ポケモン小説wiki
無垢な牙 の変更点


※ポケモンがポケモンを食べる捕食の描写、流血表現があります
*無垢な牙 [#f1370ea1]
writer――――[[カゲフミ]]

―1―

 鬱蒼と茂る森の中。苔と落ち葉で覆われた地面を駆け抜ける二つの足音。
一つは僕の走る音。そしてもう一つは、目の前の必死で逃げているコラッタのもの。
木々と茂みの間の細かい隙間を這うように、コラッタは全速力で駆け抜けていく。
森に慣れないポケモンならば、あっという間に見失ってしまうだろう。だがこの周辺がどんな地形なのかは僕も良く知っている。
たしかにコラッタにはかなりの速度はあったが、もともと僕とは歩幅が違うのだ。
それに、どんなに複雑なルートをたどろうとも体の匂いまで消せるはずがない。
コラッタとの距離はだんだんと縮まっていく。
頃合いを見計らって僕は後ろ足で地面を蹴り大きく跳躍すると、そのまま着地と同時に前足で彼の背中を押さえつけた。
「ぐ……」
 前足と地面との間に挟まれ、苦しそうな声を上げるコラッタ。そんな彼を僕は冷めた瞳で見下ろしていた。
最初のうちは手足をばたばたとさせてもがいていたが、どんなに足掻いても逃れられないと悟ったのだろう。振り向ける限界まで首を動かし、僕の方に視線を送ってくる。
ここで目を合わせてしまえば心が揺らいでしまう。今コラッタがどんな気持ちなのかは痛いほど分かっているつもりだ。
コラッタの目ではなく体全体を見るように焦点を合わせようと努力してみる。
それでも恐怖と懇願の入り混じった彼の瞳の光は僕をしっかりと捉えて離してくれない。
「お、お願い……た、助けて」
 胸の奥から絞り出したようなかすれた声。それは生き物が本能的に持ち合わせる生への執着。
もう何度、こういった言葉を耳にしてきたことだろう。分かるさ、誰だって死にたくない。君も、そして僕も。
仕方のないことなんだと説明したところできっと納得してくれるはずがない。
ならばこれ以上余計な言葉が耳に入ってしまう前に、終わらせる。
僕は鋭い牙が生えそろう口を開き、ゆっくりとコラッタに近づけていく。
彼の表情が恐怖で激しく歪む。僕は目を閉じる。何も、見まいと。
「あ、あ……た、助け――――」
「……ごめんね」
 一言呟いた後、僕は一気にコラッタの首筋に牙を突き立てた。皮膚を牙が突き破る。
刹那、血の匂いと味が鼻と舌の二つの感覚器官を通して僕の中に伝わってきた。
コラッタは首から大量の血を流し、引くひくと痙攣を起こしていたがやがてぐったりと動かなくなった。
「はあっ……はあっ……」
 牙を離すと僕は荒い息をあげる。心臓の鼓動は早いが、最初の頃に比べれば大分落ち着いてやれたと思う。
大きく見開かれたコラッタの目にはもう何も映っていない。底のない真っ黒な瞳が僕をじっと見上げていた。
息絶えた彼を見ていると、命を奪い去ったという罪悪感がゆっくりと心の奥から浮かび上がってくる。
しかし、生物としての本能はそんな僕の罪悪感など簡単に押しのけてしまう。
ふと気がつくと、僕は目の前の肉に対してゴクリと喉を鳴らしていた。空腹を満たしたいという欲望は、もう抑えきれなかった。
僕は前足でしっかりと押さえると、少し前までコラッタだった肉塊をガツガツと夢中で貪った。
どんなに回数を重ねても嫌悪巻を拭いきれなかった血の匂いや味も、この時だけは気にならなかった。
本当に束の間ではあったけれど、何かを食べているときの僕は幸せだったのかもしれない。

[[リング]]さんから挿し絵をいただきました。
まさにこの一話を具現化したような内容です。流血、残酷表現が苦手な方はご注意ください。
[[無垢な牙:捕食>http://www39.atwiki.jp/songs/?cmd=upload&act=open&page=AZ%E3%83%9A%E3%82%A4%E3%83%B3%E3%82%BF%E3%83%BC%E3%81%AE%E4%BD%BF%E3%81%84%E6%96%B9%E7%AC%AC3%E5%9B%9E%EF%BC%9A%E9%A6%AC%E3%81%AE%E8%83%B8%E5%83%8F%E3%82%92%E6%8F%8F%E3%81%84%E3%81%A6%E3%81%BF%E3%82%88%E3%81%86&file=%E7%84%A1%E5%9E%A2%E3%81%AA%E7%89%99%E5%B1%95%E7%A4%BA%E7%94%A8.jpg]]

―2―

 僕の牙はコラッタぐらいの小さなポケモンの骨ならば簡単に砕けるように出来ているらしい。
余すところ無く食べ終えた後に残ったもの。それは地面に広がっている、そして僕の体に付着している、血。
赤く染まった落ち葉や苔は時間と共に浄化されていく。けれど、体に着いた血はあまり長い間放っておくとこびりついて取れなくなってしまう。
食後の興奮が消えて、残った血の臭いで気分が悪くなる前に洗い流しておかなくては。僕はこの近くを流れている小川に向かった。

 いくつかの木立と茂みを抜けると川が見えてきた。森のどこかにある湧き水がこの小川となって流れているらしい。
川といっても僕が体を濡らさずにまたげてしまうくらいの小さなものだけど、口元や体をすすぐのには問題ない。
鼻先と前足を水に浸す。心地よい清涼感。何度か水を口に含んで吐き出す。血の味はもう感じなくなった。
もともと黒い前足はどのくらい汚れているのか分らなかったけど、前足の爪が元通り白くなっていたからもう大丈夫だろう。
僕がいた場所から流れていく水がほんのりと赤くなったが、すぐにかき消され元の澄んだ色に戻った。
ポケモンの血もこんなふうに薄く透き通っていればどんなにいいだろう。
匂いと色が残らなければ、少しは僕の罪悪感も薄れてくれるかもしれないのに。
 そんなことを考えていると、ふいに視界の端に黒い姿が映った。誰だろう。僕はその影の方を向く。
もし僕が草食の野生ポケモンだったら、こんなのんびりした反応はしていられない。彼らにとってこの森では一瞬の隙が命取りになるからだ。
僕の目に入ってきた姿。それは黒と灰色の毛並みに赤い瞳を持つポケモン、グラエナだ。
そして僕と同じ種族であり、群れの仲間だった。最も、僕は仲間だなんて思われてないのかもしれないけど。
仲間のグラエナは一瞬ちらりとこちらを見たが、すぐに視線を戻し流れる水に口をつけて喉を潤す。
そういえばさっきは口をすすいだだけで水は飲んでなかったな。なんとなく喉が乾いてたし、僕も水を飲んでおこう。
僕も彼にならって口を水に浸し、ごくごくと喉に流し込む。湧き水だけあって味はなかなかのものだ。
「……血の匂いがするな」
 僕はぎくりとして水を飲むのを止めた。洗い流しはしたけれど自分の匂いはなかなか分からないもの。
そしてなにより僕らグラエナは鼻が利く。彼はさっきの残り香を鋭敏な嗅覚で感じ取ったのだろう。
戸惑う僕をよそに、仲間のグラエナはにやにやした笑みを浮かべながら近づいてくる。
「獲物は何だった? 旨かったか?」
 血なまぐささに目をつぶればコラッタの肉も悪くない味だと思う。
というか、僕はいつも食べることに必死であまり味わっている余裕なんてなかったのだけれど。
それに僕のせいで命を落としてしまったコラッタのことを考えると、とてもじゃないけど旨かったなんて言えない。
「……何だよ。相変わらずってわけか。そんなに餌の命が大事か?」
 黙ったままの僕に、彼の視線はからかいを含んだものから蔑むようなものに変わる。
大事か大事じゃないかなんて、もう君には分かってることだろう。何を今更。言い返すのも馬鹿らしく思えて、僕はふっと笑う。
「そんな甘さを抱いたままお前がどこまで生き延びられるのか、楽しみにしてるぜ」
 自嘲を含んではいたけれど僕の笑いが気に入らなかったらしい。吐き捨てるようにそう言うと、彼は茂みの中へと消えていった。
まあ、彼らから見れば僕はとんでもない甘さ、そして弱さを持ったグラエナなんだろう。僕自身それは自覚している。
何度かこんな自分を変えてみようと試みたことはある。出来る限り多くのポケモンを追いかけてみたりした。
だけど、だめだった。追いつめたポケモンを前にするとどうしても躊躇ってしまう。足が、声が、震えそうになる。
僕がとんでもない残忍な行いをしているようで、命を奪うたびに自分が自分で無くなっていくようで、怖くてたまらない。
仲間からなんと言われようと僕は他のポケモンを殺すのが厭だ。これは生まれ持った性質なんだから、どうしようもないじゃないか。

―3―

 仲間がああいった態度を取るようになったのは間違いなくこの森が小さくなってからだ。
何ヶ月か前、新しい家を建てるための開発とやらで人間がこの森の一部を切り開く工事を始めた。
その結果、切り倒された森の周辺に住んでいたポケモンは住処を追われてしまうことに。
人間に抵抗しようとしたポケモンもいたけれど、彼らが育て上げたポケモンには敵わずに手痛い反撃を受けることになった。
その土地は今はすっかり平地になって、新たな家の土台が作られようとしている。
強制的に縮小を強いられた森は、僕らグラエナの群れが住むには小さすぎる。
食料となっていたポケモンはあっという間に少なくなってしまった。
 まだ森が豊かだった頃は仲間達と協力して獲物を追いつめたりした。
まあ僕は追いかけたり退路をふさいだりする専門で、直接とどめを刺すのは他の仲間や群れのリーダーだったけど。
僕が他のポケモンを傷つけるのが苦手なことも皆理解してくれていて、特にリーダーなんかはよく僕におこぼれを分けてくれたりしていたのだが。
森が小さくなってからは皆自分のことで精一杯。どうやって食事にありつき、明日を生き延びるか。誰かを気に掛けている余裕なんてありはしない。
本来グラエナは仲間とのチームワークで狩りをするものなのだが、今そんなことをすれば仕留めた獲物の奪い合いが起こるだろう。
僕らが置かれた状況が非常に厳しいものであると知りながら、この期に及んでまだ餌となるポケモンに対して非情になりきれない僕のことを仲間達は次第に疎んじるようになった。
頭じゃ分かってるんだ。この森で生き延びていくためには、時には冷酷にならなければいけないことぐらい。
それでも僕は同じ命を持った他のポケモン達を単なる餌だなんて思えなかったし、思いたくもなかった。
だけどどんなに狩りが嫌だと言っても、必ず空腹はやってくる。どこかでエネルギーを取らなければ死んでしまう。
生きるか死ぬか、なら、僕は生きる方を選びたい。
悩んでみたところで結局は躊躇いを抱きながらも、他のポケモンを犠牲にし続けるしかないのだ。
「……ふう」
 僕は小さくため息をついた。これ以上考えても自分の納得行く答えは出ない。そんなことよりも明日からのことを。
さっき食べたばかりだから、今日と明日はどうにかなるだろう。明後日まで持たせるのはさすがに厳しいかも知れないな。
僕はいつも空腹が限界になるまで食事は取らないことにしている。
殺すのが嫌だというのももちろんあったが、それぐらい追いつめられないと自分で狩りに踏み切れないのだ。
 小川を後にして次の食事をどうしようかなと思案していると、なにやら唸り声のようなものが聞こえてきた。
意外と近い。一瞬、どこかで仲間が苦しんでいるのかとも思ったが周囲にグラエナの匂いはしない。
耳を澄ませてみるとその声は小川の向こう側の茂みから聞こえてくることが分かった。
そう言えば川を挟んで反対側の森はあまり僕もよく知らない。
あまり深入りしてしまうと迷子になる恐れがある。だけど、途切れ途切れの声はなんだかとても苦しそうだ。
グラエナが他のポケモンに襲われたという話は聞かないから、身の危険は心配しなくてもいいだろう。少し様子を見てみるか。
この声の主が何のポケモンなのかは分からなかったけど、気になった僕は小川を飛び越えて茂みの中に足を踏み入れた。

―4―

 茂みを越え、落ち葉を踏み締めながら進んでいく。地面や木々の雰囲気はそう対して変わらない。
あの川は何らかの境界線のようなイメージがあったのだが、森の様子から見るとそういうわけでもないようだ。
さっきの声が徐々に大きくなっていく。声質は少し幼い感じだ。まだ進化前のポケモンなのかも知れない。
もう姿が見えてもおかしくないくらい近いはずなんだけど。どこから聞こえてくるんだろう。
僕は辺りをきょろきょろと見回す。すると、視線の先に何か茶色をしたものが動いていることに気がついた。
木の幹と地面の色で保護色になっていてよく分からない。僕はゆっくりと歩み寄っていく。
「……っ、だめか」
 その声の主はどうやらジグザグマだったらしい。倒れた古木と地面の間から頭と前足だけ出して唸っている。
ジグザグマに被さっている古木はずいぶんと朽ち果てておりかなりの月日が経っていることを思わせる。
おそらく、倒れてきた木の下敷きになったのではなく、倒れていた木と地面の隙間をくぐろうとして挟まってしまったのだろう。
どうにかして抜け出そうと悪戦苦闘していたのだろう。ジグザグマの前の地面には前足で引っ掻いたようなあとが無数に残っていた。
「まいったなあ……」
 大きなため息をついてふと顔を上げるジグザグマ。かなり近くまで来ていた僕と目が合う。
本来ならば気づかれてもおかしくない距離だったけど、抜け出そうと必死でそこまで気が回らなかったらしい。
そしてグラエナというポケモンがどういった存在なのかは、この森に住むポケモンならば皆が知っている。当然、彼も。
「……う、うわぁっ!」
 ジグザグマの表情が恐怖の色に染まる。目を大きく見開き、何かに取りつかれたように必死で体を動かし脱出しようと試みる。
古木を押しのけようと何度も前足で蹴ってみたものの、びくともせずに乾いた木の音がこだまするばかり。
僕は黙ったまま徐々に彼との距離を縮めていく。あと少し踏み出せば、僕の牙が彼に届く範囲だった。
「あ……あぁ……」
 口をパクパクと動かし、言葉にならない声をあげるジグザグマ。ガタガタと震え、目には涙が浮かんでいた。
無理もないだろう。天敵が迫ってきているのに逃げることができないという状況。それはすなわち、死を意味する。
ジグザグマが僕に気がついてから数秒しか経っていなかったが、その間に彼が感じた精神的な苦痛は計り知れない。
自分が今にも殺されるかもしれないという恐怖。あまり長くこの状況を継続させてしまうと、間違いなく彼の心は粉々に砕けてしまう。早いところ済ませなくては。
「ひぃっ……!」
 さらに一歩踏み出した僕を見て、もうだめだと思ったのだろう。ジグザグマは前足で頭を抱え目を閉じる。彼の目から涙が零れ落ち、地面を濡らした。
そんな彼を尻目に僕は倒れた古木に鼻先を押し当ててみる。なるほど、これはたしかにジグザグマの力で動かすのは難しいかもしれない。
前足に力をこめて体全体で頭を前に押し出そうと踏ん張った。森の湿った地面に僕の爪跡が刻まれていく。
やがて、ゴトリと鈍い音を立てて古木は反転した。僕の力では完璧に押しのけることはできなかったけど、ジグザグマが動けるスペースは作れたはずだ。
突然体が軽くなったことに気が付いたジグザグマは顔を上げる。そして、さっき僕が何をしたのかも察したようだ。
ジグザグマは緩慢な動きでのそりと起き上がる。呆気に取られて声も出ないらしく、まだ涙の残った瞳でぼんやりと僕を見つめていた。

―5―

 ぽかんと僕を見つめたまま動かないジグザグマ。僕も何も言わずに彼の視線を受け止めていた。
殺されると思っていた相手に助けられたという予想外の展開は彼の判断能力を鈍らせたようだ。
多少の間はあったものの我に返ったらしく、ジグザグマはサッと踵をかえして逃げ去ろうとする。
追いかけるつもりはなかった。ついさっき食べたばかりだし、そのつもりならわざわざ古木をどかしたりはしない。
もし僕が空腹だったなら、これはチャンスとばかりに迷うことなくジグザグマに襲いかかっていたことだろう。
目の前の困っているジグザグマを放っておけずに助けたくなった。それは腹が満たされていた僕の、ちょっとした気まぐれのようなもの。
「……っ」
 しかし何を思ったのかジグザグマは逃げる途中で突然立ち止まり、僕の方を振り向いた。
そして足を前に踏み出し、僕に近づいてくるではないか。恐る恐るといった感じで、かなり緊張しているようだけど。
それでも僕を当惑させるには十分な効果があった。この森ではグラエナはジグザグマを餌にして生きている。
そんな相手にどうして自ら近づこうとするんだろう。今度は僕が呆気に取られる番だった。
もうすぐそこまで迫ってきたジグザグマにどう反応していいのか分からず、無言のまま瞳を向けることしかできない。
「……あ、ありがとう。助けてくれて」
 まだ少し震えていたけど、ジグザグマは確かに僕に言ったんだ。ありがとうという感謝の言葉を。
なんだかとても懐かしい響きだった。昔は僕のことを助けてくれていたリーダーによく使っていたような気がする。
森が殺伐としてしまった今では、誰もが感謝する気持ちなど忘れてしまっているのかもしれない。
「どう、いたしまして」
 とりあえず僕はジグザグマに返答する。これ以外に言葉が見つからない。
彼は僕の答えを聞くと、屈託なく笑った。無邪気な笑顔だ。見ているこっちも幸せになるような。
「君は、僕が怖くないの?」
「……怖くないって言えば嘘になるけど、君は他のグラエナと違うような気がする。とても穏やかな目をしてるから」
 たしかに僕は他の仲間のように常に食料を求めて目をギラギラと光らせているわけではない。
仲間からは生気がない死んだような目だ、と言われたこともある。前向きな表現をすれば穏やかということになるのかな。
もちろんそれは普段の僕であって、お腹を空かせているときの僕はとてもじゃないけど穏やかだなんて言えないだろう。
「でも、どうして僕を助けてくれたの?」
「今は空腹じゃないからね。僕は出来る限り他のポケモンの命は奪わないようにしてるんだ」
 このグラエナは何を言ってるんだろうと思われるかもしれない。最低限とは言っても僕が他のポケモンを殺していることは事実。
言葉にしてみたことは自分に対する自己満足のようなもの。食べられる側であるジグザグマからすれば僕の発言に納得いかないものがあるだろう、きっと。 
「……優しいんだね、君は」
「優しい? そうじゃないよ。僕はただ臆病なだけだ。他のポケモンを食べなければ生きていけないのに、未だに殺すことが怖いんだから……」
「それは君が優しい心を持ってるからだよ。もし僕があのまま挟まれて動けなかったら、他のグラエナに見つかって食べられていたかもしれない。僕は君の優しさに助けられたんだ」
 森が変わるとともに僕の心も荒んでしまっていたのかもしれない。知らず知らずのうちに自分を卑下し、負の感情を漂わせている。
ジグザグマの言葉を聞いていると不思議と穏やかな気持ちになれた。変に飾り立てをしない彼の純粋な想いが僕に心地よさを与えてくれていたのだろうか。
「そんな風に言ってくれたのはジグザグマが初めてだよ。……ありがとう」
 ついさっき彼に言われた言葉。感謝の気持ちの表現。忘れかけていたけど、ジグザグマが僕に思い出させてくれた。
僕らを取り巻く環境がどんなに変わっても、何かをしてもらって嬉しかったときに感謝する心だけはずっと覚えていたかったんだ。

―6―

 それから僕はジグザグマとしばらく話し込んだ。彼は僕に対する警戒心を完全に解いてくれたらしい。
ジグザグマはまるで自分の仲間に話すかのように接してくれる。彼が違う種族ということを忘れそうになったほど。
誰かと気兼ねなく話せるということが、こんなにも楽しいことだったなんて。最近は他の仲間とろくに会話もしなくなったため、とても新鮮な感覚だ。 
「最近は仲間も減っちゃったしね。こうやって話せる相手も少ないんだ」
 ジグザグマは何気なく言ったけど、それは彼の仲間が僕らグラエナに食べられてしまったということを示している。
もちろん彼はそんなつもりで言ったわけではないだろうけど、僕はなんだか申し訳ない気持ちでいっぱいになった。
「あ、別に君を責めるつもりはないよ。ただ、話し相手が減ったからさ、こうやって君と話せるのが嬉しいなって」
 僕の表情が陰ったのを見たのか、ジグザグマはフォローを入れてくれる。話し相手が減った。話せて嬉しい。それは僕も同じだった。
もちろん僕のように仲間はいるが気楽に話せないのと、彼のように相手自体がいないのとは全然違うだろうけど。
主に喋っていたのはジグザグマで僕は専ら聞く側だったけど、何度かはこちらから話を切りだしたりもした。
僕の声に、彼が答えてくれる。それだけのこと。それだけのことなのに、常にどこか沈んでいた僕の心がふっと軽くなっていくのを感じていた。
「……ねえ、聞いてもいいかな?」
「ん?」
「変なこと言うグラエナだなって思ったら、聞き流してくれて構わないよ。さっきも言ったけど僕は他のポケモンを殺すのが嫌なんだ。でも、生きるためには食べなければならない。今までも多くのポケモンの命を奪ってきた」
 ほんの一瞬だったけど、ジグザグマの瞳が揺れた。いくら穏やかだと言われても、僕はグラエナで彼はジグザグマ。
食べる、食べられるの関係は覆せない。ジグザグマはそれを再認識したと言ったところだろう。
「他のポケモンを散々殺しておきながら、それでも命を奪うのが嫌だって……矛盾してるよね。仲間に言われるんだ、お前は腰ぬけだって。やっぱり僕はおかしいのかな? グラエナはこんなこと思っちゃいけないのかな?」
 こんなことを話せる気が置けない仲間なんていなかったし、仮に話してみたところで嘲笑されるか罵られるかのどちらかだろう。
森での立場が違うジグザグマが僕の苦悩を共感してくれるなんて思わなかったけど、普段から貯め込んでいた僕の迷いをすべてぶちまけてみた。
「……はっきりとは言えないけど、君が命を奪うのが嫌なら僕はそのままでいてほしい。僕が今こうして話せるのも君がそうあってくれたおかげだし。もし君が他のグラエナと同じようになってしまったら、僕は……辛いよ」
 僕は今の僕のままでいてほしいと、それが彼の答えなんだろう。
まだ釈然としないものは残ったけれど、抱いていた思いを誰かに打ち明けることで随分と気が楽になった。
少なくとも今の僕を望んでくれる誰かがいる。それが分かっただけでもこの上ない収穫だ。
「そっか。答えてくれてありがとう。君がそう言ってくれたなら、僕は僕でいられる気がする」
「うん……よかった」
 ジグザグマは嬉しそうに頷いた。ちょっと眩しすぎるぐらいの笑顔を、僕は大切にしたい。
一度は自分を変えようと努力したけど失敗に終わったことは、彼には黙っておこう。
極度の空腹に襲われない限り、ジグザグマの前でもきっと大丈夫だ。

 彼と話しているうちに、いつの間にか時間が流れていたようだ。夕闇の薄暗さが森の中に漂い始めていた。
「そろそろ暗くなってきたね。戻らなくちゃ」
「そうしたほうがいい。夜の森は危険だから」
 僕らグラエナは視覚よりも嗅覚で獲物を見つける。辺りが暗いくてもそこまで狩りに支障は出ない。
むしろ、暗いから相手からも見つかりにくいだろうと油断していると恰好の餌食になってしまう。
ジグザグマのようなポケモンは極力夜は出歩かないほうが無難なのだ。
「……ねえ。また明日、会えないかな?」
「え……」
「無理なお願いかもしれないけどさ、今日君と話せて楽しかったから。また話せたらなって」
 どうしようか。彼と一緒にいるところを仲間に見られたらまずいことは承知してる。
だけど僕としても再びジグザグマと会えることを望んでいた。出来るならば近いうちにもう一度会いたい。
彼がいつ他の仲間に襲われてもおかしくない状況なのだ。このまま別れてそれっきりというのはあまりにも寂しすぎる。
「……分かった。じゃあ、明日の朝、この場所で会おう」
「うん、約束だよ」
「ああ、約束だね」
 それほど躊躇せずに、僕はジグザグマと笑顔で約束を交わした。これはグラエナとしてはあるまじき行為なのかもしれない。
でも僕は彼が言ったように、いつまでも僕であり続けたい。このジグザグマとの約束には僕が変わらないでいる、という決意も含まれているような気がしていたから。

―7― 

 次の日の朝。僕はいつも寝床にしている大きな古木の隙間から起き出すと、大きくのびをした。 
木々の間から見上げた空は所々雲が見え隠れしているものの、ここからでも太陽の輝きを感じられるいい天気だ。 
木漏れ日で地面の湿った苔がキラキラと光を反射してとても綺麗だった。 
まだどことなく眠い。一度大きくあくびをして、頭を左右に振り眠気を吹き飛ばす。 
昨日なかなか寝付けなかったのは、今日のことを心待ちにしていて気が高ぶっていたせいだろう。 
ジグザグマともう一度会うのが楽しみでたまらない。僕は軽い足取りで茂みを飛び越えると、彼との約束の場所に向かった。 

 倒れた古木がちょうどいい目印になっている。小川の向こう側の茂みを越えてすぐの場所。 
僕の住処からもそう遠くない。他の仲間もこの辺りはあまり寄りつかないみたいだし、待ち合わせには最適だ。 
念のため周囲の物音や匂いに気を配ってみる。目を閉じて聴覚と嗅覚を研ぎ澄ましてみたけど、入ってくるのは風の音と森の草木や土の匂いだった。 
周辺にどうやら僕の仲間はいないようだ。ここでジグザグマと会っているのを見られる心配はないだろう。 
足早に古木のところまで歩いていく。彼の姿は見えなかったが、ほんのりと漂う匂いがあった。 
きっと、他の仲間に見つかることを警戒して近くに隠れているのだろう。 
「……ジグザグマ?」 
「へへ、ここだよ。グラエナ」 
 古木の傍の茂みからひょっこりと顔を出したジグザグマ。そこから這いだすと、僕の隣まで歩いてくる。 
再会を果たせたことを確認し、ジグザグマはにっこりと微笑んだ。僕もそれに答えるように笑い返す。 
彼の笑顔はいつ見ても余計な感情が交じっていない、澄んだ表情だ。僕もあんなふうに笑えていただろうか。 
最近心から笑ったことがなかったから、不自然な笑顔になってなかったかちょっと心配だ。 
「よかった。また会えたね」 
「……うん」 
 約束はしたけれど、この場所で会えなかったときのことをジグザグマも懸念していたのだろう。 
もし僕だけがここにいて、彼が姿を現さなかったら。心配と不安で胸が押しつぶされていたかもしれない。 
でもジグザグマはちゃんと来てくれた。いまこうしてちゃんと僕の目の前にいる。 
何の心配もいらない。思う存分彼との会話を楽しんでおかなくては。 

 これと言って大事な話をしていたわけじゃない。他愛のない、時々お互いに笑顔が混じるような談笑。 
同じ場所でずっと話しているだけなのに、時間はあっという間に流れていく。 
朝起きてすぐにここに来たのに、もう太陽は高く上っている。時刻は昼を少し回ったところか。 
「どうしたの、グラエナ。ぼんやりして」 
 時間の流れをしみじみと感じていて、ぼんやりとしていた。ジグザグマの声で呼び戻される。 
何でもないよと言おうとしたとき、僕の代わりに返事をしたのは僕のお腹の鳴る音だった。 
そう言えば今日は朝から何も食べてなかったっけ。一日くらいは何も食べなくても平気だけど、体は空腹を訴えてくる。 
結構大きな音だったし、ジグザグマにも聞こえているだろう。彼の前ではこんな姿を見せたくなかったんだけど。 
「……お腹、減ってるの?」 
「ちょっと、ね」 
 ジグザグマの手前そう言ってみたものの、こうして実感してみると結構な減り具合かもしれない。 
今日はなんとか乗り切ったとしても明日は何か口にしなくてはいけないだろう。 
「明日は会わない方がいいよ。もしかすると、本能に負けて君を……食べてしまうかもしれないから」 
 ジグザグマの顔がわずかに引きつった、ような気がした。自分の発言に彼への後ろめたさがあったから、そう見えてしまったのかも知れない。 
今は彼を食べたいだなんて微塵も思ってないけど、明日もそういられるかどうか自信がなかった。 
もし理性を抑えきれずにジグザグマに襲いかかってしまったことを考えると、例えようのない恐怖感が僕の中に湧き上がる。 
「そっか……君も何かを食べなきゃ生きていけないよね」 
 まるで今になって思い出したかのようにジグザグマは呟いた。 
ひょっとすると彼も、僕がグラエナだということを忘れかけていたのだろうか。 
ジグザグマとはいつまでもお互いの種族なんて気にしないで接することが出来る友達でありたい。 
そのためにはやっぱり、僕がお腹を空かせているときは彼と会わない方が賢明に思えた。 
「じゃあ、お腹が空いてないときはいつでも会いに来てよ。僕から見て左側の茂みの向こうにある倒れた古木の近くに、僕の住処があるから。近くまで来れば、匂いで分かると思う。いないときもあるかも知れないけどね」 
 僕から見て右側の茂み、か。まだ行ったことのない場所だけど、そこに彼の住処があるのだろう。 
たしかにどこに住んでいるのか分かれば、こうやって待ち合わせなくても会いに行くことができる。 
納得しかけて僕は気がついた。僕が他の仲間とは違うと言っても、根本的な部分はやっぱりグラエナだ。 
ジグザグマの天敵であるはずの僕に自分の住処を教えるだなんて。いくら何でも無防備過ぎるんじゃないか。 
「君のこと、信じてるから」 
 戸惑っている僕を見て、ジグザグマの一言。澄んだ大きな瞳からは猜疑心はまるで感じられない。 
そんな目で見られてできないなんて言いたくなかったし、言えるはずもなかった。 
「……分かった。そのうちきっと、会いに行くよ」 
「うん、待ってるよ。……それじゃ、今日はそろそろ帰るね。これ以上君に気を遣わせちゃ悪いし」 
 一瞬何のことかと思ったけど、そういうことか。僕が本当はかなり空腹だってばれてたらしい。 
何かとすぐに顔に出てしまう僕には隠し事は向いてないみたいだな。 
もっと話していたかったけど、ああ言われちゃ引き留めるわけにもいかないか。 
「バイバイ、またね」 
「ああ、じゃあまた」 
 僕は茂みの中に消えていくジグザグマを見送った。また会えることを願って。 

―8― 

 住処でうずくまったまま僕は目を開けた。あれから結局何も食べないまま、次の日になってしまった。 
できるだけ体力を消費しないようにじっとしていたけど、限界はある。そろそろ何か食べなければ。 
のそりと起きあがると同時に、僕の方へ近づいてくる気配を感じ取った。これは仲間のグラエナのものだろうか。 
すぐ傍の茂みが揺れ、黒い影が僕の前に躍り出る。仲間の一匹だ。わざわざ僕の所にやってくるなんて、どうしたんだろう。 
「……一応お前も来い。リーダーが仲間を集めてる。全員に話があるんだとさ」 
「分かった。でも、話って?」 
「さあ、俺は知らんよ」 
 素っ気なく言うと彼はくるりと背を向け、さっさと来いよと言わんばかりに僕の方を見た。 
まだ僕はリーダーに仲間として認識されていたらしい。一応と言われたのが、素直に喜べないところなんだけれど。 
でも話って何だろう。昔ならともかく、今みんなを集めるなんてよっぽど大事な話なんだろうか。 
考えていても仕方ない。行けば分かるだろう。僕は足早に彼の後を追いかけた。 

 森の中では珍しい木々も茂みもない開けた広場。程よく日光も当たるせいか短い草が生えており、小さな草原のようだった。僕らがいつも集まっていた場所だ。 
一番奥のリーダーから順に、円を描くように仲間たちは集まっている。数は十数匹といったところか。 
例の工事があってから、少しずつだが仲間は減りつつある。人間に抵抗した時に受けた傷が原因だったり、食糧にありつけなかったりで何匹かは命を落としてしまっていた。 
それでもリーダーや他の仲間が悲しむ様子を見せないのは、やっぱり自分のことで精一杯だからだと思う。 
僕もそれを知らされたとき、不思議と涙が流れなかったのをよく覚えていた。 
「……連れてきたぞ」 
 ちょうど広場の真ん中辺りまで来たところで、僕を呼びにきたグラエナはリーダーに言った。 
奥にいたグラエナがこちらを振り返る。他の仲間より少し大きくてしっかりした体つきをしている、僕らをまとめるボスだ。 
「ご苦労さん。これで全員だな」 
 リーダーが仲間たちの方に向き直る。それと同時にそれまで寝転んだりして楽な格好をしていた他の仲間たちも、規律正しい姿勢になった。 
何も言わなくとも皆を整列させてしまう。集まることは少なくなったけれど、リーダーの権威はしっかりと残ってるみたいだ。 
「さて、話の前にお前たちに見せておきたいものがある。持ってこい」 
「はい」 
 リーダーの傍にいたグラエナが奥にある茂みへ向かっていき、すぐに戻ってくる。何かを口に咥えてきたみたいだ。 
そして、頭の反動をつけてそれを器用に投げてよこした。ドサリ、と音がしてそれは集まった僕らの真ん中に転がる。  
 一瞬、目を疑った。僕の見間違いならどんなによかったことか。 
ぐったりとしていて覇気がないけど、あれは紛れもなく――――あのジグザグマだった。 
「お前たちの中に、こいつを知っている奴がいるだろう。なあ?」 
 問いかけるリーダーの視線は間違いなく、狼狽している僕を射抜いていた。同時に、仲間の視線も一斉に僕に向けられる。 
彼らの視線に信じられないくらいの冷たさを感じ、僕は思わず背筋を震わせていた。 
「お前がこのジグザグマと話しているのを見たと聞いた。俺としては半信半疑だったんだが……その驚きようからすると、どうやら本当らしいな」 
 ああ……そういうことか。僕がジグザグマと話していたのを、誰か他の仲間に見られてしまったんだ。 
仲間が近くに来れば気配で分かるつもりだったけど、話に夢中でそこまで気が回らなかったのかもしれない。 
頼りにしていた匂いでの判断も、一番近くにいるジグザグマのものと紛れてきっと分からなかったんだ。 
彼と会話する楽しみや嬉しさばかりを優先して、見つかった場合どうなってしまうかということを僕は真剣に考慮していなかった。 
 他の仲間たちが突然放り出されたジグザグマを見ても全く動こうとしないということは、あらかじめリーダーからこうなることを知らされていたんだろう。 
つまりこれはリーダーが全員に話があるという名目で、僕を糾弾するための場を用意したというわけか。 
昨日、またねと言って別れたジグザグマ。そして、僕は彼とこうして再び会うことができた。僕が、一番避けたかった形で。 

―9― 

「君とジグザグマの会話はしっかりと聞かせてもらったよ。ずいぶんと仲が良さそうだったじゃないか」 
 リーダーの隣にいたグラエナが僕に言う。彼はリーダーの側近のような存在だ。 
あの場を目撃していきなり飛び出して来ないで、終始見届けて報告するあたり、冷静な彼らしかった。 
群れがバラバラに行動するようになってからは、あまりリーダーと一緒にいるのを見かけなくなったけど。 
こんな時にはちゃんと役目を果たしていようだ。僕としては一番見られたくない相手だったかもしれない。 
「ジグザグマは君のことを信じてるとか言ってたけど、さすがに自分の住処を君に教えたのには驚いたよ。そのおかげで捕まえるのは簡単だった。彼も君に負けず劣らず、相当な甘ちゃんみたいだね。似た者同士、惹かれあうものでもあったのかい?」 
 側近のグラエナの口調は他の仲間やリーダーに比べると多少は丁寧だった。 
もちろんその中には僕に対する冷やかな侮蔑が含まれていたけれど。 
似た者同士。もしかするとそうなのかも知れない。助けてもらったとはいえ、天敵であるはずのグラエナに歩み寄ってきたジグザグマ。もし彼に仲間がいたのならば異端として扱われても仕方のないことに思えた。 
そして本来ならば餌であるはずのジグザグマと友情を結んでいた僕も、グラエナの中では異端なんだ。 
「餌とお友達か。どういうつもりだ? 俺たちが今どんな状況に置かれているか、お前だって知らないわけじゃないだろう?」 
 リーダーが僕を睨む。離れているのにかなりの迫力だ。無条件で身を竦ませてしまうような。 
「分かってる。分かってるよ、リーダー。だけど僕は……」 
「獲物に対して非情になれない、か? 俺もそれには今まで目を瞑ってきたが……いくらなんでも今回のは度が過ぎる。 
この森で俺達が生き延びるためには餌を餌だと割り切る冷酷さも求められる。それができずに獲物であるはずのジグザグマと仲良くするようなお前は群れに必要ない……邪魔だ」 
 つまり僕は、もう群れの一員でも何でもないということなのか。 
皆が餌を探して必死になっている中、ジグザグマと仲良く会話なんかしていた僕の行いが許せなかったんだろう。 
リーダーの判断も納得がいかないこともない。生きる上では弱い者を切り捨てる非情さも必要なのだ。 
僕らグラエナが、他のポケモンを餌にして生きているのと同じように。 
「とはいえ、お前も群れの仲間だったグラエナだ。最後のチャンスをやろう。そのジグザグマを……喰え」 
「……!」 
 何を。何を言ってるんだ、リーダーは。聞き間違いだ。そう信じてしまいたい。 
しかし僕の耳にしっかりと飛び込んできたのは、食えという言葉。 
ジグザグマはぐったりと横たわっている。おそらく仲間に死なない程度に痛めつけられたのだろう。 
誰かが食べようとしても何の抵抗もしないかもしれない。だけど、そんなこと……出来るわけがない。 
「俺達の前でお前がそいつを食べられたのなら、このまま群れに残っても構わない。今回のことは水に流してやるよ。ジグザグマとの友情なんてものはまやかしで、所詮は餌でしかなかったと俺達の前で証明して見せてもらおうじゃないか」 
 これは、変わることをあきらめてしまった僕への罰なのだろうか。 
餌とされているポケモンと仲良くなるのは、やはり許されないことなのだろうか。 
その場から動こうとしない僕に、リーダーが問いかけてくる。 
「そいつを食ったって誰もお前を咎めたりはしないさ。腹が減ってるんだろう?」 
 そういえば昨日から何も食べていなかった。この空腹具合なら、勢いに任せてしまえば、もしかしたら。 
リーダーの言葉に突き動かされるように、僕は一歩、また一歩とジグザグマに近づいていく。 
動き始めた僕を見て、初めは野次を飛ばしていた他の仲間たちも押し黙る。まるで、この場には僕とジグザグマしかいないかのような静けさだった。 
彼の体からはほんのりと血の匂いが漂っている。普段は嫌悪感を抱くはずのこの匂いだけど、今はそれが僕の食欲を掻き立てていた。無意識のうちに、湧き出した唾をゴクリと飲み込む。 
すぐそばまで来た僕の足音を聞いて、ジグザグマは目を開いた。力なく見上げる彼の目にはどんなふうに僕が映っていただろう。 
もしかすると、獲物を前にして血を滾らせているグラエナとして映っていたかもしれない。これ以上彼に怖い思いをさせたくなかった。やるならば、一思いに。 
 さらに彼との距離を縮めた僕を見て、ジグザグマは目を閉じる。穏やかな表情だった。心地よい夢でも見ているかのような。 
彼に牙を近づけようとしていた僕の動きが止まる。どうしたんだ、ジグザグマは死ぬのが怖くないのか。あるいは、僕に殺されるのなら本望だとでも言うのだろうか。 


『君のこと、信じてるから』 


 ジグザグマは何も言わなかったけど、僕に無言のメッセージを送っていたのだろうか。 
恐怖や怯えなどは一切含まれいない彼の表情から、僕は確かにその言葉を受け取った。 
そうだ。そうだよ。彼は僕を信じていると言ってくれたんだ。だったら、僕もそれに答えるべきじゃないか。 
リーダーに挑発されたとは言え、一瞬でも彼を食べてしまおうと考えていた自分が恥ずかしい。 
 ジグザグマか、仲間たちか。どちらを選んだとしても僕には暗い未来しか想像できなかった。 
それなら、僕は自分が後悔しない方を選びたい。僕は大きく口を開き、彼の首筋に牙を近づけていく。 
そして、ジグザグマの体を傷つけないように軽く咥えこむと、サッと踵を返して一目散に駈け出していた。 
広場が一気にどよめきだす。裏切り者、という声も聞こえてきた。何とでも言えばいい。これは僕が出した答えなんだから。

 ジグザグマは辛うじて息をしているけど、この先いつまで持つか分からない。せめて、せめて安全な場所へ。 
後ろを振り返る余裕なんてなかったけれど、仲間たちが一斉に僕を追いかけてきているのが分かる。森の中に逃げ込んでしまえばなんとかなるかもしれない。 
茂みが、森の木が、だんだんと大きくなってくる。もう少し、もう少しで――――。 
「……がはっ!」 
 あと一歩で森にさしかかるという所で、僕は横腹に強烈な一撃を食らって草の上に倒れこむ。その拍子にジグザグマを離してしまった。 
さすがはリーダー。ジグザグマを咥えて走る僕に追いつくなんて造作もないことだったか。 
草の上に放り出されたジグザグマを前足で押さえつけて、リーダーは僕に言う。 
「お前の行動は予測していた。もしかしたらとも思ったが、これが答えってわけか。あばよ」 
「や、やめろ!」 
 僕の叫びも虚しく、リーダーはジグザグマに牙を立てていた。僕のよりもずっと鋭く尖ったリーダーの牙が、深々と彼の体に食い込んでいく。 
リーダーの顔の影になっていて、彼の表情が良く見えなかったのがせめてもの救いか。 
ジグザグマの体がひくひくと小刻みに震える。リーダーの牙が、口元が真っ赤に染まっていく。見たくないのに、目を逸らすことができない。 
やがて、ぴくりとも動かなくなった彼の体からリーダーは牙を離す。ズタズタになったジグザグマ、そして流れ出た大量の血を目の当たりにして、僕は彼を助けることができなかったという現実を突きつけられた。 
 分かってたさ。あの状況で逃げ切れる可能性は、ゼロに近いってことくらい。 
でも。それでも僕は彼を裏切ることなんてできなかったんだ。だけど結局彼を助けられなかったから、裏切ってしまったことになるのかな。 
ごめんね……ジグザグマ。あのとき僕が君を見つけたりしなければ、会う約束なんてしなければ、こんなことには。 

―10― 

「あ……ああ、ジグザ、グマ……」 
 僕の中の何かが、ガラガラと音を立てて崩れ去っていった。彼を失ったという喪失感が僕の心をじわじわと侵食していく。 
仲間に追われているという状況も忘れ、動かなくなった彼を前にしてただただ呟くことしかできなかった。 
僕のことを信じてくれていたのに、守れなかった。謝罪の言葉をいくら並べてみても、それを償うことなんてできはしない。 
「さて、お前たち。獲物はもう一匹いる。少々痩せて筋は張ってるだろうが……食えないこともないだろう。なあ?」 
「……っ!」 
 リーダーから、そして仲間たちからおぞましいほどの殺気を感じ、僕は現実に引き戻された。 
大切な友が目の前で殺されたというのに。生存本能だけは悲しいくらいにしっかりと機能しているようだ。 
もう悪い冗談だなんて思わない。彼らは本気だ。裏切り者の僕をどう扱おうが良心は痛まないのだろう。 
もはや僕は彼らにとってはコラッタやジグザグマと同じ、狩りの対象でしかない。 
「心配するな、お前もすぐにジグザグマのところに送ってやるよ……!」 
 リーダーが地面を蹴って僕に向かってくると同時に、他のグラエナ達も一斉に動き出す。 
逃げなくては。僕はリーダーの一撃を受けた横腹の痛みも忘れ、一目散に森の中へと駈け出していた。 

 鬱蒼と茂る森の中。苔と落ち葉で覆われた地面を駆け抜けるいくつもの足音。一つは僕の走る音。そして後の足音は、かつての仲間たちもの。 
木々と茂みの間の細かい隙間を這うように、僕は全速力で駆け抜けていく。今まで生きてきて、こんなに速く走ったのは初めてかも知れない。 
とはいえ追手は僕と同じグラエナ達。周囲の茂みから感じる仲間の気配は薄れているように思えない。 
 群れで行っていた狩りで追われていたポケモンも、きっとこんな風に逃げていたんだなと僕は痛感していた。 
自分が狩られる側になって初めて、今まで追いかけてきたポケモンの気持ちが分かったような気がする。 
みんな死にもの狂いだったんだ。こんなにも怖いことだったんだ。 
僕もある程度理解しているつもりだったけど、そんな生ぬるいものじゃない。 
すぐ傍まで迫った死の影から必死で逃げて、生にしがみつこうともがいている。今の僕がまさにそうだった。 
ジグザグマのことなんてどこかに追いやられてしまっている。死にたくないという想いで頭の中は一杯だったんだ。 

 どこをどう走ったのかも分からない。どのくらい走り続けていたんだろうか。 
少しだけど、僕を追うグラエナの数が減ったような気がする。ずっと走り続けて息が苦しいけど、おそらく彼らも疲れてきているはずだ。 
このまま完全に振り切ってしまえば逃げおおせるかもしれない。追手の減少は少なからず僕に希望を与えた。 
群れでの狩りは久々で、彼らの連携も鈍っていたのか。僕も敏捷性には多少なりとも自信がある。追い詰め専門を舐めるな。 
こうやって虚勢の一つでも張らねば、そのまま地面に崩れ落ちてしまいそうだった。極度の空腹状態で走り続けるのはそろそろ限界が近づいてきている。 
「……?」 
 ふいに、僕を追うグラエナ達の気配が消えた。どうしたんだろうと振り返ったのと、目の前が明るくなっていたことに気が付いたのがほぼ同時だった。 
森はここで終わっていて僕の足元にあったのは緑の大地ではなく、切り立った斜面だった。 
しまったと思った時にはもう間に合わない。前足が虚しく宙を引っ掻き、そのまま体ごと下の斜面へ吸い込まれ、叩きつけられる。 
「がはっ!」 
 背中からの激しい痛み。満身創痍の体に追い打ちをかけるような一撃。 
僕は何度も突出した石に体をぶつけながら、斜面をずるずると滑り落ちていく。 
斜面の終わりには段差があったらしい。滑ってきた勢いのまま僕は放り出され、地面に全身を打ちつけた。 
よかった。ここは平坦な地面らしい。これ以上どこかへ落ちていく心配はない。痛みよりも先に、その安堵を感じた。 
他のグラエナ達も、さすがに森の外の斜面を駆け降りてまで僕を追いかけてはこなかった。 
もし人間に見つかった場合を考えると、リスクが大きすぎるからだろう。そうだ……人間。 
僕は今になって思い出した。ここは森の外。身を隠す茂みも、木々もありはしない。 
目を開けて辺りを見回す気力すら残ってないけど、辛うじて周囲の匂いは感じ取れる。 
これは土の匂いじゃない。たしか、人間が通りやすいように手を加えた道がこんな匂いだったはず。 
ということは、この近くに人間がいるのか。まずい。こんなところにいると人間に見つかってしまう。ここから離れなくては。 
体を起こそうとするが、まるで石になったかのように全く動かない。体も、心ももうぼろぼろだった。 

 もしかすると、僕はこのまま死ぬんだろうか。 
他のグラエナに食べられるよりは、こっちのほうが穏やかに眠れそうだ。 
死んだら、ジグザグマに会えるのかな。……無理だよね。 
僕の牙は血に染まってしまっている。彼のいる天国には行けそうにない。 
だけどもし、もしも天国で彼に会えたのなら、守れなかったことを謝りたい。 
彼は僕を許してくれるだろうか、ジグザグマ――――。 

―11― 

 エレベーターの到着音とともに一階です、と無機質なアナウンスが響く。私は足早に降りると、ビルの出口に向かった。 
朝のラッシュ時よりは多少落ち着いているとはいえ、ロビーにはまだまだ多くの人影がある。 
私と同じように外へと向かう人もいれば、逆にエレベーターに乗り込もうとしている人、入ったところにある受付で何かの手続きをしている人、椅子に座ってくつろぐ人など様々だった。 
この時間帯は帰宅する人で入口が込み合うときもあるのだが、今日は少し早く仕事が片付いたためそれほどでもない。 
出入り口の自動ドアをくぐると、高いビルの立ち並ぶ街並みが目に飛び込んでくる。人工物に囲まれているという点では、外も中も対して変わらないのかもしれない。 
若干淀んでいるような気もするが、時折吹く風を肌身に感じるのが一番の違いか。 
「ええと、駐車場は……」 
 極度の方向音痴というわけではないけれど、時々どこに車を停めたのか分らなくなることがある。 
そうだ、ビルを出て右の曲がり角の奥にある駐車場に今日は停めたんだった。決まった車の置き場がないからややこしい。 
ここに勤め始めてそれなりの日数になるが、こういった面では未だに都会の空気に馴染み切れていない感があった。 
 やはり私には発達した都会よりも、多少不便さは残っていても閑静な住宅街の方が性に合っている。 
ポケモン専門の薬品会社ともなれば大きな企業だから、都心勤めになるのも無理のないことなのかもしれないけど。 
出来るだけ人とぶつからないように注意しながら、私はビルの角を曲がり駐車場に向かう。 
常に人通りが尽きないこの都心部ではポケモンを出して歩いている人は少ない。 
あまり大きなポケモンだと通行の邪魔になるし、一緒に隣を歩けるくらいの大きさだったとしてもこの雑踏に慣れていなければすぐに迷子になってしまうからだろう。 
見かけるのは、頭や肩に乗せられるくらいの小さなポケモンぐらいか。ポケモンを自由に出せる場としても、この街のポケモンセンターは貴重な存在だ。 
 そんなことを考えながら、どうにか私は自分の車の前まで辿りついた。 
ここなら人通りもほとんどないし、はぐれてしまう心配もない。私は鞄からモンスターボールを取り出して開く。 
赤い光がシルエットとして浮かび上がり、やがてそれは実体と化す。細長い体に茶色とクリーム色の縞模様をした 
ポケモン、オオタチが私の前に現れる。 
原理はよく分からないが、便利なものを開発した人がいるものだ。こうしてモンスターボールを使うたびにそう思わずにはいられない。 
「仕事終わったんだね」 
 ボールから出てきたオオタチ、ミオは嬉しそうに尻尾を振る。社内では手持ちポケモンはモンスターボールに入れておかなければならない。 
昼休みには外に出られるとはいえ、時間制限があるためあまりのんびりしていられないのだ。 
私の仕事が終わり、心おきなくボールの外にいられるというのが嬉しいのだろう。 
「ええ。それじゃ、帰ろっか」 
 そう言って私は後部座席のドアを開ける。ミオはひらりと身軽な動きで車に乗り込んだ。 
それを確認すると私はドアを閉め、運転席に座る。周囲に人がいないことを確かめた後、エンジンを入れて車を発進させた。 

―12― 

 私の家まで車でおよそ三十分強と言ったところか。毎日通うには少し距離がある。 
都心近くのアパートを借りて住むという方法もあったが、今の住居に比べるとずいぶんと狭い。 
私の家では常にミオはボールの外だ。アパートによってはポケモンを出すことを制限される場所もある。 
ミオに窮屈な思いをさせたくないのはもちろんだが、一人暮らしでいつも傍にミオがいたため彼女がいないと私が寂しくなる。 
というわけで、私は近いけどミオを自由に出せないアパートよりも、遠くてもミオと一緒にいられる一軒家を選んだのだ。 
ミオも最初のうちは車での往復に戸惑うこともあった。だが今では車の中で寝息を立てるくらいの余裕が伺える 
仕事にせよ何にせよ、初めのうちは落ち着かないことも多いが、だんだんと慣れていくものなのだ。 

 渋滞や信号待ちにぶつかるとかなり時間を取られることもあるが、今日は早めに仕事が終わったため普段よりもスムーズに進んでいる気がする。 
出発して二十分程。あんなにも景色を独占していた高層ビルやアパートの姿はもう見当たらなくなっていた。 
都心部は非常に発達しているものの、少し離れた郊外には静かな住宅街が広がっており、車や人通りもまばらになってくる。 
さらに進むと家すらも見かけなくなり、整備された空き地が区画ごとに分けられている。新しい家の建設予定地なのだろう。売地とでかでかと書かれた立札が目に留まる。 
 そういえば、この一帯も数か月前まではまだ森だったんだっけ。もう以前の光景を想像することができなくなっている。 
すっかり変わってしまったな。切り立った崖の近くに停められている作業車を見て、私はふと思った。 
いつもならばここに差し掛かった時点で大分薄暗くなっており、気に留めることなく通り過ぎていたのだが。 
一部では工事に対する近辺住民の反対運動もあったらしいが、結局決行されて今のような状態になっている。 
緑のない殺風景な景色はどこか物悲しい。せっかく切り開いたんだから、さっさと家を建ててしまえばいいのに。 

 そんなことを考えながら運転していると、いつの間にか細道に差し掛かっていた。 
小高い森に挟まれた、車二台が通れるか通れないかぐらいの幅の道。ここを抜けた先に、私の住んでいる住宅がある。 
ここも昔は徒歩でしか通れない砂利道だったらしいが、もう何年も前に道を通す工事がなされて今の状態になっている。 
ただ、本当にただ貫通させただけと言った感じで、歩道や街灯などの整備は全くされていない。 
そのため、夜この道を通る時は真っ暗でちょっと怖い。ミオがいてくれるから多少は安心できるけど。 
さらに、トンネルを通さずに小高い森を刳りぬいたため、左右は切り立った崖のようになっていて、雨の日は土砂崩れでも起きないかと心配になる。 
数々の不安要素を抱えたこの道だが、会社まで大幅に時間短縮ができるので私は毎日利用しているのだ。 
「待って、ユナ。誰か倒れてる!」 
「えっ?」 
 突然の叫びに、私は慌ててブレーキを踏む。前につんのめったミオが小さく悲鳴を上げた。 
さっきまで走っていてそれらしき姿は見当たらなかった。少し薄暗いのでライトを点灯させてみるが、それでも分からない。 
「どこ?」 
「この先の道端、もう少し進んで!」 
 たぶんミオは私よりは視力がいいはず。彼女の焦りようから見間違いではなさそうだ。 
前後から車が来ないことを祈りながら、私はゆっくりと車を進めていく。 
「あそこよ!」 
「本当だ……」 
 ライトに照らされて浮かび上がった黒い影。ぐったりと横たわっている。人間ではない。ポケモンだ。 
もしかすると、森から飛び出してきたところを車に撥ねられでもしたのだろうか。 
車を脇に寄せて停車させると、私とミオはその影に近づいていく。 
「酷い怪我……!」 
 倒れていたのはグラエナだった。森に住んでいたポケモンだろうか。あちこちに擦り剥いたような跡があり、体中が砂ぼこりに塗れている。 
近くの崖に点々と血が残っていることから、どうやら誤って崖から落ちてしまったようだ。 
外傷だけでも目を背けてしまいたくなるほどの怪我だ。もう死んでしまっているのだろうか。 
私はしゃがんでそっとグラエナの口元に手を当ててみる。わずかだがまだ息はある。だがこの状態ではいつまで持つか分からない。このままでは命が危ない。 
「まだ生きてるわ。ポケモンセンターに連れて行きましょう!」 
「うん!」 
 このまま放っておくなんて出来なかったし、仮にそうしようとしたとしてもミオは承知しないだろう。 
私はグラエナを抱き上げる。ずいぶんと軽かった気がする。そして何よりも、車に乗せて運べる大きさのポケモンで良かった。  
後部座席にグラエナ、そして助手席にミオを乗せる。ここから一番近いポケモンセンター。どこだろう。 
私の住む街にはポケモンセンターはないから、一度引き返さなくてはならない。間に合ってくれ。 
舗装されていない路肩を利用してどうにか車を転回させ、私は来た道を引き返しポケモンセンターへと急いだ。 

―13―

 渋滞や信号待ちの時間がこんなにももどかしく感じたことが今まであっただろうか。
思いがけない赤信号の連続で会社に遅刻しそうになったときでさえ、こんな焦燥感は抱かなかった。
これは、一つの命が私の手に委ねられているという重圧か。ミオが何度かグラエナに声を掛けてはいたものの、反応はなかった。
生きている証である呼吸音もだんだんと弱くなっているような気がしてならない。急がなくては。
 夕方の帰宅ラッシュをどうにか乗り越え、やっとの思いでポケモンセンターまで辿りつく。
手前の道路に車を停め、すぐさまグラエナを抱えてミオと共にセンターへと駆け込んだ。
本来ならばちゃんとした駐車場があるのだが、今はそんなことは言っていられない。
「すみません、この子をお願いします!」
 普通、センターに診せるのならばポケモンはモンスターボールに入れておくものだ。
予備のボールがあれば私も一時的な保護という形でグラエナに使っていただろうが、あいにくミオのボールしか持ち合わせていなかった。
軽い疲労や怪我ならば、ボールのまま回復が施される。ボールから出して治療するのはほとんどの場合、状態が深刻なときだ。
ポケモンを抱きかかえたまま訪れた私に、受付の女性は少し驚いた表情を見せた。だがグラエナの傷は一刻を争う事態だと判断したのか、すぐに応援を呼んでくれたようだ。
「分かりました。……急患です、至急治療室へ!」
「了解」
 内線か何かで連絡を取っているのだろう。急な治療でセンターを利用したことがないため、よくは分からないが対応の早さはさすがだ。
「さ、こちらへ」
 足早に歩き出した彼女の後を、私とミオは慌てて追いかける。センターの奥はこんなにも広かったのかと実感せずにはいられない。
いくつ角を曲がったんだろう。これは帰りも案内がないと迷子になってしまうかもしれないな。
受付の女性に案内されるままついた先には大きな扉があり、数人の医師と思しき人物が待っていた。
その中の一人が、キャスターの付いたベッドを私の傍まで押してくる。
「そのグラエナをこっちに」
「は、はい」
 私はベッドの上にグラエナを横たえる。明るいセンターの中だと数々の傷がくっきりと見えて痛々しい。
まだ息はしているが、それでも不安を拭い去れない。
「このグラエナはあなたのポケモン……でしょうか?」
 小さなポケモンならばモンスターボールに入れずに外に出している人も少なくない。
だが、グラエナはこうして抱きかかえなければならないほどの大きさだ。わざわざボールから出して運ぶには効率が悪い。
そのことも含めて、彼は私に訊ねたのだろう。
「いえ、私がいつも帰りに通る山道で倒れているのを見つけて……たぶん崖から落ちたんだと思います。ずっと意識がなくて……」
 グラエナを見つけてからの経緯を、私は大まかに伝える。
それを聞いて医師たちはああなるほど、とでも言うかのように小さく頷いた。
ずいぶん焦っていたような気がするけれど、私の説明は彼らが納得するようなものだったのだろうか。
あるいは、ベテランならば傷を見ただけである程度の判断はできるものなのか。
「……分かりました。あとは我々に任せてください」
「よろしくお願いします……!」
 私は彼らに頭を下げる。足もとにいたミオも私の真似をして同じような仕草をしていた。
彼女にこの行動の深い意味は分かっていなかったのかもしれない。私のひたむきさがミオを自然とそうさせていたらしい。
そんなミオを見て、一瞬、医師たちの緊張が解け和やかな表情になる。
「最善を尽くします」
 そう言って医師たちとグラエナは手術室の奥に消えていった。同時に、手術中のランプが点灯する。
ミオのお辞儀の効果がどんなものかは分からないけれど、これから治療を行う彼らにとってプラスになったことは間違いないだろう。
「……ねえユナ、助かるよね?」
「大丈夫よ。きっと……きっと助けてくれるわ」
 医師たちも余裕がある感じだったし、きっと大丈夫。助かるよね。
いや待てよ、患者を前にいちいち動揺していたんじゃ仕事にならない。落ちついてるなんてのは大前提か。
もうあれこれ考えるのはやめておこう。やれるだけのことはやった。あとは、グラエナが助かることを祈るのみだ。

―14―

 どれぐらい時間が経ったんだろう。未だ手術室の扉は重く閉じられたままで、ランプも消える気配がない。
とりあえず道路に停めっぱなしだった車をちゃんと駐車場に移動させてはおいた。駐車違反にされていなかったのは幸いだ。
それから戻ってきて、ミオと一緒に部屋の前の椅子に座り治療が終わるのを待っていた。
だが、時間が経てばたつほど、何もできない自分がなんだかもどかしくなってくる。
私がじっとしていられず立ち上がろうとするたびにミオが笑顔で大丈夫だよ、と声を掛けてくれたおかげで何とか落ち着いていられたのかもしれない。彼女の方が私よりも、こういう状況ではしっかりしているようだ。
普段は少しのほほんとしていてちょっと頼りない雰囲気があったけど、意外な一面だ。とにかく、ミオがいてくれてよかった。
 ふいに、ガタリと部屋の中から音が聞こえた。それとほぼ同時に私がずっとにらめっこを続けていたランプの点灯が消える。
直後、手術室の扉が開き、白衣と手袋を少しだけ赤く染めた医師たちが出てきた。私は慌てて彼らの元に駆け寄る。
「あ、あの、グラエナは……!」
 結果を聞くのが怖い気持ちもあった。もし、手は尽くしましたが……などと暗い切り出しをされたらと思うと。
「ええ、ご安心ください。もう大丈夫ですよ」
 治療の主担当をしたと思われる初老の医師はにこやかな表情で私に言った。
大丈夫、という言葉に私の胸の使えがすうっと取れていく。緊張がほぐれて、今まで気を張り詰めていた疲れがどっと押し寄せてきた。
「そう……ですか、よかった……」
「よかったぁ……」
 私もミオも胸に手を当てて、ほっと安堵の息を洩らす。
こういう無意識のうちの仕草は、トレーナーとポケモンに通じるものがあるのかもしれない。
「全身に擦り傷と打撲が多数見られましたが、骨折しているような部分は見当たりませんでした。傷の見た目に反して、出血も少ないようです。ただ、かなりの疲労と衰弱が見受けられたので点滴を打っておきました。今晩しっかり休息すれば、明日の朝にでも意識が戻ると思いますよ」
「ありがとうございました……」
 仰々しく礼を言う私に、医師たちは笑顔で応えてくれる。
グラエナを助けてくれた彼らの知識や技術が今はただただありがたかった。
「グラエナは個室に移しておきます。部屋が決まったら、後であなたにもお伝えしますね」
「……お願いします」
 私が答えたのとほぼ同時に、手術室の奥からグラエナの乗ったベッドが押されてくる。
前脚に後ろ脚、そして胴体といたるところに包帯を巻かれ、右の前脚には点滴のチューブが通っていた。
施された治療だけを見たのなら、どんな大きな怪我をしたのだろうかと心配せずにはいられないだろう。
だが、目を閉じて静かに息をするグラエナの表情はここへ運んで来た時よりもだいぶ穏やかになったような気がする。
意識はなくても、具合が良くなったことを自身の表情が物語っているのだろう、きっと。
そのまま医師たちにはベッドを押して廊下を歩いて行き、手術室の前には私とミオだけが残された。
「……ふう」
 完全に緊張が解け、私はぺたりと椅子にへたり込む。何はともあれあの子は助かったんだ。
よかった。そのことばかりが頭の中を埋め尽くしていて、しばらくの間ぼんやりとしていたような気がする。
そんな私の様子を見て、ミオも声をかけるのを躊躇っていたのかもしれない。
「今夜はセンターに泊まろうか、ミオ」
 もう外は真っ暗だ。いつの間にか時計は午後八時を回っていた。
そこまで設備は良くないと聞くが、ポケモンセンターの宿泊施設は格安で利用できるようになっている。
明日も仕事はあるし、ここからだとすぐに出勤できる。そして何よりもグラエナのことが気がかりだった。
それに今のような精神的に疲労した状態で車の運転をするのはあまり好ましくない。
「うん……そうだね」
 グラエナか、あるいは私のことを気遣ってか。ミオは私の提案にあっさりと乗ってくれたのだ。

―15―

 まぶしい日差しを感じた。もう朝なのか。それにしては光が強すぎるような。
うっすらと目を開けると、もう起き出していたらしいミオがカーテンの開いた窓の前に佇んでいた。
あまり見慣れない街の風景が新鮮なのかもしれない。そういえば昨日カーテンを閉めた覚えがない。
借りた部屋に入って備え付けの寝具に着替えたまでは覚えているのだが、そのあとの記憶がおぼろげだ。
精神的にかなり疲れていたらしく、ベッドに入るなり眠りこけてしまっていたらしい。
家のより少し硬めのポケモンセンターのベッドもそこまで寝心地は悪くなかったような気がする。
いつもと比べると相当早い時間に就寝したため、頭がすっきりしていて寝覚めが良い。今何時だろう。
私は体を起こすと部屋の時計を確認する。まだ六時過ぎか。九時までに会社に顔を出していれば問題ないから、余裕で間に合うだろう。
「……あ、ユナ。起こしちゃった?」
 私が起きあがったことに気がついたミオが駆け寄ってくる。
彼女の丸い瞳がぱっちりと開いていることから、ミオも昨日はぐっすりと眠れていたらしい。
「よく寝たし、そろそろ起きないとね」
 昨日寝たのが午後九時前だとすると、九時間以上寝ていた計算になる。あんまり寝すぎるのも健康にはよろしくない。
朝の涼しい空気もあるし、さわやかに目覚めるのなら今の時間帯がちょうどいい。
顔を洗って着替えたら、グラエナの様子を聞きに行ってみよう。私はベッドを降りると洗面所へと向かった。

 寝具を畳み軽くベッドを整えてから、私は部屋の外に出る。昨日と同じ服だけど、まあこれは仕方ないか。
グラエナを見つけたのは予想外の出来事だったわけで、もともとここに泊まる予定なんてなかったんだから。
こんな朝早くからセンターを利用している人はほとんどいないらしく、しんと静まり返っている。明るいとはいえ、静かな病院というのは少し不気味かもしれない。
「あの」
 いきなり背後から声をかけられ、小さな悲鳴を上げそうになったのは秘密。喉元で留まってくれてよかった。
振り向くと、昨日グラエナの治療をしてくれた初老の男性が立っていた。
「えっと、ユナさん……でしたか?」
「あ、はい……」
 一瞬、どうして彼が私の名前を知っているんだろうと思ったが、担当してくれた医師が依頼者のことを全く知らないというのもおかしな話だ。
宿泊施設を利用する際の手続きで、私の簡単な情報はポケモンセンター側に伝わっているというわけか。
「あのグラエナですが、意識を取り戻しましたよ」
「本当ですか!」
「ほんと?!」
 ぐいっと一歩前に出た私とミオに、彼は少したじろぐ。
そんなに迫力があっただろうか。あったかもしれない。人のいないセンター内だと声が響くから余計に。
「え、ええ。本当です。ですが……ちょっと困ったことになってましてね」
「何か……あったんですか?」
 どうしたんだろう。意識は戻ったけど、何か後遺症のようなものが見つかったんだろうか。
曇った彼の表情を見ていると、私のほうまで不安にさせられる。
「ああ、体の方は大丈夫です、ちゃんと動いてましたから。……本当はしばらく安静にしていなければいけないんですが、言うことを聞いてくれなくてね。私が近付こうとすると、威嚇の牙を向けられてしまって」
 ふうと大きくため息をついた医師の顔には、苦労の色が見て取れた。
そうか。グラエナは野生のポケモンだったんだ。それならば人間に警戒心を抱くのも仕方がないか。
「普通野生のポケモンは少なからず人間を警戒するものです。ですが、彼……あのグラエナのそれは異常です。私を睨みつけてはいましたが、よく見ると震えていました。警戒というよりは恐れていると言ってもいい。もしかすると過去に人間と何かあったのかもしれません」
 医師が彼と言ったことから、あのグラエナは雄だったらしい。抱き上げた感覚では軽くて細身だったから雌のような印象があったけれど、そこが少し意外だった。
それよりも、これは意識が戻ったからといって手放しでは喜べない状況だ。医師が頭を悩ませるのも分かるような気がした。
警戒されたままで今後の治療ができなければ、怪我も快方に向かわないはずだ。
「トレーナーのポケモンだったらもう何度も治療してきましたが、野生ポケモン相手だと今までのようにはいかなくて……はは、すいませんね。頼りない医師で」
 そう言って彼は自嘲気味に笑った。意識が戻るまでに治療してくれただけでも、私としては十分ありがたかったのだが。
やはり一人の医師として、怪我をしたポケモンをちゃんと治せないということが彼には辛いようだ。
「そのグラエナの部屋に案内してくれませんか? 私たちも彼の様子を見ておきたいんです」
「うーむ、あまりお勧めできませんが……ポケモンを連れたあなたならば彼の警戒も少しは薄れるかもしれませんね。わかりました。ですが念のためにこれを渡しておきます」
 彼は懐からモンスターボールを取り出して、私の手の上に置いた。
意図がつかめずに目を丸くしている私に、医師は説明を続ける。
「もしグラエナが襲いかかってくるようなことがあれば、迷わずそれを使ってください。今の彼の体力ならば捕獲することは容易なはずです。
もちろんそれは最後の手段です。あなたやあなたのポケモンにもしものことがあったら、悲しむ者がすぐそばにいますから、ね」
 そう言って医師は私とミオの顔を交互に見やる。
彼の目には、私達は心が通じ合ったトレーナーとポケモンという風に見えていたのだろう。
あまり意識したことはなかったけど、そう言われるとちょっと嬉しい。
 グラエナは助かったが、私やミオが怪我をしてしまっては本末転倒というもの。
このモンスターボールは彼が私たちに掛けてくれた保険、と言ったところか。
彼と面会して、これを使う機会が来ないことが一番望ましいのだが、持っておいて損はないだろう。
「それでは、行きましょうか。彼の部屋まで案内します」
 医師の心遣いを確かに懐にしまうと、私とミオは彼の後をついていった。

―16―

 目が覚めると僕は白い部屋の中にいて、台の上に寝かされていた。
体中に白い布を巻かれて、右の前足には変な管が刺さっている。
外そうともう片方の前足でひっかいてみたけど、なんだか痛かったのでやめておいた。
ここはどこなんだろう。あのとき僕は死んだんじゃなかったのか。
さっき人間の男が来て僕に何かを言っていたけど、はっきりと覚えていない。
たしか、心配しなくていいとか君の怪我を治したいとか言っていたような気がする。
信じられるはずがない。人間に油断してはいけないと森の仲間からはずっとそう教わってきたし、そのことに何の疑問も抱かなかった。
森を破壊した人間、それに抵抗しようとした仲間を傷つけた人間。僕の中では負のイメージしかない。
 近づこうとした男に僕は姿勢を低くして低いうなり声を上げた。それ以上来るな、というサイン。
慣れない威嚇と人間に対する恐怖で前足がガクガクと震えていたけど、男は少し怯んだらしく渋い顔をしながらも部屋を出ていってくれた。
 そうだ、ここはもう森じゃないんだ。あの森でグラエナに危害を加えようとするポケモンなんていなかった。
だけどここは森の外、しかも人間が建てた建物の中。僕がグラエナだということは何の保身にもならない。
こんなところからはさっさと逃げ出してしまいたかったが、前足に通された管はしっかりと台に固定されていて動かない。台から飛び下りればもしかしたら外れるかもしれないけど、痛いだろうなあ。

 ふいに、部屋の外で足音が聞こえた。また誰かがここに入ってくるのだろうか。
続いて話し声も聞こえてきた。男の声と、女の声。男の声には聞き覚えがある。おそらくさっきの人間だ。
「……何かあったら、すぐに呼んでください。私はここで待っています、くれぐれも気をつけて」
「分かりました」
 話し声の後、ガチャリと部屋の入口で音がする。
入って来たのはさっきの男ではなく、オオタチを連れた女だった。
女に寄り添うようにしている所を見ると、あのオオタチは彼女のポケモンなんだろうか。
「よかった……目が覚めたのね。怪我の方は、大丈夫?」
「…………」
 僕は答えずに彼女の顔をじっと見る。睨んでいたと言ったほうが正しいかも知れない。
オオタチは僕の視線に少し怯えているような雰囲気があったけど、女のほうにはそれが見られなかった。
やっぱりポケモンと違って人間には、グラエナの怖さもあまり通用しないのだろうか。
「ここはポケモンセンターと言って、怪我をしたり病気になったりしたポケモンを連れてくる所よ。道端に倒れていた君を私がここまで連れてきたんだけど、どうしてあんな場所に倒れてたの?」
 と言うことは、彼女が僕を見つけてここまで連れてきてくれたのか?
それじゃあ僕が今こうして生きているのは彼女のおかげ――――いや、信じちゃだめだ。
僕を信用させるための口実かもしれない。安易に心を許してしまったら、後で何が待っているか分からない。
「……ねえ、何か話してくれないと、何も分からないよ?」
 黙ったままの僕に、彼女の足元にいたオオタチが言う。まだ少し声が震えていたような気がする。
思い切って僕に話しかけてくれたオオタチの勇気は認めるけど、人間と一緒にいるポケモンも信用できるはずがない。何も話すことなんてなかった。
「……来ないで!」
 近づこうと足を踏み出した女に向かって、僕は叫ぶ。彼女は一瞬足を止めたが、またすぐに歩き出す。
怯んだのはオオタチだけ。やっぱり人間にとってグラエナは恐怖の対象でもなんでもないのか。
「心配しないで、私は君に何もしないから」
「そんなこと、信用できない……」
 さっきの男と同じことを言っている。繰り返された言葉はむしろ逆効果だ。これ以上近づいて来ないでよ、お願いだから。
僕は姿勢を低くして、唸り声を上げる。人間に対する最後の手段。男はこれで引き下がってくれたけど、はたして彼女に通用するかどうか。
「……ゆ、ユナ」
「大丈夫だから、ね」
 オオタチは彼女の後ろに隠れるように身を引いたが、女は表情を変えることなく近づいてくる。
やっぱり、効果はないのか。台の縁まで後ずさりした僕に彼女が手を伸ばしてきた。だめだ、逃げられない。
「……っ!」
 威嚇にも関わらず、近づいてきた彼女の手に僕は咄嗟に牙を立てていた。
優しく差しのべられた彼女の手を、僕はまだつかむことが出来なかったんだ。

―17―

 ぷつり、と肉を突き破る感覚。ポケモンの皮膚だろうが人間だろうが、嫌な感触に変わりはなかった。
口の中に血の味がうっすらと広がる。牙を離した僕が見たのは、苦痛に歪んだ彼女の顔。
手の甲には僕の歯形が点々と残っており、細い糸のように血が流れ出ている。
「ゆ、ユナ、大丈夫?!」
「え……ええ、平気よ」
 そんなに強く噛んだつもりはなかったけど、僕らグラエナの牙は鋭い。刺さったら、きっと痛い。
心配するオオタチを気遣ってか、無理にでも気丈に振舞おうとしている彼女が余計に痛々しくて。
僕はなんだかとんでもなく悪いことをしてしまった気にさせられる。
いや、威嚇していたのに近づいてくるほうがいけないんだ。彼女のほうが悪い。
浮かび上がってくる罪悪感を振り払いながら、僕は必死に自分を正当化しようとしていた。
「あ、あなた……ユナになんてことを!」
 一歩前に出て、震えながらもオオタチは僕を責める。
そうだよね。自分のトレーナーを傷つけられたら怒るのも当然だよ。
ごめんなさいと素直に謝るべきなのか、それとも悪いのはそっちだと言い返すべきなのか。
僕としては前者を選びたかったけれど、傷つけておきながら今更謝っても余計に怒らせるだけじゃないだろうか。
どうしていいか分からずに、僕は黙って俯くことしかできなかった。
「ミオ、私は大丈夫だから……」
「で、でも!」
 まだ僕に文句がありそうなオオタチを制すると、彼女は再び僕に手を伸ばしてきた。
一度手痛い拒絶をされたのに、どうしてまた歩み寄ろうとするんだろう。
それに彼女はオオタチと違って、僕を責めたりしなかった。ただ、悲しそうな表情をしただけで。
当惑していた僕は、近づいてきた彼女の手に反応することができなかった。
もうすぐそばまで迫ってきている。今度こそだめだ。逃げられない。僕は思わず目を閉じる。
「……!」
 暖かいものが僕の頭に触れた。痛みや衝撃は微塵も感じない。
何が起きたんだろう。人間に噛み付いてしまったから、どんな仕打ちを受けるのかとびくびくしていたのに。
恐る恐る目を開くと、女が僕の頭を撫でていたことに気づく。温もりが伝わってくる、優しい手だった。
「怖がらなくても大丈夫だよ……」
 最初は僕を安心させるための建前だと思っていた。人間は信用しちゃいけないと。
だけど、一度は牙を立てた僕にうわべの優しさでここまで穏やかに接することができるだろうか。
彼女が言っていたことは本当なんじゃないだろうか。手の暖かさを感じるうちに、僕の中の警戒心や恐怖が薄れていく。
「話したくないのなら、無理にとは言わないけど……君に何があったのか、聞かせてくれると嬉しいな」
 僕をここまで連れてきてくれたらしき人間としては、やっぱり気になるところなんだろう。
まだ完全に信用したわけじゃない。でも、僕を見つめる彼女の優しい眼差しは残った猜疑心も消し去ってゆく。
ずっと黙っていても、オオタチが言ったように何も分からないままだろう。この人達になら、話してもいいかも知れない。
 それにもし再び拒んだとしても、彼女は何度でも僕に接しようと試みるだろう。
痛い思いをしたところでその心は揺るがない、そんな気がしていた。
ならば変な意地を張らないで、話してしまったほうが僕としてもすっきりするかもしれない。
「……分かった」
 僕の中では大きな決断であるはずなのに、そこまで迷うことなく僕は答えた。
どうして人間と人間のポケモンなんかに、という気持ちがなかったと言えば嘘になる。
だけど、やっぱり僕は心のどこかで話し相手を求めていたんだと思う。あのジグザグマのときと同じように。

―18―

 一呼吸置いた後、僕は今までのことを順番に話していく。
あの森で起こったこと。僕が狩りを苦手としていること。仲間たちとのこと。そして……ジグザグマのこと。
話すのが辛い記憶であるはずなのに、意外にも僕は淡々と言葉を紡いでいた。
まるで、自分とは全く関係のない他のポケモンの身に起こった出来事を語るかのように。
野生の世界。人間から、そして人間と暮らしているポケモンからは想像もつかないような世界なんだろう。
僕らグラエナが他のポケモンを食べていたと聞いたとき、オオタチの顔がひどく引き攣っていたような気がする。
無理もないか。鋭い爪も牙も持たないポケモンは狩られる側だ。
僕はオオタチもその進化前のオタチもあの森では見たことがなかったが、もしいたならば確実に餌食になっていただろう。
「僕が話せるのはこれくらいかな……」
 一通り話し終え、僕は大きく息をつく。こんなにもぺらぺらと一方的に話をしたのは初めてかも知れない。
僕はもともと誰かと会話をするときも聞く側にまわることのほうが多かったから尚更だ。
それにしても不思議な感じだ。途中何度も話すのを躊躇ってしまうだろうと思っていた事柄でさえ、滞りなくすべて彼女たちに伝えることができてしまった。
「……えっと」
 先に口を開いたのは女の方だった。だけど、そこから言葉を続けることができずに言い淀んでしまっている。
何か言わなければと思っているけど、何を言っていいか分からない。そんな表情だ。
「ごめんね。そんな過去だなんて知らなかったから……」
「別に謝らなくてもいいよ。知らなかったから聞いたんでしょ?」
「それはそうだけど……話すのも辛かったでしょう?」
 辛い過去。本当にそうだったのだろうか。
確かに僕は、群れの仲間を失った。友達のジグザグマを目の前で殺された。群れを追放された。
意味合いとしては、これは辛いことなんだって分かる。でも、辛いってどんな感覚だったのかあやふやではっきりとしなかった。
「分からない……」
「え?」
「話す前は、途中で取り乱してしまうかもしれないって思ってた。だけど、いざ話してみると僕は自分でも怖いくらいに落ち着いてたんだ。
仲間が死んだって聞かされた時も、ジグザグマが目の前で殺されたときでさえ……涙すら流れなかった。何も浮かんでこない。からっぽだった」
 もしかするとジグザグマが殺されたときに、僕の心は砕けてしまったのだろうか。
彼と一緒に会話して、笑い合っていた自分を上手く思い描けない。つい最近の記憶であるはずなのに。
「どうやら僕はいつの間にか冷酷なグラエナになってしまったみたいだ。森にいた時は絶対にそうはなりたくないって思ってたのにな……」
 そんな自分が余計に哀れに思えてきて、僕は肩を小刻みに震わせて笑ってみた。
乾いた笑い声だ。薄っぺらくて中身がつまってない。部屋に響いた声は、僕の虚しさとなって跳ね返ってくる。
「そんな……そんなことない!」
 僕の笑いを遮断するかのような声。隣にいたオオタチも少しびっくりしたみたいだ。
女の叫びで、僕は声を止める。見ると、彼女は今にも泣き出しそうな表情だった。
涙を誘うほど、僕の話は悲壮感溢れるものだったのだろうか。過去を話して誰かに泣かれても、いい気分はしないけど。
「あなたに僕の何が分かるの? 慰めなんていらないよ」
 僕が今までどんな環境で、どんな思いで生きて来たのか。
伝聞だけで、全部分かったみたいに言わないでよ。それに、そんな半端なかばい立てなんて僕は求めてない。
「確かに人間である私も、私と一緒に暮らしてきたミオも、君が言うような野生の世界を知らなかった。でも、君は……君は冷酷なグラエナじゃない」
 首を横に振りながら、ゆっくりと諭すように彼女は僕に言う。
口調は穏やかだったけれど、目に見えない気迫のようなものを感じる。
彼女の瞳には迷いがない。いったいどこからそんな自信が来るのだろう。
「君が本当に心がからっぽで、冷酷なグラエナだって言うなら……今、君の目から流れているものは……何?」
「え……?」
 僕は思わず前足で頬に触れる。濡れた。冷たい。これは僕の……涙?
それじゃあ、僕は今、泣いていたのか――――?
自分が涙を流していたんだ、と分かったのとほぼ同時に僕は彼女に抱きしめられていた。
最初は少し驚いたけど、全身を包む優しい温もりが僕の抵抗しようという気持ちを鎮めてくれる。
「誰かのために涙を流せる君は、きっと優しい心を持ってる。悲しいときは無理しないで……泣いてもいいんだよ?」
 僕の耳元で、彼女がそっと語りかける。その瞬間、僕の胸の奥から熱いものがこみ上げてきて。
頬を伝って再び涙がこぼれ落ちた。流れても流れてもどんどん湧き出してきて、止まらない。
「あ……ああ、うわあああぁぁっ!」
 僕は彼女の胸に抱かれたまま声を震わせて泣いた。後から後から滂沱と流れ落ちる涙。
時折咳きこむ僕の背中を、彼女はそっと撫でてくれる。その心遣いがさらに僕の涙を促進させた。
 あの森でのこと。仲間とのこと。ジグザグマのこと。どんなに辛くても悲しんでいる余裕なんてなかった。
凝り固まっていた僕の心を、彼女の優しさが溶かしてくれたんだ。

―19―

「もう、落ちついた?」
 僕の背中を優しくさすりながら、彼女は僕に訊ねる。
瞳の奥はまだ熱を持ったままだった。でも、もう涙は流れていない。
彼女の服が肩から胸にかけてじっとりと湿っている。どのくらい泣いていたんだろう。
時々嗚咽が喉の奥からせり上がってくるけど、とりあえずちゃんと喋れるくらいには落ち着いてきた。
「う、うん……」
「そっか。よかった」
 彼女は僕から手を離し、安心したように微笑む。
溜まっていた涙をすべて流しきったせいか、なんとなく晴れやかな気分だった。
目の前が開けて、視界が明るくなったような気さえしてくる。
 ふと、彼女の隣にいたオオタチと目が合う。そういえば、オオタチはずっとここにいたんだっけ。
ということは彼女に抱かれて泣いていた僕の姿をずっと見られていたことに。
なんだか気恥しくなって、僕は慌ててオオタチから目を逸らした。
「えっと、私が言えたことじゃないかもしれないけど……ジグザグマは君に出会えて幸せだったと思うよ。
だから自分を責めないで、冥福を祈ってあげたほうが……きっとジグザグマも喜ぶと思う」
 オオタチなりに僕を励まそうとしてくれているんだろう。僕もそうやってすぐに気持ちを切り替えられたらいいんだけど、なかなかそうもいかない。
今となっては彼の本心は分からないままだ。僕はジグザグマと会えてよかった。でも彼はどう思っていたんだろう。
彼が捕まったときのことを思うとやっぱり僕のせいだったんじゃないか、とどうしても考えてしまう。
あのとき僕がもっと周囲に気を配っていれば。会う約束なんてしなければ。彼は死なずに済んだんじゃないか、と。
「少しずつ、ゆっくりと気持ちを整理していけばいいわ。君のペースで、ね」
 まだ腑に落ちない僕の様子を悟ったのか、彼女が僕に言う。
いくら悔やんだところで、起きてしまった過去の出来事は変えられない。
それならば彼との思い出を大切に心の中に留めておいて、オオタチの言うように冥福を祈ってあげたい。
今はまだ無理でも、いつか心からそう願える日が来るといいなと思う。
「……うん、ありがとう、二人とも。それと……さっきはごめんなさい。痛かったでしょ?」
 もう血は止まっていたが、彼女の右手の甲にはしっかりと歯形が残っている。
いくら人間を警戒していたとはいえ、僕を助けてくれた恩を仇で返すような真似をしてしまったのだ。ここはちゃんと謝っておきたかった。
「いいのよ。気にしないで。……そういえば、君はここを出た後、どこか行くあてがあるの?」
 彼女が言ったようにここは怪我や病気のポケモンが来るところならば、それが治れば出ていくのだろう。
その後のことなんて全然考えてなかった。裏切り者として仲間を追われた僕は、もう森には戻れない。
だからと言って、森の外を全然知らない僕ではどこか他の住処を探すのも難しい。
「……分からない」
「そっか……。ねえ、ミオ」
 彼女はオオタチの方に視線を向ける。オオタチは少しの間彼女の目を見ていたが、やがて納得したように頷いた。
何も言わなくても気持ちが通じ合っている、ということなのだろうか。
「私は歓迎するよ、ユナ」
「ありがと」
 二人で何を伝えあっていたのか、脇で見ていた僕には皆目分からない。
トレーナーとポケモンの強い絆のようなものを目の当たりにしたような気がした。
「もしよかったらさ、私達のところに来ない?」
「えっ?」
 僕は思わず声を上げていた。それはつまり彼女のポケモンに、トレーナーのポケモンにならないかという提案だ。
さっきオオタチと交わしていたのは、僕にこの言葉を伝えるためのやりとりだったのだろうか。
「こうやって出会ったのも何かの縁だし、話を聞いた後じゃなんだか放っておけなくてね。どうかしら?」
「でも……僕はグラエナだよ。オオタチと一緒にいてもいいの?」
 あの森ではそうでなかったが、もしかするとオオタチとは食物連鎖の関係にあったかもしれないのだ。
ジグザグマのときのこともあってか、なんとなくオオタチと近づくのを躊躇ってしまう。
「野生で生活するのと、トレーナーと一緒に暮らすのとは違うわ。種族なんて気にしなくてもいいのよ」
 隣のオオタチもうんうんと頷いている。この部屋に入ってきたときは僕のことを怖がっていたように見えたのに、今はそんな気配は微塵も感じられない。
あれはただ単に僕の威嚇的な態度に恐れを抱いていたのであって、グラエナそのものが怖かったわけではないということなのか。
ずっとトレーナーと暮らしてきたのなら、種族の違いなんて気にしないのかもしれないけど。
僕は今まで野生で生きてきたんだ。根付いた考えや価値観はそう簡単には変わらない。
 けれど。人間の温かさを知ってしまったせいだろうか。彼女と一緒に行くのも悪くないという考えも浮かびつつあった。
行くべきか、行かざるべきか。信じるべきか、疑うべきか。正反対の気持ちが僕の中で交差している。
「……あなたのこと、信じてもいいの?」
「ええ。人間もそんなに悪い人ばかりじゃないって、私が君に教えてあげるわ」
 自信たっぷりの彼女の言葉。裏を返せば自分は良い人間だと言っているようなもの。
でも僕はついさっき彼女がくれた優しさは本物だと思ったし、信じていたかったんだ。
だからそのとき彼女の目をまっすぐ見つめながら、頷くことが出来たんだと思う。
「分かった……信じてみるよ」
 僕の答えを聞いた途端、彼女とオオタチはほとんど同じタイミングで笑顔になる。
なんだか僕の方まで思わず笑ってしまいそうになる、眩しい笑顔だ。
こういう所を見ていると、やっぱり二人は心が通じ合っているんだなあと思う。
「ありがとう」
 微笑みながら彼女は僕の頭を撫でた。最初は拒んでいたその手が、今はただただ温かい。
この温もりをいつまでも傍に感じていたいと、僕は心から思ったんだ。
「そう言えばまだちゃんと自己紹介してなかったわね。私はユナ、こっちのオオタチはミオよ。よろしくね、グラ……いえ、ラルフ」
「ラルフ……?」
「そう、君の名前。呼ぶ時にグラエナじゃよそよそしいでしょ。私達トレーナーはポケモンに種族名以外のニックネームをつけることがあるの。私から君への贈り物、受け取ってくれる?」
 彼女がオオタチのことをミオと呼んでいたのも、そのニックネームというやつなんだろう。
トレーナーのポケモンだからこそ得られるもの。このラルフという名前は僕が彼女のポケモンである証のようなものか。
そう考えるとニックネームも悪くないような気がしてきた。僕はラルフ。うん、自分で言うのもなんだけどなかなかいい響きかもしれない。
「ありがとう。大事にするよ。……えっと、僕の方こそよろしくね。ユナ、ミオ」
 名前を呼ぶのは初めてで、何だか照れくさかったけど、僕はちゃんと二人の名前を呼んで挨拶を交わしたんだ。

    END

再び[[リング]]さんから挿し絵をいただきました。ユナとミオが部屋を出ていった後、眠るラルフの傍らに。
[[無垢な牙:お別れ>http://www39.atwiki.jp/songs/?cmd=upload&act=open&page=AZ%E3%83%9A%E3%82%A4%E3%83%B3%E3%82%BF%E3%83%BC%E3%81%AE%E4%BD%BF%E3%81%84%E6%96%B9%E7%AC%AC3%E5%9B%9E%EF%BC%9A%E9%A6%AC%E3%81%AE%E8%83%B8%E5%83%8F%E3%82%92%E6%8F%8F%E3%81%84%E3%81%A6%E3%81%BF%E3%82%88%E3%81%86&file=%E3%82%B0%E3%83%A9%E3%82%A8%E3%83%8A%E3%81%A8%E3%82%B8%E3%82%B0%E3%82%B6%E3%82%B0%E3%83%9E%EF%BC%92.jpg]] 
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-あとがき

これもキャッシュが見つからなかったので手短に。
野性の世界をポケモンで表現してみたかったのです。
野生の世界をポケモンで表現してみたかったのです。
そして[[遅効性悦楽]]の過去の物語でもあります。

ノベルチェッカーでの調査結果。
私の分類する長編ではもっとも長い話です。
【原稿用紙(20x20行)】 113.2(枚) 
【総文字数】 36225(字) 
【行数】 901(行) 
【台詞:地の文】 15:84(%) 
【ひら:カタ:漢字:他】 62:5:31:0(%) 
【平均台詞例】 「ああああああああああああああああ、ああああ。あああ」
一台詞:27(字)読点:34(字毎)句点:45(字毎) 
【平均地の文例】  あああああああああああああ。あああああああああ、ああああああああああああああああああああ。
一行:46(字)読点:48(字毎)句点:28(字毎) 
【甘々自動感想】
わー、いい作品ですね!
長さは中編ぐらいですね。ちょうどいいです。
男性一人称の現代ものって好きなんですよ。
一文が長すぎず短すぎず、気持ちよく読めました。
それに、台詞と地の文の割合もいいですね。
「話したくないのなら、無理にとは言わないけど……君に何があったのか、聞かせてくれると嬉しいな」って言葉が印象的でした!
これからもがんばってください! 応援してます!
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何かあればお気軽にどうぞ
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