#include(第十八回短編小説大会情報窓,notitle) 東に朝日が昇り、快晴の青空に爽やかな風が吹く。眼下に視線を移すと広大な海が広がり、その中にポツンと一つ、点の様な物が僅かに奥に移動している。拡大すると、一匹の海獣の姿が小さく映り、北に向かって泳いでいる。海獣の背中をよく見ると、海獣より一回り小さな獣の姿が一匹。否――、二匹。 一匹の海獣は二匹の獣を背に乗せ、ひたすら北を目指して泳ぎ続ける。東の朝日はやがて南に傾いて昼日になり、そこから更に傾いて南西の方角を向いた頃、とある地方の砂浜に到着した。 「おうお前ら、着いたぜ」 ラプラスが声を掛けると、トンガリ頭が特徴のライボルトと、顔の周りから黒髭を生やしたレントラーが、船旅の疲れも見せずに背中の甲羅から砂浜に軽快に飛び降りる。 「此処まで送っていただき、ありがとうございました」 「トリトンのおじさん、ありがとー」 雄のライボルトは礼儀正しくトンガリ頭を傾けて感謝の意を伝え、雌のレントラーはラプラスの彼に付いているニックネームで親しみを込めて礼を言う。 「おじさん、ずっと泳ぎっぱなしで疲れてない? オレンの実あげよっか?」 「お、悪りぃな」 額に汗を浮かべながらふぅ、ふぅ、と息を吐いていた彼は長い首を下げると、レントラーからオレンの実を口に入れてもらい、ボリボリと食べ始めた。 海を渡る長旅による彼の体調を案じ、心配そうな目で見つめるレントラー。彼はそんな彼女を見て。 「心配すんな、一晩休めば元気になっから。いやー、セドナちゃんみたいな可愛い子を背中の甲羅に乗せて遊覧出来るなんて、俺様、ヤレ・ユーラン、なんつって。ガーーッハッハッハ!!!」 オレンの果汁が交じった飛沫を飛ばしながら高笑いをする。一方の二匹はというと、口を開けたままポカンとした表情を浮かべている。あれ程泳いだのに、彼はまだまだ元気そうだ。 ライボルトのナルカミと、レントラーのセドナは、シンオウ地方のコンテスト会場に行くため移動している道中だった。リザードン便等、空を飛ぶポケモンで移動すれば勿論早くて快適なのだが、如何せん料金が高い。自分達二匹の貯蓄の中から、交通費、コンテスト会場のチケット代、その他諸々の出費を考えると、出来るだけ出費は抑えたいもの。色々なプランを比較し、少々時間が掛かるがリザードン便より安い、ラプラス便を選択する事にした。 ナルカミは時間は掛かるものの、ラプラス便でのんびり遊覧しながら行くのも言いよなと前向きに捉えていた。ただ一点、彼の性格の癖が強い事を除けば…… 「さて、セドナちゃんと、えーと…………アンジェロのボウズ」 「アンジェロじゃなくてナルカミです……」 トンガリ頭を前方に傾け、意気消沈する。 「ラプラス便・長距離ご愛顧プレゼントだ。ほらよ」 彼は首から下げているポーチから白い笛の様な物を取り出し、差し出した。 「『リョーコの笛』だ。この笛を海岸で吹いたら、シンオウ地方のどこからでも俺様が瞬間移動で駆けつけるぜ」 「あの……もしかして使用済みだったりします?」 「使用済みじゃねーよ!! そういう名前だ!」 やましい意味で聞いた訳では無いが、怒られてしまった。困惑するナルカミ。 「それに僕もセドナも四足ですから、笛なんて吹けませんよ?」 「ありゃ? そうか……。……ああだったら、そこら辺を歩いてるピカチュウでも何でもいい、二足のポケモンに笛を吹いてもらう様お願いするんだ。ほら、これが付属の旋律カード」 「ええ……」 最早困惑のバーゲンセールである。ナルカミは笛とカードを強引に押し付けられた。 トリトンと別れ、いざ彼女と出発しようとしたら、温暖な気候なのに突然背後から臀部と後頭部に真冬の様な冷風が吹いて来て、びくりと体が跳ね上がった。 振り返ると、トリトンが口からキラキラと光る霧の様な物を溢れさせながら大きな鰭でちょいちょいと手招きしている。どうやらまだ何か用がある様だ。ナルカミは言葉では無く技を掛けられた不快感と、怪訝に思いつつも、彼に駆け寄る。 「おい、おい、と〇がりコーンのボウズ」 「と〇がりコーンじゃなくてナルカミです……。てか貴方、セドナの名前はすぐに覚えたのに、僕の名前は全然覚えてくれないじゃないですか。どんだけ僕に興味が無いんですか……」 「そんなこたぁどうだっていいんだよ。いいか、よく聞け」 そう言うと彼は真顔になり、ナルカミも途端に緊張してごくりと唾を飲み込む。 「夕食後にさりげなく彼女に愛の言葉を伝えて、反応が良かったらヤるんだ。雄なら夜這いは確実にやれ、お前の下半身の“尺八”でな」 「夜這いはしません! 観光だけです! ……ああもう、早く帰ってください。数日後に呼びますから!」 後ろ足で立ち上がり、水色の両前足でぐいぐいと彼の首筋を押して沖に押しやろうとする。 「へいへい、ウブなライボルトに言われて帰りますよっと。じゃーなー! お前ら沢山イチャイチャしろよーー!!」 好き放題に叫ぶと、彼は近場の港の方に泳いでいって見えなくなった。 ◇ 嵐の様な海獣が漸く去り、砂浜に波音だけが響き渡る。 「ラプラスと言えば、砂浜をバックに優雅に佇む天女のイメージなんだけどなぁ……」 ナルカミははぁ、と溜息を吐いた。 「ナーーーールーーーー! 何やってんのーーーー!」 少し離れた場所からセドナが叫んで来た。 「今行くーーーーっ!」 彼は砂を蹴りながら彼女の方に駆けていくと、横一列になって歩を進めた。 気を取り直していざ目的地へ、といきたい所だが、一つ気になる事がある。このプレゼントされた『リョーコの笛』を吹けば本当に彼が瞬間移動で来るのか? という事だ。 これがケーシィやミュウみたいなエスパータイプならテレポートという技があるので、それっぽく移動して駆けつける事が出来るが、水氷タイプの、それもあんな巨体が笛を吹くだけで瞬間移動で駆けつけてくれるのだろうか? ナルカミには正直、威勢の良いポケモンが吐く虚言にしか思えなかったが、自分達では笛を吹けず、試しに近くの草むらに入って二匹で二足のポケモンを探し回ったものの、そう都合よく見つからず、二匹揃ってその場にへたり込んでしまった。これ以上余計な時間を食うわけにはいかないので、笛の事は後回しにしてそろそろ出発しようと思案したその矢先、ふとナルカミはある伝説を思い出した。 彼の種族、ラプラスは、かつて世界を破滅から救う冒険者達が夕日が辺りを照らす頃にある事をすると、それに呼応するかの様に茜色の水平線から来訪し、一行を自慢の大きな背中の甲羅に乗せて時の海を渡り、世界の破滅の元凶が棲むとされる幻の大地に一行を運んだのだと言う。もしこの伝説通りだとしたら、この笛で水氷タイプの彼が瞬間移動でやって来る能力を保有していても何ら不可能では無いのかもしれない。 ……とは言うものの、先程まで目の前にいたのは「ガーーッハッハッハ!!!」と豪快に笑い、下ネタ発言で客を困惑させるべらんめえ口調のラプラスなのだが。ナルカミはまだ彼の言葉を信用出来ずに考え込んでいたが、取り敢えずこの笛を吹いたら彼が瞬間移動でやって来るものだと強引に解釈して、実際に彼が来訪するのをシュミレーションしてみた。 ピシュウン! (例のSE) 「オッス! おらトリトン。夜這いでタマゴが何個出来たかおらワクワクすっぞ!!!」 何処かで聞いたかの様な口調で威勢良く言うと、人様のプライベートという名のコンビニに、フルアクセル巨体のすてみタックルで突っ込んだ。 ――うん、帰りはマンタイン便とか、別のポケモンに海上移動をお願いしよう。 そう硬く決心したナルカミなのであった。 ◇ ナルカミ達がシンオウ地方に上陸してから三日後。 此処はとあるコンテスト会場。会場内は幕が降ろされたステージと観客席に分かれており、観客席の中央後列。二番目にグレードの高いA席に、ナルカミとセドナは二匹ともお座りのポーズでちょこんと座っていた。この席は少々大柄の人やポケモンでも座れるよう大き目に作られており、隣の座席との間隔もある程度空いているので、隣の人に体をぶつける心配をせずに安心して鑑賞出来るという配慮がなされている。 ただ一つ、ナルカミ達の様子が三日前とは違うのは、二匹とも首に赤い首輪を付けていて、首輪の前に付いている金属のリングから赤いリードが伸び、その二本のリードを栗色の長髪を持つ人間の女性がしっかりと手綱を握っているという事だった。 「わーい♪ 憧れのコンテスト会場だぁ」 「ありがとうございます。お陰で助かりました」 トンガリ頭を傾けると、人間の女性はにこやかに微笑んで頷いた。 ナルカミは慣れない首輪とリードをそっと触りながら、何だかそういうプレイみたいで恥ずかしいな……と頬を染め、一方のセドナは全く気にする事も無く、ステージの幕を見つめながら今か今かと開演を心待ちにしていた。因みに彼女、ステージの幕を透視して舞台裏を見るのはポリシーに反するからやらないのだとか。 「あっ、始まるわ!」 セドナの声が弾む。 ステージの幕が上がる。壇上には豪華な衣装に身を包んだ男女四人の人間が立っており、おもむろにモンスターボールを前方に放る。中から出てきたのは、ソルガレオ、ルナアーラ、エルレイド、ヒスイドレディアの四匹。 「キャーーーー!!!」 突然セドナが悲鳴の様な歓声を上げてナルカミは驚いた。彼女から桃色のハートが出現して前方に飛ぶと、壇上のポケモンを下から上へと駆け抜ける。 確かに伝説のポケモンが出てきて凄いと思うけど、その熱狂ぶりは一体何なのか。 曲が流れ始めた。四匹がそれぞれの動きで踊りだす。ソルガレオが四肢に力を込めると姿が消え、数歩前の空気を切り裂いて鬣を震わせながら咆哮し、ルナアーラは空中で羽をはためかせながら黒揚羽の様に怪しく舞い、エルレイドは肘から伸びる刀を寸止めで振って演舞をし、ヒスイドレディアは細身の体を器用に曲げながら左手で右足を掴んでドーナツスピンをする。 ステージ奥に設置されている液晶ディスプレイにはモンスターボールを模ったノーツが表示され、曲に合わせて絶え間なく右から左に流れてくる。このコンテストは最高位中の最高位、シャイニングコンテスト・マスターランクなので、序盤から容赦なく大量のノーツが襲い掛かるが、四匹とも曲の流れと体の動きをシンクロさせて、成功ラインの『SHINING!』と『GREAT!』判定を連発していく。神業としか言いようのない演技である。 ナルカミは優雅なダンスステージを鑑賞しながら時折チラ、チラとセドナを見ていたのだが、ふとある事に気付いた。 (…………そうか!) この瞬間、ナルカミは何故彼女が今回、このコンテストに強く行きたがっていたのかピンと来た。 ステージで踊っているソルガレオとセドナの容姿が何処か似ているのだ。どうも彼女はあの太陽の様に伸びた白鬣を持つソルガレオが、逞しい長黒髭を持つ雄レントラーの様にかっこよく見え、それであそこまでドハマリしている様なのだ。タイプは違うものの、同じ獅子型ポケモン同士、惹かれる物があるのだろう。ナルカミは推しポケを観ながら恍惚の表情を浮かべるセドナを観察し、一匹で納得すると、目線を再びステージに戻した。 曲が後半に入る。液晶ディスプレイ内は血管の中を流れる赤血球が土石流の様に押し寄せる地獄絵図と化し、こうなると四匹とも流石に体から汗を迸らせながら必死に演技を続けるが、依然致命的な失敗はしない。曲が流れ続ける。ノーツの土石流が襲い掛かる。四匹は必死に踊って食らいつく。そして―― 「「あっ!?」」 ナルカミとセドナは同時に驚きの声を上げた。ステージの左端に陣取ったソルガレオが炎を纏って突進し、右端にいたルナアーラが翼を真円に構えて浅葱色のレーザーを打ち出す。中央にいて挟み撃ちとなったエルレイドとヒスイドレディアは、二匹の技が当たる寸前でエルレイドがヒスイドレディアを抱え、ジャンプ…………しない!? 二匹の技が激突し、爆発音と硝煙が立ち昇る。騒然とする館内。「事故?」「まさか……」。観客達の不安な声が聞こえてきて、ナルカミとセドナから血の気が引いた、その時。 「おい! あれ見ろ!」 観客の一人が叫んだ。 観客席だ! 観客席の最上段にいる!! ナルカミとセドナの座席のすぐ上の通路にヒスイドレディアを抱えたエルレイドがテレポートで瞬間移動して立っており、二匹は目を見開いて仰天した。 エルレイドは通路から観客席の間にある階段を小走りで降りていくと、腕に抱えられているヒスイドレディアがバージンロードのフラワーガールの様に右に左にとはなびらの舞いを観客席に撒いていく。ステージのソルガレオとルナアーラが中央に駆け寄る。階段を降り切ったエルレイドがステージ上の二匹の間にジャンプする。エルレイドとヒスイドレディアが回れ右で観客席の方を向くと、四匹仲良くフィニッシュポーズを決めた。 会場が激震する。液晶ディスプレイには『4連鎖』という判定が表示されていた。 ◇ 夢の様なひと時から数刻後。コンテスト会場がある街は夕方の時間帯になり、夕日が辺りを照らしていた。 街が見下ろせる人目に付かない小高い丘。奥には森が広がっており、その森の手前の丘の上に一人の人間と二匹の獣が向かい合って立っていた。 「今日は本当にありがとうございました」 ナルカミはトンガリ頭を傾けて感謝の意を伝える。 栗色の長髪の人間女性は、ナルカミとセドナから首輪とリードを取り外し、謝礼のポケを受け取ると持っていたポーチにしまう。 すると突然、彼女の体が眩い光に包まれた。口からマズルが長く伸び、手から鋭い爪が生え、長髪が津波の様に逆立つ。 光が消えると、人間の女性は見るも恐ろしい人狼に変わっていた。栗色の長髪は所々朱色が交じった白髪に変色して癖毛が逆立ち、顔の左半分はウェーブが掛かった白髪で隠れ、反対の右半分にある、黄色い目の中にある点の様な緋色がぎょろりとこちらを向く。 ナルカミは思わずびくりと体を震わせたが、姿は禍々しいものの、人間に化けた時の様ににこやかに微笑んだ彼女を見て、相変わらず見た目は怖いけど、本当は優しい方なんだと思った。 実は彼女、ナルカミ達が人間が運営するコンテスト会場に入るため、人間の姿に化けてナルカミ達を同伴のペットに見立てる事で会場に入るという、所謂助け屋みたいな仕事をしていて、予め人狼の姿でナルカミ達と接触して一日同伴で契約していたのだった。 ナルカミとセドナが前足を振って見送ると、彼女は両手を股の前で組んで会釈をし、奥の森に消えていった。 「どうだった? 推しポケのコンテストは」 「チョ~~~~良かった! 最高!! ナル、連れて来てくれてありがとう!」 セドナは右目を子なり記号、左目を大なり記号にして、頬を紅く染めながら興奮している。どうやら存分にご満悦して頂けた様だ。 ナルカミもあくまで彼女の付き添いで来ていて、コンテストにはそれ程興味を持っている訳では無かったが、不思議な充実感に包まれた自分を発見し、ああ、遠路はるばる苦労して来た甲斐があったな、と自分で自分を褒めた。 帰りの交通費を払うとほぼポケが尽きてしまう為、帰ったらまた二匹とも仕事漬けの毎日だ。それでも必死にポケを貯め続け、いつの日かまた―― 丘の上から見える、ラプラス伝説と同じ時間帯の茜色に染まった街の中に、先程までいたコンテスト会場が小さく見える。それを二匹で見ながら顔を見合わせると、互いに笑みが零れた。