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漆黒の双頭“TGS”第7話:替え玉の霊媒師・後編 の変更点


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作者……[[リング]]
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**第4節 [#i270c664]

 12月
 レアスがやってきた
 120桁の借金だとかいう意味の分からないものを突き付けられた挙句、
 返せないなら妻がどうなっても……という脅しをされて、呆れつつも尊敬してしまった。
 いい加減俺は、頑張っている奴が好きだなんて性格を直した方がいいと思う。

 幼い頃からいろんな俺の他にも色々なギルドの隊員を修業させていたのは、修行していた隊員たちを目覚めさせるためだったらしい。
 俺のように目覚めていれば、同様に目覚めているポケモンとの違いが分かるのだとか。
 だから、目覚めたポケモンは目覚めたポケモンを呼んでしまうらしい。
 つまり、力を持った奴が集まるのだから、トラブルメーカーになるのだとも言っていた。

 その中でも俺は最高傑作なのだとも言っていた。
 水タイプの俺には、良くも悪くも対峙した者の本性を引きずり出す水タイプの目覚め『洗浄』。
 液体を用いて物体を分離させる力……良い物と悪い物を選びぬく眼力を得られる『選別』。
 そんな目覚めの力があるのだといわれた。だからこそ俺はスカウトマンに向いているのだという。

 ただ、スカウトをやってもいいがギルドを放っておけないと言ったら、俺が最も信用できるヒューイを連れてくるという話になった。

 1月
 俺に与えられたのはスカウトマンの任務。そのために俺に対して与えられた足が、アズレウス。ひい爺さんと一緒にこの街を作ったラティオスだ
 昔別の大陸で使われたテレポートの結晶とか言うのと同様に、テレバシーの結晶なるものでいつでも呼び出せとのこと。

 2月
 やはり、ヒューイの優秀さは群を抜いている。
 本人曰く、実は生まれた時からアッシュに仕えていた先祖が守護霊が付いていたそうである。
 ともあれ、これほど優秀ならギルドは任せられる。

 3月
 お目当ての奴が見つからないから、家族に無事を報告するためにも帰宅。
 孵化を見届けて以来会っていなかった娘のサイは可愛らしく成長している。
 俺よりヒューイに懐いているのが悔しいが、同じ姿をしているせいか打ち解けるのも早かった。

 3月
 まだまだ見つからない。帰ってみればヒューイも残念そうにしていた。

 4月
 やはり簡単にはいかないらしい。ヒューイは残念そうな顔をしていたが、まだ始まったばかりだと言って焦らないように諭してくれる。

 5月
 そろそろ、約束を果たせるかどうか不安になってきた。それでも、家族やヒューイはきちんと迎えてくれるからやる気が出る。

 5月
 エレン(Elen)と言う名のキレイハナを見かけた。このポケモンは、目覚めの一覧によれば飛行タイプの目覚め『風読み』に目覚めている。
 これで空を飛べるポケモンならポケリンガも優秀な成績を残せたであろうと、残念なくらいの才能であるが、こいつは残念で終わらせない。
 十数秒先の風まで読み切って、正確にねむり粉を嗅がせては眠らせて盗みを働いている。
 こいつを仲間にすれば、レアスとの約束も果たせるはずだ

 6月
 エレンはエレナ(Elena)と改名した。
 何故って、なんだか付きまとっているうちに自分の子供のように思えてしまったから。子供に名前をつけるのは当然だし。
 サイも、こいつ見たく強くたくましい子供に育てたいものだ。
 そして、今のように優しい本性をさらけ出してもらえれば言う事はない。

 6月
 エレンをプクリンのギルドへ送ってからスイクンタウンに帰ると皮肉にも俺は、
 ヒューイから『アッシュ様に仕えるよりもレイザーさんに仕えられてよかった』と言われてしまう。
 『万能でも全能じゃないから』と言うのがアッシュの口癖らしく、ジェネラリストのアッシュはスペシャリストを尊敬するのだとか。

そして、アサがページをめくっていく先に、シリアの記述があった。スカウトマンを始めてから2年後の話である。

 6月
 このアイリスと言う子は、強姦されかけてもあれだから、相当心の強い子だ。
 だが、それよりも何よりも、このアイリスと言う子は今まで見た中で最も強烈に目覚めている。
 それは……もしかすれば俺の足であるアズレウスと同じくらいに強く目覚めているかもしれない。

 12月
 どうやら運が向いてきたようだ。ライムと言うギャロップは、伝説上のミュウツーに匹敵する催眠術師だ。
 こんな熱くなる季節に炎タイプ何ぞ相手にしたくないが、仕方ない。

 日記を読み進めていくうちに、あまりに多くの不幸が書き連ねられているので、もう不幸自慢は勘弁してくれとばかりに胸が苦しくなる。フリックの事が書かれたところを読み終えた時には、やっと不幸自慢が終わったかと安心したくらいだ。
 やたらと俺に絡んできた、シリア・リムル・フリックの三人がものすごい目に会っているんだなと納得した所で、さらに酷いキールの過去には吐き気すら覚えた。生まれてすぐに両親が殺されたかと思えば、死に損なって無尽蔵に感度が高まった角が生活の足枷に。ついにはラルトスの頃に発狂しかけて自分から角を折っただとか、ショッキングな事実が記載されている。
 レイザー所長は探偵としてもやっていけるんじゃないかと思うほどに調べものが上手で、無限にあるらしい金を湯水のごとく使って、標的の普段の生活を監視しているようで、良く言えば有能だが、悪く言えば気味が悪い。

 そうして仲間に引き入れた子供たちは、例外なくたくましく生きる事が出来ていたようで、それを工作員に仕立て上げるのが漆黒の双頭という組織。何とも恐ろしい集団だ。そして、工作員と共に革命を起こし社会を正す事を目的としている事が、レアスの日記だか手記だかというものに事細かに記述されていた。これが本当ならば、キールが告白した漆黒の双頭とやらが、一言で言ってしまえばやばい組織である事だけは分かる……嫌でも分かる。
 そんなやばい組織に、俺は片足を突っ込んでいるわけなのだが……どうしよう。やっぱりキールの家政婦のままで暮らそうか……一応今ならばまだ引き返せるだろう。けれど、キールに何か期待されている以上は、助けてもらった音も含めて協力するべきだとは思うが、恩返しにそこまで泥をかぶるような仕事をさせられては割に合うのだろうか?

 損得計算で考えてはいけないこともあるんだろうけれど、少し考えてしまう。どちらにせよ、間違っているものを正そうと言う心がけなら自分にも無いでもない。でも、このレアスの日記に書いてある事が本当だって言う証拠は何もないわけで。
 本当に間違った社会を元に戻すための義賊的な役割を果たす集団だと言うのならば協力の一つや二つしたって構わないのだが。ただ腹を割って話すだけでは、正しいとか苦笑出来る情報引き出すことは出来ないだろう。誰をどう信用すればいいものやら、全く分からない。
 考えていても仕方がない事か。この日記によれば、スイクンタウンにいる漆黒の双頭のメンバーは、もうすでに半数以上に出会っていることになるが、まだひとりだけあっていない人物がいる。
 案ずるより産むが易しとはよく言ったもの。ヒューイとか言うドーブルと話してみるか。レイザーの日記によればヒューイと言うドーブルは、普段はストライクのレイザーとして替え玉を演じているが、家に帰ればドーブルとしてゆっくり羽を伸ばしているらしい。
 今はレイザーが出張中であるため、レイザーを完璧なまでに演じつつ、レイザーとしてギルド内で仕事中であろうから、所長室に行けばレイザーとしてのヒューイには会えるはず。
 その場合は、『ヒューイに取り次げ』と言えば、ヒューイはレイザーを演じてではなく、ヒューイとして話をしてくれるはず。少し面倒だが、対話と問答は重要なこと。
 ギルドの二階へと続く、大型四足歩行のポケモンには優しくない螺旋階段を上がり、アサは所長室の扉を叩く。

「アサ=ユンゲラーです……ヒューイさんに取り次いでもらえますでしょうか?」
 中からの返答は、少し間をおいてからであった。

「なに……!? 人形遣い、もう正体バラしやがったのかキールは」
「に、人形遣い……って何ぞ? 俺の事か?」
 扉を開けて待ち構えていたポケモンのその姿形がレイザーそのもののストライク。とても、変身した誰かが替え玉を演じているような気はしない。
「お前の事だよ。と言っても、今のお前は人形遣いの器というだけで、ただのそこいらのちょっと強いだけのお嬢ちゃんって言ったところだが……その割にはキールを信頼させるのも早かったようだな」
 いいながら、そのストライクの姿形をした者はドーブルへと姿を戻す。
「たった数ヶ月でキールさんを信用させ、自分の正体を話させるとは……どのような手品を使ったのでしょうかね?」
 口調も声も、一目でレイザーとは別物と分かるモノになり、ものごし穏やかな雰囲気と浮かべる柔和な笑顔はキール以上におっとりとした雰囲気を感じさせる。
「貴方が……ヒューイさんですか? ……最初に出会った時のレイザーは貴方だったんですね」
「いかにも。ですが、その名前を大声で呼んではいけませんよ? 今の私はレイザーさんの替え玉ですので。ヒューイというのは」
 礼儀正しく笑って、レイザーの姿をしたヒューイは椅子へ案内した

「さて、アサさんでしたね。私は、君がここに来た目的はあまり知らないのですが……喧嘩しに来たわけでもないのでしょうし、お話しでもするべきなのでしょうか?」
「まぁね。お話しさせてもらうとするよ。そうだね……じゃ、まず無難なところで、ヒューイさんが漆黒の双頭に入った目的は?」
 尋ねられたヒューイは自分の尻尾の先を弄りながら、少しばかり考える
「……レアス様の日記は読みましたか?」
「あ、あぁ……読んだよ」
「でしたら、アルセウス教の布教領域が恐ろしいところであるのは知っていますよね?」
 アサは黙ったまま頷いて肯定する。
「おかしな行動や見た目をしていれば、異端審問を受ける。まぁ、だからと言って、旅芸人の振りでもしながら放浪してみたとしても、そう簡単に別の国や限られた地域から来た――という身分がばれるわけではないのですがね。それでも、隔離されて暮らしていると全く同じ種でも微妙な違いが出てしまい((進化論の一つの隔離説と言うもの))、その違いを指摘されてしまうと具合が悪い。
 
 例えば私達の集落に居るフシギバナにはミステリージャングル以外では見受けられない模様が全身についております。北東の離島に居るリザードンなんかも同様ですし、西と東で色が違うトリトドンなんかは最も有名ですね。
 少しでもおかしな行動をとれば、魔女ならばどこかに痣があるはずだ……なんて決まり文句をあっさりと適用されてしまう。なにせ、あの国では色違いの子供は例え王族であろうとも殺される。灰色のイーブイが血祭りに挙げられるなど、そのよい例なんですよ。
 ミステリージャングルでは、土地柄で草タイプのポケモンが多いのですがね……あそこでは花の色は白に近い方がもてるので、例えばメガニウムの皆さんはだんだんと色が薄くなってしまった。
 ですので、ミステリージャングルを出たら、少しでもボロを出せばその花の色を処刑の口実に出来てしまうでしょうね。ちなみに私たちドーブルも、比べてみればかなりの違いがありますよ」
 並んで比べなければ分からないかもしれませんがね――と付け加えながら、ヒューイは頭を掻いた。

「それで、そう言う事を恐れている。つまりは違いが認められなくって殺されるなんてことをですね。ミステリージャングルはいい所ですが……たまには魚だけではなく肉も食べたいと思うのがポケモンの&ruby(サガ){性};。移民を望む者は案外多いのですよ。
 それなら政治を変えて、魔女裁判なんて馬鹿げているって言う流れを作りたいのです。そうすれば、ミステリージャングルの中で移民を望む者も、自由に出入り出来るのですけれどね。私の元の主であるアッシュ様の母君、セフィロス様はそれを望んでおられたようです。平和は、移民をするための手段だと。
 もっとも、アッシュ様を育てたエレオス様は、平和が最終的な目的らしいそうですがね。横道にそれましたが、そうですね……私が漆黒の双頭に望むものは移民出来る環境作りでしょうか。
 それをやり遂げようと言う漆黒の双頭の思想に共感しました。それが、私が漆黒の双頭に入った理由なのですよ……まぁ、皆さまがあの国に対して同じことに不満を持っている訳ではありませんからね。目的は違えど、手段は同じ。つまるところ平和が手段なのです。
 平和を手段に、私達の目的を遂行させる。それが漆黒の双頭……平和と言うと漠然とし過ぎていまいち時間が持てないかもしれませんが、雰囲気だけでも感じ取ってもらえると幸いです」
「平和が、手段……ねぇ」
 オウム返しにアサは呟き、はっとした。
「キールは、革命が手段だって言っていたのに……ヒューイは違うんだな」
「それはきっと、キール君が何を以って平和とするかの違いなのですよ。平和になるから移民が出来るようになるのか、移民が出来て初めて平和なのか……私は前者でキール君が後者なのでしょう。そうですね……シリアさんの求める平和も、フリックさんの求める平和も恐らくは違うものになっている事でしょう。
 しかし、互いの平和を主張しあっても矛盾しないのであれば……例えば、極端な話『平和とは隷属なり』という形と『平和とは自由なり』という形では矛盾しますが、『平和とは豊かな暮らしであること』、『平和とは犯罪が無い事』であれば矛盾はしないでしょう?
 そのように、それぞれが違う目的を持っていたとしても、途中までは協力する理由になっても良いはず。それぞれの目的のための手段に、少なくとも途中までは大した差異は、ありません」
「なるほど……」
 アサはゆっくりと頷き、念力で水を球状にして、飴のように口に含む。液体を器用に操る念力の腕に驚嘆しているのか、ヒューイはアサの動作を面白がるように見ていた。

「とまぁ、そのキール君ですが……彼は巻き込まれただけの、少し可哀想な立場の子なのですよね。戦争と言うのは多くの悲しみや憎しみが伴いますので、感度の強い角を持ったキール君には苦痛でしかない。
 実際問題キール君にとってはアルセウス教なんて……本当はどうでもよいことなのかもしれません。自分の角の感度が異常に高まってしまったことや母親が殺されたことに対する記憶。それらは幼すぎて覚えていないわけですから……彼は顔も覚えていない母親のために復讐を思うような性格でもないですし。
 正直、私としては角が苦痛にならない田舎でそっと生きさせてあげたかった」
「じゃあ、なんでキールは漆黒の双頭になんて入ったんだ?」
「どうでもよくない理由があったのですよ。あの子の親が原因でしょうね。キール君は、悪タイプのポケモンの感情が読めないから……逆にいえばそれは、悪タイプのポケモンがどれだけ不快な感情を発して居ても、自分が不快になることは無い。ですから、どんな事があってもキール君の角に影響を与えないという点ではとても都合がいいから、キール君の妹として色々支えられるのですよ。キール君の父親であるエレオスさん……彼は、ダークライでしてね。やはり悪タイプ。
 キール君の子育てをするには最適なタイプです。しかし……ですね。感情が読めないからこそ。キール君は悪タイプに対しては異常なまでのコンプレックスがあるのです。他人を傷つけていないか極端なまでに心配してしまうんです。そのせいで、シリアちゃんに対してまでも強烈なコンプレックスがありましたね」
 口を回し疲れたのか、ヒューイはカップを口に含み、水を飲む。

「そして、キールの父親のエレオスさんははまぎれもなくキール君に対し期待を寄せています。この漆黒の双頭の計画の成功のカギとなる期待を……ですね。しかし、エレオスさんは子供に過酷な運命を背負わせるのは好きではないので、『嫌ならばやめても良いんだぞ』なんて優しく声をかけたりはしているのですが……
 キールさんは、父親の感情が分からないから……つまり、キール君はものすごく強い期待をかけられていると思っています。目が見えると、それだけで様々な感覚が鈍感になってしまいます。キール君は、角に頼り過ぎて悪タイプの心に対して敏感になり過ぎている。
 私達が本心から……『父親は君にそれほどの期待を寄せていない。無理するな』と、否定しても突っぱねるくらいにですね。余談ですがアサちゃんは、なぜエルレイドが礼儀正しいか知っておりますか?」
 突然尋ねられたが、俺に分かるわけがない。
「ですか……ふむ、エルレイドはですね、キルリアはもちろんサーナイトと比べても感情を感じる力が大幅に劣る。それゆえに対峙する相手の気分を害していないか極度に不安になる、一種の加害妄想とでも言いますか。
 それで、気分を害さないための一番無難な方法が礼儀作法をわきまえることなんて考えてしまうから、少しずつ以前のような振る舞いが出来なくなる。
 キール君は、天真爛漫ですが、アレでも悪タイプの父親だけは苦手だそうなんです。何度か悩みを聞かされましてね……『僕はラルトスの頃何度も何度も迷惑かけたのに、愛してくれるなんて裏があるに決まっている』とか、なんとか。
 まあ、シリアちゃんも苦手といえばそうなのですがね……シリアちゃんには迷惑をかけた覚えがないから、『それなりの付き合いをしてくれているのだろう』程度の認識なんだそうです。
 そんな親が苦手なキール君に対して、私は『手間がかかる子供ほど可愛いものですって』なんて、キールの悩みを笑いとばしましたが。そう言ってあげたらキール君は『僕の何が分かるのさ』と言って、フラフラとどこかへ行ってしまったことすらあります。
 私が本心から言っているのが逆に相当ショックだったらしいですよ。でも、本心からそんなことを言っている私とて、キール君に期待をかけているところがあったから。キール君にはどんな感情も隠しきれないんですね……『父さんはもっと期待しているはずなのさ』なんて言うんです。
 今や、キール君に勝てるポケモンは、幻のポケモンや伝説のポケモンがずらりとそろう漆黒の双頭の中でも、レアスさんとエレオスさんくらいしかいない。
 その上、その二人でさえ、いまや負ける回数のが多い。サーナイトに進化すればなおさら強くなるという訳です。だから、否が応でも期待せざるを得ないのですよ……こちらの――漆黒の双頭の切り札として」
 長々としたセリフのせいで口の中が乾いたのか、ヒューイは再び水を一口飲んだ。

「少々脱線が酷くなってきたので、そろそろキール君の話は終わりにしましょうか。彼は、期待されて、失敗した時に皆からの失望を感じたくないから、エルレイドになって逃げようと思っている。キール君はそんな気持ちから一度『エルレイドに進化したい』と、私に漏らしたことがあるのです。
 それを聞いた私が失望した事を角で感じてしまって……彼ってば角を抑えて泣いていましたよ。……言いたくないですが、キール君は非常にデリケートな子で、腫れ物に触るようというよりは痛風((痛風(つうふう、gout)は、高尿酸血症を原因とした関節炎を来す疾患。名称は、痛みが風が吹くように全身を移動する(痛みの悪風に中(あた)る意、または吹いた風が当たっただけでも痛む、の説もある)ことから命名された。帝王病とも言う))に触るように扱わなければいけない」
「キール……って、そんな風に悩んでいたんだな」
 キールに同情するように視線を伏せたアサへ、ヒューイは微笑を浮かべつつ質問を投げかける。
「キール君が……貴方を漆黒の双頭に入れたがる理由を……知りたくありませんか?」
 『いいえ』と言えると思っているのか? 意地悪の片鱗を見せつけたヒューイの質問に、フリックやシリアなど、漆黒の双頭のメンバーに対して感じてきた呆れの感情をヒューイに対してもむける。

「知りたいよ。是非教えてくれ……答えなんて分かっている癖に」
「ですよね。断るわけがない……それでね、理由ですが、キール君は部外者を求めていました」
「部外者?」
 アサがオウム返しに呟き、ヒューイは頷く。
「えぇ、部外者です。漆黒の双頭において……革命を実行するのはほとんどが当事者。つまりは、アルセウス教の布教領域の出身者ということで当事者なのですよ。ま、厳密に言えばキール君もそう当事者ですが……顔も知らない母親を殺された事が革命へ参加する動機ではその実感がない。
 そもそも、キール君は何もしなくても幸福に暮らすことは十分可能なわけですし、彼にとってはアルセウス教なんて知らぬ存ぜぬで何ら問題ないのです。これでは部外者となんら変わらない。
 でも、父親に期待されているから頑張らなきゃいけないという重圧のせいで、キール君はエルレイドへ進化してその役割から逃げることを望んでいる。ですが、同じ立場……つまりは部外者の方がいればどうでしょうか?」
「同じ……部外者ってことか……どうなるの?」
「言ってもらわないとわかりませんよね」
 ヒューイは笑って、言葉を途切ることなく続ける。

「『成功してもしなくても構わない。やるだけやったキールは立派だ』と、本心から言えて、キールが失敗して生きながらえたとしても彼にかける失望が極端に少ない誰かが、キール君を支えてあげる必要があるでしょうね。
 その適人となるのは、キール君と同じく『アルセウス教のことなど、本当はどうでも良い』という方がぴったりなのです……と、キール君自らが言っていました」
 ヒューイは深呼吸を挟んだ。
「でも、そのためには自分達、漆黒の双頭の活動を間近で見てくれる方でなければ意味が無い。何も知らないのに『キール君は頑張っているんだからいいじゃない』などといわれても空しいだけですからね。『君が僕の何を知っているのさ』と、言いたくなるでしょう。
 つまり事情を知っている物でなければなりません……それでいて、アルセウス教についてある程度無関心で、それでいてある程度関心がある。ちょっと矛盾していますが……僅かな熱意しかもたないと言う事で解釈してよろしいのでしょう。
 そういう人なら、キールがやるだけやってくれれば、失敗してもそれを評価してくれる。さらに言うと、いろんな苦労を共有できて、いざとなれば自分を支えるために体一つでどこへでも付いてきてくれる。そんな方を、キール君は求めていた」
「なるほど……それが俺なわけね」
 つぶやいた俺は、次のセリフを以って漆黒の双頭の恐ろしさを知ることになる。
「それは、レイザー所長があちら側から拾ってきて、それでシリアちゃんやフリックさんのように仲間になっただけでは決してありえない人物であり……キールが失敗しても、うわべではなく本心から失望しない存在は……今のところ、貴方が最も適人なのですよ。キール君が貴方が好きになるわけですね」
 ヒューイから鮮やかに『キールの隣にいろ』と説得されて、俺は何の言葉も返せなかった。

**第5説 [#v0f10424]
「申し訳ありません。この言い方は少しばかり卑怯でした」
 ヒューイは、深く頭を下げて謝罪する。だが、その言葉に謝っている様子は微塵もなく、むしろ『戦争では卑怯こそ正義なのです』と言っているように聞こえた。
「正直に白状しますと、貴方には二つの意味で期待しているのです……それは、キール君を支えてあげられる者としての貴方と、もう一つ……神を騙る物、人形遣いとしての活躍を見せる貴方を。宗教的な後盾で民衆の反発を抑えこんでいる要素が、無視できない水準でアルセウス教の支配体制にはございます。
 でしたら、信仰の対象となっている神を騙ってしまえば、それこそ政治の基盤となる宗教をひっくり返す最高の鍵となり得るのです」
「それが、俺か……」
 アサが尋ねると、ヒューイは『えぇ』――と頷く。

「私は、レイザーさんに変身してみたことからも分かるかもしれませんが、変身の腕は神懸かっております。ディアルガのような大物への変身は不可能ですが、ユクシー・エムリット・アグノムに変身することは可能ですので、貴方と同じく神を騙る者の一端を任されております故に、すでに、湖の神の姿は覚えております。
 この能力を使うに当たっては、雰囲気が重要でしてね。それを記憶で補って演技するのがアッシュ様なら……私は、生き霊の憑依で補って演技をします。
 そのために、そこいらのメタモンを代用するわけにもいかず、アッシュ様と合わせてたった二つの体で6体の神を騙るのは無理があると再三言い続けておりましたが……アンノーンを操られる可能性のある貴方が漆黒の双頭に入れば入ればちょっとくらい融通は利くようになるのですよ。
 しかし、無理強いは、第二のキール君を作り出す結果にしかなりませんね。
 私に男色の趣味はありませんが、私はキール君が好きなので、キール君に同情する気持ちも少なからずあるのですよ。ですから、私はですね、こう思うのです。キール君が幸せになる道は、少なくともサーナイトに進化した上でしかありえないと。
 そうでしょう? エルレイドに進化することで期待から逃避したら、彼は一生後悔するでしょうしね……期待がそれだけ大きいと思い込んでいる訳ですし。でも、後悔すると分かっていても、私たちは時折矛盾した行動をとりたくなるものなのです。
『過小評価は嫌いさ。けれど、過大評価はもっと嫌いなのさ……僕は、期待にこたえられるだけの実力なんて持ち合わせているかどうかも分からないのに、みんなが期待しているような気がして怖いのさ』などと言っていましたよ……キール君は。
 そして、そんなキール君を支えられるとすれば恐らく、それはあなたしかいないでしょう。シリアちゃんでも、リムルさんでもフリック君でも無理です。唯一彼の母親のラティアスならば可能かもしれませんが、その時には同じ家に住む父親との問題が付きまといます」
「あー……うん、そう……」
 困ったことに、俺の頭の整理が付くのに時間がかかった。それで、しばらくは何も言い返せず、ただ困ったように頭を掻くだけで、漠然とした思考が俺の頭の中に渦巻くばかり。
「それでも結局は、俺が漆黒の双頭に入るメリットは何もないんだよな……キールの事、好きだけれどさ。そのために命をかけるって言うのもなんだかなぁ」
「そうですね。ま、レアスさんならお金をいくらでも都合してくれるでしょうけれど」
 それでは不十分ですか? と、でも言いたげにヒューイは笑う。
「お金に価値はあるけれど、そのためにどんな苦労が待ち受けているのやらって思うとな……」
「苦労は、それほどでもないと思いますよ」
 ヒューイは笑って否定した。

「貴方は、恐らく最も安全な部類に入る仕事しか任せられないでしょうし、それに……命をかけてやったりしてもらうと、キール君の負担になります。
 ですので、出来るだけ真面目に。しかし適当にやってもらえればいいのですよ。それが、キール君にとっても貴方にとっても最良の選択なのです」
「はは、なるほど……面白い理論だな、それは」
 力なく笑って、アサは立ち上がる。
「少し、考えてくる。漆黒の双頭に入るかどうかも合わせてね。今日は仕事の時間差いてくれてありがとうございました」
「えぇ、ですから機会があったら今日の埋め合わせのために仕事を手伝ってくださいね」
 そんな冗談と共に、ヒューイから丁寧な会釈をされてアサは見送られようとするのだが、部屋の出口の前で立ち止まって一度ヒューイを振り返った。

「ところで俺……本物のレイザー所長に会ったことってあるのかな?」
 尋ねられたヒューイは笑顔で答えた。
「えぇ、入隊試験の合格者発表の時に確かに会っているはずです。貴方は『いつもと雰囲気が違わないか?』と、尋ねたそうですね。そういうのに気が付けるポケモンは……目覚めるパワーにおいて優れた者である可能性が非常に高い。
 貴方を仲間に引き入れるべきだと、漆黒の双頭のメンバーは誰もが確信したそうですよ」
 あぁ、あの時の――と、俺は納得した。
「ありがとう……それじゃ、また」

 結局、今回話したのは漆黒の双頭のことよりもキールのことばかりだった気がする。ヒューイが話を脱線させてキールと俺をくっ付けようとしてきたような。そんな印象ばかりが残った。
 それはもしかしたら、フリックも同じだったのかもしれない。ついつい乗ってしまった添い寝と言う治療法。本当に効果があるから驚きだが、今思えば二人を互いに依存させる手段だったのかもしれない。
 あるいはただ面白がられているだけで、俺の深読みのし過ぎか。
 とりあえず、昼間のキールの話やヒューイの話からすれば、漆黒の双頭に入れば大金を得られるようだが、ふところが温まるのは嬉しいけれど何か違う。
「じゃあ、何が違うんだろうな?」
 俺はキールと言う存在が金で買えないっていう陳腐な答えだと気が付いて、それじゃあ安物の恋愛小説だと、口に出して自嘲する。


「例えキールが失敗したとして……それでも全く役に立たないなんてことはないはず。一人じゃダメでも仲間がいればフォローしてもらえるとか、そんな風に安心させるためには、俺がいなきゃダメなのか……」
 ふと、自分は何でキールが好きなのだろうとか考えて、わからない。
 第一に、行き倒れていたところを助けられた英雄に惚れてしまう事が間違いであるとは思わない。
 第二に、住むところも働くところもない自分を、世話してくれた親切な人に好意を持つことを間違いとは思わない。
 だが、二つ目は打算だったという事実があるからチャラにして考えよう。

 角が原因であるとはいえ、キールはひたすら誰かの笑顔――明るい感情のために動いている。そんな奴を偽善者だとか罵って、嫌いになれるほど人間不信なつもりはない。
 かっこよさや匂いのよさだったらフリックの方がはるかに上だし、ついでに言えばタマゴグループも一緒。すでにして恋人が居るから、その間に割り込めないというのもあるだろうけれど、それを差し引いてもキールの事はフリックより好きだ。
 ともすれば、俺にとっては目を瞑っていても、キールを好きになれる何かがあるという事を考えて、だからそれは何だという堂々巡りに発展する。

「手間がかかる子ほど可愛い……か」
 どこかキールを慕っている様子のあるシリアも、まだ会ったことが無いけれどキールを愛しているというキールの父親も、手間がかかることをキールの魅力だとするのならば、自分もそうだっておかしくないのかもしれない。
 キールは戦闘となってもかすり傷ひとつ負いそうにないような、伝説のポケモンも真っ青になるようなサイコパワーの持ち主なのに、どこかヒマナッツやコイキングのように危ういところがある。
 それが、キールの強すぎる角の力によるものなんだろうが、そのせいでやたらと放っておけなくなる。だからキールは出会った次の日にこう言ってくれた。

『僕が一人でいたら、周りの石を投げている全員を皆殺しにしているだろうけど……側に僕の感情を正常に保ってくれる仲間がいれば……何とかなると思う。
 だから、信頼できるパートナーがいないと僕はこの町を出れないだろうね。この街なら自分の正義とみんなの思いは大分一致するけど、アルセウス教の町では……未だにひどい差別がおこなわれている……あんなところにいったら、僕は結構つらいかもしれない』
 付け加えて『もしかしたら……その仲間は君かもしれないね……君の草タイプの目覚める力……それも合わせて』とも。
 ユンゲラーの高い記憶能力が一字一句間違えずにそれを覚えている。

 思い出して見て、それが原因だなと確信できた。必要とされることはこんなにも嬉しいモノだなんて、気づくのに時間がかかった。手間が掛かるほど可愛らしく見えるなんて、まるで月下美人じゃないか――と、俺はこっち側の世界に存在するかどうかも分からない花を想像した。
「しゃあない。一度キールとじっくり話してみるか……」
 口に出してみると、それがとても楽しいことに思えた。でも、意気揚々と家に戻ったところでキールはまだ家には戻っては来ないだろうから、適当に夕食でも外で食べてからにしよう。


 家に帰ったときキールは居なかった。待っている間は目を閉じていたが、眠っている訳では無く、何も見ずに思案していればキールが帰ってくるのを肌で感じられるんじゃないだろうか、なんて考えただけである。
「おや?」
 髭がぴくりと反応したのは、恐らく気のせいではないはずだ。家の入口から顔を出したキールと、それを迎えたアサの第一声は……

「ただいま」
「おかえり」
 であって、タイミングも声色も似通ったもの。まさしく似たもの同士の二人といったところか。
「なぁ、さっきは落ち着いて話せなかっただろうけれど、漆黒の双頭とか言う組織の話。もう少し聞かせてもらえないか? ヒューイさんからいろいろお前の話を聞いてな。それで、お前のことをちょっと理解してみたくなった」
 アサが話を切り出すと、キールは戸惑いがちに笑顔とも困惑とも取れない複雑な表情を見せる。
「何から話せばいいのかな……」
 俯き気味に頬を中指で掻いて、いかにも気まずいといった仕草も見せる。
「お前が話せることならば何でもいい。例えば、フリックやリムルが昔のこと……アルセウス教に居た時のことを語る時の感情のこととか。奴らとはお互いのことを話し合うくらいはしているんだろう?」
 あぁ、なるほど――と、キールは軽く微笑む。

「シリアのことは、感情が読めないから何も語れないけれど……いいかな?」
「いいけれど……妹を語れないってのはなんだか情けないな」
 そんなキールがフリック、リムル、ヒューイ、レイザーと知り合いを語っていくうちに思ったのは、食べ物関連に比喩することが非常に多いこと。シリアは食べてばかりだったが、まさかいい年になってその影響を受けたわけでもあるまい。
 恐らくは、食べ物を例えに使うのは天然物の癖なのだろう。
「お前さ……食い物のことばっかりだな。何かを例える時に必ず食べ物が付いて回りやがる。子供みたいで可愛らしい奴だ」
 可愛いな――と言う言葉が偽りでないことをキールは感じて、照れ気味に角を撫でる。
「いや、それは……ラルトスの頃は、自分で角を折るまでずっと家に引きこもってて……食事しか楽しみが無かったのさ……だから。
 あぁ、でも……きちんと食事以外の比喩だって出来るのさ」
「そりゃあ、楽しみだ。でも、無理しなくたっていいさ。そのままのお前でいればいい」
 言い訳するようにキールの強がりが発動し、挑発するようにアサが答えを誘う。またも長髪の感情を感じて、ムッとした様子でキールはまくし立てる。
「角が折れてから、ようやく僕は父さん以外とまともに誰かと話せるようになって……それで、キルリアになってからは角を折らなくても何とか耐えられるくらいには落ち着けるようになったのさ。
 アサは子供のころに思わなかった……? 蚊に刺された時、腫れた部分を切ったり太い針を突き刺したりしてしまえばどうなるんだろう……なんて。
 きっと、実行には移さない。けれど、蚊に刺された時の何倍も何十倍も不快な感覚を味わえばね、おんなじことを考やると思うんだのさ。
 例えば、暗い感情の苦しみで角を折ったり。僕が……エルレイドに進化したくなったりとか……」
 こうなっては引き下がれない、と思って出した食べ物を使わない比喩表現にはうっかりして本音が出たのか、それともどうしてもその愚痴を言いたかったのか。その言葉には、キールの今まで生きてきた人生の悲痛な叫びが込められていた。
「あ……」
 言ってみて、キールはアサが同情の感情を示したので、失言をしてしまったのだと分かる。

「あ……うん、ごめん」
 同情すらも、角にとっては不快な感情らしく角を痒いか痛いとでも言う風に撫でている。そして、その仕草でさらに同情の感情が強くなった。それを打ち消すような温かい感情も同時に流れるのを感じていて、浮かべるのは辛いような楽しいような複雑な表情。
「これ、母さんの感情と似ているなぁ……うん、母性って言うのかな。……母さんの元を離れたのは失敗だったかな?」
「弱音を吐く相手が居ないからか?」
「いや、その……」
 否定しようとして何の言葉も浮かばないキールの腕を、アサは掴む。
「でも、俺になら多分、弱音だって言えるさ……」
 そう言ってアサは笑う。アサはキールがどうしようもなくか弱い存在に見えて、キールがまるで手のひらに収まる小動物か雛鳥のように感じられてしまって、その腕を引っ張ってキールの体を寄せずにはいられない。
 言い訳をするならば、『だってどうすればいいか分からなかったんだもん。抱きしめて何が悪い』と言ったところか。するすると、引っ張られるままに近づいたキールの体は、アサの腕の中に抱かれていた。
 だからって、それをやってしまえばもう、どんな言い訳をしても後に退けない。

「大丈夫、俺がそばにいてやる。同情が嫌だと思うなら、ただの恩返しって考えてくれればいいさ」
 これがアサが、漆黒の双頭に入るかどうかは別にしても、キールのそばにいてあげようと思った経緯。
「あの、アサ?」
 抱きしめられたのは完全な不意打ちであった。それは、後に抱擁ポケモンとなるはずのキールも顔負けの抱擁で、キールとアサが出会った当日、キールが抱きしめたようなものとは違う、いい意味で異質な抱擁だった。
「決めた。俺はキールを支えることにするよ。今までお前に言われたことも、今までフリックが俺をくっつけようと画策していた訳も、俺は理解できたから。だから、漆黒の双頭に俺も入る。」
「いいの?」
「角で、俺の決意はわかっている癖に……いつだって、お前を抱きしめられる距離に居たいことくらい」
 それが、アサが漆黒の双頭に入った理由だった。キールが自分を必要としていることを、ヒューイに分かりやすく説明されて、自分がキールを必要としていることを、わかりやすく自分で示してしまったから。それを肌で感じた以上、後戻りが出来なかった。

「ねぇ、アサ……僕がどうして進化しないか……分かってるよね?」
 キールはモジモジと、手をまた下で組みながらアサに尋ねる。
「サーナイトに進化したら否が応でも、漆黒の双頭としての責務をやり遂げなければならないから……だろ?」
「うん……」
 キールは頷いてアサの腕を掴む。両腕で抱くように掴まれたアサの手はキールの胸に当てられていて、乳房が発達しているわけでもないのになんだか照れる。
 脈打つキールの鼓動が、少し強くなっているからそのリズムが分かる。キールの体は小さいせいか自分より少し早かった。少しと言うのは、アサ自身いつもより少し早くなっているのを感じているから。
「僕……今サーナイトに進化しようと思ったんだけれど、どうかな?」

「いいんじゃないのか? 唐突にそんなことを言い出すとは驚いたが……」
 その言葉をきっかけにキールがアサを抱く力が強くなり、腕が緑色の頭髪に圧迫される。
「じゃあ、その時は君も……そのためには進化道具も買わなきゃね。いいお店知っているんだ。僕を見下ろしていたポケモンが今までたくさんいたけれど……これで、僕が見下ろせるね」
 キールに見下ろされると言われて、アサはなんだか複雑な気分になったが、サーナイトのキールを見てみたいと思う気持ちは満更でもない。
 それにサーナイトとフーディンならば、平均で160cmと150cmと言う事で、並んで歩く時に少しくらいは男らしい優越感に浸らせてやれそうな気もして、いいんじゃないだろうか。
 恐らくシリアは、女の方が大きくなくてどうする? とか言いそう((グラエナは雌の方が雄よりも体も大きくて凶暴))だが、それはそれと言う事で。

 翌日にはアサは異世界渡しの電纜((俗に言う通信ケーブル))とか言う道具をキールに腕を引っ張られながら購入することになる。
 進化予定の日はフリックたちとの仕事が入っていた。仕方ないさと割り切って、フリックに対し何度も謝った上で、二人は進化旅行へと繰り出す事になる。

**第6節 [#pd2a2100]
 フリックやリムルへ許可を取るのは、案外簡単に済んだ。キールが漆黒の双頭に対して真面目に臨むというのが余程うれしいのだろう、キールが角を抑えながらはにかんでいるあたり、喜びの感情はずいぶん強いようである。
 進化する前にシリアに報告しなくていいのか――と、アサは聞いてみるが、キールは妹は驚かせたいからフリックやリムルにも内緒にしておくように口止めしていた。
 そうして、進化できる場所までの道中二人の取り留めのない話は途切れない。キールがあまり話そうとしなかった漆黒の双頭にかかわる出来事も交えると、話題が尽きてはくれない。

 二人で手を取り合って、暗夜の森と呼ばれるダンジョンを乗り越え、立ちはだかる敵はキールもアサも簡単に蹴散らしていける。二人の前に障害など存在しない未来を暗示しているかのようだった。
「叔父さん、こんばんは」
 夜分にキールがたどり着いた訪問先は叔父の家……と言うか経営している宿であった。ラティアスが母親とは聞いていたが、ラティオスを気安く叔父さんと呼べる間柄であるとはとんでもない親戚を持ったものだ。
 叔父は手伝いに一人を雇っているだけで、本日の受付業務は経営者であるアズレウス本人が行っていた。
「おや、キール……どうしたんじゃ? こんなところに来るとは珍しいのう」
 キールの姿を見たアズレウスは珍しい花でも見かけたような目をしている。
「叔父さん、あのね……僕……サーナイトに進化しに来たの」
 真剣な眼差しで、キールはアズレウスを見上げ、はっきりと言いきる。
「そうか……と、そんな話をする前にな、そっちの女の子とワシら初対面だろう? まずは自己紹介をしなきゃ……ワシは、アズレウス。
 進化をするための場所、神秘の領域の付近で宿をやっている変わり者の叔父さんじゃ」
 人懐っこい笑顔を浮かべるラティオスは、ふわりと距離を詰めて握手を申し出た。

「俺は……えっと、アサ、と申します。よろしく」
 握手に応じたアサは、不思議と敬語になっていた。キールの家族だからであろうか、それとも伝説のポケモンがまとう空気によるものであろうか。
「で、サーナイトに進化するんだって、キール?」
 いまだ笑顔を崩さない表情で、アズレウスはキールに尋ね、キールは『うん』と答えた。視線は真っ直ぐ、決して目を逸らすことのない強い眼差しで。

「そう……キールがワシのことを叔父さんなんて呼ぶものだからうっかり名乗ってしまったが……この子は漆黒の双頭入りしたのか?
 俺ッ娘とは聞いたが、本当なんじゃのう……」
 アズレウスはアサを珍しい物でも見るような目で見つめて、キールに視線を戻す。
「この子が切っ掛けか? サーナイトに進化するのは……」
 キールが首を縦に振ると、アズレウスはもう何も言わずに微笑んだ。
「そうか……良かったのう。どっちつかずの道を歩くよりも、そうやって決心できたのは良いことじゃ」
「明日の朝食は、通常料金でちょっぴり豪華な食事を出してやろう。ワシからのサービスじゃ」
 柔らかい口調で言うなり、アズレウスは厨房へと入って行った。下ごしらえでもする気だろうかと思えば、すぐに戻って受付業務に戻るあたり、一人雇っているお手伝いとやらに指示でもしたのであろうか。
「さ、あんたらの部屋はこっちじゃ」
 手招きして案内するアズレウスは、慣れた手つきで荷物をふわりと浮かせて荷物を代わりに持ち運ぶ。男女が同じ部屋に居て何を思うべきなのかは知らないが、アズレウスは二人が同じ部屋に泊まることを何か気にすることもない様子。
 ま、俺たちとて同じ屋根の下に同居しているわけだから、特別意識する意味もないわけだけれど。

「明日は進化だね……なんだか、ドキドキするけれど……とりあえず眠ろうよ」
 キールは二人きりになった途端にこの言葉。こいつのことだ、なかなか寝付けないだろうな――と、アサはタカをくくっていた。しかし、そこは探検隊として様々な局面で眠れる時に眠り、起きる時はおきていた身。
 進化を前にした夜でさえ、キールの寝顔は穏やかで、眠りも深いものだ。意外なところで予想を裏切る性質のようだ。
「この寝顔見るのも今日が最後かぁ……」
 思えば、俺とキールの道のりは二日かけてくるような場所を一日でたどり着いた、かなりの強行である。だから、俺もキールと同じように起きようと思っても起きれないぐらいがちょうどいいはずである。
「眠れないのは俺の方か……」
 今日の俺は感傷的だった。考えてみれば、この世界に来るまでの記憶が無い俺にとって、キールは生まれた時からずっと一緒に居てくれた存在と同じと言う事で、その顔にお別れともなれば感慨深くもなる。
「まぁ、いいさ……どうせ、キールの童顔が治りゃしない。治るところを想像する方が難しい」
 まさか面影まではなくならないだろうと、自分自身に言い聞かせて俺は眠りにつく。俺がキールに対して行う添い寝はすっかり様になっていて、キールを起こすことなく肌に触れては、程なくして寝息を立て始めた。


 翌朝、二人は朝食の前に進化できる場所へと連れられて行った。この季節は皆作物の収穫に忙しく、案外客は少ないらしく、すぐ済むからとのことで。
 そのためにこの提案。今日は特別早起きして二人きりで進化させてやろう――と言うのがアズレウスなんともお節介焼きな叔父である。
 
 三人は、住処を出て鬱蒼とした木々の生い茂る樹海を歩いていた。
 道中、ラティオスが前を歩いてくれると言うだけで、伝説のポケモン補正なのかなんとなく厳かな――そんな雰囲気が出るのはいいことかもしれない。
 数分歩いたほどで、目的の場所についた。暗夜の森に程近い神秘の領域。領域は場所ごとに体裁が異なり、泉の形を為していたり巨大な水晶があったりなどさまざまであるが、そのどれもが進化を可能にしている場所として、季節にもよるが客が賑わうのだ。
 ここでは象徴が樹だった。それこそ、バシャーモが一回で飛び越えることが出来ないように高く、ミロカロスが4匹つながらなければぐるりと一周出来ないような大木。暗夜の森の付近にある『神秘の領域』としてはふさわしく思える樹を目印に、その真正面の光の柱が射し込む場所にて進化が行なわれるのだ。

「さて、どっちが先に進化する?」
 通常、朝食のあとに行われるそれは、人数が多くて大抵すぐには決まらず。そのせいで、くじ引きと言うのが通例であるが、今回は二人。
 こんな人数ならば話し合いで決めるが適当である。
「僕はね……アサに見降ろされるのに飽きたから、これからは見下ろしてやりたいのさ……っと言う訳で、君が先に進化して最後に思いっきり僕を見ろしてからがいいのさ」
 アサとアズレウスはどちらも同時にふきだしてしまった。
「あはは……だ、そうだけれど……アサちゃんはどうするの?」
 キールの出どころ不明で意外な野心を笑いつつアズレウスが尋ねるが、そんな答えなんて決まっている。
「そうさせてもらうよ」
 キールの野心から察するに、キールは本心では進化したかったのだろう。
「アサちゃん、どうぞ前へ」
「さ、これをどうぞ。アサ」
 異世界渡しの電纜と呼ばれるフーディンやゴローニャ用の進化道具。を受けとりアサは光の柱に一歩踏み込む。

【目覚める者たちよ……】
 アサの頭の中に声が響く。
「声が聞こえてきたけれどこれでいいの?」
 振り向いて、アサは尋ねた。
「ああ、もちろんじゃ。そういうもんだから」
 アズレウスがそう答えたのを確認して、アサは泉の正面にある大木へ向き直る。
【ここは光の木立。汝、新たな進化を求めるか?】
「もちろんだ」
 アサは答える。
【その手に持った物を消費することになるが……良いな?】
「構わないさ。そのための品物だ」
【承知した。目覚める者たちよ。では、始めるぞ】
「ついに……か」
 ひときわ強い光がアサを包み込むとともに、大きな尻尾の消失、身長の増加、そして失われた尻尾の分を埋めあわせをするようにフーディンを象徴するスプーンの二つ目が出現する。
 一節には超能力で生み出されたともいえるスプーンを持って、光が収まったアサは姿を現した。
「ほぅ……体が軽い、頭は重いけれど……PSIがスムーズだから……不快感は感じない。うわっとぉ……」
今まで後ろについていた大きな尻尾が消失したせいか、バランスを取りづらくなってしまったようで、いつものような感覚で一歩踏み出したらつんのめって転んでしまった。
「はは……見苦しいところを。唐突に尻尾が消えると歩きにくいもんだな……」
 アサは照れながら起き上ってその場をどき、キールに次を促す。

「さ、キールもチャッチャと進化しろよ」
 アサが背中を押して、キールは歩み出す……が、泉の前で立ち止まる。
「……ふぅ。ねぇ、アサ……裏切らないよね?」
「あるとすれば、お前が裏切る方が先だよ」
 アサの自信に満ちた答えに満足したキールは、進化への最後のためらいを振り払いたかったのだと言わんばかりに光の柱に一歩踏み出す。

【ここは……
「サーナイトに進化するのさ。エルレイドにはならない、承知しろ」
【す、少しは形式と言うものを……】
「いいから承知するのさ!! この樹ぶった切るよ?」
 キールは形式をすべて無視して、何者かも分からない領域に響く声の主に命令し、それを容認させた。これには長年ここで案内をしていたのであろうアズレウスも驚いたようで、開いた口がふさがらないようだ。

【……承知した。では、始めるぞ】
 半ば強引に、決心が鈍らないうちに……と、キールはサーナイトへの進化を促す。光に包まれたキールは、倍近くの身長を得ることでシルエットそのものがまるで別物だ。やがて強烈な光が収まり、その姿を露わにしたキールは、胸の角をしきりに気にしている。
 キルリアだったころは角を撫でるためには首をかしげて片方を撫でるのが精いっぱいであったが、今度は胸の位置にある為に撫でやすそうだ。
 反面、背中の位置にある角は苦労しそうだが、体が硬くなければ撫でる分には問題はないだろう。

「なんなのかなぁ……コレ。楽だ……」
 そう言ってつぶやいたキールの目は潤んでいた。
「ふ~ん。サーナイトは重力を感じていないっていうけれど……やっぱり体は軽いのか?」
 キールは首を振った。
「そう言うことじゃない……体がじゃなくって角がね。感情を感じる時の感覚が以前とは変わったって感じかな。まぁ、なにはともあれ……新しい体になっても……これからもよろしくね」
 キールはやはり治ることのなかった童顔で笑顔を見せる。なんだ、本当に童顔のままじゃないか。
「ああ、新しい体になっても……これからも……よろしく……って。あれ、あらぁ?」
 何かに気が付いたアサは背筋をピンっと伸ばし、キールの前に立つ。キールはアサの頭に手をかざし、その手を自分の頭上にスライドさせる。スライドさせた手は空しく空を切り裂き、結果として意味することは……
「おんなじ……っていうかむしろ僕のが身長低いのさ……見下ろそうって思ったのに」
 呆然とした様子でキールは言った。これでは、キールの野望も台無しだ。
「……まぁ、いいんじゃない? こういうのも可愛いし」
 アサが言う。『可愛い』は本心で言っているが、残念ながら心の中では少し『可笑しい』と思っているのをキールは感じていた。

「むぅ……」
 キールは髪の毛に隠れた口を動かしたのだろう、髪が揺れ動いて不機嫌そうな声を漏らした。
「まぁ、これはこれで……」
 と、何か不穏なことを言おうとしているあたり、キールはただで起きる気はさらさら無いようである。
「女の子っぽい僕と、男の子っぽい君とでは、丁度いいかもしれないね」
 いいながら、強烈に抱擁されたアサは苦笑いをした。
「あのなぁ……」
 ガイドのアズレウスも、個人の問題には口出ししないつもりであったが。、それでもこのやり取りを見て噴出さずにはいられず、ついつい二人に聞こえるように笑い声を洩らしてしまう。
「ほぅら、叔父さんに笑われた。キールのせいだからな」
 呆れ気味に呟いても、キールはただただ笑うだけだ


 街へ戻ったら、まず行われたのは進化祝いだった。
 その後、アサは漆黒の双頭に入ると言った手前、レイザーの日記に書かれていたスカウトされた者の顛末と同じく、どこかへ修業に出た方がいいんじゃないかと言う話になる。そういう話になったのだが、ヒューイは笑って否定した。
「正式に入団したわけでもないですし、まだ実行に移すためには駒も足りません。スカウトマンはレイザー所長だけでなく、ほかのところでもやっているので……そっちのほうの準備が整うまで、ゆっくりやっても大丈夫でしょう。
 もうすこし、二人で愛を深めていってはどうでしょうか?」
 要はもうちょっとキールと一緒にいてやれと言いたいらしい。

「それに、レイザー所長等に選ばれた素養のある物は知り合いの"覚醒した者たち"に預けられます。その中で、特に才覚のある物はキール君の故郷や、私の故郷など、目的に合った伝説のポケモンにマンツーマンで鍛えさせます。
 その、目的にあった場所というのもレアスさんが選ぶので、基準は何とも言えないのですが……レアスさんに見せないと修行も何もなんともいえない状況なのです。
「それに、レイザー所長等に選ばれた素養のある者は、レアスさんの知り合いの"覚醒した者たち"に預けられます。その中で、特に才覚のある物はキール君の故郷や、私の故郷などに居る、伝説の達にポケモンにマンツーマンで鍛えさせます。
 その、場所やポケモンというのはレアスさんが選ぶので、基準は何とも言えないのですが……アサさんが使いものになるように修行するとしても、レアスさんに見せないと何もなんともいえない状況なのです。
 とにかく、漆黒の双頭に貴方が入ったことをレアス総統に伝えて、その上で指示を仰ぎましょう」
 進化祝いが終わったら早速手紙をしたためますと言って、ヒューイはその話を終えた。


 そういうわけで、進化祝いが行われた後も日常生活に無理な変化をつける必要は無いとのことで、二人は進化した後も普通に探検隊として生活を続ける事になった。自分の修行のためにキールと離れ離れになる必要もないらしい。
 とは言え、何もかも変っていないという訳には行かず、今まではフリックやリムルと組んでいたチームを、今ではアサとキールという組み合わせに変えさせられていた。
 キールは、なにが何でも俺と一緒に居たいらしく、その強引なアプローチにアサが引っ張られる形で。まぁ悪い気はしないんだけれど。
 しかし、あまりの仲のよさに、嫉妬されているのか、それともキールの保護者気取りなのかはしらないが、キールの義理の妹であるシリアから驚異的なまでの殺気がアサに対して向けられる事になる。これは、キールを傷物にでもしたら噛み殺されてしまうかもしれない。
 順風満帆な新生活……だけれど、それにレアスという不穏な影が近づいていた。


[[次回へ>漆黒の双頭"TGS"第8話:蒼海の暴君のあの人]]
[[前編へ>漆黒の双頭“TGS”第8話:蒼海の暴君のあの人・前編]]
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例の件でものすごいスランプに陥ってしまったが、ようやく調子取り戻せたようだ。
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**感想・コメント [#jeef5f12]

コメントなどは大歓迎でございます。

#pcomment(漆黒の双頭TGS第7話のコメログ,10,)

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