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虚ろの冒険者 第1章 の変更点


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 第1章 ジオラマワールド
 作者[[カナヘビ]]     [[まとめページ>虚ろの冒険者まとめページ]] 
 
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 薄暗い室内。質素で日光の届かない床はガラクタが大量にちらばり、お世辞にも清潔とは言いづらい部屋の中にておぼろげに輝く光。
 光が放たれているのは巨大なドーム。直径10メートルはあろうかという大きな透明な半球の内部には、小さな建物や自然が規則正しく並んでいた。
 あるところには町。あるところには河川。あるところには森。あるところには洞窟。あるところには火山。あるところには墓地。あるところには草原。ヒトの手によって作られた小さな世界がそこにあった。ジオラマである。
 それはあくまで玩具に過ぎなかった。どの自然も、どの建物も単純な素材から作られたまがい物だった。まがい物はドームの中で、まるで生物のように動いていた。
 ドームの天頂には大きな光球があった。周囲の空気が揺らめくほどの高温を放つ金色の光球。半球に一切の溶解の余地を与えず下界に温かな光をおくっている。
 部屋が一瞬明るくなり、また暗くなる。続いてぺたぺたと履き古した靴を地面につける音が響く。古びたカンテラが床に置かれ、部屋の電球に明かりが灯る。
 電球は点滅し、今にも消えそうに白と黒を行き来している。頼りない明かりの中、しわしわの右手が机の上を彷徨い、彫刻刀が静かに握られる。
 左手にはプラスチックような加工性をもつ直方体の金属。軽く握るようにして掴まれている金属はしばらくの猶予の後、右手の彫刻刀で静かに傷がつけられた。
 彫刻刀は、種類としては「平刀」と呼ばれるものだった。あるときは正面から突き進んで四角くばっさりと削ったり、あるときは横にして細く小さな傷をつける。
 徐々に形作られていくその物体。半時ほどの時間が掛かった時には、小さな小さな1体のポケモンが完成していた。
 背中側は茶色、腹側は白。口から出た特徴的な大きな前歯に3対のヒゲ。肌色の4本足と細い尻尾のポケモン。
 そして。せっかく作られたポケモンの背中に、今度は「丸刀」と呼ばれる彫刻刀で穴が掘られる。丸刀はその場から左へスライドするように円を描き、やがては切れ目が繋がってくりぬかれる。
 その穴に静かに入れられる小さなバネ。しわくちゃの指の腹でぽんと軽く押され、内部に挿入される。
 そうしてできた1つの玩具。両手にちょこんとのせられているその様は、まるで生きているかのよう。
 溜息が1つ。すっとたちあがる空気の流れが生じ、そのまま影はドームに近づく。
 ドームの一部に左手がそっと触れられ、球面がポカリと中へ開く。
 右手に持たれた玩具は開かれた中へと静かに落とされる。
 玩具はジオラマの外部、海にあたる位置へと着地する。それを見届けた後、球面は静かに閉められる。
 点滅を繰り返していた電球は電源を切られ、床のカンテラが持ち上げられる。また溜息が1つ。
 気配はだんだんと遠ざかり、やがて部屋から姿を消す。残ったのはまた、光の漏れるドームだけ。
 ドームのすぐ近く。根元と言ってもいいほどの近くに、やや大きめの長方形の板があった。そこには、先ほどの彫刻刀で掘られたと思われる文字が掘られていた。
 ジオラマワールド   幻想を弔い、これを創る
 大きなエンジン音が通りすぎる。ヒトビトの笑い声が響き、クラクションの音がうるさく鳴る。
 今日も、世界は何事も無く動いていた。


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 波が浜辺に打ち付けられる。勢い余って砂浜をだいぶ突き進むこともある。
 白波立つこの砂浜に転がる1体のポケモン。
 背中側は茶色、腹側は白。口からは特徴的な大きな前歯と3対のヒゲ。肌色の4本脚と尻尾をもつポケモン
「ん…?」
 ラッタは目を覚ました。白い砂浜、眩しい太陽に目を細めながら首を動かそうとするが、動かない。
 次に前足を動かそうとしてみるも、全く動かない。後ろ足も一切動かない。
 指先まで、まるで神経を抜き取られたかのように動かすことができない。
 ラッタの顔が苦悶の表情に変わる。動きたいのに体を動かせない。下から放たれる灼熱の熱気と日光が彼を襲う。
 目がきょろきょろと動く。横たわっているため遠くまでは見えないようだ。
「なんだこれ…?」ラッタが呟く。まだ若さの残る声だ。
 砂ばかり見える視界を何とかしようと体をよじろうとするが、身動きが一切取れない。
 
 ふと、日差しが途切れて影ができる。
「新しい仲間だね。歓迎するよ」穏やかな声がする。
「誰だ?」ラッタは聞く?
「おらはイラプス・キャメラプト。見ての通り、バクーダだよ」影が言う。
「見ての通りと言われても、見えないんだが」と、ラッタ。
「ああ、ごめんね」
 声が聞こえた後、何か平たいものがラッタの体に触れた。それが手前に引かれ、転がされて仰向けになる。
 ラッタの視界が開かれ、ようやく相手の姿が見える。
 視界に見えるのは白くて丸っこい鼻面。顔の真ん中あたりにジグザグの境界があり、そこから上は朱色になっていて、楕円の目は常に垂れたようになっている。
「…バクーダっぽいな」ラッタは口を開く。
「っぽいって失礼だねぇ。見たら分かるだろ?」バクーダ…イラプスが言う。
 ラッタからするとその姿はまさしく『っぽい』だった。確かにバクーダに見えることは見える。しかし、顔だけ見ても異様にカクカクしていて、何かでその姿を形作ったような印象があった。
「それはともかく、君も早くネジを巻かなきゃいけないな。背中に乗せてあげるよ」
 イラプスはラッタの体の下に頭を潜り込ませ、首をしゃくりあげて背に乗せる。
「うぐ!」
 彼はイラプスの背の火山のようなこぶの1つに体をぶつけた。
 イラプスはゆっくりと足踏みをし、方向転換をして前進し始める。
「そういえば、君はなんて名前だい?」イラプスが聞く。
「名前…?」
 ラッタは自分の名前を思い出そうとしてみた。だが、自分の頭にそれが浮かんでこない。それどころかここいた以前のことを一切思い出せないでいた。
 彼は言葉につまる。
「名前なんて最初は誰にも無いさ。自分で考えなよ」イラプスが言う。「おらだって単純に&ruby(イラプション){噴火};から取ったしね」
「自分で名前を付けたのか?」ラッタが聞く。
「そうだよ。当然じゃないか。みんなできたばかりの時は名前なんてないものだよ」イラプスが当然のように言う。
 会話には何かしら不自然な箇所が多かった。イラプスが言っている言葉は何かおかしい。しかし、ラッタにしても、自分の名前が浮かんでこないのは確かだった。頭の中で自分の名前を考えてみる。
「…ルッツ・ラティケイト」彼は言った。
 イラプスは頷く。
「よろしく、ルッツ」
 ゆらゆらと背中が揺れている。ゆったりと、バクーダ元来の速度で運ばれるルッツ。
「ここはどこなんだ?」ルッツが聞く。
「ここはおら達玩具のすむ小さな世界、ジオラマワールドさ」イラプスは答える。
「玩具?」ルッツは不自然な言葉に耳ざとく反応する。
「うん。君もおらも、1つの小さな玩具なのさ。『人間』が作ってくれた小さなもの」イラプスは簡潔に説明する。「そして、これを説明するのも、おら達先に住んでる者の役目さ」
「…玩具ってことは、命があるって訳じゃないんだな」と、ルッツ。
「うん。意識はあるし動けるけど、まともな生命活動はしてないね」イラプスが言う。
「…ぼくも作られたのか?」ルッツが聞く。
「そうだね。じゃないとこの世界にはいないよ」イラプスが答える。
 ゆったりとした体の揺れは未だおさまらず。
 やがて潮騒は聞こえなくなり、代わりに住民のざわめきが聞こえてきた。周囲の風景も、ルッツから見える範囲だけでも都会らしい雰囲気が見て取れた。
「着いたよ。サウスタウンだ」
 耳に聞こえてくるのは噴水の噴き出す音。それに伴って多種多様な機械音が続いて聞こえ、住民の楽しげな話し声があちらこちらから聞こえる。
「…そういえば聞き忘れてたけど、どうしてぼくは今動けないんだ?」と、ルッツ。
「おら達はあくまで玩具だからね。生き物じゃないから、動くためには動力が必要なんだ。そして、おら達玩具が動くには、ネジで回し動力をえる必要があるんだ。君は作られたばかりだから、ネジも回されてない。だから動けないんだ」イラプスが説明した。
「…そうか」
 イラプスから説明を聞き、ルッツはようやく実感が湧いてきた。いくら動かそうとしても決して動こうとしない前足と後ろ足。こんな頑強にまで動かない四肢が、たったネジ1本で動けるようになるという。それが果たして生物と言えるかどうか。
 考え込んでいると、彼の視界から日光が消え去り、闇が覆った。しかしそれは完全な闇ではなく、日陰に入ったことで日光がさえぎられたことにより発生した闇だった。
「よっと」
 イラプスは言うと、頭を下げてルッツを床に転がり下ろした。バクーダ特有の、頭上の5つの跳ねた毛のおかげでそれほど勢いづくことなく床に着地する。
「ちょっと待っててね」イラプスはルッツの元から離れる。
 ルッツがいるのは1つの建物だった。白い壁と四角い窓、大量の本が並ぶ本棚に、扉のない入り口。テーブルなどといったものが一切存在しない。
 そして、ルッツが横たわっている床も、金属的な冷たさがあった。無機質だった。玩具らしい、まがいものらしい感触。
「待たせたね」
 イラプスの声が聞こえ、足音がのしのしと近寄ってきた。口にぜんまいをくわえて行進し、ルッツの背中の穴にそっとはめ込み、口を離す。
「そーれっ」
 イラプスは右前脚でぜんまいの右側を足で踏んで回転させる。ぜんまいは回る度にぎりぎりと音を立てていた。
「もういいだろ」イラプスは再度ぜんまいをくわえ、ルッツの背中から外した。「動いてごらん」
 ルッツはためしに前足の指に神経を集中させてみる。指が1本、また1本と動く。次に後ろ足の指も動かしてみる。ゆっくりと寝返りを打ち、後ろ足で立ち上がった。
 そして初めて、自分の体を見ることができた。
 ルッツの目に映ったのは、自分のものとは思えない、自身の体だった。目の前のバクーダと同じく、カクカクしていて鈍い光沢を放っている。指などの間接には極端な切り筋が入れられ、爪などももとから付けられている。
 嘘っぽい。自分の姿が嘘っぽい。
「なんだこれ…?」ルッツは身体を見回しながら言った。
「どうしたんだい?」イラプスが首を傾げて聞く。
「ぼくは玩具だっていうのは分かった。でも、玩具だっていうからにはそのもととなった何かがあるはずだろ?現に、ぼくはぼく自身をラッタだって自覚してるし、おまえをバクーダだって自覚してる。このラッタ、バクーダって一体何なんだ?」ルッツが聞く。
 イラプスは小首を傾げながら答える。
「ポケットモンスター、略してポケモン。おら達はそうよばれている種類の生き物が元になってるんだ。おら達が使える技もそれを元にしてるんだ」
「ポケモン…か」ルッツは自分の体をまだ見ながら言う。
「まあ、ポケモンなんて存在しないんだけどね」と、イラプス。
「は?」ルッツはぽかんとする。
「おら達は人間によって作られた玩具。そして、おら達のもとになったポケモンっていうのも、人間が作り出した1つの幻想なんだ」とイラプス。「架空の生き物、幻想の産物なんだ」
「そうなのか…」ルッツはしょんぼりと顔を下げる。「幻想の産物だから、こうやって作ってくれたのか…」
「昔はそうだったよ。幻想に近づきたいからっておら達は作られていた。その存在をちょっとでも身近に感じたいからね」と、イラプス。「でも、今は違う。人間は、幻想を忘れちゃったんだよね」
 ルッツは目を見開いてイラプスを見る。「は?」
「幻想は人間が作ったもの。でも、それを忘れちゃったら、何も残らない。幻想が終わったんだ」
 イラプスの言葉に、ルッツは目を見開いていることしかできない。
「おら達は、終わった幻想の唯一の生き残り。忘れた幻想を取り戻そうと足掻く人間が作った、『現実』最後の玩具なのさ」イラプスは淡々と言った。

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凍結はしてません。
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#pcomment(虚ろの冒険者総合コメントログ,10)

IP:115.125.17.146 TIME:"2014-08-10 (日) 05:34:21" REFERER:"http://pokestory.dip.jp/main/index.php?cmd=edit&page=%E8%99%9A%E3%82%8D%E3%81%AE%E5%86%92%E9%99%BA%E8%80%85%E3%80%80%E7%AC%AC%EF%BC%91%E7%AB%A0" USER_AGENT:"Mozilla/5.0 (compatible; MSIE 9.0; Windows NT 6.1; WOW64; Trident/5.0; MDDRJS)"

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