ポケモン小説wiki
眼の先にある未来 の変更点


* 眼の先にある未来 [#wQUdCtL]

・みぎめは みらいを ひだりめは かこを みていると みなみアメリカで つたえられている。
・いちにちじゅう ネイティオが じっとしているのは みらいよちで わかった おそろしい できごとに おびえているからだと しんじられている。

(ポケモン図鑑 ネイティオの項より)

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 その日の大学の講義を何とか終えた僕は、アパートの自室にまでようやく辿《たど》り着いた。道中の足取りは、思いの外《ほか》重かった。身体全体に対し疲労がのしかからんとしているかのようだ。
 陽はまさに暮れようとしていた。渡り廊下の外から差し込んでくる橙色の光が、やけに眩しく感じられる。実際にはそれほどの明るさではないにも関わらず、僕にとっては蛍光灯の眩しさと等しいものであるように思われたのだ。渡り廊下の照明がまだ灯っていないのが、幸いであった。
 目を突き刺すほどの光から逃れるべく、僕は重い玄関の扉を開く。そそくさと靴を脱いでいる最中、扉の閉まる音がした。振り返らずに部屋の中へと入ると、ベッドの方へと足を動かす。そして、身につけていた鞄を床へ放ると、掛け布団を背に、仰向けに寝転がった。
 呼吸は荒れていた。息を吸ったり吐いたりを繰り返すことで精一杯だった。急ぎ足で帰ってきたわけでもなければ、重い荷物を持ち運んでいたわけでもない。にもかかわらず、身体に金縛りが掛かっているかのようだ。
 部屋の中も荒れていた。至る所に物が散乱しており、足の踏み場など、ほとんど残されていないのではないか、と感じられるくらいである。いつか片付けなければと思ってはいるものの、情けないかな、未だに手を付けていないのが現状である。
 明かりはまだ点《つ》けてはいなかった。窓に掛かったカーテンの隙間から差し込んでくる、ほんの僅《わず》かな夕焼けの光だけが、部屋の中を照らし出していた。僕は明かりのスイッチを入れる気になど、到底なれなかったのだ。
 とはいうものの、部屋の中は次第に薄暗くなってゆく。夜が更けるのも間近と言ったところだ。視界もだんだん闇に覆われていき、何も見えなくなる時が、刻一刻と迫ってくる。
 それでも、僕は動こうとはしなかった。雨の日も風の日も自分の立っている場を離れようとしないお地蔵さんのごとく、ただ硬直しているのみである。
 僕の頭の中はすっかり真っ白になっていた。目の前は真っ暗闇だ。もう何も考えてはいられない。
 退避できそうな穴があったら、今すぐにでも入りたいくらいだ。しかし、あいにく、僕の周囲には、そんなものは見つからないでいる。
 僕がそんな心境に陥ってしまうのも無理はない、と自分で勝手に結論づけている。僕自身が招いたことであり、責任があるのは自分だけなのだ。
 なぜそのようになってしまったかを、少し説明することにしよう。
 僕は、それほど大きくないアパートで独りで暮らしつつ、近所の大学に通っている。浪人などせずに、辛うじて受かることができたので、そこはひとまず良かったと言うところ。
 けれども、ここ最近、大学の成績が思わしくない。もしかすると、進級するのに十分な単位を得られず、留年を喫してしまうことになるかも知れないのだ。
 もちろん、講義にはきちんと出席していて、内容にもそれなりについていけているつもりである。だが、試験の点数が軒並み振るわず、赤点スレスレのものも少なくない。評点も何とか「可」の一文字を維持できているのなら良い方で、中には「不可」の二文字を突きつけられ、単位を得られなかった場合もしばしばである。
 このままだと、次の学年に進むために必要な単位が揃わなくなってしまうことになるかも知れない。そうなってくると、大学を中退して仕事を探さなければいけない。
 僕の実家は、実際のところ、それほど裕福ではない。両親がずっと共働きを続けてきた、と言えば、その状況が分かっていただけるだろうか。
 父はずっと同じ会社でサラリーマンとして働いている。経歴の割には安月給であるが故に、仕事仲間から転職を勧められることもあるらしい。けれども、父は冒険には出ず、安定を求める性格だ。危険を冒してでも就職活動を始めようとするわけがない。それに、これでどうにか自分の妻や子供を養えている、という自負もあるだろうから、尚更である。
 母は母で、僕の物心のついたときから、近場のスーパーやレストランなどでパートにつとめてきた。それで、何とか夫や息子を支えられるだけのお金を稼いできたのだ。主に平日の朝方から昼間にかけての仕事だったため、僕が仕事している母の姿を見る機会はあまりなかった。とはいうものの、夏休みや冬休みといった時期になかなか一緒に遊んでもらえず、僕がとても寂しい思いをしたことも多かった。
 ともあれ、二人とも、仕事のことで、それにお金のことで非常に苦労している。父も母もあまり顔に出しはしなかったが、僕の見えないところで、想像を絶するほどの汗をかいていることは、もはや否定のしようがなかった。そんな両親の後ろ姿を見ながら、僕は育ってきたのである。
 当然のことながら、僕に掛かる期待の大きさと言ったら、並大抵のものではない。それも、僕は一人っ子だから、余計に掛けられるものが大きくなってくる。兄弟姉妹がいれば多少はプレッシャーが軽くなっていたのかも知れないけれども、複数の子供を養えるほどの余裕が家庭にあるはずがなかった。恐らく僕だけが、両親にとっての希望の光だったのだ。
 僕は小さい時から、将来は立派な人間になるように言われてきた。立派というのがいったいどういったものを指すのかは分からなかったのだが、収入が良くてそれなりの地位を確立できるという類のものであることだけは、容易に想像がついた。そういったものを得るためには、とにかく勉強をすることしかなかった。少なくとも、母親は、勉強しなければ立派な職業に就くことができない、と厳しく言っていたので、僕はそのように感じざるを得なかったのだ。
 そういう事情があって、親の言われるがままに、僕は勉強を続けてきた。その結果、高校まではたいてい成績優秀で、大学にも浪人をせずに入学できた。それも、それなりに有名なところに、である。これは、取り柄の少ない僕が自信を持って掲げられる、ほんの僅かな実績のうちの一つだと思う。
 僕が大学に受かった後、両親からはこの上ない祝福の言葉を受けた。そして、学歴を重んじるあまり、その有名な大学に入るように言われたのである。そこは実家からはとても通えそうにはない場所にあったから、独り暮らしを迫られるのは必然であった。
 実際のところ、それほど遠くない大学にも合格してはいた。僕は親に負担が掛かるのは良くないということで、そちらの方に進もうかとも思っていたけれども、親が反対するのは目に見えていた。知名度の点でよろしくないからだ。
 それに、親は僕が立派な大学に行き、立派な職業に就くことを、かねてから望んでいた。無事にそうなってくれれば、僕が独り暮らしをするときに掛かる費用くらいなら意に介さない、というような印象を示してくれたのだ。僕の目に見えないところでは涙ぐましいほどの努力をするに違いなかったけれども、そういうところを僕に見せようとしないあたり、素晴らしいように思う。
 けれども、僕が独り暮らしをするに当たって、母親が一つの条件を出した。それは、決して留年しないことである。理由は言うまでもなく、家庭の経済的状況によるものだ。
 僕は、その条件を飲まざるを得なかった。両親の意に沿いながらとは言え、ここまで来てしまったのだ。後戻りなど、できるはずもない。
 こうして独り暮らしの生活を始めてから、はや三年が経とうとしている。これまでは何とか単位を修得できて、辛うじて進級できたのだが、今年は昨年までよりもさらに苦しい状況にある、と言わざるを得ない。
 この苦境を乗り切って無事に次の学年に進むか、それとも大学を中退してやむを得ず地元に戻るか。その分かれ目に達する時間が刻一刻と迫っているのは、承知しているつもりであった。それに、前者の方が明らかに望ましいのだから、寝る間を惜しんででも勉強に励んだ方が良い。後者のような、とても親に顔向けできない結末を迎えないためにも。
 だが、このときばかりは、寝転がることしか頭になかったのである。僕の目の前は、すっかり真っ暗になっていた。

  *

 僕がベッドの上で横になってから、既に数十分は経っただろうか。とんでもないほどの眠気が僕の身に押し寄せてくる。それに屈するかのごとく今すぐに目を閉じて、あっという間に明日を迎えることになったとしても、決しておかしくはなかった。辺りがすっかり暗くなっていたのだから、尚更のことだ。
 そんな中で、僕は辛うじて金縛りから逃れた。ようやく息の調子が整った気がしたからだ。眠気や疲労は並大抵のものではあらず、身体も未だに重かったのだが、ベッドから外に出る決心ができた。そして、何とか蛍光灯のスイッチを入れたのだ。
 白く眩《まばゆ》い光が瞬く間に部屋を照らし出す。それと同時に、部屋の様子が瞬時に、僕の目の前にはっきりと映し出された。机の上も含めて、色々な物が散らかっている状況に関して言えば、秩序の「ち」の文字もない。そう思われても、決して不思議ではなかろう。
 すっかり狭くなってしまっている通路を歩くと、机の下にある四段の引き出しのうち、一番上のものに手を伸ばした。果たして、中にあった一個のモンスターボールに目を留める。
 このモンスターボールには、とある一匹のポケモンが入っている。モンスターボールを机の上に移すと、中にいるポケモンを出すべく、床に散らばっているものを少しだけ片付けた。と言っても、いらないものをゴミ箱に捨てたり、使うかどうか分からない資料を本棚に入れたりしたぐらいである。
 こうして、そのポケモンが佇めるほどのスペースを何とか確保すると、僕はモンスターボールを再度手にとって、ボール中央にあるスイッチを押した。すると、その中から、一羽のネイティオが姿を現したのだった。
 この雄のネイティオが一度《ひとたび》地面につくと、僕の方をじろじろと睨み付けてくる。僕に対する怒りを見せつけてくるかのようだ。彼は、ここ数日ボールから出していなかったから、このようなことになるのは想像が付いた。彼のことはできるだけ蔑ろにはしていないつもりなのだが、近頃は大学の講義やその復習に追われる生活を送っているため、どうしても彼と顔を合わせない日が増えてくるようになった。ひとまず心の中で、こんな主人で申し訳ない、と謝っておいた。
 モンスターボールの構造がどうなっているのか、僕にはよく分からない。ただ、ボールの中にポケモンを入れておいたままであっても、健康状態には何ら影響はない、ということだけは知っている。もちろん、できることなら、きちんとボールから出して木の実やポロックなどを食べさせてやりたいところではある。けれども、自身の忙しさにかこつけて、科学技術の結集したボールの有する便利な機能に頼っていることも多い。ネイティオの気持ちが直接分かるわけではないが、彼からすれば、何とも迷惑この上ない話である、というところだろうか。
 このネイティオの名はアイルと言う。ポケモンセンターに併設されているポケモン専用の保健所に預けられていたのを、僕が引き取ってきた。その理由は二つある。一つは、僕が独り暮らしであるばかりに寂しいと感じ、ポケモンを飼ってみることでその寂しさを紛らわせたかったから。もう一つは、小さい頃から自分だけのポケモンを持てれば良いなと思っていたけれども、僕の実家ではポケモンを所有することが堅く禁じられているからだ。
 それでは僕が今住んでいるアパートではどうなのかと言えば、可能なのである。それも、大家さんに確認した上で所有しているのだから、お咎《とが》めを受ける心配もいらない。もちろん、ホエルオーのようにとてつもなく大きいポケモンであったり、メタグロスみたいに非常に重いポケモンであったりするならば、話は別になるが。
 それでは、なぜネイティオにしたのか。それは、世話をするのにお金がそれほど掛からないからだ。
 僕は一応両親から仕送りをもらって生活をしている身であり、何かバイトで収入を得ているというわけではない。そもそも、バイトをやっていられるほどの時間がない。だから、自分のポケモンを持つに当たって、餌代を中心とした養育費は何とかして切り詰めなければいけなかった。ネイティオは餌をあまり食べないし、美容にもあまり執着しない性質なので、候補のうちに入ったのだ。そして、保健所に預けられていたポケモンを他にも見たが、特に良さそうなポケモンは見つからなかった。果たして、僕はアイルを引き取ることにしたのである。
 ただ、アイルの存在は両親には伏せてある。もし知られても、仕送り額が増えるなんてことはまずあり得ないと思う。それどころか、すぐさま「捨ててきなさい」なんて言われるに決まっている。というのも、父も母も、こんな僕にポケモンを飼えるほどの余裕があるわけがない、と決めてかかっているだろうから。そういうわけで、アイルは今のところ僕だけのものとなっているし、少なくとも大学を卒業するまでは、そのままにさせるつもりだ。
 ちなみに、このネイティオはもともと旅のトレーナーが所有していたもので、戦闘用のポケモンとして育てられていたらしい。だが、前のトレーナーとの折り合いが付かず、命令に反抗してばかりだったため、あっけなく捨てられ、保健所に預けられることになってしまったそうだ。こういうことを保健所の係員が説明していたし、引き取りの際に受け取った資料にも書かれてあったのだが、今まで、僕に直接牙を剥いたこともなければ、背いてふて腐れるといったこともない。それに、アイルというのは前のトレーナーが付けた名前であるそうだが、名を呼べば、ちゃんと僕の方を振り向いてくれる。きっと、僕と一緒にいる今の生活が、彼にとっても居心地が良いのだろう。それだけに、ここのところ彼のことを蔑ろにしてしまいがちだったのは、本当に申し訳ないばかりだ。

  *

 アイルは相変わらず、僕の方をじろじろと見ている。僕に対して、ひどく怒っているんじゃないか、と思わせるほどに。彼と直接会話ができるというわけではないが、彼の目つきが、表情が、そのように物語っているのだ。顔つきこそ一見穏やかそうに見えるのだが、その背後では並々ならぬ感情を抱いているに違いなかった。
 そんな彼の様子を、僕もまたじっと見つめていた。いや、彼の視線から目を逸《そ》らせなかっただけなのかも知れない。
 もともとネイティオは気になったものを凝視する習性があるらしくて、彼もまたよく物をじろじろと見ようとすることがしばしばある。この仕草を、僕に対しても行うことも少なくない。
 とはいえ、見られている方からすれば、何がどう気になるのか分かったものではないから、正直、少々気味が悪い。しかも、アイルに限らず、ネイティオはほとんど何も言わないし、第一、ネイティオが何か言葉を発しても、人間である僕には、その内容を理解することができない。もしアイルと通じ合えれば良いのにな、と思うことは多々あったが、人間とポケモンとの種族の違いがある以上、そういった辺りのことは仕方無かろう。
 そんなことを思いつつ、アイルの顔をじっと見ながら、彼が何を考えているかを自分なりに考えてみる。恐らく彼は、自身が数日間放置されっぱなしであったことだけで怒っているのではない。それだけなら、ここまで僕のことをじろじろと見つめてくることがない。僕が勉学で多忙の身であることを、彼は十中八九分かってくれているはずだし、以前にも何度も同じようなことがあったから、そこまで僕に文句をぶつけてくることはないだろう。せいぜい、「またか、またなのか」の一言で済みそうである。無論、アイルだからこそ許してくれるものであろうけれども。
 それでは、他に怒りの原因となりそうなものは何か――そうだ、足の踏み場だ。すっかり汚くなっている部屋が、僕の目前だけではなく、アイルの目の前にも広がっているわけである。当然のことながら、一羽のネイティオが動けるほどのスペースはない。僕にとっては、この状態でも何とか大丈夫なのだが、彼からすると窮屈この上ないのだろう。せっかくモンスターボールという更に窮屈な空間の中から出られたのだ、部屋の中という限られた場所でとは言え、ぶらつかずにはいられなくなってくるはず。だとすれば、まずは床に散らばっているものを片付けるのが先決か。
 そう考えた僕は、ネイティオの睨みを辛うじて振り切ると、床の上にすっかり放置されていた資料を拾い集める。そして、本棚や引き出しなどの空いた場所に押し込むように入れていった。見栄えはお世辞にも良いと言えるものではなかったけれども、少なくとも足の踏み場のなかった状態よりは、遥かにマシと言えることも確かである。
 アイルは、最初のうちこそ僕の片付ける様子をただ見守ってばかりだったものの、彼自身のエスパー能力を駆使して手伝ってくれるようになった。ほとんど足を動かしはしなかったものの、床の上にあるものを一つ一つ、僕の手に取りやすい場所まで念力で浮かせてくれた。そのおかげで、部屋の片付けが頗《すこぶ》る捗ることとなり、あっという間に終わってしまった。
 アイルのおかげでさほど労せずに片付けが終えられたのだ。そこで、僕は彼の方を向いて、頭を軽く下げつつ、お礼の言葉を発した。それに応じて彼もまた頭をこくり、と下げた後、一歩、また一歩と近づいてくる。そして、また僕の顔をじろじろと見つめてくる。とは言っても、今度は先ほどの苛立った様相は感じられなかった。むしろ、どこか哀しげで、僕のことを強く心配しているかのようである。
 いったい何がどうしたというのか、僕は少し困惑した。まだどこか、彼の気に入らないところでもあるのだろうか。それとも、僕の顔に何か不安になりそうなものが現れているのか。あるとすれば、大学における単位の取得状況くらいなものであるのだが、それが彼にも分かってしまうのかも知れない。
 そのうち、アイルがちょうど僕を見上げるほどの近さにまで達した。彼の身の丈は僕よりも少し低いくらいになっているだけあって、彼が僕に近づくと、どうしてもこのような有様になる。
 それにしても、アイルの表情がどうも気に掛かる。今彼が見せているような、哀愁を漂わせている顔になっているのを僕が目にしたのは、これが初めてだ。それほど彼は僕に関して何か気になっていることがあるというのだろうか。もし僕が彼と言葉を交わすことができれば、彼の想いを容易に理解できるに違いないだろうに、と思った。とはいえ、先ほども述べたように、僕は人間、アイルはネイティオというポケモンだ。そんな夢物語など、叶うはずもない、とすぐに結論づけた。
 見ている方まで哀しくなってきそうな顔をしているアイルに、何とか元通りになってもらおうと、僕は何とか笑顔を作った。そして、僕の右手で、アイルの肩状の部分(肩羽《かたばね》と呼ばれるらしい)をポン、と軽く叩いた。
「そんな顔しなくても、僕は頑張って何とか切り抜けてみせるから、大丈夫だよ」
 僕はアイルに励ますように言った。これは何の根拠もない、ほんの出任せに過ぎないのだが、こうでも言わないと、彼の機嫌が直ってくれないと思ったのである。
 すると、僕の心の中で、どこから舞い込んできたのか、不思議な声が響いてきた。
『そうなると良いんですけどね』
 僕は自分の耳ならぬ心を疑い、思わず後ずさりしてしまった。決して自分でそう思ったわけではないのに、思わず声に出したくなるほどの意識が流れ込んできたのである。僕の身にいったい何が起こっているのか、自分ではまるで判断がつかない。しかも、僕があれやこれやと考える暇もなく、次の言葉が心に入り込んでくる。
『ああ、急にまごつかせてすみません。私、あなた様がアイルと呼んでおられるネイティオでございます』
 なんと、僕の心に流れてくる言葉の正体は、僕の目の前にいるアイル自身であるらしい。しかし、どうやって僕に語りかけているのかが分からない。ここはとりあえず、その方法について彼に尋ねてみることにした。
 その結果、次のような答えが返ってきたのである。
『テレパシーで話しかけているのです。私とて〝エスパー〟属性《タイプ》のポケモンの端くれなので、本来はこのくらいのことはできるんですよ。もっとも、今までは訳あって使いたくはなかったのですけれどもね』
 そういえば、ポケモンとしてのネイティオの属性《タイプ》は〝エスパー〟と〝ひこう〟である、ということを僕は思い出した。そのうちの〝エスパー〟属性《タイプ》は、人間や他のポケモンには扱うことのできない、文字通りの〝超能力〟を有しているポケモンに付けられているものだ。だから、アイルがこういう風に語りかけてきたとしても、よくよく考えてみると、何ら不思議なことではない。
 とはいえ、僕にはまだ疑問が残っていたから、素直に彼に訊《き》いてみることにした。
「でも、どうして僕の言葉が分かるんだ?」
『私だって、直接は分かりませんよ。私はネイティオ、あなた様は人間ですから、どうしても種族が違うという事実があります。異種間における言葉の壁を越えることなど、私にはできません。でも、あなた様の心を読み取ることによって、何を考えているかくらいなら、私にも理解できます』
「つまり、例えば、僕がさっき言ったことも嘘だって分かるのか」
『もちろんです』
 アイルは穏やかな表情になると、こくりと、ゆっくり頷《うなず》いた。
 彼のそんな仕草を見ながら、僕は、つい、今までに彼と過ごしてきた日々を思い返していた。彼に掛けてきた言葉の数々、あるいは彼に向けてきた想いが、その彼に読み取られていたのではないかと思うと、つい恥ずかしい気分に晒されてしまうのである。
 また、先ほども似たようなことを書いたが、僕と彼とのコミュニケーションが容易になれば良いのに、と思っていたから、彼の能力の存在をもっと早く教えて欲しかった。まあ、ネイティオの能力についてあまり調べてはいなかった僕も僕だとは思うけれども。

  *

 それにしても、なぜアイルは、今になって〝テレパシー〟を使おうと思ったのだろうか。逆に言えば、どうして今までは使わないでいたのだろうか。先刻の彼の言い方だと、この彼の能力はいつでも使うことができるものという風に感じられる。もしかすると、余計なことで体力を使うのが嫌だったのかも知れない。あるいは、単に〝普通〟のポケモンとして振る舞いたかったという可能性も考えられる。その他にも、考えられそうな理由はいくらでも思いつくだろう(当を得ているかどうかは別として)。ただ、本当のところは、彼に訊いてみないと分からない。
「ところで、どうして僕と〝話そう〟とするんだ?」
 僕がそう言うと、アイルは少し吹き出すように笑う。意外だった。僕は何かおかしなことでも口走ったのかと怪訝《けげん》に思っていると、彼の方から言葉が投げかけられてきた。
『申し訳ございません。あなた様があまりにも真面目なことを真顔でお訊きになるものですから、つい』
「真面目ってどういうことだよ」
『簡単なことです。あなた様と私とで話が通じるということが果たして変なのでしょうか、ということなのですよ』
「だって、僕は人間、君はネイティオ、種族が違えば言葉も想いも通じなくて当たり前、のはず……」
 僕がそこまで言うと、何だか煙《けむ》に巻かれそうな気分に陥った。さらに、目の前にいるアイルが〝テレパシー〟を通じて話しかけてきているという現実を、まだ完全には受け止められずにいる、ということにも気付いたのである。
 そうだ、僕は実際に彼と話を交わし、意思を伝え合うことができるのだ。その事実だけでも受け入れないことには、彼の言葉を〝聞く〟だけで精一杯になってしまう。話の流れについてゆくことなど、到底できはしない。
 そこで僕は、アイルの顔を、あるいは眼を、じっと見つめる。どんな答えが返ってきても、驚かず、きちんと受け入れよう、という心意気を彼に示したいがための行動である。
 すると彼は、穏和《おんわ》な表情を保ちつつも、僕の顔の方に視線を送ってくる。それも、じっと凝視してくるくらいに。
 こうして、数分ほど、互いに顔面を見せ合っていた。まさに睨めっこである。空間は緊張してくるし、沈黙が支配するようにもなってくる。どちらかが視線を逸らして明後日の方向を見ることなど、不可能に近い。この状態が続くのが、少なくとも僕にとっては、非常に長く感じられた。
 そんな中で緊張を解き、沈黙を破ったのはアイルだった。もう一度言う。僕ではなく、アイルが雰囲気を〝ぶち壊した〟。どうしてここまで強調したかと言えば、彼が、ブォー、と小声で鳴いたからだ。
 そもそもネイティオはあまり鳴かない習性のあるポケモンなので、鳴いているときには何かあるんじゃないか、と思うわけである。それに、アイルはテレパシーで僕に意思を伝えている以上、声を出すのは、普通に考えたら、僕しかいない。それだけに、彼が鳴き声を発するのが、意外に思われたのである。
 ともあれ、これで緊張が解《ほぐ》れたのは確かだ。彼には感謝しておかなければなるまい。そんなことを思っていると、アイルの方から言葉を掛けられる。
『見えてきました、見えてきましたよ……!』
「な、何が?」
『あなた様の〝未来〟です。あなた様のお顔を見ながら、〝未来〟がどうなるか、予測をしていたのですよ。そして、私の心配していることが、現実になるかも知れません……!』
 そう伝えたアイルの身体が、小刻みに震え出す。いったいどうしたというのだろうか。彼の言葉の内容も気になるのはもちろんだが、突如として身体が絶え間なく左右に微動するものだから、彼の身に何があったのか、気に掛かって仕方がない。
 僕のそういう想いも超能力で汲み取ってくれたのか、アイルは僕にこう伝達する。
『私は大丈夫です、気にするほどのことではありません。あなた様が辿りうるかも知れない道筋が恐ろしいので、震えてしまっているだけでございます。そもそも、あなた様に話しかけたのも、そういう恐れがあることを伝えたい一心からなのです。もしかしたら、あなた様は今後、大変なことになってしまうかも知れないのですよ』
 アイルの言葉を受け入れた途端、僕の身体も、ぶるっ、と思わず振動してしまった。彼がそこまでして恐れ怯《おび》えていることなのであれば、なおのこと、彼のことを心配してしまいそうになってくる。自分のことは心配していないのかと言われれば、それは間違いなのだけれども、そこまで彼を震えさせるほどのことが僕の身に起こるかも知れないからと言って、そこまで気を遣ってくれなくても良いのに、と思ってしまう。これがたいへん身勝手な想いであることは承知している。本来なら、「心配してくれてありがとう」とか「君の想いは無駄にはしないでおくよ」とか、そういった〝配慮〟のある言葉を使った方が良いのだろう。ただ、それよりも、僕の予想を超えた言動をしているアイルのことが、なかなか受け入れられなかったばかりに、そういう想いを抱かざるを得なかったわけである。やはり、僕は話の流れについてゆくだけでも、相当な苦労をしなければならないようだ。
 ただ、アイルが僕のことを強く心配してくれているのは確かな話だ。となれば、いったいどういうことなのかを聞き出しておくに越したことはない。もし、彼の心配事がどうでも良いことであれば、気にしないように言っておけば良いだろう。
 ともあれ、先ほどはちょっと震えてしまったけれども、まずは僕が冷静にならなければ――そんなことを思いながら、僕は静かに口を開いた。
「じゃあさ、その、『大変なこと』って、いったい何だ?」
『お答えする前に、あなた様にご覧いただきたいものがあるのです』
 アイルがそう伝達すると、両眼を閉じ、両翼を合わせて、強く念じるような動作をした。その刹那《せつな》、僕の視界がだんだん白くなっていき、目前にいる彼以外の物が見えなくなってくる。部屋の床も、壁も、天井も、何もかもが、すうっと消えてゆく。そのうち、僕の周りにはアイル以外には何もなくなって、白い空間が僕たちを包み込むような格好となってしまったのである。

  *

 僕の目の前は文字通り、すっかり真っ白になっている。ただ一つ、正面にアイルの姿があるという点を除いては。
 それにしても、先ほどの彼の話と言い、今し方起こった現象と言い、僕には分からないことだらけだ。心配事があるのなら、もっと早く話してくれた方が良いような気がする。あるいは、こういう仕掛けなど使わなくても、直接〝テレパシー〟で伝えてくれれば良いのに、と思ってしまう。無論、アイルにはアイルの考えや手段があるのだから、真っ向から否定するわけにはいかない。しかしながら、彼のやり方には少々疑問を覚えざるを得なかった。
 僕がそんなことを思っていると、彼の方から言葉が投げかけられてくる。
『驚かせてたいへん申し訳ありませんが、勝手ながら、あなた様と〝シンクロ〟させていただきました。この件に関して色々と伝えたいことがおありのようですが、評価は私の話が終わってからでお願いします』
 そう伝えた彼の眼は再度開いており、穏やかな視線で僕を見つめていた。
 やはりというべきか、僕の心はすっかりアイルに読まれているようだ。自分で思っていたことを思い返してみるに、ちょっと恥ずかしくなってくる。それに、〝エスパー〟属性《タイプ》のポケモンは侮《あなど》れない、ということも改めて分かった。もう、このポケモンの前では、嘘を吐《つ》くことなどほぼ不可能と言っても良いかも知れない。そう思えば、目の前にいるネイティオのことが、ちょっとばかり恐ろしくなってくる。アイルの述べた『大変なこと』というのが、実は彼の存在そのものなのではないか、と言っても良いくらいだ。
 冗談はさておき、アイルは、僕と〝シンクロ〟をした、と伝えた。これを受け止めた僕は、ネイティオの基本データを扱った記事のことを思い返していた。その記事によれば、ネイティオの中には、〝シンクロ〟という〝特性〟を持つものがいる、とのことだった。この特性は、自分がどういう状態であるのかを誰かと共有させることができる、というものらしい。僕はトレーナーではないので詳しくは分からないけれども、ポケモンバトルの世界では、この〝特性〟を活用して自分が不利になったときに相手もほぼ同時に不利な状況に陥らせる、というようなことが可能になっている、とかいうことだ。それ以外の使い道については僕は何も知らなかったし、恥ずかしながら、知ろうともしなかった。ネイティオの一飼い主だというのに、情けない話である。
 僕は実際に〝シンクロ〟を受けたことは一度もなかった、と記憶している。少なくとも、アイルがこの特性を今までは使ってこなかったはずだから、今のように真っ白な空間に閉じ込められるということも、決してありはしなかった。
 そうか、これがネイティオの〝シンクロ〟なのか――思わず、僕は感慨に耽《ふけ》っていた。
『ちなみに、あなた様は、私が何を考えているかが分かるようになっています』
 アイルの言葉が穏和な調子で僕の心に流れてくる。そして、彼の操る〝シンクロ〟に、僕はいっそう心を響かせてゆく。
 ただ、彼の頭の中がすぐに分かるかというと、どうやら、そうではなさそうだ。左を見て、右を見て、後ろを向いてみても、それらしいものは見つからない。
「いったい、どういうことなんだ?」
『それはこれから分かります。まずは、あなた様から見て右の方をご覧ください』
 アイルの示されるがままに、僕は顔を右に向ける。すると、先ほど見たときにはなかったはずのものが、はっきりとこの目で見えるようになっていた。
 それは、言ってみれば、宙に浮かんでいるスクリーンのようなものだった。これに映し出されていたのは、一羽のネイティオと一人の男とが動いているところである。この映像にはノイズらしきものが少しかかっており、色合いもさほど鮮やかではない。音が流れてくることもない。それでも、このネイティオと人間の様子がそれぞれどんなものかは、すぐに分かってしまうのである。
 端的に言えば、〝スクリーン〟に映っている男は、ネイティオを痛めつけていたのだ。手で叩いたり足で蹴ったりと、ひたすら攻撃をしかけてくる。しかも、恐らくは、ありったけの罵詈雑言《ばりぞうごん》をネイティオに吐いていたのであろう、口も盛んに動いている。
 それに対し、ネイティオの方はすっかり弱り切っていた。逃げられるだけの体力すら、もはや残っているとは言いがたい。
 そして、よく見ると、このネイティオの周りには、ネイティオとは違う他のポケモンたちもいる。それらはネイティオを囲うように輪になっていた。この様子だと、男がネイティオを痛めつける前に、あの手この手でネイティオに攻撃していたのだろう。僕の推測に過ぎないのだが、多分、このネイティオが抵抗している間は、周りのポケモンたちが男に代わって暴行を加えていたのではないか。
 ところで、この男ははっきり言って僕とは全く異なる風貌で、明らかに別人であることはすぐに分かる。ただ、これがいったい誰なのかは、僕には全く分からない。それでも、アイルがわざわざこの光景を僕に見せてきたのだから、アイルと何らかの関わりがありそうなことだけは、容易に想像がつく。
 一方、〝スクリーン〟上のネイティオはアイルに瓜二つと言えるほど酷似している。顔立ちや身体的特徴など、あらゆるものが彼を想起させるものであった。いや、もしかすると、このネイティオは彼そのものなのかも知れない。そう思った僕は、早速尋ねてみることにした。
「まさか、あのネイティオはアイルだというのか」
『その通りです。あれは以前、私の身に起こった出来事なのですよ。そして、あの人間が、あなた様の前の主人でした』
「そこのところ、もう少し詳しく、聞かせてくれないか」
 アイルの過去のことが気になって、僕は彼に要望した。
 僕が保健所でアイルを引き取ったときには、それまで彼がどうやって過ごしてきたかに関しては、ほとんど気にしなかったと言って良い。そもそも彼とは言葉の交わしようがないと思い込んでいたということもあった。だが、それ以上に、「昔は昔、今は今」ではないけれども、彼の過去のことを少し掘り下げようとするだけであっても、彼にとっても僕にとっても、あまり意味をなさないのではないか、と思っていたからだ。
 ただ、僕には彼について一つ気になっていたことがあった。それは、以前の彼は人間の命令をなかなか聞き入れずようとはせず、反抗する一方であったらしい、という点である。僕は保健所の係員からそのように説明されていたのだが、その割には彼が僕に懐くのが早かったように思えるのだ。彼が僕の言うことには背いた覚えはあまりないし(なかったわけではないけれども)、僕の声にはすぐに反応してくれる。そのことを後日ポケモンセンターの職員に話すと、途端にその人が驚いた顔になったのが、かなり印象的だった。ポケモンセンターや保健所の間では、アイルはどう控えめに捉えても獰猛《どうもう》なポケモンとしか見なされていなかったようである。僕も最初のうちはそのように考えていたし、襲われる可能性も考えて、モンスターボールを手放さずに、彼のことをじろじろと見ていたことも多かった。もし襲撃されそうになったら、モンスターボールに戻せば良いだけの話だったから。それでも、彼は僕のことを攻撃するどころか、逆にすっかり気に入ってしまったようなのだ。それからの僕は、彼が襲ってくるのではないかと恐れることはなくなったのだが、一方で、本当に彼は獰猛なのだろうか、と疑問に思ってはいたのである。ただ、それでもアイルに直接聞き出すというわけにもいかない。そこで、彼の前の主人とは折が合わなかっただけなのかも知れない、と思うことにして、ひとまずこの疑問に蓋《ふた》をしていた。
 今こそ、この蓋を再び開けて、アイルから真実を聞き出すときなのだ――僕はそう思いながら、彼に更に言葉を掛ける。
「君がいったいどうして捨てられたのか、とても気になるから、な。話の通じる今なら、できるはずだ」
『構いません。そのためにこそ、私は見るからに痛ましい光景をあなた様に見せているのですから』
 そう伝えたアイルは、間を置くかのように深呼吸を何度か行った。そして、ネイティオ独特の真面目な顔つきで僕に語り始めたのである。
『私は「アルフの遺跡」と人間たちが呼んでいるところで生まれ、当地で育ちました。そこに、とある男の人間が忍び込んできて、その人間が扱っているポケモンの技で眠らされた後、無抵抗となっているうちに捕まえられました。そんな私を捕らえた彼こそ、前の主人だったのです。その主人は、〝ポケモントレーナー〟の頂点を目指しているらしかったのですが、同時に〝エスパー〟属性《タイプ》のポケモンがたいそうお好きな方でもありました。なので、その属性《タイプ》を持つポケモンを片っ端から集めていたそうです。私もその中の一羽《ひとり》でした。
『彼は私を、他のポケモンと戦わせようとしたり、その勝負に勝てるようにするために訓練させようとしました。しかし、私はもともと戦うのが苦手で、〝野生〟だったときも、争いごとをことごとく避けてきました。ですから、打て、戦え、ぶちのめせ、などと急に言われても、できるわけがありません。そのため、私は主の命令に背き、じっと怯えているままでいるしかなかったのです。
『当然のことながら、主人は怒りました。私が彼の指示とは異なることをするたびに、彼の怒りは募っていったようです。そして、彼の怒りが頂点に達するまでには、そう時間は掛かりませんでした。ある日突然、彼の持っていた他のポケモンたちから袋叩きにされた後、主人である彼自身に、あのように暴行を加えられたのです。
『その中で私は疑問に思っていました。こうなってしまうのは、果たして全て私が悪いのか、と。確かに、主の言うことを聞かなかったばかりに罰を与えられるのは当たり前のことですが、かといって私が望んで彼の僕《しもべ》になったというわけではありません。言ってみれば、私の意思を無視して、彼が勝手に私を捕らえただけの話です。そんな彼が私に、言うことを聞かなかったお前が絶対に悪いんだ、と言ったんですよ。逆に、仲間たちと無理やり引き離してごめんよ、とか一言も言わなかったんです。それどころか、見知ったばかりの他のポケモンたちと仲良くしろ、とか言ってくるんです。全くもって理不尽な話だと思いませんか。
『もし、ちゃんとした〝ポケモントレーナー〟ならば、しっかりとポケモンたちの身になって考えることができるそうですけれども、元主人はそんな人とはほど遠かったように思います。彼は、ポケモン同士の戦いで勝つことと、少しでも多くのポケモン、とりわけ〝エスパー〟属性《タイプ》のものを収集することくらいしか、頭になかったのですから。彼の持っていたポケモンたちも、そういう考えである者ばかりでした。そういう方たちと仲良くする気など、到底私には起こりませんでした。第一、彼らの抱いている考え自体、私にとってはどうでも良かったのです。主人たちから見放されたって、ちっとも構いはしなかったでしょう。
『もっとも、今から思えば、私も愚かでした。ああいう風に私自身が痛めつけられる前に、どうして逃げようとしなかったのか、我ながら今でも不思議に思っています。私の眼《まなこ》の先には、そういう未来が見えていたというのに』
「ちょっと待った、それはどういうことなんだ」
 アイルの話に聞き入っていた僕であったが、非現実的とおぼしき言葉が伝わった途端、僕は我に返った。〝スクリーン〟上のネイティオは既に虫の息となっており、主人の男は殴打をようやく止めたところであった。
『言葉通りのことです。私には、未来に生じうる光景が見えるのです。ついでに言えば、過去に起こった出来事も見えているのですよ』
 アイルの言葉を受け取った僕は、ネイティオにまつわる伝承について考えを巡らせていた。
 ネイティオというポケモンには、左目で過去を、右目で未来を見ている、とされる言い伝えがあるらしい。そのことを僕は以前どこかで耳にしたことがある。確か、ネイティオの神秘性に関するテレビ番組だったか。いずれにせよ、僕がそのことを耳に入れた当時は、そんなのは飽くまで伝説に過ぎない、現実にあるわけがない、と思い込んでいた。
 だが、今、アイルは過去も未来も目にしている、と言っている。実際、彼自身の未来が見えていたとも語ったし、僕の辿りうる道筋についても、これから示そうとしてくれている。また、僕の目の当たりにした光景と言えば、アイルが過去に経験した出来事そのものだ。そうとくれば、ネイティオにまつわる伝説というのは、本当のことなのかも知れない。
 疑問に思った僕は、試しに尋ねてみることにした。
「それだったら、例えば、僕が君と出会ったときのことも、君には見えるのか?」
『もちろん、できますとも。せっかくですし、私と一緒に振り返ってみましょうか』
 アイルがそう伝達した途端に、彼自身の痛ましい姿の映った〝スクリーン〟は消えてなくなってしまった。それから二、三秒くらいすると、同じ場所に別の〝スクリーン〟が現れた。そこに映し出されていたのは、まさに僕と彼とが、保健所で初めて顔を合わせている光景であった。これを少し眺めるだけでも、僕の当時の心境が走馬灯のように蘇ってくるのを、心の中でじっと感じていた。

  *

 小さな頃から、僕は、自分のポケモンというものを持ってみたかった。どんなポケモンでも良いから、何かしらのポケモンと苦楽を共にすることができれば良いな、とずっと思っていた。無論、〝ポケモントレーナー〟として旅に出るつもりはなかったし、第一親がそんなことを許すはずはなかっただろう。けれども、〝モンスターボール〟によってポケモンを手軽に持てるようになっており、ポケモンとの生活が全くもって珍しいものではなくなっているこの御時世《ごじせい》だ、僕だって一匹くらいは手に入れたかった。自分の飼っているポケモンの話をしている同級生や先輩、後輩の姿が、たいそう羨ましく映っていたことは、もはや言うまでもあるまい。
 とはいえ、僕が実家に住んでいた時分、ポケモンを持つことは許されてはいなかった。どうしてなのか、その理由を親に訊いたことがある。すると、父も母も口を揃えて、「ポケモンと遊んでいる暇があったら勉強に勤しんだ方が良い、そうでないと〝立派〟な職業に就けない」と言うのである。あるいは、「ポケモンと戯れるのは社会人になってからでもできるけれども、勉強して〝立派〟な学歴を得るのは今のうちにしかできないから、しっかりと勉強しなさい」という言い分であったのだ。その後、僕がいくら反論したりせがんだりしたりしても、両親は聞き入れようとしなかった。結果として、親の前では、僕は納得した素振《そぶ》りを見せざるを得なかった。けれども、内心では自分のポケモンを持てないことへの悔しさが募りに募ったために、誰もいない風呂場の中で独りきりになって大泣きしたものである。しばらくして僕が泣き止みそうになった頃に、母親が励ましの声を優しくかけてくれた。とはいうものの、結局僕の願いは叶わずじまいであった。この出来事は今でも鮮明に憶《おぼ》えていて、時折ふと思い出しては、つい感傷に浸《ひた》ってしまうこともしばしばだ。
 ちなみに、後で分かったことだが、実家では本当にポケモンを飼うことが禁止されていたという。実は「実家」と言ってもアパートの一室に過ぎなかったわけで、家主の方針でポケモンを所有することが堅く禁じられていたのだ。
 ポケモンと一緒に居住できるアパートやらマンションやらが増えていっている現在、僕の実家のようなところは時代遅れのように思われるかも知れないが、世間ではポケモンと一緒に住むのを忌み嫌う者も少なからずいる。だから、そういうアパートにも一定の需要があるのだ。そして、そちらの方が設備にもお金が掛からずに済む分、家賃も安く抑えられることが多い。だからこそ、僕の家庭のようなあまり裕福でない世帯にも、こういう住居は喜ばれているのだろう。
 肝心の僕の両親もまた、こういう類のアパートを敢えて選んだことで、夫婦ともにポケモンを所有することをできるだけ気にせずに済むようにしていた、ということを僕は母方の祖父からこっそり聞いた。そう決めてしまったのは、家庭の置かれている苦境を乗り切るとともに、僕を確実に〝立派〟にさせるためだという。今から思えば、何ともありがた迷惑な話である。ポケモンを飼えるほどの金銭的余裕がなかったのは本当のことらしいのだが、それを覆い隠すために別の事情と僕のことに責任を擦《なす》り付けるのは、はっきり言って良くないことだと思う。
 僕は、そういう両親の態度がどうも不思議でならなかった。実際のところは、二人とも、実は大のポケモン好きであった。〝ポケモンバトル〟の試合、あるいはポケモンの生態といったテレビ番組を、両親と僕とで仲良く見ていたくらいだ。だが、父も母も、テレビやラジオに出てくるような人になれるのはほんの一握りで、私たちにはどう頑張ったってなれっこない、というようなことを繰り返し繰り返し言っていた。だからこそ、僕に対しては、堅実に頑張って、ある程度〝立派〟な職に就けるように諭《さと》していた――すなわち、ポケモンにそれほど左右されない、身分の保障された職に。
 そういったことがあったから、僕は親元を離れての独り暮らしに、強い憧れの念を抱いた。そして、そのようにするにはどうすれば良いかを、自分なりに模索した。その結果、僕は両親が望んだとおりの道をそのまま歩むことになったわけだが、ただ一つだけ、僕が意地になって枉《ま》げなかったことがある。それは、なるべく実家から離れている大学に入る、ということだ。
 実のところ、僕の実家の周りはそれなりに発展している場所であり、地位も知名度も高い大学も近場にあった。つまり、ただ単に親の願いを叶えるだけなら、自宅に留まることも十分に可能だったわけである。
 けれども、中学時代、そして高校時代の僕は、決してそうはしなかった。自分の願いが現実のものとなるように、勉強に一生懸命励んだのである。両親や高校の先生には、「さらに高いレベルの大学に入りたい」だなんて聞こえの良いことを言って、「それでは頑張りなさいよ」などと励ましの言葉を頂戴したものだけれども、実際のところは、「自分のポケモンを持ちたい」という心からの意志を、何としてでも貫いたのである。
 晴れて僕は一浪もせずに大学入試に合格し、単身での引っ越しが決まる。引っ越すに当たって、ポケモンと一緒に住むことのできるアパートを探すことになったのだが、家賃がそれほど高くなくて、大学からもそう遠くない、というような場所を探し当てるのには、さほど苦労はしなかった。ちょっと古い建物であったけれども、その辺は妥協せざるを得ない。そして、いざ契約というときに、両親に対して、「他に条件の良さそうな場所が見つからなかった」と言ったら、「合格するまで頑張ったんだから」ということであっさりと承諾してもらえた。ただし、ポケモンが飼えるという願ってもない条件だけは、決して言わないでおいた。もし言ってしまったとしたら、即座に却下されて別の物件を探すように命じられる予感しか起こらなかったからである。
 ともあれ、僕は夢にまで見た独り暮らしを始めることとなった。そのすぐ後にポケモンセンターや保健所を訪ねて、果たしてアイルというネイティオと出会ったのである。

  *

 僕が過去の思い出に浸っていたのも束《つか》の間、目前にいるアイルが僕に語りかけてくる。
『そんなにポケモンを持つことに憧れていらしたのですね』
 その言葉に、僕は「ああ」としか返せなかった。彼のおかげで我に返ったことは良いのだが、僕の思っていることをしっかり読まれているということの恐ろしさを、改めて認識させられた瞬間である。
 しかし、それ以上に恐ろしく感じる言葉が、アイルより投げかけられる。
『ちなみにお訊きしますが、人間が〝ポケモン〟と呼んでいるものなら何でも良かったのでしょうか』
 この質問に対し、僕は図星をつかれたような気分に陥った。正直、その通りである。餌代がさほど掛からず、僕の住んでいるアパートで十分飼えそうなものであれば、どんなものであろうと気にしないつもりだったのだ。イーブイとかピカチュウとかエネコというような、ペット用として人気のあるポケモンでなくても、別段問題はなかったのである。
 ついでに言っておくと、保健所でポケモンを引き取ろうとした当時、確かにペット用のポケモンもいたことはいた。けれども、ネイティオよりもお金を使いそうなものだったり、余命が残り少なそうに見えたり、いかにも手に負えなさそうな感じのものであったりしたために、消去法的にアイルに決まったのである。
 いずれにせよ、僕が憧憬《しようけい》の念を抱いていたのは、飽くまでも〝自分だけのポケモンを持つこと〟そのものだったのである。今思えば、こういう願望は自分勝手なものであり、アイルにとってはたいそう失礼なことではないか。
 僕は自分のことが恥ずかしくなった。悪気がないとはいえ、身勝手な理由でアイルを引き取ってしまったことは、彼のためには良くなかったんじゃないか、と。僕が彼の新しい親にならなければ、彼はもっと良い〝トレーナー〟と巡り会えたかも知れない。
「すまない、アイル。僕のことをそこまで思っていたなんて」
 若干俯《うつむ》きながら僕は言った。気まずくなってしまったあまり、アイルの顔を直視することができなかったのである。
 それでも彼は、僕を責めるどころか、優しく返事をしてくれた。
『いえいえ、そこまで思い詰める必要はないのですよ』
「お、思い詰めてなんか……」
『変なところで意地を張るのも、ほどほどにしてくださいな』
 アイルのこの言葉に、僕は、下がっていた顔をさらに下げるだけである。
 そんな僕を見据えながら、彼はなおも続けた。
『先ほど私が尋ねたのは、ただ単に気になったからというだけの話です。別に、あなた様を傷つけたくて言ったわけではないのです。その点だけはご容赦ください。ただ、私はあなた様のご様子を見て安心しているのですよ』
「安心? いったいどういう意味で?」
 僕は俯いていた顔を上げて、アイルの顔面を視界に入れる。その表情は穏やかそのものであり、目にする者の気分を解《ほぐ》し和ませるものであった。
『前の主人は、私や他のポケモンについて、そこまで思慮深く考えてくれるような人ではありませんでした。つい先ほど見てくださった場面でお察しになったかも知れませんが、ポケモンに何か気に入らないところがあると、すぐに逃がしてしまったり、あるいは私のように〝保健所送り〟にしてしまったのですから。
『一方で、あなた様は私のことを懸命に気遣ってくださっています。そして、今のご様子のように、私の気持ちを推し量ろうともしてくださっています。時折間違ったこともしていますが、あなた様は生き物なのだから、それは仕方ないと思っています。例えば、あなた様のおっしゃったように、あなた様は身勝手な思いから私との付き合いを始めたのかも知れません。それは誤っていると見ることも十分可能でしょう。しかし、そんなものは単なるきっかけに過ぎない、と私は受け止めています。動機が少し不純なものであっても、その先がだいたい良いものであれば、それで問題はないのです。
『何はともあれ、あなた様にお会いできて、一緒に生活しているということが、私にとっての何よりの幸せなのです。それだけは、お忘れなきよう』
「アイル、お前……」
 彼の言葉を受け止めているうちに、僕の眼《まなこ》の先がいつの間にか潤みを増していって、そのうちぼやけてくるようになった。
 正直に言って、僕はアイルにどれほど信頼されているのかが気に掛かっていた。もちろん、前の主人がやったような、直接暴力を振るうというようなことはしていない。とはいうものの、彼のことを等閑《なおざり》にしてしまったり不快な思いをさせてしまったりすることくらいなら、しばしばあった。そのため、実のところ彼は僕にはそれほど懐いていないのではないか、という疑念がひそかに生じていたのである。それだけに、彼からこのような言葉を頂戴できるとは、思いもしなかった。
 アイルは飼い主である僕のことを、本当に信用してくれているのだ。そういう旨を彼から初めて伝えられたというだけでも、僕にとっては感涙ものである。
 今や僕の眼《まなこ》は、過去も未来も現在も、ほとんど見えない状態であった。
 しかし、話はそこで終わらない。いや、終わらせてはいけないのだ。
『ところで、いつの間にか、〝前置き〟が長くなってしまいましたよね。そろそろ、あなた様と私とが初めて顔を合わせる場面について、振り返ってもよろしいですか』
 アイルが発した言葉に、僕ははっとした。昔の光景を目の当たりにしたことで、それ以前のことを懐かしみ、思いを巡らしたばかりに、肝心のことをすっかり忘れてしまっていたようだ。
 そこで、僕は右腕で両目をこすり、出てくる涙を何とか拭うと、深呼吸を何度か繰り返し、自身の気分を整えることにした。そして、少し時間が経つと、辛うじて平静を取り戻し、彼に面と向かって言った。
「あ、ああ……。こちらこそ、いつでも、お願いしたい」
 そう言ったときの僕の息は、未だに些《いささ》か荒れていたように思う。目から僅かに溢《あふ》れ落ちてくる水滴が、今なお頬を伝っては落ちてゆく。
 ただ、僕は心の準備は整っているつもりであった。どんな光景が僕の目の前にやってこようとも、決して目を逸らすつもりはない。これからアイルが見せてくるであろうものは、かつて僕が経験したはずの出来事であるのだから。

  *

 アイルの向こう側で、やや右の方にある〝スクリーン〟は、僕の目の前に再度現れてからというもの、ピタリと止まったままであった。一枚の静止画のごとく、微動だにせず、僕とアイルとが目を合わせているところを僕の目に焼き付けんとしてくるかのようだ。
 僕の目前にいる彼は、僕のそばの方へと、じわり、じわりと静かな足取りで歩み寄ってくる。いったいどうしたのか、僕は少し気になったのだが、それでも成り行きを見守っていた。すると、彼はやがて僕の隣にまで辿り着くと、少し上を向いて、視線も〝スクリーン〟の方へと送るようになった。
『せっかくですし、私もあなた様と一緒に見させていただきますよ』
 彼が真顔でそう伝えたところで、僕は思わず吹き出しそうになってしまった。
『な、何がおかしいんですか』
 そう伝達したアイルはすかさず僕の方を向く。
「ごめん、面目ない。君の顔があまりにも真面目そうになってるから、さ」
 そう言うと、僕は彼に頭を下げた。
 実際、彼は何もおかしなことをやっているわけではない。僕と一緒に過去を振り返ろうとしているわけであるし、僕の見えているものを一緒に見ようとする彼の心情は、十分に理解できるものである。それなのに吹き出してしまうというのは、彼に対して失礼なことではないか、と僕は自分のことながら思ったのだ。
 ただ、いかにも真面目そうな顔で「一緒に見させていただきます」なんて言わなくても良いのに、とも思った。僕とアイルとの仲なのだから、ここは「隣で見ても良いですか」などと、素直に願望を伝えてくれても良かったのではないか。
 だからこそ、僕は再度アイルの方を向いて、こう続けた。
「でも、良いんだよ、もう少し僕に甘えたって。君が素直になったところで、僕は逃げやしないんだから」
『よくもそんなことが言えますねえ。あなた様が私を放《ほ》ったらかしにすることもしばしばあるというのに。もう少し私に甘えられるだけの態度というものを、あなた様には身につけていただきたいのですが。それに、私はあなた様のことを飽くまでご主人と思っているわけで、その辺りの節度は守っているつもりですよ』
 この言葉に、僕は何も言い返しはしなかったものの、今度こそ大いに吹き出してしまった。
『なぜそこまで笑うのです?』
「さっき言ったとおりさ。真面目なことを、あまりにも真顔で言うものだから、そうなるんだよ。そもそも、君が言ってたことじゃないか。力んでないで、もう少し力を抜きなよ、な」
 僕がそう言うと、彼は唖然とした顔になった。嘴《くちばし》はあんぐりと開き、下の方を向いていた両翼《りようて》は少し上がり気味になり、翼先《てさき》どうしをつんつん、と軽く突き合わせる。一方、彼の顔は俯いてしまい、視線も〝スクリーン〟からすっかり逸れてしまう。恐らくは顔を翼《て》で覆いたくなっているのだろうが、僕の目の前ということもあってか、そこまではしなかった。さすがに、自分の言ったことをそっくりそのまま返されたとなれば、自ずと恥ずかしさがこみ上げてくるものだ。
 ともあれ、これで何とか彼に一矢報いた、というところか。これまでアイルのペースに嵌《は》まりっぱなしであったが、このままでは、彼の飼い主としての面目などあったものではない。
 それにしても、先ほどの僕と言い、今のアイルと言い、ここぞという所で糞真面目になってしまうきらいがあるようだ。僕が彼に似たんだか、それとも彼が飼い主に似てしまったのか。どちらにせよ、飼っているポケモンは自分を映す鏡のようなものである、という使い古された文句を今更のように実感してしまった。
 と、ここで、一つの疑問が湧いてくる。アイルは「一緒に見させていただきます」と伝えたわけだが、僕の目にしている〝スクリーン〟は、彼にも見えているのか。もしそうであれば、先刻の彼は、いったいなぜ僕と一緒に見なかったのか。もっとも、彼の辿ってきた道のりからして、答えはだいたい想像が付く。それでも、確かめておくためにも訊いてみることにしようか。そう思い、僕はアイルに向かって言った。
「なあ、アイル」
『何です』とただ一言答えたアイルは、相変わらず少し下を向いたままであった。
「あれ、君にも見えているのか」
 僕は〝スクリーン〟の方を指さしながら言った。
『当然です。あれはもともと私の思念によって作り出しているものですから。あなた様にも見えるようになっているのは、私の〝シンクロ〟のおかげですね』
「なら、なんで、さっきは僕と一緒に見なかったんだ?」
『見ていましたよ。ただ、あなた様の見ているところとは違うところにあるものを、ですが』
「えっ、どういうこと?」
 予想とは全く違う答えに、僕は面食らってしまった。僕が期待していたのは、自分の嫌な過去をこの目で見るのは辛いとか、もう過ぎ去ったことは見たくないとか、そういったネガティブな回答であったのだが、実際のやりとりというのはやはり簡単には見えないものである。
『あなた様の後ろをご覧になれば、お解りになると思います』
 アイルは俯いていた顔を上げ、僕の方に再度向くと、僕の背後の方を翼で指してくる。僕はそれを見るなり、体ごと後ろの方へと回ると、傷だらけで蹲《うずくま》っている彼の姿の映し出された〝静止画〟が、左上の方にあった。紛れもなく、僕が先ほど目にした光景を切り取ったものである。
『このような〝映像〟は、実のところ、いくらでも作り出せるんです。たとえ同じ物であっても、ね。ですから、先ほども、あなた様の向こう側で、あなた様が見ているのと同じ物を〝流して〟おりました。それを見ながら、私は自分の過去について述べていたのです』
「で、でも、辛くはないのか? だって、君がああも惨《むご》く痛めつけられているんだぞ? それを見るのは心に来るものがあると思うけどな」
『慣れてますから、大丈夫です。私、自分の過去もときどき見えるのですが、先ほどあなた様にご覧に入れた場面なんかは、何度も何度も目に入ってくるのですよ。初めのうちこそ、身も心も削られる思いをしたものですが、自分が通ってきた道だからと思えば、自然と慣れていきました。過去が見えるネイティオならではの宿命というものですかね、そういうのを信じることにしているんですよ』
 逆に言えば、こうでもしなければ、アイルが一羽《ひとり》のネイティオとして生きてゆくのは難しいことなのかも知れない。人間である僕には与《あずか》り知らぬ苦労を、彼は背負い込んでいるのだ。
 ただ、過去が見えるというのは、そんなに辛いことばかりではないのも、また事実である。彼の能力をもってすれば、楽しい思い出や感動的な場面だって、何度でも振り返ることができる。何も、辛く悲しい出来事ばかりを見て悲観的になる必要は、全くもってないわけだ。
 僕たちは、今まさに、お互いの運命を決定づけたと言っても良い出来事に、再度直面しようとしている。僕たち以外の何もない、この真っ白な空間の中で。

  *

『さて、そろそろ始めましょうかね』
 アイルはそう伝達しながら、僕と彼とが初めて目を合わせていた方の〝スクリーン〟へと顔を向けた。それにつられて、僕も同じ方へと向き直る。
 すると、今まで静止画同然だったはずの〝映像〟がいつの間にか動きだしていたのを、僕は認めた。しかも、先ほど見ていたはずのものとは違う場面になっているではないか。
 〝スクリーン〟には、僕は映っていたが、アイルの姿はなかった。その中にいる僕は、とある中年くらいの女性の人に連れられて、薄暗く閑静な廊下を歩いていた。この廊下には電灯こそ点いていたものの、ところどころ寿命を迎えているらしきものがあって、たいそう薄気味悪かった。
 少し時間が経過すると、女性が「識別番号2200番台」と書かれた大きな張り紙のされた戸を見つける。予め用意してあった鍵を取り出して、少し錆びている感のある取っ手に差し込んで回すと、鍵の開いた音がした。彼女が鍵を引き抜いた後に取っ手を回すと、戸を開け、部屋の中へと入ってゆく。女が僕にも入るように指示したため、僕もついてゆくことにした。
 当然のことながら、部屋の電灯は点いてはいなかった。廊下からもたらされてくる光だけでは、部屋の中がいったいどうなっているのか、いまいちよく分からない。ここで女性が戸のそばにあったスイッチを押すと、天井にある電灯が一斉に眩《まばゆ》く輝き出す。同時に、部屋の全貌が僕の目にも晒されることとなった。
 その部屋には引き戸のない棚がびっしりと敷き詰められているように安置されていたのだが、その棚に所狭しと多数のモンスターボールが置かれていた。通常の赤いモンスターボールの他にも、スーパーボールやハイパーボール、さらには僕の見たことのない模様をしているモンスターボールまで、様々なものがそこにはあった。
 そして、それぞれのモンスターボールの下には、小さな張り紙がしてある。その紙には、「識別番号」と「保管期限」、中に入っているポケモンの種族名、ポケモンの名前《ニックネーム》などが記されていた。このデータこそ、ボールの中身が保健所に預けられているポケモンであることを示すものなのだ。無論、この部屋にあるだけが全てではなく、恐らくは氷山の一角に過ぎない。僕の目の前にあるのと同じような光景になっている部屋が、いくつもいくつもあるのだ。
 実は、僕の前にいる彼女の顔には見覚えがあった。アイルが預けられていた保健所の係員だ。これが意味しているのは、もうお気づきだと思うが、〝スクリーン〟上の僕はポケモンの保健所の中を歩いていた、ということである。
 今、〝スクリーン〟に映っている僕は、モンスターボールがぎっしりと置かれている部屋の中で、女性と何かしらやり取りをしている。ここで交わされた会話の内容については、詳しくは憶えていない。ただ、次のようなことを言われたことだけは、この場になって、じわりじわりと思い出してくる。
「ここで大切に〝保管〟されているポケモンたちはですね、全部とは言いませんが、たいてい、人間の都合により捕獲されて、人間の都合により手放されたものなんです。モンスターボールの普及によって、人間とポケモンとの距離が一気に縮まり、ポケモンと暮らしている方も随分増えましたけれども、一方で喜ばしくないことも起こっています。今あなたがご覧になっているように、たくさんのポケモンが、人間の身勝手な行いによって、悪い影響を受けているのですよ。つまりどういうことかと言えば、ポケモンを自分の好き勝手に扱っても良い、などという誤った認識を持つ方々が増えてしまった、ということなのです」
 このような言葉を耳に入れた時には、背筋がぞっと凍った。僕の目前に広がっている光景は、極論すれば、人間の仕業によって出来上がったものなのだ。
 そう言えば、もし貰い手が見つからなかったら、いったいどうなってしまうのか、と聞きもしたような気がする。それに対する答えは、あまりよく覚えてはいないのだが、ある意味で僕の想像を絶するものであったことだけは確かだ。もっとも、その回答は、別の方面から見れば当然の成り行きであるように感じられるものでもあろうが。
 ともあれ、僕は、ポケモンを飼うということがどれだけ尊いものであるかを、この係員から教えられた。ポケモンの命は、僕たちが普段考えてしまっているような軽いものではない。僕たち人間と同じくらい、かけがえのないほどに重いものである。だから、ポケモンのことは、決して蔑ろにしてはいけないし、生半可な気持ちで扱おうとしてはいけない。でないと、このモンスターボールの無数の列のようなのが、今後も次々と発生してくるようになる。
『あのとき、私を選んでいただいたことには感謝しております』とアイルは言った。『だからこそ、あなたにはもっと、私のことを見てもらいたいと思っているのですよ。選ばれなかった者たちのためにも』
 全くその通りだ、と僕は思った。自分の生活の忙しさに託《かこつ》けて彼のことを見なくなっていた近況は、あまりよろしくないことである。このネイティオと共に過ごす時間を、もっと増やす必要がある。思い出の数も、積み重ねていかなければいけない。
「分かったよ、アイル。これからは、なるべくそのようにしよう」
 僕は今の心からの望みを口にした。そして、身を少しだけ屈《かが》め、アイルのことを両手でそっと抱いてやる。すると、アイルの方も、両翼《りょうて》で抱き返してきた。僕たち二人の想いが、恐らくは最も通じ合った瞬間だった。
 抱擁《ほうよう》は長い間続いた。いったいどれほどの時間が経ったか分からないくらい、お互いの身体が密着していた。こうしてネイティオの身体を抱きかかえるというのは、少なくとも僕にとっては初めてのことだったのだが、思ったよりも温かいものであったように思う。心の底から安心できるほどの温かさで、どんな鳥ポケモンを抱いても、これほどの温《ぬく》もりは、とうてい得られるものではない。どうして今までしなかったのか、不思議に思われてくるくらいだ。アイルのことを、今し方両手で抱えているネイティオのことを、強く、もっと強く、求めたくなってくる。
 今の僕たちを他の誰かが見たら、いったいどんな風に思われるだろうか。スキンシップが行き過ぎている者たちとして、変な目で見られることになるかもしれない。だが、今居る空間にいるのは僕たち二人だけだから、恥や外聞といったものは、さほど気にする必要はあるまい。そんなことを思っていると、余計に抱きつく力が強くなってしまいそうだ。いや、実際に強くなっていたんだと思う。というのも、そのうち、アイルがこう伝えてきたからだ。
『ちょ、ちょっと、苦しいです……』
 こう言われた僕は、はっと我に返った。力を抜き、彼を抱擁から解いてやる。名残惜しいのだが、いつまでも、というわけにはいくまい。
 密着していた互いの身体が再び離れると、僕はアイルの顔を見て言った。
「ご、ごめん。つい、やってしまったようだ」
『いえ、良いんです。あれほどに抱きしめられたのは、私も初めてのことでしたから。意外と手加減しないんですね』
 そう言うアイルの顔は、たいそう輝かしく、にこやかなものであった。
「いや、その、君のことが愛おしかったから、つい……」
『分かっていますよ。私もあなた様のことが好きです。あのときからずっと、ですね』
 そう言うなり、アイルが左翼《ひだりて》で指した先に映し出されていたのは、先の係員がモンスターボールからアイルを出したことで、僕が彼と初めて目を合わせたところであった。

  *

 そこは、万が一の事態が起こったときに僕が逃げられるように、頑丈なガラス張りの仕切りのある部屋であった。しかも、仕切りの向こう側に彼がいる、という構図である。彼は獰猛な性格をしているとの注意があったので、こうなっても致し方ないかな、と僕は思っていた。
 初めのうちは、アイルは僕のことを警戒しているようだった。微動だにせず、僕のことをつぶさに観察しているようにも見えた。自分の敵であるか味方であるかを調べていて、敵であればすぐにでも襲撃しようとしてくるのではないか、とも感じた。ともあれ、このときは、できるだけ僕は彼に敵意を示さないように努めたのだが、それが功を奏するかどうかは、もちろん不透明であった。いつ僕のことを襲いかかってくるか、まるで分からない。獰猛であるとの説明を受けているから心の準備はできているつもりだったが、いざ対面してみると、不安が募る一方であった。
 そのうち、アイルは一歩ずつ、僕の方に向かってくるようになった。僕への視線を逸らすことなく、本当にゆっくりとした足取りで、足を前へ前へと進めてくるのである。その一歩のたびに、僕の恐怖心が増してゆく。だが、技をしかけようとはしないのが、まるで不思議であった。念力をするような仕草もなければ、何かしらのエネルギーの籠もった球体を作り出すようなこともない。そのことが却って、少なくとも僕にとっては、不気味さの感じられるものになっていた。このネイティオは、いったい、何をするつもりなのだろうか。どういう了見で、僕に迫りかかっているのだろうか。
 やがてアイルが仕切りの間際に達すると、右の翼で、仕切りを軽く叩き始める。そこで、僕は彼に向かって、何かしらの声をかけた。このとき、何と口にしたかははっきりと覚えてはいないが、僕の様子から察するに、彼の様子をうかがうものであったのだと思う。要するに、僕もまだ、彼のことを警戒していたのだ。
 すると、このネイティオ、警戒心が解れたかのごとく、安堵の表情を浮かべてくるのである。何がどうしてこうなったのか僕には分からず、つい呆気にとられてしまった。その様子を遠くの方から見ていた係員も、少々驚いた様子である。
 ともあれ、係員より僕とアイルの〝直〟の面会が許されたので、僕は彼に向かって、改めて挨拶をする。すると、アイルの方も丁寧に彼なりのお辞儀をするのであった。それが終わると、右翼《みぎて》を差し出してくる。どうやら握手を求めているようだと受け取った僕は、右手を差し出す。そして、僕の手のひらとアイルの翼とが、静かに触れ合った。このときの感触はよく覚えている。思ったほど固いものではなく、鳥ポケモンらしく、さらさらとしていて、いささか柔らかいものであった。
 それからしばらくの間は、アイルと保健所で何度か面会することとなった。彼とて曰く付きのポケモンなのだ、いきなり外に出しても良い、という許可が下りるはずがなかった。面会を繰り返している中で何のトラブルも起きることがなければ、晴れて僕のものとなるわけである。ポケモンも僕たち人間と同じく生き物なのだから、このように慎重なステップを設けるのは、必要なことなのだ。
「そう言えば、僕が保健所に行かなかった間、君はどうしてたんだい?」
 僕はふと、アイルに訊いてみる。
『そうですねえ……。しばしあなた様と別れているときは、少しばかり、心細かったです。初めてあなた様にお目に掛かったときは、以前の主人とは違って優しそうに思えたのです。だからこそ、信頼できそうだな、って。それに、あなた様はトレーナーではなさそうだというのもはっきりとしていましたので、もう私は戦いの場に引きずり出されるということもないのかもしれない、とも感じておりました。それだけに、すぐにでも、あなた様にはついていきたかったのですよ』
「そんなに分かるものなのかい」
『言ったでしょう。私だって〝エスパー〟属性《タイプ》の端くれなんです。あなた様の考えていることは、ある程度はお見通しですよ』
 こりゃまいったな、と僕は内心で思った。もしかすると、この言葉すら、アイルに読み取られているのかもしれない。ともあれ、彼の前では隠し事はできそうにない。そう思うと、薄ら寒い思いを感じてくる。
『大丈夫です、見たいときにしか見ないようにしていますから』
 アイルのこの言い分、フォローになっているのだかなっていないのだか、少々分かりかねるのだが、ここは敢えて目をつぶっておくことにしよう。これ以上追求しようとするのは、はっきり言って野暮だ。
 そうか、と一言だけ、僕は苦笑いしながら言った。
『それはともかく、先ほども申し上げたように、私は争い事が苦手なものですから、あなた様のそばでゆっくりのんびりと暮らしていけるということ、これ以上の希望は無かったわけでございます』
「ありがとう、アイル」
 僕は軽く頭を下げた。すると、こちらこそ、とでも言わんばかりに、アイルの方も頭を下げてくる。その動作を見るにつけ、彼のことが少しだけ愛おしく感じた。

  *

 幾度かの面会を経て、晴れて僕のものとなったアイルは、当初から僕に懐いてくれていたし、他人や他のポケモンを襲おうとすることもなかった。だから、大学にも街中にも、どこであろうと、安心して連れていけたのだった。特に休日、知り合いと会う予定のなかった日などは、貴重な遊び相手になってくれたから、非常に感謝している。
 とは言っても、ただ一つ、例外があった。僕が実家に帰省したときである。前に言ったように、ネイティオを飼っているという事実は両親には秘密にしておきたかった、という事情があった。なので、アイルには申し訳なかったのだが、モンスターボールの中にずっと隠れてもらっていた。また、両親の目前でアイルの入ったモンスターボールを出すこともしなかった。何とかアイルの存在を隠し通すことができたものの、僕の内心は穏やかではなかったように思う。無論、帰省中の間だけでも、仲の良い友達に彼の面倒を見てもらうこともできなくはなかった。けれども、せっかくの自分のポケモンなのだ、責任はちゃんと自分の手で取りたかったのである。
 こんな感じのトラブルが時折起こりはしたものの、アイルとの生活はほぼ順調に送れていた。
 ただ、先ほども述べたことだが、ここ最近は学業が忙しくて、彼と過ごす時間がなかなか取れてはいなかった。彼をボールにしまい込みっぱなしにしていた日も、決して少なくはない。アイルのことを忘れたというわけではないが、彼に構ってやれる余裕など、ほとんど感じられなかった。そういうことがあったからこそ、今になって、アイルからこのような仕打ちを受けているのだ。
 もちろん、彼の伝えたいことを受け入れたところで、何もかもが終わったわけではない。単位が取れなくなるかもしれないという危機が解決できたわけではないし、アイルと過ごす時間をどう作るかも考えなければいけない。僕のやることは、まだまだたくさんある。そこをどう乗り切ってゆくかが今後の僕の課題となるわけではあるけれども、アイルと一緒に居たいという気持ちさえ忘れなければ、無事にやり切れるものと信じている。
 実際、彼は僕にこう言ってくれている。
『大丈夫です、あなたは決して一人じゃありません。私がついているのですから』
 僕はアイルのこの言葉を胸に受けつつ、彼の身体を抱きしめた。こんなことをするのは初めてのことだったが、思ったよりも、ネイティオの身体は温かいものなのだな、と思わずにはいられなかった。
 ――そうだ、僕にはアイルという、心強い存在がいるんだ。このポケモンをきちんと養ってゆくためにも、僕は頑張らないといけないんだ。
 僕は心の中でそう思いながら、アイルとの〝シンクロ〟を精一杯味わった。

  *

 翌朝。僕はいつの間にかベッドの上で眠っていたようだ。起き上がって伸びをすると、辺りを見回してみる。でも、僕と一緒にいたはずのアイルの姿は見当たらない。いったいどこに行ってしまったのだろうか。
 ベッドから出た僕は、机の上に置かれてあるモンスターボールに目が行く。そこで、僕がモンスターボールのスイッチを押すと、中からネイティオが出てきた。この容姿は間違いない、アイルである。自分でモンスターボールに戻ったのだろうか。いや、それよりも、気になることを訊かないといけない。
「アイル、昨日のこと、憶えているか?」
 僕の言葉に、彼は首を傾げた。ひょっとして、憶えていないのだろうか。それとも、僕がアイルとシンクロを果たしたのは、単なる夢だったのだろうか。謎は深まるばかりである。
 だが、いずれにせよ、僕がアイルのことを十分に見てやれなかったのは事実だし、今日からはきちんと彼に接してやろうと思った。そして、単位を取ってやろう、という意欲もいっそう強くなったのである。
 そこで、ふと僕は時計を見る。ゆっくり歩いていっても、講義には十分に間に合う時間だ。せっかくだから、今日くらいはアイルと一緒に大学へ行ってみようか。
 僕は登校の支度をすると、彼に呼びかけた。彼は不思議そうな顔をしている。近頃は、ここでモンスターボールに入れてから足早に玄関を出ることが多かったためであろう。
「ごめんな、アイル。寂しい思いをさせてしまって。でも、今日からは一緒に行こう、な」
 僕がそう言った途端、アイルは僕の胸に勢いよく飛びついてきた。急なことに僕は思わず驚いてしまったが、それでも、僕は彼の背中をそっと撫でてやった。彼の表情は、この上ない笑顔だった。
 結局、アイルに見せられたものが現実であったのかどうかは、分からずじまいであった。だが、僕の眼の先にある未来が、その日を境にして、次第に明るいものへと変わっていったこと、それは事実であった。

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 以前某所で公開していたものの再掲になります。([[作者>幽霊好きの名無し]])

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