ポケモン小説wiki
裏切らないで の変更点


#include(第二回仮面小説大会情報窓・非エロ部門,notitle)

私の求めていたものについて考えてみる。
誰かの愛が欲しかった。
――でもそれは、エロスではない。何かほかの、打算の無い見返りを求めない愛。それでいて、相手に負担をかけなければ尚更いい。
君は、人間とは違って打算を必要としなかった。
君は、人間とは違って思いっきり甘えても迷惑そうな顔一つ見せなかった。
君は、私が罵倒も遠慮もしないでいられる唯一の相手になった。
君は、私を少しも疎ましいと思わなかったはず。
だから、最後は君の事を考えながら死ぬことにするね。

***裏切らないで&br; [#v6d7d696]

 

――死のうと思っていた。
そう思って、わざわざ樹海を訪れたというのに、運命の悪戯とは頂けない。
影が縫うように自分の横を通り過ぎたかと思うと、私を木の枝と繋いでいた荒縄はスッパリと斜めに切れた。
そのまま地面に落ちて、足を挫いて動けない私を、チョーカーを付けたジュカインが、木の幹にもたれ掛けさせてくれる。
ジュカインは肩を掴んで、ズイと顔を近づけた。
――いや、チョーカーじゃない。ドッグタグだ……二つある。
チョーカーというにはあまりにも粗末な紐に薄い金属板が通されている。『森』と、書いて『リン』と&ruby(ルビ){ふりがな};が振ってある。
住所は、コガネシティ。今はきっと関係の無い情報だ。
「リン…って言うのね?」
聞いてみたけれど、どうでもよかった。けれど、追い払わないとおちおち死ぬことも出来そうにない。
パチパチと目を&ruby(しばた){瞬};いて、ジュカインは息を吸う。
「…………」
そのまましばらく、私の目を見たまま肩をぐっと掴むだけ。
「あぁ……」
ようやく、一言だけ発して、リンは大樹から伸びる苔むした根の上に座る。
――言葉を操るとか、ドックタグを付けているとか、この子は人に飼われていたジュカインなんだ。
リンから安心したような溜め息が漏れた。
「馬鹿な事を考えるんじゃない……」
「馬鹿だもの」
――そうじゃなきゃ、自殺なんて考えるはずもない。
バチン――平手打ちを食らった。
「叩けば治るか?」
「治らないよ」
痛いけれど、涙は出ない。
――こんなの、薬の副作用に比べれば。
「……来い」
髪を掴まれて無理やり立たされた私は、足を怪我している事が一目でわかる立ち姿をする。
リンはそれに気が付いたのか、そのままお姫様抱っこのような形で私を拉致した。
抵抗しても、疲れるだけであろうし為されるがまま。
――リンが野性だったら、躊躇なく私を食べてくれただろうに。
「ねぇ、私の肉はそんなにまずそうかしら? それとも、巣に持ち帰って食べるの」
「お前は……」
苦虫をかみつぶしたようなひどい顔。歯を食いしばったリンは、予想以上に不細工な顔をしていた。
「何を言っているんだ? どうして死にたがるんだ?」
「……分からなくっていいのよ。誰にもわかって欲しくないから、遺書も書かずにこんなところで死ぬんだから」
無言で歩き始めた。何を考えているのかは窺い知れない。
そのうち、足取りは歩きではなく枝から枝へと器用に飛び移る、ジュカインらしい足取りになる。
ジャンプするたびに全身を叩く衝撃は耐え難いもので、肺を圧迫されるたびに私は咳が出そうになる。
――普段でさえこらえきれないのに。
酷使された肺は、ついに痙攣しだした。咳をしてしまうのは苦しいけれど、咳をしないでいるのも耐えられない。
――また、地獄のような時間が始まる。
「おい、大丈夫か?」
一回や二回の咳には反応しようともしなかった。だけれど、何回も何回もずっと止まらないと、以上であることに気が付いたらしく
「これで大丈夫なら、医者はあんたの脳に必要だわ……ガフッ」
さっき以上の心配を向けてくれたリンに、それでも私は憎まれ口をたたいた。
「そうかもな……」
憎まれ口を叩くために咳を強引に止めようとすると、肺が酷く痙攣した。たまらず再開した咳は一時的だけれどさっきより酷い。
――やるんじゃなかった。
でも、リンは冷めた瞳で前を見るだけ。溜め息をつくと、私の方を見もせずに再び歩きへとシフトした。
相変わらず咳は止まらなかったけれど、歩みを止めたところで咳が止まるとは思っていないらしい。私の咳なんて無視してリンは歩く。
――こいつ、冷静にも程があるわよ
「着いたぞ」
無造作に降ろされたそこには、リンの手でよく手入れされているらしく高い木々が生えていない。いわゆるギャップが形成されている。
まず最初に目についたのは、首から上の無い人間の白骨死体が横たわっていること。
あとは、倒木に穴を開けて作った木の実の保管庫があるくらい。縄張りの主張のためなのか、真っ白な尿が所々にかけられている。
荷物はすべてボロボロの上に女モノでも男モノでもない。靴のサイズやサニタリー用品らしき物の残骸があるおかげでようやく女だとわかるくらい。
何が起こったのかは知らない。彼の物らしきボールもあるけれど、すでに朽ち果てていて機能していないだろう。
「何も質問はないか……」
リンは、足を挫いて動こうとしない私に尋ねるでもなく、独り言を聞えよがしに言っただけ。
まだ乾いた咳は出ていたけれど、それでもさっきまでに比べれば幾分かましだ。質問しようと思えばできただろう。
――でも、聞いたところでそれを役立てようとは思わない。
維持を張る私を無視して、リンは木の枝を蔦で編んで作ったかごの様なものを取り出す。
明らかにお手製のそれは、恐らく自分で作ったものだろう。使いこまれていて赤黒くない部分が見つからない。
どうやら人間の元で、色々学んだらしい。
「生肉を持ってくる。足を挫いた時はそれを患部に巻くといいらしい」
リンが振り返る。
「それまで好きにしていろ」
今度は、振り返らずに樹海の何処かへ消えていった。
――なんだってのよ。勝手に助けて、恩でも売っているつもり?
ふと、私のポシェットにしたためられたナイフが気になった。
ハブネークに噛まれでもしたら、地獄のような苦しみを味わって死ぬことになると言う。
もしそうなったら予定とは違うけれど――なんて気持ちで持ってきたけれど――
なぜか、使う気にはならなかった。
死ぬのとりあえずやめたけれど、やる事がないと暇だ。好きにしていろと言われたので、白骨死体を調べてみる。
四つん這いになっての移動は脚がいたんだけれど、距離は長くない。
その死体にもリンと同じようにドッグタグが付いていた。タグの枚数は一つ、首から上がないのは恐らく……届けたのだろう。
&ruby(みう){美羽};と書かれた金属板は、リンに付けられたものよりも遥かに錆びついていた。
まだ未使用と思われるボールが――といってももう使えないだろうけれど――あることから、この森にはポケモンをゲットするために訪れただけなのか。
とりあえず、自殺ではないだろう。
骨には損傷が見られないから、ハブネークにでも噛みつかれたのか、それとも毒キノコにでも当たったのか。
ジョウトから遠く離れたこのサイユウの地で朽ち果てるとは――運がない。
あんなにお節介焼きのジュカインを育てられるほどよく出来た飼い主だって言うのに。
「そういう意味では、私達同類ね」
もう答えの返ってこない白骨死体に向かって、私はそんな独り言をつぶやいた。
もちろん返事が返ってくることは期待していないけれど――返事が返ってくるなら、もう黄泉の世界に片足を踏み入れているという事。
それはそれで――幸先がいいわ。
当然、答えは返ってこなかったのだけれど。

――夜

咳が治まっていて、ぼんやりと何も見つめていないでいると、リンが帰ってきた。
「……コドラの肉だ」
ポタポタと滴り落ちる血糊から、特有の轍臭いにおいが漂う。
轍臭さは鋼タイプだから尚更なのかもしれない。
コドラは甲殻が重すぎるから、こうしてカゴで持ってくるのだろう。
そのために解体までやってのけた血塗れのリンは、造作もないといったふうに涼しげな顔をしている。
「足を出せ」
「…………」
「手間をかけさせるな」
乱暴に靴下と靴を脱がされる
何処から調達してきたのか、リンは細くやわらかな蔦を持ち出して生肉を巻き始めた。
血なまぐさくて嗚咽が漏れる。けれど、冷たくなった肉が熱を持った幹部に触れるのは、例えようもなく気持ちよくて――
痛みと疲れが同時に消えていくようだった。
――ありがとう
なんて、当たり前の言葉が私の口からは出なかった。出したいのに――
蔦の結び目は適当だった。動けばすぐにでも落ちてしまいそうな。
「どうせ、ここから動きやしないだろ?」
だからそれで十分…か。
――私をなんだと思ってやがるんだ。
でも、間違っていないから反論できなかった――どうせ、痛くて動けやしないんだし。
「余りだ。腹減ったら食え」
リンは勝手だった。勝手に親切を売って、何の見返りも求めない。
そんな風に、私をいたたまれない気持ちにして生かそうと言うの? 
「生じゃ食えないか」
また、疑問ではなく状況を確認するような口調――リンは私と、まともに会話をする気はない――
というよりは、私にはまともに会話をしてもらえないとわかっているようだ。
穴のあいた木の幹にガサゴソと手を突っ込み、リンは小さな木の実を取り出す。
赤い木の実――クラボの実だ。木の実を握りつぶすと、そこから炎が漏れ出る。恐らくは、自然の恵み。
器用にそれで火をつけ、在り合わせの薪をくべる。パチパチと火の爆ぜる音を見守りながら、リンは木の柄場に突き刺した肉を焼く。
――まるで原始人の料理ね。
自分のために、慣れない料理(の様なもの)をしてくれている相手に、私の態度は失礼かもしれない。
――でも、あいつが勝手にやっている事なんだから。
そう思おうとした。でも、自分の気持ちがどんどんいたたまれなくなっていくのを感じて、私の気分は自殺したい気分とはまた違った沈み方をしている。
肉汁が滴る。塩も胡椒も何もないけれど、肉そのものの匂いが私の食欲を喚起させる。
食べたい――死のうと思ってここに来たのに、なんと情けない。
けれど、お腹が空いてしまったからそう思う事しか出来ない。
――そして、それ以上の問題として……
どうやって話しかければいいの?
『ありがとう』? 『よこせ』? 『頂戴』?
どれも、駄目だ。私は、こんな簡単な事も出来ない。
ついに、リンの手から私に差し出された。私は目を逸らし、それを手に取ることはしなかった。
リンは、肉を焼くのに使った木の枝を地面にたて、私の目をじっと見られる。体育座りのような態勢で微動だにせず。
元々、草タイプであるだけでなく変温動物であるジュカインは活発に動くよりもじっとしている方が多いポケモンだ。
こうして、見つめ続ける事なんて人間の私たちからすれば信じられないほどの時間だって続けられるはず。恐らく一日中だって。
卑怯だ――そう思わずにはいられない。
何が卑怯って、瞬きも両目を同時に行わずに片目ずつ行いやがる。徹底的に監視してやろうと言う魂胆か。
夜が明ける。リンは綺麗に刈られた木の枝に飛び乗って太陽光を吸収し始めるが、監視する体制は崩さずに見下ろしてくる。
トイレにもいきたくてモジモジしていても、それを分かった上で見下ろす。
燃え盛っていた焚き火なんてとっくのとうに消えてしまったし、肉ももうすっかり冷めている――もう、何と言って彼の好意を受け取ればいいのか分からない。
唸り続ける私の腹には逆らいきれず、私は無言で焼かれた肉をとった。
枝の上でバランスをとっていた尻尾をぶんっと振り上げ、リンが軽やかに地面へ降り立つ。
「喰うのか?」
それ以上の事は訪ねてこない。『いただきますはどうした?』とか、『温めなおそうか?』とか、気遣いも説教も皆無だ。
「蟻が……」
肉を焼くために使った木の枝にたどり着く寸前だった。
「………………」
リンは何も言わない。
「そう言えば、人間は虫が湧いたくらいで喰うきが失せるのだったな。俺にとっちゃ薬味のようなものだが……だが、全部虫に食われるのは癪だ」
リンは自分の後方にある内臓を心配して既に虫が湧くそれを手に取っただけで、それ以上の事はしない。
「脚につけている肉も、そのうち蟻が湧く。その前に移動するか、食べておけ」
私の方を見もせずに、リンは日向ぼっこを再開した。
いくらポケモンとは言え、みられていては恥ずかしくて出来なかった排泄もようやく行えた。
それからの私はというと、監視されている間全く眠っていなかったから、ようやくウトウトしてきた――今も監視されているのは変わらないのだけれど。
眠ってしまいたかった、眠ろうとしても湧きあがる虫がそれを許してはくれない。
秋とは言え、まだまだ蚊は多い。蚊よけ薬を持って来なかったら自殺するよりの先にそっちが原因で死んでいたかも知れない。
虫ポケモンが苦手な人は多いけれど、小さくてわらわらたかってくるこいつらの方がよっぽど性質が悪い。
曖昧な眠りの中、乾いた咳が小さく漏れ続ける。それでもがんばってなんとか目を閉じて眠ろうとしてみた。
咳は、それほど強くなかったけれど、やっぱり眠りを妨害する。虫も合わさって眠れない。
リンは時折日向ぼっこの位置を変えるだけで、私がどれだけ咳をしようとも動いてすらくれない。

深夜

ようやく眠って、起きた時はリンが隣で寄り添っていた。寝息を立てないで眠っているリンは、見た目に反して冷たくはない。
足に縛り付けられていた生肉はなくなっている。食べられたのか……
触れ合う部分が熱を閉じ込めあっているのだろう、気絶するように眠ったせいで腕を絡められていたのにも気が付かず、私は眠っていたようだ。
拒絶する事も出来たのに、そうしようとは思わなかった。
「起きたか」
目をつむったまま、腹話術じみた口の動きで実況するリンに、私は何も答えられなかった――
それでもって、堪えられない。
声は出さなかったけれど、漏れ出した鼻水をすする音までは隠しきれず、泣いている事は絶対にばれていただろう。
「何のつもりよ?」
「人間は暖かいから」
答えはすぐに帰ってきた。
「だから何?」
「キモリは…その進化形も、夜になると集まって眠るんだよ。寒いからな」
それ以上でもそれ以下でもないとばかりに、そこから先は何も言わなかった。
質問すれば答えたかもしれないけれど、こいつは会話を続ける気がない。
私も話す気はないのだけれど――とは、分かっていても認めたくなかったが。
それどころかこいつは、話したい事があるのはお前の方だろう、とばかりに私を見る。
監視の目は、ずっと止まない。暇なポケモンだ。
というか、いくら動いていないと言っても腹は減るわけで、口にしたのは朝に食べた肉と粉薬のみ。
もちろん、腹の足しになったのは肉だけだ。飲み水ももうほとんど尽きた。
すぐそばに木の実があるけれど、腐っていないものも例外なく痛んでいるし虫が湧いているから食べる気になれない。
――リンにとっては許容範囲のようだけれど、私は……
だけど、食料をとってきてなんて、今更言えるわけもない。退屈しのぎ出来るものだって何も持って来なかったんだ。
「なんで……」
リンは表情を変えない。
「どうして世話を焼くの?」
「防寒具代わりにしたいから…で不満なら、他の理由も言うが?」
他人に興味なんてわかないと思ったのに、私は馬鹿みたいだ――防寒具代わりなんて理由じゃ不満だなんて。
「聞かせてよ」
リンは満足そうに鼻で笑った。手のうちで踊らされているようで、悔しい。
「見ての通り主人は死んでいる」
首の無い白骨死体を指さして、リンはそう言った。
「首から上は、ドッグタグと一緒に最寄りのポケモンセンターに届けた……職員は、面食らっていたけれどな」
やっぱり――とは思ったけれど、それは口には出さなかった。
「何で死んだかって言うと、多分グラエナの引っかき傷が化膿して、高熱出して……そのまま、な。下手に動かすよりも安静にした方が良いと思っていたけれど、やばいって思った時にはもう手遅れで……。お前みたいに人間一人で来られる距離までは街まで近づけたけれど、そこまでで事切れた。
 ポケセンの職員の好意に甘えれば、2~3日も待たずに主人の実家に帰れただろうけれど、家族には顔向けできなかった。他の手持ちは、皆散って行ったよ……ギャロップも、ペラップも。
 ここでこうしているのは……まぁ、償いの様なものでもあるし、いなきゃいけないような気がするんだ。未練の様なものでもあるんだろうな……死人の未練なのか、俺の未練なのかは分からないけれど。
 それから先は、叩きこまれた戦いの技術を生かして狩猟生活さ……隠密な行動の仕方もやって行くうちに覚えた。寒い日には、クラボの実で火を焚く事も覚えた。死体を運ぶカゴの作り方も覚えた。
 とりあえず、そんな生活をしている時にお前が来た……主人が死んでから、三年位だ。
 俺はね――」
ふと、リンは白骨死体を見据える――酷く悲しげに俯いたまま。
「面倒だった。熱を出した御主人をポケモンセンターまで連れて行くのがな。だから、ゴネた……ちょっとした引っかき傷なんだから安静にしておいた方が良いって。そして、後悔した。最初から御主人をポケモンセンターへ運んでおけば死ななかった……いや、死ぬにしても後悔しないで済んでよかったって。他にも御主人の事もっと世話を焼きたかったな……って。
 だから、楽な人間の暮らしに順応しないのは償いなのかな……っつうか、多分自己満足だ。俺がお前を助けたところで何も変わらなくっても俺はいいから……あぁ、変わらないってのは主人が死んだ現状がな?
 とりあえず人間の世話を焼きたかった。死にそうなお前を俺の住処まで運んだ。飢え死にされる前に食料を与えた。捻挫の治療……応急処置をしてやった。寂しさを紛らわした……いや、紛らわせてやれた」
大して、疲れるほど長い語りではなかったけれど、どんどんと舌がもつれて最後は噛み噛みだった。
溜め息を一つ。かろうじて私を視界の端にとらえていたリンの視線は、今完全に前を向いたまま主人の死体だけを見ている。
「そんなこと必要なかった……なんてお決まりなセリフだけはよしてくれよ? 俺に強姦されて、生きたまま内臓食われる覚悟ならば別だけれど」
リンは長く細く息を吐きながら、ゆったりと私の方を向く。おまけの私の顔面を掴んで、目を逸らすことも許しちゃくれない。
「だって、あんたにゃ…世話してくれる奴が必要に見えたんだからなぁ……」
リンは顔の向きを固定させたまま、解放してくれなかった。
何が何でも、私に何か言わせないと気が済まないらしい。
意地悪――なんて、呑気な罵りしか浮かばない。そんなの、見方によっては褒め言葉になってしまうのに。
「それでも私は……死にたかった」
「だから、お前にはお世話係が必要に見えたんだよ。諦めろ」
身も蓋もない事。まるで小学生のように、後付けの理由を作りだした。
でも――そう言ってくれるリンの存在が嬉しくって――堪らず泣きだしたくなる。
やっとのことでリンが私を抱く手から解放されて、最初にした事と言えば蹲って泣きわめくことだった。
でも、それで喉が何度も引き攣ったのがいけなかった。

 

 

 

 


「ウ、ゲホッ。ゲホッ」
また、咳が止まらない。しかもこの感じは悪い発作だった。泣いても、吐いても止まらない咳。恐らくは血を見ることになる。
堪らず四つん這いになった私をリンは何も言わず背中をさすり介抱してくれるが、そんなものじゃ何の意味も無さない。
痰の絡まない咳が、胸を急かすように動かし続け、数分か数時間かも分からないけれど、咳が続く。
苦しくって、涙が出る。
絶え間なく動く横隔膜が胃袋を揉み解して吐き気を催す。
もう、何も入っていない胃袋から酸味のある液体が漏れる。それでも、咳が止まってくれない。
ようやく止まった時には意識が朦朧としていた。
焦点も何も合わないまま、私は覗きこむ緑の顔を見送って気絶した。



血を吐くような発作が出た時は、病院へ行って強い薬を飲まなきゃいけない。そうしなければ命の保証はないから。
けれど、そんな病院はこの樹海にあるわけがない。そもそも、強い薬は副作用も強い。
全身を虫が這いまわるような違和感がして、点滴の最中暴れ出してしまわないように拘束されるほどだ。
そんなの嫌だ――あんな薬はもう嫌だ。
生きたい――という当然の感情もその苦痛の前には希薄になってしまうほど、嫌な薬だった。
「それでも、支えてくれたのに……」
虚ろな意識が紡ぐ&ruby(うわごと){囈};。私は樹海という現実と一緒に、薬の投与の前後、面会謝絶の病室の悪夢を、曖昧に見ていた。
多分、彼のように支えてくれる人がいなければ、私はもっと前に自殺していただろう――チリチリと微かな音を立てる蛍光灯に見つめられて、その隣に夢見た影があった。夢の意識が希薄になり、徐々に景色は緑へ変わり、音は風に煽がれて鳴き声を上げる梢にかわる。
夢の世界が消える刹那、ベッドの隣に想像したのはなぜかリンだった。

目覚める。
生憎リンはいなかったけれど、私の左手のすぐそばに、どうやって外したのかジュカインの背に付いた種が一つ置いてあった。
機能さんざん私を苦しめた咳は乾いた咳。だからって、涙や鼻水は垂れ流しだったし胃液まで吐いてしまったから、喉は吐きだす唾も出ないほどカラカラだった。水っけのない種をその状態で食べるのは拷問に等しい苦痛で、何度もむせかえりそうになったけれど、腹が減っていた私は夢中でかぶりついた。
さらに喉が渇いた私は、リンを待ち焦がれる想いで時間を過ごした。
水筒がないのだから、恐らくは水を汲みに行ったのだろうと思いたかった。
「なんだ、起きていたのか」
リンはそっけなく言って、水筒を投げ出し木の上に飛び乗った。
「そうだ、煮沸できない水筒だから消毒はしていないぞ。火は俺が点けるから、ご主人の使っていた鍋を使って消毒しろよ。でないと、腹を壊しても知らないからな」
最後にそう言ったっきり、眠るように日向ぼっこに戻っていく。
ジュカインは本当に何日も何も食べなくっても生きていられるらしく、じっと日光を浴びている時間はいつもの俊敏な動きが嘘のよう。
まだ食べかけの種と水で飢えをしのぐ私は、少し惨めだった。

二日後

おとといから、悪い発作が何度も起きている。吐く血の量は少量だったけれど、咳のしすぎで頭痛がするし目もかすんでくる。
リンは、「長くはないな」と冷静に言い放つだけで、それ以上は何もしようとしない。
御主人を助けられなかったから後悔したけれど、私はただの他人だから……?
――なぜか、悔しい気がした。
小さなポケモンを狩ってきては、私の足に生肉を巻いてくれたり焼肉をふるまってはくれるけれど、それ以上の事は何もしない。
私が何か頼むのを待っているのだろうか?
分からないけれど、私は一緒にいて欲しかった。
「ねぇ……」
すぐ近くにいるのならば、この声だけで気が付いてくれただろうけれど、憔悴した私の声では高い木の枝との距離を埋める力はなかった。
私は、這いつくばってリュックサックを漁り、電源を切っていた携帯電話を起動して目覚ましの音をばら撒いた。
――きっと聞こえるはずよね。
たったこれだけの作業なのに、私はひと仕事を終えたように首を背後の大樹に預ける。
「どうした?」
案の定、リンは私の元に駆けつけて、顔を覗き込む。
「隣にいて」
私の弱々しく頼りない声が、素直な気持ちをリンに伝えた。
「わかった」
その私よりも小さな声で、照れくさそうなリンが私の隣へ座る。
私から力なく絡ませようとした腕は、先ほどとは逆に力強く抱き返される。
そのまま金縛りにあったように目を閉じて動かないリンは、息遣いも鼓動も恐ろしく静かだけれど――時折ピクリと動く自分じゃない何かが嬉しかった。
ケホッ

「私ね……」
リンは、目を開けた。聞き返す事もしなければ、こちらを振り向く事もしなかったけれど、それだけで聞いてもらえるという実感が嬉しかった。
「小さい頃から性的な事も含めて虐待を受けて、中学生の時死にかけた……その時、病院と警察にお世話になって……弟共々親元には戻されず施設に暮らすようになって……」
一方的に話してきた。ずいぶん端折って話したせいであまり理解できていないかも――でも、酷い半生だってことは分かってもらえたはず。
「高校の時、私は病気が発覚した……血を吐いて倒れてね。余命も宣告されたわ……十年だって。あくまで安静にしていればの話だけれどね。
 それから後は……残り短い人生だから、男の人に愛されたかったのかなぁ……何度か、恋しようとして二度も騙されて裏切られたの。
 それでも、最後に付き合った人は私の体の事を知っていてなお私を愛すると誓ってくれた人だったんだ。けれど、ね…私は不器用で、疑い深くて、我儘なほど愛情に飢えていて、それで不安で、それで付きまとって、それで嫌がられて……それで付き合いきれなかったんだろうね。私が逆恨みしてその人に暴言を吐いたら、その人も『あぁ、そうだな。お前なんかより今の彼女の方が素敵だ』なんて言ってきやがった。
 その時……男って、皆不潔だと思った……それで、今ここにいるの」
ケホッケホッ。リンは心配そうに手を握ってくれたけれど――多分大丈夫。発作というほど強い咳ではなさそうだ。
深呼吸をして落ち着こう――泣きたい気分になると咳が出るなんて――困る。
――こんなに泣きたい気分なのに、泣けないじゃない。
「でも、私もこうやって落ち着いてみるとね~……少し、悪かったと思う。私が『私と別れて他の女と遊べば!?』なんて言ったから彼もついカッとなって『今の彼女』なんて言っただけかもしれないし、私は他にもお見舞いに来てくれた彼に酷い事を言ったりもした。それだけじゃなくって……私は構ってもらうために何度も嘘をついた事もあるのに、もしかしたら彼だってそうだったかも知れないし……。
 それなのに、私だけ彼を許すことなくこんなところで死のうとしている……」

そこから先の言葉が、私には浮かばない。そもそも、こんな取りとめのない言葉、リンに何が伝わっただろう?
多分、ただ愚痴りたかっただけなのよね……
「嘘をついたって、どんな?」
リンがあきれ顔で私に聞いた。
「『来てくれなきゃ死んじゃう』って言って呼び出したり、二人きりの時『苦しい、助けて』なんて仮病を使ったり……」
リンが大きくため息をついた
「今の話……半分以上理解できているか不安だけれど。とりあえず、何回も男に対してひどい目にあっていて、命もあとどれくらい持つか分からなくって……愛を求めた。
 だけれどお前は愛というのを対象のわがままに付き合うことだと勘違いしているんじゃないのか? 愛しているという言葉の度合いが自分は高望みしていることにも気付かず、恋人に対して求めすぎたってなぁ」
――うん、それで合っているよ。っていうか、私の言った事を話した以上に理解しているじゃない……
私は――リンの問いかけに頷いた。
「馬鹿だなお前は。余りに長い事乳離れしない子は叱るのが親の愛だ。我儘に答える事が愛? 例えば永遠に親に狩りをしてもらう事が親の愛か、ふざけるなって話だ。そんなことが許されるのは女王だけだよ…一般市民」
「……容赦なく説教するね」
「自分からそれを望んだ癖に文句を言うな」
「望んだ……ねぇ。そう、なのかな……?」
「当てずっぽうだ。俺に真顔でそう言われたから、そう思ってしまっただけだろうな」
リンは満足そうに言って少し笑った。
私はそんな仕草に安堵を覚えつつもどこか不安だった。
「愛されているかどうか不安って感じたのはね……その突き放した恋人とも結局性交渉はあったからなのよ。だから、男って女とはセックスがないと付き合えないのかなぁ……って感じで、だから不潔だとか思う気持ちもあったんだと思う」
「別に、人間だろうとポケモンだろうとなんだろうとそれは本能だろ?」
「そうだけれど……打算なしで私に接してくれたのって、弟と貴方だけだったから。まさかあなた、実は女だとか不感症ってことはないわよね?」
「男だぞ…一応、この二年の間に樹海で番いを七匹見つけた。強いものでね、相手には事欠かないんだ。今となっては全員顔も満足に思い出せないがな……って、おい」
私はリンの股間にあるスリットの付近を触れてみた。
「やめろって言っても無駄そうだな……」
すごく恥ずかしそうに、顔を逸らそうか逸らすまいか悩んでモジモジと震えている。
なんだか可愛い。
しばらくそうやっていると、見事にスリットからはみ出した。なんだ、きちんと雄は機能するんじゃない。
「……清潔な男もいるのね」
「人間に性的な興味が湧かないだけだ。お前が繁殖期のジュカインだったら分からんぞ。俺が清潔かどうか試したかったら、せめてポケモンに生まれ変わって来い。それと、今度やったら殴るからな」
興味がないという言葉が真実であることを示すように、アレは刺激を与えなかったらそれ以上は大きくならず、スリットの中へと引っ込んでいった。
――ホントに、私に何の見返りも考えていないのね。
「で、お前はどうしたいの?」
「別に……いつまでも一緒にてくれる誰かが欲しかった。打算なしで私と付き合ってくれる人……弟以外で」
「俺、か」
「うん」
「繁殖期は雌を探しに出かけるぞ?」
「多分それまでには死んでいる」
「そうか……病院に戻らなくっていいのか?」
「いいの。しばらくでいいから、食料と水をとって来る時以外はずっと一緒にいて……」
「了解しました、ご主人様」
私は、リンの脚の間に挟まれながら彼の胸に背中を預ける。
乾いた咳が出ても、辛いけれど怖くはなかった。
君がいてくれたから――君がそばにいるから――だから、私を裏切らないでね。

翌日

携帯電話がソーラー発電なのが良かった。まるっきり時間を気にしないというわけではないけれど、結構長い文章が打ちこめる。
リンは頼めば充電のために、携帯電話と一緒に日向ぼっこをしてくれた。
文字を売っている最中は隣から覗けないようホログラムになっているけれど、リンはそれを無理に見ようとはしなかった。
発作は、頻度も長さも日ごとに悪くなっていく。明後日で携帯用の薬も尽きるから、明々後日からは地獄だろう。
死ぬ準備が、着々と進んでいるのに――私の心は穏やかだった。
文章を書き終えると、やり終えた気がした。
薬が切れるまでの三日間は、そうやって過ごした。

三日後

ケホッ今日は咳が止まらない。何度も血を吐いて、それでもう私は長くないと悟る事が出来た。
「ねぇ、お願いがあるの……」
「改まって、なんだ? 俺が出来る範囲なら、やってやらんでもないが……」
まだ、咳が出そうな気配はない。
「私が、この携帯電話を手放したら……これを街に届けてほしいな。このメモに書いてある通り、メモリースティックの中に色々大切なものを入れておいたから……出来る?」
「やれと言うのなら……」
「それともう一つなんだけれど……もし、私の死体を見つけたら……食べちゃってくれない?」
私は冗談でも何でもなく、そうやって弔って欲しいと思っていた。
――彼と、一緒になりたい。
――そのわがままのなれの果てが、この答え。――馬鹿みたいに猟奇的で病的な思考だ。
「……愛した者を喰う趣味は…ない。悪趣味な奴だな」
「一緒にいてくれるって約束したでしょう? 食べてもらえば一生一緒だ。それに、数日狩りしなくって済むよ?」
リンはしばらく考えた。
「あるいは、それがお前の幸せならば……いや、やっぱり無理だ」
「……あかの他人ならば、躊躇いなく食べちゃう癖に……」
「悪かったな」
互いに、憎まれ口を叩き合っているけれど、全く不快じゃない。打算なしで付き合っている……と思えるだけで、何だか楽になれる。
だって、弟だって世間体ってものがあるでしょう――心の中じゃ、早く死んでくれと思っていたかもしれない。
――もちろん、『早く死んでくれ』なんて多少なりとも――誰にでも――芽生えるであろう感情だから――自分でさえ。弟がそう思っていても、それは責めることじゃない。むしろ、それでも会いに来てくれることに感謝するべきだった。
けれど、私は弟に対して負い目があった。恋人に対しても負い目があった。きっと、それも手伝ってイライラしていた。苦しくって、辛くって、退屈で、死にたいと思っていた。やりたい事があって、やり残したことがあって、ありがとうも言えなかった人がたくさんいて、死にたくないとも思った。そんな大きな矛盾を孕んだ状況で、おかしくならない奴はまともじゃない。
そんな私を正常に戻してくれる人は、まともな人間じゃ無理だったんだ――この、絶望的に暇を持て余した世捨て人みたいなジュカインなら、それが出来た。
打算がないから――嫌味なんて感じない
時間をもてあましているから――負い目なんて感じない
優しいから――嬉しい。
「無理でもいい……」
ゲホッ
「約束して」
ゲホッ
私は、その優しさに思いっきり甘えてみたかった――多分、生まれて初めてのことだったと思う。
誰に対しても遠慮して――距離を置いて生きてきた。母親に安心して胸をうずめる事も出来なかったから――弟の前ではお姉さんでないといけなかったから――こうして甘えられるのは多分――初めて。
ゲホッ
「……分かった」
抱きしめてくれているリンが、言葉と共に微かに頷いた。
「何だか、喉が乾いちゃった」
本当は、そんな喉の渇きだなんてどうでもよかった。
これで死ぬってわけではないかもしれないけれど――もう本当に長くない事は大体分かっている。
「水、汲んでくる」
私を気遣うように、リンは一度振り返ってくれた。そんな当たり前の仕草が嬉しい。
さて、私は私で最後の仕事だ。
私は、残された最後の力で立ちあがる。
リンは、水を汲みに行く時は大体二十分かかる。最初は、普段泥水を啜っていただけに、せめて色だけでも透明な水を――と、川を探すのに戸惑ってもっと長くかかったのだそうだが。
私は、目覚まし時計を十分後にセットして、それを住処から少し離れた木の枝にくくりつけた。
目覚まし時計は、解除するまで十分でも二十分でも鳴るようになっている。住処の近くでなり続けていれば気付かないわけがない。
私は住処に戻り、持ってきた荷物からナイフを取り出した。
呼吸は苦しい。どうせ長くはないけれど――生きている間ずっと咳の苦痛を背負い続けるのだろう。
それならばいっそ、この命は自分でけりをつけようと思う。
もう一つの理由はね、私はリンに辛い思いをさせたくないの。
愛した者を食べる趣味はないって、リンは言ったから……『私が死んだら、私を食べて』ではなく、『私の死体を確認したら、私を食べて』って言ったんだ。
ね? 私の死体を確認しない限り貴方は私を食べなくってもいいの。
――それに私は……喉が渇いたって言っただけだから、別に水を持って来てって頼んだわけではないの。だから、水も届けなくっていい。
痛いのは一瞬。十秒か二十秒か。しかし、苦しむのは何時間も…
もしも苦痛を数値に換算できるならば簡単な掛け算だ。小学生でも出来る。
頸動脈をナイフが貫いた。恐ろしく痛い。

私の求めていたものについて考えてみる。
誰かの愛が欲しかった。
――でもそれは、エロスではない。何かほかの、打算の無い、見返りを求めない愛。それでいて、私が相手に負担をかけなければ尚更いい。
君は、人間とは違って打算を必要としなかった。
君は、人間とは違って思いっきり甘えても迷惑そうな顔一つ見せなかった。
君は、私が罵倒も遠慮もしないでいられる唯一の相手になった。
君は、私を少しも疎ましいと思わなかったはず。
だから、最後は君の事を考えながら死ぬことにするね。
さよなら――私も、愛しているよ――リン

 

鳴り響く携帯電話とメモと僅かばかりのお金が、俺の住処から少し離れたところから見つかった。音は適当にボタンを弄っていたら止まった。
住処の方から血の匂いも漂ってくるけれど、明らかに吐いた血の量ではありえない匂いの濃さだ。
前の主人は、サバイバル用に三本のナイフをリュックに備えていた。
そう言えば名前を最後まで聞かなかったあの女も、包丁やナイフを持っていたとしても不思議ではないし、自殺用のロープだって一つじゃないかもしれない。まぁ、これだけ血の匂いがしたのだから首吊りはないか……
俺の縄張りにだって入ろうとする奴なんていないだろう。
じゃあ、結び付けられる答えは一つだ。
あの女は、俺に約束を果たさせようとしたんだ。
死体を見たら、食べてくれ――か。逆にいえば、死体を見なければ食べなくってもいい。
打算なしで一緒にてくれる人が欲しかったと、あの女は言った――確かに、喰えば一生一緒かもしれない。
でも俺は、そんな事が出来ない臆病者だし、大体一生一緒に居たいとだって思わない。
永遠に変わらない愛なんて、聖人でなければ無理だろうよ。
――でも、約束を果たすのは聖人でなくとも、プライドってもんがあるから守りたいと思う心はある。
「困ったな……あの場所気に入っていたのに」
――プライドと心情……両方を優先するならば、もう住処には戻れそうもない。
こんな独り言を言えば、何か救われると思った――そんなはずはないのに
「しょうがない……携帯電話を届けてやるか」
少し、中身が気になった。文字は読めないけれど、人間の誰かに読んでもらえれば名前とか色々分かるかもしれない。
けれど、そんな気にはならなかった。重い足取りを抱えて俺は歩き始める。いつしか空は涙を流すように大雨が降った。
携帯電話は防水加工だった。十月十六日、――その日は大雨が降ったけれど、携帯も携帯の中身も無事だろう。
警察にその携帯電話を引き渡して、俺は樹海へと引き換えした。

――けれど、街へ行くために歩いた道のりは――マーキングも何も意味を為さないほどに全てを洗い流した――俺とて、記憶力には限界ってものがある。
俺に与えられた役目から逃避しようと思ったから、大事をとって太い枝を折りながら進んだ前回のようには街へ向かわなかった。街との距離を考えれば俺も元の住処を探すことは難しいだろう。
それでも、もし運命が導いてくれるなら――あの女の死体を眺めてやるのも悪くない。
雨上がりの夕日は、何処までも赤く全てを眺めている。手の届きそうな高さの太陽を眺めながら、あの女の顔を思い浮かべる。
「さて、いくか」



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なんだか、カオスなお話になってしまいましたね・・・・・・良作がそろう中、見劣りしてしまう気がしてならないですが、精一杯がんばりました。
最後まで読んでくださった方はありがとうございます。

IP:125.13.214.91 TIME:"2012-08-09 (木) 17:41:32" REFERER:"http://pokestory.rejec.net/main/index.php?cmd=edit&page=%E8%A3%8F%E5%88%87%E3%82%89%E3%81%AA%E3%81%84%E3%81%A7" USER_AGENT:"Mozilla/5.0 (compatible; MSIE 9.0; Windows NT 6.1; WOW64; Trident/5.0)"

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