*赤い涙の誘拐事件 [#i25a9e6e] 前章[[冷たい華故]]の続きとなっているので、まだ読んでいない方は先に前章を読んでからのほうが楽しめるかと思います。 &color(red,red){♀×♀};の表現があります。 *1日目 [#p09af262] **メインの登場人物 [#vd37ae3d] -&ruby(レイカ){冷華}; 身体中に傷のあるグレイシア。同種の中では垂れ目なほう。 -&ruby(ルカ){流架}; 銀の眼を持つシャワーズ。優れた記憶力を持つ。 -マル 冷華たちのトレーナーで、人間とシャワーズのハーフ。そして、冷華の兄で、芸能事務所の社長。藍色の眼を持つ。 -&ruby(ティア){緋涙}; 赤髪の少女。 **1 [#c6b7ddbb] 何だか今日は新入りのポケモンたちが来るとか。 どんな奴らかな? 朝食の為に食堂に集まるついでに、兄さんから紹介があるらしい。 「みんな聞いてくれ。彼らは今日からここで暮らすことになった。左から順に、緋涙、&ruby(ドラグナー){竜};、&ruby(ゲンジ){幻次};、&ruby(キッシュ){騎守};、&ruby(コウ){鋼};、&ruby(バクレイ){漠霊};だ」 緋涙という少女以外は全員見知った顔だった。 みんな黒のブリーダーに 捕らわれていたんだ。兄さんの手持ちとして。 その頃は、竜がヒトカゲ、幻次がポリゴン、騎守がカブルモ、鋼がポッタイシ、漠霊がビブラーバだったけど、今じゃみんな最終進化形態になっていた。あ、幻次はポリゴン2だから違うか。 ……それにしても、なんだか変な感じだ。あの緋涙っていう少女の匂いは人間とは違う気がする。((冷華の嗅覚は一般的なヘルガーの約3倍の感度))気のせいかな。 みんなは食事をするのも忘れて、見知らぬ顔どうしでわいわいと話していた 「冷華」 後ろから流架が小声で話しかけてきた。 「何だい? 流架」 「あの緋涙って娘、妙な感じじゃない?」 「流架もそう思うかい?」 「やっぱり、冷華も気付いてたみたいね」 2匹でそんな会話をしていると、 「冷華、流架、後で話がある」 兄さんは僕らにそう言ってすぐに立ち去った。 僕と流架は互いに顔を合わせ、「何だろう?」と首を傾げた。 その後はみんなと会話をして、それから食堂を出た。そしてそのまま社長室、つまりは兄さんの部屋へと向かった。 「遅いぞ、2匹とも」 部屋に入るとすぐに&ruby(ライス){雷珠};が文句を言ってきた。 うーんと、ここに集まっているのは僕ら2匹の他に、雷珠(サンダース)、&ruby(ネギ){音季};(リーフィア)、&ruby(レッカ){烈火};(ブースター)、&ruby(アカツキ){明憑};(エーフィ)、&ruby(クレア){暮暗};(ブラッキー)か。みんなイーブイの進化系だなあ……。 「あーはいはい、遅れて悪かったね」 面倒だから雷珠は適当に流しておいた。 「おい、冷華」 「にゃ、何だい? 暮暗」 暮暗があまりにも凄い剣幕で話しかけてくるから、僕の声が裏返ってしまった。 「俺の妹に何もしてないよな」 「何でそうなるんだい!?」 「遅れて来たからだ」 そんな理由なのかい!? 「クーちゃん、言いがかりはよくないわ。私は何もされていないから、安心して」 流架は暮暗の鼻に自分の鼻を押し付けながらそう言った。暮暗はそれだけで顔が真っ赤になってしまう。……自分の妹じゃないのかい? 「みんな集まってるな」 兄さんが部屋の奥から出てきた。部屋にいた全員が兄さんの方を向く。 「さて、ここに集まってもらったのは、お前らイーブイの進化系たちで、新しい企画を始めようと思ったからだ」 「企画?」 「ああ、簡単に説明すると、ヒーローを作ろうと思っている」 「ヒーローですか!」 烈火の目がとてつもなく輝いている。 「烈火、喜ぶのは良いんだけど、よく考えて」 「姉様、何故ですか?」 「だって、売れるか分からないだろう? だから、あんまり浮かれていられないんだ」 なるほど、確かに明憑の言う通りだ。 「取り敢えず、メンバー単体の知名度については、冷華は言うまでもないし、明憑と暮暗は声優としてだんだん名前も知れてきている。流架と音季はコンテストの優勝経験が何度もある。烈火と雷珠は……まあ、大丈夫だろう」 最後に何だか濁したように感じたけど、まあいいか。 「何はともあれ、試してみないとな」 あ、そういえば、 「グループの名前は?決まっているのかい?」 「&ruby(セブンインヴァイランメンツ){Seven Environments};でいこうと思うんだが、他に良い案があれば出してくれ」 シーンと静まりかえる部屋。誰一人として発言しない。やっぱり、いきなり言われても、すぐには思いつかないんだよ。 「無いならこれでいく。今日伝えたいことは以上。詳しい連絡はまた後で。じゃあ、解散」 兄さんの「解散」の言葉を合図に、みんなは部屋を出ていった。 ……Seven Environments って長いから、SEsでいいかな。 **2 [#r61b604c] 今日はたくさんのメンバーが新しく入ったけど、ついこの間にも&ruby(クレハ){紅葉};と&ruby(リリ){凛々};がしばらく泊まるって言ったばかりだった気がする。 「&ruby(カオウ){火桜};」 噂をすれば影とは言うが、このタイミングで紅葉が来るとは。 「どうした?」 「凛々……様がいないのだが、見ていないか?」 最近、紅葉が「凛々」と「様」の間でつっかえることが増えた気がする。きっと普段は呼び捨てだけど、見栄でも張ってるのか、公衆の前では「様」を着けている。しかし、この家にしばらくいた所為で、雰囲気に慣れてしまい、「様」を着け忘れている。大方そんな感じだろう。 「凛々なら見てないや。ごめん」 「そうか、すまなかったな」 紅葉はそう言って何処かへ走っていった。 ここ、一応廊下だから走っちゃダメだと思うけど、細かいことは気にしない。 「あ、火桜!」 紅葉の走っていったのとは逆の方向から誰かの声がする。 「おう、&ruby(ライラ){雷羅};」 誰か、は雷羅だった。そして、その後ろには凛々。 「……と凛々。そういえば、さっき紅葉が探してたけど」 「わたくしをですか?もみじ((紅葉のこと))が?」 「ああ。それにしても、お前ら何処にいたんだ?」 「私の部屋よ」 ああ、雷羅の部屋か。紅葉が見つけられないはずだよ。 「では、わたくしは自分の部屋へ戻り、紅葉を待ちます。ごきげんよう」 そう言って、凛々は部屋に戻っていった。 また紅葉に会ったら伝えておこう。 「ねえ、火桜」 「何だ、雷羅?」 「今朝のあの女の子って……」 ああ、緋涙のことかな。 「雷羅の思っている通りだと思うよ」 「そっか……」 雷羅は笑顔で、顔を少し上げて想起しているみたいだった。まるで遠くを望むようなその目には、一粒の涙が輝いて見えた。 「ふぅ……。なんか色々と思い出しちゃった」 「そんなおばさんみたいなこと言うなよ。僕たち、まだ17年しか生きてないんだから」 「そう……だね!」 彼女は笑顔で答えたけど、その笑顔の奥に暗いものを隠しているのが嫌でも伝わってきてしまう。 僕は今の彼女に何て声をかけていいのか……。兄さんだったら、どうする……? 「火桜、ありがとう」 「何が?」 「今、私のこと心配してくれてたでしょ。顔に出てたわ」 僕は彼女を心配して、逆に彼女に心配させてたのか、僕は。 でも、だからこそ、これ以上心配させるのは良くないな。 「ああ、他人の顔見る余裕があるなら、心配なんかするんじゃなかったよ」 僕は敢えていやみったらしく言ってみた。 雷羅はクスッと笑った。さっきのとは違う、自然な微笑みだ。 「じゃあ、心配かけたお礼に……」 雷羅は少しずつ近づいてくる。お互いの息がかかりそうな程の距離まで。 ちょっと、顔近すぎ。 「……今夜は久しぶりに相手してあげる」 雷羅のこの言葉は僕の頭の中を一気に彼女で染め上げた。 彼女は自らの言葉に頬を紅く染めていた。 %%僕は緩む口元を引き締めるので精一杯だった。%% **3 [#ba76e88e] 記憶が曖昧だったり、無かったりする奴等がこの家にはたくさん住んでいる。 僕──明憑もそのうちの1匹だったりするんだ。 記憶が無いから不安だった時期もあったけど、マルに誘われて、この家に来て、色々な奴等と出会って、みんな一生懸命に生きていたから、もう僕は不安なんて無かったんだ。 そうして不安が無くなると、次第に僕は、1つの小さな恋心を抱くようになった。 僕は夢を自在に操ることができるから、その力を使って、暮暗に告白したんだけど、その瞬間に夢から追い出されてしまって、答えは聞けなかったんだ。僕はフラれたのかな……。 「明憑、また暮暗を見ているだけかい?」 拳銃を口で扱う特訓をしている暮暗を眺めていた僕の後ろから、冷華が僕を憐れむような口調で話しかけてくる。 「何だい?茶化しにでも来たのかい?」 「いいや、今日は助っ人を連れてきたんだ」 いかにも自信満々といった顔でそんなことを言うもんだから、僕は少し期待してしまう。 「こっちに来てくれるかい?」 おや、これはこれは…… 「流架ちゃん!」 「えっ、クーちゃんのこと好きなポケモンって、明憑さんだったの!?」 「すっ!? 好き!? じゃないぃっ!! 訳じゃないんだっ!!?」 流架ちゃんがいきなり図星を突いてくるから、僕は混乱して、自分自身もう何がなんだか……。 「明憑さん、落ち着いて! 私、軽率過ぎたね」 「い、いいんだ。気にしないでおくれ」 駄目だ、息が整えられない。 深呼吸して、意識を落ち着けなくちゃ……。 「落ち着いたかい、明憑?」 「一応は……」 そういえば、この2匹はデキているんだろうか? 「冷華と流架ちゃんって、その……付き合ってるのかい?」 「うん、付き合っているよ」 「付き合ってないわよ」 あ、噛み合ってない。 「そうなのかい!? 僕はてっきり……」 「何で私とアンタが付き合ってんのよ」 でもやっぱり、仲がいいから付き合っているように見えるんだよね。 「この前のアレって告白じゃないのかい?」 「冷華の元気が無かったから、元気付けてあげただけよ。冷華の勘違いよ」 冷華にはその勘違いがあまりにもショックだったみたいで、さっきから微動だにしない。 「それじゃあ、2匹はまだ付き合ってないんだ」 ということでいいんだよね。 「ええ、そうよ。ね、冷華」 シャワーズはダメおしなんて覚えてないはずなんだけど、流架ちゃんのダメおしは冷華に効果はバツグン((×2ではなく×4のほう))らしい。 「でも、2匹なら似合うと思うな、僕は」 上手には言えないけど、雰囲気というか、何だろうか、冷華と流架ちゃんの2匹の間からは不思議な何かを感じるんだ。 「ああ……そうかい…………。明憑、お世辞はもういいよ……」 励ましたはずの言葉が逆効果だったか。思った以上に冷華の落ち込み具合が半端ないみたいだ。 何かもっといい言葉が無いかな? とにかく、お世辞じゃないことは伝えないと。 「お世辞じゃ……」 「明憑さん、冷華は放っておいて大丈夫よ。それより、明憑さんはクーちゃんのどんなところに惚れたの?」 冷華、君を放置するけど……ごめんよ……!! 「うーんとね、最初はやっぱりあのがたいの良さだったかな。後は、眼の色が黄色いところかな」 暮暗以外にも、目が黄色いブラッキーは発見の報告があるけど、そのどれもが体紋の輪の色は青い。でも、暮暗の輪は黄色い。何ていうか、このプレミア感はやはり、僕から見た暮暗の魅力なんだ。 「それに、同じ家で生活してきて、暮暗の正義感の強さにはやっぱり惹かれたかな。他にも沢山あるんだけど、取り敢えずはこれくらいかな」 言ってて凄く恥ずかしいんだけど。何この恥辱プレイ。 じゃあ、貰ったものは返さないとね。 「流架ちゃんは? 冷華の何処に惚れたんだい?」 「わ、私!? 何処……だろう?」 冷華に惚れたことは否定しないんだ。 「えーっと…………脚が長いところかな」 確かに冷華の脚は結構長い。民族柄((冷華は長脚(ながし)族、流架は因みに虹眼(こうげん)族))かな。 「それから、グレイシアの中では垂れ目」 まあ、目は冷華のチャームポイントだしね。 「後は、耳の形かな。以上」 あれ? 全部外見の魅力だけかい? 「内面的なところは何か無いのかい?」 「今のところは無し。ってことにしておくの。すぐ近くに冷華もいるしね」 流架ちゃんも僕と同じように、恥ずかしかったんだと分かって、僕は仕返しができて嬉しかったのと同時に、安心していた。 ……何か忘れているような気がする。 **4 [#cbba50de] 「流架、さっきまでここに明憑と冷華がいなかったか?」 確かに練習している時に、2匹の声が聞こえたんだが。 「ああ、クーちゃん。明憑さんなら昼寝しに部屋へ戻ったわ」 明憑は“夢の力”とやらを使える代わりに、頻繁に睡魔に襲われるらしい。今回の昼寝もおそらくそうだ。 「それと、冷華なら……そこよ、そこ」 流架は俺の後ろを見つめながらそう言った。 つまり、俺の後ろに…… 「……なんだい?」 「暗!!」 冷華がいた。 こいつ、本当に影薄いな。 「クーちゃん、冷華は放置でいいわ」 「いいのか?一応、未来のパートナーだろ」 兄としては複雑だが、妹が選んだ未来のパートナーだ。 「……励ましてあげたほうがいい?」 俯き、少し恥じらいながら、上目遣いで俺を見てくる流架。俺じゃなくて、冷華にやってやれよ。もし俺に明憑が……これを……。 まずい、また明憑に重ねてしまう。しかも、明憑のことを考えただけで意識が飛びそうになる。今朝、流架と鼻を合わせた時も危なかった。最近は明憑の夢をほぼ毎日見るまでになった。自分で言うのも何だが、もう、病気の域だな。 色々と思いは浮かんだが、取り敢えず流架には頷いておいた。 「分かったわ」 流架は冷華の目の前に立って、 「……冷華、元気出しなさい!」 冷華の口に直接口付けをした。 兄としてはやっぱり複雑だ。 ……明憑の口付けはどんな感じだろうか……? あれ? 意識がフワフワしてきた。まずい、このままだと……倒れ…………る…… 「クーちゃん!」 「暮暗!」 2匹の……声…………。ダメだ……意識が………………。 「……レア、暮暗」 また別の声。ん? 意識がはっきりしている。 「暮暗、やあ」 「あ、明憑」 またあれか。明憑の夢だ。俺の酷い妄想だ。 今日の舞台は俺の部屋か。さっきまで射撃場にいたんだから、まさしく、これは夢だと思わざるを得ない舞台設定だ。 いつもの夢の通りなら、明憑が話題を作っていって、他愛もない話をして……? その後は何をしていたんだ? 何かをしたことはしたのだが、モヤモヤとして、思い出せない。取り敢えず、厭らしいことでないのは確かだ。 「ねえ、暮暗? また夢だと思っているのかい?」 「あー、そうだが、夢じゃないのか?」 「暮暗はどう思う?」 「明憑と1対1で話せるなら、&ruby(うつつ){現};であってほしいが、こんなシチュエーションは夢だろうな」 「そうかい。なら、この夢の時間を楽しもうよ」 明憑は俺の座る隣に座った。 温かい明憑の身体が触れる。毎回この類いの夢で感覚はまるで本物のようだ。それでも夢と分かるのは、ここで過ごす時間の長さと現実で寝ていた時間の長さとにあり得ない差があるからだ。 明憑の薄く短い毛並みの触り心地は最高で、そこに香るのは飾り気の無い純粋な雌の、獣の匂い。自分の中の雄が刺激されていくような、それでいて、心を落ち着かせるような。 「僕、そんなにいい匂いかい?」 明憑はきっと心の中を読んだのだろう。それとも、これは夢であるからか。 「ああ、そうだな」 「ふふっ……。暮暗もいい匂いだよ」 明憑が笑い、可愛らしい犬歯が見える。明憑は容姿もいいし、優しいからモテるのだろうな。 そんな雌を自分のものにできているようなこの時間を、俺は楽しんだ。 しばらく話し込んだ後、明憑が立ち上がる。 「そろそろ、僕は行くよ」 「じゃあな」 夢であるとしても、永遠じゃない。 「……なあ、明憑」 「何だい、暮暗?」 「もし、これが夢じゃないなら、明後日の祭りは2匹で歩かないか?」 夢なのにと思う俺は、俺自身を馬鹿にしていた。 「夢じゃないなら、ね」 明憑は微笑んで、部屋から出ていく。 俺は急激な睡魔に襲われて、瞼を閉じた。この時間が夢でないと信じて。 **5 [#n3f654a4] 暮暗が倒れた後、僕と流架で暮暗を部屋まで運んだ。暮暗って見た目以上に筋肉質だから、重いんだ。 兄弟姉妹のいるポケモン達は、家族同士仲良く相部屋になっているから、流架をそのまま暮暗と一緒に部屋に置いて、僕は1匹で廊下を歩いていた。 「よう、冷華。久しぶりだな」 「やあ、竜。一応、今朝会ってるけど」 僕に声をかけたのは、リザードンの竜だった。 「まあでも、今朝は話してないからな。この間お前が暴走した時以来だから、約2ヶ月ぶりだな」 「そっか、もうそんなに経つんだね」 もう2度と繰り返す訳にはいかないんだ。その為に前を向いて生きていくと誓ったんだ。 あ、あの影は…… 「竜! 何してんのさ?」 いきなり竜に話しかけてきたこのシュバルゴは騎守。%%五月蝿いおばさん%%元気な雌だ。 「ん? 誰だい、このグレイシア? 竜の知り合いか?」 「……ほら、あの時のイーブイだよ」 「あの時の……?」 なんだよ、そのいかにも忘れましたって顔は。 そこにヒタヒタと廊下に響く足音が近づいてくる。平たい足の足音かな。 「マルに捨てられてしまったイーブイだ、騎守」 僕の後ろから歩いてきたのは鋼。雄のエンペルトで真面目。これは僕の個人的な感想だけど、普通のエンペルトよりもプライドは高くない感じがするんだ。 「ああ、あのチビ助かい」 「大きくなったな、冷華。マルからは色々と聞いている。まあ、笑顔が見られるようになって良かった」 あの頃の僕はいつも不貞腐れた顔をしていたんだ。つれないガキだったんだよ。それでも鋼はいつも僕の話し相手になってくれていた。僕にとっては兄さんより兄貴らしいかもしれない。 「それにしても騎守、貴様、冷華のことを忘れるとは、やはり脳みそまで筋肉なのだな」 「アタシの脳みそが筋肉な訳ないだろう? アンタは馬鹿だねぇ」 「脳みそきんに君に馬鹿と言われる筋合いは無い」 ああ、騎守と鋼は昔から変わらず、交ぜるな危険なんだ。所謂水と油なんだよ。 そんな喧騒の中、五感の鋭い僕でも耳を澄まさないと聴こえないくらいの静かな羽音が聴こえてくる。 「ダメだよぉ、ケンカしちゃぁ」 界面活性剤、フライゴンの漠霊の登場である。こんな呑気な喋り方をする奴に喧嘩なんか仲裁できないだろうと思うかもしれないけど、漠霊は怒ると、というよりは戦闘体制になると凄いからね、鋼も騎守も喧嘩を止めるんだ。 まあ、漠霊の登場で2匹は喧嘩を渋々止めざるを得なかったんだ。 喧嘩も収まったから、ちょっと聞いてみようかな。 「ねえ、みんなはこれから何をしていく、とかあるのかい? 仕事的な……」 「取り敢えず俺達はマルの仕事の手伝いだな」 「そん中でもポケモンレンジャーの手伝いがメインだね」 「だから、基本的に俺達は家の外に出るほうが多いのだ。まあ、家にいる時は、バトルの相手くらいしてやる」 「僕達のいない間に鍛えておいてねぇ」 なんだよ、この既に打ち合わせ済みな回答は。誰一匹として内容が被ってないじゃないか。チームとしてやってきた時間が長いとしても、流石にこれはあり得ないんじゃないのかい? 「じゃあ、俺達はこれで」 「何処かに行くのかい?」 「ああ、早速今から仕事だ。既に幻次が下見に行っている」 なるほど、どおりで幻次の姿が無いと思った。 「どれくらいかかるんだい?」 「少なくとも一週間はかかるね」 「そっか、気をつけてね」 僕の言葉にみんなは頷いてくれた。 「じゃあ、最後に僕からぁ」 そう言って、漠霊は僕の耳にそっと口をあてる。 「……誰かがこの家を狙っているみたい。注意しておくように」 **6 [#pb42844a] すっかり日も落ちて、丸い月が南中している。後2、3日もすれば満月になるだろう。 冷華は部屋で1匹の時間を過ごしていた。 「入るよ」 ドアをノックして入ってきたのは、銀の眼を持つシャワーズ、流架だった。 「どうしたんだい?こんな時間に」 「部屋でクーちゃんと明憑さんがイチャついててさ……」 流架は苦笑しながらそう言った。同じ部屋にその光景があるのは何とも居づらいのは言うまでもない。 「それにしても、相変わらず飾り気の無い部屋ね」 流架は部屋を見渡す。流架の言うとおり、冷華の部屋はシンプルな窓とベッドだけしか無かった。 「飾る意味が無いからね」 「それもそうね」 ゆっくりとした時間が流れていく。普段の騒がしい2匹のやり取りからは考えられない程の速度で。 「静か……」 「真夜中だからじゃないかい?」 「違うわ。私が言いたいのは、貴方が静かだってこと」 「まあ一応、僕の先天性格は『冷静』らしいから」 先天性格は5つの味の好き嫌いから、生まれ持った基礎の性格を占ったものである。冷華たちの住む国では先天性格の信用性は高いと言われている。 流架は冷華の言葉に納得したようで、そうなんだ、と頷いていた。 「冷華、あのさ……」 流架は冷華に身を寄せる。冷華のほうが一回り程大きいようで、流架が冷華に寄り掛かる形になる。 「私、貴方が好きよ。だから、こんな私でよければ付き合わない? 」 「おやおや、君からそんな言葉を聞けるとは思っていなかったな。もちろん、付き合えるならこれ以上のことはないんだけど」 まだ先程のことを根にもっているのか、少し嫌味ったらしい口調で冷華は答える。 「本当にいいの? 私から誘っておいてあれだけど、こんな傷物でも大丈夫?」 傷物、と彼女が自身をそう言うのは、彼女の過去に起因する。性奴として娼館で働かされていた過去。忘れようにも、彼女にはできない。彼女の持つ銀の眼は、脳に影響を及ぼしていて、記憶の消失を防いでいる。つまりは最高の記憶力を持つ。だがその反面、忘れるべき記憶すら忘れられないのだ。 「いいんじゃない? 少しくらい傷があるほうが美しいって思うし。それに、僕は今の流架が好きなんだ。だから、気にしなくていいんじゃないかい?」 冷華は笑顔で答える。その笑顔は流架にとって、どんな言葉より力強い肯定だった。 「……ありがとう、冷華」 流架は冷華の口にキスをした。浅く軽いキスだが、雰囲気も相まって、深いそれよりも一層深く感じられた。 「雰囲気に任せて君を押し倒したい所なんだけど、塞いだばかりの傷を抉ってしまっては大変だからなあ……」 「そう思うなら行動だけじゃなくて言葉も自重してよ」 包み隠さずに言う冷華の言葉に赤面してしまう流架。それを見て、冷華はクスクスと笑っている。 「……本当に押し倒したいの?」 「さあ、どうだろうね?」 「何よ、それ」 冷華が質問に真面目に答えないことに半ば腹を立てる流架。そんな彼女の膨れっ面に冷華はキスをする。つい先程のキスと違い、冷華はそのまま舌を流架の口内へ侵入させていく。最初、流架は驚いていたが、しばらくして落ち着くと、冷華の舌に自分の舌を絡ませようとする。口から零れる唾液には目もくれない。そうして、互いの息がかかる度に、彼らの拍動は速くなっていく。 1分程経っただろうか。2匹は口を離して、間にできた橋が崩れ落ちていくのを名残惜しそうに見つめていた。 「……冷華、これ以上は…………ごめん……」 流架は頷いて冷華から目を反らす。その銀色の&ruby(ひとみ){眼};は潤んでいるように見えた。 「大丈夫だよ。君だけじゃないんだ」 「冷華……?」 流架は冷華の言うことが分からずに不思議そうな顔をする。 「異性に恐怖を抱いているのは君だけじゃないんだ。僕もそうだったんだけど……。今の僕は明憑のおかげなんだよ」 「えっ……このタイミングで明憑さんを出す? 普通……」 「出すよ。君しかここにはいないんだ」 「何それ、理由になってないじゃない」 「そうだね」 窓から差し込んだ月明かりに照らされた2匹は着かず離れずを繰り返す。彼らは、過去の傷と恋心との板挟みさえも楽しんでいるのだ。 **7 [#x1640132] マルの部屋、社長室と呼ばれるその部屋の小さな扉の奥が、本当のマルの部屋であるはずだが、その唯一の個のスペースも&ruby(カンナ){感奈};と&ruby(カリン){河鱗};に占領されていた。 「今日こそ襲って差し上げますね」 「やめてくれ」 「じゃ、私が襲ってやろうか?」 「やめてくれ。ていうか、何故お前らがここにいる?」 「あら、貴方が私達の部屋を竜たちに使わせるように言ったんですよ。ですから、仕方ないんです。では、襲いますね」 「だから、やめてくれ。竜たちは今日はいないんだ。帰れ」 その後も2匹は居続けた。帰る気はさらさら無いらしい。寧ろ、今にも襲いそうな目でマルを見つめる。 「わかったわかった。俺が折れればいいんだろ? ただし、襲うな」 感奈がまた反撃しようとしたが、その時、この部屋にある唯一の扉が開く。そこに赤髪の少女が立っていた。 「あらあら、緋涙ちゃんじゃないですか。どうしました?」 「部屋……独りぼっちだから……」 「おいで、緋涙。一緒に私達と寝ようか」 「うん!」 緋涙は嬉しそうに河鱗に駆け寄り、飛び付いた。 緋涙の部屋は竜たちと同じ部屋だが、彼女らは現在、仕事に出てしまっている為、緋涙の部屋には彼女1人しかいない。 河鱗は緋涙の頭を優しく撫でる。緋涙は安心して瞼を閉じ、そのままスヤスヤと寝息を立て始めた。 緋涙の身体から光が少しずつ剥がれていく。光の中からは小さなラティアスが現れる。 「流石に寝る時は元に戻るんですね」 「でも、やっぱり小さいね」 「まだ緋涙は子供だからな。生まれて9年か」 3匹はラティアスになった緋涙を見ながら話し出す。 「幼いとは言っても、知識の量は凄まじいですよ。流架ちゃんでも勝てるかどうか……」 「ラティアスという種族か、それとも別な原因があるのか」 「この子以外のラティアスを知らないからね、私たちには何とも言えないさ……」 静まり返る部屋。この空気に耐えられない輩は必ずいるもので、例えばこの青いサーナイト、感奈はその1匹だ。 「それは置いておいて、そろそろ襲ってもいいですね」 「やめてくれ。河鱗、頼む」 マルはそう言って、布団に潜ってしまった。 「しょうがないね。さあ感奈、寝るよ」 「うーん……。じゃあ、我慢します」 河鱗は緋涙をマルの横に寝かせて、感奈を抑え込むようにして布団に入った。河鱗は普通のフローゼルよりも大きい為、感奈の顔は河鱗の胸に埋もれてしまう。 「……貴女で」 その所為か、河鱗は感奈の口元が吊り上がっていたのにも、最後の一言にも気付かなかった。 感奈の手が河鱗に触れ、お腹を撫で回す。最初はただ撫でるだけだったが、次第にその手つきは厭らしいものになっていく。途中、感奈と河鱗の目が合ったが、それでも感奈は撫でるのを止めない。それどころか、感奈の手は河鱗の胸へと移動していく。その先端の、最も敏感な所に触れた時、河鱗の口から甘い声が漏れた。 「起こしてはいけませんよ」 感奈の言うとおり、緋涙を起こす訳にはいかないと思った河鱗は、声を我慢しようとする。しかし、感奈の手が秘所に向かい、指が中に入っていくと、声を漏らしてしまう。それでもまだ我慢しようとする河鱗を見て、感奈は指を使い河鱗の中をかき混ぜていく。身体を動かして必死に声を堪えていた河鱗だったが、遂に、大きな声をあげて潮を吹いた。 「満更でもない様子でしたね」 布団に突っ伏して荒い息をあげている河鱗に、感奈が顔に嘲笑を浮かべながら声をかけた。勿論、河鱗からの返事は無い。 次の瞬間、河鱗は尻尾を使い感奈を抱き寄せ、その小さな口にキスをした。そして、マルたちの方を確認すると、感奈を腕で抑えて尻尾で彼女の秘所を擦りだした。 元々湿っていた感奈の秘所は更にその湿り気を増す。 一回り大きなフローゼルに抱きしめられていた感奈は、思うように身動きが取れず、抵抗できないでいた。 「マルは…………のことが好き。だから、私らの思いは届かない……」 感奈の耳元で河鱗はそう囁いた。すると、感奈の顔には少しずつ元の冷静さが戻ってくる。感奈は部屋を見渡す。部屋には2匹だけしかいない。 「……河鱗、もういいですよ」 河鱗が拘束を解くと、感奈はベッドの上の怪獣の縫いぐるみに手を伸ばした。 「たとえ届いたとしても……」 縫いぐるみは感奈の手に触れると消えてしまう。 「逃げてしまうのでしょう……?」 感奈はその手を見て呟いた。その後ろ姿を河鱗が見つめていた。 「……感奈、始めようか」 「ええ、そうしましょう」 ------ [[2日目>赤い涙の誘拐事件2日目]]へ ------ 一応、[[ひとでなし>狗日的]]が書いてます。