#include(第二回短編小説大会情報窓,notitle) written by [[多比ネ才氏]] とろり。 仰向けになった僕の鼻に垂れてきた液体は、白くて粘性を持っていて、そして独特の香りを放っていた。顔全体に満遍なくかかってしまっているそれは前脚で擦っても取れずに、かえって体毛に絡み付いてしまう。僕は体温が高めの種族だから早く取らないと乾いて取り返しのつかない事になってしまうのだけど、残念ながらタオルもティッシュも用意するのを忘れていたから拭く事もできない。 しまった。と、そう思ってしまうのは心のどこかにやましい気持ちがあるからなのだろうか。いや、これぐらいの事でやましさを感じる必要はないだろう。第一、こういう事は堂々としなきゃいけない訳ではないし、むしろ隠れて行った方がいい事だ。だから、別に何も心配しなくていいはずだ。 でも、こんなところを誰かに見られたら……。そんな気持ちが焦りを生んで、毛並みの奥を湿らせる。 「あー、どうしよ……」 いっそシャワーを浴びるという手もあるのだけれど、僕はあまり水を被るのは好きでない。体温を上げてすぐに乾かす事は出来るのだが、自慢のもふもふとした毛並みは水を沢山含んで重たくなるし、そもそもタイプ的に抵抗がある。とはいえ、このまま放っておいたら肝心の毛が傷んでしまうだろうし、誰かが来てしまうかもしれないし。 「仕方ない、よね」 洗い流すしか無いという結論を出した僕が腹をくくってお風呂場に行こうと思った。丁度そのタイミングで。 「……お前、こんな所で何してんだよ」 「え」 突如、耳には聞き慣れた声が、視界の端には黄色い物体が入り込んできた。 #hr 「つまり、お菓子を作ろうと思って生クリームを泡立ててたら、脚が滑って床に倒れて、更に顔に生クリームが降り注いだと」 「うん。シュークリームでも作ろうかと思ってたんだけど……」 キッチンの中を右往左往する僕の前で床にお座りしているのは、双子の兄にあたるトゲトゲな毛並みの塊。それは呆れたような視線をぶつけながら、まるで「お前は何がしたかったんだ」とでも言いたげな表情で僕を見てくる。 「……あのな、俺らはマスターみたいに二足歩行しやすい体型でもなけりゃ手先が器用な訳でもないんだぞ」 「そんな事分かってるよ。でも、どうしても作りたかったの」 因みに、目の前の棘毛玉が濡れ布巾を持ってきてくれたから顔にかかった生クリームはきれいに落としてある。今はシュークリームを作るのに使った道具を片づけている最中だ。四足歩行でしかも背が低めな僕にとってはかなり骨の折れる作業なのだけど、自分で使った物は自分が仕舞わなきゃいけない。 「お前も物好きだな。そんなに苦労してまでわざわざ手作りする必要なんかあるか? それに、確かお前甘い物は苦手だっただろ」 溜め息混じりに放たれたその言葉に僕の動きが一瞬止まる。その指摘は出来ればされたくなかったのだけど、訊かれたら無視する訳にもいかない。 「お兄ちゃんは、甘い物が好きでしょ」 「……え?」 僕がぽつりと返した音にきょとんとしながら、お兄ちゃんは間抜けな声をあげて僕の目を見た。もしかして、明日が何の日か忘れているのだろうか? 「明日、僕らの誕生日だよ」 「……」 僕はそれだけ言って、お兄ちゃんから目を反らして調理道具の片付けを再開した。 今の僕は、きっと悲しい顔をしている。 本当はプレゼントは秘密にしておいて、当日にびっくりさせるつもりだった。渡して喜ばせて美味しいって言われた後に「ありがとう」って言われたかった。だから材料も秘密に買ってきたし、いつもお兄ちゃんが昼寝をしているこの時間に作っていたし、レシピも何度も見返してたんだ。 だけど、無理だった。一応完成はしたのだけど、生地は不格好だし焦げ気味だし固いし、作り直そうとしてクリームを泡立ててたらひっくり返しちゃうし、お兄ちゃんには見られちゃうし。 「……てことは、これは俺にくれようとして作ってたやつなのか?」 そう言うお兄ちゃんの目線の先――テーブルの上には、皿の上で自己主張をする失敗作のシュークリーム。僕はそれに答えずに、黙々と片付けを続ける。 いくら頑張ったって、失敗作は渡せない。失敗作のプレゼントなんか渡せない。 いくら想いを込めたって……渡せないんじゃ、意味がない。 じわり。 目頭が何故か熱くなって、瞳が徐々に湿ってくる。それをお兄ちゃんに悟られたくなくて、ボウルを片付けるのに手間取っている風を装いながら背を向ける。そうしてる間中、目が帯びていく熱はどんどん高くなって、ひとつ、またひとつ、雫がほっぺを伝っていく。何で泣いているのか分からない。何が悲しいのか分からない。何をしたかったのか分からない。 なのに。 「シュークリームにしては、少し固いんじゃないか?」 その言葉にはっとして振り向くと、お兄ちゃんはいつの間にか椅子の上に座っていて、その目の前には半分くらいに欠けた不格好なシュークリームが。 「きっと焼きすぎたんだろ。だから生地が不格好な上にパリパリになっちゃって口当たり悪いし、焦げてるせいで苦味もある」 「それ、だって、失敗しちゃったから……っ」 「でも」 自分の失敗を咎められているようで、悲しさが更に増しそうになったところで。 「甘くて――美味いよ」 いつもクールで滅多に笑顔を見せないお兄ちゃんが、そんな事を言いながら、笑った。 「……え……」 「そうだ。ちょっとこっち来いよ」 状況を上手く把握出来ていない僕にはお構いなしに、お兄ちゃんは椅子から降りるとキッチンを出て行った。その後を急いでついて行くと、到着したのは僕らがいつも寝室に使っている部屋。 「この前町に行った時に拾ったんだ。本当は明日渡そうと思ってたけど……」 そう喋りつつクローゼットを漁る黄色い後ろ姿を見ながら、やっぱり僕の思考回路は混雑したままで。一体何を拾ったのか、何を渡そうとしているのか、なんて事は頭に入って来なくて、代わりに「美味い」という言葉だけが頭をぐるぐる回っていた。 失敗したのに、美味しい訳ないのに、どうしてお兄ちゃんはあんな事を言ったんだろう。どうして笑ってたんだろう。 「ほい」 そんな事を考えているうちに探し物を見つけたようで、僕の前まで来たお兄ちゃんはくわえていた何かを僕の足元に置いた。 「これって……イヤリング?」 僕とお兄ちゃんの間で光るそれは宝石のあしらわれた2つのイヤリングで、片方は赤い炎が、もう片方には黄色い稲妻の装飾がされていた。 「ああ。こっちの炎の方、お前に似合うと思ってな。だから、これは俺からの誕生日プレゼント」 そう言いながら右前脚で赤いイヤリングを僕の方に押し、お兄ちゃんは笑った。……それに比べて、僕は。 「……ぅ、えぐ……っ」 「お、おい、なんで泣いてんだよ?」 プレゼントを貰えたのが嬉しくて、そして渡せない自分が惨めで。 「だ、って、お兄ちゃんは、こんなにすごいのくれたのに、僕は何も……!」 「お前……」 お兄ちゃんは僕と違って完璧だから。落ち着いていて万能で実はすごく優しくて、双子なのに僕とは大違いだから。だから、いくら僕がお兄ちゃんを大好きでも、お兄ちゃんも僕を好きでいてくれても、想いを形にして届けないと離れていっちゃいそうで……なのに、それに失敗しちゃって。 涙がぼろぼろ零れる。嗚咽が喉につっかかる。目蓋を開ける事が出来ない。顔を上にあげれない――。 ――コツン。 「――え」 額に何かがぶつかった感触がして、恐る恐る目を開ける。すると、視界一面に黄色い景色が広がった。 「お前の気持ちは届いてる。だから、泣くな。……お前が、どれぐらい俺の事を好きなのかは分かってる」 額同士を合わせた状態で、お兄ちゃんは笑った。至近距離で瞳に飛び込んでくる微笑みに、僕の涙は自然と引っ込んでしまう。 「でも、僕は何も渡せてないし……」 「大事なのは『何を渡したのか』じゃなくて『お前の気持ちが俺に届いたか』だろ。俺はお前が頑張ってたのも、それが俺の為だってのも知ってる。だから、お前の想いも伝わってる」 それだけ言うと、お兄ちゃんはすぐに真顔に戻って僕に背中を向けた。黄色い方のイヤリングをくわえて部屋の扉の方に歩いていく。 「片付けまだ途中だっただろ。シュークリームも食べたいしキッチンに戻るぞ」 前を向いたまま放った僕への言葉は、何故か少し上擦っていて。それに、そのまま僕を待たずにすぐ部屋を出て行ってしまって。 僕はまだまだ仔どもだけど、その挙動の意味が分からない程ではない。 「…………」 美味いって言ってくれたのが本心なのか、それとも気を遣ってくれたのかは分からない。 でも、プレゼントをくれたり、普段はあまり見せない笑顔になったり、額をくっつけて落ち着かせてくれたり――それが全部、僕のためにしてくれている事だなんて。 それは、とてつもなく嬉しい。 「…………ありがとう。お兄ちゃん」 でも、このままだとちょっと悔しいから、後でいきなりキスでもして驚かせようかな。 ――Fin.―― #hr ~おまけ~ 「ねえ。本当に美味しいの? そのシュークリーム」 「ん。ああ、美味いけど」 「だけど外側焦げてるし。お兄ちゃんもそれは指摘してたじゃん」 「まあ、確かにシュー自体の出来は、な。……でも、クリームがそれを打ち消すぐらいに甘いから問題ない」 「……それって、シューが苦くなかったら甘過ぎたって事?」 「…………」 「…………」 「……でも、お前の想いが凄く込められてる。そういう味がするから、美味いよ」 「そ、そうかなぁ」 「ああ。そうだ」 「…………」 「…………」 「……ねえ」 「なんだ?」 「……キス、していい?」 「…………」 「…………」 「………………ああ、いいよ」 ~おまけ2~ 「このイヤリング、よくみたら2つ飾り付いてるんだね」 「そうだな。大きい炎の飾りと小さい炎の飾りが付いてる。俺の方は雷だけど」 「……うーん」 「どうした」 「いや、この小さい方、お兄ちゃんのと交換出来ないかなーなんて」 「……一応取り外しはできそうだけど、なんでだ?」 「…………」 「…………」 「……笑わない?」 「ああ」 「…………」 「…………」 「………………いつも、お兄ちゃんと一緒にいたいから」 「…………」 「お兄ちゃんの片割れを持ってれば、なんとなく守ってくれそうな気がしてさ。……それに、寂しくもならないし――っわ!?」「……ごめん。お前が可愛い事言うから、抑えれそうにない」 「抑えれないって、ちょ、ひぅっ――!!」 ―おわり― #hr ~あとがき~ ここまで読んで頂きありがとうございます。作者は僕、[[多比ネ才氏]]でした。 得票数は4つで4位。一日遅れでの投稿でしたがそれなりの順位を取れたので嬉しいです。これはきっとブイズぱわーですね、うん。 テーマが「甘い話」という事だったので「甘い恋愛(?)」を書きたかったのですが、書いてる途中で「これ、そんなに甘くなくね?」ってなって、保険をかける為に「甘いお菓子」を組み込みました。そしたらこんな冒頭になりました。敢えて言おう、どうしてこうなった。 ところで、これってワンクッション入れた方が良かったんでしょうか。どちらの性別ととらえられてもいいように敢えてブースターの方の性別は書かなかったのですが、一応男の仔なんですよね。近親でBLって誰得ですか僕得です。……というか、サンダースとブースターのCPだとすら気づいてもらえてなかったらどうしよう((( ………………えふん。 さて、それでは投票へのコメ返しを。 >>弟君がとても可愛いかったです。(2012/06/25(月) 08:41) ありがとうございます。でもお兄ちゃんも可愛いですよ! >>ブースターくんがテラ可愛いいぃぃぃ!!! (2012/06/29(金) 15:31) そもそもブースター自体がかなり可愛いですよね。でもサンダースも可w(ry >>ブイズっていいですよねw (2012/06/30(土) 10:31) ですよね! ブイズはみんな可愛いのでお持ち帰りしたいです。 >>うううっ!普通にいい兄弟愛じゃないですかーっ! はい、一票!執筆お疲れ様でした。 (生クリームを『白い粘液』と勘違いして読んでいたのはナイショだよ!) 何が抑えられなかったか……続編希望っ。 (2012/06/30(土) 11:03) ありがとうございます。結構ベタなネタを使ったので大体予想されてしまうかと思ってたのですが、勘違いしていただけて嬉しいです←え 続編ですか……このSSの続きになるかは分かりませんが、この2匹のお話のプロットはあるのでそのうち書くかもしれません。 では、これにてあとがきを終わりたいと思います。 お疲れ様でした。 #pcomment(想いが最高のプレゼントのコメログ,10,below); IP:180.16.158.83 TIME:"2012-07-08 (日) 03:20:57" REFERER:"http://pokestory.rejec.net/main/index.php?guid=ON" USER_AGENT:"Mozilla/5.0 (compatible; MSIE 9.0; Windows NT 6.1; Trident/5.0)"