**画竜点睛 [#aesw7q6] writer――――[[カゲフミ]] せっかく作った夕飯も冷めてしまっては美味しさが半減。自分の師を呼びに、ウソッキーのキースは控えめにドアをノックした。案の定返事がない。 先生のアトリエには時計がない。それは時計を気にして時間に追われていては良い作品が出来ないという、彼の持論の元。 それでも腹時計の方は結構性格で、食事の時間になると大体は出てきてくれるのだが。どうやら今回も少なからず事情がありそうだった。 念のため、キースは今度は強めにノック音を響かせてみる、が。やはり反応はなかった。仕方ない、入るか。 「デリック先生、失礼しますよ」 アトリエの中。机の上にはいくつもの画材が置かれている。色とりどりの絵の具が並ぶ様子は、遠目から見るとまるで春先の花畑のように色鮮やかだった。 先生が頭を捻っていたのは絵を描くときにキャンバスを立て掛ける画架の前。この距離からでも相当な作品であることが予測できる。あれは、砂浜から見た日の出の様子だろうか。 「先生、どうしました?」 「ああ……キースか」 二回もノックしたし、入る前には声も掛けたのだが。振り返ったドーブルはまるで初めてキースの存在に気が付いたような表情をしていた。 それくらいこの作品を前にして、思案することに没頭していたようだ。デリックの眉間にはしわの跡がしっかりと残っていた。 「この絵なんだがな」 「これはまた……素晴らしい日の出の風景ですね。もう完成しているように見えますけど」 明け方の人気のない静寂に包まれた穏やかな波打ち際。絵の中心に向かっていくにつれて徐々に光が加わっていき、水平線の遥か遠くに顔を覗かせた太陽。 ここが夕方の屋内だということを忘れて陽光を感じてしまいそうなくらいだった。毎回のことながら絵から伝わってくる臨場感が圧倒的なのだ。 自然と称賛する言葉がキースの口から飛び出してきてしまう。師匠だからと気を遣っているつもりはない。 もちろん彼だけでなく、絵を見た多くのポケモン達をそう思わせるくらいの作品を描く能力をデリックは兼ね備えている。弟子になって以来、キースはそう信じて疑っていなかった。 そんな弟子からの誉め言葉をデリックは表情一つ変えずに受け止める。キースの目には素敵な作品に映っていても、描いた当人はそうではないということなのか。 「絵、自体はな。完成しているんだ」 「ということは……またですか」 「そう。また、なんだ」 大体察しがついた。何日か前、デリックから今回の絵は習作ではないと聞いていた。近いうちにある展覧会に出展する予定のものだと。 作品として公に発表するためのものならば、必要不可欠なものが一つあった。絵を仕上げただけでは足りない、もう一つが。 「なかなかタイトルが思い浮かばなくてな」 何か良い案はないだろうかとデリックに話を振られて、そうですねえと思わず考え込んでしまうキース。 しかし自分の師の作品のタイトルを弟子が考案してしまうのは非常に恐れ多いというか厚かましいというか。 確かにキース自身も描き上げた作品のタイトルは悩んでしまうことが多い。うまい具合にぱっと浮かぶこともあれば、あれこれ考えた挙句に無理やりねじ込んだりしたものも。 どちらかというとしっくりこないまま、捻りだして絵の雰囲気に合わせ込むことの方が多いような気がしていた。 「今のところ浮かんでいるのは太陽、日の出、陽光……まあ、絵の第一印象からくるものだな」 「なるほど。ストレートなのも単純明快で良いのではないですかね?」 「私としてもそちらの案で行ってみたいとは思っている。だが、前回の……」 「ああ、あの親子を描いたやつですか」 先生が仰っているのは前作のこと。晴れた日の公園で和やかに散歩するエーフィとイーブイの母親と息子を描いた作品だった。傍から見れば大変微笑ましい日常の一つの風景。 タイトルは確か『楽園』だった。絵の雰囲気からすれば多少飛躍している感じはあれど、そぐわないという程でもない。もちろん展覧会での評価も良かったのだが、それに伴って思わぬ事態が。 「あれには参ったよ。タイトルからの連想でああも曲解されてしまうとは」 「皆、想像力がありすぎたんですよ……きっと」 先生にしてみれば描かれた絵の裏側や深い意味は考えずに、ぴんときたものをタイトルに決めたのだと思う。 彼の作品の傾向からして、暗喩や比喩的な表現はあまり使われておらず直接、見た者の視覚に語り掛けてくる絵がほとんど。 しかし評論家の皆様は大変豊かな空想力を兼ね備えておられるようで、楽園が実は死後の世界を暗に表現している、だとか。 絵の中にあったアジサイの花言葉が『無常』だからいずれこの家族が壊れていく可能性を嘆いているだとか、いくつものあらぬ予見が生まれてしまったのだ。 「くだらない評論家気取りたちが勝手に絵の背景を捏造して、考察が独り歩きしてしまう。私はそれが嫌でな」 作品の背景なんぞ作者にしか分かるはずがないのにな、とため息を零すデリック。普段は鮮やかな色合いをしている尻尾の毛先も、今回ばかりは心労からか少しくすんでしまっているように見えた。 「結局どんなタイトルをつけても、解釈違いな意見は出てくると思います。作品を世に発表するってそういうことじゃないですかね……なんて、差し出がましかったですか?」 肩を竦めるようにしておどけて見せるキース。せっかく素敵な作品を描かれるんだから、タイトルからの考察なんて気にせずに堂々としていてほしいという彼の願望も含まれてはいた。 どんな作品を描こうとも、万人から同じ評価をしてもらうことなど不可能。見た者の数だけ意見がある。若干腑に落ちない様子ではあったものの、最終的にデリックは頷いてくれたのだ。 「う、うむ……確かにそうだな。お前もなかなか言うようになったじゃないか。先日の展覧会では入賞もしていたし、徐々に腕を上げているようだな」 「あれは、先生のタッチを見よう見まねでやってみたらたまたま審査員の目に留まっただけです。僕の実力じゃありませんよ」 キースは苦笑いを返す。誰かの技術を盗む、というと聞こえは悪いが師に仕えるというのはそういう目的もある。 自分で言うのも何だが、模倣はキースの得意分野。細かな筆の走らせ方や色遣い。確かに入賞した作品では、かなり上手くやれていたような自覚はあった。 ただ、それで良い作品が仕上がったとしても所詮真似は真似。完全に自分の作品ではないような気がして、賞を取っても素直に喜べなかった自分がいたのだ。 「そう謙遜するな。模倣だったとしても、基礎がなってなければ良い作品には仕上がらん」 「……ありがとうございます」 ぽん、とキースの背中を叩くデリック。勢いは少し荒々しかったが、自分を応援してくれている師匠の温かみを感じたのも事実。いつかは自分のタッチだけで賞を取るのがキースの目標だった。 「それで、だ。タイトルなんだが……」 アトリエの中。師匠と絵の題名に関するやりとり。夕飯が冷えてしまうのも忘れて、すっかりキースも没頭してしまっていた。 ◇ 決まった表題は最初に挙がっていた太陽や日の出に少し変化を加えた『暁』に決まった。展覧会での評判も上々だったようだ。 おしまい ---- ・あとがき 今回のテーマが「だい」だったのでストレートに作品のタイトルに関するお話を思いつきました。 絵画のタイトルに悩む作者のお話ですが、私自身小説でも肝心のタイトルが決まらずに悩んだことは数知れず。皆様も経験があるのではないでしょうか。 ちなみに今回の作品のタイトル「画竜点睛」はすんなりと決まりました。デリック先生の画竜に足りない点は作品のタイトルだったというわけです。 以下、レス返し……なんですが投票所に繋がらなくなっているようなので後程。 以下、コメント返し。 >題名の解釈は人それぞれだから、仕方ない事だと思います。むしろそんな視点もあったかと感心したほうがいいのではないでしょうか? (2020/02/27(木) 21:30)の方 タイトルの数だけ捉え方がある。それはデリックも重々承知のうえなのですが、どうしても自分の解釈の範疇を越えた評価が出てきてしまうことに思い悩んでいた次第なのです。その点では弟子のキースの方が柔軟な考え方ができていたのかもしれませんね。 >当方、人様の作品からあることないこと勝手に読み取る悪癖がありまして、こう、大変耳が痛い。すばらしい!でした。 それはそれとして、"題"、タイトル決定ってほんと悩ましいですよね。 (2020/02/29(土) 19:04) 人の物語を読むことになれてくるとついつい深読みしがちなのは物書きとしての性といいますかなんといいますか。ただ、作者の意図は作者にしか分からないものなのです。 今回のお題は幅広く応用が利くものだったのでなかなか悩ましかったですね。 >代+何かや大+何かという作品の中「だい」そのものの主張を一番感じられました (2020/02/29(土) 23:26) 題、タイトルをそのまま小説に持ってくる形にしました。テーマの扱い方としてはうまく落としどころを得られていたと思います。 皆様、投票ありがとうございました。 【原稿用紙(20×20行)】8.8(枚) 【総文字数】2917(字) 【行数】61(行) 【台詞:地の文】23:76(%)|673:2244(字) 【漢字:かな:カナ:他】34:59:5:1(%)|998:1726:162:31(字) ---- 何かあればお気軽にどうぞ #pcomment(画竜のコメントログ,10,)