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追想 白き陽炎は消えず、大洋を超える の変更点


writter is [[双牙連刃]]

こちらの作品は新光の日々の主人公ライトの過去、追想編となります。新光の他作品と重なる部分が多々ありますので、そちらもお読み頂けましたら幸いでございます

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 歩く度に、右前脚と後ろ脚両方に鈍い痛みが走る。折れてはいないが、どっちも骨にヒビくらいは行ってそうだな。

「げふ……おまけに、腹の中も相当痛め付けられてる、か。何時死んでも構わないたぁ思ってたが、こういう死に方は、出来れば勘弁したかったかね……」

 喉の奥から昇ってきた血を吐き出して、壁にもたれ掛かる。幾ら特性の蓄電と体質の超発電で活性化しても、回復が間に合わない程の傷を受ければ当然こうなるわな。アームズ計画か……俺をこれだけ痛めつけられるとは、なかなかどうして大したもんだ。ぶっ潰して正解だったな。
 なんて呑気に考えてる暇も無いか。今は捕まってたポケモン達にレンジャーの連中もかまけてるだろうが、いずれこの研究所の中の本格的な捜索もされるだろう。それまでに、例え死んだとしても俺はこの場から消えないとならない。死んでるとは言え化け物扱いまでされたポケモンだ、遺体を弄り回される可能性もあるからな。悪いが死んだ後にまで研究材料にされるのは御免だぜ。
 この研究所の見取り図はぶっ潰す途中で頭の中に入れてある。それによれば、この研究所には近くの川から水を汲み入れて垂れ流す用水路がある。今の俺でもそれに落ちるくらいの事は出来るだろ。後は何処までかは分からないが、少なくとも俺の事を知る連中の手が届く所よりは流れが遠くに運んでくれるだろうさ。

「悪ぃな師匠、俺の役目は、これで終わりさ。……いいよな? ハル……」

 まだ血も止まらない体を引きずって、用水路に落ちれる場所に向かう。そういや師匠には、結局真面に貸しも返せてないな。まぁ、んなの気にするようなリザードンでもないっけな。
 我ながら、最期に思い出し笑いが出来るような出会いに恵まれるなんて運が良いもんだよな。本当ならラルゴ、あんたの夢を叶える手伝いもしたかったところだが、きっとあんたなら俺なんかが手伝う必要も無く、夢を叶えられる。叶えた先で、幸せに暮らせるだろうさ。

「幸せな世界に必要無い本当の化け物は……ここで、サヨナラだ」

 血痕でここに何かが落ちた事には気付かれるだろうが、その頃俺はもうあの世だろうさ。それじゃ……あばよ。
 冷たい水の流れを全身で感じながら、体の力を抜いて意識を手放しに掛かる。きっと俺はあんたの所には行けないんだろうけど、もしも、たった一度でいいからそっちであんたに遇えるとしたら……また叱った後に、撫でてくれたりするのかな……。なぁ……ハル……。

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 ……体を温めてくれてる熱源が傍にある? いや、そもそもに体の感覚がある。まさか俺、まだ生きてるのか? 

「くっ、う……?」

 ここは……何処だ? どうやら研究所やレンジャーベースじゃ無さそうだが、どう見ても何らかの人の手で建てられた建物の中だな。熱源は、ヒーターか。
 現状を整理するのが先決だな。体に包帯が巻かれてるところを見るに、俺がここに運び込まれたのは外傷がある時みたいだな。体に拘束具の類は無いが、部屋の中には出口は一つ。厳密に言えば窓があるが、流石に何があったか分からんのにこれをぶち破って逃走って訳にはいかんだろうな。

「とりあえず、どうやらあの世って訳じゃあなさそうだな」

 全くどうして、死にそびれたらしいな。本当に、こと生き死にに関しちゃあ何処までも悪運が強いらしいな、俺って奴は。
 にしても今時木造建築たぁな。悪い事は無いが、古風なこって。つまりはそういう建築がされてる、若しくは残されてる場所に俺は運び込まれたって訳だな。やれやれ、どうしたもんかね?
 でだ、意識を耳に集中させて気付いたんだが、どうも外から波の音が聞こえるんだよな。って事は俺は今海沿いのどっかにでも居るのかと思ったんだが、そもそもあの時の俺の脱出方法を考えれば海まで来ててもおかしくない訳だわな。まさか、川を下って海まで出てたとはねぇ。
 なんて考えながら外の様子を見るかと思って窓際に行って、また少々驚嘆させられた。だって俺が今居る建物、ってか家って……。

「おいおい……海の真ん中に建ってんのかよ」

 岩礁こそあれ、俺が今居る場所は間違い無く海の上、筏か何かみたいにそこに木で板を張って建物同士を繋いでいるような町が俺の目の中には飛び込んできた。
 待てよ? こんな特殊な町の造形、確か俺の知識の中にあった筈。思い出せ、絶対に有る筈だ。確か……そうだ、キナギタウン。海の中のサンゴ礁に出来た町! って事はつまり。

「……ホウエン? ホウエン地方に居るのか、俺?」

 そうだ、記憶が正しければキナギタウンがあるのはホウエン地方、陸と海を創ったポケモンの伝説が残る地。まさか、俺はそんなとこまで流されたのか!? 俺が居たのジョウトだぞ!? はぁー……つくづく死なんもんだな、俺よ。ってかどうやって生命を維持してたんだ? 生命の神秘にも程度があるだろっつの。
 場所が分かれば俺の現状にも凡その予測が立てられる。詰まる所、恐らく俺はあのPRL本部研究所から瀕死ながら無事脱出、そのまま海まで流されて漂流しこのキナギタウンの漁師か何かに発見されて保護され手当てを受けたって事なんだろうな。ポケモンセンターに運ばれてないのは、発見されてからそう時間が経ってないから、かねぇ? ……分かってるよ、自分でも滅茶苦茶だと思う。けど事実俺は生存した状態でここに居るんだもんよ、それに沿った予想を立てたらこうなっちまうんだよなぁ。俺がサンダースじゃなくシャワーズならまだ分からなくもないんだけどな。

「ったく、神様も奇蹟って奴を起こすなら俺になんか起こさんくてもいいだろうによ……それとも、この化け物にまーだなんかしろって言うんかね」

 仮にそうだとしても、どうしたもんかねぇ……正直、今生きてるって自覚した途端これから何すりゃいいんだって感覚なんだよな。復讐、というか半分くらいは八つ当たりみたいなPRL壊滅は成し遂げちまった。それまでは何処に行くにしても奴等の影を追ってたし、その前は師匠にくっ付いての旅暮らし。その前は……実験動物だもんなぁ。

「……あれ? 俺、まさか……自由、なのか?」

 ……考えてもみた事無かった、PRLを潰した後の事なんて。奴等を潰して、それを達成した時が俺の死に時だとずっと思ってきた。実際、俺はあの時死ぬつもりだった。って言うか普通死ぬ状況だったしな。それなのに生き残ったら……俺は、何をすればいいんだ? 師匠の真似か? 俺みたいな化け物が?

「俺は、師匠みたいに真っ直ぐじゃあいられねぇよ……」

 ……なんて、こんな所でしょぼくれてる訳にはいかないよな。現状、まだ生きて五体満足な以上俺の根本的な問題として特定の誰かに捕まるような状況になってやる訳には行かない。助けて貰った奴に礼も無しってのは悪いが、動き出さないとな。考えるのは、とりあえず後回しだ。
 体の状態は悪くない。傷もどうやら塞がってるようだし、包帯を焼き払っちまおうかとも思ったが、流石に室内でそれをやるのは仇返しにも程があると思って止めた。ただまぁ、出る為に窓ガラスは一枚ダメにしちまうけどな。留め具をなんとか出来りゃ割らずに済むが、流石にこの前脚じゃどうにも出来ん。磁力操作……とか何とか出来りゃいけるか? 電気の精密制御もやろうと思えば出来るだろうが、今は練習不足だな。

「せめて盛大に俺を恨んでくれよ、っとぉ!」

 窓を突き破って、外に飛び出す。よし、人は居ないようで助かった。後は気付かれないように岩礁を辿るなり泳ぐなりしてまずは陸地を目指すか。

「にしても、自由か……どうしたもんかな」

 まぁ、どうやら時間は破格な程ありそうだ。陸地目指して泳ぎながら、これからどうするか考えてみるとするかな。
 岩礁に着けば楽なもの。飛び移るのは容易だし、海水のべたつきを除けば気温も低くないから快適だな。一つ、俺が本来海に居るようなポケモンじゃあないって事を除けばな。
 見晴らしが良いのが最大の難点だなぁ。この何処までも広がる青の中じゃ、黄色い俺は目立ち過ぎる。早いとこ陸地か、身を隠せる所を見つけないとだな。

「まぁ……あれだわな」

 外に出てから気付いちゃいたが、本当にあるんだなあれ。名称、空の柱。曰く、陸を創りし者と海を創りし者荒ぶりし時、空より諌めし者現れん。かの者は大海より天に聳えし柱より、常に常世を見守らん。名は、空の柱なり……だったかな。陸と海だけじゃなく、空にも伝説が残ってる辺り歴史学者にゃ垂涎の土地だよなホウエンって。なんて、ポケモンの俺が考える事でもねぇか。

「ま、隠れ家にゃあ持ってこいだな。多分入れるだろ」

 そのまま岩礁を渡り、流石に跳べないところは泳ぎながら塔の下にまで着いた。途中何度か、なんだあれって言いたげなこの辺暮らしのポケモン達を見掛けたけど、とりあえず愛想笑いで誤魔化しといた。
 さぁてさて、どうやら造りは煉瓦積みみたいなようなもんみたいだな。天然石を同じ形で切り出して積んでったんかね? ま、ポケモンの力を借りて建築されたってんなら出来ないたぁ言い切れないか。

「なんて、仮にも伝説のポケモンが居るってとこに夢の無い事考えても面白く無し、か。入るには……真正面から堂々と、とは行かんかな」

 海から少し登った所とは言え、周囲の岩よりゃ俺の毛色は目立つ。それが一匹で塔の中に入って行ったのを見られて騒ぎになるのは避けたいし、何より今までコソコソしてたのが阿呆らしくなっちまう。どうやら等間隔に窓があるようだし、跳んでそっから入るとするか。まぁ、普通のサンダースじゃ無理な高さだってのには目を瞑るとしよう。
 ぐっと脚に力を込めて、一気に跳び上がる。ん、加減を少しし過ぎたか? ちょこっと距離が足りないのは、塔の石の隙間に爪を引っ掛けて、蹴る! よし、一歩二歩くらいならこれで距離を稼げる。流石に張り付くなんて芸当は出来ないけどな。

「侵入成功っと。へぇ、思ったより整備されてねぇもんだねぇ」

 ひび割れや抜けちまってる床に瓦礫が散乱してるってのが第一印象だな。見事な壁画があるが……やれやれ、周りがこれじゃあ壁画が泣くぜ? 勿体無いこった。
 ま、塔に来る前にざっとだけ周囲を確認した限り、どうもこの塔は閉鎖でもされてるのか、海に面した洞窟っぽい所からこっちには入れないようにされてたみたいだからな。特別視故の放置って奴なのかもしれねぇな。

「そいつは俺にとっては好都合ってな。静かだし、ちっとこれからって奴を考えるにゃあ悪くないさ」

 これから、か……どうしたもんかねぇ。生き延びちまった以上、死のうにもなかなか難儀な事は俺自身が一番良く知ってる。この塔から飛び降りたって、死なん自信まである。あの重傷から生き延びちまえるんだからな。

「はぁ……折角だ、もうちっと眺めの良いとこで考えに耽るか。折角高い塔なんてのに居るんだしな」

 俺にとっちゃ始める気の無かったオーバータイムが始まっちまったようなもんだしな。時間なんざ、それこそ腐る程ある。なら、ちっとは良い眺めって奴を見ても罰は当たらんよな。
 階層を繋いでるのは梯子のようだが、それを俺は使えなーい。ま、そもそも跳んでここに入った俺にとっちゃ問題になるようなこっちゃ無いがな。上の階層の穴を抜ければいいだけだし。
 何の気無しに壁画を眺めながらゆっくり登ってきたが、こいつは何か物語風になってるみたいだな。まぁ、どうも俺の中の知識を漁っても結び付きそうな情報が無い以上、恐らく風土の伝説かなんかなんだろうがな。PRLは伝説のポケモンには感心あったみたいだが、伝説そのものにゃあ感心無かったようだからなぁ。

「パッと見で読み取れるのは……空から落ちて来る何かの物語、かね? 壁画の絵から読み取れる情報って、思ったよりも多くないもんだなぁ。これに加えて伝承の物語を知って意味を成すって奴か? 考古学ってのは大変なもんだーねぇ」

 空から落ちて来る、か。ひょっとして、隕石か? 確かホウエンって昔隕石が落ちてきたーだのって逸話もあるだかなんだかって地方だったっけ。その物語なんかねぇ?
 なんて考えながら……ほいっと、塔の登頂成功ってね。塔の最上部はひび割れこそあれ床抜けが無いもんだから、梯子がある昇降口から跳び出る事になったぜ。狭いとこ抜けるのって結構神経使うんだよなぁ。

「さてもさても、着いてみるとそこはまるで舞台でした、ってか? てっきり祭壇でもあるんかねと思ったが、どうもそういう訳じゃあ無さそうかね」

 舞台って言ってみたが……違うな、よく見たら古い戦闘痕が幾つもある。こいつは、何らかのバトルスペースか? へぇ、こんな所で奇特なもんだねぇ。予測を立てるだけなら、ここが伝説のポケモンにまつわる場所だってのを加味して考えた場合伝説への奉納の試合でもしてたってとこかね。ま、惜しむらくは当のポケモンが此処にゃあ居ないって事かね。

「普通に居られてもドン引きだけどな。にしても……こいつが絶景って奴か。いいねぇ、流石に俺でもテンション上がるわ」

 高い塔だとは下から見ても思ってたが、まさか天辺は雲の上、星空に近付ける場所だったなんてな。

「雲海なんて初めて見たが、普段下から眺めてるもんが自分の下に広がってるってなぁ不思議な気分になるもんだな。ちと空気も薄いようだが、澄み具合は悪くない」

 全く、運命ってな分からんもんよなぁ。死ぬつもりで、死んだ筈だった俺がまだこうして見た事の無かった風景を眺めてるとはな。

「師匠と旅してそれなりに風景は見たつもりだったが……ははっ、世界ってなぁ広いもんだぁな」

 雲海の先、水平線や地平線の先にももっとずっと、世界って奴は広がってる。この眺めの良過ぎる塔からは、それを今までよりずっと強く感じる。……いや、違うな。俺の今までにはそんな感傷を感じてる暇なんてありゃしなかった。PRLを追ってる間は奴等を潰す以外の事を考えもしなかったし、俺にとっての世界はPRLとそれに巻き込まれたりした連中が居るだけだった。そうじゃない世界で知ってるって言えるのは、師匠と一緒に旅した場所だけだ。

「くっ、ははは……馬鹿だなぁ、俺……知識を知ってるだけで何でも、世界を知ってるような気になってるなんざ、本当に、大馬鹿だ……」

 ――いつか一緒に、色んな所を見て回りたいねぇ。君だけじゃなく、お世話してる皆を連れてさ。

 不意に思い出したハルの言葉に、無意識に涙が流れてる事に気付いた。

「ハル……あんたは俺を恨むかな……あんたから未来を奪った俺が、こんなに綺麗な風景を見られる場所に居るなんて知ったらさ……」

 誰に届くでもない俺の呟きは、塔を吹き抜けていく風に解けて消えて行った。もう、問い掛けをする事も恨まれてやる事も出来ない。分かってる、分かってた筈なんだ。分かってると、思っていたかったんだ……。
 でも、それは違う、違うんだ。俺は思い出したくなかったんだ。認めて、現実に追い付かれたくなかっただけなんだ。
 俺は殺した、ハルを殺した。ハルだけじゃない、同じ研究所で一緒に苦しんでいたポケモン達も、皆、皆……!
 ……だから死にたかった。皆と同じ場所に行けない事は分かってる。けど、この思いから……罪からは、逃げてしまえたから。

「そうか……まぁ、そうだよな」

 俺が生かされた事に意味があるとするなら、それはきっと奇蹟なんかじゃない。断罪だ。罪から逃げるな、償い続けろ。死んで終わらせようなんて、甘えた事を言うな。俺に生かされた意味が、理由があるとするなら……そういう事なんだろう。

「贖罪か……そうか、そうだな。元々俺自身が師匠に言ったんだっけな。俺が誰かを助けるのに理由を求めるとしたら、それは贖罪の為だって」

 涙を拭わないままゆっくりと目を閉じて、ゆっくりと開く。雲海の雲間から見える世界は目元に涙が残ってる所為か、何処かキラキラと輝いてるように見えた。

「綺麗だな……」
「あぁ……世界とは、実に美しい……」

 こんな綺麗な世界を守って、それが師匠の夢である平和で幸せな世界に繋がっていくのなら……罪だらけの俺みたいな化け物の命が生かされた事にも、価値が出来るかもしれないな。
 何をしなきゃならないかなんて分からない。けど、やれるだけやってみるか。罪から逃げるなって言うなら、もう逃げない。一生消えないって言うのなら、一生罪滅ぼしし続けてやるともさ。たった一匹でも、な。

「涙に濡れながら、しかして決意を宿した瞳か。それもまた、強く美しいものよなぁ」
「いや、こいつはそんな褒められたようなもんじゃな……ん?」

 いや待て、ちょっと前からだが……なんだこの俺以外の声は? 俺の記憶の中にこんな声で発声する相手に該当者は居ない。つまりこれは、俺の脳内の声とかそういう類の物じゃあないって事だ。
 慌てて声のした方を振り向く。が、何も居ない。けど影がある事に気付いて視線を上げた。その上げた視線の先に居たのは……。

「随分と深く物思いに耽っていたようだが、ようやく気付いたようだな。少々気付かれ無さ過ぎて寂しくなってきていたところだぞ」
「で、でぇぇぇ!? どど、どちら様!?」
「それは本来我の台詞だぞ? 此処は我の領域なんだからな」

 俺が見た先には、巨大な緑色の蛇とも言えなくも無いポケモンが苦笑いを浮かべながら空中に漂っていた。って、ここの事を我の領域って言っただと? ま、まさか!?

「陸と海を諫める者……レックウザ!?」
「ほぉ? 人が呼ぶ我が名を知っていたか。左様、我はレックウザと呼ばれし者。まぁ、それは人が勝手に付けた名だがな。我をレックウザと呼ばぬ者達からは、スイと呼ばれておる。見知るがいいぞ」

 ……それは所謂真名とかそういうあまり知られちゃいけない奴なのでは? って聞いてみたら、そんな大袈裟なものではないが、確かにあまり開け拡げに言っているものでもないなって笑いながら返されました。それなら俺にもいきなりカミングアウトする必要無かったんじゃないかなーとも思うんだけどなー。

「して、其方は何者かな? 涙と決意を湛えし者よ」

 指摘されて慌てて涙やその跡を拭った。うわーこれ恥ずかしい奴だわー。師匠にも見せた事無いガチ泣きを伝説のポケモンとは言え見知らぬ奴に見られるとは。不覚、圧倒的不覚!

「俺はその、あれだ。通りすがりのサンダースだ」
「ふむ……どう考えても此処は通りすがれる場所ではないがな」
「ご尤もですよ畜生め! 分かったよ白状すりゃいいんだろ。ちょっとばかし訳ありで、あまり人目に触れたくない理由があるサンダースでございますよ。これでいいか」
「ふむふむ。して、名は?」
「は?」
「だから、其方の名は何と言うのだ? 我がうっかり言ってしまったからな、其方もうっかりしてしまうがいいと思うぞ」

 なんだこのマイペースの塊みたいな存在は。師匠とは方向性は若干違うが、似た強引さを感じる、ひしひし感じる。この、言うまで逃がさないぞ感を出してくるところなんかまんま師匠のそれだぞ。この手のタイプと妙な縁があるなー俺……是非遠慮したいもんだが。
 で、俺の名前ねぇ……あるよ? 前にも聞かれて真面に返せなかった事があるし、その時の一悶着から構想を得たのがな。けどまだ誰にも名乗った事無いからその、な、なんか気恥ずかしいんだよな。

「どうした? 妙にモジモジとしておらんで、ちゃちゃっと言ってしまうがいいぞ。言っておくが、言わずに逃げようとしても逃がさんからな」
「やっぱりそういうタイプだったよちくせう! くそぉ、分かった言うよ。そ、その……」
「うむ、其方の名は?」
「……ら、ライト。サンダースの、ライトだ」

 ったく、自分で言っといてまだ自分の中に違和感が残ってるなんておかしなもんだよな。まぁ、名って言えるので今まで名乗った事があるのがゼロだけだからしょうがないかもしれないけどもさ。

「ライト……確か異なる地方の言葉で軽い、若しくは光を意味する言葉だったか」
「う、おぉ、そうだけど……意外だな、伝説のポケモンが人の言葉なんて文化の事知ってるなんて」
「伊達に幾年月、世界を空から見守ってきた訳ではないのでな。自然とそういった物に触れる機会もあったというだけの事よ」

 とかなんとか言いつつ、なんとも自慢げなその態度に俺は苦笑いしか浮かばんよ。なんと言うか、伝説のポケモンってなもっと仰々しいもんなんかと思ってたが、予想外に話は出来そうなもんだな、これ。
 その時の俺はまだ知らなかった……この出会いから暫く、暇を持て余し俺と言う滅多に現れない話し相手を見つけたレックウザ、スイの暇潰しやお勤めの相方をさせられる事になるという事を……。

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後書き

 突発的に筆を走らせたライト自由な野良編開幕の今作、如何だったでしょうか。本筋のライトより若干弱く老練さも無い彼ですが、そんなライトの事もお楽しみ頂けたのなら何よりです。
 本筋の新光は……大絶賛スランプ中です! 方向性が定まるまでは追想編でお茶を濁すかも……と、とにかくこれからも書き進めて行こうと思います! ここまでお読み下さった皆様、ありがとうございました!
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