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添い寝屋の夜 の変更点


RIGHT:&color(Red){※この作品には官能シーンが含まれています。};
LEFT:&size(30){添い寝屋の夜};
RIGHT:Written by [[ウルラ]]
Illustrated by [[朱烏]]
RIGHT:written by [[ウルラ]]
illustrated by [[朱烏]]
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 日が傾く頃、宿の一室でそれは行われていた。
 飴色に近い色になった壁の漆喰は、この建物が作られてから相当の年数が経っている事を伺わせる。ワタッコの換毛綿を詰めた麻袋のクッションの上に、白いシーツを被せて床の上に置いただけの簡素なベッドと、ランタンや小物を置くための角に置かれた小さなテーブルくらいしかないようなこの部屋は、お世辞にも豪華な部屋とは言いがたい。
 そのベッドの上に、身体を横にして座り込んでいる四足の大きなポケモンがいた。そのウインディが身体を沈み込ませても、なお余裕のある大きなベッドに、海イタチのポケモン、フローゼルが黄色い浮き袋を気にかけながら、ウインディと同じ方向を向いて寝転ぶ。夕焼け空に黒い稲妻が走ったような模様をした綺麗な毛並みに、フローゼルはそっと身体を沈み込ませていく。預けられたその身体を、ウインディは大きな前足で少しだけ抱え込んで、沈み込んできた身体を更に密着させられるように自らの身を寄せた。程よい温かさと柔らかな毛並みの感触に包まれて、次第にフローゼルは安堵した表情になっていく。

「苦しかったら、言って下さいね」

 その大きな体躯から発せられたとは思えないほどの透き通った綺麗な声で、ウインディはフローゼルにささやくように言った。

「はぁ……何度来てもこの安心感は癖になるね」
「ふふっ。ありがとうございます」

 そんな嬉しい言葉をフローゼルから貰い、彼女は笑みをこぼす。
 ふと、フローゼルが身体の向きを変える。同じ方向を向いて背と腹を合わせていた状態から、今度はお互いに向き合うような形になる。このような状態になると、その後何をされるのか、ウインディは大方の予想が出来ていた。彼女が丹念に手入れをしてふさふさにしている首周りの毛並みに顔をうずめて、彼女の香りを堪能してくるか。もしくは……。
 不意に彼女の後ろ足の付け根に、フローゼルの手が回りこんでくる。大切な箇所のすぐ近くに不快な感触を感じた彼女は、声を荒らげた。

「もう。ここはそういう宿じゃないこと、前にも説明しましたよね?」
「いやぁ……つい。申し訳ない」

 その手は注意を受けると彼女が払うまでもなくパッと離された。当然、彼女はそうされることを望んではいないし、この宿でそれは禁止されているはずだった。

「次やったら、本当に出入り禁止にしますよ。あくまでもこの宿は添い寝専門なんですからね」

 そう、彼女の言うようにここは添い寝を専門としている宿で、決して娼館ではない。添い寝という言葉の響きから、時折勘違いをした客が入ってきてしまうが、そもそも部屋に入って添い寝のサービスをする前に、禁止事項はきちんと説明されている。それでもこういう客が跡を絶たなくなったのは、ここで働くあるひとりの従業員の行動が発端だった。

 先ほどのフローゼルが宿から出て行くのを見届けた後、ウインディはカウンターの裏にある自分の予約表を見て、次の時間の予約欄に斜線が入っているのを確認する。それがキャンセルである事に気づくと、休憩時間が出来てホッとしたように息をついた。ふと、奥にある控え室に入ろうとした彼女の耳に、階段の踏み板がきりきりと軋む音が聞こえてくる。
 階段の方へとウインディが目を向けると、やがて見えてきたのは金色に輝くような毛並みだった。身体と同じくらいの長さを持った九つの尻尾を引き摺らないように、少し高めに上げながら階段を注意深く下りてくるキュウコンの姿。その後ろには、紫色の尻尾を上機嫌に振っているスカンプーがいた。

「ヒユリちゃんのあの舌使い、ホント良かったよ。次に来た時にまたやってくれるかい」
「うんいいよー。そんなに喜んでくれるならいくらでも」

 その会話の端々に、本来この宿で聞こえてきてはいけない言葉が聞き取れてしまったことに、ウインディは眉をひそめる。客にヒユリと呼ばれたキュウコンはウインディの姿に気付いて、視線をそのままに尾のひとつを彼女によく見えるように振った。それでもウインディはその表情を崩すことはなかった。

「ご利用、ありがとうございましたー」

 ヒユリは客のスカンプーを見送ってから、後ろに向き直る。いまだに鋭い視線を向けてきているウインディに、ヒユリは露骨に面倒臭そうな表情を浮かべた後、彼女から来るであろう叱責の言葉を待った。

「ヒユリ、またやったの? この宿の決まり、忘れたわけじゃないでしょうね」

 いつもの穏やかな声色とは一変して、威嚇をするような声でウインディは言った。それに対してヒユリはいつものことのように、ため息を付きながら自身の尾の一つを丹念に毛繕いし始める。ヒユリは悪びれる様子はなく、それに言い返した。

「毎回説明してるけど、あくまでも双方の同意がない場合はダメってだけでしょ。私は最初からオーケーしてるし、お客さんもその気なんだから問題ないと思うんだけど?」

 ウインディは言い返せなかった。彼女の言うように、店の決まり事としては基本的に添い寝以上の行為は禁止とされているが、双方の同意がある場合は当てはまらないとされている。更に追い打ちをかけるかのように、ヒユリは毛繕いの手を止めて彼女に言い放った。

「何もそこまで突っかからなくていいじゃない。私がサービスでやってるだけなんだから、ホノカさんがやらなければいいだけでしょ」
「あのねぇ……はぁ、もういい」

 ホノカと呼ばれたそのウインディは、ヒユリの言葉に言い返そうとして止めた。確かにこの宿で添い寝以上の如何わしいことをされそうになっても、拒否をすれば客は出禁になるのを嫌がってすぐに止めてくれる。そういう事はしないという立場を一貫して通していれば、特に問題はない事をホノカ自身分かっていた。これ以上はヒユリに何を言っても尽く言い返されてしまうと感じ、それ以上は続けることが出来なかった。



 ヒユリがこうも好色になったのは、この添い寝屋に来て一年ほど経った頃のことだった。元々は自分の毛並みを活かせたら、という考えで働き始めた彼女は、色々なポケモンに接客をしていく内に段々と『ふたりが一つの寝床で共に過ごす』というその雰囲気に絆されていったのか、徐々に客の誘いを受けるようになってしまっていた。特にそれがエスカレートしたのは、彼女に『ヒユリ』というこの店で使うパートナーネームを客に貰ってからのこと。
 この添い寝屋では本当の名前では接客せず、パートナーネームという仮名を使用して働くのがこの宿の決まり。当然、ウインディのホノカという名前も仮名。本名は別にある。その名前を当初ヒユリは持っておらず、本人もどうしようかと悩んでなかなか決まらなかった。そんな時にヒユリのサービスを受けた客から『後ろ姿が咲いたユリの花のようだ』と褒められ、その表現を元に彼女に関連した火という言葉を加えて、ヒユリという名前で決まった経緯がある。それが彼女にとって嬉しかったのか、その案をくれた客に添い寝以上のサービスしていた事も関係して、より積極的に客をその行為に誘うようになってしまった。
 ホノカは、ヒユリが他者に認められたいという欲求が強い事を知っていた。それが、彼女を好色的にさせてしまっている事も。しかしそれを解決する術も見つからず、彼女はただ客に過剰なサービスをするヒユリに対して、毎回のように口を尖らせる事しか出来ずにいた。この宿を立ち上げたシエンにでも相談しようかと彼女は考えるが、いやそれもダメだと頭の中で首を横に振る。シエンは宿のオーナーという割には気が弱く、お客との同意があれば問題ないというルールも、過剰サービスをしているヒユリを中心とした従業員たちによって半ば強引に決められたもの。シエンがこの宿を立ち上げた最初の目的である「お客さんにとって、心の安らぎとなるような場所」とは一体どこへいったのだろうと彼を問い詰めてしまいたくなるが、半ば諦めてしまっているのは彼女自身も同じである上、どう解決するかと問われれば答えに困るだけだった。

「私ちょっと休んでくるから、ヒユリは受付お願いね」

 疲れた頭で考えてもしょうがないと、ホノカはヒユリに受付を任せ、裏手にある控え室へと入っていく。その様子をヒユリは横目で見つつも特にそれに異を唱える事もなく、ロビーの受付カウンターの長椅子の上で座り込んでくつろぎ始めた。
 控え室へと入ったホノカは、ほっと一息をつく。火照っている身体をヒユリに悟られずに済んだ、と。先ほどの客に触られた下半身辺りが、どうにも疼いてしまって仕方が無かったのだった。彼女としてはヒユリのような真似はしたくないと考えてはいても、異性がお互いに身体を密着させた状態で、唐突に官能を刺激するように触られてしまうと多少なりとも反応してしまう。そればかりは自分ではどうしようも出来ない。

「ふぅ……」

 何度か深呼吸を繰り返すうちに段々と落ち着いてきたのか、ホノカはやがてゆっくりとソファの上へと横になる。年季の入ったソファの足が迷惑そうに軋んだ。
 一部の客が彼女に手を出し始めた最初の頃は、彼女はここまで身体が疼いてしまうことはなかった。それが今では体温が上がる程に変わってしまっている。いずれこのままの状況を続けていくうちに、自分はどうにかなってしまうんじゃないかとホノカは気が気ではなかった。彼女がヒユリの行為を強く咎めるのは、その不安や焦りからでもあった。

「……どうなっちゃうんだろ、私は」

 他には誰もいない控え室の中で、彼女はそっとそう呟いた。


   ◇


 入り口から新たな客が入ってくる気配を感じて、ヒユリは首をもたげてそちらへと目を向ける。その姿を見て、ヒユリは首を傾げた。次の客はもういないはずだ、と。常連であるならば彼女自分その姿はよく見知っている。しかし今ここに入ってきたのは、常連客の誰でもない。
 水の色をした短毛に、白い二本ヒゲ。腰まわりには布を纏うような形の群青色の毛並み。二足で立つその両腿あたりには二枚貝の片割れがそれぞれ付けられていた。ダイケンキの進化前、フタチマルという種族だった。ヒユリの予約はもう無いため、ホノカの客かと考えてみるものの、彼女にももう今日の予約は無いはずだった。つまり予定外の客、ということになる。この宿を予約制だと分からないまま、初めての客が来てしまうのはよくあることで、ヒユリはまたかと思いつつ、説明して帰ってもらおうとそのフタチマルから見えやすいようにカウンターの前で背筋を伸ばした。
 そのフタチマルは店のロビーをひと通り見回したのち、やがてカウンターにいるヒユリの存在に気付いて、話しかけながら近づいてきた。

「この宿の部屋、空いてますか。他の宿はほとんど部屋が埋まってて……」

 まだあどけなさの残る、少し高めの声にヒユリは戸惑った。おまけに彼の発言からどうやらこの宿をただの宿泊施設だと思っているらしく、まだ成年を迎えてはいないこのフタチマルにそれをどう説明しようかと、彼女はロビーに視線を巡らせる。そして控え室への扉が目に入った瞬間、ヒユリの口元が怪しくつり上がる。

「部屋なら丁度、今さっきひとつ空いたところ。案内するね」

 その言葉に、不安そうだったフタチマルの顔がぱっと明るくなる。今まで彼女が見てきた客の中でも一番の純粋な笑顔に、ヒユリは自身の鼓動が少しだけ高まるのを感じた。それと同時に、この宿が一体どういう場所であるのかも教えずに泊めようとしていることに、微かに罪悪感もわいてきてしまう。だが、このフタチマルの相手をホノカにさせてみたら、一体彼女がどういう反応を見せるのかという好奇心や、先ほど言い咎められた事に対するちょっとした仕返しをしたい気持ちのほうが勝っていたのだろう。
 そういった考えの元、意気揚々と案内をするヒユリに、フタチマルはようやく部屋が取れたことに安堵していて、そのことに気づく間もなく彼女についていく。

(何だろう、このにおい)

 鼻孔をくすぐる甘い花のような香りが流れてきている事に気づいて、フタチマルはその元を辿ろうとした。彼の目の前にいるヒユリから来ているものかと思うものの、玄関ではそこまでこの匂いを感じなかった。だとすればどこから流れているのか。ただ、別段悪い香りとも感じない。フタチマルは今考えても仕方ないと思い、いつの間にか着いていた部屋の前でヒユリの開けたドアの中へと入った。部屋の中には高い位置に付けられた申し訳程度の小さな窓と、天井にはむき出しの梁。部屋の中心には、フタチマルが今まで見てきた中で一番簡素だと思えるベッドが置いてあるだけだった。
 ふと彼の横をヒユリが器用に通り抜ける。部屋の入り口は幅が狭いため彼を避けて通るにはそうせざるを得なかったのだろう。彼女の胴から太ももにかけてのさらさらとした絹糸のような毛の感触と、その裏にあるふくよかで柔らかみのある弾力が、彼の腕を通して伝わる。突然の感触に驚いた彼は、右腕を咄嗟に反対側へと引いた。

「ああ、ごめんね」

 横を通りすぎようとしたヒユリも彼の腕が当たっていたことに気付いて、謝りながらも部屋の奥へと歩みを進めていく。いつの間にか口には何かを咥えていて、それをゆらゆらと振りながら、やがて奥にあった小さな机の上に置いた。ヒユリは口をそっと開くと、フッと息をそれに向かって吹きかけた。すると彼女の口元から小さな炎が一瞬だけ吹き上がり、机の上に置いたものに火を灯した。そうして部屋が明るくなると、フタチマルはそれがようやくランタンであった事に気付いた。

「それじゃあ、また後でくるね」

 ヒユリはランタンにしっかりと火が着いたのを確認してから、そう言って部屋を出て行った。やっとひとりで落ち着ける空間ができたことに彼は安堵した。落ち着いてきたところで、先ほど彼女に触れた右腕の感触を思い出して思わず顔が火照りだしてきてしまう。それを振り払うように彼は首を二、三回振るうと、弾力のないベッドへと腰掛けた。家のベッドはもう少し弾力があって、足のある台に乗せられていて、シーツも今座っているものより綺麗だった、と彼はふと考える。内装ももう少し整えられたものであったし、床の木板も隙間なく綺麗に敷き詰められていた、ということも。そして自身が家のことを考えている事に気付いて、彼はまた首を振るった。

(これじゃあ、何のために出てきたか分からないじゃないか……)

 あの家を出てきても頭の中に浮かんできてしまうのは、暗にあの家で生きていくしか無いと示されているようで、フタチマルは奥歯を噛みしめた。

「予約無しのお客さん? なんでいきなり?」
「いいから。ホノカさんご指名らしいよ」

 ドア越しから声が微かに聞こえてきて、彼はそちらへと目を向けた。そういえば先ほど彼女がまた後で来る、と言っていたのを彼は思い出した。片方の声は先ほど聞いたキュウコンの声なのは彼にも分かった。耳を立てている内に段々と声は彼のいる部屋へと近づいてくる。ドアが開けられたその瞬間、開けたポケモンと彼の目が合った。深みのある青色の瞳に、彼自身の姿が写っていた。

「……え?」

 ホノカは部屋の中にいたフタチマルの姿を見て、何度か目をしばたたかせた。それでも変わらない目の前の光景に、彼女は目を疑った。どう見ても成年していない上に、指名した側であるはずのフタチマル自身も戸惑いの色を隠せない様子でいる。もしかして、とヒユリの方に向き直ると、彼女はしたり顔で目をそらしていた。

「どういうことか説明してくれる?」
「え? なんのこと?」

 説明を求めても目を一切合わせようとしないヒユリの白々しさに、ホノカは彼女にはめられてしまったことに気がつく。よりにもよってまだ年端もいかないフタチマルの少年を巻き込んで。あまりの勝手さに、ホノカは憤りを感じてヒユリを睨みつけるものの、そもそも目線を外されていては効き目も無く。仕方ないとばかりにため息をつくと、蚊帳の外だったフタチマルの少年に事情を説明しようと、やがてホノカは部屋の中へと入った。
 まずどこから話をしようかと悩んでいると、状況が飲み込めていないだろうフタチマルの少年の方から質問が飛んでくる。

「一体どういうことなのか説明してもらえますか」

 釈然としない感情がその言葉から伝わってきて、ホノカは胸のあたりが重くなったのを感じた。しかしこればかりは説明をしなければと、重い口を開けてやっとのことで言葉を喉の奥から取り出す。その様子をヒユリはその後ろから黙ってみていた。

「えっとね……ここは君が思っているような宿じゃなくて、その、添い寝屋っていう宿で。お客さんに私達パートナーが寄り添って、同じベッドの上で……」

 添い寝屋という言葉を聞いて、フタチマルの少年は目を見開く。続けようとしたところで、彼は俯いて呟くように話しだした。

「ごめん、なさい……そういう宿だなんて知らなくて。俺てっきり普通の宿かと思って……」

 自ら足を踏み入れてしまったことに心底後悔しているのか、先ほどまでピンとしていたフタチマルの白い二本ヒゲが力なく垂れている。

「まぁ、元々普通の宿だった建物をそのまま使って運営してるから、見かけで間違えるのは仕方ないよね」

 どう言葉を掛けていいか分からずにホノカがうろたえていると、彼女の後ろからヒユリが彼を慰めるような言葉を掛ける。何故ロビーに入ってきた段階でそういうことを彼に説明しないのかという抗議の眼差しをホノカは彼女に向けるも、特に反応もなく無視されてしまう。その態度に苛立ちが更にかさんでいくが、ここで彼女と喧嘩をしてしまっては、目の前のフタチマルを更に不安にさせてしまうかもしれない。そう考えてホノカはそれを我慢するしか無かった。

「と、とりあえず。今からでも他の宿を探して……」

 誤解も解けたのだからと、ホノカはフタチマルを他の『普通の宿』に案内するために部屋の外へと出ようとする。それをヒユリが引き留めた。

「多分、空いてないんじゃない?」
「え?」

 ヒユリの言ったことに、思わずホノカの足が止まる。フタチマルも同じように彼女の言葉に驚いていた。何を言っているんだと言わんばかりのふたりの視線を受けて、少しばかりヒユリもうろたえてしまう。

「もう時間も時間だし、しかも明日から闘技祭でしょ? 多分ここ近辺の宿は部屋埋まってると思うよ」

 闘技祭。この街で年に二回ほど行われる、大きなイベント。それを観覧するため、もしくは挑戦者として参加するために他の街から多くのポケモンがやってくる。つまりその開催期間中、宿は埋まってしまうことが多く、大抵のポケモンは町の外で野営をすることも多い。しかし野営には危険がつきもので、盗賊に狙われることも多い。フタチマルの少年にそれさせるのはあまりにも酷な話で、その上、野営用の道具も彼は持ち合わせているようには見えなかった。

「仕方ないから、今夜は泊まってってもらわない?」

 ヒユリがそう言いながら、ホノカの方へと向き直る。彼女の表情は笑みこそあれど、真っ直ぐホノカを見据える瞳は至って真剣なものだった。ホノカ自身も、彼が他に泊まる場所がないのに、この宿のルールをもって追い出すという心無いことをするつもりもない。ホノカは当然、首を縦に振った。そのやりとりを見ていて、自分はとりあえずここに泊まれるということを察したのか、フタチマルは安心したように胸をなでおろした。その様子を見てヒユリは再び口元をニヤつかせると、部屋の外に歩きつつ、去り際に一言。

「せっかくだから、ホノカさんが添い寝サービスでもしてあげれば?」
「え、ちょっと」

 突然のヒユリの無茶苦茶な提案に、ホノカは全身の体温が上がっていくのを感じた。当然後ろのフタチマルもその発言を聞いて恥ずかしいのか俯いてしまう。そんないじらしいフタチマルの仕草に、思わずヒユリは「ふふっ」と笑い声を漏らす。

「じゃ、ごゆっくりー」
「あっ」

 ヒユリはそのままドアを閉めて出て行ってしまった。ドアに鍵が付いているというわけではないものの、外との空間が隔てられてしまったことに、彼女の中に軽い焦燥と諦めの感情がないまぜになって湧き上がる。部屋の中には扉の前で佇んでいるホノカと、ベッドの上で不安そうな表情を浮かべているフタチマルの少年の、ふたりだけだった。



 部屋にふたり残されてから、しばらく沈黙が続いた。ホノカもヒユリの後に続いてそのまま部屋を出て行けば済むことでもあるのに、どうにもフタチマルの事が気がかりで部屋を出るに出れなかった。それは異性として気がかりなのではない。こんな年端もいかない少年が、最低限の旅の荷物すらも持たずに宿を探していたということに、彼女は一抹の不安を感じていたからだった。
 だからといってこのままお互いに黙ったまま時間を過ごしてしまうのも埒が明かないので、ホノカは何とかしようと考えを巡らす。そうして一つ、話すためのきっかけがあることに気づく。この質問を投げかけて返ってくるかどうか分からないものの、こうして黙っているよりはいいかもしれないと、ホノカは話しだす。

「えっと、そういえば、君の名前はなんていうの」

 いきなり投げかけられた質問に、フタチマルは肩を少しだけビクつかせると、怪訝そうな面持ちでホノカを見つめる。やがて迷ったような表情をしながらも、彼は口を開いた。

「セツカ、ですけど」
「セツカ君ね。私はホノカ」
「うん、知ってます。さっきそう呼んでるのは聞きました」

 フタチマルの少年、セツカの素っ気無いその言葉に、ホノカは返す言葉が無くなってしまう。またこのまま沈黙に入り込みそうで、彼女はどうにか話せるような話題は無いものかと頭の中で話題の引き出しをあさり始める。とはいえ、色々と聞きたいことはもう既に彼女の中にある。しかしそのいずれもセツカの事情を探ってしまうようなものばかり。どこから来たのか、ひとりで旅をしてるのか、それにしては荷物が少ないのはなぜなのか……。疑問は尽きないものの、どれを聞いても到底楽しい話題にはなりそうになかった。
 セツカも、自分の素っ気無い返事でまた沈黙を誘ってしまったのを後悔していた。間違えて入ってしまっただけでも居心地が悪いというのに、自分自身で更に居心地を悪くしてどうするんだと、数秒前の自分自身を叱責する。ホノカを見れば先程から部屋のあちこちを見て、話せることを必死に探っているように見えて、彼はますます申し訳なくなった。何か話すことはないかと考えると、セツカは咄嗟に思いついたことを口にしていた。

「あの、添い寝屋って言ってたけど、その……どういう宿なんですか」

 沈黙を破って彼から出てきたのは、そんな質問だった。彼は咄嗟に出てきたとはいえなんて質問をしたんだと焦っていたが、彼女はその質問よりも、彼から話しかけてきたことや、意外にもそこに興味を示したことについて内心驚いていた。今自分がいる場所について分かっておきたいのは当たり前だと彼女は納得して、彼のそんな質問に答え始めた。

「えっと、そこのベッドでお客さんと、お客さんが選んだパートナーで身を寄せ合って寝て、色んな話を聞いたり。ただ身を寄せあうってだけのお客さんもいるけどね。とにかくそういうサービスをする宿。あ、パートナーっていうのは私たち従業員のことね」

 ホノカのひと通りの説明を聞いたセツカは、その内容の意外さに呆けた表情をしていた。少し前に話に聞いていた時は、てっきり同じベッドの上で如何わしい事でもするのかと勘違いをしていたものの、改めて聞いてみると本当にただ添い寝をするだけの内容で、彼は拍子抜けしていた。

「それだけ?」
「他は……。他愛のない話をしたり、一緒に朝まで寝たり、かな?」

 セツカに聞かれて、改めてホノカが考えてみても、添い寝以外のことはほとんどしないことのほうが多かった。大体の客が添い寝で満足して帰っていく。終わった後に軽食を頼んで帰っていく客はいるものの、そちらのほうが少数だったりする。彼女はそこまで考えて、ヒユリのしている『追加サービス』の事が思い浮かんで来てしまう。あれに関しては正式なサービスではない上、成年していないセツカに話すことでもないだろうと、彼女はその考えを頭の隅に追いやった。

「それだけで商売になるんだ……」

 セツカはそう呟く。彼にとっては『添い寝』という行為だけで、金銭のやりとりが行われている事が疑問でならなかった。別に添い寝をしてもらわずとも、ふかふかのベッドで寝ることが出来ればそれと同価値だろうし、それによって得られるものが何か分からなかったからだった。その呟きを耳にしたホノカは、段々と話に熱が入っていくことにも気づかずに、少しだけ語気を強めて言った。

「来たお客さんはほとんどが満足して帰っていくし、常連さんだっているのよ?」
「本当に?」

 それでもなお疑り深いセツカに、ホノカは次第に自分の職が、そしてこの添い寝屋が否定されている気がしてならなかった。どうにかして彼に良さを伝えようとしても全く伝わってないことに悔しさを感じて、彼女は思わず言ってしまう。

「じゃあ、試してみる?」

 ホノカからの提案に、セツカは戸惑う。先ほどまで間違って入ってきてしまった自身に対して、添い寝サービスをすることに彼女は否定的だったのに、今はどうするか迫ってきていることにも。とはいえども、彼にその興味が全く無いといえば、それは嘘になる。
 好奇心か羞恥心かを天秤にかけて傾いたのは、前者のほうだった。


   ◇


 いつものようにベッドの上に横になったホノカは、そっと片方の前足をあげてセツカを誘う。彼は生唾を飲み込むと、ホノカの前に少しだけ空いている空間へと寝転んだ。向かい合って横になるのは恥ずかしいからなのか、彼女と同じ向きで。丁度彼女の置いている方の前足に彼の頭が乗ったところで、彼女は上げていた前足をそっと下ろした。苦しくならない程度に、彼の身体を自分の身体へと前足で寄せていく。段々と彼女の温かみのある柔らかな毛が、セツカの背と腕に密着して、彼は何とも言えない安心感を感じていた。

「どう?」
「……なんか、安心する」

 セツカが落ち着いてきたのを見計らって、ホノカは彼にそう聞いてみる。まだ気恥ずかしいのか彼女に聞こえてきた声はボソボソとした小さな声だったが、それを聞いて彼女も安心していた。前足から肩の強張りも段々と溶けてきているのを彼女は感じると、そっと話し始める。

「ここに来るお客さんはいろいろな理由はあるけど、大体は悩み事を抱えていて、不安をどうにか紛らわしたいから来ることが多いの」

 セツカはそれを聞いて特に何を思うでもなく「うん」とだけ相槌を打った。勿論、それが根本的な解決にはなっていないこと、仮初めの安息でしかないことをホノカは分かっていた。それでも何かの助けになればと、悩み事を聞き出しながらそのお客さんにこうしたらどうだろうとか、それは違うと思うとか、彼女なりの提案や意見を少しだけ伝えることで何かが変わるきっかけになればと今までやってきた。そのお陰か、すっかり彼女はこの宿の看板従業員となっていた。彼女自身もそれが好きでやっていたのだが、最近では別の目的で彼女を指名する客も多く、こうやって会話をする機会が少ない状態が多い。

「こうやって添い寝してもらったの初めてだけど……さっきお姉さんが言ってたことが分かった気がする」
「ふふ。でしょう?」

 先ほどまで緊張していた身体の強張りが嘘のように、自然と身体をホノカに預けていることに気付いて、セツカはそう言った。それを聞いた彼女は、誇らしげにそれに返す。そこからしばらくは黙って、お互いがお互いの体温や呼吸を感じつつ、ゆったりとした時間の流れの中で過ごしていた。その中でも、依然としてセツカは胸の奥を締め付けられるような感じがして、どうにも落ち着けない。安心はしている。けれども妙な居心地の悪さがあった。原因に心当たりがないわけでもなかった。もしかしたらそれを吐露してしまえば、少しは胸のつっかえも取れるかもしれないと、彼は何度か口を開けたり閉じたりしてから、ようやく話す決心がついた。

「実はさ……家出、してきたんだ」

 突然のセツカの言葉にホノカは一瞬だけ戸惑うが、先ほど感じた不安の正体はそれだということに気付いて、彼女はそのまま彼の話の続きを待った。

「跡継ぎをさせるために、俺のやることなすこと、勝手に親が決めていくのに耐えられなくてさ。苛々して、喧嘩した勢いで……」

 セツカはそう言って手を強く握りしめて、奥の歯を噛みしめる。ホノカはそっと彼の頭に前足を置いた。彼女自身も自らの家を継がずにこの街に来ると決めた時には、両親とそのことでよく口論していたことがあった。上から押さえつけるようにも感じられた親の強い言葉に、苛立ちを感じてついつい感情に任せて言い返してしまったのは今でも記憶に残っている。セツカの気持ちは彼女にとって非常に身近に感じられるものだからこそ、彼女はセツカに対して少しだけ言いたい事があった。

「分かるよ。その気持ち」

 彼はてっきり言い咎められるとでも思っていたのか、予想に反した彼女の同情に一瞬だけ驚いたように、横になったまま後ろにいるホノカの方へと振り向く。彼の目に見えたのは真剣そのものであるホノカの深い青色の瞳だった。

「でもね。君はそのご両親と、真剣に自分の将来について話し合った?」

 その言葉に反射的に「話し合った」と言おうと、セツカは口を勢い良く開いたはいいものの、自らの今までの両親に対する行動を省みても、そこに真剣に話し合う自身の姿はどこにもない。反面、両親に自分の苛立ちばかりをぶつけている姿がそこには多くあった。両親が敷いていたレールの上を通りながらも文句を言い、その上でそこを自ら離れようともしていなかった事にセツカは気付いて、途端にばつが悪くなって彼は黙りこむしかなくなってしまう。彼が図星らしいことを察したホノカは、そのまま話を続けた。

「たとえどんなに親密でも、どんなに近しい位置で暮らしていたとしても、相手が自分の全てを理解してくれるわけじゃない。勿論その逆もね。だからこそ真剣に向き合って、お互いの意見をはっきりと伝え合うことも、時には必要だと思う」

 セツカはその言葉に微かに頷く。ホノカはその様子を見て、もう大丈夫そうだと感じ取った。彼の表情には自責と後悔の他に、少しだけ決意したような、そんな感情が垣間見えたからだった。

「明日になったらきちんと家に帰ろう? ね?」
「……うん。分かった」

 返ってきた素直な返事に、ホノカはひと安心した。すると、今まで目をそらしていたセツカが彼女にしっかりと目を合わせてきて、一瞬だけ彼女は動揺してしまう

「その……ありがとう。色々と」
「どういたしまして」

 彼の口から出た嬉しい言葉に、ホノカは笑みをこぼした。それにつられて、照れくさそうにしながらも彼も笑みを返す。その時だった。

(え、なんで……)

 心臓の鼓動が大きくそして間隔も短くなっていく上、徐々に身体が火照っていくのを感じて、ホノカは戸惑いを隠せなかった。先ほど控え室で感じた身体の疼きや体温と全く同じことに、彼女は焦りを感じ始める。それはひとえに彼女自身がセツカをひとりの雄として見てしまっているのと同義だったからだ。彼女がどんなに抑えこもうとしてもなかなかそれは治まってはくれず、かえって疼きを強くさせていくだけだった。

「……? 大丈夫?」
「だ、大丈夫」

 ホノカの息が切れていて、接している背中から感じる体温も高くなっているのを感じ、変に思ったセツカはそう問いかける。それに対する彼女の返事は苦しそうで、いてもたってもいられなくなったセツカは、彼女の腕の中から出た。

「さっきのヒユリさん、だっけ。とにかく呼んでくるよ」

 ヒユリ、という言葉にホノカは強い焦りを感じた。今までヒユリに対して何度も言い咎めてきたのは紛れも無く彼女自身なのに、今この状態になってしまっているのを見られたら、それこそヒユリにとってはまたとない機会とばかりに、他の従業員にも言いふらしてしまうだろう。何よりもこの状態を見られてしまうこと自体が、彼女にとっては恥辱でしかない。セツカが立ち上がって呼びに行こうとするのを見た途端、ホノカは思わず咄嗟に彼の腰に抱きついて、勢い良く引き戻していた。

「え? うわっ!」

 突然体ごと戻されるとは思っていなかったセツカは、不安定な体勢のままベッドで仰向けになっていたホノカの上へと真正面から倒れ込んだ。その状態は先程の添い寝の時よりも更に密着しており、その上ホノカが引っ張った拍子に手を離されてそのまま倒れこんだものだから、セツカは図らずもホノカの腹部に顔を預ける形になってしまう。そこに顔をうずめてしまったセツカは、手に触れた柔らかで程よい弾力のあるその箇所が一体どこか全く理解しないまま、顔を起こそうと手に力を入れてしまう。突然、下半身から刺激が走ったホノカは、思わず声を上げてしまう。

「ひゃっ!」

 顔を上げた途端に一瞬だけ聞こえた甲高い声に、セツカは驚いて固まってしまう。それがホノカの声だと気付いたところで、仰向けになったホノカの後ろ脚の間に自身がいることをようやく把握した。そして触れている手の位置を見てすぐにその手をそこから離した。セツカが触れていたのは、黒い毛に覆われた下腹部にいくつかある柔らかな膨らみのうちの、そのひとつだった。触れてはいけないものに触れてしまった事に、彼は段々と頭から血の気が引いていく。だがそこで更に視線を落としてしまったのが間違いだった。手で触れていた部分の更に尾の近く、短毛になっている黒い地肌部分に見え隠れする桃色が、セツカの目に留まってしまった。頭の中では見てはいけないと分かっていながらも、彼はそこから目が離せなくなってしまう。
 ホノカはそんな様子のセツカを見ながらも止めることが出来なかった。ヒユリに知られてしまうことを回避出来た安堵と、全身がぴりぴりとする感覚と、見られている場所が疼いてしまって、どう行動するべきか考えが上手くまとまらない。それどころか、セツカを巻き込んででもこの疼きを鎮めたいという衝動すらもあった。その情欲にひとたび負けてしまえば、ヒユリと同じだと自分に言い聞かせるものの、その思いとは裏腹に疼きが強くなっていく。
 セツカは自分がずっと彼女のそれを見続けていたことに、はっとした。その部分を見ないようにしながらホノカの顔が見える側面へと逃げるように移動して、怒ってはいないだろうかと恐る恐る彼女の顔元へと近づいた。花のような甘い香りが流れてきて、それがふたりの鼻孔を刺激する。どこかで嗅いだことのあるような香りだと思い、彼女はその香りの元を目で辿ろうとして、セツカの足元から上へと視線が動く。その途中で運悪く彼女は見てしまった。腰布のような毛の隙間から覗く、彼のモノを。
 彼女の頭の中で、何かが音を立てて崩れた。


   ◇


 ほんの一瞬の出来事だった。
 いつの間にかセツカはベッドの上で仰向けになり、いつの間にかその上にホノカが立っている。いつ彼はベッドへと仰向けにされたのか、いつ彼女が立ち上がったのか分からない。それくらい、彼にとってはほんの一瞬だった。セツカにとっては文字通り天と地がひっくり返った感覚で、ただただ呆然としていた。彼の視界には息を荒くしたホノカの姿がある。獲物を捉えたような鋭い視線の切っ先は、紛れも無く彼に向けられていた。

「ホノカ……さん?」
「ごめん。我慢……できそうにない」

 絶え絶えな息の合間に発っせられた彼女の言葉の意味が、セツカには分からなかった。
 彼女は、自らの舌を彼の胸板にそっと這わせ始める。彼女は既に限界だった。全身が疼いて仕方がない上に、目の前にいる彼がたまらなく愛おしく思えてくる。水の中を泳ぐときに流れを阻害しない程度に短く生えた彼の毛並みの感触も、幼くもかすかに感じられる雄々しいにおいも、全てが彼女の官能を刺激した。されるがままのセツカも、何故か抵抗する気は全く起きなかった。目の前で起きていることに戸惑いは感じつつも、それを自然に受け入れていた。這わされた舌は徐々に腹部へと降りて行き、彼女が先ほど見たモノの近くへと辿り着く。控えめにそそり立ったそれを、彼女は恍惚の眼差しで眺めてから、やがて開いた口の中へ収めた。

「ん……」

 乾いた空気にさらされていたモノが温かく湿った中へと入れ込まれ、その感覚にセツカは思わず声を漏らす。彼女はその反応が嬉しくなり、更にそれを口の中で転がし始めた。彼女は舌でその弾力が堅いものへと変わっていくのを楽しみながら、片方の前足を自身の秘所へと這わしていく。既に水気を多分に含んだそこは、表面を撫でるだけで、粘り気を含んだ水音を部屋に響かせた。彼はぴりぴりとした感覚を全身に感じつつ、一方的に与え続けられる刺激に時折全身を震わせる。徐々にせり上がってくるものを感じて、両手を彼女の頭に乗せて離そうとするものの、ホノカはほんの少しだけ目を彼に向けただけで止めようとはしない。それどころか舌の動きがより刺激を送るように、艶かしく彼の愚息にまとわりついては勢いよく擦りながら離れる動きを繰り返し始めた。

「あっ……待っ。んぅっ……」

 セツカのその声を皮切りに、ホノカの口の中にはどろりとした粘着質な液体が流し込まれる。彼女はしばらくそれを口の中に溜め込んで、やがて喉を鳴らして一気に飲み込んだ。やがて名残惜しそうに脈動を繰り返している彼のモノを、ひと舐めして口の中から解放する。口内に比べると冷たい部屋の空気にさらされて軽い刺激になり、彼は身体を少し震わせた。全身を覆うようにくる倦怠感と、それと同じくらいの高揚感。そんな余韻を感じているセツカを見つつも、まだ身体の疼きが収まりきらないホノカは自らその場を回って、秘所をセツカの方へ向けた。
 先ほど見た桃色のそこが、彼女の羨望の眼差しと共にセツカの眼前に向けられる。先ほどホノカが自分にやったように自分も同じことをやればいいのだろうと、セツカは何をすればいいのか、彼女に言われるまでもなく理解し始めていた。そっと、顔をその秘所へと近づけて、甘酸っぱいような不思議なにおいを嗅ぎながら、彼はそこにそっと舌を這わせ始めた。舌がその表層を舐めとった瞬間、ホノカの四肢がびくりと震える。微かに聞こえる彼女の吐息を聴きながら、彼は奥へと舌を挿し入れた。柔らかくも時折力強く舌を押し返してくるその中で、軽く舌を上下させるだけで手に触れている彼女の後ろ脚が引き締まったり緩んだりを繰り返しているのが面白く感じたセツカは、無意識にその動きを速めていく。次第に彼女の吐息に艶のある鳴き声が混ざり始めてきて、それがセツカの耳に入る度にえも言えぬ感情がふつふつと沸き上がる。彼の中に眠っている小さな加虐心が目を覚ました瞬間だった。
 その声がもっと聞きたくなり、どこが一番反応のいい場所だろうかと彼は舌で探りだす。舌を奥に入れたり、入り口の縁に沿って動かしてみたりと、様々な箇所を刺激していく。反応が良かった箇所をもう一度同じようにしても同じ反応が返ってはこないからか、それはなかなか見つからない。彼はホノカの嬌声を聴きながら、ただ熱心に刺激を与え続けていた。彼女はまだ成年もしていないセツカにしてもらっているという背徳感を感じて、その快楽に終始身体を震わせながら次第に頭の中が真っ白になっていく。

「あぁっ……!」

 ひときわ大きな嬌声を上げて、ホノカは全身を震わせる。四肢からすっと力が抜けていき、彼女はその場に伏せるように倒れこんだ。セツカはもう既に秘所を舌で弄ぶのを止めているのに、未だに彼女の身体は快楽の余韻に浸っていた。セツカは弄るのに夢中で自身の呼吸が浅くなっていたのに気付いて、息を整えていく。依然として目の前にあるホノカの秘所が微かにうごめくのを見て、彼は生唾を飲んだ。
 やがて絶頂の余韻が治まってきたホノカがそんな彼の視線に気づくと、彼女はゆっくりと仰向けの体勢になる。惚けた表情のまま、ホノカは何も言わずにセツカを誘う。その扇情的な光景だけで、セツカは再び愚息の勢いを戻しつつあった。
 セツカの準備が整ったのを見て、ホノカは両前足で秘所の唇をそっと開いた。もうヒユリの行為を言い咎めていたホノカの理性はどこかへ掻き消えてしまっている。あるのはただ目の前の小さな雄の立派なものを自分のものにしたいという、征服欲と背徳感でしかない。何がそこまで自分自身を駆り立てるのか分からないまま、彼女は情欲に突き動かされていた。
 誘われるままに濡れそぼったそこにセツカは愚息を近づけていくと、ゆっくりと挿し込んでいく。熱い粘液がモノを包み込んでくるのと、誘い込むようにして吸い付いてくる蜜壺の感触を同時に味わいながら、彼はそこへモノを収めた。しかし挿れているだけでも精一杯なセツカは、足腰を震わせるのがせいぜいで動くことが出来ない。一方ホノカは自分の中に彼のモノが脈打つ感触を堪能しながら、快楽に震えるセツカの様子をとても愛らしく感じてしばらくその様子を眺める。とはいえ、彼から動き出すのを待ちすぎてもセツカの方が先に限界を迎えてしまいそうで、ホノカは少しだけ後押しをするために後ろ脚を彼の背にそっと回した。
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「あっ……!」

 セツカが快楽の波を受けて声を上げる。ホノカが彼の背に回した後ろ脚を使って、彼を彼女自身の方に引き寄せたのだ。彼のモノは更に彼女の奥深くへと埋められ、熱い抱擁を受ける。セツカの身体自体もホノカに引き寄せられて、彼女の大きな身体の上に彼は半身を預けるような形で倒れ込んだ。完全にホノカのペースで進んでしまっていることに、どうにかして彼女に一泡吹かせようと、彼は震える足腰に力を入れてぎこちなくも動かし始める。既にそこが熱く濡れそぼっているおかげで、彼のモノは思ったよりも滑らかに彼女の中を擦った。それに呼応するように、蜜壺が彼のモノに吸い付くようにして動いてはまた元に戻る。段々と慣れてきたセツカはそのまま動きを強く、速めていく。ホノカの中にセツカのモノが深く打ち付けられる度、部屋の中には水面を撫でるような音が響き、互いの荒い息遣いが交差する。背を通してホノカの後ろ脚に力が入り始めているのをセツカは感じ取りながら、徐々に動きに緩急をつけ始める。早くしたり、ゆっくりにしてから強く打ち付けたりと、動きに変化をつけて頑張るその様に、ホノカは胸の奥が熱くなり思わず彼の頭を撫でる。それに気付いて彼は彼女の方を見ると、彼女は息を荒くしながらもその視線に笑みを向けた。
 それが合図かのように、セツカは動きを強くし始める。いくら体格的にホノカの方が大きいといえども、それは感情が高ぶっている彼女にとって嬌声を上げさせるには充分なほど強い快楽を与え始める。当然それはセツカ自身にも同じように返ってくる。彼女が強い快楽を感じれば感じるほど彼のモノは強く締め付けられ、動かす度に彼の腰は砕けそうなほどに震えた。それを堪えつつ、彼は何度も何度も彼女の中へとモノを打ち続ける。互いが互いに快楽を送り合い、嬌声を交じり合わせながら、身体の熱を貰い合う。そうして次第に互いの境界線が曖昧に、分からなくなるくらいまで登り詰めていく。頭の中が蕩けていくような感覚を感じながら、ふたりはやがて限界に達した。

「くっ……はぁっ」
「んあっ……」

 互いに押し殺したような小さな声を上げて、全身を大きく震わせる。ホノカの中はモノを包み込み、激しく脈動した。それに導かれるまま彼女の蜜壺へと彼は熱いたぎりを放つ。その熱い子種の感覚を彼女は感じつつ、彼を抱きかかえるように後ろ脚に力を入れた。彼が放ちきってもなお、彼女の中は子種を求めて脈動し続ける。そんな追い打ちに彼は時折声を上げながら、蕩けた表情でホノカを見る。息を整えながらホノカは、セツカとそのまま見つめ合っていた。
 やがてセツカのモノがホノカの蜜壺から抜け出すと、彼は前に身を乗り出して彼女の顔に近づいた。彼女はそれに対して自然と顔を近づけて、口付けをする。ほんの少しだけ触れ合う些細なものではあったものの、満足したように彼は笑みを見せて、そのまま彼女の上でゼンマイが切れたかのようにすっと寝てしまう。ホノカも体力の限界を感じて、穏やかな彼の寝顔を見ながら、次第に自らも瞼を閉じていった。


   ◇


 ――まどろみの中を彷徨っていたヒユリは、ふと目を覚ました。周りを見回して、そこが自宅ではなくまだ宿の控え室だということに気付いて、軽くため息を漏らす。軽く仮眠を取るつもりが、時計の針が大分進んでしまっているのを見て彼女は眉間にシワを寄せつつ、未だにホノカがこの部屋に戻ってきていないことに気付いた。

(もしかしてまだあの部屋に……?)

 確かに添い寝サービスをすることを軽く冗談交じりに提案したのは彼女自身だが、ホノカのことだろうから、しばらくあのフタチマルの少年と他愛もない会話をして、それだけで戻ってくると思っていた。それを待つために控え室で待ちぼうけた結果、いつの間にか彼女は寝てしまったらしい。彼女がこの部屋に戻ってきていないところを見ると、まだ上の階の部屋にいるらしい。ヒユリは軋むソファから飛び降りると、ホノカとあのフタチマルの少年がいる部屋へ向かおうと部屋を後にする。
 既に油が切れて灯りの消えているロビーをおにびで照らしながら、階段を登って部屋の前に立つ。ヒユリはふと鼻をかすめたあるにおいに、嫌な予感を感じてしまう。それは彼女がお客に対して『追加サービス』をするときに使う、興奮作用のある特殊な芳香。部屋に置いてそれに火をともすことで充満して、嗅いだものに対して作用するのだが、しばらく部屋にそれが残ってしまうことを彼女は失念していた。そのにおいを嗅ぎ慣れてしまうと、しばらくはそのにおいを感じ取りにくくなってしまうためにヒユリ自身が気づかなかったのと、その日の予約はそれ以降無かったために部屋の換気を怠ってしまったのだ。フタチマルの少年を案内した部屋が、まさにそこだった。
 ドアをゆっくりと開ける。部屋には芳香のにおいとそれ以外の、彼女はよく知っているにおいが部屋には充満していた。部屋の奥にあるベッドへと目を向けると、そこには仰向けになって寝ているホノカの上で寝るフタチマルの少年、つまりセツカの姿。通常の添い寝では考えられない体勢で寝ていることや、部屋のにおいからヒユリはそこで何があったのかを否が応でも理解できた。ホノカに限ってそれはないと思っていたヒユリだったが、事実こうして目の前にある光景がそれを否定している。
 ヒユリは、ホノカが口うるさく自分のやり方に対して言い咎めてくる事自体は嫌いだったが、先輩として彼女のことは前から尊敬していた。この店で働き始めた時も手取り足取り教えてくれたのは彼女であったし、悩み事に対して親身になってくれたのも彼女であった。それが自身のせいでこうなってしまっていると考えると、胸の奥が途端に苦しくなってくるのを感じた。何とか出来ないかと彼女はふたりの様子を見て、情事が終わってからすぐ寝ていることに気付いた。そのせいで毛についた粘液が乾いてお世辞にもきれいな毛並みとは言えない状態になっていて、においも酷く鼻をついてくる。
 この跡やにおいさえ無くなってしまえば、もしかすると夢だったと思うかもしれないとヒユリは淡い期待を持ったのだった。


   ◇


 ――誰かの寝息が横で聞こえて、ホノカは目を覚ました。いつの間にかランタンの火が消え、その代わり開いた小窓から朝焼けが差し込んでいるのが目に入ると、その明かりを頼りに寝息の正体を見た。横にはセツカが穏やかな表情で寝ていた。

(そっか……そういえば、そうだった)

 何故自分がまだこの店に残ってここで寝ていたのか、彼女は夜の記憶を手繰り寄せて、やがてセツカと身を重ねあったことが鮮明に思い出されて、呆然とするしかなかった。どうしてあんな行為に走ったのか何度思い出しても自身でも理由が分からず、ただただ衝動に突き動かされていたような気さえする。あの時身体に感じていた不自然な疼きは既にもう無く、彼女の今の気分とは裏腹に身体は非常に軽いことが恨めしい。それはまるでセツカとまぐわったことで解消されたような気がして、ホノカは陰鬱になりそうだった。
 ふと、彼女は自分やセツカに何もあの行為の跡が残っていないことに気づく。毛に跡が残っていても不思議ではないのに、においも全てではないにしても気にしない程度には薄まっていた。差し込んでくる朝焼けで、閉まっていた窓が空いていることにも気づいた。つまるところ誰かがこの部屋に入ってきて、彼女とセツカの後処理をしたことになる。当然それはヒユリ以外は考えられず、彼女はこのことが結局ヒユリに知られてしまったことに気づいて更に気分が重くなった。一番知られたくはなかった相手に、このことを自分が寝ている間に知られてしまったことが、より一層彼女の不安を駆り立てていた。
 そして何よりも、まだ年端もいかないフタチマルの少年であるセツカを自らの手で汚してしまったことが、彼女の心に大きな影を落としていた。セツカにどういう顔をすればいいのだろう、どういうことを言われるのだろう、自分は一体どう謝ればいいのだろう。その不安が、ずっと彼女の胸の内をのた打ち回っていた。

「ん……」

 セツカが小さな声でそう呻いて、やがてゆっくりと目を開ける。自分の部屋とは違う天井が目の前にあり、ホノカの橙色の毛並みが見えて、そこで彼は今までの自分の経緯を思い出した。次第に夜に彼女としていた記憶も思い出してきて、彼はどういう顔をして彼女と向きあえばいいのだろうかと起き上がることすら躊躇っていた。それを遮るように、彼女が起きたことを察して彼の顔を遠くから覗き込んでくるのが見えて、セツカは諦めて起き上がった。彼女の思いつめた表情を見ても、夜のことを覚えているのは明白だった。夢のことだったと都合よく勘違いしてくれることは恐らく微塵もないだろうと、彼は思った。それ以上に、彼女の表情がこちらを責めているものではなく、むしろ彼女が自身を責めているようにも見えたのが気にかかっていた。今回のことは決して彼女のせいだけではないのに、と。今にも不安で押しつぶされてしまいそうな彼女の表情を見ていて、彼はどうにも黙っていられなくなった。

「実は、最初ホノカさんに押し倒された時、少しだけ怖かった」

 ぴくりと、彼女の耳が動く。ホノカは、その言葉に少しだけ恐怖を覚えた。セツカは続けた。

「でも、その後優しく丁寧にしてくれて、その……本当はやっちゃいけないことっていうのは分かってるんだけどさ。よかったし、嬉しかった。だから、気にしないで」

 その言葉と共に、セツカは笑みを浮かべた。ほんの少しだけ照れ隠しも入ったその表情に、ホノカは自然と瞳の奥が熱くなっていくのを感じた。やがて彼に寄って行くと、片方の前足をセツカの頭に回して、自分の顔の横にすり寄せた。

「ごめんね……あと、ありがと」

 その言葉にセツカは照れくさそうにそっぽを向いて、しばらく彼女の抱擁を受け止めていた。
 やがてセツカは外が次第に明るくなってきたのを見て、ぽつりと呟く。

「そろそろ、帰らないと」
「……そうだね。店の入り口まで見送るよ」

 どこか名残惜しさが混じるその言葉に、ホノカは彼の背を撫でてから、抱擁を解いて部屋を出る。



 階段を降りて行くと、ロビーの出入口にはヒユリが朝日を浴びながら尻尾をゆらゆらとたなびかせていて、降りてきたホノカたちに気付いてはいつものように一本の尻尾だけを振って軽い挨拶をしてくる。ヒユリがいることに、ホノカは少しだけ足取りが重たくなる。それでも、セツカはしっかりと見送らなければと、前を歩いて行くセツカの歩調に合わせて彼女は付いていった。

「よく眠れた?」
「はい。おかげ様で」

 ヒユリの挨拶代わりの問いに、セツカは頷きながら答える。それを聞いてヒユリは「そう。よかった」と笑みで返した。少しだけ他人行儀な言葉遣いに、ホノカは一緒に一夜を共にした時とは印象が変わって見えた。セツカはヒユリの横を通って、出入口の辺りで立ち止まって、ふたりの方へと振り返った。

「少しの間だったけど、ありがとうございました」

 そう言って、セツカは深々と一礼をした。ホノカはそれに前足を振って、ヒユリは先ほどと同じように尻尾でそれに返した。これから彼は家に帰ったら叱られるだろうし、将来のことについて親とぶつかることになるかもしれない。それだけに彼は少しだけ不安そうな表情を浮かべてはいたものの、動き出した足取りはしっかりとしていた。

「大丈夫だよ。きっと」

 ホノカは思わず彼にそう言う。セツカは驚きながらも、やがて笑みを見せながら頷いた。



 セツカがそのまま街の中へと消えていくのを見送りながら、ホノカは鼻の奥がつんとしてくるのを感じていた。我が子を見送る親の気分はこんな感じなんだろうかと、既にセツカの姿が見えなくなった街の中を眺めながら彼女はそう思った。たった一夜のことのはずが、彼女にとってはそれがとても長い間の出来事のような気がした。
 ふと、隣にいたヒユリが店の中に戻ったのが横目に入って、ホノカもそれに続いて店の中へと戻った。途中ヒユリとホノカの目が合うものの、それはヒユリの方からすぐに外されてしまう。それが今のホノカにとっては、まるでヒユリが無言の非難を向けてきているかのようで、どうにも胸が苦しくなる。でもそれならどうして、セツカとのまぐわいの跡が綺麗に拭かれていたり、部屋の窓が開けられて換気されていたのか。それがどうにも腑に落ちなかった。
 ホノカはロビーの丁度真ん中で立ち止まると、それを気にしたヒユリが彼女の方を向く。とうとう堪えきれなくなったほぼ確信に近い疑問は、ホノカの口から飛び出してしまう。

「……見たんでしょう? ヒユリ」

 その言葉にヒユリがほんの少しだけ目を見開いたのを、ホノカは見逃さなかった。その後すぐに目をそらしたヒユリに、ホノカは彼女がセツカとまぐわった跡を見てしまったのだろう事を悟らせた。その言葉に対してすぐにどういう意味なのかヒユリが聞き返してこない事も、その裏付けになってしまっていた。

「じゃあ、跡を拭きとったり、窓を開けたのも?」

 その問いに、ヒユリは目をそらしたままで頷く。そしてバレてしまったことにため息をつくと、ヒユリは口を開いた。

「私のやってることに反対してきたホノカさんだから、この事で必要以上に自分自身を責めるんじゃないかって思って。跡を隠せば夢だったと考えてくれると思ったんだけど……まあ、無理だよね」

 てっきり彼女に知られればからかってきたり、周りに言いふらされると思っていただけに、ヒユリの口から出てきた言葉にホノカは内心驚いていた。それに、自分自身を責めそうになっていたことも見抜かれてしまっている辺り、何も言えなかった。

「どうして……」

 どうしてそこまでしてヒユリは自分の過ちを庇おうとしてくれるのだろうと、ホノカは不思議だった。いつもあのことで言い争っていたわけではないものの、意見の相違で少しずつ互いの仲が悪くなっていたのは確かだったはずなのに。ヒユリは離れていたホノカに近づいて、妙に気恥ずかしそうに言葉を続けた。

「ホノカさんはその、私の先輩だしさ……。い、一応、尊敬してるとこもあるし……」

 恥ずかしくなってきたのか、ヒユリはそこまで言って俯いて黙りこんでしまう。いつもなら優雅に揺れている彼女の尻尾も、今は少しだけロコンのように内側に丸め込んでいるようにも見える。ホノカもホノカで、突然ヒユリから予期しない言葉が飛び出してきて、一瞬頭が回らなくなっていた。それでも、彼女からの好意の言葉が嬉しくないわけがなかった。
 ホノカはヒユリの横に近づいて、彼女の頬を自身の頬にすり寄せる。その感触にほんの一瞬だけ驚いたヒユリだったものの、満更でもないのか恥ずかしそうにしながらもそれをしぶしぶ受ける。ここに従業員として勤めてからまだしばらくの時も、こうしてホノカに可愛がられた時もあったような気がして、ヒユリは同時に懐かしさも感じていた。

「……ありがとね」

 ホノカのその言葉が唐突にヒユリの耳に入ってきて、彼女は更に体温が上がってくるのを感じてくる。どうにも身体がこそばゆくなってきたヒユリは、そのタイプ違いなほっぺすりすりから抜けだして、既に近くにおいてあった荷物をじんつうりきで持ち上げた。ふらふらと安定感なく浮かび上がった荷物の肩掛け紐は、やがてヒユリの首へと掛けられた。

「は、早く帰らないといけない用事あるから、それじゃ……っ」
「え? あ……」

 相当苦し紛れな理由をつけて、ヒユリはそそくさと店から出て行った。しばらく呆然としていたホノカだったが、やがてそれがヒユリの照れ隠しだと気付いて、なかなか見れないヒユリの行動に、思わずくすりと笑った。それと同時に胸のつかえが降りたようで、ホノカはほっと息をつく。そして、自分も店を後にするために控え室へと軽い足取りで向かう。

「あれ……?」

 ふと、ホノカは何か忘れてしまっているような、そんな感覚にとらわれる。何か忘れていることはないだろうかと考えを巡らせても、なかなか出てこない。そこまで重要なことでもないだろうからと、しばらくして彼女は考えを中断して帰り支度へと戻った。
 そして、セツカから宿泊料金を貰うことを失念していたのに気付いたのは、それから数時間後のことだった。




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あとがき
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このwikiのアンソロジーとして関西けもケットで頒布された、『ポケモン小説wiki出張所 -変態選手権エキシビション-』に寄稿した作品です。ウインディもふもふ。(イは大文字。ここ大事)
当初、本を出すので寄稿しませんかとお誘いを受けて、まさかなーとか思いながら本当に本になりましたありがとうございます。手に取った時の『本』って感覚はまさに本でしたね(語彙崩壊)
挿絵は朱烏さんに描いていただきました。部屋の内装やホノカの表情が小説の描写に、想像していたとおりに描かれていて、今でも見ていてニヤニヤが止まらないです。

公開するに当たって、文字数の関係で泣く泣く削った部分を復活させていたり、表現を少しだけ直して投稿しました。本当にほんの少しだけですけども。
特にヒユリの心情シーンが復活いるので、彼女の最後あたりのこととか分かりやすくなってるかもしれません。

設定は色々と考えて書いている作品ではありますので、気が向いたら続きがあるかも……(時間がなかなか無いですが)。
読んでいただいた方、または本を手にとって頂いた方、ありがとうございました。


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こめんと
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#pcomment(below);
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&size(10){(実はFragmentの世界観が土台にあるのですが、この物語自体は独立しているので、完全に裏設定状態。しかもまだ本編中には出てきていないので、わかるはずもなく。闘技祭という言葉が出てきたら「おっ」と思っていただけると…。)};

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