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獣の島 の変更点


*獣の島 [#ze3d3aac]
作:[[COM]]

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**1:目覚め [#gd131780]

 さわさわと風が優しく草木を撫でる音が聞こえる。
 木陰で眠っていたのか、開いた瞼の先には暖かくも力強い日差しを程良く和らげてくれる枝葉が視界の先で揺れていた。
 微睡みから覚めるというにはあまりにも力強くむくりと起き上がり、自身の両の手を見つめる。
 黒と濃い灰色で構成された体毛と、それによく映える紅く長い爪がしっかりと備わった腕を暫く見つめ、自分の腕であることを確かめるように何度かぐっと閉じてはまた開き、木々のさわめきへと視線を戻す。
 恐らくその心地の良い場所で今の今まで眠り続けていたのであろう。
 だからこそ眠る前の事をしっかりと思い出そうとする。

『ここは……何処だ……。俺は……誰だ……?』

 まるで注ぐ日差しのように彼の記憶は白く染まっているように感じ、白紙の紙を眺めるように何も思い出せない。
 しかし不思議と何の感情も覚えない。
 ただただ彼は自分の腕を時折見つめては、また遠く彼方の空を見つめるだけだった。



 第一話 目覚め



「おーい! 何してるの?」

 どれほど時間が経ったのか。彼の傍には物珍しい物を見たような表情を浮かべる一人のザングースの姿があった。
 よく見かける個体よりも小柄で細く、種族的に不愛想な表情と形容されがちだが、それとは程遠い純朴で透き通った瞳で彼を右から見つめ、左から見つめ……と心配というよりは好奇心からうろうろと移動しながら気に掛けていた。

「何もしていない」

 視線をそちらへ向けるわけでもなく、遠く彼方を見つめたまま彼は突然ぽつりと呟く。
 返事が来るとは予想していなかったのか、それともその独り言のような声を拾うためか、そのザングースの長い耳がより一層ピンと伸び、ぴくぴくと動かして彼の言葉を拾いとってからまた不思議そうな表情を浮かべる。

「何もしてないの? 休憩中とかじゃなくて?」

 ザングースは彼の言葉に違和感を覚えたのか、顔を覗き込むようにして続けて疑問を投げる。
 彼はその覗き込むザングースの顔にまるで全く気付いていないかのように彼方を見つめたまま動かない。

「何も分からない。ここが何処かも、俺が誰かも、何をしていたのかも。だから何もしていない」

 視線は合わせないまま、彼はそう答えた。
 彼の態度から余程そうは見えなかったのか、驚愕の声を上げてザングースは心配そうな表情へと変わり、真剣に彼を見つめる。

「ようするに記憶喪失ってこと? 本当に何もかも覚えてないの? 家族とか友人とか、お家とか……どうしよう!?」

 彼の話を聞いてザングースはみるみるうちに表情が曇ってゆき、先程までとは打って変わっておろおろと彼の周りを歩き回る。
 他に何か彼が記憶を思い出せる手掛かりにならないかとザングースは知る限りの事を次々と聞いていくが、その言葉の悉くに彼は一切の反応を見せずにただただ彼方を見つめ続ける。

「友人……。友人はいたような気がする。だが名も姿も覚えていない」

 既に十も二十も投げかけた質問も聞いていたのか不安になるほど前の質問に対して、いきなり彼は答えた。
 それを聞いてザングースの耳はまたピンと伸びて彼の方へと向き、そのままぱたぱたと彼の前へと移動した。

「でも、でもいたんだよね!? それならその友人に会えばきっと君の事について何か知ってるはずだよ! その人を探そう!」

 希望が見えたのかそのザングースの表情はぱぁぁと晴れてゆき、笑顔で彼の手を取ってから行こうと促した。
 そこで彼は起きる以外の行動で初めて動き、彼の半分ほどしかない身長のザングースに手を引かれて歩き始める。
 しかし特に彼は返事をしたわけではなく、ザングースの提案に対して了解したわけでもない。
 ただ手を引かれ、外因的に力が加わったことで立ち上がることにし、ただその手につられて歩き出したにすぎなかった。

「そうだ! 僕はザングースで、アカラっていうんだ! 君はゾロアークみたいだけど……もし覚えてたらその友達の種族とか覚えてない?」

 アカラと名乗ったそのザングースの小さな手に引かれて森の中をゆっくりと進んでゆく。

「分からない。そもそもその友人も居たかどうか定かではない」

 少し進んだところで、また思い出したかのように彼はそう語った。
 そのなんとも噛み合わない会話はまるで流れている時間がずれているのかと錯覚するほどだ。

「う~ん……そっか。じゃあ仕方ないし、村まで行って誰かが君の事を覚えてないか聞いてみよう!」

 しかしそんな会話すら難しい彼を前にしてもアカラは特に動じず、少し唇を尖らせて唸った後、次の方法を提案して元気に歩き続ける。
 彼の大きな手から伸びる爪をアカラの小さな手が掴み、遠足でもするかのように前後に揺らしながら歩いてゆくが、尚も彼の態度は変わらない。
 退屈させないようにするためか、アカラは村の事や自身の事、この島の事など自分の知る限りの様々な話を聞かせたが、彼は相槌の一つすら打たない。 
 しかしそんな彼の態度など意に介さず、アカラは思いつくままに話して聞かせながら歩いてゆき、ただの鬱蒼とした森から林道へと景色が移り変わり、あっという間に景色は村のはずれの開けた場所へと移っていた。

「ここが僕たちが住んでる村だよ! どう? なにか思い出せそうだったりする?」
「いや。分からない」

 アカラの言葉に対して彼はあまりにもつっけんどんな返事を返した。
 しかし先程までとは違い、全く動く気配の無かった彼は今度は止まらずにそのまま村の中へと導かれるように歩き続けてゆく。
 その村は、村と呼ぶには少しばかり賑わいがあり、かなり多くの者が利用しているのか村の中はどこもかしこもとても整備が行き届いているのか、とても奇麗だ。
 入り口には木と麻紐でしっかりと据え付けられたアーチ状の門となっており、そこから村をぐるっと囲むように大きな木製の壁が立ち並び、要所要所に物見やぐらが建っている。
 その壁の中にはお椀を伏せたような形状の大小さまざまな家が立ち並び、多種多様なポケモン達がその辺りで雑多な会話をしている様子が窺えた。
 中心に近づくにつれ建物の様子はお椀型の物から、細長い長方形で前面部分が腰の辺りで開けている構造になり、その建物の中からはこれまた様々な種類のポケモンが様々な物を売り買いしているようだ。
 そんな活気溢れる市場を抜け、村の中心部まで辿り着くとそこには見事な噴水が水を十分に湛えており、同じようにここでも談笑する者達や元気に走り回る子供達の姿があり、いかに活気に満ち溢れているのかを体現しているかのようだった。

「じゃーん! すごいでしょ!? あれがこの村が誇るおっきな噴水だよ! 多分僕達の村にしかないよ!」

 噴水の前まで辿り着くと、今までずっと歩き続けていた彼の後をついて回っていたアカラが彼の前へと踊りだし、元気一杯にその噴水を彼に紹介してみせた。

「他の村もあるのか?」

 アカラの言葉を聞いて彼は質問を投げかけたが、それはアカラの言葉におおよそ含まれていなかったであろう部分だった。
 しかしアカラはその言葉に対して首を縦に振って答える。

「この島には村が元々三つあったんだ。今は減っちゃって二つになったけど、ここが一応一番大きいと思う村で、今はテラ様達"三闘神"の方々が治めてくれてるの。 もう一つの村も同じように"三聖獣"の方々が守ってくれてるんだ!」

 そう教えるアカラの顔は何処か寂しげだったが、笑顔は絶やさずに彼へ他の村や島に関することを教えてゆく。
 この島は通称『獣の島』と呼ばれる島であり、主に二足歩行や四足歩行をする陸生動物の特徴を持つポケモンが多く住んでいる島である。
 あくまで多く住んでいるだけであり、ゼニガメやポッポのようなポケモンも少ないながら住んではいるのだが、それらのポケモン達は基本的にはまた別の島に住んでいる。
 島に住んでいるポケモンは皆先程アカラが述べた二つの村のどちらかに住んでおり、基本的には助け合いながら生活しているのだが……

「昔はね……"三聖獣"って呼ばれる三人と"三闘神"って呼ばれる三人、そして今はもう行方不明になってから数年も経っちゃったんだけど、シルバっていう"護り神"と呼ばれてた強くて優しいゾロアークがいたんだ。みんなが揃ってた時はそれは本当にみんなすごい人だったんだけど、シルバ様が居なくなってからは少しずついがみ合うようになっちゃって……。あの人がいた時はみんなもあんな風じゃなかったのに……」

 今の状況についてアカラはそう続けて説明した。
 そのシルバと呼ばれた"護り神"がいた時は、今のようにいがみ合うこともなく互いの村同士で助け合って生活することができていた。
 しかし数年前に誰もその消息を辿る事すらできずに突如としてシルバは姿を消した。
 突然の事態は当然人々にも混乱を招き、その不安を消すために"三聖獣"と"三闘神"は必死にお互いに協力し、村の維持を続けてきたがそこで大きな問題が起きてしまう。
 以前より度々島の外から襲撃しに来ていた"竜の軍"と名乗る軍隊が、シルバというこの島に不可欠だった支柱の喪失を知ってか、一時的に止んでいた侵攻を再開してきたのだ。
 その折、戦いにおける思想の違いが"三聖獣"と"三闘神"にあり、エンテイ、ライコウ、スイクンの三人"三聖獣"は島民の安全と血を流さぬことを信条とし、テラキオン、コバルオン、ビリジオンの三人"三闘神"戦える者全員で立ち上がり、敵を討ち滅ぼして二度とこの地を踏ませぬことを信条としていた。
 攻めと守りという相反する考えの"三聖獣"と"三闘神"は次第にぶつかり合うようになり、連携が上手く取れなくなったある日、遂に敵の侵攻を許してしまい、一つの村が壊滅することとなる。
 そのせいでいがみ合いは村を代表する"三聖獣"と"三闘神"のみに収まらなくなり、遂には島民すらも意見を二分してしまい、村同士の交流はほぼなくなってしまった。

「だからごめんね。もしももう一つの村に君の知り合いが居たとしたら、僕じゃ君の事を連れて行くのは難しいんだ。だからとりあえずここで探してみるからそこの噴水の傍にあるベンチで待ってて!」

 表情一つ変えずにそんな話を聞いていた彼は小さく頷いてアカラの言葉に返事をする。
 元々殆ど喋らず、何を考えてるのか分からないほど表情の無い彼はその場でも浮いていたのか、周囲にいる人達も話しかけることはしなかった。
 暫くの間待っていたものの、未だアカラは返ってくる様子はなく、流石に彼も暇になったのかそれとも単に周囲にようやく興味を持ったのか、今度は村そのものではなく行き交う人々を観察し始める。
 よくよく見てみると街のあちこちにいるポケモン達は誰もが雌か小さな子供ばかりで、店の店主も荷物を運んでいるのもそういったあまり力仕事をしないであろう者達ばかりだった。
 そしてアカラの話を聞く限りだと、今もその"竜の軍"からの攻撃を受けているはずだというのにただの一人も戦えそうな者がいない。
 もしこの状態でこの村までその軍隊が攻め込めば一たまりも無いだろう。
 彼もそう考えはしたが、考えたのみで特に口にはしなかった。
 付け加えるならば口にしなかったのではなく、する必要性を感じなかった。
 もしそうなったとすれば大勢の人が亡くなることになるだろうが、それは防衛を怠った彼女達の末路だろう。とある意味冷酷な考えが彼の中に答えとして自然と導き出されたからだ。
 そう考える内にもしもそうなった場合、自分はどうすれば生き残れるのかを考え始める。
 周囲への興味も失せ、自分には何ができるのか何も思い出せない脳内の少ない情報をかき集めることに必死になっていると、彼の周りにいた人々はけたたましい鐘の音を聞いて急いで部屋の中へと隠れ始める。
 遂には響き渡っていたその音も失せ、静寂だけが先程まで活気があったとは思えない広場を包み、不気味な静けさを醸し出している。
 しかしその静寂も長くはもたず、あっという間に悲鳴と狂気に満ちた声が響き始める。

「ヒャッハー!! 女子供も皆殺しだぁ!!」
「戦士だろうが村人だろうが関係ねぇ! 全部燃やしちまえ!!」

 家々が音を立てて燃える音と煙が広場にも立ち込め、置物のように動かなかった彼の周囲には見慣れぬ竜型のポケモンの姿があった。
 甲冑や兜を身に纏い、そこら中へ火を吐いたり手に持つ松明を次々と荷の中へ投げ込んで燃やしてゆく彼等は、一つ炎が上がる度に卑下た笑みを浮かべて狂気に満ちた鬨の声を上げる。

「ん? なんだぁ? コイツ。こんなところに逃げ遅れがいるじゃねぇか!」
「どうしたよ? 怖すぎて動くこともできないかぁ?」

 未だ動かずに思索に耽っていた彼に気付いた竜の軍の兵と思われるボーマンダとクリムガンが、にやにやとした笑いを浮かべて鋭い爪を視界の先で揺らして挑発した。
 しかし、それでも反応の遅い彼は全く意に介さず思索し続ける。
 恐怖もせず、歯向かいもしないその様子が気に喰わなかったのか、苛立ちを見せてクリムガンの方が先に彼の横っ面を思いっきり振り抜いた。
 避ける暇もなく彼は数メートルは軽く宙を舞ったが、まるで何事もなかったかのように吹き飛ばされた先の地面に着地した。

「もう来ていたのか」
「あぁん? いつまで寝ぼけたこと言ってんだ! このスカし野郎!!」

 的外れな彼の言葉はクリムガンの怒りに更に油を注いだのか、そのまま一気に距離を詰めて今度はその鋭い爪を一気に頭の上から振り下ろす。
 振り下ろしきったはずのクリムガンの腕は肘の付け根よりも先が無く、自身がそれを理解するのに時間が必要なほどその一瞬で何が起きたのか分からなかった。
 どさりと何かが地面に落ちる音が聞こえたかと思い、クリムガンがそちらを見ると、そこには先程まで自分の肘から伸びていたはずの腕が鋭利な刃物で切り裂かれたかのように奇麗に切断されて落ちていた。

「う、うわぁぁあ!? 俺の腕がぁぁ!!」
「手を払ったつもりだったが、千切れたのか。まあいい」
「てめぇ!! クリムに何しやがったぁぁ!!」


 千切れた腕の付け根を押さえてクリムガンはその場にうずくまり、口にした通り彼はただクリムガンの手を振り払うために振り上げたはずの腕を見て呟いた。
 ボーマンダも突然の出来事に一瞬度肝を抜かれたが、クリムガンの腕を見て激昂したのか、口内にエネルギーを溜めてから彼へ向けて一気に放出した。
 凄まじい爆音と共に彼が居たはずの場所よりも後ろにあった荷物が弾け飛び、ただの一瞬も目を離していなかったボーマンダは自分の視界が経験したこともない速さで回転していることに気付く。

「殺せるのならこちらの方が早い」

 いつの間に移動していたのか、ボーマンダの足元には視界から消えていた彼の姿があり、ボーマンダは自分の視界の先に首の無い自分の身体がそこにあるのを見てようやく何をされたのか理解した。
 おびただしい量の血を吹き出しながらボーマンダの身体がぐらりと崩れ、繋がっていたはずのボーマンダの首を赤く染めてゆく。

「なんだあいつ!? やべぇのがいる!」

 一瞬にして一人は腕を失って戦意を喪失し、もう一方は一瞬で葬り去られたその凄惨な光景の中心に、顔色一つ変えず彼は尚も佇んでいた。
 その異様な光景に後から追い付いてきたであろう武装した竜達も容易にその傍へ近寄れず、ただ戦慄するばかりだった。
 
「どうした!? 何があった!?」

 次第に増えてゆく竜達の後ろから声が聞こえたかと思うと、その人だかりが一斉に割れて一人のリザードンが歩み出る。
 そのリザードンは右目に大きな古傷が入っており、その傷のせいか右目は完全に開かなくなっているようだった。
 しかし隻眼とは思えないほど見るからに周囲の竜達よりも存在感があり、一瞬で彼がこの中で最も強いのだと理解できるほどだ。

「ドラゴ隊長! あいつがヤバいんです! どうやったのか訳も分からない内にあっという間にマンダの首がぶった切られて……!」

 彼らからドラゴ隊長と呼ばれたそのリザードンは無論ドラゴンタイプではない。
 しかし明らかに周囲の竜達は彼に従っており、彼が部隊を率いているのは間違いなかった。
 周りにいる粗野な言動の目立つ者達は我先にと彼のことを説明しようとするため上手く聞き取れなかったが、彼はそんな周囲に狼狽えるなと一喝してその中の一人の名を呼んで状況を報告させた。
 その呼び出した者の指差す先に未だ佇んでいる彼の姿を見て、ドラゴはその目を見開いて驚愕する。 

「まさか……シルバなのか? いや、奴ならこんなことをするはずがない……。貴様は何者だ!」
「知らない。記憶喪失というやつらしいが、お前がアカラの言っていた知り合いか?」

 ドラゴがシルバと呼んだ彼はまたしても質問に対して見当外れな答えを返す。
 彼の返答を聞き、本当に記憶喪失になっているとはにわかに信じられなかったドラゴは少しばかり驚愕した。

「知り合いなどではない。お前が俺のこの右目を奪った張本人だという事も忘れたのか?」
「違うのか。ならどうでもいい。言った通り俺は記憶喪失らしい。だからお前が俺を知っていたとしても俺は知らない」

 言葉を選ぶようにしてドラゴは彼の質問に答えたが、答えが違うと分かった途端に彼はドラゴから興味を失ったように見えた。

「隊長! あいつが本当に噂で聞いた獣の島の最強の"護り神"シルバなんですか?」
「恐らく間違いない。だが、記憶を失った程度であれほどまで人が変わるとは思えん。少なくとも奴は俺の知るシルバではない。撤退だ」
「て……撤退!? やっとここまで侵攻できたんですよ!? ここで何もせず帰ったとバレたら本部に何と言われるか……」
「仕方ないだろう。奴がシルバであろうとなかろうと奴は危険極まりない。下手に手を出せば眉一つ動かさずに殺せる相手に総力戦は妥当じゃない。一先ずはシルバらしき存在の確認を本部に報告する。それで十分な戦果にはなる。退くぞ。奴の気が変わる前にな」

 今一度ドラゴは血の海に沈むボーマンダの姿を見つめ、彼に視線を移す。
 視線が逸れていた間も目が合っても彼は一切動く気配はなく、それほどの敵意を一身に受けているとは思えないほど彼は涼しい表情を見せていた。
 そしてドラゴは部下に彼を刺激しないように指示して、腕をもがれたクリムガンと腕を回収し、すぐさま撤退した。
 そうしてドラゴ達は嵐のように現れて嵐のように去っていったが、村が受けた被害は今もなお拡大しつつある。
 しかしその間も彼は何もせずその場にいた。

「ちょっと! そこのゾロアークの兄ちゃん! そんなところで突っ立ってないで水を運ぶのを手伝いなさいよ!」
「分かった」

 その内竜の軍勢が去った事に気が付いた村人達が総出で火事の鎮火にあたり、噴水の傍で佇んだままだった彼は、ムーランドに声を掛けられるとびっくりするほど素直にそのムーランドの指示に従って動き始める。
 水タイプのポケモンは水鉄砲や雨乞いを使って鎮火を行い、それ以外のポケモン達はそれ以上燃え広がらないように燃えやすい物を移動させ、噴水の水をバケツリレーで組み渡して火元へと掛けてゆく。
 そんな必死の努力の甲斐もあってか、被害は予想以上に酷くなる前に全ての日を鎮火することができた。

「全く……! 何のために雄共は戦いに行ってるんだい! とりあえず兄ちゃんも手伝ってくれてありがとうね!」

 一通り全ての事態が解決したため、ムーランドは彼にお礼を言ったがやはり変わらない様子でああ。とだけ彼は答えた。
 それからは各々自身の家の修繕や、荷物の状態の確認などでまた慌ただしく動き始め、また誰も彼に関わらないようになる。
 するとその慌ただしく動き回る人々の様子を見つめていた彼は、少しの間その場で様子を見つめていたが、それも見飽きたのか元々アカラに待つよう言われていたベンチの所まで戻り、今度は腰を掛けてその様子を眺めているのか、それとも最初と同じように虚空を眺めているのか遠くを見つめるようになった。

「おーい!! 君大丈夫だったー?」
「大丈夫だ」

 それから数分としない内にアカラが戻ってきて心配そうに彼に声を掛けた。
 彼は変わらない調子でアカラにそう返事をしてきたため、変わってはいるが特に変わった様子はなかったので少しだけ安心した。
 アカラも彼と別れた後、暫くは彼を知る者の手掛かりを探していたが、その最中に竜の軍勢の襲撃を受けたためすぐに近くの安全な場所へ身を隠して事なきを得た。
 その後は彼と同じくまずは鎮火作業を手伝い、それが完了してようやく今戻ってきたところだ。
 一先ず襲撃までの間に聞いてみた結果だけだが、今のところ知り合いらしき人物には辿り着けていないとアカラは残念そうに語った。
 それに対しても彼としては然程意に介していないらしく、ただそうか。とだけ呟いただけだった。
 今からも人探しをしたいところだが、流石にこの忙しい時にできるようなことではないため、アカラの耳もしおしおと力無く垂れて悲しそうな声でゴメンね。と呟く。

「そもそも、何故アカラは俺の事を知るその知り合いを探そうと考えたんだ? お前が俺の知り合いではないのなら探す必要は無いはずだ」

 彼はそう言って不意にアカラに質問した。
 確かにアカラがここまで必死になって彼のその姿形も分からない友人を探す理由は何処にもない。
 しかしその言葉を聞いた途端、落ち込んでいたアカラは血相を変えた。

「そう言ったら確かにそうだけど……。でも記憶も無くして、あんなところでただじっとしてたら心配になるじゃん! それにこのままだと君、ずっと一人なんだよ!? そんなのだめだよ!」
「だめなのか」
「ダメだよ……そんなのあんまりじゃん……」

 悲しさとは違う、何か悲壮感に満ちた今にも泣きそうな顔でアカラは叫ぶように言い放ち、そして結局涙が溢れた。
 声こそ上げてはいなかったがアカラは少しの間泣き、両手でゴシゴシと涙を拭ったかと思うとまた輝かんばかりの笑顔に戻っていた。

「ごめんね、心配かけて。でももう大丈夫!」

 アカラはそう言っていかにも元気ですと言わんばかりに胸を張ってみせたが、彼の反応はいまいちなもので、今度はうんともすんとも言わず、首すら振らない。
 そんな彼の態度も特に気にせず、アカラは周りを今一度見回して話し始めた。

「多分、この村まで侵攻されたのはシルバ様が居なくなった時の侵攻以来だから、テラ様達ももう戻ってきてくれてるはず! だからその時にテラ様達に君の事を聞いてみよう!」
「そのテラという奴が俺の知り合いなのか?」

 アカラの言葉に対して彼はまた自分の知り合いに付いての質問をする。
 するとアカラはちょっとだけびっくりした様子で手と首をブンブンと振って彼の解釈を否定した。

「違う違う! テラ様ってのは少し前に説明したこの村を治めてる"三闘神"の一人の方のこと。僕達の村はテラキオンのテラ様、コバルオンのバルト様、ビリジオンのジオ様が治めてくれているんだけど、基本的に竜の軍勢を侵攻させないようにするために島の端に遠征に出てることがほとんどだから滅多にお話もできない人達なんだ」
「治めているなら何故村を離れる」

 アカラは彼に"三闘神"の人達について説明をしたが、彼はその説明に対してまた質問を重ねる。
 それに対してもアカラは少しだけ眉間に皺を寄せて考えた後、彼の質問に対する完璧とまではいかないが、回答できる答えが浮かんだのかそのまま話し出した。

「それはその竜の軍勢を決して島に立ち入らせないために戦いに出てるからで……」
「侵攻を許しているなら離れた意味が無い」
「そうかもしれないけど……」

 アカラの返答に対して、彼は正論ではあるがあまりにもきつい言葉で返す。
 遂にはアカラもどう答えればいいのか分からなくなり、耳もぺたりと垂れてしまった。
 まだアカラなりに必死にテラ達が戦いに出ている理由を探してはいるようだが、そのまま次の言葉は出てこなかった。

「すまぬ! 皆の者無事か!?」

 そうこうしている内に遠くから村の広場まで疾風の如く"三闘神"の面々が駆け入った。
 それを見てまだ忙しなく動き回っていた村人達も、一度その手を止めて彼等の元へと集まり始めた。

「死傷者も少なからずいますが、とりあえず見ての通り被害は最小限に抑えられたかと思います。何故だか竜の軍勢がすぐに去ってくれたので……」
「去っただと? 奴等め……まだ何か姑息な手を考えているのか?」

 現れたテラ達は村民からの報告を聞いて驚愕していた。
 当然ながら彼等も最悪の事態を想定して全力で村へ戻ってきたというのにも関わらず、既に敵は去った後だというのだから当然の反応だろう。
 その後も彼等は様々な状況報告を聞きながら、村を治めていると分かる的確な指示でまだ混乱が続いていた状況をあっという間に治めてみせた。

「すみません! テラ様。もしご存知でしたらこのゾロアークさんの事を教えてもらえませんか? なんでも記憶喪失になっちゃったみたいで……」

 ある程度テラ達の周りの人だかりも和らいだ頃、アカラはテラに彼の手を引いて連れてゆき、彼の姿を見せた。
 するとテラ達は一度完全に言葉を失い、驚愕した表情のままゆっくりと話し始めた。

「ま、まさか……シルバ様!? よくぞ御無事で……!」
「知り合いなのか?」

 テラキオン達も彼の事をシルバと呼び、喜びに打ちひしがれていたが、当の彼、シルバ自身は見当外れな言葉を口にした。
 それからの事情はアカラから詳しく聞き、テラ達は彼がシルバで間違いないと二人に告げた。
 しかし同時にドラゴが感じていたような違和感を覚えるともシルバに話した。
 アカラもシルバについてはよく知っていたようだが、知っていたからこそ今目の前にいる記憶を失ったゾロアークがシルバであるとは思わなかったようだ。
 アカラの覚えている限りでもシルバはずば抜けて強く、決して何処の誰にも負けたことがないほどだったが、この島に住む誰にも分け隔てなく接し、老若男女問わず平等に意見を聞ききちんと答えていたため誰からも尊敬され、愛されていた存在だったらしい。
 竜の軍の侵攻が止む前の頃にも何度も彼がドラゴを含む軍勢を撃退もしていたが、彼は彼等竜の軍の者達にもその温情を与えていたらしく、撃退こそすれどその命を奪う事は決してなかった。と既に冷たくなったボーマンダの遺体を見ながらテラはシルバに告げる。

「シルバ様。この際、貴方が行方知れずとなったことは問いません。ただ、本当に貴方が失ったのは記憶だけなのですか?」
「俺に聞かれても知らん。思い出そうとしても思い出せる記憶が欠片も無い」

 不安が顔から滲み出たままテラはシルバに問うが、やはりシルバはぶっきらぼうな返答しかしない。
 その答えを聞き、小さく首を横に振りながらテラは視線を地面に落とした。
 目の前にいる慕っていたはずのシルバはテラ達の知る彼とは程遠く、そのあまりにも無機質な言葉は記憶だけではなく恐らく感情も失っているのだということを痛感させられたからだ。
 それは同時にようやく彼等の指導者たり得る存在が不在になった事も示す。

「これは……テラ! 一体何がどうなっている!?」

 意気消沈とした広場のテラ達の元に"三聖獣"の三人も到着したらしく、テラ達同様シルバの姿や予想以上に被害を受けていない村の状況を見て驚愕を隠せていない様子だった。
 一先ずテラ達は彼等エンテイのフレア、ライコウのエレキ、スイクンのアクアの三人にも今の現状を説明した。
 すると同様に今のシルバの変わり様に心底驚いていたが、同時に村の様子についても訊ねた。

「それならドラゴと呼ばれていた奴が、俺を見るなり同じようにシルバと言って驚いていた。あいつを殺したら、たったそれだけで何故か奴らは撤退したらしい」
「殺した……!? 貴方があのボーマンダを? 何故!?」
「攻撃してきたからだ。アカラからあれらは敵だと聞いていたから殺すのが一番手っ取り早かった。ただそれだけだ」

 村の様子に関してはシルバが口を開き、何故これほどまでに被害が大きくならなかったのかを教えたが、やはりその言葉を聞いて彼等は恐ろしい物でも見るような目でシルバを見つめていた。
 今のシルバが言っていることに間違いはないだろう。
 攻め込んできた相手に温情を掛けるなど正気の沙汰ではない。
 だが初めからシルバが今のような考え方をしているのであれば何ら不思議ではなかったが、今のシルバは彼等が知る限りのシルバとはそれこそ正反対の存在だ。
 元々のシルバが温情を掛けていた理由は単純で、殺す必要がないからだった。
 例え何度攻め込まれようと優れた指揮と連携でほとんど被害を出さずに撃退することができていた。

『彼等にも帰る場所があり、それを待つ家族がいる。大切な人達の命を奪わせるわけにはいかないが、私達が彼等の命を奪っていい理由にもならない。それにもう何度かコテンパンに打ちのめせば暫くは作戦でも練っててくれるさ。多少不便になったとしても、一度全員を安全に避難させれるようにこの侵攻が一旦止んだら村を一つに纏めよう』

 それが昔のシルバが彼等六人に告げた言葉であり、彼等の心の支えでもあった。
 その言葉を胸に不殺を続け、不安を拭うように戦い続けた結果村が一つ無くなり、それが彼等の精神疲弊を加速させてゆく原因となったのにも拘らず、漸く戻ってきたはずのシルバは誰かも分からないほどの別人になっていたというのは皮肉以外の何物でもない。

「ならばもう我々の腹は決まった。テラ、金輪際無駄な攻撃を行うのを止めたまえ。今回はシルバ様が居合わせてくれたお陰でこの程度の被害で済んだが、次もこういくとは限らない。もう我々が守り抜くしかないのだ」
「何を腑抜けたことを。これから先、永遠にいつ終わるかも分らぬ侵攻をただ馬鹿みたいに耐え続けるというのか? いずれ耐えきれなくなる事など明白だ。我々も変わらねばならぬ。敵に温情などいらん! 今度こそ全ての敵を殲滅し尽くせばいいだけの話だ。貴様も我々と共に戦え!」

 そしてそれが分かった途端、フレア達とテラ達は互いの思想をぶつけあい、今にも飛び掛かりそうなほど険悪な状態になってしまう。
 睨み合いと話し合いは次第にフレアとテラ以外も加わり、どんどんヒートアップしてゆく。
 険悪な雰囲気の中、六人は互いに罵り合うような勢いで喋り、既にシルバの事など眼中には内容だった。
 それを見てか、ずっと傍にいたアカラはただ耳を垂れさせて今にも泣きだしそうな表情で彼等とシルバを交互に見つめるしかできなくなる。

「別にどちらも間違っていない」

 何に対してなのかも分からないほど唐突にシルバはそう言った。
 しかし言い争いをして神経が過敏になっていたからか、テラ達とフレア達六名はその言葉に気が付いたようだ。

「間違っていない。とは一体何の事でしょうか?」
「お前達がさっきから言い争っていることだ。全員戦えるなら全員で動けばいいがそれはできないのだろう? なら戦う者と戦えぬ者を守る者に分かれ、互いに情報を連携すればいいだけだ」
「確かにそうではありますが、今からそれをするのはもはや難しいのですよ。既に我々だけの問題ではなく、この島に住む全員の意見が割れているのが現実です」
「それができないなら死ぬだけだ。分かっているのなら言い合う必要も無いだろう。そもそも俺には何故戦えない者を守る必要があるのかも分からないし、戦っていない者がそんな無意味な話をしている意味も分からない」

 不意なシルバの言葉にアクアが訊ね、シルバはその言葉に淡々と答えた。
 その言葉はあまりにも理路整然としていて正しい事だが、彼等からすれば最もシルバの口から聞きたくなかった言葉でもあるだろう。
 彼等の怒りこそは収まったが、場は嫌な静けさだけが支配する状況が続いた。
 先程までとはまた違う一触即発の状況となり、シルバだけがその場で毅然とした態度で彼ら六名の前に立っていた。

「本当に……シルバ様……なんだよね? あの優しかった……」
「俺は知らん。ただお前達が俺の事をそう呼んでいるだけだ。だから俺は俺の答えを言ったまでだ。期待した答えが返ってこないことを俺のせいにされても知らん。思い出せないものは思い出せないし、知らないことは知らない。ただそれだけだ」

 アカラの言葉に対してもシルバはあまりにも無慈悲な言葉を返す。
 そのせいで必死に堪えていたアカラは遂に泣き始めてしまった。
 次第にその場を支配していた空気も消えたのか、彼ら六人もただ互いに無言で首を横に振り、本来彼等がするべきことへと戻っていった。

「残念だ。シルバ様。我々はただあなたの事を尊敬し、信頼し、いつか戻ってくる日を待っていた」

 最後にテラがそう言い残し、その場には泣き崩れたままのアカラとシルバだけがぽつんと残されたままとなる。
 だがシルバにとってその状況は好ましくない。
 彼はまだ自分が何者なのかを思い出せておらず、それを知るための手掛かりがあるとアカラに付いてここまで来たため、手掛かりが無いのであればこれ以上此処にいる意味もないが、同時に何処かへ移動する理由もなくなる。
 状況は完全に振出しに戻り、ただ今いる場所が村の中なのか森の中なのかという差だけになった。

『シルバよ……目覚めたようだな』
「誰だ? それに俺はシルバかどうかも定かじゃない。押し付けるのなら勝手にその名前で呼ぶな」

 シルバの頭の中に聞いた事のない声が響き渡った。
 その声の主を探してシルバは初めて自分から周囲を見渡したが、何処にもその姿はなく、今もいるのはシルバ自身とアカラだけだ。
 しかしシルバは自身の事をそう呼ぶ相手ならばこの場にいるだろうと考え、探し始めようとする。

『いいや。君はシルバだ。例え何も覚えていなかったとしてもな……。それに私の姿を探しても意味はない。この声は君の心に直接語りかけている』

 その声の主は更にそう続けた。
 俄かには信じがたい話だが、その声の主の姿が何処にもなく、普通に喋るほどの声量で聞こえてくるため近くで泣いているアカラが一切反応していないのは確かにおかしい話ではある。
 仕方なくその言葉を信じることにし、シルバは探すのを諦めてその声へ再び話しかけた。

「ならお前が俺の事を知る友人なのか?」
『友人……というわけではない。私は君と対等な立場に立つこともできなければ、君に何かを言う資格も持たないただの知人だ。だが、確かに君が友と慕った者は私も知っている』

 声の主はシルバの問いに対していまいち的を得ない言葉を返す。
 だがそれと同時に今シルバが最も知りたい情報も彼へ提供した。

「それは誰だ? それにあんたは何故俺を知っている?」
『今はその問いに答えるわけにはいかない。だがいずれ君も思い出す。"理の出でし洞"へ来るといい。そこでまた会おう……』

 続けて問うシルバの言葉にその声の主はまたしても正確には答えず、告げることだけを告げてまた何事もなかったかのように頭の中へ語りかけていた感覚は消え失せた。
 気になることはまだ沢山あったが声の主の言葉にはシルバが知りたかった情報が多く、まずは迷わずその告げられた"理の出でし洞"という場所へ向かう事に決めた。

「アカラ。"理の出でし洞"という場所へ案内してくれ」
「グスッ……。さっき誰と喋ってたの?」

 シルバはまだ泣いているアカラの元へ近寄り、アカラの気持ちなど全く考えていないのか普通にアカラへと話しかけた。
 そのまま泣いていても仕方がないような状況だが、アカラは健気にも涙を拭ってから、泣いている間にシルバが見えない誰かと話していた理由について聞いてみた。

「知らない。だが向こうは俺の事を知っているらしい。それとそこに行けばそいつと会えるという事も分かった」
「シルバ様の事を知っている人……。その人に会えばもしかすると……」
「あまり期待はしない方がいい。お前もあのテラとかいう奴等も俺の事を知っていたようだが、残念ながら今も俺は自分の事すら分からないままだ」

 シルバの言葉を聞いて、一瞬だけアカラは明るさを取り戻したが、シルバの言葉を聞いてまた少しだけ耳が垂れ、小さく頷いた。
 確かにこれまでのシルバの言葉は間違ったものではないのだろう。
 しかしそれはあくまで事実や正論ではあるが、子供のアカラにそのまま伝えるにはあまりにもその事実は残酷すぎる。
 その姿はアカラやテラ達の話していたシルバの姿からは確かに程遠く、テラが言っていたようにまるで心無い機械のように冷たく、無機質で、相手の事を一切気遣っていない優しさの無い言葉だった。
 だが例えそうであったとしてもアカラはまだこの人物がシルバであろうとなかろうと、助けるつもりでいた。

「えっと……"理の出でし洞"だったっけ? ごめんね。僕もそれは聞いた事がないや」
「そうか。なら知っている者を探す」

 アカラが知らないと答えた途端にシルバはそう語り、その場から去ろうとした。
 普通ならそこで手伝うのを止めてもいいのかもしれないが、アカラは何かを思い付いたのか耳をピクンッと跳ねさせる。

「そうだ! おばあちゃんなら何か知ってるかも!」
「ならそのオバアチャンという奴の所まで案内してくれ」

 アカラの言葉を聞くとシルバはすぐにアカラの方へと向き直し、アカラに対してそう告げた。
 それに対してアカラは少しだけ元気を取り戻したのか、頷いてからこの村へ来る時に通った道を戻り始める。
 曰くその人物はアカラの祖母であり、今アカラと一緒にこの村に住んでいるそうだ。
 今回の襲撃の折、まずは避難を優先したが、安全が確保されると真っ先にアカラは祖母の家へと向かい、無事だったことを確認していた。
 そのためアカラにとってはそれほど時間の経っていない帰宅となる。
 歩いている内に更にアカラは元気を取り戻したのか、いつの間にかその顔には笑顔が戻ってきていた。


**2:守り神 [#p3U01QA]

 案内されるままに辿り着いたその家は天井に焦げ跡がいくつもあり、その内のいくつかはそのまま空の景色を映し出す程の大きな穴になっているものもあった。

「ただいま! おばあちゃん」
「お帰りアカラ。 おや、そちらのお方は?」
「この方はあのシルバ様だよ!」

 家に帰り着いたアカラは祖母の元へ駆け寄り、笑顔で帰りを告げる。
 それを聞いて祖母はアカラを優しい笑顔で迎え、後ろにいたシルバに気が付いた。



 第二話 護り神



 アカラの祖母はアカラから昔に行方不明になったはずのシルバがそこにいると教えられ、心底驚いた様子だった。
 しかしアカラの祖母が何かを言い出す前に先にシルバが口を開く。

「あなたがオバアチャンか。"理の出でし洞"という場所について教えてくれ」
「え? えぇ……。"理の出でし洞"なら知っていますよ。今からかなり昔にはなるので、今どうなっているのかは分かりませんが……」

 シルバの言葉にアカラの祖母は一瞬戸惑ったが、まずはシルバの質問に答えるべきだと判断し、自分の言葉は一旦しまい込むことにした。
 アカラの祖母曰く、彼女が物心つく前からおおよそ大人になるぐらいまでの間、この島に竜の軍勢が攻め入るようになるまでは毎年、"理の出でし洞"と呼ばれる大楠の樹の洞で神事を行っていたそうだ。
 島民全員が集まり、奉納の舞を踊るポケモンが演舞を披露し神に供物を捧げ、その年一年の豊穣と安全を祝い、また次の年の為に祈祷したのだという。
 しかし侵攻が始まってからはとてもではないが島民全員が同じ場所に集まることが難しくなり、次第にその文化自体が廃れ、今では知るのは老人ぐらいだとアカラの祖母は語った。

「でも、私が幼い頃見ていた光景では確か、その神事の最後には必ず神様がその御姿を眩い光と共に現していてくれたような気がしたんだけれどねぇ……。今ではもう手入れもされなくなってどれほど経ったのかも覚えていないから……」
「つまりその大楠の洞へ行けばそいつに会えるという事だな」

 思い出すように話すアカラの祖母の言葉に対して、シルバはさも当然のように言葉を返した。
 この言葉に驚いたのはアカラの祖母だけでなく、アカラも心底驚いていた。
 シルバは元々誰かの声を聴いたと言っていたのをアカラは覚えていたため、もしもその場所で会う約束をし、シルバの心へ直接話しかけるという事ができるのであればアカラの祖母が言っている言葉にも信憑性が出てくる。
 しかしそれは同時にアカラにとっては非常に心配でもあった。
 昔のシルバならともかく、今のシルバは優しさや礼儀という部分からはかなり遠い存在であり、こんな無表情で不愛想な輩がいきなり神様の元へ会いに行くというのがあまりにも無礼で危険だと感じたからだ。
 しかし止めようとしてもシルバは全く持って耳を貸さないため、仕方なくアカラは祖母から大楠までの行き方の地図を描いてもらい、それを自分が受け取った。
 本来ならばシルバが受け取ればよかったのだろうが、残念ながらシルバは記憶を失っているせいかその地図を見てもよく意味を理解できていなかったからだ。
 そうと決まるとシルバは礼もそこそこにすぐにアカラに案内を依頼し、すぐに家を去ろうとした。

「ちょ、ちょっとシルバ様!」
「どうした? 場所は分かったんだ。案内を頼む」

 アカラは明らかに困った表情をしていたが、アカラの祖母はその様子を見てもにっこりと微笑み行ってきなさい。とアカラ達を手を振って送り出していた。
 本来ならばお礼を言われてもいいはずだったが、アカラの祖母なりに緊急性を感じたのかそうしたのだろう。
 結局挨拶も特になく、休憩もほとんどせずにやってきてすぐだが村を離れ、来た道とはまた違う林道を二人進んでいった。
 しかしその道はアカラの祖母が言っていた通り、最近では全く利用されていなかったのか進みだしてから一時間としない内に道とは呼べなくなり、岩や倒木で既に道らしき物すら見えなくなってゆく。
 そんな道をシルバはまるで何事もないかのようにひょいひょいと進んでゆくが、流石にアカラはそういうわけにはいかない。
 小さい体を使って逆に木の下をくぐったりして進むが、岩やくぐれない倒木は必死によじ登って進んでゆく。
 そうしてシルバが飛ぶように高い所から高い所へ二、三移動する度にアカラが追い付くのをただ見つめて待っているという奇妙な光景が出来上がっていた。
 しかしアカラは泣きそうな顔をしながらも弱音は吐かず、必死にシルバの後をついていきながら目的地を目指し続ける。
 そうすること数時間ほど歩いた末、ようやく沢山の苔むした倒木と岩に囲まれるようにして大きな樹とその根元の真ん中辺りにぽっかりと開いた大きな洞の前まで辿り着いた。

「ハァハァ……ここだよ……。"理の出でし洞"、通称『大楠の祠』。でもこの感じだと、もう本当に神様も居なくなっちゃってそう」
「関係無い。奴はここでまた会おうと言った。ならばいるはずだ。……それに分からないが、ここには何故か来たことがある気がする」

 シルバの言葉を聞いて、大きく肩で息をしていたアカラの耳がぴんと跳ねた。
 少しだけ元気を取り戻したアカラはシルバの元に近寄り、周囲を見渡すシルバの様子を伺っていたが、残念ながらシルバの様子の変化は特には現れなかった。
 そして少ししてから洞をじっと見つめ、そのままゆっくりと洞の方へと歩いていき、洞の縁に手を掛けてひょいとその入り口に上る。

「だ、駄目だよ! 流石にシルバ様でも神様がいる場所に勝手に入るのは!」
「だが他に場所はない。何処にも奴の気配はないし、次の声が聞こえてくるわけでもない。ならば奴の言った通り"理の出でし洞"そのものに行かなければ意味がない」

 そういってアカラの制止を振り切るようにしてシルバは洞の中へと姿を消してゆく。
 洞の中はとても樹とは思えないほど広く深く、まるでそのまま冥界にでも繋がっていそうなほどに静かで暗かった。
 シルバはそんな中をものともせず、また飛ぶような速度で降りてゆき、次第にその暗さから自分と周囲の見分けがつかないほどの暗さになっても脚を止めることはなかった。
 降り始めてから少しすると何故か樹の洞の中が少しずつ明るくなってゆき、次第にその終着点と思われる一際眩しい場所が見えるようになる。
 暗闇に目が慣れていたシルバは少しだけ目を細めつつも速度は落とさずに降りていき、あっという間にその深い深い洞の底まで辿り着いた。
 上を見上げても明かりは見えず、周囲にあるぼんやりと光輝くきのこが密集しているお陰でその底だけは昼間のように明るい。

『こちらだ……その横穴を抜けてこちらへ来るのだ』

 そこで周囲を見渡していたシルバの元にようやくあの時と同じ声が頭の中で響いた。
 声に導かれるままに横を見ると、そこには光っているせいで分かりにくかったが横穴が開いており、その向こう側でも同じように光るきのこが茂っている。
 シルバには少しばかり低いその横穴を潜り抜け、より眩しい光が差し込む方を見ると、そこには形を成した光が佇んでいた。
 うっすらと輪郭のようなものが見えるその光はシルバが来たことに気が付いたのか、ゆっくりとシルバの方へ歩み寄ってきた。

「久方振りだな……シルバよ……。とは言っても、君の方は私の事など知りもしないだろうがな……」
「そうだな。お前は誰だ?」

 その光は頭の中に響いていた声と同じ声でシルバへ直接語りかける。
 名前も知らなければその姿も知らないはずだったが、シルバは何故かその声に何か感じるものがあったのだが、それが何なのかはその時のシルバには分からないままだ。
 ただアカラから聞いていた自分の知り合いという言葉を頼りにその光が何者なのか知ろうとすることで精一杯だった。
 しかしその光は直接会ったとしても今はまだ名乗るべきではない。とだけ言い、結局その者が何者なのか、なぜ自分の事を知っているのかについては教えることはなかった。

「私からお前に教えることができるのはこの石板についてだけだ。これをお前は集めなければならない。この世界の終焉を防ぐために……」
「それが俺の目的だというのならやるまでだ」

 その光はそう告げると、その光る体の中から光を帯びた円状であったと思われる石板の欠けた一部をシルバと彼の前に浮かせている。
 それを見てからシルバは光に対してそう言い、その石板を手にした。



――視界に広がるのは何処までも白い空間。
 しかしその空間にはぽつぽつと何か巨大な姿が自分を見下ろしているのが分かる。

「我々では出来ぬ……。しかしこの宿命をお前は本当に背負うことに躊躇いなど無いと申すか……」
「ありません。私が貴方方の御力になれるというのならば、例えどんな宿命であろうと有難い事です」

 響くのは何処か懐かしい声と……そしてその声に応える自分の声。
 眩しいのかどうかも分からない程の白の世界は自分の声を皮切りにその巨大な姿の輪郭すら消して全てを白に染める。



 石板に触れた瞬間、意識を失っていたのかそれとも先ほど見た光景がそう錯覚させたのか、どちらにしろ身に覚えのあるようなないようなそんな不思議な光景が見えた。
 シルバは一瞬だけ放心したままその石板を見つめ、その石板の光が失われると意識もしっかりと覚醒する。

「今のは?」
「君自身の記憶の断片であり、この世界の終焉を防ぐための"鍵"だ。この世界はもうすぐ終わりの時を迎える。それまでにこれから君はあと六つの島を巡り、その石板と共に君の記憶を取り戻してゆくことになる。そして石板が完成した時、"幻の島"と呼ばれる島へと向かえ。これが私から教えることのできる全てだ」

 光はシルバの質問に対してそう答えた。
 それを聞き、シルバは少しの間沈黙した後、石板をしっかりと握って小さく頷く。

「分かった。確かに俺の使命を聞き届けたぞ」
「急ぐ必要はない……。"鍵"を……この世界の行く末を……頼んだぞ……」

 シルバの答えを聞き、光は最後にそう答えるとその眩い輝きは失われてゆき、初めからただの光であったかのように周囲の光に溶けるように消えてゆく。
 そうして目の前の光が完全に消えると、周囲の明かりは先程までとは比にならない程の輝きを一瞬だけ放ち、次にシルバが目を開いた時にはそこは既に大楠にぽっかりと開いた洞の前だった。

「シルバ様。どうしたの? さっきからずっとぼーっとして」
「ずっと……ぼーっと? アカラ、俺は何時からここでそういう風に立っていた?」

 アカラが不思議そうに話しかけてくる声に気が付き、シルバはすぐにアカラの方を向いてそう聞いた。
 まさかそんな風に聞かれるとは思っていなかったのか、アカラは少しだけ驚いた表情を見せて、少しだけ頭をひねりながら思い出す。

「えっと……多分、この洞の中に入る……って言った時ぐらいから」
「そうか。すまなかったな。アカラ」
「えっ!?」

 アカラが教えてくれたことを聞くとまるで幻でも見ていたのかと思いそうになるが、シルバの記憶の中には先程の会話と欠片を手にした際の不思議な記憶が確かに残っており、その出来事が事実であったことを告げるようにシルバの手の中にはその石板の欠け等がしっかりと残っていた。
 そこでシルバは初めて心配そうに見つめるアカラに対して労いの言葉を投げかけると、アカラはピンッという音が聞こえそうな勢いで耳をまっすぐ伸ばして目を見開いてその言葉に驚いていた。

「えっ……えっ!?」
「どうかしたか?」
「いや……えっと……なんでもないです!」
「ああそうだ。アカラ。俺の事だが、恐らくアカラが思っている"シルバ"と俺は程遠い存在だと思う。だがこれからも俺はお前に協力してもらわなければならない。だから、俺の事をシルバ様と呼ぶ必要はない。呼び捨てで十分だ」
「えぇ!?」

 相当驚いたのかアカラは、口も耳も尖らせて信じられないといった表情でシルバの顔を見つめていた。
 それから暫くの間はアカラの中で色々な感情が鬩ぎ合っていたのか、シルバからの提案を素直にはいと言えないでいたが、結局今目の前にいるシルバの事は、自分の知っているシルバとは別の記憶を失ったシルバだからという事で納得し、シルバの言葉を受け入れた。
 その後、アカラの中で決着が付くとシルバはアカラをひょいと持ち上げ、しっかりと抱き抱えたまま来た道を行きの時よりも速いペースで飛ぶように走り抜けて戻る。

「待って待って!! シルバ様ストーップ!!」
「どうした?」

 アカラのそんな声で一度止まり、シルバはアカラの方を見つめる。
 当のアカラはいきなりまた同じ道を必死に変えるのかと考えていたところを不意を突かれたり、自分では出せないような速度で森を突き抜けていくことへの恐怖だったりで、表情が半泣きのまま固まっていた。
 結局一度降ろしてもらい、何度か深呼吸をして色々と混乱した頭を落ち着かせることにしたアカラは、そのままついでにシルバに質問することにした。

「シルバさ……シルバはあの時、一体何があったの?」
「説明が難しい。とりあえず断片的には記憶を取り戻したということと、俺のこれからの目的も判明した、という事だけは確かだ」

 シルバの話を聞いてアカラは嬉しそうな表情を見せた。
 しかしその後シルバの身に起きた事をそのままアカラに伝えていったが、やはりアカラとしても望んでいたような結果ではなかったため、その表情は少しだけ複雑そうな感情を浮かべていた。
 とはいえ、アカラにとっても一つしっかりと分かったことがある。

「そのシルバが思い出した不思議な記憶と関係があるのかは分からないけれど、多分少しだけ僕の知ってるシルバ様に戻ったんだと思うの」
「何故だ?」
「確かに今でも表情は無いし、声の抑揚もほとんどないけど、僕の事をシルバの速度で運んでくれたり、止まってって言ったら止まってくれたり、その記憶を取り戻すまでは全くしようともしてなかったことが今は多分自然にできてるんじゃないの?」
「それはないだろう。この道はオバアチャンが教えてくれたものと随分と様変わりしている。この道をアカラが普通に移動するのは不可能だと考えたから抱き上げただけだ。それにこの方が早く移動できる」
「それなら少しだけ移動速度を落としてもらいたいって僕がお願いしたら?」
「確かに先程のアカラの表情を見る限り、対応できていなかったのは分かる。俺とアカラとで通常時の移動速度に違いがあることを考慮していなかったのだから、移動速度を下げることは問題ない」
「う~~~ん? 多分、シルバが気付いてないだけで、やっぱり少しだけ元に戻ってると思うんだけどなぁ。シルバ様もよく、みんなの事を思いやった行動を自然としてたから。少なくとも目的の為に黙々と動くような機械みたいな人ではなかったよ。それこそ辿り着く前のシルバと今のシルバは全く違う人みたいに見える」
「そうなのか」

 何時間も掛けて進んだ行きの道はアカラにとっても辛い道のりだった。
 その道のりを一度はシルバと共に自らの足で歩いたからこそ、今のシルバはアカラにとっては全くの別人と言えるほど違う。
 それ以外にもアカラとしても言いたい事はあったのかもしれないが、シルバも既に自身のその違いに関して一応の納得はしていたので帰りを急ぐことにした。
 とはいっても既にアカラに合わせた速度ではなく、アカラが負担を感じない程度で荒れた道を駆け抜けて行ったため、一時間と掛からない内に村の近くの街道まで戻ってくることができた。

「おばあちゃんただいま」
「あらあらお帰り。それにシルバ様もよくぞお戻りになってくれました」
「ああ。ただ、すまないが私はあなたの知るようなシルバではない。それに、まだ戻ることもできない」
「おや? どうかされましたか?」

 帰り着いたアカラとシルバをアカラの祖母はまた優しく出迎える。
 アカラの祖母に対してシルバは淡々と事情を説明していくと、アカラの祖母も少しばかり残念そうな表情を浮かべてはいたが、納得もしたらしい。

「世界の終焉……。何とも恐ろしい響きですねぇ。分かりました。できればその事をフレア様達とテラ様達にもお伝えください」
「分かった。では、アカラ、オバアチャン。世話になった」
「おやおや。もう出られるのですか? 今日はもう遅いですし、是非泊まっていってくださいな」
「そうだよ! その光の人も急ぐ必要はないって言ってたんでしょ?」
「火事で燃えたばかりだ。俺が居ては迷惑だろう」
「そんなことないよ! あ! それなら焼けちゃった所の張替えを手伝って! その代わりに泊まってもらうってのならいいでしょ?」

 ぴょこぴょこと跳ねながらアカラがシルバにそう言うと、シルバはただ分かったと言って首を縦に振った。
 その後はアカラの提案通りシルバは余っている建材を使って屋根や壁の燃えてしまった部分を一時的に張替え、その間にアカラと祖母は夕飯の準備を進めてゆく。
 陽が沈みきる前までには建材の張替えも完了し、夕飯の方も丁度出来上がったため三人でそのまま食事を摂る。
 食卓ではアカラは祖母に今日あった出来事を楽しそうに話し、それを聞いてアカラの祖母は相槌を打ちながら楽しそうに微笑んでいた。
 そうして楽しい食事を終えると、今日は色々とあってアカラは疲れ切っていたのかいつの間にか眠っていたようだ。
 ランプの明かりだけが照らす部屋の中で、アカラの祖母に導かれるようにしてシルバは眠っているアカラを抱えて寝室まで移してあげた。
 その後はアカラの祖母が緩やかに話し始めた。
 
「シルバ様。あの子の事を気に掛けていただきありがとうございます」
「礼を言われるようなことはしていない。寧ろ俺はアカラの親切さを利用したようなものだ」
「成り行きであったとしても、今までの事を覚えていなかったとしても私達は貴方様にただただ感謝しかないのですよ」
「俺の事をその"護り神"と同一視しない方がいい。事実、俺は明日にでもこの島を去ることになる」
「変わりませんよ。ただ護るものが私達の村からこの世界そのものに変わっただけです。それに……貴方が行方知れずとなった間にこの島は大きく変わってしまいました……」

 シルバは変わらず、アカラの祖母の言う"シルバ"と自分とは違う存在だと語ったが、アカラの祖母はそれでもシルバに感謝を告げる。
 そして語ってゆく内に彼女の表情は少しだけ悲しいものへと変わった。
 元々はテラもフレアも協力し、シルバが元々いた頃と変わりなく島民達が生活できるよう必死に守り続けていたらしい。
 しかし本来三つあった村の一つずつをフレア達"三聖獣"、テラ達"三闘神"、そしてシルバが守っていたため、シルバが欠けてからの負担はそれこそ計り知れない。
 次第に精神も疲弊し始め、苛立ちも募り始めた頃に遂に悲劇の引き金ともいえるテラ達の村への襲撃があり、そこで起きた壊滅的な被害が遂に彼等の思想に亀裂を生じさせた。
 テラ達はただ護るために先手を打ち、決して島へ入らせないようにするために戦い、その間フレア達はそれぞれが一つの村を守っていたのだが、敵の情報に惑わされほんの少し村を開けたがためにそうなってしまったのだ。

「お前達がもっとしっかりと護っていれば!!」
「自分達の村も護らずに何が戦いか!!」

 たった一つのミスが原因で互いの考えを否定するようになり、その言い争いは不安を抱えていた村人達にまで波及してしまい、遂に島民すら二分しての仲違いになってしまう。
 今では村人同士の交流が失われたどころか、必要最低限の物資の移動以外には接触もなく、お互いの村人が出会おうものならその場で喧嘩が始まってしまう始末だ。

「そしてその時、私の息子と義娘、つまりアカラの両親は件のテラ様達が治めていた村に手伝いに出ていました……。私も二人の無事を祈りましたが、願いは叶わず……。それからは私とアカラの二人で暮らしているのです」
「そうか」
「あの子はその日からずっと私に心配を掛けないようにするためなのか気丈に振る舞おうとしています。私は不安なのです。老い先短い私達はともかく、何の罪もない子供達が大人の下らない喧嘩に巻き込まれ、あの日以来離れ離れにされて話すことも許されていないような親友達もいるのです。そんな子供達がこの先、笑って暮らせるような世界がどうしても私の目には見えなくて……。無理を承知だとは存じています。でも、せめて子供達だけでも貴方に救っていただきたいのです」

 アカラの祖母はそう言って寂しそうに遠くを見つめた。
 無論今のシルバにはそんなことは出来ない。
 少し前までのシルバなら考えることもなく不可能だと一周しただろう。
 だがシルバは考えていた。
 どうすれば自分の目的を変えることなく、アカラの祖母の思いに応えることができるのかを。
 暫しの間静寂だけが場を支配し、その暗い雰囲気をより暗く張り詰めたものへとしてゆく。

「すまない。やはり俺では望む答えを出すことは出来ない。だが俺の目的を果たさない訳にもいかない。全てが貴女の理想通りとはならないだろうが、それでもできることはする。それが旅立つ俺の責任だ」
「いいえ。それで充分です。必ず子供達が笑って過ごせる明るい未来の為に……世界を守ってください」

 そんな張り詰めた空気を割くように、シルバはいつも変わらない淡々とした口調で話し出した。
 しかしその長い間とその言葉は今までのものとは違い、しっかりと考え抜いた末に出した苦渋の決断のように見える。
 だからこそアカラの祖母もその言葉を聞いて安心できたのか、優しく微笑んでからシルバに頭を下げた。



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 翌日、しっかりとした睡眠を行ったことで疲れも取れたのか、アカラはまた朝から元気一杯といった様子で祖母の朝食を作る手伝いをしている。
 シルバは本来なら朝起きた後、挨拶だけしてすぐに出るつもりだったのだが、ここでもアカラ達に止められて朝食まで頂くととなった。
 というよりもアカラとしては何としても引き止めたかったのだろう。
 ようやくシルバが戻ってきたというのに、また彼は何処かへ旅立ってしまおうとしている。
 しかしその旅の目的を聞いてしまった以上、アカラはシルバを止めることが出来ない事は十分分かっていた。
 そうこうしている内に朝食も終わり、きっちりと片付けまで手伝ってからシルバは旅立つことに決めた。

「アカラ、そしてオバアチャン。短い間だが世話になった。後は出来る限りの事をしてからこの島を出る」
「で、でも……この島を出てからどうするの? 他の島の事も覚えてないんでしょ?」
「ああ。だがどうにかする。それが俺の目的だからかな」
「だったら……! 僕が手伝うから!」
「駄目だ。どれほどかかるのかも分からない、どれほど危険かも分からないような旅だ」
「危険だっていうんなら、この島だって危険だよ! いつまた襲撃されるかも分からないし、シルバもいなくなるんだったら尚更!」

 少しだけ感情的になったまま叫ぶアカラに対して語り掛けるシルバの淡々とした声は、その時だけはまるで窘めるかのように静かで優しい声のようだった。
 それがワガママであることもアカラには十分分かっている。
 だが例え分かっていたとしてもそのままシルバを旅立たせれば、もう二度と会えなくなるような気がしてアカラは必死になって腕を引く。
 自分の手を引っ張るアカラの両手を黙ったまま見つめ、シルバはただ静かにアカラが諦めてくれるのを待っていた。
 そうするのが最善だと考えたからだ。
 しかし、シルバがようやく考えたその思いは再び鳴り響く聞きたくなかった鐘の音で遮られる形となった。

「そんな……昨日襲撃されたばっかりなのに!」

 アカラも祖母の顔もあっという間に不安の色に染まり、祖母はアカラを抱えて急いで部屋の中へと戻り、シルバにも入るように促した。

「シルバ様!」
「シルバ!」
「二人共、世話になった」

 しかし必死に呼ぶアカラ達の声を聞き、そちらへ顔を向けてシルバが言ったのはそんな言葉。
 そして次の瞬間にはもう突風の如く村の中央を目指して走り出していた。
 攻め込まれたばかりならば普通、村の端へと向かうだろうが、アカラ達の家があるのも中央から大分離れた位置。
 そのためシルバはこちらとは中央を挟んで逆の方から攻め込まれたと考えて中央の広場を一気に走り抜け、そのまま悲鳴の聞こえる方へと走ってゆく。
 次第に悲鳴の数も多くなってその声も大きくなり、それと共に赤い炎がようやく直ったばかりの家々を包み込み、音を上げて燃えていた。

「やれ! 今度こそ徹底的に奴らの戦意を削ぎ落とせ!」

 そんな凄惨極まりない光景の中心には鎧に身を包むオンバーンの姿があった。
 シルバは他の場所には脇目もふらずに走り抜け、あっという間にそのオンバーンの前へ辿り着いて足を止める。

「お前が今回の指導者だな。ならばお前を止める」
「シルバ……まさか本当に噂通り蘇っているとはな……。だがこちらもただで退くわけにはいかんのだよ! 総員! シルバを攻撃しろ!」
「攻撃を仕掛けるのならば後悔するな。まだ加減は出来ないからな」

 オンバーンの号令が響き渡ると先程まで破壊活動を行っていた者達もそれを止め、一直線にシルバの方へと向かってゆく。
 しかし全方位からの一斉の攻撃をシルバはひらりひらりと躱してゆき、代わりと言わんばかりに手刀をその攻撃してきたポケモンへと打ち込んだ。
 鈍い打撃音が響き渡り、手刀を受けたポケモンは宙を二、三度回りながら舞い、そして激しい衝突音と共に地面へと叩きつけられる。
 しかしそのシルバの一撃は今までとは違って当たった瞬間に相手が両断されるような手刀ではなかったが、同時にシルバの言う通りそれを受けて生きているかは不明なほどの強烈な一撃でもあった。
 次々と攻め込む竜達の攻撃を同じように紙一重で躱し続け、代わりに攻撃を行った竜が不自然に宙を舞ってゆく。
 そのポケモンの全てが地面に辿り着いてからもピクリとも動かないため、死んだのかそれとも気を失っただけなのかは定かではないが、少しずつシルバの攻撃を受けた者達の吹き飛ぶ距離が短くなり、その打撃音も小さくなっていく。
 受け流されるようにして荷物へ突っ込む者や軽く足が地面から離れるぐらいの一撃を顎に受けて伸び切り、そのまま倒れるようにして地面に投げ出される者と、少しずつその攻撃は弱くなってゆく。
 戦う中でどんどん加減してゆくなどそれこそ稀有な例だろうが、アカラの言葉を覚えていたシルバは可能な限り殺さないように集中する。

「さあ、ようやくお前で最後だ」
「……化物め!」

 五十以上は居たであろう竜達はその全てが今では地面に転がりピクリとも動かない。
 それを見てオンバーンは顔を強張らせながらそれでもシルバに向かって臨戦態勢を整えた。
 その顔は恐怖も含んでいるが、それ以上に鬼気迫る何かを感じさせる圧があった。
 一瞬の静寂、そして衝撃波すら発生させるような速度で一気にシルバへと近付くが、シルバはそれさえも見切っているのか手刀を振り下ろしているのがオンバーンにも見え、転がるようにしてシルバの攻撃をギリギリ躱す。
 殺気も怒気もないその異質な手刀はオンバーンにとっても軌道が読みにくく、躱せたことが奇跡に近い程だ。
 しかし殺意が籠っていないはずの攻撃は明らかに高い殺傷力を持っており、例えこのオンバーンであっても喰らえばひとたまりも無いだろう。
 また長い睨み合いへと移り変わり、いつどちらが動き出すのかお互いがお互いの動きを待っているような状態になる。

「レイド! 首尾はどうなっている!?」

 次に静寂を破ったのはシルバでもオンバーンでもなく、オンバーンの名を呼びながら現れたドラゴの姿だった。

「どうもこうもない! 見れば分かるだろ!? 俺の部隊は壊滅。俺もこのままじゃ確実にシルバに殺されるだろうな。それで満足か?」
「そいつは悪かったな! こっちだって部隊員は半分も壊滅して無理矢理ここまで突っ切って来たんだ! 少しは有り難がれ!」

 大きく息を切らせたドラゴがレイドと呼ばれたオンバーンの横に並び立ち、二人で視線をシルバに向けたまま皮肉を含んだ会話をする。
 睨み合いの相手が二人に増えてもシルバは決して動かず、ただひたすらに二人の動きを見ていた。
 結局膠着状態になった人数が増えただけで特に何も変わっていないかのように見えたが、少し余裕が生まれたのかドラゴはそこでようやく周囲を見渡した。
 そこら中にレイドの部下達が倒れているが、見たところ全員大きな外傷も流れた血の後も見えなかったため、何かに気が付いたのかシルバの方へ向き直す。

「シルバ! 竜の島遠征戦闘部隊"竜の翼"六番隊隊長、ドラゴだ! お前との戦いの最中、俺の右目はお前の手で奪われた! これを聞いても俺の事を思い出せないか!?」
「確かに俺は少しだけ記憶を取り戻した。だが生憎その中にお前達やこの島の事に関する記憶はない。何を期待しているかは知らんが、話すだけ無駄だ。これ以上この島は攻撃させない」
「やはり……! ということは貴様は今石板を持っているはずだ! それをこちらに渡せ!」
「何故お前達がそれを知っている。それに何故石板を渡す必要がある。渡した所でお前たちのやることは変わらんだろう」
「変わる。少なくとももう俺達がこの島を狙う理由はなくなる! 俺達がこの島を攻撃した……いや、"させられた"理由はその石板だ。手に入りさえすれば攻撃する必要もない!」

 シルバとレイドの間に割り込んできたドラゴはシルバに対して叫ぶようにしてそう告げた。
 俄かには信じ難い話だが、確かに何故かドラゴは石板の事を知っており、それに伴って記憶が戻ったことも気付いていたようだ。

「……いいだろう。石板をお前達に渡す。その代わり今すぐに攻撃を止めさせろ」
「マジか! ドラゴ、それならもう合図を出すぞ!」
「ああ、構わない。シルバ、たった一日の間で何があったかは知らんが、今はただ感謝させてくれ」

 結局その言葉の真偽は確かではなかったが、シルバは戦闘態勢を解いて自身の髪束の中から石板を取り出した。
 その時点でレイドとドラゴは同じように、宣言した通りすぐに戦闘態勢を解いてからレイドは空へ向けてかえんほうしゃを天高く打ち上げ、それを暫く打ち上げるとそのまま止めた。
 レイドがそうして合図を出している間にドラゴはシルバの前へ移動し、シルバの目をしっかり見てから感謝を伝えて右手を差し出す。
 シルバは特にドラゴに対して返事はせず、ただその手に石板を渡しただけだった。

「ドラゴと言ったな。何故戦わなかった」
「言ったはずだ。俺達は石板を奪うために戦っただけだ。石板さえ手に入れば戦う理由はない」
「辻妻が合っていない。何故お前は俺が持っていることを確信していたのに、昨日は俺と戦わなかったのかを聞いている」
「多くを話すことはできない。だが、俺達はただの遠征用の駒であり、俺達はただ奪うためだけに戦っているわけではないとしか言えない」

 シルバの問いに対してドラゴは少しだけ顔をしかめて答え、受け取った石板を見つめる。
 ドラゴの言葉にはまだ不明な事が多すぎるが、シルバはただそうか。とだけ答えた。
 そうしている内にレイドのかえんほうしゃを見てか、周囲には竜達が集まっており、そこら中に倒れ伏したままのレイドの部下達を担ぎ上げている。
 ドラゴの言葉に嘘偽りはなく、既に攻撃は行わずに撤退の準備だけを進めている様子だった。

「シルバ様! そいつらがこの部隊のリーダーです! そいつらを倒せば奴等は霧散します!」

 フレア達が辿り着いたのか、遠くからシルバへ語り掛ける声が近づいてくる。
 しかしシルバは、そのままフレア達がドラゴ達へ飛び掛からないように右手を横へ伸ばして止めただけだった。

「何故です!? あいつらは倒さねばならぬ敵なのですぞ!?」
「それに関しては一応の解決はできた。今ももう撤退するつもりだ」

 シルバの言葉を聞いてフレア達は二重の意味で衝撃を受けていた。
 彼等が本当に撤退の準備だけを着々と整えていることもだが、昨日と今日とで別人のような対応をしているシルバの方が彼等としては衝撃的だったらしい。
 倒れている竜達を次々と担いで逃げるようにしてその場を離れてゆく竜の軍勢など既に眼中に無く、あんぐりと口を開けて三人ともシルバの方を見ていた。

「一体何が……!? というよりもどうやって奴等を説得させたのですか?」
「もうすぐテラ達の方も到着するだろうから、その時に全部話そう」

 かなり困惑した様子のフレア達にシルバがそう告げると、その状況について一応納得はしたのかすぐにその場を離れて火事の鎮火と住民の避難を始めた。
 その頃には倒れたままだった竜達もほぼ運び終わっており、場に残されたのは数名の竜の軍の隊員とレイドとドラゴ、そしてシルバの三人となる。
 周囲も次第に村人達の消火活動や避難誘導の声で騒がしくなり始め、そのままその場にレイド達がいれば騒ぎとなると判断したのか、何か伝えようとしていたがそのまま彼等もすぐにその場を去っていった。
 それを見送ってからはシルバも消火活動の手伝いをし、合流したテラ達もそのまま消火活動にあたったためか、それともそもそもの火を点けられた範囲が狭かったからか、先日とは違いあまり大きな被害は出なかった。
 全ての事態が収まった後でシルバはフレア、テラ達を連れてそのまま村中央の広場へと移動し、彼等全員に自身の身に起きた事を説明してゆく。
 記憶喪失になった事から始まり、"理の出でし洞"で謎の光に出会い僅かながら不思議な記憶を取り戻したことと石板を手に入れた事、そしてその石板を竜の軍勢に渡したことで彼等が引き下がった事、そしてシルバはその石板を集めるために旅に出なければならないことも伝えた。

「そ、そんな大切な物を一時の襲撃を退けるために渡したというのですか!?」
「話した通りだ。渡した所でどうせ全ての島に行かなければならない。その竜の島とやらにも行かなければならない以上、俺が持っていても彼等が持っていても大差無い」
「破壊が目的だったとしたらどうするつもりなのですか!」
「多分大丈夫だろう。加減が分かっていない時に思いっきり握っていたが、砕けることもなかったからな」

 シルバがそう淡々と告げていくとまたしてもフレア達の怒りの矛先はテラ達へと向いた。
 というのも、彼等の言い分ではテラ達がまた戦いに出て守りが手薄になったのが原因だというものだ。
 先日と同じような事を言えばテラ達も同様に同じような事で反論する。
 もしもこの場のシルバが先日と同じだったのであれば事態の収拾はつかなかっただろう。

「先日も言ったと思うが、必要なのはどちらかではなく、どちらも必要だということだ。テラ達が言うように攻撃をそもそも仕掛けられないようにするために先に動くのは大事だ。だがフレア達の言うようにそれで本来守るべき対象への配慮が手薄になっているのでは意味がない。同様にフレア達が言うように守ることは大事だ、だが村だけを守り続けてもこの島の何処かに奴等が拠点を構えればそれこそ終わりだ。連日連夜、いつでも好きな時に奇襲を掛けれるようになってしまう。必要なのはどちらが正しいのかではなく、どちらも相手を信頼してやるべきことをするだけだ。お前達が協力し合えば簡単にできることだ」
「しかし……それでまたあのような惨劇が訪れれば……もう……」
「起きた事は起きた事だ。それにもしあいつらが言っていたことに偽りがなければもう攻められることもないだろう。だがそうでなければまた侵攻が開始される。お前達は何のために戦っているのかをよく考えろ。もしそれが昔の俺に対する贖罪なのだとしたらそんな無意味な事の為に戦うな。今の俺は俺でしかなく、お前達の知るシルバは戻ってこない。必要なのは威厳や意地ではない。今お前達が守っている者達だ」

 その言葉にはとても感情が籠っているとは思えないほど淡々としたものだった。
 しかし、その言葉に込められた意味は彼等の心には十分届いたのだろう。
 ハッとした表情を見せ、そして己の未熟な考えを痛感したのか皆俯いて考えているようだった。
 彼等の考えていたことはシルバの思っていた通りだったのか、少しバツの悪いように視線を泳がせていたが、互いに自分の非礼を詫びて口だけではあるが協力し合うことを約束した。
 それを見届けるとシルバは特に彼等に言葉は掛けずにその場を離れようとし、彼等に背を向ける。
 しかし、何故か視線の先には息を切らせたアカラの姿があった。

「シルバ! やっぱり僕も付いていく!」
「駄目だ。今回のような事が先々で起こる可能性の方が高い。お前には危険だ」
「じゃあどうやってこの島から別の島へ移動するの?」

 アカラを諭そうとしたシルバに、アカラはそう質問した。
 しかし案外これは的を得ていたらしく、シルバは思わず黙ってしまう。

「僕ならどうすれば他の島へ移動できるか知ってるよ! 教えてあげるからその代わりに僕も連れて行って!」
「成程、そうきたか」

 アカラはにっこりと笑ってからシルバにそう言い放った。
 シルバの言葉はそれこそいつも通りのあまり抑揚のない声だったが、その声は確かに笑っているように聞こえた。

「仕方がない。俺には記憶が無いからな。常識や他の人とのやり取りはアカラに任せることにしよう」
「やったー! よろしくね!」

 軽い溜息でも聞こえてきそうなセリフをシルバが淡々と言うとアカラは嬉しそうにぴょこぴょこと跳ねてみせる。
 ひとしきりアカラが跳ねた後、落ち着いた時にシルバは改めてアカラの手を取り、しっかりと握手を交わした。

「これからもよろしくね! シルバ!」


**3:旅の始まり [#u2cxfEN]

 アカラの申し出に半ば折れる形でシルバが旅への同行を了承すると、アカラはとても嬉しそうに持ってきていたカバンをその場に置いて、中から色々と道具を取り出してはシルバへと見せてゆく。
 表情こそ変わらないが、シルバはそれを見ながら必要になりそうな物と必要ではないであろう物を指摘してゆくと、アカラも納得したようにそれらを左右に分けて何故かその場で着々と旅の準備が始まった。

「シルバ様……。差し支えがなければ我々が船の出ている港まで案内致しますが……」
「いや、アカラがやる気である以上あの子に任せる。それにあの子の言う通り俺ではその船とやらも他の島の事も分からない。本人がめげるまでは協力してもらう」

 フレアがシルバへと耳打ちし、シルバ一人でも一応旅立てるように手配しようとしたが、その申し出はシルバ自身が断った。
 楽しそうに準備を進め、ちょこちょこシルバに聞いてくるアカラの顔を見ればとても『連れていけない』とは言いだしにくい。
 それを聞いてフレアは嬉しそうに微笑み、アカラとシルバの意見を尊重することにした。



 第三話 旅の始まり



 アカラの荷物の仕分けが完了するとアカラは不要と指摘された荷物を持って一旦家へと戻り、その間にシルバはフレア達とテラ達にもう一つシルバの考えていたことを告げた。
 その内容は記憶を失う前のシルバも提言していた村を一つに纏めるという提案。
 無論その方が守る場所を一つにし、今まで守りの人員でバラバラに配置していた者達を纏めることができるため、防衛力を強化しつつ防衛で余った人材をそのまま最前線へ移動させれるためどちらも強化することができる。
 しかしその提案はフレア、テラ達六人の意見から実現できないと否定された。
 理由は様々だがまず第一に今から移動させるとなればそれだけの住居とスペースをどちらかの村に確保しなければならない。
 その点に関してはテラ達の治める村ならば、後は家を建てて多少村の規模を大きくすればいい程度なので問題はないのだが、第二の問題として物資の問題が浮上する。
 フレア達の治める村は海岸に接したこの島唯一の港のある村であり、同時に物資の輸送を行っているのもこの場所だ。
 村だけでは手に入らないものや各島との連絡船もここから出ているため、唯一の連絡手段や物流を止めるわけにはいかないため全員を移動させるのならこちらの村だが、残念ながらこちらの村はそもそもの規模がテラ達の治める村ほど大きくなく、海岸であるため住居を増やすとなれば整備にかなりの時間を要することとなる。
 第三の問題は単純である。
 これ以上どんな理由であれ村を失いたくないという全員の想いだった。
 テラ達が元々治めていた村を失った事に対する後悔の念は何もテラ達だけにあったわけではない。
 フレア達も他の島民達も誰もがその出来事に悔しさを感じていた。
 だからこそ考え方を巡って対立してしまったほど、この島に生きる誰もが今生きている村を大切にしているのだ。

「そしてなにより……我々が守る村はシルバ様。貴方が治めていた村です。この村を捨てることは例え貴方の言葉であったとしても我々には譲れないものなのです」

 テラはそう告げ、それでも決してこれ以上村を失わないようにするため、フレア達ともしっかりと話し合い、協力し合うことを誓うと固くシルバに約束した。
 護りたいという想いが強すぎたためこうなってしまっていたのだと分かれば、シルバからもうこれ以上言う事はないと判断し、後の事は六名に任せてシルバもアカラの元へと向かうことにした。
 シルバがアカラ達の家へと戻ると、アカラの祖母が深く頭を下げながらシルバに村を守ってくれたことへの感謝を真っ先に伝え、アカラは嬉しそうに荷物が纏まったことをシルバに嬉々として話してくる。

「オバアチャン。俺は礼を言われるようなことは出来ていない。村をもう一度襲われたのにも拘らず俺は旅に出なければならないし、結局皆が慕っていた"シルバ"としての記憶は取り戻せていない」
「ええ、確かにそうでしょう。ですが、シルバ様は確かに皆を守ってくれましたし、孫のワガママまで聞いていただきましたから。私からお礼を伝えるには十分すぎるのですよ」

 そう言ってまた笑顔で頭を深々と下げてからお礼を言うアカラの祖母に、シルバはただそうか。とだけ返事をして答えた。
 そしてまた別の準備でうろうろとするアカラを余所目に、アカラの祖母は一つだけシルバに嬉しそうに微笑む。

「シルバ様。旅のご無事をこの島から祈らせていただきます」
「アカラの事に関して心配はしていないのか」
「シルバ様がおりますのでこの島にいるよりも安全でしょう。それに……あの子があんなにワガママを言ったのも、あんなに楽しそうにしているのも久し振りのことなんです。ですからシルバ様のご迷惑にはならないようきつく言って聞かせますので、あの子の事をよろしくお願いします」

 アカラは両親が亡くなってからというもの、祖母の言うことをしっかりと聞いて、家事や仕事を手伝うとても優しく真面目な子供だとアカラの祖母は申し訳なさそうに言葉を続ける。
 同じ年頃の子供達は親の仕事の手伝いが終われば遊ぶ時間があるが、既に年老いて体が思うように動かないアカラの祖母ではアカラを遊ばせてやれるほど余裕が無く、それでもアカラの祖母が何かを言う前に黙って手伝ってくれるのだと語った。
 だからこそ多くを我慢させ、心配させ、ワガママも小さな願望すらも口にしないアカラに何かしてあげたかったらしい。
 そんな折、アカラから本当に久し振りにどうしてもシルバについていきたいと祖母へ頼み込んできたという。
 無論、最初は子供が付いていけるような旅ではないとアカラの祖母も考えていたため、絶対に駄目だと言っていたのだが、アカラの必死の説得と家へと戻ってきた時のシルバの様子が出ていく時と変わっていたのを見て、決心したらしい。
 まだまだ荷物を纏めてゆくアカラは遠足にでも行くような感覚なのか、とても楽しそうにどれを持っていくのか悩んでいる様子だったが、シルバとしてもそれでも構わないと考えていた。
 アカラにはこの村まで連れてきてくれたり、"理の出でし洞"までのきつい道のりを案内してもらったりとかなり苦労も掛けたため、急ぐ旅ではない以上多少なりは融通を聞かせても問題はない。
 そうこうする内にアカラの荷物の準備も纏まり、今度こそ旅立つ準備が完了したアカラはシルバと共に祖母に見送られながら村を後にした。
 最終的に荷物はアカラでも背負って歩くことができるぐらいの量に纏まり、長距離でも歩けるようにはなっていた。
 といっても地図や水筒、少しばかりのお金やランプ等、必需品となりそうな物はしっかりと持っており、少しだけアカラの好物であるモモンの実がカバンの中に忍ばせてあるのはシルバも知らない。
 アカラはそんな旅の道中、もう一つのフレア達の治める村、もとい交易拠点となっている港町について教えてくれた。
 昔から他の島と観光や調査で移動するポケモンと、この村の特産品と他の島の特産品を交換する大事な交易拠点であり、最初に村ができた場所でもある。
 アカラ達が居た村はその後、増加した村人が安定して生活や農耕を行えるようにするために島の中央へと移動した後にできた村であるため、規模こそは大きいものの歴史としては二番目にできた村だ。
 そして今回はフレア達から事前に村の者達にも言い聞かせておくと教えてもらっていたこともあり、専守防衛を掲げていた港のポケモン達にもテラ達攻撃思想の村のポケモンが出入りしても問題はないようになっているはずだ。
 ということでアカラとしては久し振り、シルバとしては初めてそのアカラ達の居た村とは違う活気で溢れた村へと赴くこととなる。
 道のりは特に何も問題はなく、数年往来が無かったとは思えないほど街道は整備が行き届いており、十分に道と呼べる代物だったため苦も無く目的地であるフレア達の村へと辿り着いた。
 木々が生い茂り、日差しを程良く遮っていたアカラ達の村とは違い、吹き抜ける潮風と降り注ぐ太陽がなんとも塩梅の良い気温と心を躍らせる光景を二人に届けてくれた。
 建物にも大きな違いがあり、物流拠点でもあるためかこちらの村は建物の多くが石や鉄を使った頑丈な造りになっており、潮風の対策の為かそこかしこに腐食対策が施された、しかし景観を崩さない建物が立ち並んでいる。
 村人も女性よりも男性の方が多く、鎧を身に纏う兵士として警護をするポケモンだけではなく、物資の搬入や搬出を行う屈強なポケモン達が陽気と同じような熱い活気を見せてくれる。

「わあ! 見て見てシルバ! 魚だよ! 久し振りに干物じゃないやつを見た!」
「魚というのか。手や足は何処だ」
「こらこら! それも売り物なんだ。勝手に触るな!」

 魚を手に取ってまじまじと見つめるシルバに店主が文句を言うと、アカラが謝ってシルバから魚を取ってすぐに元の位置に戻すという逆の立場のような光景が繰り広げられた。
 観光が目的ではないためシルバとアカラは少しだけ寄り道をしつつ、本来の目的地である連絡船が出ている港へと向かったのだが……。

「えっ!? 連絡船って今出てないんですか!?」
「何年前の話をしてるんだ? 坊や。竜の島の軍勢が村一つ潰してくれたり、他の島への侵攻が激化したりとかでもう連絡船どころの話じゃないよ。このままじゃ危険すぎるってことで交易船まで出せなくなりそうだってのに」
「坊やじゃないよ! 僕は女の子だよ!」
「えっ?」

 アカラが既に連絡船が出なくなってから数年経っていることに驚き、同じように女の子とは思えないほど元気で活発なアカラに交易船の船員が驚いている後ろで、シルバはいつものようにその光景を静観していた。
 聞く限りでは既に連絡船は出していないどころか船舶はそのまま改修を加えて貨物船になっているらしく、とてもではないが島と島を行き来するための船は今のところ存在しないらしい。
 また海上で船が襲われたという報告はまだ上がっていないものの、もし今後船を襲われれば大量の物資を竜の軍に奪われてしまうことになるため、各島への攻撃が激化しつつある現在は何処も一時的に見合わせた方がいいのではないかという話まで上がっているそうだ。
 そんなことになって物資は大丈夫なのか心配になる所だが、あくまで特産品の交換に近い形であるため、島として生活する分には一応問題は生じないため、そういう決断に至ったのだという。
 しかしそうなるとシルバ達はこのままでは何処の島にも移動することができない。
 このままそこで悩んでいても仕方がないため、一旦シルバ達は船着き場を出て町の中で考えることにした。

「どうしようか。フレア様達に聞いてみる?」
「いや。彼等が考えていたのもおおよそ同じ事だろう。どちらにしろこのままではこの島は出れたとしても他の島での移動手段が無くなる」
「う~ん……なんとかして貨物船に乗せてもらって一緒に移動させてもらえたらいいんだけどね」
「あら? こんなご時世に島の移動をしたいだなんて珍しいわね」

 シルバとアカラが二人してどうするか呟きながら空を眺めていると、通りかかった一人のジャローダがその話を聞いて声を掛けてきた。
 ジャローダの言う通りアカラの常識も既に古く、数年前に連絡船の無くなった時代に島間を移動したいなどと呟くのは確かに珍しい事だろう。
 故に気になったのかそのジャローダはアカラに事情を詳しく聞き、にっこり笑って答えた。

「なるほど……。つまり世界の終わりが近付いてるから船に乗せて島々を巡らせてー! ってこと? 悪いけれど、冗談でもそれ船着き場の人に言ってないわよね?」
「えっと……うん。まだ言ってない」
「まだ、というか言っちゃダメ。そんなこと言われて信用する人がいると思うの?」
「えー! 信じてくれたわけじゃないの!?」
「信じるわけないでしょ。世界の終わりが近付いてるってのはまあ、大体何処の島を見ても竜の軍勢の話で持ちきりだしそこだけは信憑性があるけれど、実物もないその石板だっけ? を集めれば防げるなんてそんな与太話通じないわよ。しかもあなた達みたいな無表情で何考えてるか分からないゾロアークとちっちゃなザングースの坊やっていう変な組み合わせじゃあねぇ」
「だから坊やじゃないって! 女の子だもん!」
「えっ」

 ジャローダは二人の話を真面目に聞いていた風だったが、実際はその話を聞いてはいたが微塵も信じていないようだった。
 アカラが女の子だと分かり、あまりにも反応の無いゾロアークと行動を共にしているということで、ジャローダは思わずゾロアークの方を訝しんだが、そこはアカラが全力で否定したおかげで一応事なきは得た。
 その後も暫くそのジャローダと話していたのだが、聞く限りだとどうやら話自体は信用していないものの、そのアカラの話に興味が無いわけではないという事も分かった。

「というかあなた達、そんな無計画なままで旅をしようとしてたの?」
「だって島から出たことないもん」
「俺は記憶喪失らしいからな」
「らしい……って。まあなんでもいいわ。あなた達の話が本当だとしても嘘だとしてもまあなにかしら話のネタにはなりそうだし、あなた達の旅を記事にしてもいなら同行するって形で一緒に船に乗せてあげてもいいわよ?」
「え!? あなた船長さんだったの!?」
「違うわよ。そんなにいかつく見える? 私はジャーナリスト。各島々で起きてる出来事を記事にして情報共有を行えるようにする貴重な人材よ」

 そのジャローダはそう言って首元に掛けていたカバンから小さな手記とペンを首元からこれまた器用に伸ばしたツルで取り出してそれっぽく格好をつけてみせる。
 シルバは元よりアカラもそのジャーナリストというものがどういうものかは知らなかったが、アカラはとにかく気に入ったのか目をキラキラと輝かせながら彼女を見つめていた。
 結局アカラがかなり興味を持ったらしく、シルバとしても断る理由が無かったため二人の旅路を記事にすることに了承した上で彼女が旅に同行することをとなった。
 彼女はチャミと名乗り、まだ連絡船が往来していた頃からずっとジャーナリストを続けているベテランであるとの事だった。
 ベテランである彼女曰く、容姿はインタビューに必要なスキルであると言うだけあり、ロイヤルポケモンの名に恥じないすらりと美しいボディラインと緑の身体に相対的な大きな赤い瞳がより映えるようにうっすらと入れた紫のアイシャドウと尻尾の先に付けた小さなリング、使い込まれた様子が分かる茶色のカバンとベージュの小さめのトレンチハットを身に着けており、上品に纏まっている。
 言葉遣いも人当たりの良い感じで話しかけやすく、相手にも話しやすい間を与える辺りは正にベテランといった様子だ。
 が、残念ながらそんなものアカラとシルバには微塵も分かっていない。
 アカラはただただカッコいい大人の女性としか見ておらず、シルバは船での往来ができるようになればそれでいいとしか考えていないのが実情だ。
 そのままチャミを新たに加えたシルバ一行はすぐに船着き場へと戻り、チャミのアシスタントとして紹介してもらった事で貨物船に乗船することがようやく許可された。
 無論、ジャーナリストを自称する不届き者がいる可能性も大いにあるため、チャミが持っているジャーナリストの証明書となるネームプレートを見せる必要があるため、例えアカラ達が自称したとしてもジャーナリストとしては認められず、不正移民や竜の島のスパイと疑われただろう。
 なんとか船に乗ることも無事叶い、ようやく快適な船旅が始まるのかと思われていたが、勿論そんなこともなく貨物船であるこの船に乗せてもらう代わりに荷物の搬入と搬出を手伝うのが条件であるため、シルバは重たい荷物を運びこみ、アカラは子供でも持てるような軽い物を運び込む手伝いをした。
 荷物の搬入もようやく終わり、今度こそ沢山の物資と乗員、そしてシルバ達以外にも何名か見える乗客を乗せて船は島を離れてゆく。

「そういえば一つ伝え忘れてたけれど、この船はあくまで貨物船で私達はそれに同乗させてもらってるだけだから行先は今の荷物を届ける先の島になるわよ。確かこの船は『鳥の島』に向かってるけれどあなた達の目的の島ってどこ?」
「今のところ特に決まった目的地はない。鳥の島で石板の回収が出来れば、次以降の目的地が獣の島か鳥の島以外の島になるというだけだ」
「あらそうなのね。私の場合は行った先で手に入れた情報の交換を行うだけだから、特に行先を気にする必要が無かったから忘れてたけれど、それなら特に問題はないみたいね」

 割と重要な事を伝え忘れていたチャミは普通に思い出したようにシルバ達にそのことを伝えたが、幸いにもシルバ達も今のところ目的地に特にこだわりはないため事なきを得た。
 船が海上に出てからは帆船の帆が一杯に張るほどの良い風が吹いており、天気も快晴そのもので航行には何の支障もなかった。
 チャミ達ジャーナリストも船上では特に手伝うこともなく、経験や連携が必要な船の運航は船員のみで行われ、乗客達は船着き場に付くまでの一時の休息が訪れる。
 アカラとシルバはこれが初めての船旅であり、アカラは甲板の縁に掴まってピョンピョンと跳ねながらその感動を全身で表現していた。
 シルバはやはり特に反応はなく、無反応にアカラの傍で誤ってアカラが海に落ちないように見つめ、チャミは二人から一旦離れて風の吹きこまない船内で、手に入れた情報を纏める作業を行う。

「ねえねえ! シルバ! 見て! すごいよ! 何処までもずーっとずーーっと海だよ!」
「そうだな」
「えー。こんなに凄いのにそんな反応ってことはシルバは海見た事あるの?」

 ぴょこぴょこと耳も体も跳ねさせながら嬉しそうに、ただ同じ光景の続く海の端を見つめながらアカラはシルバに聞いた。
 勿論記憶喪失であるシルバはそんな景色を見たこともなければ、少しだけ戻った記憶の中にも海の記憶など微塵も見当たらない。

「いや、俺も初めて見た。そもそも島の時点で記憶を失っている俺からすれば初めて見るものだ。どういうものかしっかりと理解して対応する方法を考えることで必死なぐらいではある」
「そういうのじゃなくてさ! 感動とか興奮とか、こう……心が飛び跳ねるような感覚ってないの?」

 アカラを祖母から任された身であるシルバとしては、アカラの身の安全は最優先の事項であると考えているため、どんな状況でも守れるように考えている。
 しかしそれ以外のこととなると何の感情も浮かんでこない。
 アカラの言う通り普通初めての航海ならばなにかしらの感情を覚えるだろう。
 少しの間シルバなりに心の飛び跳ねる感覚というものを考えてみたが、浮かんでくるのはどうしても合理的な考えばかりだ。

「……分からない。初めて見るものを前にした時、そういった考えが浮かんでこない。ただそれにどう対応するのか、どういう風に利用できるのか。そういう考えしか頭に浮かんでこない」
「そっか……ごめんね、シルバ」
「何故謝ったんだ」

 シルバの言葉を聞いてアカラは風船がしぼんでいくようにみるみるうちにしょんぼりとしてしまう。
 その様子を見てシルバは謝った理由をアカラに聞いたが、アカラは少しだけ遠くの景色を見つめてから話し始めた。

「シルバ様は……よく笑うし、よく皆を笑わせてくれたし、誰かに悲しい事があれば一緒に泣いてくれて、どうしても許せない事があれば一緒に怒ってくれて、僕達がやっちゃいけない事をした時は怖かったけれど、その後必ず優しく叱ってくれたんだ……」
「それに関しては俺ではどうすることもできない。だからこそ言ったはずだ。俺に期待するなと」
「ううん。今も期待してる。だってあの時、シルバが石板を手に入れてから、確かにシルバ様だった時と同じ優しさを感じたから……。だからさ! 多分石板を集めれば、少しずつシルバ様に戻っていくと思うんだ! 全部集まったらもう一回一緒に旅をしよう! 思いっきり笑って、たくさん感動して、いっぱいこれからの為の思い出も作ろう!」

 しぼんだ蕾が一気に開くようにアカラの顔には一気に笑顔が溢れてゆき、シルバに嬉しそうに伝えた。

「アカラがそういうのなら、そうしよう」
「僕が言うからじゃなくて! シルバはどうしたいの?」
「言った通りだ。俺には分からない。だからそういうことはアカラが教えてくれ」

 アカラの言葉に返したシルバの言葉は淡々としたものであることに変わりはない。
 しかしその言葉には見えないシルバの微笑みが、アカラには確かに見えた。
 もう一度ぴょこぴょこと跳ねながら喜んで、甲板の真ん中辺りまで走ってからシルバの前へ戻ってきて、スッと小指を差し出した。

「約束だよ! この旅が終わったら、もう一度今度は楽しい旅をしよう!」
「ああ」

 差し出された小さな指にシルバの大きな指を重ね合わせるように乗せ、その指をアカラが絡めてしっかりと約束を結んだ。
 そうこうしている内に随分と時間が経っていたのか、船の行く手にはうっすらと島の輪郭が見えるようになっていた。
 次第に近付いてきたその島の全景はアカラ達の居た獣の島とは違い、島の中央に天を衝くような太く大きい樹がそびえ立っている。

「なにあれすっごーい……」
「樹……もうあれは樹なのか?」
「あれは"世界樹"と呼ばれている鳥の島を代表する樹よ。見たことなかったらビックリするわよね」

 港に船が着けるようになるまではまだもう少し時間がある状態だったが、それでもその樹の存在感は凄まじく、これには流石のシルバもただただその見えない頂上を見つめるほどだ。
 その存在感に薄れがちだが、島の周囲は全体的に断崖と岩場になっており、見た目はさながら自然の要塞といった出で立ちとなっているため船や海中からの侵攻は難しいだろう。
 また世界樹以外にも高い木がそこかしこに生えており、その周囲には名前の通り飛行タイプのポケモン達が旋回していることもあり自然の物見櫓とその監視役となっている。
 正に鳥ポケモン達には住みやすく、守りやすい最高の立地となっているようだ。
 そのためか島の港に着くとかなりの活気で溢れており、獣の島ではあまり見かけなかった野外での演目も執り行われている。
 艶やかな舞や見るものを夢中にする大道芸、それ以外にも叩き売りなどの販売も行われており、まるでお祭りでも行われているかのような盛り上がりだ。
 勿論そういったものを初めて見るアカラは既に興味津々で、勝手に走り出さないように抑えるだけで一杯一杯といった様子だった。

「ねえシルバ! あれ見よう! いいでしょ? 一緒に見よう!」
「残念だけれどそれは止めておいた方がいいわ。多分、今なら子供相手でも容赦無しでしょうしね」
「どういうことだ」

 先に行こうとするアカラを止めたのは意外にもシルバではなくチャミの方だった。
 寧ろシルバの方は手を引かれるままにアカラに付いていこうとしていたのだが、そんな二人の前にチャミはツルを伸ばしてそれ以上行かせないように制止する。
 シルバの問いかけに対して、チャミはそのツルをそのまま自分の方へと引き戻す途中でクイクイッと手招きするように動かしてからその場を移動しだす。

「あの舞台の観客、全員が鳥ポケモンだったでしょ? 今のこの島では鳥ポケモン以外のポケモンは下手なことしないように。そうしないと……ああいう風になるわ」

 表通りを抜けて裏路地へと続く脇道に逸れた際に、チャミは二人だけにしか聞こえないように小さな声で喋り、そのまま裏路地の先をこっそり覗くようにツルで示した。
 その先に広がっていたのは華やかで活気溢れる表通りとは真逆の光景。
 悲鳴と呻き声が聞こえ、それを掻き消すように鞭の音と狂気に満ちた笑い声が聞こえる目を疑いたくなるような光景だった。

「酷い……なんであんなことを……」
「"みせしめ"よ。数年前まではこんなことなかったんだけれど、竜の島からの侵攻が激しくなってきた時にこの島を治めている伝説の三鳥と呼ばれているファイヤー、サンダー、フリーザーの三人がこの島を窮地から救ってくれたの。そこまではよかったんだけれど、それ以来鳥ポケモンが島の警備を行うようになって力関係がおかしくなったの。鳥ポケモンが正義であり全てで、それ以外のポケモンはまるで奴隷のように扱われてる」
「理由は分かるが理屈が分からん。警備を買って出ただけであり、鳥ポケモン以外の島民が低く扱われる謂われはない筈だ」
「シルバの言う通りこの圧政はおかしい。でも、この島を護るために本気で戦って、そして命を落とす鳥ポケモンがいることも事実。だからこそ命の危機の無い他のポケモンがただ感謝してくれて、様々な支援をしてくれるだけじゃ不公平だとどんどん傲慢になった結果がこれよ」
「理屈云々ではなく、自分達の申し出がいつの間にか枷になり、忘れた頃にそれがただの重荷になって逆恨みをしだした……と」

 その光景を見て、アカラはただただ言葉を失って口元を手で押さえていた。
 シルバとチャミはその光景を冷静に見ながら、現状やそうなった原因を分析しつつ状況を把握してゆく。
 そのままシルバとしては気になることをチャミに聞きたかったが、これ以上はアカラには刺激が強すぎると判断したことと、このままこの場で会話を続けていることが鳥ポケモンにバレた際のリスクを考え一旦場所を移動することにした。
 まだ日は高かったが、その日は慣れない船旅と衝撃的な光景を見せられたこともありアカラが既に疲労困憊といった様子だったため、今後について語るついでにアカラを休ませるために早めに近くの宿を取ることにした。
 併設された酒場の客も大半は鳥ポケモンであり、シルバ達もジャーナリストであることを証明することで渋々宿を貸してもらえたほどであり、この島での差別はかなり酷い状況となっているのが窺える。
 部屋に付くまでの間、シルバ達一向に突き刺さるのは鳥ポケモン達からの明確な敵意を持った視線ばかりであり、部屋に付くと同時にアカラは精神的に既にかなり参っていたのか倒れこむように眠りに就く。
 シルバとチャミはそのまま今後について話し合おうかと考えたが、シルバが既に左右の部屋からの気配を感じて話すことを控えるよう提案し、筆談という形で相談することとなる。
 この島での目的は当初であれば島民に石板に関する情報を聞いて石板を入手することだったが、シルバはこの様子ではとてもではないがそんなことを聞くことは出来ないだろうと判断し、当初の計画が使えなくなったことをチャミへ伝えた。
 そこでチャミは自身の立場やこれまでのキャリアからそれとなく島の事をインタビューする際に石板に関して知っていることを断片的に聞いていき、最終的な答えではなく、辿り着くためのヒントを得るようにすることならば怪しまれることもなく質問でき、チャミの本来の仕事も完遂できるだろうと答える。
 直接答えが得られない事はかなり面倒ではあるものの、チャミの言う通り遠回しであったとしてもヒントが得られれば島全体を探す手間は省けるため、それが妥当だろうとシルバも判断し小さく頷いた。
 一先ずの目的が決まったことでまだ休むには早い時間であるため、シルバとチャミは折角ならば早めに動くことにするかと考えたが、アカラを一人置いておくわけにはいかないと判断したシルバはアカラと共にその場に残ることにし、チャミは一人で島民へ近況のインタビューを行いつつ石板に関するヒントを探してくることとなった。
 二人残されたその部屋はまだ昼の活気溢れる雑音とアカラの寝息だけが聞こえる空間となる。
 だがしっかりと耳を澄ませば聞こえてくるのはこの部屋へ聞き耳を立てる者達の声や、シルバ達への恨み辛みの悪態ととてもではないが聞いているだけで気が滅入りそうな言葉たち。
 シルバはそれを聞いた後、安らかな表情で眠るアカラを見つめて少し考えた。
 最初こそ、悩みつつもアカラが自分の旅に同行することをシルバは許した。
 だが、それはあくまで考えられる脅威が竜の軍勢だけであり、それ以外の障壁は無いと考えていたからだ。
 実際はまだ一つ島を巡っただけでこれほどまでに嫌な格差社会を見せつけられ、アカラはショックで途中から笑顔を失うほどきつい現実を見せつけられたこととなる。
 もしもこの先も同様の事態が考えられるのであれば、やはりアカラにはこの旅はただただ辛く、童心で耐えられないほどの苦痛を与えられる日が来るだろう。
 そうなった時、戦う事でしかアカラを守ることができない今のシルバではアカラの心が傷付くことを防いでやることができない。
 口にこそださなかったが、シルバは迷っていた。
 既に航行するための協力者であるチャミがいる以上、彼女の協力を得てシルバとチャミのみでこの先も旅を続けるべきか、アカラの意見を尊重するべきなのか。
 答えを出すべきなのはシルバ自身であることが分かっていたはずだが、無理強いすればアカラは結局傷付くだろう。
 だからこそシルバは答えに迷い、同時にアカラの言う心が飛び跳ねる感覚というものが理解できないことがその迷いを助長させた。
 一方その頃、チャミは周囲のポケモン達へ愛想良くインタビューを行っていた。
 流石に手慣れているのか、鳥ポケモンへインタビューを行う場合は必要以上にへり下ってごまをすりながら話を聞き、それ以外の島民へ話を聞く場合は耳元で囁くように話して周囲に聞かれないように話を聞いてゆく。
 そこで一つ分かったことが、チャミが知っていたこの島の現状が更に悪化していたという最も聞きたくなかったであろう話だ。
 なんでも竜の島からの侵攻がこの数日で更に激しくなったらしく、鳥ポケモン達は毎日のように戦闘に出向いているらしい。
 そのせいでかなり気が立っており、些細な事で周囲へと当たり散らす者が増えているらしく、鳥以外のポケモンはおろか鳥ポケモン同士でのいざこざも絶えなくなってきているとのことだった。
 しかも他のジャーナリストが鳥の島の住人に伝えてしまったのか、獣の島が竜の軍勢からの侵攻の手が止まった事を知り得てしまい、より獣型のポケモンに対する風当たりが強くなっているようだ。
 シルバはまだしも、もしアカラが一人で行動していれば八つ当たりされるのは間違いないというほどで、鳥ポケモンの中からも流石に行き過ぎではないかという声が上がるほどだという。
 そして同時に石板に関する有用な情報も得ることができた。
 なんでも最近、この島のご神木でもある"世界樹"の更に上、その頂にこの島の護り神であった伝説の鳥ポケモンが戻ってきているのではないかと噂されているらしい。
 その理由が時折陽が沈む時に揺らぐ夕日が、鳥のように羽ばたいて見えるらしく、不思議に思ったファイヤーのホムラが頂を確認しに行ったところ、不思議な石の破片らしき物を見つけたとのことだった。
 しかし残念ながらその欠片は触れようとしても触れることが出来ず、陽が沈むと同時にその欠片はまるで陽炎の如く消え去るため、それを手にすることができる者がいないか探し回っているということだ。
 その頂の名は"陽光還る頂"と呼ばれ、昔は一日の終わりには太陽が燃える炎の鳥の姿へと変わり、その頂で眠ることで光影の神が夜を見守るために目覚めると伝えられていたそうだ。
 こちらも同様に竜の島からの侵攻が始まり、島が動乱で神を祀ることが難しくなった頃からその姿を見なくなったらしく、どのような姿か正確に覚えている者は少なく、知っている者も既に老人ばかりになっている。
 チャミが老若男女問わず手当たり次第にインタビューを行ってくれたおかげでこれらの情報を手に入れることができ、同時に石板へのヒントどころか答えが分かることとなった。
 それを聞いてチャミは笑顔で表通りを抜けてゆき、何故か町の外へと向かったどころか手入れもされていない雑木林の中へと滑り抜けるように進んでゆく。
 細く長い蛇の身体を巧みに動かして木々の隙間を縫ってゆき、到底誰かが通ったとは思えないルートを使って岸壁まで辿り着き、手記に何かを書き込むとそのページを破いて取り、細長く丸めて小さな筒に入れて崖に沿って落ちるようにそっとその切れ端の入った筒を落とした。

「"石板は世界樹の頂に有り。しかし現状物理的に触れる事叶わず。入手できるようにする方法を探る。次の報告を待たれよ"……か。てことは僕達もうしばらくここで待機かぁ……。寒いからこそっと上に登っちゃおうかなぁ」

 チャミの落とした筒が一度頭に当たって跳ね、それで目を覚ましたポケモンが大きな欠伸をしながらその筒の端を左から生えた首で咥え、右からも生えた首で筒の蓋を外し、中身の紙を軽く咥えてその中身を読んだ。
 僅かに波飛沫が届く岸壁の暗がりに、その体色を溶かすようにして潜む大きなポケモンは紙の内容を読んでぽやんとした眼のまま誰かに呟く。
 暗がりに潜むそのポケモンは、同じく暗がりに無数に潜んでいる他のポケモン達に提案していたのか、皆一様に口には出さず、頷いたり首を横に振ったりして返事をしているようだ。

「う~ん……。寒いし、バレなかったら大丈夫だろうからこそっとよじ登ろうか。草むらでじっとしておこう」

 そう呟くとその黒い巨体をぬるりと暗がりから現し、崖にへばりつくようにして登ってゆく。
 他の暗がりに居たポケモン達は最初こそ首を横に振って抗議していたようだが、登っていって暫く経っても戻ってこなかったからか皆連れられて壁を舐めるようにして登っていった。
 そのまま最後の一匹まで全員がそのまま近くの草の茂みの中へと入りこみ、またその周辺は何事もなかったかのような静けさを取り戻す。


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 時は経ち既に日暮れ、ずっと眠っていたアカラは元気こそ有り余っている状態だったが、周囲の異様な空気を敏感に察知して静かにシルバと二人で並んでベッドに座っていた。
 結局チャミの手に入れた情報も昼同様聞き耳を立てている者の気配をシルバが感じ取ったため、筆談を用いて昼の間に得た情報を二人に伝えた。
 状況こそ芳しくないものの、既に石板の在処すら分かっており、恐らくシルバがそこへ辿り着きさえすれば石板は手に入るだろうという事をアカラがチャミに伝える。
 それと同時にシルバ自身が必ず全ての島を回る必要性があり、他の者と手分けして石板を探すことが不可能であることも判明したため、今後ともシルバは島々を移動するためにもチャミと行動を共にさせてほしいと改めてお願いし、チャミも同様に快く引き受けた。
 そしてチャミから明日以降の行動について提案される。
 提案というのはこれまで通りシルバとチャミは一緒に行動し、可能であればこの島にもまだいる穏健派の鳥ポケモンを味方に引き入れてほしいとのことだった。
 その際、チャミは本来の仕事であるジャーナリストとしての仕事を果たさなければならないため、一度仕入れた情報を広報局に持って行ってそれが終わればこの島でのシルバが必要な情報だけではなく、他の島としても必要な情報を集め、次の島の広報局へ売りに行く情報を集めるとのこと。
 つまり船に乗る際は助手として、それ以外は互いの目的の為に行動を行い、シルバ達の目標が完遂できた場合、島を移動するついでにそれを元に一つ冒険小説でも執筆できればいいという考えらしく、終わったら詳しく話を聞かせてほしいとのことだった。
 他の島での知識がない分、シルバ達としては知識者であるチャミの協力を得たいところだったが、広報局は関係者のみ出入りができるため今のところ正式な登録をしていないシルバ達は立ち入ることが出来ず、島の現状を考えるのならば獣の島から来たシルバ達と行動を共にするのは情報収集の観点で言うならば悪手であるため、別行動を行うのが正しいだろう。
 一先ずはアカラも気を引き締め、シルバが周囲を警戒しながら協力してくれそうな者を探すことでその日の話し合いは終わり、皆眠りに就くことにした。
 翌日、流石に寝起きだったアカラは眠るのが難しかったのか眠そうに眼を擦っていた。
 シルバとチャミは船旅での疲れは十分に癒えたようで、しゃっきりとした表情で朝を迎える。
 結局宿を出ても周囲の敵意の視線は拭えなかったため、宿から離れてまた町の活気のある中央街まで抜けたところで別行動をとることにした。
 昨日と同じ活気、昨日と同じ笑顔のはずなのだがアカラには既にそれらの活気や笑顔が鳥ポケモンだけのものであり、他の種族のポケモン達の笑顔は目が笑っていない事に気が付いてしまった。
 それが見えるととてもではないが同じようにその街を歩くことが出来ず、静かにシルバの爪を握る手に力が籠る。

「大丈夫だアカラ。今日の目的はその協力者となりうる鳥ポケモンを探すだけだ。あからさまに危険な場所へは踏み込まないし、恐らくこの町を出ることもないだろう」
「僕……ワガママだって分かってるんだけど……。一度この町を出たい……」

 他人が信用できなくなったことなどアカラとしては初めての経験だろう。
 既にシルバの爪を掴むその手は小さく震えており、耳は常に下へ垂れている。
 町の中の方が恐らく安全ではあるが、アカラの精神状況を考えるならばその常に視線の降り注ぐ町中にいる方が危険だと判断し、シルバは分かった。とだけ呟いて震えるアカラを抱き上げて町の出口を目指して歩いてゆく。

「あら? その子大丈夫ですか?」

 そうシルバの足元から声が聞こえ、シルバが足を止めて足元を見ると、小さな茶色の鳥ポケモンが心配そうにこちらを見上げていた。

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