笑わない子供たち 「なあ、サク。お前さあ」 ポケポータルでやってきた友人に呼び止められ、サクは何気なく振り返った。 「その顔だよ。なんで笑わないんだよお前」 友人ことアケは、むすっとした顔で尋ねた。サクは怪訝そうに尋ね返す。 「なんでって、アケだって笑ってないじゃん」 「そりゃあお前、隣で友達がしかめっ面してるからだろ」 しかめっ面、というほどしかめられてはいないが、確かにサクの口角は下を向いていた。 「試しにさ、笑ってみろよ」 アケは半ば強引に、サクの頬を両手の平で挟んで押し上げた。しかし、頬だけが上に押し上げられて、口角は下がったままだった。 「アケだって」 今度はサクが、アケの頬を押し上げた。やはり、口角だけは上がらない。 「どうしちまったんだろう」 「どうしたんだろうね」 試しに二人で並んでスマホロトムを構えてみた。二人とも、自撮りをするときは無理にでも笑うタイプだった。しかし、画面に映る顔は妙にしみったれている。 「いつもの、やってみようか」 「いいな、ベイクタウンに行こうか」 「いつもの」というのは、高い場所からライドポケモンで飛び降りる遊びだった。一歩間違えば命を落としかねないが、二人は好き好んでやっている。そんなことができるのも、彼らの持つポケモンのおかげだった。 二人は頷きあい、腰に付けた七つ目のボールを放った。サクのボールからはコライドン、アケのボールからはミライドンが飛び出す。どちらも現在のパルデア地方には生息していない、珍しいライドポケモンだ。最初こそただただ走るだけ、その辺にいるモトトカゲと変わらない性能だったものが、今では風のように駆け回り、海を泳ぎ、高く跳び上がり、翼を広げて滑空し、切り立った壁さえ昇ることができるようになっていた。彼らの先輩との笑いあり涙ありの冒険活劇の末に手に入れた力だが、今はその話は割愛する。 「さて、一丁行きますか」 頂上まで登りきると、二人はそれぞれのライドポケモンに命じて崖から飛び降りた。 強烈な浮遊感が二人を襲った。しかし二人とも慣れたもので、悲鳴どころか「ひゃっほう!」などと歓声を上げている。あれよという間に遥か下の地面が迫り、コライドンとミライドンは頭に生えた翼を広げた。落下の速度が急に緩和され、二人は又の内側に力を入れて尻が浮き上がりそうになるのをこらえた。 無事に着地してライドポケモンをボールに戻し、サクとアケは互いの顔を見た。 「笑ってないな」 「笑ってないね」 「俺、こんな顔で「ひゃっほう!」なんて言ってたのか?」 「だとしたら笑えるね」 「笑えるな。この表情が元に戻ればだけど」 「悲しいかな、笑えないねえ」 「困ったもんだよ全く……」 顔を見合わせ、互いの頬をつねった。むすっとした顔は治らず、つねった個所が赤くなっただけだった。 「憂さ晴らしにレイドでも行こうか」 「おお、いいな。ちょうどアイテム狩りしたいと思ってた」 二人はスマホロトムを起動し、マップを開いた。 パルデア地方の地図の上には、18のタイプを示すマーカーが点在する。そこには結晶の洞窟が存在し、中に入ると野生のポケモンより少し強いポケモンが出現する。ポケモンは最初から特定のタイプにテラスタルし、時には元のタイプとは全く別のテラスタイプを持つこともある。倒せばけいけんアメやテラスタイプに対応したテラスピースなど、冒険の役に立つアイテムを多数手に入れることができる。これがパルデア地方特有の大型バトル、「レイド」こと「テラレイドバトル」である。 四人一組での挑戦が義務化されており、挑戦者が集まらないときはリーグから派遣されたトレーナーがサポートに入ることになる。サクとアケは専ら二人で挑戦し、サポーター二人と共にいくつものレイドを踏破してきた。 二人は手近にあった黒い結晶を獲物に選んだ。数ある結晶の中でも、黒い結晶の中ではひときわ強いポケモンが出現する。戦った時の手ごたえはさることながら、捕まえた時の能力も、戦闘後に手に入る報酬も、他のレイドより良いものであることが多い。 サポートトレーナーを呼び出して洞窟に入ると、眩い光が彼らを包んだ。後から来た二人は咄嗟に目を閉じたが、サクとアケは堂々と目を開けたまま、光の向こうにいるポケモンを見据えた。相手はバンギラス。パルデア地方には野生で存在しない、強力なポケモンの一匹だ。頭に乗ったテラスタルジュエルは風船の形をしている。テラスタイプはひこうだ。 「あくタイプだから『ひこう』ってか」 「うまいことできてるもんだねえ」 「ああ。さくっと片付けようか」 冗談を交えつつ、しかし全く面白くなさげな表情で、二人は手持ちのポケモンを繰り出した。 戦闘前の言葉通り、二人はバンギラスをさくっと片付けた。大量のけいけんアメやテラスピースの他に、運よくとくせいパッチまで手に入れてホクホクの二人。しかし、相変わらず表情は硬い。 サポートトレーナーと別れた二人は、再び互いの頬をつねった。 「痛い」 「痛いね」 「現実だな」 「だね」 こんな現実があってたまるものかと二人は思ったが、現実である以上どうしようもなかった。 「なんかさ、いつもは眩しいはずなんだけどな。たまに全然眩しくなくて、最初から目を開けてられる時があるんだよな」 と、アケは切り出した。 「ああ、あるある。僕もたまにそうなるよ」 サクはうんうんと頷く。 「んでさ。そうなった後って、なんか笑う気が起きなくなるんだよな。なんでだろうな」 「なんでだろう。レイドがつまんなかったからとか?」 「いや、面白いとかつまんないとか関係なく」 「レイドポケモンの呪いかな」 「やめろやめろ、怖いだろ!」 和気あいあいと、しかし口をへの字にして呑気に喋る二人は知らない。彼らがいる世界の外側に、彼らの知らない世界があることを。