*赤い涙の誘拐事件 [#g2ac19c4] [[1日目>赤い涙の誘拐事件]]へ戻る *2日目 [#oe6c98eb] **8 [#y1dfc6bb] カーテンから差し込む光が、僕の顔を照らしている。その眩しさに目を開き、時計を見ようと横を向いた。 「おはよう、冷華」 「あれ!? 流架!?」 同じベッド、同じ布団に、いつもならいないはずの彼女がいるんだ。……同じ布団に。 「何? そんなに驚く?」 「だって、雌雄が同じベッドにいるんだよ!?」 一線は越えてはいないはずなんだけど、それでも驚くものは驚くんだよ。 「この部屋、ベッドが1個しかないじゃない。私に冷たい床の上で寝ろとでも言いたいの?」 ああ、僕が床で寝ればこんなことには……。 まあいいんだ。良い思い出だと思おう。と言うより、いい思い出そのものじゃないか。 「あ、もうこんなじかんだ! あさごはんをたべにいこーっと」 「わざとらしいわね」 僕は決まりが悪くなったから、さっと立ち上がって、部屋から出ていった。その僕の後ろから流架が出てきた所を、一番見られたくない奴に見られたんだ。 「朝っぱらから雌を部屋に連れ込むとは、盛んですなあ」 このマグマラシのこんな薄汚い笑みに朝から出会わなければならないなんて、本当についていないんだな、僕は。 でも、反撃の術が無い訳でもないんだ。使わせて貰うよ。 「昨日の晩、雷羅とSMプレイを楽しんでいた君には言われたくないんだよ、火桜」 「何処でそれを!?」 「僕の耳は、感度がいいんだ。廊下の話し声くらいならきこえるんだ」 聴覚と嗅覚でなら絶対に誰にも負けない自信があるんだ。 「盗み聞きかよ。みっともないな」 「はあ!? 廊下でそんな話をした君こそみっともないんじゃないかい?」 「お前の方が!」 「君の方が!」 「2匹ともみっともないわよ!」 廊下で喧嘩していた僕達の勢いは、轟いた雷鳴によって鎮圧された。 雷羅が僕達を殴ったから、2匹揃って床に伸びてしまったんだ。 「まったく、朝から廊下で喧嘩なんてしないでしょ、普通」 雷羅のごもっともな意見に、僕も火桜も何も返せなかった。 ……他に喧嘩を止める方法は無かったのかい? まだ頭がクラクラするんだけど。 「そう、雷羅の言う通りね」 流架は怪訝そうな顔をしたんだ。 そして、倒れている僕に流架が近付いてくる。 「昨日の夜のアレは無しね。理由は言わなくていいでしょう?」 「え……?」 まさか、火桜と口論しただけで僕はフラれたのかい!? そんなことって……えっ!? 「あ、もうこんなじかんだ! あさごはんをたべにいこーっと。さ、行きましょう、雷羅」 流架はそのまま雷羅と一緒に食堂の方へ行ってしまったんだ。 こんな事になったのは、何故だい……? 「……なっ、冷華、その目で見るな」 せっかく彼処まで上手くいってたのに……。 火桜め……君が扉の前にさえいなければ……。 「火桜……」 「何?」 「朝食の後勝負しよう……」 僕はゆっくりと立ち上がって、横になっている火桜を見下ろした。 「僕が負けたら……」 「モモンアイス30本、お前の奢りで」 僕は、君は本当に甘い物が大好きなんだ、と心の中で呟いて、彼を罵っていた。 さて、彼が負けたらどうしようか? 僕は火桜を打ち沈めたいだけで、別にどうしたいとかは別に無いんだけどな……。 「じゃあ、君が負けたら、1ヶ月間甘いものは禁止。いいよね?」 これなら火桜も本気にならざるを得ないはず。 「負けなければいいだけだろ。さあ、飯食べにいこう。勝負はその後だ」 頷いて、歩き出した。雪辱を晴らすと心に決めて。 **9 [#k8396374] 家の外、窓から飛び込んできた1羽のトゲキッスに、マルは近付いていく。 家の殆ど全員が食堂に会し朝食を取っている今、社長室には1人と1匹しかいない。 「&ruby(シルフ){刺風};、お帰り。何か分かったか?」 「いや、特には。だが、伝えておきたいことがある」 マルはそのまま話を続けるよう刺風に促す。 「紅葉の親が紅葉を探し回っていた。もうじき此処へも来るんじゃないか」 「そうか、分かった」 ちょうど話が終わった所で、社長室のドアをノックする音がした。 「すみません、私のリボンと河鱗のシュシュをこの部屋に置いてきてしまったようなのですが、入ってもよろしいでしょうか?」 マルはリボンとシュシュを探しながら、感奈に部屋に入るように伝えた。 「あったぞ、ほら」 探し物は洗濯したての衣類と一緒に部屋の隅に置かれていた。 「ありがとうございます」 そう言って、感奈はリボンを頭の後ろに結んで、シュシュをスカート状の部位の裏にしまった。 「感奈は何でも其処にしまうのか?」 シュシュをしまう様子を見ていた刺風が、何とも言えなそうな顔をする。 「ええ。まあ、大体のものはそうですね」 刺風の抱いていた疑問が確信に変わった。 「じゃあ、いつもお前が渡すタオルは……!」 「ああ、そうです。お察しの通りです! どうです? 興奮しますか?」 「しねえよ!」 元々目付きの悪い刺風だったが、更に目付きが悪くなる。 「ああ、そうでした。貴方は&ruby(ウール){羽龍};の綿の中に入っているタオルの方が興奮しますよね」 「誰があんな乱暴&ruby(おんな){雌鳥};に興奮するんだよ。誰もしねえだろ」 感奈としては、刺風を煽ってみたつもりだったのだが、意外にも、刺風は淡々と答えた。 「この前も、俺のマトマを盗ったから、俺が『返せ』って言っただけで、アイツは俺にカゴの実投げつけやがったんだよ。固いし渋いしで最悪だった」 刺風は聞いてもいないのに、羽龍の愚痴を言い続ける。感奈もこうなるとは思っていなかったようで、終始黙っていた。 いや、黙っていたのは、その所為だけではなかったかもしれない。 「それに……」 「それに、何かしら?」 「全くもって雌らしく……あれ……?」 刺風も漸く気付いたようで、見る間に顔が青ざめていく。口をパクパクとさせるだけで、言葉が何も出てこない。 「どうしましたか、刺風さん? 私にはお構い無く、どうぞ私の愚痴を続けてください」 顔には笑顔が貼ってあったが、羽龍は笑っていなかった。 刺風は石のように全く動かなくなってしまった。 「そんなことより、マル、クリアさんが来てるわ」 「もう来てるのか。門で対応しよう。感奈、紅葉を門まで連れて来てくれ」 感奈は返事をして、すぐにテレポートを使い紅葉を探しにいった。 「刺風、羽龍、門の外に出てこないように全員に指示を回してくれ」 「……」 「分かったわ」 刺風は未だに動く気配が無い。 「刺風、行くわよ」 呆れ顔の羽龍が刺風の頬を翼でつつく。刺風の意識が少しずつ戻ってくる。 「刺風、聞いていたか?」 「あ、ああ。外に出るなと伝えればいいんだよな」 意外にも、刺風は外部の音を聞き取っていたようだった。 「頼んだぞ、2匹とも」 「おう、任せろ」 「頑張って、マル」 そうして、2匹は再び窓から飛び出していった。 マルは口元を布で覆い、フードの付いた紺色のコートを羽織り、顔を隠す。彼はこれでも指名手配の身である為、顔を隠さずに外に出ることは到底できない。 「さて、クリアさんの機嫌が良いと助かるな」 などと独り言を呟いて、マルは門へと向かった。 **10 [#o5736475] 「さあ火桜、バトルを始めようか」 庭の中心には冷華と火桜が対峙している。 周りには数匹が観戦しようと集まってきている。 「来いよ、冷華」 火桜が言い終わる前に、冷華は冷凍ビームを発射した。 それを避けようと火桜が身体を横に逸らした所に、冷華が一気に間合いを詰める。 冷華は前肢に氷刃を作り、そのまま火桜を切りつける。 火桜は即座に&ruby(スピードスター){大星};を展開して体の前に構え、冷華の攻撃を弾いて、火炎放射を放った。 冷華は後方へと下がりつつ、火桜の攻撃を吹雪で中和した。 攻撃がぶつかり合った点から水蒸気が発生し、辺り一面が深い霧に包まれ、互いの姿が確認できない程だった。 火桜が周囲を警戒していると、氷塊が飛んでくる。1つだけでなく、沢山の氷塊があらゆる方向から火桜を目掛けて飛んでいく。火桜はその全てを見切り、避けきった。 「流石、火桜。君の動体視とスピードは凄いんだね」 火桜が霧の向こうから声を聞いた直後、一瞬にして霧が晴れる。そして彼は先程の氷塊など及ばない量の氷刃に囲まれた。その奥には、冷華がいた。 「火桜、本気で来なよ」 「……潰す」 火桜は大きく呼吸をして、全身の力を抜く。 「……&ruby(タキオン){光速超過};」 それは、一瞬の出来事だった。氷刃が動き始めたと同時に火桜は姿を消した。そして冷華は突如前方へと突き飛ばされ、自らの氷刃を浴びる事となった。倒れている冷華の腹や背には、黒く焼けた痕が残っていた。 「さあ、モモンアイスを奢って……痛っ」 勝ち誇った顔で冷華に歩み寄る火桜の頭に、冷たい小さな塊が降ってくる。 「これは……しまった!」 火桜はさっきまでとは打って変わって、顔には驚きと焦りが見て取れた。 「残念だったね、火桜。僕は既に天操を使っていたんだ」 降りだした霰に少しずつ溶けていく冷華。そして、跡形も無く消えていった。 火桜は周辺を見渡すが、冷華らしき影は見当たらない。 「冷華、何処に消えた!?」 戸惑う火桜にまたも氷塊が飛んでくる。 「痛っ……&ruby(タキオン){光速超過};の反動が……」 火桜はほとんど動く事ができず、大きな氷塊が腹を直撃した。倒れた火桜に、容赦無く氷塊が降り注ぐ。最初こそ火炎放射で反撃していた火炎だったが、体力は徐々に減っていき、そして氷の中で力尽きた。 「これで僕の281勝0敗((実は冷華は昔の方が苦戦していた))だね」 そう言って、冷華は火桜の上に乗った氷に前肢を添え、氷に手を加える。 「やっぱり最期は美しくあるべきなんだ!」 氷はまるで花のように咲いた。火桜はその中央に押し出され、仰向きに寝ていた。霰はすっかり止んで、空には青空が広がっていた。 「……僕まだ死んでないんだけど」 火桜は美しい氷の花の可愛らしい雌しべの様だった。彼はそのまま静かに眠りに就いた。 「お疲れ様、冷華。どう? スッキリした?」 流架が冷華に近づき、声を掛けた。彼女には、冷華が火桜と戦った理由なんてものはお見通しだった。 「そうだなあ、この花の美しさに見とれた君が此処で愛の告白でもしてくれたら最高なんだけど」 「あら残念。私、つい最近牡と別れたばかりで、生憎そんな気分にはなれないの。他の娘を当たってくれる?」 ダメ元で言ってみた冷華だったが、やはり、辛い現実を突き付けられてしまった。勝利の余韻は一瞬にして敗北感へと変わった。 「そう厳しく当たらなくても良いのではないか?」 流架の後ろから、紅葉が話し掛ける。彼の後ろには凛々が立っている。 「ダメよ、紅葉。彼女が出来て浮かれて、更に別れた腹癒せにバトルを吹っ掛けるような牡にはこれくらいじゃないと」 動かなくなった冷華を尻目に、流架はそんなことを言う。 「わたくしは流架が羨ましいですわ」 「どうして?」 流架は凛々が言ったことに不思議そうな顔で聞き返した。すると、凛々はにっこりと微笑む。 「冷華は貴女へ愛情を包み隠さずに伝えてくれるのでしょう? もみじと違って」 「凛々……様っ!!」 焦っている紅葉を見て、流架は納得のいった顔をする。 「やっぱり貴方達ってそういう関係だったのね。良いじゃない、隠さなくても」 「……この家の者になら良いが、万が一にでも明かしてはいけない者がいるのだ」 流架と紅葉がそんな会話をしている間、凛々が足元の小さな赤い花をずっと見つめていた。 「もみじ、花から伝言が……」 「何だ?」 「貴方のお父様がこちらへいらっしゃるそうです」 「父上が!?」 凛々の予想外の一言に、紅葉は大きな声を上げて驚いた。 「ねえ、紅葉のお父さんってどんなポケモンなの?」 「そうだな……見たら驚くだろうな、恐らく」 「わたくしは、もみじのお父様を幼い頃から知っていましたので、もみじのお母様を知った時の方が驚きましたわ」 凛々は笑顔でそう言ったが、紅葉は苦笑いしたまま何も言わなかった。 しばらくして、感奈がテレポートで庭におりてきた。 「紅葉、見つけましたよ」 「感奈さん、私をお探しでしたか?」 「ええ、貴方のお父様がお見えです。来てくださいますね?」 「勿論」 紅葉の顔つきが変わった。覚悟を決めた顔だった。 ----- 中々誘拐されませんが、忘れていません。 一応、[[ひとでなし>狗日的]]が書いてます