作:[[ハルパス]] #include(第二回帰ってきた変態選手権情報窓,notitle) この小説は特殊な要素(&color(White){自慰、♀×♀};)を含みます。 ---- 「おい………って………」 誰かの声がした。 掴み所のない朧気な意識の中から、徐々に『俺』という存在が浮き上がる。強制的に心地良い忘却の世界から引きずり出されるのは、はっきり言って不愉快だ。 なんだよ、うるせーな……俺はまだ寝ていたいんだよ。安眠を妨害する誰かに、俺は心の中で抗議する。目を閉じたまま闇雲に腕を振って、その誰かを追い払おうとした。 「……と……起きろ……」 声は腕を避けるためか一瞬離れたが、すぐにばたばたと音を立てながら戻ってきた。今度はその甲高い声に加え、顔に風が当たる。まだいるのか、しつこいな。第一俺の顔の前で叫ぶんじゃねーよ馬鹿……。 「ぉお起きろ&ruby(ヤト){夜刀};! 起こせって言ったのお前だろ!」 「……んっ、えっ!? そうだ忘れてたっ!」 大分こっちの世界に戻ってきた意識は、活動し始めた聴覚が自分の名前を捉えたのをきっかけに一気に覚醒した。同時に声の主とその目的も思い出した俺は、勢いよく起き上がった。……すぐ傍にそいつがいるのを忘れて。 「痛ってぇ!」 「ぴぎゃっ、ぐえっ、ぴっ!」 思いっきりそいつにぶつかってしまい、俺は額を抑えて俯いた。なんか火花が見えた気がする。それと悲鳴が聞こえた気がする。三回も。 「夜刀……お前……」 ずきずきする額をさすっていたら、少し離れた場所から恨めしげな声がした。俺はゆっくり顔を上げて、すぐに何が起きたか理解した。 「あー。悪ぃ悪ぃ、&ruby(マメスケ){豆介};」 俺は頭をぶつけるだけで済んだけど、甲高い声と三連続悲鳴の主である誰か――豆介はもっと大変な事になっていた。何しろマメパトである豆介とゾロアークである俺じゃ体格が全然違う。洞窟の壁際で足をひくひくさせながら転がっているところを見るに、俺に頭突きを食らって吹っ飛ばされた挙句、背後の壁にぶつかったんだろう。「ぴぎゃ」が俺に頭突きされた時、「ぐえっ」が壁でバウンドした時、最後の「ぴっ」が下に落ちた時の悲鳴か。……って、冷静に分析してる場合じゃないな。せっかく起こしてくれたのに、悪い事しちまった。 「大丈夫か? 怪我してないよ、な?」 朝っぱらから他人を怪我させました、なんて事になったら寝覚めが悪いなんてもんじゃない。俺は豆介をそっと起き上がらせて、全身を見回しながら聞いた。見た目には怪我はないようだけど、羽根の下まではわからないし。 「うん、怪我はない、みたいだけど……全くもう、気をつけてくれよ夜刀。仮に&ruby(おんな){牝};の子なんだから」 よろよろと立ち上がった豆介は、羽を膨らませて呆れた様子で言った。 「仮にもってなんだよ」 確かに、口調も振る舞いも何もかも&ruby(おとこ){牡};っぽいのは自覚があるから反論はできない。これでも普段の生活で特に不自由は感じてないし、&ruby(おんな){牝};らしくなりたい、なんて考えた事もない。だからツッコミはしたが、それほど気になってなかったりする。 「まあ、明日からは頭突きしないように気をつける。だから明日もよろしく。それと、おはよう」 「ああおはよー……って、明日も起こすのかよ!? いい加減自分で起きろ!」 豆介は俺の顔の位置まで飛び上がって叫んだ。鳥ポケモンらしい甲高い声が洞窟に響いて、俺は思わず耳を伏せた。 「だいたい急にどうしたんだよ。毎日昼まで寝てるようなお前が、急に早起きしだすなんて。何かあったのか?」 豆介の言う通り、俺は朝が苦手だった。というより、寝ているのが何より好きだ。大抵目が覚めるのは空がすっかり明るくなってから、たまに午後まで寝ていたり、二度寝三度寝なんて日常茶飯事。反対に豆介は、他の多くの鳥ポケモンと同じように日の出と同時かそれより早く起きて、日が沈めば眠るというそれはそれは規則正しい生活を送っている。俺がいきなり「朝、お前と同じ時間に起こしてくれ!」なんてお願いしたら、疑問を持たない方がおかしいか。 「い、いや別に……! ほら、心を入れ替えて、規則正しい生活を、だな……」 だからそれは邪推のない、純粋な質問だとわかっていた。でも俺は一瞬ぎくりとして、咄嗟に当たり障りのない答えを返してしまった。 「ふーん。だからって他人に起こしてもらうのはどうなんだよ……俺は元々この時間には起きてるからいいけどさ」 それでも、豆介は一応納得してくれたらしい。地面に着地した豆介は、そう言いながら嘴で羽根を整えていた。 「慣れたら自分で起きるから! だからもうちょっとの間頼む、な!?」 そんな豆介に俺は両手を合わせて、頭を下げた。頭下げたって豆介より低くはならないけど。翼の羽根を直していた豆介は、やれやれと首を振った。 「しょーがないなぁ。今度珍しい木の実でも奢ってくれよ」 「恩に切ります心の友よ!」 持つべきものは友、とはよく言ったもんだな。この場合は持つべきものは早起きで心の広い鳥、ってとこか。 「調子良い奴め! 寛大な心の豆介様に感謝するがよい。……じゃなっ」 豆介は芝居がかった仕草で鳩胸を膨らませる。それから一度身震いすると、小さな翼を忙しなく羽ばたかせて飛び立っていった。俺も背伸びをしてから、のそのそと洞窟の入口へ移動する。俺が外に出た頃には、豆介の姿はもう見えなかった。 朝、と言ってもまだ日は出ていなくて、夜の青さが残っている。この時間に豆介が起こしてくれたって事は今日は晴れだな……。星や三日月の残る空を見上げ、俺はもう一度背伸びをした。ついでに、深呼吸。清々しい早朝の空気は胸いっぱいに吸い込むと気持ちが良い。この気分を味わうためだけにでも、早起きする価値はあるかもしれない。でも、俺が急に早起きを始めた理由はこれじゃない。 「……行くか」 誰にともなく呟いて、俺はまず近くの小川を目指した。 朝露で湿った下草を踏みしめて夜明けの森を歩く。樹上では豆介達のような小さい鳥ポケモン達が、飛び回り囀っていてそれなりに騒がしいけど、俺が歩いている森の中はとても静かだ。夜行性の奴には遅過ぎて、昼間活動する奴には早過ぎる、そんな狭間のような時間。見知った森が別世界のように感じられる瞬間だった。 少し進むと軽やかなせせらぎの音が聞こえてくる。頭上を覆う木々が途切れて、水の匂いが鼻を擽った。 小川に着いた俺は、まずは小川に顔を寄せて水を飲んだ。喉が潤ってから、両手で水を掬い顔を洗う。毛の間をすり抜けて地肌を濡らす冷たい水。その刺激がまだ残っていた気だるさを完全に洗い流してくれて、すっきりした気分になった。 頭を振るって、あらかた水分を弾き飛ばす。再び穏やかになった水面に姿を移して、小綺麗になっているか確認した。……よし、大丈夫だ。鬣がちょっと跳ねてるけど、これはいくら整えたって直らないから諦めてる。そろそろ行くか。 西の方角、森の外れの岩場を目指す。道の途中でオレンとモモンの実を見つけて、朝食用にと三個ずつ採っておいた。両腕に木の実を抱えながら目的の場所へ向かう、その途中で誰にも出会わなかった。 岩場は普段から&ruby(ひとけ){人気};のない場所だ。険しい岩肌が剥き出しになっているし、北向きの斜面のせいで日当たりも悪い。更に岩の性質が脆いので、斜面に住処となる横穴を掘るにも適さないというおまけ付きだ。豊かな森がすぐ側にあるのに、わざわざこんな場所に来る物好きは俺以外いない。ただ、今は先客がいた。 殺風景な夜明けの岩場で、蒼と黒の影が躍っていた。流星のように残像を残しながら素早い格闘技を繰り出したり、制止したかと思えば、間髪入れず蒼白い波導弾を撃ち出したり。周囲への配慮か決して森の方へは向けない。蒼と黒のポケモン、ルカリオの向こうには元は岩だっただろう砂礫が幾つも山を作っていた。 一心に修行するルカリオの姿に見とれつつ、俺は近くの石に座った。 俺が早起きを始めた本当の理由。それは、皆に内緒で早朝ここで修行しているルカリオ――&ruby(カリン){華凛};に会うためだった。 「……夜刀?」 ほとんど音を立てずに近づいたはずなのに、華凛は俺に気づいたらしい。動きを止めて、俺の方を振り返った。最後に放った波導弾が、十数メートル先の岩を綺麗さっぱり吹き飛ばしていた。 「おはよう華凛。邪魔したか?」 「いいえ。そろそろ切り上げるつもりだったから。……おはよう、夜刀」 華凛は淡々と言った。表情にもあまり変化はないが、別に俺が嫌われているとかじゃない。感情表現が苦手なんだと、華凛が前に言っていた。 「ほら。朝飯持ってきた。食おうぜ」 両手に抱えた木の実を見せると、華凛はほんの僅かに微笑んで、俺の元へ歩いてきた。まだ暗い内からずっと修行をしていた、その疲れを微塵も感じさせないしっかりとした足取りだった。 「ありがとう」 華凛は短く礼を言って、俺の横に座った。華凛の修行時間はひとまず終わり。今から休憩も兼ねた朝食タイムだ。華凛は水分の多いモモンの実を手に取ると、 「いただきます」 律儀に言ってから食べ始めた。俺も華凛に倣って「いただきます」を言って、オレンの実を口にする。普段いただきますは言ったり言わなかったりするけど、華凛の前だとちゃんと言わなきゃいけないって気になる。華凛の凛とした雰囲気が伝播するからだろうか。 華凛と二人で木の実を齧りながら、他愛もない話をする。今日は天気が良さそうだとか、木の実の味とか、お互いの身の回りの事とか。尤も華凛は口数の多い方ではなくて、どちらかと言えば無口な方だから、八割くらいは俺が話している。 「なんか俺ばっかり喋って悪いな……」 最後のモモンを食べ終えた頃、ふと俺は話を切る。華凛と話すのが楽しくてつい饒舌になっていた。もし華凛が何か言いたい事があっても、俺に遠慮してずっと黙っていたんじゃないだろうか。不安に思ったけど、華凛はゆっくり首を横に振った。 「そんな事ないわ。私、野生での暮らしを知らないから……だから、もっと聞かせて?」 華凛には人間のトレーナーがいる。華凛がタマゴから生まれた時から、トレーナーの人間が小さな子供の時から、一緒に育ってきた家族のような存在だそうだ。ずっと人間の元で生きてきたから、俺のような野生での暮らしに興味があるらしい。 「わかった。でも華凛も話したくなったら、いつでも言っていいからな?」 ひとまず安心した俺は、途中だった木の実の話を再開した。 「そろそろ、帰るわ」 すっかり明るくなった頃、華凛は空を見上げて立ち上がった。もうこんな時間か……何故だか華凛と一緒にいると、時間の流れが速く感じる。誰かが時間の流れを早回しにしているみたいだ。 「ああ。また、明日な」 俺も華凛に倣って立ち上がり、別れの言葉を交わした。もっと華凛と一緒にいたかったけど、華凛にも都合がある。街にいるトレーナーの元へ帰らなければいけないのだ。 華凛は森の外、人間達の住む街の方へ。俺は森の奥、広場の方へ。反対方向へそれぞれ歩き出す。 もう太陽は昇りきっていて、辺りはすっかり明るくなっていた。とはいえ、時間帯で言えばまだ朝の範囲内だ。 目指す広場は森に住むポケモン達が交流の場としているところだ。情報交換をしたり、待ち合わせに使ったり、特に用はないけどたむろしてみたり。広い森の中で、確実に誰かと出会える場所だった。 「よー、おはよう」 広場に着くと、毛繕いしている友達を見つけて近寄っていく。俺の声を聞いて、濃い紫の耳がぴくりと動いた。 「にゃっはーおはよう夜刀。最近早いにゃー」 レパルダスの&ruby(クロメ){黒瑪};は毛繕いを中断して、のんびりと言った。 「今まで太陽が昇りきる前にここに来る事なかったじゃにゃい。本当どうしたの?」 「心を入れ替えたんだってさ。今んとこ俺に頼りっぱなしだけど!」 またその質問か。既視感を感じながら答えようとしたら、朝と同じ甲高い声がした。黒瑪の陰に隠れて見えなかったけど、豆介も来ていたようで、俺の代わりに答えてくれた。 「へぇー夜刀が。……うん、早く早起きが身につくといいにゃね。僕は応援するにゃ」 黒瑪もその理由で納得してくれたらしい。うんうんと頷き、微笑んだ。騙しているようで申し訳ないが、今更弁解するのも遅い気がする。もうこれ以上この話を続けたくなくて、俺は話題を変えた。 「はろーはろー。皆様ご機嫌麗しゅう」 広場に着いて暫く経った頃だった。不意に聞き慣れない声がした。振り向けば、広場の向こうから一人のチラチーノが優雅に歩いてくるところだった。チラチーノは真っ直ぐこちらへ向かってくる。明らかに俺達を知っているかのような様子だったが、俺達は一様に首を傾げていた。 この森にもチラチーノは住んでいるし、俺達の共通の知り合いであるチラチーノも何匹かいるけど、歩いてくる姿はその誰にも該当しないのだ。せいぜい声のトーンから性別が&ruby(おんな){牝};だとわかるくらい。知らないチラチーノはスカーフのような純白の飾り毛を揺らしながら、お上品な足取りで俺達の間に馴れ馴れしく割り込んできた。 「誰にゃお前」 黒瑪が顔を顰めてチラチーノから距離を取った。尻尾が大きく早く振られているのは、馴れ馴れしい態度を不愉快に感じたからか。のんびりしている割に、黒瑪は感情が表に出やすい。主に尻尾に。 「あらご挨拶ね。久しぶりに会った仲間への第一声がそれ?」 チラチーノは怯む事なく言い返した。このどことなくお嬢様っぽい口調と態度、どこかで見覚えがあるような……俺は記憶の糸を辿り、ある答えに行き着いた。 「お前(&ruby(シズク){雫};じゃねーか! 進化したのか!」 俺が懐かしい名前を叫ぶと、チラチーノは大きく頷いた。正体がわかってみれば、逆になんですぐわからなかったんだろうとさえ思えてくる。 「うふふ、そうよー。チラーミィとチラチーノはそんなに変わらないのに、気づくのに随分時間のかかったこと」 「にゃんだー、雫かー。警戒して損した」 「久しぶりだな! 元気そうじゃねーか」 黒瑪は尻尾の動きを止めて、一転して笑顔になった。喉までごろごろ慣らして、久々の再会を喜んでいるのがわかる。もちろんそれは俺も同じで、自然と笑みが零れた。 「ええ。皆もあまり変わりないようで何より。夜刀は相変わらず、&ruby(おとこ){牡};っぽい言葉遣いが治らないわねぇ」 俺達一人一人の顔を見回すと、雫は口元を押さえてくすくすと笑った。チラーミィだった頃と同じ仕草だ。 「今更治す気もねーよ」 俺のこの口調は昔からの習慣だ。小さい頃から&ruby(おんな){牝};の子よりも&ruby(おとこ){牡};の子とよく遊んでいたせいか、自然と&ruby(おとこ){牡};っぽい口調になっていた。この方が俺に合ってると思うし、気に入ってる。&ruby(おんな){牝};っぽい喋り方はこう……背筋がぞわぞわっとするんだよなぁ。他人が喋ってるなら気にならないんだが。俺が「私」って言ったり、雫みたいにお淑やかな口調で話したり……うん、気持ち悪いな。 「そうそう。夜刀が急に&ruby(おんな){牝};の子っぽく喋ったら気持ち悪いし。どうかしちゃったのかと思うよにゃ」 「なっ……そこまで言わなくてもいーだろっ、黒瑪!」 俺が心の中で頷いていたら、黒瑪がストレートにのたまった。自分で思うならともかく、他人に言われるとムカつく。 「まあまあ。でもその言葉遣いじゃ、将来好きな子ができた時に困るんじゃないかしら?」 雫が俺を宥めながら、却って状況を悪化させる言葉を発した。こいつ、俺を落ち着かせたいのか煽りたいのかどっちだよ。 「ないない。夜刀に限ってそんな事にゃい」 案の定、黒瑪が前脚を振ってからかうように言った。 「いや、わかんないよ。以外と乙女ちっくになったりして」 今度は豆介も加わって言いたい放題だ。もう大人しくしていられず、俺は雫の制止を振り切って言い返した。 「お前らいい加減にしろよ! 黙ってやってりゃ好き放題言いやがって!」 「あ、照れてる?」 「照れてねぇぇぇ!」 「はぁーいどうどう。落ち着いてね夜刀」 「誰のせいでこうなったと思ってる!」 涼しい顔で俺の腕を引っ張る雫にも、思いっきり叫んでやった。 でも、こんなくだらないやりとりをするのも、よく考えてみれば半年ぶりか。この雰囲気が懐かしかった。 ……そういえば、華凛には好きな&ruby(おとこ){牡};がいるんだろうか。ふと、華凛の顔が脳裏をよぎった。あいつは、どんな&ruby(おとこ){牡};が好きなんだろう。 「ところで、どうして戻って来たのにゃ雫。トレーナーに愛想尽かしたとか?」 黒瑪が雫に向き直り話題を変えたおかげで、俺は華凛の事をこれ以上考える事ができなかった。 黒瑪の言う通り、チラーミィだった雫は半年前に突然「私今から旅に出るわ! 皆様ご機嫌よう!」とか言って、トレーナーになったらしい人間の&ruby(おんな){牝};と一緒に森から出ていったのだ。この森の住人は余所と比べて人間に対して友好的らしいから、皆別に引き止めたり悲観したりはしなかった。むしろ、新たな旅立ちへ向かう雫を応援していたくらいだ。人間に対して友好的らしいというのは、これが他人から聞いた話だから。実は俺はまだこの森を出た事がない。外の世界を知らない。 「まさか。ご主人も他のチームメイトもとっても良い子ばかりよ。話したい事があったから、ご主人にお願いして自由時間をもらったの。快く見送ってくれたわ」 雫は一端言葉を切ると、こほんと咳払いをした。 「私ね、ミュージカル女優なのよー」 ふふん、と自慢げに胸を張る雫。でも、俺達は雫の望んでいるだろう反応を返す事ができなかった。 「みゅーじかる?」 俺は聞き慣れない言葉に思わず鸚鵡返しをした。黒瑪も豆介も知らないようで、目をぱちぱちさせている。しかし雫はこの反応を予想していたのか、特にがっかりした様子もない。 「ミュージカルっていうのは、人間達の世界の娯楽。ステージの上で歌って踊って、それを大勢の人やポケモンに見てもらうの。と言っても、まだまだ駆け出しだけどねー」 「ほー」 雫が説明してくれたけど、森とはかけ離れた世界で、正直想像するのも難しい。ただ雫は人前で歌ったり踊ったりするのが昔から好きだったから、心から楽しんでやっているのは間違いないだろう。 「そのみゅー……みゅーじかる女優ってやつになったのはすごいけど、わざわざそれを自慢するために帰ってきたのか?」 豆介がたどたどしく言って雫を見上げる。雫はまたくすくす笑い、首を横に振った。 「ううん、ここからが本題。今日はこうやって皆の顔を見に来れたけど、それも暫くはお預け。……私達、スキルアップのためにポケモンコンテストに挑戦する事になったの。あ、ポケモンコンテストっていうのは、ポケモンの技や見た目の美しさを競う人間達の世界の競技ね。それで、私達はポケモンコンテストの本場、ホウエンっていう海の向こうの遠い地方に行くのよ」 「海か。すげーな」 海。話には聞いた事があるが、当然森を出た事のない俺は見た事がない。向こう岸の見えない大きな大きな水溜まりが、延々と広がっているらしい。これもちょっと想像がつかない。……そうか、雫は俺の知らない世界を、もういくつも知っているんだな。なんだか雫が急に大人びて見えた。 「だから、出発前のご挨拶に来たのよ」 雫は寂しそうな、しかし同時にどこか晴れやかな笑顔で言った。生まれ育ったイッシュの地を離れる寂しさと、まだ見ぬ世界への期待がない交ぜになっている、といったところか。雫は続けた。 「もらったお休みは今日いっぱい、今日の夜にはご主人が迎えに来てくれるの。だからそれまで、いっぱい皆とお話したいわ」 「そりゃ僕達だって! 雫が外でどんな体験をしたか聞きたいにゃー」 黒瑪の言葉に、俺と豆介も同意した。話したい事も、聞きたい事も山ほどある。 「じゃあ何から話そうかしら。ええっと――」 こうして俺達は日が暮れるまで、旧友との会話を楽しんでいた。 ---- 夜。雫や皆と別れ住処の洞窟に帰った俺は、ごろりと横になって天井を見上げていた。夕食の木の実を食べてしまえば、後はもうやる事はない、寝るだけだった。うん、明日も早いし、さっさと寝るとするか。 眠りにつくために目を閉じてじっとしていると、頭の中に昼間の出来事や取り留めのない考えが次々浮かんでは消えていく。寝入るまでのこの時間、最近は華凛の事をよく考えていた。それは外の世界から来た華凛が、満ち足りているが劇的な変化の少ない森での暮らしに、新鮮な風を送り込んでくれたからだと俺は考えている。そういえば、まだ華凛と出会って少ししか経っていないんだっけ。 瞼の裏に映る映像と、耳の奥で木霊する言葉を頼りに、俺は華凛との出会いを思い返していた。 俺が初めて華凜と出会ったのは、十日ほど前の事だ。 仲間に認識されている通り普段は昼まで寝ている俺が、あの日はたまたま早く目が覚めた。当然二度寝しようとしたが、どうにも目が冴えて寝直せなくて、ならば気分転換にと散歩に出かける事にしたのだ。そしてどうせなら、普段行かないような場所に行ってやろうと。そんな軽い思いつきで岩場に向かった俺は、そこで修行をしている華凛を見つけた。今でも不思議に思うけど、偶然に偶然を重ねた奇跡としか思えない出会いだった。もし俺があの日早起きしなかったら、散歩に行かなかったら、目的地を西の岩場にしなかったら、そして華凛が修行に来ていなかったら。俺と華凛の世界は重なる事もなく、互いの存在さえ知らないまま生きていったんだろう。 踊っているかのように岩の間を跳びながら、拳を、蹴りを鋭く繰り出す蒼と黒の流星。ただただ綺麗だと、思った。 蝶のように舞い蜂のように刺す、なんて言葉は、まさにあいつの動きを指すんじゃないだろうか。時間の経つのも忘れて、俺は茂みの奥からあいつの動きに見惚れていた。あいつは俺に気づいた素振りも見せず、太陽が昇りきる前に岩場から去って行った。 翌日も、あのポケモンの事が妙に気にかかっていたせいか、早朝に目が覚めた。同じ時間、同じ場所にあいつがいる保証などどこにもない。にもかかわらず、俺は岩場に向かった。 願いが通じたのか、あいつはいた。俺は今度は念の為レパルダスに化けて、やはり茂みの奥からあいつを見ていた。邪魔をしたくないのと、あいつが見知らぬポケモンだった事とで、声をかける事はできなかった。名前も、種族すらも知らないあいつは、昨日と同じように明るくなった頃立ち去った。帰る間際にちらりと俺の方を見たような気がしたけど、特にそれ以上の行動は起こさなかったから、俺は気のせいだと思う事にした。 慣れない早起きは続かなくて、次の日は寝過ごしてしまった。ハーデリアの姿を借りて岩場に着いたのは、太陽が昇りきった頃。そこにあのポケモンはいなかった。二日ともこの時間には既に帰っていたから、だいたい予想はしていた。ただ予想していたとは言え、殺風景な岩場で動く影を探さずにはいられなかった。しんと静まり返った岩場で、俺は空虚な寂しさを抱えて立ち尽くしていた。 もう一度、あいつの姿を見たい。もしかしたら昨日を最後に、岩場にはもう来ないかもしれないけど、それでももう一度だけ確認したかった。 俺は友達の豆介を捕まえて、朝起こしてくれるよう頼み込んだ。突然の俺の頼みに豆介は、正に豆鉄砲を食らったような顔でびっくりしていたけど、ついでだからと快く引き受けてくれた。 次の日。早速朝起こしてもらった俺は、今度はチラーミィに化けて例の場所に行った。今日はあいつがいるだろうか。岩場に着き、木陰から様子を窺おうとした瞬間、俺のすぐ足元で波導弾が爆ぜた。 「誰なの」 「ッ!?」 突然の出来事に俺が対応できないでいると、すぐそばで声がした。それが初めて聞いた掛け声以外のあいつの声だった。凛とした姿に似合う、透き通るような綺麗な声だった。 「三日前も、二日前も来ていたでしょう。昨日は来なかったから、偶然かとも思っていたけど、今日また来たって事は私に何か用があるんでしょう?」 しかし綺麗な声は警戒を含んでいた。幻影が見破られたらしいという事がショックで、俺は動揺を隠せないでいた。姿を変える時は岩場から離れた場所で行っていたから、化ける現場は見られていないはずだ。けどだとしたら、どこで見破られたんだ? 匂いか? いや、化かす事に特化したゾロア種は体臭なんてほとんどないし、風下を意識していたからその可能性は薄い、はずだ。 「何の事、」 もしかしたらこの場に来るポケモンが俺以外いなかったから、だから気配を感じた時に、前来たのと同じポケモンだと思ったのかもしれない。今ならまだ誤魔化せるだろうとしらばっくれてみた俺の言葉を、あいつはぴしゃりと遮った。 「とぼけないで。違う姿に見えるけど、発せられる波導が同じなの。……何の目的で私の所に来ているの?」 言い逃れはできない。完全にばれている。それに、誤魔化してもますます怪しまれるだけだ。そう悟った俺は、正直に話した。たまたま見かけた知らないポケモンが、その舞踏のように修行している姿が、純粋に気になってここに通っていた事を。 「だから、別に深い意味はないんだ。でも、ずっと隠れてたんじゃ怪しまれるよな……ごめん」 幻影を解き本来のゾロアークの姿に戻った俺は、素直に謝り頭を下げた。許してもらえるか、不安だった。 「……こちらこそごめんなさい、問い詰めるような事をして。色々あって、気が立っていたから……」 あいつは暫く黙っていたが、静かな声で逆に謝ってきた。顔を上げれば、何故か俺以上に落ち込んだ様子のあいつが目に飛び込んできて、焦りを感じた。 「いやいや、謝るのは俺の方で、あんたが怒るのは当然だろ? 謝らなくていいって! それに俺が余計に悪い奴みたいじゃねーか、いや悪かったとは思ってるけど、あ、とにかく落ち込むなよ、な?」 「でも……」 あいつの目に、俺はよほど必死に映っていたらしい。顔を上げたあいつは、「ふふっ」と控え目に笑った。それが俺が初めて見た、あいつの笑顔だった。俺も自分の必死さが急におかしくなって、気づけば一緒に笑っていた。 「俺は夜刀。ゾロアークだ」 「私の名前は華凛。種族は、ルカリオ」 ひとしきり笑った後、互いに自己紹介をした。名乗った後で、どうして他のポケモンに化けていた俺を見破れたのかをあいつ――華凛に聞いてみた。ハドウがどうとか言っていたけど、俺には何の事だかさっぱりわからなかったから。 「私達ルカリオには、波導っていう気の流れが見えるの。それは生き物の個体ごとに異なっていて、例え見た目を変えても波導まで変える事はできないわ。だから、同じポケモンだとわかったのよ」 華凛はもったいぶらずに、わかりやすく説明してくれた。つまり、生き物の本質みたいなものが見える華凛に、俺の幻影は最初から通じていなかったらしい。そんなポケモンに出会ったのは初めてで、俺はますます華凛に興味を持った。 「そうなんだ。……あのさ、華凛。また、ここに来ても良いかな?」 少し打ち解けたとは言え不快な思いをさせてしまったから、断られるかもしれない。もしここでNOと言われれば、俺はこれ以上華凛には関わらないつもりだった。 「ええ。あなたが良ければ。私、暫くは毎朝ここに来るから」 拒否されるのを覚悟していた俺だけど、意外にも華凛は了承してくれた。俺はただ嬉しくて、何度も礼を言った。そして明日来る時は、手土産に朝食の木の実を持ってくると約束して、俺は華凛と別れた。 あれから華凛と随分仲良くなった気がする。でも、華凛の事は仲間の誰にも話していなかった。理由は最初に仲間を紹介しようかと提案した時に、大勢との人付き合いが苦手だからと華凛に遠慮されたのがひとつ。もうひとつ、これはさっき思い至った事。それは隠し事なんて今までした事がない俺が、初めて持った秘密だったから。子供っぽいと言えばそれまでだけど、俺と華凛の二人きりの秘密、と考えると妙に胸が高鳴って、嬉しくなってしまう。宝物のように、大切にしたくなる。誰も知らない、俺と華凛だけの――そう考えていると、ふと奇妙な切なさも感じた。でもそれは今まで感じた事のない感覚で、俺はその切なさの意味がわからなかった。 ---- 「私のマスター。入院しているの」 旧友と再会し、また別れた翌日。今朝も豆介の助けを借りて早起きした俺は、修行を終えた華凛と話をしていた。 「……!? どういう事だ?」 今日は珍しく、華凛の方から話を始めていた。しかもトレーナーが入院しているという、決して軽くはない話。入院という言葉自体は、ポケモンセンターに世話になった仲間を通して意味は知っていた。俺が知りたいのはその理由だ。俺は華凛のトレーナーについて、簡単な生い立ちと人柄と、華凛以外のポケモンを持っていない事、後は旅をしているけど、今は理由があって一か所に滞在している事くらいしか知らない。その滞在の理由が、入院だったとは。 「足を痛めていたのよ。……あの時。私達は、変な組織の連中に絡まれてバトルをしていたの」 俺に促されて、華凛は話を再開した。 「でも、相手は一度に何人ものポケモンを放ってきて。私はなんとか戦っていたんだけど、一人の攻撃を受けた時に体勢を崩してしまった。その隙をついて、別のポケモンに攻撃されそうになった時……マスターが身を呈して私を助けてくれたの。幸い相手の攻撃は当たらなかったけど……馬鹿ね、人間のくせに、ポケモンである私を庇うなんて。怪我をするのなんてわかりきっているのに。彼、昔からそうなのよ。私の事となると、本当に一生懸命になってくれる」 自分のトレーナーについて話す華凛。馬鹿という言葉を使っていても、悪意や罵りは一切含まれていない。華凛は大切な記憶を見守るように目を細めていた。 なんで、そんな顔するんだろう。俺が目の前にいるのに、ここにいないトレーナーの事を想って、見た事もないような優しい顔をする。華凛にとって、トレーナーはどんな存在なんだろう。もしかしてただのトレーナーとポケモン、それ以上の想いを持っているんじゃないのか? ――あれ。……俺、今嫉妬した? 何に対して? ずっと華凛と一緒だったトレーナーにか? ……どうして? 俺は不意に湧き上がった感情を、どう処理していいかわからなかった。 「騒ぎを聞いた他の人間達が集まってきたから、私達はそれ以上の攻撃を受けずに済んだわ。でも、マスターは私を助けた時に足を痛めて……足の骨にヒビが入ってしまって、その日のうちに入院。私はマスターが入院している間、少しでも強くなれるようにと思って、ここに修行に来ていたのよ。せめて彼を守れるくらい、強くなろうとして。あなたと出会ったのは、その数日後だった」 華凛の言葉もどこか遠くで響いているようで、まともに頭に入って来ない。ちゃんと仕事しろ俺の耳、いや怠けてるのは頭の方か? 「でも、ここでの修行も明日でお終い。マスターの退院が決まったの。明日になったら、私達は旅を再開するわ」 混乱した俺に追い打ちをかけるように、華凛は予想だにしない事実を告げた。それはつまり、もう華凛に会えなくなるという事。華凛はここを去ってしまう。トレーナー持ちと聞いて、いつか来るとは予期していたけど、いざ突きつけられると受け入れる事ができない。 「だからここに来るのも、明日が最後……」 「悪い、華凛」 最後、という言葉が強引に耳に捻じ込まれてくる。これ以上話を聞いているのが辛くなって、俺は立ち上がった。急な動きに華凛の言葉が途切れる。 「……俺、今日はもう行くわ」 「夜刀?」 華凛の淡々とした声が、今は僅かに戸惑っているのがわかる。わかったけど、俺は華凛の顔を見る事ができなかった。俺は俯いたまま、足早に岩場を後にした。華凛の視線を背中に感じたけど、振り返らなかった。 ---- 今朝、一方的に華凛との会話を切り上げた俺は、洞窟の中で何度も寝返りを打っていた。傍らには齧りかけのナナシの実が転がっている。何か食べなければと思って手に取ってみたものの、結局食欲が湧かずに一口齧っただけで放ってしまった。 今日は広場にも行かなかった。誰かと話したい気分じゃない、むしろ一人になりたかった。日課である木の実採りにも行っていない。無造作に転がっている少々皺の寄ったナナシは、非常用に蓄えていたものだ。 もう外は完全に暗くなっていて、洞窟の入口からぼんやりと月明かりが差している。虫と風の音以外は何も聞こえない、静かな夜だった。 邪魔するもののいない俺だけの空間で、俺はずっと華凛の事を考えていた。どうしてあんな別れ方をしてしまったんだろう、もう華凛と一緒にいられる時間は限られているというのに。明日の朝、謝れるだろうか。許してもらえるだろうか。ああもしかしたら、こんな俺に愛想を尽かしてしまって、華凛はもう岩場に来ないかもしれない。そんな事になったら、もう俺は二度と華凛に会えなくなる。話す事も、触れる事も、笑顔を見る事もできなくなる。 「嫌だ……そんな……」 思わず口をついて出た声は自分でも震えていた。だけどそれが気にならないくらい、胸が苦しかった。胸の苦しさは締めつけられるようでもあったし、引き裂かれるようでもあった。本当に心臓かどこかが悪いんじゃないかと思えるほど、胸の痛みは現実味を帯びていた。果ては手先まで痺れるような感覚に包まれて、俺は身体を襲う責め苦に悶え苦しんだ。 明日もし華凛に会えたら、思い切って一緒に連れて行ってくれるよう頼んでみようか。苦しみの中、ふと思いついたひとつの光。 上手くいけば、華凛と離れ離れにならずに済むし、俺の知らない世界も見られる。良い事ずくめ、失敗しても、何もしないよりは遥かに良いし、どうにか諦めもつくだろう。一見名案に思えたけど、いまいち気が乗らなかった。何故だろう。俺は自分の感情を探った。 ……そう、上手くいけば華凛と離れ離れにならずに済む。けれどその代わり、華凛と、華凛がおそらく特別な想いを抱いているトレーナーが仲良くしている姿を、嫌でも目にする事になる。俺にとって、それは華凛と別れるよりずっと辛い事に思えた。耐えられず、気がおかしくなってしまうかもしれない。 ここまで考えて、俺は唐突に理解した。ずっと俺を取り巻いていた妙な感情の正体に。 俺、華凛の事、好きなんだ……。 俺は同性である華凛に対して、本来異性に対して抱くはずの気持ちを抱いてしまったんだ。それで全て説明がつく。 仲間に秘密にしていたのは、同性に恋心を持ってしまったのを悟られたくなかったから。華凛に好きな&ruby(おとこ){牡};がいるか気になったのは、願わくば華凛の「好き」の対象が俺であって欲しいという、淡く身勝手な願いが心の奥底にあったから。華凛のトレーナーに嫉妬したのは、恋敵として、だ。尤も、俺に勝ち目なんてあるわけがないけど。性別という壁は、あまりにも高く分厚い。 元々&ruby(おんな){牝};の子に対して興味を持っていたとか、そんな事は一切なかった。というより、俺は今まで誰かに恋愛感情を持った事すらなかった。初めて好きになってしまった相手が、たまたま同じ&ruby(おんな){牝};だった、ただそれだけ。 「華凛……」 華凛に対して「好き」を意識した瞬間。身体の奥、下腹部がずくりと疼いた。このまま放っておいても収まりそうにない熱が、滲む。 「……ごめん」 俺は記憶の中の華凛に謝って、そろそろと下腹部に右手を伸ばした。幻影で洞窟の入口は隠したから、この行為は誰にも見られる事はない。 「……ぁ、」 秘部に触れた指先が、そこがほんのりと湿り気を帯びているのを伝えてきた。身の奥から湧き上がる欲求に突き動かされて、俺はゆっくりと、割れ目をなぞる。 「んっ……はあっ」 初めは遠慮がちだったが、淫らな喜悦を感じ始めると指の速度が滑らかになる。刺激に反応して溢れ始めた蜜が、くちゅくちゅと卑猥な音をたてた。十分に濡れたのを確認して、割れ目の中に指を一本滑り込ませる。 「く、あぁ……」 閉じられた場所に確かな質感を持ったものが入り、ぞくぞくとした痺れが下腹部を支配する。――もし、これが華凛の指だったら。華凛が俺に触れてくれたら。俺は指に蜜を絡めて抜き挿しし、更なる快楽を煽った。 下腹部から全身に伝わっていく熱に身を委ね、目を閉じる。脳裏に浮かぶのは華凛の姿。――俺、最低だ。華凛を使って自慰をしているなんて。頭ではわかっていても、指の動きは止まらない。だんだん強く深くなっていく快感に、思わず左手で胸の飾り毛をぎゅっと握った。いつの間にか指は二本に増え、激しく秘部を前後していた。 もう少し。このままじゃ物足りないんだ、華凛。 「あぁっ……!」 俺はもう一本の指を秘部の上、硬くなった小さな突起に当てた。敏感な秘豆はそれだけで、電流のような快感を脳に送り込んでくる。割れ目に埋まった指は前後運動からかき回す動きに変え、俺は秘豆を重点的に弄った。蜜を潤滑液にして秘豆を捏ねれば、更なる強い刺激に腰が跳ねた。 もうすぐ、イケる。快楽以外何も考えられなくなった真っ白の思考に、やはり浮かんでくるのは華凛の顔。 「はあっ、はぁ、華凛……!」 「何?」 ……え。 高みに到達しようとする、正にその時。無意識に口走った華凛の名に、あるはずのない返事が返ってきた。驚愕して入口を振り向けば、おい嘘だろう、当の本人が立っていた。状況が飲み込めず、俺の中の時間が完全に止まってしまう。 「ばっ……お前、なんでここがっ……!」 華凛には住処を教えていない。そもそも入口は幻影に隠されていて、外から見ても誰もわからないはず……いや、忘れていた。華凛に幻影は通じないんだっけ。 「あなたの波導を探して、辿ってきたの。どうしても伝えたい話があって来たのだけ、ど……」 華凛が近づいてくるのを見て、はっと我に返った。慌てて指を引き抜き、足を閉じたが手遅れだった。華凛の目が見開かれ、息を飲む音が聞こえる。華凛の視線の先には息を荒げた俺と、俺の下にできた粘度を持った水溜まり。第一洞窟に満ちる独特の匂いは隠しようもない。 ……見られてしまった。全身を巡っていた熱は一瞬にして消え、代わりに冷たい絶望感が俺を支配していく。 百歩譲って、自慰を見られただけなら。一人で欲求を処理しているだけだと察してくれるだろう。決して見られていいものではないが、少なくとも理解はできるはずだ。だけど俺は……。 「はは……気持ち悪いよな、俺……」 同性である華凛を想って、華凛の名を叫んでいる所を見られてしまった。どんな言い訳も屁理屈も意味を為さない。 比喩ではなく、今すぐ消えてしまいたかった。もし華凛がルカリオじゃなかったら、幻影を使ってこの場から逃げる事ができたかもしれないが、波導の見える華凛には俺がどう化かそうが見破られてしまう。どこにも逃げ場なんてなかった。 「幻滅、したよな……こんな、俺なんか、」 涙が溢れてきて止まらなかった。華凛はどう思っているだろうか? そんな事、考えるまでもなかった。同性の俺が、自分を自慰のネタに使っているなんて、気持ち悪くて堪らないだろう。その証拠にほら、華凛は何も言わない。惨めな俺をただ見据えているだけ。 絶対に嫌われたくなかったのに。俺は自ら華凛との関係に幕を下ろしてしまった。ああ、こんな事になるなら、最初から華凛に出会わなければよかった。 「もし……嬉しい、って言ったら?」 絶望と悲しみに呑まれた俺の耳が、不可解な言葉を捉えた。 「え……?」 次の瞬間、俺の唇に温かいものが触れた。目の前には、互いの鼻先がぶつからないよう俺とは逆方向に傾いた華凛の顔。華凛の手が、俺の両肩に添えられていた。何がなんだかわからなくて、再び俺の時間が止まった。 華凛にキスされている。そう気づくのにしばらくかかった。俺が泣き止んだのを確認してか、ゆっくりと離れていく華凛。その表情に嫌悪感はなく、微笑みさえ浮かべていた。 「なんで……」 どうしてキスなんか? どうして俺を嫌わない? 頭の中を巡る疑問符。聞きたい事がたくさんあって、上手く言葉にならない。 「ねえ夜刀」 口をぱくぱくさせる俺を前に、華凛は静かに言った。 「私が、同じ&ruby(おんな){牝};の子に恋してるって言ったら、おかしいと思う?」 真っ直ぐに俺を見つめる瞳が潤んでいる。華凛の言葉の意味を悟って、俺の中の冷たい絶望が、跡形もなく綺麗に溶かされていくのを感じた。信じられない、そんな都合の良い話。でも目の前の華凛は嘘なんてついてない。 「……おかしいって言ったら、俺自身も否定する事になっちまうじゃねーか」 「そうね。軽蔑されるのが怖くて、ずっと気づかないふりをしていたの。でも同じ気持ちだったってわかった今は……好きよ、夜刀」 華凛がふわりと俺に抱きついてきた。胸の棘は傷つけないよう波導で覆われているらしく、お腹辺りの体毛が見えない気の層に押されて沈んだ。 俺より背の低い華凛は、胸元に顔を寄せる形で落ち着いた。ああこれじゃ、ばくばく鳴ってる心臓の音が丸聞こえだ。 「俺、あんたがトレーナーの事が好きなんじゃないかと思ってた」 華凛の体温と息遣いを感じながら、朝から気にかけていた事を口にした。顔も知らないそいつに嫉妬してました、なんて恥ずかしくて言えないけど。 「もちろん好きよ。かけがえのない大切な家族としてね。……でも夜刀は、別の意味で好き。大好き」 華凛は背伸びをしてもう一度唇を重ねてきた。たださっきと違うのは、触れ合うだけじゃなくて、もっと深いものであるという事。 華凛の舌が俺の口内に滑り込んでくる。今にも溶けてしまいそうなほど、それは柔らかくて温かい。何より、優しかった。 俺の口の中で動く、俺のものじゃない舌。強引さは微塵もない、華凛らしい控え目な動きで俺を味わっている。俺も応えようと、自分から華凛のそれに舌を絡めた。押し返すのではなく、愛おしさを込めて撫で擦る。華凛が地面に置かれていた俺の手を取り、重ねようとしたので、先手を取ってその手を握ってやった。 「はぁっ……」 「んっ……」 角度を変える度に漏れる吐息は、もうどちらのものかわからない。脳内に甘ったるい霞がかかって、意識が浮遊する。それでも柔らかい唇と絡まる指先が、華凛の存在をくっきり描き出していた。一旦治まっていた官能の種火が、酸素を与えられたかのように大きくなっていく。 混じり合った互いの唾液を、俺は躊躇う事なく嚥下した。他人の唾液を飲むなんて、普通に考えたらぞっとするほど浅ましい行為のはずなのに。華凛のものなら全然気にならなかった。 やがて、名残惜しげに離れていく俺達の吐息。別れ際の挨拶のように、華凛は最後にちゅっと音を立てて唇を吸った。 「私……夜刀が毎朝来てくれて、嬉しかった」 蒼と黒のしなやかな腕が、肩と背に添えられる。 「トレーナー持ちで、あんまり愛想が良くないのに、夜刀は笑顔で私に接してくれて……。途中から、あの場所へは修行のためじゃなくて、夜刀に会うために通っていたの」 華凛の手に力が入り、俺の身体がゆっくり後方に沈む。自然な流れで、華凛に押し倒された形になった。 「ねえ。私から、しても良い?」 俺の上で、華凛は意外に積極的な事を言う。こいつ、控え目なくせにやる時はやるタイプなのか。 「その……途中、だったでしょ? 私が邪魔しちゃったから……」 「あ……」 華凛の言葉に、バツが悪くなって目を泳がせた。良い雰囲気になってたけど、そもそも華凛が来た時、俺はあられもない姿を晒してしまっていたのだ。 「悪かったな。……華凛がしてくれるって言うなら、任せる」 俺の方も華凛に負い目を感じて、主導権を譲った。 「ありがとう」 さっそく、華凛の手が動き始める。俺のふかふかした胸の飾り毛を掻きわけて、探るように触れてくる。丸く撫でるように柔らかく揉まれる。優しい手つきに、身体が火照っていくのを感じた。 「意外に胸、あるのね」 華凛がほんの少し、驚いたような声を出す。飾り毛のせいで目立たないが、俺の胸は大きい方、だと思う。少なくとも華凛に比べたら。&ruby(おんな){牝};らしい華凛より、俺みたいな奴の方が大きいっていうのも変な話だ。でもこれ、普段の生活じゃ邪魔にしか感じないんだけどな。 「ん、まあな……うあっ」 と、華凛の指先が一点に触れ、肩が跳ねた。ぱちりと瞬きをした華凛は急に悪戯っぽい目になり、見つけたもの、俺の胸の頂点を指で押して小刻みに動かした。突然の強い刺激に身体がびくびくして、抑えきれない喘ぎが漏れる。そんな俺の反応が面白いのか、華凛の攻め手は大胆になる。指の間に挟んでみたり、軽く引っ張ってみたり。その度に変化する快感の波に、俺は翻弄された。大胆なのに乱暴さの欠片もない、繊細な指遣い。 「あなたが感じてくれてるの、波導で伝わってくるわ……嬉しい……」 「はぁっ、んな事まで、わかんのかよ」 溜息と共に放たれた華凛の呟きに、俺は暫くぶりに喘ぎではない、意味を持った言葉を返した。もしかして、今まで俺の感情が筒抜けだったりするのか? 恥ずかしいどころじゃない。 「余裕あるのね」 「ひゃんっ!?」 だが、俺の言葉はまた奪われる。いつのまにか下腹部に伸びていた華凛の手が秘部に触れたのだ。すっと表面をなぞられただけで、自分でも想像しなかった声が上がってしまった。 「他人の心を覗くような行為が嫌で、普段は使わないようにしているのだけど。相手の感覚を知れるって、便利なのね」 胸への刺激だけで、秘部はすっかり潤っていた。俺の身体を気遣ってくれているのか、慎重に埋め込まれてくる指。 「ちょ、待っ、ふあ、あぁっ」 僅かに前後するだけで、上ずった声が出てしまう。 「どうやったらあなたに気持ち良くなってもらえるか、確かめられる」 それは自分でする時とは段違いの快感だった。予想のつかない動き、自分のとは違う質感の指、何より愛し愛されている相手にされているという事。身体だけじゃなくて、心にも気持ち良さが染み渡る。だんだん高まっていく官能が俺を捉えて、押し上げていく。 「ここ、かしら」 しっとりと丁寧に中を探っていた華凛が、俺の弱点を見つけた。そこを中心に撫で擦られると、途端に苦しいまでの喜悦が駆け上がり、快感の波が限界を越えて決壊する。 「あ、だめっ……ふあああああっ!!」 意識が白く染まり、すっと風が通り抜けた。何も考えられなくて、俺は大きな波がゆっくり引いていくのを待った。 「はぁっ、はぁっ……」 ぼんやりとした意識の中で、なんとか呼吸を整える。その間華凛は俺を労わるように、俺の頬や鼻先にキスを落としていた。 どうにか思考がはっきりしてきて、俺は身体を起こす。礼を言うように華凛の鼻先に口付けてから、その肩に手を伸ばした。俺ばっかり気持ち良くなって、不公平だしな。 「次は俺がしてやるよ。っていうかさせろー」 「きゃっ」 俺は華凛を押し倒した。タイプ相性はもちろん、人間と旅をして修行している華凛に俺が力で敵うわけもない。だから華凛が本気で抵抗すれば、俺なんか簡単に跳ね退けられるはずだ。にも関わらず華凛がこうして俺に身を任せてくれているって事は、俺を受け入れてくれてるっていう証。そんな華凛に、どうしようもない愛おしさが込み上げてきた。 「華凛……すっげ可愛い」 「や、夜刀……!?」 俺の言葉に、華凛は真っ赤に頬を染めて目を反らした。くそっ、可愛い。でもいつまでも華凛を見つめているわけにはいかない。次は俺が奉仕する番だ。 えっと、さっき華凛にされて気持ち良かった事をすれば良いんだよな。いや、全く同じじゃ芸がないか。少し考えて、俺は華凛の胸元に口を寄せた。ルカリオには飾り毛がないから、胸に口が届く。毛繕いをするように華凛の胸を舐めながら、俺はその場所を探した。 「んっ……ああっ」 あった。クリーム色の体毛を掻き分けて、探し当てた頂点。熟れたヒメリの実のように赤く色づいて、存在を主張している控え目な粒。慈しむようにそっと舌を這わせると、華凛は切ない吐息を漏らした。 「はぅっ……夜刀ぉ……」 良かった、ちゃんと感じてくれているみたいだ。舌を動かす度に華凛はびくびくと震えて、透き通った綺麗な声に甘い熱が籠もった。 ああ、今なら華凛が悪戯心を起こした理由がわかる。自分の行動で相手が様々な反応をしてくれる、それが面白くもあり、嬉しくもあるのだ。もっと、華凛が乱れる姿を見てみたい。 「なあ、これはどう?」 「きゃんっ……あっ」 先端を甘噛みして問いかける。もちろん牙で大切な華凛に傷をつけないよう、細心の注意を払って。華凛は俺の頭を抱きしめて、仔犬のような声を上げた。聞くまでもなかったかな。 気をよくして、空いたもう片方の胸にも手を伸ばす。こっちはさっき俺がされたように指で愛撫した。尖った先端を丁寧に捏ねて、やんわりと摘む。俺の動きひとつひとつに反応して、震える華凛の身体。 「ぁあっ、やっ……きゃうっ……」 華凛の反応を心行くまで楽しんでから、俺は身体を後退させ、下腹部へ頭をずらしていく。余計な脂肪のない綺麗に締まったお腹にも、足跡のようにキスを落としていった。やがて辿り着くのは、華凛の中心部。透明な雫を零す秘部が目に入り、俺は誘われるように口を近づけた。かかる吐息を感じたのか、華凛がはっとしたような声を上げた。 「夜刀、そこは汚いっ……ふあぁっ、駄目ぇっ」 「良いんだよ俺が好きでやってる事だから。もっと感じて欲しいんだ」 それだけ言って、俺は華凛の秘部に舌を押し当てた。次々零れてくる蜜を掬って、飲み込んでいく。今まで味わった事のない味だったが、華凛のものだと思うと、不思議ともっと欲しいという気になる。 更なる蜜を求めて中に舌を侵入させる。甲高い声が上がったが、気にせず奥へと沈めた。 蜜を舐め取りながら、熱く狭いそこを一心に愛でていく。華凛の中がうねって俺の舌を締めつけてきて、もっともっととせがんでいるように感じられた。その欲求に応えようと、俺は舌を出し入れする速度を速めた。 「ふあっ、んぁ、ああぁっ……や、夜刀、私っ……」 もうそろそろかもしれない。俺は一旦舌を引き抜くと、秘部の上にある充血した秘豆に吸いついた。敏感な部分に刺激を受け、華凛の身体が跳ね上がる。 「ひゃん、だめっ。いっちゃ……あああぁぁっ!!」 背がのけぞり、両足がぴんと伸びる。どくりと溢れ出した蜜が顔にかかったが、全然気にならなかった。溢れた蜜を舐めてやろうかと一瞬考えたけど、ふと俺が達した時を思い出して止めた。俺が達した時、華凛は追い打ちをかけずに労わってくれたっけ。俺はびくびく痙攣する華凛を抱きしめて、大きな耳を甘噛みした。激しくはしない。緩すぎるくらいの力加減で。 やがて戻ってきた華凛は俺を見上げ、ふふっと微笑んだ。優しく、艶やかな笑みだった。 「はあっ、夜刀……次は、私が……」 しなやかな手が身体を押し、俺は逆らう事なく身を任せた。&ruby(おとこ){牡};と違って、明確な終わりを持たない行為。まだ華凛を感じたい。俺を感じて欲しい。 俺達は時間が経つのも忘れて、互いを求め合った。 ---- 洞窟の中から月が見えるという事は、日付が変わって暫く経ったという事。とはいえ、夜が明けるにはまだ余裕がある。 「……で。話って、なんだよ……」 心地良い倦怠感に身体を預けて、俺は隣で横になっている華凛に尋ねた。華凛も同じく気だるそうに、顔だけで俺の方を向いた。 華凛が俺を探しに来たそもそもの理由は、何か話したい事があったからだ。行為に突入して聞けず終いになってしまったけど。あ、もしかして告白のために来てくれたとか? 「ごめんなさい、まだ言ってなかったわね」 なんだ違うのか。華凛は一度目を閉じて、深呼吸をした。 「急な話で申し訳ないのだけど。……夜刀、私と一緒に、旅に出る気はない?」 「……え? あ!? 俺が、華凛と!?」 思わず飛び起きた。まさか華凛の方からその話を持ちかけてくるなんて。俺の方から頼もうと思っていたのに、先を越されてしまった。 「マスターに訊いてみたの。どうして私以外のポケモンを持たないのか、他のポケモンを連れていく気はないのかって。……マスターね、私と同じで人付き合いが苦手なの。だから、新しい仲間を迎えても仲良くできるか不安だったんですって」 俺の驚いた様子をどう解釈したのか、華凛は事の経緯を説明してくれた。 「だけど今回の件で、やっぱり他にも戦える仲間が必要だと感じていたみたい。だから、もしあなたが良いなら、仲間になってくれないか頼んでみて欲しいって言っていたわ。彼は悪い人間じゃないわよ、ポケモンの気持ちを尊重してくれる人だし……。それで、どうする? もし嫌なら、無理にとは言わないわ」 華凛も身体を起こして、俺に向き直った。華凛の方が俺より背は低いから、上目遣いで見上げられる形になっている。俺は華凛のような相手の気持ちを感じ取る能力なんて持ってないけど、それでも華凛が不安を感じているのがはっきりわかった。 「そこまで言われて断れるかよ……。こんな俺で良かったら、仲間にしてくれ」 なんだか気恥ずかしくなって、俺は華凛から目を反らして頬を掻いた。 「ごめんなさい。私が無理強いしたみたいで……」 華凛が俯いて、声のトーンを落とした。耳だってぺたりと伏せられて、どこからどう見ても落ち込んでいる。俺は慌てて説明した。 「い、いや!? 華凛は悪くねぇよ! 俺だって、その……もう華凛に会えなくなるのは辛いから、だからっ」 言いながらふと、今の状況に既視感を感じた。華凛が謝って、俺が焦って宥めて……。あの時は華凛との出会いが、これほどまでに俺の人生に大きく関わる事になるなんて思いもしなかった。今まで運命ってやつを信じた事なかったけど、考えを変えよう。うん、ちょっとくらいなら運命ってやつがあるって信じてやるよ。ありがとな。華凛に会わせてくれて。 「夜刀……!」 「わっ!?」 俺が華凛との出会いにこっそり感謝していると、当の華凛がいきなり抱きついてきた。ふわりと鼻腔を通り抜ける華凛の匂いと、引き締まっていても&ruby(おんな){牝};らしさを失わない柔らかい感触が、体毛越しに密着する。 「嬉しい……ありがとう夜刀。愛してるわ」 おまけに甘えるような声音で、耳元で囁かれるものだから堪ったもんじゃない。顔に血流が集中するのが自分でもわかる。 「ーーッ! ふ、不意打ちは卑怯だ!」 離れて欲しいような、もっとこうしていたいような。引き離そうとして華凛の肩に手をかけるも、結局力が入らずにただ添えるだけとなった。 もういいや、このままで。馬鹿みたいに幸せだから。 「お、俺も……愛してるぜ。……華凛、これからよろしくな」 「こちらこそよろしくね。夜刀」 俺達は顔を見合わせて、そっと触れるだけのキスをした。 ---- 「あのさ。俺、旅に出るから」 いつもの広場でいつもの仲間に、俺はいつもと全く違う話を切り出した。 ここに華凛はいない。トレーナーを呼びに行っていて、後で合流する事になっている。 「はぁぁ!? いつからだよ!?」 やっぱり皆驚いた様子だった。黒瑪なんか細身の尻尾がぶわっと逆立って膨れている。相変わらず感情が尻尾に出易い奴だ。話が聞こえたのか、黒瑪と豆介だけでなく、顔見知りのポケモン達が何人か寄ってきた。 「今日から。というか今から。実は、外から来たポケモンと仲良くなってさ。そいつのトレーナーに世話になる事になった」 皆に話しながら、俺はいつかの雫を思い出していた。あの時の雫は、何をきっかけにあいつのトレーナーと出会ったんだろうか。きっと俺と華凛のように、不思議な巡り合わせがあったに違いない。そしていつかの雫と同じように、皆引き止めるでもなく後押ししてくれた。 「新しい世界に行くんだね。頑張って!」 「そうかーあの夜刀も旅に出ちゃうかー」 「ちょっと寂しくなるね。ま、元気でやれよ!」 皆口々に応援の言葉をかけてくれる。俺はその一人一人に礼を言って、握手を交わした。 「夜刀、気が向いたら帰って来にゃよ! 僕達いつでも待ってるから! いや、僕もきゃわいい&ruby(おんな){牝};の子トレーナーに出会ったら旅に出てるかもしれないけどにゃー」 黒瑪は能天気に言ってにゃははと笑う。この笑顔も暫く見れなくなるなぁ。 「夜刀! 俺まだ珍しい木の実奢ってもらってないぞ! 忘れたわけじゃないよな!」 豆介が俺の足元で飛び跳ねた。そういえば、豆介に頭突きをかました朝にそんな約束したっけな。っていうか今持ち出す話かよそれ。 「わ、忘れて……ねーよ。あっちの都合にもよるだろうけど、いつか絶対帰って来るから! そん時に、この森じゃ手に入らない木の実でもお土産に持ってくるよ」 「絶対だぞ! 忘れるなよ! お土産貰うまで俺はどこにも行かないからな! だ、だからそれまでさらばだ心の友うわぁぁぁ!」 ああ、そういう事か。話の途中から豆介はぴーぴー泣き出した。大粒の涙を零して、みるみる顔回りの羽根が濡れていく。 「大袈裟な……別に今生の別れってわけでもねーし」 俺はしゃがんで豆介の翼をぽんぽん叩いた。だけど、豆介は一向に泣き止む気配がない。 「で、でもでもでも……そうだ夜刀、これ持っていけ! お守りだ!」 そう言うと豆介は、嘴で自分の尾羽を一本、ぷちっと引き抜いた。ちょっと痛そうだったけど、元々涙でぐしゃぐしゃの顔だから表情に変化はない。あったかもしれないけどわからない。尾羽を咥えた豆介は飛び上がり、俺の鬣に留まって、暫くごそごそしてから降りてきた。降りてきた豆介の嘴に尾羽はない。鬣に手をやると、さらりと手触りの良い細長いものに触れた。しっかり刺してから俺の毛と絡めてあるらしく、ちょっとつついたくらいじゃ落ちる気配もない。 「……黒瑪、どう思う、これ」 自分ではどんな感じか見えないから、俺は黒瑪に尋ねた。でも、だいたいの予想はついていた。 「うーん、はっきり言うと間抜けに見えるにゃー。鳥ポケモンに&ruby(たか){集};られた後みたいで」 「だよなー」 「ひ、酷い二人して! せっかくのお守りをー!」 豆介はショックを受けたようで、翼をばたつかせて喚いた。 「ははっ、悪い悪い、冗談だよ」 俺は笑いながら豆介を宥める。この忙しない羽音も甲高い声とも、しばしのお別れ。 「ありがとな豆介。お守り、大事にするぜ。……じゃあな、皆!」 俺は大きく手を振って、広場に背を向けた。あまり長居すると今度は別れが辛くなってしまう。旅立ちの期待と高揚感が続く内に立ち去らないとな。皆の見送りの声を背に、俺は華凛との待ち合わせ場所、森と道路の境目を目指して一気に走り出した。見慣れた景色が次々流れて、背後へと抜けていく。風にそよぐ葉擦れの音さえも、俺の旅立ちを応援してくれているように聞こえた。 やがて木々の向こうに開けた空間が見えてくる。広場と違い、人工的に整備された広い道だ。標識という人間達の文字が刻まれた立て板の横、待ち合わせの場所にあいつが立っていた。 「夜刀、お別れは済ませた?」 俺の姿を認めると、華凛は問いかけた。俺は頷く。 「おう、ばっちり。お守りまで貰ったぜ」 「ふふっ、似合ってるわよ」 鬣に刺さった、ごくありふれたマメパトの尾羽に触れて笑ってみせた。華凛も一緒になって笑顔を見せてくれる。この笑顔と別れずに済んで、本当に良かった。 「そういや、トレーナーはどこにいるんだ?」 俺は周囲を見回す。俺の目の届く範囲に、人間の姿はなかった。 「マスターはこの先で待ってるわ。ふふっ、緊張して、心の準備が必要なんですって。……行きましょ、夜刀」 華凛はおかしそうに言って、ゆっくりと歩き出す。俺も続けて数歩歩いて、ふと足を止めた。 俺は最後にもう一回、生まれ育った森を振り返った。ここで生まれて、大きくなって、友達と遊んで、ゾロアからゾロアークへと進化して、たくさんの仲間と、そして華凛と出会った場所。 「夜刀?」 先を歩いていた華凛が呼びかけてくる。ああ、いつまでもじっとしてたら、俺が旅立ちを渋ってるって勘違いされちゃうな。 「今行く、華凛!」 俺は答えて、新しい世界へ駆けて行った。 ---- あとがき root様、参加された作者の皆様、お疲れ様でした。 今回はゾロルカで百合、なお話でした。ふとメジャーなCPで書いてみようと思い立ち、エフィブラやゼクレシなどと迷った中でこの組み合わせを選びました。そして「ゾロルカって♂×♂のイメージが強くね?じゃあ逆に♀×♀にしちゃえ!」という安易な発想で百合となりました。片方は俺っ娘ですが。ゾロアークとルカリオって、容姿以外にも何か似通ったところがあるんですよね。幻影で見えないものを見せるか、波導で見えないものを見るか、とか。 で、書こうと思い至ったのがエントリー締め切り三日前でした……。十日ありゃ書けるよねHAHAHA☆→全然間に合いませんでした本当すみません……。やっぱりある程度形になってからでないと駄目ですね。なんとか完成したものの大遅刻してしまい、もう得点はないものと覚悟していましたが、なんと!それでも一票入れて下さった方が!ありがとうございます。 コメント返信です。 >雌同士って夢ありますよね。よね。 波導って便利だなあと読んでて思いました。あと他の仔もキャラが立ってて面白かったです。 短いながらもねっとりとした官能小説、どうもごちそうさまでした。 百合良いですよね!♀×♀には胸だけじゃなくてロマンも詰まっています。タブンネー。 図鑑説明や映画を見ると、波導は相手の居場所を掴んだり感情を察知したりととっても便利!だからこそ扱いが難しいと思います。私も上手く扱えているかどうか疑問ですが… 他のキャラでは、個人的に豆介が気に入ってます。ちっこい鳥ポケは可愛いです(笑) 官能描写は、♀×♀らしく?甘ったるい感じを目指しましたが、時間がないのと初挑戦だったのとで予定より短くなってしまいました。それでも楽しんで頂けたのなら幸いです。 閲覧して頂いた方々も、本当にありがとうございました。 #pcomment IP:218.124.131.44 TIME:"2012-09-30 (日) 22:31:04" REFERER:"http://pokestory.rejec.net/main/index.php?cmd=edit&page=%E9%87%8D%E3%81%AA%E3%82%8B%E4%B8%96%E7%95%8C" USER_AGENT:"Mozilla/5.0 (compatible; MSIE 9.0; Windows NT 6.0; Trident/5.0)"