作:[[ハルパス]] ---- *涙とスイートピー [#a0d17da5] 川の向こう岸から一筋の光が飛び立った。弱々しい光は瞬く間に天へ駆け昇り、そして弾けた。 紫紺の空を背に、煌めく大輪の花が咲き誇った。夕焼けによく似た赤、夏の日差しのような黄金色、緑柱石と見紛う青緑。幾つもの火薬玉が、宵の空へ色鮮やかな幻灯を刻み付ける。一拍遅れて太鼓のような爆音が響き渡った。 「ねぇ、シェイミ」 「なんでしゅか、人間」 夏祭りの花火を見上げる群衆から少し離れた所。土手の斜面に座った浴衣姿の子供と、彼女の頭の上に陣取った小さなポケモンが共に夜空を眺めていた。暗く揺れる川面にも、更には彼らの無垢な瞳にも映し出される、美しくも儚い光の乱舞。 「あのね……えっと……」 彼女は口を開くも、俯き加減に言い淀む。はっきりしない彼女の態度にシェイミは声を荒げた。 「とっとと言いやがるでしゅ! この俺しゃまを待たしぇる気でしゅか!」 彼女の髪を軽く引っ張る。 「いだだだ! 言う、言うってば! はげちゃう!」 「いちいち大袈裟な奴でしゅ」 足元で大層な悲鳴を上げる彼女に、シェイミは呆れを込めた溜息を吐き前足を離した。彼女は涙目で頭を摩りつつ、何度か深呼吸をした。涼を含んだ風が優しく彼らを撫でていく。連続した破裂音が落ちてきた。 「私ね……シェイミとお別れしなきゃ、いけないんだ」 今度は流れ星のように降り注ぐ花火を見つめながら。幼い彼女は寂しそうに言った。 「……は? お、お別れってどういう事でしゅか!?」 突然切り出された別れに、シェイミは思わず叫んだ。空では役目を終えた火の粒が散り、消えていく。 「あのね、私、パパのお仕事の都合でお引っ越しするの。シェイミの好きなグラシデアのお花も咲いてないような、遠い遠い所なんだって」 時刻は夜の域に入ったが、まだ蝉は鳴き止まない。次々と爆ぜる輝き達が、彼らを仄かな色彩で照らしていた。 「いつでしゅか、しょ(そ)れは」 「……明日」 「明日ぁ!? 何故今まで黙ってたでしゅか、貴しゃまぁ!」 「ずっと言おうと思ってたもん! でも、でも全然、言えなく、て……」 激しく問い詰めるシェイミの下で、震える声は蒼の大気に呑まれて消える。 虹色の炎が明滅し、無数の花が夜空で踊る。一瞬の軌跡を残して亡くなる花畑の下で、ふと彼女は問い掛けた。 「ねぇシェイミ。私がいなくなったら……寂しい?」 「ふん! 別に寂しくなんかないでしゅ! むしろ、毎日押しかけて来る煩い人間がいなくなって清々しゅるでしゅ!」 「……そっか」 彼女の頭に座っているシェイミにも、彼を頭に乗せた彼女にも、お互いの表情は見えない。ただ密着している分、相手の呼吸や身じろぐ様子は伝わっていた。 「だ、だから……見送りなんか、行ってやらないでしゅ。期待しても無駄でしゅよ! じゃあな、でしゅ!」 ぽんと飛び降りると、シェイミは振り返る事無く森の方へと駆けていった。小さなその姿はあっという間に夜に融けて見えなくなる。 「シェイミ、バイバイ」 誰にも聞こえない小さな声で、彼女は呟いた。 花火は終わる。少し肌寒さを感じさせる夜空には、薄蒼い煙が名残惜しそうに漂っていた。その向こうで輝く天の川。 朝。 慌ただしく身支度を済ませ、彼女はがらんどうになった居間を見渡した。彼女が生まれて六年間を過ごした家とも今日でお別れ。そして、彼女の小さな友達とも。 「バイバイ」 ピカチュウの顔を模した鞄を肩に掛け、彼女は誰にともなく手を振って家を出た。 天気は快晴。まだ早い時間にも関わらず、辺りは既に蝉の喧しい声に支配されている。彼女がこの街からいなくなっても彼らは鳴き続ける、今日と同じように。夏の鏤められた空はどこまでも青く、視界の果てまで雲一つ見えなかった。 「さ、早く行きましょう」 隣に立った母が促す。幼い彼女は母を見上げた。 「もうちょっとだけ、駄目?」 「……タクシーが来るまでよ。飛行機に遅れるから」 母はそう言い残して表通りへと歩いて行った。一人残った彼女は、淡い期待を抱き周囲を見回す。 見送りに来ないとシェイミは言っていた。その言葉通り彼女がいくら探しても、大切な友達の姿を見つける事はできなかった。 「来なさい! タクシーが見えたわ!」 母の呼ぶ声がする。諦めて彼女が踝を返した時だった。 「待ちやがるでしゅ、人間!」 慣れ親しんだ声がした。 「シェイミ!」 振り返る。息を切らしたシェイミがそこにいた。 「シェイミ、なんで」 「見送りじゃないでしゅ! 貴しゃまにやる物があったから来ただけでしゅ!」 シェイミは肩で息をしながら何かを差し出した。しゃがんで受け取った彼女の小さな手の平には、植物の種が一つ。 「種?」 「グラシデアの種でしゅ! この時期に苦労して探した俺しゃまに感謝しやがれでしゅ!」 「何してるの! 早く来なさい!」 彼女の母の、ややきつさを増した声が飛んできた。 「これを貴しゃまの新しい家の庭にでも植えるでしゅ! 俺しゃまが花運びできる歳になったら……しょ(そ)の時は、このグラシデアを目印に貴しゃまに会いに行ってやるでしゅ!」 時間がないのを知っているのだろう、シェイミは早口で言い切った。ちょうど痺れを切らした彼女の母が、彼女を連れに来たところだった。 「あ、ママ」 「行くわよ!」 余程急いでいるのか母はシェイミに目もくれず、半ば無理矢理に彼女を引っ張っていった。彼女は顔をくしゃくしゃにしながら後ろを向いた。 「バイバイ、シェイミ……!」 「……っ! もう用は済んだでしゅ! とっとと行きやがれでしゅ!」 シェイミは怒鳴るように言って背を向けた。鼻を啜る音は蝉の声に塗り潰されて、彼女の耳には届かなかった。 半泣きのまま彼女は母と共にタクシーに乗り込んだ。二人が乗ったのを確認すると、空色の車はゆっくりと走り出す。控え目なエンジンの音さえ騒々しい鳴き声がかき消していく。 彼女は座席後ろの硝子窓に飛びつき、顔を押し付けた。手には大切なグラシデアの種を握りしめたまま、「約束だよ、きっとだよ」と、口の中で繰り返した。 夏の日差しが道路を檸檬色に染め上げる。聞こえる音は車輪が砂利を踏みしめる音と、幾重にも連なる蝉の声だけ。滲む風景の中、道路に見慣れた影が飛び出してきた。息を飲んだ。 ぼやけた輪郭の黄緑と白の友達は、タクシーが角を曲がって視界から外れるまで、ずっと彼女を見ていた。 まだ朝も早いというのに、降り注ぐ光は眩しく暑い。風はほとんどなく、じっとしているだけでも汗が流れる。その中でシェイミは彼女を乗せたタクシーが走り去った方を、空色の後ろ姿が消えてからもまだ暫く見つめていた。 「絶対、会いに言ってやるから……さよならなんて言わないでしゅよ、人間」 呟き、身を翻す。ゆっくりと、彼女とは反対の方向へと歩き出した。乾いた地面は、僅かな水滴などあっという間に吸収してしまう。 その場には蝉の声だけが残った。 ☆ 細波のように寄せては返す旋律。透明で、甘やかで、さらさら流れるそれは高嶺の清流みたい。麗らかな太陽の光をいっぱいに含んで柔らかく輝いて、涼しげなせせらぎに高山植物の花を映すんだ。 繊細な調べの元を辿って行けば、ほっそりとした、だけどもしなやかで心のある十本の指が踊っている。白と黒の舞台で忙しくステップを踏みながら、全体としてはゆったりとした音楽を奏でていた。 繊細な調べの元を辿って行けば、ほっそりとした、だけどもしなやかで芯のある十本の指が踊っている。白と黒の舞台で忙しくステップを踏みながら、全体としてはゆったりとした音楽を奏でていた。 ご主人様の弾くピアノの旋律を聴きながら、僕はのんびりと窓の外を眺めた。窓から見えるこぢんまりとした庭は、今は鮮やかな桃色で埋め尽くされていた。そよ風に揺れて、まるで曲に合わせて舞っているようにも見える花畑。あの花は、ここいらイッシュ地方ではわりと珍しい種類の花らしい。なんでもご主人様が小さい頃、シンオウっていうすごく遠い地方に住んでいて、そこで仲良くなったシェイミというポケモンから別れ際に種を貰ったのだとか。シェイミと言えば伝説とも謳われるくらいとっても珍しいポケモンなのに、そんなポケモンとご主人様は友達だったんだって。良いなぁ、僕も一度でいいから会ってみたい、そのシェイミに。 僕のようなツタージャを含めた草ポケモンにとっては、神様にも等しいシェイミ。姿は見た事がなくても、存在は知っている。いつだったかそのシェイミとの思い出を、ご主人様は懐かしそうに話してくれた事がある。 まだご主人様がほんの子供だった頃、偶然花畑で出会った事。二人はすぐに仲良くなって、大人しい性格でなかなか友達のできなかったご主人様にとって、シェイミは唯一無二の親友になった事。小さな二人で色んな場所を、と言っても子供が歩いて行ける範囲で冒険した事。引越しの前夜、二人で夏祭りの綺麗な綺麗な花火を見た事と、必ず再会する約束をしてグラシデアの種を貰った事――。 でも、あんなに仲良かったのに名前も教えてないんだよね、とご主人様は苦笑して付け足した。 初めて会った時に名前を言おうとしたらね、名前なんか「人間」で十分だ! って一喝されて、以来名乗る機会をなくしちゃった。でも私も「シェイミ」って種族名で呼んでたから、お互い様だね。それに、呼び名なんて気にならないくらい、本当に仲良しだったんだよ。 ぼんやりとそんなご主人様の話を思い出していたら、いつの間にかピアノの曲調が変わっていた。優しくて甘いんだけど、何処か切ない旋律は、夕日に照らされた八月の海辺みたいだった。眩しく霞んだ世界に潮騒がそっと花を添えるような、静かな風景。僕は脳裏に金とセピア色の海を思い描きながら、ゆったりした気持ちで瞼を下ろした。 目を閉じてじっとピアノに聴き入っていると、不思議な感覚に陥った。悠然としたメロディーの渦の中に、僕はぽっかりと浮かんでいる。だけども心細さは露ほども感じられない、逆に大きくて温かい何かに、優しく包み込まれる安心感で満たされる。その内に音のひとつひとつが僕の中に流れ込んできて、次第に僕という存在の境界線が曖昧になってくる。やがて僕とメロディーと、更にはご主人様までもが、じんわりと溶け合ってひとつの大きな流れになっていく――。 ただ心地良い。このまま、ずっとこうしていたい。 満ち足りた気分でうとうと微睡み始めていた僕の意識は、突然の物音で一気に現実へと引っ張り出された。 ドンドン! 窓が激しく叩かれる音に、せっかくのピアノの演奏が止む。誰だ非常識な、玄関のドアならまだしも窓をノックしてくるのは。第一玄関にだってインターホンがあるからいきなりのノックは非常識だ。っていうかお客ってそもそも玄関から訪ねてくるものだし、わざわざ庭に面した窓まで回り込むのっておかしいよね、あれ、もしかして泥棒? 窓の方に目を向けると、硝子越しに見た事もないポケモンが立っていた。大きさは僕と同じか、少し小さいか。翼みたいな大きな耳に気の強そうな目をしたポケモンだった。お腹を空かせた野生のポケモンがご飯を探しに来たのかな? それにしては随分と横暴な振る舞いだけど。或いは実力行使で強盗しに来た? 「ご主人様!」 どうしよう、追っ払おうか、そんな思いも込めて振り返る。でもなんだかご主人様の様子が変だ。目をまん丸くさせて、声もなく固まっている。信じられないものを見た、とでもいった表情。もしかしてあの非常識ポケモンに心当たりがあるんだろうか。 バンバン! 「くぉら、ぼけっとしてないでとっととこの窓開けやがれ、でしゅ! 早くしないとシードフレアぶちかましゅでしゅ!」 窓を叩く力が強くなり、ついには怒鳴り始めた。煩いなぁ、あの非常識ポケモン。しかもなんだか物騒な事叫んでるし。一発グラスミキサーでもお見舞いしてやろうかと考えた矢先、ご主人様がやっと口を開いた。 「……シェイミ……?」 え、今何て言ったの? 僕の耳がおかしくなったのでなければ、ご主人様は「シェイミ」という名前を口にした。まさか、ここからシンオウは遥か海を越えた遠い遠い場所にあるのに、それにご主人様のあの話だって十年も前の出来事なのに。なのに。 「いつまで俺しゃまを待たしぇる気でしゅか! じれったいのは相変わらずでしゅね、人間!」 「人間」という呼び名、それは正にさっき思い出していたご主人様の話の通り。信じたくないけど、あの小さくて乱暴なポケモンがご主人様の幼馴染で、僕が憧れと尊崇にも似た思いを抱いていた対象、仮にも伝説のポケモンであるシェイミらしい。 「シェイミ! 待って、今開けるから!」 硬直が解けたようで、ご主人様は弾かれたように立ち上がる。急いで窓にかじりつくと、震える手で鍵を開けた。 ややもたついてから、かちり、乾いた音が僕の耳にも届く。窓硝子がころころと軽やかに滑る。と。 「遅いでしゅ、人間!」 「みぎゃ!」 怒声と短く変てこな悲鳴が同時に響いた。シェイミが怒鳴りつつ飛び込んできて、ご主人様の鳩尾辺りに追突したからだった。 「シェイミッ! 本当にあのシェイミだよね! 嘘じゃないよね!?」 尻餅をついたご主人様に駆け寄ろうとした僕の足は、一歩進んだだけで静止してしまった。ご主人様がしっかりと抱き止めた白と黄緑の塊に顔を埋めて、泣き出したから。 「かーっ! 頭悪いのも相変わらずでしゅ! 一体、この俺しゃま以外の誰が、こんな辺鄙な所まで来るでしゅか!」 僕の生まれ育った場所を田舎呼ばわりされて、少しだけむっとした。でも乱暴な口調に反して、眉尻を下げて瞳を潤ませて、シェイミは今にも泣き出しそうだ。それに、今は恐らく、否間違いなく旧友同士の再会の瞬間。声をかけるのも野暮な気がして、僕は口を噤んで二人を見守る事にした。 「シェイミ……覚えてて、くれたんだね……!」 ぐすぐすとしゃくりあげるご主人様。涙脆いのは僕も良く知っている、ほら、今だってあんなに顔をくしゃくしゃにしてる。 「当たり前でしゅ! 義理堅い俺しゃまに感謝しやがれでしゅ!」 シェイミも相変わらずな言葉遣いだけど、その声は僕にもはっきりわかる程に震えを帯びていた。 「全く、やぁっと見つけたでしゅ! 貴しゃま、この何年かの間に、俺しゃまがどんなに苦労したかわかってるでしゅか!」 ご主人様の腕の中で、シェイミはまくし立てていた。 「グラシデアの咲いている時期は花運びそっちのけで貴しゃまを探し回って、仲間からは白い目で見られるし! 名前も知らない貴しゃまが何処にいるか見当もつかないから、シンオウは勿論、カントーも、ジョウトも、ホウエンも、しょ(そ)れ以外もあっちこっち飛び回って! おかげで無駄に地理に詳しくなったでしゅ! 全部、貴しゃまの所為、でしゅ! だから……!」 一度ここでシェイミの言葉が途切れた。荒い息遣いの影で耐えきれなかったらしい嗚咽が溢れ、僕から見える白い背中が小刻みに揺れていた。 「だから……責任、とりやがれでしゅ! 俺しゃまをゲットしやがれ、でしゅ……!」 「うん……うん」 その会話を最後にシェイミは静かになり、部屋には二人分のすすり泣きだけが響いていた。 二人の邪魔をする気は微塵もないけれど、何だか僕だけ蚊帳の外で少し落ち着かない。気を紛らわすのも兼ねて、開いたままだった窓を閉めようかと身を捻った時、漸く泣き止んだご主人様が顔を上げた。そして涙の跡を残したまま、僕に微笑みかけてくれた。 二人の邪魔をする気は微塵もないけれど、なんだか僕だけ蚊帳の外で少し落ち着かない。気を紛らわすのも兼ねて、開いたままだった窓を閉めようかと身を捻った時、漸く泣き止んだご主人様が顔を上げた。そして涙の跡を残したまま、僕に微笑みかけてくれた。 「ごめんね棡葉(ゆずりは)、紹介が遅れて。察しがついてるとは思うけど、このポケモンが、前に話してた幼馴染のシェイミだよ。シェイミ、こっちはツタージャの」 「なんでしゅかこの草ポケモンは!」 ご主人様の言葉を遮ったのは、威勢を取り戻したシェイミの叫び声。 「初めまして、僕はツタージャの棡葉。よろしく」 今更僕に気がついたみたいなシェイミの口調は、さりげなく神経を逆撫でしてくる。でもこれから一緒に暮らす事になるみたいだし、初めから波風立てるのはよくないと自分に言い聞かせ、僕は努めて冷静に自己紹介をした。 「しょ(そ)んな事を聞いたんじゃないでしゅ、お馬鹿でしゅね貴しゃまは! おい貴しゃま、この俺しゃまを差し置いてこの人間をトレーナーにしゅるなど良い度胸でしゅ! おらおら、表へ出やがれでしゅ! どっちがこの人間のパートナーに相応しいか勝負しゅるでしゅ!」 なのにこの生意気な態度と来たら。いくら温厚な僕だって怒る時は怒るぞ。 「……そっちこそ良い根性してるじゃない。わかった、勝負してあげる。後で泣き言言ったって遅いんだからね!」 「シェイミ! それに棡葉まで……仲良くしてよ?」 ご主人様は笑い半分、窘め半分で僕達に言った。だけどごめんなさいご主人様、あんな風に言われたら僕も黙ってられないし、何より大好きなご主人様の一番のパートナーの座が懸かっているから引くわけにもいかないんだ。 「伝説だろうがなんだろうが負けないよ! ご主人様は僕のなんだから!」 「先に仲良くなったのはこの俺しゃまでしゅ! 新参者の貴しゃまこそ大人しく手を引くでしゅ!」 「……心配しなくても私は誰のものでもないし、贔屓したりもしないよ? だから二人とも仲良くして欲しい、んだけど……」 ご主人様が何かぼやいてるようだけど、僕も、そして多分小生意気なシェイミの耳にも届いていなかった。 「貴しゃま、こってんぱんのけっちょんけちょんにしてやるから覚悟しやがるでしゅ!」 シェイミは耳のような翼を羽ばたかせ、喚きながら開いた窓から飛び出して行った。僕も遅れをとるまいと後を追う。 庭に飛び下りた僕を受け止めたのは、鮮やかな桃色と甘く清純な香りの海だった。 ---- スイートピーの花言葉:優しい思い出、門出、繊細、永遠の喜び ---- あとがき 一レス小説大会に出した「優しい思い出」に後日談をつけ加えての投稿です。 テーマは「夏」。夏の終わり頃の、明るく輝いているのにどこか切ないあの感覚を表現したく、全体として詩的な比喩表現を多目にしてみました。内容自体は幼馴染との別れというベッタベタなものでしたが、少しでもノスタルジーな気分を味わっていただけたなら幸いです。 でも後半がすごくにぎやかになっちゃった。 #pcomment