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虫の島 の変更点


*虫の島 [#ze3d3aac]
作:[[COM]]

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[[この儚くも美しき世界]]

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**7:代償 [#qEP4p0k]

 鳥の島における大規模侵攻戦の日から一週間。
 癒しの波動や適切な処置のおかげもありシルバの傷は無事に完治した。
 その間、ツチカの家と病院を往来することとなったのだが、二つ大きな変化が見られた。
 一つは島民たちの様子。
 以前のように鳥ポケモンだけが大きな顔をして歩いていた町の大通りにはチャミから話で聞いていたような、誰も彼もが楽しそうに話しながら笑い、空には鳥ポケモン、地上にはそれ以外のポケモンが町の安全を護るために鎧を着こんで巡回している。
 そしてもう一つは一部のポケモンからのシルバへの反応。
 シルバがアギト達の一団と激戦を繰り広げた時、勿論その様子を見ていた島のポケモン達も少なからずいたのだが、彼等の目から見れば助けてくれたシルバも狂気に触れた恐ろしい存在に見えたのだろう。
 明らかにシルバの姿を見ると警戒しているというよりは単純に恐怖しているようで、必要以上にフレンドリーに接するか早めにその場を立ち去るかする者も少なからず居た。
 しかし、彼等がシルバを見て恐怖するのも今日が最後となる。



 第七話 代償



「その様子だと聞くまでも無いかもしれないが、アカラ、ツチカ、チャミ。俺はこのまま旅を続けるが、お前達はどうする」
「絶対に付いて行く! そうしないと……シルバが心配だから」
「私もついて行きます。ご迷惑はお掛けしないようにしますので是非見聞を広めさせてください」
「大体私が居ないと旅なんて続けられないでしょ? これからもよろしくね」

 シルバの言葉に対して三人は元気に返事をする。
 見たところ全員これからの長旅に備えてなのか、各々が用意していた鞄がパンパンになるまで様々な消耗品を入れているようだ。
 そんな様子を見れば決して彼女達が付いてこないとは言わない事は分かっていたが、シルバとしては改めて言葉で確認しておきたかった。
 しかしそれは口には出さず、ただ行こう。とだけ伝えてみんなの荷物を受け取って髪束の中へと収納していき、改めてツチカの母親に別れを告げてから船着き場へと向かう。
 船着き場周りの雰囲気もまだわだかまりは残ったままではあるがその活気には偽りはなくなっている。
 催し物も特に種族の差はなくなり、こちらでも同様に陸も空もきちんと警備が行き届いている。
 そんな中を抜けて船着き場へ辿り着き、チャミの交渉の元次は『虫の島』へと向かう事となった。
 虫の島はチャミの故郷でもあり、鬱蒼と茂る密林による視界の悪さと草タイプ、虫タイプのポケモンが大勢住んでいるということもあり、島民の数は他の島と比べても随一であるため島全体に沢山の村があり、警備の数も非常に多く他の島と比べても襲撃された回数がかなり少ないとのことだった。
 チャミ自身もジャーナリストをしているため時折島に戻ることはあっても、自身が生まれた村まではなかなか足を運ぶ機会はないらしく、折角シルバ達に同行するのであれば家族にも会っておきたいと申し出た。

「どうせ虫の島でも祭事があった場所を探すんでしょ? 虫の島に関しては私が詳しいから案内できるわ。だから折角なら家族に顔見せさせて」

 断る理由もないため、シルバも二つ返事で返し、今度は四人で荷物の運搬を手伝ってから船に乗り、鳥の島を出てゆく。
 既にシルバとアカラは二度目の航海ということもあり二人とも慣れた様子ではあったが、初めて船に乗るツチカは興奮を抑えきれない様子だ。
 鳥の島でもアカラがツチカに色々な冒険の話を聞かせていたが、ここでも船のことや海の事について感想を語りながらアカラに教えてもらっているらしい。

「凄い凄い! 折角なら私、船に合わせて少し飛んでもいいですか?」
「え!? そんなことできるの!? いいなー。見せて見せて!」

 アカラの声に応えるように船の先の方へ移動し、風を目一杯受けながら羽を広げ、ツチカはふわりと空へ浮かび上がる。
 船は既に十分なスピードが出ているためか、その速度に乗るようにして飛び上がったツチカは殆ど羽ばたかずに気持ち良く船に追従している。
 そしてアカラはそれを見上げて楽しそうにピョンピョンと飛び跳ねていた。
 その頃、いつものように編集作業を行っているチャミの元へシルバが訪れ、チャミの横にある小さな箱に腰掛けた。

「チャミ。改めてありがとうと言いたい」
「何よ今更。乗りかかった舟だし、あなた達の旅は纏めればかなり面白くなりそうだからね。私もあなた達を一つ利用してるだけ」
「今までならそういうことに対しての感謝だっただろう。だが今は違う。アカラやツチカの事、それに俺の事も気に掛けてくれてありがとう」
「まあそりゃあ気に掛けるでしょ。一緒に旅する仲間になるんだし」
「あの日の晩の事だ」

 シルバがそう言うとそれまで進んでいたチャミのペンを持つツルが動きを止める。
 いつもニコニコしていたチャミの顔が少しだけ憂いを含んだ表情へと変わり、静かにシルバを見つめ返す。

「俺はあの時、ただアカラの無事を確認したかった。だが、自分がどんな状態だったのかなど微塵も考えていなかった。そのせいでアカラは恐らく、あの一瞬だけでも自分の思い出したくない過去を思い出してしまっただろう」
「それは……! 別にあなたのせいじゃ……」
「いや俺のミスだ。謝らなければならないのはそれだけじゃない。アギト……あの時俺が戦った竜の軍、彼等とは前日出会っていた。それどころかお前に説明した同行者、それは彼等だった。すまない」

 シルバはそう言って深く頭を下げる。
 それと同時に忘れていた胸を刺すような痛みがじわりと広がってゆく。

「……例え先に私は知っていたとしても恐らく結果は変わらなかったでしょうね」
「だとしても、あの場にアカラ達を引き合わせてしまうような事態には陥らなかった」
「そうかもしれないけど……」
「友達になりたいとアカラが言ったんだ。アギト達と……。これからは皆で旅をしたいと。どういう結果であれ俺はそれを裏切った事になる」
「そ、そんなこと仕方ないでしょ!? 相手は竜の軍よ!? きっとそれだって罠だったとしか……」
「罠ではなかった。心の底から一緒に旅をしたいと言っていた。竜の軍と謂えど彼等もただの竜の島に住むだけの普通のポケモンだったはずだ。それがああやって戦うしかない状況に追い込まれ……結果俺と戦って死んだ。これ以上殺したくないと、例えそれで死ぬこととなっても彼等はそれを笑顔で受け入れた。ただ一つ、俺にその苦しみを肩代わりさせることだけを憂いて……」

 それから暫く会話はなく、船が揺られて軋む音が静かになってしまったその空間に響き渡った。
 胸の痛みは尚も主張し、何本もの杭が突き刺さったような痛みになる。
 アギトの顔を思い出そうとすればするほど痛みは強くなり、それがシルバにとっての後悔なのだと心では理解できないが、頭で理解したことにする。 

「だからこそもしもまた同じような事が起こって、もしもどちらかしか救えないような状況になってしまった時は、俺は迷わずお前達を選ぶ。そうすることで俺はまたアカラを裏切ることになったとしても、俺はそうしなければならない。だから……その時はチャミ、お前がアカラ達を笑わせてやってくれ。俺では出来ないことだ」
「できないって……なんでよ! あなたと一緒にいる時のアカラちゃん、とても嬉しそうじゃない!」
「違う。あれは俺を不安にさせないための笑顔だ。あの子が望んでいるのは俺ではなく、"昔の俺"だ。違うとあの子は言うが無意識に求めている。優しく強く、とても頼りになったそうだ。俺では到底あの子を喜ばせてやれない」
「だったら! あなたが喜ばせるように練習すればいいじゃない! 要するにあなたが笑って、あの子を安心させてあげればいいんでしょ?」
「……お前達が笑っているのは嬉しいからだったり、心配させないためだったりだということは分かる。だが、俺が笑う理由が分からない。どうすれば笑えるのかが分からないんだ。こればかりは俺でも、例えお前が俺を手伝ってくれたとしても今すぐ変えることは出来ない。変わるためには石板、しかも笑うための記憶を取り戻さない限り、俺はあの子を安心させてやれない。だから……頼む。これはお前にしか頼めない」

 シルバがそう言って頭を下げると、チャミは言葉を失ってただ項垂れていた。
 分かってはいたものの、はっきりと笑うことができないと口にされれば希望も絶たれる。
 チャミにもシルバなりの努力を行おうとしていることが分かるからこそ、その言葉を聞きたくなかった。
 そして分かったからこそ、チャミは小さく頷く。
 それを見てシルバは最後にありがとう。と呟き、会話は途切れた。
 進んでいたはずのチャミのペンは既に手帳の上に置かれており、チャミの耳もアカラのように垂れ下がっている。
 チャミとしても伝えたいことが沢山あり、その思いがいっぺんに溢れて混ざったせいか、気が付けば涙が頬を伝って落ちてゆく。

「ねえ……シルバ……」
「どうした?」

 潤んだ瞳でチャミはシルバを見つめ、聞き返してきたシルバに何かを話そうとしていたが、言葉が詰まり上手く話せないでいた。
 唾を飲み込み、眉をひそめ、一つ深く深呼吸をしてからチャミは話始める。

「シルバ、もしも、もしも私が……」
「シルバ! チャミさん! どうしよう! ツチカが!」
「どうした。何かあったのか」

 チャミが意を決して話そうとした言葉は慌てた様子で入ってきたアカラの言葉によって掻き消される。
 シルバはアカラに呼ばれるままにすぐに甲板へと出て行ったため、チャミも涙を急いで拭ってから手帳を鞄に戻して後を追いかけてゆく。
 そして甲板にいるはずのシルバ達を探すと、船の後方に二人の姿が見えた。

「一体何があったの?」
「ごめんね! 僕がツチカが気持ち良さそうに空を飛んでたから、もっと高くまで飛べるのか聞いちゃったの。そしたら高くまで飛び上がったのはいいんだけれど、あっという間に船から離れちゃって……!」

 今にも泣きだしそうなアカラの指差す先を見ると、船の遥か後方に急いで船を追いかけるツチカの姿があった。
 まだツチカを視認できる距離ではあるものの、ツチカの様子を見る限りそれ以上速度を上げることは出来なさそうだ。

「待ってて! 私のツルなら届くかも!」

 そう言ってチャミは船の後部から可能な限り身を乗り出してからツルを目一杯伸ばすが、ツチカまでまだ何メートルか届きそうもない。
 チャミも必死になって尻尾の先を手すりに絡め、体のほとんどを船の外に出してツルを伸ばすが、それ以上はチャミが海に落ちる危険性があるため他の船員達に止められた。
 生憎その船に空を飛ぶのが得意なポケモンはおらず、このままでは海のど真ん中で力尽き、溺れてしまう危険性が高い。

「どうしよう!? どうしよう!!? 僕があんなこと言っちゃったら!!」
「要するにチャミのツルがもう少し長ければ届くんだな」
「そうだけど!! それが届かないから慌ててるのよ!」
「やってみよう」

 焦りからパニックに陥るアカラとチャミに対してシルバは普段からあまり変わり映えしないが、そこでも至って冷静に語り、自分の手元に集中する。
 するとシルバの手の先から緑色のツルが二本伸び、その伸びたツルをツチカの方へ向けて一気に伸ばしてゆく。
 ツルはチャミが伸ばしていたツルの長さを優に越え、届かなかった残り数メートルもあっという間に伸び、見事にツチカの身体まで届く距離まで伸びた。
 そしてそのまま必死に飛び続けていたツチカの身体を優しく絡め取り、伸びた時とは違ってツチカに負担を掛けないようにゆっくりと縮んでゆき、無事にツチカを船内まで引き戻すことができた。

「ハァ……ハァ……ごめんなさい。助かりました」
「はしゃぐのはいいが自分の限界を超えないようにな」

 必死に羽ばたき続けていたのかツチカはかなりぐったりとしており、大きく息を乱してシルバの腕の中で謝りながら呼吸を整えていた。
 シルバはそんなツチカを優しく撫でて労わってやっていたが、アカラとチャミがシルバを見て驚愕の表情を浮かべて呆然とする。
 驚いた理由は言うまでも無く、何事もなかったかのようにシルバが使う事ができないはずのツルを当たり前のように使ったからだ。

「シ、シルバ!? え、ちょ……どうやってツルを使ったの!?」
「その手どうなってるの!?」
「ん? ああ、どうやら俺の使う幻影とやらはしっかりとイメージすれば本物になるらしい」
「らしい……ってどういうこと!? ゾロアークの使う幻影って幻なんじゃないの!?」
「俺によく似たカゲとかいう奴に教えてもらった」

 そこで初めてシルバは自分の幻影の事について教えてくれたカゲの存在を三人に話した。
 初めこそチャミは半信半疑で聞いていたようだが、元々神と出会って普通に話している所を目撃しているためシルバの話を信じるまでにそれほど時間はかからなかったようだ。
 アカラはシルバの隠された能力がまた一つ分かった事と、シルバに協力してくれる者が現れたという事が嬉しかったようで、ぴょこぴょこと飛び跳ねるようにその話を嬉しそうに聞いていた。

「でも、そのカゲって人? は一体何処の島の護り神様なんだろうね」
「知らん。聞いた限りだと鳥の島でも竜の島でもないらしい」
「というかなんであんた達はナチュラルにそのカゲって奴を伝説のポケモンであること前提で話してるのよ」
「だってシルバの知り合いって今の所みんな神様だったみたいだし、同じ感じで神様なんじゃないかな~って」

 アカラの問いに対してチャミが反論したが、アカラの言う通りまず普通のポケモン出ない可能性の方が高いだろう。
 チャミも色々と言いたげではあったが、二人とも既にシルバがホウオウと当たり前のように話す姿は目撃しており、アカラに関してはシルバが獣の島で不思議な体験をしたことを聞いていたため、カゲも同じであると考える方がしっくりくる。

「一つ気になったのですが、以前アカラさんが話していたシルバさんのご友人の方ってそのカゲという方なのではないですか?」
「そう言えば確かに! 向こうから話しかけてきてくれた上に色々と教えてくれたんでしょ?」
「教えてはくれたがどうも知り合いという感じではなかったな。言いたい事だけ言ったらいつの間にか消え失せていたしな」

 暫くうんうん唸りながら悩んでいたツチカが口を開いたが、その予測はシルバによって否定された。
 アカラとしては獣の島でシルバが出会った謎の光というのがシルバの友人だと考えていたため、ホウオウやこの先出会うであろう伝説のポケモン達もシルバの友人なのではないかと考えていたが、確かにふらりと現れたカゲの方が友人であるという方が説得力がある。
 そのためシルバが否定したものの、シルバ自身しか知り得ないはずの幻影の現実化等の能力について知っているため、カゲもホウオウ達同様過干渉にならないようにシルバに話しかけているのでは? と考える方が自然ではある。
 そういったこともありシルバは否定していたが、他の三人で勝手にカゲとはどういった人物なのかという話で盛り上がり始めた。
 以降はカゲの話がメインとなり、動き回るようなこともなくなったため特に何も起きずに次の目的地である虫の島へと上陸することとなる。
 虫の島はチャミが語っていた通り何処を見ても鬱蒼とした木々が生い茂る島となっている。
 海岸は浜辺となっており、そこら中で海で遊ぶ者や漁をする者が見受けられ、島全体の人口の多さがその一角だけでも窺える。
 実際に上陸した港の傍も当然のように高い木々が生い茂り、蔦や極彩色の花が町中だろうと当たり前に存在している。
 建物はその木々から作ったのか大半が木製で、しっかりとした造りの二、三階建ての家々が立ち並び、それとはまた別に木の上にも当たり前のように小さな家が建ち、樹時の家の間や木から地面へ橋や木製の足場が伸びており、景観さえ違えば超高層のマンションが立ち並ぶ街のようになっている。
 なんでもそのような立地になった理由は単純に人口が多いため、地面に家を建てるだけでは土地が足りないらしく、生えている木々に負担を掛け過ぎないように家を建て、階層構造にすることによって空間の有効活用を行っているのだそうだ。
 港町は逆に船の発着を行うために開けているので奥の村や町に比べるとかなりこじんまりとしているらしいが、既に港の規模は獣の島や鳥の島を優に超えている。
 空には飛ぶことができるポケモン達が様々な荷物を運ぶために忙しなく飛び交っており、地上もポケモン達で溢れ返っているためここまでくると活気ではなく既に人の波が生き物のようにうねっているレベルだ。

「ここは久し振りに戻って来たわね。獣の島と鳥の島はもう行ってるから、次に行くなら『岩の島』や『魚の島』辺りね……。そうなるとあっちの港に行かなきゃ」
「チャミ! チャミー!! 待ってー!!」
「アカラさーん! シルバさーん! 何処ですかー!!」
「あらら……」

 チャミが人の波をその細長い体で器用に抜けながら一人でぶつぶつと呟いている内に、他の三人は人の波に飲まれて散り散りになってしまっていた。
 なんとか全員が合流できたのはそれから三十分も後になり、落ち着いて話すこともできなさそうだったため一旦港を出て他の村を目指して歩く間に話すことになる。

「まさかこんなに沢山のポケモンがいるなんて……本当にビックリした……」
「私もポケモンの多さに目が回りそうでしたよ」
「全く身動きが取れないと思っていたがあんなに移動させられていたんだな。人混みを歩く時は警戒する必要がありそうだな」
「ごめんねー。私はこの島の出身だからあれぐらいの人混みなら慣れてたんだけど、みんなはそう言えば初めてだったわね。次からは気を付けるわ」

 各々初めての人混みに精神的に疲れてはいたものの、街道はそこそこの人混み程度だったのでようやく余裕が持てたのか初めての人混みに関する感想をそれぞれが語ってゆく。
 チャミ曰く、あれでも割と空いている方らしく、港に船が来た時はもっと込み合うせいでよく尻尾を踏まれたらしい。
 見えるだけでもどこもポケモンの姿しか見えず、地面が一切見えないほどでも十分シルバ達には大変だったのにも拘らず、これ以上ポケモンが増えると考えただけで気分が悪くなるほどだったが、この島に滞在する以上慣れるしかないだろう。

「まあ、鳥の島から来たから『第四アメタマ港』でよかったわね。もしも『第一アメタマ港』だったら多分、合流にもっと時間が掛かってたでしょうね」
「え!? 他にも港があるの!?」
「あるわよ。最大の人口と島の広さを誇るのが虫の島だから事実上の最大の都市に当たるわ。一番大きいのがウルガモスシティでそれ以外にも大きな町が複数、村に至っては役所とか観光ガイドを見ないと数や名前までは覚えてないわ」

 それまでのアカラやツチカの生活からは想像もできないような規模の数字をチャミの口から聞き、二人は感嘆の声を漏らしながら遠い世界に想いを馳せる。
 例えるならば都会に憧れていた少年少女がいきなり都会に連れてこられたようなもので、東京ドーム何個分などと言われても想像するためのその規模が分からない感覚に近い。
 なんとなく凄い場所という認識のまま、港町を離れて一先ずチャミの故郷である町を目指すこととなった。
 街道を歩いてゆくこと十数分、驚くことにもう隣の村に到着した。
 村と呼ばれる単位規模になると流石にアカラ達も見慣れた森を軽く切り開き、その中に家や小さな店がある程度のもの……だと思っていたのだが、ここでも当然のように村の中に生えた木の上にも家があり、よく見ればその木から木へと続く道にも明らかに他の村か町から来たであろうポケモン達の行き交う姿が見受けられる。

「着いたわね。今はイワパレスタウンだからここから上のワタッコビレッジの林間道に登ってマユルドビレッジの方面に向かうわ」
「え!? 村とか町とかに名前があるの!?」
「え!? 逆に他の島の村って無いの!? どうやって区別するのよ!」
「く、区別も何もそもそも村を治める長は一人しかいないのでその方の治めている村とかで呼んでいたので……」
「あー……なるほど。あれって村の名前じゃなかったのね」
「チャミが知らない事がある。というのも中々に新鮮だな」

 チャミはやはり元々住んでいた島ということもありかなり土地勘が強く、村や町の名前をスラスラ言いながら道順を説明してゆくが、それぞれの村や町に名前があるということにアカラとツチカは驚いていた。
 獣の島には現在では村は二つ、ツチカの住む島には一つしかないため村に名前を付ける理由や必要性が無い。
 逆にこの島には大小合わせても無数の村や町があるため、それぞれにきちんと名前を付けなければ話や道案内の中で一体どの村の事を指しているのかが分からなくなる。
 まるで都会と田舎のあるあるネタが今まですれ違っていたかのような反応を見せるが、シルバがぼそっと語ったように確かに今まで旅をずっとしていたはずのチャミがそのことについて知らなかったというのはかなり以外である。
 そのまま町は通過して説明した通り地面から木へ、木から木へと橋や打ち付けられた板で作られた足場を渡る林間道と呼ばれる道を歩き始める。
 毎日多くのポケモンが利用することを想定されているのか、林間道の橋も木の足場も非常に丈夫な造りになっており、ちょっとやそっとのことでは揺れすらしない。
 道幅も十分に広くシルバ達四人が横並びになってもまだ二、三人の幅があるほど広いため、あまりすれ違う時も互いに大きく体を逸らす必要はない程だ。
 それらの丈夫な道を成形しているのは虫ポケモン達が作り出してくれた強靭かつ軽くどんな素材も繋ぎ合わせてくれる糸のおかげでもある。
 そんなこの島特有の恩恵や不思議な林間道を楽しみつつ、この際にとチャミはこの島の事、アカラやツチカは自分達の島の事をについてお互いに語り合った。
 更に歩く事一時間ほどでようやく目的地であるチャミの故郷、マユルドビレッジへと辿り着いた。
 マユルドビレッジはその名前の如くそこかしこに沢山の繭があり、この繭を解して作った上質な糸や布が特産品にもなっている村である。
 そんなある意味幻想的な風景の中を更に歩く事数分。一つの大きな繭の前でチャミが足を止める。

「ここが私の家。というか私達の家かしらね。ただいまみんな」

 その繭に建て付けられた扉を開けてチャミは普通に繭の中へと入っていった。
 繭とは言ったもののその造形はしっかりしており、触れればとても柔らかくまるで毛布にでも触れたかのような感触だが、かなり丈夫でもあるようで、手を付いた程度ではびくともしない。
 アカラやツチカはその家の形状に不思議そうに見とれながら中に入ると、中はかなり広く日光を取り入れるための窓もあり、通気性もかなり良いのかとても快適な空間となっている。
 そしてチャミの周りには彼女を出迎える沢山のツタージャやジャノビー、そしてキモリやスボミー、バチュルにイトマルと本当に多種多様なポケモンが嬉しそうにチャミに抱きついている。

「あれ? どういうこと?」
「私達はみんな家族。というか正確には私はここの施設の先輩に当たる存在かしらね」
「施設……ですか」

 チャミにくっ付くポケモン達は口々にチャミをお姉ちゃんと呼んで慕っており、それこそ種族の違いさえなければ久し振りの姉弟姉妹の再会なのだろうが、そのポケモン達の数はとても多い。
 ツチカが聞き直す程、この島以外では"施設"という言葉は馴染みがない。
 チャミの言った施設とはつまり、孤児院のことだ。
 島民が多い分、捨てられてしまった子供や親を早くに亡くしてしまった子供も大勢いる。
 他の島であれば他の誰かが引き取ってくれることが多いのだが、この島ではあまりにも多すぎてそういった余裕が無い者の方が多いため専用の施設が出来ている。
 チャミはこの施設、"ゆりかご園"を先に独り立ちした側のポケモンであり、島々を巡って手に入れた情報やその島でしか手に入れられない珍しい物などはちょくちょくこの施設へと送り届けていたそうだ。
 そのためチャミの事を覚えている者は多く、あまり自分の足で立ち寄る事がなくても皆が忘れないでいてくれているのである。

「そう……だったんですね。ごめんなさい。こんなことを聞いてしまって……」
「いいわよ気にしなくて! 親がいないなんてこのご時世よくあることだし、特に私は不幸だなんて感じた事はないわ。みんながいるし、アカラちゃんやツチカちゃん、シルバみたいな人達にも出会えるしね」

 申し訳なさそうに謝るツチカにチャミは軽い感じで答える。
 確かにチャミの言う通りアカラは両親を亡くしており、ツチカは父親を亡くしている。
 あまり珍しい事ではないのかもしれないが、それでもそれは望まれるようなことではない。
 しかしだからこそ彼女達は明るく振舞っているのだろう、と考えている内にシルバの胸はじわりと痛みを与えてくる。
 シルバには記憶が無いからか、両親や自分の知人の顔すら思い出すことができない。
 ようやく思い出した記憶の中にあるのは今までに出会った巨大な光の姿の者達だけであり、更に言えばその記憶はとても曖昧なものだ。
 例え亡くなっていたとしても、記憶の中に自分の事を大切にしてくれた者の姿があるというのはある意味とても恵まれているのだろうとシルバは考え、そしてまた胸の痛みは少しだけ存在を主張する。

「これだけお前の事を思ってくれる奴がいるのに、どうしてお前はあまりここに戻らなかったんだ?」
「そりゃあ私もちょくちょくは戻ってるわよ。でもジャーナリストっていう仕事を選んだ以上はあんまりずっと同じ島にいても意味は無いからどうしても転々とする途中で、ってなっちゃうのよ」

 チャミはシルバの質問に対してそう答え、自分が何故ジャーナリストになったのかについても語った。
 曰くチャミがジャーナリストになった理由は、少しでも多く少しでも早く色んな島の情報をこの施設の子供達に伝えたかったからだそうだ。
 そしてチャミ自身もジャーナリストとなったおかげで各島々の事情にも詳しくなり、もしもこの島に危険が迫りそうであれば先に皆に知らせることができるため、島になかなか戻ることは出来なくなったもののあまり後悔はしていないとも続けた。

「ただいま。あら。チャミかしら? 久し振りねぇ。また大きくなったかしら」
「ママ! お邪魔してるわ。紹介するわね。このゆりかご園の園長で私達の育ての親のミールさん。そしてこっちは今一緒に旅をしてるシルバとアカラちゃんとツチカちゃん」

 丁度出掛けていたのか初老のミールと呼ばれたハハコモリが部屋へ入ってくるとにっこりと年相応の柔らかな笑顔を見せてチャミに話しかける。
 それに応えるように挨拶し、チャミはそのままシルバ達の事も紹介してゆく。
 それから暫くはチャミの積もる話をそのミールと話してゆく間、アカラとツチカは歳の近い子供達と一緒に近くの運動場で久し振りに元気に遊び、シルバはその面倒を見るために近くに腰掛けて小さなポケモン達に囲まれて見守っていた。
 アカラやツチカにはいい気分転換になったようで、とても楽しそうに施設のポケモン達と追いかけっこをしたりボール遊びをしたりしており、あまり心配する必要はなさそうだ。
 寧ろ心配なのはシルバ自身の方で、笑うことができないシルバの傍に何故か小さなポケモンが沢山集まり、各々が好きなようにシルバの髪束の中へ入ってみたり、拾ってきた木の実や小石を渡してきたり、花の冠を被せたりと割と好き勝手にされている。
 シルバとしてはそれ自体は問題はないのだが、小さな子供であるため色々と受け取る度にきちんと礼は言っていたのだが、笑顔を作る事すらできないためその子供達に余計な心配を与えないかの方が心配だった。
 しかしシルバの心配など小さな子供達は知る由も無く、無邪気に次々とお宝を見つけてはシルバに渡し、一緒に探そうと誘って楽しそうに笑っているためある意味では杞憂だったのかもしれない。
 その一方、チャミの方は話したかったことも一通り終わり、気分としてはお開きモードとなっていたが、まだシルバ達が帰ってきていないこともあったため久し振りに園の夕食の手伝いでもしようかと考えていた。
 先程出ていたのは別件のためだったので買い物はまだ済んでいないとのこともあり、折角ならとチャミが夕飯の食材を揃えるのを買って出た。
 チャミとしては久し振りに使う道であるため、懐かしさに浸りながら買い物に行くのは忙しなく過ごす毎日から考えると逆にとても新鮮なもので、たまにはこういうのも悪くはないと鼻歌混じりに昔よく通っていた商店へと向かう。

「これはこれはお久し振りですね。チャミさん。僕のことは覚えていますでしょう?」

 そんなチャミの前にいつの間にかベインが笑顔で立ち塞がっていた。
 その姿を見てチャミは思わず表情が凍る。

「忘れたくても忘れるはずがないわ……。なんであなたがここにいるの!?」
「嫌ですねぇご自身の目的を忘れていただいては……。貴女の仕事はジャーナリストという地位を利用した各地での諜報及び石板の在処の捜索。そうでしょう? チャミさん……いえ、竜の島諜報部隊"竜の瞳"のチャミ諜報員」
「忘れてないわよ……。私は確かに自分の仕事をこなしている! 各地の防衛網の脆弱性も探して報告してる。石板の在処も教えてる! 今はその石板を出現させることができるシルバにこうして同行しているでしょ!? 私は何もミスを犯してなんかいないわ!」
「アギトが戦死しました。恐らくもう貴女もご存知でしょう? ヒドウ様の御考えではあれほど優秀で良い実験台だったアギトを失ったのはかなりの損失と捉えているのです」
「私は確かに待機するように伝えたわ! どうやってシルバとアギトが出会ったなんて私の知る由もない事よ!」
「貴女がシルバと別行動をした間に出会い、よもや彼等は逃亡まで企てていたと聞きました。これは立派なヒドウ様への反逆としてご報告させていただいても宜しいのですよ?」
「……っ! それだけは……それだけはどうか……」
「でしょうねぇ……。貴女が我々に協力する代わりに、我々が貴女へ報酬として提供しているのがこの島と貴女の大切なご家族の安全ですからね……。壊したくないでしょう?」
「何をすればいいの?」
「おっと! 勘違いしないで頂きたい。僕が今回出向いたのは"交渉"ではなく"警告"ですよ。貴女は一度与えられた仕事を完ぺきにこなさなかった。そのため貴女が最も大切にしているものは傷付けません。ですが、代償は払っていただきます。手始めにこの長らく攻撃を受けていなかったために平和ボケしきった島へこの村の間反対の位置から久し振りの攻撃部隊を総動員した攻撃を行います。我々が陽動している間に貴女は今度こそ仕事を完璧にこなしてくださいね」
「そんな! 話が違うわ!!」
「お忘れなく。この島の平和はヒドウ様の御言葉一つでいつでも無くなるということを。それでは良い報告が届くことを期待していますよ」

 ベインはそれだけを伝えると氷のような笑顔をチャミに見せつけてから現れた時と同じように一瞬で消え失せて見せる。
 チャミの正体は竜の島の諜報員として活動する存在であり、チャミは自身の目的を果たすためにシルバ達に接触し、旅を続けていた。
 勿論元から諜報員だったわけではない。
 まだ島々を連絡船が往来していた頃、チャミはジャーナリストとしては新米であり、ただ純粋に各島々の情報を集めることに熱中していた。
 少しずつ世界はおかしな方向へ向かっており、その元凶となり得るのが竜の島であると考えたチャミは無謀にも竜の島がおかしくなった原因を探ろうとしてしまう。
 そして真相に触れてしまったチャミはあえなくヒドウ達に捕まり、本来ならばそのままそこで殺されるはずだった。
 チャミは元々賢く、その持ち前の頭の良さを使ってヒドウ達に自分を諜報員として利用することを提案した。
 ジャーナリストとしての資格を持つチャミの申し出は、既に情報や物資が止められつつあった竜の島としては非常に有難い申し出であったため、チャミの提案を快諾。
 そこでチャミは追加で条件を掲示し、必要な情報でチャミが持つ情報を提供する代わりに自身の出身地である虫の島は決して攻撃しない事を条件に追加した。
 そこまでは問題が無かったのだがチャミの思惑も空しく上には上がおり、ベインの手によってチャミの素性が全て明らかにされ、彼女の出身場所であるゆりかご園の名前がバレてしまう。
 結果的に協力ではなく利用される形となり、チャミが持つ情報を渡す形ではなく、ベインの指示により必要な情報を集めるよう要求された。
 無論断ったり、ベインが必要とする情報が不足していた場合は契約の反故とみなされると脅されていたため、泣く泣くチャミは指示通り必要な情報を全て集めて回っていた。
 それがチャミの正体であり、諜報員としてのチャミの実情である。
 止めには不測の事態をチャミのせいにされ、自分自身がこの島間の戦争の被害者でもあり、同じ痛みを知る者であるチャミは自分の心を裏切り、関係の無い島民達まで裏切って活動し続けたのにも拘らず、アギトの代償として見せしめを受け、更にはどうすれば石板が手に入るかが分かったためか用済みとなったチャミの約束は今、まるで初めから無かったかのように破られてゆくのを黙ってみているしかない状態となってしまった。
 だが例えそうであってもチャミにとって大切なゆりかご園だけは守りたいと泣きながら考え、そしてシルバをアカラをツチカを利用すると覚悟を決めて起き上がった。


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 一方のシルバ達の方だったが、シルバの心配は杞憂となった。
 笑うことは出来ないものの、新たに使えるようになったシルバの現実化する幻影の力を使うことで、子供達が喜ぶ物を色々と作り出してあげたおかげで随分と気に入ってもらえたようだ。
 日が傾き、いつもゆりかご園へと戻る時間になった頃には小さい子は疲れ果てて眠っていたため、シルバの髪束の中にそっと入れてあげてすやすやと眠ったまま運び、他の元気がまだ有り余っている子はシルバの両腕や体にしがみついて帰ってゆく。

「シルバ大丈夫? 重くない?」
「そこは問題ない。単純に動きにくいぐらいだ」

 アカラはシルバの横に並んで歩いていたため子供達がくっ付いていることで一回り程大きさが変わっているシルバを心配したが、特に問題はないようだ。
 ツチカは案外シルバの頭の上が気に入ったのか、元々島に来る途中で起きたアクシデントもあり相当疲れていたのかそこで小さく饅頭のようになってウトウトとしている。
 行く時はアカラやツチカが先導して列を作って移動したのだが、帰りはゾロアークのような塊がのしのしと歩いてゆく不思議な光景になっており、とてもシュールな見た目だ。

「ママただいまー!」
「はいはいお帰りなさい。シルバさん、子供達の面倒を見てくれてありがとうございます」
「俺はただ見守っていただけだ。実際にしっかりと面倒を見てくれてたのはアカラやツチカの方だ」

 ゆりかご園に帰り着くとシルバに張り付いていた子供達は次々とミールの元へ移動し、年上の子は夕食の準備を手伝い始めた。
 シルバは髪束の中で今もぐっすりと眠っている子供達を次々に取り出して、お昼寝用のスペースの方に一旦並べて置いていきながら、ミールの言葉に答える。

「あらそうだったんですね。えらいわねアカラちゃん。ちゃんとみんなのお兄さんになってくれて」
「違うよぉ! 僕は女の子!」
「あら、それはごめんなさいね。とっても元気でしっかりしてるから男の子かと思っていたわ」

 アカラの事をミールは頭を撫でながら褒めてくれたが、ここでもアカラは男の子と間違えられる。
 しかしミールがそのまま頭を撫でながら、しっかりとしていることを褒めてあげると恥ずかしそうに頬を赤らめながら喜んでいるようだ。
 帰り着く頃には睡魔と必死に戦っていたツチカもすっかり夢の中だったため、他の眠っている子供達と同じように一旦お昼寝用のスペースにちょこんと置いておき、全ての子供達を移動させ終わるとシルバも夕食の準備の手伝いを行う事にする。

「久し振りに作ったけれど、私もまだまだ腕は落ちてないわよ」
「わぁ! チャミの手料理! 楽しみ!」

 キッチンの方を覗くとチャミが作ったスープの良い匂いが漂っており、沢山運動をしてお腹が空いている子供達には魅惑の匂いとなっている。
 アカラも思わずお腹がなってしまうが、全員分の取り皿を用意することに専念することにしてなんとか我慢した。
 取り分けた皿が長い長い食卓に並んでゆくと、部屋全体にとても良い匂いが広がってゆき、お腹を空かせていた子供達は次第に目を覚ましてはみんなきちんとお手伝いをし始める。
 全員分の食事が揃う頃には寝ぼけ眼を擦っている子も上の子が起こし、一先ず食事の準備はできたようだ。

「それじゃ俺達は宿をそろそろ探そう」
「いえいえ。子供達の相手もしていただきましたし、今日はもうここでゆっくりしていってください」
「そうよ。何水臭いこと言ってるのよ」

 シルバがそう言ってゆりかご園を出ようとしたが、チャミとミールに引き止められてその日は泊まらせてもらう事となった。
 いつも皆が食べている食卓の端にシルバ達も座らせてもらい、アカラもツチカも初体験となる大人数での食事となる。
 家族以外に年の近い子供が大勢いる中でご飯を食べるというのはやはりアカラ達にはとても楽しい経験になったようで、皆あっという間に自分の分を平らげて口々におかわり! と大きな声で宣言してゆく。
 チャミとミールはすぐにそれを受け取ってまだ残っているスープを注いでゆくが、今日はシルバ達と遊んだこともあってか残りのスープもパンもあっという間に無くなってしまった。

「あらら、もう少し作っておけばよかったわね」
「……多分これなら再現できるだろう」
「再現? というのはどういうことですか? シルバさん」

 暫くスープの入っていた大鍋を見つめていたシルバが呟き、その言葉を聞いてミールが不思議そうに首を傾げる。
 いきなり再現などと言われても確かにピンと来ないが、シルバは瞼を閉じて今しがた食べたスープとパンをしっかりとイメージしてゆく。
 すると空になった鍋の横に同じような台車と鍋が現れ、現れた鍋は濛々と湯気を上げながらまた良い匂いを漂わせる。
 そしてその横にパンの入ったバスケットが現れ、その少し上の空間に現れたパンが次々とバスケットの中へと落ちてゆく。

「ああ、再現というのは幻影のことだったんですね」
「俺の幻影は実体化するらしいからな。これで多分食べられるだろう」

 ミールは幻影だと思って納得していたが、シルバの言葉を聞いてかなり驚いていた。
 目の前に幻影ができても何の役にも立たないと思っていたが、ミールとチャミはそのパンを手に取り、確かに先程まで食べていたものと瓜二つであり、ちゃんと感触があることにさらに驚く。

「えー!! そんなことまでできちゃうの!? それ! もう食料要らずじゃない!」
「そうかどうかは実際に食べられるのか試してみてからだ」

 チャミが驚いて声を上げたが、シルバ自身もこの能力が何処まで万能なのかは知らないため、パンを一つ手に取って割ってみる。
 割ったパンからは先程焼きあがったかのようにふんわりと良い匂いを広げながら湯気を上げる。
 その割ったパンの欠片を口に放り込んでみたが、味にも特に問題はなく、食感も本物のパンそのものだ。
 念のためにスープの方も一口飲んでみたがこちらも味まできちんと再現されており、今目の前で出現させられていなければ作ったと言われても分からないほど。

「問題なさそうだな。これでみんなもう一度食べられる」
「スゲー!! どうやったの!?」

 シルバが子供達にそう告げると、シルバのすぐ後ろ辺りから声が聞こえた。
 振り返ってもその声の主はそこにはおらず、そのおかげで恐らくシルバの髪にくっ付いているのだろうということが分かったため、シルバはその声の主をスッと捕まえた。
 シルバが捕まえたのはクルミル。
 この子も園を運営しているミールの子供というわけではなく、親を亡くした子供の内の一人で今日一日ずっとシルバに付き纏っていたこのゆりかご園の子供の内の一人だ。
 クルミルはシルバの幻影の力を昼から見ていたが、まさかここまでできるとは思ってもいなかったのか、物凄く驚いた表情を見せて固まっている。

「お前こそいつの間に俺の髪に上ってたんだ。一応俺のはゾロアークという種族が使える力の特殊版……といったところらしい」
「スゲー!!」

 シルバがそのクルミルに説明したが、きちんと理解したかは定かではなくただただ衝撃に打ち震えながら凄い凄いと叫ぶだけだった。
 他の子供達もシルバが起こした現象自体は凄いと驚いていたが、皆彼ほど驚いていたわけではない。

「なあなあ! オレヤブキって言うんだ! 俺にもそれ教えてくれよ!」
「教えろ……と言われて教えれるような技ではないことは確かだからな。悪いが諦めてくれ」
「諦めない! オレもママやシルバみたいに色んな物を作れるようになるんだ!」

 そう言って鼻息荒くシルバにグネングネン動きながら主張した少年の名はヤブキ。
 ミールと同じ種族であるため将来的には彼もハハコモリに進化するのだが、そういう経緯もあってミールが器用に色々な道具や皆が利用する服などを作っているのを前から熱心に見ていた子供だ。
 そのため人一倍、物を作り出すということに対する熱意が強いのか単に人の話を聞いていないだけなのか、シルバと教えて! できない。の押し問答を繰り返していた。


**8:涙と笑顔と [#VfJfdZq]

 シルバの出現させたパンとスープのおかげで全員がお腹一杯になるまで食べることができ、満腹感と元々の疲労感で子供達はアカラやツチカも含めてぐっすりと眠ってしまった。
 残されたのはミールとチャミとシルバとなり、ミールは既に子供達をあやしながら少しずつうつらうつらとしているようだ。
 一つだけ例外があるとすれば、ヤブキと名乗ったクルミルだけは眠そうにしたままシルバに張り付き、なんとかシルバ特有の幻影の力について教えてもらおうとしていることぐらいだろうか。
 無論教えられるものではないためシルバも無理としか答えないのだが、流石に眠気が勝ったのかシルバにしっかりとくっ付いたままいつの間にか寝息を立てていた。



 第八話 涙と笑顔と



「ようやく眠ってくれたか。まさかここまで好かれるとはな」
「シルバは優しいからね。みんなの事、しっかりと一人一人に付き合ってくれたんでしょ? 子供達が楽しそうに教えてくれたわ」
「優しい……か。そういったことはアカラやお前に任せてたつもりだったんだがな」

 眠ったヤブキをベッドに寝かせ、戻ってきたシルバは口調こそ淡々としているが随分と疲れた調子でそう呟く。
 チャミはシルバにそう告げたが、シルバの意外な返答に少しだけ目を見開いた。
 シルバとチャミは船では何度か喋った事はあったが、しっかりと二人だけで話したことは少なかったためか殆ど二人きりになったその空間で、チャミは何を話すべきか少し悩む。
 本来ならばチャミとしてはすぐにでも次の目的地をシルバに教え、すぐにシルバに石板を取りに行かせたいところだが、昼にベインと出会った事によりチャミの心は大きく揺れていた。
 いざ切り出そうとなるとチャミの中にある良心が『本当にそれでいいのか?』と訴えかけてくる。
 今に始まった事ではないが、既にチャミのせいで苦しんだポケモン達の数は計り知れないだろう。
 チャミ自身両親をこの戦争で失い、身寄りの無かったチャミは路頭に迷うしかなかったのだが、そこで彼女を救ってくれたのはミールだった。
 同じような境遇になりながらも逞しく生きている兄妹同然のポケモン達が居ることも知り、これ以上みんなが苦しまないよう、少しでも笑ってくれるように考えてジャーナリストとなり、みんなに色んな事を教えてあげるようにしていたはずだったが、今のチャミがしていることは同じような境遇のポケモンを沢山生み出しているだけなのだ、と心の中で後悔だけが募ってゆく。
 そして遂にこの島も他人事ではなくなってしまった。
 本当にベインが約束を守り、このゆりかご園だけは攻撃しなかったとしても、他の村や町にいるポケモン達は間違いなく襲われる。
 そう考えれば自分の記憶の奥底にある恐怖が蘇り、思わず身を竦めそうになってしまう。
 一日でも早くこの島での仕事を終わらせて離れてしまいたいが、その間にもしもこのゆりかご園が襲われたらと考えると恐怖で身動きが取れなくなる。
 シルバに投げかけるべき言葉は次の目的地であると分かっているのに、お門違いにも助けてほしいと声を出しそうになり、自分の愚かさが今更悔しくなった。

「ねえ……シルバ……」
「どうした」
「船で言いかけてた事なんだけど……。もし、もしも私があなた達を裏切って、このゆりかご園を護るために働いたら……あなたは私をどうすると思う?」

 本当は聞くべきではない最悪の質問だろう。
 自分は裏切り者であるということをわざわざ告げるような質問であることは勿論チャミ自身も分かっていた。
 だが、せめて聞いておきたかった。
 シルバはチャミの言葉にはすぐには答えず、少し遠くの方を眺めてからチャミを見つめなおす。

「どうもしない。前も言った通りだ。例え俺一人になろうと俺は旅を続けなければならない。お前には護りたいものがあり、俺には成さねばならない事がある。ただそれだけだ」
「その裏切りが今まであなた達を監視し、石板を出現させることだったとしたら?」
「変わらん。付いてきたいのなら勝手に付いてくればいい」
「……!? なんで……? 私のせいであなたはアギトを殺す羽目になったのよ!? アカラの両親やツチカの父親……。それだけじゃない、このゆりかご園にいる子達まで……私のせいでここに来る羽目になったかもしれないのに……!」

 シルバの言葉を聞いてチャミは叫ぶように告げた。
 その顔にはいつものような余裕はなく、今にも泣きだしそうな表情となっている。
 それを見てシルバの胸は痛みを覚え、どうするべきか考えていると自然とそんな半狂乱になりそうなチャミの首に手を掛けてそっと抱き寄せた。

「苦しいなら吐き出せ。お前はまだ逃げられる立場だろう。アギトと同じだ。戦いたくないのなら逃げ出せ」

 何時振りかに誰かに頭を撫でられながらチャミは宥められ、自分の過ちや後悔の全てを吐き出したのに、シルバはそれを受け入れてくれた。
 思わず涙が溢れ、シルバに体も巻き付けて泣きじゃくった。
 それこそ幼い子供に戻ったかのように声も殺さずに泣き喚いた。

「どうしたの!? チャミ」
「何でもない。ただ彼女の中で嫌な事が爆発しただけだ。だが、このままじゃ子供達が起きるだろう。少し二人で散歩でもしてくる」

 うとうととしていたミールが起きて心配そうにチャミとシルバを見つめたが、シルバがそう言ってチャミに絡みつかれたまま一度ゆりかご園を出てゆく。
 外は月明かりが鬱蒼と茂る大木の葉の隙間から差し込み、木々に据え付けられた証明のおかげもありそれほど暗くはない。
 しかし夜に外を出歩く者もおらず、静かな村の中を林間道の板を鳴らす音とチャミの泣き声が響き渡ってゆく。
 暫くもしない内にある程度気は紛れたのか、涙は止まらないものの声を上げることはなくなった。

「私だって逃げ出したい……。でも逃げ出せばこの島の人達が……ゆりかご園やママが……!!」
「どうすればそうならない?」
「……えっ?」
「どうお前が俺を利用すればそうならないで済むのかを教えろ。その通りにする」

 泣きながら話すチャミの身体を少しだけ引き剥がすようにしてシルバとチャミの目が合うようにし、シルバはしっかりとチャミにそう言ってみせた。
 チャミには正直、シルバが何を言っているのか途中まで理解できていなかったが、シルバの目を見て本気で自分を利用してでも守りたいものを守れ。と言っているのが理解できた。
 だからこそチャミの涙は更に溢れて止まらなくなる。
 シルバの言葉は確かに温かみが無いのかもしれない。
 しかしその言葉に込められた思いはとても優しく温かであることをシルバ自身は知る由もない。
 だが寧ろその優しさがチャミを苦しめる。
 もしもチャミがシルバを利用し、それが原因で次はアカラやツチカが人質に取られたのならもうチャミ如きでは成す術がない。
 戦う力も持たず、自分よりも賢い相手を欺く事など到底不可能だ。
 そうなればシルバはまた化物のような戦いをしなければならなくなる。
 ベインが相手かはたまたチャミ自身か、アカラやツチカをシルバが葬らなければならなくなった時にきっとシルバは正気のままではいられないだろう。

「もう……この島が攻撃されることは決定事項なの……。全ては私のせいで」
「お前のせいじゃない。いずれそうなっていた。ただそうする理由を探していただけだ」
「でも! そうじゃなきゃ……私がこんなに中途半端にならなければ! せめて大切な人たちだけでも守れたのに!」

 チャミはもう一度シルバにしっかりと抱きついて涙を流しながら小さな声で語ってゆく。
 自分のせいで長い平和が続いていた虫の島にもまた悲劇が訪れると考え、既に約束を破られた以上このまま従っても余計にアカラやツチカ、シルバ自身を危険に晒すだけだとしか思えず涙が溢れる。
 非道にもなりきれず、かと言って自分の大切な人達を巻き込んだとしても愚行を止める勇気も無く、ジレンマに揉まれてただ心を擦り減らすことしかできない。

「そのためにお前は誰かを殺せるのか? もしも次に出会った他人をお前自身が殺せば全てチャラにされるとして、お前はそれを選択できるのか?」
「……無理に決まってるでしょ」

 シルバの言葉にチャミはすぐに答えた。
 普通の感性を持つ者なら誰だってそうだろう。
 いくら赤の他人と謂えど、その人にも家族がいると自然と考えるものだ。

「そうだろうな。もしそれができるのなら、それこそお前達が言う"化物"だ。一度俺はそうなった。アカラやツチカ、お前を護るために戦う必要の無かったアギト達を皆殺しにした。それがアギト達にとっても救いになると判断し、他にあったであろう選択肢を選ぶことを放棄した。お前はそうなるな。心が痛むのならお前は間違った事をしていると理解できている何よりの証拠だ」

 そう言ってチャミの頭を撫でながら遠くを見つめるシルバの胸は……心は痛みを主張していた。
 だがシルバはただ静かに泣くチャミを落ち着かせることだけに集中し、余計な事は考えないようにする。
 そうして一頻り泣き終わり、ようやくチャミの心も落ち着いた頃に今一度チャミから今後の目的を聞いてゆく。
 この島には古来より伝わる"時の揺蕩う祠"という場所があるらしく、そこでは時間という概念が薄いのだと伝えられている。
 そしてそんな祠には過去から未来まで全ての時に存在する伝説のポケモンが住んでおり、全ての時を見守っているとのことだった。
 そのため"時の揺蕩う祠"の周囲は一般人の立ち入りは今でも禁止されており、祠のある場所は厳重な警備の元管理されている。
 本来の目的ではシルバの旅の理由をウルガモスシティに住む島長であるウルガモスのソルに直接話し、許可をもらってから向かう予定だったが、島の混乱に便乗して目的を果たせと言ったベインの言葉を察するに強行突破してでも今すぐに石板を持って来いという事であると判断したため、心苦しいが竜の軍の進軍が開始した際に混乱に乗じて祠へと急行することとなった。
 肝心の"時の揺蕩う祠"のある場所は今シルバ達のいるマユルドビレッジからそう遠くないキレイハナタウンであるとのことだったため、翌日準備が完了し次第全力疾走で向かい、石板を入手した後に竜の軍の誰かしらの隊長と接触して石板を渡すことが賢明だろう。とシルバのアドバイスも反映したプランを採用した。
 そして今回の任務は謂わば島民への裏切り行為でもあるため、アカラはツチカには作戦の詳細は伝えずに今回はただチャミの先導の元、避難するだけにすることとなった。
 石板を手に入れるために動き回るのはシルバのみとなれば、もしも祠への強行突破がバレたとしてもシルバ以外が罪を被ることはないため、それが最もこの島の住人へも自分達の旅へも被害を与えないだろうと判断した結果だ。

「でも本当にそれでいいの? もしも今の私が演技で、本当は竜の軍の諜報員として元々動いていた……とか考えないの?」
「お前の行動と言葉には嘘が無い。信じる理由はそれだけで十分だ」

 泣き腫らし少しだけ赤くなった目から流れていた涙を拭いながらチャミはシルバに聞いた。
 だがシルバは微塵も揺らがない信頼をチャミに伝えたからか、ようやくチャミの顔には以前のような笑顔が戻っていた。
 森を吹き抜ける夜風に久し振りに子供のように泣いて温まった頬を冷ましながら、チャミとシルバはゆりかご園へと戻っていった。
 帰り着くとミールは心配そうな顔でチャミをみつめたが、チャミの顔が晴れていたからだろう。
 特に深くは聞かず、まだ起きていた三人もようやく眠りに就く。
 翌日、朝のゆりかご園はいつもと変わらず朝食の準備やベッドの片付けなどを子供達が率先して行い、食卓に全員が付く頃には寝ぼけ眼を擦っているような子もいなくなる。
 全員で手を合わせて新鮮な野菜のサラダとパン、そしてコーンスープをみんなで食べてまたみんなでテキパキと食器を片付けてゆく。
 シルバとチャミは朝食を食べている間も周囲の音などをかなり警戒して聞いていたが、どうやらまだ竜の軍が攻め込んできたような喧騒は聞こえてはこない。
 本当ならばまだ周囲の状況を警戒しておきたいところだが、あまり気を張りっぱなしでは身が持たないし周囲に怪しまれてしまうためチャミの方はいつも通りに振る舞うことにした。
 シルバは常時あまり喋らないため周囲を警戒してもあまり気取られないため周囲の警戒を続けていたのだが、今日はそういうわけにもいかず朝から元気一杯の子供達にあちらこちらと連れ回される。
 以外にもゆりかご園に着いてから一番の人気を誇っていたのは周囲の子供を不安にさせないか心配していたシルバ自身で、そうなるとも思っていなかったのか周囲を警戒する余裕も無くなりただ振り回される子供達に注意を払うことで一杯一杯となる。
 ベインの言っていた言葉が嘘ならこのまま何も起きないのだが、流石にそんなことはあり得ないだろう。
 しかしもうすぐ昼になりそうという時間になっても何も起きなかったため流石にこれ以上時間を浪費するわけにはいかず、チャミが買い物へと出掛けるついでに周囲の村の情報を手に入れることとなった。

「ママ! みんな! 今すぐ避難場所まで移動するわよ!」

 帰ってきたチャミは血相を変えて部屋へと飛び込んできた。
 どうやらチャミの予感は当たっていたようで、既に他の村では侵攻が始まっているとの情報を得た。
 チャミ達の元まで情報が届くのが遅かった理由はベインが宣言した通り、チャミ達のいる村とは反対の方向から竜の軍が侵攻したためであり、更に付け加えるならば長い間侵攻されていなかったせいで情報の連携が疎かになっているのが原因だった。
 ミールの先導の元、ゆりかご園の子供達とアカラ、ツチカを連れて近くにある避難用のシェルターとなっている場所までの退避を開始する。
 そしてそれを合図にしてシルバとチャミは目を見合わせてから頷き、歩いてゆく子供達の一番後ろを付いて行く振りをしてシルバだけその場から離れた。
 既に目的地であるキレイハナタウンまでの道筋はチャミから地図のメモ付きで把握しているため、単独行動をしても問題はない。
 林間道を飛び降り、疾風の如く木々と村の間を走り抜けてゆく。

「うおー!! ヤベ―!! はえー!!」
「誰だ」

 シルバが走り出すと何故かまたシルバのすぐ後ろ、具体的に言うならば後頭部の辺りから声が聞こえてきた。
 まさかと思い髪束を上から撫でてゆくと慣れないむにゅんとした感触がシルバの手に触れる。

「うむぅ」
「お前またいつの間にくっ付いてきたんだ」

 変な声が聞こえたそのもちもちした物体を鷲掴みにし、顔の前に持ってくるとまたしてもいつの間にシルバにくっ付いていたのか、その速度を楽しんでいた様子の鼻息を荒くするヤブキの姿がそこにあった。
 今すぐにでもヤブキを皆の元へと返したいが、チャミ達が目指しているシェルターの場所をシルバは知らず、更に今引き返せば最悪アカラ達に作戦がバレて身動きを取れなくなる可能性が高い。
 そのためシルバは少し考えたが、ヤブキ一人ならば何かがあっても守れると考え、自分の髪束の中にズッと押し込んだ。

「ヤブキ。暫くそこから動くなよ」
「分かった! そんかわりオレにそのなんでも出す方法教えてくれよ!」
「だから教えることができない技術だと言っただろ。諦めろ」
「えー。オレだって糸をぴゅーんって木に飛ばせば、木と木の間をしゅしゅーん! って飛んでいけるんだぜ? シルバはそういうことしないの?」
「木と木の間を……。ヤブキ、それはどうやるんだ?」
「どう……って、こんな風に糸を吐いて……」

 髪束から顔だけを出したヤブキはシルバ達のすぐ右隣にあった気の枝に糸を吐きつけ、振り子の原理を使ってグインと飛び、次の枝にまた器用に糸を吐いてくっ付く。
 その木をそうやってぐるぐると回りながら登っていき、シルバよりも高い位置でヤブキは誇らしげに胸を張る。

「……そうか、何か物を作り出して動かすだけがこの力の本質ではなさそうだな。ヤブキ、感謝するぞ」
「へへーん!」

 シルバがそう呟くと誇らしげにしているヤブキをさっと拾い上げてまた髪束の中へと戻し、先程ヤブキが見せたようにシルバは自分の腕から糸を遠くの木まで射出し、以前行ったツルを引き戻す時の感覚で一気に糸を縮める。
 するとシルバの身体は糸が射出された時のようにグインッと一瞬で持ち上げられ、恐ろしい加速力で木々の間へと放り出された。
 後は先程ヤブキが見せてくれたように、シルバの体重を支えられそうな太い枝を探して糸を射出し、振り子の原理とゴムのような収縮による射出を上手く使い分けて走っていた時よりも更に早い速度で、崖も道も何もかも無視した移動を始める。

「スッゲー!! はえー!! シルバもオレと同じ事がすぐにできるようになった! だったらこれは? これは出来る?」
「悪いが慣れない事をしている最中だ。話し掛けるのは後にしてくれ」

 速度に感動しているヤブキはシルバに自分が出来る他の技術を見せようとしていたが、流石にシルバも今までやった事のない移動方法を行いながら余所見をする余裕はないため、顔の傍までよじ登ってきていたヤブキを髪束の中へと押し戻しながら答える。
 ヤブキのヒントとシルバの機転もあってチャミが予想していた時間よりもかなり早く目的地であるキレイハナタウンへと辿り着いた。
 目的地だったキレイハナタウンは見る限りまだ襲撃された様子はなく、本当ならば襲撃されるまで待った方が良いのだろうが、このまま襲撃されるまで待っていれば既に攻撃を受けている村や町のポケモン達がどんどん傷付くだけであるため、周囲の様子を伺いながら目的地である祠の方へと向かってゆく。
 町中は流石に目立つわけにはいかないため普通に歩いたが、周囲は既に虫の島が攻撃を受けた事による不安が伝播しており、周囲のポケモンへ注意を払える者の方が少ないといった様子だ。
 そのためかようやく目的地である祠への入り口を見つけたのだが、明らかに警備が厳重になっており鎧を着こんだ兵士達が忙しなく動き回っており、とてもではないが流石のシルバでも気付かれずに侵入することは難しいだろう。

「ねーねー。糸出せるんでしょ? 葉っぱで服作れる? オレは頑張って小物ぐらいなら作れるようになったんだけど」
「ちょっと静かにしててくれ」

 どうすれば最も穏便に済ませられるかシルバが物陰から窺っていると、また髪束から出てきたヤブキがシルバの顔の横に張り付いて話し掛けてくる。
 そんな緊張感の無いヤブキをむにゅんと掴み、髪束の中へと押し込むが、暫くもしない内にまた顔の横へと移動してくる。

「そういえばシルバってゾロアークなんでしょ? だったら変装とかもできるんじゃないの?」

 不満そうな声を上げながらヤブキがシルバの知らない単語を呟いた。

「変装……というのはどういうことだ」
「えー。自分の事でしょ? 前にゾロアークに見せてもらったんだけど、他のポケモンに化けたり、自分の姿を見えなくしたり、逆に自分そっくりな幻影を作り出してそっちを囮にしたりとか……」
「それだ……。ヤブキ、教えれるかは分からんが糸を使った技術ぐらいなら今度教えてやろう」
「マジで! やったー! 約束だからね!」
「ああ、約束しよう。お陰でどうすればあの警戒を潜れるか閃いた」

 ヤブキが教えてくれたゾロアークの幻影の本来の使い方を聞いている内に、シルバは妙案を思い付く。
 それこそヤブキが教えてくれなければ思い付きもしなかった発想であったため、シルバは素直にヤブキを褒め、軽く頭をポンポンと撫でてから一度祠に近い建物の傍へと移動する。
 今一度ヤブキに暫くは静かにしていることと、勝手に髪束から出てこない事を言い聞かせ、必要な物の作成とタイミングを計る。

「おーい!! 誰かこっちにいたぞ!」

 そうこうしている内に兵士の内の一人が何かを見つけたのか、他の兵士達を呼んでシルバ達のいる物陰へと走ってきた。
 そのままではシルバ達が不審者として扱われるかと思われたが、駆け付けた兵士達が見たのは縄で縛られた兵士の姿だった。

「だ、大丈夫か!? 誰にやられた!?」
「助かった。いきなり後ろから縛られたから姿は見えていないが俺の後ろの方へと逃げていったはずだ」
「あっちだな! 半分は俺についてこい! 残りは警備を固めろ!」
「大丈夫か? 立てるか?」
「ああ。大丈夫だ」

 縄で縛られていた兵士は解放されると、自分を縛り付けた兵士が逃げたと思われる後方を指差す。
 兵士自身はその逃げた相手を追従せずに警備隊の方へと戻っていき、しっかりと兜を被り直して気を引き締めて祠への入り口を警備し始める。
 が、勿論逃げた敵などいるはずもなく、半分の兵士は偽の情報に踊らされているだけだ。
 鎧を着こみ、警備隊の中へと戻ったのは変装したシルバであり、次々と隊長の指示に従って配置に付く兵士達の動きに紛れてこそっと祠への道を進んでゆく。

「……この先は流石に警備兵はいないようだな。チャミの話だとこの辺りは時間の流れがおかしいと言っていたから当たり前か」

 道の端にある岩や木の陰に身を潜めながら進んでいたが、どうやら警備を行っているのは入り口の周辺のみだったらしく、兵士が見当たらないため途中からは普通に道を歩いてゆく。
 祠への道は不思議な薄暗さが続いており、全体がまるで洞窟の中にいるように薄暗い。
 しかしその暗さは特に不気味な雰囲気ではなく、寧ろ懐かしさや何処となく安心感を覚えるような不思議な暗がりとなっている。
 そうして進んでゆくと道の中央を遮るように黄色と黒で彩られた警戒を意味する縄が張られており、それがシルバの視界の先にある人工物らしき物体の周囲をぐるりと囲んでいる。
 そしてその恐らく祠だと思われる物体は奇麗に切断された岩で組まれているのは分かるが、既に崩壊して石造りの社だったと思われる塊になっている。
 だが崩れた祠は何故かその薄暗い空間でもまるで木漏れ日の日差しを受けているかのように明るく、うっすらと緑色の光を受けているように見える。

「ねえねえ。ここってどうなってるの? なんか変な感じだけど」
「さあな。しかしこの感覚は一度経験した気がする」

 ヤブキが髪束から頭を出して周囲を見回し、シルバに質問したが、勿論シルバもこの場所は初めてのため知らない。
 だがその空間はシルバにとって何故だか心地良く、このまま居続けてもいいと思えてくる。
 とはいえここは静かそのものだが外では今も竜の軍勢の侵攻が行われているため、いつまでものんびりとしているわけにはいかない。
 そう考え祠へと進んでゆくと、シルバの中にある懐かしさや安心感が次第に強くなってゆき、眠気も無いはずなのに何故か目を空けているのが非常に困難になる。
 日溜まりの中で横になっている時のようなとてもリラックスできる感覚に陥り、次第に考えが纏まらなくなってゆく。

『お帰りシルバ。僕のところでは少しだけ休んでいくといいよ』
『誰……だ……? 駄目だ……瞼が開けられない……』

 崩れた社に寄りかかるようにしてシルバは動けなくなり、聞き覚えのあるような無いような声が心に直接優しく語り掛けてくる。
 しかしそれが誰かを思い出そうとしても頭が回らず、閉じた瞼は鉛のように重く動かすことができない。
 眠っている場合ではないと頭では理解しているが、何故眠っている場合ではないのかが思い出せなくなり、次第に何を思い出そうとしていたのかすら分からなくなっていった。



――微睡みから目覚めると今までとは違う小さな影がシルバを見下ろしていた。
 妖精のような小さな羽を動かし、ふわふわと浮かぶその影は彼を見下ろして不思議そうに首を傾げる。

「毎日毎日同じ事の繰り返しを続けてて飽きないの? 君なら他に幾らでも出来る事なんてあるでしょ?」
「飽きなどしませんよ。毎日が幸福で満ち足りていますので。それに私達からすればこの毎日は同じ事の繰り返しなどではありません。ただの一度たりとも同じ日は無いのです。それに私自身、こうする事が好きなのです」

 言葉を返すとその影は少し驚いた表情を見せて、小さく微笑んだ。
 決して言葉には出さなかったが、どうやらその返事を聞いて納得したらしい。

「そうなんだ……。もしその言葉が本当なら君の望む幸せと、僕達の望む幸せは同じものになるかもしれないね。もしかすると君にあるお願いをすることになるかもしれないけれど、その時はまた君に会いに来るよ」



 ふわりふわりと浮かんでいたその影は輪郭を緑色の淡い光を残しながらシルバの視界から流れてゆく。
 意識がはっきりとするとそこはまだ縄の前であり、獣の島の時のようにいつの間にか石板を手にしていた。
 しかし一つだけ違うことがあるとすれば淡い緑色の光だけは確かにそこに軌跡を残しており、その軌跡だけはまるで時が止まっているかのように揺らぎもしなければ薄くなることもなくその祠の周りを漂っている。
 それはあの記憶の中で見た影とよく似た形をしており、シルバが気が付くとその影は他の伝説のポケモン達同様に光の姿となって祠の上に腰掛けた。

「何回目だっけ? こうやって会って直接話すのって」
「分からないな。未だ記憶は曖昧だし、何を思い出せているのか俺にも分からん」

 その光の言葉にシルバは言葉を返したが、何故かその光は嬉しそうに声に出して笑った。

「うん。今回で随分と君らしくなったかな? もうそろそろ心配事の方が少ないだろうし、後はゆっくり楽しく"鍵"を集めていけばいいよ。また今度、色々聞かせてね」

 その光がそう語ったかと思うと、今まで漂っていた光も含めていつの間にか視界から消えていた。
 今度はシルバが言葉を返す時間も与えず一方的に話すだけ話して消えたが、シルバとしてもあまり長々としていないのは今の状況では有り難い。
 手にした石板を髪束の中へと入れてシルバの顔に張り付いたまま感嘆の息を漏らし続けるヤブキも髪束の中へと戻し、その場を急いで後にする。
 入り口付近までは道なりに歩いてゆき、警備兵達の様子を伺いながらまた何事も無かったかのように端の方からこそっと出ていき、小走りに走る兵士達の列の少し後ろについて走りながら警備兵達の一団を離れた。

「よし、これでもう鎧は要らないな。さっさとチャミ達に合流するべきだな」

 深く被っていた兜や鎧を脱ぎ捨てて建物の裏でそれらに触れて消し、来た道を少しだけ駆け足に戻ってゆく。
 シルバの使う実体化する幻影は非常に便利なように思えたが、この変装をするためにヤブキからのヒントを元に試したことで出来ることと出来ない事がはっきりと分かった。
 本来ならばゾロアークの使う幻影は周囲の風景も巻き込んだかなり広範囲を対象とした風景を好きなように見せる能力だが、シルバはそういった風景の見え方だけを変えたりといった普通の幻影を投影する事が出来ない。
 出来るのであれば今回の潜入も周りに自分の姿だけが見えないようにするだけで十分だったのだが、わざわざ変装した理由はそういう事だ。
 また生きている他のポケモンに干渉したり、自分自身の姿を変えることもできないため、変身や他のポケモン達を一時的に別の物に変えたりといった回避方法も不可能である。
 逆にできる事はシルバがイメージする物体の生成。
 これによって生成した物体はシルバの意思に従って自由に動かすことができ、糸やツルのように伸縮させて利用することもできれば、鎧を生成してあたかも警備隊であるかのような格好になったうえで、縄と目隠しを生成してそれらを操作して自分自身を縛る。
 こうすることでまるで襲われたかのようにしか見えず、不要になれば消去することもできるため変装や移動用に利用する分では非常に便利な代物だ。
 そして町から十分に離れきるとキレイハナタウンへ来た時と同様の方法でマユルドビレッジへと急いで戻ってゆく。
 それほど時間は経っていない認識だったが、シルバが帰りの道を行く頃には遠くから悲鳴が聞こえており、既にこちら側のかなり深くまで竜の軍が攻め込めるほど時間が経ったことを意味しているため、既に慣れた手つきで森と村の間を滑るように突き抜けてゆく。
 シルバとてできる事ならばその悲鳴の主を助けたいが、全員を助けるために取るべき最善の手段は一人一人を助けることではなく今すぐに石板をチャミに渡し、チャミから竜の軍の者へ渡すことだと判断した。
 そうして村まで戻ると当初シルバとチャミが予定していた通り、避難が完了したチャミは単身でゆりかご園へと戻ってシルバとの合流を待機していたため、問題なく合流することができた。

「シルバ! どうだった!?」
「大丈夫だ。無事に全く事を荒げずに石板を手に入れてきたぞ」
「えっ……シルバが……」
「どうした?」

 手に入れた石板をチャミに渡したシルバの顔を見て、チャミは思わず動きを止めた。
 シルバはそんなチャミの様子を見て不思議そうな表情を浮かべる。
 そんなことをしている暇はないのだと分かっても、チャミにとってそれは何も考えられなくなるほどの衝撃だった。
 そう、シルバが不思議そうな表情を浮かべているからだ。
 その前にチャミに石板を渡した時にはシルバの口角は上がり、間違いなく微笑んでいた。
 だからこそチャミは今にも泣きそうになってしまう。

「シルバが……笑ってる……」
「そうなのか? 案外自分の事は自分じゃ分からないもんだが、今はそれどころじゃないだろ。行くぞ! この島を救いに」

 シルバはそう力強く言い、チャミに手を差し伸べる。
 無表情で淡々とした喋り方だったシルバとは似ても似つかわしくない表情と声で話すシルバは、チャミにとってしてみれば違和感が凄かっただろう。
 だがその差し伸べた手と言葉は間違いなく昨日の晩のシルバのそれと同じで、チャミの過ちも後悔も分かった上で全てを救おうとしていることだけはしっかりと分かった。
 チャミはツルを伸ばしてその手に乗せ、今にも泣きそうな表情のまま笑顔を作って大きく頷く。
 それを見てシルバはすぐにチャミに髪束の中へと入るように指示し、入りきったのを確認するとシルバはすぐに悲鳴が聞こえてくる方へと走り出し、木と木の間を糸を使って一気に突き進んでいった。


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 場所は変わり、虫の島の防衛軍と竜の島の侵攻軍が激しくぶつかり合う戦場のど真ん中。
 ベインが告げた通り今回の戦いには"竜の翼"に所属する戦力が全て投入された熾烈を極める戦闘となっていた。
 その中には勿論深い樹木の林を縫うように飛んでゆくドラゴとレイドの姿もあり、彼とその部下達が次に攻撃するよう指示を受けた村を目指して進んでゆく。
 その道中でもドラゴ達の前に多くのポケモン達が立ちはだかったが、この島の住人の大半は虫タイプか草タイプであるため、ほとんどのポケモンはドラゴの放つ火炎放射を受けて一撃で沈んでいった。

「ドラゴ隊長! 目的の村が見えてきました! 攻撃を開始しますよ!?」
「……悪く思うなよ。全隊俺に続け!」
「レイド隊長! 我々の攻撃目標も見えました!」
「やるしかないよな……。行くぞお前ら! 村を徹底的に破壊しろ!」

 ほぼ隣り合った位置にあったチェリムビレッジとイトマルビレッジをドラゴ達は発見し、二人の部隊は奇麗に分かれてそれぞれの村へと降り立つ。
 警備の数こそ多いものの、ポケモン達はチャミが言っていた通り長い平穏に慣れていたせいか、誰もが目の前におり立ってゆく竜達の姿に彼等は既に震える。
 とてもではないが力で勝るドラゴ達に心でまで負けているような彼等では太刀打ちもできない。
 次々にドラゴ達へ葉っぱカッターやリーフストームで応戦しようとするが、拙い彼等の動きではドラゴの動きを捉えることは出来ずに素早く避けられて、カウンターの火炎放射による薙ぎ払いを受けてその身を焼かれる悲鳴を上げてゆく。
 その光景を目にする度にドラゴは顔を顰め、視線を逸らすが攻撃自体は止めずすぐに繭や木でできた燃えやすい家を次々と焼き払う。

「許せとは言わん。だが恨んでくれるな」

 燃え盛る村の中央でドラゴは何処か遠くを見つめながら呟く。
 バチバチと音を上げながら燃えてゆく家々が焼け落ちてゆくのを眺め、自らの与えられた任務が完遂されてゆくのをその目で見届ける。

「シルバ! あっちも燃えてる! 水! 水をビューッ! って出して!」
「了解。島が賑やかなのは良い事かと思ったが、ここまで村が多いのも逆に考え物だな!」

 そんなドラゴ達の上を飛ぶような速度で現れたシルバが、両手をブンッと大きく広げるとその腕から波紋が広がるように水が湧いて燃え盛る家々に降り注いでゆく。
 何事もなくその村が焼け落ちてゆくのを見守るだけだと考えていたドラゴは、頭の上から突如降り注いだ大量の水に驚きながら顔を拭い、目の前に立っていたシルバの姿に気が付いた。

「まさか本当にこの島にお前が来ているとはな……」
「ドラゴか。お前なら丁度良い。事情を説明するからこいつから石板を受け取ってくれ」
「!? どういうことだ? お前と会っていなかった期間など一ヶ月にも達していない。一体何があった?」
「男児三日会わざれば……だっけか? まあ色々とあったよ。それについてお前と話すのはまた今度だ。今はさっさとこの無駄な争いを終わらせたい。協力してくれ」

 シルバの姿を見てドラゴは警戒し、戦闘態勢を取ったが軽く微笑んでから普通に話し掛けてきたシルバの姿に思わず驚愕した。
 感情すらも凍てついたかのような反応を見せていたシルバと話したのは数週間程度前であるのにも拘らず、既にそこにいるシルバの雰囲気はドラゴが知っている記憶の中のシルバにそっくりになっているからだ。
 思わず自分の目を疑ったが、ドラゴの言葉に対して答えてゆくシルバの言葉は表情と共によく変わり、協力を求めた時には思わず懐かしささえも感じるほどに人間味に溢れていた。

「できる事なら協力してやりたいところだが、生憎こちらも背に腹は代えられん状態でね。何が何でもこの島の村を破壊しなければならない」
「どういうことだ? 石板が目的じゃないのか?」

 石板を差し出しながら話し掛けたシルバにドラゴは首を横に振って返事をし、言葉を続けた。
 その言葉を聞いてシルバは難しい表情をしてみせたが、シルバの言葉にドラゴは首を縦に振って答える。

「無論石板も目的の一部だ。だが、今回の作戦はこの島の村の内半分を壊滅させろというものだ……。石板が手に入った所でその目的も達成させなければ本部は今回の任務を完遂したとは認めてくれない」
「どうしてもか?」
「どうしても……だ。分かってくれとは言わん。だが、俺には例え誰かを傷付けたとしても守らなければならない者がいる」

 ドラゴの語るその言葉は口にすらしたくないのだろうという想いがひしひしと伝わってくる。
 今までの作戦は全て石板を手に入れることが目的であったため、島民への攻撃は単なる石板を隠しても碌なことはないという脅しであったため、徹底的に潰す必要などなかった。
 ドラゴ自身、戦う事自体を望んでいたわけではないため可能であれば島民が逃げることを待ったりしていたのだが、彼の部隊にもヒドウ直属の部下が編成されているため下手なことは出来ない。
 そのため諦めてドラゴは戦うしかなかったのだが、シルバはその言葉を聞いてあっけらかんとした顔で話し始める。

「そうか。なら"村だけを"半分ぶっ壊してくれ。島民に被害を加えるのは今の作戦からだと目的ではないんだろ?」
「何? いや……確かにそうだが、それは詭弁だ。とてもではないがそれで許してくれるとは思えん」

 シルバの申し出は突拍子も無い物だった。
 しかし、村だけを破壊したとしても島民への直接的な被害が今回初の命令であるため、村だけを破壊するような屁理屈が通用するわけがないためドラゴは申し出を断ろうとした。

「分かってる。死体が必要なんだろ? 壊れた村は作れないが、"死体"なら俺が作り出せる。そんでついでに今俺の髪束の中にいるチャミから受け取った事にして石板も届けてくれ。悪い話じゃないだろ?」
「……そんなことができるのか?」
「できる。だがそれにはお前の協力が必要不可欠だ。協力してくれるか?」
「いいだろう。俺だって殺す必要がないのならこれ以上殺したくない。先にレイドにも協力してもらえるように話してこよう」

 そう言ってドラゴはその場を離れてすぐに横の村で暴れているレイド達に声を掛け、戦うのを止めてもらった。

「シルバ、悪いが今からやる事には目を瞑れ」

 ドラゴとレイド、二人が一つの村に集まってシルバと話をする前にドラゴがそう言うと、自分達の部隊の後方にいた兵士に飛び掛かり、一瞬にして味方であるはずの兵士を屠る。
 だがそれを止める者も驚く者も特におらず、すぐにでも逃げようとした数名の兵士を全て屠るとドラゴとレイドはシルバの前へ歩み出た。

「これで今だけは全面的に協力できる。何をすればいい?」
「成程、部下の体だが実際はお目付け役か。まずはチャミ、出てきてくれ」
「何々? 何がどうなったの?」
「お前は出てくるな。子供にはちょっと刺激が強すぎる」
「むにゅう」

 シルバに呼ばれて髪束の中から出てきたチャミにつられてヤブキが飛び出そうとしたが、既に焼けた遺体やドラゴ達がたった今殺した死体の転がる光景は子供に見せるわけにはいかないため、顔を出すよりも早く動きを止めて髪束の中へと押し込む。
 そして必要なメンバーが出揃ったところでシルバは全員に作戦の説明を開始した。


**9:戦う理由 [#gqGFoAW]

 村が一つ焼け落ちるとまた一つ焼け落ち、その炎は更に勢いを増して木々を音を鳴らして焼いてゆく。
 そしてその焼け落ちてゆく村の中心には沢山の遺体と焼け爛れた焼死体の山を築いたシルバの姿。

「これぐらい焼けてしまえば十分か。死体もこれだけ準備すれば十分だろう」

 炎のむせ返るような熱と生き物の焼ける嫌な臭いが立ち込める村の中心でシルバはニヤリと笑い、村の上から水の膜を広げるようにして大量の水を生成して一気に消火してゆく。
 そうすることで炎で焼けていた家々の火は消え、死体に付いていた炎も音を立てて消えながら更に嫌な臭いを強くする。



 第九話 戦う理由



「酷い臭いだ……。シルバ、次の村も全部準備ができた。今は勢い良く燃えてるはずだ。この調子なら次は町を焼けば他の侵攻部隊の攻撃速度と合わせても十分必要な破壊目標は達成できてるはずだ。破壊が終わったらレイドに撤退を伝達してもらって、俺は石板を作戦本部まで持ち帰る。それでいいな?」
「ああ、大丈夫だ。もしもこの島を誰かが監視しに来たとしてもこの惨状なら監視役も納得するはずだ」

 鼻につく臭いが立ち込める中、シルバの後ろから歩きながらドラゴが口元を押さえてシルバに話し掛ける。
 シルバとしてもこの凄惨としか例えようのない光景を望んでいたかのような口ぶりで答え、先を行くドラゴを追って村を出て行った。
 そしてそのままドラゴが言った通り、次の村へと辿り着くとそこでもシルバは最も見通しの良い場所に死体を山のように重ねて火を放ち、村も死体も十分に焼けると水を掛けて全てを鎮火する。
 次に町を焼き、町にいたであろうポケモン達を山のように積み上げて焼き払う。
 そんな狂気に触れたとしか思えない光景を次々とシルバは作り上げていったが、それは勿論シルバの言う作戦であり、全ては偽装工作である。
 作戦の内容はまず最初に出てきてもらったチャミをドラゴとレイドに顔見せし、同時に彼女が今まで竜の軍勢への情報の横流しをしていたスパイ、"竜の瞳"の隊員であることを説明した。
 その上でシルバはこの島で手に入れた石板をドラゴに渡し、今回の石板はチャミがシルバに言葉巧みに言い寄り、預かった形で受け取ったものをドラゴへ渡したということで口裏を合わせてもらう。
 それだけなら顔見せなどする必要はなかったように思われるが、今回の戦闘の起点はベインの一言であるため、チャミが任務を遂行したことを正確に伝えてもらう必要があるため、お互いの姿や素性を知らない事が原因で話の矛盾があってはならないからだ。
 その後はチャミがヤブキを連れて攻撃目標となる村へ先に移動して、攻撃されることを事前に大声で叫んでもらい、他の安全な状態の村へと避難してもらった上で、警備兵もそちらの護衛へ向かってもらうようにお願いすることで上手く村をもぬけの殻にしてゆく。
 逃げ遅れた者がいない事を確認するとレイドの部隊が先行して村へと飛び込み、村をある程度燃えやすいように破壊しつつ本当に逃げ遅れたポケモンがいないかを確認してもらい、逃げ遅れたポケモンには十分に脅した上で逃げてもらう。
 その後はレイドはチャミのガイドに従って次の攻撃目標を探し、避難が完了するまで待機。
 次に破壊された村へドラゴの部隊が突入すると家々へと火炎放射を放って燃やしてゆく。
 部隊員達の中でも火を放てない者は風を起こして火勢を煽り、ごうごうと音を立てて燃やしてゆき、シルバが到着するまでの間に可能な限り一気に燃やしてしまう。
 その後はシルバがまだ火で村の中の視認性を悪い状態にしている間に突入し、シルバが自分が今までに見てきたポケモン達の身体を"パーツ毎"でイメージし、ただの肉の塊として生成した。
 そのため生成された肉塊は全て奇麗に切断されているのに血が一滴も流れていなかったり、そもそも何処にも繋がっていたような様子のない毛で覆われた状態だったりとなっているため、ぱっと見でも不自然であるのがよく分かる。
 不自然さが残ったままではもしも確認しにこられた場合にどうしようもなくなるため、シルバはその肉塊をまるで見せしめに一か所に集められて焼かれたかのようにし、焼死体の群れのようにすることで不自然さを誤魔化した。
 上手い具合に破壊を偽装していき、目標としていた数に到達したため、予定通りレイドは他部隊へ撤退の伝令をしに行き、ドラゴは島の端に仮設されているという作戦本部へ目標の達成を報告するために一直線に戻っていった。
 一先ずは順調そのものだが、シルバは警戒を一切緩めなかった。
 この偽装破壊作戦が成功するか否か、その鍵を握るのは他でもないベインの存在である。
 ベインがフライゴンであることはチャミ達から聞いているため知ってはいるが、直接会った事のないシルバでは一目でそれがベインであるということを見分けることができないため、常に周囲の殺気や敵意に警戒し続ける。
 ほんの僅かでもチャミやレイド、ドラゴへ向けた殺気を感じたり、シルバへの直接的な妨害をしてきたならばと考えて少しその場で警戒し続けていたが、チャミを襲うために現れる気配は感じられなかった。

「これ以上は長居する理由もないな。チャミ、ゆりかご園の子供達が待っている避難所に移動しよう。道案内を頼む」

 そのままシルバはチャミに声を掛け、不安そうな表情を浮かべたままのチャミを少しでも早く安心させるために最初に移動させた避難所へ向かうことにした。

「シルバ……ありがとう」

 木々の間を飛ぶように移動するシルバの背中から、風の音でかき消されそうなほどか細いチャミの声が聞こえる。
 しかしその声は確かに震えているのが分かり、同時にチャミが心の底から感謝しているのだと今のシルバには分かった。

「礼なんていらないよ。俺ができるからやった。それだけだ。それに、もう一人でどうにかしようとして抱え込むなよ?」
「うん……」

 その会話の後は特に話すこともなく、ゆりかご園の皆が避難した場所まで辿り着く。
 しかしヤブキがいない事に途中で一度気が付き、ミールは一度ゆりかご園まで探しに出てから避難場所まで戻っていたらしく、気が気ではなかったようだ。

「ヤブキ!! なんであなたはそんな危険な事をしたの!!」
「だ……だって……。シルバがどっか行くって聞いたから一緒に見てみたくて……」
「本当に心配したんだから! もうこんな勝手な事は絶対にしないのよ!!」
「ごめんなさい……」
「でも本当に良かった……。本当にあなたが無事でよかった……。シルバさん、ヤブキを守っていただきありがとうございます」
「礼には及ばないよ。俺もヤブキの機転に助けてもらったからな」

 シルバの髪束から元気に飛び出してきたヤブキは、普段のミールからは想像もできないような顔で烈火の如くヤブキを叱りつけた。
 あっという間にヤブキの元気は消え去り、涙を流しながら謝ると、ミールも同じように心の底から安心したのか柔らかな笑顔を浮かべて涙を流してヤブキをしっかりと抱きしめる。
 そしてシルバにも礼を言ったが、シルバは少し微笑んで言葉を返した。
 その後はチャミを残し、シルバは周囲の安全を確認しつつ島の反対方向を目指して移動し、本当に竜の軍の侵攻が収まったかを確認しにいくが、何処を見ても既に戦闘しているような様子はなく、シルバの作戦が上手くいった事を静かに告げていた。
 可能であればレイドやドラゴの様子を見るに、本当に戦いたいわけではない者達とただ破壊と略奪を愉しんでいる者達がいるであろうことをシルバも理解し、理解したからこそ彼等に戦う理由を訊ねたかったが、やはり彼等も既に島から去っているようだった。
 シルバはそれだけ確認するとすぐさま島の中央であり、最大の都市でもあるウルガモスシティへと向かう。

「すまないが、この島を治めているポケモンは誰か知らないか?」
「島を治めているポケモン? そんなポケモンいないよ。それぞれ町毎に治めてる長がいるってぐらいだ」
「ならこの町の長は?」
「メルトさん? メルトさんなら今、島の復旧をするための緊急会議を開こうとしてたはずだよ」
「復旧のための会議か! それなら話は早い。それが何処か知ってるか?」
「流石にそれまでは知らないな。オフィスも損傷が激しいってことで避難してるらしいし、何処かの避難所でやるんじゃないかな?」
「それだけ分かれば上出来だ。ありがとう!」

 シルバは町に着くとすぐに近くにいたポケモンに話し掛けた。
 色々と聞きたい事を聞いていき、すぐさまメルトという名前と何処にいそうかという情報を得たが、その時のシルバの顔はまさしく表情豊かで何の違和感もなかった。
 それまでのシルバの喋り方とも違って言葉に抑揚があり、話す内容にも緩急があるためそれまでのシルバを知っている者からすればその様子は驚愕そのものだろう。
 慌ただしい町中を移動しながらシルバはメルトの名前を頼りにその人を探してゆく。
 そうしている内にメルトの名を呼ぶ人だかりを見つけたため、ようやくシルバもメルトに会うことができた。

「メルトさん! 庁舎の被害状況ですが……」
「メルトさん! 貯蓄されていた食料庫にも甚大な被害が!」
「メルトさん! 行方不明者の捜索を優先させますか? それとも家屋の復旧を……」
「分かっている! 全部対応する! だが、私の身は一つだ! 一人ずつ喋ってくれ!」

 人だかりの中心にはウルガモスが眉間に皺を寄せながら彼等の言葉を一身に受けており、彼がメルトであることはすぐにシルバも理解した。
 しかしその人だかりを見る限り、シルバの存在に気付いてもらえるのは随分と先になるだろうと分かるほど、深刻な表情をしたポケモン達がおり、このままではシルバの作戦の仕上げが何時まで経っても始められないだろう。
 そのためシルバは大勢いるポケモンをふわりと飛び越え、あろうことかその人だかりとメルトの間に飛び込んだ。

「ちょいと失礼。あんたがメルトか?」
「そ、そうだが……お前は誰だ?」
「獣の島から来たシルバという者だ。早速だが、今回の島の復興に関して、設備関係は俺に任せてもらいたい」
「どういうことだ? まだ被害状況も把握できていないような復興を行うと? 見れば分かると思うが冗談を聞いている暇はないんだ」
「俺の幻影を操る能力は実体化する。つまり俺が幻影を出せばあっという間に建物なら修復できるんだ。こんな風にな」

 メルトはあっけらかんとした表情のシルバとその口にした内容が、あまりにも現実離れしていることでシルバの言葉を真に受けていなかったが、シルバが手の上に一つ小さな家を出現させ、それをメルトに差し出してみせた。
 訝しげな表情のままその家をちょいとつついてみたメルトは、突き抜けると思っていたその家の小さな模型に実際に触ることができる事に驚き、更に手に持とうとして屋根だけが外れたことで、それがただの幻影ではない事を証明するとその能力の凄さに気が付いたのか、遠くの方を見つめながらブツブツと何かを呟き始めた。

「シルバと言ったか? 君のその幻影が出せるのはそういった建物だけか?」
「ポケモンを実体化させることは出来ないが、物体であれば食料や衣料品も可能だ。食料に関しては既に一度振舞っているから味もお墨付きだ」
「なんと……! ならば是非協力していただきたい! ナツメ! 何処にいる!? 今すぐに各村の長から被害状況を報告させろ! 被害の大きい村からシルバを向かわせる! それとヨモギ! 負傷者を今すぐに……」

 シルバの一言でメルトは周囲に集まっていた大勢のポケモン達に迅速に指示を出し始める。
 その姿は正に指導者の一言が相応しい程に適切かつ迅速であり、各村や町の長への連絡を行ったり周囲にいる人々を動かしてゆく。
 すぐさまシルバもナツメと呼ばれたロズレイドに指示を仰ぎつつ、指示に従って村を巡って建物の復旧を行い始める。
 村へ辿り着く度に設計図やまだ無事だった建物などを参考にしてイメージを固めてゆき、バチバチと小さな音と光を出しながらシルバの目の前へ建物が生えてゆく。
 その光景はやはり俄かには信じ難く、一つ家を建て終わるとその光景を見つめていたポケモン達が幻影なのではないかと家に触れるが、誰もがそれに実体があることを確信すると一様に訝しげな表情から驚愕の表情へと変わってゆく様は痛快だ。
 一つ建ててはすぐに次の建物のあった場所へ向かい、また一つ建てては次の場所へと走る。

「シルバさん! 休まれなくて大丈夫なのですか?」
「ん? ああ、別に疲れないし大丈夫だろう」

 次から次へと家を生やしてゆき、一つの村が復旧するとすぐに次の村へと向かってナツメを担いで飛んでゆくシルバを見て、流石に心配になったのかナツメがシルバに問いかけた。
 しかしシルバとしてはその実体化する幻影は然程疲れる行動でもないらしく、疲れ一つ見せないどころか村々を疾風の如く駆け抜けても息一つ乱さない。
 そんなシルバの活躍もあり、竜の軍による総攻撃があったとは思えないほどの速度で島の施設群や家々は復旧してゆき、三日も経つ頃にはシルバが訪れた時とほぼ同じレベルにまで復旧していた。
 勿論行わなければならないのは復旧作業ばかりではなく、怪我をした島民の治療と保護やシルバが家を建て直すまでの間の避難所での食料の配布等も行われ、シルバはその活動に直接的ではなく、物資を実体化させることで参加する。
 そうして多くの島民に感謝されながら端々の施設の復旧まで全てが完了しきるまでには一週間もかからなかった。

「シルバ。獣の島から遠路遥々やって来た君が我々の島をこれほどの速度で復興させてくれたことは本当に有難い。感謝の言葉では伝えきれないほど君の行動に感謝している」
「言ったはずだ。俺ができるからやったまでで、礼を言われるようなことをやった覚えはない。もしもお前が俺と同じ能力を持っていたら同じ事をしただろう?」
「確かにな。だとしても君の英断のお陰であれほどの惨事を味わったというのに皆の目には希望が満ちている。だからこそ島民を代表して言わせてくれ。我々を救ってくれてありがとう」

 復興の完了したウルガモスシティの大広場でシルバは大勢の島民達に囲まれ、感謝と尊敬の念を一身に受けながらメルトと言葉を交わし、大歓声の元彼の行動を皆が讃えた。
 シルバはそんな島民達へ大きく手を振り、軽く微笑んで声援に応える。
 暫くの間止まない声援を受けながらシルバとメルトは多くの島民達へ言葉を伝えてゆき、そして最後に亡くなった者達への黙祷を捧げてその式典は終わりを告げた。

「シルバ! お帰り!」
「ただいま。アカラ。随分と待たせてすまない」
「本当に……本当にシルバが笑ってる! シルバがどんどん僕の知ってるシルバに戻っていってる!」

 長い復旧作業と復興式典をようやく終え、シルバはアカラ達の待つゆりかご園へと戻ってきた。
 最初に出迎えたのは他でもないアカラであり、満面の笑みで出迎えるアカラに対して微笑みながら話し掛けたシルバの表情を見て心底嬉しそうにシルバへと抱きついた。
 そんなアカラをしっかりと抱きとめてからシルバは優しく頭を撫でる。
 だがここは孤児院であり、皆シルバと一度は遊んだ仲。
 あっという間に他の子供達も柔らかなシルバの表情を見てぐわっと子供達がシルバを取り囲み、あちらこちらへと張り付いてゆく。

「ツチカ、ヤブキ。お前らも遠慮しなくていいぞ? それに勿論チャミもな」
「私は遠慮しておくわ。お姉ちゃんが子供達の楽しみを取っちゃいけないからね」

 少し遠慮していたツチカとヤブキもすぐにシルバの元へと近寄ったが、チャミは微笑んだ後そう答えてミールと一緒にその様子を眺めていた。
 復興が完了するまでの間シルバはずっと敵の強襲を警戒していたが、本当にベインはやってくることはなく、作戦通りに石板が手に入った事に満足していたのかそれとも約束を破るつもりは初めから無かったのか、どちらにしろ次の島への攻撃も起きなかった。
 であればこれ以上シルバ達もこの島へと滞在する理由はない。
 そのためシルバは夜に再度チャミを呼び出し、二人きりで話をした。

「チャミ。すまない。結局俺はお前を護るためにこの島に住んでいる人々を沢山犠牲にした」
「シルバが謝る事じゃないでしょ? 元を辿れば私のせい。安請け合いで竜の軍に寝返った私のせい。そんな私が、私だけが自分の大切な人達を守りたいだなんてあなたにお願いしたせい……」
「泣くな。お前はあの時最善の選択をしてくれた。最後まで騙し通しても良かったはずだったのに、お前は自分が何者であるのかを明かしてくれた。だからこそ最悪の結果だけは免れることができたんだ」
「いいえ。私は只の卑怯者よ……。今も昔もただ自分が死にたくないから他の何かを犠牲にし続けている卑怯者……。それだけは私もきちんと理解しているつもり。だからこそ、もうあなたのこともアカラちゃん達の事も傷つけさせたくない。もう覚悟は決めたわ。シルバ。あなたの後ろにいる人達は私が守るわ」
「助かる……。それは俺にはどうしても出来ない事だからな」

 涙を浮かべるチャミをそっと抱き寄せて、シルバは優しく頭を撫でながら宥める。
 するとチャミはとても安心した表情を浮かべ、そして同時にシルバに自分の覚悟を告げた。
 シルバもその言葉に異論を唱えることはなく、素直に彼女の申し出を受け入れた。
 その理由はチャミの決心に納得したからではなく、シルバのこれまでの経験と今のシルバだからこそ考える事だった。
 シルバには感情が無い。
 記憶を失っているからではなく、その種類の感情が湧かないのだ。
 石板を手にする度、シルバの心には色々な感情が湧くようになったが、だからこそこの先も旅を続ければ必ずぶち当たる壁があるとシルバは考えていた。
 最初は笑うことのできない事へのアカラ達をこれ以上悲しませたくないという想いだったが、これから先もアカラ達を護るために戦うのだとすればもしも"怒り"や"憎しみ"のような感情が蘇った場合、今と同じようなままでいられるだろうか。
 怒りを抑えるための感情や思考が蘇る前に怒りの感情を手にしてしまえば、間違いなくその怒りの衝動を抑えられないだろう。
 それは必ず沢山の悲しみを招く事になるとシルバは薄々理解し始めていた。

「結局俺は未だ泣くこともなければ笑うこともない。今だってお前達が微笑んでいると言ってくれることで自分の表情を理解しているほどだ。このままアカラ達に心配させずに楽しく旅をさせてやるためには……俺では力不足だ」
「そうね……。でも大丈夫よ。私もあなたの笑顔が見たいもの。例え怒りを先に覚えたとしてもあなたなら必ず皆を悲しませないように努力してくれるはず。私はそんなあなたの姿をずっと見ていたのだから自身を持って」

 悲しげな表情を浮かべるシルバに対して、今度はチャミが小さく笑ってみせる。
 それを見てシルバは小さくありがとうと呟いたが、その言葉は柔らかな感触によって遮られた。
 シルバの唇にチャミはそっと自分の唇を重ね、静かに目を閉じる。
 思いもよらないチャミの行動だったが、シルバはただ応えるように静かに瞼を閉じて同じように唇を重ねた。
 月明かりだけが照らす静かな村の橋の上で二人は静かにその口付けを交わしていたが、暫くとしない内にチャミがその唇をスッと離す。

「フフッ、ありがとうシルバ」
「ああ、ありがとうチャミ。この旅が終わるまでの間、これからもよろしく頼む」
「この旅が終わるまでの間? そんなつまらないこと言わないでよ」
「どういう意味だ?」
「それは、この旅が終わるまでには分かる事よ。いつかあなたが思い出す記憶が私の言葉の意味を理解させてくれるはず。だから私の口からは言わない」

 微笑むチャミに対してシルバは不思議そうな表情を浮かべる。
 それを見てチャミは意地悪な笑顔をしてみせてからシルバに軽く巻き付かせていた身体を解き、先にその場からゆりかご園へと戻り始めた。
 少しだけシルバはその場でチャミの言葉の意味を考えようとしたが、今のシルバにはやはりその言葉の真意は分からない。
 だが、チャミがこの先もシルバの旅に同行してくれることが確認できただけでもシルバは安心していた。


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 暗い部屋の中、揺らめくランプの明かりにうっすらと照らし出されたボスゴドラの姿があった。
 ワイングラスを片手に中身をゆらゆらと揺らし、少しだけ口に含ませる。
 そんなボスゴドラの元へベインが姿を現し、ゆっくりと腰を落としてそのボスゴドラへと傅いてみせた。

「ヒドウ様。只今戻りました」
「良い所に戻ってきた。ベイン。ブースト薬の精製は順調か?」
「はい。この調子であればあと一月もしない内に普通の隊員に使わせても効果がはっきりと表れるでしょう」
「それはいい。アギト隊の壊滅は私としても手痛い損害だった。ブースト薬との相性が良い上に普段は抵抗すらできない臆病な最高の実験体。あれらを失ったせいで研究の方が遅れるかとも思ったが、どうやら杞憂だったようだな」
「他にも何名か無害な実験体は確保していますので、実用には至らずとも実験の範囲であれば問題はないかと思われます」
「そうだったな。なら捨て石でも何ら問題はなかったということか。石板も順調に集まっている以上、私が世界を手に入れる日もそう遠くはない」
「ええ。もう間もなく世界はヒドウ様に跪くでしょう」

 低くよく通る声でヒドウは笑って見せ、それを見てベインは微笑む。
 ゆっくりと立ち上がったヒドウはグラスをテーブルへ置き、座っていた椅子よりも後ろの壁に並べてある石板の欠片を一つずつ手に取ってゆく。

「全てはシルバ、奴が触れなければ扉を開けるための鍵とはなり得ない。だが、奴は石板に触れる度に感情を取り戻してゆく。それはどういうことか分かるか? ベインよ」
「より生物的になってゆくということでしょうか?」
「確かにそうでもある。だが奴はお前からの報告にもあったようにブースト薬を使ったアギトすら葬るほどの力を持っている。だが今回はどうだ? 我が竜の軍の損害は軽微、せいぜい虫の島の者共が殺した分ぐらいで後は皆軽い怪我程度。奴はその圧倒的な力を抑制し始めたのだ」
「と言いますと?」
「感情とは戦う上では不要な物だ。怒れば思考を鈍らせ、恐怖すれば力を鈍らせる。奴は元々"護り神"と讃えられた戦士だ。例え敵でも殺せないほどの優男、これ以上の弱点はない。そうだろう? カゲよ」

 ヒドウがベインに問うように話し、本来のシルバが持つ優しさこそが最大の弱点たり得ると言ったヒドウは壁に寄りかかるようにして立っているカゲへと話し掛けた。

「その通りだヒドウ。奴は全ての島を巡り、石板を集めて『幻の島』へと行くための鍵にする。だが鍵さえあれば誰だろうと幻の島に行き、この世界の全てを得ることができる。奴の優しさという甘さが世界を救うのか、それともお前の愚直なまでの強欲が世界を制するのか……俺はそれをただ見届けるだけだ」

 ヒドウの言葉に対し、カゲは当然のように答えてゆく。
 その言葉を聞いてヒドウは高笑いをしながら手に入れた二つの石板を机の上に並べた。

「今手元にあるのは鳥の島の石板と虫の島の石板。諜報員からの報告だと手に入れている石板はこの"二枚"だけだが、奴が獣の島から出立している以上、獣の島の石板も奴自身かその取り巻きの内の誰かが所持しているはずだ。いずれは手に入れる必要があるが、今はまだ自由に行動してもらわなければ困る。奴がカゲの言う島の聖域に辿り着かなければ石板は真の力を取り戻さない。とはいえ奴に石板を持たせたままというのも困る。この竜の島の石板を取りに来た時、儂の手元に石板が無ければ奴との交渉が難しくなるからな」
「交渉だけならば私がシルバめの取り巻きを一人捕縛してみせましょう。そうすればわざわざヒドウ様の御手を煩わせることもありません」
「それは止めておいた方がいい。もしも子供達が無事に旅を続けることができないと分かれば奴は子供を護るために立ち塞がる者全てを破壊し尽す。アギト隊だったか? 奴等の件でお前達はその身をもって知っているはずだ」
「ベインの意見も一理ある。が、カゲは奴の事をよく知っている。ならば既に奴が簡単に石板を手放すことを知っているのならば石板を手中に収めておくのが最も賢明というものだ。人質を使った交渉はこの島の石板を回収する時で問題ない。その時は宜しく頼むぞ。ベイン」
「仰せのままに」

 ヒドウの言葉を聞いてベインは深く頭を下げ、そのまま身を翻して部屋を後にする。
 話している間も話し終わった後もカゲは壁に背を付けたまま動く気配はなく、ただ静かにそこに佇んでいた。

「ヒドウ。石板は全てで七枚だ。『獣の島』『鳥の島』『虫の島』『岩の島』『魚の島』『竜の島』……。そして『還らずの島』それらの全てに聖域が存在し、そこで奴は石板と記憶を手に入れる」
「ヒドウ。石板は全てで七枚だ。『獣の島』『鳥の島』『虫の島』『岩の島』『魚の島』『竜の島』……。そして『不帰の島』それらの全てに聖域が存在し、そこで奴は石板と記憶を手に入れる」
「そして石板は七枚揃えば一枚の円盤となり、その円盤があれば誰も行く事の出来ない『幻の島』への道標となり、最後の門を開く鍵となる……だったな。しかしお前は何故儂にそれを教えたんだ? お前はふらりと此処へ現れては何時の間にかいなくなる。儂に協力するためとは到底思えん。貴様の目的はなんだ?」
「言ったはずだ。俺はこの世界の影。名も持たず、姿も持たず、ただ世界の終わりを見るために存在する只の傍観者だ」
「傍観者を名乗る貴様が何故儂に協力するのか? と聞いている。得体の知れん貴様の封印を解くため……といった所か?」
「だとすればどうする?」
「変わらんさ。ただ、封印を解く代わりに儂に世界の全てを掌握する力を寄こせというだけだ」
「やはりお前は聡明だ。だが同時に愚直なまでに強欲だ。だからこそお前が世界の命運を掴むに相応しいと判断したまでだ。答えは……幻の島へ辿り着いた者が教えてくれるだろう」

 ヒドウは決してカゲの事を信用しているわけではなかった。
 カゲがヒドウの前に現れた時、それはシルバの前にカゲが現れた時と同様に何の前触れもなかった。
 そして聞いてもいない幻の島の情報と石板の話をヒドウに教え、彼を野望へと駆り立てたのだ。
 竜の島の軍を掌握し、島の全てを掌握し、そして遂には世界を石板の力無しでも掌握できるほどの軍事力を手に入れ、野望の大詰めへと踏み込んでいたほど。
 しかし完全に掌握した竜の島の隅から隅まで探しても石板は何処にもなく、カゲの言う通りシルバでなければ石板を手に入れることができないと分かった彼はとても強かだった。
 各島への攻撃を定期的に行う事で定期船を滞らせ、シルバの動向を掴み、先手を打つ。
 既に現在までシルバの行動は完全に把握、制御されており、その証拠とでも言わんばかりに高笑いをしながら手に入れた石板を見つめる。

「世界が儂を選ぶのではない。儂が! 儂こそが! この世界を新たに創り出す! 儂の望む世界をな……!」

 ヒドウが高らかに宣言したその部屋に既にカゲの姿はなく、名の通り影の如く何の気配も残さずに消え失せていた。
 だがヒドウはそれすら気にせず、上機嫌でまた椅子に腰掛け、ワイングラスを手にゆらゆらと揺らす。
 竜の島の全てを掌握しているヒドウにとって、既に自分はこの島の王であり、いずれは世界を統べる王となるつもりだったため、例えカゲが何者であろうと何をしようとしたとしても些細な問題でしかなかった。
 なるべき者が世界の王から世界の神になっただけだと、ヒドウは本気で考えていた。
 そしてヒドウはもう一度高笑いしてみせた。

「ドラゴ! 首尾はどうだった?」
「分からん。だがギリギリ裏切りだけは隠せたはずだ」

 ヒドウが高笑いしているその頃、同じく竜の島の兵舎ではドラゴとレイドが肩を並べて話していた。
 虫の島での作戦後、竜の島へと帰還した二人は部隊の被害を報告する際に、やはり直属の部下だけが死んでいることを怪しまれた。
 『奴等が俺の命令を無視して先行した結果、返り討ちにあった』と報告したことで多少の疑いの目を持たれただけで済んだが、事実そういった理由で死ぬことが多いため裏切りがバレたかは微妙に判断しにくい所となる。
 元々ヒドウ直属の部下は気性が荒く、以前の平和だった時から周囲に煙たがられていた存在である。
 故にヒドウの元で自由を許されるようになり、その気性の粗さから来る粗暴さに拍車を掛けたといったところであるため、監視役として機能していない者もちらほらいるほどだ。

「全くお前は無茶をする……。軍人になる前から妻子持ちのくせに何故血腥い世界をわざわざ選んだんだ?」
「単純な話だ。護りたいのは家族だけではなかった。ただそれだけだったが……気が付けば俺の手は護りたい者達だったはずの血で塗れている……皮肉なものだ」
「やっぱりお前軍人を辞めろ。元々護るために戦うってこと自体が向いてないんだ。アイツ……シルバがこの島まで来てくれればもう戦争を吹っ掛ける理由も無くなる。本来の国防軍に戻るんだ。そん時になったら俺も辞めるからさ」
「お前こそ軍を辞めてどうする? お互いに腕っぷしだけが取り柄だというのに」
「傭兵、護衛隊、大工に船乗り……。力が必要な仕事なんざいくらでもこの世界にはある。世界を護るなんて大業はシルバみたいな奴に任せておけばいいんだよ」
「……そうかもな。もうあと暫くの間だけ、俺に付き合ってくれるか?」
「勝手にしな。どうせお前がいなきゃもう無かった命だ。最後まで付き合うぜ」

 酒を片手に二人はこうなる前の話をし始める。
 竜の島が侵攻を始めるよりも更に前、竜の島とそして各島を護るための自警団として発足したのが『竜の軍』だった。
 屈強なドラゴンタイプのポケモンは大半が竜の島で暮らしていたため、大小様々ないざこざを鎮めるには彼等が全ての島に常駐していることが最も好ましい状況である。
 各島を治める代表達は話し合い、島々の繋がりをより強くしてゆき、誰もが安心して暮らせる世界を作り上げる。
 そんな理想が叶う寸前の所でその平和は唐突に終わりを告げた。
 竜の島内部での暴動が起き、本来島を治めていたラティオス、ラティアスが暴動の中で生死不明となり、代わりに軍の全権を掌握したヒドウが島の全権を握ることを主張し始めた。
 無論、軍内部も大きく割れることとなり、各島々へ出ていた兵士達も皆竜の島へと戻り、その暴動を治めるために戦ったが、結局ヒドウの思い通りその全てを彼が手にすることとなる。
 それからは各島々を守るはずだった派遣部隊員は全員各島への攻撃部隊へと名を改め、侵攻部隊として守るはずだった島民を襲わされることとなった。
 だが勿論島を護るために軍隊へ入隊した者達が、全員好き好んで攻撃を行ったわけではない。
 安否不明の元竜の島の長がまだ生きていることを仄めかす言葉と、現部隊員の家族の拘束。
 そして軍隊に所属する者は逃げても攻撃を怠っても、大切な家族や長の命を奪うと脅され、同時にその事情を他の島へ話しても同様の事を行うという正に恐怖政治が完成していた。
 下に恐ろしきはその拘束した者達が島の何処にいるのかも分からず、探りを入れようとすればベインを筆頭とした彼の忠実で残忍な手下がみせしめを行うため、既に内部から探りを入れようとする者は居なくなるほどだった。
 ドラゴも同様に妻と息子を人質に取られ、戦うよう強要される身となっており、独り身ではあるものの昔から仲の良かったレイドはドラゴの為に忠実な部下を装うこととなる。
 それが彼等の戦う理由であり、同時に戦いから逃れられない理由である。
 二人は残りの酒を飲み干し、多大の宿舎へと戻って眠りに就く事にしたが、レイドはそのままもう一杯酒を頼み、一人で酒のグラスに移りこんだ自分を見つめる。

「……何がギリギリ裏切りだけは隠せたはずだ。だよ……。もう裏切りなんてのはとうの昔にバレてる。……そろそろ俺が命を張る番……かな」

 誰に言うでもなくレイドは愚痴でも零すようにそう呟いた。
 今回の大規模侵攻において、部隊の損害を最小に治めてしまったのはレイドとドラゴの部隊だった。
 最も損害の小さかった他の部隊でさえ、多くの兵士が負傷しており、虫の島の防衛能力がまだきちんと機能していたことを物語っているのに対し、死者数名はだしたもののそれ以外は一切の無傷という結果は明らかに異常であることは既に他の部隊の間でも噂になっていた。
 誰もが逃げ出したい軍の中で、二部隊だけが裏切りのような行為をすれば憎しみの矛先は自ずとレイド達へと向けられる。
 二人共それを覚悟の上で今回シルバ達に協力したが、レイドはせめてドラゴだけでも救いたかった。
 しかしその代償を払うにはレイドがただ処刑されるだけでは対価として釣り合わないだろう。
 そうなれば二人纏めて報告される前に先手を打ち、自ら汚名を背負う他に方法はない。
 レイドは一つ深い溜め息を吐いてから残りの酒を飲み干し、宿舎ではなくベインが利用している施設へと足を運ぶことにした。


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 虫の島の大侵攻戦から三週間。
 ようやく島は落ち着きを取り戻し始めていた。
 亡くなったポケモン達への追悼、その中には村や町を治めていたような者達も少なからずあり、告別式と襲名式も行われ、新たな体制も一先ずは整った事で島は今までと同じように回り始めるだろう。
 そしてその悉くにシルバは特別来賓として招かれ、島の英雄として多くの者に感謝され、シルバの行動を讃えられた。
 シルバとしては急ぐ旅ではないと出会ってきたシルバの知り合い達に常々言われてきたため頭では分かっているものの、やはり訪れた島々での現状を考えると少しでも早くこの悲しみの連鎖を終わらせたいという思いが強くなってゆく。
 とはいえ彼等のシルバへの思いも無碍にするわけにはいかず、結局全ての式典が終わるまでは付き合うことにしたが、その長い悲しみと喜びに満ちた虫の島での日々も終わりを告げる。

「えー! アカラ達もう行っちゃうの!?」
「ごめんね。僕達は旅をしてる途中なんだ。いつまでもここに居続けるわけにはいかないから……」

 長い間世話になり続けたゆりかご園では、ようやく決まった出立の日取りを聞いて子供達が泣きそうになったり驚いたりと様々な反応を見せていた。
 アカラやツチカは旅の事を十分に理解していたため、ゆりかご園の子供達に別れを告げていたが、逆にゆりかご園の子供達はようやく仲良くなったアカラやツチカ、そしてシルバと別れたくないと泣きじゃくる。

「ほーら。皆シルバさんみたいになりたいんでしょ? 他の人を困らせちゃダメよ?」

 チャミが子供達にそう言って聞かせると、鼻をすする音は聞こえるものの、皆涙を堪えてシルバ達を送り出す心構えができたようだ。

「それじゃ……。ママ、私のせいで色々な事に巻き込んでごめんなさい」
「いいえ。あなたの無事な顔が見れてよかったわ。またいつでも顔を見せに来てね」

 最後にチャミはミールとしっかりと抱き合い、別れの挨拶を済ませてゆりかご園を離れ、港へ向かって歩いていった。
 ほんの数週間前に歩いた道を辿って帰るシルバ達だったが、その帰りの道は既に行きの時とは違って多くのポケモン達がシルバ達を見つけると手を振り嬉しそうな笑顔を向けてくる。
 虫の島では既にシルバ一行は有名人であり、右も左も彼等の旅路を祝福してくれる。
 そんな中を歩いてゆき、来た時とは違う港へと向かって歩いていったが、変化があったのはそれだけではなかった。

「シルバさんだ! 他の島も救いに行くんですね? お気を付けて!」
「シルバさーん! 頑張ってねー!」
「凄ーい! ここまでくると俄然やる気が出るね! 頑張ろうね! シルバ!」
「それはいいが、何でここまで誰も彼もが俺達の事を知ってるんだ?」
「そりゃあ私よ。忘れたの? あなた達で冒険譚でも一つしたためようとしてたってこと。一足早いけれど情報として『英雄シルバの冒険』として渡したわ。これでもっと旅がスムーズになるはずよ」
「港に着く度に人だかりに捕まらなければいいがな」

 まっすぐ歩く事すらままならないほど人でごった返している、とチャミが語っていた第一アメタマ港へと入ったが、まるで凱旋パレードのようにポケモン達は道の両端に寄っており、シルバ達が通るための道が出来上がっている。
 有名人効果は何も人だかりを作ったり通りの左右から人々に手を振ってもらえるだけではない。
 シルバ達の目的を明確に理解してもらったこともあり、船着き場から次に向かいたい島までの話がこれまでとは比にならないほどスムーズになった。
 今いる第一アメタマ港からは『岩の島』へ向かうことができる状態で、しばらく時間を潰すことにはなるがその後に来る『魚の島』への貨物船も来るとのことだった。
 特に向かう先に優先順位があるわけでもないため、シルバ達はすぐに乗る事の出来る岩の島行きの船に乗ることにし、船に乗せてもらう礼としていつも通り荷物の積み下ろしを手伝う予定だったのだが……

「いいよいいよ。あんたらのお陰で俺達もこうやっていつも通り仕事ができてるんだ。今回ぐらいは普通に乗客として扱わせてくれ」

 彼等船乗り達もシルバ達に感謝しているため、積み荷の運び込みが終わるまでは近くで休憩することとなった。
 シルバは仕事をしようがしまいがどちらでも構わなかったが、アカラやツチカ、チャミ達にとってはその重労働をしなくていいのは非常に有難い事だ。
 そうしている内に出向の準備が整い、大勢の島民に見送られながらシルバ達は虫の島を後にした。

「凄かったなぁ虫の島。でも結局この島では僕達殆どミールさんや子供達と遊んでただけだった……」
「気にすることはないだろ。子供ならそれが普通だ」
「でも、無理を言って旅に同行させてもらっている以上、私達はシルバさんのお役に立たないと……」

 水平線の彼方へと消えてゆく虫の島を眺めながらアカラとツチカは口々に呟いた。
 虫の島での彼女達の記憶はゆりかご園でみんなと楽しく遊びながら、お世話の手伝いをしたことぐらいであり、今回は殆どシルバのサポートをできていない感覚だ。
 シルバとチャミで計画を目論んでいた以上、余計な事をしなかったことが一番の手伝いであるのだが、勿論彼女達はそれを知らない。

「アカラちゃんもツチカちゃんもしっかりしてるわねぇ。いいのよ。子供は子供らしく、ちょっと大人を困らせるぐらいで」
「そうだぞー! 元気が一番だってママも言ってたからな!」
「そうだな……。ちょっと待て。なんで今ヤブキの声が聞こえたんだ?」

 チャミが二人を気遣う言葉を投げかけたが、その声に混ざってシルバのよく聞き慣れた元気な声が聞こえてくる。
 まさかと思いシルバは自分の髪束を探り、その声の主がいないか探すと、爪の先に柔らかい感触が触れて思わず気が遠くなってしまう。

「むにゅう」
「まさかこんな時までいつの間にか付いて来てるとは……。言っておくが遊びじゃないんだ」
「そんなことオレだって分かってるよ! ママには書置きもしてきたし、オレだってシルバみたいに色々な物を作って他の人を笑顔にしたいんだ! それを叶えるにはシルバに付いて行くのが手っ取り早そうだったからな!」
「お前の覚悟は所詮子供の覚悟だ。辛くなったからと言ってすぐに帰ることもできない。分かったら諦めて……」
「オレだって父ちゃんも母ちゃんも兄弟も戦争で死んじゃったんだ!! 半端な覚悟で島を出るつもりなんかないよ! オレはすぐにでも沢山の人の命を守れる家や道具を作れるようにならなくちゃいけないんだよ! オレだってチャミみたいにお兄ちゃんなんだから!!」

 諭すように言うシルバとは対照的に、叫ぶように話したヤブキの顔は今までのような憧れに目を輝かせるような少年の目ではなく、しっかりとした覚悟を宿した瞳だった。

「……悪かった。ヤブキ。この先必ず辛いことがある。それでも泣かずに皆を守ってやってくれ」
「わかった!」

 ヤブキの覚悟を見誤ったことをシルバは素直に謝り、そして今一度ヤブキに今度はシルバから旅に付いて来てもらうようにお願いする。
 晴れ渡る青空のように笑顔で答えるヤブキの小さな手とシルバの大きな爪でしっかりと握手を交わし、新たな旅の仲間を加えて一行は岩の島を目指して進んでゆく。


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