作:[[KOW]] *[[秘められしチカラ>魂-スピリッツ-#main1]] [#g2dcfd9f] ---- CENTER:|[[≪Previous>秘められしチカラ00]]|[[序幕>秘められしチカラ00]]|01|[[02>秘められしチカラ02]]|[[≫Next>秘められしチカラ02]]| &color(red){流血の表現が含まれます。}; ご注意ください。 ---- RIGHT:2010/11/14 LEFT:''第1幕-誤解 ― the Different Target'' ……暖かい。 「ふぁ」 不意に出たあくび。そろそろ目を覚ますときだろうか。 「ん……」 僕はゆっくりと身体を起こす。 ……吹き抜ける風が気持ち良い。 ふんわり暖かいようで、気を抜いたら夢の中に居るような、なんとも心地が良いものだ。 「……んっ」 思っているそばから、本当にうとうとしてしまう。居心地が良いと思わせ、さらには引きずり込む。……厄介だ。 とりあえず起きよう。ぼ~っとしていると、気付けばまた夢の世界、ということになりかねない。 眠気に負けないように立ち上がる。まだ身体が重い。 僕はフロルク。身体を見た限りではブラッキーだ。 ……これしか分からないのがもどかしい。 と言うより、思い出せないのだ。 何か知っていることがあるのでは? と感じることはある。だが、いざ思い出そうとすると頭が痛くなってしまう。 手掛かりのない僕にとって、自分を探すことには、いささか無理があるだろうか。 実を言うと、あきらめたくないのだ。「それはやるな、絶対駄目だ」と言われているような気がしてならない。 しばらく歩いてきたせいか、おなかがすいてきた。 大きな木も見える。ついでに休憩しよう。 「居たな……」 「ん?」 いきなり後ろから聞こえた声。ゆっくり振り返って見てみる。 白い毛と、黒っぽい肌。いや、肌は紺色だろうか。少し青が混ざっている印象を受ける。僕と同じ四つ肢だ。 額に見えるのは……恐らく鎌だ。三日月状の鋭い刃が目立つ。 「あ、……あの」 「黙れ」 ……赤い目が怖い。 その目でにらまれた。肢が鈍る。口もつぐまざるを得ない。 「初めまして、と言いたいが、さようならだな」 頭の中に響くような低い声。まことに申し訳ないが、言っている意味がよく分からない。……じりじり近付いて来ないでいただきたいな。 「さようなら……?」 「見つけたぜ。災いの元凶っ!」 “災いのげんきょう”? どういう意味だ。分からない。 何だそれ、と言わんばかりに聞き返す。 「えっと、……何?」 「安心しろ。一撃で決めてやる」 “さようなら”? “一撃で”? 少しばかり考えてみた。これしか思い浮かばないのは、僕の思い違いであってほしい。 ――殺される、のだろうか。 もっぱら、ただ"殺される"などと思うだけであって、僕にとっては実感が無いのだが。 「……?」 「っ……」 訳が分からず首を傾げた。とたんに、相手の顔に微妙な変化が現れる。 ……見間違いだろうか。 「召されろ。二度と……姿を見せるなっ!」 「っ……!」 ――うっ……! 身体中が熱くなる。……何なんだこれは。 相手はただ僕を見ているだけ。それだけだが、それだけではない。言葉で表現しきれない"何か"がある。 退け腰になりながら思い当たることは一つ。 ――逃げろ。 そう自分に言い聞かせながら、相手の様子をうかがう。 むやみに背を向けることは考えられない。それは僕でも分かることだ。 「逃げないのか。度胸あるな」 逃げるとすればあんたを攻撃してからだ。 ……まだ心の中で皮肉を言う余裕は残っている。 「っ……」 と思いきや、口から出るのはつまった息だけ。相手の眼に負けているのがありありと分かる。 「ふっ!」 “ふっ”? とりあえず聞こえた言葉を、頭の中で繰り返してみる。……どういう意味かさっぱり分からない――。 「ぅごあっ!」 声が出た。……まぎれもなく僕の口から。 「ごっ……けはっ」 痛い。腹部に重い痛みが響く。いつの間にか寝転んでいる。 それらを認識してから、僕はとんでもないことに思い当ってしまう。 ……速い。速すぎる。圧倒的だ。 ――殺される。 この一言を弾き出した後は、もうどうしていいか分からない。 「嘘……」 気付けば、か細い声でささやいていた。 呆然としか表現できない顔を見せていたのかもしれない。 「っ……くっ!」 この状況で、相手の表情まで汲み取ることができたのは偶然だろうか。 思いつめているような、戸惑うような、そんな雰囲気を感じ取れた。 「災いの元凶っ!」 だからその言葉の意味は何なんだ。 つい言葉を投げかけてしまう。……身体の熱が少し取れていると感じるのは気のせいだろうか。 「……げんきょう、って……げほっ」 まともに喋れるくらいの加減はしてほしかった。おなかの痛みが僕を咳込ませる。 まさしく無防備である。世界が横に寝そべって、地面が目と鼻の先に見える。 「死体に口は無い。召されろっ!」 僕はまだ死んでいないと思うぞ。 だが、そんなのんきなことも思う暇がないのも事実だ。実力の差は見せつけられている。さらに寝転んで動けない。 その姿は、絶望をそのまま形にしたと言えるだろう。 「終わりだっ……!」 相手が跳びかかる。避ける余地はあるだろうか。 横倒しにされた状態からの跳躍は、肢に負担がかかる。腹部は、まだきりきりとした痛みを主張している。 肢に力を込めたところで、立ち上がれないのが関の山だろう。 ――このまま終わるのか……。 できることなら終わってほしくない。自分を見つめたところで助かるとも限らないが。 ……あれだけ熱を持っていた身体が冷めていることに気付いた。 「ごはぁっ!」 いきなり聞こえた絶叫に驚く。 それは僕自身が発した大きな声だった。いっそのこと、終わるならさっさと終わってほしい。 あきらめが見えていた。 「……っ……」 喉が熱い。歯を食い縛って耐えたいが、どれだけ力を加えているか分からないほど……痛い。 逆に、身体は冷えていく。喉が熱を取っていっているようだ。 助かる見込みは絶対に無い。逃げるなんて考えは、もうすでに忘れ去っている。 もう……駄目だ。 そう思って目をつぶる。不思議なほど自然に、瞼はゆっくりと閉じた。 「くそっ……」 ……何を思ったのだろう。 相手から発せられた言葉に、冷静になった頭が引っかかりを覚える。僕には関係の無いことかもしれないのは、承知の上なのだが。 ――さようなら。 誰にそう言う、ということもない。ただ、なぜか自然に浮かんでくる言葉。頭の中で呟かずにはいられなかった。 「……?」 ……さっきから意識が冴えて仕方がない。 「お前っ!?」 相手はまだ様子を見ているようだ。閉じられた目も、どうしたことか開けたくなる。 ――うっ……。 さすがに……いきなり、真っ赤に染まった地面を見せつけられても気がひける。 「……けほっ」 咳が出たみたいだ。 ……おかしい。喉を切られたはずだ。ということは、今見えている世界も作り物ではないだろうか。 「なんて奴だっ……!」 何の気なしに相手を見る。……首まで動かせてしまうようだ。 相手を捉えたところで何をする、ということもない。さすがにもう、足掻いて生きてみようとは思えない。僕の真っ赤な血が物語っている。 「やっぱり正真正銘の元凶か! 覚悟しろ……!」 そう言い放って突進してくる相手。 ……これは何かの間違いではなかろうか。 「がふぁっ!」 さすがに……もう、やめてほしい。 痛い思いもしたくはない。ここにも居たくない。夢なら覚めてくれ。 「はぐっ……痛てて」 風を使った技かと思われる。元居た場所の周りの草も、一緒にえぐられているようだ。 その草と吹っ飛ばされた。着地に失敗して頬を打ってしまう。 「効いてないだと……?」 相手は不思議そうな顔をしている。……たしかに、"痛い"ではなく"飛ばされた"。攻撃された感覚としてはそんな印象だ。 頭が勝手に作り出している映像かと思ったが……どうやら、そうではないようだ。 いかにもそれらしい"感覚"が存在している。痛みを覚えたことで、現実に引き戻された。 ――僕はまだ……生きている。 「……逃げなきゃっ」 ……口に出す方が先であることに、苛立ちを覚えずにはいられない。 そうだ。今すべきことは逃げること。飛ばされたことで、あの鎌との距離も離れている。 思い出したように立ち上がり、走り出す僕。もちろん、その後ろからは……。 「逃がすかぁっ!」 あの鎌が追いかけてくる。 危害を及ぼす何かから逃げる、そう思えば、身体の火照りが復活してくる気がした。 「うっ……ひゃぁっ!?」 腰が重くなる。バランスを崩して半回転。背中が地面に転がった。……もう追いつかれたのか。 「これでっ!」 「っ……!」 ――あ~、……こりゃ駄目だ。今度こそ。 鎌が振り上げられる。目に焼き付くような黒い光りを放つ刃。太陽が照っているので余計まぶしい。 目をつぶる僕。一瞬後には、またさっきの赤いしぶきが――……。震えが止まらない。せっかく、逃げる意識が戻ってきたところだったのに。 「……ん?」 相手の方から疑問の声が聞こえた。……何が起こったのか。 息が詰まりそうなほど、身体が熱いのは分かる。……しかし、攻撃されるまでも極端に遅い。 何か変だと思いながらも、僕は目を開けてしまう。 「……あれ?」 次に疑問の色を見せたのは僕だった。 &ruby(ポケモン){人};と呼ばれる生き物は、こんなに変われるものだろうか。 さっきまでの赤い眼はどこへ行ったのかと問いただしたい。まったく違う&ruby(ポケモン){人};のように、穏やかになった目が見えた。 「お前……」 「うっ……ぁっ」 ――もう……いろいろおかしすぎる。耐えられない。 何もかも投げ出してしまえそうな気が起こってくる。 無理もない。あんなに必死になっていたところを、急に治められるのだ。さながら、陽が照る中の突然の大雨に出くわした炎ポケモンの気持ち、とでも言えるだろう。……炎を操ったことすらないのだが。 「っ!? おいっ、しっかりしろ!」 ……どこからそんな言葉が出てくるのか。あんたがさっきまでやっていたことを忘れたとは言わせない。どちらか一方に決めてくれ。 そんなことを思いながらも、目の前が暗くなっていく錯覚を受けた。 相手は&ruby(て){前肢};を出すつもりはないらしい。そのことに安堵してしまったのだろうか。 ほっ、としたところで目をつぶった瞬間――。 ……僕の意識は、闇の中に落ちてしまった。 #hr 「ん……」 目が開く。……ただそれだけであるはずだが、どうも久しぶりのような気がしてならない。 「あ、……ん?」 口を開く。確かに喋れる。喉は……無事のようだ。右&ruby(て){前肢};で触ってみるが、痛くはない。 ――あの鋭い鎌で切られたはずだ。 喉を裂かれる僕。噴き出す赤い液体。冷えていく身体。 ……鮮明だ。はっきりとしすぎている。少し気分が悪くなってしまうほどに。……本当のところ、もう思い出したくない。 全く以て……分からない。 何だったんだ。展開が速すぎる。 鎌に会った。“災いのげんきょう”と言われた。殺され……たのか? 喉を切られたことは覚えている。 その後は? ……喉を切られた後は……。 思い出せない。本当に今、生きているのだろうか。 ふとそう思い、身体があることを確かめるように頬を抓る。 ――痛い。 ……何故だ。 自分が生きていることを認めたくない訳ではないが、いかにも不可解だ。 喉を切られて意識がある。目立った処置も無くして。 ――いや。 鎌が助けた……のだろうか。致命傷であっても、治すことのできる技術があるのかもしれない。 ……頭が痛くなってきた。考えすぎたようだ。 気を紛らわそうと、今居る場所を眺め回してみる。 見たところ、僕は洞窟に寝転んでいるようだ。岩の冷たさが身体にしみる。 ――洞窟? 二つ目の疑問に思い当たった。頭の中に緑の景色が閃く。 何故&ruby(ここ){洞窟};で眠っていた? 草原の開けた場所で襲われたはずだ。襲った&ruby(ポケモン){本人};は鎌。 ……おかしい。そんな思いも通り越して、鎌と会ったのは幻だったのではないか、と思えてくる。 一体何なんだ。何が起こって、何が起きているんだ。 "外"という重大な情報を忘れていることに気付いたのかどうか、それは定かではない。 水に打たれたように、重い身体を無理やり起こし、洞窟の入口に走っていた。 「んっ……」 陽の光がまぶしい。目が悲鳴を上げている。慣れるまで少し時間がかかるようだ。 「…………」 慣れてきた目をゆっくりと開く。 「――おはようさん」 「っ゛!?」 心臓がはち切れるかと思った。 目と鼻の先に、白い毛が――生えていた。 「目が覚めたんだな、良かった良かっ――」 「うわぁあっ!」 肺にはち切れんばかりの空気を溜めて放った絶叫。 ――絶対に認識したくない。 目の前に、あの鎌が居ることを。聞き慣れた声が鼓膜を震わせたことを。 相手は怯んだろう。そう期待を込めて、僕は駆け出す。 「……へぐっ!?」 顔に衝撃が走るとともに、痛みを訴える声が出た。攻撃されたか。 「無理すんじゃねぇって」 鎌が近づいてくる。 そんなことを気にかけている場合ではない。何故目の前に地面が見えている。この問題を解決……。 ――目の前に地面? 「四回も眠りっ放しで朝を越えちゃ((野生ゆえの表現。現代と同じく、年月日、時分秒の単位は存在している))、身体が鈍るのは当ったり前ぇだろうな」 ……そうかそうか。眠りっ放し……って鎌の言うことをいちいち繰り返している暇は無い。 逃げる。このことに身体の全神経を働かせるのみ。 身体が倒れたことが分かった。立ち上がるべきだ。 「ふおっ!?」 少し気の抜けた声が響いた。今度は右肩から落ちる。 どうやら……肢に力が入らないみたいだ。 「そんな身体で、どこ行くつもりだ?」 もう駄目だ。あの赤い眼は見たくない。見せられるくらいなら、死んでしまった方がいくらかましだ。 鎌がまた何か言ってきたようだが、耳を傾ける時間さえ惜しくなってくる。あんたなんかの言うことを聞いて堪るか。 見られただけで傷ができてしまいそうな眼が、すぐそばにある。意識すれば、また立ち上がれそうな気がしてきた。 「あっ……うっ……」 ――こりゃ駄目だ。骨抜きになっている。 左&ruby(て){前肢};で支え、右前肢で立ち上がろうとした。 ……身体が言うことを聞かないほど笑えるものはない。 努力虚しく、ここで果てるのか。 せっかく生き永らえたチャンスが、目の前から飛び去って行くようだった。 「落ち着けって。すぐ楽になる」 もう逃げられないことを悟った頭が、鎌の言葉をしっかりと捉える。 ――“すぐ楽になる”。 生きること自体、苦しいはずだ。ということは……。 「っ!」 鎌が視界に映った。 反射的に目をつぶってしまう。 「そんなに可愛い顔をするなって。俺が悪かった。ほれ、食え」 と、不意にかけられた優しい言葉。危うく聞き逃すところだった。 「っ……?」 ――“俺が悪かった”。 そう言われたはずだ。 ……聞き間違いだろうか。場違いにもほどがある。 「腹減ってるだろ?」 おなかは……すいていない。気がする。 少し不安があった。そこに付け込まれ、目を開けてしまう。 「えっ……」 瞬間、相手の目に釘付けになった。……ならざるを得なかった。 「……どうした?」 ずいぶんと長い間、見つめていたのかもしれない。相手の言葉で、ハッと我に返る。 「……?」 首を傾げる鎌の目が、……優しい。 暖かいような、包み込まれるような……そんな印象を受けた。 かつて見てしまった、あの鋭い眼と比較してしまったのだろうか。 そんなことはどうでも良い。とりあえず、僕の心は暖かさ一色で染まってしまった。 「……まあ、とりあえず謝んなきゃなんないな。済まなかった。詫びの印だと思って食ってくれ」 謝られた。 笑顔を見せる、あの赤い目に。 凛とした眼しか知らなければ、嘘だと思って弾き飛ばすに違いない。 「えっと……どういうことか、さっぱり――」 「だよな。実はな、災いの元凶と間違えたんだ。知ってるだろ? 俺たちアブソルは災いを察知するって」 早口にそう言われた。 目のギャップに着いて行かれない僕にとって、聞き取ることは容易ではない。 「地震とか大雨とか日照りとか、……まあ他にもいろいろあるがな、&ruby(ポケモン){人};に違和感を覚えることは稀じゃねんだ」 何だったのだろうか。まるで&ruby(違うポケモン){別人};だ。 ――記憶にある、あの眼を持っている鎌ではないのだろうか? 種族が同じ、別の鎌……いや。 もしそうだとしたら、僕のことを知らないはずだ。挨拶程度で終わってしまうだろう。 「で、お前がそのうちの&ruby(ひとり){一匹};になっちゃった訳。どうしたことか、今ちゃんと生きてる。おまけに、俺……間違ったみたいなんだな、これが」 ――“災いのげんきょう”。 いつしか、そんなことを言われた。……ような気がする。 意味が分からない。“げんきょう”とは何なのか。 「生きてもらえてて良かったよ~。&ruby(普通のポケモン){一般人};を&ruby(て){前肢};に掛けたのか、って思ったときにゃ、もう死んで償おうかって。……んと、聞いてるか?」 鎌の話を聞いていたかどうかは、自分でも分からない。記憶に残っていないから聞き流していたのだろう。……相槌を打っていなかったのも事実だが。 唐突に問いかけられた。質問をするなら今である。 「えと、……わ、災いのげんきょうって……?」 「なるほど。災いの元凶は、……その名の通りなんだが」 ……ふむ。それで? まだ続きがあるのかと期待する。見つめ合うこの状況は息苦しい。 「……分かんねぇ?」 「分かんない」 言葉が分かれば、わざわざ聞くこともあるまい。意味が分からないのだから聞いている。 そんなことを思えるようになってきた。頭の調子が戻ってきている。 「……知らねぇのか。災いを引き起こす原因、とでも言うかな」 ――“原因”。 僕が災いの原因に……? 「そんな怖い顔するなって。お前は違ったんだ。俺、間違えた。ごめんなさい」 違ったのか。 よく分からないが、心配は要らないだろう。 「……大丈夫か?」 そんなことを言われた。 どういうことだろうか。僕が何か、不信感を与えることでもしてしまったのだろうか。 「……?」 「腹減ってんなら、って言うか食ってくれ。心配だわ」 おなか……すいているのか? 自分でもよく分からない。ただ一つ分かるとすれば、まだ状況がつかめていないことだけである。 「……いちいちポカンとするよな」 「あぅ?」 自分の声に驚いた。見ているだけで恥ずかしいような顔をしていたのかもしれない。 鎌の言葉に反応しようとして、無意識に出た声が思いっきりおかしかった。それに気付いて、あわてて目を背ける。 「はいはい。どーせ聞いてなかったんだろ? ……無理もないか。ごめんな、ホントごめん」 何を察しろと言うのか。 鎌の言っていることがさっぱり分からない。話の内容をあっさり流してしまったことも否定できない。 聞いておけば良かった、と今さら思う。もう聞き逃さないようにしようと顔を戻すが……気まずい。頬が火照っている。 「そう言や、お前……どこから来た?」 いちいち話題が変わるのも勘弁してほしい。……僕がただ黙っているだけというのも、問題があるかもしれないが。 「えっと……」 そう言ったまま、言葉を繋げられなくなってしまった。 ――“どこから来たのか”。 答えは"分からない"だ。自分についても、まだ知らない部分が多い。これはその一部だ。 「……マジ?」 “マジ”が何だ。僕はまだ何も言っていない……って、考えるような表情をしていれば、不安に思われるのも無理はないか。 黙っていることで勘付かれてしまったようだ。鎌の目が少し大きくなっている。 「分かんねぇ……のか?」 「……うん」 「どうしたもんだ……っ」 鎌の顔が変わった。変貌した、と表現した方が良いかもしれない。 目つきがもの凄いことになってしまっている。どうしたのか。 「ふぅん」 と、僕の方を向きながら一言。明らかに企んでいる目だ。 「俺のところ案内する。行くとこ無ぇんだろ?」 ――“案内”される。鎌のところに。 行くところが無いのは確かだ。自分を探している、行き先は決まっていない。 だからこそ、行き先があるのだと思う。僕の思った場所に行き、情報を集める。気の長い話だが、こうせざるを得ない。 あいにく、この鎌が僕を知っていそうな雰囲気は纏っていない。 僕だけ一匹、鎌と一緒の二匹……どちらが良いだろうか。 「木の実に困ることはないな。まあ、無理しなくて良いぜ」 “木の実に困ることはない”らしい。 ふと繰り返した鎌の言葉で、視野に捉えているものに気付かされた。 「……お」 青い木の実がある。鎌の肢元に。 つい声が出てしまった。 「ん?」 一度意識してしまうと、目が離せなくなってしまう。疑問の声を発した鎌が話題を持ち出すのも、時間の問題だろう。 「お。食う気になった?」 木の実と僕を見比べながら言う鎌。おずおずと首を縦に動かす僕。 どうやら僕の身体は、遠慮と呼ばれるものを知らないらしい。 空腹を訴えているのか、と問われれば……頭は否定するが、身体は望んでいるようだ。 「ほい」 そう言って、僕の目の前に青い実が置かれる。 ……食べようとは微塵も思えない。 「どうした? 美味いぞ。毒なんかは入ってないからな」 承知の上だ。 心の中で呟いた。今の本題は違う。 ――頭が受け付けないのだ。 恐らく、一口でもかじってしまえば、難なく食べることができるだろう。 その一口が問題だ。ほしくない、そう思うどころか、右&ruby(て){前肢};で視界の外に置いてしまいたくなる。特に対象をまじまじと見つめてしまったときなどだ。 「……いや、いらないや」 「…………」 じっ、と見つめられる。僕に何か訴えているような目だが、あまりよく分からない。 それどころか、安心感さえ起こってくる。木の実のことも忘れて。 この目が、あんなに否定したかった眼だったのだろうか。 ……よく分からない。 「……睨めっこしても勝てないか。食ってくれよ。あんな奇跡、起こるもんじゃねぇと思うからな」 “きせき”。また分からない言葉が出てきた。“なきせき”とは言わないだろう。 「……?」 「は?」 あんぐり。鎌の口が開きっ放しになってしまった。 何を思ったのか。僕はただ、"分からない"と表現したかったために、首を傾げただけである。 ……皆目見当がつかない。 行動を起こすごとに疑問を抱いてしまう。相手との会話は難しい。 「覚えて……ないのか?」 「何を?」 「蒼い目……見間違いだったのか……?」 ――“青い目”。 どういうことだ。僕の目は、鎌のそれと同じく赤いはずである。 「今、僕の目は?」 「……赤い」 考えている様子である。うわ言のように呟かれた。 “目が青い”……。いつの間に青くなったのだろうか。鎌が見たときには青かったらしい。……今は違うようであるが。 「……分かんねぇ。で、どうする? 俺のところで良かったら、案内するぜ」 ここで首を縦に振らない&ruby(ポケモン){人};が居るなら紹介してほしい。 あの暖かい目がそばに居るのだ。これ以上のことはない。まるで……――そう、母のような優しい目。頼らないなどとは考えられない。 いつまでも包まれていたいような錯覚にすら陥ってしまう。……どうしてしまったのだろうか。何度も言うようだが、自分でもよく分からない。 「……?」 頭の中から浮かんできた言葉に違和感を覚えた。 "母"。 何の意味を指している、と聞かれれば、答えることができない。初めて、意味を知らない単語が自然に出てきた。 ……僕はどうなってしまったのだろうか。ただ単に調子が狂っているだけではなさそうだ。 「おい。ポケ~っとしすぎだぞ。ホントに大丈夫か?」 「ふぁっ!」 ――いきなり話しかけるな、鎌。 突然の声に驚いてしまった。&ruby(ポケモン){他人};の目の前では、考えごとは控えよう。 「……やっぱり腹ペコなんだろ? 頭ちゃんと回ってるか?」 “腹ペコ”。こう聞いたとたん、またもや目が木の実を捉える。 ほしくない。……のか? 拒み続けていた頭が、疑問を持ち始めた。いずれ口に運ぶことになるだろう。 鎌の話題に戻ろう。ふと思い出したとき、気が変わって"食べよう"と思うかもしれない。 「答えられるから大丈夫」 「いや、そういう問題じゃねぇと思うんだけどな。……四回も朝を越えたんだぜ? それも眠りっ放しで」 思い当たることが一つだけある。 「そう言えば、身体……うっ」 「おいおいおい、無理するなって」 まさしく気力だけで保っている、と言ったところだろうか。 立てない。……立ち上がれないのだ。 眠りっ放しで、朝を四回も……そんなことがあるのか。 少なくとも、こんなことが起こるのは、薄っぺらい僕の記憶の中では初めてだった。 「ち、力……入らないや」 助けを求めるように鎌を見る。この自然な動作には、もはや僕でさえも違和感が無いと思えた。 「……仲良くなっちまったな」 鎌が呟いた。冷たい眼を忘れた訳ではないが、どうしてか不思議な気持ちである。いや、もう思い出すことも無いだろう。 ――あの目に頼れば良いのだ。 「お願い……できる?」 「ほいほい。しゃあねぇな」 そう言って身体を潜り込ませた鎌。 身体が若干の浮遊感を捉えた後に、世界の眺めが良くなる。 「……誰かを背負うなんて、もうないと思ってたのにな」 鎌のさらさらした毛を通して、意味深長な振動が伝わってきた。 「背負う……?」 「背中に負う。乗せるって意味だ。……懐かしいな」 わざわざ説明まで。分かっていた言葉ではあったのだが。 彼には何があったのだろうか。……何にせよ、たちまち過去があるということは羨ましい限りだ。 「お前も眠ってただろ、洞窟。……あそこだ」 「……あぁ」 ――あの場所だったのか。 感嘆の声が、思わず出てしまった。彼が洞窟を知っているなら、そこに棲みついている、ということだろう。 やはり、彼に助けられたのだ。僕が出てきたとき、図ったようなタイミングで出会ったのは、単なる偶然ではなかった。そう考える方が妥当だ。 「ヴィアだ。宜しくな」 「……ん、フロルク」 少々無愛想だったが、まあ彼も気にしないだろう。 真昼の太陽は、天高く昇っていた。 やはり、明るい日向から暗い日陰に入るときも、慣れが必要なようだ。鼻の先もうまく見ることができない。 「……暗い」 「思うよな。枯れ木持ってきて炊いたりすることあるんだが、あんまりやると煙臭くなっちまって。換気だけは悪いんだな、ここ」 ……彼の早口にも、同じく慣れが必要なようだ。 「……へ、へぇ」 適当に相槌を打つ。生返事になってしまった。 洞窟内は案外広い。僕が三匹居ても、充分に遊びまわれると思う。 奥の方に木の実をためておく場所がある。水などが入って腐らせてしまわないように、少し高くなっているようだが……彼が言うには、“山の上だから、そんなことはめったにないな”とのことである。何のために高いのか。 "洞窟内が暗い"というのは正直な感想である。僕たちが得意とするのは、夜に行動することだ。月明かりだけで生活しようと思えば、できないことはない。……薄暗いここでも例外ではないはずである。 「ほれ、着いた」 そう聞こえたと思ったら、身体が浮かんでいた。 「うおぁっ!?」 一瞬後に衝撃。岩の上に転ぶ僕。 いつの間にか、目の前に、赤色、黄色、青色をした木の実が見える。 「……痛てて」 「悪ぃ悪ぃ」 グラデーションを主張する獲物に目が行って、彼にかける言葉が思いつかなかったのも事実である。 「……これ?」 「食っちゃって。俺木の実採ってくるわ」 どうやら、食事を摂らせるために投げたようだ。僕&ruby(ひとり){一匹};だけにしてもらえるらしい。 「うん」 僕の言葉に微笑みを返した彼。そのまま入り口の方に歩いていく。 なんとなく……心細い。 「…………」 振り返って、色とりどりの球を睨みつけた。相手の反応はない。 「……いただきます」 不敵な笑みを浮かべていたかもしれない。それほど飢えていた。 今まで食欲を覚えなかったのはどうしてか、と問いたくなる。 ――だが。 「……っ!」 獲物を目の前にする空腹の肉食獣に、考える余地などありはしない。僕がそんな状態であることなど、言うまでもないだろう。 #hr 「ん……」 自分の声で、ふと気が付いた。目の前が暗い。 「ったく、何やってんだか……」 鎌の声も聞こえる。 ……ただ分かることだけを挙げてみた。何かが物足りない気がする。 「んぅ~……」 「眠ってんじゃねぇって。おい、フロルク」 「ん……?」 目の前が暗いのは、僕が目をつぶっているからだった。 鎌に身体をつつかれて目を開ける。瞼が重い。 「ん~……」 「はいはい、お寝坊さんもご苦労さんっと」 「ごちそぉさまぁ……」 「……っ、ば、莫迦っ」 ――どうかしたのだろうか? 寝ぼけていることは分かった。思いついたフレーズをそのまま発言しただけだが……彼が慌てている。 「……?」 「っ……」 顔を背けられる。何か悪いことでもしてしまったのか。 「あっ、えっと……」 彼に気に入られようと、頭が必死に動く。 ――どうしたら良いだろうか。僕は何をすべきだろうか。 「ぼっ、僕、何かやった?」 やっとのことで絞り出した声。これで、もう目が覚めてしまった。 「…………」 ……返事が無い。しばらくの沈黙ですら、まるで無限の静寂のようだ。 ――嫌われてしまったのだろうか。 「……ふっ」 「?」 笑われた……? 横顔を見せる彼の口から、空気が漏れる音を捉えた。 「呆れた」 「んぇ?」 予想外な彼の言葉に、素っ頓狂な相槌を打たずにはいられない。 呆れられた。これだけ聞くと、もう駄目かもしれないと思う。 ――しかし。 彼が……笑っている。 笑みを見せるとはどういうことだ。声色も、どことなく浮いたような印象を受ける。 意味が分からない。会話は奥が深い。 「えっあっ、ご、ごめんなさい……」 「……なんで謝るんだ?」 「えっ、……分かんない」 「……面白れ」 どうやら嫌われている様子ではない。少し安心できる。 「いろんな顔見せるもんな。分かんねぇって顔、恥ずかしさ一杯の顔、考えてる真剣な顔、驚いた顔。他に別の自分が住み着いてんじゃね?」 初めてかもしれない。彼の長い文句が、しっかりと理解できた。 「っ……」 俯かざるを得ない。 ――表情で遊ばれていたのだ。 恥ずかしさ以外の何物でもない。穴を掘って隠れてしまいたくなる。 「そんな悲しい顔するなって。充分可愛いからさ」 ……やはりおちょくられている。“可愛い”などと、どこの誰が、誰に向かって口にしているのだ。冗談も程々にしていただきたい。 「フロルク~?」 もう、彼に覗き込まれても関係ない。今、僕の頬は赤いのだ。すぐに色を変えることもできはしない。 「……あ、怒った?」 どこに怒るべき要素があるのか。 無反応もこれくらいにしておこう。うなだれた首を起こし、彼の目を静かに見つめる。 「……ん?」 「不思議」 自然に出た。 自分が何を言おうかと考えなくとも、言葉というものは、それとなく繋がるものではないだろうか。 「……?」 「なんでかな。あんなに嫌だった目が……こんなに近くにある」 「っ、止めてくれよ。俺悪かったから」 「……なんで、あんなことしたの?」 「…………」 話題にしてはいけなかっただろうか。 僕自身は、もう気にしていない……つもりだ。だが、鎌の顔から曇った表情が見て取れる。 「もう、言ったよな」 「え?」 「……災いの元凶と間違えたって」 「……あぁ」 確かに記憶にある。では、何故僕が今このようなことを口走ったのか。 ――他にも理由があるはずだ。 「それだけ?」 「……それだけだ」 「ふーん」 挑発するように横目を流す。……僕はしつこいだろうか。 「……なんだ?」 「なんでも」 「っ……」 僕の追い打ちから逃げるように、彼は顔を横に向けた。 絶対に思い詰めている。彼しか知らない何かを。 「……分かったって。そんな目するな。話してやるから」 と、ここで少し方向の違う発言。やはり、彼には何かあるようだ。 「お願い」 「……まあ、俺にも家族が居たわけでさ」 俺に“もかぞくがいたわけ”。どこで切ればいいだろうか。 「……?」 「知ってるか? 家族」 どうやら“かぞく”のようだ。……意味はさっぱりなのだが。 一応分かった。そう思って頷く。 「ん。で、だな。……みんな、居なくなっちまった」 ……気のせいだろうか。 彼の瞳が明るい。爛々とはしていないが……。 ――濡れているようだ。 「……居なくなった?」 「ああ。……殺されちまった」 ……ということは、“かぞく”は少なくとも&ruby(ポケモン){人};か。植物ではないはずだ。 &ruby(ポケモン){人};が死んだ。また物騒な。そんなことをする&ruby(ポケモン){奴};が居るのか。 もう充分だ。ここまで分かれば、彼も思い出したくないことなのだろう、という気が起こってくる。 そのことを伝えようと口を開く僕。 「あの……――」 「俺に、な」 いきなり湧き上がってきた音の波に絶句した。突然のことに、抗うことなく呑み込まれてしまう。 ――“俺に”。 ――“殺されちまった”。 彼に、殺された。 &ruby(ポケモン){人};が殺された。 "彼が"、“かぞく”を――。 「ふぇっ……!?」 「……無意識だった。身体が動いてるのが分かって、でもどうして動いてるのか分かんなくって。……気付けば――」 彼が。“かぞく”を、&ruby(ポケモン){人};を。そんなことあり得ない。 全面的に否定したかった。声が大きくなってしまう。 「嘘っ……そんなっ!」 「……ホントなんだ。話したくなかったんだが……やっぱり、俺駄目かもしれねぇな」 ……一旦整理だ。 彼には“かぞく”が居た。今は居ない。何故か? 彼が……&ruby(て){前肢};に掛けたからだ。 無意識だったようだ。自覚が無いまま――……。 ……考えたくもない。 「それって、僕も……?」 真っ先に、自分の身に起こったことについて知りたくなってしまう。失礼極まりない。 「……いや、無意識じゃなかった。……思い出したくないんだ。同じ過ちを繰り返しちまったようで。例えそれが、元凶だったにしろ、間違えていたにしろ、だ」 彼は一点を見つめている。まるで、何か決心を固めているようだ。そんな眼差しである。……そう思いたい。 「お前、生きてる。何かの縁なんだろうな。……俺に、守らせてくれ」 「…………」 僕は押し黙ってしまう。興奮していた頭も冷めてくるようだった。 ――信じることなんてできやしない。 確かに、僕は彼に……襲われた。記憶がある。 それでも、受け入れたくなかった。あの目を失くしてしまいたくはなかった。 「……一つ、聞いても良いか?」 黙っていたからだろう、彼が口を開く。 沈黙を破る低い声は、洞窟内に重く響いた。 「……ん」 「本当に、何も覚えてないのか?」 今度は僕の番だ。 “俺、話した。お前のことも教えてくれよ” そう訴えているような目だ。 期待に添えるような答えを持ち合わせていないときは、どうすれば良いだろうか。 「……思い出せない」 「この山に居たってことは……ここに来た、ってことだろ。違うのか?」 「えっと、この近くで目が覚めて……陽の光が暖かった」 「眠ってた……のか?」 「たぶん」 「……いきなり現れる……そんなことも無いだろうしな」 ……またもや、無音が辺りを支配する。 彼の言うとおり、話題にすべき内容ではなかったのかもしれない。 「……湿っぽい話、しちまったな」 再び彼が日差しをかざす。 ……何も、言いだせない。そんな自分が惨めだった。彼を安心させるべきではないのか。 「ん……大丈夫」 出てきたのはたった一言。……情けない。 「……良いわ」 「?」 ――“良い”。 何が良いのか。 「心配……してるんだろ。俺もあんなことしちまったし、聞き苦しい昔話まで話したし」 ――“あんなこと”。 僕が心配する恐れがあり、彼も気にしていることと言ったら……"一緒に棲めない"ことだろうか。 彼の言葉を予知できた僕は、遮らんとばかりに声を出す。 「なんでそんなこと言うの?」 「……?」 彼が呆気にとられている。まさしく、してやったり、だ。 自分の思い通りに事が進むほど、心地良いものはない。彼を思い留まらせようと頑張っている、とも表現できなくはないのだが。 「大丈夫だよ。僕、守られるんじゃなかったの?」 「っ……」 ……どうやら、効果は少なからずあるようだ。 彼の首がだらりと下がる。小刻みに震えているのは……気のせいではないはずだ。 「……無理しなくても、良いんだぜ」 ――何度言ったら分かる。 この言葉を思いっきりぶつけてやろうかと思った。しかし、彼も気にしていることは間違いないのである。 あの赤い宝珠を、逃したくない。離れたくない。 「んじゃ、無理しない。僕ここに居るから」 「……分かった。……ちょっと、出てくる」 ――結局出て行くのかよ。 寂しかった。努力に沿わない結果は、何かと気落ちしてしまうものである。 「えっ……」 「帰ってくるって。心配するな」 振り返って笑う彼。 その仕草だけで心配することが無ければ、苦労しないだろう。目に涙が浮かんでいるのも考えものだ。 なんとかできないだろうか。 「……はぁ」 「……くっ」 気の抜ける返事をした僕。苦い顔を見せた彼。そのまま出て行ってしまった。 「……あ」 彼の背中を目で追っていると、入り口から月が見えた。もう夜なのか。 眠る前には、日は見えていたはずだ。 長く眠った覚えは無いが……どうやら時間は正直らしい。 ――彼の近くに居たい。 だが、ここから余所へ行くということは、やはり&ruby(ひとり){一匹};になりたいのだろう。彼が作った苦い表情も、どことなくそんな印象だ。 「…………」 仕方ない、寝転んでやるか。 床の上に丸くなる。心なしか、地面も空気も冷たい。彼が熱を取って行ってしまったようにも感じられる。 「誰なんだ……」 つい口走ってしまった。もちろん、自分に向けた独り言である。 何のために彼と居るのか。温かい目に一目惚れをしたから……それだけではないのか。 ……心細くなってきた。 目の前の不安から逃れるように、僕は目をつぶった。睡魔に引き込まれるまでこうしていよう。 瞼の裏に映る月の明かりが、眩しくてたまらなかった。 ---- CENTER:|[[≪Previous>秘められしチカラ00]]|[[序幕>秘められしチカラ00]]|01|[[02>秘められしチカラ02]]|[[≫Next>秘められしチカラ02]]| ---- ''今幕の呟き'' 全面書き換え完了。ニュアンス変更。シーン追加&適宜削除。…筆が遅い(汗 地の文の操り方を知らなかった僕は、なんともお目汚しな作品をさらけ出してしまってたことか。 恐らく、ほんのちょっぴりマシになったはず。…表現力が無いのは周知の事実ですorz 需要があれば、この部分でも解説をつけようかと。…読んでくださる人も居ないんだろうなぁ。 ---- ご自由にどうぞ #pcomment(below);