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警笛狂想曲 の変更点


#include(第十三回短編小説大会情報窓,notitle)
#author("2024-06-30T08:40:33+00:00","","")


 
 ここはどこにでもある街。道の両脇には車庫付きの住宅や小ぎれいなアパートが建ち並んでいる。町は綺麗で、犯罪も極めて少ない。住むには申し分のない環境といえるだろう。
 空き巣などの不届き者は、即日、あるいは数日のうちに、警察に逮捕される。それは、何故か? もちろん、警察が優秀だからというのもあるかもしれないが、この地区には、徹底された監視ネットワークが張り巡らされているからだ。昔は「お天道様が見ている」とか言われていたが、今は「監視の網に引っかかってしまう」という時代だ。
 そして、不届き者には、まず、警告として笛のけたたましい音がお見舞いされる。被害が出る前に、不届き者が退散すればそれで良し、ダメなら、監視カメラとネットワーク、警察の連携によって御用となる。もっとも、笛の音が響いた時点で、警察や警備会社に自動的に連絡が行くようになっている。その時は、うまく逃げおおせても、時効まで逃げ切れる確率は極めて低い。
 だが、残念なことにそれでもやっぱり事件は起きてしまう。ある日のこと。
 街を歩く、2匹のイーブイ兄弟。2匹の小さなもふもふが、協力して、小ぶりな荷車を動かしている。荷車に乗っているのは1つのガラス瓶。中には甘くておいしいアカシアのはちみつが入っている。ちょうど今、主人から言われたものを買い、家に帰る途中というわけだ。ところが、家まであとちょっとというところで、事件が起きた。
「おうおう、チビども。いいもん持ってんじゃねーか」
 獲物を見つけたガラの悪そうなスピアーが出てきた。兄弟は抵抗したが、かなうはずもなく、はちみつは強奪されてしまった。この時、監視システムが作動して、警笛が鳴ったものの、はちみつを強奪したスピアーは逃亡。
「どうしよう……」
 兄弟は途方に暮れた。しかし、独力で奪い返せるはずもなく、むなしく帰宅した。
 それと、同じ時刻。ここはとある警備会社。責任者と思しき男性が、隊員を集めて、命令する。
「ついさっき、この時点で、強盗事件が起きた。加害者はスピアーだ。やつを倒せるもの……。いや、別のところから、できれば生け捕りにしてほしいという依頼が来ている。その命令を遂行できる者は一歩前に出なさい」
 隊員というのは、皆、百戦錬磨のトレーナーたちである。トレーナーというのはファイトマネーが収入源の一つであることは確かなのだが、それだけで食っていける者は少ない。加えて、年がら年中バトルが行われるわけでもないので、それだけだと定期的な収入が得られない。よって、副業をしているか、そもそもファイトマネーの方が副収入としているトレーナーの方が圧倒的に多い。
 志願した3名の隊員。警備会社は民間なので、こうした依頼を達成し、報告書をまとめれば、それが報酬として国から報酬が支払われる。加えて今回は、別のところからうまくいけば成功報酬が上乗せされるというなかなか割のいい仕事だった。もっとも、失敗すれば、何の報酬も得られないが。
 スピアーの逃亡先は割り出せていたが、一つ懸念があった。襲撃したのは1匹だが、逃げ帰った先に、仲間がいるかもしれない。そうなると少々厄介だ。
「さて、どうしますか?」
「仲間がたくさんいると厄介だな、逃亡先は住宅街の空き地だから、大群がいるってことはないだろうが……。これが、逃げ込んだ先が山林とかだと厄介なんだが、今回はそれほど多くの仲間はいないだろうな。とはいえ、捕縛し損ねて、山林に逃げられるとまずいし、何より成功報酬がかかっている」
「ああ、そうだな。こういう仕事はありがたいな。だからこそ、無駄にはできない」
 若い男たちが、そんなことを言いながら、道を歩く。3人とも、実力のあるトレーナーである。
  時刻は夕方。しかし、隊員たちは焦らない。夕飯をのんびりとってから、任務に取り掛かる。
「しかし、土居さん。こんなのんびりしてていいんですか?」
 しかし、土居隊員は、大丈夫だよと言って、コーヒーを口に運んだ。土居隊員は、国立大学の農学部を卒業し、そのあと大学院に2年間いたかなりの高学歴隊員である。ちなみに実家が農家なので、自然に関する知識も豊かだ。そのため、同年代の隊員からの信頼も厚い。
「夜討ち朝駆けは、狩りのイロハのイだから」
「無駄に抵抗されると面倒というわけか?」
「うん、そう。陽も落ちたし、そろそろ行こうか」
 しばらく歩いて、現場に到着する。周りは住宅街なのだが、この一角だけ、ぽっかりと空き地になっている。隅に樹が植えられている。もともと、生えていたものなのか、それとも、前の住人が植えたものが、そのまま残されているのかは分からなかったが、とにかく目立つ。
「と、いうわけだ。ヘルガー。本当にいるかどうか確かめてこい」
「気付かれて、刺されたらどうすんだよ」
「その時は、応戦するしかないな。でもそれは避けたい。それに、お前なら刺されても死なないと思うがな」
「ちっ、もうちょっと大切にしてくれても……」
 土居隊員は相棒のヘルガーに、探りに行かせる。鼻が利くので、こういう時は使える。幸い、標的はおり、気付かれてはいない様子。そして、次の作業に移る。
「害虫駆除の道具を用意してきたからな、これに火をつける。というわけだ、やってこい」
「オレは、ライターかよ」
「成功報酬が入ったら、うまいもん食わせてやるから」
「へいへい」
 ブツブツ文句を言いながらも、言われた通りにする。道具に火がつくと、モクモクと煙が上がり、やがて、樹木全体を覆うまでになった。
「よしよし、よくやった。15分もすれば効果が出る。風があると面倒なんだけど、今日は風がないからよかったな」
 煙で燻して気絶させるというわけだ。別に、試合ではないのだから、まわりに被害が出なければどのような手段を使ってもよい。任務達成において闇討ちは忌み嫌うべきではない。被害が出ないことと、面倒さがないことを考えると効率が良いというのが、土居隊員の考え方だった。もっとも、相手が夜行性の場合は、この方法は使えないので、別の作戦を考えなければならない。
 そして、時間が経ち、現場に戻ると、スピアーが3匹、木の下に落ちていた。一瞬やられたフリをしているのではないかとも思ったのだが、
「おーい、もしもーし、あ……。大丈夫だ、気絶してやがる」
 ヘルガーが気絶していることを確かめ、これで、最低限の任務は終了だ。後は、成功報酬を得るための作業である。駆除するだけの場合は成功報酬はないので、この仕事は割がいい。
「えーと、依頼主は『月島商店』? ここって……」
「佃煮屋さんですね、ウチの近所です」
「あ、そう。ふーん」
 まあ、とにかく運べばいいのだから、さっさと任務を終わらせる。
 そして、例の商店に到着。店主が中から出てきて、3人を労った。
「いや-、お疲れ様です。助かりますよ。ではこちらに運んでください」
 店の中に通されると、大きな水槽があり、この中に入れてくれという。水槽には液体がたまっていたが、どうも水ではなさそうだった。
「……なんか、酒臭ぇな……」
「焼酎だな、これ」
 店主曰く、しばらく焼酎につけて毒抜きをするのだという。で、その後、針を落としてから、佃煮にするとのこと。見た目はグロテスクだが、滋養強壮にはいい食材なのだという。
 焼酎漬けにされて死ぬなんて、碌な死に方ではないが、これも因果応報というやつだろう。帰り道、隊員たちも
「嫌な死に方ですね」
 と、言っていた。
「まあ、でも『命を頂く』ってそういうことだし……」
 土居隊員は、そう言ったが「じゃあ、例の佃煮が出されたら、どうします?」という問いには「ちょっと御免蒙ると」答えていた。

 と、このように、社会の秩序が保たれているのである。相手が人間であっても同じだ。警笛が鳴ったら、最後。近くの警察署に出頭して、罰金を納付しなければならない。当然罪が重ければ、罰金では済まされず、禁固刑や懲役ということもありうる。最初は、威嚇するだけだったが、だんだんと効果が薄れていったため、監視カメラと組み合わせて、罰則を伴うものに変わっていたのである。ちなみに、あくまでしらを切って警察署にやってこないのもいるだろうが、ちゃんと自宅に出頭命令がくる。それでも出頭しなければ身柄を拘束されるというわけだ。逃げようったってそうはさせない。
 導入後、どんどん監視の度合いを強めていったが、意外にも反対意見ばかりではなく、賛成意見も多い。というのも、被害者はもちろんのこと、冤罪で警察に捕まるという事例も減ったからだ。ちゃんと監視されているということは、言い変えるならば、記録が残っているということであり、疑いが書けられても、映像を調べれば無実が証明されるということもあったからだ。

 所変わって、ここは知る人ぞ知るバー。
「しかしまぁ、気が付けば、あっちもカメラこっちもカメラで落ち着かなくなってしまいましたね」
「そうかな? 悪いことをしていなければ恐れることはないんじゃないの」
 マスターと、常連客の会話だ。常連客の方は仕事が順調で、忙しいが給料もいいとのこと。
「そういえば、最近、儲かっているそうでうらやましい限りですな」
「まあ、それなりに、ね?」
「何か、こう、儲かるコツがあるのですか?」
「コツって言われてもねぇ。普通に仕事しているだけだし」
「またまた~、じゃあヒントだけでも」
「いやね、自分の仕事は電気製品の修理なんだ、この超監視社会でしょう? カメラやら、警笛の修理やメンテナンスの依頼が多くてね、本当に人手不足なんだ。で、それを解消するために多少、勿体をつけるんだけど、それでも仕事がたくさんやってくるんだ。我々にとっては、良い世の中になったもんだよ。都市部だけじゃなくて、地方にももっともっと普及してくれるといいな」
「そういうことでしたか、ところで最近、珍味を仕入れましてね、どうです、サービスしますよ?」
「ふーん、珍味ねぇ……」
 やがて、マスターが大皿をもって、現れた。何やらグロテスクな物体が乗っかっている。
「な、何それ?」
「『ストライクの佃煮』です。ちゃんと刃物は落としてありますんでご安心を」
「……」

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