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第十八次猫蛇戦争代理代理戦争 の変更点


writer:[[赤猫もよよ]]

 即ち、ザングースとハブネークの因縁は海より深く、空より永いのである。
 その確執は遡る事百八十余年、産声を上げたばかりのこの世界がようやく四足で這い這いをし始めた頃より存在したとされる。
 血を血で洗い、圧倒的泥んこレスリング、眠り仔も泣いて目を覚ますような苛烈な争いは、では、果たしてどのような出来事からその火蓋を切って落としたのじゃろうか。
 確信を持ってそうと言える明確な言い伝えは最早残されてはいない。真実を暴くのに、時の隔たりは余りにも遠すぎた。
 始まりの理由が分からないならば、伝統に流されて傷付けあうような愚かな真似をする道理もない。故に我ら猫鼬は牙蛇側に停戦を申込み、牙蛇側も同じ考えを持っていたようでその訴えは受理された。
 そして、争いは終わったか。――否である。
 我らが元々血の気の多い種族であったのもあるし、既に宿敵と戦う事を義務付けられた獣的本能に抗える者がいなかったというのもある。牙蛇にぶつけることで解消されていたストレスのやり場がなくなり、猫鼬は夥しい量の抜け毛に悩まされることになった。
 でももう正直痛いのは嫌だった。みんな長生きしたいのである。
 ならばどうするか――そう、戦い方を変えたのだ。尖爪と毒牙が衝突する野蛮な戦から、もっと平和的なものへ。勝敗こそ付けられるが、それそのものが生死に関わらないものへと。
 だが、方向性は決まれど具体的なアイデアが浮かばなかった。我々ザングースはすべからく脳まで筋肉が詰まっていたし、牙蛇達もインテリぶった口ぶりだが本質はそこそこアホだったのだ。バカとアホの土壌から文化の花は咲かないのだ。やんぬるかな。
 しかしご先祖様たちは頑張った。ない頭を絞って絞って、ようやく「たたいて被ってじゃんけんポン」で戦う事に決めたのだ。攻めと守りを瞬時に判断し的確な行動を取るというのは戦にも言える話であり、敵の頭をはたいた際に得られるカタルシスは死合いのそれに似ているのではないか、と考えたのである。これがザング歴前39年、「最初の代理戦争」である。
 しかしご先祖様は馬鹿だった。そもそもハブネークには叩く為の手がないことを失念していたのである。実際「最初の代理戦争」ではザングース側が非常に優勢に終わったが、そんなのは当たり前である。ハブネーク側から「打つ手がない」というちょっと上手い感じの抗議文を出され、「たたいて被ってじゃんけんポン」戦争は泡沫と消えた。ハブネーク側も側で何故やる前に気付かなかったのか、などと突っ込みたいところはあるが、まあさておくとして。
 さて、ここからが本題である。
 今なされているのは代理戦争の代理、いわば代理代理戦争である。
 それについて、お前は知らねばならない。なぜならお前は、此度の代理戦争の代表として選ばれたからだ。十年に一度、精の通った若い雄を互いの種族よりひとり代表に出すという決まりで、喜べお前はそれに選ばれたのだ。
 うむ、なんだその顔は。面倒くさいか、そうだろうな。大人になるまで内容も知らされなかっただろうし、急に代理代理戦争と言われても困るかもしれない。
 だがこれはいわば神事であり、お前に刺さったのは誉れ高き白羽の矢。若者の代表として存分に力を振るうようにとのお達しである。誇りなさい、これは誰でも選ばれるものではないのだ。
 うん? 具体的に何をするか、じゃと?
 全く、最近の若い者は気が早い。だがそうか、気が急く気持ちも分からなくはない。気勢ある雄は前のめりな方がよい、というのは事実であるからな。二重の意味でな。わっはっは。
 よいだろう、教えよう。心して聞くがよい。遥か先祖より毎年繰り返されてきた猫鼬戦争代理代理戦争、その内容とは――!

「ちんちん抜刀三本勝負! 射精我慢比べじゃあ!」


■


&size(30){第十八次猫蛇戦争代理代理戦争};


 仰天。
 空はなめらかに青く、春はどっぷりと深い。
 丘の根元から撫で上げるようにして、柔らかな春風が吹いていた。ほのかに混じる草花の酸い香りが心地よい。
 地平線の底には白い綿雲が溜まり、川に浮かぶ木の葉のようにゆるやかに流れていく。ああ、なんと平和な朝なのか。
 ……。
 無数の鳥影が青空を泳ぐ。暖かい場所に移っていた渡り鳥の群れだった。
 ふつふつと湧く鳴き声は少しばかり喧しいが、彼らも彼らなりに春の訪れを祝っているのだろうか。
 中には群れのふつうより小さな鳥影があったが、恐らく生まれて初めて空を飛ぶのだろう。どこか覚束ない感じで翼を動かすさまは、いやはやなんとも愛嬌がある。獲って食ったらさぞうまいだろう。
 ……。
 …………。
 はい。現実逃避、終わり。


「……なんて?」
 余りに超越的な言葉が飛び出したために、おれは急に叫びだした目の前のザングース――長老に聞き返すはめになった。
「ちんちん抜刀三本勝負! 射精我慢比べじゃあ!」
 じゃあ、の部分がエコーして、丘から遥か遠くに見える白い山の向こうへ消えていった。遅れてじゃあ、じゃあ、じゃあ、とやまびこが帰ってくる。やまびこ側にだって返す言葉を選ぶ権利ぐらいあるだろうに、なんとも律儀なことだ。
「しゃせい……しゃせいって、あの?」
 おれは眉根を歪めた。酒を飲んだドーブルが描く絵ぐらいおもいっきり歪めた。なにもかもがよくわからないことだけがかろうじてわかった。
 訝しむおれに対し、長老は澄ました顔で腹の毛をふもふもと撫でた。
「うむ。またの名をTTB」
「てぃーてぃー……?」
「ツインちんぽバトル」
「あんまりだ」
 言葉に対する暴力もいいところだった。
「ハブネークはちんぽが二本あるからトリプルちんぽバトルという説もあるのじゃ」
「帰ります」
 おれは腰を上げた。尻を二、三度はたいて付着した雑草と土を払う。
 寝床へ帰ろうと踵を返したところで、長老が腰にしがみついてきた。骨ばった老体がぷるぷる震えている。
 が見た目に反して怪力だった。万力に締め付けられたかのように身体が軋み、骨が悲鳴を挙げる。筋力を自慢する時に砕かれる林檎の気持ちが少しわかった気がする。
「まあ待ちなさい。話は最後まで聞くものじゃ」
 声が弾んでいた。悪意が両腕に込められていた。うわ、タップしても離してくれないぞ。
「ぐああああいたいいたいいたいいたい」
「まあ座りなされ。急いてはならんよ」
「折れる折れる折れる」
 長老のベアハッグから解放されたおれは、その場にへたりこんだ。
 ぎっちりと締め上げられた腰がおごそかに辞世の句を読み上げている。しばらくこの場から逃げられそうもない。
「そいでな……うむ、どこまで話したか」
「代理戦争がなぜか射精我慢比べになったってところまで」
「おおそうじゃった。何故ツインちんぽバトルになったかやはり気になるか。うむ、教えよう」
 あくまで長老はTTBの呼び名を推していくらしい。そのキャッチーさが気に入っているのだろうか。……いうほどキャッチーか?
 別に気にならなかったがまあともかく、早く遠くへと旅立ちたかったのでおれは続きを促した。長老はろくろを回すポーズを取り、いやに熱く語り出す。
「血と汗に満ちた闘争を逃れ、叩いて被ってじゃんけんポンを諦めた我らが先祖は、しかしまだ諦めていなかったのじゃ。なんとか両者に平等に、ついでに言えばガチバトルの名残を残したかった。そこで目を付けたのがちんぽじゃ」
「なんでそこに目を付けたんだ」
 なんでそこに目を付けたんだ。
「ふふふ、ちんぽを触らぬ男子など居らんじゃろ。ちんぽを触ってこその男子じゃ」
「そうだけど。そうかなあ」
 おれは首を傾げたが、長老は意にも留めない様子だった。根本的に倫理観が狂っている気がする。
「ていうか射精我慢比べと闘争ってどう関連性があるんですか」
「出るのは共に体液じゃろう。血と精液、二つは対比的存在でもあるゆえな」
 ホワイトオアレッド。そう流暢に呟いて、長老はなにかいい感じの事を言った時の含蓄ある顔をした。何?
「そうでもないと思うけどなあ」
 異論を唱えるも、長老は無視をした。こういう時だけ耳が遠いふりをするのはずるい。
「とまあそういう訳なのじゃ。ツインちんぽバトルに勝った陣営がこの先十年のマタラ森きのみツリー優先使用権を得るので、思っているより重大な出来事なのであるぞ」
「マジか」
 十年に一度のくそったれた戯れかと思ったが、結構重要な話だった。マタラ森といえば森林資源が豊富に取れるすてきな森で、ザングース一派が縄張りにしている場所から近い為にとても重宝されているのだが。
 そういえばあそこでハブネークに遭った時、いやにうやうやしく持っていたきのみを渡された記憶があるのだが、あれはまさかそういうことだったのだろうか。十年前のなにがしが射精我慢比べに勝ち抜いたからこその特権だったのだろうか。
「えー……重い……色々と……。ていうか、なんでおれなんですか……」
「うむ。お主は若いのに頭も回るし、身のこなしも上々だ。群れの皆に愛されているし、大人からの信頼も厚い。あとお前のちんちんを見たいという声が多く挙げられた。ゆえにちんぽバトル――TBに適任だと思ったのじゃ」
 絶賛されてるのに死ぬほどうれしくなかったし、あまりにも聞きたくない情報がさらりと長老の口から飛び出していてつらかった。あとわざわざTBと言い直すのが物凄くムカつく。
「なるほどわかりました旅に出ます」
「まあ待たれよ。過去のちんぽバトルに参加した雄は、勝とうが負けようがその勇気が称えられて群れの長に任命されてきた。いわゆるエリートコースなのじゃよ」
「……へ?」
 おれは呆けたような声を漏らした。
 雄ならば一度は夢見る出世道が、まさかこんなどどめ色をしたいばらの草薮に隠されているとは思わなかったからである。
「え、エリート……コース……? おれが、長に……?」
 口の中で転がした言葉は、たいそう魅力的な響きだった。正直自分はそんなものとは無縁だと思っていただけに、なおのこと。
「何を隠そうわしもそうじゃったし、亡きお前のお父上もそうなのじゃ。長になれば権威が手に入り、なにより沢山のメスに囲まれる。確かに大衆の前でちんぽをぶつけ合うのは恥ずかしいやもしれぬが、それも一時の恥よ。永遠の名声が手に入ると考えれば安いものじゃろう」
「そ、そう……かな……」
 正直なところ、おれの心は既に傾き始めていた。術中に嵌っているともいう。
 大衆のまえで何が悲しくて大切なちんちんをさらけ出さなくてはいけないのか、という究極的真理的問題点はいまだ健在だが、しかし脳裏を過ぎるのは幼き日の光景。優れた戦士であったという父が、多くの友に慕われ、多くの妻を娶り、幸せそうに暮らしていた姿を。
 まさか身内がそんなお下劣な戦いを勝ち抜いてきたなど知らなかったので、その憧憬が大分美化されている気はしなくもないが、父の背中を追いたいという気持ちは子供の頃より常に抱いてきていたのだ。
 そしていま、その幼き日に夢見た栄光を掴む機会が目の前にあるとするならば。獲らない理由などないのだろう。
 ……。ええっと、ない、よな……?
「さてどうするんじゃ。十秒以内に決めなさい。さーん、にー、いーち」
 長老は高速でのろのろとカウントし始めた。もはや葛藤させる余裕すらも与えてくれないらしい。巧妙な詐欺の手口だった。
「わ、わかりました! 受けます! やるから!!」
「ほほう」
 勢いに任せておれは叫んだ。
 嗚呼、もはや後戻りはできない、行く先は修羅だが、もうこうなればその先の栄光めがけて走るしかない。腹をくくろう。
 ……いやだなあ。
「ほう、言ったな。その勇気を称えよう」
「……やっぱ今の無しに出来ません?」
「だめじゃ」
「ですよね」
 おれは深くため息を吐いた。深まる春よりもさらに深く、ため息を吐いた。
 仰いだ空の青さが目に染みる。これからの事を思うと、目頭がじんわりと熱くなった。
「そうしょぼくれるでない。勝負はこれよりひと月後、それまでに儂が立派な戦士に育て上げてやろう」
「……はい? 育て上げる、とは」
 長老はそのしょぼくれた吊り目を光らせて、おれの方へとじりじりとにじり寄ってきた。両手をわきわきさせている。
「手ほどきじゃよ。いかに相手を射精に至らせるか、そしていかに相手からの責め苦を耐え凌ぐか。いかにこみ上げる欲求を抑え込むか。ちんぽバトルの真髄を、一月でオヌシの身体に染み込ませてみせよう」
 なるほど、よくわかった。今すぐ逃げなくては貞操があぶない。
 おれはようやく痛みが引き出した腰を上げて、一目散に丘のふもとへと駆け出した。
 臆面もなく四足で這いつくばり、風のように走る。もし長老に捕まったら何をされるか――!
「ほい、捕まえたぞい」
 捕まった。駆け出して数秒で回り込まれ、腹部に蹴りを入れられノックダウン。そのまま首根っこを押さえつけられる。
「いやだあああっ! 放せ! 放せえっ!!!」
 駄々っ子のようにじたばたしてみるも、地面がめり込もうかというほどの力で抑えられてはどうしようもない。
 一度決めたことを覆して逃げおおせようとするのは情けないが、嫌なものは嫌である。
「なあに、痛くせんよ」
「嘘だあっ! 絶対する! 絶対するでしょ!」
「するぞい」
「ほらああああああっ!!!!」
 首を絞めつけられて薄れゆく意識の中、おれはなにか自分の大切なものが失われるだろうということを確信していた。おしりのヴァージンだった。
 空は青い。皮肉なほどに青い。その青さが、今から青姦されるという事実を明白にしていた。
 暗転。

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なかがき

整理していたら見つけたので供養がてら上げました。いろいろと疲れてたんだと思います。もよよです。
整理していたら見つけたので供養がてら上げました。もよよです。
たぶん続きます。ご期待ください。
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