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俺はいつの間にか、甘い罠にかかっていた。
時々街で。あるときは荒地で。またあるときは戦場で。彼女はいつも独りでいる。いつも危ない事ばかりしているから、つい気になる。
「なぁ」
気が付くと、俺は声をかけていた。胸まで垂れた毛をヒラヒラさせながら彼女が振り向いた。水色の身体にひし形模が目立つグレイシア。手首や足首には金の輪。装飾が施された額当て。そこから頭の後ろへと垂れているケープ。
「何?」
だが、これといって伝えたかったり言いたかった事もなかった俺は黙り込んでしまう。彼女の表情が段々険しくなっていく。
「用件があるならさっさと言って。エントリーに間に合わなくなる」
とある町の大きな闘技場。そこでは毎年一回、トーナメント形式の試合が行われる。武器が使えるなら使ってよし、どちらかが降参するか戦闘不能になるまで、又は死亡するまで試合は続く。
要するに、女子供が見るような戦いではないということだ。優勝すれば一年間遊んで暮らせる金が手に入る。参加は自由だが命の保障は無い、というのがこの大会の掟。
そのエントリーホールで彼女に声をかけたのだった。もちろん、俺もこの大会の賞金が目当てだった。遊ぶ為ではなく、これからの路銀にするつもりだ。旅の目的は、遥か海の向こうの大陸で消息を絶った親父を探す事。
「いい加減にしてくれる?グラエナさん、もう私行くわよ?」
結局、彼女の名前も聞けなかった。彼女はさっさと姿を消してしまった。探しても汗臭い雄達しかいない。
「俺も行くか・・・エントリー」
エントリーカウンターに向かうと、丁度列を成していたエントリー希望者が途絶えたところだった。フッと視界の脇に青い人影が見えたが、気のせいだろうか。
「名前と持ち込む武器を記入しろ。あと、大会が終わるか死ぬまでこのタグをどっかにつけてろ。以上」
押し付けられた用紙に名前と武器の名称を記入する。俺は大した『わざ』を使えない。だから、無理にでも武器を使う必要があった。使うのは細身のショートソード二本。柄は特別に細く作ってある。
ゴウカザルのような器用な手ではないから、肉球で物を挟み込むような感じで物を掴むことしかできない。だから、柄はなるべく細くしてしっかりと握れるようにする必要があった。
その用紙をカウンターに置いて、『50』と書かれたタグを腰のベルトにしっかりと付ける。背番号50番・・・みたいなものだろう。
しばらくすると、ホールの壁にトーナメント表が張り出された。ドヤドヤと人が押し寄せてなかなかトーナメント表を確認できない。しばらくして人ごみが落ち着いてきてからにしようと、近くにベンチに座った。と、隣に見覚えのあるポケモンが座った。
「ん、さっきの・・・」
「たまたま見知った顔がいたから座っただけよ。勘違いしないで」
「・・・そうか」
彼女のケープの端にタグがついていた。番号は『47』。どうやらあのカウンターでみかけたのは彼女だったようだ。
「なんで・・・この大会に出場を?」
「・・・」
「言いたくなかったらそれでいいけどよ。俺はジェフ。お前は?」
「クレア」
「そうか・・・どこかで聞いた名前だな・・・?」
すると、奥で声が上がった。
「第一試合、エントリー番号『3』!『42』!各自控え室まで向かえ!繰り返す――――」
どうやら、ウォーミングアップの時間さえもないようだ。ゾロゾロと他のエントリー者もその試合を見に、観客席へと移動していった。
「今のうちにトーナメント表を確認するか・・・」
クレアも一緒に腰を上げると、トーナメント表の前まで移動した。出場者は全部で64。試合は三日に分けて行われる。最後の三日目には四人全員が闘技場内に放り込まれてのサドンデスになる。誰か一人になるまで戦いは続く。
この試合に限って、観客は出場者へ武器を渡すことを許される。と言っても、武器になるようなものがポンポン放り込まれるだけだが。
「俺は『34』とぶつかるのか。優勝までは4連勝しなきゃならないと思うと、自信無くすな・・・」
「たとえ勝てなくても、自分を高められるような戦いができればいい。自分の実力が出し切れればそれでいい。そうでしょ?」
「・・・負けて生きてればの話だけどな」
「・・・まぁ、そうね」
太陽が地平線に沈みかけた頃、クレアの試合が始まろうとしていた。観客は血生臭い戦いに興奮しきっていた。今日最後の試合。物売り達も商売を止めて試合を見ようと席に座っている。
俺は偶々近くに空いている席に座っていた。一番前の席で、一番流れ弾や血を浴びやすい席だった。今日の試合だけで闘技場のあちこちに血が飛び散っていて、心臓の弱いヤツが見たら一発でショック死しそうだ。
「西陣、エントリー番号『47』、クレア――ッ!」
頭のネジが5・6本吹っ飛んでいそうな司会が歓声にも負けない大声で叫んだ。すると、西側の壁が砂埃を巻き上げながら開いた。中からクレアが武器も持たずに歩いて出てくる。どうやら、攻撃は『わざ』のみのようだ。
「東陣、エントリー番号――――――」
正直、こっちはどうでもいい。出てきたのは、頭が悪そうなニドキング。ガチャガチャと大げさなぐらいに鎧を着込み、馬鹿糞でっかい戦鎚を持っている。見るからに動きは鈍重そうだ。
「ファイッッッ!」
司会の歯切れの悪い合図と共に戦いが始まった。ニドキングが雄たけびを挙げながらクレアに突進していく。当然、まだまだ間合いは遠すぎる。クレアは落ち着いて『冷凍ビーム』で氷の槍を作る。
槍を手に取ると、大きく振りかぶって投擲する。その動きは雄のような力強さは無く、しなやかで美しく、夕日を浴びた槍がキラキラと光を反射しながら飛んでゆく。投げた後も、ケープや額から垂れた毛が風に靡いている。
「しゃらくせぇ!」
ニドキングが戦鎚ではじき返そうとした。が、その槍はその戦鎚に吸い込まれるように溶接すると、そこから次第にニドキングの手が凍っていく。それでも、ニドキングはクレアに戦鎚を叩きつけようと襲い掛かる。
「馬鹿ね・・・そんな状態で大きな衝撃が加わったらどうなるか・・・分からないの?」
クレアは紙一重でその攻撃を避けた。ニドキングはその勢いを止められず、地面に戦鎚を叩きつけてしまう。すると、完全に凍っていた戦鎚とニドキングの手が粉々に砕け散ったではないか。だが、凍っている為に血は出ない。
「ぎ、ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!う・・・腕がっ・・・!けど、痛くねぇ!?血もでてねぇ!?」
「身体が冷えてくるとまず感覚が鈍くなる。そして、少しの痛みでもしつこく襲ってくるようにもなる。さらに身体が冷えてしまうと、どうなるか・・・」
クレアは絶叫するニドキングから離れると、ある『わざ』を発動させた。
「痛みを通り越し、何も感じなくなる。痛みを感じないというのが、どれだけ恐ろしいか・・・教えましょうか?」
と、急にクレアの周りが輝き始めた。急激に冷やされた空気中の水分が凝結して、光を反射しているのだ。これを通称ダイヤモンドダストというらしい。つまり、彼女の周りは誰も入ることの出来ない領域になっているということだ。
「ふ・・・ふざけるなぁっ!!!」
残った片手で地面をえぐると、大きな土の塊をクレアに向かって投げた。わざ『怪力』を使ったようだ。だが、それはクレアに届く前に小さく砕けた。足元の地面の水分も一瞬で凍り、夕日を受けてオレンジ色に輝く。それがクレアを中心に広がっていく。
それがニドキングを通り越すと、その鎧が、顔が、全てが白く染まっていく。が、辛うじて目は閉じた為に眼球の凍結による失明は逃れたようだ。クレアはゆっくりと輝く地面を踏みしめ、まだ意識のあるニドキングに語りかけた。
「私の『絶対零度』に勝てたドラゴンタイプのポケモンは一匹もいないわ。それと、凍ったのは皮膚だけよ。けれど、ちょっとでも動けばそこがバリバリ割れうちゃわよ。最初のうちは痛くないけど、溶けてきたら物凄く痛いわよ」
誰が見ても、彼女の勝利は明らかだった。彼女の言う通り、今戦おうと動けば体中の皮膚が割れ、十分もしないうちにショック死するほどの激痛に襲われることになる。
「・・・・・・・・・・・・!!!!」
ニドキングは去っていくクレアを見る事も出来ず、何かを言おうと顎を動かす事も出来ず、スタッフと医療班にお湯をかけて溶かして皮膚を蘇生させてもらうしかなかった。
「クレア、お前『絶対零度』なんか使えたのか」
「一日に一回しか使えないけどね。それ以上使うとこっちの身体が持たない」
今朝と大きな変わりようだ。まるで友達と話すかのように接してくれている。他の出場者は明日の事でピリピリしているのにもかかわらず、俺達はまるで『偶々宿で出会った古い友人』のようだ。
俺は今、闘技場に隣接している大きな宿の食堂にいる。目の前にはパンとスープ、それ以外にあるものといえば・・・
「もっと小さいのはないのかしら・・・」
クレアの頭がすっぽりと入ってしまうようなビールジョッキ。持ち上げるのにも一苦労だ。
「そんな事俺に言われても・・・。まぁ、仕方ないんじゃないか?此処は俺のような末成りが来るようなところじゃないし」
「あまり自分を過小評価しないで。第1試合勝ち抜いたんでしょ」
「そう言うけどなぁ・・・」
俺と対戦する事になった相手は、完全遠距離タイプのカメックスだったからギリギリで勝てた。あまり無意味な殺生はしたくなかった為、喉元に刃を突きつけて降参させたのだ。
「お前みたいな全方位攻撃は苦手なんだよな・・・」
「私だって、貴方みたいなスピードアタッカーは苦手。わざを使う隙がないんだもの」
「ま、俺とクレアが戦う事が無いよう寝る前に祈っておくか」
食事を済ませると、クレアはさっさと2階の自室へと帰っていった。部屋は全て1人部屋で、ドアには鍵がかけられるようになっている。今、俺の腰にも部屋の鍵が下がっている。もうちょっとスープを飲んだらシャワーを浴びて寝よう。そう決めてスプーンを口に運んだ時だった。
2階で大きな物音がした。2階は全部宿泊室になっていて、物置などの小部屋は一つも無い。ドスンと1回だけならそれほど気にしなかったが、何度も何度も聞こえてきた。他の客は皆酒に溺れていてそれに気が付かない。
「まさかな・・・!」
席を飛び出して2階へ上がると、丁度廊下の奥のドアの鍵がかけられる音がした。その後も、そこから物音がする。ドアノブを捻ってみるが、ドアは開かない。向こうから何か重いもので押し付けているらしい。
モタモタしているうちに、俺のただ事ではない様子から野次馬がくるようになった。
「まずいな・・・」
「ぐむむ・・・っ!」
クレアは口を布でふさがれていて、助けを呼ぼうとしても声が出せなかった。手はベッドの柱に縛り付けられ、少し背の高いテーブルに足を投げ出すようにして身体を乗せられている。その所為でお尻を突き出すような体勢になっていた。暴れようとしても、足もテーブルに縛り付けられていてどうしようもなかった。
「雌が大会に出るのがいけないんだぜ。ちょっと周りを見りゃ俺みたいな盛りのついたヤツもいるってのに、あんな魅せ方されちゃぁなぁ・・・」
そのクレアの後ろに、ゴーリキーが立っていた。その強すぎる力を抑制するためのパワーベルトが特徴的だ。だが、その下にはいている筈のパンツが無かった。代わりに、雄雄しくそそり立つものがあった。
「『絶対零度』ももう使っちまったから、後はお好きなように頂けるというわけだ。恨むんなら自分を恨むんだな」
「んーっ!んんっ!」
「なーに言ってるかわかんねーって」
ゆっくりとクレアの秘所を太い指が撫でる。戦いでガサガサに荒れた指は、敏感でデリケートな秘所に刺激を与えるには十分すぎた。
「んぐっっっっ!!!」
何度も往復して、時々割れ目に軽く指を押し込んでグチュグチュと弄くり回す。次第に透明な液が垂れてきて、割れ目の上部からピンクの突起が顔を出した。
「おっと・・・これだけでこうも興奮するたぁ、おめぇー処女だな?」
「うぐ・・・」
ゴーリキーはニヤリと口を歪ませると、ゆっくりと指を膣に沈めていった。
「ん―――っっっ!?んんぅぅ―――っ!?」
だが、関節1つ分入る直前で後ろの窓が割れた。その音でゴーリキーは指を引き抜き、素早く振り返って戦闘態勢に入った。
「いたたた・・・ガラスって結構刺さりやすいんだな・・・」
裏路地から窓を割って入ったのはいいが、ガラスで身体のあちこちを切ってしまった。それに、ショートソードも俺の部屋に置いたままだ。部屋の中にはゴーリキーがいた。下半身は気にしないとして、クレアの身が心配だった。が、どうやら間に合ったらしく、それらしい白濁した液体も見当たらないしクレアの下半身も然程汚れていなかった。
「クレア、大丈夫か?」
「んぐぐんぐっ!!」
「やっぱ後で聞く」
ゴーリキーが俺に『メガトンパンチ』を繰り出してきた。だが俺は慌てることなくそれを左に受け流すと、わざでは無いが体当たりをヤツの股間にぶちかます。嫌な感触が肩に伝わってくるが、上から聞こえてくる悲鳴からするとかなりのダメージにはなっているようだ。
しばらくそのままで動かずにいると、ゴーリキーの身体がゆっくりと背中から倒れていった。
「処女は無事か?」
念の為、クレアの口を塞いでいた布を解いてやりながら聞いた。
「一応ね。指が少し入ったくらい」
「ぅ・・・///」
俺も雄だ。そういう想像をするとそれなりの反応も出る。何とかしてその想像から意識を引き離そうと、クレアの拘束を解いていく。
「窓・・・割っちまったから部屋変えなきゃなんねーな。スマン」
「・・・もう空き部屋が無いって言ってたわよ。店主が」
「じゃ、俺の部屋を使え。俺は野宿でも結構いけるし」
クレアの拘束が完全に解けて自由になると、彼女は気絶しているゴーリキーの頭を踏みつけた。
「・・・ゴミめ・・・」
その時、彼女の本性を見たような気がした。
結局、クレアはジェフの部屋を貰って寝ることになった。今度はしっかりとドアの鍵を閉めて、万が一ドアを蹴破ってきたときに備えてトラップを仕掛けておくことにした。蹴破った途端大量の5キロハンマーが落ちてくる。
「で―――、なんで俺も一緒なんだ・・・?」
「恩人をそんな扱いしてたら、おちおち寝てられないわ」
「恩人・・・か」
クレアは硬い質素なベッドに寝そべり、俺は毛布を身体に巻いて椅子に座っている。自分で言うのもアレだが、なんだか芋虫のようで笑える。
「なぁ、俺達・・・戦わなくちゃいけないのかな・・・」
「そりゃ、勝ち抜いたんだったら最終的には戦う事にはなるでしょ」
「じゃぁ、お前と戦う時になったら俺は降りる」
「なんで!?」
「なんでって・・・お前を・・・」
そこまで言って口が止まってしまった。胸の奥で、何かが渦巻いている。重く、ゆっくりと、ドロドロと流れている。これは何という感情なのか、今の俺には分からなかった。
「・・・そんなつもりで戦ってたの、貴方は」
俺を見下すような口調でクレアが口を動かした。
「いい?戦いってのは、何時、何処で、誰と、どんな状況であろうと、全力で戦わなくちゃならないの。それが、親であろうと恋人であろうとね・・・それを忘れたら負けるわよ」
「・・・俺は無駄な血を流したくない。そもそも、この大会のルールや掟は酷いとしか思えない。賞金のために怪我をさせて、悪い時は殺したりもしてるじゃないか・・・」
「それが本当の戦いなのよ。わたしだって、そんなの嫌よ。だけど、生きる為には仕方が無いのよ」
「・・・・・・」
そして誰も喋らなくなった。次第に意識は深い眠りへと落ちていく・・・。
結局、昨晩から一言も俺と会話をしていない。だが、彼女の言う通りならこれでいいんだろう。今のうちから敵だという認識を持っていても。今、ショートソードを手に血の匂いのする闘技場に立っている。俺が持っているコレは・・・何の為に持っているんだ?
「相手を・・・傷つけるため・・・」
うかつだった。考え事ばかりをしていた俺は、目の前に迫ってきていた『波動弾』に気が付かなかった。そのまま顔面に食らって3m程後ろに転がった。観客席から歓声とブーイングがあがる。
「貴様・・・馬鹿にしているのか?」
軽い脳震盪でフラフラと立ち上がると、ルカリオが次の『波動弾』を構えていた。
「戦う気はあるのか?だが、あっても無くても降参するまでは攻撃の手は止めないがな・・・」
『波動弾』がまた放たれる。だが、俺はそれを軽やかに跳躍で避ける。待ってましたとばかりに、ルカリオが空中戦に持ち込んでくる。波動を込めた拳と脚が目にも留まらぬ速さで襲ってくる。と、ショートソードを無意識のうちに振り回していた。ある程度は波動で刃が当たらないが、時々ルカリオの鼻先や腕に赤い線ができる。滞空時間の限界がきて地面に着地する。ダメージの差はほぼ同じだった。ルカリオは幾つもの切り傷を負い、俺は上半身のあちこちを打撲。
「やればできるではないか・・・!」
またルカリオが攻めてくる。一見隙がないようにみえるルカリオに、大きな隙を見つけた。最初の一撃の時、急所である喉元のガードが無くなる。ソードを下から突き出せば、一撃で勝負はつく。だが、そこにソードを突き立てるということはどういうことなのか・・・。
「間違いなく・・・死・・・」
その時、俺は何も感じてなかった。何も考えてなかった。ただ、無意識のうちに身体を動かしていた。次の瞬間、俺の2本のショートソードはルカリオの腹と首に突き刺さっていた。自分の身体の中を駆け巡るこの感覚・・・本能だ・・・。激しい生存本能が、俺にやらせた。
「勝者、『50』ジェフ!!!」
目の前にあるのは、血で赤く染まった2本のショートソード。そうか・・・これは自分を守ってくれるものなんだ・・・。誰も、ジェフの心の変化に気が付く者はいなかった。
その後、ルカリオの遺体が運ばれると、すぐに次の戦いが始まった。次の相手はボーマンダ。彼の攻撃は一撃で俺を彼岸へと送る事ができるだろう。だが、戦いになると2本のショートソードがボーマンダの身体を切り刻んでいった。だが、なかなかボーマンダは降参と言わない。
「ちょこまかと動きやがって!」
と、空気でさえも燃やしてしまうような炎が俺に向かってきた。咄嗟にショートソードを捨てて横に飛んでいなければ、俺は焼肉になっていた。今のはおそらく『竜の息吹』だろう。だが、ショートソードは炎で焼かれて使い物にならなくなってしまっていた。
「さて・・・こうなったら牙と爪で戦うしかないだろうが、この俺の硬い甲殻をそんなやわな牙と爪で引き裂けるか?」
俺が覚えているわざは、『瞬間移動』『神速』『影分身』『噛み付く』これだけだ。『神速』を使っても、彼の身体に傷を負わせるのは難しいだろう。だが、勝算は大いにあった。
「だるい・・・」
気合で一発吼えてやろうとしたが、口からでてきたのは「だるい」だった。たしかにだるかった。こんな低レベルなヤツの戦うのがすごくだるい。自分の身体防御力を過信しすぎて防御体勢なんて全くしない。ショートソードで作った切り傷一つに標的を絞り、『神速』で傷口を広げていく。次第に、止まりかけていた血もダクダクとあふれ出し、無視できないほどの痛みがボーマンダを襲う。
「ホント・・・だるい・・・」
ヒット&アウェイの戦法で、ボーマンダによる負傷は一つもなかった。それが余計にだるさを引き出していた。トドメとばかりに開いた傷口に『噛み付く』をして、肉を食い千切らんばかりに首を振る。丁度そこはボーマンダの首も腕も尻尾も届かない背中、いわゆる安全地帯だった。だが、ボーマンダも俺を食いつかせたまま飛び上がると、上空20mの高さから俺を自分の下敷きにして地面に叩きつけようとした。
「ったく・・・自分で掴んでいるわけでもないのに捨て身の攻撃するのははやめたほうがいいぜ」
食いついていた牙を離すと、ボーマンダだけが地面に激突した。後から落ちてきた俺は、気絶したボーマンダの腹に落っこちた。おかげで落下の痛みは全くなかった。
勝ったのに、誰も歓声を上げてくれない。何故だ?周りを見渡してみると、そこには血まみれのボーマンダ。返り血を浴びて真っ赤に染まった自分。そのとき、俺は我に帰った。
「う・・・・・・うぁぁぁぁぁぁぁあああぁぁぁあああああああっっっ」
「あの野郎、あんな怖ぇー顔隠してたなんて・・・俺・・・決勝戦降りようかな・・・」
「だけど・・・アイツ、血ぃ見て泣いてたぞ。たぶん、向こうがもう降りてんじゃないか?」
あの戦いの後、ジェフはどこかに姿を消してしまった。昨夜とは全く違う彼に戸惑いを隠せなかった。私の危機にも飛び込んで来てくれた彼は、一体どこなのだろう?
「・・・ジェフ・・・」
ジェフの話題で盛り上がる食堂から彼が譲ってくれた部屋に戻ると、彼の荷物が置き去りにされていた。バスルームは少し血が残っていた。身体に付いた血を慌てて洗い流したのだろう。だが彼の痕跡は他には無く、本人のみが消えていた。
「・・・ジェフ・・・」
ベッドに仰向けで飛び込み、ゆっくりと目を閉じる。と、誰かの気配を感じて氷のダガーをこっそりと手のひらの中に作る。と、気配のする窓に向かってダガーを投げる。
「誰っ!?」
「ぁが・・・まれっ、おりぇだ!ジェフら!・・・・・・ぁ;;;」
ギリギリでダガーを口で受け止めたジェフだった。
「ジェフ!一体今まで何処に・・・!」
ジェフの口からダガーを受け取・・・れなかった。ダガーの冷気でジェフの舌が張り付いてしまったのだ。
「ったく・・・」
お湯を張った深めの皿にダガーごと舌を突っ込んでダガーを剥がした。ジェフはひりひりする舌をモニョモニョと口の中で動かしている。
「ごめん・・・クレア。あの時、もう1人の俺が出たみたいで・・・」
「もう1人の・・・?」
ジェフは椅子にすわると、簡単に言ってくれた。
「半二重人格者なんだ。昔から。最初は5歳のときで、理性を失って友達を襲った事だ。それ以来、1年に1回の間隔で人格が一時的に変わるようになった。まぁ、今年はもう大丈夫だな」
「そう・・・だから、昨日あんな事を・・・言ったのね」
昨日はジェフが戦いから逃げていたが、今度は何故かクレアが同じことになっていた。こんな優しいジェフと戦わなくちゃならないなんて・・・。
スタッフの呼び出しがかかる。重い石の扉の前に立つ。最終決戦は基本装備なし。丸腰のままだ。しばらくまっていると、扉がゆっくりと開かれた。その扉を抜ければ、そこはもう戦場。
「俺は・・・ただの人殺しなんかじゃない」
歓声が沸きあがる。大量のランタンで照らされている夜の闘技場。見上げれば、無数の星が輝いている。この戦いで誰かがあの星の仲間入りをすることになるかもしれない。
向かい側の扉からクレア、右からリザードン、左からザングースが出てきた。全ての扉が閉まり、扉が開いてしまわないようにガコンとロックする閂の音がした。
戦闘開始の合図は無い。いつ戦闘が始まってもおかしくない。だが、誰も動かない。観客席からの武器の投入も無いまま静まり返ってしまう。そのまま5分が経過したその時だ。ワンセットの弓と矢筒が投げ込まれた。
すかさず全員が動き出す。それを合図に観客があれよこれよと武器を投げ込む。時に、それが誰かの身体に当たって死亡する場合もある。
最初に投げ込まれた弓矢を手にしたのは一番近かったクレア。『冷凍ビーム』で『こおり』効果付きにした矢を連続で放つ。しかし、それは俺には飛んでこなかった。リザードン相手では効果は無いに等しい為、そっちにも飛んでいない。狙いはただひとつ、ザングースだった。ザングースは爪そのものが強靭なダガーのようなもので、ナイフなどの接近武器など必要としない。だから、狙われたのだと思う。ザングースは初日の彼女の戦闘を見て学んだようで、その矢をはじいたりせずに避けながら接近している。クレアは接近戦大丈夫だろうか?
だが、いつまでも彼女を心配している暇は無い。リザードンがザングースに加勢してクレアを潰そうとする。このままではクレアが!迷わず拾った安物の槍を投げる。今『火炎放射』を放とうとしていたリザードンの太腿に深く突き刺さる。クレアはそれを逃さず、ザングースの『切り裂く』を避けると同時にリザードンの懐に飛び込み、『シャドーボール』を鳩尾に喰らわせた。
「ぐふっ!」
クレアはそのまま俺の方へと逃げてくる。こうなると、必然的にダブルバトルになる。急造ペアによるダブルバトルへの発展に、観客はさらに興奮し、歓声も大きくなる。
クレアが俺の横に立ち、俺だけに聞こえる声で話しかけてきた。
「ジェフ、ルールはサドンデスだけど今は協力して」
「俺もそのつもりだ」
向こうも同じような会話をしたらしく、2人仲良く武器拾いをしている。だが、こちらへの警戒は怠り無い。
「俺は接近戦で相手の陣形を崩す。その後クレアはザングースを、俺はリザードンを叩く」
「分かった。私が『絶対零度』を使うときは何か合図を送るわ。そのときは私から離れて」
それが言い終わるか終わらないかのところで、2人は解散した。それを見た相手は武器拾いを止めて迎撃体勢に入った。どうにかしてザングースとリザードンを引き離さなければ・・・。火の付いた火炎瓶が近くを飛んでいる。キャッチする余裕はある。走るスピードを上げて火炎瓶を優しくキャッチする。これで俺のものだ。
酒瓶にアルコールを入れて布で栓をした簡単なものだが、火を付けて投げつければ立派な火炎弾だ。リザードンには無効化だが、ザングースはそうではない。ある程度近くまで寄ってからリザードン目掛けて投げつける。
「ふん、バカめ」
当然、リザードンは炎に包まれてもケロッとしているが、近くにいたザングースは慌てて離れる。その瞬間、ザングースが飛んできた氷の塊に激突されて、そのまま塊に張り付いたまま転がっていった。何が起こったのかさっぱりわからない。と、ザングースとクレアの間の地面に、一直線に氷の道ができていることに気が付いた。
『冷凍ビーム』を使って氷の塊を作っても、クレアにはそれを投げられるだけの力はない。それに、塊に『こおり』効果が付与されている。そのおかげでザングースは顔を真っ青にして氷の塊に張り付いている。離れようにも凍ってくっ付いてしまっているのだ。
「わざの同時発動・・・だと!?」
リザードンはその瞬間を見ていたらしい。だが、俺には何と何を使ったのかは分からない。だが、そんなことはどうでもいい。今は炎の中のリザードンを倒す事だけを考えていればいい。
「余所見は禁物だぜ」
背中に背負っていた小さな斧を投げつける。運良くリザードンからは炎が邪魔でよく斧が見えなかったようで、リザードンの肩に刃が食い込む。
「グォォォォォオオオオオオっ!!」
リザードンは咆哮とも悲鳴ともとれる鳴き声をあげて、斧を肩から引き抜いた。
「野良犬ごときが俺に2度も怪我を・・・!」
「その野良犬ごときに怪我を負わされるヤツもどうかと思うぜ」
リザードンは肩から血を撒き散らしながら炎の中から飛んできた。構えからして掴みわざ。飛行能力をもっていることを考えると『地球投げ』をしかけてくるようだ。
冷静に俺を掴もうとする手から逃れ、何か使える武器が無いか周りを探す。と、闘技場の反対側の壁のすぐ下のあたりに大きなハンマーのようなものが転がっていた。そこまで行くには何度もリザードンの攻撃を避けなくてはならない。
クレアは氷つき矢を放つが『火炎放射』で一瞬で燃やし尽くされてしまう。『シャドーボール』も弾速が遅くてカスリさえしない。
だが、地上に接近させない程度にはなっているようだ。『神速』を使って一気にハンマーの近くまで走る。だが、そのハンマーは只のハンマーじゃなかった。頭そのものが爆薬になっていて、何かを殴った瞬間爆発するという凶悪なものだった。使われているのは指向性爆薬というもので、爆風や炎が決まった方向にしか発生しない。使用者まで吹っ飛ばないようにするためだ。
しかし、驚くべきはその爆薬の量。通常の五倍以上はあるだろうか。なぜこんなものが・・・。と、その真上の観客をざっと見回してみた。その瞬間、1人の老人と目が合った。どうやら彼が投入したようだ。といっても、投げてしまうと爆発する恐れがあるためにその真下に置くようにして投入したのだろう。「うまく使えよ」とでも言うかのように親指を立ててウィンクしてきた。
そのとき、クレアの矢が尽きてしまった。『シャドーボール』を放つ力も残っていないようだ。
「所詮、雌はこの程度か。雌は雌らしくベッドでケツ振ってりゃいいものを・・・」
リザードンはそう言い放つと、『火炎放射』をクレアに上空から浴びせかけた。
「クレアァァァァァっ!」
距離が離れていたおかげで炎の温度はある程度低くなっていたが、それでもクレアに致命傷をおわせるには十分だった。炎を浴びたクレアは、全身の毛から黒い煙をくすぶらせながら倒れた。また立ち上がろうともがいている。これでは「戦闘意思有り」とみなされてしまう。
「クレアっ!もうよせ!タグを捨てて降参するんだ!」
だが、クレアは首を横に振るとゆっくりと立ち上がった。そして、『絶対零度』を発動させた。初日と同じように空気が輝き始め、足元が凍って白くなる。と、その範囲が広くなっていく。もちろん、地上だけではなく上空にもその範囲は及ぶ。流石にリザードンも危機を感じ、『オーバーヒート』で迎え撃つ。が、相手は温度変化した空気。リザードンの前面や元々炎がある尻尾は凍らなかったが、翼や背中が凍っていく。これはたまらないと、リザードンは翼をグライダーのような形で凍らせて、滑空しながら降りてきた。だが、翼が凍っているために無理な降下はできない。着陸するまでは時間がある。
短時間に力を使いすぎて立っているのもやっとなクレアは、リザードンの攻撃を恐れて闘技場の壁に張り付いている。ここで俺がど真ん中に来れば、やつは間違いなく俺にむかってくる。チャンスは1回。突っ込んできたところを避けて凍った背中にハンマーで一撃。その直後、リザードンはリザードンの原型を見失う。
ゆっくりと闘技場の中央へとハンマーを手に歩いていく。クレアは何も言わない。すると、観客席からコールがかかった。
「殺れ、ジェフ!殺れ、ジェフ!殺れ、ジェフ!殺れ、ジェフ!」
まだ滑空しているリザードンもそれを聞いて頭にきたようだ。『火炎放射』を吐きながら物凄い咆哮をあげる。だが、それで引き下がる観客ではない。もっと激しくコールする。リザードンが降りてくるにつれてコールも激しくなっていく。だいだい後十秒で襲ってくる。
「殺れ!殺れ!殺れ!殺れ!殺れ!殺れ!殺れ!殺れ!殺れ!」
地面すれすれをリザードンが飛んでくる。『オーバーヒート』を口の中で準備している。あの大わざ独特の隙は無い。勝負は一瞬でつく。
「殺れ!殺れ!殺れ!殺れ!殺れ!殺れ!殺れ!殺れ!殺れ!」
「ウゥォォォオオオオ!!!!!!!!」
距離はもう10m。リザードンが『オーバーヒート』を吐く。俺は大きくハンマーを振りかぶって飛び上がる。『オーバーヒート』の向きを変えて追撃してきた。俺の左足の太腿の中間から先が炎に包まれる。が、それも一瞬の事。無防備な背中にハンマーを振り下ろす。ハンマーの信管が発火、爆薬に引火、爆発。その瞬間、爆音とともに俺はその反動で大きく吹き飛ばされた。砂埃を巻き上げながら地面を何度か跳ねながら壁にぶつかって止まる。
背中を強く打ったようで、息がつまりかけた。息苦しさが無くなって気が付いた。リザードンの姿が無い。代わりに肉片と大量の血が広がっているだけ。だが、良く見るとリザードンの生々しい眼球や骨、内臓、腕がそのまま残っていたりする。
だが、これで全ての戦いが終わったわけではない。まだ、クレアが残っている。『冷凍ビーム』と『アイスボール』どちらかを一発だけ放つ力は残っている。偶々近くに、自分が以前使っていたショートソードに似た剣が落ちていた。それを手に取ると立ち上がろうとした。が、酷く火傷を負った左足の痛みが酷くて立てなかった。
痛みを堪えながら、クレアのいる所まで這いつくばって行く。途中、リザードンだった肉片の上を通ったが、そんなの気にならない。クレアの元まで行くと、俺は仰向けになった。クレアはしゃがんで俺の額に手を置いた。
「ジェフ、今までありがとう」
あぁ・・・これで俺も終わりか・・・。彼女の冷たい一撃が来るのを待っていた。その瞬間が物凄く長く感じる。だが、その死はやってこなかった。
クレアの左手が、ボロボロになったケープに付けられたタグに向かっていた。すると、瞬間的に俺の持っていた剣がその手を腹で押さえた。
「・・・・・・クレア・・・お前にはもう降参する必要は無い。むしろ・・・降参するべきは俺だ・・・」
俺の左手が自分の腰のタグに向かう。が、それも彼女の手で止められてしまう。
「何言ってるの・・・一番がんばったのは貴方じゃない。賞金は貴方が貰うべきよ!」
「がんばっても負けは負けだ。今俺がお前と戦っても、勝敗はもう見えてる。それに、俺は罠にかかった所為で既に手遅れなのさ」
「罠・・・?何のこと・・・?」
「その罠にかかってなければ・・・今頃お前は地面に倒れてて、俺は賞金を手にしてるだろうな。その気になれば、リザードンに加勢して真っ先にお前を潰せたはずなんだ」
「だから・・・なんなのよ・・・」
「まだ分からないのか・・・?この罠を仕掛けていたのはクレア、お前だぞ」
「そんなの・・・分かるわけ無いじゃないっ・・・!訳の分からない事言わないで・・・!」
「・・・・・・俺は・・・」
クレアの手を退けて、自分のタグを外して高く掲げる。
「・・・『恋』という名の『甘い罠』にかかったのさ・・・・・・・・・」
クレアは大粒の涙を零しながら俺に抱き付いてきた。
「だったら・・・私だって同じよ・・・馬鹿ね、私たち・・・2人してお互いの同じ『甘い罠』にかかって・・・始まった直後に『絶対零度』を使っていれば全員秒殺だったのに・・・」
一万人以上の観客の目も気にせず、2人は唇を重ね、お互いの『恋』を確かめ合うのだった。
ENDING
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あとがきのようなもの
ども、闇魔竜です。
そして戦士は~シリーズは一時中断してちょいと寄り道しました。
そして戦士は~シリーズを楽しみにしていた読者の方々にはがっかりさせてしまったかもしれませんが、
正直に言わせて貰うと……『あらかじめ考えていた小説の中心となるネタを全部使い切ってしまった』んですよ。
でもちゃんと進めてるんで、どうかもうしばらく待っててください;;;
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IP:133.242.146.153 TIME:"2013-01-30 (水) 13:55:42" REFERER:"http://pokestory.rejec.net/main/index.php?cmd=edit&page=%E7%94%98%E3%81%84%E7%BD%A0" USER_AGENT:"Mozilla/5.0 (compatible; MSIE 9.0; Windows NT 6.1; WOW64; Trident/5.0; YTB730)"