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秘密の日記2 ―殺動― の変更点


言語能力、戦闘能力ともに良好、彼は、魔王と呼ばれた彼はそういってくれた。
魔王アスラ、世界を破滅させる存在。
それが僕たちを生み出したものの呼ばれ方だった……
誰かから畏怖される存在であり、その存在が僕たちを創り出した。
「何とも滑稽な話だね……破壊神の系譜になるなんて」
暗闇の中で一人そんなことを言っていた一匹のポケモン。体躯は小さく、薄い赤褐色の色、尻尾にともる炎だけが、赤々と燃え上がっている。そのポケモンは、ヒトカゲ。
「アルファ、誰と話しているの?」
ひょいっと暗闇の中から更に一匹のポケモンが現れる。暗闇の中でも光り続けるような黄色に、ネズミを思わせる姿形。両側の頬は林檎のように赤く、そこから微量の電気が漏れている、そのポケモンは、ピカチュウ。
「誰とも話していないよ……ただ一人で喋ってただけさ……頭の中に今までの情報が網羅しているから、それを少し整理しようと思って喋ってたのさ」
アルファと呼ばれたヒトカゲは、そういって隣にいるピカチュウに目を向けた。空色の透き通った瞳が、濁った亜麻色の瞳を捉える。
「ゼルタ、君こそなんでこんなところにいるの?僕と同じように、"調整"をうけるのかい?」
「……調整?ううん、今日は暇だったからうろうろしているだけだよ……アルファはどうして調整されたの?」
ゼルタと呼ばれたピカチュウは静かに首を横に振る、アルファは遠い目をしてからゆっくりと口を開いた。
「なんかよく分からないけど、新しい能力を付加するとか何とか……いまいち、というよりも全然分からないんだ……もう調整済みなんだけど、どこがどう変わったのか……」
自分の体を舐めるように見回して、首を横に傾ける、何か変わったのか、姿形ではない、体臭かもしれない。自分の体の臭いを嗅いで見たが、特に何も臭わなかった。
「別に何も変わらないみたい、何かが変わったのかな??」
アルファは首を更に傾けて、窓の外を見た。薄暗い闇の中で唯一の、光が見える窓の外。
眼前が捉えるのは、ただただ、雲に覆われた世界だけ。
「これが世界だとしたら、随分と住みにくそうな世界だね……」
「そうだね、別に気にはしないけどね、こんな景色見飽きたし、何よりも、外に出ることは、敵を倒すことだけ……」
「"倒す"……"殺す"の間違いじゃないの?」
「そうですね、殺すことがなければ、私達の存在意義の半分は失われると、アスラもいっています」
「ヴィタ……」
「ガンマまで」
ゼルタの言葉を聞いていたかのように、二匹のポケモンが闇から姿を現す、一匹は亀のような形を、もう一匹は植物の球根を背負った蛙のような容姿をしたポケモン……ゼニガメと、フシギダネ。
「二人とも、今日は何もないの?」
ヴィタと呼ばれたゼニガメは、こくりと頷いた。
「オイラは、今日は何もしなくていいって、アスラにいわれた……」
「私も、何もしなくても、イプシロンとファイがやってくれるといっていましたから……」
ガンマと呼ばれたフシギダネも、そういって首を縦に振る。
「へえ?珍しいな、僕たちが揃って待機命令だなんて……」
「珍しいといえばそうですが、アルファは調整を受けたと聞きましたが?」
「オイラとガンマ、それにゼルタは受けてないな、そんなもの」
「順番があるっぽいかもね、次はヴィタだっていってたし……なんにせよ、特に何も変わらないから期待しないほうがいいよ。期待したら損をする」
「損?……おいら達に必要なものじゃないだろ、損得感情なんて……」
死んだ魚のような瞳で、ヴィタはアルファにそういった、アルファは少しだけ思案に暮れたが、確かにそうだと首を縦に振る。
「確かにいらないね、そんなもの……そういう変な感情があると、思考回路が鈍るだけだから――」
「そんなことはないですよ」
ふと、声がした。そちらのほうへと顔を向けると、一匹のポケモンが立っていた。
「ディガンマ?」
ディガンマと呼ばれたポケモンは、ゆっくりとアルファたちに近づいていく、それはそれはゆっくりと。
ぼんやりとした輪郭がはっきりと映し出され、そのポケモンがどんなものなのか分かり始める……犬なのか兎なのかよくわからない体に、茶色い体毛がぼやっと瞳に映る。
そのポケモンはイーブイと呼ばれるポケモンだ。
「思考回路はそういうどうでもいい知識も力に代える事があります……どれだけ変な考え方でも、後で役に立つかもしれませんからね」
「それは、君がそう思ったからなの?」
ゼルタはディガンマにそういって、首を右に傾ける。さあ、どうでしょうか、などといってディガンマは笑うだけだった……そんな有耶無耶な答えをもらっても、ゼルタはふーんと言って、そこから更に続けるように言葉を紡ぎだす。
「そんな有象無象の答えを出すくらいなら、確信を持ってそんなことはないって言うのはやめて欲しいな、どうせ言うならもう少し含蓄のある言葉を聞きたいよ」
「含蓄の意味を知っていますか?」
「全然知らない、でも、今の会話に適切な表現だと判断したから使用しただけさ。」
ゼルタは感情的になってものを言うことが無い。何かを思いついたように、ふっと言葉を口にしたかと思えば、またすぐに黙ってしまったり、かと思ったらいきなり難しい言葉をつらつらと重ねたり……一目見れば、喋ることが少ないよく分からないポケモンと言う認識が強い。
「まぁたしかに、含蓄と言うのは今の会話には適切な言葉ですが、意味を知らずに使っていたら意味が無いでしょう?」
「意味が無い?そんなことを言ったらこの世界に存在している僕たちなんかそれ以上に意味の無い存在じゃないか」
突拍子もなくいきなりそんなことを言って、ディガンマは口をつぐんで目を細めた。
「それは全く関係ない問題なのでは??」
「そうかな?……確かにそうかもね」
あっさりと認めると、ディガンマから背をそむけて、ゼルタはぴょこぴょこと歩いて何処かにいってしまった。アルファ達もゼルタに続いて部屋を出て行く……
「……何を考えているのやら……」
「ディガンマ、嫌われた、嫌われた、ディガンマ、ゼルタに嫌われた……嫌、嫌、嫌、嫌?」
「嫌ではありませんよ、スティグマ……何を考えているのか分からないから、若干恐いだけです」
いきなり後ろから声が聞こえた、しかしディガンマはそれを分かっていたかのように、後ろから現れたポケモンに話しかける、妙な動きをして、胴体と首が離れている、生物と言うには、少し難があるかもしれない、赤と青体に、金色の瞳が怪しく光る。ポリゴンZ、不思議なポケモンだった。
「恐い?」
「ええ、恐いです。何を考えているのか分からないポケモンほど、恐いものはありません。スティグマほど分かりやすいといいのですけどね」
「わかりやすい、僕はそんなにわかりやすい???」
「ええ、とっても、凄く、かなり、非常に」
「へええええええええええ」
かくかくと首を左右に振りながら、スティグマはビカビカと両目をやたらと光らせる。
「テwンwシwョwンwあwがwっwてwきwたw」
「……どうぞ、繋がっていますよ、アスラ様」
そういうと、スティグマの目が紫色に光ると、別の声が聞こえてきた。
「ディガンマよ、あの四匹はどこにいる?」
その声は、重く、鋭く、聞くものの心を鷲掴みにするような、冷え切った声。この声の主こそ、世界から恐れられる、魔王アスラのものだった。
「先程何処かへ行かれたようですが、アスラ様、スティグマの通信機能の起動音声を変えたほうがよろしいのでは??」
「本人がこれがいいといっているから、相当な理由がなければ変えはせんよ」
「はあ、まぁ、別にいいんですけどね」
ディガンマは虚ろな瞳をスティグマに向けて、憂鬱そうなため息をついた。
「そうか、あの四匹には常に目を配っておいてくれ」
「謀反でも起こすと言うのですか?」
「違う、新しいものや、新しい行動を起こしたのならば、随時それを私に伝えて欲しい」
「赤ちゃんの成長を見守る親ですか??」
「そうかもしれんな」
「……」
スティグマを通して聞こえてきた声は、若干笑っているように聞こえた。
「………まあ、了解です、一応変化があれば私が報告いたします」
「うむ、頼んだぞ、ディガンマ」
「御意に」
そういうと通信が途切れる、紫色に光っていたスティグマの瞳が金色に戻り、また首を左右に降り始める。
「アスラ、アスラ、何だった?」
「どうでもいい世間話でしたよ」
「世間話、世間話、石鹸話」
「石鹸話???」
よく分からない単語を口にした瞬間、この後ディガンマはスティグマの口から、意味の分からない石鹸話とやらを小一時間程度聞かされる羽目になった。




「どこに行くつもりだ、お前達」
「……」
四匹は進み続ける、どこに行くわけでもない、進んで進んで、三匹のポケモンに出会った。
「話を聞いているのか?」
「………こんにちは」
ガンマが慇懃無礼な挨拶をすると、人形達は同じような仕草を次々に繰り出した。
「こんにちは、イプシロン」
「こんにちは、ファイ」
「こんにちは、ヨット」
全員が同じような不気味な行動。いくら仲間でも、これを見たら血の気が引くかもしれない、そう思うほどの不気味な行動。
「人形共が」
「気持ち悪いです」
「死ね、化け物」
三匹はそれぞれが思ったことを口にした。無論、化け物といわれようが、死ねといわれようが、どんな悪態を叩き付けられようが、四匹は何とも思わない。ただ静かに、湖面のような瞳を三匹に向けるだけ。
「ごめんなさい」
と、ガンマ
「すみません、イプシロン」
と、アルファ
「申し訳ない、ファイ」
と、ヴィタ
「失礼しました、ヨット」
と、ゼルタ。
そんな言葉を聞いたら、三匹は明らかに顔色を悪くして、苦虫を噛み潰したような顔になった。
「ふん」
「ふぅ」
「へっ」
最早言うことなんぞはないとばかりに、三匹はそのままアルファたちと逆の方向へと消えていく。
消える瞬間、闇の中で三匹の姿が一瞬だけ照らし出される。
ヒメグマにマッスグマにキュウコン。それぞれ特徴的な後姿のまま、闇の中に吸い込まれて消えていった。
「気持ち悪いだって」
「化け物だって」
「人形だって」
アルファ、ヴィタ、ゼルタがそんなことを言うと、ガンマはくすくすと笑った。
「嫌われるのならば、とことん嫌われたいですね」
そういうと、三匹たちも同じように頷いた。
「そうだね」
「オイラ達に馴れ合いなんて言葉は、必要ないから」
「僕達は、四匹でいい……三匹でも五匹でもない、四匹で」
口々に出る言葉は、四匹だけが持っている団結力、友情ではない何か、ただ、四匹で固まって行動するだけ。それだけの行動だったが、しかしそれは、陳腐な友情や結束といったものよりも、硬く、深く、重い何かで結ばれているような気がした……
「そういうの、馴れ合いって言うんだよ」
ふと、声がした。声の方向へと首を向けると、そこには一匹のクチートが立ってにこやかに手を振っていた。
「ジタ……」
ジタと呼ばれたクチートは、ぴょんぴょんはねながらアルファたちに近づくと、にこやかな顔を、更に笑顔にして、四匹に語りかけた。
「大丈夫大丈夫、イプシロンたちのことは気にしないほうがいいよ。きっと君達がアスラ様にやたらと構ってもらってるから、僻んでるんだと思うよ、ヨットやファイはどうなのか良くわかんないけど、イプシロンは僻んでるだけ。イプシロンには夢がないのさ」
夢、といわれて若干眉を潜めたが、ジタはそんなことを気にすることもなく饒舌に話を続ける。
「夢や目標、日々を生きる糧、それは言うだけならとっても簡単なんだけどね……大切なのは、書く事さ、その目標や夢に向かって、今日は何をするのか、そして、明日は何をするために、共同すれば明日に繋がるのか、イプシロンには、それがない」
「ジタにもないよね」
「そ、私にもない、けど、アルファたちにはあるんじゃないの?」
「ないよ、そんなの」
「それじゃあイプシロンが起こる意味が分からないじゃない??イプシロンが君達が嫌いな理由はさ、自分になくて、君達にあるものがあるから、イプシロンは君たちが嫌いなんじゃないの???」
「……日記のこと?」
そうそれ、といってジタはケタケタ笑う。
「日記を書いているなら、たとえ夢や目標がなくても、今までの自分を見て振り返ることができるじゃないの??」
「含蓄の含まれてない言葉だね」
ひょいっと横から口を挟んだゼルタの言葉を、ジタは笑いながら回答する。
「うんそうだね、だって私、まだ作られて一ヶ月もたってないもん」
アハハと笑って、ジタはそのまま闇の中に消えていく、去り際に、ジタは一言だけ、アルファたちにはき捨てるように呟いた。
「まあ、お人形なんていわれてるのに日記つけてる君達のことは、私も大っ嫌いだけどね……」
「?」
「じゃあね」
身を翻し、今度こそジタは闇の中に消えていく……
「今の話は……」
アルファはぼけっとしながらジタの言葉を聞いていたが、結局のところ励ましているのか何をしにきたのかすらも分からないジタの言動に首を傾げるばかりだった。
「気にしないほうがいいよ」
「そうだね」
ヴィタとゼルタは互いに気にしないといって頷いた。ガンマは静かに自他の進んだ先を見据えていた。
「僕達は、人形、でも、生きてる」
「考えるだけ意味が無いと思いますよ」
「早々、だってオイラ達、何のために作られたのかもわかっちゃいないんだから」
「でも、一つだけ分かっていることはあるんじゃない?」
「敵、敵を殺すこと」
全員の意思がそのときだけ一致する。最初の頃、四匹だけだったころは、ただ、敵を殺すことだけを考えさせられた。
「お前達を殺そうとするものを、殺せ」
そういわれてから、一体どれだけ戦ったのか。一ヶ月足らずの時間でも、アルファたちには永遠の時間に思われた。
しかし、殺さなければ殺される。自分達がこの党の外から出てきたと分かれば、殺そうとするポケモン達は大量にやってくる。殺さなければ殺される、それがこの世界のルールなのだとアルファ達は思い込んでいた。
それに、相手を行動不能にする、そうして自分が生きていることを実感できる。殺すことで実感する、命の鼓動。生きること、そのことも含めて。
殺す、殺して壊す、今までも、これからも、遠い未来の先までも、殺して壊して殺して壊して殺して壊して――
「アルファ、ヴィタ、ガンマ、ゼルタ」
頭の中に声が聞こえて、アルファたちの思考が乱れる。強力なテレパシーの力で、頭の雑念が一気に消去される。
「なぁに?アスラ」
「敵だ」
アスラは一言だけそういうと、テレパシーを一方的に遮断する。
「敵だって」
「敵だって」
「敵だって」
「敵だって」
四匹は頷くと、建物の入り口を目指し、ゆっくり徒歩を進めた、その瞳に、殺意の思念を宿しながら――




一刀一身、一意専心、乾坤一擲、無念無想……
「一刀一身」
アルファは静かに息を吐いて、殺意のこもった手刀をヘラクロスの胴体に突き刺した、ぐしゃりという奇妙な音がして、手刀の直撃を受けたヘラクロスは口をパクパクさせながら動かなくなった。
「一意専心」
ヴィタは静かに瞳を閉じて、指先に冷気を集めて、パラセクトに思い切りぶつけた、悲鳴を上げることなく、パラセクトは氷付けになる。
「乾坤一擲」
ガンマはぎっと地面を睨み付ける。するとどうしたことか、いきなり凄まじい量のツタが伸びに伸び、ペルシアンを絡めとる。ガンマは更にひと睨み、その瞬間、ペルシアンの体がどんどん枯れていき、干物のように干からびた。対照的に、ガンマは体の傷が癒え、完全に元に戻っていた。
「無念無想」
ゼルタは両手を天に掲げ、白雷を呼び寄せると、周りにいるポケモンたちに思い切り叩きつけた。着弾と閃光、怒号と悲鳴、その中心部にいたゼルタは、何も見ずにぐっと両手を握りしめる。電撃が収まり、静かに息を吐く。周りの焼け焦げた臭いを嗅いで、微かに笑う。
「敵は、もう来ないのかな??」
アルファはきょろきょろと辺りを見回すと、独り言のようにそういった。周りには、血に染まった地面、凍りついたポケモン達、異常成長した植物、雷雲の音、それらがまるで美術の絵の中のように残っているだけだった。
「まるで戦場のあとみたいだね……実際、戦闘はしていたんだけどね……なんていうのかさ……」
「戦闘を行ったって言う実感がわかないっていうんだよね……ゼルタはそういいたいんだよね?」
気がつくと、ヴィタがそういって小首をかしげていた。全くもってその通りだ、敵が現れるのはよく知っている、この塔にいるアスラを倒そうと思って、敵は毎日のようにやってくる、だが、それが如何したと言うのだ。こちらには殺人のために作られたポケモンが十体もいる、ただ倒すだけならば、さっさとやられるだろうが、こうして自分が作った人形達を仕向けるということは、絶対に死ねない理由があるという、アスラなりの気持ちがある。作ってもらったからには、親に恩を返す義務がある。それに……
「僕たちにやられてるようじゃ、アスラにあうことなんて一生無理だしね。」
ゼルタは静かに息を吐いた。吐いた息は白く立ち上って、天に向かって伸びていく……美しいものを見たことのないアルファたちにとって、それはきっと綺麗なものだったのだろう、自然と口から言葉が溢れていた。
「綺麗だ」
「綺麗なのか?」
「多分綺麗だよ」
「ええ、きっと綺麗でしょう」
四者四様、さまざまな意見が交錯する中、頭の中に先程聞いたようなテレパシーが届く……
「すみません、アルファ達、こちらに大型のポケモンが接近中、私一人では少し時間がかかりそうなので、二人ばかり来て頂けないでしょうか?」
聞きなれたソプラノの声を聞いて、テレパシーの主が誰なのかアルファ達は一瞬で悟った。
「ディガンマ、大丈夫なの?」
「ええ、今のところはですが、ですが、これ以上暴れられると地形が変動してしまいます。できれば迅速な対応をお願いします」
ディガンマはそういうと、ぷっつりとテレパシーを遮断した。残された四匹は、誰がいくのかを決めかねているようだった。
「早く決めたほうがいいと思うけどなぁ……ディガンマ待ってるって言うし」
「……僕とゼルタが行く、ヴィタとガンマは入り口を守って」
アルファがそういうと、ヴィタとガンマは頷き、入り口付近へと走り出す、残された二匹も、ディガンマの思念を追って、そちらの方向へと走り出す。
「でかい奴か」
道中、ふと口にした言葉は、大型のポケモンに対する純粋な興味なのか……自然と漏れていたアルファの言葉を聞いたゼルタは、不思議そうな顔をしてアルファを見つめていた……
「アルファ、笑ってる?」
「え?」
「凄く嬉しそうな顔してた」
「……嬉しそう??」
「うん、何かよくわからないけど、嬉しそう」
「へぇ」
自分が何で嬉しそうな顔をしていたのか全く分からなかったが、彼女が言うからそうなのだろう……とにかく、自分は今嬉しいのかもしれないなと、アルファは一人ごちる。
「でかい奴、強いのかどうか、全く分からないから、嬉しいのかも、強かったら、たおしがいがあるから」
「へぇ?」
「ゼルタも、そんな気分じゃないの」
「……よく分からないけど、きっとそうかもしれないね、何だか体中の毛がざわざわする……何が出てくるのかもさっぱり分からない……こういうのを、武者震いって言うのかも……」
知らないうちにゼルタも笑みを浮かべていた、恐怖よりも、喜びと高揚感が体中を駆け巡る……この時代に生まれて、良いことなどあるかどうかすら怪しかったが、一つだけあった。それは、敵を殺すこと。
自分達が生きていると感じている瞬間は、敵を殺しているときだけ、ほかのことをしているときは、どうにも生きていると感じるには鈍いことばかりだった。他の生物と同じように、食べて、寝て、体を動かして、学を学び、世界を知り、そして、親に対しての忠誠を誓う。どれもこれも一般的に見て必要なことだったが、刺激がない。
アスラが作ったほかのポケモン達と、自分達はどうやら違うらしい、他の奴は刺激を求めることなどしないが、アルファ達四匹は違うようだ。何を考えているのか、何を感じているのか、どうしても、刺激を求めたがっていた。
そして、その刺激を求めるに至った行動が、殺戮行為。敵を倒すことで、自分達が生きているということも認識できよう、生への執着……まるで取り付かれたかのように、敵を片っ端からたたき殺していくその姿に、その表情に、他の仲間達は人形だと嘲り、現れたポケモン達は恐怖に慄いた。
それが、たまらなく好きだった。ああ、この瞬間こそ、刺激的で、生きていることを実感できる瞬間だと、アルファ達は思っていた。
「きっと、大型のポケモンと戦う瞬間も、刺激的なんだよ」
「ウフフ、楽しみだよ、きっと、長丁場の立ち回りになりそう……」
二匹はお互いに顔を見合わせて笑う。
まるで、新しいおもちゃをもらった子供のような笑顔で……




「見たものを圧倒するといわれている威圧感というものは、これに当てはまるんでしょうかね?」
目の前のおおきな体躯を持った生き物を見上げて、ディガンマはぼそぼそとそんな言葉を口から紡いだ。見るも無残な姿形をした肉の塊が、山のように積み重なり、死体特有の腐敗臭を放っている。その上にディガンマは優雅に乗って、目の前の敵と対峙していた。
「そろそろ臭いがしなくなりましたね、鼻が曲がってしまったのか、はたまた臭いに慣れてしまったのか、それとも嗅覚が破壊されてしまったのか……どちらにせよ、このままでは不利なことは変わりないですね……」
「お喋りする余裕があるなんて、凄いねディガンマ」
「いえいえ、これでも結構いっぱいいっぱいなんですよ……ホラ、何と言いますか……」
「右フック」
巨体の右腕が思い切りディガンマに振るわれる、ディガンマは少し息を吐くと、水を飲むような自然な動作で首を引く。巨大な腕は空を切り、巨体は攻撃を再開するために距離を取り直す、その動きは、大きな体躯とは比べ物にならないほどに早かった。
一部始終をアルファとゼルタは、ディガンマを助けることなどしなかった、つまり、見ていただけだ。もっとも、ゼルタは相手の攻撃を口に出して警告していたのだが……
「どうもありがとうございます、ゼルタ」
いえいえといって、ゼルタは首を横に振る。アルファはどうせなら助けたほうが良かったんじゃないと思っていたが、そんなことは微塵も口にしない。助けたほうが良かったのなら、自分が助ければよかったではないか、などといわれそうだったからだ。
「……それに、ディガンマには余計な御節介だったのかもしれないね……」
「そんなことはないですよ。非常に助かりました」
「よけれたんでしょ?さっきの攻撃、と、言うよりも、ディガンマなら目を瞑って耳を塞いで鼻を押さえた状態でも、500m先の林檎を叩き割れるじゃないか……」
「何ですか、その後付設定は?」
ディガンマはくすくすと笑う。本当に邪気のない笑顔を見て、アルファとゼルタは小首をかしげる。
「笑ってるの、何で?」
「さあ?どうして笑っているのかはご想像にお任せしますね」
そういってまた笑った。そんなディガンマの笑顔を見ながら、アルファとゼルタは想像を働かせてどうして笑っているのかを考えたが、すぐに考えるのをやめた。意味が無いからだ。
「よく分からない行動をしてしまった」
「無意味なエネルギーの消費……」
「想像することは無意味ではありませんよ……イメージを働かせることで、自分がどうありたいのか、それが分かりますからね。最初は弱いと思っていた生き物でも、頭の中に浮かび上がるイメージ一つでどうとでも強くなれます。要するに――」
「左アッパー」
ゼルタが喋るよりも早く、ディガンマはひらりと巨大な腕を掻い潜ると、何事もなかったかのように会話を再開した。
「全ては想いの強さです、本気でこうなりたい、こうありたいと想えば想うほど、その気持ちは心に、体に、刻み込まれるでしょう」
「妄想し続けるってこと??」
「全然違います。妄想とは「こうなったらいいな」「こんなことができたら俺TUEEEEEEEEEEEE!!」みたいなことばかり思って、実行しない想いのことです」
でも、それでも思い続けることに変わりはないのではないのだろうか?ゼルタは問いを返したディガンマの顔をじぃっと見つめていた。ディガンマの言うことが正しいのか間違いなのかなど、知りもしない……考えるだけ、無駄だからだ。
「答えにならない答えには耳を傾けない。正しいと思えなければ、益にならない」
ゼルタがそういうと、ディガンマは少しだけ不思議そうな顔をした、そして周りをきょろきょろと見渡してから大きく息を吐いた。そしてゼルタと見つめあう。その表裏のない瞳に、ゼルタは吸い込まれそうな感覚をおぼえた。先程みた綺麗なものよりも綺麗なものが、生き物の中にあるということが分かり、少しだけ益になったような気がした。
そんなことを考えていたら、ふと、口元が緩んでいた。ごく自然に笑っていたような気がしたのか、ディガンマも驚いたようだ。まるで、初めて母親に笑いかけた子供を見るように。
「貴方が笑うとは珍しい」
「笑ってたの?」
聞き返すと、ディガンマは頷いて、笑った。
どうして笑うの?と、聞こうとはしなかった。聞いても同じような返答が返ってくるような気がしたからなのだろうか?それとも、ただ単にそんな想像をしていたら聞こうとしなかっただけなのか。頭の中の思考がよくわからないのは今に始まったことではなかったが、これは特別なのかもしれない。
今、ゼルタの頭の中は、ディガンマの吸い込まれそうな瞳で頭がいっぱいだった。どうしてそんな顔ができるのだろう。どうして笑うことができるのだろうか?どうしていろいろな表情を作ることができるのだろうか??
それができないゼルタにとっては、ディガンマは謎だらけの存在だった。正体ははっきりとしたイーブイだというのに、その中身は、まるで別の精神体のような、そんな感じだった。
「なかなか自然体な笑顔でしたよ。……先程ゼルタは言いました。答えにならない答えには耳を傾けない。正しいと思うことができなければ、それはゼルタにとって益にならないからですね?」
「うん、そう。だって、それが間違っていたのなら、それは無意味な情報だ。そんなものを頭の中に入れても、邪魔なだけだ……余計な知識なんて要らない、無意味な記憶もいらない……そんなものに縛られる命でありたくないから……」
そういうと、ディガンマはまた笑った。先程のような笑いではなく、失笑しているようだった。
「これは面白いことを言いますね。私達みたいな存在が、まともな生き物として生きられると、ゼルタは本気で思っているのですか?」
「そういう話をしてるんじゃない……僕がいいたいのは、そんなものに気持ちを左右されて、あるべき目標の進行を遅延してしまうかもしれない情報なんて、邪魔以外の何者でもないってことだよ……ディガンマだってあったじゃないか、別のことをしていて、本来の目的を忘れかけていたことが……僕達は、そんなことを起こしたくないだけだよ」
「貴方だけが思っているのではないのですか?」
「ううん、アルファやジタ、ガンマもそういってた、無意味なことに時間を割きたくないって」
「では、今ここにいること事態が無意味なのではないのですか?」
急にそんなことを言い出して、ディガンマはニヤニヤと笑いながら話を続ける。
「ゼルタの言いたいことはなんとなく分かりますけど、それならば貴方はこんなところで戦っていないで、自分のためだけに自分の益になるべき行動を模索して、そのために迅速に行動をとるべきなのではないですか?私の呼びかけに応じること事態が無駄な行動なのでは?」
ディガンマの言葉に、ゼルタは少しだけ思案顔になる。確かにそういわれてしまえば、ゼルタの言葉はそれで御仕舞いだ。何かもっともらしい"かえし"をすることができれば、少しでもディガンマは納得しただろうが、他の人形達よりも先に作られたプロトタイプのゼルタ達は、そんな思考など働くはずもなかった。
「仲間が助けを求めた。だから助けに行くことは僕にとって益になること」
「それが自分が傷つき、死んでしまったとしても、同じことが言えますか?」
そういわれて、ゼルタは少しだけびくりと震えると、なにやら口ごもってもぞもぞとしだした。そんな姿を見ていたディガンマは、ただただ楽しそうな顔をしていた。
「う……そ、その……」
難しい言葉や、的確な言葉を突きつけられると、ゼルタは黙ってしまう。ディガンマはそれをよく知っていたからこそ、そんな言葉をゼルタにたたきつけた。面白半分のつもりでそういったとしても、ゼルタは本気にしたようだった。
さすがにかわいそうになったのか、ディガンマは苦笑しながら言葉を紡ぐ……
「大丈夫ですよ、この世の中に正しいといえることなど、何一つありませんから……アルファ達が助けに来てくれたこと、私とゼルタが今こうして喋っていること、この時間全てが、ゼルタの言う無意味な言動ですから。ひょっとしたら、生まれてきたこと事態が間違っていたのかもしれません、でも、生みの親はそんなことは口にしません。むしろ、生まれてきてくれてありがとう、そういってくれますよ。これはなぜでしょう?」
話しているのに問いかける形になってしまうディガンマの癖を、話しながら直さないといけないなとディガンマは思っていた。それでもゼルタは思案顔にくれて、その言葉の答えを探す。
「……その生まれるということ事態に意味があるから……違う、生まれた子供と、生みの親。三つの命の間で、正しいことと間違ったことが判断されているから……」
ゼルタは最も確信に近い言葉を口にした。ゼルタは本心をすぐに口にするが、同時に確信も突いていた。そういうところは評価するべき点だろうと思いながら、ディガンマは小さく拍手を送った。
「限りなく正解に近い不正解です。スケールをもっと大きくすれば完璧だったかもしれませんね。三つの命の間にかけられる判断ではなく自分と、そうでないものにかけられる判断だといえば、正しいでしょう」
未だに難しいことを理解できないゼルタにとって、理解しているのかどうかすら怪しかったが、それでもディガンマ話を続けた。
「命というのは何が正しくて、何が間違いなのか分からないものです。正しいと思ってやったことが間違っていたり、間違いだと思い込んでやらなかったことが、実は正しかったり。それでも、本当に正しかったのか?本当に間違っていたのだろうか?そう思い込んでしまうときも多々あるでしょう……しかし、命の思考とはそういうものです。何が正しくて、何が間違っているのか、何が意味があり、何が意味がないのか。その答えはありません。それは、各々の判断で正しいこと、間違っていることを決めるのですから」
「正しいか、間違いか……自分がそうだと思えば、そうなの?」
しっかりと話を聞いていたことに若干の感動を覚えて。自然に再度小さな拍手を送った。
「生き物とは、エゴの塊です……私達に限らず、生きている生命全ては、何かを行うときに、心の天秤に、正しいこと、間違っていることの二つをかけています。それを決めるのは天秤をかけた本人であり、天秤が傾いたほうへと本人は行動するでしょう。その結果がどうあれ、正しかったのか、間違っていたのかは本人が決めることですから……私達は常に、正しいのか、間違っているのかの答えを天秤にかけて生きているのですよ……」
「じゃあ、ディガンマを助けたいって思って起こした行動は……正しいって、天秤が傾いたの?」
「ゼルタとアルファがそう思うのならば、そうなります。絶対正義や、絶対悪など存在しません。世は私達を絶対悪だと決めつけていますが、それは世に生きる生命が自分達の中で、私達が悪だという存在を肯定したからです。私達からいってみれば、世の中は絶対悪に過ぎません。そして、私達のやっていることは正しい。アスラのやっていることが正しいと認識して、それをとめようとするものをこうして殺害していますから……どちらが正しいのかなど、分かりません」
「よく分からない。けど、僕たちが間違ったことをしているってわけじゃないんだね」
「貴方の心が、そう感じて、そのように天秤が傾いたのなら」
回りくどい言い方だったが、ゼルタには伝わったようだ。ゼルタはもう一度だけ、本当に微かに微笑んだ。
「ありがとう、ディガンマ」
「いえいえ、できれば、もう一度私の前で笑っていただければ……ゼルタの笑顔は、貴重で可愛いですから」
「??」
可愛いという意味がいまいちよく分からなかったのか、ゼルタは首を傾けた。お気になさらずにというと、もう一度頷いて、後ろを向いた。
どうやら話している最中に、アルファが巨大な敵を止めてくれていたらしい。
「随分迷惑をかけちゃった、アルファ、今助けるよ」
「長いこと敵を止めていてくれましたからね……彼の苦労には行動でお返しをしなければ……」
ゼルタが構える、ディガンマが息を静かに吐く……
土煙の向こうに見えた陰が二つ……
「早く済ませよう」
早く済ませて、もうちょっとだけいろいろディガンマに聞こう……もしかしたら、無意味なことじゃないかもしれない。きっと役に立ってくれるかもしれない。
ゼルタは心の中でそう思いながら、いの一番に土煙の中に飛び込んだ。
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続くよ
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- まさか、エ○○○○の昔の話なのか!?
――[[トランプ]] &new{2010-05-01 (土) 15:32:15};

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