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管理は大変 の変更点


作[[呂蒙]] 





 管理は大変

 1.リクソン宅の場合

 大所帯になると、日々必要なものが増えてくる。いかに知恵を絞っても、何も買わないというわけにはいかない。リクソン=ハクゲンは、毎日何かしら買わなければならないのが面倒で、自宅の冷蔵庫を大きいものに買いかえた。今は便利なもので、冷凍食品も様々なものがあり、冷凍庫に入れておけば、しばらくは持つし、買い物が面倒なときは、それらで、食事を何とかすることもできる。
 ある日のことである。
「なんか、腹減ったなー」
 ブラッキーがそんなことを言う。4足で、赤い眼に黒い体、体のところどころにある黄色の輪っか模様が特徴的なポケモン。セイリュウ国内では珍しいポケモンである。
「冷蔵庫になんかあるだろ」
 リクソンが、面倒くさそうに答える。大学が長い休みに入っており、これといってすることがないのである。それでも、語学や資格の勉強をするにはしているのだが、どうも、昼下がりはやる気が出ない。コーヒーを飲みながら、どこか遠出しようかな、とそんなことを考える。
 リクソン宅の冷蔵庫は三段式で、一番下が冷凍庫で、その上が野菜室、そして一番上が冷蔵庫になっている。ブラッキーが後ろ脚で立っても、冷蔵庫には届かない。しかし、リクソンが踏み台を買ってきたので、それを利用して、冷蔵庫の中から物を出し入れしている。
「うーん、なんかないかなぁ……」
 と、冷蔵庫にシュークリームが1つ置いてあるのが見つかった。
「誰のだ? まあ、いいや。食っちまおう。こんなところに無防備に置いてあるのがいけない」
 冷蔵庫から、シュークリームを引っ張りだして、器用に袋を開けた。
「もぐもぐ……。あ、これ、うめぇな」
 空腹にやさしい生クリーム入りのシュークリーム。濃厚なミルクの味が口の中に広がる。しかし、今度は、口の中が甘くなったため、紅茶かコーヒーでも飲みたい、そんな気分になった。
「あ……」
「何だよ、エーフィ。欲しいのか」
「いや、別にいらないけど……」
 その時、シャワーズが部屋に入ってきた。
「あ! ブラッキー、それ食べちゃったの!?」
「え? これ、シャワーズのだったのか?」
「昼前にリクソンに買ってきてもらったのに……。なんでアンタは確認もせずに食べちゃうのよ?」
 ブラッキーは「止めなかったから、エーフィも同罪」と言いだして、どうにかエーフィに罪を擦り付けようとしたが、そんな悪あがきが通じるわけもなく、今後、倍にして返すことを約束されてしまった。シャワーズに「制裁の尻尾ビンタを受ける」か「倍にして返す」かを迫られ、後者を選んだのだが、シャワーズのビンタは、受けた瞬間に記憶が飛んでしまうほど痛いことをブラッキーは知っていたので、ビンタを大人しく受けるという選択はありえなかった。おまけに、このビンタ、どういうわけか、受けた次の日に痛みがぶり返すという厄介なものだった。
 リクソンの家では、ポケモンたちは、月に決まった額だけ好きなものを買ってもらえるという制度があった。うまく使って、翌月に繰り越すなど、賢い使い方をしているポケモンもいる。国の予算ではないので、月末までに使いきらないといけないという決まりはなかった。
 大所帯だと起こりがちな問題ではあるが、どうすることもできなかった。家でおやつを食べるのは禁止すればいいような気もしたが、リクソン自身、時々家で甘いものを食べながら、ゆっくりすることが楽しみでもあった。自分の部屋でこっそりと食べることもできなくはなかったが、すぐにばれるだろうし、不公平だといわれるのは明らかだった。
「やれやれ、でも、こればっかりはどうしようもないよな」
「冷蔵庫を改造して、ダイヤルを合わせないと開かないようにして、ついでに1週間ごとに解錠のダイヤルが変わるようにすれば?」
 エーフィがそんなことを言うが、開けるたびにダイヤルを合わせなければならないというのも面倒である。そんな仕様では、冷蔵庫というよりも金庫ではないか。
 自分のことは自分でするようにと言い聞かせているが、どうやってもできないこともある。一応セイリュウにも「育て屋」という職業があるにはある。家に来て、時々面倒を見てもらうという手がないわけではない。しかし、リクソンは知らない人に任せるというのが不安だった。心配のし過ぎなのかもしれないが「誘拐されたら困る」というのが、理由で、実際にそんなことされそうになったら、必死で抵抗するだろうから大丈夫だとは思うのだが、やはり不安なのだ。
 しかし、1人で何匹も面倒を見なければならないため、大変だと思う一方で、夜更かししても、昼まで寝ていることは許されず、規則正しい生活を送ることができているというのも事実だった。たとえ、論文の執筆で朝になってしまい、1時間しか寝ていなくても「朝食を作れ」という理由で、誰かしらが、叩き起こしに来る。
 大変大変といいながらも、こなしているのが現状で、変えなきゃなと思っても、結局は、今のままでいいやと現状維持に落ち着いてしまうのであった。


 2.会長邸の場合

 企業のトップともなると、巨大な権力を手にする代わりに、それに伴う責任も負う必要が出てくる。巨大な権力を手にしたからといって、胡坐をかいたり、好き勝手なことをしているとすぐに退陣を勧告される。上は上でシビアな世界だが、うまく部下を手なずければ、部下が何とかしてくれることもある。偉くなっても、腰は低い方がいいのだ。当然「部下の手柄は上司のもの」「上司の失敗は部下の責任」ということをやっていれば、そのうち部下が反乱を起こし、100倍返しは免れない。部下の方が人数が多いのだから、結束されたら適わないのである。
 セイリュウ屈指の大企業、ハクゲングループを率いるシュウユ=ハクゲンは、休日を自邸で過ごしていた。かつては、休みの日でも働いていたし、それをする体力もあったのだが、さすがに58にもなると、どうしても体力が衰えてくる。気力はあっても、体が動かなければどうすることもできない。創業者一族で会社内の実権を握って、外野に口出しをさせにくくしている分、本人や一族が頑張らなければならないのである。実権だけ握って、後は部下に丸投げという横着なことが許されるはずもない。
「おばちゃん、留守番頼むよ。あ、そうそう。私が出かけている間に、リクソンやブースターたちがくるかもしれないから」
「はい、わかりました」
 この屋敷に仕えるガルーラ。みんなからは「おばちゃん」と言われている。シュウユよりは年下なのだが、シュウユもそう呼んでいる。多忙のシュウユに代わって、家を守ってくれる頼もしいハウスキーパーである。ブースターたちが来てくれると、屋敷のイーブイたちの面倒を見てくれるので、ガルーラおばちゃんにとっても少しは息抜きができる。
 しばらくして、リクソンがポケモンたちを連れて、実家に帰ってきた。屋敷には数ヶ月に1度の割合で帰ってきている。実家が気になるというのもあるにはあるが、ポケモンたちの面倒を父親やおばちゃんに押し付けて、自分が楽をするため、というのもないわけではなかった。実家にいれば、少なくとも自分が食事を作ることはない。そのことが何よりもありがたかった。実家を出て、初めて実家のありがたみが分かるというものである。
 リクソンは、荷物をかつての自分の部屋に置くと、1階に降りてきた。リビングではイーブイたちとブースターやリーフィアたちが遊んでいた。戯れている毛玉たちを尻目に、台所に入る。喉が渇いたので、お茶か、コーヒーでも淹れようと思ったからだ。リクソンがキッチンを物色すると、食器棚の一番上の段にインスタントコーヒーの瓶があるのが目についた。
(ブルーマウンテンか……。結構いいものを飲んでいるじゃないか)
「ねぇ、おばちゃん」
「あら、どうしたの?」
「これ、飲んでいいの?」
「いいんじゃないの?」
 自分で、お湯を沸かして、コーヒーカップにお湯を注ぐ。立ち上る湯気と香りを楽しみ、コーヒーを口に運ぶ。やはり、値が張る代物だけあって、いつも飲んでいるインスタントコーヒーとは違う。味が薄かったり、妙に酸味が強いという安物にありがちなことはなく、苦みや酸味など主張は強すぎず、かといって抑え過ぎず、程よい苦みが、至福の一時を与えてくれる。
 ちなみにダイニングテーブルの上には、別の種類のインスタントコーヒーが置いてあり、こちらはリクソンが普段飲んでいる安物と同じ種類だった。
(さては、親父、客には安物を出して、自分だけいいものを飲んでいるな?)
 玄関の方で声が聞こえた。シュウユが帰ってきたのである。リビングに入ってきたシュウユ。
「あ! お前、それもしかして……」
「飲んじゃまずかったか?」
「勝手に飲むなよ、それ、棚の一番上にあったやつじゃないか」
「相変わらず、ケチだなぁ。仮にも大企業のトップが」
 とても、58歳と21歳の会話とは思えない。が、大企業のトップのシュウユとはいえ、屋敷にいるときには1人の父親であり、それ以上でもそれ以下でもない。
「まあまあ、会長。いいじゃない、それくらい」
 ブースターが言うと、シュウユも仕方ないか、という表情になり、それ以上何も言わなかった。その代わり、ブースターを抱きかかえて、その温もりを享受していた。ブースターの抱き心地は一度ハマると癖になるというが、どうやらそれは本当らしく、シュウユはブースターが屋敷に帰ってくる度に、こうしている。
 こちとら、日頃、いろいろなことに気を遣って、大変なんだ、だから、今だけはこの温もりを、誰にも気を遣わずに独り占めしたい。そう思ったシュウユだった。
 



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