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逆境のソル 第八話~第十一話 の変更点


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*第8話・蜜柑色の標的 [#q79bf01b]

written by [[beita]] 





 ジグ達がトバリシティへ向かう途中で必ず経由するコトになるズイタウン。
今、この村もとあるポケモンの手により平穏が失われていた。
家々は道路を挟むように両側に真っすぐ並んでいる。
その道路の中央、さらに村の中心でもある地点で一匹、全身に橙色の毛を覆っており、二股に分かれた尾を持つポケモン、
フローゼルが傷だらけの状態で顔を含む全身を真赤な布で覆っている者と対峙している。
性別、体の色などは外見から判断不可だが、四足歩行というコトは察知できる。恐らくこいつもポケモンだろう。
布で覆われた者は、一歩ずつ前進し、フローゼルとの距離を縮めていく。
二匹の距離が無くなる。フローゼルは一向に動く気配を見せない。
直後、真赤なそいつがフローゼル目がけ蹴りを放つ。
一切の抵抗を示さないフローゼル。その後も一方的に攻撃を受け続けていた。





 ジグ達が出発したのは朝方のコト。普通の小中学生ならすでに学校にいるであろう時刻。
ちなみにジグは中学二年生であり、本来ならばその時間は学校にいるのだが、夏休み中ということで、
普通にこうして、旅に出るようなコトができるのだ。
そして延々と歩き続け、太陽が真上に見えるぐらいになった頃、最初に経由する街、ヨスガシティに到着した。
街へ一歩踏み入れた途端、レイシーはその場にへたり込んだ。
「……ジグさん、疲れました」
とは言うものの、レイシーの表情は楽しそうだ。
およそ三時間ぐらい。これほどの時間を歩き続けたのはレイシーにとっては初めてだ。
疲れてしまうのも当然だろう。
一方のソルとジグはまだこれといった疲れは見せていない。
「そうか。ならひとまずこの街で休憩しようか」
ジグはレイシーに言うと、レイシーは無言で頷いた。
それから、昼食も兼ね、しばらくの休息をとるコトとなった。





 この街ではポケモンコンテストと言うポケモンを『魅せる』競技がさかんであり、月に一度、大きな大会が開かれている。
そしてその大会に参加しようと、全国各地から自慢のポケモンを連れた人間たちが集まってくるのだ。
ただ、残念なコトに今はその時期ではなく、参加者も観客もこの街にはいなく、静かという程では無いが賑わいは一切感じられない。
ジグ自身、この街に来るのは初めてで、コンテストにも興味を示していた。
ジグ達は昼食後、散歩がてらコンテスト会場に向かっていた。
街の静けさからなんとなく察していたジグだったが、実際に会場近くに居た人にコンテストが行われないコトを聞き、少しがっかりした。
「あ~ぁ。残念だったなぁ」
隣にいるレイシーに言った。
「私も見てみたかったんですよ……」
レイシーも残念そうだ。
「この街にはまた今度来ようか。大会がやってる時に」
ジグが開催期間を確認してからそういうとレイシーは力強く返事した。
それから間も無く、一人と二匹は街を出た。





 また数時間後、次の街、ズイタウンに着いた時、一同は動揺を隠せなかった。
街のほぼ中央に一匹のフローゼルがうつ伏せに倒れていた。
慌てて駆け寄ると、突然そのフローゼルは両腕で上体を起こし、こちらを睨み付けてくる。
「まだ……何か、する気……なのだか?」
語尾が若干おかしい気がする点は置いといて、今の言葉の意味を捕らえてみる。
レイシーがジグにフローゼルの言ったコトを伝えると、即座に返答が出る。
「ん?……何のコトだ?」
確かに意味が分からない。ジグ達を別の奴と勘違いしているに違いない。
「とぼけるなだ。……おいらはすでに覚悟は出来ているのだ」
覚悟?やはり話が噛み合いそうに無い。
なんかソルと会った時と似てるなぁ。とか思いながら話を続ける。
「……なら、その“覚悟”でお前が何故こんな状態になったのか話してくれないか?」
いい加減、態度の違いに違和感を感じたのか、フローゼルの目が敵を睨み付けていたものから疑問を生じたものに変わる。
「え……と、お前たち、誰なのだ?」
ジグのすぐ横ではレイシーが必死に言葉の媒介を行っている。
「ちょっと用事でトバリまで行こうとして、ズイを通りかかったただの中学生、と、そのパートナーだ」
「そうなのだか……。余計な疑いをかけて申し訳無いのだ」
大量の言葉をスラスラ話す。思ったよりフローゼルの状態は悪く無さそうだ。
訳の分からない疑いが晴れたところで、ジグはもう一度尋ねる。
「ところで、お前はなんでこんな所に倒れてたんだ?」
すると、フローゼルは目線を空に向け、少し考えてから答えた。
「すまないのだ。……他所者にはちょっと話せないのだ」
これを聞いてジグは何かを察したが、これ以上は聞かないコトにした。
質疑応答が済み、沈黙の時間が生じたところで、フローゼルがのっそりと起き上がった。
「この時間じゃトバリに着く前に真っ暗になってしまうのだ。だから今日はこの村でゆっくりしていくのだ」
ジグは彼がなぜ倒れていたのかが気になって仕方がなかったが、とりあえず、彼の言葉に甘えるコトにした。
フローゼルが真っすぐ並んでいる家の内の一軒に向かって歩きはじめる。
ジグ達もそれに続いて歩き始める。
するとすぐ、フローゼルは振り返り、ジグ達に向けて言う。
「あ、おいら名前はフロウって言うのだ。よろしくなのだ」
口調のせいか妙に明るい雰囲気を覚える。
フロウの雰囲気に飲まれてしまったのか、珍しくレイシーが、ジグを介さずに返事する。
「私はレイシーです。彼がソルくんです。そして、こちらの方がジグさんです」
ソル、ジグと順に首を向け、勝手に紹介してしまった。
そして、三匹と一人は家の中へ入っていった。



 中に入るなり、フロウはいきなり口を開いた。
「旅の者なのだ。今日一日泊めてあげてほしいのだ」
家の中には五十代くらいとみられる男性が居た。
フロウの発言に家の中にいた人はいつものコトのようにあっさり承諾した。
家自体はそれほど広くないが、もともと家にはその人しか居なかったようで、ジグ達は普通に泊まれそうだ。
一段落つくと、フロウは家の人に何かを言い、そのまま奥にある部屋へ行ってしまった。
そこでジグはすかさず家の人にさっきフロウに対して抱いた疑問を打ち明けた。
「フロウが村の中央で倒れてたんですケド、何かあったのか知ってますか?」
こう質問するもジグは、この人が何か知っていると確信していた。
男性はジグの目を見て、深く嘆息すると、重い口を開いた。
「……この村は、フロウのあの傷と引き替えに存続しているんだ」



 隣の部屋に入ったとはいえ、所詮壁一枚を隔てただけだ。
フロウには聞かさまいと、男性は小声で続ける。
「あるポケモンの団体にフロウが狙われていてねぇ、理由はさっぱり分からないんだが。そいつらから逃げたらこの村とその村の奴らは容赦しない、と言われてるんだ。フロウはそれからほぼ毎日、そいつらに好き勝手やられているんだ。……あの傷も当然、そいつらにやられたものだ」
「なんとかそいつらに痛い目見せられないんですか?」
「最初には、フロウが頑張ってくれたよ。ケド、この村には他にポケモンは居なくてね、相手は複数なもんで、そりゃこてんぱんにされてしまったよ」
なんて酷い。ジグは怒りが沸き上がるのを堪えては話を続ける。
「何か、方法は……無いんですか!?」
「一つ……連中が示したコトがあるんだ。もっとも、不可能なんだがね」
「それは……一体?」
ジグが、突っ込むように聞くと、男性は更に声を落としていった。
「連中と手を組み、フロウを殺すのだよ。……もちろん我々は受けなかったよ」
連中はフロウのみを標的にしている。ジグは何かに気付き始めているようだ。
「ちょっとフロウとも話して見たいんですケド……疲れてますよね」
もちろん、ジグはさっきまでのフロウが無理して明るく振る舞っていたコトに気付いていた。
「だろうねぇ。出来ればそっとしておいてあげて欲しいねぇ」
そう言った時、不意に奥の部屋の戸が開き、フロウが現れた。
「おやっさん。声を落として話してるみたいだけど、聞こえてるのだ」
フロウのこの対応。どうやらフロウとこの男性も普通に会話ができるようだ。
だが、会話の内容を全て把握している訳では無いようで、ジグの言葉は理解出来ていないようである。
フロウの言葉を家の男性を経て受け取ったジグはレイシーを通じて、今の話を繰り返した。
それからジグは、男性に尋ねる。
「彼と二人っきり(レイシーもいるが)で話がしたいのですが、よろしいでしょうか?」
「それはフロウに決めてもらう方がいいだろうね」
そう言うと、男性はフロウに今の質問をそのまま与えた。
フロウはジグを見て頷いた。OKの合図と見ていいだろう。そうして、ソルを残してさっきフロウが向かった部屋へ続いて行った。



 部屋の戸を閉める。あまり効果は無いコトは分かっているが、一応。
部屋の面積の半分は藁に埋め尽くされている。
フロウとレイシーは吸い込まれるように藁の上に着席する。 
「フロウは何故この村から逃げずに、ずっと戦い続けてるんだ?」
不意にジグが話を開く。しかも内容が濃い。
若干気まずい様な空気が流れる。が、それは数秒後にすぐ解消された。
「……おいら、この村が好きだ。おやっさんも凄い良い人なのだ。だっておいらが居るせいで、村に変な連中が来るようになっただのに、それを踏まえた上でおいらを受け入れてくれてるのだ。そんな村人達を放って逃げ出すなんてありえないのだ」
フロウは力強く答える。この言葉からも強い意志が伝わってくる。
これを聞いたジグは何かを決心する。
「フロウ、今日の奴等は明日も来るんだよな?」
「あぁ、恐らく毎日来ると思うのだ」
「なら、明日俺達そいつらと戦うよ」
ジグも力強く言う。フロウの表情が一瞬変わりかけたが、すぐに反論に移った。
「気持ちは凄いありがたいのだが、止めた方がいいのだ。……危険なのだ」
ジグはフロウの反論は予想済みだったようで、むしろ勢いを増して話を続ける。
「恐らく俺達はそいつらを知っている。……俺達もすでに狙われている。それに、村の人達とフロウの強い思いを聞いて助けたくなった」



 ジグの一押しにフロウが揺らぎ始める。
「本当に……頼っていいなのだか?」
「ああ。任せとけ」
今のフロウにはこれぐらいはっきりした言葉が一番有効だろう。
ジグのこの発言の直後、途端にフロウが取り乱した。
「本当に、本当に……なのだか!? ……お願いなのだ。助けてほしいのだ」
すぐに勢いは減衰し、今にも崩れそうな程にまでなった。姿勢そのものも土下座に等しい。
「……今まで、よく一人で頑張ったな」
す、とフロウの頭に手を乗せる。
ジグもフロウもしばらくそのままの姿勢でいた。
すると不意にレイシーが口を開く。
「ジグさん、私ソルくんに伝えて来ますね。明日のコト」
そう言うとジグの返事もまたずにすたすたと部屋から出ていく。
それから間も無く、一同は眠りについた。

……明日の決戦に備えて。





*第9話・紺色の臆病 [#xda701a6]

 翌日、ジグは目を覚ました。
すぐ隣を見ると、まだ夢の中のソルとレイシーが。
多少の罪悪感を感じながらも二匹を起こしにかかる。
その時、同時にあるコトに気付く。
昨日、同じ部屋でジグ、レイシー、ソル、フロウが寝たハズだったが、今はフロウがいない。
もしかしてと思い、二匹を起こすのがやや乱暴になる。
「どうしたんですか……そんなに慌てて」
寝起きでまだ頭ボンヤリのレイシーが言う。
「とりあえず、すぐ来てくれ!」
ジグはそれだけ言い残し部屋から出ると、男性にフロウはどこに居るのかを聞いた。
「あぁ。……フロウはもう外に行ったよ。あいつらがもう来たみたいなんだ」
しまった。ジグは心の中で叫んだ。
とにかく外へ! と、ジグは一目散に外へ向かった。





 まず目の前に映ったものは、昨日同様に傷だらけのフロウ。
次にジグの視界に入ったものは、真赤な布を覆ったポケモンらしきもの。
「おい。そいつは誰だい?」
真赤な布を覆った者はフロウの後方、ジグに首を向けてフロウに尋ねる。
フロウはチラッと振り返り、それがジグだと確認すると強気に答えた。
「……今日は頼もしい助っ人に来てもらったのだ。いつもの様にはいかないのだ」
と、フロウと真赤な者との会話の内容を想像しながらジグは出てきた家の方を気にする。
さっき起こしたハズのレイシーとソルがまだ来ていない。
何やってるんだ。とか思った時に、背後に殺意の様なものを感じた。
「動くなよ。脚を食い千切る」
言葉は分からないが、ジグは右脚の真後ろに声の主を確認した。
そいつも全身を布で覆っている。布は灰色だ。



 が、そいつの雰囲気からジグは気付く。
こいつは先日、レイシーに襲い掛かったグラエナだと言うコトに。
とりあえず、動くとヤバそうだ。
ジグは足元のそいつを睨むようにしながら静止している。
「はぁて、一体そいつがどうしたんだい?」
ジグがグランらしき者に止められるまでのやりとりを見終えると、真赤な布はフロウに話し掛ける。
それから、またフロウに接近し、攻撃体勢に入る。





 レイシーはソルの目の前に立って言った。
「さぁ、行きましょうよ。ジグさんが待ってます」 
レイシーはすぐに動きだせそうだが、ソルはそもそも立ち上がりそうに無い。
「……嫌だよ。危なっかしい奴と戦うんだよね?  ……怖いよ……。それに、僕が行ったって絶対役に立たないよ」
そう言い、その場から動きそうに無い。
「でもジグさんは、ソルくんを呼びましたよ。外に出るコトが助けになるんじゃないんですか?」
「ごめん……先に行って……。僕も、きっと……行くから」
声の調子から怯えてる様子が伝わる。
レイシーもソルの心境を理解し、一言だけ言い残すと、部屋を後にした。
「きっと……来て下さいよ」





 フロウが再び真赤な布を覆った者から攻撃を浴びている。
それを見つつも何も出来ないジグ。
この状況に余裕感に浸るグランらしき灰色の布。
グランらしき者もその光景に夢中で、背後から迫るポケモンには気付くハズ無かった。
レイシーは家から出るなりレイシーに完全に背を向けている灰色の布にそっと歩み寄る。
ある程度距離が詰まり、そろそろ気付かれるかな、という辺りから加速。
そのままレイシーはそいつの後脚を思い切り払ってやった。
「んお!」
情けない声をあげて灰色の布は尻餅をついた。
そこから間髪入れず、無防備な灰色に強烈な冷気の塊をぶつけた。
この猛烈な冷気はもはや凍えるような強風。そいつは勢いでぶっ倒れ、布は飛んでいった。



 これで正体がさらされた。やはりグランだった。
「よくやった。レイシー。助かったよ」
レイシーの頭を撫でて、ジグは言う。
が、レイシーの臨戦体勢は解かれて無く、すぐにフロウの方を向き、比較的大きな声で言う。
「フロウさん! 少し、休んでいて下さい。……二匹とも、私が引き受けます」
「なっ……! レイシー、本当に大丈夫か?」
レイシーの発言にジグさえも戸惑う。
「さぁ……分かりません。ケド、すぐにソルくんも来てくれるハズですし、少しの間ぐらいなら、私だけで何とかなりますよ」
すると突然、フロウが地面に倒れた。
「本当に感謝するのだ。……お言葉に甘えて少しだけ休ませてもらうのだ」
表情は相変わらず朗らかとした感じだが、実際、体の損傷は大変なものだろう。



 レイシーが二対一宣言をすると、真赤な布とグランはレイシーの両側から近づき始めた。
レイシーは近づいてくるグランに氷の球を放つ。
前は空中というコトで狙い撃ちが出来たが、今回は相手の体勢も悪くないので、難なくかわされた。
その間にも真赤な布を覆った者は距離を詰め、距離がある程度までくるとそいつは途端に速度を上げた。
そしてそのままレイシーにぶつかった。
レイシーが体勢を崩すと、今度はグランが突進してくる。
当然、この突進も直撃。レイシーは勢い良く飛び、倒れた。
「レイシー!」
ジグが思わず叫ぶ。するとレイシーはむくりと起き上がりながら応えた。
「ジグさん……大丈夫ですよ」
そして起き上がり様にすかさずグランに氷の球を放った。
距離が近かったコトもあり、今度はグランに当てるコトが出来た。
が、直撃とまではいかず、ダメージは無いに等しい。
攻撃後、レイシーはすぐに動きだし、二匹から距離を取る。
真赤な方が、先にレイシーに迫ってくる。
レイシーは急停止し、後ろを振り向くと同時に冷気の塊をぶつける。
真っ赤な布を覆った者は、攻撃自体は直撃したが、さっきのグランの様に吹っ飛んだりはしなかった。
しかも、それ程効いて無さそうだ。レイシーに向かっていた勢いは一瞬衰えたが、すぐに持ち直し、レイシーに体当たりをかました。
一歩遅れてグランが攻撃を受けて体勢が崩れているレイシーに飛び掛かる。
グランは前脚でレイシーの前脚を掴み、仰向けに押し倒した。
そしてグランはそのまま喉元に噛み付こうとする。
「レイシー!!」





 ジグが叫んだ時にはそれは終わっていた。
レイシーは無事。そのすぐ側には倒れているグランと、何故かフロウの姿。
誰がその一部始終を見届けられたのだろう。
まさに瞬間芸だった。
レイシーがグランに捕らえられた、と思った瞬間、フロウは起き上がりと同時に動きだす。
それから間も無くグランに突撃。
フロウの移動の跡が濡れた地面で表されている。
フロウは水から推進力を得て、現実離れした速度を生み出したのだ。
「ハァ……ハァ。やっぱ、体がかなりヤバいのだ」
差し当たってレイシーの危機を救うと、すぐにまた地面に座り込んでしまった。
「……フロウさん、申し訳ありませんでした。ありがとうございます」
レイシーはこの上ないほど申し訳なさそうに頭を下げて謝った。





 この一連のやりとりを家の中で男性とソルはすべて見ていた。
「確かに怖いだろうねぇ……ケド、あの子達もきっと同じだろうね」
男性はぽつりと呟く。
男性の横ではソルがそれを見ながらただ怯えていた。
行かなきゃ、とは思うものの、体は言うことを聞いてくれない。
だが、やはり恐怖を上回る、動きだす理由があれば、ソルも動けるのだ。
レイシーがグランに押し倒された時、無意識の内に玄関の方向に向けて一歩踏み出していた。
が、その直後にレイシーの無事を確認して、勢いは衰えてしまった。
一度止まってしまえば、また動きだすのは困難で、ソルは再び傍観者へと戻ってしまった。





「ジグさん。やっぱり“私一匹”だけでは厳しいようです」
レイシーは言う。危機を脱した直後だが、落ち着きを感じる。
「だよな。……今のは俺も焦った」
ジグは応える。そして一人と一匹は真赤とグランを睨み付ける。
「んぉ? アンタも戦うのかい?」
真赤な奴がかなり挑発的に言う。
ジグはそいつの発言を無視してグランを指差す。
ジグの指す方向を確認すると、レイシーはグランの方へ走りだす。
あっと言う間に距離は縮まり、グランも迎え撃つ体勢になる。
が、その直後、ジグの声でレイシーがグランを飛び越える様に高く跳んだ。
「着地直後、背後に凍える風」
ジグが指示するとレイシーはその通りに、グランを飛び越えて着地すると、ロクに位置も確認せずに冷気の塊を放った。
「赤い方は無理しない程度に攻撃を受け止めてくれ」
またジグは言う。レイシーの目の前には真っ赤な布。
攻撃を受け止めろ、とジグは言ったが、まさに真っ赤な布が体当たりをかまそうとしている寸前だった。
攻撃直後といえ、準備は出来ていたので、レイシーは体当たりを受けとめるコトに成功した。
防御していた分、ダメージは最小限に抑えられたが、奴の勢いは予想以上で、結局押し切られてしまった。
「確かにねえ、さっきとは動きが違うな」
真赤な布は余裕を見せながら言う。



 そんなコトを言ってる間もレイシーは動きを止めない。
防御の直後、すぐに体勢を立て直すと真赤な布に対して氷の塊を複数放った。
最初の一発は強引に体を捻り、なんとか回避したが、その後、次々と飛んでくる氷の塊の餌食となった。
「くっ……。だが、肝心の攻撃力が足りていないな」
赤い布は起き上がりながら言う。
レイシーはすぐさま次の行動に移ろうと動きだす。
「レイシー」
ジグは名前だけ呼ぶと、それに反応してこちらを見るレイシーに手で指示を送った。
レイシーはこくりと頷くと、もともとつけていた助走で真赤な布を飛び越える。
今度の狙いはグランだろうか。
さっき強烈な攻撃を浴びたグランもまだしぶとく立ち上がり、レイシーへ向かっている。
レイシーはすっと方向転換し、グランと真赤な布の直線から外れる方へ動いた。
あからさまに突進をかまそうとしていたグランはその勢いで真っ赤な布にぶつかる。
「ってぇなぁ。オイ!」
「あ! ターブさん申し訳ねぇです……っ」
よくありがちな光景。本来は面白い場面なハズだが、レイシーの表情は全く浮かばない。
が、グランの発した“ターブ”の名前には反応を示したようだ。
状況的に、この真赤な布を覆った者の名前と解釈していいだろう。
奴らも喧嘩し、レイシーも動きが止まり、一瞬の間が生まれた。……その時。
「だぁっー! もう我慢出来ねぇ」
突然の叫び声。グランでもターブでもない、初めて聞く声。
もしや……。最悪の展開がジグの脳裏をよぎる。
悪い期待は裏切らず、一匹のポケモンらしき者が現われた。
全身を覆う橙色の布。見た目が敵味方を教えてくれる。
絶望感が高まる中、ジグはつい言葉を漏らした。
「ヤバいな……これ以上敵が増えるのか……」




*第10話・蒲公英色の意志 [#yf4a9e4c]

「こりゃまいったねぇ……まさか三匹目とは」
家で観戦中の男性は呟いた。
男性は覚悟でもしたのか依然として落ち着いている。
一方、隣のソルは今にも喉から心臓が出てきそうなくらい慌て、恐怖に怯えている。
だが、その両方の前脚は思い切り地面を握り締めている。
力になりたい。ソルはそう思っているに違いない。
だが、戦うことに対する恐怖、そして、役に立てる、という自信の欠乏が彼を足止めしている。



 ソルは不意にちらっと男性の方を見る。
すると、偶然男性と目が合い、それから男性は話し始めた。
「さて……今こそ君の出番じゃ無いかな? 仲間が君を待ってるよ」
その言葉に、ソルは極端な反応を見せる。
今回はなんかハッキリと意味が聞こえた気がした。
「でも……僕が、僕が役に立てるのかなぁ……?」
思わず問い返す。
するとソルの言葉も男性に伝わったようだ。
「さぁねえ。少なくともあの子達は君を待ってる。後は君の意志次第じゃないかな」
あくまで自分で決めてもらう。男性はソルに強要はしなかった。
「僕の……意志」
それからソルは男性の言葉を何度も呟いていた。







 フロウは三匹目が現われた途端、急に目の色が変わった。
同様にターブも若干の感情の変化が表れる。
「おい! ……何故出てきた?」
ターブは怒りをこめて三匹目に言い放った。
「待ってられねぇよ! さっさと殺っちまえばいいものを」
そいつは答える。ターブはそいつに近付いていく。
そしてお互いの距離が無くなり、ターブは布越しにそいつを睨みつける。
「いいから帰れ」
そう言うと、不意にそいつの腹に蹴りを放った。
あまりに突然すぎたせいか、全く反応出来なかったそいつはそのまま地面に伏した。
「そんな所で寝るな。……邪魔だ」
自分で蹴っておいて更にこの言葉。よほどこいつが不要な存在なのか?
さっきの蹴りが思いの他入っていたらしく、そいつは腹を押さえたまままだ立ち上がらない。
躊躇うコト無くターブは非情な二撃目を放った。今度は顔に直撃し、体が半回転する。
「ぐあぁぁ……」
そいつはさっきまで腹を押さえていた前脚を今度は顔にあてる。
それから少し痛みに悶えるが、すぐにそいつは立ち上がった。
「……ちぃ、分かったよ」
ターブにそう吐き捨てると、背を向けてそのまま歩き出した。
その直後。そいつの背後からもの凄い勢いで誰かが近付いてくる。



 バサッと羽ばたくような音。
その直後、宙を舞う橙色の布。さっきの音の原因。
姿を晒されたそいつの隣にはフロウが立っている。
「やはり……ウィディだったのだか……」
ウィディと呼ばれたそいつは大型犬の様な体形に薄黄色の鬣と尻尾。橙色と黒の体毛を持つウインディだった。
「バカ野郎! お前、一体何を考えてるんだ!」
ターブは姿が晒されたコトにより一層激怒する。
「五月蝿ぇ、もういい。こっからは俺のやり方でやらせてもらう」
そう言うと、ウィディは自らの体をターブの方に向け、助走を二、三歩つけて飛びかかった。
ターブはトンと地面を踏み切ってジャンプすると、飛びかかって来るウィディの顔に跳び蹴りを喰らわせた。
「いいからまずはあいつを殺れ。後で喧嘩はいくらでも買ってやる」
ターブはフロウの方を睨み、そう言った。
「……ウィディ。お前の仕業だったのだか。どうりでターゲットがおいら一匹な訳なのだ。……お前は、おいらが倒すのだ!」
フロウは呟く、そして満身創痍ながらもウィディを目で殺すかのような勢いで睨みつけ、戦闘体勢に入ろうとする。
「さて、そんな状態でまともに戦えるのかい?」
ターブが近付きながら言った。その横にはウィディが続いて歩いて来る。


 しかし、横からレイシーが突如割り入った。
「ターブ、あなたの相手は私がします」
「オイ。俺を忘れてねぇだろうな?」
レイシーの視界にグランが現れる。
グランはそのまま歩き、ターブの斜め後ろの位置まで来て停止する。
レイシー「当然です……さっきの続きといきましょうか……」
レイシーはそう言うものの、そろそろ体力の限界が近付いていた。
ハッキリ言って今の状態で二匹を相手にして勝てる気はしなかった。
……そう、“二匹を相手”にしては。
発言直後、レイシーはあるコトに気付く。
が、それは敵には悟られまいと動くそぶりを見せ、注意をひいた。
「では、行きますよ……」
その場で攻撃の構えに入る。
そしてわざと外すようにレイシーは氷の塊をグランに放った。
グランは一瞬回避しようと体がピクッと動くが、その必要は無いと、その場に居続けていた。
……が、その刹那。背後から向かってくる何かに気付く。
グランは反射的にその場で大きく跳躍した。



 ほぼ同時に。寸前までグランの居た場所の空気が鋭く切れた。
攻撃中のレイシーの横から攻撃しようとしていたターブは思わず動きを止めた。
レイシーも空中のグランに氷の塊を直撃させると、そこで攻撃を止め、つい声をあげた。
「ソルくん!」
そう、グランの背後から攻撃をしかけた者の正体はソルだった。
ソルは左側頭部に生えている角からの一撃を繰り出すと、思わず二、三歩退き、敵から距離を置いてからそれに応えた。
「……来たよ」
辛うじて搾り出した声は震えていた。が、ここに居るというコトは恐怖に打ち勝ったのだろう。
「そのグラエナにはかなりダメージを負わせておきました。後は任せますよ」
レイシーが喜んだのも束の間。すぐに表情を真剣なものに変え、ターブと睨み合う。
ソルはそれを聞き、大丈夫! と自分を精一杯励ましながらちらりとグランに視線を向ける。
確かにターブはほぼ無傷なのに対してグランはかなり傷を負っている。
このグランの状態がまた少しソルの自信へと繋がる。
ボロボロのこいつだったら僕でも何とかなるかもしれない、と。
ついに決心し、ソルが攻撃を仕掛けようとした時にはグランはすでに動き始めていた。
臆病な性格が幸いしてか、相手が動き出したのを確認した途端ソルは回避体勢に切り替わり、グランから距離を置いた。
グランは一撃目を外すも、回避後のソルを繰り返し狙い続ける。
ソルはひたすらグランの攻撃を避け続けるコトに専念する。
グランの体力を消耗させるコトが狙い……否、ソルにはただこの状態から攻めに移る勇気が無いだけだ。
確かに、このままの攻防が続けば次第にグランは疲れてくるだろう。
だが、それがソルの望んだ戦いなのだろうか?
ソルはグランの攻撃をひたすら避けながらも攻撃する隙を必死に狙っていた。







 フロウの対戦相手、ウィディも幸いながら登場早々ターブにボコボコにされたお陰で多少の傷を負っている。
しかし、フロウのダメージはそんなものでは無い。すでに動けなくてもおかしくない程の重傷。
一撃でも入れられたら恐らくフロウはもう戦えないだろう。
フロウは自慢の俊足と得意技水の推進力を生かしての超高速を駆使し、ヒットアンドアウェイ戦法でウィディと戦っている。
だが、その状態で動き続けるには体力を失い過ぎていた。
目に見える速度でフロウの速度は落ちていく。
ウィディは不意な一撃を喰らわないように、必死で目で追っている。ただ、こいつも完全にフロウのスタミナ切れを狙っている。
自分からはまるで攻撃を仕掛けようという気が無い。
速度がある程度まで落ちたところで、ついにウィディが動き出す。
ウィディもかなりの速度で走り、フロウの後ろを追う。
追いつける! ウィディはもう一段階速度をあげて一気に飛びかかる。
その直後、フロウも速度を上げた。動き始めた時と同じぐらいの速度だ。
ウィディは予想外の出来事に驚く。と、言うか驚いている間にフロウは背後に回りこんでいた。
そして、その速度からウィディの背中に頭突きをかました。
速度のせいで威力は凄まじいものになっており、ウィディはもの凄い勢いで吹っ飛んだ。
一方のフロウは、体に限界を感じながらもまだ辛うじて立っている。
「……おいらの速度には……誰も敵わないのだ」
自分にしか聞こえてないんじゃないのか、というような声でフロウは言った。
ウィディもかなり辛そうな状態で立ち上がった。
「くそ……くそ……」
ウィディはかなり取り乱している。
「クソォォォォ!!」



 ついに自棄になったのか、ウィディは四本の脚に渦巻く炎を纏った。
その炎に包まれた前脚で掴もうとしているのか、今度はウィディからひたすら接近してくる。
肩で息をしながらフロウも動き出す。
あの炎が威嚇になっており、フロウはうかつに近づけない。反撃を食らう恐れのあるような中途半端な攻撃は厳禁だ。
少しの間、鬼ごっこに近いやりとりが行われると、不意にウィディが炎を放ってきた。
それは先程から体にくっつけていたウィディの四肢から繰り出される渦状の炎だ。
渦の内側にフロウが入れる程大きな渦では無かったので、渦に閉じ込めようという攻撃では無かった。
が、流石にそんなものも四つも放たれては、フロウの移動範囲が制限されてしまう。
そのため、フロウは一瞬立ち止まるコトになってしまった。
ウィディはこの隙を逃すハズ無く、ついにフロウはウィディに取り押さえられてしまった。



「ハァ……しまったのだ……」
「はっ。……やっと、捕らえたぜぇ」
お互い息を切らしている。ウィディもかなり無理をしているのだろう。
幸い、両脚に纏っていた炎はすでに放った後なので、今の時点でフロウにダメージは無い。
だが、今にもウィディが炎を吐こうとしているのが分かる。
フロウはこの状態にも関わらず、水から推進力を得るべく水を地面に放った。
するとフロウの体はウィディとともに飛んでいく。
唯一自由に動かせる尻尾を駆使し、軌道を調整する。
ウィディはなんかマズイ気がしてフロウから離れようとするが、逆にフロウにがっちり掴まれ自由が全くきかない。
二匹が飛んでいくその先……。
ターブとレイシーが戦ってる場所だ。もちろんフロウは上手く調節し、ターブにぶつかるつもりだ。







 レイシーはジグの指示を受け、最善の方法で戦っている。
こちらのダメージは最小限、尚且つ相手のダメージは最大に。
しかし、長時間に渡る全力の戦いでレイシーは精神的にも身体的にも限界が近かった。
一方のターブはまだ姿さえ晒していない。戦闘自体全力を出してるとは思えない。体力的にもまだ余裕を残している。
ジグ自身もレイシーのコトは良く分かってる。このままでは必ず負けてしまうコトも分かっている。
ターブが攻撃を仕掛けるも、レイシーにはもはや避ける体力も残っていない。
「あぁっ……!」
ターブの体当たりにレイシーは声をあげてついに倒れる。
「やれやれ。やっと倒れてくれたか」
ターブがレイシーを見下ろしながら言う。
だが、レイシーは顔だけはターブを睨みつける。
「あなたには……絶対負けません!」
そう言えば、レイシーはターブの名前が分かってから態度が変わったみたいだが、こいつに何があるのだろうか。
「五月蝿い。言葉と行動が違いすぎるんだよ。さっさとくたばりな」
そう言い、レイシーの頭を前脚で押さえつける。
レイシーは必死の思いで、自分の頭を押さえつけているターブの前脚を自分の両方の前脚で掴んだ。
「……何のつもりだい」
ターブはレイシーを押さえる力を強くして呟いた。
その時、遠くから声が聞こえてきた。……ジグだ。
「レイシー! 絶対そいつを放すな。……チャンスだ」
レイシーは辛うじてその言葉を冷静に聞き入れるコトができた。
ターブの押さえる力に対抗する様に、レイシーも掴む力を強める。
これが何を意味するのか、現時点で視界を遮られていたレイシーには分かるハズが無かった。
しかし、答えの発表は意外と早かった。



 壮大な衝突音がレイシーの頭上で響く。その寸前にはターブの驚いた声も聞こえた。
その次の瞬間にはレイシーを押さえつける脚は無くなっていた。
レイシーはもはや動くコトが出来ず、目だけを動かして何が起こったかを確認した。
ターブにウィディとフロウが突撃……。
そう把握するものの、それ以上のコトを考える余裕は無かった。
ターブは二度目の仲間との接触でかなりのダメージとなったが、まだ戦えそうだ。
一方のウィディはついにこの衝突で気絶したようだ。
フロウはウィディのふさふさした体毛にうまく身をうずめ、衝撃を吸収したようだ。
そもそもターブと直接接触したのはウィディなので、フロウはこの一撃に関しては無傷だ。
しかし、大量の水を放出したため体力の消耗が更に進み、体力の限界は軽く超えていた。
フロウはウィディが気絶したコトだけ確認すると、その場に倒れこんだ。
「倒した……のだ」
小さな達成感に浸るフロウを尻目にターブは言った。
「そんなカス野郎の一匹を倒したぐらいで。……まだ俺もいるのによ」



*第11話・苔色の信頼 [#bd3da8bc]

 時は少し戻り、まだ、それぞれの戦いの最中。
ソルは数発小さい攻撃を受けていた。
ずっと回避のみに徹底すれば、恐らく一撃も食らうコトは無かっただろう。
ソルは時々攻撃を仕掛けようとするが、向かってくるグランに怯えてしまい、結局、回避も攻撃もできずとなってしまう。
一見、ソルが有利と見えていたこの戦いも分からなくなってきた。



「……ったく、お前には戦う気が無いのかよ」
グランは立ち止まってそう言うと、ソルに背を向けてレイシーとターブが戦っている方へ歩きだした。
「あっ!」
ターブの加勢に行かれたらマズい、ソルはそう判断しグランを追いかけるべく足を進めた。
グランはこれを想定して、ソルが自分に背後から攻撃をしかけてくる瞬間を狙って振り向き、攻撃を仕掛けるつもりだった。
が、グランの想定内は自分を追ってくる所までだった。
ソルは最初から攻撃などするつもりは無く、ただ、グランより先にレイシーの加勢に向かうコトを目指していた。
だから、グランにソルが近づいたといっても、ただ通過するだけであり、グランが振り向いた時にはソルは既にグランの背後にいた。
グランの行動はソルの視界の端で確認するコトができた。
グランが脚を止めたのに合わせて、ソルも脚を止めてターンする。
絶対決まる! とでも思っていたのだろうか、予想外のコトにグランの隙はとても大きかった。

 ソルが向きを反転させ、グランの背後から角で切りにかかるには十分だった。
意外にもソルは驚くような早さで向きを切り替え速度も落とすコト無く、グランに迫った。
グランは大慌てで再度振り向こうとするが間に合わず、背中に隙の大きさに見合った傷を負った。
「ぐあっ……!」
呻き声と共にその場に倒れる。
意識は失っていないようだが、動けなさそうだ。
ソルはグランを見て一言言った。
「ごめん……。でも、やらない訳にはいかなかったから……」

 その時、ソルの脳裏にはさっき視界に入ったレイシー達の戦況が浮かんできた。
レイシーもフロウもウィディも倒れており、ターブがただ一匹立っていた。
マズい、そう思ったソルはすぐに振り返り、状況を再度確認した。
その時、丁度ターブもソルに気付いたようで、ソルの方へ近づき始める。
「グランには勝てたようだな」
その声にはとても迫力があり、それだけでソルはまた怯えてしまっている。
動いていた際は気にならなかった脚の震えが更に恐怖を煽る。
さっきよりも怖いのはターブの実力が分かっているからだろう。
今度は絶対勝てない、ソルはすでにそう思い込んでしまっている。
攻めへの一歩が踏み込めない。ターブは余裕の表情でソルの様子を見ていた。



「くく、どうした? 俺が怖いのかい」
いつまで経っても一向に向かってくる気配の無いソルに対し、ターブが煽る。
ソルは何も言い返せずにただ黙っている。
ひたすら状況が凍り付く中、この空間を裂いたのはジグだった。
「ソル! 俺が指示する。その通りに動いてくれれば大丈夫だ」
声にソルは過剰な反応を見せた。そして、ターブも同時に動きだした。
突然のターブの体当たりをソルは反射的に回避する。
「ソル! あいつの攻撃直後になびいてる布の端を角で引っ掛けろ!」
ソルはターブに意識を集中させていたが、ジグの声は聞こえていた。

ジグの言う通りにしていたら本当に勝てる気がしたから。

 ターブはすぐにまた攻撃してくるかと思いきや、右へ左へ俊敏な動きで撹乱してきた。
ソルはその動きにとらわれず、常に一定の距離を保っている。
ずっと逃げてばかりしていたら相手は当然イラついてくるもので、途端に全速力と思われる速度で真っすぐ直進してきた。
ソルはさっきのグラン戦でもこの様な状況になった。
その時もある程度経ったところで相手が全速力で突進してきた。
それを学んだソルはターブのこの一連の動きは全て読み通りだった。
ソルはとっさに、ターブの攻撃をかわし、角を布の端に引っ掛ける。
事態に気付いたターブは大慌てで布をソルにめくられないように押さえた。
ターブが強引に引っ張り、布の端が破れた。
そこで、ジグから次の指示が出た。ソルはそれを聞くと、ターブに向けて口を開いた。
「やっぱり……姿をさらしたくないんだよね?」

 突然の質問にその内容も含めてターブは驚きを示し、完全に動きを止める。
「姿を敵には決して見せない、それが俺たちのルールだからなぁ。……もちろんウィディは規則違反さ。今の俺も危うかった」
「そこまでして姿を見せない理由は一体……?」
ジグの指示通り、ソルはターブに質問をぶつける。
「んーとねぇ。…………答え無くていいかい?」
意外な返答。ソルは言葉が詰まる。
少し考えてから、自信無さげにソルは口を開いた。
「んー……。まぁ、敵同士だしね」
「意外に追求しないんだな」
「まぁね。実際に布を奪って対応を確認しようかなぁ、て思ったし」
ここからはソルの独断だ。会話を始めたコトで、恐怖という感情は無くなったようで、意外と話せている。
二匹の距離があいており、ターブ自体最初の様な気迫は見せていないからだろう。
「あーぁ。やっぱりそれが狙い? あの人間に指示された? まぁ、それはどっちでもいいケド……」

 一呼吸おいて。
「おまえがそれ狙いなんだったら、俺はここで退かせてもらおうかね」
またも予想外の撤退宣言。これにはソルも驚きを見せた。
「え! 本当?」
明らかに“助かった”と言っているソルを前にターブは淡々と続ける。
「万が一布をはがされたら、俺の立場が危ういし、それに、逃げてばっかりのお前と戦うのはイライラするんで、お前らと戦うのはまたの機会にしようかなぁって思っただけ、……はは。助かったと思ったかい?」
「……うん。正直ね」
「まー、こっちも相当手痛くやられたし、俺たちは一旦引き上げるわ」
ターブは堂々とソルに背を向けて歩きだす。そしてグランのすぐ横まで来るとグランに告げた。
「まだ動けないかい? ……別に担いで行ってやってもいいケド?」
「申し訳ねぇ……。お願いします」
かすれた声でグランは応えた。グランの倒れていた場所には小さい血溜りができていた。
グランを軽々と担ぎあげ、最後にターブはさっきまで抑えていた殺気を再び見せて、一言放って去っていった。
「次は本気でいくから、覚悟しな」
規則違反と言われたウィディは完全に放置されていた。ターブはグランについては違反とは一言も漏らさなかった。
グランとウィディのその差は一体……?





 フロウとレイシーの手当てをするためにも、ジグ達は男性の家に戻っていった。
男性からはこの上無いほどね感謝感激の言葉をいただいた。
男性からはこの上無いほどの感謝感激の言葉をいただいた。
「今更だけど、ソル、俺の言葉が届くようになったんだな」
ジグが言う。それにソルは全く気付いてなかったかのように“あっ!”て表情をした。
「そういえば……。戦闘に集中しすぎて全然気付かなかったよ」
と、ソルは微笑する。
最初にジグがあった頃のソルじゃ想像もつかないような仕草。
と、ソルは苦笑する。
最初にジグが会った頃のソルじゃ想像もつかないような仕草。
「互いに信頼しあった時、お互いの意志が伝わるみたいだ」
男性が口を挟む。
「……ははっ。そうか」
それに対してジグが嬉しそうに笑うと、ソルの顔を見た。
一瞬目が合ったが、ソルは照れくさそうにすぐに目線を外した。
そんな一人と一匹の様子をレイシーは楽しそうに眺めていた。
とは言えレイシーとフロウはかなり重傷なので、それなりの治療を受けた後、昨日就寝した時に居た藁が敷き詰められている部屋に寝ている。
レイシーは顔もこちらに向けて耳も傾けて、会話を伺う気万端だ。
ジグもソルもお互い言葉が通うコトが嬉しいのか、かなり長い間話していた。
とは言えレイシーとフロウはかなり重傷なので、それなりの治療を受けた後、昨日就寝した時に居た藁が敷き詰められている部屋に休ませるコトになった。
だが、レイシーは顔もこちらに向けて耳も傾けて、会話を伺う気万端だ。
ジグもソルもお互い言葉が通うようになったコトが嬉しいのか、かなり長い間話していた。





 その日の夕方。レイシーもフロウも少し元気になり、起き上がってジグ達が居る部屋に来た。
それを狙っていたかのようにジグはフロウに尋ねる。
「ウィディとの関係を教えてくれないか?」
フロウはさっきまでグッスリ眠っていた様で、まだどこかぼんやりした感じが抜けていない。
それにフロウとはまだ話せないようで、フロウから返答は無かった。
そこで隙かさずソルが通訳する。
フロウは、ん~……、と唸ってしばらく間を空けてようやく話し始めた。
「ウィディは昔おいらが野性だった頃、同じ集団にいた競争相手だったのだ。まぁ、競争に限らず喧嘩とか水泳とかも競っていたのだが、大体いつもおいらが勝ってたのだ」
遠慮の欠片も見せず、フロウは自慢話を披露する。
「ほぉ……なるほどな」
ジグは何か分かったかのように納得した。
「ジグさん、何か分かったんですか?」
横で通訳の仕事を失ったレイシーが尋ねる。
「さっきソルから聞いた“あいつらは姿を晒したくない”件とで一致した所があってな、あいつらの狙いが分かったかもしれない」
それからソルもレイシーも、特にフロウがそれを話してと催促するものだから、ジグは話を始めるコトにした。

 恐らく“互いに知り合い”の場合、絶対に姿を見られてはいけないようだ。
その証拠としてはウィディとグランの布を取られた後の態度の違いだ。
ウィディはフロウと互いに知っているが、グランは俺たちの誰とも縁が無かった。
つまりグランは正体を知られるコトに不利な理由が無いハズだ。
ウィディが正体を知られたく無かった理由は、やはり犯人を特定させないためだろう。
フロウからすればウィディが敵に含まれてるコトを知った時点で“お前の仕業だったなのだか”と思うに違いない。というか現に言っていた。
ジグの結論は“奴らは、その仕返しを他の者が行う組織”だ。



 と言う説明をジグはできるだけ易しい言葉を選んで説明した。
「……つまり、僕はだれかに恨まれてるってコトだよね?」
「……つまり、僕は誰かに恨まれてるってコトだよね?」
説明を粗方理解したソルは言う。
確かにジグの言ったコトが正しければ、どこかにソルへの復讐を望んでいる奴が居るハズだ。
「心当たり……無いか?」
ジグが聞き返す。するとソルは少し悲しそうな顔をして、
「分からない。……僕、昔の記憶が無いんだ」
「そうか。まぁ、無理に思い出してくれとも言わない」
「こちらが何と言おうと、彼らは襲って来ます。その内本人が現れるのでは無いでしょうか?」
レイシーも会話に参加する。
「それは難しいかも知れない。ウィディは馬鹿だったからああやってノコノコと現れたが、全員が全員あんなコトをするとは思えない」
ソルの表情がどんどん暗くなってくる。
それに気付いたジグはこんな話をして申し訳ないと言う風にソルに言う。
「ま、ソルは心配無用だ。俺たちが何とかするからな」
チラッとレイシーに視線を送り、レイシーもそれに応える。
「はい! 大丈夫ですよ。ソルくんにはジグさんも私も居ます」

どうして僕のためにここまで……

 ソルは思ったが、この言葉が口だけじゃないコトは今日大いに明らかになった。
深く考えるのもしんどいし、ソルは頭を軽く下げて言った。
「それじゃ、……これからも迷惑かけると思うケド、……お願いします」
この言葉にジグもレイシーも笑顔になり応えた。
「こちらこそ!」
そしてジグ達はトバリには明日出発するコトにし、今日も男性の家に泊めてもらうコトにした。





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