*諸注意と紹介 [#w5e9567d] 今回の作品はフレイムサンダーさんからのリクエスト作品です。 &color(red){官能描写};が含まれますので大丈夫な方はお進みください。 ---- #contents ---- *鎖のブーケ 1 [#v4fc565b] 作者:[[COM]] みなさんには自由というものがあるでしょうか? 私にはありません。 多くの人は語るでしょう。人よりも上に立てばそれだけ自由が訪れる……と。しかし、実際はそうではありません。 私はフィオナ。リーフィアで、この国の王女でもあります。しかし、私は次期女王としてお国のために全てを尽くさなければなりません。 限りある時間はどこへ出しても恥ずかしくない皇女であるためにほとんど作法の時間に割かれます。 私に変な虫が付かないようにと移動を許されるのは城内、しかもその一部のみです。城下を見て回る時間もない上に許されもしていません。 そして町娘のように好きな男に想いを馳せることもできません。私の将来も全てこの国のためにあるのです。 これが事実。案外、何も知らずに生きている方が自由が沢山あるのです。私もできることならそうして生きたかった。 好きな事を勉強して、好きな人に想いを馳せて、好きなだけ走り回りたかった……。結局、無い物ねだりなのでしょう。 そして私の将来は、今まさにこの国のために使われようとしています。 政略結婚。こんな世界ではよくあることです。寧ろ皇女として生まれ、その運命を辿らない者がいないと思えるほどに。 近隣にある財力も戦力も私のいる国とは比べ物にならないほど強大なお国へ私は今、馬車に揺られながら向かっています。 顔も見たことのない将来を捧げる相手のために……。 ~鎖のブーケ~ 或る所に小さな王国があった。ブランケイト国という小国だ。 財力こそないが、その国には豊富な人材と自然資源があり、小国ながら数百年にも渡りその名を知らしめ続けていた。 近隣を山々に囲まれ、地下から採れる豊富な地下資源や澄んだ水、そしてその土壌に育つ青々とした農作物がこの国の主な収入源であり、屈強な兵士を多く排出する元になっているのだろうと言われている。 ブランケイト国から北に山を一つ越えた所、そこにある国が強豪国、コンフレスト帝国という戦争により多くの戦果を挙げて急成長したいわば戦勝国だ。 ならず者が多く、傭兵家業や鍛冶屋業を営むような者にとってはとても住み心地のいい国だが、今も並み居る周りの小国に喧嘩を火種を作ってはそれを元にその国を滅し、自国に取り込むというまさに戦の上に成り立っている国だった。 そしてブランケイト国から南へ山二つ、そこにあるのがそこにあるのが商業で栄えた国、メルクリアス国だ。 メルクリアス国は海に面し、元からあった高い造船技術や航行技術、商取引の巧さからブランケイト国や他の国々とも良き隣国関係を築き、こちらも数百年に渡って繁栄し続けていた。 元々数十年前までコンフレストはブランケイトよりもさらに小さな弱小国だった。 しかし、十数年前にこの小国は急に成長し始める。 国王が現コンフレスト王になってからは飛ぶ鳥を落とす勢いの国になったのだ。 地形も相まって隣国であったブランケイトはこの略奪を繰り返すコンフレストの侵攻を妨げることができたが、それでも戦力で言えばコンフレストの方が上。いずれは地の利をも無視した人海戦術でブランケイトを攻め滅ぼすだろう。 それを恐れた前ブランケイト国王はメルクリアス国と結託。これ以上の隣国への侵攻を続けるのなら貿易の一切を行わない事を宣言。 貿易や物資をメルクリアスに頼っていたコンフレストはこの事態を危険視し、なくなくコンフレスト、ブランケイト、メルクリアスの三国間で同和条約を結び、この危機を免れた。 それからさらに数年。戦争自体を忌み嫌っていたメルクリアス国前国王はその他の国への侵攻を許さなかった。そのため今、コンフレストはわざと火種を生み、『自国防衛』を掲げて堂々と侵攻戦略をとり、今なお増長し続けているのである。 これに関してはメルクリアスもブランケイトも口出しができなかった。火種は生んだとはいえ、確かに戦争を先に始めたのはコンフレストから見て敵国に当たる中小国だ。 そうして今、前ブランケイト国王の死去によりその子息であったフォイルニス・ブランケイトが現在の王位に就く。 ――――ブランケイト国歴史書物より抜粋。 なれない馬車の揺れはどうしても彼女には不快だった。元々この移動自体が嫌だったというせいもあってかフィオナはつくづく不快そうな顔をしていた。 深い溜め息を吐き、もの欝気な表情を見せると彼女の馬車に同席していた近衛兵のキノガッサが 「そんなに落ち込まれないでください王女様。政略結婚ではありますが良きお相手であるかもしれないじゃないですか」 そう言い慰めたが 「でもそれは同様にお相手がよろしくない方である可能性もあるということです……」 かえって逆効果になったのかなおさら彼女は落ち込んでしまった。 元々彼女は外界を知らずに育てられたいわば箱入り娘。ただでさえ不安が多いというのに顔も知らない相手との婚約を結びにゆく旅。不安で仕方がないのは当然のことだ。 そんな様子のフィオナを見ていて彼も気が滅入ったのかやれやれといった様子で首を横に振って深く腰掛け直した。 ブランケイト国から山一つ。整備はされてはいるが元々自然の城壁として利用されているその山々は獣道を僅かに踏み均した程度の凸凹道。国一番の技師が作り上げた馬車でも流石にそんな道ではよく揺れる。 左右によく揺れるため外の景色を見ようにも逆に外を見れば酔ってしまいそうなほどによく上下に景色がブレる。 目の前にも万が一のために国一番と名高い衛兵の一人が同伴していてくれたが、名前も知らないような相手とではそもそも話のしようがない。 そしてもし話したとしても今回の件か場内の僅かな情報しか彼女は知り得ないのだ。会話がもつはずがない。 せめて早く着いて早く終わらないかだけを考えて目を閉じていると今までよりも大きなガタン! という揺れに気付いて目を開けた。 『着いたのかしら? 思っていたよりも早かったわ』 そんなことを考えるフィオナだったが、次の瞬間周囲が一気に騒々しくなった。 「賊だー!! 賊が出たぞー!!」 その声に何も知らないフィオナはただ何が起きたのかと驚いていた。 「どうしたのです? もう着いたのではないのですか?」 「フィオナ様! 私の後ろで動かないでください!」 何も知らないフィオナも彼のただならぬ雰囲気を感じ、ただ静かに頷いた後、言われた通りに彼の後ろでジッとしていた。 すると次第に周囲の喧騒は大きくなり、フィオナもそれが只事ではないのを直感していた。 次の瞬間! 「貴様! 王女様には手出しはさせんぞ!!」 唯一の扉を見張っていたキノガッサがそんな勇ましい台詞と共に扉を開けてきた賊に蹴りを喰らわせていた。 キノガッサはその強力な脚の力を最大限に利用できるようにするため、入口の両脇に付いた手すりに小さな手をかけ、必死に次々となだれ込む賊を追い出していた。 だが、ついにその足を掴まれ、彼も外へと放り出されてしまった。 「フィオナ様! お逃げください!!」 彼の必死の言葉を遮るように一人の男が彪と馬車の中へと入ってきた。 「お前がフィオナ王女か。新芽のように美しい容姿だ……他所の国にやるのは勿体無い。俺が頂いてやろう」 そう言い、彼女が抵抗する間もなくその男はフィオナを抱き上げて馬車を降りた。 「テメエら! もう用はねぇ! さっさとずらかるぞ!」 「放しなさい! 貴方は今自分が何をしようとしているのか分かっているのですか!」 彼女を片手で抱き上げるその腕の中で彼女は必死にもがきながらそう言った。 「お前こそ分かってるのか? これから何をされそうになってるのか」 しかし、屈強なその男には彼女の足掻きは通用せず、そのまま倒れる兵や、馬車を残したまま彼女はその賊の頭領と思われる男に抱えられ、森の中へと消えていった。 ◇ 途中からフィオナは目隠しをされて運ばれていたため不安しかなかった。 『ああ……野蛮な人たちに襲われて死ぬぐらいなら……せめて顔も知らない相手と一生添い遂げる方がまだマシだったかもしれない』 そんなことを思いながら、既に抵抗する気力もなくなったフィオナは彼らのアジトへと運び込まれていった。 「てめえらは元の持ち場に戻れ! いいか? 俺の部屋を覗くんじゃねぇぞ!」 自分を軽々と担ぎ上げるその男は恐らく周りに沢山いるであろう山賊たちにそう言っていた。 その山賊たちの返事が聞こえたかと思うと周囲は一気に騒がしくなり、すぐに静かになった。 「おいおい姫様。まさか気絶してるんじゃねぇだろうな?」 そんな声が聞こえたかと思うと突然今まで視界を奪っていた布が剥ぎ取られ、周囲が見えるようになった。 どうやらそこは洞穴のようで、壁面に松明を立てて明かりをとっているようだ。 解放されていることにようやく気が付き、周囲を眺めるとそこは彼女が知るほど綺麗ではなかったが生活感のある小さな部屋のようになっていた。 後ろを振り返るとそこには自分を攫っていった男、ルカリオが立っていた。 「元気なようだな。暗くなっておねんねでもしてたか?」 彼女に意識があることを確認すると男はフィオナの顔を鷲掴みにし、無理やり男の方へ向かせた。 「は、放しなさい! 私にそんな粗暴な態度をとるとはどういうことですか!」 その手を振りほどこうとフィオナは前足で必死にその手にしがみついたが、力の差は歴然。屈強な男の腕から逃れることはできなかった。 暴れるフィオナをまるで人形のようにヒョイと投げるとその繊細な身体は作りのあまりよくないベッドに受け止められた。 「どういうこと。って聞かれたらな……シたい事なんてひとつに決まってるだろ?」 そう言い、フィオナの上に覆い被さった。 だが、彼女は無知だ。狭い後宮の中しか自由に歩き回ることも許されなかったため知識に関しては乏しいどころか一般常識も欠けているほどだ。 彼女が知りうる知識は決して俗世を生きるための知識ではなく、政略結婚のために使える『駒』としての最低限の知識と作法しか教えてもらっていなかった。 彼女がそれ以上の知識を得ることは『ある人物』が困るからだ。それは誰か? 「コンフレスト帝国との拮抗関係を保つための婚礼……。そんなものに使わせるには勿体無さ過ぎる上物だぁ!」 それは他でもないブランケイト国国王であり、彼女の実兄であるフォイルニスだ。 婚約を済ませるために出向いていた彼女は純白のとても上品なドレスに身を包んでいた。 男はそのドレスの裾を上へまくり上げるとそんな下品な声を出して彼女の美しい一つの筋を視姦していた。 「な、何をするのですか!? この無礼者!!」 彼女の婚約は先程男が言った通り、国王の交代により力関係の変わってしまったブランケイトがコンフレストに攻め滅ぼされないための取引材料だった。 そう言えば多少聞こえはいいかもしれないが、賢王であった前ブランケイト国王、フォイルニスの父とは違い、愚王であったフォイルニスは弱みに付け込まれ、実の妹であるフィオナを『生贄』として使用したのだ。 本来、ブランケイトに弱みはない。全てはただのコンフレストのでっちあげなのだが、フォイルニスの頭はそこまで回らない。でっちあげの弱みを消すために哀れな足掻きを見せているだけだった。 既に国内にも不安の声は響いていた。愚王の脆さは既に露見していた。 そして今回の婚約、不満に思うものはフィオナ本人だけではなかった。だがそれも既に遅い。愚王の幼稚な策略はたかだか山賊によって崩壊してしまったのだから。 「そんじゃちょいと味見させてもらうかな?」 そう言い、男はそのままその秘部へ徐ろに舌を入れてきた。 「~っ!?」 知識はなくても今何をされようとしているのかは本能で分かる。そのためにフィオナは全力でその男の顔を両足で連続して踏みつけた。 「てめぇ!! 遊んでやってりゃいい気になりやがって! 気が変わったぜ……。いけ好かねぇが陵辱ってのも面白いかもな!」 顔をしこたま蹴られて男も流石に怒ったのか、フィオナを羽交い絞めにして身動きを取れなくしてから男は自分のモノの先端を宛てがった。 「やめなさい! お、お願いだから!」 「人にものを頼む態度じゃねぇな! 痛いがお前のせいだから文句ねぇよな?」 そしてまだ濡れてもいない彼女の膣へ無理やり男は自分のモノを沈めてきた。 途端に走る激痛。それは今まで体験したこともない熱い鉄柱が身体を貫き、身を引き裂かれるような痛みだった。 「痛い痛い!痛い痛い痛い!!」 「おいバカ! 暴れるな!!」 体をコイキングのようにのたうちまわらせて抵抗するフィオナに男は焦った。流石にここまで暴れられれば何もしようがないからだ。 痺れを切らした男は近くにあった刃物を彼女の首に当て 「これ以上暴れるならその綺麗なドレスが真っ赤になるぜ?」 そう言い放った。 彼女も悟ったのか暴れるのをやめた。 『ああ……こんな野蛮な男に純潔まで奪われて殺されるのね……。嫌な人生だった……』 そんなことを思いながら彼女は深い絶望と共についに気絶してしまった。 「ん? もしかして気絶したのか? ったく……ホントに繊細な姫様だ。ま、こっちは余計な手間が省けたがな……。それじゃ……」 暴れなくなったのを確認したが、同時に彼女が気絶したのにも気付いた男はそんな独り言を言い、彼女へと覆い被さった。 *鎖のブーケ 2 [#d3e1119c] 目を覚ましたフィオナはまず声もなく泣いた。 あんな粗野な男に彼女の純潔は穢され、さらには彼女の婚礼が行われなかったということは交渉条件を破棄したことになる。 「目ぇ覚ましたか? それじゃあお姫様に今のご気分を窺おうか」 彼女の横からそんな声が聞こえ、彼女は自分にかけてあったブランケットを撥ね退けて起き上がった。 「あなたの……あなたのせいで……うぅ……」 「聞くまでもなく最悪といったところか」 口を開けば彼女はさらに惨めな気持ちになった。横にいるその男のすかした笑い顔を見るとそんな男に好きなようにされた自分を想像してしまうのだ。 おもわず彼女はそのまま自分の秘部を覗き込むが、当たり前だが特に何も変わりはない。 「破廉恥な行動は慎んだ方がよろしいのでは? なんてな。まあそう悲観するな。死んでないだけマシだろ?」 『いっそ殺してくれた方がまだましだった……』 心の中でそう呟いたが、下手に口に出して本当に殺されたのではたまったものではない。そう思いフィオナは口には出さなかったがどうせ殺されてももうどうでもよかった。 今まで何も知らずに生きてきて、何も分からないままに自分の人生はコロコロと弄ばれるように他人に好きなようにされてきていた彼女は、もう今回のこの件で疲れ切っていた。 「さて、そこで殺さないついでの頼み事だ。勿論引き受けてくれるよな? フィオナ王女様?」 彼女の心中など彼は意に介さず彼のペースでそのまま話を続けてきた。 「誰があなたのような人の頼み事など引き受けるものですか! 傲慢にもほどがあります!」 勿論彼女も反論する。すると男はやれやれといった感じで息を深く吐くと 「なら例えばもし、心優しいお姫様がこの寛大な心を持つ俺の頼みを聞かなかったらー……。例えばお姫様が仲良くしているお付きや兄王様に何か悲しい事が起きてしまうかもしれねぇな?」 そう言い放った。口調こそ緩やかだがその言葉にはドスの利いた低い唸り声のような恐ろしさもあった。 勿論これは脅しだ。流石に彼女でもそれくらいは分かる。 「!! 卑怯者! 私だけではなく兄上様やジャスミンまで!」 「ほう! ジャスミンっとかいう奴がお前にとって大事な人なのか。これはいい情報を頂けたな」 この男、粗野なように見えてかなり賢い。わざと彼女を誘導するように言葉を選んで喋っていたようだ。 この男にしてやられた彼女はまた泣きたくなった。自分のせいで大事な彼女の唯一の友人であるお付きのミミロップのジャスミンまでも危険に曝してしまったのが本当に悔しかった。 「せめて……せめて二人だけは……」 彼女は泣きながらそう懇願した。自分のせいで二人までも巻き込まれるなら自分を犠牲にした方がましだ。 「大丈夫だ。お姫様が俺の言う事をしっかりと聞いて、二人にこの事を話さなければ何も起きない。俺もハッピー、あんたも死なないし、誰も傷つかないで済む。言ってることは分かるよな?」 彼は優しく彼女の頭を撫でながらそう言ったが、彼女の中ではそれは絶望として頭の中でその言葉が響き渡っていた。 彼女にとって既にその男はルカリオの皮を被った悪魔か死神にしか見えていなかった。 「それじゃあ姫様にやってもらうことを説明しよう。忘れたは効かないからな?」 そして説明を受けるとフィオナはまた目隠しをされて森の入り口まで帰された。 見た目はようやく山賊たちから解放されたお姫様といった様子だったが、実際はまだ彼女は見えない鎖で繋がれていた。 その上釘を刺されている彼女はそれを誰かに言う事も出来ない。そうしてそのまま彼女は重い足取りでお城への道を一人歩いて帰って行った。 見通しの悪い山道は普通の者でも慎重に歩く。しかし彼女は元々一人で出歩いたことがない上に山道など経験したこともない。 入口まで返されたといえど、街道すら歩いたことのないフィオナにとって山道はそれだけで大変なものだった。 「フィオナ様! フィオナ様が見つかったぞ!!」 帰る途中、昨日夜通し捜索していた城の兵士たちはフィオナが見つかったという報告であっという間に彼女の周りに集まっていた。 「フィオナ様! お怪我はございませんか!?」 「このようなお姿に……。早く城へ戻りましょう!」 わらわらと集まってきてはみなフィオナの心配をし、すぐに彼女はその兵士たちに保護されて城へと送ってもらった。が、内心彼女は穏やかではなかった。 城に戻るということは男に頼まれた『頼み事』をこなさなければならないということだ。元々そういったことをしたことがないフィオナにとってそれはとても難しいことだが、失敗は許されない。 失敗はそのままフォイルニスやジャスミン、果は自分の命さえも奪われることを意味している。そして彼女もそれを絶対にこなせる自信がなかった。 彼女はそうやって課された自分の頼まれ事をどうにかして果たさなければならない重圧から顔色が悪くなっていたが、山賊に囚われたり山を彷徨ったために体調が優れていないのだと兵士たちには思われていた。 そしてそのまま何事もなく城へ帰りついたフィオナだったが、場内は尋常な雰囲気が漂っていた。ただ一人を除き……。 「フィオナ!! 戻ったのか! 体は大丈夫か!? 痛めつけられたりしていないか!? 何処にも触れられていないか!?」 城へと戻り、まず彼女の無事を国王へ報告するためにそのまま王室まで連れて行かれた彼女は慌てふためく兄にいきなり質問攻めにあってしまった。 「は、はい……。囚われていただけで何事もございませんでした」 兄といえど国王。異様な雰囲気の彼は国を任されているとは思えないほどの慌てぶりだった。 質問にひとまずフィオナはそう答えると、彼はそっと胸を撫で下ろしていた。が、それも束の間。また彼は慌てるように自室へと戻っていき、彼女へ心配の言葉をかけることも忘れていた。 流石にフィオナもこれには驚いた。実の妹が攫われ、どうなったかも半日分からないままだったというのにも関わらず、『無事でよかった』の一言もなかったのだ。 しかし、実際の所は無事ではない。勿論彼女は既に色々とされている。なら何故無事と言ったのか。それが最初の頼み事だ。 「まず、城に無事戻ったら『何もされなかった』と答えろ。次に……」 彼女は既に純潔を穢されたが、この事実はもし本人が隠してしまえば調べようがない。 王が自室に戻ってしまい、それ以上の話ができなくなったため、フィオナも自室へと戻してもらった。 「フィオナ様!! よくご無事で!!」 何年振りかにも感じる自分の見慣れたその部屋には顔を泣き腫らしたジャスミンが待っていた。 「ごめんなさいジャスミン。心配をかけてしまったようね……」 先程までも泣いていたようだが、フィオナの姿を見るなり今度は安堵の涙で泣き崩れていた。 フィオナよりも体の数倍多きなジャスミンに自分のベッドへ座らせて気持ちを落ち着かせることはできないので、彼女はただ彼女の足を前足で優しく撫でて宥めてあげていた。 ようやく気持ちが落ち着いたジャスミンは一度、服を着替えてくると言い、部屋を後にした。そこで彼女も素直にジャスミンとの再会を喜べないことを思い出す。 自分のせいで彼女まで危険な目に遭うかもしれない。そう考えれば自然と気持ちは沈んでいった。 すぐに戻ってきたジャスミンは目こそ腫れていたが、フィオナが戻ってきてとても嬉しいのか笑顔で彼女の元へ来ていた。 少しの間、彼女はジャスミンと二人きりになり様々な話をしていた。 付き人たちの動揺、警備兵のさらなる増員、そしてフィオナがいなくなってからの国王の様子のおかしさなどだった。 フィオナもそれは薄々感じていた。すこし間が抜けている所はあるが、決して冷たい人ではなかった。 そしてそれほど国王が動揺しているのにも関わらず、場内にいる人と国王とでその差があまりにも酷かったことだ。 場内にいるものはみなフィオナの姿を確認した時点でとても安心していたが、兄であり王であるはずのフォイルニスのみ未だ落ち着きがないのだ。 「そういえばフィオナ様。どのようにして山賊どもから逃げ出すことができたのですか?」 ここでついにジャスミンからそう質問された。普通に考えて彼女が自力で抜け出せるのはおかしい。 勿論、ここでも男の予防線が張られていた。 「山賊の中に勇敢な兵士が紛れていたようで……。私はそのお方にこっそりと連れ出してもらえたのです」 そう言うとジャスミンはとても嬉しそうにそれは誰だったのか? と聞いてきたが、勿論嘘であるため答えられない。 顔を覚えていないなどと適当に言い、はぐらかしたが、彼女が恐慌状態だったことなども考えられるのでジャスミンも納得していた。 そして一つフィオナは考える。今、この場にいるのはフィオナとジャスミンだけだ。 「ジャスミン。扉の向こうに誰もいないか確認してもらえる?」 そう言われ、ジャスミンは少し不思議に思うが、すぐに確認しに行き、誰もいないことを報告した。 その間にフィオナも窓の外を確認したが、城の上の方に彼女の部屋はあるため人が隠れられる場所などどこにもなかった。 「ジャスミン。あなたの周りに最近、怪しい人がいたりはしない?」 「? いいえ、特にそのような不審な者は見かけておりませんが……どうかなされたのですか?」 そう、彼女だけでも身の危険を伝えようと思ったのだ。 周りに誰もいないのであれば彼女がこの事実を聞いたことを知る者はいない。彼女なりに考えての行動だった。 「ごめんなさい。私のせいであなたまで命を……」 そこまで喋りかけた時にコンコンと戸を叩く音が聞こえた。 一瞬、フィオナは焦った。もしやバレたのでは? と。 何事もなかったかのように平然とするために彼女は一度深呼吸をし 「どなたですか?」 そう扉の向こうにいる者に訪ねた。 「私は本日よりフィオナ様の護衛を任されたセトという者です。本日はそのご挨拶と国王様からフィオナ様への言伝を頼まれて来た次第であります」 扉の向こうでガシャリと重い鎧の音が聞こえ、その後に続けてそう声が聞こえた。 ひとまずジャスミンを殺しに来た者ではなさそうなので安心したが、まだ彼女に戸を開けさせるのは怖かったフィオナはジャスミンにジェスチャーで扉から見てベッドで死角になる場所へ移動させてから 「どうぞお入りください」 そう言った。 「失礼します!」 扉を開けるとそこには鎧に身を包んだ屈強そうな男が立っていた。 だがそれを見てフィオナは戦慄した。 「貴方は!!」 そこに立つ男は見た目こそ今は王国兵士だが、その顔は忘れたくても忘れることのできない顔だった。 彼女を襲った山賊どもの親玉であるあの男がそこに鎧を身に纏い立っていたのだ。 「どうかなされましたかフィオナ様?」 死を覚悟したフィオナとは裏腹に男はキョトンとした表情を浮かべていた。 ジャスミンを隠したのはせめてもの救いだっただろう。もし彼女に開けさせていれば確実に彼女が死んでいた。 「あれだけのことをしておいてシラをきるつもりですか! 貴方はどこまで私を追い詰めれば気が済むのです!」 「お、お待ちください! どうなされたのですか!」 怒りを露わにするフィオナに対し、その男はただ戸惑っていた。 ジャスミンも何が起きているのかよく分からず、思わずベッドから顔を出すと 「セト様ではありませんか! どうなされたのですかフィオナ様! 王国一の剣士様ですよ!」 そう言い興奮して彼の説明をした。 ベッドの影からスッと現れたジャスミンにその男はとても驚いたが、ジャスミンが顔を出したことにもっと驚いたのはフィオナの方だった。 「駄目! ジャスミン!」 言うが早いか既にジャスミンは彼に駆け寄っていた。 『殺される!』 そう覚悟したフィオナだったが、その男は求められた握手をしっかりと返し、笑顔で彼女に声を掛けるだけだった。 「貴方は……山賊ではないの……?」 ここでフィオナも様子のおかしさに気付き、そう声をかけた。 顔は瓜二つだが、言葉遣いも声もあの粗野な男とこの目の前にいるセトと呼ばれた男とではあまりに差がありすぎたからだ。 「申し訳ないですがジャスミン殿。一度席を離れてもらってもよろしいですか?」 すると彼は横にいるジャスミンにそう言った。ジャスミンも言われるがまま一度外へ出ていくと、その男は真剣な表情をし 「ホールスに……私の兄に会ったのですね」 そう言った。 「兄?」 フィオナが聞き直すとセトは頷き 「私には双子の兄がいます。名をホールスといい、昔は私と同じく王国兵士だったのですが……いつの間にか兵士を辞め、今ではあろうことか山賊に身を堕としたのです」 そう彼は申し訳なさそうに言い、深い溜息を吐いた。 「そう……だったのですか……。申し訳ありません。貴方を山賊呼ばわりして」 彼の処遇やあの男、ホールスの正体を僅かながら知り、フィオナはひとまず彼に謝罪した。 「いえ。私の兄であることに変わりはありませんので。兄の失態は私の失態でもあります」 すると彼もそう言いフィオナへと謝った。決して彼は悪くはないのだが、彼の性格なのだろう。 その後、少し彼と話をし、兄である山賊の頭領のホールスの話を聞いていたがセトは一度話を遮り 「申し訳ありません。先に国王様からの言伝を伝えさせていただいてもよろしいでしょうか? 私もこの報告の後、一度国王様の元へ向かわなければならないので」 そう申し出た。 「ごめんなさい! 私の事ばかり。それで兄上様の言伝とは?」 フィオナは謝り、すぐに彼の話を聞くことにした。 彼女のせいでセトが怒られたのではあんまりだからだ。 「今後、場内までなら自由に歩き回ることを許す。とのことです。恐らく今回の一件であまり過保護になりすぎるのもいけないと思われたのではないですか?」 国王の伝言は意外なものだった。彼女は自由に歩き回るのを禁止していたのは勿論国王であるフォイルニスだ。 しかし、確かにセトが言った通り、彼女は後宮内しか見て回っていないためほとんど歩くことすらなかった。 そのためリーフィアとは思えないほど体は繊細で、知識も乏しかったのだ。それを少しだけでも改善するための考えだろう。 「それでは私はこれで失礼します。これからは何かご心配な事があった場合はお呼びください。お近くに常におりますのですぐに向かいます」 そう言いセトは部屋を出る前に深々と礼をして去っていった。 が、彼の憶測は誤っていた。 『まさか……本当にあの粗野な男……ホールスがやったというの?』 彼女が今回自由に場内を歩き回れるようになった本当の理由は違った。 これもまたあの男、ホールスの仕組んだものだ。 「勿論協力してくれるなら、それに見合った対価を払おう。そうだな。束縛した分少しあんたの自由を増やしてやろう」 あの男がどうやったのかは分からないが、確かに彼の言う通り『自由』が僅かながら増えた。 そこで一つ疑問が湧いた。やはりあのセトと名乗った男がホールスなのでは? というものだったが、それはすぐに消えた。 二人の性格はあまりにも違いすぎた。それだけならまだしも声色までここまで違うと流石に別人だったからだ。 兄のホールスは地を這うようなドスの効いた声だが、弟のセトの方は男性にしては高く、聞いていて安心できる声だった。 その上にもしホールスがセトに化けているのなら、ジャスミンがすぐに気付いたはずだ。そして彼女を見ても特に何も反応はなかった。 ということは流石に二人は違うのだろう。ひとまずそう思うことにし、彼女はジャスミンに 「ジャスミン。私はこれから少し離れますので私の部屋には貴方も決して入らないように。もう今日はお休みなさい」 そう言って一人階段を下りていった。 勿論、唐突にそんなことを言われてもジャスミンには分からないが、姫様からの言葉は絶対なのでひとまず何も考えずに使用人室に戻ることにした。 彼女に自由を与えたのは確かに対価として払ったものだが、自由にしたことにはもう一つ理由がある。 「日が落ちた時、必ず俺の所に来い。迎えぐらい出してやろう」 そう言われていた。自由にした本当の理由はこれだろう。 彼女は城の裏手へ回り、何処で知り得たのかホールスに教えられた抜け道を使い、城の外へと出ていった。 抜け道の先は完全に山の中。あらかじめホールスに動きやすい服で来いと言われた理由がなんとなく頷ける、道からもそれた近くの木の虚から彼女は顔を出していた。 『なんで私がこんなことを……。でも、行かなければ二人が……』 考えれば考えるほど悲しくなったが、今度二人きりになれた時にジャスミンにだけは身の危険を知らせようとフィオナはその時固く決心した。 危険な目に遭うのは自分だけで十分だ……と。 日は既にほとんど沈み、城に戻ってきた時のように陽に照らされて見やすい山道ではなくなっていた。 どこへ行けばいいのかも分からないほどに暗い道に彼女はついにその場にへたり込んでしまうが 「夜道に明かりも持たずに外出かい? 姫様は本当に命知らずのようだな」 カンテラを片手にホールスが現れた。 確かに彼の言う通り、周りも見えない上に知らない道を歩いて途方に暮れていたため彼女は今回ばかりは言い返す言葉が見つからなかった。 「申し訳ありません。夜道は出歩いたことがないので」 恥ずかしながら彼が迎えに来てくれていなければ彼女は野獣に襲われて死んでいただろう。 恥ずかしさで一杯だったが、今回は素直に自分の非を認めた。 「そんなの知ってるよ。じゃなきゃわざわざで迎えに行くか? しかしここまで無知だとはな。ついてこい、大体俺のアジトの正確な位置も知らないくせに」 ぶつぶつと文句を垂れながらホールスは慣れた様子でその道をさっさと進んでいた。 山道はおろか街道すらまともに歩いたことのないフィオナは彼を見失わないように必死に歩くだけでも大変だった。 山道を数十分ほど歩くと次第に明かりの多い場所へと出た。どうやらここが彼らがアジトとして使用している洞窟のようだ。 数名が歩哨として立ってはいるがやる気がないのかみんな無駄話をして人の接近など気にしてもいなかった。 「戻ったぞ。せめてボスが戻ってくる時ぐらいは真面目にやってもらいたいもんだね」 「か、頭!? すみませんでした!」 ホールスはそう一言だけ声を掛けるとそのまま真っ直ぐ中へと入っていった。 彼女も急いでその後を追うが、正直不慣れな山道でもう体は疲れきっていた。 「私が聞くのもなんですが、あんな警備で大丈夫なのですか?」 二人がアジトをある程度進むと彼らはやはり雑談を始めていた。 こんな警備ならこの場所がバレてしまえばこの山賊たちは一瞬で壊滅してしまいそうだ。 「大丈夫だよ。華奢なお姫様に心配されるよりもあいつらは頑丈だ。それにそこらの兵士よりは強い。案外あんなんだが俺が選りすぐった最強の軍団だったりするぜ?」 確かに外にいたのは大柄で見るからに屈強そうな者が多かったが、あそこまで油断しているとあまり信憑性がない。 しかし、城からそう遠くない位置にあるはずのこのアジトが今だに潰されていないことを考えるとやはり強いのだろう。 一番奥まで歩いていくとそこには洞窟の壁に扉が作られていた。 中に入るとついに彼女が見覚えのある部屋へとたどり着いた。 「ほら、ベッドに先に座りな。しかし……まさかここまですんなりと来るとは思ってなかったぜ?」 扉を開けて彼女を中へと誘導すると彼はそう言った。 当たり前だろう。確かに彼に口止めされたり、人質をとられているとはいえ、彼女は一応強制されているわけではない。 「下手に抵抗してこれ以上私の周りにいる人を危険に晒したくないだけです。それに……貴方に襲われたことで少しだけ吹っ切れました。もうどうにでもしてください」 彼女が恐ろしい程に従順だった理由は恐らくこれだろう。 ブランケイト家の女性は代々一つの役割を持っている。それが国王になる者を自分が選ぶことができるという権利のようなものだ。 ブランケイト国は建国から代々男性のみが国王を務めてきていた。そのため女王の存在は常に国王の妻であるという立ち位置でしかなかった。 そしてその代々の伝統だけは決して崩したくなかった王がそういう盟約を作ったのだった。 ブランケイト家の血筋の女性は王になる資格がある場合のみ、自分の誠の愛を捧げた者を国王にすることができるのだ。 ここで言う誠の愛とは王女が身も心もその男に捧げた場合を意味する。 そのため王女と目交い、王家の血を引く子を王女が身籠り、かつその状態で王女がその男を王になるにふさわしいと認めた場合のみ許される王位継承である。 しかし、既に彼女の純潔は奪われてしまった。しかもそれは目の前にいるこの粗野な男。彼女が決して王と認めるはずがなかった。 彼女自身、自分の存在が国の未来を左右するほど大事な存在であることを知っていたため軽率な行動はとらず、ただ兄王の考えに従うつもりだった。 「ほう……どうにでもしていいか。そいつはそそるな。だがその前にお喋りだ。俺はお前から聞きたい事が沢山あるのでな」 そう言われ彼女は一瞬ドキッとした。もしやジャスミンに話したことがバレたのではないかと。 「そうですか……別に構いません。お聞きしたいことがあれば答えましょう」 そのため彼女は平然を装いいつもと変わらぬ調子で喋った。 するとホールスはニヤリと笑い 「それじゃまずはお姫様が自分の役割を理解しているかどうかだな」 そう言いホールスはにやけたまま彼女の顔を見ていた。 とりあえずはジャスミンのことではなかったようなので少し安心し 「役割……というと?」 そう普通に聞き返した。勿論、何も聞かされていないフィオナが役割など知るはずがない。 「まあ今のお姫様じゃ分からんだろうな。答えだけ言うとあんたは城内の情報を俺へ持ってくるいわば使い勝手の良いパイプ役だ」 「無礼な!」 ホールスの言葉に対し、フィオナは少しムッとして答えた。 自分のことを使い勝手が良いなどと言われれば誰しもそうなるだろう。 「そう怒るな。そう言う意味じゃねぇから。つまりあんたは誰からも怪しまれずに城内の情報を好きなだけ集められて、その情報を掲示することを渋る奴がまずいないということだ。使い勝手が良いのはフィオナさんのことじゃなくて『王女』という位だ」 そう言われて彼女は納得する。 確かに今まで王の言葉が元で好きに移動することもできなかったが、ホールスのおかげで今ならある程度は自由に散策することができる。 「つまり私に貴方が必要とする情報を集めろ……と」 「ご明察だな。流石は王家の血を引く者だ。籠に閉じ込められて盲目にされてるのが本当に惜しい程にな」 「それはどういう意味ですか?」 「いずれ分かる。今は知るべき時ではないってだけだ」 ホールスの言葉が気になり、彼に聞き返そうとしたがはぐらかされて終わった。 彼女としては少しモヤモヤとするものがあるが、これで彼女は自分の役割をきちんと知らされることになる。 「それじゃ、姫様が自分の役割を理解した所で、まずは前回のお遣いだ。ちゃんと調べてきたか?」 彼女がコクリと頷くと、彼は話せ。とだけ言った。 「まず、今回の婚礼の破綻については貴方が望んでいた通り延期になったわ。これに関して兄上様はとても慌てていたけれど、どうやら私の身を案じ、他の日に改めよう。という答えで両国が纏まり、兄上様も落ち着きを取り戻されたようです」 それを聞くと彼はニヤリと笑った。 フィオナにはホールスのその笑顔がどうしても嫌な予感がしたが、恐らく今は聞かない方がいいだろう。そう思いそのまま次の話へ進めた。 「次に城内。貴方が予想していた通り、少しの動揺はあったけれども私が無事に帰ってきたと思っていることによって城内はすぐにいつも通りに戻ったわ。これで貴方が今回私に頼んだ事は全てよ」 そういうと彼は何度か頷き、少し考え込んでからフィオナの方を向き直した。 「ひとまずは上出来だ。俺の思っていた通りだったが……姫様は今回のこの二件、自分で調べてみてどうだ?」 「どうだ?……とは?」 彼の質問の意味がよく分からず、彼女が聞き返すと 「あんたも調べてて何かおかしいと思ったことはないか? って意味だ」 そう言われて彼女はハッと何かに気が付いたような反応を見せた。 「兄上様に比べて周りはあまり慌てていなかったのに、兄上様は親書がコンフレストの国王から届くまで落ち着きを取り戻していませんでした。どちらかというと心配なのは私ではなかったかのように……」 言い終わってから彼女は少し寂しそうに顔を俯かせた。 それもそうだろう。実の兄である彼は分かってはいたが政略結婚の駒としてしかフィオナを見ておらず、ただ相手国の機嫌を取ることで精一杯なのだから。 「そういうことだ。そこが俺の狙い目だ」 彼女の反応を見て彼はいやに怪しい笑みを浮かべていた。 「狙い……ですか。貴方は一体何を見てこんなことをしているのですか?」 確かに気になる事ではあるが、恐らく教えてはくれないだろう。 それでもフィオナは聞いてみた。 「俺は……この国を引っくり返す。あんたはそのための俺の大事な駒だ」 その答えは彼女の想像を遥かに上回っていた。 『この人……ただ粗野なだけの男ではないの!?恐らく兄上様よりも頭が良いわ……。どうにかしなければ……』 驚愕を顔に浮かべ、フィオナはただそう言い放ったホールスを見つめるだけだったが、同時になんとしてもこの危機を兄に伝えなければと心に誓った。 が、そんな彼女の心境とは裏腹に彼は急に彼女の顔を優しく上げさせてホールスとフィオナが真っ直ぐに見合うようにした。 そして彼女が何かを喋るよりも早く急にその唇を奪った。 あまりの衝撃に一瞬何が起きているのか分からなかったが、自体をようやく脳が理解し、必死に暴れた。 「な、何をするのですか!? この不埒者!!」 急なことで驚きはしたが、彼の様相とは裏腹に予想以上に優しく柔らかなその接吻は彼女の顔を一瞬で朱に染めていた。 「何……って頑張ったお姫様へのご褒美だよ。なーに、大事な姫様だ。ただ気持ち良くしてやるだけだよ」 そんなことを言うホールスに何か言い返そうとしたが、彼の目を見ると先程までの荒々しさが感じられない。それどころかその瞳にはまるで優しさでも浮かんでいるかのように見えるのだ。 理性では嫌だと言っているが、フィオナは初めて自分が女性として扱われているような気がしてどうしても胸の高鳴りが収められなかった。 「わ、私は姫です!! そのような褒美は必要ありません!」 「別にそんなお高く留まらなくてもいいじゃねぇか。どうせここなら誰も見ないし、俺はもしもこういうしがらみがないんならそのまま俺の物にしたいぐらいだしな」 先程までとは違う何かを企むような笑顔ではなく、とても明るいその笑顔は目の前にいるその人が山賊であることを忘れさせるような無邪気なものだった。 思わず身を預けそうになるが、自分の立場を思い出し、少し後ろへと後退りした。 だが、彼女が退いたのを見るとホールスはまたいつものように企むような笑みを見せ 「いいのか? 今のお前は俺に逆らえる状況じゃないだろ? それと……ジャスミンのこともな」 それを聞いた瞬間、彼女の鼓動は動きを止めてしまいそうだった。 バレていた。それが分かった瞬間血の気が引いていくのが良く分かった。 涙を溜めて、今にも泣きそうになるがそれを見てホールスはさらににやけ 「お前が断れば国王はともかく、ジャスミンの方には何かが起きてしまうかもな」 そう言った。 その瞬間、フィオナは少しだけ気が軽くなった。別にジャスミンに危機を告げたことがバレたわけではないからだ。 それはつまり、今自分が少し我慢をすれば誰も傷つかなくてすむからだ。 ホールスはフィオナは恐らく傷つけないだろう。彼が先ほど言った通り、大事な駒であるため怪我をするようなことはしないはずだ。 だからこそ彼女を取り巻く彼女が大事にしている人たちを傷つけることにより、彼女をコントロールしているのだ。 「ひとでなし……このひとでなし!」 「そう言うな。姫様にはきちんと褒美になることをしてやるよ」 そう言い、彼はまた人が変わったように優しい目をして寄って来ていた。 今度は逃げることはできない。しかし、言ったように悪いようにはされないとは限らないその恐怖心から、恐らく彼女の顔は引きつっていただろう。 そんなフィオナをお構いなしにまた距離を詰め、今度はそっとその唇を重ねた。 恐怖にびくびくしていたフィオナだったが、思っていたよりも優しく、柔らかな口づけに彼女は少しずつその緊張を解いていった。 この、キスをする時の彼だけはとても悪い人には見えなかった。 ほんの一瞬だったかもしれないが、そのままスッと唇を離すと彼は憎たらしいほど優しい笑顔で 「な? 悪くなかっただろ?」 そう言った。 思わず頷きそうになるが、それは彼女のプライドが許さなかった。 無言でじっとしているとまた彼はにやりと笑い 「それじゃ……お待ちかねのお楽しみの時間だ」 そう言い、ホールスは少し後ろへと下がった。 何をしているのか不思議に思ったフィオナだったが、直後彼女は仰向けに押し倒された。 「キャア!? な、何を!」 そう言い、起き上がろうとするが、ホールスのその強靭な腕によって押さえられてしまった。 そうして暴れることも封じられた時に、さらに下半身へと刺激が訪れた。 それは決して殴られたような鈍い痛みのようなものではなく、それは寧ろ心地の良い刺激、甘い刺激だった。 「ハァ……ァン! ダメェ!! やめてぇ!」 羞恥の心とあまりの快感からそんな声を出し、必死に足をばたつかせたが 「痛ぇ痛ぇ!! 折角気持ちよくしてやってるんだから大人しくしてろよ!」 顔を蹴りたくられたホールスは一度顔を離して少し怒り気味にそう言った。 鼓動も早く、顔も真っ赤にしてフィオナは少し涙を瞳に溜めていたが、必死に口を押さえて恥ずかしさを堪えていた。 『とても気持ちが良かった』ほんの一瞬でもそう思ってしまった自分のプライドを守るために溢れそうな感情を必死に押し殺していた。 そして少し冷静になれたところでもう一つ思い出す。彼女は彼のその行為を決して拒むことはできない。 今まで一度も経験したことのなかった全身を突き抜けるような快感、抵抗も許されずなすがままにしていればどうなるかフィオナにも分からなかった。 話でしか聞いた事のなかった秘め事は彼女にはあまりにも刺激的過ぎて、今のほんの僅かな時間の刺激だけでも身を委ねてしまいたいと思うほどだった。 ホールスの彼女を押さえる腕の力が弱まり、彼女でも起き上がれそうなほどにしか力を込めていなかった。 「いいか? 分かってると思うがもう暴れるなよ?」 一応、腕はいつでも力を込められるように胸の上に置いたままだったが、ホールスの確認に対してフィオナはただ首を縦に振った。 『私が耐えてしまえば……耐えきればみんなに何も起きないの。大丈夫、私ならできる!』 心の中ではそう呟いたが、少しずつ視界から遠くなっていくホールスに期待してしまい、そして今からの行為に声だけは出すまいと必死に両の前足で口を押さえる理性とは裏腹のか弱い姫様の姿がそこにはあった。 必死に口を押さえてただその時をじっと待っていると、ついに彼の舌がまた彼女の秘部へと触れた。 先程は羞恥心から撥ね退けたが、今度は両足にギュッと力を込めて耐えることしかできなかった。 彼の舌はとても熱く感じられ、それが秘部の入り口を滑らかになぞっているのだ。それだけで甘い声が漏れそうになり、全身の筋肉が強張っているのが良く分かった。 必死に口を押さえて声が漏れないように耐えているが、ホールスはまるで彼女が耐えられずに声を出すのを待っているかのようにゆっくりと舌を動かし続けていた。 必死に耐えている彼女に対し、ホールスは舌でなぞったかと思えば僅かに中へと滑り込ませたり、敏感な豆へと集中的に攻撃したり……。 多彩な攻撃は初めての彼女にはあまりにも刺激が強すぎて本当にそう長く耐えられるような代物ではなかった。 舌が中へと滑り込んでくる度に、敏感な場所を攻め立てられる度に腰がビクンッと跳ねるように反応していた。 口を押さえる前足も既に荒過ぎる息を抑えきれず、フーッフーッ! と口を押さえても息が溢れ出してきていた。 「そろそろだな……。それじゃ仕上げだ」 漸く執拗な攻撃も終わったかと思うとホールスはそっとそう言い、今度は今までと違い彼女の秘部へと口付けをしてきた。 元々既に胸を大きく動かして息をしていたので彼女にはもう限界だったが、彼はあろうことか彼女の豆を吸い上げてきたのだ。 「~~~~~ッ!!?」 声にならない声を彼女はついに漏らし、そのまま絶頂に達してしまった。 盛大に潮を噴き出しながら果てたが、彼は既に予感していたのか綺麗に口で受け止めたようだ。 「ふぅ……。流石は姫様の蜜だ、極上だったぜ。……ってもう気絶してたか」 彼は口を拭いながらそう言ったが、彼女は既にあまりに激しい行為によって気を失っていた。 その様子を見てホールスはもう一度ニヤリと笑みを浮かべて 「まずは上出来だな。さて、次にやらないといけないことを済ませるか……」 そう言い、彼は気を失った彼女をそのまま部屋に残し、部屋を出て行った。 *鎖のブーケ 3 [#q2e787ba] 次にフィオナが目を覚ました時、彼女はとある異変に気が付いた。 自分の部屋のベッドで眠っていたのだ。 何がおかしいのか? 答えは言うまでもないが何事もなかったかのようなことがおかしいのだ。 洞窟の中のホールスの部屋ではなく、きちんと整理整頓の行き届いた清潔感の溢れるいかにも貴族という自分の部屋に居る。 彼が山賊である以上ここに連れてきたとは考えにくいが、ならば昨日の夜にあった事は全て夢だったのだろうか? この答えは簡単だ。夢とは言い難い甘い快感は確かに体に残っており、それが夢でなかったことの輪郭を残していた。 『気持ち……良かったな……』 そんな想いからか、いつの間にか自分の前足は自然と自分の秘部へと伸びていた。 服の中へと前足を滑り込ませ、秘部のすぐ上へと前足を持って行き、ゆっくりと下へずらしていく。 自分の前足が僅かに秘部の入り口を左右へ広げ、甘い刺激を与えてくれた。 しかし、あの時のような強烈な刺激ではなく、自分で弄っているためか緩やかなものだった。 そうやって昨日のことを思い出しているうちに少しずつ息が荒くなっていくが 『わ、私は何をやっているの! はしたない……けど……』 そんな羞恥の心が浮かぶが、それでも昨晩の稲妻にも似た衝撃は彼女のそんな理性の制限を簡単に振り切らせてしまうほどのものだったのだ。 「んっ……!」 気が付けば自分の前足は秘部をまさぐっていた。 あの時よりも荒く、自分で自分の体を弄っている筈なのに、どんなに優しくしようとしても快感を求める感情の方が上回ってしまう。 次第に息も荒くなっていき、だんだんあの時と同じように気持ち良くなってきていたが、コンコンとノックする音に気付き全身が硬直してしまった。 「ひゃい!?」 あまりにも酷いタイミングだったせいでそんな変な声を出してしまった。 「? どうかなされましたか?」 声からすると恐らくセトだろう。 タイミングが悪い上に相手は異性。こんなことをしていたとばれれば彼女の威厳に関わってしまう。 「い、いえ! 何もして……何でもありません!! どうぞお入りください!!」 そのため彼女は必死に何もなかったかのように取り繕い、平然としているように見せかけた。 「失礼します。フィオナ様。今回も言伝をご報告いたします」 どうぞ。と言ったが心境は穏やかなものではなかった。 もし彼にばれれば確実に問いただされてしまう。 王女である彼女は常に礼節を叩き込まれていたためそのような軽率な行動をとらない。 そのため問いただされれば確実に城を抜け出して彼の兄、ホールスに会ったことがばれてしまう。 そうなれば国際問題だ。 フィオナは現在婚礼を控えた身であるため、尚更軽率な行動ができない。 もしもそんな身であるフィオナが蛮族と会っている事がばれれば、それどころか彼女が既に傷物であることがばれるような事があれば国力が落ちてきている今のブランケイトではコンフレストには敵わないだろう。 「まずは国王様から……。えぇと、『見聞を広めるために城下までの外出を許可する。但し、王族としての心得を忘れぬ事』とのことです。続いてジャスミン殿から……」 「ジャスミン!?」 彼女の名前が出た時点でフィオナには嫌な予感しかしなかった。 彼女には身の危険を話している。そのため下手をすると狙われている可能性があるからだ。 「? えぇ。ジャスミン殿からの伝言です。『本日は身勝手ながらフィオナ様の元へは参ることが出来ません。申し訳ありません』とのことです。休ませてもらいたいとのことでした。以上で全ての言伝を終わりますが、何かご用件はありますでしょうか?」 「今すぐジャスミンをこの場へ! 例え彼女がなんと言おうと王女としての命令であると伝えてください!」 セトが話し終えると彼女はすぐにそう伝えた。 このフィオナの切羽詰った焦りを感じ取ったのか、セトは何も言わずにフィオナに従いすぐに部屋を出て行った。 セトが出て行き、一人残された自室で彼女は強い焦燥感を抱いていた。 『もしもなんて……起きていないで……!』 そんな祈りにも似た思いを強く念じ、彼女が来るまでの僅か数分を静かに待っていた。 ――数分後、彼女にとって何時間にも感じたノックの音が彼女の部屋へと響き渡っていた。 「どうぞ……」 不安、後悔、怒り……。さまざまな感情が彼女の心の中に渦巻いていた。 「失礼します……」 そう言って入ってきたのは紛れもなくジャスミンだったが、フィオナは言葉を失った。 彼女の右手には包帯が巻いてあったのだ。 『私が……私があんな浅はかな行動をとったから……』 心の中はそんな後悔の想いに染まっていった。 ジャスミンもフィオナに自分の右手を見られて何処かばつが悪そうな顔をしていた。 「ジャスミン……。貴方のその右手は……」 「!! も、申し訳ありません! 数日中には治りますので、きょ、今日は失礼させていただきます!」 右手を隠すようにジャスミンは慌ててそう言うと、頭を下げてすぐに部屋を出て行ってしまった。 間違いないだろう。彼女は確実に襲われたのだ。 自分の浅はかな行動にほとほと嫌気が差し、気が付けば頬を涙が伝っていた。 「フィオナ様! どうかなされましたか!?」 驚いた様子のセトが駆け込んできて、フィオナのその様子を心配していた。 「大丈夫です……。なんともありませんから……」 涙を拭い、平然を装ったが目の前にいるセトは勿論心配そうな顔のままだった。 聞くところによるとジャスミンが走って出てきたのが心配でフィオナの様子を見に来たそうだった。 とても頼れる存在であるセトだが、今のフィオナにとっては彼は居て欲しくない存在だった。 下手をすれば弟である彼にも手を出すかもしれない。そう考えただけで自分の浅はかさを今一度思い知らされ、さらに 『お姫様が自分の役割を理解しているかどうか』 そんなホールスの言葉が嫌なにやけ面を浮かべた彼の顔と共に脳裏に浮かんだ。 『私が彼の言う通りにすれば……これ以上は何も起きないはず……私が従えば……』 そんな想いが頭を巡ってまた彼女の顔を曇らせた。 しかし、ここで泣いている場合ではない。 彼女にはやらなければならないことがある。そのためにまた『嘘の外出許可』をホールスは出させたのだろう。 そうでなければこんなタイミングでの行動範囲の拡大は有り得ないからだ。 「フィオナ様、折角ですので少しばかり気晴らしでもしませんか?」 そんな声を掛けられ顔を上げるとそこには彼女の不安を拭おうとする微笑みを浮かべたセトがいた。 「折角城下まで外出が許されたのですから、町を見て回って気を紛らわしてみるのもよろしいかと」 セトには今、フィオナが何で悩んでいるのかは分かってはいないようだったが、それでも彼女の不安を少しでも軽くしたいという想いはひしひしと伝わってきた。 「えぇ……。そうね。そうしましょう」 兄弟だからなのだろうか。何処かホールスに似ている、小さな優しさのように感じたのは……。 ◇ 部屋をセトと二人で出て、階段を下っていくと、何やら城内には似つかわしくない喧騒が聞こえてきた。 元々この王宮内で誰かが大声で喋るような事はまずないのでフィオナにもセトにもその喧騒が不自然でならなかった。 階段を下りきり、大広間へ出るとそこには凄い剣幕で衛兵に捲くし立てる国王の姿があった。 「分かっているのか!? このままだとこの婚礼の話すらなかったことにされるのだぞ!!」 普段は何かに怯えるように言葉の少ない国王がそうやって人に怒鳴り散らす姿はここ数ヶ月に入ってからだった。 急にフォイルニスは自分の直近の衛兵や、元々国に従事していたセトのような兵士たちに対しえらくきつい言動が増えていた。 そのためセトたちにとって喚く国王は文字通り目の上の瘤でしかなく、言っていることもただの支離滅裂なことか無理難題ばかりだった。 しかし、ここ最近になって急に王女であるフィオナに関することを耳が痛くなるほどに言い出したのだ。 過保護だったのは昔からだったが、最近はさらに過保護になり、王女に対しては腫れ物でも触るかのように部屋に閉じ込め何もさせなかった。 元々そんな状態だったことを知っていたセトはフォイルニスのその暴言が目に余り、ムッとした表情を浮かべていた。 「国王様。私の部下が何事か起こしたのでしょうか?」 セトはフィオナをその場に残し、国王の元へ歩み寄りながらそう言った。 その国王に怒鳴られている兵士はセトの部下だった。 そのため、彼らが何か粗相を起こしていないことは彼からすると分かりきっていたためわざとそう話しかけたのだ。 「何事だと? 貴様らがフィオナをしっかりと護衛せんからこのような事態に陥っているのだろう!! どう責任を取るつもりだ?」 「お言葉ですが国王。あの時、馬車を護衛していたのは国王様直属の兵士たちでした。『お前たちには任せられない』そう言って私の指揮権を剥奪したのではなかったですか?」 セトがそう言うとやはり国王は苦虫を噛み潰したような表情を見せ、次の言葉を発することができなくなっていた。 自分の指示も忘れてただ罪を擦り付けていたので反論のしようのない言葉を返されてしまい、そのままフォイルニスは何も言わずに部屋へと戻ってしまった。 「申し訳ありません。お見苦しい所を見せてしまい……」 フィオナの元に戻ってきたセトはそう申し訳なさそうに彼女に言ったがフィオナは首を横に振った。 「いいえ。ここ最近の兄上様は何処かおかしかったので……それが私自身の目で目の当たりにできてよかったです」 皮肉の籠ったその言葉にセトは尚更申し訳なさそうな顔をしたが、フィオナは気にしないように言い、すぐに後宮を後にした。 お城の正門を出て城下外へ。皮肉なことにフィオナが自らの意志でこの正門をくぐって外へと出たのはこれが初めてだった。 案外初めて見るその城下の景色は、フィオナが想像していたものとは若干の違いがあった。 人が忙しなく動き回り、あちらこちらで話が聞こえる。そんな光景とは違い、とても長閑な街道に犇めき合わない程度の人が買い物をしていた。 どちらかというとブランケイトの兵士や傭兵として国々を回る兵団などの方が多く見受けられた。 「兵士の人たちが多いのですね。もう少し国民が歩き回っているものなのだと思っていました」 目で見た感想をそのまま口に出すフィオナの目はまるで子供のようだった。 今まで一度も外へ出たことのなかったフィオナにしてみればここはまさに空想の世界。思い描くしかできなかった世界だからだ。 「そうですね。ブランケイトは昔から優良な武具を産み出す国なので、よく傭兵や武器商人が良い武具を求めて立ち寄る国ですね。そのため雑貨屋や商店に比べるとそういう店が多いので言われてみれば目立つものですね」 セトは城下へはよく来るので知っているが、そういう感想を聞いて初めて気付かされることもよくある。 セトがそのまま店の案内を申し出たが、フィオナが来ては商売にならないだろう。そういう思いからフィオナは眺めるだけにしてその場を後にした。 次に向かったのは国のおよそ中央に位置する噴水とそれを囲む広場だった。 自然に恵まれたブランケイトを象徴するその噴水は地下から湧き上がる澄んだ地下水のためそこで生活水を汲んでいく者も多い。 そして少し離れた所に歴代の王を象った銅像が建てられていた。 その中には先代ブランケイト国王は勿論、初代から現国王であるフォイルニスまで建てられていた。 その像の前までフィオナは歩いていき、一番端にあるフォイルニスの像の前で立ち止まり 「ねえセト。貴方は兄上様……いえ、フォイルニス国王をどう思っているの?」 そう尋ねた。 「どう……と言われても私は王国の一兵士でしかありません。王が変われど私はこの国に忠を尽くすつもりです」 「よく思っていないんでしょう?」 彼の答えにフィオナはクスクスと笑いながらそう聞いた。 一方のセトは目を泳がせてどうとも答えなかった。 「図星のようね。でも、分かる気もするわ。あの人はとても王の器とは言えないから……」 そうセトへ告げた彼女はとても悲しそうな顔をしていた。 実の兄であるフォイルニスを彼女がそうまで言うのだから、落胆の色も隠せないだろう。 「申し訳ありません」 「謝るようなことではないわ。決して……」 広場に響く子供たちのやたら楽しそうな声がその張り詰めた空気の中へやけに響いていた。 「そうです! 折角城下まで参られたんですから、私たちの訓練場まで来てみますか?」 この空気を変えたかったからか、セトはわざと明るく振る舞いそう切り出した。 確かにこの場に居ても良い事はない。それなら折角来たのだから見た事のない場所をもっと見て回った方がいいだろう。 「名案ですね。普段の兵士というものを是非見させていただきましょう」 フィオナが快く承諾するとセトはとても嬉しそうにしていた。 それもそのはず。彼は王国で指折りの精鋭であり、ほとんどの王国兵士が彼の部下であるためだった。 そこでなら彼の鍛えている部下たちが日々鍛錬に励んでいる姿をフィオナに見せることができるからだ。 先程までのどれよりも足取り軽やかにセトとフィオナは歩いていた。 ものの数分で訓練場まで辿り着くと、訓練場にまだ入っていないのに中から修練に励む兵士たちの勇ましい声が聞こえてきていた。 そのまま中へ進んでいくと真っ直ぐの通路があり、その先で勇ましい掛け声とともに素振りを行う多くの兵士たちの姿があった。 掛け声も足並みもきっちりと揃え、まるでそう作られた精密な機械のように寸分の狂いもなく同じ事を続けていた。 が、フィオナとセトに気が付いた訓練の指揮をしていた一人の兵士が号令をだした途端、みな普通のポケモンであることが良く分かるくたびれ方だった。 「セト様! それに王女様までいらしてくれたのですか! こんなむさ苦しい所へわざわざ足を運んで頂き有難う御座います!」 「いえ、私こそ良いものが見れてとても良かったと思っています。国のためにここまで尽くしてくれて本当にありがとう」 そう言いフィオナは深々と頭を下げた。 が、勿論彼女がそんなことをすれば彼らは恐縮してしまう。おかげでお互い深く頭を下げるという不思議な光景になってしまっていた。 その後はフィオナのお願いもあり、いつも通りの訓練風景を見させてもらった。 模擬戦闘や先程のような素振り、さらに通常の基礎筋力鍛錬なども行い、彼らは一度休憩を取っていた。 流石にセトが見せたがっていただけあり、連帯感のある素晴らしい訓練だった。 「いかがでしたか? フィオナ様。我々はまだ戦えます。ただ、今の国王に戦う覚悟がないだけなのです」 「その国王の妹君に向かってそんなことを言ってもいいの?」 フィオナとセトは二人そんなことを言いながら笑いあっていた。 薄々は気付いていただろう。この国が故意的に戦いを避けて不利な条件を飲もうとしていることを。 そして、たとえ戦争になったとしても誰も血を流す必要がない戦略が本来はあることも最低でもここの二人だけは分かっていた。 「もうすぐ日が落ちてしまいますね。今日は私が連れまわして申し訳ありません。城へ帰りましょう」 セトにそう言われ、フィオナはついに思い出してしまった。 今夜もまたホールスに会いに行かなければならないことを。 そう思えば思うほど気持ちが沈んでいくのが自分でもよく分かっていた。 「? どうかされましたか?」 「い、いえ! そうですね……すぐにお城に戻りましょう」 セトがフィオナの様子を見て不思議に思っていたが、心配をさせないためにフィオナはそう言ってはぐらかし、すぐに城へと戻っていった。 ◇ 城に戻った後、フィオナはすぐに城を裏口から抜け出し、森の中を重い足取りで歩いていた。 賢明であり、尚且つ自分の弱みをさらさずにこちらの弱みを掴み、そこから駆け引きをさせずに自分のペースへ持ち込む狡猾さも持っている。 ジャスミンのことを勘付かせていないように見せかけて裏ではきっちりと動いていた。 そう考えればこのまま決して逆らわずにフィオナが心身ともに尽くせばこれ以上のことはおきないかもしれない。 しかし相手は山賊。必ず約束を守るという保証もない。 たとえそうであったとしても彼女がこれ以上周りを巻き込まないようにする方法はこれしかなかった。 「ほう……。まさか自分一人でここまで来るとはな……そんなに俺が気に入ったか?」 嫌なにやけ面を浮かべながらホールスはそう言い、彼女を招き入れた。 「誰が……!! お願いします……もう、これ以上私の周りにいる人達を傷つけないでください」 心の中にある本音が出かけたが、必死に堪えてフィオナは頭を下げながらそう懇願した。 「ほう……。何故だ?」 「私が従順でないからジャスミンに手を出したのなら尚更彼女は関係がありません。お願いします。私がなんでもします、どうかジャスミンの命までは……!」 必死に頼むフィオナの肩は震えていた。 そんな事を言えば自分に対してどんな事が起こるのかも容易に想像ができるからだ。 しかしそれでも自分の身に降りかかる恐怖よりもジャスミンを自分のせいでこれ以上危険に晒したくなかった。 「自分の立場を理解してそんな交渉をしているのか? 王女ともあろう者が。ま、いいだろう。俺の好きにさせてもらう。」 その言葉を聞いてフィオナは少しだけホッとした。 『これで……私が彼の言いなりになっていれば……もう誰も傷つかなくて済むのね……』 「おい! 聞いてるのか?」 そんな事を考えていたためかホールスが話しかけてきていたことに気が付けなかった。 「す、すみません」 すぐに謝ると、ホールスは何事もなかったかのようにそのまま話をしだした。 「分かっていると思うがどうせあの馬鹿な国王のことだ。数日中にまた婚礼の話を持ち出してコンフレストのご機嫌を伺うだろう。その時にあんたはもう一度、この道を使うように進言しろ。いいな?」 あまり浮かない気持ちのままその話を聞き、フィオナは頷いた。 それはまた数日中にこの道を今度は自分の差し金で通らせ、婚礼をまた無碍にしようというものだ。 そんな事をすれば間違いなくコンフレストは堪忍袋の緒が切れる。二大国の全面戦争は避けられなくなるだろう。 そうなれば今日見せてもらったセトの部下たちも戦火に身を投じる事になる。 愛国心に満ちた彼らならば尚更死んでも国を守ろうとするだろう。 臆病な国王のせいで……。 「それと……恐らく国の中なら自由に動き回れるようになったはずだ。折角だからお前はセトを利用して色んな所から情報を抜き出せ。出来ないとは言わせないぞ?」 その言葉にフィオナは深い絶望を感じた。 実の弟であるはずのセトでさえ利用しようとする者が、立場上不利であるフィオナの言葉を素直に了承するとは思えなかった。 そうなればジャスミンもセトも彼の部下たちも多くの者が血を流し、こんな男の卑屈な野望のために犠牲になっていくのだ。 無意識の内に首を振っていたのか、ホールスはその威圧的な眼差しをフィオナに向けて飛ばしていた。 逆らえなかった。自分から出した不利な約束も相まってその獲物を狩る獣のような目から逃れる術は既になくなっていた。 「それじゃ……後はお楽しみの時間だ。今回はもう少し刺激的なことをしてやろう……」 そう言い、唇を重ねられ、ゆっくりと押し倒されていく間、フィオナは何も出来なかった。 ただただ、不甲斐無い自分に涙が溢れ、心の何処かでこんなことを期待していた自分に閉じる瞼の力が一層強くなっていた。 それでも初めて味わったその快感は忘れられなかったのか、自然と体の内側から熱くなっていくのが自分でも良く分かった。 嫌悪感と期待感が入り交ざり、羞恥心と高揚感が鬩ぎ合い、フィオナの心の中は自分でもどうすればいいのか分からないほどに複雑になっていた。 そのまま力強く目を閉じていたフィオナは突然の事に驚いて目を見開いた。 目の前には口付けをするホールスの顔があるが、確かに自らの秘部に電流にも似た刺激が走ったのだった。 『まさか……! 挿れられたの!?』 だが、それは最初の時の鮮烈な痛みとは違い、昨日のような心地よい刺激を与えていた。 「まさかもう濡れてるとはな……そんなに俺との夜が待ち遠しかったのか?」 口を離したホールスは少しにやけながらそう言い放った。 それと同時に自らの秘部にある自分の体ではないその異物感も離れた。 「ほら見な。俺が慣らすまでもなく十分に準備できちまってる。お姫様ってのはここまで淫乱なのか?」 そう言われ、見せつけられたホールスの指には間違いなく独特の匂いを放つ液で湿っていた。 「ち、ちがっ……!!」 「我慢しなくていい。ここではお前は女だ。自分で慰めることもできないような身分のお姫様なんだ。欲求不満になって当然だろう?」 彼女の驚きに満ちたその言葉を遮り、ホールスはそう言い放ち、その指に付いた液を光に当ててまざまざと見せつけた。 ホールスの言う通り、彼女は姫。そのために今朝もそうだったがそんな卑猥な行為は慎まなければならない。 いくら姫といえど、違うのは身分だけ。自慰の一つもしないなんてことは聖女か何かでなければ無理な話だろう。 そんな光景に思わず顔を背けるが、ホールスの言う事に間違いはなく嫌でも鼓動は早くなっていた。 「今回は俺も楽しませてもらえそうだな……。悪くはしない。そのままじっと待つんだな」 そう言われ彼女の背を支えていた手がスルリと離れ、彼女の横のベッドについた。 体重が掛かりベッドが彼の体重に比例するように少し沈み、彼の力強さを見せつけるが、動きはとても緩やかでフィオナを少しでも怯えさせないようにしているような気がした。 すると今度は不意に自分の秘部へ熱い物が宛がわれたのが分かった。 驚いてそちらを見るとそこには今まで生まれて一度も見た事のなかった男性のそれがピッタリと彼女の秘部に重ねられていた。 「ひぃっ……!」 思わず恐怖に体が硬直した。 自分が想像していたよりもそれは熱く、大きく、ドス黒く見えてまるで自分の体を抉るための道具のようにも見えた。 「おっと! 驚かせちまったか? ま、大丈夫だ。まだ姫様には負担は掛けない。慣れてないしな。それに……一応大事な駒だ。壊れてもらっちゃ困る」 そう言いホールスは僅かに上下に動き始めた。 するとどうだろう。恐怖で体は縮こまってはいるが確かに秘部にはあの刺激がまた訪れていた。 しかし体の中へ異物が入ってきたような感覚は一切無い。 恐る恐る自らの秘部を見るとそこには先程の彼のモノが擦りつけられていた。 所謂素股というものだがフィオナには経験がないため今自分が何をされているのかはよく分かっていなかった。 ただ、あの時のように犯されているわけではない((状況はレイプと大差ない))というのは直感した。 そう思えると緊張が少しだけ解け、それに比例するように少しずつその快感も大きく感じられるようになっていた。 少しずつ呼吸が荒くなり、体の緊張も解けたがどうしても秘部を滑らかに滑るホールスのモノが少しだけ強く押し当てられ、秘部が僅かに押し広げられる度に僅かに恐怖を感じ脚が閉じそうになってしまった。 抵抗してはいけないという理性よりも何処からか湧き上がる『抵抗したくない』という本能がその足を閉じるという行為を拒ませていた。 ある程度フィオナがその感覚に慣れ始め快感の方が勝り始めだした時、それを謀ったかのようにその前後への擦り付ける動きを大きく、早くした。 「あぁっ……!!」 「どうだ? 結構気持ちが良いもんだろ?」 思わず声が漏れ、咄嗟に口を塞いだが、その声がホールスに聞こえていないわけがなかった。 素直に首を縦に振ってしまいそうになるが彼女の最後のプライドがそれを許さなかった。 例えどれほどこの行為が甘美であろうとも、この男は間違いなく卑劣な男なのだから……。 動きが早くなるにつれてフィオナへ押し寄せる刺激も大きなものになっていた。 それはホールスも同じようで彼も今まで見てきて初めて息を荒くしていた。 押し寄せる波のように押し当てられたモノが寄せては引いていく度に腰が何度も浮きそうになってしまう。 否、実際に浮き上がっていただろう。 事実、そうなる度に秘部が押し広げられる感覚が強くなり、同時にホールスが腰を引き、刺激が弱まるからだ。 もっと強い快感が欲しい。と本能的に感じてしまうが何故かホールスがそれを許さなかった。 許してしまえばこれほどまでに滑りの良くなった膣ならば簡単に受け入れてしまうだろう。 どんな思惑があるにしろ、ホールスとしてはそれだけは避けたいためか、少しずつ体を上の方へずらしていき、できる限り誤って挿入してしまわないようにしていた。 そんな彼の配慮があってか、次第にフィオナが望むような強い刺激が多く得られるようになった。 彼女がどれほど頭で、口でそれを否定したとしても既に彼女はセックスの虜になっていたのだろう。 それはすなわち、野蛮だ卑下だと下に見ているホールスに体を許していることになるが、彼女はそれを知らない。 ただただ、その初めて味わう快感を一分一秒でも強く、長く感じていたかった。 「ハァ……! ハァ……! ンッ……!」 彼女自身も既に気が付いていなかったが、口を押さえていたはずの前足は既に放り出し、喘ぎ声の混ざった荒い息を漏らしていた。 「それじゃあ……そろそろ仕上げだなっ……!」 そう言いホールスは今までよりもさらに早く腰を動かした。 一気に押し寄せた快感にフィオナはまた大きく腰を浮かせたが、今度はほとんど腰を引かず、そのまま細心の注意を払いながら行為を続けた。 一心不乱に腰を振るホールスとそれを間違いなく悦んでいるフィオナ。傍から見ればただまぐわっているようにしか見えなかった。 「ダメ……!! ダメェ……!! アァッ!!」 そしてそのままフィオナは絶頂に達し、全身を震わせてその悦びを感じていた。 そして深い脱力感に苛まれるようにベッドへ橋のように浮き続けていた腰を下ろし、荒い息のままその心地良い疲れに身を任せて瞼を閉じた。 「なんだ、もうイったのか。こっちはまだだってのに……お預けだがまあ仕方ないな。これも作戦のためだ……」 そう言うとホールスはぐったりとしたままのフィオナの頭を優しく撫で、またフィオナを部屋に一人残し、何処かへ去ってしまった。 *鎖のブーケ 4 [#mf5fc23c] 夢現から目覚めると、フィオナはまた何事もなかったかのように自分の部屋でお淑やかに眠っていた。 目覚める度にそれが夢や幻だったのかと思ってしまうが、気怠さを感じていつも昨夜の事は本当だったのだと思い知らされる。 そして今回はその自分の不甲斐無さに落胆するだけでは済まなかった。 最も心を許している存在であるジャスミンに直接的か間接的かは分からないが手を下した男に体を許してしまった自分が許せなかった。 しかし何故だろう。なぜか彼にはあの時だけは心までも許してしまう。 悪い事をされないという根拠のない確信が何処からか湧き上がってくる。 そんな不思議な自分の心境をなんとか整理しようと深呼吸をしているとコンコンとノックの音が聞こえてきた。 「どうぞ。」 「失礼します……。フィオナ様。昨日は申し訳ありませんでした」 セトだろうと思い招き入れたが、そこにいたのはジャスミンだった。 彼女は部屋に入ると最初にそういって頭を深く下げて謝った。 「いえ……謝らなければならないのは私の方よ……」 「そんなことはありません!」 お互い負い目を感じているのか責任は自分のせいだと主張しあっていた。 が、フィオナは一度深呼吸をし 「ジャスミン。貴女は一度、故郷へ帰りなさい。ひとまず、今は貴女は私の傍に居ない方がいいわ」 そう、ゆっくりと語った。 それを聞くとジャスミンはとても驚いた顔をしていた。 かと思うとボロボロと大粒の涙を零しながらフィオナの元へ走って寄ってきた。 「ごめんなさいぃぃ!! 確かに侍女としてはそそっかしい行動を取ったとは思いますがクビだけは! どうかクビだけは!!」 「クビ!? 何を言っているの! 私は貴女の身を案じて……」 ジャスミンが大泣きしているせいでこれ以上会話を続けることができなかった。 その後、漸く落ち着いたジャスミンともう一度二人の会話の辻褄が合わない場所を話し合った。 「ジャスミン。私は貴女のことが大事です。解雇なんてするはずありません。しかし、貴女はこのまま私の傍にいればいずれは命を落としてしまいます」 言い聞かせるようにゆっくりとそう言ったが 「確かに私はドジな所もありますが、それで命を落とすなんて大袈裟な……」 「だから貴女のせいではないと……!」 どうも先程からジャスミンは自分のせいでこうなったと言い張っている。 ジャスミンの命が狙われたのは間違いなくフィオナが原因だ。 確かにフィオナが彼女に身の危険を知らせはしたが、だからといって注意をしなかったからとかジャスミンがその話を聞いたからといって彼女のせいになるということはありえない。 そこでフィオナは不審に思い 「ジャスミン。貴女のその怪我は山賊に襲われたものなのでしょう?」 そう質問した。するとジャスミンはとても不思議そうな顔をして 「え? いえ。御恥ずかしながらこれは自分で招いた怪我なのですが……。お気付きになられていたのでは?」 そう答え、漸くフィオナとジャスミンの見解の違いが理解できた。 そこでフィオナはジャスミンの右手の怪我について説明するように言うと 「えっとですね……。御恥ずかしながら私は一昨日、フィオナ様が無事に帰ってきてくれたのが嬉し過ぎて、部屋に戻った後年甲斐もなくはしゃいでたんです。 そこで興奮しすぎてお皿を一枚割ってしまい、さらにそれを落ちる前に拾おうとしていたので右腕に割れたお皿が刺さったんです。 あまりの大怪我ですぐに手当てして包帯まで巻くような怪我になってしまって……。フィオナ様の侍女ともあろう者がそんなことで大怪我をしたのでは勤まらないと思い、昨日問いただされた時は恥ずかしさのあまり逃げ出してしまいました。 本当ならばきちんと説明するべきだったのですが……。申し訳ありません」 つまり彼女の右腕の怪我は本当に自分のせいだった。 だが、ここで別の事が辻褄が合わなくなる。 「ジャスミン。貴女本当に誰からも襲われていないの? もしくは城内に不審な人物を見た。とかは?」 「いえ? 昨日も何事もなく療養していましたし、城内に不審な人物がいればセト様と彼の優秀な部下たちが迅速に対応してくれますよ」 一切、ジャスミンは襲われた形跡もなく、さらに城内にすらそういった者が出入りできる場所がない。 そうなると今度はホールスが言っていたことが辻褄が合わなくなる。 彼は手を下していないはずなのに、これ以上周りの者を傷つけないでほしいという彼女の申し出を受け入れた。 単に話を合わせただけにしてもそうなると何故、頭が切れる彼がそんなばれるかもしれないような交渉を飲んだのか。 確かにジャスミンに本当に制裁を与えていたのならばこの言動は不可思議ではない。 だが、現に彼女は襲われていないと言い切り、さらに城内にもそういった者は出歩いていなかった。 今回、彼の言動が『監視の目を光らせていて、尚且つ直接ジャスミンを襲っていた』のならなんら問題がなかったのだ。 それはつまり、ホールスは実際の所は城内やフィオナ、さらにジャスミンのことも知らない可能性が出てくる。 そうでなければ頭の切れるホールスが安易に嘘をついたりはしない。 『フィオナに話を合わせるしか交渉をする方法がなかった』と推測できるのだ。 そうやって考えていく内に、フィオナはホールスの言動にさまざまな矛盾と、おかしさを感じ始めていた。 『あの人は確かに馬鹿ではない。先を見て物事を考えていた上に、私の行動範囲は間違いなく彼が広げていた……。それともそれも嘘だったのか。そうなればそうなるほど彼自身に聞かなければならなくなる……』 浮かび上がる疑問から、フィオナはどうしても自分が本能的に彼を危険な存在ではないと感じた理由を彼が本当に悪人ではないからではないか? と信じたくなっていた。 フィオナは王女であるため立場上、謁見に来る者も少なくはなかった。 そんな中で、やはり直感的に関わり合いたくないと思った者は何人かはいた。 ホールスは山賊ではあるが、そういった関わり合いたくないと感じた人達とはまったく違うことを直感的に感じていたからだった。 とはいえ彼はフィオナがどう思おうと山賊で、しかもその頭領であることに変わりは無い。 ならば今の彼の支配下にある状態の彼女が質問をしたところで決して答えてはくれないだろう。 そうなれば確実に彼との交渉材料を集めて交渉出来る立場、つまり対等な立場に立たなければならない。 弱みとまでは言えないが、彼がフィオナの話に合わせようとして矛盾が生まれるようにしなければならない。 フィオナは一人、心の中で決起し、様々なことを考えたが 「フィオナ様? どうされたのですか?」 横にジャスミンが居ることをすっかり忘れていた。 が、おかげで一つ策を思いつくことができた。 「ごめんなさいジャスミン。そうね……ひとまず、もう少し今の国の状態が落ち着くまでは私もバタバタとするでしょうから貴女は少しの間お休みしてていいわよ。解雇ではないから落ち着いてね」 そう言うとジャスミンはやはり微妙な顔をしてはいたが、フィオナの落ち着いた表情を見て納得してくれた。 「では失礼させていただきます。昨日は本当に申し訳ありませんでした」 「いいわ。おかげで私も動きやすくなったから」 そう言うとジャスミンは不思議そうな顔をしていたが、特に聞かずに部屋を後にした。 少しの間、一人で物思いに耽っていると、またノックの音が聞こえた。 部屋へ招くと今度はセト。大体分かってはいたが、フィオナとしては丁度良いタイミングだった。 「セト。貴女のお兄さんってどんな人だったの?」 「え? 兄ですか? ……愛国心の強い人でしたが、何を思ったのか国軍を抜けて……。何を考えているのか……」 兄のことを聞くとセトはそう言い、とても悲しそうにしていた。 その様子を見てフィオナはうっすらと笑い 「お兄さんのことが好きなのですね。私ももう一度会わせてもらえないものでしょうか?」 「駄目です!! 何を考えているのですか!! 相手はフィオナ様を攫った張本人なのですよ!?」 当たり前のことなのだがセトはもの凄い剣幕で怒った。 フィオナにとってはホールスがそこまで悪い人ではない気がしているため、今日もう一度会って確かめたくて仕方が無い状態だった。 そのためセトにも実際のところどんな人なのか聞きたかったが、大事な兄だったこともあったためか失望よりも怒りの方が大きいようだ。 「冗談ですよ。今日は一人で出歩きたいのでもう下がってよいですよ」 そんな事を言いながらクスクスと笑うフィオナにセトは若干の疑念を抱いていたようだが、彼女がそれほど馬鹿ではないことも知っているためそのまま彼も部屋を後にした。 とは言っているが実際の所、フィオナは今夜もホールスの所へ行き、今度は自分からホールスの素性を暴こうとしているのだから考えようによっては馬鹿である。 が、ひとまずこの時点でフィオナは二つ確信した。 一つはジャスミンが説明した通り、この城には不審者、つまりホールスの部下がいないということだ。 次にセトの方だが、考えていた兄との繋がりだが反応を見る限りその可能性は低そうだったということ。 これだけでも十分ホールスが城内やフィオナ自身の情報を手に入れる手段がないことが分かるが、それだけではまだ対等。 彼から真の目的である情報を聞き出すためには彼よりも上の立場にならなければならない。 それなら早い話、彼のアジトの場所を兵士たちにばらして、突撃させればいいのだが、争い事にしたくない事とホールス自身が何かを隠している気がしてならないという彼女の直感がそうさせていた。 今一度フィオナは意気込み、そういった証拠や彼との交渉に使える情報を集めるために彼女も部屋を後にした。 ◇ 日も中頃、少し歩き疲れたフィオナは一度自室に戻りゆっくりと休憩をしていた。 ひとまず周ったのは城内。狭い範囲内ではあったが彼女にとって有益な情報は集めることができた。 城内は城下に比べればとても狭いが、ここには様々な知識人が集まっており、さらにフィオナにとって欲しい情報を持った者が多いのだ。 とはいえここだけでは集まりきらない情報があるかもしれない。そういった思いからフィオナは十分に休憩してから城下町へ向かうことにした。 だが、元々そこらのポケモンたちに比べれば体力のないフィオナ。休息を取ったがそれでも体にかなり疲れは残っていた。 あまり捗らない足をそれでも踏ん張るように部屋を出て、階段を下り、広間に出るといつものようにフォイルニスが怒鳴り散らしているようだった。 ここの所の彼の情緒不安定さには磨きがかかっており、急に怒鳴ったかと思えば途端に落ち着いたり、いきなり恐ろしく怯えたりする。 昨日、一昨日とそんな示しのつかない兄を見ていられなくなったのかフィオナは初めて自分からフォイルニスに歩み寄っていった。 「分かっているのか!? このままじゃ私の評判は落ちるのだぞ!? それはこの国の評価を落とすことになるのが分かっているのか!?」 「兄上様。よくも毎日そこまで飽きずに怒鳴ることができますね。何故話し合おうとはしないのですか?」 ツカツカと歩み寄り、あまりに目に余る振る舞いをする兄に流石に怒りを感じたのか、その言葉には少し怒りが籠っており、口調も尖ったものになっていた。 「なんだフィオナ! ……フィオナ? な、何故お前が此処にいる!? 誰が後宮を出ていいと言った!!」 フィオナの存在に気が付くと、彼は一瞬何が起こったのか分からずキョトンとしたが、状況を理解した途端彼女に対しても火のように激しい怒りをぶつけてきた。 まさか実の妹であるフィオナに対してまでそこまであからさまな怒りをぶつけてくるとは思っていなかったためかなりびっくりしたが、ここで引くわけにはいかない。 「兄上様でしょう? 自ら見聞を広めよと仰っていたのにも拘らずその言い草は無いでしょう?」 その言葉を聞き、フォイルニスは口をパクパクとして言葉を失っていた。 今までフィオナは一度たりともフォイルニスに対して口答えなどしたことが無かった。 そんなフィオナが反論したことも驚いたのだろうが、もう一つ自分の身に覚えの無い指示にも驚いていた。 「な……何を……お前は、私は……!!」 言葉にならず、一人呪文のようにぶつぶつと喋っていたが 「国王様!」 そう言いながら一人の兵士がフォイルニスの元へ駆け寄ってきた。 すると今まで怒りに打ち震えていた彼は何事もなかったかのようにその兵士の持ってきた親書に目を通していた。 ここのところフォイルニスの怒りが収まるのはこの時だけだ。 端から見ても彼が以上なのは見て分かるが、これでは親書に振り回されるただの阿呆だ。 そしてフォイルニスは親書に一通り目を通すと何事もなかったかのように落ち着き 「そうだったな……フィオナ。好きにしていいぞ。特に問題はない」 それだけ言うとまたいつものように真っ直ぐに自らの部屋へと戻っていき、出てこなくなった。 目に余る光景だが、城内にいる者はもう皆見慣れてしまったのか元々自分が行っていた仕事へと戻っていた。 フィオナの目から見ても分かるが既に異常なのは兄だけでなくこの城内そのものもおかしくなっていた。 国王を誰も心配しておらず、当の本人はそれに気付いてすら居ないであろうこの状態。 何も知らない時から薄々この国の危機を感じていたが、それは恐らくもうすぐそこまで迫っているのだろう。 『こうしてはいられない……! 本当はもっと調べたかったけれど……なんとしてもまずは私の問題を、ホールスの真相を暴かなければ!』 それは既に彼女の中で使命感になっていたのだろう。 もし、彼女の予想通りならばこの問題を解決さえしてしまえば彼女がこの国の行く先を少しだけでも変えることができるかもしれない。 そんな想いからか彼女は疲れているはずの体を酷使してまでも自然と走り出していた。 裏道すらも駆け抜けてまだ陽が落ち始めたばかりの獣道を掻き分けていた。 一刻でも早く現状を打破するために……。 ――それから数十分後。既に彼女はホールスのアジトへと辿り着いていた。 まだ彼の部下たちも真面目に仕事をしており、駆け込んできたフィオナを見て強い警戒をみせていた。 「なんだぁ!? こんな時間に姫様が来たぞ!?」 驚く彼らも尻目に真っ直ぐに走っていったのはホールスの部屋。 「ホールス!」 飛び込むように戸を開け彼の名を叫んだ。 「な、なんだ!? フィオナ!?」 勿論彼もこんな時間にフィオナが来ることは予想していなかっただろう。 驚きの表情を見せ、そのままへたり込んだフィオナに恐らく今していたであろう仕事を放り出して歩み寄った。 「なんなんだ? まだ会いに来るには早いぜ? それとも俺に会いたくて仕方がなかったのか?」 「その、その通りです……。ホールス! 私は貴方に会いに来ました!」 いつものように放たれたホールスの言葉は皮肉を交えていたが、彼女はそんな彼の心境など知ったこっちゃないといった感じで大真面目にそう答えた。 ニヤニヤといつも笑っているホールスも流石にこれには驚いたようで真面目な顔をしていた。 「いやいや……一刻のお姫様が何俺の冗談に付き合ってるんだよ……」 「いいえホールス冗談ではないわ。今すぐ私の質問に答えてください」 フィオナの真剣な気迫を感じ取ったのか彼女をベッドに座らせ、自分自身も向かい合うように座った。 「分かってるんだろうな? 自分の立場を。更に昨日の約束もある。そちらが立てた約束を守るつもりがないのならこっちにだって考えはある」 「残念ながらジャスミンには故郷に帰ってもらいました。このまま私の傍に置いておけば貴方のような下賎な輩に命を奪われかねないので」 強気の口調でフィオナはそうはっきりと言い切った。だが、勿論嘘である。 フィオナは出来る限り自分が嘘を吐いていることがばれないようにするために敢えてそう強気で言ったのだ。 するとホールスはすぐには返事をせずに今までとは違う明らかに鋭い目つきでフィオナを真っ直ぐ捉えていた。 動揺しそうになるがばれれば探りを入れられなくなるので目を逸らさずに黙ってその視線に対して自分も真っ直ぐホールスの瞳を見つめていた。 「事が起きてから動くのでは遅いぞ? そんな事では今頃俺の部下がジャスミンを殺している」 「どうやって? 彼女は今馬車の中。それどころかこの国にもう居るかも分かりません」 フィオナはそのままの口調で淡々と話を進めていたが、内心は勝利を確信していた。 間違いなくホールスはジャスミンのことを知らないのがこれで確定した。 ジャスミンは今自室でくつろいでいる頃だろう。 「お前はそれは俺が馬車の一台でも止められないとでも思ってるという意味か? あまり舐めてもらっては困る。事実、俺には今目の前に最終手段があるんだからな」 彼なりの脅しだったのだろうが、既に彼女にとってはそれが虚言であることが分かっているため自然と笑みが零れた。 「その最終手段。お使いになられたらいかがですか?」 「そうか……使いたくなかったが姫様に服従の意思がないなら使うしかないな」 しかし、彼のそんな言葉で少し恐ろしくなった。 確かに城内の情報は彼は知り得ない。だが、彼の言った最終手段がフィオナの殺害であった場合、彼女は今すぐにでも殺されるだろう。 立ち上がったホールスはフィオナの顔をグイと持ち上げ、その強い眼差しで睨み付けた。 その気迫に思わず竦みそうになるが、彼女は毅然とした態度を変えなかった。 するとホールスはそのまままたあの憎たらしい笑みを見せ 「分かってはいたが恐ろしいもんだな。何時気付いた?」 そういう彼の顔には今までにはなかった優しい笑顔が見えていた。 「今朝です。ジャスミンのおかげで気付けました」 「そうか……。しかしよくそれだけの情報で俺にそんな大胆な手段を使おうと思えたな。俺じゃなかったら下手すると本当に殺されてたぞ?」 ホールスのそんな優しい笑顔と言葉でフィオナも漸く自分の憶測に確信が持てた。 ホールスは決して悪い人ではない。と……。 「何故……何故貴方は国軍を辞めたのですか? 弟さんもとても悲しんでいられましたよ?」 フィオナはどうしても聞きたかったことを初めに聞いた。 セトから聞いた話ではホールスは元々こういったことをするような人ではなかったそうだ。 そしてフィオナ自身も彼がそれほどの悪人ではないと思っていたからこそ聞きたかった。 するとホールスは長めに息を吐き 「言ったはずだ。俺はこの国をひっくり返すと。この国は今、フォイルニス現国王によって毒されている。それを変えるためには王の元に居るわけにはいかない」 仕方がなさそうにそう語った。 「良かった……。本当に良かった……」 気が付けばフィオナは涙を流していた。 彼女にとって、それはとても嬉しいことだった。 勿論意味が分からないホールスにとっては動揺する以外のリアクションをとることができなかった。 仕方なくフィオナが泣き止むまでホールスは優しく頭を撫でていた。 彼の優しさは嘘ではなく、彼の恐ろしさが嘘だったことが何より嬉しかった。 そのままひとしきり泣き終えたフィオナは今度は笑顔でホールスの方に向き直し 「是非、貴方のその計画に私も協力させてください。そのために貴方の計画を全て私に話してください。代わりに私が今知り得る城内の情報を全て提供します」 「それは構わんが、いいのか? そんなに簡単に俺を信用して。嘘を吐いてるとは……微塵も思ってなさそうだな」 そこまで言いかけたがフィオナのホールスへ向けた視線がどうみても彼を信用しきった目だった。 流石にここまで信用しきったフィオナに何かを言っても無駄だろうと悟ったのか彼は初めてフィオナを彼の机に連れて行った。 そこに広げてあったのは計画の全貌が書かれた計画書。つまりホールスももう隠す気がないということだ。 フィオナを椅子の上に上げ、計画書を指差しながら次々と説明していった。 計画ではフィオナはこのまま何事もなくもう一度婚礼の儀式を執り行うためにコンフレストへ向かう。 その際にフィオナがもう一度この林道を使うように指示し、もしくはフィオナの指示が上手くいかなかったとしてもホールスお得意の偽の密書で進路をこの道にし、もう一度馬車を襲撃するというものだ。 流石に二度目まで無碍にされればコンフレストが黙っていない。 痺れを切らし、コンフレストとブランケイトを繋ぐこの林道へと攻め込んできた時に一網打尽にしコンフレストとの戦局を前王があった頃と同じ白紙に戻すというものだった。 その後、こそこそと動き回っているフォイルニスを問い詰め全てを白状させて王をフィオナへと交代させるのが最終的な目的であるとホールスは語った。 「そういうことだったのね……。道理で私が貴方に対して恐れるようにしていたのね」 「そうだよ。……ったく。姫様は世間を知らなすぎるから自分で考えて動けるようにするために開放しただけだったのに……。俺はあの国王はいけ好かんがこの国は好きだ。あんな成り上がりのドンパチ野郎共にこの国をくれてやってたまるかってんだ」 とても嬉しそうに笑うフィオナに対してホールスはつくづく不満そうな顔をしていた。 それもそうだろう。フィオナはホールスにとって『切り札』ではなく『巻き込みたくない存在』だったのだ。 本来のホールスの計画ではフィオナはホールスに利用された形でコンフレストとの交戦の火種を生み出し、それを利用してホールスたちが戦闘を行い、その後、国王としての器に成長しているであろうフィオナに国を任せるだけが目的だった。 そのはずだったのだがホールスが想像していた以上にフィオナは頭が切れ、ホールスの隠していた作戦や本性までも暴き、今では嬉々として協力しようとしているのだから彼の立てた計画が全て台無しである。 「でも……私を脅していたのは分かるけれど、その……毎晩行っていたアレは……一体どういった理由で?」 「!? いや! アレは……その、ほら! 姫様だってイイ思いしたいだろうなーと……」 「嫌がってたのに?」 クスクスと笑いながらフィオナはそんな痛い返しをしていた。 ホールスは少しの間口も目も真一文字に閉じて若干抵抗していたが、諦めたのか大きくため息を吐いてから話しだした。 「すまん……つい魔が差してな……。ただ先に一つだけ言っておくとアンタはまだヴァージンだ」 「えっ!?」 そのホールスの言葉はまさに衝撃だった。 彼に襲われた初めての夜。その時は間違いなく秘部へ想像を絶する激痛が走った。 流石のフィオナもそういった知識はジャスミンや他の女性たちから又聞きで薄い知識は持っていたためその激痛こそ破瓜だったのだろうと思っていた。 ホールスの話を聞いているとどうやらその痛みは慣らしてもいない膣へ無理矢理挿入しようとしたのが原因だそうだ。 勿論、犯すつもりはなく、その痛みをフィオナに誤解させ彼女を精神的に服従させるつもりだった。 そこまでは上手くいっていたが、折角フィオナは立場上ホールスよりも弱い位置にあったため彼にも男として溜まっているものを折角ならば果たそうと思ったのだ。 そうしていれば最低限上下関係を保ちつつ、男としては女性を善がらせる事ができた優越感に浸ることができる。 そういった彼のちょっとした暴走もきちんと謝りながらフィオナに話していると、彼女はとても嬉しそうにしていた。 怒られることを覚悟していたがそんな彼女の反応にホールスは少し驚いていた。 「そうですか……。少しだけ安心しました。貴方がただの色情狂ではないのが分かったので」 「色情狂かよ……。流石にその呼び方は俺も嫌だな」 クスクスと笑いながらフィオナはその苦笑いするホールスを見ていた。 その後は約束通りフィオナは自分の得た情報をホールスに伝えた。 彼にとって有益になるであろう情報、つまりこの国と近隣国との友好関係や貿易等の輸送経路、城内の約職人しか知り得ない情報をフィオナは王女という権利を使って次々と手に入れていた。 本来、彼女がその後城下に向かって知りたかったのはそれ以外の一般系統の流通や流浪人などの政治的見解に囚われないような人の意見だった。 「本当ならそれも調べるべきだったのでしょう……。しかし、一刻も早く貴方の本心が聞きたく、そして貴方に感じた私のこの直感が間違っていないことを確かめたかったのです。そうでなければ……」 「そうでなければこの国を救える者はいない……といったところか。しかし、十分だ。それだけの情報があれば戦争に発展した時の裏回しが早くなる。アンタはホントに恐ろしい程に勘が良い。だからこそあの男はお前に知識を与えたくなかったんだろうな」 フィオナの言葉に続けるようにホールスがそう言うとフィオナは少しだけ暗い表情を見せた。 それは何に対してかは分からないが、それでもフィオナには今の好転した状況だけでも十分に嬉しかったのかすぐに明るい表情を取り戻した。 そんな話を終えた後、フィオナはホールスに対してさっきまでの事とは全く関係のない話をしていた。 ホールスの所へ行きたいと言ったフィオナを必死に止めようとしたセトの事や本当はただの自分のおっちょこちょいだったジャスミンの怪我、それや自分を取り囲む人たちの他愛もない世間話。 ホールスはその一つ一つに今まで出会ってきた誰とも違う反応を見せてくれた。 セトはああ見えて実は大雑把な所がある。とか、それだけの大怪我してもお姫様の侍女にはなれるんだな。とか……。 彼の反応一つ一つが何故か聞いていてとても嬉しくて、一つ話せば笑い合っていた。 そんな彼女にとって有意義な時間を過ごしているといつの間にか日も沈み、いつものように外では見張る気のないホールスの部下たちが騒いでいた。 「さて……日も落ちちまったな。どうする? 帰るのなら裏道までは送っていくぞ?」 ホールスがそう切り出した時、フィオナは少し悲しくなった。 これほどまでに楽しい時間をくれたホールスだが、本来二人は同じ場所に居てはいけない存在。できることならもっと傍にいて欲しい。そんな思いが込み上げてきた。 何故? そう思ったが今のフィオナにはその答えは見つからなかった。 「今夜も……ここに居させて戴いてもよろしいですか?」 「そうか。そんなに俺の技がお気に召したのかい?」 フィオナの真剣な言葉もホールスはそうやって茶化して返してくる。 そのせいでフィオナは顔を真っ赤にしていたが、おかげでフィオナはどうしても言いたかったことが言う事が出来た。 「い、いえ! そんなつもりでは……。でも、もしよければ……今夜は私が御奉仕させて戴いても……いいでしょうか?」 一瞬、ホールスは言葉の意味が理解できなかった。 「は?」 そのためか今までとは違う気の抜けた声を出してしまった。 彼女に嫌われるような事をした覚えはあるが、彼女に好感を抱かれるような事をした覚えはない。 そのため彼女がそんな事を切り出す理由が思い当たらず、ホールスの思考回路は半ばパニック状態だった。 「い、いや……有難いがお前は意味を理解してそんな言葉を使ってるのか? 人から聞いただけなら止めといた方がいいぞ?」 仕舞いには自分にシてくれようとしている彼女を止めようと心配そうにワタワタしながら声を掛けるホールスの姿がそこにはあった。 「フフ……分かってますよ。ただ、やり方は人から聞いただけでまだ一度もしたことがないので至らない所があると思いますが、そんな私でよろしければ私は特に問題ありません」 それに対してフィオナはクスクスと笑い、そう言った。 彼女の顔は決して嫌そうな顔はしておらず、それどころか期待しているのか少し恍惚とした艶のある表情を浮かべていた。 その顔はいつものフィオナからは決して見ることができないような女性の顔を覗かせていた。 これにはホールスも思わず固唾を飲みこんだ。 「お、おう……。なら……よ、よろしく頼む」 意識した途端にホールスは緊張し、今まで普通に喋っていたのに急に目を合わせることもできず、畏まった喋り方になっていた。 いつもならホールスがフィオナをベッドに座らせるのだが、今日は殆どフィオナが仕切っていた。 というよりもフィオナが乗り気になってからホールスはずっと混乱しているのか何もできずにいた。 そうやっていつもとは逆にホールスが仰向けに寝転がらされ、フィオナが彼の丁度股の間にちょこんと座っている状態になった。 混乱はしているが状況はきちんと理解しているのかホールスのモノは見事に硬くなっていた。 「それでは……失礼しますね」 フィオナはそう言ったかと思うとすぐにホールスのモノの先端を小さな舌でチロリと舐めた。 「うっ……!」 不意を突かれたというのもありホールスは少し体をビクンッと跳ねさせて反応していた。 「ご、ごめんなさい! 痛かったですか?」 「いや……痛くはなかった。むしろ逆だ。気持ち良かった」 敏感な反応を見せたホールスに間違ったことをしたのではと心配になり、フィオナはすぐにそう聞いたがホールスはあまり余裕のない顔で笑顔を作り、そう言った。 その言葉を聞いて安心したのかフィオナは少し嬉しそうな顔を見せて 「じゃあ……続けますね?」 そう聞いた。 ホールスも頷き、今度は心の準備をしてフィオナの奉仕を色んな思いを巡らせながら待っていた。 硬くなったホールスのモノは昨日までフィオナが覚えていた物とは違う物に見えた。 赤黒く、邪悪さを形にしたようなものだと思っていたものは、今は赤い血潮が形を成したかのように鮮明な赤に見え、彼女が今一度舐めようと顔を近づけた時に当たった鼻息でピクピクと反応するのがとても可愛らしく見えた。 またチロリと先端を舐めると先程よりも小さくだがビクンとホールスのモノが反応した。 『不思議……。気持ち良い思いをしているのは彼のはずなのに……私まであの時のように興奮してしまう……』 ホールスのモノを舐める度に体の奥から熱いものが込み上げてくるのが自分でも良く分かった。 心臓の鼓動もホールスに聞こえてしまいそうなほどに高鳴り、気が付けば何もしていないのに息まで上がっていた。 今まで彼がしてくれたようにフィオナもホールスに自分の出来る範囲で彼に気持ち良くなってもらいたい。そんな一心で彼のモノを根元から先端へソフトクリームでも舐め上げるかのようにゆっくりじっくりと舐めていった。 するとホールスからも荒い息が聞こえ、今まで跳ねるように動いていたモノも小刻みに震えていた。 フィオナは次第にその反応が愛おしくなり、彼にもっとそんな反応をしてもらいたいもっとあの時の自分のように気持ち良くなってもらいたい。そう思いながら必死に、しかし優しく舐めていた。 フィオナの唾液と堪えきれずに溢れたホールスの我慢汁が彼のモノを透明な水気で覆い、オスの独特の匂いを強めていった。 獣臭さにも似たその匂いは本来ならば好んで嗅ぎたいような匂いではないだろう。しかし、今のフィオナにはとても気持ちのいい匂いだった。 息をさらに荒くし、何時の間にかただの雌に戻っていたフィオナは本能のままにホールスのモノを根元からじっくりと舐め上げ、そして先端からゆっくりと口へと頬張った。 今までよりもさらに良い押し殺したような声が、反応がホールスから覗えた。 棒付き飴でも舐めるかのように舌を巧みに使い、今までのようにモノの裏側だけでなく、側面や上面も絡め取るように舐め、口も入りきる限り口の中へモノを含んだり、先端ギリギリまで出したりと常にホールスへ刺激を与え続けた。 「フィ、フィオナ……。歯を立てるのは止めてくれ……。結構痛い」 そう言われフィオナは頬張っていたモノから顔を離し、ホールスの顔の方へ驚きの表情を見せていた。 どうやら先程の小さな呻きは心地良さから来たものではなく、本当にただの痛みから来たものだったようだ。 そんなホールスの素直な反応にフィオナは思わず瞳に涙を貯めるが 「い、いやいや! フィオナが頑張ってくれてるのは分かる! ただ、初めてだからな? これから気を付けてくれたらいいだけだ」 慌ててホールスにフォローされてなんとかその涙は引っ込んだようだ。 そのままフィオナは先程よりも慎重にフェラを再開した。 流石にお姫様といえどフィオナもリーフィア。立派な牙は生えている。 歯がホールスのモノに当たらないように慎重に、しかし刺激が足りなくならないように代わりにもっと舌を動かしてみせた。 するとホールスから先程とは違い押し殺したような呻き声ではなく、憔悴に似た息遣いが聞こえてきた。 「き、気持ちいいですか?」 それでも先程の事があり、少し不安になっているフィオナは一度フェラを止めてホールスにそう質問した。 「ああ……さっきよりも随分と気持ち良くなった」 その言葉にはフィオナを気遣った様子はなかった。というのもそのホールスの表情にはあまり余裕がなかったからだ。 言葉通りかなり気持ちが良いのだろうホールスは、既に息も荒く興奮し過ぎそうな精神をなんとか落ち着かせるので精一杯だった。 そんな様子のホールスを見てフィオナは安心したというよりも嬉しそうに微笑んだ。 素直にホールスがしてくれたように彼にも快感を与えられたのが嬉しかったのだ。 確認だけするとフィオナは少し息を整えるために深呼吸をし、またかぶりつくようにホールスのモノをじっくりとその口と舌を使って舐りあげた。 よほど気持ちいいのか先程までフィオナと同じように必死に声を漏らさないように耐えていたが、ついに声が漏れてきていた。 吐き出す息と共に溢れる声は揺れており、既に限界が近かったようだ。 フィオナは速さではなくどれだけじっくりと快感を与えられるかに重点を置き、口の前後の動きは緩やかにし、動かせる限り舌をホールスのモノへ這わせた。 口自体の動きを遅くした代わりにチュプチュプと吸い上げ、少しずつ溢れるホールスのその透明な我慢汁と唾液の混ざり合ったものを喉へと流し込んでいくその動作でチュプチュプと吸い上げる卑猥な水音が少しずつ聞こえ始めていた。 「うっ……! はぁ……。フィオナ。も、もう十分だ。気持ち良かった」 限界が来たことをフィオナに伝え、止めてもらおうとしたが、フィオナは決してその行為を止めなかった。 「フィ、フィオナ! もういい! 本当に出る!」 フィオナの事を気遣ってもう一度声を掛けたが、彼女は止めるどころかさらにねちっこく舌を動かしてきた。 勿論聞こえていないわけではない。フィオナは彼がシてくれたように彼女も最後までシてあげたかった。 その後も何度かホールスは必死に声を掛けようとしていたが、ついに声も出せないほどに限界になっていた。 そしてそのまま暴発するようにフィオナの口の中へと一際熱く、濃厚な液を勢いよく爆ぜさせた。 急な事で驚いたが、フィオナは決して口を離しはしなかった。 口の中に雄臭さと味が充満していくが、フィオナは吐き出さずゆっくりとそれを喉の奥へと流し込んでいった。 正直な所、吐き出しそうになるほど口内にへばりつくようなその精液は美味しくない物だった。だが、フィオナはそれを呑み込むという行為は不思議とそれほど嫌な行為ではなかった。 寧ろ彼女が舌を器用に動かしてまだ少しずつ震えながら溢れてくるホールスの精液を舐め取っていくその行為に対してホールスが得も言われぬ快感を口に出さなくても分かるほど気持ちの良さそうな顔を見ているだけでもっとそれを続けていたいと思えてしまった。 口の中にあった精液も全て飲み込み、呼吸をするためにフィオナは名残惜しそうにホールスのモノを口から離した。 二人の荒い息遣いだけが部屋の中に響き、互いに満足できたことをフィオナはしっかりと確信していた。 「はぁ……はぁ……。まさか飲むとはな……。俺が思っていたよりも姫様は淫乱みたいだな……」 「そんなことはないですよ……。ただ、いつも貴方がしてくれていた分をお返ししたかっただけです」 そう言い、二人とも並んで少し横になっていた。 フィオナもホールスもまるで本物の恋人同士のように微笑み合っていたが、元々華奢な体のフィオナは昼までの疲れもあったせいか何時の間にかスゥスゥと寝息を立てていた。 「悪いな……フィオナ様……。もう少しだけあんたを利用させてもらう……。それまでは、何も知らずに夢でも見ていてくれ」 すやすやと眠るフィオナの頭を優しく撫でながらホールスはそう言い、不敵な笑みを浮かべたまま彼女を一人残して部屋をいつものように去っていった。 *鎖のブーケ 5 [#r5bd53ca] 目が覚めればその全てが夢だったかのようにフィオナは自分の見慣れた部屋で目を覚ます。 そしていつもその度にフィオナはどうしようもなく切なくなっていた。 昨晩の事が全て夢だったのではないか……。とか、何故これほどまでに胸が締め付けられるように苦しいのか……など。思いを巡れせれば巡らせるほど気が付けば思い浮かぶのは粗暴だと思っていたホールスの不意に見せる優しさに満ちた笑顔ばかりだった。 一見すれば彼は何処にでもいる山賊だが、フィオナには会う回数を重ねていくごとに見えてくる彼のまるで仮面でも付けているような感覚に陥る野蛮さを途中から感じ取っていた。 「失礼します」 いつものようにノックの音もなく、ましてや彼女の部屋に許可もなく入ってきたその者によって巡らせていた思いは一度何処かへと飛んでいく。 どうせいつものようにセトが入ってきたのだろう。どことなく彼に似た所を感じるセト。それは兄弟だからというものより、もっと近過ぎるものを感じていたのかもしれないからだろうか、フィオナにとってはセトには悪いが何処かにホールスの面影を感じ取って少し安心できる瞬間だった。 だが、今回は違った。入ってきたのはただの王国兵。なんでもないことなのだがセトが来るのをどこかで期待していたフィオナにとってはとても驚くことだった。 「何事ですか! ノックもなしにいきなり!」 フィオナ自身にも何故かは分からなかったが、気が付けばその兵士に大声で怒っていた。 思わずその兵士も縮こまり、申し訳ありません。と深く頭を下げて謝っていた。 しかしすぐにフィオナの方を向き直すと、どうしても早急に王女様に伝えなければならないことだったと弁解し、続けて持ってきた書類を読み上げ始めた。 「国王様とコンフレスト国国王様より、明日執り行われるブランケイト国王宮での婚礼に心よりの祝辞を申し上げる。とのことです。おめでとうございます! フィオナ王女様」 その言葉にフィオナは一瞬、彼が何を言っているのか理解ができなかった。 婚礼の式はコンフレストで行うはずだった。しかし、彼の持っていた書物を見せてもらうとそこには間違いなくここ、ブランケイトで明日、式を執り行うと記されていたのだった。 彼はそのまま深々と頭を下げてから部屋を出て行ったが、フィオナにはもう何が何なのか理解できなくなっていた。 本当ならこれからさらに数日後、フィオナはもう一度コンフレストに行く途中でホールスに馬車を襲撃され、何事も無くこの王宮に戻ってこれるはずだった。 所詮は計画。当初の予定通りに進まないことなど多々あるのだが、フィオナにとっては全てが音を立てて崩れていったような気持ちになっていた。 顔も分からない、一体どんな人なのかも知らない。そんな相手と明日になれば嫌でも結婚しなければならない。 そう思えば思うほど、何故か浮かぶのはホールスの人を小馬鹿にしたような、でも何処か優しさのある笑顔ばかりだった。 そしてその顔を思い出す度に、今こうなってしまったこの状況がとても歯痒くて、胸が苦しくて仕方がなかった。 何故なのか。彼が自分を救い出そうとしてくれていたからなのだろうか? ならばこの胸が押し潰されそうな悲しさは一体誰のためのものなのか……。いくら考えても答えは出ず、出てくるのは涙ばかりだった。 一人、声も出さずに大粒の雫を零しながら、ひっそりと泣いているとそんな静かな部屋にコンコンと乾いたノックの音が響き渡った。 慌ててフィオナはその涙を拭い、泣いていたことがばれないように取り繕いながらどうぞ。と言い、その扉の向こう側にいる人物を招き入れた。 「失礼します」 そう言い、入ってきたのは今度こそセトだった。 彼が入ってきた途端に止めたはずの涙がまた溢れ、急な事態に対応できなかったセトを混乱させてしまった。 しかし、セトはすぐにフィオナへと駆け寄り、涙の理由を一切聞かずに彼女の涙を気遣ってくれた。 それから暫くの間、セトはひたすら彼女を慰めていた。 「セト。私を貴方の兄の元へ連れて行ってくれませんか?」 漸く泣き止み、話せるようになったフィオナは開口一番にセトへ無理難題を言っていた。 勿論、セトはできないときっぱりと断った。 彼からすれば確かに兄だが、一般的には彼はただの山賊だ。そんな者に王女を合わせるわけにはいかない。 「フィオナ様。明日にはコンフレスト国の王子、レクスンとの婚礼の式が控えているのです。そのような愚行を行わないでください」 はっきりとセトからも自分が行おうとしていることを愚行と言われ、また泣き出しそうになるがそれでもフィオナは頑として譲らなかった。 決して首を縦に振らず、嫌だと我が儘な子供のように抵抗し続けた。それでセトが折れるのなら安いが、そんなことでフィオナの側近など務まるはずがない。 ダメだ、無理だと理由も添えて説明するがフィオナは諦めず、なくなくセトは深い溜め息を吐いて 「聞けばレクスン王子は飄々としたところはあると聞きますが、根は優しくよく人に慕われる方だと聞いております。フィオナ様とも良いお付き合いが出来ると思うのですが何故そこまで嫌がられるのですか?」 何故かフィオナにはそう聞いてもレクスンという男がいい人には思えなかった。考えれば考えるほどに何故かホールスと比べて考えてしまう。 少しフィオナが考えて落ち着いたのを見計らい、セトはバレないようにゆっくりと部屋を後にした。 既に一人になっていたがフィオナは気が付かず、何故そこまでして自分の中でホールスという男が比較対象として出てくるのか深く考えることにした。 数分程度では彼女の悩みに答えは出ず、数十分か小一時間ほど考え込んでも結局答えは出なかった。 そこで彼女はとある結論に至る。 ホールスをそこまで比較対象として見るのであれば恐らく、彼女の中でホールスとはなにかしろの特別な存在なのだろう。 ならばホールスに直接聞けばいいのだ。と……。 どちらにしろ今回の結婚式がブランケイト王宮内で行われることも彼に報告し、それに対する対策も彼に考えてもらわなければならない。 やることが決まったフィオナの足取りは先程までとは打って変わり、とても力強く、軽やかなものだった。 いつも彼女が着させられている動きづらいドレスを脱ぎ、動きやすい服を身に着けて足早に部屋を抜け、城を抜けた。 いつもなら多くの兵士がこちらを気にしているが、国王がどうせ明日に全てが終わることだから。とでも言ったのか、誰一人として彼女に気を留める者はいなかった。 とはいえ城下外から堂々と出る訳にはいかず、以前ホールスに教えてもらった裏道を久し振りに使い、森へと出てくることになった。 既に森の獣道も歩き慣れ、森を苦も無く歩く姿は遠くから見れば完全にただの町娘だ。 しかし、少し歩いては少し休むというあまり森には慣れていない様子も見せていた。 恐らく常人の二倍ほどの時間を費やし、日も大分傾き始めた頃に彼女はようやくホールスたちの使っているアジトまで辿り着いた。 一人でアジトへ入ってゆくフィオナにその場に居た山賊たちは、また来たのか。や、さぼってるって言わないでくれ。など一言二言声を掛けるだけだ。 それにフィオナは一応の返事をしつつ、ホールスに伝えたい言葉を頭の中で整理していた。 現在の状況や、自分が今できる最大限の援護。そして、それらの言葉の中にひっそりと自分の思いも混ぜて伝えようと考えた。 コンコンと木製の取ってつけたような戸を叩くと、いつもよりもその乾いた音が響いたような気がした。 「もう来たのか。ここ最近はお早いご到着で精が出るねぇ……」 扉を開けてそこにいた人物を見るなりホールスは呆れたように言い放ち、しっかりと扉を開けて招き入れた。 何故か、先程まできちんと纏めていた言葉が喉でつっかえ、どんな順番で言おうとしていたのかさえも彼の顔を見れば頭の中が真っ白になってしまうほど混乱していた。 会う回数を重ねれば重ねるほどホールスという男がとても心優しく、良い人であることを思い知り、会う度に胸の鼓動の高鳴りも次第に早くなっていた。 「そ、その……少しお話が……」 言いたかった言葉の代わりに出てくるのは顔から火でも吹き出しそうな程の熱と、彼女らしくもないしどろもどろの言葉だった。 様子の違うフィオナにホールスは少し不思議そうな顔をしたが、その場を動いたりはせず、ただ「なんだ?」とだけ聞き、彼女が喋り出すのを待っていた。 何度も大きく深呼吸をしてフィオナは本題である彼女自身の疑問を聞かず、なんでもないような事を話した。 ジャスミンのことが殆どだったが、たまに城の内情を話したりと少しホールスにとって有益な話も交えながら話していた。 その間、ホールスはただただフィオナの話を聞いて、相槌を打つだけだった。 言いたい事を言おうと思えば思うほどその言葉が喉につっかえ、代わりに出てくるのはなんでもないフィオナ自身にとってもどうでもいいような話ばかりだった。 気が付けばそんな話を何時間ほど続けていただろうか……もうそんな世間話すら出てこなくなった時にホールスは不意に笑みを見せた。 思わずその姿にフィオナはまた頬を朱に染め、退くんと大きく胸を跳ねさせたが 「話があると言ったから何かと思ったが……何もなかったようだな。よかったよ。後は予定通りアンタの乗った馬車を襲撃すればこれから先もそうやってジャスミンだかなんだかと世間話ができるんだ。ここに来るのは構わんが、気を引き締めておいてくれよ?」 そう言われて今朝の事をハッと思い出した。 「そうでした!! ホールス! このままでは貴方の計画が頓挫してしまいます!」 今朝起きた出来事をフィオナは全てホールスに話した。 そうか、なら今すぐにでも阻止してやる。 ――彼女が望んでいたのはそんな言葉だった。 「つまり……ここから国を挟んで逆側からすぐそこまで来ていると。なら俺にももうどうしようもできん。計画はここまでだ」 だが、彼の口から出た言葉はあまりにも残酷な、しかし極当たり前の言葉だった。 冷たく、冷静に言い放ったホールスは彼女に背を向け、彼がいつも腰掛けている机に座り直した。 フィオナは絶句していた。 彼なら助けてくれるだろう。心の何処かで当たり前のようにそう思っていたからこそその言動が彼女にとっては裏切りにも取れた。 「何故……何故ですか……? 貴方は国を……私を助けてくれると……。」 今にも泣き出しそうなほどに涙を溜め、震える声でその言葉を絞り出した。 するとホールスは溜め息と共にフィオナの方へ向き直し、先程とは違う低く唸るような声で喋りだした。 「確かに言った。だが絶対に成功するとは言っていない。そして言ったはずだ。協力するのであればあまり怪しまれるような行動は取るな……と。それでもなお俺があんたを助けると思っているのか? 虫のいい話だ」 「でも貴方はこの国を必ず守ってくれると!!」 そこまで言ったフィオナをホールスは急に立ち上がり、彼女の華奢な首に掴みかかり地面へと押さえ込んだ。そして 「守るさ。こうなりゃ総力戦だ。血を贖うのは血だ……。奴らが仕掛けてきたのならこちらも力でねじ伏せるのみだ。それと……使えない駒がいつまでも喚くな」 そう、彼女の耳元へ言い放った。 何故……。思い浮かぶ言葉はそれだけだった。 何故、彼は私の思いに気付いてくれないのか……。 何故、彼に駒だと言われ、胸が張り裂けそうになっているのか……。 何故、こんな時になって……自分が王女として生まれたことを心の底から恨んでいるのか……。 呪っても呪いきれない自分の運命……。だが彼女自身も分かっていた。 瓦解しそうな心を抑え、押さえつけられる腕の痛みにも耐え、全てを耐えて耐え忍んでいたはずの彼女の目からはついに大粒の涙が溢れていた。 ここで涙を流してしまえば漸く気が付けた自分の心が……願いが決して叶わないことを認めてしまうことが分かっていた。 だが、もう彼女の心は限界だった。 フィオナはホールスという男に、生まれて初めての恋をして……そして、信じていた彼は決して自分のことを『女性』としては見ていなかったという紛れもない事実を……。叶わぬ恋を悟ってしまった。 「私は……私は貴方の為になら……初めて私の全てを捧げてもいいと思えた唯一の……恋をした人でした……」 流れ続ける涙が原因で嗚咽が混じりながら彼女は必死に自分の思いをそれでも打ち明けた。 「だからどうした? あんたにはきっちり駒として動いてもらわなきゃ困るのにここまで譲歩したんだ。その上であんたが俺を好いたから助けろと? 図々しいのも程がある」 彼女の本気の思いも虚しく、彼には決してその真意が伝わることはなかった。 それでも彼女は諦めたくなかった。 彼を信じたからこそ……彼の優しさが嘘でないと信じたかった。 「貴方だって私が王女であることを利用したでしょう!? でも、貴方があの時に言ってくれたあの言葉は私の事を思っていてくれたから言ってくれたんじゃないの!? 王女としてではなく、一人の女として!」 「言ったはずだ。お前は扱いづらいただの駒だと。役に立たなくなった上に俺に縋ってただ足を引っ張るのなら俺が救いを与えてやるよ……。ただし、別の形でな」 フィオナの言葉は決して彼には届かなかった。 そしてその言葉に付け添えるように、ホールスは彼女の首を掴んでいた手を離し、代わりに彼女の視界に入るようにひと振りのナイフを投げ渡した。 「あんたの望んだ通りだろ? そいつで自分の鬱憤を晴らすために俺を殺そうとするのも良し、あんたの言う王女の重責というやつからも逃れられる。分かっただろう? 独り善がりな思いを俺に押し付けるな」 彼の言葉と恨めしいほどに輝きを放つナイフが彼女に一つの答えを提示した。 いや、そもそも彼女の中では既にこの告白をした時から決まりきっていたのかもしれない。 自分の最初で最後の思いも叶わず、このままでは見ず知らずの男と虚空の愛を育んでいかなければならない。 しかし、内情を知っている以上、そんなことすら夢のまた夢だとフィオナも分かっていた。 「有難う……ホールス。でも、私の思いもせめて最後に分かって欲しいの……。もし、こんな出会い方をしていなければ私と貴方は他人のままだったでしょう……。でも、たとえそうだったとしても、巡り合えたのなら私はその時も貴方に『好きです』と心の底から言っていたと思います。だから……本当に有難うホールス。もし、生まれ変われるのなら……今度は普通の町娘として生まれて……貴方のような人に……出会いたかった」 最後に、必死にその言葉を絞り出し、迷い無い言葉を届かぬ相手に告げ、そのナイフを喉元へと立てた。 精一杯の作り笑いが涙で濡れた顔からホールスへと向けられて……。 そして、そのナイフをそのまま深く、突き刺した……。 *鎖のブーケ 6 [#p3adde1a] 喉元へ深く突き刺さるナイフはそのまま彼女の無念の思いの深さと同じ……。 横から見ても刃先が一切見えないほどに深く刺した……はずだった。 「な……なんで……。どうして!」 ナイフの刃からはポタリポタリと血が伝い、地面へと落ちていた。 だがそのナイフの先は決して彼女の喉元はおろか、美しいクリーム色のその毛先にすら届いてはいなかった。 代わりにそこにあったのは先程ナイフを投げ渡してきた青い腕と、そこから伝い落ちる鮮血だった。 「申し訳ありませんフィオナ王女……。恐らく貴女様の御心を深く傷つけたことでしょう。しかし、貴女様のご覚悟、確かに確かめさせていただきました」 彼女の目の前にいたのは先程までの冷徹な視線を送っていたホールスではなく、まるで彼女のためになら命を投げさすことも厭わぬような忠実なる一人の騎士がそのナイフを止め、小さな彼女に傅いていた。 彼の表情は固く、怒りや喜びを一切含まない顔だったが、フィオナには一瞬で今、何が起きたのか分かった。 彼は自殺しようとした彼女を止めたのではなく、フィオナ自身にどれだけ本気だったのかを確かめさせたのだと。 「酷い人! 私がどんな思いで貴方に打ち明けたと思っているんですか!」 もちろん、フィオナは怒った。しかしそれは安堵からくる怒りだったのかもしれない。 間違いなく目の前にいる人は糞真面目な表情ではあるが、いつものホールスであることと、そして彼女の思いが決して叶わないものではなかったこと……。 すぐにでもフィオナはホールスに抱きつこうとしたが、ホールスに必死に止められた。 「何故抵抗するんですか!」 「馬鹿! 俺がナイフを握ってることを完全に忘れてるだろ!」 そう言われ赤く染まったナイフと彼の手のことをようやく思い出した。 すぐにフィオナは離れ、ひとまずホールスもナイフを離すことができた。 「ごめんなさい……。私の所為でこんな傷に……」 とても申し訳なさそうにフィオナはホールスに謝ったが 「いや、自業自得だから問題ねぇよ。はぁ~……ったく、折角人が久し振りに畏まったていうのに調子が狂うよ」 そう言い、柔らかく笑っていた。 するとフィオナもクスクスと笑い 「その方がホールスらしくて好きです」 そう、まだ少し涙を溜めたままの目を閉じてニッコリと微笑んだ。 彼女のそんな様子を見て緊張の糸が切れたのか、ホールスは大声で笑い出した。 するとフィオナもつられて大きな声で笑う。 今だけは何も考えずに笑うことができた。 ◇ それから数分後、ようやく二人共元の落ち着きを取り戻し、ひとまずはホールスの傷の手当をした。 そしてフィオナをいつものようにベッドへと座らせ、その前にホールスが視線の高さが同じになるように座り 「最後にもう一度考えて欲しい。ただし、これは男と女としてではなく、一人の王女として……。その覚悟が本当になるのなら事の真相を話そう」 真剣な表情でそう話した。 フィオナの言葉は無かった。代わりに彼女も真剣な表情のまま深く頷いた。 何十分続いたかも分からないホールスの語る真相。 その間、フィオナはその一言一文字全てを聞き逃さずに聞いていた。 まず、現国王フォイルニスの事。彼は国王であり、今現在ブランケイト国の行く先を決めることのできる人物だ。 だが、その彼にそれほどの責任を負うことのできる頭も心もなかった。 でまかせの情報に踊らされ、コンフレストの武力圧迫に怯え、ついに彼はあるまじき行動に出た。 「この国を、民を、土地を、全てを犠牲に自分だけは助けてもらうと。奴はそう書かれた誓約書を彼の直属に持たせ、コンフレストへ遣わせた」 国王としてあるまじき行為にフィオナは心底ショックを受けたようだった。 一度この話しをやめるか? とホールスに聞かれたが、フィオナは続けるように促した。 彼女の覚悟は揺らがなかった。 無論、王の不審な動きは国中の者が気に掛けていた。特に前王の側近であったセトとホールスは王からフォイルニスの動向を気に掛けるように言われていた。 実の父からも彼は不審に感じられいたのだ。 そして前王の死、フォイルニスが王になったことによりその全てが動き始めた。 前王の側近であったセトとホールスは国王である彼から遠い場所へ置かれた。 少ない知恵でも彼らがフォイルニスの敵となる存在になることを察知していたのだろう。 その後、ホールスは騎士を辞め、この森へ彼の部下と共に移動してきた。 目的は二つ。国に属さぬことにより、フォイルニスの不審な動きをいち早く止めるため。そしてコンフレストとブランケイト、二つの国のちょうど中間に当たるこの森を陣取ることにより二国間の摩擦をできる限り減らすためだった。 セトはそのままフィオナの直近となることで彼女ができる限り危険な目に遭わないようにしていた。 一つだけ問題があるとすればホールスが勝手に飛び出したと思っていたことだろう。 そしてフォイルニスがついに事を行動に移した事を察知したホールスはフィオナを誘拐。フィオナがある行動をとるように仕向けた。 それはフィオナがホールスに恋をするようにわざと長い時間を掛けて彼女をホールスに傾くようにしたのだ。 本来ならばただ彼女に協力を要請するだけだったのだが、部下たちの後押しもあり仕組まれた恋へと発展していった。 仕組まれた恋ではあったが、そこからフィオナがホールスを好きになるかどうかは彼女次第だ。 結果、彼女はホールスに恋をし、現在に至るわけだ。 フィオナに求める協力とは、どう転んだとしてもホールスを好きになってもらうこと。 協力してもらう場合は形だけでもそう宣言してもらう必要があった。 それは彼女のブランケイト国の王女であることが理由だ。 代々ブランケイト国の王女は王になることができない。その代わり、自分と結婚する男性を国王にする権利がある。 ただし、そのためには互いが愛し合っている必要があり、フィオナが正式にブランケイト国国王になる状況でなければならない。 今現在、フォイルニスが国王であり、たとえ国を捨てようとしていたとしても彼が国王であるという事実は揺らがない。 そこでホールスが考えた本当の計画はフォイルニスの王位失脚。そしてフィオナの正式な王位継承である。 そしてそこでフィオナにはホールスを王位に就かせ、彼の采配の元国の内情を元に戻していくつもりだった。 その後、彼は王位を退き…… 「フィオナ。アンタがブランケイトで初めての女性国王になるんだ」 そこまでが彼の算段だった。 「そこで私がはい。と言うと思っていたのですか?」 涙に濡れた彼女の顔には間違いなく諦めでも作られたものでもない、本物の笑顔がそこにあった。 やれやれといった調子でホールスは小さく溜め息を吐き、もう一度彼女の方を向き直して話し始めた。 「それは自分の立場と自分の心、両方共納得した上での答えなんだな?」 フィオナは迷いなくニッコリと微笑んで頷いた。 お互いに初めてだっただろう。誰かを好きになったのも、恋をしたのも、全てを捧げてもいいと思えたのも……。 だからこそその静寂は瞬きをするほどに早くも感じられ、自分の心臓の音が体の中から欲望をさらけ出そうと暴れる大きな音で永久にも感じられた。 言葉は無かった。 愛し合っているからこそ、惹かれ合っているからこそ、その行為は自然だったのかもしれない。 高鳴る鼓動が閉じられる瞳と共に静寂へと呑まれていき、静かに、しかし二人は互いを求める衝動で今にも弾けそうな心を抑えながらそっと、そっと唇を重ねた。 人生の終わりさえも覚悟したその涙は頬はおろか、顔じゅうを伝わっていたのかその口付けの最初の感想は少ししょっぱいというなんとも呆気にとられる感想だった。 しかし、そんな塩見も先程まで張り裂けそうだった胸の鼓動もどうでも良くなるほどにその口付けは甘美で、心まで満たされるものだった。 最初に相手をもっと深く、もっと激しく求めたのはフィオナだった。 ジャスミンや他の侍女の入れ知恵か、彼女の方がホールスよりも情熱的だったのかは知らないが、滑り込むように互いの唇と唇の間をすり抜けてもっと深く熱くホールスを感じられる、彼の舌へ小さな舌を必死に伸ばして求めていった。 ホールスもそれに応えるようにその必死に相手を探す彼女の移し身のような柔らかく、小さな舌へ自分の彼女よりも長く、熱い舌を絡ませていった。 ジュプッという水音が初めてその静寂を破った音だった。 その音が小さく聞こえ始めると、周りの音も鳴る事を忘れていたかのように聞こえだした。 艶めかしい二人の水音、激しくお互いを求めるために忘れていた呼吸は本能的に昂ぶった二人の体を維持させるために荒い音を立てだした。 フィオナの肩から頭にかけてをホールスはいつの間にか腕を回し、もっと近くへと彼女を引き寄せ、もっと激しく音を立てて彼女を求めた。 応えるようにフィオナもホールスを求めて不慣れな体勢になりながらも彼の大きすぎる体に必死に自分の小さな腕を添わせようとしてもがいていた。 どれほど経っただろうか、それとも一瞬の出来事だったのだろうか……二人はようやく唇を離すと名残惜しいようにギリギリまでその舌を相手に沿わせていた。 二人の間に透明な愛の橋が架かるが、少しずつ離れ、互いの瞳を見ようとする動きと激しい吐息であっという間に切れて見えなくなってしまった。 「フィオナ……本当にいいんだな? これ以上は俺も抑えられないし、もう後戻りはできなくなる」 彼女のもの欲しげな顔にホールスは真剣な表情でそう聞いた。 「この先、たとえ何があろうと……私には、貴方しか……ホールスしか愛せません。お願い。私に貴方の愛の証を残して……」 恍惚とした表情ではあったが、彼女は確かに自分の意志で真剣にそう答えた。 その答えを聞くと、ホールスは一呼吸おいてからもう一度、彼女と深く唇を舌を交わらせた。 先程よりももっと強く、もっと絡め取るように……まるでそれが自分の物であることを主張するかのように激しく、しかし優しく彼女を求めた。 彼女も同じく、自分の愛を捧げた男に自らの全てを差し出すように彼の求めるまま、それ以上に彼の求めるように自らも彼を求めた。 今度ははっきりと分かる短い口付けを皮切りに、二人は自らの身分の証明である衣服を脱ぎ始めた。 ホールスが身に纏う物はボロで、どんなに褒めようとしたとしても彼が王国一の騎士であったとは思えない、前王との約束を自分のやり方で果たすためにその全てを擲った正しき悪党の証を脱ぎ捨てた。 逆にフィオナの身に纏う物は、彼女と同じように美しい純白のドレス……ではなくなっていた。彼と出会い、自分のどうしようもないと思っていた運命を覆すために足掻いた彼女の小さな戦いと同じように、彼女のドレスはところどころ解れ、破れ、染みさえもあった。 お互いに自分自身と、自分の運命と、この国のために必死に足掻いてきたその証を、彼女も脱ぎ捨てた。 今は……今だけは忘れるべきだろう。 天賦の才を持って生まれたにも関わらず、非道な兄の仕組みで無知にされ、ただ道具としてしか利用されそうになかった一人の王女も、ただ国王に忠誠を誓い、最も愛しく、誰よりもその人の幸せを願った忠実なる騎士も、全てかなぐり捨てれば……そこにあるのはただの愛し合う男と女だ。 ホールスは羽が宙を舞うよりも優しくフィオナの背中を支えながら、その上品とは言えないベッドに優しく仰向けに寝かせた。 そしてそのまま彼もフィオナに続くように彼女の上へと覆い被さった。 「怖いか?」 ホールスが明らかに小刻みに震え、体を縮こまらせているフィオナを気遣い、そう声を掛けた。 フィオナはすぐに首を横に振って答えた。 「怖くはありません。寧ろそこまで心配してくれるのが嬉しいほどです。ただ……本当にここから先は私もどうなってしまうのか分からないのでそれがとても不安です……」 少し目を下にやり、既に元気に鎌首をもたげているホールスのモノを確認すると、少しだけこわばった笑顔でそう言った。 「初めては必ず破瓜の痛みが伴う。出血も伴うそうだが、安心しろ。それが初めての証だ。それに、できる限り優しくする」 彼女の不安を助長させないためにもホールスは頬を撫でながら彼女に事実を言い、その上で彼ができる最大の優しさを彼女に与えた。 フィオナは小さく頷き、彼女が身を預けたのを確認すると、ホールスはゆっくりと彼のモノを彼女の秘部へと宛てがった。 触れた瞬間、やはり不安と恐怖からか、ビクッと体を震わせて縮こまったが、ホールスは決して焦らず、ゆっくり、ゆっくりと彼のモノを彼女の秘部へ擦りつけた。 彼女の言葉に偽りがなかったであろうことは、既に彼を受け入れる準備のできた湿り気を帯び、滑らかに滑る彼女の秘部で知ることができた。 根元から緩やかに、しかし力強く押し当て、少しずつ押し広げるように降ろしていき、彼のモノの先端と彼女の秘部が触れた所でホールスはその緩やかな動きを止め 「入れるぞ……」 目を瞑り、必死にその時を耐えているフィオナにホールスは最後の確認を取った。 言葉でも行動でも彼女から返事はなかった。それほどの余裕がなかったと言う方が正しいだろう。 遂にホールスのモノが緩やかにその割れ目を押し広げながらゆっくりと侵入を始めた。 彼女を気遣ってか、その動きは遅いというよりは、動いているのか不思議になるほどの速度だった。 先端が入り、ゆっくりとまだ誰も受け入れたことのない彼女の秘部がゆっくりと彼を受け入れ始めると、一層フィオナは体を縮こまらせ、息を詰まらせた。 それからもゆっくり、ゆっくりとホールスは腰を落とし続けた。 彼女へできる限り負担をかけぬよう、少し進んでは一度止まり、縮こまった彼女の体が少し緩むまでは決して次へと進まなかった。 それは本当に、事を楽しむための行為ではなく、フィオナの初めてを出来る限り優しくしようという彼の思いやりだった。 長い時間を掛けて少しずつ穢れを知らない花弁を解いていくような作業……いずれ訪れるだろうフィオナへの痛みを懸念してホールスはさらに慎重に腰を落とし続ける。そして…… 「んっ……!」 遂にフィオナから声が漏れた。が、その声は確実に痛みから来るものではなく、初めての女としての喜びを味わう悦の声だった。 そこでホールスは気が付いた。 先端に感じる今までとは違う柔らかくも力強く締め付ける感覚とは違う、コツンという僅かに硬い感覚を……。 「まさか……フィオナ、痛くないか?」 少し青褪めた顔でフィオナに慌ててそう聞くホールス。 「……? いえ、寧ろ少し……気持ち良いです」 そんなホールスとは打って変わってフィオナは自分の口からそう言うのも恥ずかしいのか少し顔を赤らめながらそう答えた。 ホールスが青褪めた理由は、彼のモノが彼女が明らかに深く一番奥まで届いているのにも拘らず、破瓜の痛みを味わっていなかったからだった。 今までの内のどれかで、ホールスは彼女の純潔を奪ってしまっていたと思ったからだった。 「すまない! 本当にそういう気では……!」 フィオナに謝りながら急いで自分の物を彼女から引き抜いた。 状況が理解できないフィオナはいきなり自分から離れたホールスに驚いていたが、二人が離れたことによって二人ともさらに驚くことになった。 「ホ、ホールス! 貴方血が……!」 そう言われてホールスは目を疑った。 フィオナの中に今まで入っていたホールスのモノには間違いなく鮮血が付いており、焦って離れた二人の秘部の間にもその血が点々と伝っていた。 状況が理解できずにおろおろとするフィオナと、間違いなく今回が彼女の初めてであることに安心し、一気に脱力したホールスの様子とで可笑しな光景が生まれ、それが元でフィオナはさらに混乱していた。 ◇ 「つまり……全く痛みもなかったと……。聞いた話と全く違うな……」 戸惑うフィオナをまず落ち着かせ、ホールス自身の怪我ではない事を説明し、もう一度痛みがなかったか聞き直したが、やはり彼女はなかったと答えた。 「もしかして……それっておかしい事なんですか?」 フィオナが恐る恐るホールスに聞くと、ホールスは観念したかのように深くため息を吐き、 「分からない……実を言うと俺も経験が一切無いんだ……。その……俺も初めてなんだよ……」 もの凄く恥ずかしそうに、顔を横に背けたままホールスがそう言った。 少しの沈黙の後、フィオナがクスクスと笑って見せた。 馬鹿にして笑って見せたわけではなく、『親近感が湧いた』そうだ。 国王の側近として選ばれるだけあり、頭も良く、力も強いホールスは確かに完璧で、何処か遠い存在のようにも感じられるが、そんな彼も女性に関してはそこらの人よりも経験が無かった。 世の為、人の為、国の為……身を粉にして働いていた彼が好きな女性を見つけて愛を育んだりする時間なんてものがないのは容易に想像がつく。 そんなことをフィオナも打ち明けて話しているうちに、つられてホールスも笑っていた。 ――ひとしきり笑い合った後、二人は改めて情事に戻ろうとしたが、先程の驚愕と、気の抜けるような談笑とでホールスのモノは既に半分ほど萎えていた。 しかしそんな会話をした後であった事もあり、二人は寧ろ前よりも相手の事が更に愛おしく、愛し合いたいと思っていた。 「その……問題なければ……舐めたいのですが……大丈夫ですか?」 先に切り出したのはフィオナだった。 そのまま放っておけばその場の雰囲気もあり勝手にホールスのモノは元気を取り戻すだろうが、先程の破瓜の鮮血がまだ付いたままだったため、折角なら綺麗にしてあげたいという彼女からの申し出だった。 それを聞いたホールスはその言葉だけですぐに元気を取り戻したが、喜んで! と答えた。但し、俺もフィオナのを舐めてもいいなら。 という条件付きで。 断るはずもなく、フィオナは少しだけ頬を紅潮させてホールスのモノを咥えた。 先端から少しずつ舐め取るように舌をモノに這わせる。 その度に口の中に僅かな鉄臭さと雄臭さが広がっていく。 絡みつくようにモノの左側を沿うように口の奥へと進むにつれて下から上まで全体を包むようにし、そのまま同じようにゆっくりと抜き取り、今度は右側へと沿わせる。 まるで蛇のように絡みついてきたかと思えば、今度は急に下側だけに沿わせ、飴でも舐め取るかのようにその独特なザラつきのある舌を押し当てて、血と彼の雄臭さを舐め取っていく。 次第に息の上がってきたホールスを見て、フィオナはゆっくりと彼のモノから口を離した。 そしてそのまま僅かには恥じらうものの、フィオナは仰向けに寝転がってみせた。 僅かに赤く染まったフィオナの秘部を両手の指を使ってグイと左右に広げると、フィオナは少しだけ体を強張らせたが、ホールスは気にせずに彼女の秘部へ舌を這わせた。 まず先端を小さく、それでも勃起したクリトリスへうねる様に這わせた。 ビクリと体が一瞬萎縮し、それと同時に甘い声も聞こえた。 それからは先程のフィオナと同じように美しい、淡いサーモンピンクの秘部から赤い色がなくなるように全体をぐるりと一周するように舐め、もう一周、もう二週と舌を緩やかに這わせた。 隠しきれない恥じらいの声が口から溢れ出し、体を内側へ反らせたり、外側へ反らせたりして反応してみせた。 そこで一度休憩し、今度は割れ目を押し広げるように奥へと進ませてゆく。 一段と強い鉄の味と共に愛液の塩味のような独特な味も口へ広がった。 何度か掻き出すように舌を出し入れし、どんどん息の上がっていくフィオナを見てホールスも同じようにそこで顔を離した。 そしてそのままホールスは彼女の体の上へ覆い被さり、丁度フィオナが上目遣いになる位置まで移動した。 「今度は……遠慮しないぞ?」 少しだけ二人の息遣いだけが聞こえ、その後ホールスはそうフィオナに言った。 フィオナがホールスの目を見たまま、小さく頷いて答えたのを確認するとそのままホールスはゆっくりと二人の秘部を合わせ、そしてゆっくりと挿入した。 が、前戯のお陰もあってかどうかは知らないが、驚く程にフィオナの秘部はホールスのモノをスルリと受け入れた。 あまりにすんなりと入ったせいもあってか、ホールスの方はかなり焦っていたが、フィオナは既にただ彼との情事を楽しみたいだけのようで、素直にその嬉しさや、気持ちよさを全て詰め込んだような顔で彼を見つめていた。 そんな彼女の表情を見たせいか、ホールスの中にあった箍のようなものが外れた。 まだ何処かで彼女の身を案じ、ゆっくりと挿入するつもりだったが、そんな思いも吹き飛び、そのままの勢いで彼女の一番奥深くまで一気に突いた。 「ンァア……!?」 彼らの耳にまで届くようなジュプリ! という強烈な一突きに、今までのフィオナからは想像もできないような嬌声が聞こえた。 同時にホールスも自分の想像を絶する、電撃のような強烈な衝撃と浮遊感を味わっていた。 一番奥深くまで届いたホールスのモノはそこで一度動きを止めたが、二人には恐ろしい程の快感が津波のように押し寄せてきていた。 それを感じ取ったフィオナの秘部は一瞬でその愛しい人を逃すまいと絡め取り、更に強烈な刺激へと変わった。 そのまま永久の快感のような一瞬を味わっていたも良かったが、ホールスの中の男がそれを許さなかった。 心から愛することのできた彼女だからこそ、自分の全力の愛を受け取ってもらいたかった。 そのまま一気にきつく絡みつく彼女から引き抜き、彼女の嬌声が止む前にもう一度深く鋭く突き入れた。 一度目よりも強く早く、突き入れると、より乱れ、大きな彼女の艶声が聞こえた。 そうなれば後はもう考えることはない。 ただひたすらに、本能の求めるままに彼女を悦ばせ、己の思うままにその快感の津波に身を任せた。 より早く、より強く、より深く、彼女を愛し、快感を求めて彼女へ腰を打ち付ける。 その度に卑猥な水音はジュプ! ジュプッ!!とその音をより鮮明に、大きくしていった。 そしてその度にホールスのモノ全体を包み込むような心地よい痺れは、だんだんと先端の一点へと集中するようになっていった。 そんな彼とは裏腹に、フィオナは深く突かれる度に、そして引き抜かれる度に次第にしっかりとあった意識がまるで雪にでも埋もれるように真っ白になっていき、ただ気持ちが良いという事以外何も考えられなくなっていた。 二人の意識が反比例していく中でその激しさだけは増し、そしてそのまま情欲の津波は彼女の中へと弾け出ていった。 「ハァア……アァアア!!」 声にならない悲鳴にも似た二人の嬌声は響き渡り、そして二人の荒い息遣いだけが聞こえるようになった。 フィオナはまだ真っ白でよく状況が分かっていない意識の中で、それでも下腹部で確かに熱を持って脈打つその感覚に僅かに充足感を得ていた。 二人共初めてだった上に、初めからそれほど激しい性交を交わしたせいもあり、そんな至福の充足感を味わいながらまどろみのままに意識を薄めていった。 *鎖のブーケ 7 [#m73c388d] 夢も見ないような深い眠りから覚めたフィオナの目に一番最初に飛び込んできたのはホールスの顔……ではなく、昨夜と変わらずにそこにあった夢のような現実だった。 いつもならば目が覚めれば全てが幻だったかのようにフィオナ自身の部屋で目を覚ますが、心の奥底で常々願い続けていた『彼の部屋で目を覚ます』という彼女にとってはその事実の方が幻にも思えるような、その優雅とは決して言えない部屋の、僅かに暗さの残る灯りが照らす部屋の天井だった。 もっと贅沢を言うのならば、目が覚めた彼女のすぐ横にホールスもいてもらいたかったのだが、既に彼はいつものようにまるで霞であるかのように消えていた。 至福の倦怠感が彼女をもう一度眠りへ誘おうとするが、それをしてはならないと彼女自身もしっかりと理解していた。 夢の後は地獄のような現実が待っている。大抵の場合、夢物語ならば後味も良いものだが現実ならば必ずお釣りがくると相場が決まっている。 今から彼女は国を救うため、国王である唯一の兄を裏切るために最愛の大罪人とその最後の肉親を討ちに行くのだ。 もう一度、今から自分が行うことを噛み締めるように眉間にしわを寄せながら深く目を瞑り、何度もその思いを反芻した。 「おぉ……まだ寝てると思ったがお姫様も起きたみたいだな」 ノックもなしに扉を開けて入ってきたホールスはフィオナを見てそう言った。 その言葉を聞いてフィオナもノックの一つぐらいして欲しい。と言いかかったが、彼の姿を見てその言葉は引っ込んだ。 「セ、セト……!? じゃ……ないですよ……ね?」 そこに立っていたホールスはきちんと騎士の鎧に身を包み、王国兵士たちと同じ姿をしていた。 更に言うなら、その彼の姿はそのぶっきらぼうな声や堅苦しくない表情を除けば常に彼女を支えていたセトとほとんど、いや全くもって差がなかった。 「ハハハ! 当たり前だ。 ここにそんな奴が居てたまるか! ってな」 そう言って少し驚いた表情を見せるフィオナにホールスは豪快に笑いながらそう言ってみせた。 フィオナもそんな様子の彼を見てつられて少し笑ってみせた。 「それにしても……本当にお二人共そっくりなのですね」 部屋に入り、机に乱雑に置かれている物をあれこれ探して取っているホールスにフィオナはそう言った。 「兄弟だからな。 それよりも、無駄話してる時間はもうない。急いで支度をしてくれ」 ぶっきらぼうに答えながら次々と目的の物を見つけては確認し、またバタバタと部屋を出ていった。 彼の態度に少しだけ不満を覚えたが、同時に今、どれほど切迫した状況なのかもよく理解した。 すぐに戻ってきた彼は、彼女がいつも身に付けている純白のドレスを一着持ってきて、彼女へと渡した。 「悪いがここにはお付きの人も女性もいないもんでね。自分で着替えてくれ」 そう言ってホールスはすぐに部屋を出ていこうとしたが、フィオナはすぐに彼を止めた。 ホールスは少し苛立ちを含んだ返事をしたが、 「私はドレスを一人では着ることができないんです。見てお分かりでしょう?」 フィオナはそう言ってドレスの背中側をホールスに見せた。 当たり前だが、彼女は背中に手が回らない。 ◇ 「まったく……一人で着れないならこんな不便な物を身に付けさせるなって話なんだよ……」 ブツブツと愚痴をこぼしながらホールスはフィオナに言われるままに彼女の着付けを行っていた。 「仕方がないでしょう? 貴方にとってはどうでもいい事かもしれませんが、私も王女としての立場があるんです」 愚痴をこぼせば、彼女も同じように正論と愚痴半々の答えを返すという感じで、慣れないドレスの着付けをホールスは続けていた。 ――10分以上かけてようやく着付けも終わり、今度こそ準備が整った。 急ぎ足で部屋を出ると、洞窟の前には既に山賊団たちが全員鎧を着込んで待っていた。 遅れて出てきた彼らを見て、みな少々野次のような文句を言ったが、その場に全員が揃っていることを確認し、ホールスが全員の前に立ったことによって一気にその場の緊張感が増した。 「よし……お前ら! 長い間待たせたが、今から俺達はあの暴君、フォイルニスから俺達の国を取り戻す! 全ての条件は整った! 後は各々の仕事を遂行すれば……俺達の勝ちだ! 行くぞ!!」 ホールスのその言葉が終わると同時に鬨の声にも似た大歓声が、そのまだ朝早く静まり返った森に木霊した。 その後、その少ないながらも確かに完全武装したホールスの『ブランケイト国親衛隊』はザッザッとよく訓練されたのが分かる揃った足音を立てながらいつもの獣道ではなく、何度も馬車が通りきちんと道となっているその林道に沿って行軍していった。 フィオナはそんな隊列の最前線、ホールスの横に付けて歩いていた。 そんな物々しい雰囲気さえなければ純白のドレスに身を包んだフィオナと鈍く輝く鎧に身を包んだホールスというとても絵になる光景だった。 山道を下り始めておよそ30分ほど経っただろうか、そこでついに周りを覆っていた木の数がまばらになり始めた。 「よし……! 行軍はここまでだ。各隊! 計画は昨日話した通り! 例え何があったとしても必ず遂行してくれ。 解散!」 もう少し歩けば林道を抜けるという所でホールスはその場にいる全員にそう伝え、それを聞いた隊員たちは3、4名の小隊を組んでそれぞれ森の中へと散っていった。 「さあフィオナ、いやブランケイト国王女殿。ここから先は一人で戻るんだ」 その場に二人残されて、ホールスはフィオナにそう告げた。 勿論彼女は驚いた。 そのまま二人で城まで向かうものだと思っていたからだ。 「ここから先、お前にお付きの兵士がいるのはおかしな状況になる。大丈夫だ、俺もすぐに城に潜入してみせる。約束だ」 今にも泣きだしそうなフィオナの顎を優しく持ち上げ、目を見てホールスはそう告げた。 そして二人は一度、しっかりと手を結び、固い約束を交わしてフィオナはそのまま林道を、ホールスは他の兵たちと同じように茂み中へと姿を消していった。 「フィオナ様! 今までどこにいらしてたのですか!」 国へ戻った彼女はその目立ちやすい格好も相まってすぐに兵士によって発見された。 フィオナはどう言おうか少し悩んだが、気分転換に少し散歩に出ていたと嘘を吐いた。 本来ならばすぐにばれてしまいそうな嘘だが、昨日から今日にかけて非常に慌ただしかったせいもあり、その兵士としては彼女の嘘よりも彼女が見つかったという方が大事な事だった。 その兵士はすぐに周りの兵士と連絡を取り合い、フィオナをすぐに厳重な警護を付けて城まで送った。 フィオナはホールスの事が心配で今すぐにでも彼の行き先を知りたかったが、自分の気が焦っているのを自分自身がよく分かっていたからこそ、彼女はできる限り誰とも話そうとせず、何か聞かれたのなら、最低限の回答だけで済ませていた。 そのまま彼女は速やかに、しかし丁寧に彼女の見慣れた部屋まで送り届けられ、見るからに涙で目を泣き腫らしているがそれでも何事もなかったかのように真面目な顔をしたジャスミンが彼女の部屋へやってきた。 「ようやくお戻りになられましたね王女様。それでは今から私が王女様の花嫁衣裳を着付けさせて頂きます。王女様、御結婚おめでとう御座います」 深々とお辞儀をし、形だけの喜びの言葉を彼女に告げて、とても今から彼女を花嫁として送り出そうとしているものとは思えない顔のまま扉を開けて、今フィオナが着ているドレスよりもさらに美しく豪華なドレスを他の侍女が持ってきた。 ホールスが慣れない手で時間を掛けて着付けてくれたドレスをジャスミン達はテキパキと脱がせて、今持ってきたドレスをこれまた先程よりも複雑な構造であるにも拘らず、テキパキと着付けていった。 そして一人が部屋を抜けて何処かへ行くと、すぐに瞳ほどの大きさのあるルビーの宝石が付いたティアラを持ってきて、彼女に渡した。 新雪のように美しく、雪の結晶のように細やかな装飾の施されたそのドレスは彼女の淡いクリーム色の体毛と、新芽のような美しい緑の葉、そしてティアラの真紅を柔らかく包み込んでいるようだった。 「まるで……ブーケのようね……」 鏡をで自分の姿を見たフィオナは自分のその姿を見てもの悲しげな表情でそう喩えた。 「王女様、失礼を承知の上で言わせて下さい」 そんな彼女の姿を見てジャスミンはその嫌な静寂を破り、同じく浮かない顔でそう言い、一呼吸置いて話し出した。 「私には……今、フィオナ様がお召しになっている衣装は、まるで貴女を縛る鎖にしか見えません。フィオナ様とは長い付き合いですから私には貴女がよく知りもしないコンフレストの王子とただ政治の為だけに結婚するのがとても苦痛で仕方がありません」 「鎖の……ブーケ……その通りかもしれないわね……」 その一言一言はとても重たく、ただの会話でさえも長い沈黙が間に入る程だった。 しかし、その通りだろう。 もし、フィオナが王女として生まれなければ、彼女はこれほどまでに結婚という事を辛く考える必要はなかっただろう。 もし、フォイルニスがもう少し彼女の心中を察してくれるような器量があれば知らない相手とも知りあう時間をもらえたかもしれない。 もし……そんな言葉を重ねても、既にフィオナの雁字搦めになった鎖は誰かが断ち切れるものではなくなっていた。彼、ホールスと出会ってしまうまでは……。 フィオナはホールスに出会った事でそんな身動き一つとれなくなっていた状況から解き放たれた。 そう分かっているはずなのに、すぐそこにホールスが居ない、それが不安で不安で仕方がなかった。 今の彼はこの国にとっていわば逆賊。 もし、彼の身に何かあったとするならば彼女は正気を保てないだろう。 そんな不安が本来ならば救われたはずの彼女の心ををさらに苦しめていた。 「おや? 取り込み中だったかな?」 重苦しい空気の流れるその部屋に不意に場に似合わない剽軽な声が聞こえてきた。 いつの間にか開け放たれたままのドアに寄り掛かるように、一人のバシャーモがそこに立っていた。 その男性は頭の先から爪の先まできっちりとした豪華な軍服に身を包み見るからに彼が偉い身分なのであるのが伝わってきた。 「何をなされているのですか! 今、この部屋は誰も入ってはいけないのですよ!」 ジャスミンがその男性に対して少し怒った調子でそう言い放った。 そんな彼女もお構いなしといった様子でその男性はヘラヘラと笑いながら 「いいじゃないの。お互いの事も知らないまんま式だけ挙げるなんてよりはちょっとは知り合っといた方がいいでしょうよ」 と言った。 その言葉でフィオナはすぐに彼が本来、彼女が婚約するはずだったコンフレスト国の王子だという事に気が付いた。 彼女からすれば今から裏切る相手の内の一人であり、この国にとっても敵となる存在であるその男性を前にフィオナは警戒し、少しだけ身構えた。 「とりあえず初めまして。フィオナ王女殿。俺はファイス。知ってるとは思うがコンフレスト国の王子だ……いっっちばん下のな」 ファイスと名乗ったその男性はそう言うと扉に凭れ掛かったまま小さく敬礼した。 「初めましてファイス様。しかし、婚礼前に殿方が部屋を訪れるのは失礼なのでは?」 ファイスに対し、フィオナはあくまで警戒したままそう尋ねた。 するとファイスは少しだけ驚いたのか、目を僅かに見開き、それから少しの間を置いて笑い出した。 「ハハハ! それもそうだが、今から結婚しなきゃならない二人がお互いの性格はおろか、顔すら知らないのは流石に婚礼前に部屋に押し掛けるよりは失礼な気がしてね」 彼はそう言うと、そのままスッと部屋に入ってきて、フィオナの前に跪いて見せた。 フィオナはもしものことを考え、少し身構えるとファイスはにっこりと笑って見せて 「そんな怖い顔をしないでくれよ。俺はただ挨拶ついでに自己紹介に来ただけだ」 そう言った。 するとファイスはそのまま彼女の手を取り、甲に軽く口付けをした。 ごく当たり前の事だったのだが、フィオナは思わず手を引っ込めてしまった。 「ハハハ……早速嫌われてしまったかな?」 ファイスはそう言いながら苦笑した。 「い、いえ! 申し訳ありません」 反射的にそう動いてしまったことをフィオナはすごく後悔していた。 今まで、ファイスは決して彼女に嫌われるような態度をとってなどいなかった。 寧ろ、印象は良い方だったのだが、既にフィオナの意識の中にはホールスの存在があった。 そのため、出来る限りファイスに好意的に振る舞いたくなかったのだ。 そうしなければ彼がその分辛い思いをしてしまう、という彼女なりの思いやりだった。 彼女がすぐに謝ったのを見るとファイスは少しだけ笑って見せ、少しだけ世間話をしよう。と言ってきた。 ◇ 彼、ファイスは隣国であるコンフレスト帝国の第五王子であり、末っ子だった。 そのため実質、国内で影響力のある人物は現国王と第一、第二王子ぐらいまでだ。 常に周りの国へ火種を仕掛けては燃え上がらせ、そしてその全てを奪い、文字通り焦土と化していく侵攻国という彼にとっては肩身の狭い国で、さらに小さな影響も与えることのできない形だけの王子だった。 形だけの王子であるファイスは、もちろん発言権も政策権もない。 そのため、血生臭い世界で生まれた彼は、誰もが闘争を願う『住む者誰もが望む世界』……、そんな世界が唯一嫌いだった。 そんなある日、まだワカシャモだった頃に彼は一度だけ、この国を訪れたことがあった。 まだコンフレストが今のような帝国になる前は、ブランケイトからも物資の交易を行っていたため、ファイスはその交易の荷馬車隊を守る上官として同行していた。 『こんなに美しい国があるんだな……ウチとは大違いだ』 馬車に揺られながらファイスは外の景色を見ながらそんなことを考えていた。 彼は、いずれ自分の父親がこの国も戦火に飲み込もうとしていることは感づいていた。 そのため、いつもは死地にも程近い戦場の前線に放り込まれている彼は、自ら初めてこの公益隊の隊長を買って出た。 それこそ最初は『話で聞く美しい土地が、見れなくなってしまう前に』という感覚だった。 無力な自分の立場を嘆くわけでもなく、反発するわけでもなく、ただ諦めていた。 「おや? 初めて見る隊長殿ですな。初めまして。私の名はエルト。現ブランケイト国王だ」 ただの公益にまさか国王自らが出向くと思っていなかったファイスは非常に驚いたが、すぐに敬礼し 「初めまして。私はコンフレスト国、第五王子のファイスと申します。以後、お見知りおきを」 畏まって、そう言った。 するとエルトはおおらかに笑い、続けて語った。 「時にファイス殿。貴方は戦争がお好きですかな?」 そう質問すると、ファイスは言葉に詰まった。 本心では戦争をしたくない。だが、事実を言えば、今まさに戦争のために資材を買っていることを無駄にする発言だ。そんなことを言えば最悪、二度と交易をしないと言われてもおかしくはなかった。 「はい! 私もコンフレスト家の者に生まれてきたことを誇りに思っています!」 「本当にそうか?」 畏まってそんな彼がいつも決めている定型文を言うと、エルトは間髪入れずに聞き返してきた。 瞳を覗き込むようにエルトが聞き返してくるので、いつもならすぐに定型文を言えるのだが、何故か一度それでいいのかと悩んでしまった。 そして結局、ファイスは小さく息を吐いた後、 「いえ……本心では王子として生まれたことを恥とまで思っています。なにも争う必要はないというのに……」 思わず首を横に振りながらそう本音を言った。 するとエルトはそれが分かっていたかのように、ニッコリと笑い、 「生まれを恥じることはない。だが、争うことを恥じる気持ちは、私はとても大事なことだと思う。その気持ちを大事にしなさい」 そう彼に語った。 とても穏やかで、温かみのある笑顔を見せるエルスには確かに一国を治める威厳ある姿も見えたが、同時に大樹のように全てを包み込むような優しさも感じた。 この国に関わる者は全て、奪い取る愉しさを語り、皆目が血走っていた。 「ファイス殿。貴方の目は何もかも諦めた者の目だ。もし、貴方が祖国をより良くしたいと思っているのなら諦めてはならない。変革を望むのなら相応の覚悟が必要だが、もしそれでも貴方がその覚悟が出来た時は私に声を掛けなさい。必ず、必ず貴方の事を助けてくれる人はいる。それを夢々忘れぬことだ。その時は……辛い時は私が助けよう」 彼にとっては初めてだった。 自分の考えを認めてくれた人が現れたことが、自分に諦めるなと声をかけてくれた人が現れたことが、自分が頼ってもいい人が現れたことが……。 それからの彼は少しずつ変わっていった。 ブランケイトへ交易に来る度に彼はエルトの元へ足を運び、自分の思いと変えられない不甲斐なさを語った。 エルトは常に彼の辛さを聞き入れ、その上で励まし、世界を変えるための知恵を与えた。 その時から彼の中で変革は起こっていた。 変革とは常に劇的なものではない。 周到に計画を練り、外堀を埋め、入口も出口も一つに絞り込みきったところで行うものだ。 そのために彼は必死に学んだ。 今までは分かろうともしなかった戦争を望む者たちの心を学び、震える者たちの魂の叫びに耳を傾け、全てを見ないようにしていた自らの目で全てを直視した。 この世に優しい真実など存在しない。 目を見開けばそれだけ多くの絶望を知ることになる。 そしてついに彼は『いずれブランケイトも戦火に巻き込む』という計画の全貌を知った。 その頃には既に国は大きく動いていた。 エルトは賢明な国王であったため、すぐに不穏な動きを察知。国交を遮断した。 これは同時にファイスに頼れる者がいなくなったことを意味する。 だが彼の心は既に決まっていたため、エルトの言葉がなくても歩き出せるようになっていた。 もう、彼の目は透き通り、光り輝いていた。 静かに彼は動き続け、いずれ国を内側から変えようと目立たぬように奔走した。 ここで彼は自分の立場を初めてありがたいと思った。 『誰も彼のことを気にかけない』ことが幸いし、『誰も彼の動きに気が付かなかった』からだ。 そうしている内に彼はエルトの病死と国王がフォイルニスになり、事が順調に運び始めた話を風の噂で聞いた。 そして見事にフォイルニスが策にはまり、国王の座を奪い取れそうだという話を聞く。 『こうなったのも何かの縁かもしれない』ファイスは一人、心の中でそう思った。 結局受けた恩を返すことはできなかった。 ならば、ここで彼がブランケイトを守り、祖国に仇成して戦うこともひとつの恩返しになるのでは……と。 ◇ 「これは戦乱の火種である、とある強大国の中にいる一人の末弟のお話だそうだ。ご静聴頂き有難うございます」 ファイスは一通り喋り終えるとそう言い、紳士のように手を胸の前にかざして深々と会釈した。 それを聞いてフィオナも決心が付いたのか、口を開いた。 「ジャスミン。ごめんなさい。少しファイスさんと二人きりにさせてください」 そう言い、ジャスミン達を一度部屋から出させた。 近くに誰もいないのをファイスに確認してもらい、彼女はゆっくりと語りだした。 「貴方の御心をお聞かせ頂いて私も嬉しい限りです。……ですか、私には既に成さなければならない事と、愛する者がいます。貴方のお力にはなれません」 フィオナがそう言うと、ファイスは特に同様もせず静かにフィオナの話を聞いていた。 「やはり、私は貴方にはそう見えますか? というよりもまさか婚前だというのに振られてしまうとは思わなかった」 少しの静寂の後、ファイスは怒る風でもなく笑いながらそう語った。 それを見た上でフィオナは更に話す。 「ですが! 私が成そうとしている事は決して貴方の成そうとしている事とは差異はありません! お願いします、その瞬間だけでもいいので私に力を貸してください。私が言っていることが厚かましいことは重々承知しています。ですが……!」 「私の願出を断った上に更に貴方に協力しろと申しますか」 彼女の言葉を遮るようにファイスは静かにしかし力強くそう言った。 彼の目を見た彼女はそれ以上語るのを止めた。 ファイスは今までのような飄々とした表情ではない。 真剣な表情でフィオナを見つめ、静かにただ立っていた。 「それなら一つだけ条件があります」 長い沈黙の後、ファイスは口を開いた。 ――その後、ファイスはフィオナの部屋を出ていき、自分の部屋へと帰っていった。 フィオナは複雑な表情のまま、ジャスミン達と式の始まる時間まで待っていた。 彼女たちの中では既にファイスの事がかなり高評価になっていた。 『戦争国の王子様と聞いていたので粗野な方だと思っていたけれど、あんなに優しい方とは思わなかった』と語り、是非フィオナ様と結婚して欲しいと嬉しそうに言っていた。 暗い雰囲気だったフィオナの部屋は一変してとても明るくなった。 だが、フィオナの心中は以前晴れないでいた。 そのまま時は流れ、ついに式の時間となった。 ジャスミン達に連れられ、城の中で最も広い広間へと歩いてゆく。 両開きの大きな扉を開け放ち、この式の主役であるフィオナが姿を現すと、一斉に拍手が巻き起こった。 そのまま所定の位置まで歩んでいき、そこで立ち止まる。 そして鳴り止んだ拍手の静寂と共にフィオナも静かに、式が始まるのを待った。 「大変長らくお待たせしました! これより婚礼の儀を執り行いたく思います……が、その前に一つだけ皆様にお見せしたいものが御座います……」 式を取り仕切っていたフォイルニスが高らかにそう宣言した。 当初の予定と違い、関係者は皆不思議そうな顔をしたため、来賓客たちは&ruby(けんけんがくがく){喧々諤々};((様々な意見が飛び交う様。読み方は))としていた。 「さあ! ここへ大罪人を連れて来い!」 不敵な笑みを浮かべたままフォイルニスはそう言い放った。 するとフォイルニスの後ろの大扉が開き、そこから完全武装したフォイルニスの近衛兵二人がフィオナがよく知る者を一人を連れてやってきた。 それを見てフィオナは絶句する。 「この男の名はセト! 本来フィオナを守らなければならない立場のこの男はこともあろうにフィオナを己の欲のために利用しようとした男であります。このような晴れやかな場に連れて来たのは何故か! この者をこの場で処刑し、コンフレスト国、そしてファイス王子殿へ我々を安心して信頼していただくために連れてまいりました」 そこには二人に押さえつけられたホールスの姿があった。 しかし、フォイルニスは彼をセトと呼んだ。 確かに二人は双子の兄弟であるため、どちらがどちらなのか見ただけでは分からない。 しかしフィオナにはそれが一目でホールスであることが分かった。 彼は手に包帯を巻いていたからだ。 彼女が自害しようとしたナイフを止めてできたその傷はホールスにしかない。 そのためフィオナは思わずホールスの名を呼びそうになってしまった。 だが、彼女がそんな事をすれば彼が今まで立ててきた『計画』が無駄になってしまう。 動揺する気持ちを抑えつつ、フィオナは必死にその時を待った。 「誰が大罪人だと? 何がコンフレストとの信頼だ! お前は国王などではない! フォイルニス! 貴様こそが大罪人だ!!」 ホールスは声を荒げながらそう言う。 それに対してフォイルニスは嘲笑してみせた。 「祖国を裏切るばかりではなく、この私を大罪人呼ばわりするとはな……聞いて呆れる」 かなりフォイルニスは自身があるのか、強気の言葉を次々と語る。 しかし、それを見て安心したのかホールスは笑ってみせた。 「何を笑っている? 気でも触れたか?」 急に笑い出したホールスにフォイルニスはそう聞いた。 するとホールスはそれまで大きな声で笑っていたが、真面目な顔に戻り 「良かったよ。お前が何処までも俺の手の上で踊ってくれる馬鹿で」 そう言い放った。 そう言うとフォイルニスは当然怒りを露わにした。 「貴様! 自分の状況を分かっていてそう言っているのか!? この恥知らずめ!!」 「俺の話を聞いてもまだその余裕が続くか? 売国奴フォイルニス! 貴様の目論見は全て把握している!」 彼の怒りの言葉にホールスはついにフォイルニスを追い詰める計画を実行に移した。 するとフォイルニスはあからさまに驚いた表情を見せた。 「な、なんのことだ!? ただの犯罪人が何を言っている!」 ことごとく分かりやすい反応を見せるフォイルニスにホールスは攻撃を始める。 「この場に居る者全員、俺の話をしっかりと聞いてくれ! これは全て事実であり、その証拠も全て押さえている!」 そう言い放った。 来賓の者たちは彼が何を言っているのか何が起きたのか分からないといった様子で、ただホールスとフォイルニスを見ていた。 「フォイルニスは国王でありながらこの国をコンフレストに自分一人の亡命と引き換えに引き渡した男だ!」 ホールスがそう言い放つとその場に居た者全員が動揺を見せた。 先程までフォイルニスに罪人として連れてこられたはずだったホールスの俄かには信じがたい言葉をその場に居た者の殆どが信じていた。 普通なら在り得ないことだが、フォイルニスの信用のなさは以前から明白だったため、前王であるエルトの側近であったセトと思われているホールスの方がまだ信頼があったからだ。 そこでホールスはまず、彼自身が集めたフォイルニスの計画の全貌を暴露した。 フォイルニスが嘘の情報に踊らされて国を明け渡そうとしていること、その交換条件として自身をコンフレスト国の参謀として亡命させること。 そしてその際に、この国に住む住人、この土地の資源、その全てをコンフレスト国のものにするという呆れるような条件だった。 これを聞いたフォイルニスとコンフレスト国から来ていた兵士たちは激怒した。 「出鱈目を言うな!! 衛兵共! 奴を今すぐ切り捨てろ!」 声を荒げてフォイルニスがそう言うと、ホールスも怒りを露わにした。 「そうやって殺したのか? お前の父親も……! エルト王も!!」 そう告げたことにより場内は静まり返った。 「な、な……何を言っているんだ!? 私が父を殺しただと!? 私を陥れようとするのもいい加減にしろ!! 第一証拠はあるのか!?」 静寂を切り裂き、顔もまっすぐホールスを指差す腕も震えているフォイルニスがホールスに向かってそう言い放った。 それを見てホールスは静かに怒っていた。 「証拠ならお前の目の前にいるだろう? それとも忘れたか? 自分が殺した相手の顔も名前も!!」 その場に居る者全てが一斉にどよめく。 フォイルニスは震えたまま口をパクパクとさせていた。 そこへ更にホールスは追い討ちをかける。 「忘れたとは言わせない……。あの日の夜、お前は俺の弟、セトと前王であるエルトを殺した張本人だ!!」 その一言で全員の視線がフォイルニスの方へ向いた。 ブランケイト国の先代国王、エルトは病死したため長兄であるフォイルニスが国王に襲名された。 だがその実は、フォイルニスによる殺害だった。 ある夜、彼はエルトに呼ばれ説教を受けていた。 『王子としての自覚がなさ過ぎる。何故、それほどまでに何事にも怯えているのか』 父であるエルトはいつまで経っても成長の兆しの現れないフォイルニスにそうきつく言っていた。 しかし、エルトの中では彼に次の王位を継いで欲しかったため、自然と厳しくなっていた。 その思いはフォイルニスには届くはずもなく、彼には自分を陥れ、妹であるフィオナに継がせるつもりのように思えていた。 その日の夜、ついにそんな父の恐怖に耐え切れず、剣で自らの父であるエルトを切り捨てた。 その時、悲鳴を聞きつけた側近であるセトは部屋へ駆け込み、その惨状を目の当たりにする。 セトが動揺している間に恐怖に気が触れたフォイルニスはセトの喉元にもその狂刃を突き付け、彼をも一撃で絶命させた。 事が終わり、己のしでかした罪の重さに怯え、他の者達の怒りが自分へ向くのを恐れてフォイルニスは元々彼の親衛隊だった者たちに脅迫まがいの証拠隠滅を行わせるためその場を去り、入れ替わりでホールスがその場へとやってきた。 そこで既に事切れた唯一の肉親である弟の姿を目の当たりにし、自分を救い上げてくれた虫の息エルトの元へ駆け寄る。 その時には既に手遅れで助けられる手立てはなかった。 「息子を許せとは言わない。だが正して欲しい。このままでは息子はいずれ道を誤る。くれぐれも頼んだぞ……」 その言葉を最後にエルトも力尽きた。 そう言われたホールスの心には既にフォイルニスを許す心も、正す思いも微塵もなかった。 尊敬する人を殺し、唯一の肉親である弟を殺されたホールスの心には復讐心のみが溢れかえっていた。 しかし、エルトから様々な知識を学んでいたホールスは静かに怒る。 そこで死んだ者をホールスにし、自らがセトを偽り、『ホールスは何故か親衛隊を辞めた』と嘘を吹聴して回った。 その日から周到に弟の癖を覚え、フリをし目の前にいる憎しみの対象を何度も斬りつけそうになりながら、長い月日たくさんの証拠と人徳を集め、彼の逃げ場がなくなるその日を待った。 ホールスは初めからこれが目的だった。 『フォイルニスという男がいかに卑劣な男なのか』 ホールスはただ、弟と前王の無念を晴らすために初めからこうするつもりだった。 元からセトという人物は存在せず、ホールスが双子という利点を使って全てを偽り続けた。 そうでなければ厳重な城の警備を抜けてフィオナを部屋に戻したり、ホールスが知りえない情報を知っていたりするはずがない。 「黙れぇ!! 貴様の発言だけで証拠になるだと!? それを証明できる者が貴様以外しかいないというのにその言葉を信じろというのか!? 他に知っている者がいるのか? どうなんだ!!」 フォイルニスも必死にホールスの言葉の粗を探す。 確かにホールスが見たと言っているだけなら証拠としては不十分だ。 信憑性があるとは言え出任せの可能性が高い言葉を証拠にすることはできない。 「知っています。あの夜のことは忘れたくても忘れられません……」 だが、意外な人物がそう語った。 その声の人物に目を向けてフォイルニスとホールスは目を丸くした。 「あの日から、私には貴方が兄には……いいえ。人には見えません。まるで恐怖に駆られ逃げ惑う鼠のようです」 そう続けて語ったのは他でもないフィオナだった。 彼女はすぐ近くであった自室からエルトの叫び声を聞き、セト同様部屋の様子を見に行った。 そこでもし、彼女の方が先に着いていたら彼女が殺されていたであろう、上り階段の暗闇からセトが殺される様を目の当たりにした。 フィオナの位置からだと誰が殺されたのかまでは分からなかったが、明かりで照らされたフォイルニスの顔ははっきりと見えていた。 あまりの恐怖で声が出ず、部屋に戻るとすぐに全てを忘れようとした。 しかし、その闇から見えたフォイルニスの狂気に満ちた表情は彼女の心にへばりつき、拭いきることはできなかった。 その日より、兄に抱いた恐怖を一人抱え、誰にも言うことができずに静かに生きてきた。 これがホールスの作戦ならば素晴らしいことだが、当の本人も驚いている以上これは誰も知らない事実だったのだろう。 「フォイルニス王……いえ、兄上。けじめはつけなければなりません。ホールス、ファイスさん。いいですね?」 フィオナはどよめきから一転、静まり返った会場で一人静かにそう語った。 そのフィオナの質問を聞き、ホールスは焦りを見せた。 「駄目だ! 今言うべきではない!」 ホールスが言わせないようにしている事、それこそがフィオナが本来この場で言うべきことだ。 だが、状況が変わったためホールスは止めようとしたが、 「私には既に愛する者がいます。そして私のお腹にもその分身とも言うべき大事な命が宿っています。私はホールスの子を孕んでいます! 私はこの国のしきたりに則り、私の愛する者、ホールスを次代ブランケイト国国王に任命する権利を持っています!」 それを聞いた瞬間全員の顔色が変わった。 フィオナとフォイルニスで話の辻褄が合わないことと、この婚礼自体が無かったことにされそうになっていることに対して、ブランケイトとコンフレスト双方で違った表情を見せた。 フォイルニスは魂が抜けたようにただ呆然と立っていた。 それを見てホールスは少し安心したようだった。 「えー……。ん゛ん゛っ!! フォイルニス国王殿。確か聞いた話では私はフィオナ姫との婚礼に来ていたはずです。しかし……フィオナ殿は身重で、既に婚約者がいる上、私はどうやらこの席にはお呼びではないようなので……私はこの場まで遠路遥々回り道までしてやって来て、恥をかかされたとコンフレスト王に進言すればよろしいのでしょうか?」 咳払いをしてファイスはわざとらしく、フォイルニスを追い詰めた。 その言葉を聞いてフィオナは思わず笑顔でファイスの方を向くと、彼も同様に彼女にウインクしていた。 「分かったか? お前ら。恐らく、フォイルニスにお前達だけは亡命の際に一緒に連れて行くと言われていたから奴に付いていたんだろ? だが実際に俺達が見つけた密書には亡命者の名前は奴一人しか記されていなかった。これが奴の本性だ……」 落ち着いた口調でホールスが彼を押さえていた兵士たちに語る。 すると彼らはあっという間にホールスを押さえていた手を離した。 それを見てからホールスはもう一度フォイルニスを見て、告げる。 「所詮、お前の浅知恵はこの程度だったということだ。覚悟しろ。もうあの時のようには逃がしはしない。場外は俺の優秀な部下がぐるりと取り囲んでいる。エルト様と弟の復讐。きっちりと果たさせてもらう」 既にフォイルニスに逃げ場はなく、こうなった以上、コンフレストの兵士たちも狙いの矛先は最も安全なフォイルニスに向いていた。 だが、窮鼠猫を噛むとあるように、逃げ場を失ったフォイルニスが何をするのかまで考えるべきだった。 「お前は……お前は……。私の……僕の思い通りに動いていれば良かったんだぁ!!」 フォイルニスは大広間に響き渡るほどの怒声をあげ、横にいた兵士から剣を奪い取り、真っ直ぐにフィオナの元へ走り出した。 ホールスが予期していた最も恐れる事態に陥った。 彼にとってフィオナは道具だった。 彼が逃げるために必要で、彼が交換条件を出せるようにした生贄であり、自分よりも優れていたため、部屋に閉じ込めて自分以下にしようとした彼の薄っぺらな自尊心の怒りの捌け口だった。 常に怯え、何も言わなかった彼女が自分に対して反旗を翻したのはこの場にいる中で彼にとって最も屈辱だったのだろう。 そのままフォイルニスはフィオナ目掛けて剣を突き立てて真っ直ぐ走り抜けた。 「死ねぇ!!」 人と人がぶつかる鈍い音と共に、一人が腹にその剣を突き立てられて、倒れた。 「ホールス……? ホールス!!」 彼女を庇うためにフォイルニスよりも先に走り出したホールスがフィオナとフォイルニスの間に割り込んだため、彼が代わりにその剣をその身で受け止めた。 乱心したフォイルニスはすぐに周りにいた兵士たちに押さえつけられ、身動きを取れなくされた。 「いや……! いや!! いやぁぁぁぁあ!!」 地面に倒れたまま動かないホールスにフィオナは駆け寄り、ただただ悲痛な叫びと共に、涙を流した。 ◇ ブランケイト国歴160年、ブランケイト国で執り行われた二カ国をより強固に結びつけるための婚礼の場でコンフレスト国第五王子、ファイスはブランケイト国の反逆により殺害される。 その報告を受け、コンフレスト国は和平条約を一方的に破棄、ブランケイト国への全面戦争を宣言する。 武力、財力共に優れるコンフレスト国の勝利は明白に思われた。 だが、ブランケイト国を含む、経済協力関係にあったその他の貿易国全てがコンフレストとの国交を遮断、資源援助の一切を絶った。 資源供給の8割をその諸国に頼っていたコンフレストは一気に窮地に追い詰められる。 一方、ブランケイトはその経済諸国との親和条約を結び、協力国関係になる。 元々物資の豊かなブランケイト国に武器の技術と屈強な兵士が投入され、形成は逆転する。 ブランケイト国歴161年、後に一年戦争と呼ばれる長き戦争の終焉は突如訪れた。 コンフレスト国はその年、以前から頻繁に起こっていた内乱が激化し、ついにコンフレスト国国王が死去する。 これにより国内はさらに混乱、ツギハギを集めたような集団は我先にと国の自治権を奪い合い、戦争どころではなくなった。 内部崩壊を起こし、ついには国としての形が破綻。コンフレストはついにその地に地名を残すのみで無残に消え去った。 その後、ブランケイト国の所属する親和同盟は元コンフレスト国の土地の沈静化を行い、元々存在した小国の復興に全力を注いだ。 ブランケイト国歴162年、ようやく全ての火種は消え去り、長きに渡るコンフレスト国の世界戦争は幕を閉じた。 そしてこの年、それまでこの混乱で定め直すことのできなかったブランケイト国の正式なる国王の戴冠式が執り行われた。 ここまでが、ブランケイト国史の文献に残る話だ。 ――時を移し、フィオナ現ブランケイト国初代女王の部屋。 そこでフィオナは落ち着きのない様子で溜め息をついていた。 「ねえジャスミン。本当にこの服は似合っているかしら?」 不安そうにフィオナはジャスミンにそう聞いた。 「大丈夫ですよ! フィオナ女王陛下。とても立派な御姿です。その御姿ならあの方も喜んでくれますよ!」 ジャスミンはそのままフィオナの側近としてフィオナの傍に居続けたため、王女となった今もこうして彼女の着付けを行っていた。 そこにはあの日と同じように、純白のブーケのようなドレスに身を包むフィオナの姿があった。 しかし、そのフィオナの姿にはあの日のような思い雰囲気は感じ取られなかった。 何度も何度も自分の姿を見て意気込むが、とても緊張しているのか何度もジャスミンにおかしいところはないか聞き直していた。 「もう! 陛下! このままでは式に遅れてしまいます!」 今日は、フィオナにとって大事な日だ。 主役である彼女は遅れるわけにはいかない。 何度もジャスミンに大丈夫だと言われ、部屋をようやく出たフィオナは若干駆け足で大広間へ向かった。 そして大広間の扉の前で、彼女を待つ一人の男性の姿がそこにはあった。 「ファイス! ごめんなさい! 待たせたかしら?」 フィオナは駆け寄り、部屋の中で待っている人達に聞こえないように小さな声でそう彼に聞いた。 「いや全然待っていないよ! ほんの1時間ほどだ。それよりも早く準備を、俺よりも中にいる人達の方が君のことを待っているんだ」 そう皮肉も交えて語るファイスはあの時とは違い、軍服ではなく、男性用の正装に身を包んでいた。 フィオナは笑顔でファイスの横に立ち、その時を待つ。 少しの静寂の後、部屋の中からは式の進行を行う声が聞こえていた。 「でも本当に嬉しいわ。貴方がここにいてくれるのが……」 フィオナはしみじみと思い出すようにそう言った。 「君があの時、俺の条件を飲んでくれたからだ。君には本当に感謝してもしきれないよ」 するとファイスは少しだけ笑い、そう言った。 その後も二三言葉を交わしていたが、場内から大きな拍手が聞こえ、話すのを止めて真っ直ぐ前を向いた。 「フィオナ女王陛下のご入場です! 横にはファイス現大臣が陛下をお連れしております」 長い通路の中央をゆっくりと歩いていくと割れんばかりの拍手が彼女たちを包み込んだ。 そのまま歩いてゆき、神父のいる祭壇の手前でファイスは止まる。 「俺が送るのはここまでだ。さあ、貴方が本当に愛する人はもっと退屈そうに待っていたぞ?」 そう言い、送り出した。 ファイスが彼女に示した交換条件は、彼女と結婚することではなかった。 『事が済むまで私をこの国に亡命させてくれ。このまま国に帰れば俺は確実に殺されるからな』 フィオナに対し、ファイスがしたお願いの真相はそんなものだった。 そして、亡国の王子は大臣として迎え入れられ、その才能を遺憾なく発揮していた。 フィオナは残りの数歩を噛み締めるように歩いてゆく。 祭壇の前で立ち止まり、確かめるようにそこで待っていてくれた彼の顔の方を向き、見上げる。 すると彼はスッと片膝をつき、畏まった挨拶をした後、しっかりと彼女の顔を見つめた。 「見違える程綺麗だな、フィオナ」 一言そう言うとフィオナと彼は真っ直ぐ前を向き直した。 それと同時に拍手も止んだ。 「それでは只今より、フィオナ女王陛下とホールス総騎士隊長の婚礼の儀、及びホールス総騎士隊長の戴冠式を執り行う!」 そこに立つ神父はそう高らかに宣言すると、また拍手の音が木霊した。 「まさか俺が国王になるとはな……。端から俺は復讐を遂げて死ぬつもりだったんだけどな」 その拍手の喧騒に隠れてホールスは小さくフィオナにそう告げた。 「私には王という座は似合いません。それに私には国を育てていくよりももっと大事な子がいるので。父上の意思を継ぐのは貴方で間違いないですよ」 フィオナがそう語り終わる頃に、拍手は止み、神父の言葉で式が進行し始めた。 そのまま進み、ホールスとフィオナは向かい合う。 「それではお二方、誓いのキスを」 そう言われ、ホールスはしゃがんでフィオナの顔のベールをゆっくりと上げる。 そのまま彼女の腕を取り、顔の高さを合わせて静かにキスをした。 何度も沸き起こる拍手の嵐の中で二人は永遠の愛を誓った。 その後、ホールスはブランケイト国の国王の座に就き、より国を発展させていった。 そしてファイスは今は無きコンフレスト帝国の元だった小国に戻ったコンフレストへと戻っていった。 荒廃していたコンフレスト国を立ち上げるのは困難なことだった。 彼の誠実で直向きな努力とホールスの支援により、コンフレスト国は今では多くの冒険者が集う、冒険者のための国となった。 この先のことはまだ記されていない。 これからのことはホールスが、そして彼の子が紡いでゆくだろう。 限りない未来へと……。 *あとがき [#fe4f3d1d] 初めましての人は初めまして。お久し振りの方はお久し振りです。COMという者です。 今回はフレイムサンダーさんからのリクエストということで書き始めたこの作品。気が付けばリクエストされてから1年以上経過しています。 遅筆でごめんなさい。 一国のお姫様と真相を知るその従者という関係性の二人でしたが、読んだ方はお気に召したでしょうか? 今回はベタにハッピーエンドとさせていただきました。 元々、ハッピーエンドとか純愛とかの方が好きなので自分も楽しく書けたつもりです。 これからはできるだけ早く、そしてリクエストでは短編を書いていくつもりです。 既に読んでいるのか分かりませんがようやく完結することができたことをリクエストしてくれたフレイムサンダーさんにこの場を借りて報告します。 では、また機会がありましたら(´・ω・`)ノシ ---- [[COM]]へ戻る **コメント [#ce9a9c12] #pcomment(鎖のブーケ/コメント,10,below) IP:125.31.113.110 TIME:"2014-11-17 (月) 15:15:46" REFERER:"http://pokestory.dip.jp/main/index.php?guid=ON" USER_AGENT:"Mozilla/5.0 (compatible; MSIE 10.0; Windows NT 6.1; WOW64; Trident/6.0)"