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逆境のソル 第十二話~第十七話 の変更点


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*第12話・桜色の仲間 [#afed0fdf]

written by [[beita]] 





 テンガン山の小さな洞窟。また、ここから話し声が聞こえる。
「申し訳ない、しくじった……」
ターブの声。どうやら任務を失敗した件について何者かに謝っているようだ。
「情けないな。お前がいて何故? ……もしかしてお前、弱くなった?」
「違う。俺の体を見れば分かるだろう。それ程の傷は負ってない」
「シシシ。分かってる。だから何故か聞いてるんだ」
そいつはやたら聞き心地の悪い声で笑う。任務失敗と言えど、それ程怒っている訳でも無いようだ。
そもそも言葉使い的に立場が対等だ。
「あいつら、布狙いでさ。許可が降りてないのに姿見せるのはマズくないかい?」
「は~。そう言うコト? もしかしてあのグレイシアの女の子?」
「そう、グランがあいつの前で俺の名前を呼んじまったから多分気付かれてるケド」
「んなら、ボスに姿見せる許可もらって来ればい~んじゃねぇの?」
「それでもいいんだけどさ。一応、考えがあるんだよな」
「シシシ、お前らしいな。だが、上手くいくのか?」
不気味に笑う彼の質問にターブは少し考える。
「……はぁー、結局その相談をボスにしないといけなさそうだ」
ターブは大きく嘆息し、答えた。そして歩き始める。
「アーク、もしかしたら協力してもらうかも。そん時はよろしく」
すれ違い様にターブは言うと、そのまま洞窟の奧へ消えていった。
アークと呼ばれた彼も“シシシ、任せとけ”と自信ありげに言うとその場を後にした。





 ターブ達との戦闘を終えた夜。
ジグとソルとレイシーはすでにぐっすりと眠っている。男性とフロウがこっそりと会話をしていた。
「フロウ……。明日ジグ君達がここを出発するそうだ。一緒に行って力になってあげてはどうだい?」
「え!? ……そんなおいら、この村を放ってどこかに行くなんてコト出来ないのだ」
突然の男性の言葉にフロウは動揺する。
「この村なら大丈夫。今日彼らとフロウであいつらを追い払ったじゃないか」
「そう……なのだか……」
フロウは改めて今日の戦いの意味を考えた。一応今日の戦いは“勝利”と見なしても悪くは無さそうだ。
……だが、また来た場合どうする?

 深く、あり地獄に落ちていくように思考を拡げるフロウに、男性は追い撃ちをかける。
「本当は……彼らについて行きたいんだろう?」
この一言でフロウはハッと思考の溝から脱出する。
「え……」
まさに図星。フロウは言葉を失う。
「やっぱりねぇ……。これだけフロウと生活していると、考えているコトは大体分かるんだよ」
フロウは黙り続ける。チラっとソル達が寝ているコトを確認する。
その直後、起きていたら何か変わるのか、と自分に問うた。
「そうなのだ。おいらはジグ達と旅がしたいのだ。助けてもらったお礼もしたいのだ!」
隠し事は無駄だし、言いたいコトは言っておかなければ。と、フロウの態度は急変した。
起こしてしまっても問題無い。フロウはやや意識的に声のボリュームを上げた。
「そうだね。よく言った。なら、しっかりジグ達の力になってあげるんだ」
「当然なのだ。大活躍なのだ」
フロウは明るさを取り戻し、少し調子に乗っていたが、その様子を楽しそうに見ている男性はどこか悲しそうでもあった。
「フロウ、明日の朝、連れて行ってくれるように頼んでみるんだ」
「もちろんそのつもりなのだ。おやっさん、お休みなのだ」
フロウはそれだけ言うとルンルンと寝床へ歩いていった。



「さて、そろそろ出発しようか」
朝になり、みんなが目を覚まし少し経ったところで、ジグが言った。
「そうですね、行きましょうか」
レイシーはすい、と立ち上がる。
合わせてソルも立ち上がる。二匹は歩いてジグの側まで近づいた。
「そうか、もう行ってしまうかい、君たちには本当に感謝している。またいつでも訪ねてくれるといいよ」
男性も立ち上がり、全員で玄関へ向かう。

お世話になりました! と家を後にしようとした直後。 
「待って欲しいのだ! おいらも……おいらも連れていって欲しいのだ」
ソルとレイシーは同時にそれぞれの通訳をする。
ジグ自身は全く構わないのだが、男性はいいのだろうか、と気になり男性を伺った。
男性はフロウがこう言うことを知っていたかのようにフロウの言葉に無反応だった。
さらにジグと目が合うと男性は小さく頷いた。これはOKの合図と解釈しても構わないだろう。
ジグは視線をフロウに向ける。フロウは返事を待ち望んでいる様子が見てすぐに分かった。
「おう! これからよろしくな、フロウ」
ジグの言葉にフロウは一気に表情を明るくし、駆け足で近寄ってきた。
「フロウ、改めてよろしく」
「フロウさん、これからよろしくお願いします」
ソルとレイシーも挨拶を交わした。フロウは“おいらこそよろしくなのだ!”と楽しそうに応えてくれた。
一人と三匹は、男性に深く頭を下げると、次の目的地トバリに向けて歩き始めた。
「元気でな……フロウ」
か細い声で男性は呟き、ジグ達を見送った。





 ズイタウンを出てからひたすら北へ。
飽きそうなぐらい、真っ直ぐで何も無い道をジグ達は進み続ける。
しかも、生い茂る草はひたすら長く視界は悪い。
そのため、前方にポケモンが居るコトに中々気付くことが出来なかった。
ジグのすぐ目の前には一匹の雌のニューラが足を押さえてうずくまっている。
「どうしたの?」
ソルが声をかける。するとそのニューラはこちらに気付き、ソルに目を合わせてきた。
「脚を……ケガしちゃって動けニャいの。助けて……」
ソルは状況をジグに伝える。ジグからはすぐに返答がでる。
「できるコトはやってあげたいと思ってるケド、どうすればいいかなぁ……?」
ソルは自分の意見を含めジグに言われた通りに応えた。
この言葉にニューラは感激したのか、途端に嬉しそうな表情になる。
「本当!? ありがとう! じゃあ、アタシの言うコトをお願いしてもいい?」
「もちろん」
ソルは了解する。それからニューラの要求が始まった。
「ここから大体あっちの方角にしばらく進んだ先に、アタシの脚のケガに良く効く木の実があるの。それを取ってきて欲しいの」
進むべき方向を指差して、ニューラは話を続ける。
「その場所へはただあっちへ真っ直ぐニャんだケド、それでも少しややこしかったりするからアタシが道案内するわ」
「でも、君が動けないんじゃ……」
言葉の切れ目にソルが割入ると、ニューラは“だからぁっ!”と言いたそうに話を復活させた。
「そう、だから一番速いポケモンにおんぶしてもらったら良いかニャって思ったの」

……要するにフロウをご指名。

どうでもいいケド、ものを頼む割には少し態度が大きいんじゃないかなぁ?
ソルはそんなコトを考えつつフロウを見て反応を見た。
フロウもソルの視線を分かった上で返答をした。
「分かったのだ。おいらが助けてあげるのだ」
フロウはそう言い、ニューラに近付く。
「フロウ、それが済んだらトバリで合流しような」
成り行きを把握したジグはソルを経由しフロウに言った。
フロウが近付くと、ニューラは両手を伸ばしてきたので、とりあえずその手を掴み立たせてあげた。
その手からは少し冷たさを感じた。
そしてフロウは、片足立ちでフラフラな彼女に背を向けしゃがんだ。
直後、ニューラは片足でなんとかジャンプし、フロウの背中に飛び乗った。
今度は背中に微妙な冷たさが走る。どうやらニューラの全身の表面温度は低いようだ。
「ホントにありがとう! じゃあ、とりあえずあっちへお願い」
「全力で行くのだ。しっかり掴まってるのだ!」
ニューラの指す方向の通りフロウは走り始める。それももの凄い速度で。
残されたジグ達は呆然とフロウを見ていた。
少し経ち、フロウが完全に見えなくなり、足音も聞こえなくなると、再び一人と二匹は歩き始めた。



 さっきまでの激しい直線を終えると、今度は妙に高低差のある道になった。
人工的な階段を登ったり降りたり、その度に右に曲がったり左に曲がったり。
突然の道の変貌振りに面白さすら感じながら進んでいく。
「フロウのコトだから、俺達より早くトバリに着きそうだよな」
ジグはレイシーに話題をふる。
「ハイ。確かにフロウさんのあのスピードならば、十分にありえますね」
「負けないように、俺達も早く行くか?」
「構いませんが、全力疾走は止めてくださいね……。私、まだ昨日の疲れが残ってますので」
レイシーがそう言うと、ジグはあぁ、そうだったよな。と言い、更に返答する。
「じゃあ、フロウは凄いよな。昨日あれだけ動いて今日もいきなり全力疾走だろ?」
「そうですねぇ。とても私には出来ませんよ」
その時、レイシーはジグと話しながらも“何か”に気付いた。
ふとレイシーは周りを見回す。突然のレイシーの真剣な表情にソルもジグも違和感を覚え、足を止める。

「どうしたの?」
先に声をかけたのはソル。そしてソルも気になって周りを見渡す。
「フロウさん“以外”の何者かの足音が聞こえた気がしたんですが、私の聞き間違いだったみたいです」
「よくフロウ“以外”って言い切ったよね」
ソルがレイシーの言葉に質問する。確かに気になるところではある。
「フロウさんの足音は昨日や今日ずっと聞いていましたので、覚えてしまいました。ちなみにソルくんやジグさんの足音も聞き分けられますよ」
と、何気無く特技を暴露。耳が良いからこそこなせる技であろう。
「なるほど……僕には全然分からないケド」
再び歩き出すと、ソルは自分とレイシーの足音の違いを聞き分けようと試み始めた。
確かに違うコトは違う気がするケド、それ以上のコトは分からない。
これをそれぞれ聞き分けられるとは凄いなぁ……、とソルは思っていた。
まもなく、レイシーは再び“何か”を察知した。
「やっぱり……居る、かもしれません」
この言葉にソルとジグも警戒態勢に入った。
足音だけならば、特に警戒するものでも無い。この辺りには野生のポケモンだって存在する。
しかし、レイシーは今聞こえた足音を聞いたコトがあった。
誰でしたっけ……? レイシーがそれを思い出すより早く、そいつはレイシーの前に姿を現した。
そいつはうっすらとした黄色の毛を纏い、額、胸元、耳の先、四肢の先、尾などは草を模した緑色の毛を身につけたリーフィアだった。
レイシーを一回り小さくしたような体型の彼はレイシーの方を向き、一言言い放った。
「クズ姉ちゃん、見ぃつけた」

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*第13話・緑青色の姉弟 [#c3496344]

「リア……何のようです」
レイシーは目の前のリーフィアの言葉には動じず、特に表情も変えずに言った。
対してリアと呼ばれたリーフィアはレイシーの態度が気に食わないようで、眉間をしわをよせるようにピクリと動かした。
「何? て、ふざけてるのカス姉ちゃん」
いかにも不機嫌そうに、言葉を投げつけるようにリアは答えた。
「ふざけてるのはあなたです。用が無いのなら帰りなさい」
堂々と。レイシーも言葉に重みを添加してリアに返す。
レイシーとリアの生み出す良からぬ空気にジグとソルは巻き込まれてしまった。
一人と一匹はどうするも無く、不安を抱きながらも二匹の成り行きを見るしかなかった。
すっ、とリアは前進する。そして彼が“姉”と呼ぶレイシーの目の前へ。
「だぁかぁらぁ。そのたいどが気に食わないんだよ。 ……おまえみたいな奴が、姉ぶるな!」
リアは穴でもあける様な鋭い目つきでレイシーを睨みつける。
「……そういうコトですか。あなたのこの後言いたいコトは分かってます。……しかし、私はそれに応じるつもりはありません」

 会話の流れから二匹は姉弟だと言うコトを把握したソルは以前、レイシーと話した時に言っていた家族の話を思い出していた。
「分かってるなら話は早いじゃん。応じろよ。クソ姉ちゃん!」
リアは大きく叫ぶと同時にレイシーの顔を前脚で殴った。
「レイシー!」
流石に暴力沙汰になったら黙っては居られない。ソルはその場に倒れるレイシーに近付いた。
「ソルくん。今から起こるコトに一切手を出さないで下さい。……お願いします」
レイシーはソルとは決して目を合わせずに言った。
それから起き上がり、体勢を立て直しながらリアを睨み、レイシーは口を開く。
「無駄です……。私は“あなたと戦う気”はありません。あなたがその気なら好きにして下さい」
つまりは“姉弟喧嘩”という解釈でいいのだろうか。とりあえずリアはレイシーと戦いたいようである。
逆にレイシーはリアと戦うつもりは少しも持ち合わせていないようだ。
「戦いたくないのはやっぱり勝てないから? 姉としての立場ほうかいだね、バカ姉ちゃん」
リアは地面を軽く蹴り、自らの体を宙に浮かせる。
そのままレイシーと距離をとるように後方へ着地した。
「死ぬかもしれないけどいい? アホ姉ちゃん」
リアはそう言うと、額と両前脚の先にある葉を模した部位から葉っぱを飛ばした。
放たれた葉は鋭く回転しながらレイシー目がけ直進する。
レイシーはとっさに氷の塊を葉の数と同じだけ作り出し、それぞれぶつけるコトで全てを相殺した。
「はん、やっぱりうそじゃん。ホラ、かかって来なよ!」
リアは姉を蔑むように言った。
彼の目はとても自分の姉を見ているとは思えない程見下していた。
「こちらから仕掛けるつもりはありません。攻撃を続けるならご自由にどうぞ」
レイシーはそれだけ言い、ただリアを見ているだけだった。
この平静を振る舞う態度がリアをますます怒らせる。

 リアはバッ、と勢い良く動きだす。
リアの機動力は凄まじいもので、先程自分から生み出した間合いを一瞬で消滅させた。
そして、前脚の葉状の部位を意識的に長く鋭く尖らせた。
それをレイシーの首筋に当て、耳元で囁いた。
「もっかい言ってあげる、……死ぬよ? ザコ姉ちゃん」
流石のレイシーも動きが止まる。
外野ではソルとジグが今にも動きだしそうにしながら見ている。
一切手を出すな。そうは言われても状況が状況だ。
このままでは間違いなくレイシーが殺されてしまう。
僅かではあるが時は経ち、レイシーは落ち着きを取り戻しはじめた。
周囲に目を配る余裕もでき、ジグとソルの様子を確認する。
「ソルくん、私がさっき言ったコト、覚えてますか?」
レイシーはソルに向けて呟く。
「手を出さないで、でしょ? ……多分、無理だよ」
ソルは動揺しているのかやや必死に喋っているのが分かる。
この言葉にレイシーは何故か嬉しそうにするが、すぐに真剣な表情に戻り、今度はリアに向けて言った。
「リア、私ももう一度いいます。好きにしなさい」
それから一瞬、時が経った。
リアだけがこの一瞬の間に行動を起こしていた。





 生い茂る草、生えわたる木々をくぐり抜け、フロウはニューラを背中に乗せて全力疾走する。
右にも左にも同じような木ばっかりであり、ニューラがややこしいと言っていたのも納得できる。
この状況で正しい道を導けるニューラも大したものだ。
ニューラの案内を受け、ものの数分で目的地らしき場所に到着する。
唯一、一本だけ他とは明らかに違う木が見える。木には実がなっているのも確認できた。
フロウにとって見たことの無い木の実であり、珍しいものであるに違い無さそうだ。
あれなのだか? とフロウがニューラに聞こうとしたら、先にニューラが口を開いた。
「到着ー! ホンットにありがとう!」
ニューラはそう言うと太陽の様に微笑み、“フロウの背中から飛び降りた。”
本来ありえないハズの行動にフロウは何も気付かなかった。
ニューラはフロウの反応を確かめており、そのコトを把握した。
鈍い奴は鈍い奴でやりにくいわね、と、ニューラは小さくため息をつくと、スタスタとフロウの正面に立って悪い笑みを浮かべながら話しだした。
「ホラ、アタシが普通に立ってるコト、何か可笑しいと思わニャい?」
それからフロウは上に目線を移し、少し考えて。
「あぁ! 脚はもう治ったなのだか?」
馬鹿だ……。ニューラは思わず口にしそうなのを必死に堪え、丁寧に説明を始めた。
「違~う! 脚はもともと嘘ニャの。アンタ達を騙すために演技してたのっ!」
そこでフロウはようやくハッと気付く。
少しずつ不安が立ちこめ、動揺し始めるフロウにニューラは態度を一転させて続けた。
「やっと気付いた? ニャハッ、ニャんて鈍い雄。そう、アンタはハメられたの」

 フロウはとっさに逃げようと後ろを振り返った。
この時、フロウ自身、身をもってハメられたコトを痛感した。
フロウの視界に映ったのは自分を囲む数匹のゴルバット達。
今のところ襲ってくる気配は無さそうだが、このまま帰してくれる訳でも無いだろう。
「……しまったのだ」
フロウは呟く。が、すぐに切り替え、全力疾走で逃げ切るコトを決意した。
「おとニャしくしてくれるニャら捕縛だけで許してあげるケド、暴れるニャら……」
ニューラが指をパチッとならした。
これがお互い、行動開始のきっかけとなった。
ニューラの背後からは沢山のゴルバットが木の陰やら草むらから飛び出した。
それらは姿を見せると同時に、フロウの背後にいたゴルバット達とフロウに近づいていった。
フロウは水を使って、まだニューラには見せたコトの無い程の速度で逃亡を図る。

 ニューラ達とフロウの壮大な鬼ごっこがまさに始まろうとしていた。





 水色の体に赤色の血。
レイシーの左肩から左腹部に至って広い深い傷口。
地に伏せるレイシーとそれに駆け寄るジグとソルの姿。
「なんで……なんでホントにていこうしないんだよ!!」
豹変したのはリア。自分の行いを悔いているようだ。
レイシーの隣で呆然と立ち尽くすリアにソルが思い切り睨みつける。
ソルは今すぐにでもリアを攻撃してしまいそうな位、怒りに奮えている。
ジグはレイシーの傷口の様子を見ている。だが、ジグも相当焦っている。
「ソル……くん。リアは、悪く……ありません」
掠れたレイシーの声。この声でソルは若干の落ち着きを取り戻す。
そこでソルはリアに向けていた殺意を抑え、まだ平静は取り戻せないながらもレイシーの方を向く。
「ねぇ、……姉ちゃん、死ぬの!?」
リアの目は何も感じられない程弱々しい眼差しを放っていた。
「あなたが殺すつもりだったのなら……死ぬでしょう」
レイシーは依然と落ち着いた様子で喋る。痛みでそれどころじゃないのだろうに。
血は止まること無く流れ続ける。レイシーの伏せる地さえも赤く濁っていく。
この様子は見てる方も相当辛いものだ。
「殺すつもりなんかあるかよ! ……全部、姉ちゃんと戦いたいから言ったうそだよ。……おねがい、死なないで……」
そんな大声で言わなくても聞こえてる、ってぐらいの声でリアは言った。
それを聞いたレイシーは、少し微笑んで。
「なら私は、大丈夫でしょうね。……殺すつもりの無い攻撃で、殺してしまう程……あなたは、不器用ではありませんので……」
言葉を絶え絶えにレイシーは言い切る。確かに、殺すつもりなら首を掻っ切るのがあの状況では一番早く、容易であった。
が、首には葉が突きつけられていたのにも関わらず、一切傷つけられていない。
とは言え、出血量から見る限りかなり危険な状態には変わり無い。
発言から間も無く、レイシーは意識を失った。
ジグはその間に薬やら包帯やらを取り出して応急処置の準備をしていた。
レイシーが気を失った直後にジグは手当てを始める。
作業中にソルに、リアに一つ質問するように頼んだ。
「ねぇ、……リア、だっけ? 君、今のを見てた限り足は相当速いよね?」
「そうだけど。……だから何なのさ?」
リアの反応は素っ気無かった。が、ソルはジグに言われた通り話を続ける。
「だったらさ、君の姉ちゃんを街まで運んでやってくれないかなぁ。すぐに街で治療を受けないと……」
「……そういうコトだったらぼくに任せて。姉ちゃんは死なせない」
トーンは低いが重さが増した言葉で了解を頂いた。
「ジグ、こっちは大丈夫」
ソルがジグに告げる。ジグは手早く作業をしつつそれに返事した。



 応急処置を終え、リアは姉をその小さな背中に乗せる。
「リア……大丈夫?」
ソルはレイシーより体の一回り小さいリアがレイシーを担いでいるコトに心配する。
「もちろんっ……。姉ちゃん一匹かつげなくて&ruby(おとこ){雄};が務まるかよ……っ」
直後、一瞬フラっと体が揺れるが、一度体勢を立て直すと走り始めた。
リアのおぼつかない様子に不安なジグとソルだったが、彼の性格上、言ったからにはやり通すつもりだろう。
リアがレイシーを担いでから間も無く、ジグ達が歩いて来た方角から音が聞こえてきた。
ザーッと水が流れるような音に、バサバサと複数の羽音。
こんな時になんだ!? と、ジグとソルは振り返る。
すぐに橙色の生物が視界に入った。
当然、それはフロウだ。だが、もの凄い焦りようで、数箇所浅い傷を負っている。
「ハメられたのだ……! 後ろからゴルバットがたくさん来てるのだ!」
ジグの傍で立ち止まり、ソルはすぐにジグに内容を伝える。
「フロウ! あのリーフィアからレイシーを受け取ってトバリへ全力疾走してくれ! ……事情は後で全部話す!」
早口でジグはフロウに指示を出す。ソルも大急ぎでそれをフロウに言う。
「……了解なのだ!」
一瞬戸惑いが感じられたが、恐らく状況は飲み込めているだろう。
「そこのリーフィア。レイシーを渡して欲しいのだ。早くして欲しいのだ!」
「え!?」
突然初めて見る顔が現れたと思ったらいきなりレイシーを渡せ、と。
状況が全く理解できないリアにフロウは続ける。
「おいら、あの少年とアブソルの連れなのだ。だからレイシーは絶対街までちゃんと運ぶのだ」
「それはぼくが今やってるじゃん?」
「おいらの方が速いのだ! だからおいらが行くべきなのだ!」
訳が分からない……。勢いに負け、リアはしぶしぶレイシーをフロウに託した。
「レイシーは任せるのだ! ……ゴルバット達は任せたのだ」
レイシーを担いだフロウは最後に一言そう言うと相変わらずの速度で走っていった。
「は、速い……」
リアは驚いている。多分別の意味でも。
口をポカンと開け、ただフロウを見続けていた。
そんな銅像みたいに固まったリアにソルが背後から話しかける。
「リア。ちょっと後ろ見てよ」
ハッとリアは取り戻し、言われた通りに後ろを、ソルの方を振り返った。
リアもゴルバットの大群が迫っているコトを理解しただろうというところで、ソルは言う。
ついでにフロウを騙した犯人、ニューラの姿も確認できた。
「あいつら……僕らやレイシーを狙って襲ってくるんだ……」
「つまり、あのクソみたいな連中を倒せってコトだね!」
ソルはこの後に“手伝ってよ”の類の言葉を付け足そうとしたがその必要も無く、リアは一目散にゴルバット達に立ち向かっていった。


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*第14話・露草色の到着 [#o64d5b16]

 ソルが逃げ回りつつ戦い、ようやくゴルバットを一匹倒した時には、リアが一匹で残り全てを倒していた。
全く無駄の無い動き、確実に一撃で仕留めていく攻撃力と決定力。
ソルは自分の戦いでリアを観戦する余裕など無かったが、ジグはその一部始終を見てただ驚愕していた。
同じく傍観者となっていたニューラだったが、リアというまさかの存在を認めると、いつの間にかその場を去っていた。

「もう終わり? とんだカス連中だったね」
戦いを終えたリアはつまらなさそうに言った。
ソルはこの時にようやく全てのゴルバットが倒れているコトに気付く。
「あ……リア、もしかして全員?」
ソルは驚くと言うよりかはゴルバット達に同情するようにリアに問う。
「うん」
リアは頷きながら答える。
こんな時でさえ僕はほとんど役に立てて無いなぁ……、とか、ソルは考えてしまう。
「ソル。よくやった」
落ち込んでいる最中にジグの声。
よくやってなんか無いよ、と言い返そうとするとジグからもう一声飛んできた。
「よく逃げずに戦ってくれた。……怖かったか?」
ホント、ジグってよくこんなに言って欲しい言葉が分かるんだろう。
ジグの言葉にソルは少し間を空ける。そして答えた。
「昨日戦ったグラエナに比べると、気迫……でいいのかな? が、なんか全然違った」
「そうか。逞しくなったな」
ジグはそう言い笑顔を作る。
ソルもつられて思わず笑みが零れる。

 この会話の横で、退屈してそうなリアを見てジグははっとする。
「そうだ。ソル、ちょっと頼みたいコトがあるんだ」
どうやらジグは先程のリアの戦いを見て、更にレイシーの弟だというコトで仲間に誘いたいようだ。
ソルはジグに言われた内容でリアに話を振った。

「ごめん! お供はちょっと無理っ」
リアからの返事は早かった。それも“NO”。
「え! ……えと、やっぱり何か理由があるのかなぁ?」
「いやぁ、さっきみたいなクソ連中とケンカばっかり! ってのはのぞむところなんだけどね。……姉ちゃんと一緒に旅をするのはやっぱり嫌だ」
んー……。分からなくも無い。ソルには恐らく分かっていないだろうが。
「……とにかく、駄目ってことだよね」
「うん! ごめんよ。……あ! でも、やっぱり姉ちゃんが無事か気になるからとりあえず次の街までは着いていくよ」
テキパキとものを喋る子だ。思いつきで喋ってる気がしなくも無かったが、この先の街、つまりはジグ達の目的地トバリまでは一緒に来てくれるそうだ。
「うん、分かった」
と、簡単に返事をすると、結果をジグに報告する。
ジグはそれに了解すると、トバリ方面へ足を進め始めた。

 ソルとリアがジグに走るように促す。そのためにジグの前に出て走り出す。
「分かってる、走るって。ところでお前らちゃんと街までの行き方分かってるのか?」
ジグは二匹に追いつこうと駆け出す。ソルとリアはジグに追いつかれないように少しずつ速度を上げていった。
 次第に息を切らすジグなどは気にも留めずに。





 フロウの全力疾走により、あれから五分足らずでトバリの街に到着するコトができた。
「ハァ……着いたのだ。流石に疲れたのだ」
息を荒くしながらフロウは周りを見渡した。
一応、ポケモンセンターというものの存在は知っており、フロウはそれらしき建物を見つけるとすぐにそこへ向かった。
町民が不思議そうに見てくるがそんなのは気にならない。
その内の正面に居た一人の女性は特に興味を示しており、隣にいたポケモンと一緒に近づいて来た。
「その者、大変そうであるがどうしたのであるか?」
いきなりそのポケモンはフロウに話し掛けてきた。
そいつは全身に青色の体毛を基とし、鬣や胸元、尻尾周辺などは黒い毛をはやしている。
更にひゅっ、と細長い尾を持ち、その先に星のような物が付いている。

 彼はレントラーだ。
フロウは彼の突然の言葉を聞くと、背中に乗せたレイシーを見せるように姿勢を変えて答える。
「仲間が……重傷なのだ」
レイシーを見たレントラーは目の色を変える。
「あ! 本当であるな。すぐにポケモンセンターで治療を受けるべきである」
「そうなのだ。おいらは急いでるのでこれで失礼するのだ」
フロウはそう言うと、レントラーの横を通り過ぎる。
「待つのである。オマエだけでどうするつもりであるか」
え?とフロウは振り返る。
ポケモンセンターってところへ行ったら全部解決!って訳じゃないのだか?
とか思っていると、レントラーが続ける。

「少々面倒なコトがあるのである。サーラに任せると良いのである」
結局その意味自体良く分からなかったフロウは、そのレントラーの言うとおりにするしかなかった。
サーラと呼ばれたその女性は、見た目から察するにはジグと大差無い年齢。
赤みがかった髪を肩の辺りまで伸ばしている。
「じゃあ任せるのだ」
それから一人と二匹はポケモンセンターの中へ入っていった。





 ポケモンセンターの中は色んなポケモンがいて、更に付き添いの人間がいる。
フロウは珍しいものを見るように、辺りをキョロキョロと見回していた。
その間にサーラが受付で何やら色々やっているようだ。
「落ち着くである」
レントラーがフロウの様子に対し、思わず言う。
「いやぁ、こんな雰囲気の場所は初めてなのだから、妙にそわそわするのだ」
「ところで、オマエは名はなんと言うのである?」
「おいらはフロウなのだ。お前こそ、名前は何なのだ?」
「オレはトランスである」
そこで一瞬間が空く。そしてサーラがフロウを呼ぶ。
呼ばれるがままに近づくとサーラが“レイシーを渡して”的なコトを言った気がしたので、フロウは背中を向けた。
サーラの手によってレイシーがポケモンセンターの受付の人に渡された。
「ところでさっき言った“面倒なコト”って何なのだ?」
フロウは建物の端の方でトランスと会話を始める。
「あぁ、それであるな。向こうに野性ポケモンと認識されてしまっては保護されてしまうのである。
逆に人のポケモンと認識してもらえれば、治療後にちゃんと持ち主に帰るのである」
「なるほどなのだ。それでサーラが一時的な持ち主になってくれたのだな」
「そういうコトである。もちろん治療後はフロウの元へ戻るから安心するである」
「よく分かったのだな。おいらには持ち主の人間がいるコトを」

 そうしてしばらく話していると、ジグ達がポケモンセンター内へ入ってきた。
ジグは全身汗だくになり、建物に入るなり、入り口のすぐ横に座り込んでしまった。
一呼吸置き、見知らぬレントラーと仲良く話すフローゼルを見て、ジグは少し驚く。
一瞬、他人のフローゼルかと思ったが、ジグを見た時の反応でフロウと断定できた。
リアは中に入ると凄い勢いで辺りを見渡した。
「姉ちゃんは!? ねぇ、どこ?」
リアは慌てた様子でフロウに問い掛ける。
「今、こっちの人に預けたのだ。命に問題は無いようなのだ」
それを聞いてリアの表情が柔らかくなる。最初に出会った時の険しい目付きは無くなっていた。
「そっか。よかった……」
ふぅ、とため息をつき、少し考え、発言する。
「今、姉ちゃんを一目見ておきたいんだけど」
「それはおいらに言われてもどうしようもないのだ」
のんびりと返事をするフロウの後ろ、トランスが割り入った。
「なら、俺がサーラに頼んでみるのである」
そう言うと、トランスはサーラにそのコトを伝えた。
サーラは了解の合図をすると、また受付の人と何か話し始める。
リアはまた真剣な表情になり、サーラと受付のやりとりを凝視した。
すぐにサーラは話を終え、トランスに何か伝える。
「了解をもらったそうである」
リアは弾けるように動きだす。
サーラが付き添い、リアは受付の人に連れられ、レイシーに会いに行った。
ジグ達は特に何もせず、呆然とそれを眺めていた。

 リア達が見えなくなると、フロウがジグに目線を移し、楽しそうに言う。
「ジグ、おいら友達ができたのだ!」
一瞬間が空き、ジグが今にも首をかしげそうだったので、ソルが通訳した。
「おー。良かったな。そのレントラーか?」
フロウはまだ無理か……。少し残念に思ったが、そのコトは表情に出さず、返事をした。
ソルを通じて言葉が一往復した。
「そうなのだ! トランスと言う名前なのだ。これからよろしくなのだ!」
なんか勝手にテンションが上がってる気がするが、置いといて。
それからソルも簡単に自己紹介をすませた。

 ちょうどその頃、リアが駆け足で戻ってきた。
まだ数分しか経っていないのに、もう良いのだろうか。
「もう……どこかに行くの?」
「うん。姉ちゃんの無事は確認したから」
なんとなく対応が素っ気なかった。
「そっか……どこに行くか知らないケド、気を付けてね」
「うん……」
素っ気ない、と言うか元気が無い。
流石にどうしたのかソルは心配になる。
「どう、した……の?」
恐る恐るソルは質問した。
「……姉ちゃんに“ごめん”て言っといて」
リアはそれだけ言うと、ソルの真横を通り過ぎ、外へ出ていった。

「ソル、どうした?」
話の内容を半分理解したジグがソルに尋ねる。
「うん。なんかリアがレイシーに“ごめん”ってさ」
ほぉ、とジグは納得するように唸った。
それからジグは思い出した様に言葉を発した。
「そうそう、ここに来た本来の目的を忘れてた」
「……あ。そういえば最初の出発の時に何か言ってたよね」
ソルもはっ、として応える。
先日のフロウの件やら今日のリアの件やらで、焦点がずれていたが、
ジグ達がこの街、トバリに訪れた本来の理由は親に会いに行く、だった。
と、それを再認識したところで、ジグ達はサーラとトランスに礼を言うと、ポケモンセンターから出ていった。





 比較的高い位置に更に高い建物。
ポケモンの薬などを研究、販売しているシンオウきっての大企業の本社である。
また、ジグの両親の職場でもある。
ジグはこの中に入るのは初めてでは無いが、何度訪れても緊張するそうだ。
受付と話を済ませると、エレベーターに乗り、両親の居る階へ向かった。



 微妙に鼻に残る薬品の匂い。
試験管に満たされた得体の知れない液体。
部屋には白衣を着て、何かに取り組むものが数人。
ジグの父親はジグが部屋に入ってきたのに気付くとすぐに近づいてきた。
その際、手で部屋から出ろ、的なジェスチャーをしていたので、ジグは一歩後退し部屋から出た。
父親が部屋からでると部屋の戸は閉められ、会話が始まった。
「よく来たな。ジグ」
「父さん、今日はちょっと色々気になるコトがあったから、それを聞きに来た」
ジグはそう言うと、自分の後ろに居たソルに前に来るように示し、父親の前まで来させた。
「父さん。このアブソル……角の位置が逆なんだ」
「はぁ……確かにな」
「これは珍しいで済むコトなのか?」
何かを分かっているかのようにジグは問い詰める。
ジグの父親はこの問いにはすぐには答えず、僅かであるが、沈黙を作った。
角の位置がそれ程重要なのか、と言うほど、場の空気は重かった。

 それから間も無く、父親は口を開いた。
「いや……恐らく珍しいでは済まない」
ジグの表情が一気に固くなった。

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*第15話・赤色の宣戦 [#ad34a8c3]

「まさかな……なんとなくそんな気はしてたんだが」
ジグが固い口調で言う。
「過去に例がある。資料を取ってくるから少し待っていてくれ」
父親はそう言うと、再び研究室に入っていった。
過去の例、ジグはそれをうっすらと知っていた。だからこそ恐れていた。
ジグの頭の中では様々な思考が入り巡る。
時間の経過も感じる余裕は無かった。

 気付けば父親は戻ってきていた。
「まずはこの新聞記事を見てくれ」
そう言い、一枚の新聞を差し出す。
紙面には一枚の写真が写っており、全身緑色に両手に薔薇のような物を持つ人型ポケモン、ロズレイドが写っていた。
ちなみにこの新聞の写真はカラーが使われている。
ジグはこの写真の違和感を見逃さなかった。
従来のロズレイドは右手の薔薇の様な物が赤、左が青なのだが、写真に写るこいつは左右の色が逆転している。
「こいつも……逆」
ジグはポツリと呟く。
「そう、そしてこいつは“珍しい”の一声で片付く奴では無かった」
ジグは化け物でも見るような目で記事を凝視している。
ジグの父親は淡々と続ける。
「こいつが、昔に一つの街を壊滅へと追い込んだ。……逆に言えば街一つの規模で収まったのが奇跡と言える」
「一体……こいつが何を?」
「さぁ、俺はその場に居た訳じゃ無いから詳しくは分からない。ただ、言われ続けたコトは“そいつは普通じゃ出来ないコトを普通に行う”だそうだ」
抽象的な情報にますますジグは不安になる。
普通じゃ出来ないコトを普通に行う……。
ジグは小さく復唱してみた。
それから間も無く頭に浮かんだコトは、“瞬間移動”“時間を止める”等だ。
これはまさかな……と思っていると、父親から追い打ちが。
「一例だが、大量の植物を瞬時に発生させた。というのがあったそうだ」
何となく情景が浮かぶ。
確かに、これは大変では済まない様な事態だ。
「結局、そいつはどうしたんだ?」
そう、気になるのはそいつの結末。ジグはなるべく焦る素振りを見せないように尋ねた。
「街全体、また街周辺から炎を扱うポケモンを集めて街ごと焼き払った。と事件のその後に関する資料には書いてある」
新聞とは別に持ってきた一枚の紙、それを見ながら父親は答えた。
一匹相手にそこまでしなければいけないなんて。
ジグはふと不意にソルを見る。
ソルはジグの父親の言ってるコトが分からないので、話の理解度は半分以下だが、深刻さは伝わってるようで、凄い怯えた表情をしている。
ジグは自分の発言でソルに悪い気を起こさない様に、と改めて意識する。
「他にも数件、そういった報告があったが、いずれも深刻な事態にはならなかったようだ。
が、そいつらに関連して言えるコトは“不思議な能力”を使うコトだ」
不思議な能力。さっきのロズレイドのように普通じゃ出来ないコトさえ出来てしまう能力だろう。
父親の言いたいコトは分かった。



――ソルもその内の一匹だ……と――



「……そうか」
明らかに動揺しながら、ジグは応えた。
まさかここまで重大なコトとは……。
ジグは平静を乱しつつも次に聞くべきコトを切り出した。
「もう一つ、いいか?」
「ん? 何だ」
ジグはグランやターブ達、布を覆った連中のコトについて尋ねた。
「その組織自体は知らんが、布を覆った者はこの街の近辺でもよく目撃する。そのせいか、最近ケガをしたポケモンをよく見る気がするな」
「そうか……。具体的な種族までは分からないか?」
「俺が直接見たことがあったのは色違いのサンドパンだった。相手の方は分からない」
その情報にジグは、よし……と、小さく漏らす。
「そのサンドパンを探しに行こうと思う。場所はこの街の周辺だよな?」
いつの間にか、焦りは取り除かれいつものジグが現れていた。
「そうだ。ただ、行くなら急いだ方がいいかも知れないな」
「分かってる。んじゃ、父さん、行ってくる」
それだけ言い残し、ジグ達は研究所を後にした。





 トバリの南側。ここのとある場所では穏やかでは無い空気が流れていた。
一匹の雌のサンドパンが水色の布を覆った二足歩行のポケモンと対峙している。
「ウフフ。今日も会えたわね」
水色の布が言う。
「……何よ。あたしはアンタなんかと会いたくなんて無いんだから!」
怒鳴るようにサンドパンは言い返す。
が、相手はそれに動じる素振りは一切見せない。
「アラ生意気。今日もおしおきして欲・し・い?」
水色の布は妖しく笑いながら言った。
「っ……上等よ! 好きにしなさい」
この言葉を機に水色の布はサッとすばやい身のこなしでサンドパンを押し倒した。
そしてそのままサンドパンの首を締め付ける。
「……ぁ……うっ」
苦しそうにするサンドパンなど気にも止めず、水色の布は話し始める。
「このまま殺しちゃおうかしら……ウフフフ」 
力を弱める気の無い水色にサンドパンは必死に抵抗を試みる。
しかし、首を絞められている手が爪を立てて来たコトで、一時的に諦めるコトにした。
「あらあら、暴れるならもっと苦しんでもらうわよぉ」
そう言うと、首を絞めていた片方の手をサンドパンの額の辺りに押さえ付けた。
「ひっ……あ、ぁ……」
声にならない様な声をあげてサンドパンは更に苦しみだす。
その様子を楽しみながら、水色の布は言う。
「“やめて”ってお願いする様に言えば止めてあげるわ。ウフフ……あなた、言えるかしら?」
すると、サンドパンは物理的な力では押さえられていない手を動かし、首を絞めている水色の布の手をタップした。
言うつもりね……。と、解釈し、水色の布はおとなしくその手を離した。
「ケホォ! ……ぜぇ、はぁ……」
サンドパンは激しく呼吸をし、息を整える。
「さぁて……聞かせてもらおうかしら?わざわざ放してあげたんだから、中途半端は許さないわよぉ?」
それからサンドパンは大きく息を吸い込んで。

「死ね!」

 壮大に叫んだ。
いきなりで流石に予想外だったのか、水色の布は驚いた様子を見せた。
サンドパンは間髪入れず言葉を放ち続ける。それと同時に起き上がる。
「逃げ回ってもダメみたいだから、ここでケリつけてやるんだから!」
言い終えると同時にサンドパンは水色の布に飛び掛かる。
それをさっ、とかわすと、水色の布は落ち着きを取り戻して言い返す。
「ウフフ……。威勢のいいコトね。でも、ケリをつけられるのはあなたじゃないかしら」
「お前なのだ」

 水色の布の発言直後にその背後から声。
ケリをつける、と蹴りをかけたのか、水色の布の背後に突如現れたフロウは目の前の標的を蹴り飛ばした。
遅れてジグとソルも登場。
ジグはサンドパンを確認した。
通常とは異なる、濃い茶色の体。背中に生えているたくさんの赤色の針。両手の鋭い爪。
色以外普通のサンドパンであるこのサンドパンが、父親の言っていたそれと認識していいだろう。
「何!? 今度は何なの?」
戸惑うサンドパンにフロウは声をかける。
「大丈夫なのだ。おいら達はお前の味方なのだ」
「新手……ウフフ、厄介ねぇ」
いつの間にか立ち上がった水色の布が話に割り入る。
「水色のお前、覚悟するのだ。イジメは最低なのだ」
「ふぅん、確かに。この状況は一見ピンチとも言えるかしら……」
呟きながら辺りをチラチラ見渡す。
逃げるつもりだろうか。しかしフロウが居るこの状況、逃げ切るのは不可能だろう。
「うん。ここは一旦引き返すコトにするわ。……ん~と、五日後……うん。五日後は覚悟しなさい?」
「逃げられるとでも、思ってるなのだか?」
フロウの発言に水色の布は再び周りを見渡す。
気付けば全員が水色の布を囲む形になっていた。
この状況に、表情一つ変えずに。……そもそも布で顔は見えないが。
「アラ、もちろん思ってるわ……じゃあね。また会いましょう」
そう言うと、ピョンと高くジャンプした。
そして両手を高く掲げる。
掲げた両手は頭上を通過する一匹の紫色の布を覆った者の脚を掴んだ。
紫色の布は自前の羽で水色の布を掴ませたまま、フロウ達のもとを去っていった。
「しまった……」
思わずジグがもらす。他の者も悔しがっている。
だが、サンドパンを助けるという、最初の目的は達成できた。

 ジグはソルとフロウにサンドパンと話すように頼んだ。
「ふぅ……助かったのだな。お前、名前は何なのだ?」
「別に助けてくれなくたって自分でなんとか出来たんだから!」
助けたハズなのにこっちが怒られている。
「む……確かにそうなのだ」
「……あたしはサンディ。これだけ聞けたら満足?」
「不満ありまくりなのだ。あ、おいらはフロウなのだ」
「ふぅん……で、何?」
あまりの対応にフロウは困っている様である。

 そこで話し手を交替する。
「僕らさっきの連中をやっつけるタメに君を助けに来たんだ。手伝ってくれると助かるんだけど……」
ソルが交渉に出る。サンディは間を空けず。
「必要無いんだから! アンタ達で勝手にすればいいじゃない」
サンディの拒否を食らってる最中。ジグから声が聞こえた。
「……なんとなくその子のタイプが掴めた。多分強引にいっても大丈夫だ」
「フロウ……ジグが強引にってさ」
ソルは自分じゃ無理だ、とすぐにフロウに役割を転換した。
するとフロウは頷いて、サンディに一歩、二歩と近づいた。
「いいから任せるのだ! 何が何でもあの連中からお前を守るのだ」
むしろ脅迫に値する勢いでフロウは言い放った。
サンディはこの強引さに流石に感情が動いた。
「……そんなに言うならお言葉に甘えようかしら。……っでも、別にアンタ達を認めた訳じゃ無いんだから!」
この子も素直になれず、強情をはってしまうタイプらしい。
ジグは相手の雰囲気からそれを読み取った……のだろう。
「ありがとうなのだ。これからよろしくなのだ!」
と、フロウは手を差し出す。
「よろしく、なんていらないでしょ? あんた達はただあたしを守ってくれれば良いんだから!」
サンディは言った。手を差し出す気は無いようだ。
「……と、とりあえずおいら達について来て欲しいのだ」
「何でよ?」

 さっきから訳の分からない返しばかりでフロウはもう何が何だか分からなくなってきた。
ソルがサンディの対応をジグに伝える。
「……はぁ、難儀な娘だ」
ジグは大きく嘆息する。
「あいつが次に来るのは五日後でしょ? それまではあたしに構う必要は無いんじゃないの!?」
「……それ、本当に信じてるの?」
ソルの不意打ちが発動。サンディは一瞬ハッとした表情を見せる。
ソルは話を続ける。
「あいつらなら平気でそういう嘘を吐くと思うよ。……もしかしたら、明日にでも来るかも知れない」
ソルの暗い表情が発言に説得力を持たせた。
「っ……そこまで言うなら仕方ないわ……。付き添ってあげる。不本意だけどね!」
やけに語尾を強調する。
ソルから結果を聞くと、やれやれとジグはようやく一安心する。
お前も最初はこんなんだっだんだぞ、と心の中で唱え、ソルと目を合わせる。
ソルはジグの思考を理解できず、首をかしげていた。

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*第16話・青紫色の猛毒 [#i18ebd3c]

 サンディの一件から四日経った朝。今日来なければあの水色の布の言ったコトが本当だったコトになる。
レイシーのケガも相当良くなった様で、今、丁度ポケモンセンターでレイシーを受け取ったところだ。
「サーラ。本当にありがとう」
ジグがサーラに礼を言っている。
その足元にレイシーが懐かしそうに擦り寄る。
「困った時はお互い様よ。私に出来るコトなら言ってくれれば何でも手伝うわ」
サーラは返事をした。
ちなみに、サーラには先日の布を覆った者については一切話していない。
そのため、サンディについても詳しく話していないのである。
それから特にするコトも無かったジグ達はあっと言う間に夜を迎えるのであった。





 辺りは随分暗くなり、恐ろしい程静かだ。奇襲、不意打ちには絶好の状況である。
「多分、来るならそろそろだろうな……」
当然ながら、奴らがくるのは夜と予想していた。
宣言した通りの日に来るとは思えなかったので、ジグは今日来るコトを確信している。
戦いに街を巻き込んではいけないので、先日サンディを発見した場所辺りにジグ達はいる。
「多分、あいつらも分かってるだろうな。俺達が今日に備えているコトを」
一人と四匹で背を向け合い、全方向を警戒している。
しばらくそうしていると、突然、遠くの方、しかも街の方角から大きな音が。
ガシャン、と、何か重たいものが倒れた様な音。
これをきっかけに一人と四匹の陣形は崩れてしまった。
怯えた様子で、ジグを伺うソル。
更に注意深く辺りを見渡し、油断を見せないレイシー。
今すぐにでも音源へ走っていきそうなフロウ。
音の鳴った方角をただ眺めているサンディ。
想定外のコトに急遽次に取るべき行動を考えるジグ。
みんなで行動は様々だったが、一つの共通点を含んでいた。
それは全員が音の方角、つまり街の方向を向いていたコト。
反対側から迫ってくる何者かに気付くハズも無かった。





 その日の日没前。
ジグ達がトバリに来るまでに歩いてきた道の片隅。
数匹の布を覆ったポケモンが何やらくさむらに身を隠しながら話している。
「まさかあいつら、本当に五日後に来るとは思ってニャいでしょ」
「流石にそうだろ~な。あいつがそれほど馬鹿ならここまで俺達も本気にはならなかっただろ~し」
「そうよねぇ。あいつらに対してアタシ達がここまで集まるコトにニャるとは。ボスも本気ねぇ」
「シシシ。だが、今回の一件はターブの首謀らしい」
「で、そのターブは何してんのさ?」
「明日の方に参加するようだ。今日はおれ達三匹だけだ」
「とりあえず、今日の狙いはアブソル一匹ニャのよね?」
「そ~だ。明日楽しむタメにも、今日はやり過ぎないよ~にな」
それから、暗くなるまで作戦の内容の確認が行われた。





 すっかり日は暮れて夜になった。
水色の布を覆った者はトバリから少し外れた所で、退屈そうに木にもたれかかっている。
そこへ一匹、紫色の布を覆った者が空を飛んできた。
「シシシ、標的発見~。ニナは南地点で待機していてくれ」
ニナと呼ばれた水色の布は了解、と言うと、足音も殆ど立てずに走りだした。
紫色の布は再び空の闇へと姿を消していった。



 別の場所。街からは大きく南に外れた場所。
再び、紫の布が闇から姿を現す。
「標的発見。誘導するから来いよ」
「了解」
返事をしたのは青色の布を覆った者。
紫色の布は静かに羽を動かし、青色の布が行くべき場所へと進んでいった。
「シシシ。見えた。あいつらだ」
紫色の布が発見したのはジグ達一人と四匹。
「あいつが標的?」
青色の布はソルを指して尋ねる。
「そ~だ。逃がすなよ?」
「当然」
この二匹はまだジグ達からは五十m程の距離を残している。
「ターブによると、あのグレイシア、相当耳が良いらし~から音には注意しろよ」
会話も限りなく音量を抑えて行われている。
青色の布が頷くと、紫色の布はまたしても忙しそうに、ジグ達とは反対方向に飛び立って行った。
もちろん、羽音は一切立てず。





 ジグ達の背後から襲ってきたのは青色の布を覆った者だった。
レイシーがみんなの足音から一つ違う音を聞き取った時には、そいつはすでに攻撃範囲内。
この時ジグ達の位置は、街から近い順に、フロウ、ジグ、レイシー、サンディ、ソルだ。
レイシーが振り返って叫ぼうとするも、その直後。
ソルは青色の布を覆った者に捕まえられた。
そいつの布の隙間から覗いている牙が、ソルに襲い掛かる。
「ソルくん!」
流れる様な一連の動作に入り込む余地など無かった。
そして誰一匹、青色の布を止めるコトは出来なかった。
ソルは右肩を噛み付かれる。
また不思議なコトに、青色の布は噛み付くと同時にソルを手放し、自分は近くのくさむらに飛び込んで行った。
フロウが大至急追いかけようと、バッと一歩を踏み出した。
「待て! フロウ」
が、ジグによって止められる。
ちなみにフロウはこれまでの四日間の間にジグと言葉を交わせるようになっていた。
「なっ、なんでなのだ!? 早く追わないと……」
「絶対、奴らはそれが狙いだ。この暗い中、今の奴は確実に逃げ切れる自信があったに違いない」
「……分かったのだ」
残念そうにフロウは返事する。

 その間にレイシーはソルの無事を確認していた。
しかし……無事では無かった。
傷自体は浅いものの、ソルの様子がおかしい。レイシーは不安になってジグを呼んだ。
「ソルくんが……」
何だどうした、と、ジグはソルを見る。
「……これは毒だ。毒にやられてる」
みんなでソルを囲むように様子を見ていると、突然声が。
方向は街の方角。さっきの奴が現れて、消えていったのとは反対方向だ。
「宣戦布告したのは明日でしょうに?」
はっ、として振り返ると、そこには水色の布を覆った者の姿が。
「ウフフ、前日から張り切ってるから、そういう不慮の事故に巻き込まれるんじゃなくて? ま、あなた達がどうしようと私達は明日にみんなで来るつもりよ。楽しみにしててね」
語尾にハートでも付けるようにそれだけ言うと闇の中へと消えていった。
「……くそ……っ!」
ジグは悔しそうに歯を噛み締める。
だが、この時、怒りに奮えていたのはジグだけでは無かった。
相手に攻めてくる気が無いなら仕方がない。ソルが心配なのもあり、ジグ達は街へ戻っていった。



 ソルの受けた毒を何とかしようとポケモンセンターに入る。
毒消し作用のある、名前のとおり桃色のモモンという木の実、これで普通の毒ならば消し去るコトが出来る。
ポケモンセンターの係の者が、ソルにモモンの実を与える。
ソルは拒むコト無く、それを口に受け入れたが、その後、しばらくしても回復の兆しが見えない。
「一体……どういうコトですか?」
やや焦りを見せながらジグは尋ねる。
「恐らく混合毒です。……二種類以上の種類の毒が交ざりあい、普通の毒消しでは解毒出来ない特別な毒のコトです」
「えっ……じゃあ、ソルは……?」
ジグの顔から血の気が引いた。
「いえ、落ち着いてください。もちろん治すコトは可能です」
「そっ……それは!?」
ジグが即座に聞く。
「こちらも二種類の解毒成分を混ぜればよいのです。……モモンの実とは異なる成分を持つラムという木の実。
この二種類を合わせたものならば、恐らくどんな混合毒でも対処できるハズです」
「そのラムの実ってのは、すぐに用意できるんですか!?」
「ラムの実は大変貴重な木の実です。……申し訳ありませんが、こちらでは扱っておりません。すぐに他所へ連絡を取ってみますが……」
「そのラムの実ってのはどんな実なんですか? っこの付近にはなってないんですか?」
「可能性はあります。木の実の写真はありましたので、すぐ持ってきますね」
係の人はカウンターの奥の方へと歩いていく。
木の実のリストの様な物を手に、すぐに戻ってきた。
「これが、ラムの実です」
係の人はその木の実が写っている写真を指差す。
緑色でピンポン玉と比べてもまだ小さいような丸い木の実がその指の先にあった。
「あぁー!」
突然、ジグの背後で大声。今は一応夜中なのだが。
声の主はフロウ。木の実にでも見覚えがあるのだろうか?
「どうした。急に」
ジグがフロウに尋ねると、フロウは自信げに答えた。
「おいら、その木の実知ってるのだ」
ジグは目の色を変えてフロウに尋ねる。
「え!? ……ど、どこでだ!?」
「この前、ニューラに騙された時なのだ。あいつを連れて行った場所にこの実がなってたのだ。間違い無いのだ!」
フロウは答える。“間違い無い”の一言が信頼できる。
「よし……。その場所は覚えているか?」
ジグは少し落ち着きを取り戻すと、念を押した。
「あ……それは自信が無いのだ」
おいおい……。フロウの一言にジグは一気に緊張が和らいだ。





「随分大きな音がしたみたいだけど、何かあった?」
気付けば、サーラがトランスと後ろに立っていた。
ジグは、サーラ達を明日の件に何がなんでも巻き込みたくなかったが、流石に限界を感じ、白状するコトにした。
「敵だ。俺達の……」
ジグの表情から“敵”の一言で片付くコトが無さそうなコトをサーラは察した。
「相当大変な敵なの? いつでも手伝うわよ」
手伝ってもらいたい、でも巻き込むと危険だ。の脳内ループを数秒間に数十回繰り返し、結論がでた。
「……悪い、頼む」
深々と頭を下げてジグは言う。
先程まで話していたフロウや他のポケモン達も不思議そうにジグを見ていた。
「顔あげてよ」
サーラが言う。ジグはそれに促されるようにゆっくり顔を上げる。
「大丈夫。任せて! この子達もきっと頑張ってくれるハズだし」
トランスを指して言う。トランスが、えへん、とでも言いたげな表情をする。
「この子達?」
ジグが即座に聞きかえす。どう見ても今、彼女の足元にはトランス一匹しか居ない。
「あ、この子は紹介がまだだったわね。出てきて。ティサ!」

 サーラがそう言うと、どこからかモンスターボールを取り出し、中心のボタンを押した。
モンスターボールからは光が放たれ、一匹のポケモンが姿を現した。
そのポケモンは、緑色の頭部に白いマントでもまとったような体の外見。胸には赤い角のような物を生やしている。
「この子はサーナイトのティサ。すごい恥ずかしがりやさんだけど、色々と凄い子よ」
サーラがティサの紹介をしてる間も、ティサは他の誰とも目を合わせようとはせず、地面ばかりみていた。
「ティサ、トランス。明日はよろしく頼むのだ」
「うむ。みんなで敵とやらをやっつけるである! ……て、いきなり明日であるか!?」
フロウの何気ない言葉にトランスが反応する。
トランスの言葉を聞いたサーラも同様の反応を見せた。
説明不足を感じたジグは明日の件についてどんな敵か、等を話した。
「敵は恐らく四匹か五匹。それに加えて、弱い下級兵のような奴らが何匹かいるかもしれない」
「私達は二人と六匹。ソル君は戦えないから実質二人と五匹ね」
「そういうコトだな。ただ、フロウが木の実を取りに行かないといけないから一時的に四匹になっちまう……」

 と、作戦会議が開かれようとしていると、横でフロウが大きなあくびを始めた。
時刻は真夜中。ポケモン達も眠りたい時間帯である。
「多分相当長引くかもしれない。みんなはもう寝てくれても構わないぞ。特にフロウ。眠いんだろ?」
「ん……じゃあ、お言葉に甘えさせてもらうのだ」
よたよたといかにも眠たそうな足取りでフロウはポケモンセンターの端にあるソファの上に乗り、横になった。
フロウに続いて、サンディ、トランス、ティサとそれぞれの好む場所へと行き眠りについた。
「レイシーは寝なくていいのか?」
一匹残ったレイシーに対し、ジグが問い掛ける。
「ソルくんの命がかかった作戦会議ですよね? 眠ってなんかいられませんよ」
真剣な表情でハッキリと述べた。
それからジグ達は傍らにあったテーブルを囲むように腰掛け、作戦会議は始まった。

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*第17話・茜色の直前 [#z261941c]

 朝が訪れる。
目を覚ましたフロウはジグ達がテーブルに伏せて眠っているのに気付いた。
「ジグ、起きるのだ。朝なのだ」
体は一切動かず、声だけが返ってくる。
「悪い、まだ寝かせてくれ……」
時刻は朝の八時。本来ならば普通に起きている時刻。
「おいら木の実取りに行ってくるのだ」
と、フロウは言うとポケモンセンターの出口へ一歩足を進める。
「あ、待ってくれ。今じゃ無くても構わない」
ジグが顔だけ起こして呼び止める。
「じゃあ、いつなのだ?」
「……とりあえず、俺が起きるまでは待ってくれ……」
再びジグは眠ろうとする。
ジグの指示に逆らうつもりも無いフロウはあっさりと行くコトを諦める。
「フロウさん。私から説明しましょうか?」
テーブルに伏せていたレイシーだったが、眠たそうな顔をしながらも、自らで立ち上がる。
「昨日の話し合い、結構起きてましたので、内容はおよそ理解出来たと思います」
「なら、みんなを呼んだ方がいいと思うのだ」
「……そ、そうですね。では、みんなを起こしましょうか」





 数分後、ソルを除いた五匹が揃った。
「……では、私の知ってる限りのコトをお話しますね」
人前で話すコトに慣れていないレイシー。緊張気味で、声もかなり小さい。
「まず、一番の議題はソルくんの毒についてです……」
あの後、ポケモンセンターの人が毒の性質を簡単に調べたところ、非常に回りの遅い毒だというコトが分かった。
そのタメ、大至急木の実を取ってこないといけない状況では無くなった。
と、いう内容について、レイシーはしどろもどろしながらも何とか伝え切った。
「なるほどなのだ。それでも早い方がいいんじゃないのだか?」
その内容も昨夜話されていたらしく、レイシーは頭の中でよく整理してから説明を始めた。
あくまで予想だが、敵はそれを餌にフロウを木の実のある場所へ向かわせようとしている。
となると、待ち伏せされる恐れがある。
しかし、フロウはその状況で一度逃げ切ったコトがある。
敵が一番恐れているコトは“木の実は取られ、且つ逃げられる”だろう。
以前のフロウを知る限り、それをやりかねない。敵はそう考えているハズ。
ならば“木の実を取らせない”か“逃がさない”。この二つの手段を考えるだろう。
木の実を取らせたく無ければ、先にあの木から実を全て刈り取れば良い。
が、そうすると、そもそもフロウが現れなくなってしまう。
木の実のなっている木を頼りにフロウは走り回っているのだから。
フロウが現れなくなってしまっては餌であるソルの毒も意味が無くなってしまう。
そうなってくると敵は、フロウに木の実を取らせる、またはその直前で何かしら行動を起こして逃亡を妨げるしかなくなる。
逃亡を妨げる手段。それはフロウを戦わせればいい。
どうすればフロウを戦う気にさせるか、それは難しいコトでは無い。
敵が“ソルを毒に侵させた者”であればいいのだ。
そうであれば恐らくフロウは“お前がソルを……”て感じでそいつに立ち向かって行く。
フロウを戦う気にさせたならばもう敵の思惑通り。
あらかじめ隠れさせていた者達もフロウに襲わせる。目の前の一匹の敵に狙いを定め、視界の狭くなったフロウにこの奇襲はもはや回避しようがない。
……等と、いくらなんでも深読みしすぎじゃないか、と言うようなジグ達の話の内容を、話し始めたコトを後悔しながらも一通り話し終えた。
「つまり、こちらが動き出すのは相手が動いてから、であるな」
対して、フロウ以外は真剣に聞いていたようだ。
「つまりそう言うコトです。ただ、それまでに万全の準備が必要です」
「準備であるか。何をしていれば良いのであるか?」
「……ごめんなさい。その辺りで寝てしまいました」
準備の内容。一体どのようなものなのか。
かなり長い時間レイシーは話していたが、まだジグが起きる様子は無い。
それから雄雌に別れ、好き好きに話でもしながらジグとサーラが起きるのを待つコトにした。





 雌の三匹。レイシー、サンディ、ティサが街を歩きながら話している。 
「……あのフローゼルの方とトラを放って来てもよろしかったのでしょうか……?」
ティサが二匹に問い掛ける。一度は自己紹介したハズだが、フロウのコトを名前で呼んでいない。
それに、トランスのコトを“トラ”なんて呼び方をしている。
「いいのよ。あいつらなんて放っておけばいいんだから」
冷たく言い放つサンディ。が、少しは慣れてくれたのか、発言の鋭さが少し和らいでいる。
背中の赤い針が妙に目立ち、サンディは街の住人の視線の焦点になっている。
「とりあえずっ! もうちょっと人の居ない所行かない!?」
やはりサンディは気にしているようで、わざと足を速める。
了承した他の二匹も速度を増し、三匹は街の外れまで来た。
「こんなに遠くまで来て大丈夫でしょうか……?」
辺りを不安そうに見渡しながらレイシーが呟く。
「どうせなら誰も居ないぐらいの場所の方がいいんだから」
サンディは堂々と声を張って主張する。
「ところで、ここまで来ましたが、どうするんですか?」
レイシーが率直に疑問を投げつける。
「もちろん! 決まってるじゃない。……本音トークよ!」
サンディ一匹だけがウキウキしてるような気がするのは置いといて。
なんか雌の前だとキャラが違う気がする。
呆然と口を半開きにしている二匹の返事なんかは待たず、サンディは続ける。
「ま~ず~はっ! ティサ、あんたなんだから」
ビシッとティサを指差し、揚々と叫ぶ。
標的にされたティサは、すでに心臓が飛び出しそうなくらい、緊張しているのが分かる。
「……は、はい、なんでしょうか……」
マイクに通すべき音量でティサは辛うじて返事する。
「レイシーも気になってんじゃないの? ズバリ! あんたとトランスの関係よ!」
初めて見せるサンディの笑顔。訂正。“悪い笑顔”。
テンション上がりすぎなサンディに気を取られつつも、レイシーは彼女の発言には素直に“あ~”と言ってしまった。
ティサは目に見える速度で顔を真っ赤に染めていく。
その様子を、サンディはもちろんとして、レイシーも楽しんでいるような気がした。
「……そっ、それは。……その……」
反応が回答になっている気もするが、ここで追い打ち。
「つまりぃ! ……好きなんでしょ?」
ティサは死んじゃうんじゃないかというくらい動揺している。
サンディはティサに近づくと、ポンと腕に手を乗せる。
本当なら肩に手をかけたかったのだろうが、身長の都合だろう。
「大丈夫なんだから! あたし達があんたの恋の手助けしてあげる!」
と、話が一段落ついた所で、次のターゲットがレイシーだというのは言うまでもなかった。





 一方のフロウ、トランス側。ポケモンセンターのすぐ外で二匹は話している。
まさかのまさか。トランスはフロウにこの話題を持ち出した。
「なぁ、フロウ」
いつものどこかほんわかした雰囲気は見当たらず、真剣な表情だ。
「ん? なんなのだ」
対していつもと変わり無いフロウ。
「あの、である。……サーラのもう一匹のパートナー、サーナイトのティサであるが……」
「それでどうしたのだ?」
普通、ここからの流れは予想できるであろうに、フロウは全く成り行きを読めずに聞く。
「オレ、ティーのコトが好きである」
本来ならば“え!?”という空気が生じるべきところなのだろうが、フロウはほとんど感情の起伏を作らずに返す。
「そうなのだか。だったら本人に言ってあげればいいのだ」
「それが出来たら苦労はしないである……」
溜め息と共にトランスはもらす。
「だったらおいらが言っておいてあげるのだ」
フロウなら本当に言ってしまいそうで恐ろしい。
ありえない言動の連打にトランスはむしろホッとした表情になる。
「……それはやめて欲しいである。でも、フロウに打ち明けたのは正解だったであるな」
状況があまり飲み込めていないフロウはきょとんとする。
「何故なのだ? トランス、さっきから言ってるコトがよく分からないのだ」
困った表情でフロウは訴える。
「よく分かってもらえない……からであるかな。逆に何でも言いやすいのである」
あまり素直に喜べない言葉。でもやっぱりフロウはそれを肯定的に受け止めて。
「なるほどなのだ。頼ってくれてありがとうなのだ。お礼にそのコトに関して何か手伝うのだ」
と笑顔で答える。
「でも、なんで本人に言ってあげないのだ?」
あくまで無邪気に質問する。フロウは恋に関して疎すぎるのでは無いか。
「“好きだ”の一言で、今まで築いてきた関係が壊れるコトが怖いのである」
当然この言葉の意味がフロウには分かるハズも無く。
「相手のコトも考えず自分の気持ちばかり押しつけていては、相手を傷つけてしまうのである」
加えられる説明にフロウはようやく少し分かったような表情を見せる。
「それなら、向こうも同じコトを考えてるかもしれないのだ。トランスの言いたいコトは何となく分かるのだが……」
ここで一瞬間を空けて。
「一歩踏み出さないと何も変わらないのだ。進まないのだ」
自信無さげにも、フロウは言い切る。この一言がトランスに想像以上の感銘を受けさせた。
「一歩……であるか」
トランスが唸りながら考え始めると、すぐにポケモンセンターの扉が開いた。





フロウが街中を走り回り、レイシー達を呼び戻した。そして、ソルを除く全員が集合する。
「悪い。昨日は朝まで話し合いしてたんだ」
ジグが謝罪から話を切り出す。
えーと、と、ジグは視線をレイシーに向けると、レイシーは頷いた。
「レイシーからある程度聞いたと思うが、今からの俺達のこれからの行動予定について説明するから、よく聞いておくように」
レイシーがジグの言葉を他のポケモン達に伝える。
「まず、最初に。フロウは敵が攻めてきたコトが分かり次第、すぐに木の実の回収に向かってくれ」
「分かったのだ」
「次に、ソルを守りながらできる限り逃げ回ってもらう役が一匹。レイシーに頼んでいいか?」
ポケモンセンターが襲われて、ソルを人質に取られるという最悪の状況を想定してとのコトだ。
「分かりました。私の命に懸けてもソルくんは守ります」
それに対して、レイシーは力強い返事をする。
「後は、残ったみんなで街を守る。……あいつらは、街ごと標的にしているに違いないからな」
街を守る、と言われても……。それなりに大きい街をサンディ、トランス、ティサ、そしてジグとサーラ。三匹と二人で果たして可能なのか……?
とか考えそうになるが、ジグは続ける。
「親父に街からの支援をお願いしてもらっている。だから今日戦うのは俺達だけじゃない」
ジグはサンディと会った日からの特に何もするコトの無かった四日間の間に親父に会いに行っていたようだ。
「更に、街を守る者達の中で、街周辺を巡回して侵入を防ぐ者。街の中で侵入者を止めて街の破壊を防ぐ者。この二つに分かれてもらいたい。……それでだ」
「トランス。ティサ。私達は外を守るわよ」
と、途中でサーラが台詞を一部もらい、自分のポケモンに告げる。
「サンディは俺と街の中で侵入者退治だ」
ジグがレイシーを通じてサンディに言う。
作戦の指示が一通り通った所で、ジグが最後にまとめる。
「全員。気合い入れて行くぞ!」
ポケモン達が単に頷いているだけをしていると、途端にサーラが声を張る。
「当然よ! そんな卑怯な連中、許せないわ」
サーラは一番近くに居たレイシーに“ホラ、何か一言”と言うように視線を向ける。
少し躊躇う様子を見せたものの、レイシーも大きく息を吸い込むと。
「ソルくんを……ソルくんを絶対に守り通します!」
促す間でも無く並んでいた順番。サンディ、フロウ、トランスの順に便乗する。
「あんな布の奴なんてぶっ殺してやるんだから!」
「毒なんか使うような曲がった連中、許せるハズが無いのだ!」
「その通りであるな。連中のコトはよく分からないであるが、街は何があっても守り抜くである!」
と、ティサで止まる。ティサは“そんな大きな声で叫んだりできませんわ”と目でサーラに告げている。
サーラはもちろん、他のみんなもティサの一言を期待の眼差しで待っている。
これが、余計にティサを赤面させてしまう。
ティサは視線を下向きの軌道を前提にあっちこっちキョロキョロする。

 それから少し間を置いてから、ついにティサが口を開いた。
「……わ……私も、一生懸命、頑張りますわ……!」
サーラの方を向いて、決して大きい声では無かったが、はっきりと聞き取れる声で言い切った。
この言葉に周りは盛り上がる。何か目的を失っている気もするが……。
ともあれ、士気が上がったコトに違いは無さそうだ。
後は……敵が来るのを待つのみ。





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