」 「掛かってはいないがな。って言うか、何も言わないで後ろに立つなって」 「大体を済ませたから声を掛けにきたんだ。待たせたな」 「別に待ってはいないが。それなら、俺も朝の用を済ませるか」 「冷める前に済ませてくれよ」 「分かってるって」 俺だって折角作った朝飯を冷まして食べるつもりは無いさ。ささっと済ませよう。 顔洗って歯、磨いてトイレに入ってと……全部で10分。それぐらいは月夜にも我慢してもらうぞ。 おっと、戻ってきたらもう茶碗に飯が盛られてた。気を利かせられるようになったのは進歩だな。 「うん、盛り付けはこんなものでいいか?」 「上出来だ。茶漬けについては分かってるのか?」 「米飯の上に具材を乗せて、それに緑茶を掛ける」 「お見事。そんなら食べるか」 「うむ、頂こう」 月夜の最初のチョイスは、梅干か。ま、オーソドックスでいいんじゃないか? 酸味もお茶で収まるし。 そういや最初に食べさせてから妙に梅干の事は気に入ってたな。酸味が良いって。 って、俺も見てないで食べるか。折角焼いたんだから俺はアジを乗せて、緑茶を注いでと……うん、美味そうだ。 塩気も丁度良い。朝飯にはぴったりだな。 「うん、いいじゃないかお茶漬け。あっさりとしていて朝には丁度良い」 「元々そう思ってリクエストして来たんだろ。しかし、読んだ本の料理をリクエストしてくるのはいいが、あまり手の込んだ物は作れないからな?」 「ならば私が作り方を覚えて振舞おうか。食材は、君を頼りにするしかないが」 「ほぅ、そう来るか。なら、その時が来るのを期待しないで待つのも面白いかもな」 「そこは期待してくれた方が私も励み甲斐があるんだが?」 「色々励んでくれるなら俺も期待するよ」 こんな話をする程度の仲にはなったって事か。悪くはないが、こいつがここから離れるのが益々遅くなっていく気がする……。 まぁそれは置いとくか。これ食ったら店開ける準備始めないとな。 ---- カウンターに置いてある椅子に腰掛けて、店内を見渡す。客は三人、皆それぞれに読みたい本を読んでるようだし、それに便乗するようにあいつも本を読んでる。 今日の客入りは、まぁ良い方だろう。ゼロの日だって少なくないんだし、居るだけ御の字だ。 ん、一人の客が本を持ってきた。買うのかな? 「これを」 「はい、それは……2千円になります」 裏側にある不思議な世界……また不思議な本を買っていく客だな。銀髪で視線の鋭い男、か。 「変わった本をお買い上げですね。それ関連なら、こんな本もありますよ」 「む……神に幽閉されし者……?」 「この世界とは違う、裏側の世界を司る為に創造主によってその世界に縛られし者。確か、ギラティナと呼ばれる存在の事を記した本です」 『正解だ。私の説明をよく覚えていたな』 そりゃあ勝手にべらべら話されたと言っても、聞かなかったらむくれる奴からの説明だからな。 どうやら興味はあり気だ。こっちも商売だ、売れそうな物は売り込ませてもらうぞ。 「そうですね、さっきお買い上げの本とセットという事で、3千円で如何でしょう」 「……希少な本、ではないのか?」 「ここにあるより、読みたいと思っている人のところにある方が本としてもいいでしょう。それに私は売りはしますが、その本が希少かまでかは知りませんので」 「そうか、ならば頂こう」 お買い上げっと。俺の商売人としての勘も少しは出来上がってきたって事かな。 「……ここは、こういった本をよく仕入れているんだろうか」 「え? うーん、どうでしょうね? この店の前の店主はよく、『本には意思がある』なんて言ってましたから、本がここに来る事を望めば並ぶかもしれませんね」 「本の意思、だと?」 「面白いでしょ? で、私には『お前なら本に付き合ってやれるだろう』なんて店を任せて逝ってしまったんですよ。ま、それでこうしてこの古本店の店主をする事になったんですがね」 「ふむ……なかなか面白い話だ。本に付き合う、か」 「聞き流してもらって結構ですよ。ただの酔狂な若店主の戯言です」 「ふっ……いや、君がなかなかに面白い人物だということは分かった。良い店に出会ったものだな」 おや、結構気に入ってくれたみたいだな。目付きは鋭いけど、割とフレンドリー……とは雰囲気が違うか。 でも、店内を見回す目は何処か穏やかだ。悪い人物では無さそうかな。 「良ければご贔屓に。この店は、大抵退屈をしてますから」 「あぁ、そうさせてもらおう。……時に店主、あのポケモンは?」 「気になります? 良ければ連れて行ってもいいですよ。この店の居候です」 「居候? ……私の思い違いでなければ、あのポケモンはミュウツー……違い無いか?」 「よくご存知で。腹減らして店の前に倒れてたのを拾ったんですよ」 「拾った? ミュウツーを?」 「えぇ」 おぉ、まさかの高笑い。ま、気が付いたら客もこの人だけになってるしまぁいいか。 「いや、すまない。そのような珍奇な出来事、今まで耳にした事が無かったんでな」 「それは俺もですよ。もっと普通のポケモンなら、手間も掛からな……うぉぉ!?」 「む!?」 『おっと手が滑った。済まない』 済まないじゃない! いきなり広辞苑が飛んでくれば、下手すれば気絶するぞ気絶! しかも実際手間掛かりまくりだろうがお前! あ、そっぽ向きやがった。あんにゃろめ、昼飯抜きにしてやろうか。 「どうやら、少々気難しいようだな」 「気難しいと言うか……まぁ、ちょっとばかり扱い難いのは確かですね」 「ならば、捕獲するのは止めておこう。ここにある本全てをぶつけられてしまいそうだ」 やりかねないから問題だな。まぁ、話す感じからして、この人に元からそんな気は無いみたいだけど。 っと、話で客を引き止めるのは俺の悪い癖か? 話されるとどうも余計な事を話しがちだな。 「あー、すいません。つい長く引き止めてしまって」 「いや、私からも訪ね事をしてしまった。気にしないでくれ」 「ははは……そうだ、名乗ってなかったので折角なので。沖宮 陽平と申します」 「そうだな……バトウ、とでも覚えておいてくれ」 バトウさん、ね。偽名だろうけど。 「では、また機会があれば寄らせてもらおう」 「えぇ。いつでもどうぞ」 軽く手を振ってバトウさんは店を後にした。ん? と思ったら誰か入ってきたぞ? あれは……。 「あれ、実里さんじゃないですか。制服でどうしたんですか?」 「いえ、ちょっとパトロールで近くまで来たんで寄ったんです。今の人はお客さんですか?」 「珍しく、本を買っていくな」 「あ、月夜ちゃんも元気そうだね。へぇ、本を……ここの本って色々な種類がありますからね」 「祖父母のお陰で、種類も数も出鱈目に多いですからねぇ」 「さっきの客は、少々妙ではあったけどな」 ん、月夜の奴が面白いじゃなくて妙って言うのはまた珍しい。どうしたんだ? 「陽平、さっきの客と話して、何か妙だとは思わなかったか?」 「うーん、偽名を名乗って、俺がトレーナーである事を言い当てても動じない。妙と言えば妙だな」 「君はどうして……気付いていたなら聞けばよかったじゃないか」 「客のプライベートまで踏み込む気は俺にはない。第一、余計な事に首を突っ込む事になりそうだし」 「まったく……心を透過出来ない相手なんて私は始めて出会ったよ。余程心を隠す事を得意としているか、心を閉ざしているか……まぁ、最後の方は少しだけ揺らいでいたようだったけど」 「へぇ、お前程の力があっても読めない心か。変わった客が来たもんだな」 あぁ、月夜はあんまりにも働かないから、せめて客が悪さしないかどうかを判断するように言ってある。心まで隠せる相手なんて居ない……と思ってたからな。 でもそれもダメな相手が居るとなると、また何か考えないとならないな……。ったく、やっといいのを見つけたと思ったのに。 「なんにせよ、あの客には用心すべきだよ。……僅かに見えたあれは、どうも嫌な予感がする。孤独とも、なんとも言えない感情……世界にあって、それを拒絶するような……」 「ふーん……ま、俺にはよく分からないな。客は客、それ以上でも以下でもないさ」 「えっと、何が起こってるのは私には分からないんですけど……」 「まぁ、何かあれば君には警察の知り合いが居るんだ。頼らせてもらってもいいだろう」 「え……あ、私だ! あの、何か困った事があれば是非私に相談して下さいね!」 「はぁ、まぁその時はよろしくお願いします」 月夜がここまで警戒するとなると、よっぽどだな。俺も気には留めておいた方がいいか……。 バトウ、か。悪い人には見えなかったが、腹の底が分からないってのは月夜にしても異常に映ったんだろう。俺にはまず出来ない芸当だ。 ま、厄介事には関わる必要も無し。いつも通り過ごすだけだな。 「やれやれ……楽観的だな、君は」 「ふん、らしくて分かり易いだろ。っていうか考えを覗くなっちゅうに」 「あぅ……は、話が全然分からない……」 今どうこう言うことでも無いから実里さんは気にしないでもいいだろう。って言うか仕事はいいのか? あまりこうしてるのはよろしくないと思うんだが。 ---- 今日もまた夕暮れになる。売上は……まぁ、あの客だけだった訳だが。 これでこの店が成り立ってるのって変だよなぁ。いや、真実を語ると収入源が別にあるんだけどな。 この店を開けてるのは18時まで。夕方以降に開けててもそんなに客も来ないって事で爺ちゃん達が店主だった頃からこうなんだ。 そしてこれからはプライベートタイム。店も開いてないんだから当然だよな。 今日はこれから食材の買い出しだ。ある程度はまとめ買いして置いてるんだが、奴が増えた所為で消費が早くなったから買い物に行く回数も増えたぞ。 「はぁ……」 「どうした? 買い物に行くんだろう? 早く行こう」 「分かってるよ。食わないとならないもんな……はぁ……」 溜め息を吐く度にどうかしたのかとでも言いたげに首を傾げる月夜。絶対にこの溜め息が自分の所為で吐かれてるとは思ってないんだろうなぁ。 もういい、考えないようにしよう。さっさと買い物を済ませて夕飯を作らないとな。 店の鍵を持って、生活スペースとなってる二階から降りる。この古本屋から出るには店の出入り口を使うしかないんだ。裏口って奴が存在しないんだよな。 ちょっと不便なような気もするけど、どうせ二階で寝起きしてるんだからあまり関係無いかな。どっちにしろ、二階から直接外に出る方法が無いし。 店の外に出ると、家路を急ぐ人が流れていく。俺もこの店を継がなかったらサラリーマンとかになってたのかと思うと、こういうのを見てると感慨深いぞ。 「よし。あ、今晩食べたいものあるか?」 「ん? んー……特に無いな。任せる」 「そう言われると献立を考える手間が増えるんだがな……よし、シチューにでもするか」 「シチュー? なんだそれは?」 「なんだ知らないのか。それなら、自己流にはなるけど作ってやるか」 楽しみにしてるのか、またゆらゆらと月夜の尻尾が揺れる。本当にこういうところは分かり易いな。 因みに普通にこいつも買い物について来ているが、店の前を離れると会話はテレパシー式になる。流石に喋るのは不味いだろうし。 連れてて問題ないかって? あるけど自己解決させるから知らん。仮にこいつをどうにか出来る奴が居たらぜひテイクアウトしていってもらいたいものだ。 『並の相手なら返り討ちにするだけだからな』 ……おまけに、相手が勝っても気に入らなかったら勝手に抜け出してきそうだな。将来こいつの相棒になる相手は大変そうだ。 無言でこっちをじ~っと見てきているが構わないでおこう。どうせこっちの言いたい事は筒抜けだろうし。 俺の店は外れにあるが、一応近くに商店街があるから買い物には不自由しない。競争相手が近くにいないから、まだまだ活気は十分にあるらしい。 そう言えば商工会に入れ~とか言われてたっけな。ま、面倒だから断ってるんだけど。どうやらそれも爺ちゃん達の時からずっとそうだったようだ。 献立に必要なものを考えながら、二~三日分の食料を適当に買っていく。じゃがいも、人参、玉葱に牛乳。最近は魚ばっかり食ってたから出汁にするのは豚肉かな。 にしても、もう慣れてきたとはいえ月夜を連れて買い物をする現状って違和感あるよな。正直言って異常だ、間違いなく。 俺の後ろを大人しくついて来るのを見てたら、多分周りには俺がこいつのトレーナーだって見えてるんだろうなぁ……。 『実際、遠巻きになんだあのトレーナーは? と言われてるからな』 つまり、びびって挑戦してこないって事か。賢い選択だ。 ところで、お前って悪タイプとか虫タイプをけしかけられたらどうなんだ? やっぱり不味いか? 『念の効かない悪タイプの相手は面倒だからしたくないが、後は別にどうという事は無いぞ。初手で倒してしまえばいいんだから』 うへぇ、おっかない奴だのぅ。実際、相手がこっちに攻撃しようとした時にはもう決着が着いてるのが殆どだからなぁ。ミュウツーは伊達じゃない、か。 ボールダイレクトで捕まえようにもボール自体を一瞬で粉砕されるんだからそれも出来ない。マスターボールだろうとこいつを捕まえるのは無理だろうな。 『君にならモンスターボール一個で捕まってやってもいいぞ』 断る。なんで居候をわざわざ定住させるようなことをせにゃならん。 面白くなさそうな顔してもボールなんか使わんからな。あ、でも……。 『ん? どうかしたか?』 実里さんになんか、ポケモン保護書だかなんだかを受け取りに来てくれとか言われてたな。それが無いと、基本的にトレーナーじゃない奴がポケモンを持っててはいかんらしい。 つまり俺は今法律に抵触してる訳だ。これは愉快愉快。 『まったくだな。そんな愉快な事になってるとは私も思わなかった。よく実里も今まで見逃してくれていたな』 因みに言っておくと、お前が暴れたりしたらお前も俺も今頃こうしてのほほんと生活はしてられなかったぞ。 『……私から凶暴性を取り除いた科学者達に、今若干感謝してしまったぞ』 本当にな。さて、大体欲しい物は買ったし、帰って晩飯にするか。ちょっと時間が掛かるが我慢してくれよ。 『それなら問題無い。私も、今から少々時間を取らせてしまうようだ』 ……みたいだな。自信満々だと言いたげな顔したトレーナーが近寄ってきた。ただバトルがしたい馬鹿か、月夜を掛けてバトルして欲しいとか言い出す馬鹿か、見ものだな。 「失礼、あなたが連れているポケモンは……ミュウツーですか?」 「はい、そうですが?」 『因みに言っておくと、後者だぞ』 「少し、お手合せ願えませんか? あ、私はトレーナーを主な生業としてるものでして」 「はぁ……と言っても私はトレーナーではないですし、こいつも私のところの居候ですから。どうぞご自由に」 あ、隠そうとしたけどニヤッて笑った。まぁ、勝負に勝った後に難癖付けてこいつを奪う手間が省けたってところかな。 居るんだよ、そういう奴。まぁ、実里さんからまた聞きした話だけどな。そうやって最初は普通にバトルを仕掛けて、後から賞金じゃなくてポケモンを寄越せって言ってくる奴の検挙って実は多いらしい。 「つまり、捕獲してもいいと?」 「ご自由に。まぁ、出来たらですが」 うわぁ、月夜の奴心底面倒そうな顔してるよ。実際面倒なんだろうがな。 おっと、ギャラリーが囲んで簡易のバトルエリアが出来ちまった。ま、ここの商店街は完全遊歩道化されてるし町作りの一環とやらでかなり広くなってるからバトルしても問題無いらしいけどな。 相手が出してきたのは……ブラッキー? なんか強くなさそうだなぁ。 『推定レベルは70オーバー。下手なトレーナーやポケモンならまず勝てないと思うよ』 そりゃ凄い。良かったな、なかなか優秀なトレーナーのポケモンになれそうじゃないか。 『考え方もトレーナーとしても何一つとして私の興味を引く要素が無いので却下だ♪』 あらら、それじゃ手でも心の中で合わせておくか。南無南無。 「ブラッキー、黒い眼差し!」 「ブラッ!」 黒い眼差し? あ~なんだっけな。確か、視界に捉えた相手をその場から動けなくする技だったかな? おっ、合ってたらしい。ちょこっとだけ月夜の尻尾が揺れて、口元もちょっとだけ笑ってる。 まぁ逃げる気なんて毛ほども無い相手に使っても意味の無い技だけど。 スッと月夜がブラッキーに向けて手を伸ばす。ほーん、動けないと言っても、そういう動きは出来るんだな。 俺が瞬きをした次の瞬間には、ブラッキーは立っていた場所から大きく後退していた。うわ、めっちゃフラフラしてるし。何したんだよ? 『ふむ、スピードスターを加減して撃ったのだが、少々加減を間違えたかな?』 「な……ブラッキー、どうした!?」 「ブ……ラ……」 加減を間違えたで済まないダメージ受けてますけど相手さん。息絶え絶えなんですけど。 どんだけ強いんだよ……これも月夜を作った研究者達の研究の賜物なのかね? 『あまり嬉しくはないがな。とりあえず陽平、まだ続けるか聞いてやってくれ』 「……あの~、まだやります? 多分無理だと思いますけど」 「ぐっ……ブラッキー、まだやれるな?」 あらら、無理させるしやるねぇ。震える足を無理やり立たせちゃったよ。 無茶させても可哀相だ、楽にさせてやれよ。あまり手荒じゃない方法でな。 『そうだな。ふむ……よし、これでいこう』 何を思いついたのか、月夜はつぃ~っとブラッキーに寄っていく。やる気の無さが全力で発揮されてるぞ。 「な、巫山戯てるのか!? ブラッキー、シャドーボール!」 トレーナーが命じると、相手のブラッキーの額辺りに黒い球体が出来上がっていく。 それが…撃ち出された。何時見てもあの技を作ったり撃ったりする原理が分からん。ポケモンなら分かるのかね? 『ノリだな』 ……さいですか。つまり、行使出来るのと理解してるのとは違うって事か。因みに月夜は飛んで来たシャドーボールを打ち消して進んでる。どうやったんだ? 『簡単だ。同質のエネルギーを軽くぶつけてやれば相殺は幾らでも可能だぞ』 なるほどね。そんで、ぽんとブラッキーの頭に月夜の手が触れた。 一瞬ビクッと体が反応したようだが……そのままコテンと横になった。何したんだ? 『君は眠るという技をポケモンが使えるのを知っているか? このブラッキーはそれを使えるようなのでな、外部からそれを強制的に発動させたのだよ』 そんな事まで出来たのかよ? どうやってるかまでは聞かないが、それがとんでもない事だってことは分かった。 それってもうポケモンをどの程度か操れるって事だよな? 不味くないか、色々と。 ……まぁ、とりあえず当面は俺が様子見しとけばいいか。こいつなら大それた事はしないだろう。こいつなら、な。 「ぶ、ブラッキー!?」 「心配しなくても、眠っただけみたいですよ。まだやるなら、そいつがどうするかは知りませんけど」 月夜は腕組みをしてじっとトレーナーを見てる。正確には呆れたような感じで。 あ、ブラッキー戻して逃げた。まぁ、これだけ完膚無きまでにやられたら逃げるわな。 変な邪魔は入ったけど、とりあえずこれは終わりだな。余計な手間が掛かって日が大分傾いたか。 『余計な体力を使わされたものだ。陽平、早く帰って食事にしよう』 俺と月夜から余計なもの指定をされたトレーナー、別に哀れにも思わないが、しばらく大手を振って歩けないだろうな。 それは放っておいて、荷物を半分程月夜に持たせ……というか浮かばせて家路に着く。ちょっと騒がしくしちゃったが、まぁなんともないだろう。 後は特に何もなく帰宅。さてさて、シチュー作りでも始めるかね。 「それじゃ作るから、適当に待ってろよ」 「そうしよう。どれくらい掛かるんだ?」 「短く見積もっても30分位だな。本でも読んでろよ」 「ふむ……ならそうしていようか」 そう言って月夜は部屋に置いてある本を取って読み出した。月夜の名前の由来になった、月明かりの夜だ。 あの後、結局その本だけは売り物から除外した。っていうかさせられた。自分の名前の由来になったからか、月夜が手放したくないって駄々捏ねたんだよ。 それじゃあ調理しちゃうか。食材切って、よく火を通さなきゃならないものから炒めてっと。 後は水入れて煮立たせる。適度に火が通ったらシチューの素と牛乳を加えて一煮立ちさせれば完成だ。 「……いつも思うが、君の料理の手際はいいな」 「そうかぁ? 結構なんでも適当に作ってるんだけどな?」 「適当で作れる辺り、君の才能の部類なのか」 「さてな。飯が美味いならそれで文句は無いだろ?」 「まぁ、それもそうだな」 納得したみたいだ。ってか納得しなくてももう俺に言える事は無いしな。 うん、シチューも良い感じに出来てきた。腹も空いたし、1番火の通り難いじゃがいもも良さそうだ。 「よし、出来たぞー」 「良い香りがしていたから待ちわびたぞ。早く食べよう」 「そう急かすなって。ほら」 シチューの入った皿を前に置いてやると、目を輝かせてる。まったく、子供かっての。 一緒に置いてやったスプーンが浮いて、月夜はもう食べ始めたいと目で訴えている。焦らす意味も無いし、食べるか。 「それじゃ、腹も十分減ったし」 頂きます、っと。早速月夜はシチューを掬って口に運んだ。さて、どうかな? 「うん! 美味しいぞこれ!」 「そりゃよかった。ま、カレーとかシチューは外れを作る方が難しいしな」 嬉しそうにシチューを口に運ぶ姿を見てるのは、実はまんざらじゃない。作ったものを自分だけで食べるっていうのは寂しいものがあるし。 それなら俺も一口……うん、食材の柔らかさも丁度良いし、我ながら良い出来じゃないか。 「これがシチューか。うん、気に入ったよ」 「お替りは自分で勝手にしろよ。残ったら明日の朝飯になるだけだし」 「うむ、そうしよう」 あっさりお替りしに行ったな。気に入ったって一言に二言は無いか。 俺ももう一杯食べるかな。居候にばかり食べられるって言うのも少々癪だし。 ---- 月夜がシャワーを浴びている音が聞こえる。ん、俺? 今はパソコンに向かってるところだ。 見てるのは、株式市場って奴だ。そう、これがこの店の生命線。収入源とも言えるもんだ。 爺ちゃん達から店を任された時に一緒に俺に相続されたもの。……見せられた時は驚いたもんだよ。 だってゼロの数がとんでもない事になってたからな。一応遺産相続は俺の親父達なんかにもされたが、遺言で店丸ごとを相続する事になった俺とは比べ物にならなかったみたいだ。 まぁ、お陰で家族とは疎遠になったんだが。そりゃあ一人で爺ちゃん達の遺産を殆ど継いでるんだから当然か。 株のやり方は生前の爺ちゃんや婆ちゃんから教わったよ。多分、その頃からもう俺に店を継がせる気だったんだろうな。 「……ん、上場になったとこは売ったし、買いもなかなか上手くいったかな」 まったく、俺みたいのがこんな生活してていいのかなぁ。まぁ、今更もう別の事しようとも思わないけど。 とりあえず今日の確認と売買は終了。後は寝るだけだ。 「ふぅ」 「おっ、出てきたか。どれ、俺も入るかな」 「ん? あぁ、株とやらを確認してたのか。毎日見ているが、そんなに確認しなければならないものなのか?」 「そうでもないけど、ちょっとでも間違えば大損しかねないからな。貯金はあるけど、増やせるなら増やした方がいいだろ?」 「金は天下の回りもの、だったか? 確かに、多くて困る事は無さそうだな」 「まぁ、困る事が無いでもないんだけどなぁ……」 強盗とか窃盗とか、な。ま、こんな古本屋に金があるなんて思う奴はそうそう居ないだろうけど。 さて、ちゃちゃっとシャワーでも浴びてくるか。パソコンは……月夜の奴が使いたそうだから電源はつけておこう。 風呂に湯を貯めてもいいけど、俺は基本的にシャワーだけで済ますタイプ。湯を貯めると時間も掛かるし。 シャワーノズルから降り注ぐ湯を浴びながら、今日あった事をふと思い出してみる。 バトウさんね……裏側の世界とやらにやけに興味を持っていたようだけど、そんなの調べてどうするつもりかね? ――そんなのとは心外だな 「!? なんだ!?」 今のは声か!? 月夜じゃない、男性の声だった……。 周りを見回しても何も居ない。なんだったんだ、今のは? 「陽平! 大丈夫か!?」 「へ? おわぁ!? 何急に開けてるんだ!」 「え? わぁぁ!? す、すまない!」 な、なんかいきなり月夜が風呂場に入ってきた。付けててよかった腰タオル……。 「い、今何か分からない大きな力を感じて来てみたんだが……異常は無いか?」 「お前が風呂場をいきなり開けた事以外はな。とりあえず、そこ閉めてくれ」 そっちが開けたんだから恥ずかしがってないでさっさと閉めてもらいたいもんだ。まったく……。 しかし、月夜が飛んでくるって事はよっぽどの気配がしたって事だよな? やっぱりさっき聞こえた声、みたいなのの持ち主か? 「力の残滓を僅かに感じる辺り、どうやら鏡から気配がしたようなんだが、どうだ?」 「鏡? ……いや、特に何か異常があるようには見えないな。でもさっき、何かの声みたいなものを聞いた、ってかテレパシーみたいに感じたな」 「テレパシーか……相当な能力を有しているか、特殊な者しか使えない筈だ。やはり、何か居たと見た方が良さそうだな」 「ここにか? わざわざ男のシャワーシーンなんか覗いてなんになるってんだ」 「目的がそれではない事は明白だが、少々気になるな」 考えながら洗ってた頭のシャンプーを落として、すぐに風呂場から出た。なんだってんだ本当に……。 「その分だと、本当に異常は無いみたいだな」 「あぁ。……お前が大きな力なんて言う辺り、相当だったみたいだな」 「今まで感じた事が無い程度には、な。敵意のようなものは感じなかったが、あれだけの力だと近くに居るだけで影響が出てもおかしくないと思って……」 「飛び込んできた、と。まぁ、とりあえず礼は言っとくわ」 そんなものが一瞬で消える、ねぇ? 一体なんだったんだろうな? とにかくさっさと身支度をして寝る用意をしよう。若干気味悪いぜ……。 居間に戻ると、パソコンのディスプレイがブラウザを開いたままそこにあった。 「世界のお菓子の作り方? こんなの見てたのか?」 「あぁ、何か作れそうなものがあればやってみようかと思ってな」 「……まさか、朝言ってた料理の事、本当にやるつもりか?」 「駄目か? 君だって私が家事を出来れば楽になると思うんだが」 「まぁな。……やってみたいなら別に構わないけど、設備的に色々出来ないって事は忘れるなよ?」 「そんな無茶を言うつもりは無いさ。出来る範囲で、君の炊事を見せてもらいながら練習するよ」 それならいいか。とりあえずちゃぶ台畳んで、布団敷いて寝る準備だ。 月夜も今日はもういいのか、パソコンの電源を落とした。んで、自分の分の布団を敷く。……もう並べて敷く事について突っ込むのは止めた。徒労に終わるし。 「やれやれ……妙な客に妙な出来事と、今日は変な日だったなぁ」 「あのバトウという客の事だな。まぁ、私も気に留めておくからあまり考え過ぎないでいいぞ」 「……今は何かあればすぐ飛んでくる用心棒が居るしな。厄介事は任せるわ」 「出来る限り、自分と君の身の安全は確保するつもりだ。任されるよ」 「それは何より。そんじゃ、寝るか。今日は無言で入ってくるなよ?」 「それはどうかな♪ じゃあ、お休み」 勘弁してくれよ……また妥協しなきゃいけない事が増えるとか。 こっちを向いてクスリと笑った後に、月夜は目を閉じた。大人しくしてれば結構綺麗だと思うんだけどな。 おっと、あまり余計な事を考えると、また思考を読まれた時に厄介だ。俺も早く寝るとしよう。 部屋の電気を消して、自分の布団に入る。 明日はもっと普通な日であることを祈りつつ……。 「……お休み」 さっき月夜が目を閉じる前に言ったのに返すようにそう言った後、俺も目を閉じた。 暗く静かな空間で、隣から静かな吐息が聞こえる。……食事の時も思ったけど、こういうのも……悪くはないんだよな。 ---- ~後書き~ 微妙に近づいてるような、そうでもないような主人公一匹と一人の距離。この話もゆっくりとマイペースに進めていきますので、お付き合い頂ければ幸いです。 更に次話も出来ております。[[こちら>陽と月の古本店 ~優しい心はミュウツーを変える?~]] #pcomment IP:119.25.118.131 TIME:"2013-07-17 (水) 20:48:26" REFERER:"http://pokestory.rejec.net/main/index.php?guid=ON" USER_AGENT:"Mozilla/5.0 (compatible; MSIE 10.0; Windows NT 6.1; Trident/6.0)"