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*第18話・山吹色の演技 [#afed0fdf]
written by [[beita]]
辺りが暗くなった頃、戦いは始まった。
まさか、開戦の合図が一発の砲撃とは。
街の索敵機能のお陰で発射前に発射位置と標的を知ることができた。
そのため、辛うじて一発目の砲撃は街からの迎撃で防ぐコトが出来た。
が、同時に。
街に向かって来るたくさんのポケモン。ゴルバット、ポチエナ、ハブネークなどがそれぞれ十数匹ずつ。
それらに混じって布を覆った者が一匹。色は紫色だ。だが、紫色の布は自前の羽で高く羽ばたく。
奇襲。まさにこの言葉が一番合うだろう。
だが、ジグは動じるコトも無く、まずフロウに移動開始の指示を出す。
フロウは大きく首を上下に一往復させると、瞬く間に街の外、闇の中へと走り去っていった。
ソルを背中に乗せたレイシーには街の出口付近で隠れる様に指示。
サンディはジグのすぐ近くで向かって来る敵が現れるのを待っていた。
一方のサーラ達。
空中から侵入しようとするゴルバット達はティサの届く範囲は超能力で街の外へ弾き返している。
トランスは真っ直ぐ突撃してくるポチエナやハブネーク達を相手にしている。
普段はまったりとしているが、いざ戦うとなるとトランスの迫力は凄いもので、敵の中に一瞬怯むものも現れたぐらいだ。
他にも街のポケモン達が何匹か必死に戦っており、まだ、数匹のゴルバットと紫色の布の侵入しか許していない。
しばらくの間、このような消耗戦が続くのであった。
必死に森の中を走り回るフロウ。
大体の場所は覚えていたお陰か、比較的迷うコトも無く、短い時間で木の実のなっている木を見つけるコトができた。
フロウが必要としている木の実、ラムの実は目の前の木に確かに実っている。
いざ木の実を取ろうとしたその直後。背後から殺意。
恐らく誰かがいるだろう、とジグから聞かされていたのでフロウは油断するコト無く、背後に迫る何者かの攻撃を回避した。
そのついでに距離を空けて、相手を確認する。
……まさにジグの予想通り。相手はソルに毒を与えた“青色の布”。
「やはりお前だったのだか」
フロウの呼びかけに青色の布は一切動じず、再び近付いてくる。
「まずはその布、はがさせてもらうのだ」
軽やかに青色の布の腕の爪から繰り出される攻撃を回避すると、フロウは布の端を掴み引っ張ると同時に敵の向こう側に走る。
布は剥がれたが、フロウは背中に痛みを覚える。
さらされた姿は四本の脚に両腕の鋭い爪。まさにサソリの姿。ドラピオンである。
加えて、鋭く口から牙が覗いており、体、腕と薄い紫と濃い紫のシマシマで色を構成している。
フロウはその姿から、背中を尻尾の針で刺されたのだと察する。
そうすると、次は毒を心配する。
「毒が心配?」
不意に落ち着いた声で青い布を覆っていたドラピオンが話してくる。
「もちろんなのだ」
フロウは正直に即答する。
「心配無用。尾はほぼ無毒。但し……牙の毒は強烈」
口元から牙を強調するように覗かせて言う。
「そうなのだか。親切に教えてくれてありがとうなのだ」
フロウは素直に礼を言うが、相手はすでに次の行動に移っていた。
その見た目からは予想もつかないような速度で、フロウに接近する。
そして一気に爪を振り下ろす。
油断していたフロウは、一瞬反応が遅れた。
ドラピオンの振り下ろした腕をフロウは直前で受け止める。
が、ドラピオンの勢いは衰えるコト無く、その状態のままさらに距離を縮めてくる。
このままでは噛み付かれてしまう、とフロウは危機を察する。
するとフロウは、受け止めていたドラピオンの腕を投げるように手放し、横回転で距離を取った。
だが、目の前にはすぐドラピオンの尻尾が。
フロウは再び尻尾の針に傷を負わされる。左肩の辺りから血が流れ始める。
敵の攻撃テンポの速さにフロウはかなり苦戦を強いているようだ。
「攻撃手段は爪、尻尾、牙なのだか……。かなり、厄介なのだ」
フロウは呟くと、勢いを付けて真っ直ぐドラピオンに向かっていく。
ドラピオンは堂々と正面に構え、受け止める体制に入る。
フロウはそのまま突撃はせずに、直前で急な方向転換をする。
そしてそのまま背後に回り込もうという勢いで走り続ける。
ドラピオンの両腕の射程範囲から完全に逃れたら、当然、次は尻尾がフロウ目掛けて迫ってくる。
フロウは速度を落とさずに尾の先端の針から身をかわし、その尻尾を掴む。
そこでついにフロウの本領発揮。水を使って強力な推進力を作り出す。
尻尾を掴んだまま、猛スピードを生み出し、フロウの進行方向へドラピオンを放り投げる。
ドラピオンは正面にあった木に大きな音を立てて衝突する。
が、ドラピオンはすぐに体勢を立て直した。
追打ちを、と再度走り出したフロウを迎え撃つには十分間に合う。
ドラピオン自身フロウに向かって走り出し、両腕の爪をフロウに振り下ろす。
フロウは構わずそのまま直進し、勢い良くドラピオンに突撃する。
が、ドラピオンの両腕により体の両側面を切られた。
ぶつかられたドラピオンは倒れる寸前まで後ろに仰け反った。
が、四本の足がドラピオンをしっかり支えており、転倒には至らなかった。
フロウは再びドラピオンが体勢を立て直す間に少し距離をあける。
「かなり効いてると思うのだが……。丈夫なのだな」
フロウはほぼ全力の一撃を食らわせてもあまり動じないドラピオンに動揺しつつある。
次に動きだしたのは二匹同時だった。
動きだしたフロウを、ドラピオンは自分の尾の射程範囲に入った瞬間に攻撃した。
ドラピオンの尻尾によってフロウは地面に叩きつけられる。
そこで敵の攻撃は止まらない。
間一髪起き上がるのが遅れたフロウはドラピオンに体を踏み付けられる。
この時フロウは水から推進力を得て強引に抜け出そうとしたが、それよりも早く、ドラピオンの尾の針がフロウの腹に刺さった。
「っ……!」
声すら出ないフロウ。
これで決まった、と思ったのだろう。ドラピオンは針を抜き去り、フロウに乗せていた足も下ろした。
針が比較的細いため、フロウの腹からの出血は少量で済んだ。
が、フロウはかなり痛そうに腹を押さえて悶えている。
「がぁ……。さ、流石にこれはおいらの敗け……なのだか……」
「そうだな。降参すれば、生存は可能」
明らかに勝ちを確信したドラピオンは表情がどこか愉しげだ。
「じゃあ、おとなしく諦めるのだ。……でも、おいらに勝った奴の名前ぐらいは知っておきたいのだ」
「スピオン。……これで満足?」
「スピオンなのだか。満足したのだ」
と、途端にフロウはのっそりと起き上がる。
そして、一気に表情を鋭くして。
「スピオン。お前がソルをあんな目に合わせたのだな」
喋り始めると同時に地面を強く蹴り、水を使う。
フロウが全力を出したのもあり、スピオンが油断していたのもあって、攻撃が気持ち良いほど決まった。
フロウの攻撃は水から得た推進力とともに、更にその水ごと凄まじい勢いで尻尾で打ち込むものであった。
水から推進力を得てそのままぶつかった時とは威力がまるで別物。
踏張る余地すら与えずに、スピオンは後方に飛ばされた。
フロウは倒れたスピオンをしばらく伺っていたが、一向に起き上がる気配が無い。
「畜生……。さっきのは……演技?」
かすれた声でスピオンが言ってくる。
「あぁ。ジグに言われた作戦なのだ。相手の大技を食らったなら、敗けたフリをして、隙を伺って一気にいけ、なのだ。もしかしておいらの演技、上手かったのだか?」
「騙された分際だが、演技は下手。成功した要因は、意外性」
敗けた割には横柄な口を聞くスピオンだが、フロウはそれを真っすぐ受け止めて。
「やはりなのだか。おいら完全にナメられてるのだな。……じゃ。おいらは急いでるのだから」
言葉の後半には怒りの感情が付加していた。
それからフロウは無言のまま木の実を手に無理せず持てる量だけ持って、森の闇の中へと消えていった。
道中、フロウは小さく一匹で呟いた。
「やっぱり、おいらには演技は向かないのだ……。あんな戦い方は好きじゃないのだ」
戦闘開始を告げる一発の砲弾が放たれてから数分が経過した。
街の周辺に配置されていた者達は、数匹の侵入を許してしまったものの、残りの多数を殲滅するコトが出来た。
「相手にならないであるな」
倒れている敵を見て、戦闘中はもの凄い迫力を見せるトランスが険しい表情で言う。
「トラ。油断は駄目ですわ。……まだ、誰かの気配を感じますわ」
ティサは辺りに集中しながら、トランスに言った。
いつ来る、どこから来る、と警戒していると、正面から堂々と、布を覆った者が現れた。
布の色は赤色。ジグ達とは以前に戦った、ターブだ。
街入り口周辺に居る者達を全く相手にせず、ターブはスタスタと前進し続ける。
「待て。そのまま街の中に入れると思ってるのであるか?」
ターブの前に立ちはだかり、鋭い形相で睨み付ける。
「もちろん。逆に尋ねるが、そんなので俺を止められると思ってるのかい?」
トランスの威嚇にも怯まず、平然と言葉を返す。
「まぁ、それはどうでもいいさ。お前達には意味が分からないだろうケド、やっと布を取る許可が出たんだ。……久しぶりに全力で戦える」
トランスも不安を覚える程の威圧が、ターブから放たれていた。
二匹からは少し離れた位置に居たティサも怯えたそぶりを見せる。
「最後に聞くよ? 通してくれる気は無いのかい?」
サッと道を譲りそうになるほどの気迫で問い掛けてくる。
トランスは一瞬、言葉が詰まりそうになったが、威圧で負けてはいけない、と意識的に声を張る。
「無い!」
直後、真っ赤な布が暗がかった空をふわっと舞う。
*第19話・浅葱色の全力 [#ca31d659]
トランス達と向かい合っているのは、胴体に白っぽい黄を含んだ大量の毛。四肢や顔は赤い体毛。
更には、長い毛により増量された尻尾を持つ。ブースターである。
「俺は全力で行くから、そっちもみんなで来たほうがいいんじゃ無いかい?」
確かに、トランスとティサの周りには街のポケモン達がいる。が、ほぼ全員それなりに負傷している。
無傷かつ自称強い相手に挑むには正直、戦力にならなさそうだ。
対して、トランスとティサは上手に戦いをこなしてきたので、体力はまだまだ残っている。
「では、オレとティー。二匹で行かせてもらうのである」
トランスの宣戦に、後ろにいたティサも覚悟を決める。
「二匹……でいいのかい?」
ターブは低いトーンで呟くと、ゆっくりと前傾姿勢になっていく。
直後。二匹が同時に動きだし、ターブとトランスはお互い直接的な攻撃を交わした。
が、トランスだけが激しくその場から飛ばされるように倒れる。
「ふぅん……全然だな」
呆れた様子を見せ、ターブは言う。
飛ばされたトランスの横。ティサがターブに少し近付くと、念力を放った。
ターブはその念力にかかるものの、全く効いていない。
「そんなに離れた位置から念力をかけたところで、力が弱まってしまうだけだろう」
ターブはそう言うと、サッと走りだしティサに一気に迫る。
ティサは直前にターブの言った言葉を鵜呑みにしてしまっていた。
だからギリギリまでかわそうとせず、直前で再び念力を放つ。
しかし、ターブの身のこなしは軽く、ティサの念力の発動と同時に背後に回り込んだ。
「あっ……」
ティサがしまった、という表情をして間も無く、ターブの前脚による強力な一打が繰り出される。
ティサは地面に強く体を打ち付けた。
「当たれば……今のは確かに効いたかもね」
余裕の表情でターブは言う。
ターブはちらっと目線を横に向けると、こちらを睨んでいるトランスの姿があった。
「ほぉー、真っすぐ突っ込んで行くだけじゃ勝てないって気付いたのかい?」
「確かにそうであるな……」
と、小さく答えるとトランスは全身に電気を纏い始めた。
「なるほど、そう来るかい」
ターブはそう言い大きく息を吸い込むと、炎を吐き出した。
放たれた炎はトランス目がけて真っすぐ飛んでいく。
トランスは電気を全身に纏った状態で、炎に直進した。
帯びていた電気が炎と相殺する。が、トランスの直進の勢いは衰えない。
ターブはやれやれとした表情で、向かってくるトランスを打ち返そうと、一歩踏み出そうとする。
が、直後。ターブは異変に気付く。
体が……というか前脚が動かない。
予想外のコトに一瞬焦りを見せたが、すぐに防御態勢に移ろうと身構えた。
ここでようやくトランスの一撃がターブに入った。
「ティー。助かったのである」
「……どういたしまして。……上手くいって良かったですわ」
どうやらティサの力でターブの一部の動きを封じていたらしい。
この技はかなり局所的に念力を放つため、成功率がそれほど高くないようだ。
「……レントラー。今のは全力かい?」
攻撃を受けた直後のターブが平然と立ったままトランスに聞いた。
つまり、この程度の攻撃では俺は倒せんぞ、と言いたいのだろう。
トランス自身、確かに本気では無かったものの、決して手を抜いたつもりは無い。
ターブの頑丈さにトランスは恐怖すら感じた。
かと言って降参するつもりも敗けるつもりも無い。
改めて気合いを入れ直し、トランスは言う。
「少しばかり手を抜いたである」
「ふぅん、そうかい。じゃ、次の一撃はもっと期待しておこうか」
そう言うと、ターブは体をティサの方に向けた。
「今からアッチばっかり狙うから、阻止したければいくらでもどうぞ。俺はお前に手を出さないでおく」
顔だけトランスの方に向けてそう言うと、ターブはバッと地面を蹴り、ティサに急接近を試みる。
ティサはひとまず念力で自分の体を高く浮かせ、トランスの援護を待つ態勢に入った。
トランスは体中に電気を帯びてターブに突進しようと全力疾走していた。
ターブはだから特にどうする訳でも無く、走ってきた勢いそのままに高くジャンプする。
自分の身長は遥かに越えたが、ティサには今一歩高さが及ばなかった。
が、ターブは自分の体が最高点にたどり着くと同時に炎を吐いた。
ティサは自分の体を浮かすのに使っていた念力を解き、迫ってくる炎を受け流すのに使った。
そのため、ティサはターブの吐いた炎の餌食にならずにすんだ。
そして同時にティサは落下を始める。
トランスはターブが跳躍してしまった後はとりあえず速度を落とさずに走り続け、適当に折り返し、
落下直前のターブに攻撃できるよう、タイミングを見計らうようにした。
そしてターブの落下直前……。
ターブは宣言通り、何もしてこなかった。
無抵抗にトランスの一撃を受け、その場に倒れた。
だが、すぐに起き上がり、トランスに接触された箇所を押さえながら口を開いた。
「痛い痛い。これは効くねぇ」
と、態度が全く痛そうじゃない。
当然、この態度にトランスもあまり効いて無いコトに気付く。
トランスは本気でヤバさを感じた。勝てないんじゃないか、と諦めが現れ始めようとしている。
そうこうしてる間にもターブはすぐにまた動きだす。もちろん標的はティサ一匹。
先程ターブより一瞬遅れて地面に落ちてきたティサだが、上手く着地できず、痛そうにまだその場を動かない。
そんなティサを背にトランスがターブの前に立ちはだかる。
「雌ばかり狙う、そんなコトよく平気で出来るのであるな」
トランスはティサの復帰の時間を稼ごうとしたのか、ターゲットを自分に変えさせようとしたのか、挑発に出た。
「そしたらお前が全力で攻撃しやすいんじゃ無かったかい? 結果、しっかり俺に一撃入れられたしさ」
「じゃあ、もう無意味であるな。残念だがオレはあれ以上強力な攻撃はできないのである」
その言葉にターブは、んー、と低く唸る。
そしてその刹那。
トランスは反応が全く追い付かなかった。ただ、気付けばトランスの左肩から血が流れだしていた。
「攻撃していいって言ったよねぇ」
トランスは信じられない、といった表情をしていた。……しかも、攻撃していいなんて言ってない。
トランスの驚きぶりにターブは少しだけ口元をにやつかせる。
「もう一回だけチャンスをあげるケド、どうだい? どうせさっきのが本気な訳無いしさ」
いや、本当に全力だった……。
と、トランスは思う。仮に全力じゃ無かったとしても九割九分ぐらいは力を出してたに違いない。
……残りの一分で大した違いは生まれない。
トランスの思考は相変わらず諦め路線をなぞる。
その時、大きな衝突音が耳に響いた。
「次の行動が遅すぎ」
そう言うターブの足元。ティサが倒れている。
「おい! ……もう一度チャンスをくれである」
これをきっかけにトランスはあっさりターブの提案を受けた。
とは言え、もともとこちらに有益なコトしかない提案、すなわちハンデだったので、悩む理由は無かったハズだ。
つまり、この提案を渋った原因は、トランスのプライドであった。
ハンデをもらっても勝てそうに無い。その考えがトランスを悩ませていた。
「まぁ、二度目というコトもあるし、ちょっとやり方を変えようかい。最初の様に互いに一撃を繰り出す。
俺はお前の攻撃は回避も防御もしない。それに、俺はわざと後出しする。……これでどうだい?」
ターブの言葉が本当ならば、トランスは全力の攻撃を確実にターブにぶつけるコトが可能だ。
逆に、トランスの攻撃でターブを行動不能にしておかないと、トランスの負けは確実なものになってしまう。
トランスの心には依然として不安が渦巻いていた。
「大丈夫です。……トラ、自分を信じるのですわ」
不意にティサの声が聞こえる。
彼女の傷も浅い訳では無いハズだが、気付けばティサは起き上がっていた。そしてトランスの近くまで駆け寄る。
その言葉で、トランスの中には何故だかもの凄い自信が生まれた。
というかは不安が掻き消えたというべきだろうか。
そして、トランスは今自分がここにいる理由を改めて思い出した。
こいつと正々堂々と戦うためじゃない。
……勝てる、勝てないとかじゃ無くて、こいつらの街への侵入阻止だ。
なら、ハンデをもらってでもこいつを仕留めないとダメだろ。
また長い思考。だが、答えはもう出た。
やってみるしかない……と、トランスは覚悟を決め、真っすぐとターブを見据える。
睨みつける訳でも無く、怯える訳でもない。まるで何も考えていないような奥底深い瞳でただ見ていた。
何かが変わった。と、ターブはトランスの様子の変化に気付いた。
「さっきと目が違うな。……楽しみだ」
ターブは口元だけを動かす。お互いに相手から目を離さないでいる。
二匹が見合った状態からしばらく場に変化は訪れなかった。
ティサも集中して二匹の動きを待っている。
突然街の方から聞こえてきた大きな衝撃音をきっかけに、二匹は動き出した。
ティサはこの時を待っていた。加速するトランスの背中から念力で押すコトで、更に速度を与える。
トランスは体中に電気を帯び、ターブは炎を纏う。
予想外の速度にターブは内心焦りを見せていた。
この速さの変化による一瞬の攻撃の差が勝負を大きく左右する。
そうこうする間に二匹の間に距離が無くなり、駆け抜けざまにお互い牙による攻撃を仕掛けた。
最も近くで観戦していたティサでさえ、攻撃の瞬間は速すぎてどっちがどうだったなど全く分からなかった。
先に体勢を崩したのはトランス。先程ケガを負ったのとは逆の肩から背中にかけて広い範囲に傷を負い、血を流していた。
「ぐああぁっ……」
左の前脚で傷口を押さえるように地面に伏せる。
「トラ!」
ティサが思わず叫ぶと、全力で走ってトランスの元へ駆け寄った。
「あいつは、どうなったのであるか?」
そうだった、まだ負けたとは決まってないですわ。とティサはふと後ろを振り返り、ターブの様子を確かめ……ようとした時にはすでに傍まで近付いて来ていた。
瞬く間にティサの顔から血の気が引く。
ターブは体毛の一部を血で染めながらもまだ悠々と立っていた。
「ふぅ……二匹がかりの全力、と来れば流石に効くなぁ」
ターブは二匹に聞かせるように発言する。
ティサは念力で援護したコトを気付かれていたというコトに驚く。
「でも、残念だった。俺はまだまだ戦える……」
「いや……長くは無理であるな……」
ターブの発言にトランスが声を絞って反論する。
顔はうつむいており、傷口を押さえたまま肩で呼吸しているような状態だが、まだ心は折れていない。
ターブが驚いたようなリアクションをすると、別にトランスはそれを見た訳では無いが、ちょうどいいタイミングで話を続ける。
「オレは正直、勝ちは捨てたのである。……なるべく沢山オマエの体内に、電気を……送り込むコトだけに、集中したのである……。
だから、オマエの体にはもう異変が……現れるハズである……」
「残念。見ての通り俺はどうってコトないんだケド?」
ターブが微かに口元を緩ませて自分の無事をアピールする。
が、その発言には何も返さなかった。
丁度その時トランスが小声でティサに話していたからだ。ティサはちらっとトランスの方を見て無言で頷くと、すぐに目線をターブに移す。
そして、念力でトランスごとターブから距離を取った。
無駄な足掻きを……と、ターブはすぐに追いついてやろうとグっと足に力をこめる。
勢い良く走り出した矢先、ようやくターブの体に異変が訪れた。
地を蹴って間も無く脚が突然動かなくなり、膝から崩れてターブの体は滑るように倒れる。
今のターブは隙だらけと言えばまさにそうだが、もはや二匹に反撃する程の体力は残っていなかった。
トランスは痛む体を無理矢理動かし、ターブを視界に入れると、ざまぁみろとでも言うように告げる。
「痺れが出てきたであるな……。これで、オレ達がやられても……他の誰かが何とかしてくれるのである……。
運動の激しさに比例して、体の自由は失われていくのである……」
ターブは自分の体を気遣うようにそっと起き上がると、困った表情を見せて言い返す。
「なるほど……。これで俺はしばらく全力の戦闘は出来ないってかい。姿まで見せたのに情けないな。またしても撤退か……」
後半はボソボソと何と言ってるのかは二匹は聞き取れなかったが、ティサはターブにもう戦いの意志が無いようなのは感じ取れた。
ティサが集中してターブの次の行動を伺っていると、彼は堂々と二匹に背を向けて闇の中へ歩いて消えていった。
「……トラ、やりましたわ。……侵入を、食い止めたのですわ」
「そう……であるな」
トランスは辛い表情を一転させ、ティサの方を向くと遠慮の無い笑顔で微笑んだ。
思わずティサも微笑んだが、それからティサはただひたすらトランスの傷の心配をしていた。
*第20話・狐色の取引 [#r04e49f8]
街のポケモンセンターの内部。水色の布を覆ったニナは誰にも見つかるコト無く、侵入に成功していた。
電気も点いていない暗い部屋の中を足音も立てずにすいすいと歩き回る。
一通り部屋を巡回してニナはどうも可笑しい、と腕を組む。
「居ニャい……。でも自分でここから出て行ったとは考えられニャいし……」
少しの間、そのまま動かずに考えていたが、ふぅ、とため息をつくと再び歩き出した。
ニナは裏口からポケモンセンターから出ると、周囲に待機していたゴルバット達に呼びかける。
「アブソルが居ニャかったわ。今からこの街と周辺を徹底的に捜して来ニャさい」
ニナの指示が通ると、数匹いたゴルバット達は一斉に真っ暗な夜の空に舞って行った。
レイシーは街のすぐ北西。廃材などが沢山置かれている場所にソルと自らの身を隠していた。
街の方角から何度も聞こえてくる大きな音に怯えながら、ずっとその場から動かずじっとしている。
一体、他のみんなはどうなっているのか。戦いそのものはどちらが優勢なのか。
一切の状況が掴めない。でも、自分から行動を起こすことはできない。
今更ながら大変な役を与えられてしまった、と思う。
とは言え、大変な役はみんな変わらない。
フロウだってソルの命に関わってるし、サンディもジグや街を守っている。
トランスとティサも侵入者を出さないように必死に戦っている。
そして、レイシーはソルそのものを守り抜く。
改めてみんなの役割を思い返している内にも、行動意欲は増していく。
すると、突然何者かの足音が聞こえてくる。
音の間隔から走っているらしいが、どうやらこちらに向かって来ているようだ。
その直後。頭上遥か上を飛ぶ一匹のゴルバットの存在に気付く。
こちらから相手が見えるというコトは相手からも見られたかもしれない。
なら、出来るだけ逃げないと。フロウが来るまでの時間を稼がないと。
レイシーは恐る恐る隠れていた物陰から姿を出す。
こちらに向かう足音は真っすぐ来たとしてもあと数秒はかかる、と読み、レイシーは更に北、林の中へと歩きだす。
本当はサッと走って行きたいところだが、背中にソルを乗せた今、激しい運動は出来ない。
動きが制限されるというコトは言うまでも無く、加えてソルの状態にも良くない。
つまり、戦闘なんてもっての他だ。
発見される訳にはいかない。見つかっても逃げるしかない。レイシーは気持ちばかり焦ってしまう。
ソルを背負ったその歩みで林の中まで辿り着いた。これで空中のゴルバットからの目撃の心配は無くなった。
再度レイシーが身を隠して間も無く、足音がさっきまでいた自分の位置まで辿り着いた。
と、そこで一旦足音が止む。
レイシーはゴルバットに上から姿を見られたコトを確信した。
「ふふ……どこに隠れたのかしら。……無駄なコトなのにね」
声が聞こえた。近くに隠れていると思っているからか、それなりに大きい声を出している。
レイシーからそいつの姿は確認出来ないが、声から水色の布とみて間違い無いようだ。
ニナは地面に目を向ける。
そして、出来てから間も無いと思われる足跡を見つけた。
「もう見つかるのは時間の問題ね。覚悟しなさい」
ニナは足跡をたどって歩き始めた。
ジグとサンディは紫色の布に苦戦していた。
空中からのヒットアンドアウェイ。とはいえ、奴はほとんど地上に降りてこない。
上空から地上に向けて、聞いてて頭が痛くなるような超音波を飛ばしてばっかりだ。
それによりひるんで大きい隙を見せる者が居ればようやく攻撃のために降りてくる。
このサイクルにサンディもこの上無い程に苦戦を強いられていた。
何度かジグも攻撃されそうになるが、サンディが自らの身を張ってジグを守っていた。
紫色の布はまだ正体を晒してない上に無傷なのに対し、サンディはかなり傷を負っている。
また、厄介なコトにジグとサンディはまだ言葉を交わすコトが出来ない。
降りてきた瞬間を叩こう! とサンディは思うものの、こちらが攻撃できない時にしか降りてこないのだ。
……と、なると。
サンディは紫色の布を見上げる。
紫色の布は相変わらず超音波を放ちながら空を自由に飛び回っている。
サンディは適当なタイミングで超音波を浴びた時の様な動作をとる。
うわっ、と嫌な表情を作り、頭を抱えてうずくまる。
その様子を見た紫色の布は超音波が当たったのだろうと思い、地上近くに降りてくる。
そしてそのままサンディに近付いて来た。
サンディは、もらった! と顔を上げて紫色の布にその鋭い爪から一撃を繰り出す。
上手く不意をつけた様で、サンディは紫色の布の体を布ごと切り裂くコトが出来た。
ようやく紫色のこいつも姿が晒された。
布を剥がしても全身紫色。そして四枚の羽を持つコウモリ型のポケモン、クロバットだった。
「ちっ……」
姿を晒したクロバットは、素早く体勢を立て直すと、サンディに羽からの一撃をお見舞いし、再び空中へと飛び立っていった。
布を取ったコトにより、速度は数段階増している。これを捕らえるのは至難の業だろう。
二匹の戦いはまだまだ続くようだ。
レイシーの逃亡も虚しく、ついにニナと遭遇してしまった。
「見ぃつけた。さぁ、大人しくその子を渡しなさい。……そうすれば痛い思いはしないわよ?」
ニナはさっと手を出し、レイシーに要求する。
ソルを守るコトが任務の彼女にこの要求が通るはずも無く。
「分かってるとは思いますが、それは無理なお願いですね」
レイシーが言い終えると、ニナの合図でゴルバット達が周りを囲み始めた。
「これでも……渡す気にはなれないかしら?」
険しい目つきでレイシーが一通り周りを見渡す。そして、重たく口を開いた。
「渡す気には……なれません……」
レイシーはどこからでも来いとでもばかりに身構えて周りからの襲撃に備える。
が、待ったところで一向にニナはもちろんゴルバット達も襲ってくる気配を見せない。
尚も油断せず周りを見渡すレイシーの様子を見て、楽しそうにニナは言う。
「あらあら、そんなに怖がらなくてもまだ襲ったりしないわよ。……まだ、ね」
ニナは“まだ”を強調する。が、レイシーは警戒体勢を解くつもりはなさそうだ。
レイシーは周りを気を配っていながらも、次の手を既に打っていた。
地面を少しずつ凍らせ、ニナがいざ動き出した時に転ばせる様に仕掛けている。
ニナはまだそれには気付いていないようで、警戒中のレイシーに質問を投げかける。
「あなたがこの状況を打破出来るとは到底思えない。一体何を企んでるのかしら?」
レイシーは答えない。隙を見せればその瞬間終わる。そう思い、ずっと集中を切らないでいる。
レイシーの様子から答える気が無いと判断し、ニナは次の手を考える。
と言ってもニナはもともと手はいくつか用意しており、どれを使おうか選んでいるだけだ。
次の行動を決定するまでの数秒間。ニナはずっと返答を待っているかのように装いながら思考を巡らせており、レイシーには決して隙や変化を見せなかった。
途端にニナはバッと後ろを振り返る。
驚いた表情でレイシーを一度だけ確認すると、わき目も振らず、その場から走り去っていった。
だが、レイシーの周りにはゴルバット達が依然として目を光らせており、危険な状態に全く変化は無い。
戦うなら今……。ソルを置いて、敵には一切手を出させずに、このゴルバット達を全滅させる。
それで尚且つ、ニナには見つからず逃亡。
これが理想の形だが、果たして上手く行くのだろうか?
レイシーは気を引き締めた傍らの思考力でもそれが容易では無いコトはすぐに分かった。
かといって実践しないコトには話は進まない。ニナの行動も不明であり、時間があるとは言えない。
スッ……とついにレイシーが動きを見せた。
その場にそうっとソルを降ろすと、まずは前方のゴルバットに向けて氷の塊を放った。
林の中で、飛行が大きく制限されたゴルバットに、見た目通りの機動力は発揮できず、レイシーの素早い攻撃をかわすコトはかなわなかった。
正面のゴルバットから順に反時計回りに、レイシーは攻撃を続ける。
一匹目のゴルバットがやられてから、他の奴らはレイシーに接近を始めた。
レイシーが氷を飛ばしながら一回転するのが先か、ゴルバットが襲い掛かるのが先か。
レイシーがもとの姿勢から真逆、つまり半回転した時に、ゴルバットがもうすぐそこまで来ていた。
レイシーは攻撃を中断し、何よりもまず、ソルを守ろうとゴルバット達の前に体を張った。
羽がぶつかりあって邪魔になるせいもあって、同時には二匹までしか襲い掛かるコトはできない。
それでも、レイシーはどうするコトもできず、二匹の牙でズタズタにされる。
さらに残った者がソルに近付き、噛み付こうかとした時。
「はいは~い。ソコ、暴れないでね」
ニナが戻ってき、ここでひとまず攻撃はおさまった。
何ヶ所も噛み付かれたレイシーの体のあちこちから血が流れている。
レイシーは自分のケガのコトなんか気にせず、ソルの心配をする。
「もう戦いは無意味。グレイシアのあなた、人間の方が捕らえられたそうよ」
そう言っているニナの背後にはまた新たなゴルバットが一匹。
恐らく情報伝達役なのだろう。
一方のレイシーはニナの言葉に目を丸くする。
「そんな目で見たって……事実なんだから受け入れないとダメよ」
レイシーはまだ信じ切れていないようで、動きは固まったままだ。
ニナは気味悪くうふふ、と笑うと、また口を開く。
「でもね。私達はここで“取引”を申し立てるわ。……内容は……」
と、ニナはすっと右腕を地面に水平に上げ、ソルを真っすぐ指す。
「その子と引き替え。……ふふ、もちろんこれに応じればあなたには一切手出ししないわ」
ソルかジグか。レイシーはまさに究極の二択を迫られていた。
当然、レイシーには決められるハズが無く。
「断れば……どうなりますか?」
「あの人間と二度と会えなくなる。……それだけよ」
ニナはそれだけ、と軽く言うが、レイシーにはとても“それだけ”で済ませられる問題じゃなかった。
この取引にどう応じるか、レイシーは落ち着いて脳を稼働させ、最善の答えを模索する。
そして、何か思いついたようで、レイシーは口を開く。
「私からも提案があります。……あなた方と戦い、私が負ければ、ソルくんもジグさんも、当然私も好きにしてください。私が勝てば……」
「人間は返せ……よね? うふふ、威勢のいいコトね。私は意義無しよ」
ニナはレイシーの喋りに横入りし、結論と賛成を述べる。
ある意味でニナの作戦は成功した。
ジグを捕らえたと言うのは全くの嘘だからだ。
とは言え、今のレイシーにそれを知る術は無い。
ニナは布の上からでも分かるようにうふふ、と笑うと、直後に急接近してくる。
もともと複数のゴルバットを相手しても勝てなかったレイシー。
ニナが加わったそれらに敵うハズが無かった。
レイシーは数発攻撃を受けた後にニナに取り押さえられる。
身動きが取れなくなったレイシーの視線の先。地面に横たわるソルとその上に止まる一匹のゴルバット。
「うふふふふ。あなたの取引になんか応じる訳無いでしよ?」
まず一撃。ゴルバットの羽による攻撃が入る。
目の前の光景にレイシーは言葉を失う。
レイシーは我も忘れて全身の力を絞り尽くしてニナの拘束を解こうとした。
が、がっちりと固められており、とても抜け出せない。
「やめて……! ソルくんには手を出さないで下さい……っ」
レイシーは泣きそうになりながら訴える。
しかし、その訴えが通るハズも無く、ソルの体は次第に血で赤く染まっていく。
「うふふふ……無抵抗な者を虐げる、これ程愉快なコトは無いんじゃないかしら?」
悔しい、許せない……。自分の無力が嫌になる。
レイシーはどうしようもない感情を抱いたまま、ただ、悲惨なその光景を見ているしか無かった。
「お願い……です。やめて下さい……」
レイシーの悲痛な叫びがニナの笑い声と共に林の中に響いていた。
*第21話・松葉色の乱入 [#a80fbe84]
ソルの体もレイシーの精神もまさに限界まで来ていたその時。突然ニナがレイシーを突き飛ばした。
その直後にレイシーの背後で、何かが降ってきた様な音。
「姉ちゃん。手伝いに来たよっ」
場の空気に合わない明るい声でそう言い、現れたのはリアであった。
木から飛び降り、その際にニナに攻撃しようとしたのだ。
リアはニナが間一髪攻撃を回避したコトに微塵も動じず、着地と同時にソルを襲うゴルバットを蹴散らす。
ソルは全身血まみれなりながらもまだ辛うじて意識だけは保っていた。
「姉ちゃんはまだ動けるよね? このザコ達はぼくに任せて、ソルと遠くに逃げて」
レイシーは首を縦に振り頷くと、ソルまで近付きその背中に再び乗せた。
「リア、お願いしますね」
レイシーが一言そう言うと、よたよたとどこか頼りなさげな足取りでこの場を離れていった。
その間、誰もレイシーに手出し出来ないようにリアが最大限に睨みを効かせていた。
「ねぇ、この地面が凍っているのっておまえのしわざ?」
レイシーが見えなくなる頃、リアはニナに質問する。
「何のコトかしら。あのグレイシアが勝手にやったんじゃないかしらねぇ」
確かに地面を一部凍らせていたのはレイシーであるが、リアはこの対応で相手の正体を探っていた。
「知らない訳ないよねっ。おまえ、この上を普通に通過してたはずなんだし、氷に慣れてない者だったらこの上を歩こうとすればすぐにすっ転ぶもんねっ」
「……何が言いたいのかしら?」
リアの言葉にニナが若干の動揺を見せる。
「おまえ、姉ちゃんと一緒で氷とか冷気とか扱えるんだろ……ようするに、ぼくはおまえと会ったことあるよね」
リアは断言する。ニナは対応に一瞬戸惑うも、急に口調を変えて。
「ニャハっ。その通り。アンタの言うとおり、アタシは冷気で戦うコトが得意、ニューラニャのよ! この前はよくも邪魔してくれたわね」
台詞と同時に自ら布を掴み取り、その場に投げ捨てる。
「アタシはこの子を止めておくから、アンタ達は早くグレイシアを追いニャさい!」
言い終えて間も無く、全てのゴルバットが地に伏せた。
「だぁかぁらぁ。カスな奴が束になったって意味無いよ!」
リアは瞬間芸を当たり前のようにこなし、平然と言葉を紡ぐ。
ニナもこれには驚くしか無かった。明らかに前よりも速度が増している。
ニナはリアが物凄い怒気を纏っているコトに気付いた。
「ほんと、おまえはポケモンのクズだねっ。……姉ちゃんをいたぶる様な奴、許せるはずないし」
声と表情には表れない、底の見えない怒りが確かに存在した。
リアは地面を強く踏み攻撃に移る。
ニナも身のこなしはかなりのもので、際どいものではあったがリアの一撃を回避した。
「最初の不意打ちも今のこうげきもよけるなんてね」
「……それはどうも。ところで、姉ちゃんとか言ってたケド、アンタあのグレイシアの弟ニャの?」
正直、今のリアの実力を見る限り勝てる気がしニャい。
ニナはそれを肯定するしか無かったが、諦めるような素振りは見せる訳にはいかない。
あくまで対等に見せるべく、ニナは平静を装って話しかけたのだ。
「うん、そうだけど?」
リアの対応は素っ気無いものだ。
「アンタからはどんニャ姉に見える?」
間髪入れず、ニナは質問を与える。
喋っている時の隙を狙うしかニャい。ニナはそう考えたのだ。
「強いと思うよ。……おまえよりはね!」
リアは即答する。これでは隙は生まれない。
が、ニナは得意げにまだ話を続ける。
「ふぅん。そうニャのか。ゴルバット達もみんニャやられちゃったし、今からあのグレイシアとサシで戦ってみようかニャ。……そこに隠れて見てる見たいだし」
そこ、とニナはリアの向こう側、一つの茂みを指差す。
リアは、逃げてなかったの!? と驚きつつ姉の姿を確認するべく後ろを振り返る。
まさに作戦通り。ニナはその瞬間を見逃す訳が無かった。
純粋な移動速度そのものはニナとリアは大差無い。
ニナは瞬時にリアとの距離を詰めにかかった。
完全に不意をつかれたリアが反応した頃にはもう遅く、凍り付くような冷気と共に地面に殴り付けられるのだった。
「くあぁぁっ……!」
珍しくリアが悶える。結構効いているようだ。
ニナの攻撃はまだ続く。
もう片方の手の爪を尖らせ、裂きにかかる。
リアは回避すべく地面を転がり、同時に手首の草状の部位を振り反撃に出た。
二匹の攻撃は互いにぶつかり、結果としてはニナが反動で多少弾かれた形となった。
その隙があればリアは立ち上がり、体勢を整えられる。
「ふざけやがって……」
「ニャハッ。騙されるとはアンタもバカニャのね」
ニナの挑発すら聞く耳をもたないリアがすっ、と動き始める。
「……殺す」
リアが誰にも聞こえないような声で呟く。
そして、次の瞬間……。
ニナは心臓が止まるかと思った。いや、間も無くそうなるかもしれない。
リアの草状の刃がニナの喉元に突き付けられる。
「一秒待つ。あやまれ」
目が本気だ。一秒も待ってくれなさそうなぐらいに。
流石のニナも正真正銘命の危機を察した。
「っ……ご、めん……ニャ……」
ここで一秒が経過した。
……が、いつまで経ってもニナからは一滴の血も流れない。
にも関わらず、リアの足元には意識を失ったニナの姿があった。
「四文字言えたから三分の一殺し。……後は姉ちゃんしだいかな」
リアはよく分からないコトを言うと、姉の進んだ方向へ後を追うのだった。
布を失ったアークの速度は物凄いもので、サンディの攻撃が繰り出された後からでも容易に回避できている。
一方のサンディはアークから小さい攻撃を何度も受けており、体力は確実に削られている。
あまり姿を見せたくないタメか、アークは布を取ってからはそれ程高く飛ぶコトは無くなった。
「シシシ、動きが鈍いな」
先程から何連続と攻撃を空振りするサンディにアークが罵る。
サンディもジグも必死に攻撃する機会をうかがっている。
せめて、もう一匹攻撃出来る奴が居ればな……。
そうは考えるものの、街のポケモン達は正直役に立ちそうも無い。
ジグが戦えればいいのだが、流石に無理のある話だ。
サンディも長くは保たない。考えてる時間はもう無い。
また一撃。アークがサンディに繰り出した。
と、同時にジグが閃いたかの様に声を出した。
「そうか、あったぞ。……こいつを仕留める方法」
表情から意味を理解するのは容易く、サンディにジグの言ったコトは伝わっていた。
「よし、準備してくるから少しの間待っててくれ」
ジグはそうサンディに告げると、一目散にその場から走り去っていった。
一体何をしようというのだろうか。サンディは微かに期待はしつつも不安は拭えない。
こちらの攻撃は全て見切られ回避されてしまう。ならば、フェイントか……。
サンディは攻撃しようと向かってくるアークに向けて真っすぐ、反撃するかのように腕を振りかぶる。
アークはすぐに進行方向を変え、サンディの側面に回り込んだ。
サンディは攻撃モーションを中断し、流れる動作で回り込んだ直後のアークにもう一方の腕から本気の一撃を叩き込んだ。
しかし、やはりアークの機動力は侮れないもので、アークはそこから更に緊急回避する。
サンディの爪はアークの体を掠めただけだった。アークは焦りを見せ、急いでサンディから離れていく。
サンディは、やってしまった……と絶望する。こういった相手の不意をつく攻撃は二度通用しない。
今ので決定打を決められなかったのは非常に辛かった。
サンディはすぐに次の手を打とうと頭を回転させる。
とりあえずもう一度フェイントを入れてみるも、やはり通用しなかった。フェイントを見破られ、そのまま羽に打ち付けられる。
コツコツとダメージを重ねられ、サンディは次第に追い詰められてく。
ジグからも音沙汰無い。何をやっているのだか。
次なる策も全く浮かばず、まさに万事休すかと思ったその時。
サンディもアークも硬直する。
アークは前方のサンディの背後に見えたそれを見たからだが、サンディに関してはその気配を感じただけで。
突然街にやって来たのは緑色の巨大な体。背中の沢山の鋭い針。何事にも動じないかのような顔とその表情。
バンギラスがそこには居た。
そいつとはまだ距離がかなりあるにも関わらず、アークは空中へ退避していく。
一方のサンディは怯えるコト無く、ただのっそりと近づいてくるそいつを睨み続けていた。
「んおい、ソコの姉ちゃん。ちょっとエエか?」
攻撃的な意味では射程範囲外。微妙な距離を隔ててバンギラスはサンディに話し掛ける。
「……何よ。今あたしはあいつと戦ってて忙しいんだから!」
空中で様子を伺うアークを指差し、サンディは得意の冷たい態度をとる。
「んあぁ、ほなな、俺ん質問に答えてくれたらあいつ落としたってもエエで?」
「……で、その質問は?」
アークが不意をついてこないだろうか、注意を払いながらサンディは即座に聞き返す。
「ソルって奴、知ってるか? 多分この辺におるハズやねんケドな」
まさかの質問。こいつ、ソルに一体何の用なのだろうか。
こいつがソルと知り合いだとは思えない。勘だけど。
サンディはこの質問の答えに迷っていた。
アークが警戒する辺り、彼の味方では無さそうだ。でも、こちらにとって味方かどうかは分からない。
色々と考えてしまい、返答まで間を空けてしまった。
が、それを確かめるに丁度いい質問を逆に問い返す。
「確かにソルは知ってる。でも、あんたとソルは一体何な訳?」
「んあぁ……。んなコト知りたいんか? まぁ教えたらんコトも無いんやけどな……」
サンディは唾を飲み、続く言葉に耳を傾ける。
「んー。いざ聞かれたら答え方がよぉ分からんなぁ。……何やろな。“元同志”ってとこやろか」
元同志……。サンディはますますよく分からなくなってきた。
よく考えればはまだソルとかにあって五日しか経ってない。こいつのコト以前にソルのコトをよく知らない。
サンデイはそう思うと同時に、ソルと目の前のバンギラスとどういう関係か突き止めるコトを諦めた。
「……で、ソルに会ってどうしたいの?」
一つ質問しただけて二つの質問を返されたが、バンギラスは少しも気にしない様子で堂々と答えた。
「かつてのコトで、ケリを付けたいねん。つまり、ソルを殺すかそれ相応のコトをやったるんや」
元々気迫は凄かったものの、ここで新たに“邪気”が顔を出した。
サンディが危機を察するのに一瞬もかからなかった。
マズイ……敵だった。
そう思って間も無く、バンギラスは言葉を発した。
「こんだけ情報漏らしたってん。……今更“分かりません”なんか無いやんな?」
言わなかったら殺す、みたいな目でサンディを見下ろしている。
ここで答えなかったらサンディが、正直に答えるとソルがただでは済まないだろう。
嘘をついた場合の結末は前者に違いない。
……ならば答えは一つ。
バンギラスの視線に耐えられず、サンディはついに口を開いた。
*第22話・墨色の威圧 [#f7a2b15d]
「あたしが教えたとして、本当に“ソル”だけを殺すのかしら」
回答を先延ばしにし、サンディは揺さぶりにかかる。
「んぉ? 何が言いたいんや」
「だから! ソルの後にあたしも殺されるんじゃないのかってコト!」
サンディの返答を聞いたバンギラスは面倒そうにため息をつく。
「かも知れへんな。……あんさんの態度次第や」
ソルの居場所を教え、余計なコトを一切しなければ、サンディに危害は無いようだ。
別に、私がソルを助ける理由なんて……無いんだから!
と、サンディはついに決断を下した。
「そう。じゃあ教えるわ」
「んぉ、よう言ってくれたな。ほな、ちょっと待ってな。あいつを落としたる」
バンギラスは上空で漂うアークを眺める。
攻撃なんてどう考えても届かない高さ。一体どうするのか。
ぐっ、と不意にバンギラスが前方に屈み、右手を地面につける。
「んおらぁ!」
叫び声と共に右手に渾身の力をこめ、地面を持ち上げるかの様に振り上げた。
同時に地面からは鋭く尖った巨大な岩が威勢良く飛び出す。
その岩の全長はサンディの身長をもゆうに越していた。尖った岩は勢いを保ったまま、空中のアーク目がけて接近する。
が、アーク自身が素早い上、距離も十二分にあったコトで回避されてしまう。
「ほぉ。オモロイなあいつ。中々すばしっこいやんけ」
攻撃を避けられたにも関わらず、バンギラスの口は笑っている。
勝ち目が無い上に命まで危険と感じたアークは本格的に逃亡体勢に入る。
バンギラスは全く慌てず左手を、逃げていくアークに向けて真っすぐかざす。
そこでヒュッと手首を地面に向けて曲げた。
その直後、アークが何かに叩き落とされたかの様な速度で落下する。
文字通り、バンギラスはアークを落としたのだ。
近くで見ていたサンディも何が起こったか全く分からない。
ただ、アークが地に吸いつけられるように真っ直ぐ落ちていったコトだけが理解できた。
バンギラスは当たり前のコトをしたかの様な何食わぬ顔でサンディの方を振り返る。
「落としたったで。次はあんさんの番や」
驚愕のあまり硬直していたサンディが、あっと我に帰る。
「わ……分かったわ。て言っても私は大体の場所しか知らないんだから。すぐに会えなくても怒んないでよね!?」
サンディでさえ明らかに怯えているのが言動から察知できる。
「んぁ、分かった分かった。最終的にあいつに会わせてくれたら何も文句は言わん」
そう言うバンギラスの表情が既にサンディを急かす。文句は言わずとも彼の威圧がそれを代弁してくれそうだ。
「……多分こっち。ついてきて」
二匹はソルが居るであろう街の東部へ歩みを進める。
「ハッ……ハァ……」
決して浅くは無い傷を負いながらもフロウは森の中を全力疾走する。
その手にはソルを助けるための木の実、ラムの実を握り締めて。
かなり長い時間走っているせいもあり、フロウは次第に息が切れてきている。
しかし、フロウは歯を食いしばり、全く速度を落とさずに走り続けている。
不意にどこからか声が聞こえてくる。
レイシーがフロウの足音を聞き取ったなら、レイシーがフロウの名前を叫ぶように決めていた。
フロウもその事前の打ち合わせのコトは忘れておらず、速度を落として周りを見渡す。
ここで止まらなかったのは足音を鳴らし続けるためだ。足音が無くなってしまえばレイシーもフロウの位置が分からなくなってしまう。
「どこなのだー」
すう、と大きく息を吸い込み叫ぶ。が、疲労のせいもあり、音量は乏しかった。
その声が聞こえたのか、足音を察知したからか、何者かの足音がフロウに近付いてくる。
数秒後、フロウの視界の内の一つの木の上にリアの姿が現れた。
「やっ。姉ちゃんとソルはこっちだよっ」
言うだけ言うと、リアはすぐに来た道を戻っていってしまう。
リアを追いかけるフロウは僅かに残った体力も根こそぎ持っていかれてしまうのだった。
「ソル。持ってきたのだ」
ソルとレイシーを目の前にそれだけ言うと、フロウはそのまま地面に倒れこんだ。
レイシーはフロウの手からラムの実を受け取ると、それをソルの口に放り込んだ。
ソル辛うじて意識だけは残っているものの、自分で噛むコトすらままならぬ程に衰弱していた。
それを見ていたリアは悪戯っぽい笑みを浮かべ、レイシーに言う。
「姉ちゃん。食べさせてあげたら?」
「えっ……」
意味は理解したものの、どうしても表情に出てしまい、レイシーは赤面してしまう。
一方のソルも内心それなりの動揺を示したようだが、見た目にはほとんど表れなかった。
「大丈夫! ぼく後ろ向いとくからっ」
ますます楽しそうにリアは告げると、言った通りに反対方向を向いて座り込んだ。
ちなみにフロウは疲労でぶっ倒れているのでそれどころじゃ無いようだ。まぁ、もともと興味が無さそうでもあるが。
「……そんなコト気にしてる場合じゃ無いですね。ソルくんの命に関わりますもの……」
意を決したレイシーはソルの口から実を取り出し、それを自分の口に含む。
顔を真っ赤に紅潮させたレイシーの顔を見ていると自分まで恥ずかしくなってしまう、とソルは意識的にレイシーから視線をそらす。
「ソルくん。いきますよ……」
レイシーがソルへと顔を近付けていく。そしてついに二匹の口が重なる。
レイシーが丁寧に噛み砕いたラムの実を受け渡すとソルはゆっくりとそれを喉に通す。
ソルが飲み込んだのを確認すると、レイシーはそっとソルから顔を離し、大きく一度深呼吸する。
それから振り返り、リアに呼びかける。
「……リア。もう済みましたよ」
声をかけられたリアは、首だけレイシーの方へ捻って答える。
「あっ、終わった?」
相変わらず何か楽しそうな表情のリア。見ないとは言ったものの、本当にずっと反対方向を向いていたかは分からない。
とりあえずは一件落着。後は少しの間ソルの回復でも待とうか、といった所。
レイシーがまた“何者”かの足音を聞き取った。
「二匹……。一匹は多分サンディさんですね」
「方向は? またぼく呼んできた方がいいかな」
リアがすぐにでも動きだしたそうに構える。
「はい……。ちなみに、サンディさんは背中に赤い針をもつサンドパンです。が、もう一つの足音には注意して下さいね。方角はあちらです」
レイシーは頷くと、目で方向を示した。
「じゃ、 行ってくるねっ」
リアはサッと木に登ると、枝から枝へ飛び移りながら先に進んで行った。
「ひぇぇ、おいらあんなに速く木登りできないのだ」
多少ながら体力を取り戻したフロウが呆然とする。
リアが見えなくなってから再び姿を見せるのは早かった。
「……っ! な、なんかすごいのが居たよっ!」
大慌てで、見てはいけないものを見てしまったかのような。完全に取り乱してリアは帰ってきた。
「落ち着きなさい。一体、何が居たのですか?」
レイシーはリアを落ち着かせ、詳しく聞こうとする。
「……サンドパンと一緒に、バンギラスが……っ。それも、何かすごいオーラ出てる」
「サンディさんは無事なのですか……?」
レイシーは状況をある程度理解したようで、真剣な表情になる。
「ぼくの見た限りでは、普通に二匹で一緒に歩いてたよっ」
合流するべきか……。レイシーは冷静に考えてみる。
が、先に判断を下したのはリアだった。
「あいつに捕まって、仲間の場所を吐かされ、案内させられてる……って可能性が高くないかな?」
と、可能性としては十分な発想。と言うかほぼ正解である。
しかし、レイシー達はバンギラスの正体は全く知らず、敵か味方かすら不明である。
サンディと一緒にいるコトから、一言に“敵”では片付けづらいものもある。
「リア……。もしそのバンギラスと戦うコトになったら勝てる自信はありますか?」
ふとレイシーは質問する。とりあえず合流し、それから判断しようという訳か。
相変わらずリアの返事は早く。
「うん。多分無理っ」
レイシーは予想外のリアの返事に言葉が詰まる。彼の自信と実力から“あんなカス楽勝だよっ”とでも言うと思っていた。
まさに八方塞がり。どうするコトも出来ずただ時間ばかりが過ぎていく。
「まだ見つかれへんのかいな」
バンギラスがもの凄い威圧感と一緒に言葉をぶつけてくる。
「こんな暗い森の中なんだから苦労するに決まってるんだから!」
早くみんなと合流したい。サンディはそう思いながら探索を続ける。
「この辺りにおるコトは間違い無いねんな?」
「そ、そのハズなんだから」
サンディは次第に不安が込み上げてき、返答も弱々しい。
バンギラスはついにしびれを切らせたのか、若干イライラしてきている様に見える。
「んー、ほなな。場所の炙り出しは俺が手伝ったるわ」
そう言うと、すっと左手を前にかざす。
前にも見たこの光景。そう、アークを落とした時だ。
「この辺り一面。重力倍増さしたるわ! んおぉぉぉ!」
叫び声と共に、バンギラスは左手を振り下ろす。この動作、さっきとほぼ同じだ。
その直後、バンギラスより前方に生える半分以上の木がミシミシと大きな音をたて崩れ始める。
サンディはこれを見るのは二度目にも関わらず、大きな衝撃を受けた。
バンギラスは左手を振り下ろしてからもその手は地面を抑えつけるように力をこめている。
そうしながらも、バンギラスは大きく息を吸い込み、もう一叫びする。
「どこや! 出てこんとこのまま重力で潰したんぞ! 今から重力を五秒だけ解除したる。その間に叫んで場所を教えろ」
バンギラスが重力を解いてから間も無く、森の中に一つの叫び声が響いた。
迫り来る邪悪な気配に寒気すら感じながら、レイシー達はただ待つしかなかった。
ついにバンギラスはレイシー達の居場所に辿り着いた。
バンギラスは簡単に周りを見渡し、率直に述べる。
「んぉ。なんや、一杯おるやんけ」
「……一応、あたしの仲間」
「ソルは……んぉ。あそこで寝てる奴か」
バンギラスはソルを確認すると、のっそりとソルに近付いていく。
そこにレイシーが立ちはだかる。
「ソルくんを……どうする、つもり……ですか?」
恐怖に怯えてしまい、足はガクガク震え、声もまともに発せない。でもレイシーは動かずにいられなかった。
「んぁ? 殺す予定やけど」
この一言に、フロウ、リアもバンギラスに鋭い視線を放つ。
「みんなで命懸けで守ったソルの命。こんなところで今更渡せないのだ」
「だめだよ。ソルは死なせない」
気付けば三方向からバンギラスを囲む形になっていた。
「んなら、お前らも全員死んどくか? 邪魔せんかったら命までは奪わんつもりやってんケドなぁ……」
そう言うとすっと右手を構える。
そいつに立ち向かっちゃ駄目。とサンディは思うものの、それを止めるというコトはソルを見殺しにしてしまうというコト。
自分の命さえ助かればいい、と考えていたサンディだが、目の前の緊迫した空気にもはやそんなコトすら考える余裕を失う。
声も発せず、体も動かせず、腰を抜かしたかの様に恐怖に煽られ、成り行きを見守るしか無かった。
「……みんな。やめて」
それは小さい声だった、が、驚く程ハッキリとこの言葉が全員の耳に届いた。
バンギラスと彼を囲んでいた三匹が、声の主、ソルの方を見る。
ソルはふらふらとした足つきで何とか立ち上がっていた。
「君はアラシ……だよね?」
ソルはバンギラスに対してそう言った。
*第23話・紅色の勇敢 [#hb71811d]
「んおぉ、そうやで。ソルは俺んコトちゃんと覚えてたんやな」
ソルの問いに対しアラシと呼ばれたバンギラスは答えた。
「いや……名前以上のコトは、何も……」
困ったような表情を含みながらソルは言う。
その返答を聞いて、アラシは右手を地面に付け、振り上げた。
するとソルのすぐ真横に尖った岩が飛び出す。
ビクッと表情を大きく震わせてソルの体は硬直した。
「んぁ? そんな再会を喜び合う関係や無いコトは分かってるやんな。……次は当てんで」
途方もない恐怖に飲まれながらも、ソルは唾を飲み意識だけはアラシに集中している。
しばらく二匹の睨み合いは続き、アラシが口を開いた。
「なんや、そっちからは反撃は無しかいな。ほな、俺は宣言通りいかせてもらうで」
そう言うと、アラシは再び地面に右手をつける。
ソルの命の危機を感じたフロウ達は反射的に動きだした。
もともとアラシを囲んでいたので、フロウ、レイシー、リアが三方向から同時に攻撃を仕掛ける。
アラシは特に動じるコトも無く、ただサッと左腕を振り下ろした。
アラシの腕に合わせて三匹はまたしても地面に吸いつけられる。
どうやら範囲はアラシの周囲だけだったようで、三匹に比べて離れた位置にいたソル、サンディに影響は無かったようだ。
その直後、アラシは右腕を振り上げた。
先程よりも巨大な鋭い岩が、ソル目がけて一直線に迫る。
数秒後。この場では誰一匹とて予想だにしない状況が起こっていた。
ソルが攻撃を避けた? アラシが攻撃を外した? 誰かが助けに入った? どれも違う。
ソルのすぐ目の前には先程飛び出したであろう岩が地面に突き刺さっている。
アラシだけがその一部始終を見ていた。
「んな……んやと。俺のストーンエッジが弾き返された……やと!?」
アラシは驚愕しながらそう言葉をもらす。
そう、ソルはアラシの繰り出した岩を自身の角で叩き落としたのだ。
「いや……威力的にあんなショボい返しが通用するハズあらへん。……反転能力かもしれへんな」
引き続きアラシは小さい声で何かを呟く。
ソルはアラシの攻撃を凌ぎ、生存しているコトを自分で驚いていた。
アラシの重力は一瞬で解除されたようで三匹はすぐに立ち上がれた。
そして目の前の現状を知る。
「ソルっ! 大丈夫だったんだ」
一番最初に声をかけたのはリアだった。
「うん……よく分かんないケド、無事だったみたい」
と、ホッとするのも束の間。
アラシはずしずしと歩き、ソルとの距離を縮めてくる。
気付けばソルは一歩、二歩と後退りしていた。
アラシは苛立ちながら左手をかざす。
「んぁあ、面倒な奴やのう。……エエから動くな」
鋭い眼光と共にそういうと、アラシは重力をかける。
……が、ソルの体には何も起こらず、平然と後退を続けていた。
またしても予測不可能な結果にアラシは完全に取り乱す。
「んな……なんでやねん! こいつには何でなんも通用せぇへんねん」
理由は不明だが、どうやらソルには重力増幅が通用しない何かがあるようだ。
ソルも自分自身に疑問を抱きまくりだが、かすかに見えた生き延びる可能性を逃がす訳にはいかなかった。
傷だらけになってまで助けてくれたみんなに対してせめてもの責任感でも感じたのか、ソルはついに覚悟を決める。
「みんな……可能性はあるかもしれない。僕……頑張ってみるよ」
ソルのこの一言に一同は士気が激増させられる。
「流石ソルなのだ、おいらも諦めそうになってる場合じゃ無いのだ!」
「よく言ったねっ! ぼくも全力でカバーするよ」
「ソルくん……。みんなで頑張りましょう!」
と、気合いが十分に入った三匹にもう一匹よたよたと歩み寄ってきた。
「あぁーっもう! あんた達ホントバカばっかりなんだから! ……あたしも今日だけバカになってあげる。不本意だけどね!」
完全に戦意を失っていたサンディさえも参加を宣言する。
「んあぁ、……ナメとんのか己等」
このやりとりをこの上なく不愉快に思っていたアラシが重い声を放つ。
そして夜空目がけて爆発のような咆哮をする。
最初に動きだしたのはリアだった。
自前の俊足でアラシまでの距離を一気に詰め、得意の手首の草状部位からの斬撃を繰り出す。
アラシの反応は間に合わず、攻撃は確かに的中した。
が、誰が見ても分かるくらいに効いていない。
あまりの感触の悪さに攻撃をしかけたリアも一瞬戸惑う。
ワンテンポ遅れて、リアの頭上には、十分過ぎるくらいの殺意がこもったアラシの右腕が振ってきていた。
フロウはリアの始動から少しだけ間を置いて動き始めていた。
これはマズいのだ、とフロウは攻撃対象をアラシの右腕に定める。
そしてこれまた彼が得意とする勢いを保ったままの攻撃を繰り出した。
スピオンの時と同様に尻尾で強力な打撃を行う。
体力を消費していてもこの一撃は半端なものでは無く、見事にアラシの腕を弾き返した。
その間に二匹はアラシの直接的な攻撃範囲から離れる。
アラシはちっ、と大きく舌を打つと両腕を同時にかざした。
次の瞬間にはその二本の腕は振り下ろされていた。
辺り一面が強力な重力に押さえつけられる。
ソル以外が地面に吸い付けられたその直後、アラシは間髪入れず右腕を振り上げる。
地面とほぼ平行に飛び出した岩はソルから最も遠い位置にいるリアに向かって伸びていった。
「……っ!」
リアは歯を食い縛り、渾身の力で何とか体を動かす。
いつもは俊敏なリアもこの時はさすがに動きは緩慢なものだった。
回避が追い付かず、リアは背面部を裂かれる。
「うあぁぁっ!!」
傷口からは大量の血液があふれ出し、襲い来る激痛に叫び声をあげた。
アラシの背後からは、唯一自由に動けるソルが迫る。
彼の行動を妨害しようとアラシは振り向きざまに尻尾を振り回す。
尾の攻撃をかわしたソルとアラシとの間に距離はほぼ無くなっていた。
ソルは接近してきた勢いでアラシに角で攻撃しようと頭を振りかぶる。
アラシはそれに向かい打とうと右拳を握り締めた。
アラシが拳を投げかかったその直後、ソルは瞬間的に一歩後退する。
そのため右腕から繰り出されるハズだった殴打は空気だけを殴り付けるコトになった。
しかし、ソルの行動は続いていた。
再度方向だけを定め直して、ソルは再直進する。
ソルはアラシの左腕に向け、角でアッパーを繰り出した。
攻撃力は乏しいものの、腕は微妙に打ち上げられ重力は解かれた。
次々と起き上がるレイシー達を見ながらソルは言う。
「……やっぱり。重力増幅してる間はその左腕は動かせないみたいだね」
何が起こったかという程、今日のソルは冴えている。
が、そんなコトを考えてる時間は無く、みんなは立ち上がると同時に攻撃に移った。
「んオラアァァぁぁ!!」
アラシは最初に一度見せたような雄叫びを再びあげる。
その直後、地面からは豪雨を逆再生した様な量の砂がまき上がった。
吹き荒れる砂嵐にフロウもリアも攻撃の勢いがそがれた。
そしてアラシはひるんだフロウの肩を捕まえる。
フォローに入ったリアも見えていたので、アラシは二匹に当てるように尻尾を大きく振りつけた。
リアはひょいと簡単にかわしたが、アラシの腕に押さえられたフロウは回避などできるハズも無く。
フロウはアラシの太い尻尾による強烈な一撃を浴びせられた。
「ぐあぁっ……!」
唸り声をあげてフロウの体は地面を転がる。
この間、ソルも砂嵐に目を眩ませられ、何もできなかった。
「あいつは……もうアカンやろな」
地面に横たわり全く動かないフロウを見てアラシは言う。
「んで、あいつも血ぃ流しすぎやな。もう動けんやろ」
さらに地面に倒れこんだリアを見て言った。
この間もソルは攻撃しようとは思うものの、アラシの気迫に押されて中々思うように一歩が踏み出せないでいた。
アラシは目でソルに重圧を与えながら周りの状況を探る。
すると不意にアラシが一歩踏み出した。そしてソル目がけて腕を振る。
警戒していたソルに回避は容易いものだったが、アラシの目的はこれからだった。
アラシはすぐにレイシーの方へ体を向ける。
そして間も無く、アラシの右腕は地面を掠めるように振り上げられた。
レイシーは素早く反応して、サッと身をかわすが、間に合わず。
後ろの左脚に大きな傷を負うコトになった。
アラシは一度の攻撃になど満足せず、更にレイシーに接近する。
レイシーはダメージを負った直後にも関わらず、集中して相手の行動を伺った。
「この砂嵐、邪魔ですね」
ある程度二匹の距離が埋まった頃、突如レイシーが呟いた。
だから何やねん、と構わずアラシは接近を続ける。
「このまき上がる砂、全部氷の粒だったらどう思いますか?」
レイシーはそう言うと、地面に向けて冷気を送り込む。
すると砂の一粒一粒が氷で覆われ、更に、覆われた分大きくなってアラシを襲った。
ダメージと言うほどのものは得られなかったが、アラシの行動を乱すには十分だった。
レイシーはそれからすぐにアラシから離れようとした……が。
脚の損傷が予想以上に酷く、全く力が入らなかった。
レイシーは驚きと共に絶望の表情を見せる。
その直後。アラシの腕が振り下ろされた。
「レイシー!」
恐怖を必死にこらえ、アラシに全力で接近していたソルも間に合わなかった。
しかし、レイシーは無事だった。
「……サン、ディ……さん?」
「……ったいわね! こいつの攻撃受け止めるみたいな真似、二度としたくないんだから!」
サンディはレイシーの前に立ちはだかり、全身を使ってアラシの攻撃を止めていた。
「んあぁ……。おつかれさん、とだけ言っといたるわ」
アラシは呆れた表情を見せそう言うと、サンディの腹に蹴りをいれた。
「っ……ぁ!」
声というよりかは無理矢理空気が押し出されたような音を出し、サンディは後方へ飛ばされる。
すぐ後ろにいたレイシーもまき添いを食うかと思ったが、そこにレイシーの姿は無かった。
そこから少し離れた位置。ソルはレイシーを背中に乗せ、アラシを睨んでいた。
ストーンエッジに重傷を負わされ、更に砂嵐によって余計な体力を奪われたリアはもうほとんど動くコトができない。
もともとスピオンにそれなりのケガを負わされていた状況で、アラシの一撃を受けたフロウももはや戦闘不能同然だ。
同じく、アークに散々痛め付けられた体にアラシの蹴りを頂いたサンディも戦えないに等しい状況。
レイシーは総合的な損傷は少ないものの、脚の傷にほとんどの行動を制限させられる。戦力として見なせるか怪しいところだ。
唯一、まだ自由に戦える体を持つソルだが、先刻まで毒にかなり体力を奪われており、そろそろ体が悲鳴をあげ始めてもおかしくない頃。
一方のアラシはリアの一撃にソル、フロウの腕への攻撃、レイシーの砂嵐ならぬ氷嵐。と、いくらかダメージは受けているものの、効き目は皆無に等しい。
「ソル、あんさんが大人しく身ぃ差し出さへんから友達が痛い目に遭うねん」
「違うでしょ? 僕には攻撃を当てられないだけなんだよね」
ソルはどっから出たのか、というような挑発的発言をする。
ソルの背中に居座っているレイシーも違和感を覚えたようだ。
「んぉ、言うやんけ。ただのビビり君よぉ。なんなら今から一瞬で殺したろか?」
「出来ないくせに……。いいよ。好きにして」
アラシの言葉にも威圧にも、一切同じない。まさに普段とは真逆の態度だ。
アラシは狂ったかのように地面を何度も叩きつけ始める。
が、その動作はすぐに止み、顔上げ様にソルを睨み付けて一言。
「いくで」
アラシは岩盤をひっくり返すかの勢いで両手を振り上げた。
すると地面からは大量の尖った岩が。
二桁の数にも及ぶその一つ一つが従来の二倍近くの大きさである。
向かってくる速さ、その攻撃範囲から回避はまず不可能だろう。
「……うわ。確かにこれはかなりヤバいかも」
「ソルくん……」
レイシーは震えた声で言うとソルにより強くしがみつく。
「心配いらないよ。……絶対、守るから」
巨大な岩々を目前にソルは悠然と答えた。
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