言語能力、戦闘能力ともに良好、彼は、魔王と呼ばれた彼はそういってくれた。 魔王アスラ、世界を破滅させる存在。 それが僕たちを生み出したものの呼ばれ方だった…… 誰かから畏怖される存在であり、その存在が僕たちを創り出した。 「何とも滑稽な話だね……破壊神の系譜になるなんて」 暗闇の中で一人そんなことを言っていた一匹のポケモン。体躯は小さく、薄い赤褐色の色、尻尾にともる炎だけが、赤々と燃え上がっている。そのポケモンは、ヒトカゲ。 「アルファ、誰と話しているの?」 ひょいっと暗闇の中から更に一匹のポケモンが現れる。暗闇の中でも光り続けるような黄色に、ネズミを思わせる姿形。両側の頬は林檎のように赤く、そこから微量の電気が漏れている、そのポケモンは、ピカチュウ。 「誰とも話していないよ……ただ一人で喋ってただけさ……頭の中に今までの情報が網羅しているから、それを少し整理しようと思って喋ってたのさ」 アルファと呼ばれたヒトカゲは、そういって隣にいるピカチュウに目を向けた。空色の透き通った瞳が、濁った亜麻色の瞳を捉える。 「ゼルタ、君こそなんでこんなところにいるの?僕と同じように、"調整"をうけるのかい?」 「……調整?ううん、今日は暇だったからうろうろしているだけだよ……アルファはどうして調整されたの?」 ゼルタと呼ばれたピカチュウは静かに首を横に振る、アルファは遠い目をしてからゆっくりと口を開いた。 「なんかよく分からないけど、新しい能力を付加するとか何とか……いまいち、というよりも全然分からないんだ……もう調整済みなんだけど、どこがどう変わったのか……」 自分の体を舐めるように見回して、首を横に傾ける、何か変わったのか、姿形ではない、体臭かもしれない。自分の体の臭いを嗅いで見たが、特に何も臭わなかった。 「別に何も変わらないみたい、何かが変わったのかな??」 アルファは首を更に傾けて、窓の外を見た。薄暗い闇の中で唯一の、光が見える窓の外。 眼前が捉えるのは、ただただ、雲に覆われた世界だけ。 「これが世界だとしたら、随分と住みにくそうな世界だね……」 「そうだね、別に気にはしないけどね、こんな景色見飽きたし、何よりも、外に出ることは、敵を倒すことだけ……」 「"倒す"……"殺す"の間違いじゃないの?」 「そうですね、殺すことがなければ、私達の存在意義の半分は失われると、アスラもいっています」 「ヴィタ……」 「ガンマまで」 ゼルタの言葉を聞いていたかのように、二匹のポケモンが闇から姿を現す、一匹は亀のような形を、もう一匹は植物の球根を背負った蛙のような容姿をしたポケモン……ゼニガメと、フシギダネ。 「二人とも、今日は何もないの?」 ヴィタと呼ばれたゼニガメは、こくりと頷いた。 「オイラは、今日は何もしなくていいって、アスラにいわれた……」 「私も、何もしなくても、イプシロンとファイがやってくれるといっていましたから……」 ガンマと呼ばれたフシギダネも、そういって首を縦に振る。 「へえ?珍しいな、僕たちが揃って待機命令だなんて……」 「珍しいといえばそうですが、アルファは調整を受けたと聞きましたが?」 「オイラとガンマ、それにゼルタは受けてないな、そんなもの」 「順番があるっぽいかもね、次はヴィタだっていってたし……なんにせよ、特に何も変わらないから期待しないほうがいいよ。期待したら損をする」 「損?……おいら達に必要なものじゃないだろ、損得感情なんて……」 死んだ魚のような瞳で、ヴィタはアルファにそういった、アルファは少しだけ思案に暮れたが、確かにそうだと首を縦に振る。 「確かにいらないね、そんなもの……そういう変な感情があると、思考回路が鈍るだけだから――」 「そんなことはないですよ」 ふと、声がした。そちらのほうへと顔を向けると、一匹のポケモンが立っていた。 「ディガンマ?」 ディガンマと呼ばれたポケモンは、ゆっくりとアルファたちに近づいていく、それはそれはゆっくりと。 ぼんやりとした輪郭がはっきりと映し出され、そのポケモンがどんなものなのか分かり始める……犬なのか兎なのかよくわからない体に、茶色い体毛がぼやっと瞳に映る。 そのポケモンはイーブイと呼ばれるポケモンだ。 「思考回路はそういうどうでもいい知識も力に代える事があります……どれだけ変な考え方でも、後で役に立つかもしれませんからね」 「それは、君がそう思ったからなの?」 ゼルタはディガンマにそういって、首を右に傾ける。さあ、どうでしょうか、などといってディガンマは笑うだけだった……そんな有耶無耶な答えをもらっても、ゼルタはふーんと言って、そこから更に続けるように言葉を紡ぎだす。 「そんな有象無象の答えを出すくらいなら、確信を持ってそんなことはないって言うのはやめて欲しいな、どうせ言うならもう少し含蓄のある言葉を聞きたいよ」 「含蓄の意味を知っていますか?」 「全然知らない、でも、今の会話に適切な表現だと判断したから使用しただけさ。」 ゼルタは感情的になってものを言うことが無い。何かを思いついたように、ふっと言葉を口にしたかと思えば、またすぐに黙ってしまったり、かと思ったらいきなり難しい言葉をつらつらと重ねたり……一目見れば、喋ることが少ないよく分からないポケモンと言う認識が強い。 「まぁたしかに、含蓄と言うのは今の会話には適切な言葉ですが、意味を知らずに使っていたら意味が無いでしょう?」 「意味が無い?そんなことを言ったらこの世界に存在している僕たちなんかそれ以上に意味の無い存在じゃないか」 突拍子もなくいきなりそんなことを言って、ディガンマは口をつぐんで目を細めた。 「それは全く関係ない問題なのでは??」 「そうかな?……確かにそうかもね」 あっさりと認めると、ディガンマから背をそむけて、ゼルタはぴょこぴょこと歩いて何処かにいってしまった。アルファ達もゼルタに続いて部屋を出て行く…… 「……何を考えているのやら……」 「ディガンマ、嫌われた、嫌われた、ディガンマ、ゼルタに嫌われた……嫌、嫌、嫌、嫌?」 「嫌ではありませんよ、スティグマ……何を考えているのか分からないから、若干恐いだけです」 いきなり後ろから声が聞こえた、しかしディガンマはそれを分かっていたかのように、後ろから現れたポケモンに話しかける、妙な動きをして、胴体と首が離れている、生物と言うには、少し難があるかもしれない、赤と青体に、金色の瞳が怪しく光る。ポリゴンZ、不思議なポケモンだった。 「恐い?」 「ええ、恐いです。何を考えているのか分からないポケモンほど、恐いものはありません。スティグマほど分かりやすいといいのですけどね」 「わかりやすい、僕はそんなにわかりやすい???」 「ええ、とっても、凄く、かなり、非常に」 「へええええええええええ」 かくかくと首を左右に振りながら、スティグマはビカビカと両目をやたらと光らせる。 「テwンwシwョwンwあwがwっwてwきwたw」 「……どうぞ、繋がっていますよ、アスラ様」 そういうと、スティグマの目が紫色に光ると、別の声が聞こえてきた。 「ディガンマよ、あの四匹はどこにいる?」 その声は、重く、鋭く、聞くものの心を鷲掴みにするような、冷え切った声。この声の主こそ、世界から恐れられる、魔王アスラのものだった。 「先程何処かへ行かれたようですが、アスラ様、スティグマの通信機能の起動音声を変えたほうがよろしいのでは??」 「本人がこれがいいといっているから、相当な理由がなければ変えはせんよ」 「はあ、まぁ、別にいいんですけどね」 ディガンマは虚ろな瞳をスティグマに向けて、憂鬱そうなため息をついた。 「そうか、あの四匹には常に目を配っておいてくれ」 「謀反でも起こすと言うのですか?」 「違う、新しいものや、新しい行動を起こしたのならば、随時それを私に伝えて欲しい」 「赤ちゃんの成長を見守る親ですか??」 「そうかもしれんな」 「……」 スティグマを通して聞こえてきた声は、若干笑っているように聞こえた。 「………まあ、了解です、一応変化があれば私が報告いたします」 「うむ、頼んだぞ、ディガンマ」 「御意に」 そういうと通信が途切れる、紫色に光っていたスティグマの瞳が金色に戻り、また首を左右に降り始める。 「アスラ、アスラ、何だった?」 「どうでもいい世間話でしたよ」 「世間話、世間話、石鹸話」 「石鹸話???」 よく分からない単語を口にした瞬間、この後ディガンマはスティグマの口から、意味の分からない石鹸話とやらを子一時間程度聞かされる羽目になった。 「どこに行くつもりだ、お前達」 「……」 四匹は進み続ける、どこに行くわけでもない、進んで進んで、三匹のポケモンに出会った。 「話を聞いているのか?」 「………こんにちは」 ガンマが慇懃無礼な挨拶をすると、人形達は同じような仕草を次々に繰り出した。 「こんにちは、イプシロン」 「こんにちは、ファイ」 「こんにちは、ヨット」 全員が同じような不気味な行動。いくら仲間でも、これを見たら血の気が引くかもしれない、そう思うほどの不気味な行動。 「人形共が」 「気持ち悪いです」 「死ね、化け物」 三匹はそれぞれが思ったことを口にした。無論、化け物といわれようが、死ねといわれようが、どんな悪態を叩き付けられようが、四匹は何とも思わない。ただ静かに、湖面のような瞳を三匹に向けるだけ。 「ごめんなさい」 と、ガンマ 「すみません、イプシロン」 と、アルファ 「申し訳ない、ファイ」 と、ヴィタ 「失礼しました、ヨット」 と、ゼルタ。 そんな言葉を聞いたら、三匹は明らかに顔色を悪くして、苦虫を噛み潰したような顔になった。 「ふん」 「ふぅ」 「へっ」 最早言うことなんぞはないとばかりに、三匹はそのままアルファたちと逆の方向へと消えていく。 消える瞬間、闇の中で三匹の姿が一瞬だけ照らし出される。 ヒメグマにマッスグマにキュウコン。それぞれ特徴的な後姿のまま、闇の中に吸い込まれて消えていった。 「気持ち悪いだって」 「化け物だって」 「人形だって」 アルファ、ヴィタ、ゼルタがそんなことを言うと、ガンマはくすくすと笑った。 「嫌われるのならば、とことん嫌われたいですね」 そういうと、三匹たちも同じように頷いた。 「そうだね」 「オイラ達に馴れ合いなんて言葉は、必要ないから」 「僕達は、四匹でいい……三匹でも五匹でもない、四匹で」 口々に出る言葉は、四匹だけが持っている団結力、友情ではない何か、ただ、四匹で固まって行動するだけ。それだけの行動だったが、しかしそれは、陳腐な友情や結束といったものよりも、硬く、深く、重い何かで結ばれているような気がした…… 「そういうの、馴れ合いって言うんだよ」 ふと、声がした。声の方向へと首を向けると、そこには一匹のクチートが立ってにこやかに手を振っていた。 「ジタ……」 ジタと呼ばれたクチートは、ぴょんぴょんはねながらアルファたちに近づくと、にこやかな顔を、更に笑顔にして、四匹に語りかけた。 「大丈夫大丈夫、イプシロンたちのことは気にしないほうがいいよ。きっと君達がアスラ様にやたらと構ってもらってるから、僻んでるんだと思うよ、ヨットやファイはどうなのか良くわかんないけど、イプシロンは僻んでるだけ。イプシロンには夢がないのさ」 夢、といわれて若干眉を潜めたが、ジタはそんなことを気にすることもなく饒舌に話を続ける。 「夢や目標、日々を生きる糧、それは言うだけならとっても簡単なんだけどね……大切なのは、書く事さ、その目標や夢に向かって、今日は何をするのか、そして、明日は何をするために、共同すれば明日に繋がるのか、イプシロンには、それがない」 「ジタにもないよね」 「そ、私にもない、けど、アルファたちにはあるんじゃないの?」 「ないよ、そんなの」 「それじゃあイプシロンが起こる意味が分からないじゃない??イプシロンが君達が嫌いな理由はさ、自分になくて、君達にあるものがあるから、イプシロンは君たちが嫌いなんじゃないの???」 「……日記のこと?」 そうそれ、といってジタはケタケタ笑う。 「日記を書いているなら、たとえ夢や目標がなくても、今までの自分を見て振り返ることができるじゃないの??」 「含蓄の含まれてない言葉だね」 ひょいっと横から口を挟んだゼルタの言葉を、ジタは笑いながら回答する。 「うんそうだね、だって私、まだ作られて一ヶ月もたってないもん」 アハハと笑って、ジタはそのまま闇の中に消えていく、去り際に、ジタは一言だけ、アルファたちにはき捨てるように呟いた。 「まあ、お人形なんていわれてるのに日記つけてる君達のことは、私も大っ嫌いだけどね……」 「?」 「じゃあね」 身を翻し、今度こそジタは闇の中に消えていく…… 「今の話は……」 アルファはぼけっとしながらジタの言葉を聞いていたが、結局のところ励ましているのか何をしにきたのかすらも分からないジタの言動に首を傾げるばかりだった。 「気にしないほうがいいよ」 「そうだね」 ヴィタとゼルタは互いに気にしないといって頷いた。ガンマは静かに自他の進んだ先を見据えていた。 「僕達は、人形、でも、生きてる」 「考えるだけ意味が無いと思いますよ」 「早々、だってオイラ達、何のために作られたのかもわかっちゃいないんだから」 「でも、一つだけ分かっていることはあるんじゃない?」 「敵、敵を殺すこと」 全員の意思がそのときだけ一致する。最初の頃、四匹だけだったころは、ただ、敵を殺すことだけを考えさせられた。 「お前達を殺そうとするものを、殺せ」 そういわれてから、一体どれだけ戦ったのか。一ヶ月足らずの時間でも、アルファたちには永遠の時間に思われた。 しかし、殺さなければ殺される。自分達がこの党の外から出てきたと分かれば、殺そうとするポケモン達は大量にやってくる。殺さなければ殺される、それがこの世界のルールなのだとアルファ達は思い込んでいた。 それに、相手を行動不能にする、そうして自分が生きていることを実感できる。殺すことで実感する、命の鼓動。生きること、そのことも含めて。 殺す、殺して壊す、今までも、これからも、遠い未来の先までも、殺して壊して殺して壊して殺して壊して―― 「アルファ、ヴィタ、ガンマ、ゼルタ」 頭の中に声が聞こえて、アルファたちの思考が乱れる。強力なテレパシーの力で、頭の雑念が一気に消去される。 「なぁに?アスラ」 「敵だ」 アスラは一言だけそういうと、テレパシーを一方的に遮断する。 「敵だって」 「敵だって」 「敵だって」 「敵だって」 四匹は頷くと、建物の入り口を目指し、ゆっくり徒歩を進めた、その瞳に、殺意の思念を宿しながら―― ---- 続くったら続く ---- #comment