*育てや狂想曲 [#vdbdd2ab] writer――――[[カゲフミ]] ―1― 目を空けるとそこは木造の質素なつくりの部屋だった。微かに漂ってくる木の匂いは穏やかな気分にさせてくれる。 木目がくっきりと浮かび上がっている壁や床も独特の味わいを感じる。どこか、懐かしい雰囲気がする部屋だった。 自分の目の前にいるのは見慣れたトレーナーの姿ではなく、顔や手に皺を刻んだ白髪のお爺さん。誰だろう、顔は見たことがあるような。 そして隣にいたのは自分と似通った外見をしていて、同じトレーナーの元で旅を続けている仲間でもあるポケモン。 馴染みのない場所。知らないお爺さん。そして隣にいるのはお互いに遠くない種族の異性。もう、ある程度察しが付いてしまった。 「あの、これってどういう」 先に口を開いたのは隣にいた彼女の方。とりあえずお爺さんに言いたかったことを先に代弁してくれた感じではあった。 お爺さんもあんたら二匹が何を思っているかは十分承知、と言わんばかりにうんうんと頷いている。何となくではあるが事情が読めてきた。 「ここって……育て屋ですよね?」 育て屋。ポケモンが一時的にトレーナーの元を離れて育成を受けることが出来る施設と一般的には認識されている。 しかし、育て屋はただ単純にポケモンを育ててもらえるだけではないのだ。育て屋には二匹までポケモンを預けることが出来る。 この二匹、というところがポイントで、性別の違うポケモンを二匹預けるとタマゴが見つかることがあるという話も今ではそんなに珍しくはなかった。 新たなタマゴを発見できる可能性がある施設として利用しようとするトレーナーもかなりの数で存在していた。おそらく、彼ら二匹のトレーナーも。 「ああ、お前さんの言うとおりここは育て屋じゃよ。わしもこんな珍しいポケモンを二体も預かるのは初めてじゃがのう……」 目の前の二匹を交互に見つめ、感慨深げに呟くお爺さん。人々の間では伝説と呼ばれるポケモンを突然二体も預けられたのだから無理もない。 一匹は水色と白の入り混じった姿で、赤い胸の模様が目立つ。もう一匹は赤と白の混ざった姿で胸の模様は青色。 そして水色のポケモンよりも一回り体格が小さかった。しかし体格と配色以外は非常に似通った姿をしており、輪郭だけならどちらがどちらなのか見紛うほど。 水色のポケモンはラティオス、赤色のポケモンはラティアスと呼ばれている種族だった。 どちらもかなり珍しいポケモンであり遭遇するのは極めて稀とされている。そんな二匹が育て屋の一室に並んでいるのは酷く異様な光景だった。 もちろん、一匹だけでも十分奇妙な状況ではあったのだが。しかし今、目を向けるべきところはそこではなかった。 「お爺さん、分かってると思うけど僕たちは……」 「ああ分かっておるさ。お前さんたちの間にはタマゴは見つからんことくらいは、な」 だてに長年育て屋をやってきてないのだろう。珍しいポケモンでもタマゴが出来るか出来ないかくらいは認識しているようだ。 育成目的で育て屋を利用するならば別に問題はないのだが。そこまで事情が単純ではないことをラティオスもラティアスも把握していた。 「ヘイズに頼まれたんですか?」 「うむ。あんな無邪気に目を輝かせてお前さんたち二匹のタマゴが欲しい、と言われるとなあ。それは無理じゃとは言えんかった」 申し訳なさそうに俯くお爺さんを見て、ラティオスは小さくため息をつく。何となくそんなことだろうと予感はしていたのだ。 ヘイズは自分たちのトレーナー。まだ少年と呼んでも差支えないくらいの年齢ではあるが、トレーナーとしては類稀な才能を持っている。 伝説のポケモンであるラティオスとラティアスを従えているくらいなのだ。彼の他の手持ちも二匹に負けず劣らずの強者揃い。 本気でぶつかり合ったら勝てるかどうか、ラティオスもラティアスもあまり自信がないくらいには。 確かに二匹がヘイズの元にいるのは彼の実力を認めているから、というのが前提条件ではあった。 最もそれは出会って間もない頃の話。今二匹がヘイズのポケモンでいるのは彼の強さだけが理由ではなかった。 バトルのセンスは大人顔負けなヘイズでもそれ以外の部分では、年相応な少年らしい純粋さや弱さもちゃんと持っていて。 精神的にも肉体的にも彼よりも大人である自分たちが支えてやる必要がある。ポケモンバトルは極端に強い分、他の面では意外に脆く危なっかしい。 そんなアンバランスなヘイズに母性本能をくすぐられるところがあったのかもしれない。 ヘイズに振り回されることが多いものの、それなりに楽しく旅を続けられているのではないかとラティオスは感じていたのだ。 「そう言われても、無理なものは無理だよ」 出来る範囲でならヘイズの頼みを聞いてもいいと思う。しかしこれはラティオスやラティアスの努力次第でどうにかなる問題ではなかった。 「しばらく預けてタマゴが見つからんかったらあの子も諦めるじゃろう。その時はわしが上手く言っておくよ。それまでは不本意かもしれんが、しばらくここで過ごしとくれ」 ラティオスとラティアスは互いに顔を見合わせる。別に一緒に過ごすのが嫌というわけではない。苦楽を共にしてきた仲間なのだから。 ただ、タマゴ作りのために育て屋に預けられたという事実にどんな顔をしていいかが分からなかったのだ。 しかしトレーナーのヘイズがポケモンを預けてどこかに行ってしまった以上、勝手に抜け出すわけにもいかないだろう。 「案内しよう、付いてきなさい」 そう言ってお爺さんは受付横の扉から外に出ていく。このまま育て屋の中に入っていいものなのだろうかという考えが頭を掠めたが。 育て屋の受付でずっと立ち尽くしていても仕方がないのも確か。釈然としない気持ちを抱えながらも、二匹はその後に続いたのだ。 短い背丈の草が伸びた道をお爺さんは進んでいく。育て屋入り口の小ぢんまりとした感じとは打って変わって、中は広々とした草原の景色が広がっていた。 道と言っても舗装はされていない。何度も同じ場所を通るたびに踏み固められた個所が道のようになって細長く伸びている。 お爺さんの歩みに合わせているので、ラティオスもラティアスも進む移動速度は緩やか。しかしその間の会話はなかった。 こんな時なんと声を掛けたらいいのか、何を話すべきなのか。置かれたことのない状況に頭の中が真っ白になっていたのだ。 「ここじゃ」 お爺さんに案内されたのは受付の部屋と同じくらいの大きさの小さな建物だった。入り口の扉にドアノブはなく、どちら側から押しても開く造りになっている。 そして建物の割に扉も大きく、ラティオスも難なく潜り抜けることが出来た。この施設は様々な面でポケモンのことを考えて設計されているのだろう。 部屋の中は至ってシンプルで、机や椅子などの家具は一切置かれていない。天上近くに光を取り入れるための窓がいくつかあるくらい。 床に敷かれていたのはふかふかした藁。色や匂いからしてつい最近用意された新鮮なものだと分かる。 こんな藁で休むのは初めてだけど寝心地はよさそうだなと呑気に考えて、ふとラティオスは敷かれた藁の区切りがないことに気が付く。 よくよく見ると敷かれた藁の大きさはちょうどラティオスとラティアスが寝そべって体がはみ出さないくらいの面積に調整されているのだ。 ご丁寧に二匹の体格差まで絶妙に計算されている。ここがそうした趣の場所だと理解してはいても、こうも露骨だと思わず言葉を無くしてしまう。 「せっかくうちに来ることになったんじゃ。ゆっくりしていくといい」 そう言ってお爺さんは部屋から出て行ってしまう。これからラティアスと二匹でいったいどうしたらいいのやら。無責任だな、とラティオスは思いもしたが。 育て屋に預ける預けないはポケモンとトレーナーの間の問題だ。そこに育て屋のお爺さんが介入する余地はなかった。 預けられた二匹の間にタマゴが見つからなくとも、育て屋を利用しようとするトレーナーには変わりないし、お爺さんが断れなかったのも仕方がない。 ヘイズに預けられた二匹のポケモンをお爺さんはちゃんと預かって、中に案内をしたまでのこと。 「ゆっくり……って言われてもなあ」 もし自分一匹だけか、あるいは同じ性別のポケモンと一緒だったなら。ラティオスも思う存分羽を伸ばして育て屋を堪能していたことだろう。 隣にいるのがラティアス、しかもタマゴを作る目的で預けられたとなれば。とてもじゃないけど伸び伸びと寛ぐ気分にはなれない。 ヘイズのポケモンのタマゴに関する中途半端な知識を心の中で恨みながら、ラティオスは大きなため息をついたのだった。 ―2― お爺さんが立ち去って部屋の中には二匹がぽつんと取り残される。とはいえ元々大した広さのない部屋。お互いの距離は自然と近くなるわけで。 不自然過ぎないようにラティアスと距離を取るのが案外難しい。近づきすぎると場所が場所だし誤解を生みかねない。 かといってあからさまに距離を取るのも考え物。別に彼女のことが苦手とか嫌いとか、そういった感情を持ったことは一度もないのだから。 居心地の悪さを感じてはいたものの、このままじっとしているわけにもいかなかった。これでは育て屋の受付にいたときと何も変わらない。 ラティオスはとりあえず、部屋の真ん中に敷かれた藁を手で適当な大きさに区切って左右に分けておいた。 同じ部屋ながらも、これでひとまずはそれぞれのスペースが出来たわけだ。それでも近い気がするのは目をつぶろう。 「ルティアも来なよ」 藁の上に腰を下ろすとラティオスは彼女に呼び掛ける。入り口で立ち尽くしているよりは落ち着ける藁の上で寝転んでいた方がまだ良いはず。 若干表情に戸惑いの色を見せたルティアだったが、やがて頷くとラティオスの隣の藁の上に寝そべった。 藁の分配はどうやら丁度良かったようだ。彼女の体がぴったりと収まるくらいの広さになっている。 「柔らかい。良い藁みたいね、これ」 「そうだね、僕もこんな寝心地の藁は初めてだよ」 トレーナーと一緒にいるときはポケモンセンターで休むにしても野宿にしても基本はモンスターボールの中。ボールの外で睡眠をとる機会は少ない。 何度かヘイズにポケモンセンターのベッドを体験させてもらったことはあったが、この藁はそれとはまた違った感触だった。 言いながらラティオスはちらりとルティアの方を見やる。彼女もほとんど同じタイミングでこちらの方を向いており、互いの目が合った。 同じ旅を続けてきた仲間とはいえ育て屋となると話は別。微妙な気まずさを感じてそれとなくラティオスは目を反らした。 「ねえ、エリオ」 「ん?」 会話の間なら無理に目を反らす必要はないか。エリオは再び首を少し動かしてルティアの顔に視線を向ける。 「ヘイズってさ、ポケモンバトルはすごいけど……他は年相応だよね」 「仕方ないんじゃないかな、まだ若いんだし」 彼が何歳なのか直接聞いたことはなかったが、外見から判断する限りでは十代前半が妥当な所。 育て屋に関する知識も不十分なところがあったようで、雄と雌を預けるまではたどり着いてもタマゴが出来る組み合わせにまでは頭が回らなかったと見える。 きっとどうやってタマゴが出来るのかも知らないまま自分とルティアを預けたのだろう。ヘイズらしい、と言えばそれで納得してしまいそうになる。 もしもヘイズがすべての面において年齢に不釣り合いな卓越した才能や知識を持っている、いわゆる天才だったとしたら。 エリオも彼にずっと付いていこうという結論には至らなかったはずだ。誰しもどこかに足りない部分、欠点があるもの。 それを補い合ってこその仲間だとエリオは考えていた。実際ヘイズとの旅はアクシデントも多々あれど、エリオは楽しいと感じているのだから。 おそらくルティアも似たような考えでヘイズと行動を共にすると決めたのではないだろうか。ただバトルが強い、だけの理由ではなく。 「タマゴを作るにはどうするのかは、きっとヘイズは知らないよね」 「だろうなあ」 雄と雌を育て屋に預けるというのは間違ってはいない。問題はそこからタマゴが出来る経緯だ。 ただ預けられただけで自動的にタマゴが出現するシステムでもあるのならば、エリオもこんな空気に悩まされたりはしないだろう。 もしタマゴを作るとすれば、自分はルティアと。無意識のうちに彼女の方を見てしまったエリオは、いったい何を考えているんだと頭を横に振る。 ルティアとは同じ種族ということもあってヘイズの手持ちの中でも仲は良い方だ。だからと言って、それとこれとは別の話。 確かにこれまで彼女を異性として意識した記憶はエリオの中で無くもない。ただ、それよりも頼れる仲間や相棒としての認識の方がずっと強かった。 気を取り直して彼はぐるりと部屋の中を見渡す。木と藁の柔らかい香り。程よい風通しもあってリラックスできる良い設計だ。 ヘイズが迎えに来てくれるまでしばらくはここでルティアと過ごすことになるのだろう。間違いなく普段よりも彼女との距離は近い。 同族の仲間とはいえ、やはり性別は違うルティア。雰囲気もあって必要以上に意識してしまいそうで、落ち着かなかった。 「どうしたの、もしかして緊張してる?」 「少し、ね」 「別に私たちでタマゴを作るわけじゃないでしょ。もともと出来ないと思うし……」 育て屋に預けられたからといって強制的にタマゴ作りに励む必要は確かにない。その辺は当人同士の気持ちの問題になってくる。 もしもエリオとルティアが別の種族の雄と雌で、タマゴが出来る組み合わせだったとしても。今の調子ではタマゴは見つからないだろう。 「分かってる。でもここってさ、ほら。雰囲気あるじゃない。君と一緒だとどこかで意識はしちゃうよ」 「まあね。でもしばらくはここで過ごすわけだし。徐々に慣れてくるとは思うけど」 「そう願いたいな」 いきなり二匹でこんな場所に連れてこられたから、気持ちの整理がつかないだけ。時間が経てばルティアに普段通り接せられる。そう信じるしかない。 やれやれとエリオは苦笑すると小屋の窓から外を見る。夕方に差し掛かる手前くらいの時間帯。窓から差し込んでくる光には熱気が籠っている。 ここでじっとしていても落ち着けないし育て屋の中に入るのは初めてということで。気分転換に散策するのも悪くないだろう。 両腕を畳むとふわりと体を浮かせるエリオ。どこか行くのと尋ねるルティアに散歩、とだけ短く伝えるとエリオは小屋の外へと飛び出していった。 青々とした草を風になびかせながらエリオは育て屋の敷地内を進んでいく。中には預けられた他のポケモンも居て、珍しいラティオスの姿に振り返る者も少なくない。 そんな視線には目もくれずエリオは草原を突き進む。緑色の空を青い流れ星が駆け抜けていくかのように。別に目的地があるわけではなかった。 ただ、こうやって無心で飛んでいればこの釈然としない気持ちを振り払えるのではないかと思ったのだ。 想像していたよりも育て屋の中は広い。どれくらい進んだんだろうか。途端に草原がぷつりと途切れ、大きな池が広がっている場所に出た。 これも育て屋のお爺さんたちが作ったものなのか、あるいは最初からこの土地にあったものなのか。 緑もあり、綺麗な水もあり、ポケモンたちが野生に近い状態で自由に活動できる設計となっているようだ。 何気なく水面を覗き込んでみると自分の顔が映った。鏡を見るような機会はあまりないが、自身どんな顔をしているかくらいは知っている。 青と白の模様にやや切れ長の赤い瞳、なかなか整っているなんて言ってしまうと自己愛が過ぎるだろうか。 映っている顔は何だかすっきりしない表情。嬉しくもなく、かといって悲しいわけでもない。まだもやもやしたものが纏わりついている。 小さく息をついてエリオはそのまま顔を水の中へ浸す。水タイプではないので水中で留まるのは無理だが、水浴びは嫌いではなかった。 鼻先から目、耳から首筋まで。一気にひんやりとした感触に包まれる。日差しは温かくとも水の中はなかなかの冷涼さ。 顔を上げてふるふると首を横に振り水気を飛ばす。水の冷たさがひどく染みわたって心地よい。少しは気分転換が出来たか。 「どうするかな」 まだ戻るには早いような気もするし、こんな短時間で気持ちが切り替えられたのかは分からない。 ルティアの言うように育て屋でしばらく過ごせばこの雰囲気にも馴染めてくるのだろうか。 ならばもう少しうろうろしてみるのも。と、今まで全く気に留めていなかった周りを見てみれば。池の周辺には雄と雌と思しきポケモンの姿がぽつぽつと。 それぞれの組が近づきすぎないように距離は保っているが、場所を移動しようとはしていない。皆仲がよさそうに手を繋いでいたり、体を寄せ合っていたり。 中には他のポケモンの目もはばからずにキスまでしている者も。エリオは思わず目を反らしてしまっていた。 そういうのは外でやらずにひっそりとやってくれよ、と一瞬考えてああここはそういう場所だったかと諦観する。 一匹だけで小屋の外に出たところで、自分が取り残されてしまったような疎外感を感じるだけ。外でも到底安らげそうにはない。 あちこちでべたべたとするポケモンのカップルたちに辟易しつつ、エリオは大人しく小屋へと戻ることにしたのであった。 ―3― 「おかえり。外はどうだった?」 無言で小屋の扉を押して中に入ったエリオに、藁の上に寝そべっていたルティアが半分だけ頭を起こして呼びかける。 口を閉じていてもため息が零れてしまいそうな彼の表情を見れば聞くまでもなさそうではあったのだが。 ルティアも外の様子にそこまで興味があったわけではなく、何となしに聞いているような口調だった。 「ポケモンのカップルばっかり。外も落ち着かなかったよ」 「予想はしてたけど、やっぱりね。私も付き合えばよかった?」 冗談交じりのルティアにエリオは苦笑いで応じる。確かに二匹で居たならば、さっき感じた疎外感も少しは薄れていたかもしれない。 ただルティアが隣に居れば育て屋の外の空気に馴染めていたかと言われれば、決してそんなことは無いだろう。 二匹で一緒に他のカップルが身を寄せ合っているのを見ても、お互い目のやり場に困って余計に気まずくなるだけだ。 「僕らが隣り合って飛んでても番には見えないんじゃないかな」 「そうね。兄と妹って思うかも。そしたらみんなびっくりするんじゃない?」 「はは、確かに」 あからさまに血の繋がりを匂わせる雄雌の組み合わせが育て屋に。いくらなんでも倫理上の問題がある。中にはそうした事例も無きにしも非ず、らしいが。 ラティアスとラティオスで卵が見つからないのはそうした要因も含まれている気がしないでもない。 ただ、エリオとルティアの間に血の繋がりはなく出身地も違う。エリオはジョウト地方、ルティアはイッシュ地方でトレーナーのヘイズと出会ったのだ。 元々彼らの種族にはいくつもの個体がいて、エリオもルティアもその中の一匹に過ぎない。 ラティオスとラティアスと来れば一般的には兄妹として見られることが多いが、必ずしも兄と妹の組み合わせで存在するわけではないのだ。 「はい、これ」 エリオがルティアに差し出したのは青くて楕円形をした表面に凹凸のある木の実。オレンの実だった。 かなり実りが良く重みがあり、中身がぎっしりと詰まっていそうだ。ここまで大粒の物はなかなかお目にかかれない。 「どうしたの?」 「小屋の裏に木があったんだ。たぶん、自由に採っていいんじゃないかな」 自分は場違いなんだなと実感しただけで終わるかと思われたエリオの散策の中、唯一の収穫がこれだった。 小屋の入り口からは丁度死角になっていて見えなかった所に無数のオレンの木が立ち並んでいたのだ。 まだ戻るには早すぎるかな、でも他に行くところもないしな、と小屋の近くをうろうろしていたため発見できたのである。 勝手に採っていいものかと一瞬躊躇いはしたものの、明らかに他のポケモンが実をもいだ跡があったためエリオも頂戴したのだ。 どんなポケモンの口にも合いやすいオレンの実が植えられているのは、様々な種族のポケモンが利用する育て屋だからなのだろう。 エリオも癖のないあっさりとした後味のオレンの甘みは好きだった。確かルティアも嫌いではなかったはず、と思い彼女の分も持ってきた。 「ありがと」 ルティアは小さく礼を言うと彼の手からオレンの実を受け取った。そのまま両手で口まで運んで一齧り、小気味良い音が響く。 美味しい、とぽつり呟く彼女の様子からすると割と口に合ったようだ。エリオもルティアに続いてオレンの実に噛り付く。 オレンの実には様々な味がバランス良く含まれている。どの味も程よい加減でしつこさがない。喉越しもすっきりとしている。 いざ食べ始めるとどんどん進む。いつの間にかなくなっていて、もう一つくらい採ってきても良かったかなと思ってしまうくらい。 ルティアもエリオに少し遅れて完食したようだ。木の実の味とは対照的に、食事の雰囲気は黙々と食べるだけで随分と素っ気ないもの。 これまでの旅の途中、ヘイズと一緒に皆で食事をするときはもちろん何気ない会話を交えたりはしていた。 ただ、面と向かって一対一でしかもそこが育て屋の同じ屋根の下となれば、何を話せばいいのか分からない所があったのだろう。 お互いに木の実を食べることで間を持たすのに精いっぱいだったのかもしれない。だがもう木の実は無くなってしまった。このまま無言の時間が続くのか、それとも。 「ねえ、エリオ」 暫しの沈黙の後、先に口を開いたのはルティアだった。エリオも彼女の方へと顔を向ける。 「エリオはイッシュ以外の他の地方に行ったことあるんだよね?」 「うん、そうだけど」 「他の地方ってどんな所だった? 私、イッシュ地方を出たことないのよ」 そういえばそうだったっけ。ルティアと出会ったのはヘイズとイッシュ地方の旅を始めてから、割と間もない時期だった気がする。 同族の自分を従えているトレーナーを見て、ルティアが随分と驚いていたのは良く覚えていた。 さすがにヘイズもエリオにラティアスとバトルするように仕向けたりはしなかった。その辺りは彼も気を遣ってくれていたのだろう。 ルティアと対峙したのは、ヘイズの他の手持ちポケモン。彼の的確な指示をエリオはその傍らで固唾を呑んで眺めていた。 結果ヘイズは見事勝利し、ルティアは共に旅をする仲間となったのだ。同族のラティアスが目の前で敗れるのを見て、エリオとしては少し複雑ではあった。 最初は半信半疑だったルティアも今ではヘイズに心を開いている、というよりも半分くらいは彼の保護者を兼ねていた。それはエリオも同じである。 ヘイズは自分たちとの間にトレーナーとポケモン、といった明確な線引きを感じさせない。どちらかと言うと家族のそれに近かった。 「僕も他はジョウト地方しか知らないんだけどね。イッシュと比べると、そうだな……」 具体的にどこがどう違うのかを口で説明するとなると案外難しい。トレーナーがいてポケモンがいてポケモンセンターがあるのはきっとどこの地方も同じ。 イッシュとジョウトで大きな差があるところと言えばやはり建造物か。特にヒウンシティなどで、ジョウトにはない高層ビルがエリオの印象に強く残っている。 ジョウトでの一番の都会、コガネシティでさえあんなに高い建物はなかった。それを考えるとイッシュの方がジョウトよりも都会化が進んでいるのかもしれない。 「建物の雰囲気が違うね。僕が居たのはジョウトって地方だけど、イッシュにはこんな高いビルがあるんだなって最初に来たときは驚いたよ」 「ジョウトには無いの?」 「僕の知る限りだとね。でも、ビルとは違うけど変わった造りをした建物ならエンジュシティって言う町にあるよ」 エンジュシティはジョウトの北部に位置する。町の雰囲気も独特で、他の地方では見たことがない建物が多い。 それらの建物はイッシュの高層ビルと比べると機能性では敵わないだろう。だが、単なる建物の機能としてだけでない価値がエンジュの町にはある。 言葉では上手く言い表せない風情のようなものを確かに感じるのだ。他のどの町へ訪れても、エンジュの建物を見たときのような感動は湧き上がってこなかった。 ジョウトはエリオ自身の出身地方でもあるため、地元をひいきする感情も含まれているかもしれない。 それでもどこの町が素敵かと聞かれれば、迷うことなくエンジュシティと答える。それくらい彼はその町を気に入っていたのだ。 「建物自体に不思議な空気が漂ってて見てると心が落ち着くんだ。僕だけかもしれないけど」 「へーえ。もしジョウト地方に行くことがあったら、エンジュシティはエリオに案内してもらおうかな」 「任せてよ。でも僕らが単独で町中をうろうろしたら騒ぎになるだろうね」 確かにそうよね、とくすくす笑うルティア。エリオも釣られて笑い顔に。育て屋に入ってから初めて見た彼女の自然な笑顔だったように思える。 ルティアと二匹だけの空間にどことなく居心地の悪さを感じていたエリオだが、会話をしている間はそれを全く意識していなかった。 育て屋だから。一対一だから。と、気負い過ぎていた面もあったのかもしれない。ルティアもエリオが思う程、この状況を気にしていない可能性だってある。 ルティアだってエリオの一挙一動を監視しているわけではない。変に畏まる必要はないはず。そう考えるとほんの少しだけ、気持ちが楽になった。 現にジョウト地方とイッシュ地方の話題で、お互いに違和感なく会話が出来たのは紛れもない事実なのだから。切っ掛けは些細なことでいいのだ。 まだまだ育て屋での時間は長い。ヘイズがいつ迎えに来てくれるかは未定だ。多少は自然体で動けるように努めていこうとエリオは思う。 さすがに自分一匹だけでいるの時のように振る舞うのは無理でも、せめてヘイズや他の仲間と過ごしている時と同じくらいの感覚で居られるように。 ―4― エリオは体を起こした。藁が柔らか過ぎるせいか、どうにも眠りが浅くなっていたようだ。もちろん眠れない理由はそれだけではなかったのだが。 あの後ルティアとは地方の違いの話から始まって、他にもいくつか他愛のない話でそこそこに盛り上がれたような気はする。 一通り話題を出し切った頃には辺りはすっかり暗くなっており、他に特にすることもないので今日は休もうという結論に至ったのだ。 それにしても、どれくらいの間眠っていたんだろう。ふわりと体を浮かせてエリオは天井付近にある窓まで行き、外の様子を窺った。 この育て屋があるのは街から少し離れた場所。ポケモンセンターや民家の明かりも届かない。外の原っぱを照らすのは月明かりだけ。 幸い今夜は天気が良く夜の草原が見渡せるくらいの明るさはあった。こんな中を散歩に出かければ、随分と夜風が心地よさそうだ。 中途半端に目が覚めてしまったし、気分転換に行ってみようかなと一瞬考えたエリオ。しかし、場所が場所。さらには夜なのだ。 他のポケモンのカップルたちが皆きちんと小屋の中に納まっているとは限らない。夜行性のポケモンならばむしろ活発になる時間帯。 そんな中外に出てしまうと、何やらよからぬ物音やら声やらが聞こえてきそうで。それを思うととてもじゃないが外出する気にはなれずにいた。 昼間のキスだけでもたくさんだと言うのに。他のポケモン達の営みに興味などないし、見たくもない。断じてそんな趣味はなかった。 むやみに外を出歩いても余計に目が冴えてしまう結果になりかねない。釈然としない気持ちを抱きながらも、小屋の中で大人しくしていた方がよさそうだ。 エリオは仕方なく、もといた場所へと戻っていき藁の上へと再び腰を下ろす。いくら藁の素材が良くとも安眠を阻害する要素がここには多すぎる。 小さくため息をついて、ふと隣で眠っているルティアを見やる。自分と違ってちゃんと寝つけているらしく、静かな寝息が聞こえてきた。 ほぼ無意識の状態でぼんやりとエリオは眠っているルティアの顔を眺める。こんな風に彼女の顔をじっくり見るのは初めてかもしれない。 小屋の中にはいくつかの明かりが備え付けられており、多少の薄暗さはあれどお互いの姿を確認するには十分だった。 少女と言う程あどけなさはなかったが、まだ若干の幼さが残るような感じだ。普段の落ち着いた立ち振る舞いの印象が強いせいか外見が若く感じられる。 同じ種族として見てもルティアはなかなか魅力的な顔立ちをしているとは思う。綺麗、よりも可愛いという表現の方が似合うのではないだろうか。 と、心の中でルティアの見た目を評価していてはっと我に返るエリオ。これは眠れないからといってやるべきことじゃない。やはり彼女との距離がこの小屋では近すぎる。 「どうしたの?」 いきなり声を掛けられてエリオは小さく身を竦ませた。いつの間にやらルティアが首だけ起こしてこちらを不思議そうに見つめているではないか。 ずっと起きていたのか、途中から目が覚めたのかは分からない。ただ、先ほどまでの舐めるような視線は間違いなくルティアに伝わってしまっている。 本当にどうしてしまったんだろう。これまで彼女を異性を見るような目線で見たことはエリオの記憶する限りでは、なかった。 この小屋で過ごすうちに、育て屋の異質な雰囲気に感化されて妙な気分になってしまったとでも言うのか。 何でもないよと笑って誤魔化すことも出来ただろう。エリオが話したくない素振りをすれば、ルティアも無理に追及はしないはず。 しかし、無理にはぐらかしたところで残るのは妙な気まずさだけ。ますます小屋の中での居心地が悪くなってしまう。 それならばいっそのこと自分の気持ちを正直に話してしまった方が、幾分かは楽になれるのではなかろうか。エリオは心を決める。 「何だか眠れなくてさ。君が、気になって」 明らかに彼女を意識したような発言をして、嫌な顔をされるかなと思いきや。むしろほっとしたような安堵の表情になるルティア。 「そっか。良かった、私だけじゃなかったんだ」 一旦体を起こして藁の上に寝そべり直すと少し恥ずかしそうにしながら。照れ隠しのつもりなのか、ややエリオからは目線を反らしつつ口を開く。 「しばらくここにいれば慣れるかなって思ってたんだけど、やっぱりだめ。どうしてもあなたのこと意識しちゃって」 エリオがルティアのことを見ていたのと同じように、もしかしたらルティアも自分のことを見ていたのかもしれない。 直接目で見ずとも、エリオが立てた物音。エリオが天井まで浮かび上がった際の空気の流れ。彼の気配を感じる要素はたくさんあった。 こんなところでもお互い様。初めて育て屋で夜を迎えて感じたことはほぼ同じ。性別は違えど同じ種族、心のどこかでシンクロする部分があるようだ。 いくら眠れないと言えども、無理矢理に起きつづけていればいずれは生理現象としての眠気がやってくる。だがそれでは一緒に起きている間の間が持たない。 「いっそのこと眠くなれるように頑張ってみるかい?」 「頑張るって、どうやって?」 「そうだね、僕と君とで育て屋らしいこと……とか」 彼の発言が何を指すのか。ルティアも子供ではない。すぐに察しはついた。特に照れた様子もなく、エリオはいつも通りの涼しい顔つきでさらりと言ってみせた。 育て屋と、夜と、薄明りの下、寝心地のいい藁と。十分な雰囲気はあった。両者ともある程度良好な仲ならば、流れで発展してしまってもおかしくないくらいに。 ただそれがエリオの口から出てきたことが、ルティアにはこの上なくちぐはぐなことのように感じられて。少しの間、空いた口が塞がらなかった。 「驚いた。あなたがそんなこと言うなんて」 「そんなにびっくりしなくても。僕にだって性欲はあるさ」 さも当たり前のことのようにエリオは続ける。確かに、性別を持って生まれたならばどこかで発散させる必要はある。 雄も雌も、どんな種族でも同じ。ラティアスやラティオスのようにお目に掛かるのが珍しい伝説ポケモンであろうともその事実は曲げようがなかった。 それにしても、だ。基本は落ち着いていてクールに振る舞っているエリオの知らなかった一面を目の当たりにしたようで。不思議な心持ちのルティア。 顔を赤くしたり、声が震えたりしていないのはこんな場面でも彼らしさを貫いているからなのか。妙な潔さすら感じてしまう。 もしも誘ってきたのがエリオでなく他の仲間の誰かだったとしたら、いくら育て屋の雰囲気があってもルティアは断っていたはず。 だが、相手がエリオだと。面と向かって至極真面目な顔つきで言われてみて、思ったよりも悪い気はしなかったというのがルティアの本音。 同じ種族だからこその安心感も少しはあったが、エリオの口調や表情からあからさまな下心を感じなかったのが大きかった。 場の空気に流されているのではという危惧は少なからず感じていた。しかしエリオから対象として認識されていると実感できて、密かに嬉しく思う自分がいたのだ。 「でも、状況が状況だからね。君が嫌なら無理にとは言わないよ」 苦笑いしてみせるエリオ。ルティアと営みをしてみたいというのは確かに本心ではあったが、半分くらいは咄嗟の思いつき。勢いだった。 幻滅されるかなと思っていたのに、当の彼女は意外と満更でもなさそうな様子。むしろ、エリオの誘いに乗るかどうか迷っている風にさえ感じられる。 何馬鹿なことを言ってるんだろうと己の発言の直後に少し後悔していたくらいだが。予想外の結果。案外言ってみるものである。 ルティアがどんな返事をくれるのかエリオはじっと答えを待つ。焦ってもいい結果は得られない。彼女の気持ちを尊重しつつここは慎重に。 「そう、ね。あなたと育て屋を満喫してみるのも悪くないわ」 どこか吹っ切れたような清々しい笑み。聞こえてきたのは自分の突拍子もない提案を受け入れてくれた、ルティアの言葉だった。 正直なところまだ信じられない。嬉しさと同時に、本当にいいのだろうかという迷いも少しばかり心の中に浮かび上がりはした。 「いいのかい?」 「せっかくの育て屋なんだし。私も楽しみたいもの」 寝藁からふわりと浮かび上がってルティアは自分の方へ近づいてくる。いざ心を決めてしまえば、思い切りがいい。彼女に躊躇いはなかった。 今までで一番傍で感じる彼女の存在。手を伸ばせば届いてしまうくらいすぐ傍に。ルティアがエリオにぎりぎり触れない位置でぴたりと動きを止めたのはきっと。 「よろしく、ルティア」 こういうことなんだろうと予測しつつエリオは両腕を伸ばして。自分より一回り小さなルティアの体を。そっと、抱き寄せた。 ―5― ルティアが仲間に加わってからそれなりに同じ時間を過ごしてきた。けれど、こうして彼女と体を寄せ合うのは初めてのこと。 自分たちの種族の体温は人間よりも低いらしく、暑い日にヘイズが冷たくて気持ちいいからとべたべたと触ってきて暑苦しかった記憶がある。 冷たいのは人間からすればの話で、同じ種族同士ならば特に温度差を感じることはなかった。ルティアの体温も自分と同じくらいに感じる。 ただ、同じくらいの温度のポケモンがすぐ隣にいる。それだけではない不思議なぬくもりがルティアからは伝わってきたのだ。 彼女も何も言わずにエリオに身を預けてくれていた。何の変哲もない抱き合っているだけの時間だったが、準備運動の前段階と考えればこれはこれで。 ルティアの背中に回していた腕を解きエリオは彼女の顔の方へ持っていく。体格の関係上、ルティアをやや見下ろすような形。 小屋の薄明りの中でも良く分かる黄色くて大きな愛らしい瞳。その目に吸い込まれるかのように、エリオはルティアに顔を近づけていった。 エリオは首をやや前屈みに、ルティアは真っ直ぐ伸ばすようにして。お互いの口と口が触れ合った。 次第に唇を重ねるだけでは飽き足らず、エリオは舌を絡ませ始める。自分の中にルティアの匂いと味がじわじわと広がっていくのが分かった。 少し強引だっただろうか、という思いがちらりと頭をかすめはしたものの。別段抵抗したり拒んだりする様子もなくルティアは受け入れてくれている。 切っ掛けを作ったのはエリオの方だったが、彼女も割と乗り気だったのはありがたいこと。顔を離したお互いの口元から細い糸が橋をつくり、やがて消えていった。 息苦しさを覚えたエリオは何度か大きく息を吸い込み、呼吸を整える。息をするのも忘れてキスに夢中になっていたようだ。ルティアがくすくすと笑っている。 「そんなに慌てなくてもいいのに」 「ちょっと勢いあまっちゃった」 もともと想定していなかった、それでも願望はあった彼女との情事。心躍らせるあまり、暴走してしまわないようにしなければ。 エリオは苦笑いして再びルティアの方を向く。お互いの体温を感じて、軽く息切れがするくらい十分に唇も味わって。気持ちの準備は出来ている。後は。 胸の赤い三角模様から向かって下へ下へ。青い体にすうっと縦に入った切れ込み。普段は意識して探さないと分からないくらいだが。 今はスリットの表面が左右に広がって、中の肉色をした部分が僅かに顔を覗かせている。まだ雄が外には出ていない。段階で言うならば若干興奮している程度、だろうか。 ルティアも次はどうするかを分かっているらしく、エリオの下半身の方へ顔と視線を移す。仄かな明かりに照らしだされたエリオのそれを見て、僅かに彼女の瞳が揺れる。 「私じゃ物足りなかった?」 彼のスリットを前に、ルティアはいたずらっぽく微笑む。断じてそんなことはなく抱擁もキスも十分満足のいくものではあった。 とはいえ、小時間触れ合っていただけで準備万端になってしまう程エリオも飢えていない。 ただここまで来ると、精神的なものだけでなく直接的な刺激を体が求めてしまっているのは事実。 表情からするとルティアも本気で言っているわけではなさそうだが。雌からすれば、やはり自分の体で相手が興奮してくれると嬉しいものなのか。 「意地悪言わないでよ」 「うん、分かってる」 そう言ってルティアはエリオのスリットにそっと手を這わせていく。切れ込みのピンク色をした部分に、爪の先が触れるか触れないかの絶妙な位置。 元々手先は器用な方でない。自分たちの手の形では表面を撫でるのがやっと。それでもルティアが触れた瞬間、ぞわりとした感覚がエリオの体を駆け抜けていく。 掴んだり指を入れたりは出来なくとも、敏感な個所ならば刺激は十分。エリオの雄が直接顔を覗かせるのにそう時間は掛からなかった。 「出てきたね」 這い出してきたのは先端部分だけ。でも、目標を捉えてしまえば後は早い。スリットの表面からエリオの雄へと、ルティアの手は動いていった。 露出した個所は少なくとも、感度はただ表面を撫でているときの比ではない。両手で挟んだり、爪の先でそっと愛撫されたりするうちにむくむくと元気に。 窮屈そうにスリットを左右に押し広げるようにしながら、エリオの肉棒は膨張していく。触れられる面積が増えた分だけ伝わってくる刺激も多くなるのだ。 少々むず痒くもある心地よさに思わず目を細めるエリオ。喉元まで混みあがってきた喘ぎ声を、寸でのところでぐっと飲み込んだ。 外に出てきた部分は全体で言うと七割くらい。胸の三角の模様よりは薄い、それでも健康的な色合いの雄。 一旦手の動きを止めたルティアは表情を変えずにそれを眺めている。何だか品定めされているみたいで落ち着かなかった。 あまり大きさを意識したことはなかったが、まじましと見られると妙に気になってしまう。ルティアとは体格差もあるし、物足りないなんてことはないはず。 ルティアは同じ顔つきのまま、エリオの一物にそっと頭を近づけていく。やや控えめに口を開くと先端部分をぱくりと咥えこんだ。 「……っ」 生暖かさと、舌の感触と。彼女の微かな吐息。弱い電撃でも食らったかのように、エリオの体はぴくりと反応してしまっていた。 奥までしゃぶりついたりはせずに先の方だけを控えめに。根元の辺りに添えられた手と、小刻みに動く舌がエリオをじわじわと奮い立たせていく。 激しい動きもなく落ち着いて淡々と。一物を舐めてもらっておきながら妙な言い方ではあるが、上品な彼女のイメージを崩さない立ち振る舞いだった。 完全に外へと露呈したエリオの雄はいつでも行くぞと言わんばかりに自己主張。青い体に生々しい肉棒の色は良く映える。 薄暗い中、ルティアの唾液でぬらりと雄を光らせるその様子は、まさに夜の育て屋の一ページを表現するに相応しい光景だった。 「そろそろ、交代するよ」 「分かった。お願いね」 エリオの一物から顔と手を離すと、ルティアはふわりと体を浮かせて藁の上に仰向けになる。今度はエリオの番。 刺激がなくなった物足りなさを感じつつも、あれ以上彼女に続行されていたら危なかった可能性が頭を過ぎる。交代するには妥当なタイミングだった。 せっかくの機会に暴発で終わってしまっては情けないにも程がある。気持ちの昂ぶりはこんな所にも現れていたようだ。 藁の上に寝そべったルティアの体躯を頭の先から尻尾の付け根まで、舐め回すようにじっくりと眺めてみる。 体色や尻尾、耳や足の形など細かい部分での差異はあれど、体の作りは同じ種族だけあって似通っていた。一番の重要な相違点はやはり、性別だろう。 いざ、こうして彼女を目の前にしてみると不思議な感覚だった。ルティアと一夜を過ごすという事実が、ヘイズと旅をしている日常とはあまりにも掛け離れていて。 むしろこれは一時の夢だと考えたほうが納得がいく。それくらいエリオにとっては非日常な出来事だったのだ。まあ、夢だろうと現実だろうと楽しむつもりなのは同じこと。 ルティアの尻尾の付け根からやや上、縦筋が入った箇所。左右が僅かにぷっくりと膨らんでいて、オレンの実とは比べ物にならないくらいの美味しそうな果実。味わってみたくて、堪らなかった。 特に躊躇することもなく、エリオは彼女の筋に沿って舌を這わせた。表面が既に少し濡れていたからそんなに時間を要すことはなさそうだ。 上から下へ、下から上へ。動作自体は単純なものだったが、時折混じるルティアの小さな喘ぎやぴくりと揺れる下半身がエリオのやる気を更に高揚させていく。 特に舌遣いを工夫させたり、リズムを加えたりした覚えはなかった。ただ、平凡な動きででも彼女が気持ちよくなってくれているなら幸いだ。 目の前で恍惚とした顔つきで自分に身を任せてくれているルティアが、愛おしい。彼の口元を濡らしているのは唾液か、それとも彼女の愛液か。もはや分からなくなりつつある。 ルティアがこの調子ならば準備運動は程々でいい。具合は聞かずとも体は正直なもの。痛いくらいに膨張した股間が疼く。エリオの方はいつでも臨戦態勢だった。 血縁関係でなくとも同じ種族だからとか、一緒に育て屋に預けられたからだとか、この際どうでもいい。ただひたすらに彼女を求め、エリオは無心で舌を動かし続けたのだ。 ―6― お互いに想い合っている恋仲同士というわけではない。ただ、それなりに好意的な感情はあるという微妙な間柄。だからこそ踏み込むまでに躊躇いがあった。 しかしその一歩を踏み出して、いざ行為に及んでしまえば大して意味を成さない。目の前の異性を欲望のままに求め合うだけ。エリオの頭の中はもう、ルティアのことでいっぱいになっていた。 どれくらいの間、ルティアを味わっていたんだろう。自分の舌が届く範囲では隅々まで舐め尽くしていたような気がする。筋の上部にあった突起や肉厚な内部の感触がまだ口の中に残っていた。 割れ目から口を離した後、エリオは藁の上で横たわるルティアを今度は視線で舐めまわす。口をつけたままでは彼女の表情がちゃんと見られなかったから。 やや虚ろになった黄色い瞳が宙を泳いでいる。上下するお腹に合わせて荒い呼吸の音が小屋の中に響き渡っていた。あまり深く考えずに舌を動かしていたが、そんなに悪くはなかったようで一安心。 普段の冷静な姿からは想像もつかない彼女の様子はギャップがあってなかなかそそられるものがある。せっかくだし目に焼き付けておいて損はないかもしれない。 ルティアの息遣いにあわせて、時折ひくひくと揺れ動く彼女の雌がただただ艶かしかった。体色よりもやや薄い桃色の実。エリオが十分に手入れをしたせいか、すっかり熟れて表面を濡らしてしまっている。 「……ルティア、そろそろ」 「うん。お願い」 少しだけ顔を上げて促すように頷くルティア。お互いにこの後の流れは皆まで言わずとも理解している。ここまで来たら自分の思うままに突き進むだけだった。 エリオはゆっくりと体を浮かすと自身の雄を彼女の筋に充てがった。ルティアと体格差はあれど、何とかなると信じて。いきなり踏み込みはせず慎重に。 腰を前に突き出し己の先端部分をルティアの中へと沈めていく。入り口はかなりの窮屈さを感じたものの、最初の門を破ってしまうと案外順調に進んでいった。 ずるずると半分程度まで来たところで小休止。感覚としてはまだまだ進めそうな感じではあったが、ルティアの方は。彼女の調子を優先して把握しておく必要があった。 「まだ行けそう?」 「ちょっと苦しいけど、大丈夫」 やはりエリオ程の余裕はなさそうだった。大きさが釣り合っていないのだから仕方のないことではある。自分たちの体の作りは同じ種族同士で交わることは想定されていなかったらしい。 それでも半分は受け入れられたのだ。もう半分、さらに体積の大きい根元の部分まで行けるか否か。ルティアの様子を伺いながら、やれるところまでやってみたい。 エリオは無言で頷くと再び腰を前へ、前へ、前へ。相当な窮屈さを感じながらも途中で引っかかったりしないのは、しっかりと準備運動を行っていた賜物だろう。 時折彼女からか細い声が聞こえてくる。直接伝わる衝撃に耐え切れず、無意識のうちに。自分の下で儚げな表情で喘ぐルティアが、今は何よりも愛おしかった。 じわり、じわりと。まるでヤドンの歩みのようなペースではあったが確実にエリオは奥へと侵食していく。そしてとうとうルティアの割れ目は彼を完全に飲み込んでしまった。 互いの下腹部の青い皮膚と赤い皮膚がぴたりと密着し合う。もはやぬくもりというよりは、ひどく火照った熱気が伝わってくるようだった。 ルティアの中はぬるぬるとしていて、それでいて締めつけが強くきゅっと雄へ絡み付いてくるようで。このままじっとしているのはエリオには出来ぬ相談であった。 「動かすよ、ルティア」 「分かった。や、優しくお願いね」 正直今の状態でかなりぎりぎりのところ。彼女も不安はあったのか少しだけ声が震えている。もちろんルティアのことを考えて動くのは当然のことではあった。 しかし、勢いに乗って歯止めが効かなくなってしまう可能性も無きにしも非ず。それくらいの気持ちの高揚がエリオにはある。無茶をしてしまわないよう肝に銘じておこう。 「行くよっ……!」 僅かに一物を引き抜いて、ずぬりとそのまま奥へ。単純かつ重要な意味をなす動作。結合部から漏れた液体が藁に、床に。ぽたりぽたりといやらしい染みを作っていく。 締めつけが強い分、エリオが感じる刺激も大きい。動かせば動かすほどに体の奥底から限界が近づいてくるのがはっきりと分かる。しっかり気を張っていないと、ふとした油断から昇天してしまいそうだった。 体格で優っているのは自分の方。行為の際は優位に立つべき側であるはず。雄としてのプライドもあったが、ここは上手く調整しながらルティアよりも長く持たせておきたかった。 「え、リオ……やっ、あっ……!」 耐え切れなくなったか、ルティアの喘ぎ声が小屋の中に響き渡る。きっと今、育て屋の中では同じように行為に及んでいるカップルがいくつもいるはず。恥じらいや遠慮などは必要ない。思う存分に。 情欲に塗れた彼女の声、彼女の表情。眺めているだけでもぞくぞくする。もっと、甘い声が聞きたい。もっと、乱れた表情が見たい。欲望に背中を押されたエリオの動きは加速していく。 彼女の首筋に両手を当て軽く力を込め、勢いをつけて腰を更に奥へ。支えがある分だけその動きはより強い突きとなって、ルティアの深い深い所まで到達する。 最初は窮屈だった彼女の中が次第に慣れてきて、スムーズに動くようになったとすら感じられてきた。待ちわびた瞬間までもう一息。もう一息で。 「んあっ、あああぁっ……!」 びくんと下半身を、そして全身をひくつかせて。先に果てたのはルティアだった。侵入してきた彼を押し返すかのように、秘所から愛液がじわじわと溢れ出てくる。 体温とはまた別の生暖かさがエリオの肉棒を包み込んでいった。辛くも目的を達成できた安心感からか、彼の緊張の糸が緩みはじめる。あとはどうなろうと構わないかなという投げやりな気持ちを抑えつつ。 寸前のところで踏みとどまっていた状態。後は指先でつつくだけで崩壊しかねないくらいに。幕引きは自分の意思で。若干押し戻された一物をエリオはぐっと奥の方まで押し返した。 「んっ、ルティアっ……!」 咄嗟に彼女の体をぎゅっと抱き寄せて、エリオもルティアの後を追う。膣内でどくんどくんと暴れまわる肉棒は着実に彼女の中を、エリオの頭の中を白く染め上げていく。直接見えはしなかったが、結構な量が出ていたのではないだろうか。 ああ、なんという心地よさか。ルティアを抱いたまま意識を手放してしまいそうだ。さすがにそれはまずいと感じ、エリオはふらふらと覚束無い動作で体を浮かして一物を彼女の中から引き抜いた。 ずるりと湿った音がして白と透明の混ざり合った液がエリオの先端から糸を引いていたが、やがてすうっと消えていく。彼はそのまま藁の上へ仰向けに体を投げ出して、乱れた呼吸を整えようとした。 ひとまずは何も考えずルティアと一緒に、行為の後の余韻に浸っていたい。小屋の中にはしばらくの間、二匹の荒い呼吸音だけが響き渡っていた。 「育て屋、楽しめた?」 「存分にね」 先に口を開いたのはルティア。エリオも苦笑しながらそれに答える。元々提案したのはエリオの方だったし、彼女との情事を楽しんでいたのは言うまでもないこと。 興奮するあまり自分だけ先走ってしまったのではないかと、エリオには少なからず不安があったのだが、藁の上で心地よさそうに微笑んでいるルティアを見る限り満更でもなかったようだ。 とりあえず、変に緊張して眠れないという事態は解消できた。現に今、エリオもルティアも猛烈な睡魔に襲われているのだから。 旅の途中のトレーナー同士のポケモンバトルとは全く別方面での体力勝負。思いのほか体に堪えていたのだ。 「今夜はもう、寝ようか」 体には行為の痕跡がしっかりと残ってはいる。本来ならば外にある池で水浴びをしておくのが望ましい。しかし夜遅くの激しい運動だったせいか、一度寝転んでしまうと起き上がるのが気だるくて仕方がなかったのだ。 それはルティアも同じだったようで、重くなりかけた瞼のまま静かに頷いてくれた。ふさふさの体毛があったらさすがにこうはいかない。 すべすべした自分達の表皮ならば、多少時間が経ってしまっても水洗いすればどうにでもなるだろう。今はただ、藁の柔らかさと目の前の眠気に吸い込まれるように。 「おやすみ、ルティア」 もう、寝藁を離して置く必要はない。同じ一つの寝藁の上で手と手を繋いだまま、エリオとルティアは深い眠りに落ちていった。 ―7― 清々しい朝だった。空気がひんやりとしていて体を洗うには少々肌寒かったが、いつまでも昨夜のままでいるわけにもいかない。 顔だけでなく体全体を水に浸すようにして、エリオは全身を震わせて表面に残っているであろうものを洗い流す。涼しげな水音は気持ちも心も落ち着かせてくれた。 彼の隣ではルティアも同じように体を水に付けている。池の対岸にも何組かのポケモンのカップルがいて、ぱしゃぱしゃと体を洗っている様子。 彼らに昨晩何があったのかは想像に容易いが、そこはお互いに触れないでいるのが暗黙の了解とも言えるだろう。追求されると返答に困るのはエリオもルティアも同様なのだから。 全体の濯ぎが終わって体をふわりと浮かせると、エリオは全身を軽く振って水気を飛ばす。水を吸う毛もないのでこれくらいで十分。 所々に水滴が残ったものの、後は自然乾燥で問題ない。ふさふさした体毛があると事後処理も大変だろう。ドラゴンタイプのつるつるした表皮に助けられた。 池の縁の草むらに腰を下ろして、小さく息をつくエリオ。昨夜とは打って変わって今なら冷静に自分自身を見つめ直すことができそうだ。 本来育てやに預けられた目的は、二匹でタマゴを作るという名目の元。ならば昨日の行為は別に間違っていないし、咎められる理由もないはず。 ただ色事を終え一晩開けてすっかり頭の冷えた後。一言目の言葉をどうルティアに掛けたものか、エリオは決めかねていたのだ。 お互いに一線は越えてしまったわけだし、ルティアが昨日のことをどんな風に捉えているのかは気になるところ。 あえて触れないでおくというのも不自然に感じられるし、かといって昨日の行為をいきなり話に出すのも無神経な気がしてならなかった。 「ねえ、もしタマゴが出来てたらどうする?」 「えっ」 どうしたものかと逡巡していたエリオの元へいきなり飛び込んできたルティアの言葉。一瞬頭が真っ白になる。 確かに昨夜は躊躇いなしに彼女の中で果ててしまったが、自分たちの種族ではやはりタマゴは出来ないのではなかろうか。 それよりもルティアが遠慮もなく昨日のことを話題にしてきたことに驚きを隠せずにいた。 朝起きておはようの挨拶をしてから互いに無言のまま水浴びを終えて、二言目の言葉がそれだったのだ。余計に衝撃は大きい。 ルティアは至って普通の、どちらかといえば真面目な顔つき。冗談交じりの問いかけというわけでもなかった。 「そんな顔しないでよ。私がこんなこと言うのが意外だった?」 「うん。僕は昨日のことに触れるのはまずいかなと思ってたから」 エリオの言葉に笑いながら首を横に振るルティア。今までに旅の中で見てきた普段通りの屈託ない彼女の笑顔だった。 「変に意識しててもしょうがないでしょ。エリオとはこれまでと同じように旅の仲間でいられたらなって思ってるよ」 なるほど。既にルティアの中では一通りの気持ちの整理がついていたというわけか。 昨日は昨日。今日は今日。行為があったからといって、接し方まで変えてしまうつもりはないと。それが彼女が出した答えなのだろう。 エリオがどうしたものかと考えている間に、ルティアは既に一足先を行っていたようだ。こうなると朝からあれこれ悩んでいたのが馬鹿らしく思えてくる。 それならば自分も彼女に準じることにしよう。全く同じように接するのは難しいかもしれないけれど、出来る限りはこれまで通りに振舞うように。 「僕もそのほうがいい。これからもよろしく頼むよ」 少し仰々しいかな。でも、この方が自身の気持ちに区切りを付けられそうだった。仕切り直しという意味も込めて差し出した、手。 「ふふ、こちらこそ」 ルティアも笑顔で応じてくれた。互いに片手を差し出して握手を交わす。手を握ることは出来なくても、爪の先をくっつけるような感じで。 そういえば、ルティアが仲間に加わったときもこんな風に挨拶した気がする。ヘイズがバトルで勝利を収め、彼女が仲間に加わると決まったすぐ後のこと。 同族とはいえ初対面の相手。やや緊張気味にそっと伸ばした手だ。彼女の手の感触はあの時と何も変わりなかった。 ルティアと改めての挨拶も終えて、何だかとても穏やかな気分。天気もいいし、今日は日が高くなるまでのんびりと日向ぼっこをして過ごすのも悪くなさそうだ。 草むらの上に寝そべったエリオの隣にルティアも続いた。形が同じで大きさの違う二つの影が朝日を受けて緑の上に映る。 朝の冷気を含んだ草々は心なしか冷たかったが、陽の光を浴びるうちに天然の毛布になってくれるはず。 思えばヘイズとの旅の道中はバトルやら予期せぬアクシデントやらで落ち着ける時のほうが少なかった。もちろんそれはそれで楽しい冒険の一ページではある。 とはいえ、冒険ばかりではなくたまにはこうした休息も必要なのではないだろうか。エリオにとって、こんなにゆっくりと時間が流れていく感覚は久々だったのだ。 それを考えれば、育て屋に自分たちを預けてくれたヘイズの中途半端な知識に感謝するべきなのかもしれない。 「でもやっぱり僕たちじゃタマゴは出来ないんじゃないかなあ」 「だよね。私も何か体調が変わった感じもないし、無理なんだと思う」 一般的に伝説ポケモンのタマゴは未発見と言われているだけで、どこかで見つかる可能性も無いとは言い切れない。 しかしエリオもルティアも一般の枠をはみ出している気配はなく残念ながらヘイズの期待には応えられそうになかった。 「早くこのことに気がついてくれればいいんだけど」 「一日経ってるからね。今日にでも様子を見に来てくれると思うよ」 きっとヘイズは彼らのタマゴを心待ちにしているはず。いそいそと育て屋のお爺さんに訪ねてくる様子が目に浮かぶ。 そして、見つかっていないと聞かされてひどく肩を落とす姿も。こればかりはエリオ達の努力でどうにかなる問題ではないのだ。 ヘイズの期待に応じるためとかではなく、動機は中々に不純なものではあったがチャレンジはしてみた。やる前から投げ出してはいないのでここは胸を張れるところ。 「タマゴが見つからないと分かったら、ヘイズも僕たちを引き取ってくれるさ」 「そうだよね……でも、すぐ諦めてくれるのかなあ?」 ルティアの言葉に暫し流れる沈黙。そして、お互いの顔を見合わせて苦笑いする。その可能性は大いにあった。 苦戦しているポケモンバトルのときも簡単には諦めないのがヘイズの持ち味。一日や二日タマゴが見つからなかったからといって、彼がやすやすと断念するようには思えない。 できればお爺さんに説得してもらいたいところではあるが、自身が納得できなければヘイズはきっと引き下がらないだろう。 彼の諦めがつくまで自分たちは育て屋で過ごす事になる、そんな予感がした。それが三日になるのか一週間になるのかはヘイズにしか分からない。 「それならその間、もっと育て屋を満喫してみるのもいいんじゃない?」 「……エリオってば案外えっちなのね」 「お互い様、だろ?」 満喫の意味をすぐに察して反応してしまった辺り、ルティアも似た者同士。自覚はあったらしく彼女はぺろりと舌を出して照れ隠しのように笑った。 ヘイズの仲間に加わって以来、ずっとポケモンバトルの旅を続けてきた中でふいに訪れた異性と体を重ねる機会。 それはなかなかに刺激的で、これまで感じたことのない気持ちの高揚や心地よさを残してくれていたのは事実。時間と体力さえ許せば、また体験してみたいと思えるくらいには。 さすがに昨日の今日ではそんな気分にはならないが、もし育て屋生活が長引くようならば考えてみてもいい。 ルティアも満更ではなさそうな感じだし、こちらから誘えば応じてくれそうな気はした。 それを思うともっと育て屋に居てもいいかな、なんて下心が浮かんできそうになる。エリオもルティアも、何だかんだで育て屋に順応できているようだった。 おわり ---- ・はしがき -あとがき 今年最後の更新にならないようにしたいですね。 ネタばれを含むので物語をすべて読んでから見ることをおすすめします。 ・この話について いつか書いてみたいと思っていたラティ兄妹。彼らは何かと近親モノが多い印象。血の繋がった兄妹同士というのも背徳感があって楽しめますが、今回は種族は同じでも血の繋がりはない別個体という設定で育てやに入ってもらいました。兄妹でないからこその微妙な気まずさを表現するのはなかなか楽しかったです。 ・エリオについて 二次創作ではシスコン扱いされやすいお兄ちゃん。エリオはそんな気はなく至って普通の大人の雄。真顔でアレな発言をしてもイケメンだからきっと許される。涼しい顔していてもちゃんと性欲はあります。育てやの空気に流されつつも、ルティアとはしっかり楽しんでいたようです。ラティのカップリングは良いものです。 ・ルティアについて 二次創作では映画の影響もあってか妹ポジションが多い印象。しかし、ルティアはある程度落ち着いた大人の雌をイメージして描写しました。エリオと育てやを楽しむのも、口では言い出さなかっただけで願望はあった模様。やや受身気味だったので、一緒に楽しめたのは彼のリードがあったからかもしれません。 ・ヘイズについて 十代前半の凄腕トレーナー。ラティ達が育てやに預けられるシチュエーションを作るには誰かの手持ちでなければならなかったので、伝説ポケモンを従えられるくらいの腕前を持つ年若き少年という設定です。ポケモンの営みについての知識は年相応。いずれは手持ちのポケモンたちがちゃんとした知識を教えてあげる必要がありそうですね。 【原稿用紙(20×20行)】71.6(枚) 【総文字数】23991(字) 【行数】476(行) 【台詞:地の文】9:90(%)|2267:21724(字) 【漢字:かな:カナ:他】34:60:8:-3(%)|8215:14594:1997:-815(字) 最後まで読んでくださった方々、ありがとうございました。 ---- 何かあればお気軽にどうぞ #pcomment(狂想曲コメントログ,10,) IP:183.176.187.115 TIME:"2015-12-21 (月) 22:01:33" REFERER:"http://pokestory.dip.jp/main/index.php?cmd=edit&page=%E8%82%B2%E3%81%A6%E3%82%84%E7%8B%82%E6%83%B3%E6%9B%B2" USER_AGENT:"Mozilla/5.0 (Windows NT 6.1; WOW64) AppleWebKit/537.36 (KHTML, like Gecko) Chrome/47.0.2526.106 Safari/537.36"