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漆黒の双頭“TGS”第7話:替え玉の霊媒師・前編 の変更点


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作者……[[リング]]

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**第0節 [#h76cca54]
「目覚めとは、即ち才能の延長のようなもの。伝説のポケモンはたいてい強力な才能に目覚めていますが、むろんのこと普通のポケモンでもちょっとした力になら目覚められますし、鍛えれば伝説のポケモンに匹敵する目覚めの力を得ることが出来ます。
 例えば、ラティアスとラティオスの目覚めの力はエスパータイプの【守護】 ドラゴンタイプの【不可侵】がありますが、サーナイトはこの【守護】の力を扱えます。
 余談ですが、伝説のポケモンと普通のポケモンとの最も大きな違いは、岩タイプの【不変】や草タイプの【長寿】という目覚めの力で……それによって我らには長生きするための力が備わっていることなのですよね。これがあるおかげで私は半永久的に知識を蓄え続けられますし、いろいろな物も作れると言うモノです。
 それとですね……
CENTER: ――中略――
LEFT:なのですよ。アグノムは攻撃力が高い割には、アドルフってばアンナに対して完全に受けで……おっと、脱線しすぎました。
 ……が、そう言う事です」
 へぇ――と、僕は興味深そうに相槌を打ち、にこやかに質問した。

「じゃあ、話戻すけれどテレスさんのグラードンの幻を実体化させて襲いかからせる奴も目覚めの力なの?」
 テレスと呼ばれたユクシーは微笑んでレアスを見る。

「えぇ。例えば、幻を実体化させるのは、デオキシスの【質量】の力などがあります。あの、実体を持った影分身のための目覚めですね……が、私のあれはそれとは別の【言葉】という力を使っているのです」
「はぁ……言葉?」
「えぇ。エスパータイプのテレパシーをする力――【疎通】の目覚め。草タイプの想いを形に変える力――【実り】の目覚め。ノーマルタイプの音そのものの力――【声】の目覚め。
 ここら辺に目覚めたポケモンで、なお且つ私と同じくらい記憶力が良ければ……アンノーンの力を借りることでいろいろ出来ますよ~。グラードンの幻はもちろん、ダッチワイフ((ダッチワイフとは、いわゆる性具の一種で、等身大の女性の形をした人形のこと。主に男性の擬似性交用として使用するものだが、観賞や写真撮影の対象として扱われることもある))ならぬダッチハズバ……いや、なんでもありません。
 この力に優れているのは……アブラカダブラ……フーディンでしょうか」
 ユクシーの煩悩丸出しな発言にレアスはただただアハハ……と苦笑いをするしかなかった。
「こほん……とにかくこれに目覚めていると色々便利なんです……が、貴方にはちょっとばかしそれらの目覚めの才能は乏しいかもしれませんね……貴方の目覚めるパワーは毒タイプですから、毒タイプの目覚めは約1.5倍で使えても他のは……ですので。
「む……そうなんだ。残念……」
 残念、だが使えるぞ。この力を利用すれば、神を騙って民衆を扇動することなんて簡単だ。レアスは一人微笑んで、漆黒の双頭の重要人物を思い描いた。
「マナフィといえば17種の魅力をすべて、高い効果で使用できると聞きましたが……毒タイプの魅力は一度魅了した相手を麻薬のように依存させる魅力でしたね。
 ……なるほど、なんとなくわかります。貴方は、酷く中毒性のある魅力を放っている」
 テレスは、レアスに対して、うらやましいとでも言いたげに微笑んで見せた。
**第1節 [#o99e322e]
『万能でも全能じゃない』
 我らドーブルという種族はどれほど長い間それに甘んじてきたことでしょう。
 ですが、それは全能になれと言う事ではなくむしろ……一芸に秀でろという意味らしいのです。
 そのポケモンは真っ白な体に隈取りしたような目、ベレー帽をかぶったような頭頂部。熱帯のここでは日中は体温調節のために常にさらけ出されたピンク色の健康的な色の舌をしている。
 そして、そのポケモンの何よりも特徴的なことは尻尾の先から染料のようなものを分泌出来ることである。
 このドーブルというポケモンは、もう一つ面白いことに、どんな種族が使う技であっても、ほぼすべての技を一度見ただけで模倣することが出来るポケモンなのだ。
 私の名前はヒューイといった。

 ヒューイはノーマルタイプの目覚めの力で、鋼タイプに属する同名の目覚めの力とほぼ同じ性質を持つ:『模倣』に目覚めているが、種族柄の先天的に手に入れた力であるためか''目覚めた者''特有の覇気は魅力といったモノはそれほど感じられない。
 そんなヒューイは、アッシュという名のミュウに仕えていた。

◇◆◇

「アッシュ様、焼き上がりましたのでどうぞ」
 燃え盛る焚火の下から、ヒューイはナナの葉に包まれた料理を差し出す。ミステリージャングルと呼ばれる最上級ダンジョンに囲まれた内部の居住地に点在する、お手軽に潜れる小さなダンジョンから入手した肉で、肉となったポケモンはミミロップ。部位は耳とモモ肉だ。
 まだほとんど黄色くなっていない、甘みのかわりに酸味が強いのナナの実をすりつぶしてペースト状にし、イアの実と合わせて柔らかく蒸した肉。それを、地面とナナの葉を鍋代わりに使い、蒸し焼きにして調理したものだ。
 付け合わせにはこれまた蒸したもち米に、泥の河で育つ白身魚の切り身を酸味の強い木の実や、香りの良い香草で和えた料理である。
「ありがとう」
 その料理、恐ろしいことにヒューイが食べるとしてちょうどよい量である。アッシュの体重は平均的なミュウより少し重いくらいだが、身長は普通にヒューイの三分の一ほどであり、ヒューイの十三分の一ほどの体重である。体のサイズは小さく、体重も軽いのだがアッシュは大食いであった。
 だから、ヒューイが食べるとしてちょうどいい量を、アッシュはちょっと多めかな?――くらいの感覚で食べることが出来るのだ。理由は不明だ。伝説のポケモンの伝説たる所以の一つなのかもしれない。
「さぁさ、レイザー様もどうぞ」
「おぉ、イイ匂いだ」
 レイザーにもその料理を差し出される。体のサイズ的な関係もあって、量はもちろんアッシュの取り分よりもずっと多い。料理を出されればアッシュ、レイザーともに疲れた体にリアルタイムで活力が戻るのが見て分かるほど、表情が生き生きとしている。ここまでおいしそうに食べてもらえるのならば、こっちの疲れまで吹き飛んでしまいそうだ。
 使っている食材に様々な魔法をかけておいたおかげもあるのだろう。イアの実は肉を軟らかくする効果だけでなく、疲労した体を回復させる効果がある。ナナの実は体のエネルギーとなる糖分を補給できるし、その葉は良い香りが付いてくれる。
 そして脂の乗った肉は、疲れた体にはうまく感じるものだ。理解しているのかしていないのか、レイザーはそんな料理を『かゆい所に手が届く料理』と称している。

「ヒューイ、お前は食ったのか?」
 レイザーが、そそくさと立ち去ろうとしたヒューイを呼び止め、振り返らせる。呼び止められたレイザーは少しはにかんで答える。体温調節のためにいつも舌を出しているせいか、バツが悪そうに見えるのは毎度のことである。だから、レイザーはそんな表情を気にすることは無い。

「いつも、ヒューイ様も貴方も食えと仰るので、今から私も持ってきて食べようと思ったところですよ……ただ、例えそうして進めてくださるとしても、従者は客人よりも主人よりも遅く一番後です」
 従者として、同じ食事を食べることに抵抗を持たせるのが、これまでヒューイに仕えてきたドーブル一族の教えであるし、今も抵抗を持たせることが普通となっている。だが、訪れる客の大体がレイザーと同じことを言う。それどころかマナフィを始めとする伝説のポケモンやそれに関わるものがよく訪れるが、その誰しもが堅苦しい作法を好まないのだ。
 アッシュを始めとする歴代のミュウがそう言った堅苦しい作法を好まないのであれば何のための規律なのかもわからないが、完全な我儘娘に育たないようにするには必要なことなのかもしれないとヒューイは解釈している。いつでも、従者と主人と言う境界を設ける事が、アッシュ様に指導者たる自覚を与えているのだ。
 かといって、客人が一緒に食べる事を好めば一緒に食べないわけにはいかないし、そもそもアッシュがこういった気楽な雰囲気を好むのだから、それに従わないわけにもいかない。先代、セフィロスの頃も、先々代も砕けた主従関係があったのだとか言うが、それでも従者たりえるドーブル達が学ぶ、従者の心意気についての教育は変わりはしないのだろう。
 今までも気の遠くなる時間を、謬のためだけに支えてきたのだから、きっと未来も気の遠くなる悠久の時を経るのだろう。
 その従者の心意気と謬の心情の温度差のせいで、歴代ドーブルには苦笑いやはにかみといった、微妙な感情表現は絶えない。

 食器は皿のみ。フォークやナイフを使わずに手づかみで食べる。その動作を行う内に腹が満たされていくと、なんとも温かい気分になった。ヒューイは、このレイザーという男が気に入っていた。同じテクニシャンの特性持ち同士、技の切れが他のポケモンとは違う。
 ヒューイはミュウに仕えるための技であり、レイザーは戦うための技だからその切れを極めるための方向性は違うが、努力をしていることはどちらとて同じ。
 レイザーが里帰りした際に『ミュウに修行を受けられれば強くなるのは当たり前だ』と言われた事があるそうだ。それは真理であるし、私自身も『代々ミュウに仕えている家系の教育を受けられれば、それほど有能になるのも当たり前だ』と言われた。これは従者になれずに涙を呑んだドーブルにヒューイが言われたことである。

 けれど、その修行や教育に音を上げずについてこられるのは、当たり前では有り得ない。ヒューイとレイザー――お互い努力の人で、筆舌に尽くし難い努力の上に成り立った今である。
 互いの苦労を知っているから、二人はどこかにつながるものを持っていると言えるだろう。

 食事の途中までは、今日はいつもの日常であた。しかして、打って変わったようにレイザーは表情を変える。何かあったのだろうか……なんて、レイザーの柄にもない表情を見て、私は心配していた。
「さっき手紙見たんだがな……オヤジの病気な、かなり悪いらしい」
 以前より、レイザーの父親は病魔に侵されていた事は知っていた。胸のところにある呼吸するための穴である気門が炎症を起こして呼吸困難になる病気。
 今では、会話もまともにできないほど呼吸が苦しいらしく、最近はそれを嘆く言葉がレイザーからたまに漏れる事があったが、アッシュ様の前でそんな事を言ったのは初めてであった。
「で、誰がギルド継ぐかってことも考えたそうだけれど……オヤジの野郎、遺言めいて『俺が継げばイイ』っていうものだからさ……お袋からも、その時が来る前に死に目に立ち会えるよう帰って来いって言うんだ」
 レイザーのカマは止まっていた。アッシュは、話を聞きつつも器用に味を楽しめる性質だが、ヒューイは重い話を聞きながら味を楽しめる性質では無く、ヒューイの手もまた止まっている。
「貴方は、努力しておられますから……親御様もそれを理解しておられるのでしょう。私だって、ギルドを任せても問題ないと思えますよ……というか、貴方以外にいないでしょう」
「確かにな。俺はちょっと仕事を手伝っただけで、有能だっていわれるくらいだしな……お世辞でもなくよ。だ~からってなぁ……何か大きな問題が起こった時に対応できるかどうか」

 しみじみとした口調で、レイザーはヒューイの褒め言葉を受けった。レイザーは、小さなころから姉妹ギルドであるカマのギルドとプクリンのギルドで間での交換留学という名目で、簿記や帝王学といった英才教育に格闘訓練に探検の実戦訓練を学んできた。
 そして、このミステリージャングルでは徹底した探検訓練と格闘訓練に特化したトレーニングを行っているなど、エリートコースを邁進している。
 ここへの留学の理由は、『アッシュが退屈しているから』なんてくだらない理由と、『ストライクには暮らしやすい環境だから』という理由。さらにはハートスワップやダークホールといった大技ではなく、普通のポケモンと変わらない技で多彩な攻撃を仕掛けてくるポケモンとして、ミュウであるアッシュが『知り合いの中で最も修業に適している』と言った理由からここに来たのだが、原動力は立派になって親を安心させたいなんて欲求だ。
 曾祖父が作ったカマのギルドを世界一の便利屋ギルドにするために修行だぁ!!――と息を巻きながら、さんざん苦労してきたレイザーの努力を、ヒューイは間近で見てきた。だからヒューイの言葉には、そういったレイザーの日々を想う重みがあって、それを感じたレイザーはついついヒューイの言葉に心が揺れる。
「まぁ、努力した成果がすぐに発揮出来るって意味では、運がいいのかもしれないな……でも、そんなの不謹慎極まりないことだよ。俺の事、レアスは高く評価してくれたから最高の環境を与えたとか言っているが……皮肉だな、『探検隊として即戦力なんてレベルじゃない。僕がギルドを即任せられるくらいの有能な子に育ててあげるからね』だなんて……レアスが言ってやがったが、本当に親父が倒れて即戦力なんてことになっちまったら……冗談にしちゃたちが悪すぎるって言うんだ、クソッ!!」
 レイザーは幼少のころから親元を離れて一流の便利屋を目指してさまざまな場所を渡り歩いて育ってきた。反抗期にさしかかる以前の記憶は『いいお父さんだった』という記憶しかなく、反抗期に差し掛かって以降もぽつぽつと話をする程度であり、簡単に言うと父親とは良い思い出しかない。
 それが辛い思いをより際立てせているようで、毒づいたレイザーには行き場のない憤り。

「修行は……『日ごとに強くなっている』ってアッシュが毎日のように言うから……つい嬉しくって惰性で続けてきたけれど……すまない。急だけれど、明日か明後日にはここを旅立つことになるかもしれない」
 憤りも、愚痴ることで少しは収まりが付いたのか、溜め息をついたレイザーの顔は決心を付けているようだ。
「ふむ……と、言う事であればレイザーさんとはもうそろそろお別れという事ですか……寂しくなりますね」
「あぁ、お前の作る飯はニュクスのよりも美味しかったんだがなぁ……残念だ。あぁ、ってか冷めないうちに喰わなきゃ罰あたりだな」
 思い出したように食べ始めるレイザーを見て、ヒューイは照れ笑いして自分もあとに続き食べ始める。
「いえ……美味しさで優るのは、健康的か否かで負けている代償ですよ……ニュクスさんとて、疲れている相手に出す料理は、それだけ塩分や糖分を多めにするなどの気遣いもしてくれていますが……それでも、健康的な料理ではこういうコッテリと脂っこい料理には、到底かなわない魅力がありますので。もうちょっと、脂っこい料理は控えないといけませんかね」
 謙遜するヒューイに見せつけるように、レイザーが大きめに残された肉の切れ端にがぶりと食らい付き、数回咀嚼してのみ込んだ。
「最高の料理人は、『好み』と『&ruby(ヽヽヽ){この身};』を分かってくれることだってな……お前がわざわざストライクに変身して、その上でどういう風に味覚が変わるのかを研究したうえでドーブルの舌と慎重に比べながら出しているんだろ……料理?
 &ruby(ヽヽヽ){この身};を理解すればおのずと&ruby(ヽヽヽ){好み};を理解できる……ミュウに代々仕えている執事ってな大した教えだぜ……」
 レイザーは白身魚の付け合わせの果実を口に含んで、舌をさっぱりさせて続ける。

「親父は、俺にギルドメンバーは家族だと思って接しろって言っていた。そうすれば、何を叱り、何を褒めればいいかおのずと分かってくるとか……なんとか。家族と思えって言ってもせいぜい兄になりきることしかできそうにないってのに、親父の野郎まるで父親になれって言っているみたいでさ……難しいアドバイスをする親父だよ。
 でも、なんだかお前のところと似ているな……俺のギルドの心構えも大した教えだと思うよ」
 微笑んで、レイザーは続ける。

「そんな風に思おうって決めた時から、レアスの野郎も、アッシュも、そしてもちろんお前も……俺にとっては家族だから……だからまた、いつでも会おうな。
 二人掛かりの贈り物((二人以上の手で作られた贈り物。『○○はいつでも貴方を歓迎します』という意思表示の現れ。漆黒の双頭TGS第4話第5節参照))……送り合った仲なんだから。
 なんか、話まとまんないし支離滅裂だけれど……イイよな? 言いたいことは何となく伝わるだろう?」
 ヒューイは、レイザーの意をくむように微笑み返す。
「わかりました……もし、助けが要り用であればすっ飛んで参りますので。ですので、どのような結果になってもお元気でいてください」
 あぁ――とだけ言って笑ったレイザーは急いで食事をかき込み、あるか無いかの食休みを済ませてまた修行に戻っていった。


 二日後、荷造りと住人への挨拶を終えたレイザーは名残惜しそうにしながらも、きっちりと帰って行った。アッシュやヒューイが何かの飛行できるポケモンに変身して送っていこうかと持ちかけても、レイザーはそれをよしとせずに、自分の翅と足で帰ると笑ってミステリージャングルを去っていく。
 レイザーは探検訓練という名目で最上級ダンジョンであるミステリージャングルに入っては、ダンジョンの外では滅多に手に入らない野草やら、肉やらを持ってきては居住地の住民の生活を潤していたため、住民の惜しむ声も多かった。
 とりわけ、レイザーの接待という厄介な仕事を増やされただけであるはずのヒューイが一番別れを惜しんでいた。レイザーとヒューイは、互いに努力家が好きなのだ。
 別れを終えてからのヒューイの仕事ぶりは以前とは変わらない手際の良さだが、感覚の鋭いアッシュには寂しがっていることを見てとれている。
 アッシュはヒューイがさびしがらないように努めていたのだが、それも何だか焼け石に水のようである。&ruby(あるじ){主};のアッシュが気遣うようではどっちが従者か分からない。

「ふう……子供出来ないね~~私達」
 アッシュは、ヒューイの精を腹に受けたまま、息切れをしつつそんなことをぼやいた。ミュウは、染色体を喰らって卵を作る種族である。すべてのポケモンの染色体の数はミュウを覗いて同じ数。ミュウは、代を重ねるごとに核の中にある染色体の数がその数と同じ分だけ増えるのだ……と、研究目的で体毛を採集したテレスという名のユクシーが述べていた。
「やはり、無理ですよ……アッシュ様が健在であるうちは」
 それゆえに、ミュウはすべてのポケモンの遺伝子を持ったポケモンなのだとも言われている。そんなミュウは、ミュウ同士では生殖出来ない以外はどんなポケモンとでも生殖出来るらしい。とりわけ、ミステリージャングルにおいてはドーブルのみがその&ruby(ねや){閨};の相手を享受できるようなしきたりになっているのだが。

「はぁ、死にかけないと子孫が残せないなんて、因果な体だなぁ……」
 『万能でも全能じゃないから』それは、ドーブルにはもちろんミュウにすら言えることだった。ならば、ドーブルのスケッチを使えるようになったミュウはいったいどのような存在になるのか? 興味は尽きないととあるユクシーは言う。
 ドーブルのみがミュウの閨の相手を行えると言う風習を始めたミュウが、スケッチを覚えたミュウを生み出すなんて事に興味や野望をもっていたかは知らない。単純にドーブルへ親近感を覚えたからかもしれないし、本当にスケッチ並の模倣能力を身につけたミュウを作り、子孫に栄華を誇らせたかったのかもしれない。

「それでしたら……その……レアス様や、ほかの独り身のポケモンと子孫をおつくりなされば……」
 ただ、ドーブルとのみ生殖をおこなうという行為は酷く非効率的である。伝説のポケモンや幻のポケモンはただでさえ子供が生まれにくいだけでなく、普通のポケモンとはケタが違う強さを持つ生殖の波導を発しているという。
 通常、卵グループに関わるのはこの、"生殖の波導の強さ"ではなく"生殖の波導の波形"で、これが合わないと卵が出来ないそうなのだ。だが、波導の強さがあまりにも違うと、どんなに似たような形の波形でも卵が出来ないのだという。だから、"波導が弱くなる死にかけ"でないと、伝説のポケモンは子孫を残せない。伝説のポケモン同士でならそこまで深刻ではないのだが。
「だ~め。私は、ヒューイ……貴方と作りたいの」
 だというのに、アッシュ様はこれほど積極的だ。というかですね……アッシュ様との性交は神聖な物なので、浮気には当たらないという考えがあるのがここの文化なので、性交自体はいいのですが……妻とは随分御無沙汰なので、たまには休ませて本来の家z……アーッ!!
 だれだ、ドーブルとしか交わりを以ってはならないとかいう決まりを作った迷惑なミュウは……私、これについての愚痴を言う相手を求めるあまり、唯一吐露出来るレイザーさんが気に入っていたのかもしれません。
 それに、レイザーさんは何故かレアス様やアッシュ様と同じ雰囲気を持っているところがありながら、そういう雰囲気を持つ者の中では最も近しい存在だったことも好感をもった理由の一つでしょう。
 いや、だからあの……アッシュ様……アーッ!


 ヒューイは腐心していた。『じゃあな、兄弟』といってレイザーは別れた時の顔が鮮明に思い出せない。あれだけ毎日顔を合わせていながら、ヒューイは記憶に残るその顔を朧げにしてしまっていた。これ以上記憶を風化させないためにも――と、頭をひねって、記憶を頼りに似顔絵を書いてみるが、どれも違うんじゃないかと。
「このジャングルにもストライクは多く住んでいるのに、彼だけは発している気配が違っていましたからねぇ……もしかしたら、それが違うと思う原因なのか……」
 当然と言えばそうかもしれない。似顔絵からオーラを漂わせるなど難しい話である。難しい話であるにもかかわらず、数ヶ月描き続けていたヒューイは何百枚も何千枚も書いているうちに、その絵にもいつしかオーラのようなものが纏うようになり、ついにはオーラを纏った絵が完成させてしまった。
 それはまるで、怨霊染みた執念と呼ぶがふさわしい、努力の末の出来事であった。


「遅刻だなんて珍しいね……どうしたの?」
 それが完成した朝、あまりに嬉しいので一人で悦に入っていたらアッシュの元へたどり着く時間に遅刻してしまったのだが、そんなこともあるだろうと言った感じでアッシュは怒っていなかった。けれども申し訳ない気分だけは一人前なヒューイは、地に頭をこすりつけて謝罪し、うつつを抜かしていた行為を赤裸々に告白した。
「へぇ……クックク……」
 話を聞いていたアッシュは最初こそ堪えていたが、やがてソーラービームのように威力の高い笑い声を盛大にまき散らした。
「くくく、ヒューイってば両爪使い((両刀使い(男性も女性もいける口)であるという意味。刀ではこの世界には合わないので))だったのかぁ!! あっはは、今度から私、男の姿で貴方の相手してあげよっか? 何がいい、ゴーリキー?」

「か、勘弁して下さい。私はキングラー((爪が片方しかおおきくないため、ここでは片刃使いという意味))です!!」
 そんな弁明をしているうちに、アッシュは本当にゴーリキーの雄の姿を取っていた。
「って、本当にやめてください!!」
 ヒューイは長い尻尾を駆使して自身の肛門を隠し、後ずさった。アッシュは先ほどよりもさらに高らかな笑い声をあげている。
「焦っちゃってぇ……ま、それは冗談としてね」
 変身までして置いて何が冗談なものか――と、言いたい衝動をぐっとこらえてヒューイは黙ってアッシュの話に耳を傾ける。
「最近、君が変だと思っていた原因がようやく分かって、安心したよ。元気づけようと思って((白々しい))、最近は性交を多めにしたけれど……」
 それだけ言って、アッシュは頬を押さえて照れた表情を(白々しく)する。恐らくは、レイザーが居なくなって持て余した暇を私との性交で潰しただけでしょう……私は、むしろ全く以ってありがたくなかったのですが。

「そっかぁ、君の目覚めの力が最近覚醒したのも、そのせいか」
「目覚めに……覚醒ですか?」
 ヒューイが尋ねると、アッシュは親切にも目覚めについていろいろと教えてくれた。
 目覚めとは才能の一種であること。
 魅力も目覚めの一種であること。
 目覚めた者の近くに居ると、目覚める才能のある物なら目覚めやすい状態になること。
 目覚める素養のある者は、目覚めた者とそうでない者を肌で識別する能力があること。
 今思えば、これがレイザーをヒューイやレアスと似た雰囲気を持っているように感じた原因らしい。

 そして、一番重要なことは……必要に駆られることで才能のあるモノなら自発的に目覚められるようになること……などなど。
「では、レイザーさんを思い出そうとして私はドーブルが本来目覚めないはずの目覚めの力に目覚めたというのですか?」
「うん、貴方の目覚めるパワーはゴーストタイプだから、順等にゴーストタイプの目覚めの力に覚醒しているみたいだよ。すでに強力に覚醒している私やレイザーと触れ合っていたんだからいつ発現してもおかしくなかったんだけれど……きっかけが無かったから。
 でも、貴方はきっかけを手に入れるまでにずっと私達の近くに居たおかげでかなり強く目覚めている……つまりね……」
 アッシュは、そこで回答を焦らして間をおいた。ヒューイは何も言い返すことができず、10秒……あまりにじれったいので、アッシュはその先を言ってしまった。

「つまり、今の貴方はドーブルのように『模倣』に目覚めて究極になろうとしたミュウを差し置いて、覚醒したドーブルという究極な存在になった……まぁ、それでも全能とは言えないだろうけれど、一芸には秀でているはずだよ。
 私たちミュウが目覚めている他の目覚めは、使う事を禁忌されている&ruby(アカシックレコード){古今東西森羅万象};に触れるための力だから、うかつに使えないし……長生きするための『不老』の目覚めは今この時において発揮されるものではない。
 つまりは、今この瞬間においては貴方の方が私より優れた存在であるってわけ。おめでとう」
「はい……? 仰る意味が……よく分からないのですが……」
 ミュウより優れたドーブルなどいるものか――例え、アッシュの口から言われたとしても、自分がアッシュより優れているという言葉をを信じる気にはなれない。

「ふふ、そうだよね~~。でも、考えてごらんよ……君が描いたって言うレイザーを描いた絵は見たことないから何とも言えないけれど、オーラを纏っている絵なんて私にも描けないよ。
 公務の方は後でやるから、ちょっと見せてよ、ヒューイ」
 ヒューイの頭にピタリと取り付いて、アッシュがせがむ。あまり気は進まないが、ヒューイは自分の家に招待してその似顔絵を見せると、アッシュはまたもや大笑いしていた。
「期待した結果がこれだよ……私も、貴方がそこまでやるとは半分以上期待していなかったんだけれどなぁ……これは、ゴーストタイプの目覚めの力【口寄せ】じゃないか……
 フワンテやフワライドが、自分の中に小動物の霊をとりこんで自己を強化する時に発揮される力だよ。幽霊が集まるんだよね、これで……残留思念やら行き量やらを集めて閉じ込めているのかぁ。
 後は、【憑依】……この絵に、レイザーの生き霊やら残留思念やらを憑依させてる。だから、オーラが出ているんだね……見事な腕前だよ、惚れちゃいそう」
「昔から……霊感は高かったので」
 アッシュがぶっきら棒にぼやいたセリフは、真実味があって、呆れとも尊敬ともとれる口調をしている。事実、ミステリージャングルの所々に残っていたレイザーの残留思念を憑依させた絵画は、まるで本物がそこに居るかのような雰囲気を放っている。それを評価したくなるのは、例え伝説のポケモンであろうとも変わらないようだ。

「霊視とかも昔から出来たんでしょう? それって才能ある証拠なんだよ。」
 アッシュの質問に、ヒューイはおずおずと頷く。
「確かに守護霊は昔から見えていましたが、弱い霊は今までは……それに、ここ数ヶ月で昔よりもはっきりと表情まで見えるようになりました。例えば、アッシュ様の親であるセフィロス様は今のところ笑っていらっしゃいますし」
 守護霊を指摘されたアッシュは『わおっ』と背後を覗き込み、笑った。
「なんにせよ……さ。レイザーが好きなのは分かるけれど、これはやり過ぎじゃない? 男同士でいやらしいなぁ」
 ヒューイは嫌な予感がして、アッシュの口から放たれるであろう次の言葉を遮りたかった。
「今度から私が、レイザーの姿で相手してあげよっか? その残留思念を私に憑依させれば、かなり臨場感出ると思うよ?」
 アッシュはヒューイの背後にいた。振り向かなくてもストライクに変身しているであろうことはおぼろげに分かっていたが、振り向いて見たら案の定、ストライクの姿をしたアッシュがいる。

「謹んで、全力でお断りさせていただきます」
 頭を深々と下げたが、その様子は慇懃無礼という他ない。それでも、男(の姿をしたアッシュ)に貞操を奪われるのは嫌だった。

**第3節 [#aeb3fcd3]

 1月某日レアス様が尋ねてきました。
 熱帯に属する北の地方のここではあまり関係のないことではありますが、現在は真夏。
 レイザーさんは虫タイプ全盛の時である夏を謳歌している時期でしょうか。

 その日、レアスが訪ねてきた理由はアッシュに会いたいでは無く『ヒューイに会いたいから』であった。幻のポケモン同士の雲の上の会話をするでもなく、レアスがしがない一般のポケモンである私に何の用なのか?
 アッシュの家の一室を借りての話し合いの最中、何があっても驚かないようにと身構えていた私は、話の内容に首をかしげるばかりである。

「レイザーさんが漆黒の双頭という組織でスカウトマンをする……のですか?」
 突然の話に、ヒューイは首をかしげていた。なんでもレイザーは今までの人生で培ってきたしがらみの全てを洗い流し、良くも悪くも対峙した者の本性を引きずり出す水タイプの目覚め『洗浄』。それはエムリットの扱える神聖な力だとかいう目覚めの力に覚醒していて、
 もう一つ。『選別』という、液体を用いて物体を分離させる力……良い物と悪い物を選びぬく眼力を得られる水タイプの目覚めの力にも覚醒しているのだとか。
 その二つの能力は、スカウトマンとして最適らしく……わざわざレイザーを伝説のポケモンの近くに置き続けたのはそれに覚醒させるためなのだと。

「そう言う事。その目覚めの力に覚醒しているって言うのは、スカウトマンとしては最高なんだよね……もともと、レイザーを始めとする他のギルドのポケモンたちもそのつもりで鍛えてあげたわけだけれど、その中でもレイザーは予想外の逸材だよ」
「はぁ……漆黒の双頭といえば、アッシュ様が所属しているのでいくらか聞かされていますが……レイザーさんって、カマのギルドのこと以外にほとんど興味が無かったと思いますけれど」
 はは、と苦笑してヒューイは自分が入れたお茶を飲む。

「よくまぁ、レイザーさんがスカウトマンなんかに了承してくれましたね」
「うん……そのことなんだけれどね。レイザーが嫌がったから、ちょっぴり強引な手段をとったんだ。これを見て……」
 ※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※
 借用書
 
 エッジ=ストライク殿
 
 金:3,700,000ポケ也
 
 上記の金額を、本日確かに次の約定により借り受けました。
  578年12月8日
 
 借主住所:スイクンタウン中央ギルド建設予定地
  名前及び種族:エッジ=ストライク
 
 利息は3.652日に1割として、貴殿:レアス=マナフィ殿へ、元金に加算して支払いいたします。
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 それを提示したレアスは屈託なく笑って口を開く。
「30年くらい前の借用書なんだけれどね、三千六百五十二日に一回じゃなくって三点六五二日に一割だからという無茶苦茶な利子だから、今はもう借金が120桁になっている訳なんだけれど……」
 120桁という膨大な数を提示しておいて、レアスは悪びれない。
「120……あの、それ……」
「120……ってまた豪気だね」
 ヒューイ、アッシュともにまともな反応は出来なかった。いつも自分を圧倒してくるアッシュでさえも圧倒するレアスの常識はずれぶりは、正直尊敬に値する――と、アッシュは常々思わずにはいられない。

「まぁ、その借金を理由に、家族を人質に取るとか脅して見たりちょっぴり強引にスカウトマンになることを推し進めようとしたんだけれど……ギルドの所長であるって言うのが災いしたね。
 レイザーが『自分以外に、ギルドを任せられない。それだけは譲れない』って言ったから、どうするかって話になったんだけれどね……一人だけ任せられそうな奴がいるって話になったの……それがね、君なの……ヒューイさん。
 『あいつなら、ギルドを任せられる』ってね……レイザーが言っていたよ」
 レアスは、屈託のない笑顔を見せ続けて、御茶うけに出された青いグミを一口齧りついた。
「それで……アッシュ様ではなく私に用があるというのですか……しかし、私にはアッシュ様に仕える仕事があるのですが……」
 そこまで言って、ヒューイは横に控えるアッシュがこれから先何を言うか分かってしまった。こういう時、アッシュは『面白い』など個人的な感情で人を動かす。
「『万能でも全能じゃない』って言うのはね……多芸は無芸って言う事だから。私、スペシャリストには惚れちゃうなぁ。きっとヒューイがレイザーに対して魅力感じたのはそこだったんじゃないかな? レイザー、便利屋の仕事失敗したこと無いわけだし。なら、君が……サポートしてあげたらどう?
 私だって、ほかのドーブルで遊んでみたいしさぁ」
 私がが予想したアッシュのセリフと、実際のアッシュのセリフはほとんど相違が無いものじゃないですか。やれやれ、これでは逆らうことは出来なそうだ。
 もう一つの理由として、『遊ぶ』というなんとなく不穏なワードが含まれているが、それはアッシュの性格によるものなのであまり気にしてはいけない。私と同じく体を食い物にされる男が増えるだけであろう。
 これで、レイザーに対し好意があってアッシュ自身が許可を出したためにヒューイがカマのギルドを任せるという話に断る理由はほとんどなくなったが……

「レアス様。無礼を承知で……言わせてもらいますが」
 ヒューイが声を低くして、レアスを威嚇する。
「あれ、ヒューイってばいつもの君じゃないね? やっぱり、君にモノを頼む立場だからもう少し礼儀正しくした方が良かったかな?」
 いつもニコニコとして、本性を見せようとしないレアスも、この時ばかりには真面目な表情を取らざるを得なかった。
「レイザーさんにちょっぴり強制的に行わせるそうですね……そういうのは、親友として黙っておけるものではありません」
「う~ん、でもなぁ。漆黒の双頭にはレイザーみたいな奴が必要だ。そのためにはちょっとくらい強引な手段も厭わないよ」
「そうですか……ならば……」
 ヒューイは言いながら立ち上がり、殺気に満ちた目でレアスを睨む。
「私目当てでここに尋ねたのであるわけですので、今日はアッシュ様の客人という訳でもありませんし……そのような話を持ちかけてくる貴方を、客人とは認めたくありません。
 私とて……大切な友人が強制的に変な仕事に就かされていると聞けば止めたくもなります」
「へぇ……でも、こっちも譲るわけにはいかないし」
 あくまで礼儀正しく言い放ったヒューイに対しレアスは興味深そうに感嘆する。
「そうは言われましてもね……」
「わがままを押し通したいなら、単純に決めようよ。拳でさ?」
 レアスが不敵な笑みを浮かべながら立ち上がる。
「仕方ないですね」
 ヒューイはゆっくりと頷くと、仕方ないといった風に立ちあがる。今までにないヒューイの立ち振る舞いに、アッシュは言葉も出ないといった様子で呆然と見ていた。ただし、固唾を呑むという感じではなくあくまでワクワクとした興味本位といった風に。
 ヒューイ自身、なぜこんなにも感情的になるのか解せず、内心かなり驚いていた。そんな風に、いつもと違う自分であることが分かっていても、レアスが許せないという衝動は抑えきれない。

「レアスさんが相手となると望み薄ですが……戦って決めるのなら私も納得出来ますが……少々お待ちを。アッシュ様の家の中で戦うわけにも行かないでしょう?
」
 そう言ってヒューイは自分の荷物が置いてある部屋へと赴き、なにがしかの準備をしてから、レアスの前に姿を見せる。
「表、出ましょう」
 いつもは見せない敵意に満ちた表情を見せながら、ひときわ大きな大木に作られたアッシュの家の窓から飛び降りて部屋を出る。
「いつでもどうぞ」
 開けた場所に出たヒューイはドーブル特有の長い尻尾の先端近くを掴み臨戦態勢をとった。
「こちらこそ。でもさ、先手必勝って言うよね?」
 言って、レアスはお家芸ともいえるハートスワップを仕掛ける。心を入れ替えるこの技は、心を入れ替えている間に鋭利な刃物を自身の首に突き刺したり毒薬を飲んだりして相手を強制自殺させる恐ろしい技である。
 レアスの触角から放たれたぽわぽわと光る球が当たることでレアスと繋がり、繋がった相手と強制的かつ、"ほぼ"回避不能な心の交換を行う。
「甘いな」
 ヒューイは、目を閉じていた。目を閉じていたヒューイにはハートスワップの繋がりが見えていて、尻尾に纏った悪タイプの波導を集中させて刀剣を形作り、不可視の繋がりを無造作に断ち切った。
「イイか? お前の使う心を入れ替える不可視の技……」
 ヒューイは腕に巨大なハサミのような発光体を出現させると、蛇が喰らいつくようにその腕を伸ばし、レアスの首を掴んで地面にたたきつける。レアスを襲った殺意の名前は、ハサミギロチン。
「そう言う技こそ、心の目にはくっきりと映るんだよ」
 気が付けば、ヒューイが勝っていた。勝ち誇ったように見下ろすヒューイの顔は、レイザーの面影がそこにあったような気がする。

「ちょっと手加減してさし上げましたが、これで負けを認めてもらえますね?」
 そして、そう声をかけたヒューイの顔はいつも通りの表情であった。けほ、と小さく咳をしてレアスは負けたことを理解する。
「ふぅ……」
 朦朧とした意識を振り払うようにレアスは深呼吸した。
「アッシュと口裏合わせて君の闘争本能に干渉して刺激する技((挑発のこと。ミュウは技マシンによって習得できる))を掛けてもらったはいいけれど……」
 レアスがちらりとアッシュを見ると、アッシュは舌を出して悪戯っぽく笑う。
「ごめんね、ヒューイ。君とレアスが戦うところをちょっと見たくなっちゃって……君を無条件でイライラさせちゃった」
 アッシュはちょこんとした小さな体を曲げて、ヒューイに軽い謝罪の意を込めた動作を見せる。コレは、どういう状況なのでしょうか? 私は全く飲み込むことも出来ずに呆然と口をあけ放つ。
「あはは。僕も、ヒューイが自分に霊を憑依させて戦うとかいう変な必殺技を手に入れたって言うから試してみたくなっちゃって……案の定馬鹿みたいな戦い方が刺激的だったよ」
 よく分からないが、レアスは変わった技を手に入れた私と戦いたいがために、闘争本能をいたずらに刺激されたらしい。レアスとアッシュの小粒組に上手く嵌められて、自分は何をやっているのやらと私は無償に情けない気分になる。

「そういう……事でしたか。アッシュ様の力ならば……私が感情的になるわけですね……」
「まったく、ハサミギロチンなんて痛いよヒューイ……。戦闘能力なんて測るんじゃなかった……まさか負けるなんて。ってか、湖の三神以外に僕のハートスワップ破られたの初めてだよ。君は僕の天敵に決定だね」
 痣の残る首に、治癒効果のある水を纏わせる技、アクアリングを纏わせてレアスがぼやく顔はどこか嬉しそうだった。
「ごめんね、ヒューイ。結局のところねさっきレイザーを脅したって言うお話も半分は嘘なんだ……借用書を見せたら、レイザーは呆れる半面僕のことを尊敬してくれてね……『もうイイ、そんなにやってほしいならやってやるよ全く……仕方ねぇ弟さんだ』って言ってくれたってわけ。
 つまり、君の言うところの……強制的に行わせているって言うのはちょっと語弊があるかな~って思うんだ。君を挑発するためとは言え、嘘ついてごめんね~。
 ん、でも……久々に見たら、君がものすごく強く目覚めているのを感じたから……君も漆黒の双頭の計画に参加させるかどうかの値踏みをしてみようって思ったわけ。ごめんね。本当は戦う必要全くなかったの」
 間の抜けた口調で言って、レアスは笑顔だった。

「わた、しも、です、か?」
 呆然と、私は繰り返した。漆黒の双頭とやらは、大層な革命集団のようなことをするとは聞いていたが、一体私になにをさせるつもりなのか。
「そう、戦闘能力も申し分なさそうだし、変身能力やなりきり能力は、『憑依』に目覚めているおかげで神の領域に達しているらしいね。
 レイザーのスカウトが終わったら、アッシュともども革命の扇動や、その成功への工作に一役買って欲しいんだけれど、どうかな二人とも?」
「いいよいいよ。ヒューイさえよければバンバンこき使っちゃって」
 まるで物のように、一も二もなくアッシュは言うが、きちんと『ヒューイさえよければ』と言及するあたり彼女なりの気遣いのようなものはある程度存在するようだ。とは言え、この言い方だと実質拒否権は無いに等しいものだが。

「あの、漆黒の双頭という組織……私は入団どうのこうのという話は今日が初耳なのですが。一応、漆黒の双頭という組織についてもある程度までは知っていますが、その実態も詳しくは知りませんし……
 『アルセウス教の布教領域をよくするための革命集団』という漠然としたことと、メンバーの一部しか知らされていないので……ほんとにある程度ですね。私は具体的になにをすればよろしいのでしょうか?」
 ヒューイがそんな言葉を返しても、レアスは終始笑顔だった。
「そうだったね。それならそれで、一から教えてあげれば済むことだ……特にヒューイは漆黒の双頭がもたらす効果を享受する当事者になるわけだから、きちんと教えないと」
 結果を言うと、ヒューイはレアスの言う漆黒の双頭の思想に共感した。漆黒の双頭は、アルセウス教の宗教の関係で、閉鎖された空間に住まざるをえないミステリージャングルの住人を始めとする多くの者たちに、移住や移民の選択肢を与えることが出来るのだとか。
 疫病や災害など、理屈では説明し難いことを悪魔の仕業として処理するアルセウス教では、閉鎖された空間に住むことで微妙に形態が変わってしまったポケモンたちは魔女狩りの被害に合わないことは至難の業だそうで。
 アッシュやレアスといった幻のポケモンたちですら、魔女狩りの対象に入りかねないという。宗教を否定するのではなく、悪いところを直しよいところを伸ばすのが目的だとは言うが、結局言葉だけではどうにもならない。武力に頼ることもあるだろうし、謀略を張り巡らせる必要もあるだろう。
 幻のポケモンでも相当の事はやってのけられる作業にも限界がある。そのための、私やレイザーなのだと。
 私は移民にはあまり興味はなかったが、それを望むものは当然いるだろうし、何よりもアッシュがその計画に賛同していたという事で半ば付和雷同していた面もあるかもしれない。

 とにもかくにも、ヒューイが漆黒の双頭に入ることは、割かし簡単に決定された。やめるために何の制約もかけず、すぐにやめられる――との触れ込みであったため(少々胡散臭いが)お試しでもいいからやってくれとの事なので、お試しでもいいからと。
 ミステリージャングルでは人を騙すような習慣がなかったのも、簡単に入ろうとした原因の一端であったのかもしれない。


 それから数日の内にヒューイは荷物をまとめて、スイクンタウンに旅立っていった。それから2ヶ月ほど、ギルド経営のノウハウをレイザーに叩き込まれ続けた。ギルド経営のノウハウを学んだヒューイにカマのギルドを一時的に任せて、スカウト業務へと出かける日が刻一刻と迫る。
 レアスとの契約で、前金として白金の塊を受け取っているレイザーは後に引くわけにもいかないので、日がたつごとにそわそわとした態度が目立っていく。
「……スカウトマンとしての旅立ちの日なんだが、どうしようか……お前は、どれくらいまでいて俺に居て欲しい?」
「ふむ……そうですね。レイザーさんはちょっとばかし、奥様とデートでも行っていてくださいませんか? 私にギルドを任せて」
「おぅ?」
 このセリフを聞いて、レイザーは興味深げにヒューイを見る
「そうだな。何日か一人で俺の仕事をやってみて隊員の信用を得られたら、俺も安心して任せられるもんなぁ……ちょっと不安だが、それが一番確実な手段だな」
「いえ、探検隊の皆様が私を信用するかどうかではなく……」
 言いながら、ヒューイはレイザーの姿に変身して見せる。
「焦点は、気が付かれないかどうかになりますかね」
 見た目はレイザーと生き写し。一卵性双生児と名乗っても差支えないレベルである。ヒューイは外見の変身を完璧なものにすると、自分が持ってきた荷物の中にあるストライクの形をした縫い包みを取り出し、念じることで、縫いぐるみに仕込まれた生霊を自身に憑依させる。
「俺は、『憑依』の目覚めを完璧なものにしろとアッシュに言われたもんでな……これから俺は、普段からお前として行動させてもらうとするよ。一応、お前の妻と子供には正体をばらそうと思うけれど……ま、お前の生き霊やら残留思念を俺の内に憑依させれば気が付く者はまずいないだろうよ」
 ヒューイがぬいぐるみに念じた途端、ヒューイの口調までもがレイザーそのものとなった。

「へぁ……?」
 鏡が動き出したかのような光景に圧倒され、間の抜けた返事しか出来ないレイザーをヒューイは悪気なく笑う。レイザーさんはあんな表情も出来るんですね。
「ですから……残留思念やら生き霊やらをぬいぐるみに閉じ込めて必要に応じて私に憑依させるのですよ。今は、貴方の生き霊をぬいぐるみの中に戻しましたので普段の私の口調ですが……
 私、霊媒師としての才能に強く目覚めているようでして……ですので、こういう真似が出来るのだとアッシュ様は仰っておりました。
 でも、比較対象が自分ではレイザーさんもわかりにくいと思いますので……共通の知り合いでどんな感じか見せてみますか?」
「じゃ、レアスかアッシュを出来るか?」
「えぇ、勿論」
 言いながら、ヒューイがマナフィのぬいぐるみに念じた後は、その仕草一つ一つがレアスそのもので、ある一点だけを覗けばレイザー以外には違いが分からないだろう。

「ふむ、気配というか、オーラが弱い……だけれど、喋り方や歌の下手さ……それに身のこなし方も何から何まで生き写しじゃないか……」
 目を皿のようにしてヒューイを見たが、見れば見るほど違いが分からなくなる。むしろ目を閉じていないと本物だと思ってしまうレベルの生き写しぶりだ。
「いくら生き霊を憑依させたところで、目覚めの力。特にその中でも魅力に分類されるものはどうにもできないからね~……そこら辺が君の言うオーラが弱いってことなんだろうね。
 でも、まぁ……少しくらい雰囲気が変わったところで、仕草も口調も筆跡も同じならば……ばれないでしょ?
 だから、これで色々遊べちゃうな~。ウフフフフ♪」
 レアスの口調と声のヒューイは、不穏なことを言いながら文字を書いた。その文字と、以前レイザーが送られたレアスの手紙を見比べると相違が無い筆跡。レイザーが圧倒されるように感心しているのを、ヒューイは得意げに、レアスの姿と仕草と声で笑う。

「それが、憑依の力……イイねぇ。だが、それに使う生き霊とかってやつはどうやって集めたんだ?」
 「ぬいぐるみの材料が霊界布の材料である霊界綿を中に詰めた特注品なものでね……高かったんだよ? それで、生き霊や残留思念を霊視して、掴みとって押し込むの。
 いやぁ、レアスの残留思念を集めるには苦労しちゃったよ。君の生き霊や残留思念は気心が知れているせいか、割とすんなり集まったけれど、レアスってば本当に無邪気で……残留思念まで落ち付きが無いんだもん。やんなっちゃうよ
 アッシュはドジョッチのように掴みどころがなくって、するする離れて行くしさ。幻のポケモンってみんなこうなのかなぁ?」
 ペラペラとよく口のまわるマナフィの姿に変身したヒューイは何から何までレアスにそっくりで、見ているレイザーは頭がどうにかなりそうな表情で苦笑している。
「お前がすごいのはよくわかったが……本当にそれで生活をする気か?」
 レイザーは馬鹿げているとでも言いたげだ。ヒューイは元の姿に戻って笑う。

「漆黒の双頭は、アッシュ様の長年の悲願をかなえるための足掛かりであり……その計画に共感した私にとっても有用な目的をもった組織であります故……そのための鍛錬と思えば、貴方の真似をしながらの生活も別に苦ではないですし……
 それに、『全能でも万能じゃない』と、ミステリージャングルで合言葉のように言われている言葉は、突き詰めれば、10人のジェネラリストより10人のスペシャリストのがすぐれているという事だとアッシュ様は仰られました。
 でしたら、私もそのスペシャリストの中に入りたい……という事ですよ」
「ふむ……まぁ、そういう新年があるなら俺も止めるわけにはいかねぇな」
 強い忠誠心。それなりの目的。そしてほんの少しの野望でヒューイは動いていると聞いて、レイザーはヒューイに対しても少しばかり尊敬を抱いたようだ。
「俺は漆黒の双頭の目的が完遂されれば、カマのギルドの支部でもアルセウス教の布教領域に作ってやろうだなんて、漠然と考えていただけだからなぁ……お前との考えの温度差にはちょっと恥ずかしいや。
「まったく、どいつもこいつも他人のことばっかり考えてやがる。俺は家族のことを考えるだけで精いっぱいだって言うのに」
 レイザーは、苦笑してヒューイの替え玉案を承諾する

 次の日レイザー所長の、ドッペルゲンガーの噂が立っていた。ドッペルゲンガーがそれぞれ妻とのデートとギルドの所長という替え玉の利かない行為を行っていたために、どっちが本物なのか? と、何とも言えない状態に陥ったレイザーとヒューイ。しかして、ヒューイはデートをしていたレイザーの方が偽物だという、事実とは逆の噂を立てていた。
 妻には、ヒューイが替え玉をやることについての事情を説明したとはいえ、なんともやりきれない思いでレイザーはヒューイを小突く。
「馬鹿野郎、なんて噂流しているんだお前は。皆すっかり信じこんじまっているじゃないか」
 ま、嘘がばれないってことは、お前ならギルドを任せられるってことかと、付け加えてレイザーは嬉しそうに笑う。これが、霊媒師がレイザーの替え玉としてギルドの経営を任されるまでの経緯。

[[後編へ>漆黒の双頭“TGS”第7話:替え玉の霊媒師・後編]]
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 【憑依】するからヒューイ。我ながら安易な名前だと思います。
 実はTGS第1話の最初と第2話に名前が出ているけれど、覚えている人いるんだろうか?
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**感想・コメント [#jeef5f12]

コメントなどは大歓迎でございます。

#pcomment(漆黒の双頭TGS第7話のコメログ,10,)

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