#contents 作者……[[リング]] [[前話へ>漆黒の双頭“TGS”第7話:替え玉の霊媒師・前編]] **第1節 [#le5393b6] ポッタイシの少年、スパイク。 アサは、アズレウスの元への護衛の最中スパイクの行動を逐一観察していたが、いまいち分からないところがあった。 スパイクはアサに触られることを嫌っていた。『気易く触るな』と言って一回も触ったことが無い。 あの唯我独尊性はシリアのそれと近いが、それにしたって何かの才能――つまりは''目覚め''を秘めているかどうかで言えば微妙だ。 仕事を終えてから四日後のこと、アサは仕事の報酬をもらいに行くついでにそのことを聞いてみた。 「あぁ、それか……スパイクの目覚めるパワーは強力なドラゴンタイプなんだ」 レイザーは部下に仕事を任せてデートへ行ったりすることはスカウトマンになる前から行っていたことなので、レイザーの替え玉を行っている最中のヒューイもその癖を再現していたし、レイザー本人がこのギルドで休暇を過ごすときは、それが頻発したりしている。 だが、今日は一応、所長としての業務をまじめにやっているようではあって、机の上にはきちんと書類が広がっている。報酬という事であらかじめ用意されていた封筒に渡された日時を書き記しての給付。 本来なら受付を通して行われる報酬清算だが、所長の特権なのか、手続きにかかる手数料や税金はきちんとむしりとるが、受付を通さずに直接帳簿に領収書を張りつけて面倒な報酬清算をさっさと終わらせてしまった。 「で、ドラゴンタイプだとどうなるんだ?」 レイザーが作業を終えるのを見計らってアサは尋ね返す。 「ま、ドラゴンタイプだと何が出来るかって言うのが分からないとどうにもピンと来ないだろうな……」 レイザーはそう言ってから紙の上に正方形を描き、その内部に直角に折れ曲がる直線をいくつも描き始める。もちろん、カマで筆を持つことは出来ないから、カマに筆を固定するための専用の器具を使っている。 「迷路だ……解いてみろ」 などと言われても、その短時間で作られたお粗末な迷路は難なく解ける。指でたどっていけば作るのにかかった時間の5分の1ほどで片付いた。 5分の1という速度が遅い気がするのは、レイザー所長の筆の動きが早すぎるせいである。 「じゃ、これでどうだ?」 レイザーは通り道を一つ、線を描き加えて、唯一の通り道を塞ぐ。 「無理だろ……?」 道を塞がれ、その迷路は攻略不可能となっていた。 「あぁ、平面世界の住人にはこの迷路は越えられない。俺達立体世界の住人にならば、この迷路くらい簡単に超えられるのにな……」 答えを言うぞ――と付け加えて、レイザーは紙に穴を二つ開けた。 「例えば、平面には裏と表がある……ジャンプして超えることがお前らエスパータイプの使うテレポートならば、平面の裏側に穴を掘ってから迷路の壁を越えるという方法もある。 さぁ、ドラゴンと聞いて思い浮かぶポケモンを3匹言ってみろ」 普段のアサなら三大飛龍と呼ばれるカイリュー・フライゴン・ボーマンダと答えるところだが、裏表と事前に言われたこの話の流れでは、答えは決まっている。 「ディアルガ・パルキア・ギラティナ……の三匹か」 「そう、その三種は『次元』の力に目覚めている……その中でもギラティナは裏の世界へ行けるといわれているな?」 レイザーはふぅっ――とため息を挟んで見せる。 「スパイク……あいつが麻薬中毒だったのは見て分かったか?」 「尋常じゃない痩せ方っていうかやつれ方をしているからそうじゃないかとは思ってたけれど……あいつ、ちょっとでも答えたくない質問があると『お前には関係ないだろ』だったから。聞き出せなかったね」 ククッ――レイザーの笑い声だ。 「相変わらずだな。あいつはわかりやすく実力差を示さないと誰にも従わねぇ唯我独尊なところがあるからな。そういうやつだからこそ''目覚め''られたのかもしれないが。 あいつの使っていた麻薬だがな……聞いて驚け。フワンテガイドって言う複数のいけない葉っぱが加工されている薬でな……天国に案内されたと思ったら体が爆発するような、地獄のような苦しみに見舞われるっていう代物だよ。 精神的にも肉体的にも、依存性や耐性はそれ無しじゃ生きていけないってくらい最高にハイな代物でな……そいつを強制的に吸わせては、次からは高額な金を提示して、金作ってこいと解放する儲かる商売があるんだよ。あいつは……スパイクはその被害者だ。 スパイクが目覚めた瞬間はそんな時でね……あいつの目覚めの力は『不可侵』って言って……攻撃を避けたりするほか、悪い薬や毒を吸収しないでそのまま体外に吐き出したりする力を得られるものだ。ポッタイシは掻けないけれど汗とか……尿とか、唾液でね。 そいつが作用してスパイクは薬の作用も副作用も跳ねのけ、自分をあんな体にしたやつによく燃える油をぶっかけて燃やしたんだ」 笑って、とんでもない奴だろ?――と、レイザーは嬉しそうだ。 「そんで残ったブーバーンとの戦いの最中強烈な頭痛と幻覚に襲われたせいで敗色濃厚になってね。そんなところで、監視していた俺に助けられた……ってわけだ。 っていうか、数日前から逐一監視していた俺が『奴らを殺せって俺に命令していた』とかわけ分からないこと言っていたなぁ……保護した当初は」 一人、楽しそうに大笑いしてレイザーはひたすら上機嫌だ。 「なんにせよ、清く正しく、真面目に生きてきた奴がそう言う奴らに人生滅茶苦茶にされることだってある。頑張っている者をそうやって破滅に追い込む奴らを……殺してくれただけでもスパイクは評価に値するよ。 例え目覚めていなくっても、俺は守ってやりたかったね。 スパイクはね、街の平和を守るはずの保安兵が、そう言う奴らを賄賂一つで見逃しちまうのが許せないんだとよ。 あいつもあいつでポッタイシらしく自分が誰よりも強くて立場が上って思いこんでいるけれど……『立場が上に当たる奴は余裕があるものだ』って考えてやがる。それはシリアが言う思いやりは胃袋にあるという持論にも似ているな。 あいつは……思い込みに違わない偉い奴になるだろうよ。あぁ言う奴が、平和を作っていくんだろうよ」 まだ、知り合ってからさほどの時間がたっているわけでもなかろうに、自分の子供を見るような目でレイザーはスパイクを想う。 「偉い奴は他人に優しくあるべき……と考えている訳ね」 合いの手を打ったアサに、レイザーはそう言う事――と、微笑んだ。 「で、その『不可侵』って目覚めは……スパイクの修業先に居るアズレウス……ラティオスやラティアスも自然に目覚められる目覚めの力だよ。あのドラゴンのすぐれた擬態能力はその目覚めの力によるものらしい。 スパイクも言ったとおり目覚めている訳だ……が、相当強くそれに目覚めていなければ、今頃強盗に精を出していただろうよ。 なんせ、レアスってハートスワップの使い手が、フワンテガイド中毒の奴の体に入った時の感想が、『死にたくなった』だから」 「ふむ……つまり、スパイクは『不可侵』ってドラゴンの力に目覚めているから、あわよくばこのまま次元を司るドラゴンの次元の力にまで目覚めさせて、世界の表裏を自由に行き来できる兵隊に仕立て上げようって言うのか?」 「出来ればそうしたいところだがな……」 言って、レイザーはカラーでは無いからラティアスかラティオスは分からないむげんポケモンのどちらかを描く。隣に書いた同じようなポケモンが一回り小さく書かれていることから、恐らくは最初に書かれた方がラティオスだ。 「さて、アズレウスだが、ラティオスは夢映しという特殊能力を使えることで一部に知られているな。 本来それはラティオスにしか使えない技なのだが……キールの母親のクリスタルと言う名のラティアスは夢映しを使える((漆黒の双頭第2話参照))んだなこれが。 キールの母さんが突然変異なんて陳腐な答えは期待していない。ラティアスが夢映しを使える理由は何故だと思う?」 聞かれても全く心あたりのないアサは、レイザーの問いかけが終わるなり首をかしげたまま動かなくなってしまう。 「アサ……ヨルノズクではあるまいし、首傾げたままの姿勢で固まるのはよせよ」 そう言ってレイザーはくつくつと笑う。 「まぁ、イイか。答えはな……アルトマーレキューブという代物によるものなんだ。 アルト・マーレというのはアンノーン文字の派生の一つでアルトマーレって言葉には『永遠なる空』((アニメにおける街の名前では『永遠なる海』という意味を持つが、Altoは『海』以外にも「空』という意味を合わせ持つ。&br;そのため、空の裂け目に住みついていたこの世界のラティアス・ラティオスにとってはこの訳が適切))という意味があるんだ。 で、ソレを使えば、ラティアスでも夢映しが使えるようになるって寸法だ……」 「じゃあ……スパイクにも……そういうモノを渡すってことか?」 やっと話が繋がったとでも言いたげに、アサは手のひらの上でスプーンを高速回転させた。 「そう言う事だ。それを作る当てなんだが……それについては追々俺の方で依頼を出させてもらう。 あと、その前にな……夜に妻とデートしたいんだが、事務仕事を手伝ってくれないか……?」 報酬清算に来たついでに質問をしてみればこれである。アサは面倒そうに苦笑して、話を聞いてみることにする。 「昼食までくらいなら……ね。構わないけれど……なにするの」 「簿記だ。フーディンのお前なら得意だろう?」 レイザーが手渡した帳簿はこまごまとした文字が並び、様々な経費として使われたであろう領収書がパッチワークを形成している。 「これ全部計算しろって? まぁ、いいか……代わりに昼食おごってくれよ」 ざっと見ると、6ページにわたってこの様相は続いている。これが模様が付いた布地だったら大した民族衣装になるのにな。 「わかった。ただでやってもらうのも悪いしな、後で昼食おごらせてもらうよ」 少しうんざりしたが、アサは羽ペンを手にとった。作業は単調で、アサは片手間に何か話しでもしながら出なければ息が詰まりそうになり、しかし話題が思いつかない。 そうだ、と思いだして思わず振った話題は、以前ヒューイが言っていたあの話題であった。要するにスカウトとして人材に巡り合う運が神懸かっているという話題である。 「そう言えば所長って、シリアちゃんをスカウトしてからずっと調子がいいみたいだけれど、そのころから何かあったんですか? ヒューイさんはムクホークの姿をした運命の女神って言っていたけれど」 頭を使う仕事をしているアサの横で、レイザーは書類に目を通しては判を押す作業をしている。レイザーには会話と読解の両立は難しいらしく、レイザーは手が止まる。 「う~ん……誰にも言わないって言うのならば言ってもイイがな……」 思わせぶりにレイザーが言うのでついつい聞きたくなったアサは、さらに突っ込んでみることにする。 「教えて下さいよ。なんとなく、興味がある」 言ってもイイと言った以上そう興味をもたれては断るわけにもいかず、レイザーは書類に目を通し判を押してから手を止めて答える。 「ジラーチだ。レアスには知られたくないから日記にも書かなかったが……」 さらっと言ってのけた。 「願いごとポケモンの……?」 「あぁ。最初に、レアスがお墨付きにしたポケモンはアーネスって名前のベトベトンでな……そいつをスカウト出来た奴は長い休暇をもらっていたんだよ。伝説のポケモンのもとでの修業も三か月で終えちまったしなぁ…… そんな風に休暇がもらえるのがついついうらやましくって俺はな……シリアをスカウトをする前に、ジラーチに対して願掛けを行う事に決めたんだ。 で、ジラーチの住処である星跡の洞窟に向かってな……ジラーチは寝相が悪くって、眠っている時は近くに居る奴に襲いかかってくるから、それを起こしてやれば願いをかなえてくれるんだがな。 その時の対決は楽だったぞ。カマで一発はたいたら目ぇ覚めちまった」 「やっぱり所長強いんだなぁ……ジラーチを一撃かぁ」 褒められた所長は、ひたすら手が止まっているが褒めているアサは手が動いている。作業効率は雲泥の差だ。 「でも、今はジラーチも手ごわくなっているなぁ……『君ならどれだけ寝相が悪くても死なないよね』とか言いながら…… 今まで訪れた&ruby(あまた){数多};のポケモンたちの体毛や鱗、角や爪の欠片から巨大かつ凶暴なポケモンを生み出して徒党を組んで襲ってくるんだ……30匹はいたな」 「それ、寝相の悪さなのか?」 軽口をたたきながら大笑いをしているレイザーにつられるようにしてアサも笑ってしまう。 「本人が言うのだから……多分な。『次は100匹くらい行く?』とか聞いてくるし……」 あぁ、怖い――と言いながら身を縮こまらせたレイザーの仕草は、本当に怖いようで、次は挑戦しないのじゃないかと思わせる仕草だった。 「た、大変だね」 だが、幻のポケモンの強さというのは極めればキールくらい強いのだと言われれば、それも納得出来そうな気がした。 「で、その分寝起きも良かったらしくね……最近は特にとびっきりの願いをかなえてやるって話でね。それで、『有能な人材を集めてくれ』って願ったらシリア。もう一度願うとリムル、フリックと立て続けでね。 1回目は1人。2回目は2人。と、きたら今と同じ3回目は3人来てくれるだろ。お前、スパイク……後、もう一人ってな。そしたらまたデートし放題だな」 「デートしかやることないんですか?」 「いや、まぁな……妻は大事にするもんだろ? お前が現れ、今度はスパイク……次はなんだろうな?」 妻がどうこうでクスクスと笑っていたアサだが、『次は何だ』と言われて、アサは急に心配がこみ上げてきた。 「俺がこの世界に現れたのは……」 世界を二度救ったと言われる名実ともに伝説の探検隊チームのディスカバーという探検隊が歴史に残っている。 その探検隊の内、未来からの訪問者と呼ばれるシデンという名のライチュウは、本来なら人間として荒しの海岸に漂着するはずだったのだ。 それが、なんの間違いかピカチュウになってしまったのだという。 そしてその原因は、「星跡の洞窟で『後輩が欲しい』と願い事をした自分のせいではないのか……」と、ディスカバーの先輩に当たる探検隊のトラスティ=ビーダルが晩年漏らしていたそうだ。 他にもジラーチは人間の世界へ帰ろうとする伝説の救助隊であるヒトカゲのヒートをこっち側の世界へ引きとめたともいわれているなど、運命さえも操る強大な力を秘めている。 「お前が現れたのは……なんだ?」 なら、俺も被害者かもしれないし、もしかしたらさらなる事故を呼ぶ可能性だってあるじゃないか。そうなったらどう責任取るつもりなんだよ――これが、アサの心配ごと。 「いや、なんでもない……ただちょっと、所長がいらんこと願わなかったら俺はここにいたのかなぁ……? と思っただけだ」 この会話をしているうちにアサの手は1ページ目を終えていた。ただ書類を読んで判を押すだけのレイザーはまだ1ページも進んでいない。 「ふぅん……まぁ、こっちの世界に来たのはお前の都合で、キールに助けてもらったのはジラーチのおかげという事にしておけよ。 お前とキールの仲のよさを見ているとこっちに来れたのは幸福なんだか不幸なんだかも分からん。だったら、とりあえず命が助かったのだけ俺のおかげともった方が気が楽だ」 「あのねぇ……そう言う身も蓋もないことをよくまぁぬけぬけと言えるものだね……」 妻とデートすることしか頭にないバカップルは、ほかのことはどうでもいいのか?――言葉を飲み下してアサはため息をつく。 「ま、そう言う事にしておくか」 話が終わり、やっとレイザーは作業を再開することが出来る。ちらりと上目遣いで一度だけアサを見て、諦めを込めたため息をつく。 「ったく、女ってな会話しながら作業出来てうらやましいな」 じぶんの作業が止まっていたので、妬むようにそれだけ言って後は無言での仕事を黙々とこなしていった。 **第2節 [#vc537667] そして、夜は相も変わらず自警団の活動。盗賊狩りなどという訳の分からない職業をやっているシリアは、街の治安にも手を出した。 しかし、一人じゃどうにもならないからエリンギとの協力の元に立ち上げた自警団。それがこの「フェイスオブタウン」という名の自警団が設立された切っ掛けである。 この自警団、悪人を見つけたら縛って放置するという何とも乱暴な自警団であり、晒しものにされる側には恐怖の対象に他ならない。 「さ、アサさん。集会まで時間もあるし、ちょっとしたお話でもしないかしら?」 その自警団の団長がこのシリアというグラエナ。目の下の涙目模様は見ようによっては可愛らしさを引き立てる存在となり、目を開けた時に覗かせる湖のように深い緋色の瞳は、見ようによっては美しい。 眠っていたり笑っているなら涙目模様が、澄ましたり誘っていたりするならば緋色の目が魅力を現すのに一役買ってくれる。シリアは美しさと可愛さを両立する見た目である。 だが、ひとたび口を開けば強靭で鋭い牙という暗黒面が覗き、赤い目は血走っているようにしか見えない。 「はい、シリア姉御……」 だからと言って口を開けたから怖いわけでは無い。シリアが怖いお姉さんでないことは、シリアを姉御と呼んだアサも知っていることである。 グラエナは太古の昔女性が群れを仕切っていたことや、女性の方が体が大きいせいか、シリアの男勝りの性格は形成されてしまったようであるが、世話焼きな姉御肌の一面もあるから、怖いどころか優しいくらいだ。 今日怖いのは、何か不機嫌そうなので怖い。それだけの話だ。アサが、シリアが座している噴水の淵に座ると、ドスの利いた声が響く。 「おい、アサ」 女性の声がこんなにドスが効いていて良いものだろうか。なんにせよ、アサに現実逃避の時間は与えられていないらしい。 「なんでしょう……?」 姉御が相手では、アサも思わず敬語になってしまうのを止められない 「先日キールの家で進化祝いをしたじゃない? その時のキールの部屋だけど……普通だったじゃない?」 進化をしてから20日程経っていた。進化祝いの際のキールの家の内装はいかにもぶっきら棒な男の部屋という感じであった。 「今日、家を野暮用で尋ねた時は……なんというか女の子の家に来ちゃったかと勘違いしちゃったわ……あれ、全部キールのなんですってね。可愛らしい」 しかし、正直に言うと今のキールの家は可愛らしい装飾であふれている。よりにもよって“自作”の“可愛らしい”ぬいぐるみが4個ほど置かれていて、おまけに“腕はそれなり”と来たものだ。 そのぬいぐるみが家族を再現してあるのか、キルリアとポチエナとラティアスとダークライだから気合の入り方も一塩だ。 「キールとてね……結婚のことははまじめに考えていて、男らしくしていなければ嫁が見つからないと思っていたらしいのよ。だから、今まではそれなりに男らしくふるまっていた''つもり''らしいのさ。 でもね……貴方と言うイレギュラーな存在の出現により、キールは本性を開放しちゃったみたいでね~……進化してから以降全く遠慮することなく少女趣味に走り始めてしまったんだって。 本性を開放するのはレイザー所長の専売特許なのに、アサが出来てしまってはレイザー所長も立場がないわねぇ。 形的には耳うちのような距離でアサに話しかけているのに、その声量は普通に話すときとほとんど変わらない。つまり、うるさい。 「キール……センスいいよね」 何も言い返せないアサは、心にもないことを。いや、心にある本音なのだが、センスが良い悪いの前に考えるべきジェンダーの問題をないがしろにした言葉を言って誤魔化そうとする。 「あんた、食べるよ?」 だがそれで誤魔化す算段は、シリアの腐った魚のような目で睨まれて失敗に終わる。シリアの完全に見下しながらアサを見る表情は、呆れを通り越して嘲笑の域にまで達している。 この世界に来てから、アサは黙って過ごしたわけではないので、強さに関してはそれなりにレベルは上がっているものの、総合的な強さではフリックを上回るようなシリアとまともに戦うのはまだまだ不可能である。 それは、悪とエスパーというタイプの関係よりも、徹底的な姉御肌が関係しているのかもしれないし、もしくは目覚めるパワーの虫対草という優位性に関する性格の得手不得手もあるのかも知れない。 「父さんは、キールを男らしく育てようと頑張っていたのさ……なのにキールがあんなんじゃ父さん泣くのさ。 幸せ岬にいた頃やこっちに引っ越して来た頃はそれなりに男らしく振舞っていたけれど、アンタと付き合う内にああなっちゃったって知ったら、父さんがどんな反応するのか……心配なのさ」 「いや……それは、母親の教育が悪かっただけじゃないのか? 聞けばキールは母親に毎日着せ替え人形にされていて、毎日キレイハナみたいにされては親子ともども悦に浸りながら女子に溶け込んでたって……」 いい訳じみたアサの言動に業を煮やしたのか、シリアはアサを押し倒して互いの鼻同士をくっ付け合わせる。傍目にはキスしているように見えなくもない……というより、シリアは見た目が見た目なためか、アサが雄に強姦されているようにも見える。 「過ぎた日々の、内に、隠すことが、出来た、キールの、本性を、呼び覚ましちゃったのは、アンタでしょ!?」 言い終えて、シリアはアサの上から下りてマウントポジションを解く。 「ご、ごめんなさい……」 なんだか本能的に喰われると感じてしまったのか、恐ろしいほど心臓が脈打つのを感じながらアサは起き上がってシリアと肩を並べる。 「素朴な疑問なんだが……父さんはお前を女らしく育てようと思わなかったのか?」 アサの素朴な疑問。裏を返せばシリアは女らしくないという意味である。 「あぁん? ど う い う 意 味 か し ら? 喰うよ?」 そんな裏の意味をキチンと理解して、シリアは怒りをあらわにする。 「いや、ごめんなさい」 「この地上に生きし生ける男どもをひれ伏せさせ、服従させる姿こそグラエナの女……そして、それを体現するこの私の、何処らへんが女らしくないというのさ? 私は、『男は女の所有物であり下僕以外の何物でもないと、ポケモンたちが手を取り合い共同生活する前の民俗思考を脈々と受け継いだ誇り高きグラエナの女』よ!?」 非常に長い自身の二つ名のようなものを、詰まることも息継ぎすることもなく言い切ってアサをまくしたてる。 「そんな私が『男は男らしく、女は女らしく』という父さんの思考に叶っていないとでもいいたいのか、くぉら!?」 牙を見せて、鼻筋にしわを寄せて威嚇しつつシリアは凄む。こんなことを何回も続けていては、こっちが自警団や保安隊に厄介になってしまいそうだ。 だって、怖いんだもん。 「まぁ……なくは無い。いや、女性らし過ぎて同じ思考回路の男性にはモテそうだな……ミツハニーとか」 「まぁ、確かにストライクとかアリアドスの男とか、いいわよねぇ……服従させやすそうで、後ろの穴開発させておけばそれなりに従順になりそうね……所長くらいならいけそうなのさ」 「男性でもカマを掘っ……いや、カマを持ったポケモンのレイザー所長に開発するのは間違っているし、女性なのに自前で開発とか……ないだろう。 いくらふたなりだからって((グラエナ・ポチエナの雌には高い血中濃度の男性ホルモンが保たれており、そのため卵グループ陸上としては珍しくメスは平均してオスより一回り大きく、オスのペニスと同等以上のサイズにもなるクリトリスやその根元にぶら下がる偽陰嚢(中には脂肪の塊が入っている)を持ち、順位も攻撃性もメスの方が高い。))もう少し健全な性癖をもとうね。それこそ父さん泣くぞ……。 ていうか、恩人である所長に何をしようとしているんだ? お前は、強姦されたのを助けてもらったのに強姦するつもりか」 アサがそう言うと、シリアは舌を出してウインクするというイタズラな笑みを浮かべ、テヘヘッ――と付け加えた。 「所長かなりのMだから、大丈夫なのさ」 今、キールの幻影が見えた。なぜ、こんな微妙なところでキールとシリアは似ているのだろう?――と、アサは肩をすくめる。 感情が高ぶると消えうせるとは言え、幸せ岬で身につけたのであろうキールと同じ口調もそうだが、戦闘中にキールが『&ruby(Kill){切る};!!』などと叫びつつアブソルのカマを加工したナイフで切りつけるのは、シリアの『&ruby(喰らう){グァルル};!!』などをリスペクトしたものだし、笑って誤魔化す癖は彼女らの母親から受け継いだものらしい。 その三人を面倒を見ているダークライの父さんとやらはきっと涙目だ。 「キールは私と違って完璧に親元を離れる前と変わっているからねぇ……父さんがショックうけそうなのさ……」 「変わっていないことにショックと言う事は、ないのk……ごめんなさい」 そこまで言ったところで、シリアに強烈なメンチを切られたことを感じて、アサは言葉を切る。 「あんまり生意気言っていると食べるよ?」 「ごめんなさい……」 とりあえずはまじめに考えてやろうとアサは立てた中指の上でスプーンをくるくると回して呆然と考え始めた。シリアは横で大きなため息をつく。 「キールはいいわよね……簡単に考えられて。貴方も……」 振り返ってアサを見たシリアの目は、悩みを漏らすように少しばかり潤んでいた。 「ふぅ……八つ当たりしても心が晴れるわけじゃないわね」 「八つ当たり?」 オウム返しにアサが聞き返しシリアは辛そうに頷く。牙をむいた時に流れた唾液を拭うために口の周りを舐めると、それっきり振り向かない。 「ちょっとだけ悩みを相談をしてもいいかしらね……」 ぼそりと呟いて、シリアは何も言わず振り向かない。大声を出したり押し倒したりなんとか発散したかったのだろうけれど、それも無駄と分かると口で発散する算段なのだろうか。 「構わないよ」 女の子だな――アサには相談の内容と解決方法が、恐らく気持ちの問題でしかないことだと予想してそう思う。 「陸上」 それだけ言って、シリアは言葉を切る。 「貴方は人型……」 それだけ言ってシリアは再び言葉を切る。 「じゃあ、キールは不定形ってことか……」 そう、ね――シリアは頷いた。 「私の両親はね……といっても、血の繋がった方じゃなく養父の方……ラティアスとダークライはね、伝説のポケモンだから卵は産まないなんて俗説があるけれど……普通のポケモンと交わっても波導の質が違いすぎて大抵不稔になるだけで、ちゃんと卵グループがあるのさ。 で、父さんがダークライで不定形・妖精。母さんがラティアスでドラゴン・妖精……きちんと卵が出来る組み合わせなのさ。 私達を養子に取ったのは暇つぶしっていうと言葉が悪いけれど……繋ぎっていうかなんというか……とにかく、自分達の子供を産むつもりが無いわけじゃないって言うのは確かってことなのさ。 そこで本題なんだけれどさ……私も恋の一つや二つはあるわけなんだけれど……エリンギ君、男としての彼をどう思うのさ?」 「そうねぇ……戦う姿は格好いいし、誠実だからね。それに笑顔も素敵かな……いい男だと思うよ」 当たり障りのない、誰でも答えられそうな意見でアサは返す。 「なのよね……でも、卵グループが違う訳なのさ……」 シリアは間を挟む。 「ねぇ、子供を産むってどんな感じかしらね?」 中々ストレートな物言いだった。アサが意見を考える前にシリアは喋り出していて、どうやら解決法云々ではなく独り言を聞いてほしいだけのつもりらしい。 「近所のキマワリのおばさんがね……ヒマナッツの子供を嬉しそうに抱いたりなんかしていて……なんて言うか憧れちゃったなぁ……」 うつ向き気味にため息をついたシリアは相当に意気消沈しているようで、ジレンマが辛いと全身で語っている。 「女性にとって幸福なことって言ったらまずそれが思い浮かんでくるわけで……結ばれたい人と結ばれようとするとそれが出来ないって言うのはね……」 シリアは空を見上げて話す。 「貴方達はさ……もうそんなの関係ないって開き直っているんでしょ?」 シリアが訪ねて、アサは答えられなかった。 「非常に申し訳ないんだが……俺達も同じ悩みを抱えているからどうしたもこうしたもないんだな、これが……」 「マジで!? 何カ月も同棲しているくせに、あんたらどれだけ純情なの?」 そこか!?――アサは心の中で大いに叫び、疑問を目一杯に滴らせたような表情を見せる。 シリアはシリアで、完全に予想外と言いたげに、立てた尻尾の毛を立たせるような勢いで驚く。何故か前半身を低く構え、いつでも飛びかかれるような威嚇の体勢になっているあたり、演技かどうかは放っておくにしてもオーバーリアクションが過ぎる。 「どうしてお前らフリックと同じ反応するんだ!? 俺が処女じゃ悪いのかよ?」 意気消沈して項垂れるアサの動きにシンクロするようにスプーンが曲がる。アサのスプーンの無駄遣い癖である。 「何やっているのさ……キールなら押し倒しても絶対に文句言わないから押し倒しちゃえばいいのさ……キールならヘタレ攻めも似合うし」 「それじゃ、何の解決もないことはお前もよく分かっているくせに。お互いな、自分の子孫を残せないって言うのは辛いもので……でも、一度でも体を交えちゃったらもう戻れない気がする。 その時、俺達は体の関係を切っても切れない状態で、誰か別の奴の子を宿すことが出来るのか? 誰か別の奴に自分の子供を産ませることが出来るのか? そうするのか……普通の友達として仲良くやっていくって言う手もあるけれどな…… 考えて見ると切りがない……だから、最近は二人とも暗黙の了解できっかけを恐れちゃってね。どうすればいいかまるでわかっていないから、話も出来ないし進まないしね。 どっちも、好き同士だからそれ以上踏み込めない。キールの母親が昔に暮らしていたところでの決まりとかって言う一夫多妻制ならいいかもって考えたけれど……結局俺はダメなんだよな」 消え入りそうな笑顔の中に神妙な表情を含ませ、ため息をひとつ。 「だからシリア……一緒に悩もうか? どういう結果になるにしても、お互いがお互いに勇気を与えられるように……な? 正直、俺も辛いからシリアが辛いのよく分かる。 解決法なんかも考えたけれど、何も変わらない。変わるはずがないって言う方が正しいけれどね……わかるだろ、シリア? 俺達の悩んでいることは気持ちの問題以外の何物でもないってこと」 浮かんだのはキールの顔。自分の脳は想像力や自己暗示に長けた種族であっても、盤上の駒の動きを想像するのとは違う。 どの道を選べばキールも自分も笑顔でいられるのかなんて雲でも掴むような話に思える。 「そうね、一緒に悩むか」 シリアの思考はゆっくり進んでいて、かなりの間を挟んでそんなことを言われて、どれだけ間を持たせてから答えているんだ――と、少し混乱する。 『&ruby(テリトリー){縄張り};みんなで入れば怖くない』なんて言葉があるけれど、シリアは自分たちが同じ悩みを共有していると思って、少し安心したようである。 同じ悩みを共有できるだけでそんな風に安心出来ちゃうのだから、やっぱり女の子なんだなぁ――なんて、のんきに考えるアサは、ただ現実逃避にふけりたいだけであった。 「ん~~……悩みを共感できる子がいるって言うのは嬉しいんだけれどね~……それはそれで、少しは話してみた価値はあったのさ。 で、話題も途切れちゃったけれど……まだちょっと集会始まる時間には早いけれど、どうするのさ?」 「さあね……思い人でも見ていることにするよ。シリアもそうしてみたらどうだ?」 言うなり、アサはぼんやりとキールを見ていた。キールは女の子のような趣味があるといっても、そこは男の輪に入っている方がサマになっていて、きちんと&ruby(ヽヽヽヽヽヽヽ){男の子している};。 視線に気が付いたキールは、アサの何とも微妙な感情に笑って誤魔化すしか出来なかった。 **第3節 [#yf58d9a1] 対するキールも恋愛相談を行っている。同じタイミングに行っているのだから、キールとアサはつくづく気の合う二人である。相談相手を、キノガッサの青年であるエリンギに選んでいる。恋愛について相談するときは、フリックと相場が決まっていたが今日は恋人とそろって仕事中のせいか、シリアとの当事者である 「シリアがねぇ……最近僕達って言うか、アサを見るだけでイライラしていてね。どうにかならないもんかと……」 キールに相談を持ちかけられたエリンギは難しそうな顔をして首を傾げる。伸び縮みする腕が普段収納されているためか、アサやキールはやりがちな顎に手を当てて考える動作をエリンギはしない。 代わりといってはなんだが、いつもは後ろでしなっている太い尻尾を背中に密着させるように立てている。これが、彼の考える動作だ。 「兄を取られたから嫉妬していたりでもするのかなぁ……う~ん……シリアってそこまでおにいちゃん大好きっ子だったっけ?」 やはりというべきか、エリンギは鈍さが一人前で、シリアの恋心のようなものに気がついていない。部外者面している様子は、まるで気がついていないと思わせるには十分だ。 これなら本当の部外者なフリックに聞いたほうが早かったのさ――と、キールは苦笑する。そのフリックがいないのだから二進も三進もいかないのだが。 「シリアは、僕のことを好きだろうけれど、恐らくそこまでじゃないのさ。あくまで男と言うよりは群れの一員として大切に思っている……くらいの印象じゃないかな?」 エリンギは、如何にも興味なさげにふぅん、と一言。 「それじゃあ、シリアちゃんはアサちゃんのことを『キールに悪い虫が付いている』とでも思っているのかな?」 半分正解で半分間違い。エリンギがあまりに鈍いので、キールは思わず失笑してしまった。 「ま、近いといえば近いのさ。けれど……違うんじゃないかな? シリア自身アサの事は『いい子だ』っていっていたわけだし、悪い虫とは思っていないだろうけれど……けれど、なんていうの? タマゴグループが違うってね。それで言い寄られる女の気持ちは考えたこと有るのか? ってさ……んまぁ、辛いよね」 「ははぁ……なるほどね。確かにタマゴグループが違うと中々つらいモノがあるだろうけれど……ふむ、でもキール達の場合ってどっちが言い寄ったとかそういうのじゃなくって、いつの間にかくっ付いていたとかそういう感じじゃない? アサちゃんにしわ寄せが来るのはお門違いって感じもするけれど、それもシリアらしいかもね」 くすり、と笑ってエリンギは言う。 「きっとね、本人自身もお門違いっていうのは自覚はしていると思うのさ」 逆にキールの浮かべる表情は力ない笑顔であった。シリアの悩みのこともあるが、何より自分自身の悩みが素直に笑う気にさせてくれない。 「僕も、シリアが悪タイプだから角で感じたわけじゃないからよく分からないんだけれどさ……シリアも、同じっぽい。違うタマゴグループに恋しちゃったらどうすればいいのかね? それで悩んでいるから、シリアは自分と僕はおんなじ悩み抱えていると思っている……かもしれない。ま、僕の禁断の恋って言う予想が当たりであることを前提として話すけれど……同じ事情を抱えているのに平然としている僕らが許せないのさ、シリアはきっと」 あまり声を大にして言う話ではないから、身長差のあるエリンギの座高に合わせるようにキールは腰をかがめ、エリンギに囁く。 「エリンギはさ……例えば好きになった人が居て、『好きだからヤリたい』なの? それとも、『ヤリたいから好き』なの?」 「難しい質問するねぇ……そうねぇ、俺は……まだ女の子好きになったことないからわかんないや。経験はまぁ指三本で足りるほど……あるにはあるが。 だから、今まで女と『ヤリたい』は感じたことあるっちゃあるんだけれど正直分からないな……美人のほうがそういう想像をするときによく登場人物になるけれど、別にアサちゃんでも言い寄られたらそういう想像が始まっちゃいそうだし……ダメだ、結局言い寄られたらそういうことしか考えられそうにない。 俺ってば、いやらしいなぁ……」 文面はそんなことを言いつつも、自己嫌悪している様子の全くない口調でエリンギは言った。 「そう……」 聞いてみたはいいものの、それから何を解決したかったのか見失って、意見をもらったのにお礼の一つもいえない。 「フリックはその点じゃすごい建前だよなぁ……絶対浮気しないとかって。リムルが催眠術を使って去勢しているとか言っているけれど、それで満足だって……リムルを愛している証拠なんだろうな。 一ヶ月以上、御無沙汰って言うのもザラらしいしなぁ……いやぁ、そんなピュアな恋愛してみたいね」 「ねぇ、それじゃあ、ヤレない相手をエリンギは愛せる?」 訪ねられたエリンギは、あごを上げて暫く言葉を捜す。 「やってみて出来るかはわからないけれどさ……それ、答える前にキールは妹、愛してないの? もし、シリアが求めてきたらどうするの?」 あんまりな質問に、キールは顔を真っ赤にして押し黙ってしまった。エリンギの意地悪な感情もきっちり感じて、むず痒そうに胸の角を気にしている。 「えっと、愛してるかどうかについては勿論イエスだけれど……求められたら分からないのさ。だって……その、妹だし……」 「分からないか? じゃあ例えば、発情期を迎えて雌の匂いをムンムン漂わせながらアサのいない隙を見計らって朝立ちしているオトコノコの証にペロリとひと舐め。 驚いて股間を隠しながら起き上がったお前を再度押し倒しながら、お前のお腹に自分の下腹部をゴシゴシと押し付けてさぁ」 エリンギはさも当然のごとく楽しそうにそれを語る。いつもこんな妄想でもしているのかと思うくらい迷いのない言葉を選んでいて、その『例えば』は即興で考えたとは思えないほどにスムーズだ。 「も、もう分かったから……多分断れない……ていうか、それじゃアレなのさ。ヤレないことを前提として聞いたのに、それじゃ思いっきり……」 エリンギのやたら生々しい『例えば』に湯気が出そうなほど顔を赤らめたキールを笑いながら、エリンギは見る。下心を持った質問をすると決まってキールはこういった反応をするのだから、男にも女にも弄られる。 「お前の言う『ヤレない』って言うのは、アレか? こう……女の部分が傷ついたとか、&ruby(うつる){伝染る};病気だとかで出来ないって言う意味なのか? 妹って言ったら、普通はタマゴグループが同じでも近親相姦は禁忌に当たるものだし……浮気とか、近親相姦とか、同性愛とか、そういう意味で聞いているのかと思ったよ」 今度は、エリンギにさっきと違って面白半分な感情は無い。至極真面目な感情なので、キールは戸惑いを覚えながらも返答を考える。 「いや、そういう意味でいいんだけれど……」 キールはいろいろ思うところがあるせいか、考えるまでもないその返答にしばらく時間がかかった。 「そうだな、そりゃ妹と如何こうって言うのは……あんまり想像しにくいとは思うけれど、そういう関係をもっちゃったと仮定してくれ。その後、互いに子を宿させるべき、宿されるべき相手を見つけちゃったらどうなのかね。 その時が来ても一緒にイチャイチャするって言うのは一つの選択肢だ。結構な問題だけれど、バレなければいいのかもしれないし……もしかしたらお互いに、その新しい相手に満足しちゃうのかも知れないし……それだったら万事解決だよなぁ」 その、万事解決の結果になれば苦労はしないのさ――心の中で言いたい気持ちを抑えてキールは口をつぐむ。 「大体、シリアちゃんのことよりも、お前とアサちゃんはどうなの? シリアをダシに、自分のことも含めて同じ悩みを相談するのもどうかと思うぞ」 エリンギは左側の繭をぴくぴくとひそめて、いやらしい笑みでキールを笑う。 「あぁ……100点満点の洞察なのさ」 その仕草は癪に障るけれど、キールはその通り過ぎて何も言い返せなかった。 「そうでもなければ、いくら妹のことが大切だからって、受け答えがあぁまで感情的になったり、答えが詰まったりするかよ」 角は不快じゃないのになんだかイライラする……アサが感情を見通されるのを嫌がる理由が分かる気がするのさ――キールは胸の角を撫でた。 「お前は、血はつながっていなくともシリアのお兄さんなんだから、お前が先に悩みを解決してみたらどうだ? 先に解決できれば妹に勇気を与えられるだろうよ」 癪に障ったけれども、本心から心配する感情を出すエリンギが嬉しかった。 「頑張ってみるよ……解決できたら、今度はエリンギの恋愛相談でも聞けるくらいに頑張ってみる」 解決したら次問題に直面するのは君なんだよ……なんてね――キールは強がって見せはしたが、まだ悩みはどうすることも出来そうにない。 暢気なエリンギを羨ましく思いながらアサの視線を感じて、微笑で返してみせる。 **第4節 [#i0834eb9] //4月20日 それから4日後のこと。キールの家では何やら怪しいことが行われていた。 「痛かったら言ってよ?」 「そんなに心配するな。痛いもんだったら誰が好き好んでやるかっての」 キールが見下ろす目線の先には横たわるアサの肢体。アサは横顔だけをキールに見せるようにしてキールの動きをひたすら待っている。 「なんだか、慣れているような言い方だね……」 「たまにフリックにやってもらっている」 アサは平然とした表情なのに対し、顔を見降ろすキールは僅かばかりに照れ気味で少し赤い。石膏像のように白い肌なので、ちょっと顔を赤らめただけでかなり目立つので、アサは顔をそむけながらもそれを横目で見てニヤニヤと口元をゆがませている。 「もう、またそう言う目で僕を見る……」 ごくりと唾を飲んで待っているとキールが一気に棒を挿入してきて、アサは思わず身を強張らせる。痛いわけではなくむしろ気持ちいいのだが、いつでもこの瞬間だけは慣れないものだ。 「だいたい……フリックってば、普通はこういうの恋人同士でやるものじゃ……」 ぶつくさ言いながらも、キールは往復運動を続ける。 「いやまぁ、そこは……べつにいいじゃないか」 アサからは快を示すの感情が流れ込んできて、とりあえずは失敗でないことを内心ほっとしながら息をのむ。 「あ、そこ……」 痒いところに手が届いたようにアサが呟いた。 「え、と……ここら辺? 気持ちいいの?」 アサが示した場所をキールは重点的に攻め立てる。 「それはばっちり……自分でやるよりも……お前は手つきが繊細だし……ん……ちょっと、激しい。あ……ちょと、痛い」 不意に、キールは下半身に濡れた感触を感じる。アサから漏れた液体が、膝を伝っている。 「あう……これだけでこんなになるって、アサ……君って」 強烈な恥の感情を胸の角で感じつつ、キールは苦笑した。仕事の時は気を抜かないが、こういうときには弱いものだな――と、普段とのギャップを見せてしまって。 「あうあぅ……唐突に……面目ない」 それで、当の苦笑されている張本人は動揺からか普段使わない言葉が飛び出て、しかもそれに気がついてさらに恥ずかしい気分を増す。 「ふふふ……弱点見っけ」 もちろん、二人は耳掻きの真っ最中であり、いやらしいことなど何一つしていない。 アサはキールの膝枕に顔を預け横顔を見せていて、精神が落ち着に合わせて気を抜き、唾液が堰を切ってあふれただけである。 季節はそろそろ本格的に冬支度も始めなければいけない時期になっていて体毛も少しずつ冬毛に生え変わっている。特にフリックの耳はそれが顕著で、触るとモフモフとして柔らかく、そして暖かい。 アサがフリックによる耳掻きの恩恵にあやかりたくなるのも、主にこの耳のせいだ。 キールも負けず劣らず、保温膜や腕の体毛は濃くなっているのだが、内側にしか若草色の体毛は生えていないために、あまりその恩恵にあやかることは出来ない。 それでも、ひんやりしたキールの表皮が、自分の体温で徐々に暖かくなる感触は、する方もされる方もなかなかに至福である。 そんな至福を感じながら、今まで左耳を弄っていたところを右耳に差し替える。いままで、互いの体温で温められていた接触部分が離れて、ひんやりとした空気が耳を冷やす、その緩急がまた心地よく、すでに暖かくなった膝に左耳が触れる感覚もまた悪くない。 この耳掻きに誘ったのはアサであるが、前触れもなくキールにこんな事を頼んだわけではない―― スパイクのための技マシンだとかいう代物を作るために必要な材料の見積もりが取れたとかで、その準備に関して必要な書類等、が届いたことによる。 なんでも、その材料がシークレットランクを与えられた者にしか保険が下りないダンジョンだとかで、アサたちのもとにはシークレットランクを申請するための書類とともに、ユンゲラーとキルリアのぬいぐるみが送られてきた。 「うわぁ、かわいい。以前の僕たちのぬいぐるみかぁ」 アサよりも先にキールが賞賛した。こういう仕草がシリアには気に食わないということに対して、キールはイマイチ自覚が足りず、シリアが悪タイプであることで、その感情をキールが読めないことはこういうところで困る。 ま、そういうところが可愛いんだけれどね――コロコロとした丸っこいぬいぐるみを抱えて喜ぶキールの後ろで、アサは静かに微笑んだ。 「ところで、このぬいぐるみ……何だ? なんかどこかで見たことあるような……」 言いながらアサはぬいぐるみを鷲掴みにして、匂いを嗅ぐ。 「ん、これヒューイの匂い……?」 「えっと……なんでも、進化したから生き霊を閉じ込めるためのぬいぐるみは別のを作ったって……ははぁ、つまりサーナイトとフーディンのぬいぐるみを新しく作ったってことかぁ」 ぬいぐるみに添えられていた手紙を読み解いて、キールは嬉しそうだった。 「マメだな……」 ちょっと前まで、この中には自分の生き霊が詰まっていたのかと思えば、少々気味の悪さを感じないでもない。 「う~ん……別のも作ってもらおうかなぁ。こんなに可愛いのならもっとたくさんほしいのさ」 そんなキールの不穏な発言を無視して、アサは一緒に送られてきた書類に目を通す。まず最初にぬいぐるみに目が行ったので、ここでようやくシークレットランクの申請に関することを知ることになるのだが、その手紙の最後の文が、アサにとって大きな問題となった。 『今回、霧の湖を訪れるにあたって材料についての詳細を聞く他に、貴女とスパイクの湖への受け入れの件についてテレス=ユクシー様の方にもお伺いをたてました。 受け入れの時期の方はいつでも構わないそうなので……漆黒の双頭としての修行をしたくなったらいつでも申してください。 レイザーさんは、10月まで放っておいていいとも言いましたが、善は急げと言いますし、第一あの方の適当な人事につきあう必要はないでしょう。 技マシンの材料がそろったらスパイクさんを霧の湖に送る予定ですので……その時にあなたも一緒にというのはどうでしょう? いずれは場所は違えど共闘する中にある者同士ですし、気心を知りあうのもよいと思いますのでどうぞ検討の方を。』 とのことで……キールやら、ヒューイやらと色々な約束をした手前、それを破るわけにもいかないし、ヒューイの厚意もむげにするのは気が引ける。 しばしのお別れか――感傷に浸ると、それを敏感に察知したキールに何かと咎められる。 ――結果、今回のことがキールにばれて思い出作りのようなものをしたいなどとキールが言い出すのだ。『何をするのがいいかなぁ、アサ?』と、キールから無茶振りされたアサがとっさに答えた耳かきに落ち着いた。 つまりこの耳掻き、始まった切っ掛けは事故のようなものである。 「しかし……厄介な仕事を押し付けられるものだな」 「んぁ、何が?」 キールは、この調子である。今回は攻守交代してアサが膝枕をしてキールの耳かきをやっている最中なのだが、キールは思い切りリラックスしすぎである。 ともすれば、次の瞬間には寝ていてもおかしくないような表情だ。 「世界の大穴のことだよ。シークレットランクったら難しいダンジョンってことだろう?」 「ん~……でも、表層ならそこまで気をつけることないんじゃないかな? 最深部にはギラティナがいるって聞いたけれど……そこまではいかないから大丈夫でしょ?」 とろんとした表情のキール。そのまま油断されると、自分の二の舞になるから切実によしてほしいのだが、キールはアサの思惑のことをよく理解できていないのか、さらにウトウトするばかりである。 いつ唾液が滴り落ちるかわからない恐怖と闘う耳掻きは、恥ずかしさよりもよっぽどスリルが勝る行為ではなかろうか。 「そうかな? 暗夜の森よか、よっぽど厳しいダンジョンって聞いたが……」 耳を掻かれているキールからは先ほどからあの動作を行っている様子がない。まさかとは思うが…… 「あうぅ……」 「ひゃわっ」 アサの強烈な感情に、キールはびくりと体を痙攣させた。幸いにも耳の内部を傷付けることもなく事なきを得たが、アサの方はそうもいかない。 ヨダレが垂れてきた。油断し切っていたキールは唾を飲み込むこともせず口を動かし、そして案の定……という訳である。 「でも、僕のよだれを流されても不快じゃ無かったみたいなのさ……うん、僕と同じさ」 あんぐりと口が開いてしまうから、口の中が程よく冷えた。これは完全にキールの不用意な発言のせいだな……うん。 「そう言うセリフは余計なことだと覚えておけ」 突っ込み代わりにアサが喰らわせた攻撃は頬の肉をつねるだけだが、なかなかどうして痛いものだ。照れかくしにアサがやっている以上、角に伝わってくる感情は決して悪いものではなく、胸の角は少しむずがゆいらしく、キールは苦笑いしながら角を撫でている。 「んぁ、お相子ってことでいいじゃないのさ」 緑色の頭髪に隠れてよく見えないとはいえ、口をすぼめて不平をいうキールの姿は、可愛い。かわいすぎるぞお前――と思わざるを得ない。 そういう感情を感じてしまえばキールはまた照れるわけで、その仕草を可愛いと思ってしまうと無限ループが止まらない。結果キールがアサの後頭部をはたくことでようやくそのループが止まるのだが――やっぱり可愛い。 キリがないので、別のことを考えよう。色即是空 空即是色――最近、親密になるにつれてこういうことが多くなったのを二人とも感じていた。 だが、口に出すとまたループが始まってしまうので自重しておくことにしよう。 「厄介な仕事と言えばぁ……」 この厄介な空気を変えたのはキール。しかし、妙に甘みの伴う口調だ。 「仕事と言えば……唐突になんだ?」 甘みの伴うその口調は、どちらにせよまた変な雰囲気になるんじゃないか? キール、そういうの自重しないか?――オウム返しにアサは訪ねながら、心中はどうしようもないキールに僅かながら呆れている。 そんなところが可愛いんだけれど――とも、心の中でついでに付け加えて。 「アサがここに来てくれたのは、世界の大穴のおかげだったよね? 僕たちが出会った場所ってわけじゃないけれど……縁を結んでくれた場所じゃないのさ。 何だかロマンチックじゃない? 景色が良い所だったら肩を並べて景色でも見るんだけれどなぁ……そういうの、アサはどう?」 なんて、歯の浮くようなセリフを聞くとこっちが恥ずかしくなってくる。それを感じておいてなおキールはエネコのようにすり寄ってくる。今だにラルトス時代から培った甘える技術を忘れていないあたり、性質が悪いことこの上ない――それでも、不快じゃなく、むしろ嬉しいのだから困る。 「いいんじゃないかな? 俺は、キールが喜んでくれるならそれで嬉しいし」 そこまで聞いても、キールは僕のことが好きかとも聞かない。アサもアサでそこまで言っておきながら面と向かって好きと告白することもない。 暗黙の了解もここまでくれば病気だな――すり寄ってくるキールの頭を撫でつつの耳かきの最中。そんなことを考えてキールに対してだけでなく自分に対しても思わず笑ってしまう。 キールは豊かな頭髪を弄られるのがよほど気持ちいいのか、耳かきの時には出さなかった甘く柔らかな吐息を吐いてさらに体を寄せてくる。添い寝で板に付いた密着のせいでもはや完全に違和感がなくなっているのだろう事が見て取れる。 このまま情欲に駆られて見たくもなるが、それをしない暗黙の了解が付きまとう以上、後はもう何も出来ない。 ふと、以前話したレイザーのジラーチに対するねがいごとのお話が蘇ってきた。 なんとか子供が出来るようにって願いは……流石に駄目だろうな。その願いはどちらかの種族を変えるか、もしくは卵グループの概念そのものを変える必要がある。 どうせ無理なのは分かっている。後はこの問題をどう受け入れるかという選択肢しか残されていない。あ~あ……報われない。 [[続きへ>漆黒の双頭“TGS”第8話:愛と、石と-2-]] ---- 1:さて、[[SOSIA>愛と、石と。]]のキャラ達とTGSのキャラ達が出会ったらどうなるのだろうか? どっちも&ruby(アク){灰汁};強いもんなぁ……三月兎様も、どうぞ進めてください。 2:同じ悩みについて話していても、温度差のある会話。どこに重点を置くかで女性らしさ、男性らしさが出ていればいいけれど ---- **感想・コメント [#jeef5f12] コメントなどは大歓迎でございます。 #pcomment(漆黒の双頭TGS第8話のコメログ,10,)