[[狸吉]]作『からたち島の恋のうた・豊穣編』 ~永久の想いのバトンタッチ~ 第01話・『卒業バトル』 ---- 季節は初冬。シロガネの峰を越えた風が冷たく吹き颪ろす朝。 どんよりと暗い空から、ちらほら、と、キラキラ輝く凍てついた雲の欠片の結晶が、森に囲まれた広場の上へと舞い落ちて来る。 「うわ、降って来ちゃったよ。う~さぶいさぶい」 ぶるっと身を震って耳の葉先に降り立った冷たい雪を振り落とした僕に、傍らに立つ尖った金色の直毛が揺れて笑いかける。 「&ruby(そうや){想矢};、寒かったらモンスターボールの中に引き籠もっていていいぞ。リーフィアのお前にはこの寒さはきついだろ」((リメイク前の展開(想矢が穴を掘って隠れていた)に引っ掛けた発言。)) 「そういうわけにもいかないでしょ、&ruby(くれん){久連};」 そう言って僕は相棒――サンダースの久連に肩を竦めて見せた。 「だってこれから、僕たちの〝卒業バトル〟なんだから」 広場の中心を挟んで僕らと向かい合う相手の方を見ると、あちらでも片方がガタガタと骨で出来た仮面を揺らして震えていた。 「おい、さっさと始めようぜ。寒くてたまんねぇよ」 身を縮ませたガラガラに、相手のもうひとりであるリザードンが呆れた顔でフンッ、と鼻を鳴らして白い蒸気を盛大に吐いた。 「やれやれ、情けないこと。この程度の雪で」 「仕方ねぇだろ! お前だって羽根に雪が付いたら飛びにくいだろうが!」 言い返されたリザードンは赤銅色の翼指を持ち上げて黒い飛膜を広げた。 その上に落ちた雪の粒たちはたちまち色を失って水滴となり、更にリザードンの体温を受けて蒸発し跡も残さず消えていく。 「どうって事ないわよ。積もりそうにもないし、じきに止むでしょ」 その様子を見ながら、彼らの背後に立っていた若いトレーナーのお兄さんが、僕らのトレーナーである初老の女性、&ruby(けいな){敬奈};先生に話しかける。 「敬奈さん、みんな焦れているみたいですし、そろそろ始めましょうか」 「フフ、そうですね。それでは……」 口に手を当てて上品に笑っていた先生が、その手をすっと上げた。 合わせて相手のトレーナーも手を手刀の形に開いて上に伸ばす。 僕が身構え、久連が前肢の爪で額を掻いて不敵な笑みを浮かべる。 ガラガラが巨大な太い骨を振り回し、リザードンが翼を広げて拳を鳴らす。 「使用ポケモン2体。交換なしのダブルバトル……」 張り詰めた緊迫の糸を、断ち切るように。 「始め!!」 2人のトレーナーの手が、同時に振り下ろされた。 ☆ 「行っくぜぇぇぇっ!」 先陣を切って飛び出した久連の金色の体毛が逆立ち、バチバチと青白い光を弾けさせる。膨れ上がり全身に激しく漲る電光を瞳に集中させ、久連は叫んだ。 「喰らえ! 〝チャージビーム!!〟」 輝く瞳から放たれた高電圧の一閃は一条の光の矢となって、バトル開始と同時に羽ばたいて宙に飛んだリザードンへと一直線に襲いかかる――かに見えた。 だが、その軌道は唐突に捻じ曲がる。 「何っ!?」 斜め下方へと進路を変えたチャージビームはガラガラが高々と振り上げた骨棒へと吸い込まれ、手から足を伝わって落ちて地面に拡散した。 「悪ぃな。坊主の電気技は使わせねぇぜ」 「ちっ! 〝避雷針〟持ちかよ!」 舌打ちする久連。僕も戦慄に頬を引き締める。リザードンに対し効果抜群の電気技が、ガラガラの避雷針に遮られていては苦戦は免れない。まずはガラガラから先に何とかしないと…… と、考えに気を取られていた僕の頭上を、漆黒の巨大な影が覆った。 「……!? し、しまっ……」 「ホ~~~ホッホッホ! こっちの坊や、いっただきぃ!」 いつのまにかすぐ近くまで迫って来ていたリザードンの黒い翼。その闇の向こうから現れた尻尾の灯火が真っ赤な鞭のように伸び、僕の周囲を取り巻いて搦め捕った。 「うわあぁぁぁ---っ!!」 激しく燃え盛る〝炎の渦〟に拘束されて、自由を奪われた僕の身体がメラメラと炙られる。 「想矢!」 ぶおんっ! 炎の渦の向こうから僕を呼ぶ久連の声が、何かが風を切る音に掻き消される。 顔を上げると、ガラガラが投げ付けた骨棒が猛スピードで回転しながら久連に襲いかかっていた。 バシイィィィッ!! 骨棒の直撃を受けて粉々に粉砕された――のはしかし、久連が咄嗟に生体エネルギーを編み上げて繰り出した〝身代わり〟の人形だった。((ガラガラがホネブーメランを繰り出す前に久連が2回行動した事になるが、これはサンダースの素早さによるものと言う事で勘弁を。ターンを生真面目に意識していたら、〝守る〟無しのダブルなんて話にならないので。)) だが骨棒は勢いをそのままに弧を描き、雪と共に舞う身代わりの破片を蹴散らして再度久連を背後から強襲する! 「のわあぁぁぁっ!?」 間一髪、久連は金色の体毛を地面に転がしてギリギリ紙一重でその恐るべき猛攻を躱し切った。 「ほう。よく躱したな、坊主」 舞い戻って来た骨棒をがっしりと受け止めて、ガラガラは仮面の透き間から覗かせた眼をニヤリと細めた。 「だが電気技も身代わりも通じない中、一体いつまで俺のこの〝ホネブーメラン〟を躱し続けていられるかな?」 「……なめんなよ」 苦手な地面ポケを前にして、しかし久連はいつものように額を掻いてガラガラに挑発的な笑みを返す。 「オレの必殺技がチャージビームだけだと思ってんのなら大間違いだぜ!」 ☆ 「ウフフ、どう? 坊や。よく締まってるでしょう?」 「あぁ……とてもあったかくて気持ちいいよ……」 灼熱の中で身を捩りながら僕は強がって見せる。 実際おかげで雪の寒さを感じずに済んではいるのだが、だからといって炎の渦に纏わり付かれるのに比べたら雪風に晒されていた方がまだマシだった。 その僕の様子を見て、リザードンは可笑しそうにクスクスと笑う。 「悦んでくれて嬉しいわ。それじゃあ、もっとアツくしてあ・げ・る!」 リザードンの赤銅色の腕が〝炎のパンチ〟と化して、燃え盛る壁を突き抜けて迫り来る。 熱く滾るその鉄拳を僕は辛うじて前肢の〝リーフブレード〟を翳して食い止めた……が、 「ぐあ゛あぁぁぁっ!!」 攻撃を受けた場所からじゅっと音を立てて焦げ臭い煙が上がる。痺れたような鈍い痛みが響くその場所を見れば、腕のリーフブレードが無残にも黒く焼け爛れていた。 「あらあら。あたしに焦がれちゃうなんて可愛いこと。でもごめんなさい。あたし、坊やは好みじゃないの」 更なる強烈な一撃が、止めを刺さんとばかりに僕の顔面へと真っすぐ向かって来た。 しかし僕はそれを頭を低くして額で受け止める。火花のような閃光が散る眼を力の限り見開き、僕は炎の向こうのリザードンを睨み返した。 「僕だって怪獣系のお姉さんなんかに好かれても困るよ」 「へぇ。見かけによらず意外とカタいのねぇ。効果抜群の攻撃を連続で受けてもまだ堕ちないなんて♪」 リザードンの感心したような声の中に、どこか艶を含んだ喜悦の響きが交じって聞こえたのは僕の聞き間違いなのだろうか? 「いや、それは違うな」 と言ったのは相手のトレーナー。あぁ、やっぱり聞き間違いじゃなかったのか……ってそうじゃなくてw 「単にリーフィア特有の身体の頑丈さだけで持ちこたえているわけじゃない。その仔は天に〝願い事〟を重ねて身体を癒しているんだ」 ご名答。 また僕の願いが天に届き、全身の苦痛がすっと引いて四肢に力が甦る。 「なるほどねぇ。でも、そんな防戦ばかりしていていいのかしら? こうしている間にも、坊やのお友達もうちのパーカスに追い詰められているのよ」 確かに。 僕がリザードンの炎の渦に動きを封じられ、彼女がパーカスと呼んだガラガラのホネブーメランに追い立てられているうちに、僕らはどんどん引き離されてまるでシングル戦×2の様相を呈しつつある。相性最悪の相手と対峙しながら、互いに援護することも出来ないのだ。 おまけに久連は避雷針のためにチャージビームが使えず、僕の焼け焦げたリーフブレードは願い事でも治らない。火傷の傷は専門の治療を受けなければ治らないからだ。何とかして反撃の糸口を掴まないと…… どおんっ! その時、耳を貫くような鋭い打撃音が久連たちの戦っている辺りから聞こえて来た。まさか……!? 「久連!?」 ★ 立て続けに響き渡る轟音が生み出す振動に、天が揺れ、地が揺れ、身代わり人形がカタカタと揺れる。 その身代わりの後ろに隠れて息を切らせながら、しかし久連は無事でいた。 打撃音はガラガラのパーカスが自らを打つ音だった。 息を吸って膨らませた腹へと太い骨を打ち下ろし、高らかに勇壮な快音を弾き出す。 その度にパーカスの土色をした手足が逞しく盛り上がり、骨の仮面にパリパリと音を立てて亀裂が走る。 腹を打つ刺激と音色によって肉体能力をを瞬間的に極限まで高める技〝腹太鼓〟……そうか、だから〝&ruby(パーカス){太鼓打ち};〟さんなんだ。 「おいおい、だいぶ無理してんじゃねーのおっさん?」 久連が身代わり人形越しにパーカスに声をかける。 「なに、どうせだから坊主に俺の最高の力を見せてやろうと思ってな。サービスだ。取っとけ」((腹太鼓など使わなくても、攻撃特化太い骨持ちガラガラのホネブーメラン一発でサンダースはほぼ一撃。久連にパーカスを倒せる技が無いと見て余裕を見せた訳だが、実のところ自傷行動にも等しい。)) 「いらねーよ! 大体そんなへっぴり腹太鼓で最高の力なんかだせるのか? オレの死んだ父ちゃんの方が余程上手かったぜ!」 「ほう。親父さんは太鼓打ちだったのかい。奇遇だな。俺の腹太鼓もカビゴンの親父譲りよ。((タマゴ技。))ケモノ型の太鼓打ちってぇと、坊主の親父さんはマッスグマか何かか?」((ケモノ型で腹太鼓が使えるのは他にはドーブル(スケッチ)だけ。)) 「まぁな」 ちょっと照れ臭そうに苦笑いして、久連はまたポリポリと頭を掻いた。 「オレの父ちゃんだけあって、天下一男前な父ちゃんだったぜ!」 「ふぅん、だったら……」 腹太鼓を鳴らし終え、パーカスは久連の隠れる身代わり人形へと骨棒を向けて翳した。 「こいつを喰らって、しばらく親父さんのツラでも拝んでくるんだな!」 隆々と盛り上がった筋肉を張り詰めさせた剛腕から溢れ来る闘気に、さすがの久連も怯んだ表情を見せる。 「うっひゃあ……こりゃちょっとヤバいかもな」 「心配すんな。本当に親父さんのところへ逝っちまう前にちゃんと坊主のボールが回収してくれらあな」 ポケモンバトルはあくまでもスポーツ。バトル中に致命傷を負いそうになった瞬間モンスターボールの安全装置が働き、自動的に回収して生命を確保するシステムになっている。 無論、これが発動したポケモンはポケモンセンターなどで治療を受けるまでバトル不可能となり、バトルに出したポケモンが全てそうなった時点でトレーナーの敗北が決定されるのだが。 「勘違いすんな」 再び強い気迫を口調に込めて答える久連。 「オレが当たる心配なんかしてねーよ」 「なるほど、俺の心配をしてくれているわけかい? そいつぁどうも」 パーカスの足取りがふらついている。久連の〝威張る〟話術が効いているのだ。 うまくいけばホネブーメランを投げ損ない、腹太鼓で強化された強力な一撃をパーカス自身が受けることになる。でも…… 「だが坊主も、その身代わりがホネブーメランの前では盾にもならんことは分かっているはずだぜ? 坊主が墜ちるのと、俺が自滅するのと、果たしてどっちが先かな」 ふたりの不敵な視線が、身代わり越しに激しく交錯する。 降り注ぐ雪は、徐々に激しさを増して来ていた。 ☆ 「うわ、大丈夫かな……」 炎の渦の中にまで、パーカスの腹太鼓が放つ凄まじい鳴動が震えとなって届くのを感じ、僕は不安を隠し切ず呟いた。 「そんなにサンダース君の方が気になる? だったらもう無駄なお願いは諦めなさいな」 炎の向こうでリザードンがまた腕を振り上げる。 「先にボールに帰って、彼が戻されて来るのを待ってなさ……」 「ベス! 〝空へ飛んで〟躱せ!!」 突然相手のトレーナーの指示が飛び、一瞬遅れて…… 僕の唇が軽やかな旋律を奏でた。 草原を吹き抜ける穏やかなそよ風のように。 森の木々を揺らす爽やかな春風のように。 聞き手の心を包み込み、安らかな眠りへと誘う蠱惑の旋律。 額から生えた緑の葉を曲げて唇に押し当て吹き鳴らした僕の〝草笛〟の音色は、しかし誰もいない空間に向けて空しく響き渡った。 さすがは相手も名うてのトレーナー。見事に躱されたか。 「危ない危ない。油断も隙もないわねぇ」 雪空の向こうから、飛び上がって草笛の催眠効果を逃れたリザードンの声が降って来る。 「あたしを眠らせて、その熱く焦がれたリーフブレードを起っ勃てて敏感な急所にイタズラするつもりだったのぉ? 嫌らしいぼ・う・や♪」 ……あなたに『嫌らしい』とか言われたくないよ。 しかしこれで本当に僕も絶体絶命。リザードン……ベスが飛んだことで出来た隙のお陰で一時的に2回分の願い事を受けて体力だけはしっかり回復したものの、リーフブレードは相変わらず焼け焦げたままで使い物にならない。 そしてこっちも草笛を吹くために願い事を途切れさせてしまった。次の願い事が天に届く前に、ベスの空からの急降下攻撃と炎のパンチのラッシュが僕に襲いかかるだろう。 拘束し続けている炎の渦と前肢に負った火傷のダメージを合わせて喰らうとなれば、リーフィアの耐久を持ってしてもまずひとたまりもない。 どうやら〝ここまで〟が限界みたいだ。 振り返って、揺らめく炎の渦の透き間からそっと敬奈先生の方を覗き見てみる。 ★ 僕らが分断され、双方共に崖っぷちに追い詰められているにもかかわらず、敬奈先生は落ち着いた穏やかな微笑みを湛えたまま立っていた。 と、ふと彼女はおもむろに両手を開いて持ち上げ―― ポンッ! と澄んだ柏手の音を、鳴らした。 ☆ 小刻みに振れていた骨棒の震えが、不意にピタリ、と治まる。 「どうやら……」 パーカスの仮面の中でギラッっと瞳が光る。久連が威張ってかけた混乱が解けたのだ。 「……賭けは俺の勝ちのようだなぁ、坊主」 腹太鼓で強化された剛腕をしならせ、パーカスはホネブーメランを力強く振りかぶる。 「もう躱させねぇぜ。今度こそ……墜ちなぁ!!」 ギュワアァァァァァァン!! 爆発的な膂力を持って放たれたホネブーメランは風を引き裂いて唸りを上げ、土煙を蹴立てながら身代わり人形へと驀進し、打ち砕いた。 木っ端微塵に砕け散った身代わり人形の破片が、雪交じりの旋風の中で渦を巻いて舞い上がる。 白銀に煌めくその塵の柱を、吹き飛ばして。 軌道をうねらせて躍動するホネブーネランが再度襲来し、そして―― ★ 「観念したようね、坊や」 動きを止めた獲物を包み込んで、炎の渦が高々と勢いを増す。 その灯りに照り上げられたベスの赤銅の頬に、勝ち誇った笑みが妖しく浮かんだ。 「そうそう。そうしてあたしの炎に身を委ねていなさいな。今お姉さんが……」 上空で翼を絞り、長い尾と首を振って反転すると、絞った翼を後方へ扇いで加速し、渦巻く炎の中心に見え隠れする影へと目がけて急降下する。 「イかせてあげるからぁっ!!」 舌舐りするベスの、鋭く構えた獰猛な鉤爪が。 加速に乗って勢いよく振り落され、そして―― ☆★ 2つの衝撃音が、同時に鳴り響いた。 ☆ はらはらと、乱れ飛んだ身代わりの欠片が、空から降り頻る雲の欠片と共に舞い落ちる。 その白い欠片たちと一緒に―― 「ばっ……」 弾かれて天高く飛び上がっていたパーカスのホネブーメランが、勢いを失って落下し、乾いた音を立てて地面に転がった。 「ばかなっ……」 風にたゆたう粉雪の向こうに立ち竦むガラガラのパーカスの、唖然として開かれた瞳の中に。 「なぜ……何故お前がっ!?」 散乱した身代わり人形の残骸の中に立つ、萌葱色の若葉を身に宿したポケモン――僕の姿が写し出されていた。 ……あ、瘤が出来てる。 「痛たた……さすが腹太鼓ホネブーメラン、とんでもない威力だなぁ……だけど」 残骸を越えて、火傷を負った前肢を踏み出し、僕は言った。 「所詮は地面技。連続で喰らわなければ、リーフィアの僕が耐え切れないほどじゃない!」 ★ 「嘘っ!? どうしてリーフィア坊やがそっちに!? じゃあ、まさか……」 驚愕の声を上げて絶句したリザードンのベスが振り下ろした腕の先で。 炎の渦が、千切れ飛んだ。 深紅の花弁の如く広がって散ったその中心で、ベスが放った一撃を受け止めている黄金の果実が。 白い歯を見せて、ニヤリと笑った。 「さぁ、ここから逆転の始まりだぜ!」 「サンダース君……!?」 そう、そこにいたのは紛れも無く僕の相棒、サンダースの久連だった。 ☆ 「2匹が、入れ替わった……!? そうか」 ベスたちのトレーナーがはっと声を上げる。 「〝バトンタッチ〟か!!」 その通り。 パーカスが腹太鼓を打った隙を見て、僕も草笛を吹いてベスに上空へ躱させて隙を作り、敬奈先生の柏手を合図に久連が使った技、バトンタッチで身代わりと炎の渦に隠れながら入れ替わったのだ。((ゲームの仕様とは違うがご勘弁を。ちなみにポケダンなら「フロア内のキャラの位置をランダムに入れ替える技」なので状況的に有り得る。)) 自身と仲間の位置を入れ替えるこの技は、本来モンスターボールに入っている味方と確実に交替するためなどに使われるが、炎の渦などの拘束を打ち破る効果も持っている。 かくして僕は解放され、〝草〟と〝電気〟である僕たちの弱点を狙って放たれた〝飛行〟と〝地面〟の攻撃を、それぞれの耐性で受け止めたのだ。((リザードンの空を飛ぶなら、サンダースが無振りでも半分も削れない。身代り2回の後でも十分耐えられる。)) パーカスもベスも勘違いしていたようだが、僕たちが、 『うっひゃあ……こりゃちょっとヤバいかもな』 『うわ、大丈夫かな……』 と言っていたのは久連の事でもパーカスの事でもなかった。 身代りで一撃目は防げるとはいえ、バトンタッチした後に腹太鼓ホネブーメランなどという凄まじい代物を一発は耐えなければならなかった、僕の心配だったのだ。 実際願い事で体力を回復していなければ耐え切れなかっただろう。その意味でも草笛を吹いた事が有益に働いてくれた。((ただし、耐久が無振りなら火傷と炎の渦のダメージも合わせて反撃前にリーフィアは墜ちる。想矢が耐久も鍛えていたか、あるいはパーカスの腹太鼓と見えたものが実際には久連の威張るによる自傷ダメージだったかだろう。)) ……まぁ、実はあの2人が勘違いしていることはもう一つあるんだけど、そっちはバトルとは直接関係のない話だから、後でゆっくり訂正しよう。 このバトルに勝った後で、ゆっくりとね。 「くっ……怯むな! 相手はどちらもかなりのダメージを負っているはずだ。一気に畳み掛けろ!」 自失していたパーカスにトレーナーが叫ぶ。目前に迫っていたはずの勝利を得られなかった故か、その声には焦りと苛立ちが交じっていた。 それを自覚したのだろうか、振り払うように彼は呟く。 「炎の渦を振り解いたからといって、火傷を負ったリーフィアに出来ることなど……!?」 その言葉が。 その瞬間、僕がパーカスへと仕掛けた攻撃に、凍りついた。 「そっ……そんな馬鹿な!? まさかあれは、あの技は……!?」 ホネブーメランを回収しようとしたパーカスの足首を搦め捕った、僕が放った一本の緑の蔓。 間髪入れず、僕はそれを力一杯引き絞った。 「〝草結び〟!? 有り得ない、リーフィアが特殊系の技を使うなんて……!?」((ガラガラが相手の場合、一応火傷リーフィアのリーフブレード<草結びではある。5割と6割程度の違いだが。)) そう。誰もがそう思い込むのだ。 『リーフィアは自身の肉体を直接使った所謂〝物理系〟の技が得意なポケモン。放出したエナジーなどを利用する〝特殊系〟の攻撃は不向きである』と。 だからこそこの技は有効だった。 僕を一瞥するなり、リーフブレードを使うに違いないと思い込んで、得意顔で対策を仕掛けて来たこれまでの相手たち―― 〝バリアー〟を使って来たエレキブルや〝リフレクター〟を立てて来たネンドール、それに気合の襷を身に纏って〝カウンター〟で反撃しようとしたラグラージ。 そんな彼らの、まさか特殊技なんて使われるはずはないと油断し切った足元を掬い、悉く地を嘗めさせて来たのである。 こうやって、ね! 張り詰めた蔦をぶんと振るうと、波を打つ動きと共に僕のエナジーが蔦を疾る。 火傷を負うと著しく切れ味が鈍るリーフブレードとは違い、エナジーの放出は火傷の影響を受けることはない。 そのままパーカスの足元へと勢いよくなだれ込んだエナジーの波は、炸裂して彼の身体を虚空高く跳ね上げた。 「パーカス!!」 振り返ったベスが決死に手を伸ばそうとした。 だけど無駄だよ。〝ここまで〟引き離した今、あなたの援護の手はもう届かない。 分断されたらこうするようにと先生から予め指示されていた作戦通りだった。追い詰められた振りをして出来る限り引き離す事で相手の連携を断ち、隙を突いてバトンタッチして攻撃する。 理想では久連が威張って混乱させ、僕が草笛で眠らせて隙を作るはずだった。さすがに相手も然る者でそこまでは叶わなかったが、結果的に予定の通り嵌まってくれたわけだ。 蔦に絡まったまま雪の中を舞うパーカス。その重量を遠心力に乗せて加速させ、僕は彼を真っ逆さまに地面へと叩き落とした。 「ぐわあぁぁぁぁぁぁっ!!」 腹太鼓で罅割れていた骨の仮面に更に大きな亀裂が入り、砕け散った――かに見えたその時。 虹色の閃光がパーカスの硬直した身体を包み、トレーナーの持つモンスターボールへと引き戻した。 〝墜とした〟のだ。((腹太鼓でHPが半減になっていなかったら、一撃で倒すのは急所を突かない限り無理。交代の隙を与えた事といい、やはりあの腹太鼓は自滅だったと言える。)) ★ 「姉ちゃんの言っていたこと、一つだけ当たってたな」 僕に墜とされたパーカスがモンスターボールへと戻されるのを身ながら、久連が茫然とした顔のベスに向かって言った。 「油断も隙もねぇんだよ。オレの相棒は」 「!? ま、まずい! 伏せろ、ベス!!」 我に返った相手のトレーナーが叫ぶ。最早隠しようもなく明確に篭もった焦りと苛立ちに狼狽が加わった。 「チャージビームが来る! 〝羽根を休めて〟凌ぐんだ!」((失策である。先刻彼自身が言った通り想矢も久連もかなりダメージを受けているのだから、炎のパンチで畳み掛けた方がまだ勝ち目があったかもしれない。予期せぬ反撃に焦ったのだろう。(作者がベスの技を全部見せたかった、と言うのが事実だがW))) トレーナーが言い終える前に、ベスは反転して地上に脚を延ばそうとした。 パーカスの避雷針の盾がなくなった今、空中にいたままでは電撃で大打撃を受けてしまうからだ。だが。 「もう遅ぇよっ!」 再び弾ける電光を身に纏った久連の双眸が燦然と煌めく。 「これで決まりだ! 必殺、チャージビーーーム!!」 解放された光弾は、今度こそ一直線に天を切り裂き、地表を赤銅色の脚で掴みかけたベスの胴を一瞬で捕らえ、貫いた。 「ンアぁぁあぁぁぁあ~ん!! ト、トんじゃうぅぅぅ~~~っ!!」 苦悶の声を震わせながら、ベスの長大な身体がのけ反り、地響きと共に倒れ臥す。 即座に飛んで来たモンスターボールの光に運ばれて回収されるベスの影に向かって、久連は得意げに胸を張って言った。 「どうだ姉ちゃん、オレに痺れたかい?」((実際にはサンダースの素の特攻では、リザードンが無振りでもチャージビーム無段階では急所に当てない限り一撃では墜とせない。っていうか主人公補正?www)) ☆ 「すまない。2匹とも、御苦労だった……」 パーカスとベスのボールを悔しげな表情で握り締めた後、彼らのトレーナーは敬奈先生の方に向き直り、頭を下げた。 「敬奈さん、参りました。完敗です!」 一礼で応えた先生は急ぎ足で僕の方へと駆けつけた。その手に火傷治しを持って。 「よく頑張りましたね、想矢。久連もお見事でした」 先生の優しい微笑みに、僕も笑顔で応える。 走り寄って来た久連も、へへっ、と照れ笑いを浮かべながら頭を掻いた。 久連の弱点を狙う敵は僕が迎え撃ち、例え引き離されても遮られても2人の連携を保ち続ける。 先生のその教えの通りに最後まで戦い抜き、〝卒業バトル〟を勝利で飾ることが出来たんだ。 「2匹とも本当に強くなりましたね。もう胸を張って島に帰れますよ」 感慨深げに、そして微かに寂しさを浮かべながら先生は僕たちを称えた。 いつの間にか雪は上がっていた。 見上げた空から、雲間を切り開いて差し込んで来た日の光が、僕たちを祝福するように照らし出していた。 ☆ 「ところで久連」 「ん? 何だ?」 先生に前肢に火傷治しを塗ってもらいながら僕が問いかけた言葉に、相棒はキョトンと首をかしげた。 「『姉ちゃん、オレに痺れたかい?』って、ついにそんな趣味に走ったの?」 黄色い顎が一度カクンッと落ち、再度閉じられてキリキリと音を立てて絞られる。 「走るか、ボケっっ!!」 ガツン。 そのツッコミに止めを刺され、僕はモンスターボールに引き戻されたのだった。((なお、今頁の似非厨的解説は全て双方のレベルが同じ&性格補正なしでの話である。参考サイトhttp://www6.ocn.ne.jp/~saburoh/keisan2/damage.html)) ---- 敬奈先生「お読み下さってありがとうございました。よろしければうちの仔達にひと声かけてあげてくださいね」 #pcomment(バトンタッチコメント帳) [[歪んでいます……おかしい……何かが……物語のっ……>バトンタッチ01トリックルーム]]