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罪裁きの剣  の変更点


著者[[パウス]]

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―――プロローグ―――

静かな夜は、安静の象徴である。真っ暗な夜はその他全ての音を無に返し、飲み込んでいく。騒がしい夜は、繁栄の証である。夜も眠らぬ街と呼ばれる場所では常に何かが移動し、音を出し、灯りが揺らめいている。
 とある場所に、常闇の夜の中でも騒がしく動いている街があった。建物は多く、光は明るい、まさに眠らない街である。決して規模は大きくないものの、そこに住む者達は皆活気づいていた。しかし彼らは更なる繁栄を求めるがゆえ、更なる上を仰ぐがゆえ、地の底から駆けてくる地獄の刃を持った獣の足音に気づいていなかった。
街の入り口から炸裂音が響いた。何が起こったのかと足を止める者の目に映ったのは、禍々しい光を放つ目と屈強な輪郭。その圧力たるや、まさに悪魔のようだった。招かざる客を見た者達はみな真っ青な顔をして逃げ出した。それを追うように悪魔達―――盗賊達は街の中へをなだれ込む。
―――街は一瞬で火の海になった。何が起こったか分からずただただ住民たちは逃げまどう。阿鼻叫喚と血と涙に埋め尽くされた街は、見る見るかつての面影をなくしていく。
「父さん!母さん!早く逃げなきゃ!」
街の中心街にいた一匹の少年は、街の外側から奥の方へと逃げ込んでくる大勢の者たちを見送りながら、彼らの背後から追いかけてくる盗賊の大群を見据えていた。そして、隣に立っている父親と母親の方を交互に見上げる。父親は青ざめた表情で我が子を見下ろすと、その首の後ろの辺りをくわえて持ち上げた。そしてすぐ後ろにあった木箱の中に急いで入れると、今度は母親が口と前肢を使って器用に蓋を閉めた。
「え!?な、何を……!?」
「いい!?絶対にここから出ちゃだめよ!」
大混乱の中に、母親の怒鳴るような声が子の鼓膜を震わせる。少年は驚いて体を硬直させ、ほぼ反射的に暴れるのを止めた。それから少しして、外から徐々に笑い声が近づいてくる。その悪魔の笑い声のあと、少年は確かに聞いた。自分の父親と母親の、命の断末魔の声を―――
「っ!か、母さ………っ!」
聞くに堪えなかった。両親の今まで聞いたことのない絶望に染まった叫びと自分の名を呼ぶ断末魔が、少年の頭の中に反響し、焼きついていく。少年は思わず少しだけ蓋をあけて外を見た。そこに広がっていたのは真っ赤な血の水たまりと、その中で倒れている自分の父親と母親の変わり果てた姿、そしてそれを見て嘲り笑う悪魔の姿であった。彼にとってあまりに突然のこと過ぎて、その現実を理解するまで時間を擁した。やがて認めたくないこの現実を理解せざるを得なくなり、瞳から涙が滲んできた瞬間であった。誰かが木箱を蹴飛ばしたのか、強烈な衝撃が少年を襲った。不運なことに木箱は坂道にはまり、何度も何度も横転しながら中の少年に打撃を加えていく。坂の下まで転がりこんだ時には、すでに彼は気を失っていた。

「……いるっ!………いる子がいる!……こにまだ生きている子がいるよ!」
どれだけ時が過ぎたのだろうか、少年は誰かも分からない女性の叫ぶ声で意識を取り戻した。顔を上げると、ぼんやりと二匹のポケモンが目に入った。
「もう大丈夫だよ、あいつらはいないから」
少年の意識を覚醒させたであろう声の主とは違った声だった。ぼんやりとした視界からわかるのは、背中の無数の太い針と、白銀に輝く大きな爪からそれがサンドパンという種だということだけだった。それだけ分かると、少年は再び意識を闇の中へと溶かしていった――


「……っ………んっ……………ハッ!」
 うなされていた一匹のエーフィが上半身を起こした。たき火の跡から立ち上る煙が、冷たい夜風に煽られて彼の顔に吹きかかる。二度咳こんだ後、自分の額を前足の平で吹いてその汗の量を確かめた。
「……夢…か」
周囲を見回すと、深々と茂る木に囲まれながら何匹ものポケモンたちが寝息を立てている。―――否、一匹だけエーフィの後ろで身体を起こしている者がいた。
「ローグ、どうしたの?」
驚いたエーフィ――ローグは一瞬ビクッと硬直すると、声のした方にゆっくりと振り向いた。そこには心配そうに眉を垂らすライチュウが座っていた。
「いや、なんでもない。ただちょっと嫌な夢を見ただけさ」
「やっぱり、凄くうなされてたから心配になっちゃって……」
「もしかして、そのせいで起こしちゃったか?」
「あぁ、気にしないで。私もなんだか眠れなかったから」
ライチュウの名はライナといった。彼女はローグに近寄ると、笑顔で天を指す。ローグもその指の先をなぞる様に空を見上げると、枝葉で彩られた天然の緑の天井の隙間から、僅かに光のかかり始めた薄色の空が見えていた。
「もうそろそろ夜明けだしね」
樹木に遮られて日の光がここまで届かないが、今この世界は今まさに、今日一日の始まりを迎えていた。

**――――――――――――罪裁きの剣 [#m28e7bc3]

*

森を抜けたその先に、小さな村があった。農業が経済的中心を担うその村はラフカリフサと呼ばれ、作物を売るだけでなく、自分達で作物を育てて食料としている。決してその量は多くないものの、自然に囲まれた澄んだ空気と水で育てるその作物はかなりの品質を誇り、人気を集めている。
その村の入り口近くを小さな集団が通っていた。その中にローグとライナも紛れている。ワイワイと楽しそうに話しながらその集団は村の近くを通り過ぎようとしたが、先頭を歩いていたサンドパンが突然皆の足を止めさせた。
「皆、ちょっと待っててくれ。……なんだか様子がおかしい」
彼はこの集団を率いているリーダーのようである。彼の目線の先にあったのは、村の住民と思われる者達の集団である。住民であるはずなのに村の中にはおらず、何故かその入り口で力尽きたように座りながら涙を流していた。中には怪我を負っている者までおり、明らかに様子がおかしい。
その住民達もまた、サンドパン達の集団に気がついた。彼らは前足、首、尻尾など、身体のどこかに真珠のように純白に輝く玉を使った小さな装飾品を身につけており、ローグやライナも例外ではない。それを見たラフカリフサの住民達は一斉に歩み寄ってきた。その中の少し年老いたエテボースが、声を震わせてこう言った。
「その玉の飾りは…っ!もしかして、対賊の方々ですか!?」
対盗賊集団―――通称対賊は、その名の通り罪のない者や村、街などを私欲のために襲う盗賊に対抗すべく、志あるものが集まって作られる集団のことである。そのトレードマークとなるのが、ローグやライナも身につけている純白の玉の飾りである。サンドパンはゆっくり頷いた。
「僕がこの対賊『エスランス』の団長のリュードです。その様子ですと、やはり村は……?」
「えぇ、突然盗賊の奴らが襲いかかってきて…。私達に戦う力はありませんから、成す術なく…村は占領されてしまいました。狙いはここの作物達でしょう、畑も荒らされ、収穫してあったものも奪われて行きました……」
おそらくこのエテボースがラフカリフサの村長なのだろう。誰よりも強く悔しがり、誰よりも強く悲しんでいた。リュードは「分かりました」と一言だけ言うと、後ろで待機している仲間達の中からローグを含めた数匹と、ライナを呼びだした。
「ローグ、君は皆と共に村に入って盗賊達の注意を引き付けてくれ」
「……了解」
「ライナ、君は怪我した住民達の手当てを頼むよ」
「アイアイサー!」
ライナは元気よく敬礼し、すぐに怪我した者の方へと向かっていった。ローグは先陣を切って盗賊に占領された村の中へと歩を進めてくこととなった。
村の中は静かだった。もともとそれほど活気のある村ではなかったが、のんびりとした雰囲気に包まれていたという意味で静かなところであっただけで、不自然なほど沈黙していたわけではない。入り口でいろいろと騒がしくしたせいで、すでに対賊が来ていることは知られてしまっているだろう。気配こそするもののなかなか姿を見せない盗賊達だが、全方位どの方向から襲ってきてもおかしくはない。ローグとその仲間達は、協力してそれぞれ違う方向へ注意を払っていた。そして暫くうろうろしていると、誰も姿を見せないまま一つの家の前にたどり着いた。それは見た目や素材こそ他の民家と大差ないものの、一回りほど大きい。その上中から感じられる気配も一回り大きかった。
「ほぉ、正義の対賊殿のお出ましかな?」
その扉を開いて出てきたのは、盗賊に似つかわしくない紳士的な雰囲気を持っていた。夜よりも深い漆黒の黒い体毛と、炎を彷彿とさせる橙の体表が口周りと腹を覆い、背中や首には骨のような飾りが浮き出ている。それに加えて美しく屈曲した角と悪魔のような尻尾が特徴的なポケモン――ヘルガーである。
「その前に自己紹介といこうか。私の名前はヘッケル、君の名をお聞かせ願おうか」
「……対賊のローグだ」
「…ローグ……そのローグ君が一体何の用かな?」
「用もなにも、分かってるだろ?この村ラフカリフサは貴様達のものじゃない。早急にご返却願おうか」
敵のボスを前にして、ローグも存外冷静だった。言葉をなるべく荒げさせず、あくまで戦闘は最終手段であるという姿勢がうかがえる。無論こんな話し合いに応じるような相手ならば、そもそもこんな理不尽に村を占領したりはしないだろうが。
「それは無理な相談だな。我々はこの村を大変気に入っているのでね。食料も豊富だし、水にも困らない。何より都心から離れて静かなこの場所は、我々の拠点にするのにピッタリなんだ。…お分かりいただけたかな?」
「……あぁ、よく分かったよ」
ローグがこう答えた瞬間、対賊達は一斉に構えた。更にその直後、村に散在する民家から一斉に盗賊達が姿を現す。やはり対賊が来たときのため、既に陣形をとっていたようだ。ローグ達は一瞬のうちに囲まれてしまった。しかし対賊の面々からは、焦りや動揺の色が見えなかった。
「残念だよ、やはり対賊と盗賊が分かりあえる日が来るのは難しそうだ」
「全く同感だよ」
ヘッケルが天を仰ぎ禍々しい雄たけびをあげると、それに呼応するように冷たい風が頬を撫でた。そして盗賊達はその悪魔の爪牙を抜き、対賊達に襲いかかった。
 数では盗賊の方が倍ほど多く、その上囲まれてしまっているということもあって対賊は防戦一方の展開となった。ローグも例外ではなく、戦闘に参加せずに嘲笑っているヘッケルを視界にとらえながら、彼が得意とする“テレポート”を駆使して敵の攻撃をかわしていく。彼はエーフィという種族の身体の構造上、攻撃に利用できるような牙や爪を持たない。その代わりに超能力を得意としているが、かなりの集中力を必要とするために接近戦がどうしても苦手であった。
 だが、それは一般的なエーフィの場合である。対賊として何度も戦いを経験してきたローグにはその弱点をカバーする術を身に着けていた。それは鍛えられた瞬発力と動体視力を駆使して敵の攻撃をかわすことである。経験を積んだ末に身に付けた瞬間的に発動させることのできる “テレポート”による瞬間移動も、攻撃を回避する際に大いに役立っていた。そんな彼を捕えられない盗賊は苛立ち、動揺していく。それによって生まれる隙を突き、的確に敵を戦闘不能にしていった。
 しかし、やがて戦力差で押されていくのは目に見えていた。ローグは『エスランス』の中でもかなりの実力者だが、それでも二倍もの戦力差による不利は覆すことは難しい。次々と仲間達も窮地に陥り始め、ローグも盗賊の攻撃をいなすのが精一杯であった。そんな中で彼は考えた。――これだけの戦力差をひっくり返すには、その頭を直接叩くしかない。
 ローグは持ち前の身軽さを最大限に発揮し、盗賊達の攻撃を避け、ヘッケルと対峙することに成功する。
「ほお、私と戦うつもりか?」
「あぁ…貴様のその目障りな薄ら笑いを消すためにな!」
「面白い…手合わせ願おうか。おいお前ら!手を出すなよ!」
ヘッケルの命一つで、ローグを襲っていた盗賊達はその手をピタリと止めた。そして一度頷くと、その場から散らばっていった。ヘッケルにはローグを一対一で倒すほどの自信があるということである。この展開はローグに取っても好都合であったが、自分が盗賊達に攻撃されないということは、その分だけ他の仲間の負担もでかくなるということである。なるべく早く決着をつける必要があった。
 盗賊と対賊同士の争う怒声が響き渡る空間から、ローグとヘッケルの対峙する空間のみが切り離されていた。お互いに見合って間合いに踏み込めず、静かな、そして重い時間が流れていく。お互いに額から汗をにじませる中、痺れを切らして先に動いたのはヘッケルであった。一瞬だけ上を向いて息を大きく吸い込むと、口からローグの身体を軽々と包み込めるほどの火球を吐きだした。ローグはそれを跳んでかわすも、それを読んでいたヘッケルも跳びあがってその鋭い前足の爪を振り上げる。それが皮膚を切り裂く刹那、ローグの小さな赤い宝石のような額の飾りが輝くとほぼ同時に、彼の位置はヘッケルの下へと瞬間移動していた。これで無防備に空に跳んでいるヘッケルを狙えるローグの方が有利になった―――と思いきや、つい先程まで部下達とローグの戦いを近くで見ていたヘッケルには、この状況を予測することは難しくなかった。ローグが見上げると、その視界に入ったのは既に溢れるほど口の中に炎を溜めてこちらを見下ろしているヘッケルであった。
「爪が甘かったな!」
ヘッケルの口から紅蓮の炎が照射された。帯のように繋がった状態で吐き出された炎は、相手を焼きつくすことに特化され、ローグを包みこむ。
「ぐぅ!」
流石にこれを予想することができなかった。それ故に一瞬回避が遅れてしまい、回避しきれずに片方の後脚に火傷を負ってしまう。
「どうやら勝負はついたな。これでもう、君はちょこまかと動き回ることはできない」
やはり直前まで戦い方を見られていたということは、ローグにとってかなり不利に働いていた。先程の“テレポート”による回避が予測されていたのもそのためである。その上、戦術の起点である敏捷性を潰されてしまったのはかなり痛い。ヘッケルの表情に勝ち誇ったような笑みが浮かびあがった―――その瞬間である。
「そこまでだ、盗賊どもよ!」
突然響き渡ったその声は、ローグ達を囲う盗賊達よりも、更に外側から聞こえた。一瞬場が凍りついてから、盗賊達は各々周囲を見回した。するとそこには盗賊達を――否、村全体を囲うように、残りの対賊達がズラリと並んでいた。
「お前達はすでに完全に囲まれている!無駄な抵抗は止めろ!」
そう叫んでいるのはリュードである。これまで劣勢だった対賊には希望の色が、優勢だった盗賊には動揺が、それぞれ見受けられた。それはヘッケルにも例外ではない。
「な…っ!?どういうことだ!?まさか、お前らは囮だったというのか…!?」
そう、リュードがローグらを少数で行かせたのは、盗賊に気付かれないように包囲するためであった。そうと知ったヘッケルは、まだ勝負がついていないというのにローグから目を外してしまう。その隙をローグは見逃さなかった。
「ハァアアアア!!」
ローグが全身に力を込めると、彼の影の中から漆黒の雫が重力に逆らって浮かび上がり、それが無数に集束して高速で回転する漆黒の球体となった。それが一度ローグの額の前にとどまると、弾丸のように衝撃と共にヘッケルに向かって放たれた。
「なっ…グァアアァア!!」
その漆黒の弾丸――“シャドーボール”はヘッケルに直撃し、暗黒の爆風を起こして彼を吹き飛ばした。地面に叩きつけられたヘッケルはそのまま起き上がることができず、身体を震わせながら呻くことしかできなかった。
「俺の勝ちだな。……いや、俺達の作戦勝ちといった方が合ってるか」
ヘッケルだけではなく彼の部下の盗賊達も、正面と背後からの挟み撃ちではひとたまりもなく、次々と戦意をなくしていった。紛れもない対賊の勝利である。
ローグは戦いに勝っても笑み一つ浮かべず、うずくまるヘッケルを一瞥してその場を去ろうとしたが、その瞬間に耳を通り抜けていったのは―――ヘッケルの不気味な笑い声だった。
「………何がおかしい?」
ローグはもう一度ヘッケルの方に振り向いた。ヘッケルは顔だけをあげて、哀れな者を見るような眼でローグを見据えていた。
「フフフフフッ……思い出した、君のことを……フフフフッ」
「思い出した…?何のことだ、俺は貴様に会った覚えはないぞ」
「そうか、君は私の顔を見ていないからなぁ……ずっと隠れていたんだから。両親が殺されてもずっと…ね」
「な、何を……何を言って………」
倒れていてもなお意味深かつ不気味な言葉を発する相手に、ローグは動揺というよりある種の恐怖を覚えていた。しかしヘッケルは、まるで遺言のように話を止めようとしない。
「私は絶望に染まった者の断末魔を聞くのが好きでね、今まで聞いてきたものは全部覚えているのさ。……君の名前…ローグという名前をどこかで聞いたことあると思ったら……フフフフッ、今思い出したよ……」
既に戦いは終わっているというのに、まだ二匹のいるこの空間だけが他のそれから隔離されているかのように空気が違った。静かな空気からだんだんざわざわとした不快な空気へと変化していく。ローグの心臓は鼓動を早め、高め、倒れているヘッケルから目を離すことができない。彼の意識は、ヘッケルの言葉から抜け出すことができなかった。
――――それが彼の今後の人生を、大きく左右する言葉となった。
「十年前、どこかの街で最後に殺した奴が死ぬ間際に叫んでいたね……君の名前を…!」
後頭部をぶたれたような衝撃と共に、ローグの脳裏にある光景が思い浮かぶ。七年前、自分の故郷の街が盗賊に襲われた日のこと、自分の両親が盗賊に殺された日のことが、今でもハッキリと彼の記憶に残っている。そして自分が母親に隠れろと言われた木箱の中から見た両親の変わり果てた姿と、それを見た際に見た両親を殺した相手の姿、ぼんやりとしか覚えていなかったその姿が―――今自分が倒したヘッケルの姿とピッタリ一致した。
その瞬間、ローグの中の何かが切れた。
「………っ!貴様っ!貴様ぁぁぁああああぁ!!!」
ローグの瞳から大粒の涙がこぼれ出すと同時に、彼の全身が水色に輝いた。その光は無差別に拡散し、その一つが小さな民家に当たると、それも水色の光に包まれて家ごと宙に浮かびあがった。
「うぁああああぁぁぁぁあああぁぁあぁ!!」
それは怒りで我を失ったローグの上まで移動すると、彼の壮絶な叫び声と共にヘッケルの元へと投げ飛ばされた。ヘッケルにはそれを防ぐ体力はもう残っておらず、諦めたのかその瞳を閉じた。そしてローグの投げた家がヘッケルに当たる―――直前に、家がバラバラに砕け散ってしまった。何が起こったのかローグはもちろん、ヘッケルにも理解できずに目を見開く。民家の木材が地面に散らばり、もうもうと土煙が立ち上がった。それが晴れると、その中心から姿を現したのは、対賊団長のリュードである。
「よせ、ローグ!こんな奴でも殺しちゃいけない!…俺はこんな奴を殺させるために、君を鍛えたわけじゃない」
彼が放った言葉はこれだけであった。それは、へたなことを言えば更にローグの怒りを加速させてしまう可能性があるからである。
ローグの息は獣のように荒かった。リュードに両親の仇を討つことを阻まれたが、目の前にいる最も憎い敵を許すことなど到底できはしない。それどころか見逃すことすらも許せない心情であった。団長の命令と両親の仇討ちのどちらを取るか、ローグの心の中では大きな葛藤となった。その結果、彼が取った行動は―――
「いくらあんたの命令でも、これだけは従えない!!父さんと母さんの仇を目の前にして、黙っていられるかぁぁ!!」
ローグの身体がまた超能力の水色の輝きに包まれ始めた。その瞬間、リュードの姿がかつてあった場所から消えていた。
「が……っ!!」
次の瞬間には、リュードの肘打ちがローグの横腹を捉えていた。全く無防備だったそこに強烈な一撃をくらったローグは、そのまま意識を闇に沈めていった。

*

夜風は冷え切っていた。それが全身を撫でるごとに、身体の体温を奪っていく。エスランスの団員達はラフカリフサから少し離れたところで、大きな焚火を中心に身を寄せ合い、毛皮を持たない者は毛布を被って寒さを凌いでいた。盗賊との戦いで傷ついた者は少なくなく、ライナを中心とした数匹が治療活動に当たっていた。
「皆の状態はどんな感じだ?」
ライナの横からリュードが姿を現した。
「皆それほど怪我は深くないみたい。これなら二、三日で旅を再開できそうね」
「そうか…よかった」
リュードはそう言ったが、その言葉とは裏腹に彼の表情はあまり嬉々としたものではなかった。その理由が、今回の戦いで最も戦果をあげたローグのことであることは、ライナにもすぐ分かった。
「………ローグなら、一匹にしてくれって言って向こうに行ったわよ」
彼女が指差したのは、キャンプを張っているこの場所から少し離れた丘の方向だった。リュードは一寸の間だけ顔を俯かせて、指された方向へ歩いて行った。ライナはその様子を心配そうに見守りながら、自分に課せられた仕事へと戻っていった。
 闇に覆われた空の中に、無数の星々が瞬いていた。あるものは一つで、あるものはいくつも集まって星座を描く。目を惹く光景であるが、ローグはそれを仰いではいなかった。まるで地面に頭を引っ張られているかのように下を向いて、草をいじっていたは小さくため息をついていた。
「怪我は大丈夫か?」
そんな彼の後ろからリュードは話かける。だがローグは後ろを振り向くことすらせず、ただ無愛想に返事を返した。
「……ちょっとした火傷だけだ。俺が気絶してる間に治療したんだろ?」
あからさまにいつもよりドスの利いた声に、リュードは苦笑いした。それからはお互いに言葉を発せず、風の冷たい音のみが囁くような沈黙に包まれる。リュードが声をかけても、ローグは頑なに振り向こうとしなかった。そうして気まずい空気が流れるが、それに構わずリュードは隣に座った。
ローグは十年前、まだ幼いころに盗賊に襲われて故郷も両親も失っている。そこを当時エスランスの団長補佐であったリュードに助けられ、エスランスの団員として生活することになる。突然両親を亡くして生活力の全くなかったローグの世話を特にしていたのがリュードであった。しかし世話をするようになってから暫くは言うことを聞かず、怯えて泣きわめいたり、不機嫌になることなど日常茶飯事であった。幼くして突然全てを失ったのだから、受け入れられずに拒絶されても何もおかしいことはないのだが。
そんな彼といつも過ごしてきたリュードだからこそ、親子のように接することをし続けた彼だからこそ、これだけローグがあからさまに拒絶しても隣に座ることができるのだろう。ローグが親の仇であるヘッケルを殺そうとした時に、とっさに止めに入ったのもリュードの親心によるものだろうか。仇とはいえひとを殺してしまうような子になってほしくなかったのである。もちろんそれによってローグに恨まれることも覚悟の上であったが、それにしてももっと怒り狂ってるものかと思っていたリュードにとって、今のローグの静かな態度は少し拍子抜けであった。
「体調が悪くないなら、早く飯を食べてこいよ」
「……あぁ」
これだけ言うとリュードは立ち上がった。そしてその場から立ち去ろうとするが、その瞬間に一瞬だけ見えたローグの表情は、リュードにも今まで見たことないほど重く、暗く、切ない。どうしてか胸がざわめいて、自分の胸を抑えられずにはいられない。そのまま歩いてローグから離れていったが、その表情から感じた胸のざわめきは収まることはなかった。
キャンプのある場所に入る直前に、リュードはもう一度胸を抑えて振り返る。これまで生きてきて、もう幾度も感じたことのあるどの不安感とも違うこの胸のざわめきが何なのか、彼には理解できなかった。彼の視界に映る深い夜の闇はローグの姿を全て覆い隠し、無夜風が奏でる闇に包まれた草木の音楽は、彼の耳にはいつもにも増して不気味で寂しいものに聞こえていた。

*

月日は流れ、エスランスは未だいなくなる気配のない盗賊の被害を食い止めるべく街から街へと旅を続けていた。冷気の渦巻いていた地上も少し暖かくなり、過ごしやすい気温となっていた。―――しかしそんな気温とは裏腹に、エスランスはとある問題に直面していた。
「リュード団長、またですか?」
「……そうみたいだ。我々が次の目標としていた『エゾルメシア』でも、例の事件が起こったらしい」
エスランスは鉱山町「エゾルメシア」の近くで立ち往生していた。その町ではつい先ほどまで盗賊に襲われていたらしい。それをどこからともなく現れた何者かが蹴散らしていくということが起こっていた。それだけなら喜ばしいことではあるが、問題なのはその盗賊達は見るも無残に殺されて町じゅうに転がっているということ、そして何の罪もない町の住民数匹が巻き込まれて死んでいるということである。町の建物は壊され、復興まで長い時間を要する状態にまでなっていた。
 不思議なのが、それらは全てエスランスの立ち寄ったことのある町や目的地としている町で起こっていることであった。しかしそれはあくまで偶然の可能性もある。対賊はエスランス以外にもいくつか存在し、それらは各々旅をしながら盗賊と戦っている。つまり、事件が起こっているのはエスランスが立ち寄ったことのある町ではあるが、他の対賊が立ち寄ったことがある町とも言えるのである。
「一体何が起こっているんだ?事件を起こしている犯人の目的は一体…?」
リュードは腕を組み、顔を伏せて頭を悩ませた。その横に立っていたローグは耳をピクッと動かし、空を見上げる。すると空から大きな翼を広げながら、偵察のために周囲を旋回していた鳥ポケモンであるオオスバメが急降下してきた。
「団長!この近くで気になるものが見えたぜ!」
「気になるもの?」
「あぁ、あれは間違いなく『ルネーヴ』の連中だったぜ」
「ルネーヴ」という単語を聞いた途端、リュードを始めその場にいたほとんどの者が小さくため息を吐いた。
 ルネーヴとは、エスランスとは違う対賊の内の一つである。エスランスと規模はあまり変わらず、もちろん町や都市を盗賊から守るために動いているのだが、救った町や都市から莫大な報酬を要求することで有名な対賊だった。盗賊を退治するというよりかは最初から報酬を目当てに活動するような連中で、対賊としての方針や理念が全く異なるエスランスとは過去に何度も衝突している。流石に対賊である以上むやみに盗賊を殺したり住民を巻き込んだりするとは考えにくいが、彼らの中には元々盗賊だったものも少なくなく、いつそのような愚行を犯すか分からないような連中であった。
「……一応、話を聞いてみる必要があるかもな」
ローグはそう提案した。他の団員も数名がそれに賛成し、リュードは更に頭を悩ませる。
「彼らとは一触即発な仲だからなぁ…あまりこんな形でコンタクトを取りたくないもんだが……」
いくらなんでも対賊である彼らがこんな事件を起こすとは考えられず、なかなか決断できずにいた。そんな様子を見かねてか、ローグは半分いらついたような口調でこう言い放った。
「それは俺も他の皆も同じだが、ここで考えたところで何も変わらないだろ?少しでも手がかりを掴めそうなら、それを少しでも調べることが大切なんじゃないのか?」
「うん、私もそう思うかな…。何もルネーヴが犯人だと決まったわけじゃないんだから、少しでも参考になることがあればって程度で……ね」
ローグに合わせてライナもそう主張し、他の団員もそれに同意していた。これではリュードも否定することはできず、仕方なく決意する。
「やれやれ…分かったよ、話だけでも聞いてくるとしよう。そうだな……僕だけで話を聞いてくるよ」
「えっ?それって……大丈夫なの、団長?」
ライナが心配そうに顔を見上げた。
「仲が悪いって言っても、互いに殺したいと思っているわけではないからね。僕だけで行った方が相手も警戒しないだろう?」
それに笑顔で返すリュードだったが、ライナは表情を変えない。一緒に行きたいと彼女は思っていたが、リュードの言うことも最もであったが故に何も言い返せず、その表情だけが表面に表れていた。
 ルネーヴにリュードが単身で話を聞きに行くという結論に至った時には、もう空は橙に焦げていた。これ以上動くのは盗賊に闇討ちされる可能性を考えると危険であり、それはエスランスもルネーヴも同じである。もう一度偵察に行ったオオスバメからの報告によれば、予想通りルネーヴもその場にとどまるつもりだという。リュードは話を聞きに行くのは明日にしようと提案し、エスランスの団員達はエゾルメシアの町から少し外れたところで束の間の休息をとることとなった。
 真夜中の静まり返ったキャンプの中で、リュードはなかなか寝付けずにいた。ラフカリフサでの戦いの後に感じた胸のわざめきの正体は一向に分かっていない。そのことがずっと気になり続けていた。それは今起こっている事件のことを示唆していたのか、それとも―――
「明日、何も起こらなければいいんだけれど……」
不安そうにこう呟いて、リュードは毛布を上げてゆっくり瞳を閉じた。

*

夜はとうに明け、太陽はほぼ真上にまで差し掛かっていた。エゾルメシアを通り過ぎた先、樹木や野草は徐々に姿を消していき、岩や隆起した地面が姿を見せ始めるこの場所で、ルネーヴの者達はまた今日も旅立つ準備を始める。
 張ったテントの後片付けをしていた一匹のグライガーがいち早くその存在に気がついた。
「お、お前は…っ!何しに来やがった!」
「お前に用はない、レインを呼べ!エスランスの団長、リュードが来たと伝えろ!」
ルネーヴのキャンプ地の入り口に立っていたのはリュードであった。彼の眼光はいつもの穏やかなそれではなく、相手を威圧するような鋭いものだった。グライガーにそれを跳ね返すほどの圧はなかった。何も言い返せず素直にレインと呼ばれた者を呼びに行こうと振り返った―――その直後である
「そんな怖い顔しなくっても、私ならここにいるさ」
キャンプ地の奥の岩の陰から、艶の入った女性の声がリュードの耳に飛び込んできた。黒い身体に鋭い目と鉤爪、そして羽のような紅色の頭と耳の飾り、岩の陰から姿を現したのは鉤爪ポケモンのマニューラである。彼女こそが、対賊ルネーヴの団長レインだった。
「久しぶりだねぇリュード。わざわざ単身で私に会いに来るなんて、一体何の用だい?」
レインはリュードの方へ歩み乗りながら、さりげなく周囲にいたルネーヴの団員達に席を外すように手で指示を出した。その手首には細いブレスレッドのようなものに白い玉がはめ込まれた装飾品はつけられていた。これを持っているということは、紛れもなく彼女もリュードと同様対賊の一匹であることを意味していた。
「まぁ、とりあえずこんなところで立ち話もなんだからね……こっちへ来なよ。私のテントならまだ片づけられてないだろうさ」
レインは一息吐きながら瞳を閉じると、くるりと踵を返して歩き始めた。リュードにそれを断る理由もなく、口を閉ざしたままその後を追って歩き出した。
 レインの言う通りまだ片づけずに残っていたテントの中で、リュードとレインは向かい合って簡易的な椅子に座っていた。レインは横向きになって足を組み、腰かけに肘をついて頭を支える。
「それで、何の用なんだい?私に話があるんだろう?」
本気なのかふざけているのか、レインの表情はどこか小馬鹿にしたような笑みを浮かべていた。それに対してリュードの表情は真剣そのものである。
「なんとなく予想はついてるんじゃないのか?」
「……フフフッ、まぁねぇ。おおかた、最近起こっている盗賊の大量殺害事件のことだろう?」
「分かっているなら話は早い、ならこのことは知ってるか?」
リュードは少し身体を前に乗り出した。その瞳はまっすぐにレインを捉えたまま動かず、真剣な表情のままこう続ける。
「その犯人は盗賊から町を守ったとして、半ば強引にかなりの報酬を受け取っているそうだ」
その言葉を聞いてレインの顔からにやつきが消えた。彼女は足を組んだまま身体を前に向け、腕を組んで深く腰をかけた。
「………だから?まさかお前……私達がやったっていうのかい…?」
彼女の表情は一変した。どことなく相手を嘲るような表情だったが、今は相手を威嚇するような、威圧するような、露骨なまでに敵意が感じられる。そこからは怒気を通り越して殺気さえうかがえた。そうなることは予想の内ではあるが、同時にまずい状況でもある。リュードにとってこの場に仲間はおらず、レインの一言で全てが敵に変わってしまう。もともと彼女との仲が悪いということもあって、決して考えられないケースではなかった。
「疑いたくないが、そうじゃないと絶対に言い切れるわけじゃない。だからこうして話を聞きに来たんだ」
「ハッ、まさかいきなりそんな疑いをかけられるとはね!お前何様のつもりだい…?正義の味方にでもなったつもりか!?」
「そんなつもりなんてない!だが自分の胸に手を当てて考えてみろ!今まで疑いをかけられるようなことをしていたのはどこの誰だ!?ただでさえ盗賊に蹂躙されて疲弊しきった町や都市から大金を巻き上げて、復興の邪魔をして、何を考えてるんだお前達は!?疑いをかけられて然るべきなんじゃないのか!?」
リュードは椅子を倒すほどの勢いで立ち上がった。その音はテントの外にまで響き、周囲で待機しているルネーヴの団員達をざわめかせる。
「…そんなことを言いに、たった一匹でこの私に会いに来るとはいい度胸だ」
レインもまた冷たい表情を浮かべながら、ゆっくり立ち上がった。そよ風が流れるような音と共に彼女から冷気が漂い始め、ちらりと見えた鉤爪が鈍く輝く。やはり言い争いは避けられなかったと、リュードは頭を押さえてため息をついた。
 暫く睨み合っていた二匹だが、先に動きを見せたのはレインであった。
「お前が言いたいことはよぉくわかった。…だが、こっちにも言いたいことがあるのさリュード。本来ならばそれを言うために、わざわざお前達の近くまで来てやってたんだからねぇ」
「なんだって?」
彼女が言うには、昨日今日でエスランスの近くにルネーヴがいたのは偶然ではないらしい。言うべきことがあると、わざわざエゾルメシアの町まで先回りをしていたというのだ。彼女は強く椅子を踵で蹴飛ばすと、荒々しくリュードの方へ近寄った。
「お前は私達ルネーヴが疑われていると言ったね……?よくもまぁ、堂々とそんなことが言えたもんだねぇ!」
喋り出しは静かだったが、どんどん声が大きく荒く変化していった。その上、彼女の言っていることはリュードにも訳が分からなかった。
「……っ!?何のことだ!?」
鳩が豆鉄砲を食らったような顔を見せたリュードに対し、レインは更に苛立ちを募らせた。それを発散させるように右腕を外側へなぎ払うように動かしながら、更に口調を強めて彼女はこう返した。
「とぼけるのもいい加減にしな!そんな疑いが私達にいくよう、あちこちに私達のことを言いふらしてるのはお前達だろう!?散々意見が食い違ってきた私達への嫌がらせのつもりか!?ふざけるんじゃないよ!!」
「それはこっちの台詞だ!訳の分からない疑いをかけるんじゃない!!」
「それこそこっちの台詞さ!!訳の分からない疑いをふっかけただけじゃなく、こんな汚い真似までして、恥ずかしくないのか!?」
リュードにとって、レインの言っていることは意味不明であった。彼女らルネーヴを陥れるために変なことを言いふらしているなどと、全く身に覚えがなかった。だがそれはレインとて同じことである。今回のことの発端である事件と自分達の関連性など全く身に覚えがない。お互いがお互いにあらぬ疑いをかけ合い、とんでもない口論となっていた。もともとお互いに相容れない思想を持っていた二匹だということもあって、特に苛立ちが顕著になっていた。
 二匹とも言葉を出しつくし、口論は結論が出ないまま一時の間を迎える。リュードとレインはお互いに息を荒げ、睨み合っていた。
「……やはり、僕達は相容れない運命みたいだな…。もうこれ以上言い争うだけ時間の無駄のようだ、僕はもう帰らせてもらうよ」
そう言い残して、リュードはテントの出口をくぐった。そのまま帰ろうとしたリュードだったが、テントから出た瞬間に目にしたのは―――ルネーヴの団員達が、薄ら笑みを浮かべながら帰路を塞いでいる光景であった。
「一体何の真似だ、レイン!?」
そう叫びながら振り向いた瞬間、リュードは目を見張ってその場から横に跳んだ。その直後、さっきまでリュードの立っていた場所に黒い閃光が走る。それが閃光ではなくレイン自身だと分かると、リュードは反射的に両腕を広げて爪を立て、体勢を低くして構えた。
「せっかくだ、これまでのイザコザを全てここで清算しようじゃないか…なぁリュード?」
「どういう意味だ!?」
「私達にとって、お前達エスランスのような偽善にまみれた対賊は邪魔なんだよ!私達の評判が悪くなるばかりじゃなく、お前達が町を救う分私達の報酬の取り分が減るんだからねぇ!」
「何を言っている!?対賊同士で争うなど愚の骨頂だ!お前は…お前達は、自分の私利私欲のためだけに盗賊の脅威を大きくするというのか!」
「私とお前の意見が一致しないのは昔からだろう?何を言っても無駄さ!さっきお前も言ったように、私達は相容れない運命なんだよ!」
もはや何を言っても無駄であった。リュードとレインが―――否、エスランスとルネーヴこれほどまで大きな争いに発展したのは初めてである。戦いは避けられないとリュードは悟った。しかし、いかんせん相手の数が多すぎる。袋のねずみとはまさにこのことだろう。圧倒的有利な状況なレインは、にやりと笑いながら鉤爪を光らせた。
「安心しな、殺しはしないよ。……ただ、二度と対賊なんてできない身体になることは覚悟しな!」

ローグはルネーヴの連中に見つからないよう、高く隆起した場所から事の一部始終を見ていた。リュードがルネーヴに囲まれ、絶対絶命の窮地に立っていると分かるや否やすぐに全身を純白の光が包み込む。次の瞬間にはローグの姿は消え、更に次の瞬間には“テレポート”による瞬間移動を使ってライナの目の前に現れた。
「ギャッ!?い、いきなり出てこないでよ、ビックリするじゃない!」
ライナは全身の毛を逆立てながら跳びあがった。急上昇した心臓の鼓動を抑えるように胸を抑えながら、もう片方の腕で額の冷や汗をぬぐった。
「おっと、すまない。…いや、今はそれどころじゃない!リュードが危ないんだ!」
「団長が!?まさか……っ!」
ローグは無言でうなずくと、すぐに団員達を集めた。実は、エスランスの団員達はは皆リュードの身を案じて、ルネーヴのキャンプ地点のすぐ近くに隠れていたのである。
「話はどうなったのかは知らないが、リュード団長はルネーヴらに襲われている。皆、助けに行くぞ!」
ローグのこの言葉に呼応して、団員達は一斉に雄叫びをあげた。そして彼らは一斉にルネーヴの元へと駆けていく。普段は怪我した者の世話や食事の管理を担当しているライナには戦闘に長けてはおらず、その場に残ることとなった。
「ローグ…リュード団長……みんな………お願い、無事に帰ってきて……」
ライナはその場で皆の無事を祈ることしかできなかった。己の無力さを噛みしめ、ただただ両手を握って顔を俯かせる。
この時彼女もまた、かつてリュードが感じたように胸のざわめきを感じていた。それが何なのか、どうしてざわめくのかは分からない。ただ強烈に嫌な予感がして、ライナはもう一度こう言わずにはいられなかった。
「……無事に…帰ってきて………」

 火の粉が舞い、暴風が吹く。四方八方から気を練り込まれた弾が弾丸のように飛び交い、爪牙がかち合い火花を散らす。そんな修羅場のど真ん中で、リュードはまだ奮闘していた。その場所は岩壁に囲まれていて、一度にリュードに攻撃できる数は限られている。そのことが幸いし、リュードはほとんど傷を負わずに攻撃をかわし続けていた。しかし体力だけは確実に削られていき、このままではかわすことすらできなくなるのは必至である。岩壁に囲まれているということは、この修羅場から逃げ出す場所を失っているということでもあった。それをとうに把握しているレインは、部下達の攻撃がかわされ続けても余裕の表情を崩さなかった。
「アッハハハッ!いつまで逃げられるかねぇ!」
自分は高みの見物として腕を組んで笑っていたレインだったが、その笑みは一瞬にして消えた。それは徐々に近づいてくる地響きと、多くの怒声が聞こえてきたからである。それを感じたのはレインだけでなく、彼女の部下やリュードも同様である。そのせいで皆の動きが止まり、一時的に戦いが中断された。
「レイン団長!エスランスです!エスランスの連中が突っ込んできます!!」
「何!?」
彼女が驚くのも当然である。リュードが話に来てから今まで、一度も彼が何らかの合図をした様子が見当たらなかったのだ。完全に予想の外で会ったが故に動揺を見せたが、それも一瞬のことであった。
「チィッ、仕方ないね…全員で迎え撃ちな!」
レインが腕を怒声のする方へ突きだすと共に命ずると、彼女を覗いたルネーヴの団員全員が一斉にリュードへの攻撃を止めた。そして全員がレインの指し示した方向へ向きを変えると、エスランスと同様正面から突撃していった。
 その場は急激に静まり返った。聞こえるのは少し離れた場所で自分達の部下達がぶつかり合う怒声と、風の音と僅かに生える枯れ草の擦れる音のみであった。それらは二匹の意識の中に入るにはあまりに小さく、彼らの意識の中に映っているのはお互いの姿のみ。
「最初からこうなることを想定してたのかい?」
レインがこう言っているのは、リュードの合図なしにエスランスの連中が突っ込んできたことである。それに対してリュードは首を横に振った。
「僕は合図した覚えはない。…それどころか、合図なんて決めてなかった。ここまで来たのは独断だろうね。僕を助けるために来てくれたんだ。……だけど、そのせいでもうこの戦いを止めることは難しくなってしまったな…」
「今更この戦いを止めるつもりなんてないさ。言っただろう?今までのイザコザを全て…ここで清算するってねぇ!!」
リュードの目の前で、レインがまた黒い閃光のように変化した。それはあくまで比喩的な表現ではあるが、決して大げさではない。踏み込みから近寄ってくるまでが早すぎて、本当にそうなっているように目に映るのである。これに対してリュードは横に跳んで難なくかわした。
「流石にこの程度じゃあ効かないね。…なら、これならどうだい!?」
レインがこう言った瞬間、リュードは不自然な冷気を感じた。それは彼女から垂れ流されているものであると分かった時には、すでに彼女の姿は目の前にあった。
「くっ!」
なんとか反応することで横に跳んでかわすことができたが、僅かにレインの爪先が頬を掠っていた。掠った頬には深紅の血のラインができており、少し遅れて血の雫が頬を伝った。―――しかし、レインの狙いはそれではなかった。先程発していた冷気が、彼女が動いたことにより拡散されてリュードを襲っていた。彼女の得意とする“辻斬り”に、冷気を相手にぶつける“凍える風”を組み合わせたものであった。その冷たい風はリュードの全身を包み込み、身体の節々をの動きを僅かながら硬直させていく。本当にわずかではあるが、真剣勝負においてこの僅かは非常に大きな意味があった。
「その状態でこれがかわせるかね!?」
そう叫ぶと、レインの両腕に冷気が集束していった。それは空気中の水分を凍らせ、大小疎らな氷の塊を作っていく。そして彼女が腕を突き出すと同時に、その“氷のつぶて”は一斉にリュードに襲いかかった。更にそれを追うように彼女自身も爪を立てて走り出す。そして相手の肩めがけて爪を突きだした―――が、それは予想外の衝撃と共に失敗に終わる。なんとリュードは“氷のつぶて”には一切当たっていなかった。そして彼の足元が不自然に削れているのを見て、レインは確信する。彼女が撃ち出したつぶては、全てリュードがとっさに蹴りあげた砂や砂利が防壁となって防がれていたのだ。彼女が感じた衝撃も、リュードが彼女の爪を自分の爪で受け止めた時のものである。
「やっぱりお前は一筋縄じゃいかないね…」
「レイン、もう止めろ!こんなことをしても何の解決にもならない!今まで散々言い争ってきたけれど、戦い合うことだけはしてはいけないんだ!」
レインがいくら押し切ろうとしても、リュードがそれを抑え込んで拮抗する。互いに一歩も引けないまま、唯一動かせるのは口だけだった。
「散々言い争ってきて、それで何かが解決したことがあったかい!?結局はこうすることでしか白黒つけられないんだよ私達は!」
「僕は戦うことなんて望んでいない!そんな自分勝手に、そんな結論を出すんじゃない!!」
リュードはいつにも増して強い口調でこう言った。理念が違うとはいえ、対賊同士が傷つけ合うことなどあってはならない。お互いにつぶし合えば喜ぶのは盗賊であり、彼はそれが許せなかった。彼にもっとお互いに協力すべきだと、もっとお互いに信頼すべきだと、そういう気持ちがあるからこそレインの出したこの結論は許せなかった。
リュードのこの言葉がきっかけにレインの様子が一変した。
「……自分勝手だって…?ふざけるな!!」
レインの腕に更に力が入った。それにより徐々に彼女が押していき、ついにリュードを弾き飛ばした。地面に転がったリュードに追撃を加えるかと思いきや、そうはせずに彼女は妙に息を荒げながら倒れているリュードに向かって大声をあげた。
「あぁそうさ!私は自分勝手で自分のことしか考えていない、そんなことは分かってるんだよ!まだたった五歳だったときに盗賊に親を殺された私が、たった一匹でこんな世の中を生きていくには自分勝手になるしかなかったのさ!誰も助けてくれはしない、自分の身は自分で守るしかなかった…!他者のことなんて考えてる暇なんてない、自分のことを最優先にしないと生きられない…そうしてここまで生きてきたんだよ、私はね!」
レインの表情は怒りと悲しみに満ちていた。そんな彼女は、世の中を生きていくには自分のことを何よりも最優先させなければならないと訴えていた。そんな彼女の悲痛な言葉を聞いて、リュードは立ち上がった。足元が一瞬ふらつくも立て直し、その瞳をまっすぐレインの瞳に向ける。
「確かに…君の言う通りかもしれない。世の中は理不尽だらけで、汚くて、生きていくのも楽じゃない。自分勝手にならなきゃ生きていけないというのも分かる。……だけど、だけどね」
リュードは力強く一歩前に踏み出して、さらに続けた。
「誰かを想いやり、誰かを助けるということは、どんな状況でも決して忘れてはいけないことなんだ!それをお互いにし合うことが協力するということに繋がり、協力するということは信頼し合うことに繋がる!これは君の言う、世の中を生きていくためにもとても大切なことなんだよ!
それなのに君はそれをしなかった…!常に誰かを蹴落とし、恨み恨まれることで世の中を生きてきた…!そんな心が、罪や盗賊を生みだすんだ!!」
「うるさい!!そんな綺麗事ばかり並べたって何も解決しないんだよ!他の誰もかれもが自分勝手だった、だから私も自分勝手になって生きてきた!それの何が悪い!お前に…お前なんかに、私の何がわかるっていうんだ!!」
リュードが言うことが受け入れられず、レインの怒りは更に増していった。それに呼応するように漂う冷気も冷たさを増し、急激に気温を下げていく。それはもはや、吐く息が白く目視できるまでになっていた。レインはその苛立ちを抑えきれず、漏れだしたそれは叫びとなって彼女の口から吐き出された。それと同時に、彼女の鉤爪が勢いよくリュードに向かって振り下ろされた。

 我を忘れて爪を振り下ろし、叫び、少しは頭が晴れただろうか。レインは振り下ろしてから少し間をおいて我に返り、その振り下ろされた爪の先を見ると―――
「くっ……うぅ…っ!」
鉤爪の先が、リュードの左肩に深々と突き刺さっていた。それを見たレインは驚きを隠せなかった。我を忘れて無我夢中に繰り出したあの攻撃が、高速の“辻斬り”を避けるどころか受け止められるほどの力を持つリュードに避けられないはずがない。ということは、避けもせず受け止めもせず、わざとくらったとしか考えられなかった。
「………分かるさ…だって」
リュードは自分に突き刺さっているレインの手にそっと自分の手を添え、激痛に歪む表情の中に無理矢理笑顔を作ってみせた。そして荒くなった息遣いにかき消されないように強く、それでも優しくこう言った。
「僕も小さい頃……両親を殺されてるんだから…」
「え……っ?」
この言葉で、レインは更に目を丸くした。
「……っ!ぐぁ…っ!」
リュードは自らレインの爪を抜いた。それに伴う更なる激痛にまた顔を歪めるも、すぐに辛そうな笑顔に戻っていく。傷口からは真っ赤な血が肩から垂れ、すぐに自分の手で傷口を押さえるが血は止まらなかった。地面に赤い染みをいくつも作っていく彼の様子を、レインは心配そうな目で―――今までで初めてリュードを心配そうな目で見ていた。リュードがレインの瞳をじっと見つめると、レインは歯を食い縛って、動揺しながらも彼に爪を突きつけた。
「僕も両親を失った悲しみや苦しみ、親の命を奪った盗賊への恨みや憎しみはある。…だけどそれに支配されないでいられたのは、僕を助けてくれた対賊エスランスがいたからだ!エスランスの協力し合い、信頼し合う心に魅せられたからだ!」
目の前に凶器を突きつけられても、リュードは動じなかった。自分の生き方、エスランスに対する純粋な感謝の気持ち――それらはレインの心を大きく揺さぶる。
「今更そんなこと言われてももう遅いんだよ…!私はずっと自分のことだけを考えて生きてきた…!今更…今更それを変えられるわけないじゃないか!」
彼女の言葉に呼応して、また彼女の身体から冷気が渦巻き始めた。それは氷のタイプを持たないリュードにとって過酷なほどまでに温度を下げていく。だが、それでもリュードは引かない。
「変えられるさ…!だって君は、さっき僕のことを心配してくれていたじゃないか…」
レインはハッと息を飲んだ。ついほんの少し前、自分の爪がリュードの左肩に刺さった時の状況が徐々に脳裏に蘇っていく。あの時彼女の表情は明らかに今と違っていた。いつも自分のことしか考えていなかった彼女が、確かに相手のことを心配していた。―――それは今まで忘れていた、相手を想う気持ちがあるということに他ならない。
「君にもまだ相手を想う気持ちが残ってる…。君はそれに気がついてなかっただけ…自分で自分に見つからないように、心の奥底に隠していただけなんだ。…その気持ちが残っている限りいつだって変われるさ」
凶悪なまでの冷気が、左肩からの激痛と出血がリュードの身体を蝕んでいく。それでも彼は笑顔を止めなかった。それどころか突きつけられたレインの腕をそっと掴んで退け、足を引き摺るように動かして更にレインの近くにまで近寄る。レインはまるで縛り付けられたように動けず、ただただどうすればいいか分からずに動じるだけ。それにも構わず、二匹の距離は目と鼻の先にまで迫っていた。そして―――
「遅すぎることなんてないんだよ……レイン」
リュードは右腕でレインを抱き寄せた。彼女が今まで歩んできた道にひとの温もりがなかったというのなら、それを今ここで感じさせてあげたいと言うリュードの想いが行動に移っていた。
 抱き寄せられてなお、レインの身体は固まっていた。自分の感情の起伏に呼応して冷気が自分の身体から出ているというのに、それにも構わず抱きついてきたリュードの行動が理解できずにいた。今までの自分の生き方を否定され、まだ変わることができると諭され、挙句の果てにこの行動である。この短期間で理解できないことが大量に放り込まれ、混乱していた。
だが唯一分かることは、リュードの身体から伝わるこの暖かさが温もりだということである。これが身体という殻を抜け、心にまで沁み渡っていた。本当な自分も、ずっと誰かの温もりを感じていたかったのだ。かつて自分が親から受けていたような愛情に飢えていたのだろう。自分が親を亡くした時、もしこの温もりを感じていれば今とは違う自分になっていたかもしれない。我儘で自分勝手ではなく、リュードのように他者を思いやり、信頼できるようになっていたかもしれない。
―――遅すぎることなんてない。
彼の言った言葉は本当なのだろうか。自分はまだ変われるのだろうか。何の根拠もないが、不思議といつものように疑わしく思えてこない。信じてみたい、こんな自分を変えたい、そう強く思った――その瞬間、彼女を包んでいた凍りつくような冷気は消えていた。心だけではなく、リュードの温もりや日の光を浴びて身体まで温まっていく。
「……おい、いつまでこうしているつもりだい?いい加減離れな!」
そう叱咤した声は、今までのような殺気は一切含んでいなかった。それを感じとったリュードはようやく離れ、レインと目を合わせると、彼女の瞳は今までとは違った輝きを放っていた。
「全く……お前が理解できないのは昔からだけど、まさかここまでとはねぇ…」
レインは腕を組みながら、リュードを睨みつけた。しかしその頬は若干赤く染まっており、長時間目を合わせられずにスッと目を反らした。しかしそれはリュードも同じことであった。
「いや、あの……もうこうするしかないと思って……」
先程までの行動は、完全に勢いに任せた行動であった。その後のことを考えていなかったのは、このリュードの恥ずかしがりようから明白である。そんな彼の様子を見て、レインは笑い出した。
「アッハハハハッ!なんだか戦ってるのが馬鹿らしくなってきたねぇ」
「あぁ、同感だ」
二匹はさっきまで死に物狂いで戦っていたとは思えないほど明るく仲良く笑い合った。
「誰かと協力し合い、信頼し合う…それが生きていくために必要だっていうんなら、それを信じてみるのもいいかもね。こんな私が変われるかどうかはわからないけど、まぁ精々努力してみるとするさ」
レインの表情は晴れ晴れとしていた。それを見たリュードも、肩の傷のことを忘れて笑顔を見せる。最早二匹の間にいがみ合う心はなかった。今まで一度も分かり合えなかったエスランスとルネーヴが、お互いに理解し合えた瞬間である。
「向こうではまだ団員達が戦っているかもしれない、一緒に止めに行こうか」
リュードとレインは頷き合った。そして一切の争いを止め、自分の部下達を止めるために急いで駆けて行った。

*

「これは…一体……!?」
エスランスとルネーヴの団員達が争っていた場所まで来たそれぞれの団長だったが、そこで目にしたものは信じられない光景であった。その場にいる全ての者達が傷だらけで倒れているのである。数十匹分に及ぶ呻き声が響き、まるで戦争の跡のようであった。いくらなんでもたかが二つの対賊の小競り合いに、ここまで壮絶に戦い合ったとは思えなかった。
「何が起こったんだ…?どうしてこんな……っ!」
リュードは何かに気がついた。それは倒れている者の気配にまざったハッキリとしたとした別の気配、背筋が凍るような禍々しい気配である。それはこの地獄のような大地の真ん中から、四足歩行獣の形で感じられた。そこに目を向けたリュードは、思わず自分の目を疑った。
「……ロー……グ………?」
そこに立っていたのは、紛れもなくローグである。リュードはこの時はまだ知らないが、彼がルネーヴに襲われているということを伝え、助けに行くのを先導したのはローグだった。そんなローグが今地獄のど真ん中に立っている。それもただ立っているだけではなく、全身に返り血を浴びて赤く染まっていた。その姿はまるで盗賊と同じ、悪魔のように恐ろしかった。
「…リュードとレインか…。何故お前達は戦っていない?何故一緒にいるんだ」
「何を言っているんだローグ!?これはお前の仕業なのか!?」
リュードは凄い剣幕で怒鳴った。対賊同士で争うことを嫌う彼にとって、もしそれが事実であれば許しがたいことであった。
 しかしローグは動じるどころか、むしろ堂々としながらリュードとレインの顔を交互に見分けていた。そして突然彼の額が水色に光ったかと思うと、その光は一旦額の前で収束し、それが光線となってレインに向かって放たれた。
「…っ!?」
レインは組んでいた腕を解き、ほぼ反射的に上空へ跳んで避けた。しかしローグはそれを想定していたように、間を置かずしてもう一度同じ光線を放つ。空中で身動きの取れなかったレインにそれを避ける術がなく、光線と彼女の身体が触れた瞬間に爆発を起こした。
「レイン!!」
爆風の中から、レインが血を吐き出しながら落下した。そしてそのまま落下の衝撃も合わさって倒れ込み、そのまま気を失ってしまった。
「…これで邪魔者は消えた。次はお前だ、リュード!」
「何故だ!?何故こんなことをする!?答えろ、ローグ!!」
ローグは一切表情を変えないままリュードに向かって歩を進めた。そしてある程度にまで近づくと、その目つきが更に鋭く変わった。
「盗賊も対賊も、全てが憎いからだ…!特に俺の親を殺した盗賊、そしてリュード…貴様がな!」
その言葉はリュードの全身に衝撃を走らせた。親を亡くしたローグを拾ってから実の息子のように育ててきた、その彼にこれほどまで憎々しく、痛々しい殺気をぶつけられる日がくるとは思っていなかったのである。流石のリュードも動揺を隠せていなかった。しかしそんな彼のことなど関係なしに、ローグは更に怒りに震えた声でこう続ける。
「貴様は俺の親の仇を逃した…!俺に仇を討たせてはくれなかった!それがどれだけ悔しいことか、どれだけやりきれない気持ちになるか貴様に分かるか!?奴は俺の両親の命を奪った…それなのに、俺が奴を殺そうとすることの何がおかしい!?」
リュードは何も言い返せなかった。両親の仇が殺したいほど憎いということは、同じく両親を盗賊に殺されている彼には痛いほど理解できるからだ。もし今目の前にその仇が出てきたとしても、絶対に殺しにかからないとは言えなかった。
「あの時に沸き起こったやりようのない俺の怒りはどうすればいい!?向ける相手のいなくなった刃をどう納めればいい!?それでどれだけ俺が苦しんだか、貴様に分かるかぁ!」
ローグの渾身の叫びに合わせて、彼の全身の毛が逆立った。するとそこから抜けた数本の毛が浮かび上がり、それを目視できるほど濃い気が覆って星型の気の塊となった。その“スピードスター”はそのまま流星群のように放たれ、リュードに襲いかかった。点ではなく面を攻撃するようなその猛烈な攻撃に対し、すでに負っていた左肩の傷の痛みが邪魔をして動きが鈍ったリュードは避け切ることがなかった。リュードの身体にいくつもの星の塊が激突し、その衝撃で吹き飛ばされてしまう。しかし、それでもローグの怒りは収まらない。
「あの時から、ずっと貴様のことが憎かった!そして、貴様と同じく盗賊を殺そうとしない対賊共が憎かった!…あの日もう少し早く助けに来てくれれば父さんも母さんも助かっていたと思うと、憎くて憎くて仕方なかった!」
ローグの対賊に対する憎しみは、最早理不尽とも言えるものとなっていた。それでもリュードは返す言葉が見つからない。ローグの故郷が盗賊に襲われた時、もう少し早く自分達が駆けつけていれば彼の両親を救えたかもしれないというのは、否定できない可能性だからである。
「だから俺は、今日という日が来るのをずっと待っていた…。少しずつ、少しずつ進めていった策略がようやく実を結んだこの日をな!」
倒れ込んで地面に伏せっていたリュードの耳がピクッと動いた。全身を震わせて、ゆっくりと立ち上がりながら彼は問う。
「策略…?どういうことだ?……まさかお前…っ!」
その問いに対し、ローグが放った言葉は―――
「その通り…、最近騒がれていた盗賊殺害事件の犯人はこの俺だ!」
とても信じられないような言葉だった。だが嘘を言っているようには思えないほど、ローグの表情は真剣だった。
「何故だ…!何故そんなことをした!?」
「盗賊共を根絶やしにするためだ!貴様らが盗賊を殺さず、追い払うだけにとどまるというのなら、俺が代わりに息の根を止めてやっていたのさ!貴様らが静まり返る夜中に“テレポート”で今までに見てきた町をめぐり、しらみ潰しにな!!」
リュードは絶句していた。目の前にいるのは最早自分の知っているローグではなくなっていたのである。盗賊とはいえひとの命を奪い、残虐な心に支配された悪魔へと変貌していた。
 だが、まだローグの話は終わっていなかった。ローグがわざわざ夜な夜な町から町へと瞬間移動をしていた真意は別にあった。
「盗賊が死のうが死ぬまいが、町の住民にとっては関係ない。町を救ったという事実さえあれば報酬を受け取ることができる。その際に大量の報酬を請求していけば、貴様達は必ずルネーヴに疑いの目を向ける。更にこの事件で疑わしいのはルネーヴだと言いふらしていけば、ルネーヴは貴様らエスランスへ疑いの目を向ける。すでに一触即発だった貴様らのことだ、お互いに疑い合い、いがみ合えば必ず争いに発展すると思っていた」
ローグはここまで計算していたのだ。リュードの命も無しにエスランスの団員をルネーヴのキャンプ地の近くまで連れてきたのは、すぐにでもルネーヴとエスランスが潰し合えるようにするためである。ルネーヴとエスランスという、同じ規模を持つ二つの対賊がぶつかり合えばどちらもタダでは済まない。戦いに疲弊しきったところにローグが追い打ちをかければなおさらである。そう、今までの事件から今日起こったことまでの全てが、ローグによって仕組まれたことだったのだ。
 しかし、一つだけローグにとって予想外なことがあった。それは既にリュードとレインが和解していたことである。この二匹にただ正面から戦いを挑んでも、勝てないということはローグにも分かっていた。何故ならリュードはローグに戦いを教えた師であり、レインはその師と同等の実力を持っていたからである。だからこそ一番潰し合って消耗し合ってくれることを望んでいたのだが、それだけはどうにもうまくいっていなかった。だがレインは不意打ちで倒すことに成功し、リュードも肩の出血と“スピードスター”によるダメージによって、もはや満身創痍であった。
「今日をもって二つの対賊、エスランスとルネーヴは壊滅する!安心するがいい、貴様らの仕事は俺が引き継ぐさ…。盗賊がこの世からいなくなるまで、皆殺しにしてやるさ!!」
ローグが高らかにそう叫んだその直後―――リュードはすぐそばの岩を思い切り殴った。それに伴う耳の奥まで響くような鈍い音は、ローグの身体を硬直させた。
「……ふざけるな…っ!お前はそんなくだらないことに、一体どれだけの命を犠牲にしたんだ…!盗賊だけじゃなく、そこの住民まで巻き込むような残虐な戦い方で……、その上次々に建物まで破壊して…!」
今まで伏せ気味だったリュードの顔が上がる。その目つきは見たものを震えさせるような威圧感に溢れていて、ローグどころか世界中の誰もがリュードのこんな目つきを見たことがなかった。その迫力は、ローグを思わず後ずさりさせるほどであった。
「お前のやっていることは策略でもなんでもない、ただの殺戮だ!!それこそ、お前がそれほど憎んでいる盗賊と同じようにな!!」
「何…っ!?」
「誰かを殺すということは新たな憎しみを生み、憎しみは新たな殺戮を生む、それが何故分からない!?その流れをどこかで断ち切らなければ、永遠に負の連鎖が生まれるだけだということが何故分からない!?お前がやってきたことは、盗賊と何も変わらないんだよ!!」
盗賊はともかく、今回の一連の事件に巻き込まれて死んでしまった罪のない住民達の親族や友人は、今のローグと同じようにきっと彼を怨むだろう。その怨みや憎しみが、いつかきっとローグ自身に返ってくるかもしれない。その連鎖は誰も得するものでもないし、誰の笑顔も生まない。リュードはそんな悲しい連鎖を止めるために、あえて盗賊を殺そうとしないのだ。―――いやリュードだけではない、レインもその他の対賊も、皆がそのことを理解しているからこそ誰も盗賊を殺そうとしている者はいないのである。
「盗賊を殺して、それで何か変わったか…?お前の両親が帰ってきたか?もし今お前が俺を殺したとして、その先に何がある…?お前は自分の両親だけじゃなく、自分の手で全てを失おうとしているんだ!」
「……お、俺は…」
「目を覚ませローグ!お前は悪い夢を見ているだけだ!あの時から僕や対賊のことまで憎むようになってしまったのかもしれないが、それまでは一緒に信頼し合って生きていけたじゃないか…!お前はまだ怒りや憎しみをコントロールする術を知らなかっただけで、充分にそれを補える時間と仲間が残っている。まだやり直せるんだよ、ローグ…!」
ローグはその場に座り込んだ。自分の起こした周囲の地獄のような惨状をもう一度見回して、強烈な脱力感に襲われていた。
そして彼は思い出す。自分の記憶の中に埋もれていた、自分の故郷が破壊され、エスランスに拾われたその日の夜の記憶を。幼いころに見た確かな記憶―――それは、彼の故郷を救えなかったという悔しさと申し訳なさから、エスランスの団員全員はその夜に大粒の涙をこぼしていたという記憶だった。どうしてこんなことを忘れていたのだろう、どうして思い出せなかったのだろう、あの時自分と同じように悔しがり、泣いてくれてエスランスの皆を、何故自分はこんなに恨んでいたのだろう。ローグの心の中に深い後悔が生まれ、宝石のような瞳から一筋の光る雫がこぼれ落ちた。
そんな彼に歩み寄って、リュードは彼の肩にそっと手を乗せる。しかし、リュードの体力も最早限界であった。
「うっ…!流石にもう立つのも辛いよ……。でも倒れる前にライナを呼ばないとな……」
倒れている者も含めて、怪我人は数十匹に及んでいた。流石にこれだけの数を運ぶのは難しく、唯一戦闘に参加していない――倒れている者の中に姿が見当たらない――ライナを呼んでこの場で治療をしてもらおうと、リュードが立ち上がった―――その時である
「……っ?」
座り込んでいたローグの全身が水色に輝くと共に、大きな影がリュードの身体を通り過ぎて行った。上を見上げると、ローグの全身ほどの大きさのある岩がローグを包む光と同じものに包まれて、上空に高く浮かび上がってローグに影を落としていた。
「ローグ、一体何を…っ!?」
目を丸くするリュードにはお構いなしに、ローグは大岩の影に包まれながらかすかに笑っていた。
「リュード…、俺はもうだめだ。俺は自分勝手に多くの命を奪いすぎた……、その罪は決して消えるものじゃない。だから、それをこれから償いながら生きていくしかない……それはわかってる。……だけど」
上空の大岩はローグの超能力によって割られていき、徐々に形を変えていく。それはまるで罪人を裁くための剣のようであった。
「……止めろ…っ!おい、止めろっ!!」
リュードがいくら怒鳴ろうが、ローグとその剣を包む光は消えなかった。その剣はローグの背に垂直になる様に斜めに角度をつけられ、空中でピタリと静止した。
「未だに対賊や盗賊を憎む気持ちが消えないんだ…。これではまたいつ、今回のような殺戮を犯すか分からない。自分を制御できる自身がないんだ、……だから…」
「何を言ってるんだ…!言っただろう!?お前はまだ自分の感情を上手くコントロールできないだけなんだよ!それはこれから学んでいけばいいことじゃないか!もしたとえまたお前が何度暴走しようが、また僕が止めてやる!……だから止めろ、そんな馬鹿なことは止めるんだっ!!」
すぐにローグのもとまで駆け寄りたかったが、リュードの負っているダメージは大きく、身体が思うように動かない。それでもフラフラと死に物狂いで近寄ろうとする彼を見て、ローグは
更に笑顔になった。それは何よりも悲しく、切ない笑顔―――
岩で作られたその剣が、その刃の角度に沿って勢いよく落とされた。そしてまるで神が落とした“裁きの剣”とでも言うように、そのままローグの胸に背中から突き刺さった。
「ローグ……っ!何で……どうしてだよ……ローグっ!!」
ようやくたどり着いた時には、すでにローグの胸は貫かれていた。しかしそんなことは構わずに、力の限り彼に抱きつくリュード。その時、天へと旅立とうとしていたローグは、最後に消え入りそうな声でこう囁いた。

―――今までありがとう、リュード。………さようなら…………

その言葉は、リュードの耳に確かに届いていた。そしてローグはリュードの腕の中で悲しい笑顔のまま目を閉じ、そのまま二度と目を覚ますことはなかった。
僅かなきっかけがこんな悲劇を生むことなど、誰が予想しただろうか。無傷な者など誰もいない中、唯一倒れなかった男の泣き叫ぶ声がこだまし、それは無情な自然の静けさの中に吸い込まれて消えていった―――


―――エピローグ―――

 いたずらな風が、ざわざわと不安を煽るような音をたてていた。その音の楽器となっている木々の茂る場所の中にいくつものテントが張られ、火がたかれていた。その中で他のものよりも一回り大きなテントの中に、ランタンによって映し出された影が二つ動いていた。更に中には、毛布にくるまれたまだ幼いイーブイの少年が気を失っていた。
「……助け出せたのはこの子だけかい?」
その内の一匹のマニューラ――レインは腕を組んで少年を見下ろす。その表情は険しく、盗賊に襲われた街が壊滅し、そこからたった一匹の子供しか救いだせなかったことを悔やんでいるようだった。
「あぁ…街の隅から隅まで探したが、生き残っているのはこの子だけだった。他の住民はもう……」
もう一匹のサンドパン―――リュードの瞳から、一粒の涙がこぼれ落ちた。まだ目を覚まさない小さなイーブイの子を見て更に一粒、二粒と光をこぼしていく。自分達がもう少し早く来ていれば、もっと多くの命を救えたかもしれない、そう思えば思うほど悔やまれた。
そんな様子を見ていたレインは、リュードの涙を爪ですくい取る様に拭った。
「やれることはやったんだ、お前のせいじゃないさ。例え一つでも、命を救えただけでもよしとするんだね」
今度は自分で涙を拭き、リュードは頷いた。そして二匹はもう一度イーブイの少年の方に目を向ける。リュードはその少年のそばで膝を突き、毛布ごと抱き上げた。それを後ろから覗きこんだレインはこう言った。
「…これからその子をどうするつもりだい?」
リュードはその少年を抱いたまま立ち上がった。そしてその問いに対し、涙を流しながらこう答えた。
「この子は僕が育てるよ…!立派でまっすぐな子に……今度こそ、必ず……っ!」
同じ過ちは二度と繰り返さない。そう心に誓ったリュードは、涙を拭わないまま強く強く少年を抱きしめた。

-fin-
 -fin-


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あとがき

いかがでしたでしょうか?この作品は友人の誕生日に合わせて書いたもので、その誕生日に間に合わせられるよう慌てて書いたものですから、もしかしたら誤字脱字やよくわからない文章や展開などがあるかもしれません。ごめんなさい。一から物語を考えることはとても楽しいことでしたが、予想以上に話が長くなりすぎてしまいました。それでもお楽しみいただけたのなら嬉しい限りです。ここまで読んでくださってありがとうございました。

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感想などありましたら、遠慮なくどうぞ

#pcomment(コメント/罪裁きの剣)

IP:1.33.246.42 TIME:"2012-04-03 (火) 22:27:19" REFERER:"http://pokestory.rejec.net/main/index.php?cmd=edit&page=%E7%BD%AA%E8%A3%81%E3%81%8D%E3%81%AE%E5%89%A3%E3%80%80" USER_AGENT:"Mozilla/4.0 (compatible; MSIE 8.0; Windows NT 6.0; Trident/4.0; GTB6; EasyBits GO v1.0; SLCC1; .NET CLR 2.0.50727; Media Center PC 5.0; MEGAUPLOAD 1.0; .NET CLR 3.5.30729; .NET CLR 3.0.30729; YTB730; .NET4.0C)"

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