ポケモン小説wiki
遺影を撮る の変更点



 小さな裏庭に轟音が響いた。
 光輝く球体の殻が弾けるように割れ、その姿が纏まるやいなや立枯さんは荒れた地を蹴り込んだ。滑るように打ち下ろされる彼の両腕のリーフブレードを、瓦割りで何とかいなす。かいん、かいんと頼りない受けとめ方で、僕はじわじわとバトルフィールドの端に追い詰められていた。高速移動で素早さを底上げして対抗しようにも、立枯さんも同じ技を持っているから効果は薄い。そのうえメガシンカしてさらに速くなった立枯さんは目で追うだけでも精いっぱいだ。さつき晴れ、じっとりと汗の染み出してきた僕の顔に、一段とすごみの増したジュカインの顔が肉薄する。
『わ、と、たっ……危なッ!』
『受けてばっかりじゃぁジリ貧だぜ坊主? ちったぁ反撃してみろよ』
『ッ、坊主はやめてよ、僕だってもうそんな年じゃないんだ!』
『おう? そんな強がって、だったら1回くらいバトルでオレに勝ってみせてくれよ!』
 叩く大口が嫌味にならないほど、立枯さんは強い。元軍人のヴァンさんのエースポケモンだから、生半可な鍛え方はしてこなかったんだろう。
 加えて僕の電撃はメガシンカした立枯さんには全く効果がない。タイプ相性で不利な上に得意技を完封されてしまってはかなり苦しい状況だ。逆境を打開するには、こっちも奥の手を使うしかなかった。
『親父、こっちもメガシンカするしかないっ!』
「! おうわかった、いくぜクロマ!?」
「仕掛けてきます! 立枯、集中してください!」
『わぁってるって!』
 人間の親父には僕の叫び声もぱるぱるぅ、としか聞こえないだろうけど、確かに意志は受け取ってもらえたみたい。首から下げる一眼レフに埋め込まれたキーストーンに親父の指が触れると、僕のしっぽに括り付いているメガストーンが共振する。
 灯台のライトが照らし出すように明るく光るしっぽ、それに負けないくらいまばゆく輝く真紅の宝石。周りの立ち木をさざめかせるような波動を纏った光が僕を包み込む。
 球状の光に包まれながら、身体の構造が急速に作り替えられていく。進化前までは全身に生えそろっていた自慢のモフモフが後頭部から首周りにかけてと尻尾に元通り生え戻り、紡錘体の耳も電波塔みたいに団子が連なった形に。全身を駆け巡る電圧も格段に強まって、有り余る電気エネルギーで全身が熱く、身体の奥底に眠る力がとうとうとみなぎってくるみたいだ。
 ――と、思ったのだけれど。
『……へ?』
 僕を取り囲んだ光が確かな形を作ることなく、全身に張りつめた力は単なる僕の妄想だったようで。親父と共鳴したはずのメガシンカの光は、落ちぶれた線香花火みたいにあっけなく消えてなくなった。
 やっぱり今回も、できなかった。
 我に返ったときにはもう手遅れ。咄嗟に目を走らせれば荒々しい竜のエネルギーを纏った尻尾が横なぎに飛んできていて、僕のみぞおちにクリーンヒット。内臓から持ち上げるように食い込んだシダの尻尾で、世界が一瞬止まって見えた。
『坊主、戦闘中はどんな予測不能な事態が起きても敵から目をそらしちゃあいけないんだぜ?』
 ぶぇ、なんてカッコ悪い返事を漏らしながら、僕の身体は意識もろとも吹き飛ばされていった。



&size(22){遺影を撮る};


[[水のミドリ]]





 親父は街の小さな写真屋だ。商店街の端っこに、改装を重ねて造ったカロス風な屋敷を構えている。見栄を張ったようにちょこんとこしらえた両開きのドアの横には、壁一面に撮った写真がズラリ。人間やポケモンはもちろん、街並み、料理、一輪の花から僕はまだ乗ったことはないけど機関車っていう乗り物まで。親父の写真まであるけど、衣装や照明で薄くなりかけた頭髪と幅のある体格をうまく隠している。でも中に入ってしまえばただの古民家なので、周囲の家と同じジョウト風のつくり。居間の一角に白布を垂らしてこしらえたような、小さな写真スタジオだ。
 写真屋の主な収入源は学校や福祉施設のイベントに呼ばれることであって、たとえば近所の高校の3泊4日の修学旅行に数回同行すればだいたい1年分の給料が懐に入る。店に写真を焼きに来る訪問客の相手はほとんど趣味みたいなものだ。だから今日みたいに不定期に休みを入れても困ることはない。ヴァンさんが2年ぶりにジョウトへ戻ってくるというので、あいさつ代わりに裏庭で軽く1戦交えたんだ。
 やっぱりというか、結果は惨敗。それでも気絶していたのは短い間だったみたいで、目を覚ましたときにはみんなスタジオ兼居間でくつろいでいて、ちょうどコーヒーが淹れられたところだった。狭い木の家に豊かな香りが広がっている。
『ようやく気が付いたかクロマ。なんだ、全然強くなっていないなァ』
『僕と立枯さんじゃあ相性が悪すぎるんだって! 僕の電気技、ことごとく吸収しちゃうじゃないか!』
『&ruby(おとこ){漢};が相性を言い訳にするんじゃないよォ! 戦場じゃあなぁ、そんな逆境オレぁいくつも覆してきたもンよ』
『たたき上げの軍ポケと一緒にしないでよ……』
 人間用のカップを器用につまみ、ソファに沈みながら立枯さんが自慢する。シダの尻尾を腹に回して、空いた片手で手持無沙汰に手入れするのは彼の機嫌がいい証拠。戦闘のすさまじさを物語るよう体にはいくつも消えない傷があって、親父の古くからの友達であるヴァンさんの1番のパートナーだ。ひと昔前――といっても僕が生まれていない頃だけれど――までこの国は戦争の渦中にあって、その最前線でヴァンさんとともに戦っていたんだって。今は一線からは退いていて、若い兵士を育てる鬼教官として軍に所属している。
 で、休暇で会うたびに出るのがこの懐古話。やれ敵将を騙してやっただとか、やれ敵国の機密をばらまいてやっただとか、そういう僕の興味の湧かない話を延々と並べるんだ。戦争体験は貴重だなんだと言うけれど、何度も聞かされる身にもなってほしい。
『しっかしまァ、いつになったらオレのようにメガシンカできるようになるんだかな』
『……また自慢話?』
『メガシンカすれば向かうところ敵なしって気分になるぜ。オレが現役の時はな、腕を振るえば敵が地に伏し、葉の嵐を巻き上げれば堅牢な敵基地が吹き飛んだものさ。お前だって素質はあるはずだ。なんたってオレの自慢の――』
『やっぱり自慢話じゃないか! ……でも、できないのは事実なんだよな』
 僕がデンリュウに進化してからというもの、カメラ屋のパートナーとして意識してくれているのか、親父は僕の撮った写真にケチしかつけなくなった。まだ青っちょろいモココまでは(青かったのはメリープまでだけど)進化祝いにくれたトイカメラで近所を散歩しながら撮ってきたたわいない写真でも褒めて撫でてくれたのに。
 それだけじゃない、このところ親父は目を合わせてくれなくなった。ふいに視線があったときも、なんとなくはぐらかされる。食事のときにちゃぶ台を囲んでもあまり話しかけてくれなくなった。毎日僕の身体を拭いて綺麗にしてくれていたのに、最近じゃ週に3回程度だ。直接ではないけれど、なんとなく避けられている。17年も一緒に暮らしていれば、話さずとも分かってしまうんだ。
 極めつけは立枯さんの言う通り、僕はまだメガシンカができない。トレーナーとポケモンとの信頼関係のなせる進化を超えた進化。限られた種族でしか見つかっていないその超常を、僕はまだ経験したことがない。
 それは悲しいかな、僕と親父の心が繋がりあっていないことこそが原因らしい。詳しい仕組みはまだ解明されていないけれど、つまりメガシンカできないこの状況そのものが僕と親父との不仲を象徴しているんだ。
「クロマ、撮影会はじめるぞ」
『わかったよ親父』
 いつのまに引っ込んでいたのか奥の化粧室から親父の声がした。ヴァンさんと再会したのは実に2年ぶりだし、次にいつ会えるかわからないので記念に写真を撮っておこう、という話になったらしい。
「立枯、待たせましたね。おや、クロマ君も目を覚ましましたか」
『待ちくたびれたぜヴァン! ……ぶふっ、なんだその恰好! 似合わねぇな!』
 化粧室から出てきたヴァンさんは映画に出てくるジェントルマンそのもので、ひと目見ただけでは元軍人とは思えない朗らかな笑みを湛えていた。僕は結構さまになっていると思うんだけどなぁ。歳を重ねても眼光は衰えることなく、今まで歩んできた人生の壮大さを物語っているよう。
 ともかくそんな良い被写体のヴァンさんを白幕の前に立たせ、僕は光を反射させるレフ板を持ってスタンバイ完了。ライトとなるのは僕の尻尾だ。こうすると尻尾と反射板で2方向から光を当てることができる。
 街の写真館はあまり馴染みのない場所だろう。七五三かお宮参りか、女の子であれば成人式の和服姿を撮るくらいしか利用しないと思う。親父ももちろんそういう写真も撮っているけど、お客さんの平均年齢はもっと高い。
 というのも、僕が物心つく前から親父は"遺影"を撮っていた。最近は終活なんてのが流行ってきているからお客さんも多くなってきたけれど、始めた頃は全然理解されなかったんだって。
「こう立たされると、緊張してしまうものですね。上官から呼び出されたときのことを思い出します」
「あまり体を硬くしないで、いつも通りにしていてくれ。最近はどうだ。期待の新人が入ってきた話、その後どうなったんだ?」
「ああ、彼ですか。ふふ、聞いて驚かないでくださいよ――」
 ぱしゃり、ぱしゃり。断続的にシャッター音が小さく響く。カメラを向けるときにたわいない話をして自然な笑顔を引き出すのも親父のやり方だ。ポケモンを撮るときは僕が会話を任されるけど、これがけっこう難しい。こんな親父だけど、写真家としては一流なんだと思わされる。
「――なるほどなぁ、んなことがあったのか。……あ、クロマ、今度は逆側からライト照らしてくれ。ヴァンの持っている帽子にスポットが当たるようにだ。分かるか?」
『こう、だね』
 もう20枚ほど撮っただろうか、撮影会は着々と進む。シャッターを切る親父の背中を見て、写真の撮り方を頭に叩き込むんだ。
 遺影の撮影にはひとつだけ条件があって、それは『自分の一番大切なものと一緒に映る』こと。依頼に来たお客さんはみな、おもいおもいの品を手に抱えてレンズの前に立つ。家族の写真やモンスターボール、ミニカー、ビールジョッキまでひとによりさまざまだ。ヴァンさんは「私の相棒みたいなものですから」と階級バッジの輝く軍帽を胸にあてて映っていた。全部で40枚ほど撮り終えると、親父は軍帽を被せられた立枯さんも続いて写真に収めていった。遺影にはならないけれど、ついでにツーショットもパシャリ。ふたりともいい笑顔だ。
 撮影会もおしまいになって、コーヒーを淹れなおす親父。そのうちにフィルムを現像機にかけておく。ひと昔前とは違って現像には数分もかからない。
 機材を端に寄せソファを戻す手伝いをしてくれていたヴァンさんが、思いついたように言った。
「そうだ、たまにはあなたも写真を撮っておきましょう。いつも撮る側で自分の写真なんてほとんどないんじゃないですか?」
「いらねぇよ俺は。レンズを向けられるのは慣れてねぇ」
「いいですからほら、そこに立ってください。いつ死んでも葬儀のとき困らないよう、生きているうちに遺影を撮っておこうと言い出したのは紛れもないあなたでしょう。クロマくん、親父さんの晴れ姿をしっかりと撮ってくださいね」
「やめろやめろ、俺には葬式を挙げて悲しんでくれる家族も何もないんだからよ。それにほら、"自分の一番大切なもの"を持ってねぇ」
「それは"これ"じゃないでしょうか」
 そう言いながらヴァンさんが取り出したのは、少しくすんだ1枚の写真。それに何が映っているのかを見ただけで、撮影を嫌がっていた親父の表情が一変した。
「……おいヴァン、なんだこれは。なんでこんなモン持ってんだ」
 珍しく目の端を釣り上げて、親父はヴァンさんの手から写真をふんだくった。どうしたのかと僕も覗きこむと、その色褪せた写真に映っているのは優しそうなデンリュウの姿。何かを訴えているような、すこし不安そうな、そんな表情のオフショット。
「軍の試料を整理していたら、たまたま出てきたのです。あなたに渡さなければ、と思いまして」
 笑いながら言うヴァンさんの目は、けれども笑っていなかった。写真を手に固まっている親父を後目に、「では、あとは頼みましたよ」と僕の背中をそっと押して、立枯さんを連れて裏庭に出ていっちゃったんだ。
 親父がちらりと隣の和室を見た。ほとんど使われていないその部屋の奥には、毎日きれいに掃除している仏壇が静かにたたずんでいる。
 我が家の仏壇には、『フォト』とだけ書かれた僕の母さんのデンリュウの位牌。だけどそこには、あるはずの遺影が飾られていない。僕はまだ、実の母親の顔を見たことがなかった。



 ヴァンさんと立枯さんが出払ってがらんどうとした写真スタジオ。力ない照明に照らし出された背景布が、寂しいほど浮かび上がって見えた。
 どことない気まずさがあたりを支配していた。背中からひしひしと感じる、親父が僕に隠していること。僕がそれに気づいていることも多分、親父には筒抜けなんだろう。
 先に口を開いたのは親父だった。奥の仏壇を見たまま、ぎこちなく腕を組んでソファに腰かける。その背中は見たことないくらいしょぼくれていた。
「お前の母親はな、俺よりよっぽど写真がどんなモンか分かってるデンリュウだったよ」
 それってどういうこと、と僕が訊き返す前に、親父は昔話を吐き出していた。

 親父は昔、戦場カメラマンだった。僕の生まれる前の、もう17年も昔の話だ。
 当時の親父は今のぶよぶよの体つきから想像できないほど逞しく、今日明日も分からない戦場を駆け抜けていた。命を落としかけたことも1度や2度ではないらしい。
 僕の母さん――フォトさんと出会ったのも、そんなときだった。フォトさんは元々そのしっぽで信号を送る隠密部隊として派遣されたみたいで(人間の発明した電子暗号は簡単に解読できてしまうから、ポケモンの能力を用いたものが有用なんだとか)、第一線に立っていたようだった。けれどどうしても軍ポケとしての能力に長けていなかったのか、敵陣に潜り込んだもののあっさりと見つかってしまい、命からがら逃げだしてきた。ポケモンの怒号と技の飛び交う荒野の藪の中で野垂れ死ぬのを待つだけだったところを、親父に救われたんだそう。
 で、ここからは映画や小説なんかでもお決まりの展開で、親父に懐いてしまったフォトさんが母国に帰らず親父とともに戦場を駆け巡ることになった。本来そういうのが得意でなかったフォトさんはあっさりと見つかってしまい、狙われた親父を守るよう身を挺し、致命傷を受けてしまう。
 療養室として立てられたテントの簡易ベッドで横になるフォトさん。もう親父の目から見ても、長くはなかったそう。これが最後の瞬間になるだろう。そう悟った親父は、カメラマンの性なのか、横たわるフォトさんにレンズをを向けた。
「きゅいッ!」
 どこにそんな気力が残っていたんだろうか、と思うほど力強い鳴き声とともに、フォトさんは親父のカメラを弾いた。なにすンだ、と睨みつけた親父が見たものは、彼女の瞳に宿る強い意志。
『最期くらい、私をその眼でちゃんと見てください!!』
 言葉は伝わらなくとも、まなざしは間違いなくそう言っていた。構えていたカメラを力なく下ろして、親父は最期のときまでフォトさんの腕を握ったままだった。
「写真ってぇのは、忘れるために撮るもんだ。どんな大事な思い出を忘れちまっても、写真を見ればいつでも思い出せる。だから俺たちは気兼ねなく、後腐れなく忘れることができるのさ。……遺影はな、残されたもののための写真なんだ。死別の痛みをゆっくり忘れ去るためにある。きっと走馬灯を見ているんだろうな、人もポケモンも、幸せに看取られて死ぬときってのは普段の笑顔なんだよ。遺族はそんな笑顔を遺影の中に見て、そいつの人生を思い返すんだ。あんなことがあったな、こんなことが嬉しかったな、なんてな。そうこうしているうちにだんだんと忘れて、死に分かれたつらい思い出を記憶の奥にそっとしまい込んでおける。そういうモンなのさ。……そこンとこを、フォトはしっかりと分かっていやがったんだよ。写真がなければ、俺はずっとフォトを覚えてやんねぇとならねぇ。忘れていいはずもねぇさ。だからあいつの写真はぜんぶ燃やしちまったんだ。フォトの生き様を忘れないように、背中に背負って生きていくように、な」
『……』
 ぶっきらぼうに言葉を投げつけてくる親父に、僕は何も言えなかった。
 ……それって、それってとても、つらいことじゃないか。
 逆に考えれば、フォトさん――僕の母さんは、親父の中で永遠に生き続けることになる。自分が死んでもなお自分に引きずられる人生を歩む親父を、何もできないまま見守らなくちゃいけないなんて。そんなこと、母さんも望んじゃないなかったと思う。
 強いまなざしで親父に訴えようとすると、それを察したように振り向いて、親父はいつもの調子で笑ってみせる。ヴァンさんから渡された色褪せた写真、それを握る手が、ほんの少しだけ震えている。
「おお、それでだ、死んじまったフォトの腹がよ、びくん、て動きやがったんだ。俺はもう大慌てでよ、生き返ったかと思ったがそんなバカみたいな奇跡は起きないでよ、どうやらタマゴがあったらしいんだわ。分娩医なんていねぇから解剖医を叩き起こしてよ、中のタマゴを大急ぎで取り出させたってワケよ。それがお前、クロマってわけだ。おれが気づかなきゃあ、今ごろフォトに抱かれたまま土に埋まってたかもな」
『な……冗談キツいなぁ』
「なァんだよ、泣きそうになったか? 昔みたいにわんわん泣いて、また俺を寝不足にさせる気か?」
『……こんな時まで見栄張らなくたっていいでしょ』
 17年もその背中を見てきたからわかる。ぶっきらぼうな態度は親父なりの強がりだ。こんな冗談を言わなきゃいけないくらい、母さんの死を背負い込んだ親父は追い詰められていたんだ。
 なんだよやめろよ、と嫌がる親父をソファから立たせ、半ば無理やり撮影機材の前に押しやった。
『撮るよ。ほら、母さんの写真持って』
 ようやく観念したのか大人しくなった親父が胸元にフォトさんの写真を掲げるのを待って、僕はカメラを向けた。レンズ越しの親父は怖いくらいに引きつっていて、まるで写真を撮られ慣れていない。思わずこっちが吹き出しそうになった。
『……ようやく分かったよ。最近親父が僕によそよそしい理由』
「……お前がデンリュウに進化してから、どうしてもフォトの姿と重ねちまってな。もやもやしちまうんだ。フォトは俺が死なせたようなものだから、お前とバトルフィールドに立つと、戦地で敵の攻撃から俺をかばった彼女を思い出しちまう。そのせいでお前を全力で戦わせることに抵抗があるんだ、すまねぇ」
『親父……』
 よく似てンだよ、目元とか首の模様とか、嬉しいときのしっぽの光らせ方とかな。涙を隠しながら言う親父の肩に思わず抱きつこうとすると、構うなとばかりに笑い飛ばしてくる。
 シャッターを切ったのは20回程度。カメラの液晶で確認すると、展開するにつれ親父の表情が崩れていく。ほとんど動きのないストロボは、それでも数瞬のうちに親父の人生を捉えていた。丸くだぼったい鼻の鼻梁が1本筋を通す。何事にも動じないような目じりが垂れ、かすかにきらめきが走る。きっ、と固く一文字を結んでいた口許が、こみ上げてくる何かに耐えきれないようにだんだんと垂れ歪む。最後には鼻頭を中心に、酔っぱらったみたいに顔を赤くくしゃっと歪ませていた。
「俺の知らぬ間に上達してんじゃねぇか、この野郎」
『母さんのだけじゃない、しっかり親父のDNAも受け継いでるんだって』
「……ちなみにお前の実の父親は立枯だぞ」
『ぶっふぇ!!?』
 盛大に吹き散らかした僕を見て、親父も幾分か余裕を取り戻したみたいにくつくつ笑った。
「安心しな、フォトは誰にでも身体を売る軽い女じゃなかったよ。……少なくとも俺は買わせてもらえなかった」
『な、なに言ってるのさっ!?』
 冗談だと分かっていても、初めて知ったことが多すぎて――知りたくもない冗談も含めて――取り乱してしまった。なかなかの権幕で迫る僕に観念したのか、親父もそれ以上はからかってこないで、ライブラリの「次へ」のボタンを押した。
「お……」
『え……っ!?』
 最後の1枚を映し出したとき、ふたり同時に声を上げてしまった。注意していなければ見落としてしまうような細かな違い、けれど気づかないはずのない、決定的な奇跡。
 親父の抱えたセピア色の写真。それはきっと、僕の照らした光の加減の問題なんだろう。逞しい腕に抱かれながら、フォトさん――僕の母さんは、たしかに優しく笑っているように見えたんだ。



「待っていました。コーヒーもすっかり冷めてしまいましたよ。ちゃんと撮っていたのですね……ほう」
『ようやく現像できたのか、待ちくたびれて帰ろうかと思ったところだ……お』
 親父のあとについて裏庭に出た僕を見て、ヴァンさんも立枯さんも眼を丸くした。へへ、と鼻を鳴らして睨み返してやれば、彼も瞬時に軍ポケの顔になる。気合十分、バトル前の挨拶だ。
「写真できたぞ、良く映ってる。こりゃいつ撃たれておっ&ruby(ち){死};んでもみんなから喜ばれるぜ」
「縁起でもないことを言わないでくださいよ。私はまだまだ現役ですから」
『今度こそは負けないからな、立枯さ――いや、&ruby(・){父};&ruby(・){さ};&ruby(・){ん};』
『……良いツラ構えだ、少しはフォトみたいに肝が据わってきたんじゃないか?』
 バトルフィールドに進み出る。これから暑い季節になる。夕方になっても吹く下風に熱気がこもってきた。首周りのモフモフが風に揺れる。電波塔の形になった耳が、有り余る電力をバチバチと空気中に吐き出している。
 あの写真が現像されて、親父とふたりでしっかりと仏壇に飾ったとき。メガストーンに触れてもいないのに、親父の石と僕の意志が共振してまばゆい光に包まれた。妄想なんかじゃない、初めてできたんだ、メガシンカ。
『お昼みたいなカッコ悪い試合はしないからね……。僕がどれだけ成長したか、見せつけるから!』
『おーう、全力でかかってきな! パートナーを信じりゃ、できないことはない。なんたってオレの自慢の息子だからな!』
 揺れるしっぽを構えこっちを振り返り睨む父さんは絵になる。下から接写して迫力を出すのがいいか、いや引きで全体を映して夕暮れに溶け込ませた描写も捨てがたい。確かにこれじゃ、母さんが惚れてしまうのも納得だ。
 まずはやはり高速移動であの素早さに対応するべきか、そのあと強力になった電気技で仕掛けるか。親父にもきっと、僕の考えが伝わっているはず。そういえば高速移動は父さん譲りなんだな。
 背後で親父がカメラを構えた気配がした。記念すべき僕の晴れ姿、しっかり撮っておいてくれるかな。動けばもっといい構図が出てくるだろう。親父がこの上ないシャッターチャンスを逃しはしない。
 確信していた。
 この勝負、どうしたって父さんに勝つことなんてできないだろうけど、その避雷針をへし折って感電させてやることくらいできるだろう。カメラの腕だってこれからメキメキ上達して、親父もアッと言うような型破りな写真を撮れるようになるんだって。



----

あとがき

 なんだかうまくまとまりませんでした。半年くらいあーでもないこーでもないとこねくり回して、これ以上はおもしろくならないと判断して投稿。
 戦争とか、あまりよく知らないものに手を出すとケガしますね。教訓。

----

#pcomment



トップページ   編集 差分 バックアップ ファイル添付 複製 名前変更 再読み込み   新規作成 ページ一覧 ページ検索 最近更新されたページ   ヘルプ   最終更新のRSS
This site is protected by reCAPTCHA and the Google Privacy Policy and Terms of Service apply.