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聞き分けの悪い子には…… の変更点


*聞き分けの悪い子には…… [#p2c60e64]
written by――[[狗尾]]
何か色々物足りない方は脳内補完してくださいませm(_ _)m


静寂な広い空間に鈍い轟音が木霊する。
大きな音を立てては静まり、また大きな音が鳴り響くという繰り返し。
周りには堅牢な外壁。
そこに敷かれたフィールド。
大きさでいえば大きめの体育館程度。
その所々に身を隠すほどに十分な岩がぽつぽつ散りばめられている。
何もない平地だとただの殴り合いになるからかしらね。
助走をつければ飛び乗れるこの岩々は、わざの回避や地利の駆け引きに一役買っていた。
先程から続く轟音は衰えることなく続く。
その音の正体は素手で岩を殴り、砕け散った音。
しかも連続で鳴らされるものだから耳鳴りが激しい。
正直、できることなら両耳をふさいでしまいたいところだけれど、今はそれどころではないのよ。
目の前の相手はその外見からは想像もつかないほどのスピードで私を苦しめる。
頑強な腕力を活かして私にメガトンのパンチとキックの猛攻を仕掛けているわ。
どれもなんとかすんでのところでかわしているんだけど。
絶え間なく続く攻撃は空振る毎に私の避けた先にある岩を粉砕する。
横のリーチは短い。
だけど勢いをつけて迫ってくるものだから後方に避けようとするとお終いね。
あんなのを素で受けたら相当痛そう。
さっきから気になってたんだけど攻撃の反動なのか、あるいはわざとなのか。
無造作に揺れる房が嫌でも私の目に入ってしまう。
私だって同種の中ではそこそこの大きさだと思う。
けど向こうは種族柄の大きさなわけで……女としてちょっとヘコむわね。
っといけない、今は回避に集中しないと。

そう、ここはコガネジム。
今はジムリーダーのアカネさんとバッジを掛けて1vs1の真剣勝負のまっ最中なの。
最中、避けるときに棚引く、私の紫苑の艶やかな毛並みと耳下に戦ぐテールのおかげでバレエでも踊ってるようね。
他にも額に妖しく光る赤紅色の珠玉や、しなやかに流れる二又の尻尾だってエーフィの魅力のひとつ。
コンテストバトルだったら言うことなしなんだけどな。
でも、どんなに魅せたところで今は純粋にダメージで判定が下る。
今は美しく見せようなどと悠長なことを言ってはいられない。
先程からの感じだと素早さでは若干私の方が勝っているわね。
向こうのほとんどの攻撃は空を振っていた。
今のところ攻撃を受けたのは2、3回程。
一番痛かったのは、私のサイケこうせんに対して真正面からのすてみタックル。
まさか正面から堂々と突っ込んでくるとは思わなかったから盛大にぶつけられてしまった。
物理攻撃に弱い私ということもあってリフレクターはしっかり張っておいたんだけどな。
まだ前脚の付け根がズキっと痛む。
腫れないといいわね。
でも、それ以外は掠り傷程度。
それほど問題ではないわ。

「ミル!パンチはそこら辺にしとき。さがってかげぶんしんした後ミルクのみや」
アカネさんは快活とした口調でミルと呼ばれたミルタンクを促す。
またきた。
お得意の治癒術。
せっかくさっきまで隙を見ては少しずつ当ててきたスピードスターが水の泡だわ。
いきなり目の前が白い煙で覆われる。
今しがた彼女の放ったのはれいとうパンチのようね。
近くの岩に大きく打ちこんで破壊し、その岩と氷の破片が盛大に舞ったということ。
スターダストを思わせるその粉塵は陽炎のように視界を歪ませて追撃を許さない。
れいとうパンチにそんな使い方があるなんて。
……って、それよりれいとうパンチなんでどこで覚えたのよ。
物好きな人たちね。

煙に乗じて後退したミルタンクはかげぶんしんを積み、自分の乳首を頬張り豪快に自らのミルクをがぶ飲みする。
複数に見えるミルタンクが自らの乳を搾り啜るその様は淫猥ね。
げっ、こっち見てウインクした。
なんか見せつけられたようで気に食わなかったから、私も腰をくだきあまえて見せた。
私だってプロポーションはバッチリなんだからね。
美貌の勝負なんかで負けるはずがないわ。
少し俯き加減な顔からミルタンクに上目遣いの視線を送る。
オマケにこちらもウィンクをして見せた。
多少は効いたみたい。
ちょっとだけミルタンクの眉間に皺が寄った気がする。
でも彼女もフッと笑い飛ばして今度は音を立てながら乳を啜りだした。
それにわざと口の周りをミルクで汚してるし。
極めつけは首筋を滴るミルクね。
ぜったい狙ってやってる。
相当いじっぱりなミルタンクだこと。
そこまでやられて私も黙っているわけにはいかないわ。
私はあまえから転じてうそなきを決め込む。
わざ名はうそなきだけど、実際はどれだけ本当に見せるかによって威力が違う。
そんなわけで、今はその場の雰囲気に合わせて啜り泣くことにした。
尻尾を抱きしめながらしくしくと涙を流す。
時折尻尾で涙を拭うのがポイント。
オトコノコだったらグッときちゃうかしらね。
小悪魔な私。
そんな下品な魅せあいを遮ったのは私のご主人だった。
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「ルミ!張り合ってないでこっちもねがいごとしてめいそうだ」
そう言ってきたのは私のご主人のアキラ。
普段はとっても物臭な彼なんだけど、こういうときはスイッチ入っちゃうタイプなのよね。
冗談口も多いけど、いつも的確な指示をくれる。
まぁ、下手な指示出されて痛い思いしたくないからバトルぐらいは真剣にやってほしいもの。
こちらとしてもありがたいわ。

それにしても、先程までのお色気攻撃はせっかくいいところだったのに。
いいところで水を差した彼を細めで睨みつけてやったわ。
当のアキラはま~た何やってんだよと、然も呆れ果てていた。
視線をミルタンクに戻した時には彼女が勝ち誇ったような視線を送っていたし。
さっきの私の魅力でちょっとはわざの威力が落ちたんだろうけど……。
ああいう風な顔をされてはこちらとしても素直に喜べないわね。
まあ、向こうばかり回復されるのも癪だし、こちらも回復しよう。
ミルタンクは警戒しつつ腰を下ろしているわけで、こちらへの不意打ちはなさそうね。
私は目を閉じて真摯な祈りを効かせた後、精神を統一させることにした。
集中集中っと。
目を閉じて自らの傷が癒えるように願いを込める。
特に、今治したい前脚の付け根の痛みをね。
頭がすぅっとしたら願いが通じた合図、続けて私は邪念を捨てて意識をフィールド全体に広げる。
気の流れを感じ取り、自分の行動が常に最大の威力を出せるような感覚を掴む。
フィールド全体に気を配らせた頃、胸のあたりの痛みが引いてきた。
これでまた激しく動き回っても大丈夫ね。
とはいっても、この勝負ではあまり疲労の心配はないわ。
先程からの回避には自分の念力も上乗せして動いているのよ。
だから少ない力で動き回れる。
さてと、傷も癒したし、技の威力も上げたし、応戦の準備はバッチリ。
向こうもミルクを飲み終わって汚したところを舐めてるし。
そろそろ本気で潰しにかかってくるわね。
気合入れていきましょ。

「ミル!そろそろいくで。しっかりまあるく、準備してころがったれ!」
私の方を指さしながらミルタンクへの指示が言い渡された。
またころがるが来るのね。
さっきも使われたけど、今度はまるまってからのもの。
威力やわざの速さ共に先程の物とはわけが違う。
当たり所悪くダメージをもらえば一撃で昇天もありそう。
もちろん当たる気はないけど。
すかさずアキラも作戦通りの指示を出した。
「ルミ!リフレクターを張り直して備えろ。スピードスターを張り巡らせとけよ!」
いくら集中してると言ってもリフレクターは時間経過で劣化するものね。
一度リフレクターの意識を解いてもう一度私の周囲を念じる。
ガラスの割れる音とともにリフレクターが砕け、新たに強固な壁が形成された。
続けて私のまわりにスピードスターを浮遊させる。
高速回転して私を防護する星々は攻撃を兼ね備えたバリアのようなものよ。
スレスレで攻撃をかわすたびに相手をじわじわと苦しめる。
あんまりじれったいのは好きじゃないけど、今回ばかりは仕方ないわ。

ここまでは作戦通り。
向こうは攻めの態勢に対し、一方のこちらは完全に防御の体勢。
消耗戦になりそうだけど、こちらにも考えはある。
得意の特殊わざで速攻できるものならそうしてしまいたかったわ。
けど、バトル開始時に試してみたら、あの巨体の割に素早い彼女の敏捷性のおかげでなかなか決まらなかった。
あの痛々しい胸のダメージをもらった、サイケこうせんの時がいい例ね。
立ち止まって集中すれば捉えられたかもしれないけど、もし外れた場合は体勢を立て直すのに遅れてしまう。
そこを突かれれば大ダメージは確実。リスクが大きすぎる。
一瞬の判断ミスの暁にはセンター行きだから、油断できないわ。
さすがはジム戦と言ったところかしら。

私はリフレクターの壁を通してミルタンクを注視していた。
丸く、そして硬質化したあの体はまさしく戦車。
自分のミルクを飲んだおかげでスタミナも十分回復してそうね。
まるくなるを重ねがけしているようだわ。筋肉がみしみしいってさらに固くなっていくのがみてわかる。
軋みの音とともに彼女の血管が大きく浮かび上がる。
相当力を込めてるのね。
まるくなるちょっと前から力んでるのか、口が強張ってたし。
一瞬身震いするように反動をつけて遂にこちらに向かってころがり始めた。
細心の注意を払いながら、私もスピードスターの回転数を上げた。

改めて思うけど、生身で直撃すれば……センター直行便は確実ね。
地を均し、小さい岩は砕き潰す様はやはり重装甲な体躯を痛感させる。
でも素早さは私の方が一枚上手なんだからね。
避け方や攻撃の仕方は最初にころがるを使われた時と同じ要領でいけるはず。
何より勢いのつかないうちは簡単に避けられるわ。
仮にちょっと擦れてもリフレクターのおかげでほぼ無傷よ。
そこにスピードスターの守りもあってこちらも堅固なサンクチュアリだわ。
とはいっても永続的な守りでもないから私は回避せざるを得ない。
長持ちさせたいしね。
私は岩をうまく利用してころがるの射程から上手く外れた。
せっかくあるんだもの、有効活用しなくちゃ。

ただ、一見便利そうに見える岩も時々厄介になることがあるのよ。
何もないフィールドならころがるを避けた後、ターンをして戻ってくるのにある程度の時間がかかるのだけれど……おっと。
避けたと思えばフィールドの岩にぶつかり、急な方向転換で再び襲いかかってくる。
岩に隠れていい気になっていると、気がつけば背後に迫ってることもあった。

まるくなるを相当掛けてたもの、多少の岩への衝突によるダメージはたかが知れてるのね。
まるでピンボールの盤上に迷い込んだみたいだわ。
私みたいに小さくて動く的ほど高得点。なんてね。
当たって高得点という大ダメージをもらう前になんとかしないと。
でもまだ。
そのときではない。
今は避けた直後を狙ってスピードスターで牽制をするだけ。
危険度は増すけど取って置きは十分戦車の動きが煮詰まってきてから。
私はリフレクターを切らさないように注意をしながら、スピードスターで牽制しつつ私はアキラの指示を待った。
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痛っ。
先程から防壁を張りつつ回避に専念しているんだけどね。
まるくなるを重ね掛けしてころがって来るミルタンクの攻撃がついにかすった。
こちらもリフレクターを掛けてあるから、ダメージは少ないけど……でもやっぱり痛い。
しなやかに流れる毛並みのおかげで擦り傷にはならないだろうけど、衝撃による打撲が心配ね。
あのヒリヒリする痛みが私は嫌いなのに。
向こうだってスピードスターでダメージを負っているはずよ。
だけどスピードは衰えるどころか速くなってるように見えるわ。
そんな考え事をしている刹那。
ころがるを回避した直後だったかしら、不意に聞こえるアキラの声。
「まもれ!ルミ!」
まもるって、ミルタンクは今回避したばかりじゃ。
いきなり声がしたかと思ったら自分が前方に突き飛ばされていた。
そしてジワリとくるこの痛み。
突然のことで何が起こったのかわからなかったんだけど、私は身の危険を感じて素早くまもりの体制に入った。
遠距離攻撃かしら。ミルタンクが特殊わざ出してくるなんて聞いてないわよ。
でも一撃……入ったわね。
背中がズシリと痛い。
私は追撃を避けるべくまもりのベールを自分の周囲に広げる。
このまもりは体勢を崩されない限りあらゆる攻撃を無力化する絶対防御の障壁よ。
リフレクターみたいに長くは保てないし、ここから動けないのが悔しいんだけど。
あんまり保ち過ぎると失神しちゃうの。
そこら辺がちょっと怖いところなんだけど完全な護りだもの、何物も遣い様ってことよね。

私は痛みの疼く腰を擦りつつも、臨戦の態勢を立て直すべく周囲に目を配らせた。
私を包み込むまもりのベールは、いとも容易くミルタンクのころがるを弾き返す。
さてと、どんな技を使ってきたのかしらね。
じっくりとミルタンクを観察するけど、先程から彼女は一心不乱にころがるの猛攻を続けるのみ。
その中で唯一驚いたのが先程とは明らかな速度の違いね。
「ルミー、急にミルタンクが速くなったぞ!気をつけろ」
そんなこともうわかってるわよ。
私はアキラの声を軽く流して思考を再開する。
向こうはこんな一瞬での素早さ上昇のわざなんて覚えられないはず。
それでもあんなに早くなるってことは――多分木の実ね。
カムラの実を食べたってところかしら。
転がる前に口が強張っていたけど、あの時実を頬張ってたんだわ。
ころがってる最中だと木の実なんて食べれたもんじゃないし。
口の中に含んで効果が出るまで待ってたのね。
スピードスターを気にもせず攻撃を仕掛けてきたのもこれで納得できる。
攻撃の最中に効果を発動させるなんて業なことしてくれるわ。
速度が上がったせいでスピードスターも当たらなくなっちゃったじゃないの。

ピシっと、ガラスにヒビが入った時の音がした。
常に張っていたリフレクターもいつまでも持つわけではないし。
まもりのベールの方もそろそろ限界ね。まだかしら。
アキラの方に目をやると、向こうもアレを使うタイミングを見計らっているようだった。

ジムに挑戦する前、私たちは二人で色々と作戦を考えてたのよ。
情報を仕入れているときに耳にタコだったんだけど、殆どの人がこのころがるに泣いたんだそうだ。
そりゃあ、相当な回避に自信があったり、私のような防護の策でもない限り畳み掛けられるのは確実よね。
他にも雄で挑み散々ミルタンクに色んな意味で虐げられた哀れな人たちもいるらしいけど、私には関係ないわね。
私だって、美しさならさっきの勝負には多少の自信があったんだけどなぁ……。
話がそれたけど、アキラと二人で打開策を考えているうちに一つの考えが浮かんだの。
そこいらのエーフィじゃあ、”アレ”覚えてる人ってそんなにいないんじゃないかしら。
だからこそ奇襲に最適。
これがエスパー技でたたみかける起点にピッタリだということで今回は”アレ”で挑んでいるわけ。
うまくいくといいんだけど。

ふわっと、霧が晴れたようにまもりのベールはすぅっと消えた。
まもりが無ければリフレクターへの直撃は危険ね。
避けきれる自信がないけど私は回避を再開する。
もちろんスピードスターを忘れずにね。大切なダメージソースですもの。
頑張ってみるけどやっぱりあのスピードにはついていけなかった。
ギリギリのところで当たる攻撃にミシミシと音を立てるリフレクター。
あんなスピードだもの、張り直す暇もないわ。
端の方から亀裂が入っていく。
それらはが幾多にも重なり、蜘蛛の巣が形象化されていった。
多分次の一撃でこのリフレクターも最後なんだろうな。
私の前にある盾は今にも弾けそうなほどにぼろぼろだった。
突破と同時に決めるつもりなのか、ミルタンクが少し多めに旋回して回転の威力を上げる。
彼女は私の方に向かって一直線にころがり始めた。
ピンチ!かしらね?

「いまだ、くさむすび!」
アキラの声。待ってました。
リフレクターやスピードスターへの集中を一切捨て、戦車と自分の間に意識を集中させる。
私のまわりを浮遊していた星は無造作にあたりに散らばり、消えた。
リフレクターも酷使しすぎたわね。集中を切らした瞬間に風船を割ったかのように砕け散った。
それとともに、前方にちょっと大きめの草の輪が形成される。
あの重さ、あの速度。
威力は十分だし、体勢を崩すにはもってこいだった。
ここまでくればもう軌道の変更は不可能だろう。
私は続けてサイコキネシスを打ち込もうと準備した。
なるべく初撃はキツメに。
ダウンさえ奪えれば後はこちらのものね。
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「勢い殺さずほのおのパンチ、続いて零距離でんじはや!」
不意に耳に入るアカネさんの声。
硬質化した戦車が急に戦闘機のようになった。
速度を殺さずにちょっとだけ地面に反動をつけた低空飛行。
あんな体でスーパーマンみたいに飛ぶなんて……何も知らず傍から見たら何が起きてるのか全く分からないわね。
今か今かと待ち構える草の結いに灼熱の拳が飛び込む。
大自然の神秘により紡ぎだされた強靭な草の繊維も業火の前には完全な無力。
私のくさむすびはあっけなくかき消された。
ほんとにいきなりだからびっくりしたわよ。
サイコキネシスの準備で集中してる矢先、ミルタンクの顔が真ん前にあったんだから。
私の予想なら草で勢いを失って前方に転んでるはずだったもの。
戦闘機の勢いのまま、私はガシっと掴まれ、そのまま押し倒されて身動きを封じられた。
突進してきた反動もあって内臓が破裂しそう。
咄嗟に後方に張ったリフレクターのおかげでなんとか致命傷は免れたけど。
それは形を固定することなく発生させたため一瞬で崩れた。
続いて背筋にくすぐったいような、なんか変な感覚。
その後に疼く全身倦怠感。
まさかあそこでくさむすびが完封されるだなんて。
防御を捨てて総攻撃しようと思ったんだけどね。
やられたわ。

双方ダメージはそれなりに蓄積されているようで息切れが激しい。
私は先程の痺れと拘束で動けず、ミルタンクはそれを見下すかのように笑う。相変わらず嫌味な女ね。
「やるじゃんあんた。初めてだったら危なかったかもね。もう勝負はついたんとちゃう。どうするん?」
アカネさんはさも予測していたかのように言った。
アキラはちょっと残念そうに返した。
「やっぱり誰か草分けがいたかぁ。ルミ~大丈夫か~」
作戦は失敗したが、まだ現状の打開策はあった。
体の節々が痛むけど、アキラもまだあきらめきれそうにないし、頑張るかな。
痺れで元気な声は出せなかったけど、まだいけそうだと鳴いて伝えた。

「ありゃりゃ、大丈夫なん?結構さっきのは効いてると思うで」
心配するアカネさんをよそにアキラは自らの眼鏡のブリッジを人差し指で押さえ、掛け直して言った。
「うちのルミをなめてもらっちゃ困る。ルミ……からげんきだ」
あの一言を言ってる時、彼のレンズが輝いて瞳が見えなかった。
物理わざは本望じゃないけど、状況が状況なだけに……ね。
ピリピリと痺れるスパイスが効いて縛りを解くには十分の威力だった。
危険を察知して縛りを解いたミルタンク。やっぱり速い。
でも乳首をかすったわね。
あんなにおっきく飛び出してるのが悪いのよ。いい気味だわ。
彼女はちょっと涙を浮かべて悔しそうにこちらを睨んでいる。
そんな彼女を無視して私はちょっとずれた眼鏡を掛け直した。
その後、私は顔を上げて薄笑いをし、細めでミルタンクに視線を送ってやったわ。こうかはばつぐんね。
ああ、こだわりメガネのことよ。
タイプに縛られないで特殊わざを使えるようにって育ててくれたから、特定のタイプ強化よりも都合がいいの。
こんな長期戦になるんなら食べ残しとかにしてくれればいいのにな。
彼は眼鏡を掛けた方が可愛いからって言ってきかないのよね。
この眼鏡、最近じゃフレームも選べて一種のおしゃれアイテムにもなってるわ。
私のは月のシルエットを拵えた特注品。
このフレーム、ほんとは私の掛けられないような構造だった。
それでも彼はどうしても私に似合うからってお店の人に頼みこんでなんとかしてもらったらしい。
ほんと、アキラったらわがままなんだから……。
でもまあ、眼鏡を掛けた私の事褒めてくれたからいいわ。
月夜に咲く日輪の花、だって。洒落た褒め言葉よね。

「あれで降参しないなんてあんたも強情なんやね。でもルミちゃん、ちょっと苦しそうやで?降参せんでええの?」
「頑張って2人でここまで来たんだ。行けるとこまで行くまでさ。俺はルミを信じてるからな」
アカネさんは余裕そうだ。
私の事を心配して言ってくれてるんだろうけど、ここまで来てはアキラも私もあきらめきれないわね。
アキラも言ってくれるわねぇ。スイッチ入ってるし。
でもまぁお互い信頼し合ってるからこそ、それぞれの思いがシンクロして無駄ののない動きができる。
自分で言うのもなんだけどね。
たまに予期せぬことが起きると頼りなくなるけど、そこは目を瞑ってあげるわ。
麻痺してる分こっちは不利だけど、お互いダメージはそれなりに蓄積してるはずだからまだ勝機はありそうかな。

「ミルちゃ―ん。言うことを聞かない悪い子には何してあげるんだっけなー」
アカネさんは薄笑いを浮かべてミルタンクにウインクした。
ミルタンクも大声で返事をした。
彼女はその意図を汲み取ったのか近くのちょっと大きな岩を軽々と持ち上げた。
岩を片手で支え、ミルタンクはこちらに微笑んだ。
間もなくして私の身長の2倍くらいある岩が次々と私めがけて飛んで来る。
「ルミ!がんせきふうじが来るぞ。早くまもれ!」
言われなくとも。
アキラの声が聞こえるとともに私はまもりのベールを周りに張り巡らした。
痺れが効いてるから、不用意に動くのはかえって危険ね。
ミルタンクはどんどん岩を投げてくる。
砂ぼこりのおかげで視界は最悪。
とりあえず攻撃が止むまでまもりをはずすわけにはいかないわ。
失敗しないように私は細心の注意を払った。
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しばらくして攻撃が止んだ。
先程の地響きがしんと止み、辺りは静けさを取り戻した。
あれほどたくさん投げたのに……私に当たることは一切なかった。
向こうも疲れてるのかしらね、とりあえず立ちあがって戦闘の態勢をとっておくことにしたわ。
連続でどんどん投げられたものだから辺りの砂ぼこりは尋常じゃなかったわね。
そのせいで気付かなかったけど、私のまわりはぐるりと岩で囲まれていた。
岩の間に隙間はほぼ皆無で、大きめの格闘リングのようだった。
まさにがんせきふうじ。
っと感心してる場合じゃないわね。
こんなところで猛攻されたらたまったものではないわ。
当のミルタンクは岩の一つの上に立っており、腕を組んだまま動かない。
次の指示を心待ちにしているようね、顔がニヤけてるし。嫌味な女。

「ルミ!早く出てこ~い!」
外からアキラの声が聞こえる。
アキラの方も砂ぼこりが晴れたのかな。
「はーい!ミルちゃーん、お・し・お・き♪」
ミルタンクを呼ぶアカネさんの元気な声――と共に非常に危険な言葉が聞こえた。
「な、なんでそんなわざ!?ルミ~ひとまず逃げろ~」
「ありゃ~、それはお互いさまやん」
相当焦っているアキラと、それを返すアカネさんの声が聞こえるが私の耳には入っていない。
それほどまでに目の前のミルタンクが恐かったし、私も相当取り乱していた。
アカネさんの言葉を聞いた途端にミルタンクの顔にさらにニヤつく。
細まる目、引きつる口角、際立つえくぼ。どんどん兇悪になっていく。
そんな醜悪の権化が岩を降り、じわじわと距離を詰めてきた。
指を組んでポキポキと鳴らし、薄気味悪い笑みを浮かべたまま。
私がめいそう何回も積んだ上でのおしおき。
エスパータイプの私にとってひとたまりもない。
いいえ、わざのタイプとか威力以上に何か身に迫る危険を感じる……。
とりあえずここからでないと。
ミルタンクは恐怖を助長させたいのかのしのしと緩慢に距離を詰めてくる為、少しばかりは逃げ出す時間があった。
何せこの岩が身長の2倍はあるわけで、助走をつけて飛ばないと越えられないわね。
岩の頂を見つめ、足元に集中し勢いをつけて――。
「はぅぁっ!」
渾身の力を込めてジャンプしたのだが、先程の体の痺れがぶり返してきて力が出なかった。
たとえエスパーの力で力を補強しても肝心の筋肉自体が痺れて動かないんですもの、飛べないのも無理はない。
むしろ力のせいで痺れを強めてしまったかもしれないわね。
さっきよりもじわーんと襲い来る妙な感覚に私は悲鳴ではないけど驚いたような、恥ずかしい声を上げてしまった。
そして渋い顔をしながらしびれの原因となった脚を抱えて擦る。
そんな私を見てミルタンクは足をとめた。
薄気味悪い笑いはそのままでね。悪女め。

どうせ出れないって思ってしばらく見物と決め込むつもりかな。
私はあきらめないで何回も出ようと試みた。
けどやっぱり結果は同じ、さっきの麻痺は致命傷だったわ。
飛ぼうとして、痺れに負けて……私が痺れにこらえるたびにクスっとミルタンクの苦笑する音が聞こえる。
「あらぁ、惨めねぇ~」
ゼェゼェいってる私を見下ろして彼女は余裕さを見せつけるかのように口を開いた。
これまではお互いしゃべってる暇なんて無かったから、主人に応える以外は何も言わなかったけど……。喋り方まで嫌らしいわね。
「なによ、見せ物じゃないわよ!」
私も言葉でできる限りの反撃をする。
だけど、それは無意味で、むしろ逆効果だということを悟った。
「あぁ~ら。自分の置かれてる状況が解らない悪い子なのねぇ。そんな子は何されるか……知ってかしら?」
彼女は少しずつ私への距離を縮め始めた。
ミルタンクのまわりにわずかながら暗いオーラがでてきたように感じる。
そんなミルタンクを見て、私は恐れ戦いて岩に向かって這いずることしかできなかった。
とりあえずミルタンクから離れないと。
それに岩にも脚が引っ掛かれば登れるかもしれないし。
そんな淡い期待込めて私はひたすら体を引きずり歩いた。
もう少しで岩の手前に着きそうになったところで、目の前の岩に大きな影が映る。
私は冷や汗をかきながら、恐る恐る後ろを振り返ると、この上ない顔をしたミルタンクがそこにいたわね。
ミルタンクはガクガクふるえる私の肩に手を置き、笑顔で顔を傾けて見せた。
私もご機嫌を取ろうと何とか苦笑ながらも笑って見せた。
それでも彼女は肩のとは逆の手で私の頬をとり「往生際の悪い子ね」と優しく一言。
そんな中、私は恐怖で恐怖で……ただただ首を左右に振るしかできなかった。
悪魔よ!この女、悪魔よ!

「くぅ~~ん……」
それからしばらくの静寂な時が流れた後、締め切られたジム内に私の嬌声が響き渡り、私の意識は離れた。
----
深~い深いまどろみの中、私の脳裏に映し出された虚像はというと……。
「どう~?ここがいいのかしら?」
「だからそんなことは……んっ」
「あ~ら。満更でもないのね」
「だからもうやめてって」
「いけない子ねぇ~。めいそうしちゃった悪い子にはも~っとおしおきしてあげるわ」

ガバッ!
私は飛び起きた。
はぁ、はぁ、はぁ。
酷くうなされてたのかな、頭がちょっと痛いし、体もだるい。
普段の寝相はいいはずなんだけど……今回はお気に入りのタオルケットがひどく乱れていた。
私は寝床の上で軽く伸びをした後、体を震って冷や汗でじめっとしした毛皮を乾かした。
う~ん、まだ肩と腰のあたりが鈍く痛むわね。
そりゃ、リフレクターをかけてたとはいえ強靭な一撃を複数回当てられたわけだし、無理もないわ。
ちょっとでも足しになればと肩と腰がはやくよくなるようにねがっておいた。

ここは……。
私は腰を下ろして周りを見回してみた。
とりあえずセンターではないわね。
あんまり好きじゃない消毒臭もしないし、私の寝てた布団もセンター独自のふかふかなものではない。
知ってる?センターの布団って安そうに見えて実は高級な羽毛布団なのよ。何の羽が使われてるのかは忘れちゃったけど。
寝心地がとっても良くて、センターから帰るのを駄々こねたことが何回かあったわ。
私の寝てた布団はそれとは大違いだった。固くて、あんまり温かくもなくて……。
床は畳みたいだけど、この布団を敷いても畳の上で寝ているのとあまり変わらないわね。
質素な部屋の概観から簡易な1LKの部屋だということが分かった。
ということは、しばらく滞在することになる宿の中……ということかしらね。
まぁ、病院送りは免れたみたい。
でもここにいるってことは私――負けたんだ。
私は俯きながら思い返すことにした。
ジム戦前、入り口でアキラが言ってたっけ。
「ここのミルタンクのころがるで多くのポケモンがセンター送りになったんだ。しかもたま~に複雑骨折も出るらしいぞ。気をつけろよ」
リフレクターもまもるもあったからころがるには善戦できたけど、まさか秘策のくさむすびが突破されるなんて思ってもみなかったわね。
それにフィニッシュであくタイプわざを出されるとは考えもしなかったわ。
おしおきでどんなことされたのかは……伏せとくけど、あんな無防備な状態であくタイプの技を受けたからひとたまりもなかった。
周りの岩で人間には見られなかっただろうけど、ジム戦であんな醜態を晒すことになるなんて恥ずかしい……。
思い出すだけで私の顔は紅潮していってしまった。

私たちの地元はキキョウシティよ。
なんだけどアキラが「都会の風景を描きたい!」なんて言うからコガネにぶらり旅みたいな現状、とでも言えばいいのかしらね。
アキラは美大生なのよ。
だから連休とかに山が描きたいって言えば山にも行くし、海が描きたいって言えば海にも行くし。
それが今回はたまたま立ち並ぶビルや家々を描きたかったってことでコガネに来たわけ。
せっかくだからってジム戦にトライしてみたんだけど……まぁ、あの通りよ。
身内話はこの辺にしてと。
アキラはどこに行ったのかしら。
部屋に掛けられていた時計を見ると18時あたりを指していた。
結構寝てたのね。ジム戦をしたのは14時過ぎだったからバトルに1時間かかったとしても結構寝てたわね。
こんな時間だから、アキラはきっと夕御飯のお買いものってところかしら。
キッチンの付いてる宿ってことで夕飯は全部自分で調達。
先立つものに乏しい学生ですもの。ご飯の出るホテルなんて夢のまた夢よ。

そう言えばコガネって大きなデパートがあるのよね。
ああ、せっかく行くんだから一緒に行きたかったな。起こしてくれてもよかったのに。
またアクセサリー売り場の前で駄々こねれば新しいリボンでも……って無理かな。
以前彼の美大からの帰り道、通りかかった店のかわいいリボンに私が見とれていると、アキラはよく似合うと言って買ってくれたの。
偶然彼のお財布が潤っていたのか、すごくラッキーだったし、褒めてもらえてうれしかった。
ただ、最近アキラが「念願のエアブラシ一式揃えたんだ!」とか、目を光らせて言ってたっけ。
アキラの友達が使ってたの見て本人もどんなオラクルを受信したのか知らないけど「これは買うしかない!」とか叫んでた。
お金あんまりないのにバイトでためたなけなしの貯金で買っちゃったみたい。
普段は物臭な彼なんだけど、何かに凝ると止まらなくなるのよ。
そういうわけで今は相当な節約生活。
今回の旅だって先月の食費を結構削って頑張ったらしい。
にっくきエアブラシ。
流石にちょっと疲れちゃったし、もう少し眠っていようかな。
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あれから1時間ほどが経った。
けどアキラは一向に帰ってはこないわね。
すごく眠いのならぐっすり寝れるんだけど……。
じんわりと痛む胸と腰のおかげで何もすることがないと横になっていることでさえ疲労を覚えてしまう。
することがないし、アキラが帰るまで暇ね。
何にもない貸家だけど、何か……面白そうなものはっと。
目を凝らして、もう一度私は部屋を一望した。
すぐ目に入ったのは傍に置いてあるアキラの洋服。
でかける前にでも着替えたのかしら、無節操に床に放り投げてある……。
もちろん、スーツケースの中もごちゃごちゃしてるわけで――。
洋服を探したんだろう、ケースの中身が周囲に散らばっていた。
次に目に入ったのは小さなテーブルの上に食べかけのポテチの袋。
相変わらずのだらしなさね。
あの年にもなって……、いい加減片付けるということを学んでほしいものだわ。
部屋の奥にちょっと大きな出窓がある以外はいたって普通の部屋。
窓の外が気になったけど、まずは綺麗にすることから始めなくちゃね。
私はねんりきを上手く操ってポテチの袋を小さく丸め、備え付けのゴミ箱に飛ばした。
Tシャツはスーツケースの中のハンガーを使って壁に掛け、ズボンは畳んで部屋の隅に置く。
こんなことが寝ながらにしてできるなんて、ほんといい種族に進化できたものだわね。
イーブイだった頃は……苦労したわ。

実家ではお留守番の時には決まって、ベランダから外を眺めていた。
実家がマンションの10階の為、遠くまでよく見えるよのね。
危ないからっていつも鍵を閉められちゃうんだけど、こっそりと、自分で開けちゃうことは造作もなかった。
高いところからの景色はすばらしい。まるで自分が空を飛んでるかのように錯覚してしまう。
昼間はそうやって鳥ポケモンになりきったつもりで町を一望するのが日課だった。
そして日が沈むころには景色が一変する。
夕方から夜にかけての景色は町中の灯りが細々と光って、宝石を鏤めたような美しさがそこにあった。
さて、ここの外はどうなっているのかしら。
コガネ到着初日にして早速ジム戦をしてああなったため、当然宿に入るまでの記憶が私にはない。
気になって私は出窓の方へちょこんと飛び上がってみる。
窓から外を一望すると、暗く朧げな視界の中にまるで宝石を鏤めたような灯りがっと。
私としたことがここは"安め"の宿ということをすっかり忘れていたわ。
期待した宝石箱とは裏腹に窓の外には見渡す限りの天然の木々が広がっていた。
エアブラシという貧乏神のせいでまともな宿はとれないんだった。
街のはずれの宿ってことね。道理で安いわけだ。
まぁ、木々のざわめきに心を委ねて真冬のなんちゃって森林浴も悪くないかもしれないけど……季節柄窓辺が寒い。
断熱とは程遠い薄さの窓ガラスがひんやりとした空気を作り出し、私を心と共に冷やしていった。

カチャカチャ――ガチャリ!
鍵をあけると同時にドアの開いた音がする。
耳を垂らしてしょぼくれた顔をしていた矢先にアキラが帰ってきたようだ。
先程の憂鬱はどこへやら、気が付いたころには出窓から降りて入口に急いでいた。
「ただいま」
そそくさと部屋に掛け込むアキラに対して私も可愛く鳴いて精一杯おかえりって返した。
いつもならこの辺でもみくしゃにされるんだけどな。
かなり寒かったのだろう。眼の下あたりまでマフラーを巻き付けていた。
続いて深々と被ったニット帽、膝まで隠れる大きめのコート。指先だけちょっと出た手袋。
動きやすさと保温性を兼ね備えた彼なりの防寒着。
だけど、どこからどう見ても不審者ね。彼のこだわりで変わることはないのだろうけど。

彼はテーブルに袋を置いて例の不審者装備をを外した後、布団の上に座った。
まぁ、座布団代わりということかしら。別に何かこぼしたりしなければいいわよ……ね。
外の寒さは堪えたようで、彼は物欲しそうに目を細めてこちらを見てきた。
もぅ、仕方ないわね。
胡坐をかいた彼の足の上にちょこんと私は乗る。
それを待っていたかのように彼が抱きしめてきた。
この部屋ストーブだなんて……もう言わなくてもわかるわよね。
「あったか~い。やっぱりルミのぬくもりが一番だね」
私の毛皮を伝ってアキラの冷気が私に伝わってくる。
やっぱり外はすごく寒いのか、アキラの手はすごく冷たかった。
むぎゅっと抱きしめられた私の顔はアキラの胸の中。
温かい……けど、ちょっと塗料臭い。
やっぱりあのあと何か描いていたのね。
そんな彼を労ってしばらく冷たいのを我慢して温めてあげた。
が、しばらくしてもぞもぞと動き出す彼の手。
すかさず私は尻尾で彼の頬をぺちぺちしてやった。
「うわっ、ちょっ――あっ――やめっ――ぐふぅ。いってぇ~。別にいいじゃんかよ~」
よくない、この変態め。
彼曰く、エーフィのむっちりとしたお尻がツボらしく、事あるごとにつまんだり揺さぶってくる。
これが何も知らない普通の女の子だったらどうなることか。
そこら辺は彼もよく解ってるし、私たちの仲だからってのはあるけど……。
変なことに発展しないのが唯一の救いかな。でも、やっぱりあのもぞもぞは気持ち悪い。
だから私はその度に尻尾で彼の頬を引っ叩くことにしている。
もちろん軽くだけどね。
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ちょっとやり過ぎちゃったかな。
お腹もすいていたし、いつもよりちょっと気が立っちゃったのかも。
突然美味しそうな匂いが私の鼻を掠めた。
テーブルの上には彼の持ってきた大きな袋がある。
晩御飯だけにしてはちょっと大きすぎるような……。
まさか私を差し置いてデパートで何か大きな買い物をしてきたのだろうか。
ただでさえ今はお金がないのに――。
いくら旅費を浮かす為でも、黄色い小さな箱に入った棒だけで一日過ごしてたアキラはもう見たくなかった。
アキラは痩せた痩せたって喜んでたけど、普段から頼りない体躯の彼はもう痩せないでいいと思う。
あんな節約癖がエスカレートして私にも矛先が向いたら……。
うう……考えるだけで身震いするわね。
その根源足り得る袋とアキラを見て、ぷく~っと頬を膨らませた。
それを見て、アキラは笑いながら言った。

「なんだよその顔は~。今日はルミにも頑張ってもらったしな。ちょっとだけ晩飯奮発してきたんだぞ」
そういって彼は袋からほかほかのおでんと、まだ湯気がほのめくグラタンを取り出した。
チーズがしっかりのってるわね。アキラもよくわかってるじゃないの。
私はあのチーズの伸びと、その後のゴムのような食感が好きなのよね。
ちょっと伸ばしては根元まで口にして、またそこから伸ばして。
ちょっとお下品なのはわかるけどあれがたまらない。
一度どこまで伸ばせるのか頑張ってみたことがあるけど、アキラのお母さんに怒られたっけ。
アキラは足元にグラタンを置いて、私の頭を撫でながら食べなと一言。
彼もそのままおでんに手を伸ばした。
もちろん手は洗っていない。

相変わらずの物臭ね。
家に帰ったらまずは手洗いうがいは必須だというのに。
私は「手洗ったの?」と一声鳴いてアキラに注意を促した。
最近は風邪とか感染症とかで倒れたとかいうニュースをよく聞くし、油断はできない。
彼は頭をぼりぼり掻きながら「別にいいじゃん、マフラーがマスク代わりだし、汚い物も触ってないよ」と言ってきた。
相変わらず都合のいい奴め。
そして再びおでんに伸びる魔の手。
すかさず私もまもるでおでんを防衛する。
彼に寝込まれたら旅どころではない。彼の為でもあり私の為でもある。
まもりのベールに指先をはじかれながらも彼は一向にあきらめない様子。
両手を使って右や左、上や後ろから猛攻を仕掛ける。
ああ、こんなときにもスイッチ入っちゃってるのね。

まもりが切れたら今度は尻尾でうまく彼の手をはじいていく。
アイアンテールの訓練で命中精度は抜群なんだからね。
彼も必死に手を伸ばすが、それでも私は防衛線を解くことはない。
突然彼が方向を変え私のグラタンを人質に取ろうとするも、あっけなく私のねんりきで阻止された。
「あ゛~わかったよ。洗えばいいんでしょ洗えば」
そう言って彼はあきらめてくれたらしく、手を洗いに立った。
とぼとぼと歩いていく彼に向って私は勝ち誇った顔をしていた。
居間から洗面は見えないが、水ですすぐ音に次いで泡の立つ音がした。
それからしばらくは水の流れる音はない。
きっと洗い始めると今度は念入りにしているんだということは想像に難くなかった。
「ふぅ~。爪に挟まった汚れがなかなかとれなくてさ」
といって彼は戻ってきた。
物臭なくせに何かやりだすとほんと止まらないんだから。

「ふぇ、ふぇっくしゅん!」
突然の彼の大きなくしゃみにビックリして私の毛が一瞬逆立った。
やっぱり風邪でも引いてるんじゃ?
心配そうに彼の顔を見るけど、大丈夫大丈夫って一言。軽く流されてしまう。
もうちょっと自分の体の事にも気を遣ってほしいんだけどな。
彼の事だからジム戦から買い物までの間、寒い外でずっと絵を描いていたんだろう。彼の手は絵具で汚れてたし。
途中から雪でも降ったのね。コートがちょっと濡れてたのもきっとそのせい。
集中すると周りが見えなくなっちゃうんだから……。絵は上手いけど。
食事にありつけた喜びか、戻ってきた彼は盛大な歓喜の声をあげている。
私も逃げ延びたグラタンを呼び寄せて食べ始めた。
今日のは……ちょっとチーズが固いわね。

二人とも食事が終った頃、アキラがニコニコしながらくたびれた買い物袋に手を伸ばした。
「じゃじゃーん。今日は負けちゃって悔しいから、こんなの買ってみちゃったよ♪」
と言って袋から何やら大きな瓶を取り出した。それも満面の笑みを込めて。
いや、そんな笑顔で言われても……ね、あきれて私は茫然としていた。
「中途半端は大っ嫌いだからね。思い切って50度のウィスキーにしたぞ~」
なんてさも嬉しそうにしてる。度っていわれてもねぇ。そんなに温かいのが好きかしら。瓶を直に持ってるけど。
前にも何回かお酒は貰ったことがあったかな。
確か……カジツシュっていうやつ。
以前実家で度が低いから大丈夫っていわれてもらったのを覚えているわ。
確かに冷たくって美味しかったのを覚えてる。
飲むとちょっと頭がぼんやりする。あれが酔うっていうらしいわね。
アキラのお父さんはよくお酒に酔ってソファで寝てたっけ。

「お前の果実酒もあるからな。今日はカムラ酒だ」
そういって彼は、そのウィスキーよりも一回り小さな小瓶を取り出した。
私の分もあるのね。
正直あのミルタンクの薄ら笑いを浮かべた顔を忘れるのにはちょうどいいかも。
飲み過ぎると救急車で運ばれることもあるみたいだけど、なんでそんなことになるのかしらね。
今まではそんなことなかったし、経験上だけど大丈夫かな。
「お前もこれ飲んでやなこと全部忘れちゃおうな」
そういって彼は私のお皿に並々とカジツシュを注いだ。ついでに氷も。
一面に広がる甘い香り。
実家の友達はあれは甘ったるいとかいうけれど、私はそうは思わない。
甘い物が大好きな私にとってはこの上ない飲み物だわね。

味見に一口なめてみると甘く芳醇な味が口の中に広がった。
これは……美味しい!
それに冷たい。度は低いようね。
私はちびちびとカジツシュを啜る。
隣の彼は瓶のまま、ラッパ飲みしてるし。
あんなにゴクゴクと飲んじゃって大丈夫なのかしら。
彼は一息つくと独り言をぶつぶつ言っていた。大半は今日のバトルの愚痴だけどね。
私はお皿に注がれたカジツシュを楽しんでいた。

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それからしばらくはお酒を楽しみながら話を聞いていたわ。
アキラは布団の上に座り、私はタオルケットを丸めた上に腰掛けてカジツシュを啜る。
彼の話を聞くに、私のいない間に色々とコガネを探索してきたようね。
途中で出会ったポケモンの事、彼の見つけた絶好の絵描き場所の事、コガネのデパートの事、その他いろいろ。
都市部だから街でポケモンを見る事なんてないのだろうと思っていたけど、そうでもないらしい。
都市という言葉とは無縁な私の町でさえ首輪をつけてなかったら一人では外に出ちゃダメって、何度も言われたものだけれどね。
邪魔だからって首輪を取って外に遊びに行ったお隣さん、それから数日後に帰って来たけど、酷い目に遭ったって言ってたっけ。
思い出にふけってる中、彼の話に耳を戻すとお気に入りの絵描き場所を熱く語っていた。
そうやって時間を過ごしているうちにお酒も少しずつ減っていった。アキラの瓶はもうほとんど空ね。
アキラの寂れた瓶に気を取られて気付くのに遅れたけど、アキラが急に無口になっちゃったな。
どうしたんだろう。

しゅん…。
鼻をすする音が聞こえた。
ええっと、やっぱり風邪を引いたんじゃ。
近寄って彼の俯いた顔を見上げると、アキラはゆっくりと口を開いた。
「ルミ、昼間はごめんな」
突然の彼の謝罪。
真剣な面持ちのまま下を俯くアキラ。
さっきまでの明るさが一気になくなり、部屋の中が鎮まった。
「センターで受診されるまでの間、お前が苦しそうに魘されてるの見てて、俺すっごく後悔したんだ」
彼の眼に薄く涙が浮かんでいる。ちょっと咳き込んだ後、そのまま彼はつづけた。
「ジョーイさんは怪我は大したことないし、悪い夢見てるんだろうって言ってたけど、でも苦しそうなお前を見てたら相当負担を掛けてた自分がすっごく嫌になって……」
彼は大粒の涙を流して泣いていた。
魘されてたって、そりゃミルタンクにあんなことされたら……じゃなくて!
「それにさっきから話をしててもそっぽ向いちゃってるしさ…」
それも彼の無駄に長い土産話にちょっと飽きちゃっただけなんだけどな。
考え出すと止まらない彼の事だから、私がアキラの事を嫌いになったとでも思ったのかしら。
「俺、嫌われちゃったのかなって思って……」
やっぱり……。
私はそんなことないと、彼のあぐらの上に乗って必死に訴えた。
いじめられっ子だった私を助けてくれた。私にとっての大切な人。
尻尾で彼の背中をゆっくりと撫でてあげた。
私はあなたの事、いつでも信じているから。大丈夫よ。
そう想い、彼にそっと寄り添う。
「ありがとう」
そう言って彼は私をやさしく抱きしめてくれた。
私の気持ちに気づいてくれたみたい。
しばらく私たちはこのまま抱き合っていた。

あれ?お尻のあたりがもぞもぞと……。懲りない奴め。
私は背中を摩っていた尾を翻し、彼の頬をぺちぺちしてやった。
私のお尻を堪能していた彼は尻尾の攻撃がクリーンヒット。
私は魔の手から解放された。
ぺちぺちされてる間もなんか笑ってたけど……。
まぁ、ふっきれたのかな。いつもの彼に戻って私も安堵する。

「あ、そうだ。ルミ。いいものがあるんだ」
にこっと笑顔を浮かべながら彼は言う。いつもの顔に戻ってる。
と思ったらなんか顔が怖い。目が死んでる――怖くなって私も苦笑いした。
彼の反応を待ってみたが……応答がない。私は彼の頬を再びぺちぺちしてみた。
「……おっ。じゃあちょっとの間目を瞑ってて~」
あ、生き返った。これは……酔ってるのよね?
う~ん何されるんだろ。酔った勢いでまさかの貞操の危機!?なんてね。
私の知る限りではアキラはそんな人じゃないし。大丈夫でしょ。
私はゆっくり目を閉じた。

「じゃあ、俺がいいって言うまでは目を瞑ってるんだぞ」といって私の頭を撫でる。
デパートの袋がガサガサ音を立てるやいなや、いきなりもぞもぞと首がくすぐったくなった。
アキラが持っているであろう何かが私のひげを掠る。
「ええっと、これをこうして……ここをああしてっと」
彼が私の顔の傍でしきりに何かをしている。
「あれ、ここに通すんだっけ?」
彼は必死に"何か"と格闘しているようだった。
じれったいけど…アキラも頑張ってるみたいだし、我慢していよう。
「うっし、目開けていいぞ~」
しばらく私は首のこそばゆい感覚に苦しんだがようやく解放されるようだ。
視線を首元に下ろしてみると、深紅の色をしたひょろひょろとしたものが巻きついている。
「ほら、窓ガラスの方を見てごらん」
彼はそう言って窓ガラスを指さした。
外はもう真っ暗だったから、電気のついたこの部屋では窓ガラスが私たちを写していた。
そこには赤い大きなリボンをした私が映っていたのだ。
赤く蝶のような結びが首の後ろにあった。
すごくきれい。私はリボンにうっとりと見とれていた。
「気に入ってもらえたようだな。上手くいってたら今日の勝利祝いにってところだろうけど、まぁいいさ」
そういって彼は私を撫でる。
でも、今日は負けちゃったし。そんな私にこんなにしてくれなくてもいいのに。
第一、今回の旅行でさえ食費を削って頑張ったのに、こんな痛い出費しちゃって大丈夫なのかしら。
うれしくて微笑んでいる私だったけど、やっぱりそういう心配事を考えてしまったせいか顔に出たんだろう。
アキラは言い足した。
「ああ、お金の事なら気にするなよ。バイトの残りと明日からの風呂上がりの牛乳代をケチったらなんとかなりそうだったから……な。牛乳はバトルに負けちまった戒めだ」
なるほど、そういうことね。
すっごく安いらしいこの宿だけど、宿主の人のご厚意で宿主のやってる銭湯はタダで入れるのよ。
で、風呂上がりって言ったらやっぱり牛乳じゃない。
アキラも当然そこには目をつけてて、立つ前に風呂上がりはお互い一日一本と私にも話していた。
牛乳を我慢するにしても、それを私のリボンに回してくれるなんて。やっぱりなんか悪く感じてしまうわ。
素直に喜びきれない私を見かねたのか彼は言い添えた。
「こうやってルミが幸せそうにしてしてくれれば俺も幸せだからな。素直に喜んでくれよな」
うれしくてうれしくて。私は意図せず彼に抱きついていた。彼も私を抱きしめてくれる。
言葉は通じないけど精一杯の気持ちでありがとうと彼に念じた。

しばらくしてお尻の方がムズムズと。
性懲りもなく……。いつもならぺちぺちするところだけどね。
大きなプレゼントをもらっちゃったんだもん、今回は見逃してあげるわね。

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しばらくの無言でのやり取り。
その間も彼の卑猥な手つきが止まる事はない。
う~ん、そろそろあのむず痒さに耐えられなくなってきたんだけどな。
私がちょうどそう思い始めた頃に彼が私の皿の方に目をやった。
「あれれ~。まだちょっと残ってるな~。それとも果実酒に飽きて俺のが欲しくちゃったのかな~?」
そう言って彼はちょっと残ったウイスキーをちらつかせる。
私も振り返って彼に背中を預けながら瓶を臨んだ。
無機質に光る電灯が黄色い液体を妖しく照らす。
いま思えば、彼の声がだらしなくなってる。確実に酔ってる、ということかしらね。
彼はふにゃりふにゃりと瓶を振りまわし私の興味を更にそそる。
これだけ近くで振りまわしてたら匂いもわかるはずなんだけど……。よくわからないわね。私も酔ってるのかしら。
まぁ、カジツシュ以外のお酒も飲んでみたかったし、ちょっとぐらいならいいかな。
私は口を上げて飲む意思を示した。
「まだちょっと皿には残ってるからな……。よし、飲ませてやるよ」
彼の計らいで直に飲ませてもらうことになった。
いきなり瓶を傾けたらむせちゃうから、そーっと頼むわね。
ゆっくり、ゆっくりと瓶の首を流れる液体が私の唇に触れた。
口の中に含んだ途端にじゅわりと熱さが伝わってくる。
支えた私の手は確かに瓶が冷たいと言っているんだけどな。口の中はすごく熱い。
これが度が高いってことなのかしらね。
喉越しも……悪くないわ。
甘さも控えめで、ちょっとした苦味が効いて、いい感じ。
さてと、味も楽しめたし、十分ね。
もういいよって首を軽く振ってみたんだけど、彼から応答がない。
あれ?
もう一度前脚でくいくいっと瓶を押してみるけど……やっぱり反応がない。
そんなたくさん飲まないんだけど!
必死でもがくけど彼が片手でぎゅっと抱きしめてくれてるから抜けられない。
口をはずして溢すわけにもいかないしな。仮にもここ、宿だし。
彼は何をしているんだ。
頑張って顔の向きを変えて訴えようとしたけど、って寝てるし!
残った力を振り絞って尻尾で彼の頬を引っ叩く。べしべしっとね。頼むから起きて。

「ん?ああっとごめんごめん」
アキラはあわてて瓶を離した。
私はなんとか彼の包囲網とお酒から解放された。
さっきまでは感じなかったけど、喉のまわりがイガイガする。
飲んでる最中はいい味だったけど、後味はひどく苦い。
結構飲んじゃった。うえっ。頭がぽ~っと……を飛び越えてくらくらしてきた。
どうしてくれるのよって、アキラは……。ああ、寝ちゃってる。
布団もかけないでこれまた気持ちよさそうに。
幸いにも敷き布団を座布団にしていた為、布団を掛けるだけでよかった。これで風邪はひかないでしょ。
ほんと、手がかかるご主人なんだから。
こんなに気持ちよさそうな寝顔で寝られると私まで眠くなっちゃうわね。
寝る前にお口直ししたかったけど……ふらふらするし、これでカジツシュを口にしたらもっとひどくなるのかな。
私はトボトボ寝床に――じゃなかった、電気消さないとね。
ここは天上の電灯から長いヒモが私の口の届くところまで伸びている。
ちょっと引っ張ると、明るかった部屋が一変して朧げな薄明かりが灯った。
すぐにでも寝床に飛び込みたかったけど……。
やっぱり私はあのイガイガに耐えきれず、お皿に残ったカジツシュをちょっとだけ口に含んで寝床に向かった。

あれから何時間たったのかしら。
まだ薄暗い部屋の中で私はふと目が覚めてしまった。
むぅ、お尻がムズムズするわね……。
昨日は色々あったからなぁ。じわ~んと鈍い感覚が残るのも無理はないか……ん!
はっとして飛び起き、尻尾を構える。だが、振り返った先にアキラは居ない。
当の本人は向こうで布団にくるまってすぅすぅと熟睡していた。
やっぱり条件反射で反応しちゃうわね。
ちょっと安心した所で時計を見たけどまだ3時ね。トイレに起きちゃったみたい。
私は寝床から立ち、おぼつかない足取りでトイレを探す。

小型の雌ポケモンについていえば、人間のトイレも結構使いやすかったりする。
水溜まりに脚を落とさないように気をつければ何不自由なく用を足すことができるわ。
私の場合も例外ではなかった。

たぶん、ここかな。大体こういうところのトイレは洗面所のそばにあるものだからね。
トイレのドアは閉まっていたけどそれは問題じゃない。
私はねんりきでドアノブを開ける――はずだった。
あれ、えっと。ここをこうやって。
……。
無情なドアは尚も私の前に聳え立つ。
普段はどんなドアでも簡単に開けられるんだけどなぁ。
私はしばらく粘ってみたけど、ただただドアがカチャカチャいうだけだった。
ううう、お酒飲みすぎちゃったのかしらね。頭がぼぅっとしてねんりきに集中できないわ。
ねんりきがダメならちょっとジャンプしてノブを回そうとするんだけど……無理ね。
ここのドアノブは丸っこい奴で、L字型のあれとはわけが違う。
滑ってうまくあかない。
しかもジャンプしてるうちにさらなる尿意が。
まずい、これ以上踏ん張ったら……。
アキラは寝てるしドアは開かないし――ううぅ。どうしよう……。
----
これほどトイレのドアをうっとうしく思ったことがないわね。
悔しいからあの後何度かねんりきを使ってみたけど、結果は同じだった。
ここは人間の力を借りるしかない……か。
私とトイレを隔てて大きく立ちふさがるドアを尻目に、助けを求めるべくアキラのもとへと向かうことにした。
非常事態ですもの、ぐっすり眠っているところ申し訳ないけど仕方ないじゃない。

ええっと、アキラは……。
彼は布団を蹴り飛ばして寝息を立てていた。
またこんな寝相悪くして。
こんなんじゃ風邪引いても仕方ないわね。
普段なら布団を掛け直してあげる所だけど……ね。
とりあえず肩を揺すってみたが、もちろん起きない。
罪悪感はあったが、彼の頬をぺちぺちしてみる。
「ルミ~ちょっとくらい~」
起きたかと思えば夢の中でもそんなことを!
ちょっと頭にきてもっとぺちぺちしてやった。
無音の部屋に瑞々しい音が響き渡る。
けど、全っ然動かない。
部屋は依然としてしんとしたまま。
息は……してるわよね?
不安になって顔に近づいてみたけど大丈夫。結構荒いけど。
う~ん、これは――我慢するしかないのかしら。
トイレのドアは今の私には無理だし、アキラもこの通り。
私はアキラの横にちょこんと座って私のお腹を優しく擦った。もうちょっとだけなら……大丈夫かしら。
彼に布団をそっとかぶせた後、私は寝床にもどり、下腹部のもどかしさに耐えながら目を閉じた。

外からは鳥ポケモンのさえずりや木々のざわめく音が聞こえる。
カーテンでは拭いきれないおひさまの光で部屋が明るむ。
窓から漏れる光は私に更なるまどろみを与えてくる。
季節は冬だというのに、窓辺ならぽかぽかと気持ちよさそう。
そんな中、私はお気に入りのシーツにくるまっていて、そろそろ起きようかなって伸びを……できたらいいんだけどね。
あれから眠れた気がしないわ。1時間たったくらいかしらね。
それもあのとめどない尿意を必死に我慢してるせい。
数十分寝ては起きての繰り返しね。
アキラもトイレに起きてくれればいいのに、一向に目が覚める気配がない。

それから何度か眠っては起きてを繰り返した後、ここでは嗅ぐことのない臭いが不意に私の鼻を掠めてはっとした。
これは……!その瞬間私には後悔と自責の念が渦巻く。
アキラになんて言われるかしら。
それにこれは私のお気に入りのタオルケットなのに。
イーブイの頃に誕生日プレゼントで貰ったこのタオルケット。
質感が代えがたい代物で、私はこれ以外の寝具ではなかなか寝付きが悪い。
あの柔らかい感触が好きで好きで。ちょっとぼろぼろになってきたけどこだわってまだ使っているのよ。
そんなお気に入りを、しかも旅が始まったばかりなのに汚してしまうなんて。
私は顔を真っ赤にしながら自分の下の方を覗いた。
あれ?
濡れてないわね。
それにまだ尿意はある……し。
でもこの臭いは確かにあの……。

まさか。
私はしつこい尿意を我慢しておそるおそる彼のそばに近づく。
もちろん彼はせっかく掛け直した布団をまた蹴り飛ばしていた。
ああ、やっぱり。私の予感は残念ながら的中していたわ。
彼の布団にはおおきなおおきな水たまりができていた。
トイレで用を足したくても叶わぬ私を差し置いてなんてことをしてくれるのよ。
アキラはとても気持ちよさそうな顔ですやすや寝ている。
なにやってるのよと彼の頬をぺちぺちしてみるが、やはり反応はなかった。
ううう、こんなにその臭いがすると私だって催しちゃうじゃないの。
ふと、私は彼の水たまりを見た。
多少の量の違いくらい……気付かないかな。
なんて悪戯な考えを抱きつつ、私は水たまりの前立っていた。
いや、でも私は女の子だし、こんな羞恥なこと。
でもちょっとくらいなら……。

私の心の中の悪魔が囁く。なんかこの悪魔、アキラの顔してるし……。
そして私の顔をした天使とアキラの顔をした悪魔の戦闘が始まった。
「あれだけの時間我慢して起きないんだから、仕方ないだろう」
「いいえ、ルミちゃんはそんなことをするような子じゃないの」
「それでもこうやって俺が出てくるんだ。あいつが迷っている証拠だろう。一歩も引く気はないがな」
「やはり……毎回こうするしかないのね」
「それは最初からこっちだって承知の上だ」
アキラの顔をした悪魔は手に持ったとげとげした黒い矛を私の天使に向けた。
対する天使の方は手に持っていた槍を――背中に預け、腰に据えた弓矢を取り出し、悪魔に向けて引き絞った。
「お前!飛び道具とは卑怯な!」
「この勝負、負けるわけにはいかないのです」
悪魔は矛を投げるが天使は余裕でかわす。
「すこしは成長なさい、単細胞な悪魔さん。逃げたって無駄です事よ」
「この、卑怯者~」
この下らない争いでは私の中の天使が悪魔を下した。

私は淑女だからね。そんな真似はできないわよ。
蟠りを振りほどき、私は寝床に戻るべく振り返ろうとしたそのとき、魔の手……もとい、魔の足が私に襲いかかった。
あの状態であれを避けろというのが無理な話。漏らさないように寝床に戻るので精いっぱいだったし。
寝返りをうった彼の足は私の腰にクリーンヒット。
聞きたくもない水音と共に、やつれた至福のひと時が訪れてしまった。
ああああああああああ!
かぁ~っと顔が真っ赤になって、すごく熱くなっていくのが自分でもわかる。
彼の水たまりと多少被ってるからばれないかな。
じゃなくて!
ああ、女の子の私がこんなところで。

「く、あの矛に……細工を?!」
「へ……ちゃんと成長してるぜ。ホーミング機能が付いているのさ」
「今回は……私の負け……のようですわね」
結局天使と悪魔の争いは悪魔の逆転勝利に終わったようだ。

なんとか彼の足をくぐりぬけて彼の顔の前に脚を運ぶ。
相変わらず気持ちよさそうな顔で寝息を立てちゃって。
思い切り彼の頬をぺちぺちしたくなったけど、起きたらそれはそれで困るからやめておいたわ。
布団は……お腹だけ冷えなければいいわよね。脚が寒そうだけどおねしょで汚したらばっちいのでお腹だけ毛布を掛けてあげた。
私はすっきり晴れない複雑な気持ちで寝床に向かったのだった。
----

「あぁ~■※△○!」
彼の奇声と共に私たちの朝が訪れた。
もぅ。そんな大声を上げなくてもいいじゃないの。
私はまだ眠いのに。夜に何度も起きちゃったんだもの無理もないわね。

でも彼の奇声はそれを打ち砕くほどの物だったわ。
「ルミ!ルミ!やばいやばい」
ばれたわけでは……ないわよね?
もし、おねしょの形がくっきりとわかるゆきだるまの形だったら……。
それだけはちょっと心配だった。
恐る恐る彼の元へと足を運ぶ。
しかし、そこで見たものは私の想像とは違っていたわ。

おねしょの跡は大きく一つ。
夜の間に広がったのかしらね。それにはすごく安心した。
けど、端の辺りが仄かに赤みを帯びてる部分があるわ。
「あわわわわわ、これって血だよな~。俺病気かも。ちょっと医者いってくるからお留守番頼むな!」
そういって彼はあわてて着替えて家を飛び出した。
おねしょしちゃったことには驚かないんだ。
それに、寝癖できてたんだけど……いつものことね。

そういえば私、生理近かったっけかな。
ということはやっぱりこれは私の血ってことになるわね。
別に朝の彼は元気そうだったから、お医者さんにはなんともないって言われて帰ってくるんだろうなぁ。
そうなると疑われるのは……私かな。
まずいまずい。
女の子としてそれは断固として阻止しないとね。
ということで今私はまともに使えるようになったねんりきを駆使して布団を洗っている。
布団を空中に広げて固定して、ちょっと泡立てた石鹸水を水たまりにねらって送り込む。
それ以上水たまりを広げないように注意しながら布団に水を貫通させれば案外落ちるものよ。
ある程度やったら結構赤みは和らいでいった。
ほとんど見えなくなっちゃったから、もう大丈夫……なはず。
ねんりきだって馬鹿にしたもんじゃないわね。

我ながら悪知恵だけは働くようだわ。肩の上らへんで心の悪魔も高々と笑ってるのかもしれない。
でもまぁ、これで彼が多少は健康に気を使ってくれればいいのにな。
自分の健康をないがしろにする悪い子にはいいおしおきになったのかもね。


fin.

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#ref(lumi_photo_3.jpg,,right,around)
■&ruby(しーえー ){Concept Art };of Lumi 

Name : Lumi
Age : ぺちぺち(狗尾「あぅ」)
Sex : female
height : 88 cm
weight : べしべしべしべしべしべし(狗尾「んぎゃ~~」)
Character : 思いやりのある元気な女の子.
        自分の可愛さにも自信を持っており,
        負けず嫌いな一面も見せる.
favorite : 甘いもの.綺麗なもの.
dislike : 自分より可愛いもの.

Concept of story
ミル 「さて、ちょっとだけ解説してあげるわね」
ルミ 「そうね。狗尾の奴、最初はジム戦の描写は無くて、お酒に酔った私のおも……ええっと、何でもないわ。アキラのおねしょの描写しか予定してなかったみたいなのよ」
ミル 「あらそ。じゃあ読者のみなさんがニマニマしてるのは私の魅せ場だけなのね」
ルミ 「あら、読者さんは私の演技に釘付けだったはずよ。それに、結局諦めて先に手を出そうとしたのはどっちだったかしら?」
ミル 「可愛くないその顔をもっと醜くしてほしいようね」
ルミ 「まぁ、貴方にそんなことができるのかしら?岩さえなければ立ち回りは私の方が有利よ?」
ミル 「じゃあ、試してやろうじゃないの」

(大変お見苦しい地獄絵図が展開されております。しばらくお待ち下さい)

ルミ 「ふ、ふぅ……、胸がだらしなく垂れちゃって……醜いわね」
ミル 「あ、あんたこそ……頬が腫れちゃって醜いったら……」
(ドサリ)
アキラ 「ああ、お前ら!」

(2匹をポケモンセンターに搬送しております、少々お待ちください)

アキラ 「ほんとしょうがない奴だな。全然解説できてないし。とりあえず、最後まで読んでくれてありがとな。今回は奴の処女作ということみたいだけど、どうだったかな?下にちょっとしたアンケートがあるらしいから、よかったら協力してやってくれよ。さてと、俺はまたスケッチを続けることにするわ。またあいつと物語の頁を繰る事になったらよろしくしてやってくれよな」
ルミ 「こ、コメントだって……待ってる……んだ……か……」(ドサ)
アキラ 「ルミ!おま!」

The End............


ここまでお読みいただいた皆さんの客観的な評価も知りたいので、よろしかったらちょこっとご協力くださいませ。次回に向けて参考にさせていただきます。

この小説で良かったところ、又は「まぁ、良かったことにしてやる!」という所を教えてください。
#tvote("キャラの性格[23]","戦闘の描写[1]","読みやすさ[1]","えちぃ描写[0]","使った語彙[0]","場面の設定[0]","心情の描写[0]","文章の長さ[0]","物語の展開[0]","風景の描写[0]")

ここはちょっと……とか、「それは おじさんの きんのたま! ゆうこうに かつよ(ry」 あれ!?
あははは;なんかよくわかんないのが出てきましたが、もうちょっと力を入れた方がいい所を(汗) 
#tvote("えちぃ描写[8]","戦闘の描写[7]","キャラの性格[1]","読みやすさ[1]","使った語彙[0]","場面の設定[0]","心情の描写[0]","文章の長さ[0]","物語の展開[0]","風景の描写[0]")


■何かあればこちらに↓
#pcomment(Comments-聞き分け,10,below)

IP:125.13.214.91 TIME:"2012-08-09 (木) 17:32:23" REFERER:"http://pokestory.rejec.net/main/index.php?cmd=edit&page=%E8%81%9E%E3%81%8D%E5%88%86%E3%81%91%E3%81%AE%E6%82%AA%E3%81%84%E5%AD%90%E3%81%AB%E3%81%AF%E2%80%A6%E2%80%A6" USER_AGENT:"Mozilla/5.0 (compatible; MSIE 9.0; Windows NT 6.1; WOW64; Trident/5.0)"

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