**&color(red,black){紅き夜の黒き闇の中で 死}; [#z7833294] &color(red){※この作品には前章以上に過激な表現(流血、グロテスク等)が多々含まれます。少しでも苦手だという意識を持たれる方にはあまりお勧め出来る内容にはなっておりません。万が一体調を崩されるような事があったとしても、一切の責任は取れません故、閲覧の際はよく考えてからご覧下さい。};退出の際は下からお帰り下さい。 [[平和な土地>トップページ]] [[まとめ>紅き夜の黒き闇の中で]] 前作:[[紅き夜の黒き闇の中で 惨]] 作者:[[トランス]] ★前回登場ポケモン☆ ※他のキャラクターにつきましてはお手数ですがまとめにある紹介ページをご参照下さい。 ・セイン(チラチーノ♀)=裏組織の集団『暗黒の翳』の&ruby(pown core){歩兵核};。持ち場を通りかかったレナ、シクルと対峙。現在はレナを追い詰めている。 ・ラグス(サザンドラ♂)=『暗黒の翳』の&ruby(rook){城塞};。誘き出されたシクルと交戦。激戦を繰り広げている。 目次↓ #contents ---- **1 [#ia9b566f] 鋭い&ruby(やいば){刃};が僅かな紅き月光を反射する。それは暗闇の中に残像を残し美麗な弧を描きつつ、狙いすました者の肉を切り裂かんと風を斬る。標的となった獣は寸でのところでそれを回避。飛び上がった身体が風を受け、漆黒の体毛が靡き怪しげに輝く。空ぶる刃は後方に聳えていた大木に命中し、受け止められる事無くそれを切り払った。刃を振るった者の背後に着地した獣は右脚の痛みに表情を歪ませながらもすぐさま口内に火炎を充満させて撃ち放つが、相手は後ろに目があるかのように容易く避けてしまう。 光を葉に遮られ視界が悪く、狭苦しい獣道を取り囲む木々が次々に倒されてゆく。舞うように両腕の刃を振るうバリダと、燃え盛る焔を撃ち放つハウンドにより、樹齢数十年の木々が2人の攻防に耐えられる筈も無い。ワルツはどちらの攻撃にも巻き込まれないよう少々距離を取りつつ、冷気を振りまいて炎が燃え広がらないよう地形を整える事に専念していた。キリキザンであるバリダに対し最も有利に戦うことが出来るであろうリオスはまだフラックスの治療が終わっておらず、逆に炎に弱い彼が不利な地形になってしまう事は致命的だからだ。 だが、2人を殺すつもりであるバリダにそんな事は関係なく、ハウンドに避けられたと同時にその矛先をワルツへと向けその持ち前の素早さを生かして一気にワルツへと肉薄する。飛び掛る勢いに乗せ、舞いを踊ることで研ぎ澄まされた刃が彼の首筋目掛けて振るわれた。ワルツは避けることは不可能だと瞬時に判断し、四肢を開いて地をしっかりと踏みしめると頭部に力を集中させる。次の瞬間にはワルツの前に透明な壁が形成され、今正に首を掻っ切ろうとしていた刃からワルツを護った。甲高い金属音が響きワルツは思わず耳を伏せたが壁のお蔭で身体は全くの無傷。バリダからの攻撃が二度目だったこともあり、慌てずに対処出来たのが功を奏したのだろう。だが、本来自分の周りに力を霧散させ全方位に張り巡らせるものを前方に全て力を集中させて作った強固な防壁にも関わらずバリダの攻撃は強力で、壁には大きな罅が入っていた。舞いを踊り士気を高めたとはいえこれ程の力を持つとは考えていなかったワルツは壁越しに此方を睨んでくるバリダを見て目を瞠る。が、次のバリダの行動を見て素早く後方へ跳び退る。バリダは壁に罅が入ったことをいい事に、刃に鋼の力を込めることで更に強化しそれを再度叩きつける事で防壁を粉砕してしまったのである。粉々になった破片が散る中で刃が限界まで振り抜かれ、月光を反射していたそれは紅い残像を残す。攻撃の挙動に気付かなければ今頃散っているのは破片だけでは無かっただろう。ワルツは冷や汗を流しながら、距離を詰められるのは危険と判断し更に後方へ跳び退いた。だがバリダの行動は早い。既に彼の頭には目の前の者を殺すことしかないようで、顔を上げると同時に鎧に覆われた脚に力を込め再度飛び掛かろうと試みる。だが、彼の相手はワルツ1人ではないのだ。 「バリダ!」 自分の名を呼ぶ声にバリダは咄嗟に振り返り身構える。声の主が仲間の声では無いことは言うまでもない。見据えた先には、猪突猛進してくるハウンドの姿があった。背後から隙をついてくるだろうと踏んでいたバリダは敢えて自分の存在を主張したハウンドの考えに僅かながら疑問を抱くが、怒りに囚われている分普段の冷静さを失っているのか、真っ直ぐに突っ込んでくるハウンドに対し攻撃するという結論を出した。両腕をその場で二回程振るうと、振るった後に無数の光の弾が現れる。それは、バリダが片腕を上へと振り上げると樹木の葉を弾き飛ばしながら空へと消える。その様子を目だけで注意深く窺いつつ、後に退けないハウンドは更に速度を上げた。少々距離が近いと感じたバリダは後方に警戒しながら飛び退き、同時に上げていた腕を一気に振り下ろす。宛ら、親方のキリキザンが手下のコマタナに命令を下すかのような動作である。直後に不穏な空気を感じ取ったハウンドは脚は止めずに大きく左へ跳んだ。 何かが爆発したかのような音がして、一瞬視界の右側が激しく光った。一瞬とはいえ激しい光に網膜が刺激され、目の前がチカチカする。全力で駆けているハウンドの目ではその一瞬しか確認出来なかったが、その腹の底に響くような独特の低音と、直接浴びれば網膜が焼けてしまいそうな程の強烈な閃光という条件から状況を瞬時に把握した。と同時に、バリダからは目を離さずにジグザクと極端に軌道を変えながら接近を試みる。次いで巻き起こる閃光の嵐。瞬きの前に彼がいた場所に降り注いでいく&ruby(いかずち){雷};。だが、それは本来の“技”としての「&ruby(かみなり){雷};」と比べれば少々勢いが欠けているという欠点がある。対して強力故に一発ずつしか発動させることが出来ない「雷」と違い、連発して発動することが出来る為命中率は確実に上だという利点もあり、バランスの取れた攻撃といえる。更に、それはバリダの怒りに共鳴しより強力になっているようで、「雷」まではいかなくとも一撃一撃が十万ボルトに匹敵するであろう威力に跳ね上がっているようだ。バリダ自身に宿る内なるもう1つの力による攻撃だからか、感情に影響されやすいのかもしれない。 ハウンドは五感を研ぎ澄ませ、更には第六感を頼りに落雷を予測し避けていくが、激しく右へ左へ動く度に傷を負った脚に負担が掛かり徐々に速度を失い始める。その内に雷が体毛を掠め始め、焼かれた体毛がチリチリと丸まってゆく。これ以上減速するのは不味いと判断したハウンドは覚悟を決めて再度一直線にバリダへ向かって突撃を始めた。痛みを感じながらも粘り強く接近を続けていたお蔭で、バリダとの距離はそう離れていない。迷って雷撃の餌食になるくらいならば、此処は突っ切るべきだと決断したのだろう。流石のバリダもこれには驚き一瞬たじろいだが、すぐにハウンドの進路を見極め、雷を落とした。強力な静電気を感じて体毛が逆立つが、今度は避けない。 轟音と共に、ハウンドの身体に雷が命中した。言い様のない痛みに顔を顰め、強烈な衝撃にに脚を縺れさせそうになる。だが、ハウンドは自分を奮い起たせる((突然変異による遺伝技のひとつ))ように大きく唸り声を上げると、先程のアーチェがそうしたように雷を浴びたままバリダに突進した。既にその距離は目と鼻の先に迫っており、避けるのはまず不可能だ。が、バリダは予めすぐに対処が出来るよう既に身構えていた。腕の刃には鋼の力を込めて。万が一攻撃を喰らったとしても、何らかの力を纏った状態ならば力同士でぶつかり合い威力を軽減してくれる。バリダは睨みを利かせると、鋼鉄の刃を思い切り振り上げる。 だが、バリダの予想は大きく覆された。 「──ッ!?」 胸部の辺りに衝撃を感じ、目の前に爆煙があがった。突然のことで状況が把握出来なかったバリダはそのまま後方へと吹き飛ばされる。爆煙が遠ざかり視界が広くなったことで、バリダは漸く状況を理解した。爆煙と共に暗紫色の、霊力のようなものが空気に霧散しているのが解る。更に、ハウンドは大きく口を開いて後方へ飛び退いていた。それは自分の意思で飛び退いたというよりは、反動により後方へと弾かれたというような状態。そう、突進はフェイクだったのだ。ハウンドは予め口内にシャドーボールを形成し突進すると見せ掛けて攻撃をより確実に命中させようと考えたのだろう。更に至近距離からの攻撃ともあって威力も強力になる。そんなハウンドの策にまんまと引っ掛かってしまったバリダは吹き飛ばされながらも憎々しげにハウンドを睨んだ。だが、それで終わりではなかった。バリダは背後から危険が迫っていることを感知するが流石に空中での回避は難しい。咄嗟に身を縮み込ませ全身を強化し文字通り鉄壁の如く硬さで対抗した。 その直後。バリダの背に強烈な掌底が叩き込まれる。生き物の身体を打つというよりは、金属そのものを打ち据えたかのような音がして、バリダの身体は今度は前方へ吹き飛ばされた。はっけいと呼ばれる掌底を放ったのは言うまでもなくリオスである。実はフラックスの治療を終え様子を窺っていたのだが、度重なる落雷には流石に手を焼き、助太刀出来ずにいたのだった。そこへ標的が丁度良く吹き飛ばされてきたのだ、ここで決めない訳にはいかないというものだ。同じくハウンドを巻き込む危険があった為に攻めあぐねていたワルツもこれを好機とみて、瞬く間に氷の礫を3つ程形成しバリダへ向けて飛ばす。それらはリオスがはっけいを喰らわせた場所に寸分違わず命中。氷には強い鋼だが、連続で同じ場所を攻められてはひと溜まりもない。強化していながらもバリダは痛みから小さく呻き声を上げ、そのまま地面を滑り俯せに倒れ込んだ。 暴走したバリダの力は相当なものだが、やはり1人に対して3人(正確には4人だが)となればハウンド達の方に分があるようだった。連続攻撃を受けたバリダは倒れたまま動かない。わざと倒れたふりをしているかもしれないと警戒もしたが、すぐに立ち上がり攻撃に移るには多少の時間が必要になる。本心ではあまり手荒な真似はしたくないが、妙な動きを見せればすぐに対応出来るようハウンドは警戒心を研ぎ澄まさせた。 とはいえ漸く話を持ち込める状況に出来たことに一息を吐くと、ハウンドは少し離れた場で倒れ伏している彼の元へと近寄ろうとする。だが、動かそうとしている脚は震えるばかりで言うことをきかない。何度か試してみるが脚は僅かにしか動かず、変わりとばかりにぴりぴりとした痛みが駆け上がってきた。その感覚にハウンドは舌打ちする。運の悪いことに、彼の身体は先程の雷撃で麻痺してしまったのである。麻痺する可能性はそこまで高くは無い分、ハウンドは自分の運のなさに心底落胆させられた。 右前脚の傷にも大分負担を掛けていたせいで、思い出したように痛みが響く。ハウンドは苛立つ心を鎮めつつ冷静さを保ち、今は無理をする必要は無いだろうと判断する。この際疲労の溜まった脚を休ませようとその場に座り、その場から声を掛けるという結論に至った。 「おい、バリダ。…聞こえてるよな?」 「……」 攻撃の応酬による先程までの騒がしさが嘘のように静まり返った林。絨毯のように散らばっていた落ち葉は燃え尽き、空を覆っていた落葉樹の葉もバリダが打ち上げた雷の力によって殆どが焼き尽くされていた。天に浮かぶ紅き月は、何時の間にやら流れてきた黒雲にその姿を隠し、辺りも一層薄暗くなる。風すらもその場の空気を読んだかように全くの無風であり、低く落ち着いた声色である彼の言葉は周囲によく響いた。これならば、相手の姿が見える位置にいて聞こえない事は無い筈。しかしバリダは全くの無反応。こうまで動きがないと流石に心配になり、再度言葉を掛けるか掛けまいか躊躇するハウンドだったが、そんな彼の躊躇いはある者の言葉によって打ち消される。 「狸寝入りをしても無駄ですよ。私には波動を感じ取ることが出来るのですからね」 後方から聞こえた声に目だけを動かして其方を見ると、そこにいたのはリオスだった。すっかり元気を取り戻した彼は、長い間追い続けていた悪党集団の一味を後一歩で逮捕のところまで追い込んでいるからか、大きく構えた姿からはかなり士気が高まっているのが窺えた。しかし追撃を加えようとしている訳ではない。彼もまた、下手な動きをしたらすぐに対応できるようにしているだけである。警察ならば星が動けない間に捕えにかかるものだと考えていたハウンドはそんな彼の行動に疑問を感じた。 「何故すぐ抑えないか、疑問に思われているようですね」 特に感情を面に出さなかったハウンドだったが、リオスは敏感に彼の考えを察知し、得意そうに笑う。 「確かに私達の目的は犯人の逮捕。それでも、ただ捕まえるだけが警察ではありません。警察は、一般市民の方々を悪人から護るのが一番の目的です。しかし、悪人を除害するのではなく、悪人を悪から救い出すのも務めの1つ。悪人“も”護るのが警察なのです。出来れば、自首して貰いたいと心から願っているのです。罪を認め、自らを今一度見つめ直して新たな人生を歩んでほしい。自首すれば罪もそれだけ軽くなりますから…。 貴方は彼らと元々は仲間同士の関係。私などよりもずっと説得する力があります。貴方達を見逃す訳にはいきませんが…自らの罪を認めている貴方達の言葉、少しは信じてみることにしました。…心置きなく説得して下さい」 淡々としたリオスの声が林に響き、消えてゆく。思いを口にしたリオスは僅だが清々しい表情を見せ、意外な彼の言葉を聞いたハウンドは驚きによりぽかんと口を半開きにさせ間の抜けた表情をしていた。2、3秒程経過して漸くその意志を受け取ったハウンドは微笑をリオスに向けてみせる。 「恩に着る、正統派((報酬や悪人排除目的ではなく、人を護る、助けたいという思いで動く警官に対してのハウンドなりの褒め言葉))」 ハウンドの言葉を聞いたリオスは安心した様子で頷くのみ。もう、物申す必要は無いと悟ったのだろう。そしてそれは、ハウンドにも言える事だった。本当に物申さなければならない相手はリオスではないのだ。冷たい土の上に伸ばした後脚の向きを変えると、新鮮な空気を胸一杯に吸い込み深呼吸。再度、俯せのままのバリダへと向き直り、その口を開いた。 「バリダ…はっきり言うと俺は、お前を説得するのは自信がない。アーチェとはよくつるんでいたこともあったが…側にいながらお前のことは結局、団を抜けるまでちゃんと理解することは出来ていなかった」 バリダは聞いているのかいないのか、微動だにしない。それでも構わずハウンドは続けた。 「それは今も同じだ。団を抜けてからも俺は何度か、お前達の事を考えていたが…お前のことだけはやはりどうしても、その真髄が解らなかったんだ。 だけどな。だからこそ全てをぶつけて貰いたいと思った。知らないからこそ、お前の方からみんな教えて欲しいんだ。俺がお前を助け出す方法はもう、それしか無いと思う。お前の苦しみを理解もしないで、説得なんて出来やしないからな」 そこまで言い切って、ハウンドはバリダの様子を窺った。静寂が辺りを支配し、緊迫した空気が辺りに流れる。鈍感で、普段ならば場の空気の掴めないフラックスでさえもこの時ばかりは口をつぐみ、元のメタモンの姿のまま酷く不安げな面持ちでその光景を見つめていた。リオスは彫像のように構えたままの姿勢で停止しており、ワルツも少々離れた場所で佇むのみ。その場の全てが、バリダの言葉だけを待ち受けているかのようだった。 …どの位の時が過ぎ去ったのだろうか。非常に長い時間が経過したような感覚がバリダとアーチェを除いた全員にあった。しかし、実際に経過した時間は本当に僅かなもので。 張り詰めた静寂を破って、漸く待ち侘びた声がその場に響いた。 「…貴様に話す事など皆無。私の任務はアーチェ様をお護りすること。アーチェ様が慕われている&ruby(king){王};の野望を叶える事。それだけだ。それだけが、私の存在意義に繋がるのだ」 静かに大気を震わせながらそう返したバリダは、首だけを動かして顔を上げる。その漆黒の瞳には、ただただ護り人への忠誠心が溢れているのみ。忠誠の感情だけに塗り潰された心には、ハウンドの言葉であっても全く届いていない様子だった。そんな冷たい視線を周囲の1人1人に向け終えると、ハウンドやリオスが身構えているのも構わず身体を起こそうと動き出す。バリダの言動と行動に面食らったハウンドは驚愕と衝撃により攻撃に移ることに躊躇してしまう。リオスもまさかここまで心を病んでいるとは想像していなかった為に一瞬たじろいだが、これ以上犠牲者を出してなるものかと心を鬼にし、ふらつくバリダに狙いを定める。両掌を腰の辺りで上下から向かい合わせるように構え直すと、波動の力を掌に集中させ球状に実体化させる。ルカリオの十八番ともいうべき波動弾。ルカリオ以外に扱えるポケモンもいるにはいるが、波動を常に感じ取り操る事の出来るルカリオのものは他とは桁違いの威力を誇る。今回は相手の動きを押さえ込む為の攻撃の為に威力は低めだが、それでも十分過ぎるほどの力が渦巻いていた。瞬きの間に攻撃の準備を整えたリオスは、そのまま狙いすましたバリダの背を目掛けてそれを撃ち放つ。バリダに向かい一直線に突き進む弾。距離としてもそう遠くなく、身を捩った程度では追撃性のある波動弾を避ける術はない。リオスは傷付いた相手を攻撃する事に僅かに心を痛めつつ、命中すると確信していた。しかし。 「…!?」 波動弾が当たる寸前、バリダは一瞬でリオスの方へ視線を向け、殺気の篭ったおぞましい眼で睨みつけてきた。次の瞬間には巻き起こった爆煙により見えなくなってしまったが、リオスはただらぬ不安を覚え慎重に構えなおす。念には念、相手が動く前にその機動性を奪ってしまおうと、波動でバリダの位置を確認すると爆煙の中に飛び込み、手の甲の棘を変形させた爪でバリダの太腿を切り裂いた。だが、何か違和感を覚える。リオスは素早くバリダの腕を掴むと自身の方へと引き寄せ煙の中から引きずり出す。 「なにっ!?」 しかし煙の中から露になったのは、バリダに酷似した人形のようなものだった。攻撃が命中する寸前で守るを発動させ攻撃を防ぎ、煙に紛れて身代わりを使ったのだろう。そう気付いたリオスだが、既にバリダ本人は彼の背後を取っていた。先程リオスの脚を切り裂いた念波の刃が再び放たれる。しかもその威力は先程と比べ物にならない程強力なものであることが感覚で解る。完全に隙をつかれたリオスは高速で迫る刃に対して回避はおろか防御の体勢を取る事さえ危ういほど。彼が1人だったならば、どう足掻いても直撃は免れないだろう。しかし今の彼には、頼りがいはあまり無いが、仲間がいるのだ。 「リオスさあぁんッ!」 上司の危機を瞬時に察知したフラックスはその軟体な見た目と普段ののんびりとした雰囲気からは考えられない速度でリオスの前へと割り込んだ。そしてその身体を瞬く間に変形させ、ふにゃふにゃとした柔らかい軟体を徐々に大きく強靭な鎧へと変えてゆく。バンギラスの姿となったフラックスは迫る攻撃に備えてその太く逞しい腕を胸の前で交差させ防御の姿勢。何時もの彼と比べると鮮やかすぎる手際の良さだが、やはり変身能力の低さは健在でありその体格や逞しさは本物顔負けだが顔だけは間の抜けたメタモンそのものであった。本人はそれでもかなり真剣な表情なのだろうが、やはりバンギラスの姿では拍子抜けさせられる。だがその間抜け顔も、信念を貫き通そうとするバリダには何の意味も成さなかった。バンギラスの腕に容赦ない念波の刃が命中する。悪の力を持つバンギラスには超自然の力は全く通ることがない。しかし、物理的な衝撃までも無力化出来るわけではなく、強靭な身体故傷付きはしなかったがその凄まじい威力にバンギラスの巨体が浮き上がり後ろのリオス諸とも吹き飛ばされてしまった。もしフラックスが間に入らなければ、リオスは一刀両断だけでは済まなかっただろう。フラックスがバンギラスのようなポケモンになっていなければ2人同時に無惨な姿に成り果てていたかもしれない。そう感じさせるだけの衝撃が伝わってきて、その異常さにハウンドは目を白黒させる。 「…妙だ」 そんなハウンドの思いに賛同するように、駆け寄ってきたワルツが呟く。彼はハウンドの方を見ず、サイコカッターを放った構えのままでいるバリダを訝しげに見据えていた。 「あの相当な攻撃力は負けん気の特性によるものの可能性が高い。だが、彼奴自身の力は全く落ちた様子が見受けられん。条件を満たしていない筈だというのに何故…」 実は、ワルツはハウンドが疑問を抱くより前から、バリダの底知れぬ力に違和感を覚えていた。更には二度の攻撃を受け、ハウンドとの攻防を観察し続けていた事もあり、幾つかの仮説をたてていたらしい。その結果、これ程の力が出せるとなると負けん気の特性の影響という説が一番正確さを持つようだ。しかし、負けん気の特性による攻撃力の増幅は機動性や守りの力の劣化と引き換えによるもの。長旅で培った“人を診る目”によるものなのかは不明だが、見る限りでは他の能力が低下している様子が全く無いのだ。型破りなバリダの戦闘能力に、ワルツも頭を抱えざるを得ないのだった。 が、ワルツの言葉を聞いたハウンドは何か納得したような表情をしてバリダを見た。バリダの方も直立不動でハウンドを見据えている。 「…もしバリダにとっての能力の引き換えが、別のものでも同じくらいの意味を持つものだとしたら、今の状況も考えられるんじゃないか?」 ハウンドはワルツがしていたようにバリダを睨みながら語り出す。 「今のアイツは何よりもアーチェが一番だ。アーチェを最優先にみている。そのアーチェが倒れたことが能力の引き換えと同じ、自分にとっての差し引きになっていると考えてみればこの状況もあり得ない事態ではないと、俺は思うんだ。寧ろバリダからすれば、アーチェが倒れることの方が力のリミッター外しになるだろうしな…。 心と身体ってのは、繋がってるものだって俺はお前に教わった。そうだとしたら感情からくる力は特性なんて関係なく、物凄い力になるものなんじゃないか?」 初めは静かに、後半は力の籠った声色で話したハウンドはワルツへと視線を移した。完全に推測でしかない考えだが、可能性がないとも言い切れない。そんな話に対しワルツならばどのような反応が返ってくるのか彼の旧友であるハウンドには顔を見ずとも、答えを聞かずとも大体想像出来る。だが、今は妙にワルツの様子が気掛かりだった。ハウンド自身が予測した考えは、特性などの情報に感付いていたワルツならば彼自身でそこまでの仮説を見出だすことなど容易いものだと思っていた。“人を診る目”といい、自分より長い人生の大半を旅で歩んできたであろうワルツならばそのくらいは感付くだけの目を持ってる筈だろうと。その為、それについて全く解っていなかったワルツはハウンドにとって意外だったのだ。ワルツを怪しむ訳ではないが…こういう状況下にある以上、油断する事は出来ない。せめてワルツがワルツであるかどうか、質問を投げかけその反応を窺うことで確認しようと思い立ったのである。そんな当のワルツはというと、ハウンドと目が合うことを避けるように頭を垂れ、口を真一文字に結びながら押し黙っていた。彼よりも背の高いハウンドには、無造作に包帯が巻かれた彼の頭しか見ることが出来ない。不信感は募るばかりだ。だが、無闇に問い詰める気はさらさら無い。戦場での感情の荒ぶりは隙を晒し易い。それは今のバリダを見ても一目瞭然である。また、ハウンドは相手が本物であれ偽者であれワルツを疑うという事はしたくなかった。悩んだ結果、黙り込むワルツに再度声を掛けようと口を開く。しかし、敵も何時までも待ってはくれない。 「…王の&ruby(めい){命};により、貴様らには消えてもらわねばならぬ。どちらにせよ、アーチェ様を傷付ける者など…このわたし私が抹殺する!!」 ハウンドが一向に攻撃をしてこない事に痺れを切らしたバリダは、高らかに言い放つと同時に片腕を胸の前に、もう片方を背に添え構える。そして、先程もそうしたように両腕をその場で二回程振るう。すると振るわれた後に鋭利な岩が幾つか出現し、バリダが2人へ片腕を翳すとそれらは一斉に2人目掛けて放たれた。1つ1つの岩の間隔は結構な距離があり、四方八方まではいかないがそれでも全弾を避けるのは難しいだろう。バリダの声に反応して様子を窺っていた2人は、兎に角今はバリダを止める事に専念しようという意を視線を交わす事で伝え合い、すぐさま防御に移った。まずワルツがハウンドの前へ出て強固な防壁を張り巡らせる。完全に正面から向かってくる岩はその防壁の前に粉々に砕け散ってゆく。だが、上方や左右から迫る岩は防壁の範囲が及ばず2人を切り裂き、貫かんとばかりに突き進んでくる。そこへハウンドが全身に巡る悪の力が宿る波動を螺旋状の光線へと変え、口から撃ち出しつつ首を動かし迫りくる岩を次々に破壊。砕けて砂となった岩がパラパラと上空から降り注いだ。暫くして岩が全て破壊された頃には、ハウンドの息は切れ、防壁にも罅が入っていたが2人は殆ど体力を殺がれることなく対応することに成功した。 2人は一度目配せをすると改めてバリダの姿を捉えようとする。が、バリダは足元に転がっていた折れた枝を拾い上げ、あろう事かワルツへ向けて投げ付けてきた。さながら投槍をするかのように投げられた枝は先が折れている為鋭くなっており、尚且つバリダの力によって投げられたという破壊力を考えれば、罅の入った防壁を粉砕するなど訳無いだろう。それに気付いたハウンドはある程度痺れの取れた身体を動かし、ワルツの方へと駆けながら火炎を撃ち放つ。ワルツの脇を過ぎた焔はそのまま壁をすり抜け、向かってくる槍と化した枝を焼き払った。しかしその次の瞬間、予想だにしない事が起こった。バリダが炎の中へと突っ込んだのである。ハウンド自身ストーンエッジの猛攻により疲労していた事もあり、バリダまで届くほどの勢いはなかった。にも関わらず彼自らが炎に飛び込むなど理解出来なかった。この行為はアーチェもハウンドも動揺の事をしたが、鋼の力を持つバリダにとって炎は天敵と呼ぶべき存在。そんな中に飛び込もうなどと考える者は殆どいないだろう。同じく鋼の力を併せ持つリオスも、起き上がった途端のその光景に唖然とするばかりだ。 だが、その一瞬の感情の乱れが命取りになる。両腕を畳み出来る限りの防御をしながら突っ込んできたバリダの身体から閃光が放たれた。その光の粒子は主の受けた力の強さに呼応するようにその輝きを強めると、真っ直ぐにワルツの防壁へと突撃する。傷付いた防壁は粉々に砕け、残った光の欠片は地面を抉り、残された木々を打ち貫いて林の奥へと消えていった。危険を感じて間一髪その場を退避していた2人はその威力に冷や汗を流す。だがバリダの猛攻はそれで終わりではなかった。炎により所々が赤く変色し溶けたようになっているのも構わず、そのままワルツに向けて身体ごとぶつかってきたのだ。頭部の鋭く、一際大きな刃を輝かせながら。元々キリキザンという種族は打たれ強い訳ではない。炎を浴びた彼の身体は既にボロボロだった。ここで一気に片をつけなければバリダには勝ち目はない。バリダ自身がそれを理解し、捨て身の根性で攻撃を仕掛けたのだろうと、リオスは悟った。そんな捨て身のバリダの攻撃。その素早さは全く衰える事はなく、追い風が土の表面を抉るほどの凄まじさを持っていた。命の危険を本能的に感じ取ったワルツだったが、身体は思うように速くは動いてくれない。ワルツの素早さでは、既にバリダの攻撃を回避することはほぼ不可能であった。それほど、バリダは本気ということである。それほど、彼はアーチェを護りたいという感情が強いのである。 しかし、それはハウンドにも同じこと。ハウンドは自分の意志で此処までやって来た。ワルツは偶々翳の連中に用があるというだけであり、ハウンドに着いて来ただけ。彼は翳の者達と直接的な関係は無いのだ。そしてハウンドにとってのワルツは“護っていくべき仲間の1人”であり、“自分を闇の中から救い出してくれた恩人”であった。そんな彼を、みすみす傷付けられてなるものか。その思いを胸にハウンドは傷の痛みも全身の痺れも忘れて地を蹴った。瞬間、身体がすっと軽くなるのを感じ風の如く速さで駆け抜ける。負荷を伴った彼の身体が、遅れて特性を発動させたのである。その黒い風は走り出しと同時に炎を纏い地を焦がしながら猪突猛進。それは本来のグラエナには不可能な芸当である。異質な生まれであるハウンドだからこそなせる業。目指すは──鋼鉄の騎士。その鋼の鎧を焼き尽くさんとばかりに炎の勢いは更に大きくなる。その強い覚悟の意志を感じ取ったバリダはすぐ様全身を硬く硬く硬化させ、ロケットのように折り畳んでいた脚で地を強く蹴りハウンドの方へと方向転換した。斧のように突き出した頭部の刃を煌かせ吹き荒れる風を切り払いながら直進。両者とも、互いに譲るつもりは皆無であった。 ワルツは巻き込まれてはまずいとばかりに、出来る限りその場を離れようと走り出す。リオスは未だひっくり返って起き上がれずにいるバンギラス姿のフラックスの背に隠れ衝撃に備える。その時には、既にぶつかり合う2人の距離はなくなっていた。 「&ruby(しっぷうれっか){疾風烈火};ッ!!」 気合を高めるようにハウンドが口にした次の瞬間、2つの力が激突した。途端に辺りに響くのは轟音。先程バリダが放った破壊光線の時よりも更に大きな爆音が大気を揺るがした。その一瞬遅れて、強烈な衝撃が大地を揺るがし、隆起させ、深く大きな亀裂を幾つも作り出す。それに伴う爆風も凄まじいもので、10m前後の距離に生えていた樹木を根こそぎ天へと葬り、その木の洞に身を隠していたワルツも樹木諸とも宙へ投げ出されてしまった。フラックスは吹き飛ばされこそしなかったがその身体は転がされ、残された木々を次々にへし折ってゆく。リオスは素早く危険を察知すると骨状の武器を形成し、フラックスの身体を押さえつけ、後方に押されながらも潰されないよう専念した。結果地面が砕ける音、木々が倒される音を間近に聞き続ける羽目になり、鼓膜が破れてしまいそうな感覚に表情を歪ませる事になる。耳を伏せて対抗してみるが、断続的に続く轟音には殆ど効果が無かった。 音の感覚がなくなってきたところで、漸くフラックスの身体は停止した。安堵の感情が溢れると同時に膝から下がなくなったかのように力が抜け落ち、その場に尻餅をつく。本当はまだ安堵できる状況ではないのだが…耳鳴りは鳴り止まず、頭にはガンガンとした痛みが走る中で流石のリオスも意識が朦朧としており、すぐには立ち直れずにいた。正直、真っ先に2人の安否を確認したいところだったが…バンギラスの巨体を受け止め続け地を滑り続けた四肢はすっかり痺れてしまい、動きはするが痙攣するばかりでちっとも速く動かない。 歯噛みするリオスだったが、まずは身を挺して自分を救ってくれた部下に礼を伝えようと首を持ち上げる。が…肝心の部下は何度も転がされた為に目を回しやがて身体のあちこちを蠢動させると、元のメタモンの姿になり、ぺたりとリオスの足元に落ちてきた。一時の間の後、拍子抜けさせられたリオスは溜息を漏らしたが、これでこそフラックスなのだろうなと割り切ると、既に気を失った彼を「お疲れ様でした」と静かに労わり、すぐ後にあった木の洞へと寝かせておいた。 フラックスという壁がなくなったことで、動けないリオスからも爆心地の様子が窺えるようになる。しかしその場は未だ色濃い爆煙が立ち込めており、状況は全くといっていいほど掴めそうも無い。波動を活用するという手もあるが今のリオスは体力の消耗が激しく、波動を上手く扱えないのであった。もどかしさが支配する中視界の隅に積み上がっていた倒木の一部が蠢く。目をやるとなんとそこには、宙に飛ばされていた筈のワルツの姿があった。それも傷1つ、汚れ1つ無い姿でその場に現れたのである。あれ程派手に飛ばされて無傷な筈はないと、リオスは困惑するばかり。それ以前に、吹き飛ばされていた筈の彼が何故此処にいるのか。それが不思議でならなかった。リオス自身、ワルツの存在は謎多きものだったのだが、これは流石におかしいと、ワルツへと問い詰めようと口を開く。 そこで思い出したように風が吹き抜ける。自然の力により生み出された冷たい風が頬を撫で、林の奥へと消えてゆく。風が戻った事で雲も動きを再開し、紅き月がそっと顔を覗かせ始めた。静けさを取り戻した林が紅に染まってゆく。紅き景色に包まれる中、煙が晴れたその場の光景を視覚で認識したリオスは、驚愕した。 ──立っていたのは、鋼鉄の刃を携えし僧正を護る騎士、バリダだった。 続く ---- 黒狼(ハウンド)「今回は予想以上に長くなってしまった都合で、一節は二回に分けて更新する事になった、すまないな」 黒猫(レナ)「当然よ。前半だけでやられっぱなしだし、後編で汚名返上しないとハウンドの株は下がる一方じゃん」 白獣(シクル)「とはいっても、前半の最後を見る限り後編も期待できなさそうだね」 黒猫「どっちかっていうとワルツの方が重要そうな伏線が引かれてるわね…もうハウンドはいいからワルツに期待ね」 黒狼「もう駄目キャラで定着なのか俺は…」 漸く四章突入です。しかしいきなりの分割更新になってしまい申し訳ありませんorz いやぁ…試しに現状の字数をカウントしてみたら既に10000超えていたので、これはちょっとなぁと思いましてね(汗)急遽予定を変更させて頂いた次第です。後半部分も微量ではありますが筆記しておりますので出来る限り早めに更新できる…と願いたい…。と、兎にも角にも頑張らせていただきます! さて、今回の更新分についてですが…なんか三章に続けてまた&ruby(合わせ技){オリジナル技};がありますね…(汗)ちょっと格好いい(のか?)風にしていますが実際に考えた技の組み合わせを見るとしょぼいです。場面の盛り上げ程度にしかなっていませんね(苦笑)しかしハウンドの場合はそれで事足りるのでよしとしましょう(オイ それからリオスが何だか色々語っていますがそれくらい…orz五匹を動かすなんて、一匹でも無理な私には不可能(ry こうなったら、リオスには長篇で頑張ってもらいましょう(オイ 後はワルツの不可解な発言と行動がキーポイントでしょうか。その秘密は後半で明かせると思いますが、いやはや自分でもトンデモ設定だと思われます…(汗)兎に角この章は波乱の展開ばかり(寧ろ波乱しかない)ので、閲覧の際は十分な注意をお願い致します。 こんなグロシリアスに目を通して下さり有難う御座います。今後も素人なりに筆記活動頑張らせていただきます! ・疾風烈火 早足状態の時のニトロチャージの別称(ようはハウンドが格好つけているだけである)。このニトロチャージは両親がキュウコンとヘルガーである彼の特別な遺伝技であり、ハウンド自身の意志の強さや感情の強さにより威力が変化する。早足と組み合わせた時のスピードはまさに「疾風の如く」。←の例えは断じて某アニメを意識したわけではない。断じて。 ---- **コメント [#xb4c518e] 苦情や質問、誤字脱字の報告、コメントなど何かありましたら此方にお願いします。本当に描写下手なのでアドバイスをして下さると助かります。どうか宜しくお願いします。 #pcomment(コメント/紅黒 死,,above); ---- &counter(total); &counter(today); IP:125.192.34.95 TIME:"2014-10-07 (火) 03:56:23" REFERER:"http://pokestory.dip.jp/main/index.php?cmd=edit&page=%E7%B4%85%E3%81%8D%E5%A4%9C%E3%81%AE%E9%BB%92%E3%81%8D%E9%97%87%E3%81%AE%E4%B8%AD%E3%81%A7%E3%80%80%E6%AD%BB" 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