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目が覚めてから、季節が巡った の変更点


#include(第十回短編小説大会情報窓,notitle)

 空が暗くなり始める頃、原色に近いような真っ青な空が、段々と黒に染まって行くその時間。
 その空には、常に煙があった。晴れの日でも、雨の日でも、季節を問わずに。
 煙突山から立ち上るその穏やかな噴煙は、麓の町の名物でもあった。
 温泉に浸かりながら、雲よりも早く形を変えながらも、雲のように穏やかな噴煙を眺める事は、悠久の時の流れを感じさせてくれる。
 そのフエンタウンの夕方。穏やかな噴煙が徐々薄れていくのに一人が気付いた。

 その熱気によって陸を広げたと言う超古代ポケモンが目覚め、そして闘争本能を満たした後、そのポケモン、グラードンは煙突山を住処とした。
 最初はどうなるかと沢山の人間がはらはらとしながらその様相を見守っていたが、何事も起こりはせず、寧ろ火山は落ち着いていた。
 麓の温泉の温度は全く乱れず、噴煙が気紛れに暴れる事も無い。
 グラードンが居る火山、と言う事で観光客も増えていた。
 満月のその夜、煙によっていつもは余り見える事の無い月が良く見え始めた。
 何かあったのか、とその一人はぼうっとその上空を眺めていた。
 夜の呑み屋街、酒に月は合う。
 その違和感に気付き始めた人は、徐々に増えて来ていた。

 煙の薄さに気付いた人達は段々と広場に集まり、不安気にそれを眺めていた。
 グラードンがここを住処と決めてから約一年が経つ。
 それは、水分が一気に蒸発していくような熱気と、何もかもを叩き潰すような大雨が入り混じる中、そのたった二匹のポケモンの、ホウエン全体を揺るがした戦いからの一年だった。
 まだ、記憶は新しい。
 太陽の輝きが何倍にも増し、温泉は沸騰し始め、人々は熱中症で倒れ、エアコンは容赦なく壊れていく。
 小川に住むポケモンは茹で上がり、死んでいった。
 そして突如どす黒い、暗黒の雲が訪れたかと思えば、大地をも洗い流すような大雨が降る。
 助かったと思うのも一瞬、山では土砂崩れが起き、泥水が家々に侵入する。
 熱に冒されて死んだ人、水に流されて死んだ人。それはこの町だけでも二桁に及んでいた。

 嫌な静けさだった。人々はざわつくも、何もする事は出来ない。ただ眺めている内に煙は更に薄くなり、月明かりが町に良く届いた。
 いつもは遅れてやってくるその満月の光。
 また、同じ事が起きるのか? ただ、煙が薄くなっただけでも、それはこの一年間、グラードンが火山に住み着いてから全く無かった事だった。
 半端なトレーナーは何の役にも立たない。いや、エリートトレーナーですら、四天王ですら、チャンピオンでも役に立てるかどうか。大地を広げたと言うそのポケモンの熱気に立ち向かえるトレーナー等、そうは居ない。
 至る所に電話はしてある。
 が、人々はただ怯えるしか、祈るしか出来なかった。
 結局、グラードンとカイオーガのその喧嘩を鎮めたのは、レックウザを呼び起こせたからだ。
 人間の力で鎮められる訳ではない。
 それが殺し合いであるか、互いに目覚めた時に行う儀式のようなものなのか、それともただのじゃれ合いみたいなものなのか、結局分かってはいないが、それのせいで人は多大な迷惑を被る。
 頼むから、そこでじっとしていてくれ。
 グラードンのお蔭でこの町が賑わったとしても、その前に人は死に、受けた災害からまだ、完全には立ち直っていない。
 けれども、その影は無情にも見えた。
 麓のここからでも、そのシルエットは良く見えた。
 火口から、その巨大な爪を突き立てて登って来て、のっそりと立ち上がるその姿。
 水滴のように身に滴るマグマを光らせ、グラードンは山を降りて行く。
「……あれ?」
 人々は、来たる絶望が来ない事に困惑し始めた。
 今は夜のままだった。
 夜でも無理矢理光球を作り出して容赦なく熱を浴びせ掛ける、大地を広げたと言う程の日照りの力は、その片鱗も見せていなかった。

―――――

 きらきらと目に写る、海底からの眺めは星の光ではない。ランターンやスターミー、ドククラゲ等、様々なポケモンの生きる光景だ。
 星の光のように様々な色で、星の光のように柔らかい。
 近付けば流石に眩しいが。
 目が覚めるまでどれだけの時間があったのか、外はかなり変わっていた。似たような妙な服を着た妙な人間達が、何らかの目的があって起こしたようだったが、別にそんな事も関係ない。
 同じ時期に陸の奴も起きていたし、中々良い事をしてくれたと思った。
 結局前と同じく、空の奴に留められてしまった訳だが、まあ、そこそこ満足は出来た。
 海底からゆっくりと上へと泳いで行く。
 海底の星の上へと登って行くと、次第に明るくなって行く。
 夜空の月の明るさは、太陽を曇らせようとも、夜を明るくしようと出来ない。
 静かで、点々とした星の明かり。丸い、月の柔らかい光。
 ゆっくり、ゆっくりと泳いでいく。
 ラプラスが遠くで歌っているのが聞こえた。耳を澄ませていると、汽笛の音が向かい側から聞こえて来た。
 暫くするとラプラスの歌声は聞こえなくなってしまった。
 ああ、勿体ない。
 ――どこに行くんかい?
 後ろの方から聞こえて来た声は、私が眠りに就く前から生き続けている、知り合い。
 ――あいつに会いにな。
 ――あいつ、か。
 ゆっくりとジーランスは私の隣にやって来てから、聞いて来た。
 ――なあ。
 ――なんだ?
 ――その、あいつとはどういう関係なんだ?
 うーん、と泳ぐ速さをやや緩めて考える。
 それから答えた。
 ――人間の言葉とか文化とか科学とかってものを、この一年で色んな奴から学んだよ。
 私が寝ている間に、人間はとても変わっていた。
 この前まで、ただ共存しているだけの、一風変わった存在でしかなかったのに。
 元々その人間に従っていたポケモンとかから話を聞けば、とても興味深かった。
 ――仇敵、ライバル。顔見知り、知り合い、友達、親友。戦友、旧友、仲間……。人間の言葉だと、どれも何かしっくり来ないって事は分かった。
 そう答えた。
 少し間を置いてから、ジーランスは聞いて来た。
 ――……一番似てると思うのは?
 少し考えてから、言った。
 ――友達と旧友の半々位で、それにライバルと仲間がちょっと混じる感じ、かな。
 ――…………良く分からないな。
 ――同感だ。

 久々の外も、そう変わらない。眠る前と比べれば、人が増え、ポケモンの数も増え、草木も良く見れば様相が違うように見えるが、そう大きく変わっている訳でもない。
 どの位寝ていたかは分からないが、まあ、その位だって事か。
 満月のこの夜。
 ゆっくりと歩いて行けば、遠目から俺を見て来る様々なポケモンが居る。相変わらず仲の悪い二つの種族も目を俺が歩く今は戦いを止めて俺を眺めている。
 目を合わせれば、仲良く逃げて行った。
 空からは俺の様子を見に来たかのように、鳥ポケモンがちらほらと見える。
 星や月を隠しながら、俺の周りを回るのはやや鬱陶しい。
 炎でも吐いて追っ払ってしまおうか。
 いや、そうしたら面倒な事になりそうだ。
 今はあんまり、面倒な事にはなりたくない。
 人が乗っているのも見えたが、それらを押しのけるように一体のポケモンがやって来る。
 他の鳥ポケモンとは違う、皮がそのまま翼になっている、古いポケモン。
 ……記憶に余り無いような、あるような。
 ――火山のダンナじゃねえか! 久しいな!
 えっと、と図々しくそのまま俺の頭に乗って来たそいつの事を思い出そうとするが、中々思い出せない。
 ――もしかして思い出せないのか? 俺の事を? 酷いなあ。
 ――……すまんな。
 ――いやいやいやいや。別に良いって。覚えてたとしたらそれはそれで驚くしさ。
 永い間寝て、そして起きて暫くの間活動して。
 そうしてどれだけの間生きて来たか、俺自身にももう分からない。
 これからどれだけ生きて行くのか。これからどれだけ寝て起きるのか。
 どう生まれて来たかも覚えてないし、何度も寝て起きてを繰り返した後の記憶なんて、早々覚えていない。
 ただ、それ以前に。
 ――お前、ずっと生きていたのか?
 覚えていない程の昔。ずっと生きていたとしたら、どれだけだ。
 ――いーや、つい最近なんだけどさ、死んだ後人間の手によって生き返らせて貰ったのよ。驚く事に。
 ――生き返るって、本当か?
 ――そりゃ、そうよ。あんたの事を知ってる事が一番の理由だし?
 はあ、そうか。
 見た目は大して変わらない、と思ってたが、知らない所で色々起きているようだ。
 小言を聞きながら、俺もちょいちょい返している内に、海の匂いが感じられてきた。
 相変わらず、鳥ポケモンに乗った人間達が俺の周りを飛んでいる。
 鬱陶しいが、手を出したらもっと鬱陶しくなるだろうな。
 一年前もそうだった。

―――――

 ――……よう。
 ――これで何度目だ?
 ――覚えてねえよ、そんな事。
 ――まあ、そうだよな。
 海の奴、人間達の付けた名前はカイオーガ。その海の奴からは俺、陸の奴はグラードンと呼ばれている事をここまで来る内に聞いて知った。
 勝手に名付けられた事に関しては不満はない。
 それがどういう意味かも知らないが、海の奴のも俺のも、何か良い響きだった。
 カイオーガ。オーガってところが何となく良い響きで強そうだし。
 グラードン。ドンって所がそう、同じく。
 一年前、そんな事を直前に思いながら、体に力を込めて戦いを始めようとしていた。
 空は雨雲と日照りが入り混じって訳の分からない天気になっている。
 焼け付くような心地の良い暑さ。じめじめとした気持ち悪い湿気。ぼつぼつと体に落ちる熱水の雨。
 俺達を止めようとしてか、眠り粉やキノコの胞子が飛んで来る。
 それを熱で打ち払い、波で呑み込んだ。
 空を飛んで邪魔をしようとする奴等を炎で焼き払い、水砲で撃ち落とした。
 ――じゃあ、やるか。
 ――そうだな。
 次の瞬間、鳥ポケモンを撃ち落とした水砲がより強い威力で飛んできた。

 水砲を腕で受け止め、足を前に進める。自分が作り出した光球から光を浴び、エネルギーを蓄えた。
 数多の石が海中から飛び出して、頭を狙ってきた。
 石が頭にぶつかる直前にエネルギーを溜め終え、一気に海の奴に向けて放つ。
 石は粉々にはじけ飛び、海の奴はそれをまともに食らうが、そこまで怯まない。
 距離が近付く。互いに全身に力を込め、海の奴がその巨体で空へ飛び出した。体を宙返りさせ、尾の一撃。
 受け止めて陸の方に投げ飛ばそうとすれば、さっさと逃げられた。
 地震で追撃して、切り裂こうとすれば噛みつかれて海に引きずり込まれそうになる。
 踏ん張り、力づくで逆に引っ張り上げ、その背中を切り裂いた。
 浅い傷がつく。
 口が開き、腕を引っこ抜いた瞬間、水砲をまともに食らった。
 仰向けに倒れた所にまた、尾の一撃が飛んで来た。

 楽しかったな、と思い出に耽っていると、皮翼の鳥に頭を踏まれた。
 どうやら何度か声を無視していたらしい。
 ――また戦うんじゃないんだよな?
 ――あんな迷惑な事、毎年やらない。
 その位は自覚してる。好き勝手ばっかりしてて何もかもを敵に回すつもりはない。
 とは言え、ただ毎回寝起きにやってるそれが、人間にとっては更に迷惑になっているっぽいが。
 敵に回したらかなり面倒そうだ。
 ――じゃあ、いつも通りに。
 ――まあ、そうだな。ただ喋るだけだ。
 
―――――

 砂浜に出ると、海の奴はもう来ていた。
 ――遅かったな。
 ――俺が鈍足なのは知ってるだろ。
 ――まあ、な。
 海の奴はぴゅー、と軽く潮を吹いて浅瀬に乗り上げていた。
 近くの砂浜に座って、手の平に砂を拾い上げてみる。
 砂利や貝殻だけでなく、変な物もあった。人間の作った何か。
 一年前、戦ってた時はあんまり気付かなかった。
 ――……何か色々あるな。
 ――そう、随分変わったよ。
 空を見上げれば、星はそのままあった。月もそのままあった。
 けれど、空全体も少し明るくなったようで、やや見辛い気がする。
 ――本当に、な。海では迷惑してる奴も多いぞ。
 ――そうなのか。
 ――毒が大量に海に流れだして、沢山のポケモンが苦しんでたりな。あの七色の鳥の家来だっけな? そいつが来て浄化をしてくれて助かったもんだが。
 ――災難だったな。
 ――お前の方は何かあったか?
 ――……いや。
 ――なんだ、お前また火山に閉じこもってたのか?
 ――寝て起きてを繰り返してたら、一年経ってた。
 ――起きても寝てるんだよな、お前は。
 ――悪いかよ。
 持ってた砂を投げると、水を吐かれて落とされた。

 海の奴から、今の事について色々教わる。
 寝て起きてもそう大した変化は無かった事は多かったし、ここに来るまでもそうだと思っていたが、意外とかなり変わっているらしい。
 ――人間なんて、棒とか持ってぶらついてるだけのおかしな奴だったのにな。
 ――そうだな。本当にな。
 ――それが今じゃ、青い竜まで従えてたりする。ほら、上を見ろよ。
 ――……本当だ。
 ボーマンダと名付けられたらしいその青い竜も空を飛んでいる。上に人間を乗せているのも辛うじて見える。
 あんな凶暴な奴も従わせてるとか、侮れないかもな……。
 ――でもな、悪い事だらけじゃないらしい。
 ――例えば?
 ――虫が大量に発生して、例えば両手にでっかい針を持っていたりとか、鋭い刃を備えてたりとか。そういう奴等が沢山出て来て、森が全て食い荒らされたとかいう事あっただろう? ひと眠りかふた眠りか前にお前が話してた事だが、覚えてるか?
 ――……ああ、あったな。流石に見ていられなくて止めた記憶がある。
 青い竜や炎の犬が食い止めようとも、数の前に敗れ去って行く光景。
 最終的に見かねた俺が増えすぎた虫を焼き払って、被害を食い止めた。
 仕方ないとは言え、殺しまくった事は余り良い記憶じゃない。長くこいつに愚痴ったっけ。
 ――そういう時、人間が率先して色々やってくれたりしてるみたいだ。
 ――へえ。でも、毒を流したりしてもいるんだろ?
 ――ああ。まだ、良く分かってないが。
 砂利をまた拾う。それに混じった人間の作った何かは余り良いものじゃないとは思う。
 ――……悪い事の方が多い気がするな。
 そう言うと、人間によって生き返った皮翼の鳥、プテラが抗議の声を上げた。

 ただ喋るだけ。
 それが俺とこいつにとっての、いつの間にかの習慣になっていた。
 長く、永く生きて来た俺とこいつ、後、空の奴もそうだろうが、あいつは良く分からない。
 とにかく、俺とこいつは、ずっとずっと生きて来た。この皮翼の鳥が生きて、生き返る間も寝て起きて、ずっと生きて来た。
 遥か昔の記憶はもう無い。どうやって生まれて来たかも分からず、親という存在も、子という存在も無く、これからも生きて行く。
 理由何て無いし、しなければいけない事もない。
 そんな俺とこいつが自分を保つ為に、目が覚めた時に戦う事も、こうして偶に会って喋る事も習慣になっていた。

―――――

 欠伸をすると、呆れられるように言った。
 ――また寝るのか?
 ――……いや。
 空を眺めれば、星は見え辛い。弱く光る星がもっと沢山あった筈だったと思う。
 火山で寝て起きてを繰り返している間は余り気付かなかった事だ。
 ちょっと、聞いてみた。
 ――お前はこの一年でどの位の場所を巡ったんだ?
 ――かなり巡ったよ。色んな地方の色んなポケモンにも会ったし、色んな人間にも会ったし、そして何よりも、想像以上の変化も見た。
 ――……そうか。眠っているばかりじゃ、勿体なさそうだな。
 おっ、と海の奴が顔を上げた。
 欠伸を噛み殺しながら、立ち上がって背伸びをする。
 ――良い場所知らないか? 行って面白いような。
 ――色々あるぞ。
 海の奴は、嬉しそうに返してきた。
 ――……じゃあ、海沿いに行くか。
 ――それは良い。付いて行こうか。
 嬉しそうな声。
 もしかしたら、前からずっと、こいつは俺とこうしていたかったのかもしれない。
 欠伸をするとまた、小言を言われた。

―――――

 数日が経ち、その夜。
 ホウエンの先への陸地を結ぶ橋が目の先にあった。
 こんなでかいものまで人間は作るのか、と驚いていると、海の奴が唐突に、躊躇うように聞いて来た。
 ――……なあ。
 ――なんだ?
 ――……お前にとって、私とはどういう関係なんだ?
 そんなに考えずに答えた。
 ――唯一無二の、同胞? まあ、そんな感じだろ。
 カイオーガは、その言葉を反芻するように何度か頷くと、腑に落ちたようにすっきりとした顔になった。
 ――……ありがとう。
 ――……何だよ。
 星は橋からの明かりで余り見えない。
 橋は眩しくて、他のものを眼中から失わせてしまうような派手さがあった。
 ただ、海の奴はそれも目には入っていなかった。
 ゆっくり頷きながら、満足そうにしていた。

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